2021年10月03日
コリブの水の記憶(普及版)
愛蘭土物語(あいるらんどものがたり) ゴロウェイ篇5
コリブの水の記憶 Memories of Lough Corrib (普及版)
ゴロウェイの湖の物語
2006 by 中島 迂生 Ussay Nakajima

(こちらは、物語部分だけをシンプルにまとめたバージョンです。もっと長い<完全版>は下の記事をどうぞ)
丘々は覚えている、丘々のあいだを往きすぎる雲の群れも。・・・
ゆらめく波を湛えた水のおもても覚えている、はるか昔 ここで起こったそのできごとを。・・・
たそがれのたびに思い出して、そのみなもを揺らす、その記憶を慰めるように、涙の日数を数えるように。・・・
ロッホ・コリブは青々とした水をまんまんと湛えた広大な湖だ。
地図で見るとほとんどゴロウェイ湾にくっつくようにしてその上部に横たわっている。
ゴロウェイ湾の海水が溢れこんで一帯の土地を陥没させてしまったようにも見える。
アイルランドじゅうの湖のなかで最大か、第二か知らないが、ともかくそれくらい大きい、
不定形の、大小さまざま百あまりの島々を浮かべて。・・・
そのいちばん端のところから、澄んだ、冷たい流れとなっていきおいよくゴロウェイ湾に注ぎこんでいる・・・
毎年鮭の遡る、川越しに眺めるセントニコラス聖堂の美しいあのあたりだ・・・
***
湖のおもてが血の赤に染まったら、それは何か大きな災いの前兆なのだと、そういう言い伝えが人々のなかで語られていたころのこと。・・・
あるときひとりの少女が<運命の丘>のうえで、コリブの水のおもてが真っ赤な血のいろに染まるのを見た。
すると湖にすむ魚たちが彼女に告げて言った、
「あなたが見たとおり、遠からずこの地には大きな災いがある、異国の者たちがやってきてこの地を略奪し、家々に火を放ち、人々を殺すだろう・・・
いま、命を長らえたいと思うなら、ただちにこの地を立ち去りなさい、そうしてこのことを、あなたはほかの人びとにも告げなくてはいけない」・・・
そこで少女はその言葉を自分の家の者たちに告げ、自分の住む村の者たちにも告げた。
村人たちはそのために少女を憎み、彼女とその家の者たちとをのけ者にするようになった。
しかし家の者たちは彼女に言った、
「我々はお前の言葉を信用しよう。
魚はそのように言ったのだろうし、じっさいに災いは起こるだろう。
だが、我々はこの地を立ち去ることはできない。
コリブの水は我々そのものだ。この地を去って、どうして我々は生きてゆけよう」
それで、少女もその家の者たちもともに、ひきつづきコリブのほとりにとどまった。
何年かがたって、そののち湖の魚がふたたび彼女に告げて言った、
「私がお前たちに立ち去るようにと告げたのに、お前たちは立ち去らなかった。
今や、災いは目前に近づいた。
さあ、私を水の中から引き上げて、家へ携えて帰りなさい。
そしてお前もお前の家の者たちも、めいめいがひと切れずつ、私の体から食べなければならない。
そうすれば、それによって私の力がお前たちの中に働くようになるので、私はお前たちを助けることができる。
災いが迫るのを見たら、お前たちはみんなともに、どうかこの湖へ逃げるように」
そこで少女は魚を水から引き上げて、家へ携えて帰った。
家の者たちはみな、そこからひと切れずつ食べた。
しかし、少女自身は食べなかった。そして、しきりと泣いて言うのだった、
「災いが迫ったら、どうぞ湖へ逃げてください」と。・・・
翌朝早く、まだ夜が明けきらぬころ、異国の男たちが群れをなしてこの地に攻め入ってきて、略奪を働き、家々に火を放ち、人々を剣の刃にかけて殺した。
しかし、少女の家の者たちは、まだ追手が追いつかぬうち、家を走り出て、つぎつぎに湖へ飛びこんだ。
すると、飛びこむそばからその姿は魚となって、水底ふかく安全に逃れてゆくのだった。
だが、少女自身は湖に飛びこまずに、<運命の丘>の方へ逃げていった。
侵入者たちは途中まで彼女を追ったが、霧がその姿を隠してしまった。
それ以来、少女の姿を見たものは誰もいない。・・・
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コリブの水の記憶 Memories of Lough Corrib (普及版)
ゴロウェイの湖の物語
2006 by 中島 迂生 Ussay Nakajima

(こちらは、物語部分だけをシンプルにまとめたバージョンです。もっと長い<完全版>は下の記事をどうぞ)
丘々は覚えている、丘々のあいだを往きすぎる雲の群れも。・・・
ゆらめく波を湛えた水のおもても覚えている、はるか昔 ここで起こったそのできごとを。・・・
たそがれのたびに思い出して、そのみなもを揺らす、その記憶を慰めるように、涙の日数を数えるように。・・・
ロッホ・コリブは青々とした水をまんまんと湛えた広大な湖だ。
地図で見るとほとんどゴロウェイ湾にくっつくようにしてその上部に横たわっている。
ゴロウェイ湾の海水が溢れこんで一帯の土地を陥没させてしまったようにも見える。
アイルランドじゅうの湖のなかで最大か、第二か知らないが、ともかくそれくらい大きい、
不定形の、大小さまざま百あまりの島々を浮かべて。・・・
そのいちばん端のところから、澄んだ、冷たい流れとなっていきおいよくゴロウェイ湾に注ぎこんでいる・・・
毎年鮭の遡る、川越しに眺めるセントニコラス聖堂の美しいあのあたりだ・・・
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湖のおもてが血の赤に染まったら、それは何か大きな災いの前兆なのだと、そういう言い伝えが人々のなかで語られていたころのこと。・・・
あるときひとりの少女が<運命の丘>のうえで、コリブの水のおもてが真っ赤な血のいろに染まるのを見た。
すると湖にすむ魚たちが彼女に告げて言った、
「あなたが見たとおり、遠からずこの地には大きな災いがある、異国の者たちがやってきてこの地を略奪し、家々に火を放ち、人々を殺すだろう・・・
いま、命を長らえたいと思うなら、ただちにこの地を立ち去りなさい、そうしてこのことを、あなたはほかの人びとにも告げなくてはいけない」・・・
そこで少女はその言葉を自分の家の者たちに告げ、自分の住む村の者たちにも告げた。
村人たちはそのために少女を憎み、彼女とその家の者たちとをのけ者にするようになった。
しかし家の者たちは彼女に言った、
「我々はお前の言葉を信用しよう。
魚はそのように言ったのだろうし、じっさいに災いは起こるだろう。
だが、我々はこの地を立ち去ることはできない。
コリブの水は我々そのものだ。この地を去って、どうして我々は生きてゆけよう」
それで、少女もその家の者たちもともに、ひきつづきコリブのほとりにとどまった。
何年かがたって、そののち湖の魚がふたたび彼女に告げて言った、
「私がお前たちに立ち去るようにと告げたのに、お前たちは立ち去らなかった。
今や、災いは目前に近づいた。
さあ、私を水の中から引き上げて、家へ携えて帰りなさい。
そしてお前もお前の家の者たちも、めいめいがひと切れずつ、私の体から食べなければならない。
そうすれば、それによって私の力がお前たちの中に働くようになるので、私はお前たちを助けることができる。
災いが迫るのを見たら、お前たちはみんなともに、どうかこの湖へ逃げるように」
そこで少女は魚を水から引き上げて、家へ携えて帰った。
家の者たちはみな、そこからひと切れずつ食べた。
しかし、少女自身は食べなかった。そして、しきりと泣いて言うのだった、
「災いが迫ったら、どうぞ湖へ逃げてください」と。・・・
翌朝早く、まだ夜が明けきらぬころ、異国の男たちが群れをなしてこの地に攻め入ってきて、略奪を働き、家々に火を放ち、人々を剣の刃にかけて殺した。
しかし、少女の家の者たちは、まだ追手が追いつかぬうち、家を走り出て、つぎつぎに湖へ飛びこんだ。
すると、飛びこむそばからその姿は魚となって、水底ふかく安全に逃れてゆくのだった。
だが、少女自身は湖に飛びこまずに、<運命の丘>の方へ逃げていった。
侵入者たちは途中まで彼女を追ったが、霧がその姿を隠してしまった。
それ以来、少女の姿を見たものは誰もいない。・・・
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Posted by 中島迂生 at 05:12│Comments(0)
│コリブの水の記憶
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