2009年11月11日
風神の砦(普及版)
愛蘭土物語 クレア篇5
風神の砦 The Fort of Aengus / Doon Aengusa 普及版
モハーの崖とアラン諸島の物語
2009 by 中島 迂生 Ussay Nakajima
(こちらは、物語部分だけをシンプルにまとめたバージョンです。もっと長い<完全版>は下の記事をどうぞ)
そは 風の神エインガスの嘆きのごと
たかくひくく とどろきわたる 波のまにまに
今なお響けるは かの調べ
とわに守り通すと誓いし愛に
吹きわたる風のなか いまもひびく
砕かれし契りを嘆く声
われを赦せ 海の乙女
わがもとへ還れ わたつみの乙女
遠く遠く西の果てアイルランド、そのまた西のさい果てに、<モハーの崖>という有名な崖がある。
200メートルにも及ぶまっすぐな絶壁が、ぎざぎざに入り組んで何マイルにもわたってつづいている、まさに絶景だ。・・・
切りたった岩壁に砕け散って、永遠に寄せては返す波のひびき、かもめの鳴き交わす 細く甲高い声のひびき、想像を絶するような、荒涼とした風景。・・・
そのはるか沖合いには、イニシュモア、イニシュマーン、イニシーア、通称アラン諸島とよばれる三つの島が浮かんでいる。
いずれも本土のモハーの崖と同じ、切りたった崖にかこまれた 岩ばかりの荒れ果てたところだ。
吹きすさぶ風にさらされて高い木は一本も生えず、ひとたび海が荒れると何週間と知れず孤立しつづける。・・・
それでも、はるか昔からここには人が暮らしてきた。
ながい時をかけて少しずつ、石を積み上げては石垣を築いて、わずかな作物や家畜を育ててきたのだ。
今ではその石垣が網目模様のように、島ぜんたいを覆っている。
それだけではない。
これらの島々には、いつとも分からぬ有史以前に築かれた、いくつものふしぎな遺跡がある。
ひたすら石を積み上げてつくられた巨大な砦で、うたがいもなく、強大な国家の存在を物語るものだ。・・・
なかでもとりわけ有名で、強い印象を与えるのは、イニシュモア、いちばん大きな島の崖ふちに、三重の塁壁にまもられて忽然とそびえる ドゥーン・エインガサ、エインガスの砦だ。
半円形をしているのだが、崖に面していきなりすっぱりと海へ切れ落ちているのだ。
まるで、もとは完全な円形をしていたのが、突然なにかの天変地異が起こってまっぷたつに裂け、もう半分を島ごと海に飲みこまれてしまったかのよう。
いや、明らかにそのように見える。・・・
実は、この地方には昔から、ひとつの伝説が伝わっている。
ハイ=ブラジル、はるか昔に海の底へ沈んでしまった島、もしくはひとつづきの土地。
それは人のあらゆる想像を超えて、かつて知られたすべてのものにまさってすばらしく、美しいものにみちていたという国なのだ。
いまもその姿を目にすることがある、と彼らは言う。
いまも七年に一度、その陸影のまぼろしを、人は海のかなたに望むのだと。・・・
これは、遠い遠い神代の昔、そのハイ=ブラジルがまだモハーの崖とつながっていた頃の話、そして、なぜその国が、海の底深く飲みこまれてしまったのかについての物語。・・・
***
当時、この国を治めていたのは風の神エインガスだった。
優れた文明の栄えた、ゆたかに潤った美しい国だった。
その広大な領土のあちこちを、彼はただ心のおもむくまま、その青く透き通った衣のすそをはためかせて駆け巡っていたのだ。
ところで、彼の女好きなことは、知らぬ者がなかった。
神々の乙女たちであろうが、精霊の女たちであろうが、はたまた人間の娘たちだろうと、手あたりしだい、女と見ると放っておかない。
何しろ、信じがたいほど美しい顔だちをしていたし、そのうえ心をとろかすような甘い言葉で囁きかけるので、女たちはだれもいやとは言えなかった。
若い娘をもつ親たちはみな、エインガスを恐れた。
彼がやってくると見ると娘たちを戸のうちに呼びいれ、しっかりと錠を差し、そして厳重に言い渡すのだった、あいつが通り過ぎるまで、一言も口をきいてはいけない、音を立ててもいけない、ただもうひっそりと、誰もいないようなふうをしておいで。・・・
ある日のこと、彼は虫の居所が悪かったのか、その日のあいだずっと、ただもうむちゃくちゃに、海のおもてを駆けまわっていたのだった。
そのため海は大荒れに荒れて濁り、空には暗い雲がうずまいて、ごうごうと轟いた。
そのとき、波が深く分かたれた拍子に、彼はひとりの美しい娘を垣間見てしまったのだ。
それは海の神エントロポスが海底深くに隠しておいた、ひとり娘ユーナの姿だった。
彼女の姿を目にしたとたん、エインガスはすべてを忘れてしまった。
彼は激しく恋い焦がれ、何とかその姿をもういちど見られないものかと、来る日も来る日も海の上を彷徨っては吹き散らしたが、それは叶わなかった。
そこで彼は浜辺へおりていって、海神エントロポスに向かって大声で呼びかけた。
エントロポスはエインガスのことを好いていなかったので、はじめは黙して答えようとしなかった。
けれどもエインガスがいつまでもしつこく呼びつづけるので、ついに姿を現して、
「エインガスよ、何の用だ」と尋ねた。
「お前の娘ユーナを私に与えてほしい」とエインガスは言った。
「お前が何者であるか、知らない者があろうか」とエントロポスは言った。
「私と私自身の言葉にかけて、私は自分の娘をお前のような浮気者に与えはしない」
そうして彼は姿を消してしまった。
そこでエインガスは再び浜辺に立って、エントロポスがまた姿を現すまで大声で呼びつづけた。
エントロポスは再び現れると、「エインガスよ、何の用だ」と尋ねた。
「お前の娘ユーナを私に与えてほしい」とエインガスは言った。
「お前が何者であるか、知らない者があろうか」とエントロポスは言った。
「私と私自身の魂にかけて、私は彼女をお前のような恥知らずに与えはしない」
こうしたことが七たびつづいた。
ついにエントロポスは疲れてしまい、根負けして、言った、
「お前が天と地にかけて誓い、今後はほかの女を追いまわすことを一切やめて、生涯私の娘だけを愛すると約束するなら、私はユーナをお前に与えよう。
しかし、少しでもあれに辛い目を見せるようなことがあったらすぐに、私はあれを手元に取り戻し、そして二度とお前に会わせることはしない」
するとエインガスは言った、「それでよい」と。
こうして海神の娘ユーナはエインガスの妻となった。
ユーナが、ふるさとの海をいつもそばに見ていたいと言ったので、エインガスは海を見下ろす高い丘の上に館を築き、塔をたて、三重の石壁でそのぐるりをめぐらして、彼女がその窓からいつでも海を眺められるようにした。
これが世に聞こえたドゥーン・エインガサ、エインガスの砦だ。・・・
さて、しばらくはエインガスはユーナに夢中になって、大切にもてなし、心を尽くして彼女を愛した。
しかし、少しすると飽きがきて、また以前のように、心のままに領土のうちのあちらこちらを駆けめぐるようになった。
するとまた、あまたの若い女たちが彼の目にとまったが、海神エントロポスとの約束を思い出して、強いて目をそらすようにつとめるのだった。
しかし、大地の娘マノアが灌木の茂みのあいだから身を乗り出して、思わせぶりな仕草で髪を梳きながら、彼に向かってあでやかに笑いかけた。
と、たちまち彼は我を忘れ、鷲のように舞い降りて、そのあらわな肌を抱きすくめた。
そのとき、海の神エントロポスの怒りが燃えた。
大地は激動して張り裂けた。
海の神の底知れぬ力が、娘ユーナをその館ごと、その手に奪い返そうとして地を揺るがしたのだ。
そのとき、エインガスの砦、彼がユーナのためにきづいたうるわしい塔と館とは、そのまん中のところでまっぷたつに裂け、とどろきとともに崩れおちて沈んでいった。
大地からもぎ離され、さかまく水の中へのまれて消えた。
こうして海の娘ユーナはそのふるさとへ、海の底深くへと帰っていったのだ。
そのとき、風の神エインガスの領土、ハイ=ブラジル、みどりゆたかな露くだるそのうまし国は、地うなりとともに、泡だちうずまく波の中にのまれて沈んでいったのだった。
その地に住むすべての者たち、人も動物も精霊たちもみな もろともに。・・・
このときぱっくりと生々しい傷口をあけた大地のへり、その部分が今日モハーの崖として知られているのだ。
また、このとき生じた恐るべき衝撃のために、砕かれた大地のかけらが三つの島となって残った。
それが今のアラン、・・・イニシーア、イニシュマーン、そしてイニシュモアだ。・・・
我に返ったエインガスは、おのれの犯したあやまちが、取り返しのつかない事態を招いたのを見た。
たちまち はやてのごとく、彼は大地の上を渡ってゆき、崖のふちを蹴って海原の上へ飛び出した。
ついで三つの島を飛び石のように次々ととんで、ついにそのいちばん端のところへ至り、そこで変わり果てた砦の姿を、その空っぽの残骸を見たのだ。
突然の大変動に、空はもうもうたる土けむりに暗くけぶって息もつけない。
海は掻き立てられて不吉に濁り、おどろおどろしい色をして、すべては混沌と破壊と激怒のすさまじい様相だ。
エインガスはそこに立って、大声で叫んだ。
悲しみのあまり胸も張り裂けんばかり、長い髪をかきむしって号泣し、そしてそれこそ声が涸れはてるまで、妻ユーナの名を呼びつづけたが、こんどというこんどはむだだった。
二度とふたたび海の中から答えが返ってくることはなかった・・・怒りに沈黙したまま、不吉に濁ったその海からは。・・・
遥か遠く、掻き曇った空と海のまざるところまで、その叫びがいくえにもこだまして響きわたった・・・すべてを失って独りぼっちになったエインガスの、その絶望の叫びが。・・・
これらすべては遥か昔の物語、エインガスもほかの者たちも、みなすでに神々の地へ去って久しく、この地を歩きまわってみても今はただ、虚ろな風の吠え叫ぶばかり。
海と大地とはついに互いの心を知ることなく、そしてこれらの断崖はあのとき裂かれて分かたれたまま、今も海原に立ち尽くしている。・・・
ドゥーン・エインガサ、エインガスの砦、それもいま見るとおり、張り裂かれて本土から断たれたまま、アランのいちばん端、大海に面して三重の石塁にかこまれた、ただその半分だけが残っている。
それは海の神エントロポスの怒りの手を、からくも逃れたほうの半分なのだ。・・・
こうして無残にも引き裂かれた約束の遠い記憶を刻まれた、これら断崖の上を歩くとき、
暗い海のとどろくなか、吠え叫ぶ風のまにまに、今も我々はその悲しみの叫びをきくのだ・・・
・・・我を許せ! 我を許せ! ・・・戻って来い! と。・・・
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風神の砦 The Fort of Aengus / Doon Aengusa 普及版
モハーの崖とアラン諸島の物語
2009 by 中島 迂生 Ussay Nakajima
(こちらは、物語部分だけをシンプルにまとめたバージョンです。もっと長い<完全版>は下の記事をどうぞ)
そは 風の神エインガスの嘆きのごと
たかくひくく とどろきわたる 波のまにまに
今なお響けるは かの調べ
とわに守り通すと誓いし愛に
吹きわたる風のなか いまもひびく
砕かれし契りを嘆く声
われを赦せ 海の乙女
わがもとへ還れ わたつみの乙女
遠く遠く西の果てアイルランド、そのまた西のさい果てに、<モハーの崖>という有名な崖がある。
200メートルにも及ぶまっすぐな絶壁が、ぎざぎざに入り組んで何マイルにもわたってつづいている、まさに絶景だ。・・・
切りたった岩壁に砕け散って、永遠に寄せては返す波のひびき、かもめの鳴き交わす 細く甲高い声のひびき、想像を絶するような、荒涼とした風景。・・・
そのはるか沖合いには、イニシュモア、イニシュマーン、イニシーア、通称アラン諸島とよばれる三つの島が浮かんでいる。
いずれも本土のモハーの崖と同じ、切りたった崖にかこまれた 岩ばかりの荒れ果てたところだ。
吹きすさぶ風にさらされて高い木は一本も生えず、ひとたび海が荒れると何週間と知れず孤立しつづける。・・・
それでも、はるか昔からここには人が暮らしてきた。
ながい時をかけて少しずつ、石を積み上げては石垣を築いて、わずかな作物や家畜を育ててきたのだ。
今ではその石垣が網目模様のように、島ぜんたいを覆っている。
それだけではない。
これらの島々には、いつとも分からぬ有史以前に築かれた、いくつものふしぎな遺跡がある。
ひたすら石を積み上げてつくられた巨大な砦で、うたがいもなく、強大な国家の存在を物語るものだ。・・・
なかでもとりわけ有名で、強い印象を与えるのは、イニシュモア、いちばん大きな島の崖ふちに、三重の塁壁にまもられて忽然とそびえる ドゥーン・エインガサ、エインガスの砦だ。
半円形をしているのだが、崖に面していきなりすっぱりと海へ切れ落ちているのだ。
まるで、もとは完全な円形をしていたのが、突然なにかの天変地異が起こってまっぷたつに裂け、もう半分を島ごと海に飲みこまれてしまったかのよう。
いや、明らかにそのように見える。・・・
実は、この地方には昔から、ひとつの伝説が伝わっている。
ハイ=ブラジル、はるか昔に海の底へ沈んでしまった島、もしくはひとつづきの土地。
それは人のあらゆる想像を超えて、かつて知られたすべてのものにまさってすばらしく、美しいものにみちていたという国なのだ。
いまもその姿を目にすることがある、と彼らは言う。
いまも七年に一度、その陸影のまぼろしを、人は海のかなたに望むのだと。・・・
これは、遠い遠い神代の昔、そのハイ=ブラジルがまだモハーの崖とつながっていた頃の話、そして、なぜその国が、海の底深く飲みこまれてしまったのかについての物語。・・・
***
当時、この国を治めていたのは風の神エインガスだった。
優れた文明の栄えた、ゆたかに潤った美しい国だった。
その広大な領土のあちこちを、彼はただ心のおもむくまま、その青く透き通った衣のすそをはためかせて駆け巡っていたのだ。
ところで、彼の女好きなことは、知らぬ者がなかった。
神々の乙女たちであろうが、精霊の女たちであろうが、はたまた人間の娘たちだろうと、手あたりしだい、女と見ると放っておかない。
何しろ、信じがたいほど美しい顔だちをしていたし、そのうえ心をとろかすような甘い言葉で囁きかけるので、女たちはだれもいやとは言えなかった。
若い娘をもつ親たちはみな、エインガスを恐れた。
彼がやってくると見ると娘たちを戸のうちに呼びいれ、しっかりと錠を差し、そして厳重に言い渡すのだった、あいつが通り過ぎるまで、一言も口をきいてはいけない、音を立ててもいけない、ただもうひっそりと、誰もいないようなふうをしておいで。・・・
ある日のこと、彼は虫の居所が悪かったのか、その日のあいだずっと、ただもうむちゃくちゃに、海のおもてを駆けまわっていたのだった。
そのため海は大荒れに荒れて濁り、空には暗い雲がうずまいて、ごうごうと轟いた。
そのとき、波が深く分かたれた拍子に、彼はひとりの美しい娘を垣間見てしまったのだ。
それは海の神エントロポスが海底深くに隠しておいた、ひとり娘ユーナの姿だった。
彼女の姿を目にしたとたん、エインガスはすべてを忘れてしまった。
彼は激しく恋い焦がれ、何とかその姿をもういちど見られないものかと、来る日も来る日も海の上を彷徨っては吹き散らしたが、それは叶わなかった。
そこで彼は浜辺へおりていって、海神エントロポスに向かって大声で呼びかけた。
エントロポスはエインガスのことを好いていなかったので、はじめは黙して答えようとしなかった。
けれどもエインガスがいつまでもしつこく呼びつづけるので、ついに姿を現して、
「エインガスよ、何の用だ」と尋ねた。
「お前の娘ユーナを私に与えてほしい」とエインガスは言った。
「お前が何者であるか、知らない者があろうか」とエントロポスは言った。
「私と私自身の言葉にかけて、私は自分の娘をお前のような浮気者に与えはしない」
そうして彼は姿を消してしまった。
そこでエインガスは再び浜辺に立って、エントロポスがまた姿を現すまで大声で呼びつづけた。
エントロポスは再び現れると、「エインガスよ、何の用だ」と尋ねた。
「お前の娘ユーナを私に与えてほしい」とエインガスは言った。
「お前が何者であるか、知らない者があろうか」とエントロポスは言った。
「私と私自身の魂にかけて、私は彼女をお前のような恥知らずに与えはしない」
こうしたことが七たびつづいた。
ついにエントロポスは疲れてしまい、根負けして、言った、
「お前が天と地にかけて誓い、今後はほかの女を追いまわすことを一切やめて、生涯私の娘だけを愛すると約束するなら、私はユーナをお前に与えよう。
しかし、少しでもあれに辛い目を見せるようなことがあったらすぐに、私はあれを手元に取り戻し、そして二度とお前に会わせることはしない」
するとエインガスは言った、「それでよい」と。
こうして海神の娘ユーナはエインガスの妻となった。
ユーナが、ふるさとの海をいつもそばに見ていたいと言ったので、エインガスは海を見下ろす高い丘の上に館を築き、塔をたて、三重の石壁でそのぐるりをめぐらして、彼女がその窓からいつでも海を眺められるようにした。
これが世に聞こえたドゥーン・エインガサ、エインガスの砦だ。・・・
さて、しばらくはエインガスはユーナに夢中になって、大切にもてなし、心を尽くして彼女を愛した。
しかし、少しすると飽きがきて、また以前のように、心のままに領土のうちのあちらこちらを駆けめぐるようになった。
するとまた、あまたの若い女たちが彼の目にとまったが、海神エントロポスとの約束を思い出して、強いて目をそらすようにつとめるのだった。
しかし、大地の娘マノアが灌木の茂みのあいだから身を乗り出して、思わせぶりな仕草で髪を梳きながら、彼に向かってあでやかに笑いかけた。
と、たちまち彼は我を忘れ、鷲のように舞い降りて、そのあらわな肌を抱きすくめた。
そのとき、海の神エントロポスの怒りが燃えた。
大地は激動して張り裂けた。
海の神の底知れぬ力が、娘ユーナをその館ごと、その手に奪い返そうとして地を揺るがしたのだ。
そのとき、エインガスの砦、彼がユーナのためにきづいたうるわしい塔と館とは、そのまん中のところでまっぷたつに裂け、とどろきとともに崩れおちて沈んでいった。
大地からもぎ離され、さかまく水の中へのまれて消えた。
こうして海の娘ユーナはそのふるさとへ、海の底深くへと帰っていったのだ。
そのとき、風の神エインガスの領土、ハイ=ブラジル、みどりゆたかな露くだるそのうまし国は、地うなりとともに、泡だちうずまく波の中にのまれて沈んでいったのだった。
その地に住むすべての者たち、人も動物も精霊たちもみな もろともに。・・・
このときぱっくりと生々しい傷口をあけた大地のへり、その部分が今日モハーの崖として知られているのだ。
また、このとき生じた恐るべき衝撃のために、砕かれた大地のかけらが三つの島となって残った。
それが今のアラン、・・・イニシーア、イニシュマーン、そしてイニシュモアだ。・・・
我に返ったエインガスは、おのれの犯したあやまちが、取り返しのつかない事態を招いたのを見た。
たちまち はやてのごとく、彼は大地の上を渡ってゆき、崖のふちを蹴って海原の上へ飛び出した。
ついで三つの島を飛び石のように次々ととんで、ついにそのいちばん端のところへ至り、そこで変わり果てた砦の姿を、その空っぽの残骸を見たのだ。
突然の大変動に、空はもうもうたる土けむりに暗くけぶって息もつけない。
海は掻き立てられて不吉に濁り、おどろおどろしい色をして、すべては混沌と破壊と激怒のすさまじい様相だ。
エインガスはそこに立って、大声で叫んだ。
悲しみのあまり胸も張り裂けんばかり、長い髪をかきむしって号泣し、そしてそれこそ声が涸れはてるまで、妻ユーナの名を呼びつづけたが、こんどというこんどはむだだった。
二度とふたたび海の中から答えが返ってくることはなかった・・・怒りに沈黙したまま、不吉に濁ったその海からは。・・・
遥か遠く、掻き曇った空と海のまざるところまで、その叫びがいくえにもこだまして響きわたった・・・すべてを失って独りぼっちになったエインガスの、その絶望の叫びが。・・・
これらすべては遥か昔の物語、エインガスもほかの者たちも、みなすでに神々の地へ去って久しく、この地を歩きまわってみても今はただ、虚ろな風の吠え叫ぶばかり。
海と大地とはついに互いの心を知ることなく、そしてこれらの断崖はあのとき裂かれて分かたれたまま、今も海原に立ち尽くしている。・・・
ドゥーン・エインガサ、エインガスの砦、それもいま見るとおり、張り裂かれて本土から断たれたまま、アランのいちばん端、大海に面して三重の石塁にかこまれた、ただその半分だけが残っている。
それは海の神エントロポスの怒りの手を、からくも逃れたほうの半分なのだ。・・・
こうして無残にも引き裂かれた約束の遠い記憶を刻まれた、これら断崖の上を歩くとき、
暗い海のとどろくなか、吠え叫ぶ風のまにまに、今も我々はその悲しみの叫びをきくのだ・・・
・・・我を許せ! 我を許せ! ・・・戻って来い! と。・・・
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Posted by 中島迂生 at 20:03│Comments(0)
│風神の砦(劇団第2作作品)
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