2014年01月30日
主題
随想集Down to Earth-わが心 大地にあり- 散文編1
主題
あなた自身が詩だったのだ、私はただそれを羊皮紙に写し取ったにすぎない・・・
そしてそれらの日々のあいだ、あなたは奏でつづけ、歌いつづけた。
そのことばの私のうちに結ぶイメージはそのひとつひとつが一篇ずつの詩であり、その音色のひとつひとつは一枚ずつのガラス絵であった。
それらは限りなく私の心に降りつもっていった、
それらは限りなく美しかったので、私は何とかしてその姿をこの世界に刻みつけたいと願った。
けれども私は長いあいだ、その方法が分からなかった・・・
そしてそれらの日々のあいだ、あなたはずっと私の近くにいた、
と同時にその心のままに、世界のあちらこちらを経めぐっていった。
私の瞳に映ったその魂、そのたえまなく漂泊する魂は、男のものとも女のものともしれず、この世のものとも異界のものとも思われなかった。
その不可思議な多様さが、私を惹きつけてやまなかった。
おそらくそれだけ多くの声が、あなたの音色を通して語っていたのだ・・・
いつの頃から、私はただあなたの音色ばかりでなく、それを通してうたっているほかのさまざまな音色、
遠い過去のなかからそのおぼろげな姿を見せる、互いに異なったほかのさまざまな音色、
それらにもまた耳を傾けるようになっていた。
私はできればそのすべてを、汲み取ってかたちにしたいと願った。
けれどもずっと長いあいだ、私はそれらにふさわしい器を、肉体を与えることができなかった・・・
とはいえこれらの日々のあいだ、私はまったく気にかけなかった、
なぜなら詩情は私の窓辺に満ちていて、
それらはきらめく無数の泡つぶとなって、私の暁を浸していたのだから。・・・
とめどなく流れゆく水の流れを追って、どこまでも駆けてゆく幼な子のように、
私はただ夢中になってその音色を追いかけた、
私はなんにも考えず、私はとても幸福だった・・・
けれどもしだいに陽は中天からその場所を移し、
やがてゆっくりと傾いていった、
川おもての水泡の色が、梢に差しこむ金色の光がそのことを告げていた。
私はそれに気づかなかった、
群れとぶ鳥たちがねぐらをさして還りゆくのにも、
西の空を染めあげた壮麗な夕映えにもまったく心を払わなかった・・・
夕つ風をうす青み、その冷たさに、私ははじめて立ちどまった、
川のおもては暗く銀色に澄み、葦の葉がさやさやとなっていた。
そのとき私はようやく知った、なべての事物はいかに悠久に映ろうと、また刻一刻ととどめがたく変わりゆくことを。・・・
季節はゆっくりとめぐって次の季節に場所をゆずろうとしていた、
あなたの音色は少しずつ変わりつつあった、
そうして私自身もまた。・・・
私ははるかに思い見て、身ぶるいした、
今はつと手をのばせば触れることのできる、この鮮やかな感覚が、
いつかしだいにくすみはじめ、この河の水泡にのせて流れゆく黄昏の色のように、その紅とばらの色とが薄れゆくようにいつかしだいに薄らいで、
やがては遠く、彼方へ運び去られてしまう日のことを。・・・
ゆえにたしかに私は知った、今こそその姿を、その輪郭と色彩とを、はっきりと刻み残さなくてはならないと。
そうして私には、ただペンを用いてするよりほかになかった。・・・だが、いったいどうやって?・・・
そのとき私は流れゆく川の岸をはなれ、己れ自身の中深く降りていった。
そこではもはや月の光も届かず、
星々ものび広がった薄墨の雲がおし隠してしまった。
そこではもはや誰も私を導いてはくれず、
頼みになるものはといえばただ、一心に耳をすませたときにかすかに聴こえてくる、かの詩魔のよび声ばかり。
・・・しかもその声の、なんと遠く聴きとりがたいことか!・・・
かくして長いあいだ、私は何も見えず、何もきこえなかった。
私は手探りで暗闇の中を歩きまわり、狂気の淵をさまよった。
私は耐えきれなくなって、闇の中に大声で呼ばわった・・・
言葉はどこからかやってきた、私の底のどこか知らない場所から。
それはその光り輝く指をもって、私の中に降りつもったあまたの旋律やイメージを、そのひとつひとつを拾いあげ、
磨きあげては、ビーズ玉のように糸に通して織りなしていった、
色あいがより美しくなるようにと、自在にその配列を変えながら。
しだいにそれはそれ自身の調子をもって力強く語りはじめ、
その色調はたがいに溶けあいながらいよいよさやけく、その響きはうち響いていよいよ高らかに冴えわたった・・・
しだいに私は知るようになった、
その言葉は私の中に降りつもった、あなたの音色そのものによって織り上げられたのだった、
私のあとにしてきたあなたの音色が姿を変えて、こんどは私の中から流れ出したのだ・・・
それはついにあふれ出てきて、みるまに私を呑みこんでしまった、
私にはもう手の打ちようもなかった、
それはそれ自身の欲するままに、私の全身を七色に染めあげ、奔流となって、 豊かな河の拡がりとなって流れていった・・・
かくして私はあなたをひとつのエクリチュールとなしてしまった、
おそらく人の道を少し踏み越えて、あるがままのあなたとして見るよりもより多く、あなたをひとつの主題として見るようになってしまった・・・
できることなら、どうかこれらすべてのことで、あなたが気を悪くしたりすることのないようにと願う。
そしてもしもこのささやかな詩篇の中に、あなたがかくありたいと願うあなた自身のイメージを、もしもその片鱗をでも見いだしていただけることがあるなら、私にとってそれにまさる幸いはない。
ともかくももうこれ以上、私には抱えきれない、ひきとどめおくことができない。言葉はいま私の両腕を越えてあふれ出し、堰を切ってこの現象世界に流れこんでゆく・・・
2003.Jan.
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