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Posted by つくばちゃんねるブログ at

2014年01月30日

随想集Down to Earth ―わが心 大地にあり― 目次

<随想集Down to Earth-わが心 大地にあり->について
 2001年ころから2004年6月までの、ある恋の記録。


 随想集Down to Earth-わが心 大地にあり- 目次

<散文編>

1.主題

2.虚空

3.オリオン

4.樹木

5.セイレーン

6.灯籠流し

7.孤独

8.情交


<詩編>

1.

2.微風

3.

4.Down to Earth

5.漂泊

6.おくりもの

7.コスモス

8.夜曲

9.風になれない

10.






  

2014年01月30日

主題


   随想集Down to Earth-わが心 大地にあり- 散文編1

      主題


 あなた自身が詩だったのだ、私はただそれを羊皮紙に写し取ったにすぎない・・・

 そしてそれらの日々のあいだ、あなたは奏でつづけ、歌いつづけた。
 そのことばの私のうちに結ぶイメージはそのひとつひとつが一篇ずつの詩であり、その音色のひとつひとつは一枚ずつのガラス絵であった。
 それらは限りなく私の心に降りつもっていった、
 それらは限りなく美しかったので、私は何とかしてその姿をこの世界に刻みつけたいと願った。
 けれども私は長いあいだ、その方法が分からなかった・・・

 そしてそれらの日々のあいだ、あなたはずっと私の近くにいた、
 と同時にその心のままに、世界のあちらこちらを経めぐっていった。
 私の瞳に映ったその魂、そのたえまなく漂泊する魂は、男のものとも女のものともしれず、この世のものとも異界のものとも思われなかった。
 その不可思議な多様さが、私を惹きつけてやまなかった。
 おそらくそれだけ多くの声が、あなたの音色を通して語っていたのだ・・・
 いつの頃から、私はただあなたの音色ばかりでなく、それを通してうたっているほかのさまざまな音色、
 遠い過去のなかからそのおぼろげな姿を見せる、互いに異なったほかのさまざまな音色、
 それらにもまた耳を傾けるようになっていた。
 私はできればそのすべてを、汲み取ってかたちにしたいと願った。
 けれどもずっと長いあいだ、私はそれらにふさわしい器を、肉体を与えることができなかった・・・

 とはいえこれらの日々のあいだ、私はまったく気にかけなかった、
 なぜなら詩情は私の窓辺に満ちていて、
 それらはきらめく無数の泡つぶとなって、私の暁を浸していたのだから。・・・
 とめどなく流れゆく水の流れを追って、どこまでも駆けてゆく幼な子のように、
 私はただ夢中になってその音色を追いかけた、
 私はなんにも考えず、私はとても幸福だった・・・

 けれどもしだいに陽は中天からその場所を移し、
 やがてゆっくりと傾いていった、
 川おもての水泡の色が、梢に差しこむ金色の光がそのことを告げていた。
 私はそれに気づかなかった、
 群れとぶ鳥たちがねぐらをさして還りゆくのにも、
 西の空を染めあげた壮麗な夕映えにもまったく心を払わなかった・・・

 夕つ風をうす青み、その冷たさに、私ははじめて立ちどまった、
 川のおもては暗く銀色に澄み、葦の葉がさやさやとなっていた。
 そのとき私はようやく知った、なべての事物はいかに悠久に映ろうと、また刻一刻ととどめがたく変わりゆくことを。・・・
 季節はゆっくりとめぐって次の季節に場所をゆずろうとしていた、
 あなたの音色は少しずつ変わりつつあった、
 そうして私自身もまた。・・・

 私ははるかに思い見て、身ぶるいした、
 今はつと手をのばせば触れることのできる、この鮮やかな感覚が、
 いつかしだいにくすみはじめ、この河の水泡にのせて流れゆく黄昏の色のように、その紅とばらの色とが薄れゆくようにいつかしだいに薄らいで、
 やがては遠く、彼方へ運び去られてしまう日のことを。・・・
 ゆえにたしかに私は知った、今こそその姿を、その輪郭と色彩とを、はっきりと刻み残さなくてはならないと。
 そうして私には、ただペンを用いてするよりほかになかった。・・・だが、いったいどうやって?・・・

 そのとき私は流れゆく川の岸をはなれ、己れ自身の中深く降りていった。
 そこではもはや月の光も届かず、
 星々ものび広がった薄墨の雲がおし隠してしまった。
 そこではもはや誰も私を導いてはくれず、
 頼みになるものはといえばただ、一心に耳をすませたときにかすかに聴こえてくる、かの詩魔のよび声ばかり。
 ・・・しかもその声の、なんと遠く聴きとりがたいことか!・・・

 かくして長いあいだ、私は何も見えず、何もきこえなかった。
 私は手探りで暗闇の中を歩きまわり、狂気の淵をさまよった。
 私は耐えきれなくなって、闇の中に大声で呼ばわった・・・

 言葉はどこからかやってきた、私の底のどこか知らない場所から。
 それはその光り輝く指をもって、私の中に降りつもったあまたの旋律やイメージを、そのひとつひとつを拾いあげ、
 磨きあげては、ビーズ玉のように糸に通して織りなしていった、
 色あいがより美しくなるようにと、自在にその配列を変えながら。

 しだいにそれはそれ自身の調子をもって力強く語りはじめ、
 その色調はたがいに溶けあいながらいよいよさやけく、その響きはうち響いていよいよ高らかに冴えわたった・・・
 しだいに私は知るようになった、
 その言葉は私の中に降りつもった、あなたの音色そのものによって織り上げられたのだった、
 私のあとにしてきたあなたの音色が姿を変えて、こんどは私の中から流れ出したのだ・・・

 それはついにあふれ出てきて、みるまに私を呑みこんでしまった、
 私にはもう手の打ちようもなかった、
 それはそれ自身の欲するままに、私の全身を七色に染めあげ、奔流となって、 豊かな河の拡がりとなって流れていった・・・

 かくして私はあなたをひとつのエクリチュールとなしてしまった、
 おそらく人の道を少し踏み越えて、あるがままのあなたとして見るよりもより多く、あなたをひとつの主題として見るようになってしまった・・・

 できることなら、どうかこれらすべてのことで、あなたが気を悪くしたりすることのないようにと願う。
 そしてもしもこのささやかな詩篇の中に、あなたがかくありたいと願うあなた自身のイメージを、もしもその片鱗をでも見いだしていただけることがあるなら、私にとってそれにまさる幸いはない。

 ともかくももうこれ以上、私には抱えきれない、ひきとどめおくことができない。言葉はいま私の両腕を越えてあふれ出し、堰を切ってこの現象世界に流れこんでゆく・・・
                                                                     2003.Jan.

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2014年01月30日

虚空


   随想集Down to Earth-わが心 大地にあり- 散文編2

      虚空


 それはつい昨日のこと、それは千年前のこと、
 暗くかがやいて尾を引く彗星が、夜空をえぐって残した傷あとのように、
 私の中にいつまでも残って消えない痛み、
 その痛みゆえいまだ忘れない、きっといつまでも忘れない、
 あなたのその音色が私の中に描き出した、ひとつの鮮烈なイメージがあった。
 あなたの音色をさいしょに聴いた日にその像を結んだ、
 今も心にとりついて離れない ひとつのイメージが。

 それはひとりの乙女だった、
 雅歌にうたわれた かのうるわしの乙女、
 その鳩の瞳、その象牙のうなじ、ゆたかに波うつ亜麻色の髪よ、
 シャロンの野の花、ヘルモンのいただきに下る露よ。
 その姿は大地のようにいきいきとして力に満ち、
 なおも天穹のように限りなく心優しい。・・・

 ・・・だがいまその額には憂いがあった、
 その面差しはやつれ蒼ざめて、その眼はいま、何ということか、白い布帯をもって目隠しをされていた・・・
 彼女はいま目隠しされて粗布をまとい、裸足で人々のあいだを歩きまわっていた、
 燭台の灯りのわずかにもれる、石造りの回廊のあいだを、
 砂まじりの乾いた夜風の吹きさらす、素焼きの煉瓦の家並のあいだを。
 兵士たちは彼女を打った、子供らは嘲りの言葉をあびせて走り去った、彼女は足をとめなかった。
 その面影はつかのまの幻、ほとんどこの目にはっきりと見えた・・・

 彼女は手探りで歩み進んだ、
 精霊のように人々のあいだをすり抜けてゆき、
 手をのべては何かを、誰かを探しているようだった。
 その指先は試すように空(くう)を泳ぎ、
 その細長い、半ば透き通るような指先は、目に見えぬ空気のうごきを感じ取ろうとして心をはり詰めながら
 ゆれる蝋燭のあいだを、緑色に濁った酒瓶のあいだを
 ひれのある魚のようにゆらゆらとさまよっていった。

 ヴィオロンはすすり泣いていた、その唇には常ならぬ訴えが、
 ただならぬ思い、切々たる強い叫びがあった。
 その心のうちに慎み深く秘め隠そうとして、
 かえってそれはどうしようもなく はしばしからあふれ出た。

 それを耳にしたとき、私の心はずきりと鋭い痛みを覚えた、
 私の心は言いようもなくかきむしられ、引き裂かれて、
 いても立ってもいられなかった。
 ・・・何とかしなくては、でもどうしたらいいのだろう?
 それほどまっすぐに私の底まで刺し貫いた、それほど激しくゆさぶった、
 あんなふうに声高に語る音色を、私はかつて知らなかった。

 何にもまして不可解だったのは、人々の目にその姿も入らず、その叫びも聞こえないかのようにふるまっていたこと。・・・
 酒場の騒々しい暗がりのなかで、彼らは大声で笑い興じ、平然と杯を傾けた。
 互いのことを、ただ互いのことばかりを喋りつづけて、全く耳を貸そうとしなかった。
 どうしてそんなことができたのだろう、あんなふうに叫んでいるのに?・・・ 私は目を見開いて、その奇怪な光景を見つめていた。・・・

 かくてその叫びは誰も受け取る者のないままに、虚空の中を流れていった。
 あとからあとから流れきては、ゆるやかな渦巻模様を描いてゆっくりと解きほぐれていった、
 淡い銀色をおびた広大な虚空に沁みとおり、やがて滲んでは消えていった、
 なおもうちふるえるその響きだけ残して。・・・

 おぼつかぬ足取りで歩を進め、やがて乙女はこちらへ近づいてきた、
 もう少しで私の前を通りすぎる、そう、まさに今・・・
 けれどもそのとき、ああ、私はその手を取ることができなかった、
 私はとつぜん恐怖感に駆られて身を引いた、
 後じさりして、あなたをそのままに行かせてしまった・・・
 私は怖れたのだった、へたにあなたに手を触れて、その魂の端のところをうっかり壊してしまいでもせぬかと。

 なぜなら私は知っていた、私はさいしょから知っていた、
 あなたがそんなにも切実に求めて、探していることを、
 それなのにあなたの探しているものを、私は持っていないのだと。
 私はまた知っていた、あなたはそんなにも心優しいので、
 あなたがあんまり私に近づいたら、私はきっとあなたのことを傷つけてしまうだろうと。

 私は心から願ったのだ、どんなにかそう願ったことだろう、
 私がそれを持っていたら、私がその人だったらよかったのに。
 けれども私はあなたのように強くもなく、純粋でもなく、心優しくもなかった。
 ただ無力感が私を打ちのめし、私の心はどうしようもない悲しみに沈んだ、
 ゆえに私は心の中であなたに告げた、
 私のそばへ来てはいけない、どうぞ私から離れなさい、
 いまだ二人が出会わぬうち、私があなたを損なわぬうちに。・・・

 夜明け前、その音色は満たされぬ空虚を抱えたまま
 城壁の外へさまよいいで、
 露にぬれた青銅色のオリーヴの園を抜けていった。
 軽やかなひずめをもったけもののように、
 青草の上にその細いあしあとだけ残して。
 ・・・ほかにいったいどうすればよかったのだろう、
 私はただそこに立って、心をかき乱されながら見ているしかなかった、
 あなたがひとり、冷たい荒野の中へ踏み出してゆくのを、
 茫漠とうち広がった、石ころだらけの不毛な荒野へと分け入ってゆくのを。
 私はそこに立ち尽くし、耳もとで風がひゅうひゅう鳴る音をきいた。
 風は遠ざかりゆくあなたの衣をはためかせ、その裾をひるがえした。
 あなたのその亜麻色の髪が、吹き上げられて四方に散った。
 朝の灰色の翼がゆっくりと広がりはじめ、石版でできた空にさしそめる石榴の血のひとすじ、沈黙をことさらに際だたす、岩山のガゼルの呼び声、
 そしておそらく自分でも気づかぬうちに、私は一歩を踏み出していた、
 あなたの姿を追って、同じ荒野の中へ踏み出していた・・・

 そしておそらくその日からだった、
 その音色のとりことなってしまったのは。

                        2001.Oct.

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