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2010年02月16日

兄弟石

瑛瑠洲物語 オグウェン篇2
兄弟石
2007 by 中島 迂生 Ussay Nakajima


 街道からイーサフに入るとき、谷床を走る小川をまたぐ、低い、小さな石橋をわたる。
 そのとき、左手前、平たい楕円形の、白い大きな岩がある。奇妙に目をひくからすぐ分かる。ちょうど大の男が身を伸ばしてその上に寝られるくらいの大きさだ・・・それが兄弟石だった。
 この岩をはじめて見たとき、私はそれを、その上に眠る男の幻影とともに見た。そしてその上にふりかざされるナイフとともに。・・・

 一千年前、この谷にとある兄弟が住んでいた。
 ところが、あるとき、この岩の上で、兄が弟を殺したのだ。
 何ゆえに?・・・ おそらくそれは、人類さいしょの殺人と同じ、嫉妬ゆえだっただろう。・・・

「地はあなたのゆえに呪われた。」・・・
 それゆえ彼は呪われた身となって、一千年間のあいだ、世界中を彷徨い歩かなくてはならなかった。
 人々は各地で彼の姿を目にし、彼とすれ違ったことだろう・・・おそらく見てもそれが彼だとは分からなかっただろうが・・・ メキシコの炭鉱で働く彼、北極のツンドラを、橇を引いて進みゆく彼、ニューヨークのスラム街の片隅にある彼、はたまたインドネシアの奥地で汗を流して荷を運ぶ彼の姿を。・・・ 一千年のあいだ、彼は額に汗してよろめきながら働きつづけ、ひとりを殺した償いとして、一千年のあいだに、一千人の命を救わなければならなかった。・・・
 そうして一千年の時がみちて、はじめて彼は故郷ウェールズのこの谷に帰ってきて、己れがひとを殺めたこの岩の上で死ぬことを許されるのだ。・・・

 きのう、用足しにバンゴールまで出たとき、バスの停留所に腰を降ろすひとりの旅人を見かけた。
 彼はこの谷へ向かうバスを待っていたのだった。
 ひげもじゃの、灰色の、絡まりあった髪に毛糸の帽子をかぶり、大きな外套を着て、長靴をはいて、長い、イチイの木の杖を手にしていた。顔のおもてには深く皺が刻まれ、なにか安らかな、充足した表情を浮かべていた。
 私には分かった、それが彼だった、千年前にこの谷で兄弟を殺した兄のほうだった。今ややっと呪いの時がみちて、彼は生まれ故郷のこの谷に戻り、あの岩の上で死ぬことを許されたのだ。・・・

 イェイツによれば、人の魂はその人が愛したり、深く関係したりした場所にその死後もとどまって、その生涯のなかでもっとも劇的な瞬間をくり返し生きるのだそうだ。
 だが、ドラマティックな幻影にみち溢れたこんな谷に日々を送れば、そういう瞬間を生きつづけるのは彼ら自身の魂だけではない。
 その圧倒的なドラマの前に、旅人の生きる現実の時間など、まるで影を潜めてしまう。・・・

                 *               *

 夏のバングログ谷も美しいが、私にとってとりわけ忘れがたいのは、晩秋にさしかかってからの二度めの訪問である。
 谷は沈んだ灰茶色に染まり、くる日も荒れ模様の天気が続いた。・・・
 登山客もめっきり減って、孤独と安らぎを得ることができた・・・少なくとも週日のあいだは。
 私は谷のあちこちを、思いにふけりながらゆっくりと歩きまわった。
 それはこの谷にとても似つかわしかった・・・こういう季節にこそ、もっともこの土地の魂に近づける気がした。・・・

 実は、この谷への二度めの訪問は、すんなりといった訳ではなかった。
 己れの愚かさと不運とが重なって、あやうく辿りつけずに終わるところだったのだ。
 やっとアイルランドから戻ったその日、大嵐のために列車がとまってしまったのだった。・・・何てことだ!
 私はアイルランドを旅するあいだに一台の古自転車を手に入れていて、それを船に積んできていた。
 そしてそいつをそのまま列車に積み換えて、バンゴールまでもっていく予定にしていたのだ。・・・
 ホリヘッドで宿を探せば探せたと思う。
 けれども、そのときまでにもうずいぶん日がたってしまっていたし、一日も早くこの谷へ戻りたくて気が急いていた。
 だから、無理を押して街道を自転車で、ホリヘッドからバンゴールへ向かう道を選んだのだ・・・今考えると無謀以外の何ものでもなかったのだが。・・・
 自分の足で移動したために、道中の景色ははっきりと印象にある。
 どこまでも平らで穏やかなアングルシーの地形、なだらかな線を描いてつづく石垣、石造りの、ねずみ色に沈んだ家々、牧草地、羊たち。・・・横殴りに叩きつける激しい風雨のなか、暗い曇天の下の。・・・
 やがてメナイ海峡にさしかかる、吊橋をわたる、はるか下に広がった雄大な水の広がり、そのなめらかな白いおもて・・・欄干ごしに覗きこむと、そのまんなかにぽっつりひとつ、小さい島が浮かんでいて、そこに一軒、家が建っていた、それがものすごく隔絶したようすで、今にもまわりの水に呑みこまれそうに見えたのを覚えている。・・・
 
 ようやくバンゴールの標識が見えてくる、けれども郊外の町並がとりとめもなくつづくばかり、なかなか町の中心部の、知っている景色に辿りつかない・・・ 土地の低いところでは、川の水が溢れ出し、洪水になって大渋滞だ、交通整理のおまわりが出て、膝まで水に浸かりながら腕を振り回している・・・
 どちらを見ても、水、水、水、何もかもびしょぬれの水浸しだ・・・ あまりの混乱ぶりに、自分の苦労はさしおいて、何だか笑い出したくなってしまう。・・・
 その日、暗くなってからようやくバンゴールの宿に着いたとき、私は体力の限界をはるかに超えて憔悴しきっていた。
 それまで五ヶ月のあいだずっと旅をつづけ、あれやこれやの疲労が積み重なっていたところに、この嵐と、道のりの遠さと・・・距離にしておよそ四、五十マイル・・・不案内ゆえの心労と、そうして旅の荷の重みとで。・・・
 荷物は芯まで水が滲みてしまい、ひとつひとつ広げて乾かさなくてはならなかった。
 防水だとばかり思っていたのが、今になってはじめて使い物にならないと判明したものもあった。
 翌朝すぐに発つなど、問題外だった。
 体を休め、力を回復させるために、あと一日二日、この宿にとどまっていたい。・・・
 けれども、そのときあいにくバンク・ホリデーにさしかかっていて、その晩ひと晩しか空きがなかったのだ。・・・
 後年、イングランドの南部にいたとき、そのときもちょうどバンク・ホリデーだったのだが、宿に居合わせた人々にこの話をしたことがある。
 ・・・いや、あのときは運悪くバンク・ホリデーに大嵐がかかって大変でねぇ。・・・
 すると、なかの一人が言うのだった。・・・バンク・ホリデーは必ず天気が悪いって、ジンクスがあるんだよ。いつなんどきも、必ずね。・・・たしかにその日も大雨が降っていたと思う。・・・
 翌朝、あいかわらず風は強く、勢いは弱まったものの、霧のようなこまかい雨が、薄地のカーテンの吹き寄せられるようにやまず降りつづいていた。・・・
 けれども、バングログ谷はもう目と鼻の先だった。
 ここまで来たのだ、あとほんの少しだ・・・
 私は町へ出て食料を買いこむと・・・何しろいちどあの山の中へ入ってしまうと、買出しに出かけるのが容易なことではなかったから・・・さらに重量をました荷物を自転車に積みこみ、疲れきった足を踏みしめてオグウェンを目指した。
 そうして、途中ベセスダまでたどりつかぬうち、急に息ができなくなったのを覚えた。・・・私は気を失って倒れ、病院へ運ばれた。・・・

 己れがどれだけ体力を失っているかというのは、気がはやっているときは分からない。
 しかし、いよいよくたばりそうだというときには、自分で分かるものである。
 私は自分の心臓が、虐待された動物のように無力で、力を奪われ、どうしようもなくなっているのを感じた。
 ぜんまいの切れかけた時計のように、弱々しく、こと・・・こと・・・途切れがちに脈打っているのを。・・・
 かくまで死に近づいたことはついぞない。
 それは回復してしばらく後になってもあまりにおぞましく、思い出すに耐えない経験であった。・・・

 朦朧として生死の境にありながら、ただひとつ私の頭にあったのは・・・私は約束したのだ、ということだった。・・・
 私は彼らに、精霊たちに約束したのだ、・・・必ずもういちど戻ってくると、そうしてあの日、あまりに慌しく立ち去ってしまったさいしょの訪問を埋め合わすため、あの日彼らが私に語り告げかけていた物語を、もういちどこの手に受け取るために。・・・
 だから私は辿りつかなくてはいけない、今ここでくたばるわけにはいかない、私はもういちどあの谷へ戻るのだ、何がどうあっても、必ず!・・・
 私はその一念だけで、なかば無理やりに切り抜けたようなものだった。
 足かけ三日ののちに、私はようやく意識を取り戻した。・・・

 それはバンゴールの郊外にある病院だった。
 何棟もあるばかでかい病院で、医者や看護婦が何百人もいて、しじゅうわさわさと出入りしていた。
 誰かが私の枕元にやってくると、そのたびに私は朦朧とした頭をふり絞って、一からすっかり説明しなおさなければならなかった。
「あんた、頭おかしんじゃないの!・・・」
 私があの嵐の日に、ホリヘッドから自転車で強行軍をやったという話をすると、主任看護婦のひとりは呆れ返った。
 それから地元の警官が二人ばかり、案内されてやってきて、彼らにも同じ話を繰り返さなければならなかった。私は外国人だったから、いちおう事情を聞きにきたのだ。
「気をつけなきゃいかんぞ、おい」
と、太った方の警官がぱちんと手帳を閉じて言った。
「いくら若いったって、人間、体力には限界があるからな」・・・
 共同寝室には、患者仲間どうし賑やかにおしゃべりし、もりもりと食事する、私よりよほど元気そうな老人たちがたくさんいた。
 私は病室の窓ガラスから・・・窓がちょうど南向きだったので・・・広大な展望が開け、峰のあいだに雲むらをまとわせたオグウェンの茶色い山々が、雲間さす日の光に包まれて、うすもやがかって彼方まで広がっているのを見た。・・・
 それを見たとき、私は胸が熱くなった。・・・生きている、そして、生きて再びこうしたものを目にすることができることの喜びに。・・・
 私のひたすらな思いに、バングログ谷の精霊たちがどんな祝福をもって応えてくれたかは、前に記したとおりである。・・・
 それにしても、ついに再びこの土地に辿りついたとき、私はまだ青白くやつれ、思うように体を動かすこともできない、半病人のような状態だった。
 何日ものあいだ、ほとんど出歩かず、イーサフの離れ、寝台に横になったままで過ごした。
 ・・・そうして壁を打つ風のひびきにしづかに耳を傾け、己れの内側を見つめ、それから時折立って、扉を開けて山や雲を見つめ、丘々を見つめた。・・・
 こうして記されたいくつかの断片は、いまも私の手元に残っていて、当時の感覚、あの日々の雰囲気をとてもよく伝えている。・・・

         *           *

 ・・・この広大な谷の、はるかにのぞむ向こう側の斜面、・・・あかるいクリーム色と、黒々と沈んだ色の丘々との対比・・・かと思うとまた、やってくる雨にいちめん白くかき消えてしまう、変幻のたえまないこの土地の空の下にあって・・・
 絡みあった枝々にわずかに残ったサンザシの実のいろを黒く沈ませて、音もなく右から左へ波もように去ってゆく霧雨の、枝先からビーズのように滴りおちる 冷えこんだ朝方にも、・・・トロヴァーンの東壁、朝陽のひとすじ射して切り立った岩肌の、光と影の対比をするどく際立たせる 澄んだ光のなかにあっても・・・
 私はくる朝もこの谷を窓辺に眺め、くる日もこの谷にとどまってひとり暮らした。・・・

 時間をかけて 歩きまわって眺めているうちにやがて己れの内に浸透してくるはずの風景が、ここでは魂の部分で硬い核にぶちあたって決してなじまない・・・私のではなく、この谷の魂の方が・・・ それは人のものになることを拒むかのごとくである。・・・
 この谷の光景は深いところで私を傷つける、トロヴァーンの姿を見るたび、その鋭い峰のやいばに心臓をえぐられるような思いがする。
 何度見てもそうなのだ・・・ とりわけ霧ふかい午後、その姿が不吉なまっ黒い陰になって見えるときはとくに。・・・
 それはひとつの磁場であって、邪悪な暗い力を発している、それはじっと私を見据えている・・・
 いや、それはもはや悪でさえなかった、それはただ、あとからやってきたものたちによってそう名づけられたにすぎなかった・・・
 それでもなお、そのものたちが行ってしまってから、あまりに久しいときの過ぎたがゆえに・・・
 それは今なお、ぞっとするほど人間離れした光景だった、この土地全体が、生よりも死に近い場所なのだ。・・・
 あまりに広大で、何もかも剥き出しで不毛で、がちがちごちごちしていて。・・・

 かなたの氷河に削られてできた、ぽっかりと開けたあの丘々の陵線のあたりでは、光の射し方がおかしな具合に歪んで、そこに別の世界との境界を指し示しているようだ・・・
 朝ごとに納屋の扉を開けて井戸のもとへ出てゆくたび、虚ろな光の中にたち現れるその姿を私は魅せられて眺めた。・・・
 それはしかし、死に魅せられているとかそういうことではなく・・・
 それは全く別の種類の生であって、あまりに異なっているためにもはや我々の生を超えたところにしか存しえない、それゆえに我々にとっては死を意味するような、そのようなものであったのだ。・・・

 かなたの丘々は 灰紫色の霧にかすんで・・・ 虹・・・ 風・・・
 孤独の質。・・・

 ほかの人間たちとの関係がどれだけ我々に益をもたらすとしても(そしてたしかに我々はそれを必要とするのであるが)、孤独は人のあり方の基本的なかたちである。・・・もっともベーシックなかたち。・・・
 ひとつの場所にあって、自分にしっくりくる、居心地のいい孤独を見出すまでにはそれなりの時間がかかる。
 そこへ行き着くまでにはそれなりの危険を冒し、精神的な暗やみを経なければならない。・・・
 しかし、たしかにそれだけの価値はある!・・・ そしてただ、そのようにしてのみなのだ・・・かくも願わしい状態を自分のものにできるのは。・・・
 ここ数日、あまり出歩きもせず、ほとんど部屋の中にいて、窓から谷を眺めていた。・・・
 私はここで、この谷で、ほとんど死と掠れあうようにして生きていた、ひとたび己れのもてる力を とことんまで使いきってしまった者のみの知る、このどうにもしようのない虚脱感と・・・ ことあるごとに襲ってくる、このぞっとするような心臓の痛み、錆びたナイフで切りこまれるような・・・これがあの長旅の積み重なった疲労と、それからとくにあの嵐の日の無謀のつけだった。・・・生命の糸は擦りへってもろくはかなく、いつふっつりと絶えてしまうともしれなかった・・・
 極力負担がかからぬよう、ちょっとした用事を足すのも注意して少しずつやらねばならず、書くべきことはすでに文章のかたちになって頭の中を飛び回っているのに、書き出すとすぐにまた貧血症状が襲ってくるのでそれもできない・・・
 そして一日に二度も三度も横になって眠る、でなければただ横になってじっとしている・・・ 病後の回復期のように、目覚めるたび、またかすかな眩暈がやってくる・・・
 手元になるわずかな本はすでに擦り切れるほど読みつくしてしまい、ほかに何をすることもできなくて、ただ過ごしているだけ。・・・
 けれどもふしぎな居心地のよさがあった、この場所にあって、しっくりとおさまりよく調和している感じが。・・・
 窓から外を眺めながら、私はつくづくとそれを感じた。そして思うのだった・・・すでに練習していたのだ、と。・・・
 それまでの短いといえば短い、長いといえばそうであるかもしれない、私がこの世に生まれてきてからの年月のなかで・・・この旅において求められてきたさまざまな事がら・・・ 実際的なことのあれこれ、安全対策や、用心深さや、抜けめのなさや・・・ ほんとうに見るということや、あらゆる天候に対応すること・・・ 異国にあって自分の意を通すために不可欠な、押しの強さや粘り強さや・・・ 感受性の疲れということや、休息の必要ということ・・・ 死と向き合うことや、孤独に耐えること・・・ それから、体の動かしすぎからくるさまざまな症状・・・ 虚脱感や、極度の疲労や、貧血や、呼吸困難も・・・ 何ひとつ奇異なもの、あたらしいものはなかった、何もせずにゆっくりと暗くなってゆく、ばつの悪い どんよりとした悲しみも、まるで百度めに見る夕暮れのように、それはどこまでも自分のものだった。・・・
 それはひとつの得がたい感覚だった、そのことによって絶対的な危険の度合いが減るわけではないのだが、どういうわけかそのことを過度に意識しなくなる・・・ 「平気になる」のだ、その辺の心理作用はふしぎなところだが。・・・
 けれども、たいていの人びとの日常生活の進行を可能にしているのは、考えてみると、こうしたいわば「慣れ」なのだろう・・・ ひとりでいようと、百人でいようと、危険が減るわけではないのだ。・・・
 危険といえばこれほど危険な土地もなかった、まるで打ち捨てられたという感じがする・・・ よるべない、守られていない、人の社会の手厚い輪から遠く離れて、自然の剥き出しの力にさらされている感じ。・・・
 療養地としては、おそらくもっとも適さない場所のひとつといえるだろう・・・・
 それでも、急いでこの地をあとにして、完全に飼いならされた、みどりゆたかな田園へ戻ろうとは決して思わないのだ。
 おそらくそういう土地ではこんなおそろしい思いをすることは決してないであろうが、時が満ちぬうちにこの谷を去ってしまったら、あとになってどうしようもなく、もういちどここへ戻りたいと恋い焦がれるだろうことが、どうしてだか分かるのだ。・・・人の手に飼いならされるこの決してない 荒々しい太古の力を、人はどこかで必要とするのだろう・・・
 
 ナント・フランコンを見おろして、その巨大な谷間の底に蛇のように流れる川の流れ、あまりに広大なのでぽつりぽつりと豆粒のように小さく見える、わずかな石造りの家々・・・ 人間の営みとは、かくもちっぽけなものであったのかと。・・・
 乗合馬車の側窓ごし、私は・・・トールキンの<指輪物語>のなかで・・・ビルボがガンダルフに言った言葉を思い出していた。・・・
 あの子は、よくうるおった森や牧草地の広がるこの土地にぞっこん惚れこんでいる。・・・しかし私は最近とみに、けわしい岩山の連なる、人の住まない山岳地方への憧れを抑えがたいのです・・・
 じっさいにこの国を旅してみると、彼のことばの的確さがよく分かる。そのことばはこの国の、いずれも魅力的な二つの側面の対比をよく言い表していると思う、それはそのまま、今いるウェールズの山々と、このあと戻るつもりでいるケンブリッジとにあてはまる・・・
 待てよ、じっさいトールキンも、同じようなものを念頭においてあのくだりを書いたのではあるまいか?・・・ ふとそんな考えが浮かんでくる・・・ 彼もあの辺に住んでいたのだし、ウェールズのこのあたりが<マビノギオン>の舞台だったことを考えると、彼も休暇でこちらの方へ来て、この辺の景色に心打たれたりしたのかもしれない。・・・
 私はオックスフォードには行ったことがないし、とくべつ行きたいとも思わないが、ケンブリッジから大して遠くないのだから、そんなに変わりはしないだろう。・・・・エセックスからケンブリッジへ向かう列車の途中で、ひとりの老婦人が断定的な口調で、「オックスフォードの方がずっと素敵だわ!・・・」と語るのを耳にしたことがある。それを聞いて、私はひそかに思ったのだった。・・・地上のほかのどこが素敵だといって、ケンブリッジより素敵なところがあるものか。・・・
 私は思い出す、数世紀の時を経た、あのすり減った煉瓦の町並、優雅なディテールの、美しい石造りの棟々・・・ 街灯のまたたきだす愛らしい横丁、路地にひびくアコーディオンのひびき、教会のグルゴイユ・・・ 通りを行き交うクラシカルな自転車たち、街じゅうに咲きこぼれる真紅やクリイム色の薔薇や、ほかのあらゆる夏の花々!・・・
 アイルランドでは、私は人々とのつきあいではあまりいい思い出がなかった。ウェールズでもそうだ。
 私の方でとくに求めなかったというのもある。
 かの地で私が大いなる喜びを見出すのは、もっぱらひとけのない荒野をさまよってとか、海岸線をひとりでぶらついて地霊たちの語る声をじかに聴くことによってばかりだった。
 ところが、かの地ケンブリッジでは!・・・ あすこでは、とくに言葉を交わすことさえなしに、道ゆく人々すべてが私の友だちだ。・・・だれもが笑いさざめき、しゃべりながら歩いていく、誰も急がない。・・・町ぜんたいに、なごやかな、のびやかな、ゆったりした空気が通(かよ)っている。・・・
 そしてことに六月の夕べときたら!・・・
 ああ、裏手の川岸の、夏の陽射しあびたヤナギのこずえごし、ふかいみどり色にきらめく水のおもて!・・・
 夕ぐれの斜めの光のなかで、はしゃいで順番待ちしてプントに乗りこむ人々!・・・
 町の通りでは卒業パーティのために着飾った学生たちの、フロックコートや色とりどりのドレスの華やかさ!・・・
 弾ける笑い、陽気さ、若々しさ!・・・
 人通りも絶えるころ、<コスタ>の外席の背もたれに体をのばして、煙草の輪けむりをゆっくりと吐き出した、あのおだやかな色の空、あのひとときの快さよ!・・・
 そしてまた、日曜には川づたい、牧草地をいくつも越えて、伝説のグランチェスターへの長い散歩!・・・
 かくもかの地に私は、ビルボの語るところの<よくうるおったみどりの地>の具現を、英国的田園といふものの最良の部分を見るのである。・・・
 かの地には、すみずみにまで美が、自由が、快さが溢れている!・・・
 ああ、ケンブリッジ!・・・ ケンブリッジ!・・・

 I only know that you may lie
  Day-long and watch the Cambridge sky...

                    The Old Vicarage, Grantchester by Rupert Brooke, 1912

 ・・・それでもなお。・・・
 それでもなお、険しい岩山の連なる山岳地方、ウェールズの奥地に広がるこのバングログ谷に今はまだ私はいて、この谷はまだ、私に用があった。・・・彼らが私に語り終えるのを、私は待っていなくてはならなかった。・・・
 それらをすっかり聞き届けるまで・・・そう・・・私はこの谷にとどまるだろう・・・

        

Posted by う at 06:56Comments(0)兄弟石