2014年01月29日

青い谷間の夏

これは誰にインスパイヤされて描いたのだったっけな。ルーシー・ボストンあたりかな。

         詞華集カフェ・ジュヌヴィエーヴ 7

             青い谷間の夏


 午後の陽射しに照りつけられて、砂利道をのぼってゆくらばのひずめ。
 トランクの上でぶらぶらさせている小さなエナメル靴。
 ねえ、まだ着かないの?
 もうすぐですよ、お嬢さん。
 ほら、あそこに見えてるでしょう、木の間から少し顔をのぞかせて、谷間を見下ろしているあの石の館ですよ。

 そら、着いた。さあ、降ろしてあげましょう。
 おばあちゃんに会ったらきちんと挨拶して、キスしておあげなさいよ。

 まあ、おばあちゃん、こんなに大きなおうちに一人で住んで、毎日何をしてるの?
 おまえたちのことを考えてるのさ。
 あたしたちのことを考えてるの? 毎日?
 そんなの、退屈じゃない?
 いいえ、ちっとも。

 つい今しがた庭から取ってきた、まだ朝露に濡れている赤いばら。
 白いせとものの卓上ベル。
 ゆでたまごの殻を真剣にむきながら--
 ねえ、あばあちゃん、ハンプティ・ダンプティってたまごなんでしょ?
 生のたまごかしら、それともゆでたやつ?
 さあね。塀の上から落っこっても、ちょっとけがしただけですんだのだから、 きっと固ゆでのたまごだったんじゃないかと思うけど。

 はだしの感触。木陰のボート。
 そっとほおを寄せる、ひんやりした石壁。
 棚の奥のカットグラスのきらめき。
 長々と床に寝そべっている虎猫。

 とねりこの木の上のラプンツェルごっこ。
 ラプンツェル、ラプンツェル、お前の長い髪を垂らしておくれ。
 わたしがお前のところへ行かれるように。

 氷を浮かべたオレンジジュース。
 小麦の穂みたいなお下げ髪。
 まぶしい陽光にきらめいて、麦わら帽子のすきまからこぼれる虹色の六角形。
 木彫りのアラベスクにはめこまれた、埃だらけの背の高い鏡。
 かがみよかがみ、世界でいちばんきれいなのはだあれ。

 雨の日のビーズ遊び。
 一つ一つ、糸に通してつくる美しい首飾り。
 あんたなんか大っ嫌い! もう二度と口なんかきいてやらないから!
 騒々しく階段をかけおりてゆく足音。
 おや、あんた一人でどうしたの。
 けんかしたの。
 まあ、そうなの。それじゃ、ちょっと来て、ビスケットを焼くのを手伝ってちょうだい。

 ゆれるこずえの打ち出しているまだら模様。
 石ころの間でひなたぼっこしている小さなとかげ。
 (ひそひそ声で)
 ねえ、オフィーリアって、どうして死んじゃったの?
 悲しみのあまり気が狂って、小川でおぼれ死んだのよ。
 一束のスミレを手にして、髪を水草にからませながら流されてゆくところを、人々が見つけて、嘆き悲しみながらひっぱりあげたの。
 恐怖と好奇心に満ちたまなざし--
 ちょうどあそこの川みたいな?
 そうよ。

 おお、オフィーリア、オフィーリア!
 そなたをかくのごとくして見い出さんとは、
 おお、いとしのオフィーリアよ!

 うまいわ、スー。ほんとにおぼれ死にしてるみたい。
 ・・・ねえ、見て、息してないわ、スー。
 閉じた瞳。水の中にゆらめく茶色の髪。
 ねえ、スー、死んじゃったの?
 ばかなこと言わないで。手伝って、一緒にひっぱりあげてちょうだい。
 ながいながいひととき。
 あかるい陽射し、きらめく水のしずく。
 目、開けた?
 開けたわ。
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 さっきのことは、誰にも言っちゃだめよ。絶対よ。
 大人って、大騒ぎするんだから。
 さあ、スー、急いで着替えてきて。

 朝食の食卓に残された、黒いちごのジャムをぬった一切れのパン。
 木の葉の間を吹き抜けて、窓辺に流れ込んでくる風。
 柱時計の、ものうげにチックタックいう音。

 やぶの陰を、さっとかすめて通りすぎるきつね。
 細い口笛。夕陽の芝生におとされた影ぼうし。
 にれの木の下で、目をつぶって十数えて。
 それまで、絶対に目を開けちゃだめよ。

 これこれ! みんな、荷づくりはすんだのかい。
 十時にはお迎えが来ることになってるんだからね。
 ハンカチに、アイロンをかけておいたよ。
 レディは、きれいなハンカチを持っていなくちゃいけないからね。

 目をつぶって、十数えて。
 そしたらあたし、もうだれにも見つからないわ。
 だれにも、だれにも・・・
 走り去る笑い声。
 もう二度と、だれにも見つけられない、
 青い谷間の一夏の日々。

 (1992-3?)






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