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2014年11月09日

片づけについて 9 今回はとりあえず終了


実は、8月末に引っ越す予定になっていた。
それで、その前に、これを機に今までの仕事をいろいろまとめておこうと思って、それでこの二年間、いろんなものを片づけたり、電子化したり、ネットに上げたりしていたのだった。

ものすごく大変だったけど、おかげで見えてきたものもたくさんあった。
それをすることでしか得られない満足感があった。
いつかやろうやろうと思っていたことをようやく成し遂げた満足感。
いろいろと再発見もあった。自分のことなのに忘れていたこともたくさんあった。
すごい、大きな収穫だった。
遺跡を発掘するように、自分の本質を発掘していく。
片づけってそういう作業なのだ。

私、飛び立つ用意はいつでもできてると思ってたけど、ぜんぜんそうじゃなかったな、とか。
あと、もう外に何かを求めなくても、ほんとにすべて自分の中にあるんだ、とりわけ自分の部屋の中に、自分の歴史も本質も何もかも。ってことなど。
自分のこと、知ってるようで分かってなかった。
それを知るには、ほんとにこうやって、自分のやってきたことを手づからいちいちひとつずつ、すっかり全部たどっていくよりほかないんだ。

やってきたことやつくってきたことなどは、できるだけそのつどまとめていったほうがいい。
あとからだとほんとにたいへん。つくづく分かった。
なかなか、渦中にいると難しいけど。

中島迂生というひとりの人間が、よきにつけ悪しきにつけ、どれだけ多作なアーティストであり職人であったか。
こんなにも色んな分野や形式で、こんなにもいろんなものをいっぱい生み出してきたんだって。
ほんとに、気が遠くなる。

あと、悪いくせとして、前も書いたけどとにかく紙のコピーをつくりすぎ、リスみたいにあちこちに分散して結局何が何だか分からなくなる傾向が。
それはまぁ、これまでバックアップを電子化できなかった技術的な問題ではある。サイズの問題ね、おもに。
それは今回、A3対応のスキャナをやっと手に入れて、あとキャノンX5も手に入れて、はじめて解決できた部分もあるので、まぁしかたない。
でもこれからは。・・・

そんなわけで二年もかけたわけだけど、劇団をやめても、結局平日は仕事をしたり、日曜はスケートのレッスンに通ったりして、なかなかまとまった時間とエネルギーを注げない。
仕事をやめてから引っ越しまでの3週間弱、結局そこが勝負だった。それがラストスパートで、かつさいごの勝負どころだった。
このさいごの3週間で、いろんなことがまとめて全部、ドタバタながら、最終的になんとか、収まるところに収まった感じ。

それまでずっと、色んなことを切羽詰まって、一体これ終わんのかなと半ば絶望しながら、追い詰められながら、それでも必ずできるはずと言い聞かせ、深呼吸して、えいえいと黙って取り組んできた。
結果はどうあれ、これがマイベストなのだ。
人より段取り悪いかもしれないが、これがマイベストなのだから、仕方ない。

いま思うと、なかなか楽しい3週間でもあった。
来る日も朝から作業を始め、黙々とつづけて夜まで。
それは日によって物理的なものの移動や片づけだったり、あるいはPC上での作業だったり。
そして晩にはいろんな人に会う。ほんとにたくさんの人が声かけてくれて、あたし、こんなにたくさんの人間関係に恵まれてたんだって、すごく驚いたし、うれしかった。
そして、3日にいちどくらいは大好きなバーへ行く。
一日力いっぱい働いたあとで、お店のマスターと他愛もないおしゃべりをしながら、居心地のいいカウンターで味わうバーボン、最高!!
もう仕事もないから、2時とか3時まで好きなだけいられる幸せ。
でも、まだやることいっぱいあるから、翌朝もけっこう早く起きてまた作業。
そんな妙なテンションの日々。
期間限定の特異な時間だったけど、それはそれでよかった。

さいごの数日は、ほんとに気力と体力の限界ぎりぎりの勝負。
出発の前の晩、というか、明るくなったころ、ようやく形が見えてきた。
明け方、ずっと気にかかっていた、一枚のメモを書きつけた紙きれが見つかったんだ。
何かがカチリと音をたててはまった気がして、ああ、なんかこれでいいな、私、また旅に出られるな、と思った。






  

Posted by う at 08:07Comments(0)身辺雑記

2014年05月17日

片づけについて 8-部屋とは統治すべき王国である-

 

ものの「よい」持ち方について考える。

本とかをどんどん増やしていたころ、うっすら考えていたんだよね。
このままいったら山にうずもれてにっちもさっちもいかなくなるのは分かってる。
どうするのがいいんだろって。
今日の自分より明日の自分、それよりもっとあさっての自分、ってどんどんよくなってくのだ!という信念はいいとして、ものの持ち方に関してはどうなんだろ。
よくなるというのが、いまあるものを捨ててもっといいものを手に入れる、ということでないのは分かる。
でも、よくなる=さらにたくさん持つ、ということなのか?
だとしたら、ものを持つということに関して「よくなる」には、もっと広い家に住んだり、レンタルスペースを持ったりする必要があるのか?

あるとき読んでた本に、こんな一節を見つけた。
それは片づけとはあまり関係ない、どっちかというと精神論的な本なんだけど。
自分の心の中に何を取り入れるか、注意深く見極めないといけない。
なんでもかんでも受け入れるのではなく、自分にとっていいものとよくないものを見極めて、プラスにならないものにはノーという強さが必要。
そうやって、心の中の「いいもの率」を高めていくことが必要なんだと。

「いいもの率」っていう考え方かー。
総量ではないんだね。パーセンテージの問題ね。
なるほど。これ、ものの持ち方という問題にもあてはまるな。

文字通りの自分の部屋に受け入れるものにおいても、「いいもの率」を高めること。
持ち物においてどんどんよくなってくというのはつまり、そのなかで「自分にとってのよさ」の純度が高くなってくということなのだ。
ものを100個もっていて、そのお気入り度平均が30%であるより、30個しかもっていなくてもそのお気に入り度平均が85%だとしたら、そっちのほうが「よい」持ち方だというわけ。
だから、ものを増やさなくてもものの持ち方に関して「どんどんよくなってく」ということは可能なわけだ。

   *

であればもう、100%好きじゃない限り家の中に持ち込みたくない。できれば。
結局100%愛せないし、うまく手放すのもたいへん。
どこにも引き取ってもらえなくて行ったり来たり、ものにも気の毒だ。

自分でも、めったなことでは買わないようにしよう。
困るのは、人からもらった場合。
いまいち気に入らないと、置いておくのもどうもなんだし、かといって処分するのも相当の罪悪感が。

なかでも困るのが、ネコグッズ。
みんな私がネコ好きなの知ってるのでいろいろとネコグッズをいただく機会が多い。
その気持ちは大変うれしいし、大感謝なのであるが、実は好きであるほどこだわりがあってうるさいのだ。
誰でもそうじゃないかと思う。
正直、市販のネコグッズで気に入って自分で買うものってほとんどない。
100%ドンピシャってめったにないのだ。

わが身を顧みて、人に対しても、何が好きだと知っているからといって安易に贈らないようにしよう。
100%気に入ってもらえなくて、かえって迷惑になるかもしれない。

逆に、大事な相手だからというので自分にとってとても大事なものを贈っても、価値観は人それぞれだからいまいちよさを分かってもらえないこともある。
全然感謝されなかったりする。
そういうときに怒りを感じないでいるのは難しい。

そういうことにならないために、大事な相手でも、自分にとってほんとうに大事なものは手放さないこと。
自分の心は自分で守らないといけない。

   *

ものをきちんと管理するということ。

それを考えるに当たっては、自分が自分の部屋というひとつの王国の王さまで、国の在り方、国政の在り方を考える、くらいの気迫と覚悟をもってのぞんだほうがいい。
それほど、ものの秩序をキープしておくってたいへん。
それだけのためにけっこうなエネルギーを要する。
どういうかたちで、何に入れてどこに並べておくとか。

それをやってるとやってないでは、法治国家と無政府状態くらい違う。
どこに何があるかちゃんと分かってると、ものを取り出してくるのは単に「参照」だ。
ところが、ちゃんと管理していないとそれは「探索」→「発掘」もしくは「発見失敗」となる。

とりわけこの、行方不明物という不満分子。
見つからないものというのは、それ自体の価値はともかく、ただ見つからないというだけで人の注意を惹き、落ち着かなくさせる。
あることが分かると、気にもしなくなるのに。
喪失というのは、人に限らず、ものにおいても、それについて考えさせる強力なモチベーションとなるのだ。よかれあしかれ。

ものの価値を使用ということに限っていえば、どこかにあるのは分かっていても見つからないのは、ないと同じこと。
必ずしも使うものじゃなくても、あることは分かっていてもじっさい手に取ってみることができないと、なんかいらいら、モヤモヤする。

モヤモヤするのはそれが見つからないことそのものだけじゃなく、自分のものをきちんと管理できていないことへの自己嫌悪なのだ。
自分の国民が地下で勝手な真似をやっているような、いやな気持ちにさせられる。

でも、そもそも探さなければ、ないことも分からなかった。
そういう意味で、自分の管理能力を顧みるという点でも、ときどき自分の持ち物を全部洗ってみるって大事。

   *

とくに、自分の作品。
いままで粗末に扱うことが多かったなって反省する。
作り終えてしまったもの、興味をなくしてしまった分野のものなど。
それで物事が三回転くらいしてから、あれ私、前にもどこかでこんなようなもの作ってたな、と思い当たることになる。

いまはもうやっていないことでも、すべては職歴と同じで、動かしようのない自分の歴史なのだ。
だからとっ散らかしたままでおいてはいけない。
水をまき散らさないように、カタチにしてまとめていったほうがいい。

あとは、いっぱい積みあがっていくなかで、いつかはまとめなきゃ、と思っていてもその形を思いあぐてねていたものとか。
それらはどこかのタイミングで、形がはっきりし次第ちゃんとまとめていく。

   *

さいごに、整理が必ずしも至上の正義ではない場合。
何がどこにあるか、きちんと分かっていたほうがいいには違いないが、すべてがそうではない。
いまはまだ片付けないほうがいい領域、まだ手をつけられるほど自分のほうが成熟していない領域というのもあって、そこを強引に片付けようとしてはいけない。
あるていど闇とカオスの部分も残しておいたほうが。

ものも結局人間の精神の反映で、理屈や仕切りでは割り切れないものがある。
とくに作品は。
自分で生み出したものの価値を、自分で分からなかったりするから。
よく着物は買ってから十年箪笥の中で寝かせておく、みたいな感じで、書き上げた時は駄作と思っても、しまいこんでいる間にいつのまにか熟成して、あとから読み返したらこれ面白いじゃん、みたいなことがある。
でも、忘れている、というのは自分で意識してできることじゃない。
こればかりは、私の王国のなかで私よりさらに偉い君主であるミューズそのひとの司る領域なのだ。






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Posted by う at 23:59Comments(0)身辺雑記

2014年05月17日

片づけについて 7-別部屋というブラックホール-



別部屋というブラックホール。
めんどくさい問題ほど、正面から立ち向かうのが結局いちばん早い。

ここ15年くらい、自分の部屋に入りきらない色んなものを別の部屋などに置いていた。
置いた当時はそうするしかなかったと思う。貸しスペースみたいのまで考えていた。
いろんなものを素材としてとっておいた時期もあったし、ものを書いたり、個展をやったり、イベントをやったり、劇団をやったりと、つまりは際限なくものが増えるような活動ばかりやっていたから。
でも、やっぱりそういうのはよくない。自分のものはあくまで自分の部屋の中で責任をとらないと。

今回の片付けプロジェクトを始めてから、この別部屋分がさいごの課題で。
自分の部屋内分、だいたいめどがついたのでいよいよ取り掛かることに。
こういうのは一気にやらないと。少なくとも、一気にやるつもりでかからないと。
とにかくものすごい埃とカビなので、広げておく時間を最短に、さっさとやらないといけない。

納戸に置いていた服類、一気にぜんぶ持ってきて、部屋の床に広げ、その場で処分するものと洗ってまた使うもの、またはリサイクルに出すものなどに分け、袋にまとめて隅に積み上げた。
納戸は風の通りが悪く、とにかくカビがち。
知ってはいたけどここまでとは思わなかった。
片付けてると強烈なカビ臭に息が詰まりそうになり、これは服より自分の健康のほうが大事だわ。
服をきちんと保存するって難しい。
でも、そんなこともあっていろいろと答えが出たのはよかった。

もうひとつの別部屋に置いてあったダンボールや袋類など、これも一気にぜんぶ持ってきて床に積み上げると、部屋がそれでいっぱいになってしまった。
その場でモノをすべて出して、埃だらけのダンボールなどの入れ物を、その日のうちに重ねて燃えるゴミへ。
それからざっと分類して、明らかにいらないものをゴミの日別に袋にまとめて隅に積み上げる。

これはもういいよねって、時が解決してくれたことがけっこうあった。
情報誌関連や、カタログ類、IT機器などはとくに顕著。
とっとかないといけないかなと思っていても、置いてあるうちにものすごく埃をかぶったり、変色したり、とっくに情報が古くなっていたり。
そうするとなんかほっとして、もういいよねってなる。

始めると早い。手早くどんどん選別していく。
この中でほんとに大切と思えるのはほんのちょっぴりだと分かっていたから。
とっておくものとじっくり向き合うという点でも、定期的に棚卸ししてチェックって必要だな。
自動的に何でも生き残るの確定なら、検分されるためにつくづくと見返されさえしない。結局死蔵ということになる。
それではとってある意味がない。

ほんとは場所別にやってはいけないそうで、モノのジャンル別にやらないと二度手間になると。
それはたしかにそう。二度手間になってる。
改めて、紙類は増やすもんじゃないなとか思ったり。
でも実質、ここはこういうふうにしかできなかったな。しょうがない。

   *

今回見つかってうれしかったのは、譜面台とマイクとギタースタンド。
かなり前から、どこかにあったはずだと思って探していた。
ギタースタンドは、持ってたことすら知らなかった。ギターかアンプ買ったおまけとかではないかと。
前のギタースタンド、壊れてからしばらくもガムテープで補修しながら頑張って使っていたのだけど、ネックの支えがくるくる回ってしまって何とも手の施しようがなくなって処分してから、ギター置くとき困っていた。
あと、ヘッドセットも見つかったのだけど、耳に当てる部分が触ると崩れるほどぼろぼろになってた。

いちばんびっくりしたのは、中学のとき聴いていたラジオ。とっくに捨ててしまったと思っていた。
白かったはずが赤茶色みたいなものすごい色になってた。
黒のマジックで猫の落書き。今見てもなかなかいい。
E...のあとすっかり消えてしまっていて、何と書いてたのか全く思い出せず。
2日くらいして急に思い出した。Easy to bed and easy to rise と書いてたんだった。
それでオールナイトニッポンとかこのラジオで聴いてたのだから矛盾してるw

あと、版画が3枚。小学生くらい。
なかの1枚は、彫ったことすら忘れていた。

高校のときの教科書類。
高校は楽しかったからそっくりとってあったのだけど、この機会にさすがにだいぶ選別して減らした。
ただ、講師などずっとやっていたので、教科によっては自分の勉強にいまもわりと参照したりする。
英語の文法書などとくに。
2桁の引き算で挫折したので、その後の私の人生に算数はない。
でも、数Ⅰと代数幾何はとってある。
火星の言葉よりちんぷんかんぷんだったが、先生がいい人だったので授業は嫌いじゃなかった。
方程式を展開した藁半紙の手書きのプリントとか、なんか捨てられない。

さいごに洗濯機をひっぱってきて、とりあえずは撤収終了。
洗濯機、せっかくあるから使いたいなとはずっと思ってたのだが、置く場所のことを考えてずっとペンディングで来てしまった。
中に置くと場所をとるし、排水の問題が。
だからベランダに置きたいけど、ベランダの強度の問題と、あとやっぱり電気系統には、外はきついかなと。
で、とりあえず中に。
気の滅入るような濃紺なので、その日のうちに白ペンキで塗り上げた。

分類して積み上げた不用品の山も、それぞれの日まで置いておかないといけない。
集積所にもっていって、「ありがとうございました」と一礼して、はじめて終わる。
それまではいろいろと、中途半端な思いを引きずる。
そういう色んな思いを味わうところまですべて含めて、それで片づけなのだと思う。

   *

例によって、この部屋のもののうち書類関係がいちばん時間をくった。
こいつは最後まで床に積んでおいて、1週間くらいかけて、いちおう全部に目を通し、不要な部分を捨てていく。
書き散らしとか作品系はとりあえず触らず。
昔描いたイラストとか、これはうれしい。久しぶりに目にするとテンション上がる。

そして、全然ときめかない大昔の領収書や契約書なんかの事務系をおもに整理。
あらためて、知らない頃はほんとにいいようにされてたなって思う。
いろんなところで、取られるだけ取られていた。

いまはあるていど以上高額なものはめったに買わなくなった。
高いお金を出して、それに見合うだけの価値を得られたと感じることってほぼ皆無だったもの。
やっぱり、調べること、知っていることって大切だなと改めて思う。

   *

15年ぶりくらいに再会したものたちもいっぱいあって、いろいろと考えさせられた。
そこにあるものが自分の歴史。
それはそうには違いないけど、あくまで一部でしかない。
もうそこにはないもの、ものの形では残っていないものもたくさんあって、それらもまた自分の歴史をなしている。
それらのことも、忘れないように。






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Posted by う at 23:49Comments(0)身辺雑記

2014年05月17日

片付けについて 4-魂のパターン-

 

ひとつひとつの雪片が 集まって韻を踏み始める
雪の結晶のような魂のパターン。

それは、ジュリア・キャメロンがアートについての本で書いていた表現。
忘れがたく印象的な比喩だ。

魂にもパターンがある。
壁紙の花模様のパターンのように有機的なパターン。
雪の結晶のように、けれどそれはひとりひとり違い、どれひとつとして同じものはない。

今回色んなものの片づけをするなかで、時系列的に自分の歴史を振り返ることで自分のそういうパターンがよく見えてきた気がする。
それも片づけの大きな効用のひとつだ。
片づけ、これすなわち己れを知ること。

色んな年代の、教科書なんかの余白の落書き。
ダントツ1位はもちろんネコで、これは歴史始まって以来変わらない。
なかでもグレイの縞ネコ。
タッチやディテールは時代時代でいろいろ変わるけれど。

2位はたぶん、トカゲ・ドラゴン系。
竜はトゲトゲした陸生のものからぬめらかな水生のものなど、いろんなバリエーションが。

3位は馬・ユニコーン系。
こんなとこにもユニコーン!って今回あちこちに発見。

ほかにも昔からよく描いていたモチーフ。
翼。
木の葉、枝など。
クモの巣。
星と三日月。
などなど。

クリスマスのこと、コスモスのこと。
ずっと以前のメモにもほぼ同じこと、書かれていた。

劇団で舞台化したアイルランドシリーズに顔を出す、雅歌のイメージ、人魚のイメージ。
アイルランド行く前に書いた別のシリーズに、すでにあった。

昔からのポストカードのコレクションを見返すと、同じような構図のネコの写真や、「冒険者たち」のなかでジョアンナ・シムカスが着ていたみたいな金属片を連ねたドレス。
同じようなイメージが繰り返しあらわれる。

それらはすべて、私が昔から愛していたものたち。
そういうものは、変わらないらしい。

昔の資料を振り返ることは、ひとつの輪を完結させることを促す。
たとえば、イラン映画の<ルナ・パパ>という作品を昔とてもすばらしいと思っていて、同じ主演女優が出ている別の<ツバル>という映画のフライヤも持っていたのだけど、そちらは見たことがなかった。
そのフライヤを久しぶりに目にして、その映画のことを考える。
すると、次にツタヤに行ったとき、立ちどまったコーナーでそいつのDVDの背表紙が目に飛びこんでくる。

結果としては、やっぱり<ルナ・パパ>のほうが好きだなと思ったけど、とにかくそれを機に、ネットでいろいろと調べてみる。
すると、監督のファイト・ヘルマーがヴィム・ベンダースを師と仰いでいたなんていう情報が。
ああ、そういえば、<ミリオンダラー・ホテル>と似た雰囲気を感じたわけだわ。

すると、急にアキ・カウリスマキの<白い花びら>の原作者は誰だっけ、というのが気になり、調べてみる。
すると、原作者のユハニ・アホが、イプセンはいいとして、なんとドーデの影響を受けていたんだって!
ああ、たしかに、「2軒の宿屋」や「アルルの女」と通じる悲哀を感じるな。

あと、高橋静男さんがこの人について本を書いていて、それにもびっくりだった。
まぁ、でも言われてみれば、たしかに同じ北欧文学か。

私のなかでつながっていたいろいろなものが、私の外でもいろいろとつながっていく。
なんだか連想のしりとりをしているような。
どこまでいっても同じひとつの輪のなか、みたいな。
進歩ないっていうか、人間変わらないなっていうか、さいしょから全部知っていたんだな私、みたいな。

むしろあらたな岐路に立つときほど、こうやって体系的に自分の歴史を振り返っておくことが大切だと思う。
自分の根っこの部分をよく知っておくこと。
人の生き方は一本の木のようなもので、この先どうやってどっちに向かって伸びていくべきか、根っこのあり方を知ることで見えてくる。
まだ見えていない部分も含めて、全体でひとつの有機体なのだ。
どんどん新しい局面を迎え、新しいことに取り組んでいると思っても、あとから振り返るとやっぱりそうだよね、なるほどねって思う。
同じ轍のあと、同じ樹脈のパターンを見出すのだ。

そのことが分かっていると、むしろ安心して新しい星に乗りこんでいける。
どんなに今までにない、新しいことを始めても大丈夫、それらはすべて私なのだ、すべては正しいのだと。








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Posted by う at 23:43Comments(0)身辺雑記

2014年04月26日

片づけについて 6-終末論的タイムリミット-

 
この10年間ほどは、モノ本位の古本屋みたいなごちゃごちゃした疲れる空間から、自分がいて落ち着けるような空間に変えていくのが課題だった。
ベースは、白。
だから今の部屋は、白の直線的な家具が多い。
これから文字を書く白い紙みたいな。
シンプルで禁欲的な、修道院のセルみたいな。

でもいまは、少しずつレースとか、こまかなディテールとか、優雅な曲線とかを取り入れていきたい気分。
控えめに、飽きないていどに。
とりあえずは、同じ白で。

たとえば、いまの部屋には大きな長方形のウォールミラーしかないけれど、楕円形の大きめの鏡があったらいい。
まわりに白い額で、表情のある彫刻が施されていて。

とか、いまの部屋にシャンデリアは似合わないと思っていたけど、ごく小さな、シンプルなものだったらいいかも。とか。

白と、淡いミントグリーンと、掠れたような控えめな金色。
このあたりがいまの気分。
とくに、ミントグリーンという色を自分はよっぽど好きなんだ・・・というのが最近の発見。
過去のスケッチなど見返してると、しょっちゅうこの色が出てくる。
気がつけば、身の回りのほとんどあらゆるアイテムで、この色がそろっている。

こんど時間ができたら追求してみたいテーマが、取っ手の可能性。
取っ手というのは、服でいえばボタンみたいなもので、顔でいえば目みたいなものだ。
そこで家具の表情が決まる。
ホームセンターの、ドアや引き出しの取っ手とか、蝶番とかを売っているコーナーが私は昔から好き。
ひとつずつ見て歩いていると飽きない。

とかいろいろ。

   *

夢や目標は、紙に書いて壁に貼って毎日眺め、「必ず叶う!」と自分に魔法をかけて叶えるのだそうだ。
とすると、この大総力片づけプロジェクトについても、すっかり果たすには毎日念じて叶う叶うと自分に言い聞かせる必要があるかも。

叶った状況をありあり想像するには、ただ叶えるだけでなくどんなふうに叶えたいかも考える必要が。
そうね、いつまでもだらだらやっているわけにいかないから、リミットを定めて終わらせたい。
(と最初から思いつつ、すでに何度かリミットを引き延ばしてるけど)

といっても、何が何でもリミットに間に合わせるために、仕事の合間のランチのように、ろくに味わいもせずがつがつと飲み込むだけみたいな片づけ方はイヤ。
できることなら、リミットを意識しつつも、ひとつひとつとすっかりぜんぶ、丁寧に向き合って、そのなかで自分を見つめて、敬意と感謝をこめて片づけていきたい。
そう考えるとずいぶん欲張りな願望だな。

でもいままでもけっこう、念じ続けていたら叶ってきた。
いちばんの収穫は、けっこうな量のフィルム写真のデジタル化が課題だったのが、いい業者さんが見つかったことですいすい進んで、片づけプロジェクト全体が弾みを得られたこと。
CDに焼いてもらって、ネットに上げた。
フィルム用スキャナを入手して一枚ずつ自分でスキャンすることを考えたら気が遠くなってたので、ほんっとに助かった!!
これはほんと、何年越しっていう課題だったので、山が動いた!って感じだった。

これで大きな懸案事項がひとつクリア!
ずいぶん、展望が開けてきた。
この調子で進んで、目標の時期までに仕上がるといいな。
うん、大丈夫。きっといけるよ。。。

   *

これまで、何度も自分でリミットを設けたり、また延ばしたりして、そのたびに優先順位を見定めることを強いられて、自分がほんとに「どうしてもこれだけは」って思うものが何なのか、いっしょうけんめい考えるようになった。
それはとてもよいことだと思う。

キープしておくことにしたもののなかでも、いろいろなレベルがあるよね。
「どうしてもこれだけは」っていうもの、「まぁ好きだよね」くらいのもの、「なくても生きていけるかな」っていうもの。
その区別を自分で分かってることって、とても大切。

<ムーミン谷の彗星>で、彗星がくるのでみんなで洞窟に避難しようということになり、持ち物もせっせと洞窟へ運びこむという場面がある。
でも衝突の時間が迫っていて、ぜんぶは運びきれない。
そこでスノークが得意の取り仕切りにかかり、「皆さん、持ち物リストをつくって、好きでたまらないというものには星3つ、ただ好きだというものには星2つ、なくてもやっていけるだろうというものには星1つをつけてください!」というと、スナフキンが笑って、
「ぼくの持ち物リストはすぐできるよ。ハーモニカが、星3つさ!」と言う。

ああ、そう考えると、片づけって終末論であるとともに、ノアの方舟でもあるんだ。
哲学的なわけだよね。

彗星は来ないとしても、じっさい火事や大地震が起こって持ち物すべてを失ってしまうという状況は起こりうるわけだし、じっさい起こってるわけだし、変なウィルスにPCをロックアウトされてファイルのすべてを失ってしまうという状況だってすぐそばにある。
無人島にひとつだけ持っていくとしたら?みたいな。
極論でもじっさいこれが現実なわけだ。

   *

上から数えていちばん大切なものだけあればいい。
それ以外はむしろ邪魔になる。
結局、そういうことになる。

床のど真ん中に集積したまま、持て余してとりあえず布をかけて、ほぼ風景の一部となり果てていた書類の山を、ようやくざっと分類して棚におさめた。
それまでに棚の整理をして、けっこうスペースができていたので。やれやれー。

数ヶ月前にとりかかって二度ばかり頓挫していたのだけど、だいぶ間をおいてあらためて取りかかってみると、思いのほかすいすい進む。
やっぱり諦めてはいけないなと思った。
それまでにほかの色々なところを片付けているうちに、ものを見極める基準が自分の中でよりはっきりしてきたのだと思う。
そういうことってよくある。

今まで、特別好きじゃなくてもとりあえず嫌いじゃないものは、わりと残してきた気が。
そういうものからも学ぶところがあるかもしれないとか、リサイクルに出せない場合は捨ててしまうのはかわいそうだなとか思って。
でも、やっぱりいちばんに考えるべきは住人である自分。

嫌いなものがいらないのはもちろん、嫌いじゃないだけのものもいらない。
好きなものだけあればいい。
そういう生き方でいい。
狭いと人から言われようが、そんなことかまってられない。
だってものすごく好きなものだけでも埋もれそうなくらいたくさんあって、時間足りないくらいだもの。

   *

順次ひとつひとつやってかないと。
大切なものがたくさんありすぎて、腕がちぎれそう。

SATCの映画版で、キャリーにすごく有能なアシスタントがやってきて、アンパックのごたごたを片づけてくれるのだけど、
「メールの処理とかやんないの? そっちのほうが大切じゃない?」と聞くキャリーに、
"One thing a time!" ときっぱり言うんだ。
どんなにたくさんやることがあっても、ぜったい、いちどにひとつずつ。それ大切だよね。

   *

ほんとにあたし、飛び立つ用意ならとっくにできていると思ってたけど、実はぜんぜんできてなかった。
いつでも準備ができてるようにって、こういうことだったんだね。

リミットが定められてはじめて、急にやるべきことがいっぱい見えてきて、すべてが意味を持ってくる。
何もなければこのままだらだら、片づかない部屋でその日暮らしをして、満たされない気持ちで相変わらず何かを外に求め続けていくばかりだろう。

ベルジャエフのいう「創造的な終末論」ってやつ。
「締め切りがあったほうが人間頑張れる」とこんまりさんも書いてたな。

無期刑囚が生きる目的をもてず、無気力に生きてる傾向があるのに対し、死刑囚はいきいきと何かに取り組んでいる人が多いというのを読んだことがある。
それもきっと共通するものがあるね。

自分もいままで色々がんばってなかなか自分にとって居心地よい部屋にしてきたと思うけど、まだ完ぺきじゃない。
部屋を居心地よいものにする努力を、後回しにしちゃいけないなと思う。
時間も労力もかかるけど。
それを後回しにしていると、そのままで人生終わっちゃう。

   *

いま同時進行的に色んなところの片づけを色々とやっていて、思うこと。
私、ほんとにたくさん、色々素敵なもの美しいものを、つくってきたし、集めてきたな。
こんなにいっぱいあるんだなって。
たとえばパリの街まるごと全部よりも、私のこの部屋の中にあるもののほうが多いかも。
もちろん、私にとって価値あるものという意味だけど。

すごい悔やむ。
つねにまだ持っていないものを求めて、外に手を伸ばしてきたなって。
すでに持っているもの、ずっとここにあったのに、大切にしてこなかったなって。
ここにこんなに豊かにあるのに、何を外に求めてきたんだろう。
いまここで、この部屋で生きたすべてのことを形にまとめあげたい。
この部屋とじっくり向き合って対話したい。
今回仕上がったあかつきには、いちどちゃんと写真をとってまとめておこうと思う。






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Posted by う at 23:52Comments(0)身辺雑記

2014年03月26日

片付けについて 5-本の持ち方を考える-

片づけプロジェクト、まだ続いてます。
今まで本類には手をつけていなくて、今日はその話。

先週、何となく始めた本類の整理がどんどん進んで、今回に関してはほぼ終わり近く。
「ああ、これ、もうとっくにいいじゃん」ていう本がすごいたくさん出て、自分でもびっくりした。
こんなにあったんだ・・・
これは、もうとっくにいいじゃん。ひとたびきちんと読んだし、読みこんだし、今はもうそういう精神性を生きてはいないし、もう読むこともないだろうし っていう本たち。
こんなにあったんだ・・・
ある時期自分にとって大きな意味を持ったから、書棚を開くたび何となくそこにいるからあまり考えてなかったけど、よく考えたらとっくに生き終っている本たち・・・
もう全然それによって生きてはいないのに、何となくキープしていた本たち・・・
積み上げたら自分の背丈くらいになり、さらにどんどん増えて百冊以上になった。
ほとんどが文学・文芸書のたぐい、それと哲学・宗教系、これは論文を書いていたときにたまった。あと児童書。

十代までは、「本は図書館に置いておく」主義で、ごくわずかな冊数しかなかった。けれど、おとなになってあるとき、子供時代の自分の愛読書の一冊が、もう絶版になってしまっていて入手できないのに、地元の図書館で廃棄処分にされてしまったことを知り、ショックで呆然となった。

図書館の人たちとさんざんやりあった挙句、それを機に、「手に入るものは何でもとっておく」主義に急転換。
やたらと本が増え始めたのはこの頃から。
本屋や古本屋をまわっては、子供の頃に読んでいた本たちを探した。
新版で装丁や表紙が変わってしまっているのも多かったし、慣れ親しんだ訳と別のしかないことも。
絶版になって入手できないものは国会図書館で丸ごとコピーしてでもこの手に奪い返した。
信頼していたのを裏切られたという思いで死ぬほど怒っていた。
ちなみにきっかけとなった子供時代の愛読書はマデレイン・レングルの邦題「光と影の序曲」という本で、これを含め、数冊はそうやって丸ごとコピーして製本屋で製本させたり、ファイルに閉じこんだりして、今も手元にある。
トールモー・ハウゲンの「夜の鳥」、ヨゼフ・ラダの「おばけとかっぱ」、ヤン・ブジェフバの「クレクス先生の学校」、カヴェーリンの「地図にない町で」、スコット・オデルの「青いイルカの島」・・・
こういう本たちは殿堂入りだ。

それにしても、何でもかんでもとっておこうとするとスペースの確保が大問題になって、自分でいくつも棚を増設し、居室の壁面のほぼすべてが、天井まで本棚という状態になった。
で、本が剥き出しだと背表紙が焼けたり埃が入ったりするから、できれば棚に扉もつけたい。
そんなこんなで、一時期はえんえんと大工仕事ばかりやっていた。

それからまた、何でも全部そろえようとすると、どの本も等しく全部大好きというわけにはいかない。
正直あまりよく書けていると思えないもの、文体から滲み出る感じがどうも苦手なもの、話の終わり方が好きじゃないもの、こめられているメッセージに同調できないもの、人の全体を見なくてはと思って、同じ著者だから入手してみたけれど、これはいまいち・・・みたいなもの、それからもうそのテーマは自分の中で終わっているというもの。・・・
これ以上、義理で置いておくこともないよね。
どのみちすべてを完璧にそろえるというわけにはいかない。ないものはないのだし、いくら個人で国会図書館を目指しても、結局はつねに不完全なままだ。
いままで自分を広げてありったけ色んなものに触れて取り入れようとしてきたけれど、そんなこんなで色々見えてきて、いまここでまたぐーっと収斂して自分の本質を見つめる時期に入ったのだと思う。

やっぱり、ほんとに好きな本だけあればいいよね。うまがあう本だけ残せば。
別に自分ちを国会図書館みたいにすることはない、宇宙カプセルにしておく必要はないんだ。
自分の感覚という、移り変わっていく目に見えないものだけを信じて決めていいんだ。

服とかほかのものたちと同じで、いちばん好きなもの以外を手放すことで、自分がほんとはどういうものが好きなのか、遺跡を発掘するように見えてくる。
いままでの長い間に、ほかの大量の本たちも何だかんだで自分の一部となっていて、それらも全部含んだ状態で色んなほかの部分とのバランスをとってそれで落ち着いていたから、いま一気にそれを出すことで一時的にそれまでのバランスが崩れて全体的にちょっと不安定な感じになるけど・・・ それはそれで仕方ないよね。

いちばん大切なものだけ守り抜けばいい。それ以外はとくにいい。
そういう基準で見ていくと、すごくはっきり見えてくる。大方のものは、とくにいいんだ。
本の整理にかかる前、先々週くらいまで、自分で書いた書類の整理とか、イギリスで撮ってきた写真の整理とかをずーっとやっていた。(まだ終わってないけど)
それらは、ぜったいに自分の手元にしかないものだ。
そういうことをずーっとやってきたあとでは、よく分かる。
ほかの人が書いた本なんか、ほんと大抵どうでもいいんだ。
つきあっていたら、きりがない。

この連休は、そんなわけで本のこと。
数百冊の蔵書を選別し、手放す方と残す方と、一冊ずつ表紙をきれいにし、埃をはたき、ジャンルごとに分類した。
それとこの機会についでに、書棚のひとつを塗り替えることに。
基本、家具は白で統一している。この書棚も外側と、自分で取りつけた扉は白く塗っていた。
でももともとこげ茶の棚で、内側だけこげ茶のままに残していた。
それで、開けた内側だけいつもなんとなく暗い感じでいやだなと思っていた。
でも、いままで塗り替えなかったのは・・・
実は、もうひとつ別の書棚を、やはり茶色だったのをすっかり白で塗り替えたことがあるのだが、これが夏になると内側のペンキが溶けて、横積みにした雑誌の表紙などにくっついてしまい、たいへんだったことが。
そこで、今回は内側も白に塗って乾かしたあと、ホームセンターで薄い透明なポリプロピレンのシートを買ってきて、棚板の大きさにカットして敷き、その上に本を並べてみた。
これでこの問題は解決・・・だといいな。


本の分類をするのに、ジャンル分けについてあらためて考えてみた。
さいきん片づけの本のなかで、クロゼットは「右上がり」に収納するのがよい、というのを読んだ。
つまり、重いコート類や暗い色の服は左端に、右へゆくにつれ、薄手の夏物、綺麗な色やパステルカラーのもの、という具合に。
たしかに、ピアノの鍵盤の並び方もいっしょだから、理にかなっているのだろう。
重い、低いベース音は左端に、右へゆくにつれ、きらびやかでカラフルな高い音へ。

そこで、本棚の収納も同じようにしてみた。
重い本、辞書とか図鑑とかを左端にもってきて、そこから宗教→哲学→評伝→文学→児童書という具合に。
ジャンルだけでなく、国別でも重さの違いがあるようだ。
英米は英→米の順でひと段を占領。
そのほか、北欧→ロシア→東欧→ドイツ→フランス→イタリア→スペイン、という感じ。

(いま書いてみて気がついたけど、このへん地理的には「右上がり」ではないね、どちらかというと「右下がり」だね。うーむ、興味深い。)

ただねー
図鑑類、大判のシリーズは迷いなしに左端でいいとして、ポケット版鳥類図鑑とか、野草図鑑とか、コンパクトなものがけっこうあって、これらはどこに割り込ませたものか、正直迷う。

あと、語学関連も、小さな版の色んな言語の辞書やテキストがたくさん。
これは語学ジャンルでまとめたほうがいいのか、それともそれぞれの国の文芸書なんかといっしょに置いたものか。

あと、サイズの問題。
ジャンルが同じだからといって極端に違う大きさの本をいっしょに並べていると収まりが悪いので、いまのところ文庫本用のたんすとそれ以外用の棚と分けてる。
・・・たしかにちょっと残念な感じではある。
とりわけ、同じ本の原書と日本語訳がある場合、できればいっしょに並べてやる方が幸せだろうとは思うのだが、片方がハードカバーのA5版で片方が文庫本という場合、やむをえず離れ離れに。

というわけで、いくつか課題はあるものの、全体としてずいぶんいい感じに片づいた。
扉を開けてあらためて眺めると、みんなこぎれいになって、ほっとして機嫌よさそう。
物も動物と同じで、丁寧に手をかけてやるとなついてくれるものだ。

あとは手放す本の引き取り先を探すのみ。
近所に古本屋さんがあったのだが、閉めてしまっているっぽい。
ブックオフかな。・・・

それはそうと、本はこれでだいたいいいとして、実は雑誌類、まだあまり手をつけてない。
これがまたけっこうな量あるんだ。
あの書棚のいちばん下の段に、おもに雑誌類がひと段分あった。
なかなかコンパクトにおさまっていた一区画だが、広げて見始めると、これがすっごい濃い中身で。
この機会だからひとつひとつにきちんと向き合いたいが・・・時間かかりそう・・・
こんな素敵なものをこんなにたくさん集めてきたんだな私、とあらためて思う一方で、いつまでたってもなかなか終わらないことがつくづく不思議になる。
どんだけいろいろ抱えこんできたのだろう。
だってこの片づけプロジェクトを始めてから、もう1年にもなるのだもの。
いろんなものを整理したり、きれいにしたり、処分したり、引き取り先を探して奔走したりしてきた。
いままでいろいろな部分でずいぶんと片づいてきたけれど、まだ終わらないんだ。
まぁ・・・過去の活動なんかは、まとめあげてネットに上げるところまでが「片づけ」と思ってやっているから、いちいち時間もかかるのだけど。
ほんとに一大事業だわ。






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Posted by う at 22:35Comments(0)身辺雑記

2014年01月21日

喪失について 2 ―コスモスの娘―



コスモスの花の季節に生まれた。
だからコスモスの花には特別な思い入れがある。

こんなピンクはほかのどこにもない。
独特の、くぐもった、スモーキーな、それでいて石のようなひんやりとした質感があって、月長石や曇りガラスや、桜水晶を思わせる。
凛と冷えた秋の陽射しのもとでは、むしろ青みをおびた陰をのこす。
レース編みのような、翡翠をこまかく彫りこんだような、繊細な茎葉の感じもよい。
小さい頃から、ピンクは嫌いと公言してきた。
でもこのコスモスのピンクだけは。

小さい頃から、コスモスは自分の花だと思っているし、自分はその花から生まれたのだと、半ば本気で思っている。
それはたぶん、8歳の誕生日のときに母親がそういう物語を書いて、私にプレゼントしてくれたときから。
それは私が知る限り、母親が書いた、さいしょでさいごの物語だ。

10月1日の晴れた日の朝、彼女はコスモスの花の中で、小さな女の子が眠っているのを見つける。
彼女はその子を連れて帰り、夫と大切に育てる。
女の子は成長しても10センチくらいしかなかったけれど、どこへ行くにも一緒に連れていって、かわいがった。
それでもしだいに彼女は物足りなさを感じ始める。
やっぱり人間の赤ちゃんがほしいわ。
そんなある日、彼女は起きて驚きの声を上げる。
それまで小人の女の子が眠っていた小さなベッドに、代わりに人間の赤ん坊が眠っていたのだ。

そういうお話だった。
画用紙を横に使って2枚に書き連ねられ、上半分に縦書きで文章、下半分に絵が描かれていた。
絵はボールペンで描かれ、色鉛筆で塗られていた。
ピンクと赤紫で彩られたコスモスの花の色合いも、繊細な葉っぱの感じもとても素敵だった。

実はそれは、6歳くらいのときから物語を書き始めていた私が当時やっていたスタイルで、母親のはそれを踏襲していたのだった。
小人の女の子は、とんがり帽子をかぶって、上下つなぎの黄色い服を着ていた。
それも当時の私がよく描いていたものだった。
書き始めていたら12歳くらいまでは、私は小人の少年の出てくる冒険物語ばかり書いていた。
いちばんさいしょに書いたのは、アルフ・プリョイセンの模倣だった。

そもそも小人の出てくる冒険物語ばかり読んでいたのだ。
メアリー・ノートンのThe Borrowers のシリーズ(<アリエッティ>の原作)も7歳くらいですでに読んでいた。
ただ、そのときにはまだちょっと難しくて、11歳くらいになってからもういちど読んだらめちゃくちゃ面白かった。
12歳のときには<指輪物語>を読破した。
とにかくドラマティックで意味があるのは小人たちの人生で、人間であることなど何の意味もないと思っていた。
当時母親の書いてくれた物語に、かぐや姫よろしく小さな小人の女の子が出てきたのはそういうわけだった。

母親の書いてくれたその物語を、私はとても大切にしていたのだけれど、もらってから2年くらいして捨ててしまった。
今でもとても後悔している。
大切でなくなったから捨てたのではない。
大切なものほど、執着しないで捨てなければならないと教えられたからだ。

バカなことを吹き込まれて、うかうかと従ってしまったものだと思う。
今思い出しても心が痛む。
そんなことをしてはいけなかったのに。
どんなに大きなものを敵に回しても、ほんとうに大切なものは、捨ててはいけなかったのだ。

コスモスの季節がやってくるたび、あの物語のことを考えずにはいられない。それは私に、自分にとってほんとうに大切なものは何かということ、そしてほんとうに大切なものを譲歩せずに守りつづけるということについて考えさせるのだ。





小さい頃、家の庭にコスモスが群生して、森のようになっていた。
私の背丈くらいまであって、それが季節になるといっせいに花を咲かせる。
赤とんぼが羽を休めに来たりして、よく捕まえて遊んだ。

あるとき、9歳くらいのときだったけど、友だちのお母さんが遊びに来て、絵を描きたいからコスモスを少しほしいと言った。
母親はコスモスをとても大切に思っていて、ほんとうは少しでもあげたくなかったのだ。
けれど、そういって断るわけにもいかなかったから、植木ばさみを相手に渡して、好きなだけ切ってお持ちください、と言った。
すると、相手は自分ではうまく切れないから、申し訳ないけど切ってくれませんか、と頼んだ。
そこで母親は、しぶしぶ彼女のために少し切って持たせてあげたけれど、一輪切るたびに自分の身を切られる思いで、心の中で「ああ、かわいそう! かわいそう!」と思いながら切ったのだという。

いつしかコスモスの群生はあとかたもなく消えてなくなった。

思い出すとやるせない。
個人的には、あんなにどっさり咲いていたのだから別に何本かいいじゃん、と思うのだけど、問題はそういうことじゃなくて。
自分にとってほんとうに大切なものを、屈したり流されたりして手放してしまうというその状況がやるせない。

自分はそうはありたくない。
もしほんとうに大切なら、「切ってくれませんか」と言われた時点で、あらゆる無言の圧力に抗って、「とても大切な花なので、申し訳ないけど自分では切れません」と言えるようでなくては。
それで友だちが離れていくようなら、仕方ない。
いちばん大切なものを守るためには、2番目以降に大切なものを傷つけることを恐れてはいけないのだ。

でも、私の場合はさらに悪かった。犠牲ということをぜんぜん分かっていなかった。
私はとても大切なものを、いちばん大切にすべきだと教えられたもの(でもほんとうは自分にとってぜんぜん大切でないもの)のために捨ててしまった。
あの物語をそのために捨ててしまった神を、少しは愛していたのならそれも意味はあったのだろうけれど。
それがぜんぜん愛してなどいなかったのだから。
そして、その少しも愛していないことに、自分でも気がついていなかった。



ただ、あの物語だけれど、あのときの気持ちを思い出してみると、ちょっと話の終わり方が納得いかなくて、ちょっといやな感じがしないでもなかった。
あの小人の女の子は、体は小さくてもすでに何でも分かっていて、完成していて、一緒に楽しく暮らすにも申し分のない相手だったのに。
それでも人間のほうがいいんだー。
あんな何もわけの分かってない赤ん坊でも、それでも人間のほうがいいの?・・・
あの女の子の、何がいったい不満だったの?・・・
あの女の子はどこへ行ってしまったんだろう?・・・

今になってコスモスの娘の物語の新しい解釈がふと浮かぶ。
それでも人間がいいんだー ってことじゃないのかも。
あなたが小人を好きなのは認める、前世でいちど小人だったのよと。
けれど今は人間なのだから、人間としてこれからどうやって生きるかが大事。
この物語のつづきが今のあなたなのよ、ということなのかも。



逆境ということ。

近所の道端なんかでもよくコスモスの群生は見るのだけど、なんかいつも背景が悪い。
中途半端な新建材の民家が写りこんでしまったり、どうも美しくない網とか柵とかが入ってしまったり。
なんかいつも気の毒な感じだ。
我々もよくそういうことがあるよね。
自分の足で歩いて、自分にふさわしい背景を探しにいけたらいいのに。

それから、10月は台風の多い季節だ。
せっかくいっせいに群れ咲いたコスモスも、台風が来るとなぎ倒されて、葉っぱのみどりも色褪せて、汚なくなって惨めな感じ。
台風が去って晴れ渡ると惨状が日のもとに曝されてよけい。
あぁもう今年も終わりだな。
あんな上品で繊細で、ちょっと線が弱くて、もっと穏やかな季節に咲けばいいのに。
何だってわざわざこんな、台風や雨の多いたいへんな時期に咲くのだろう。

でも数日もすると立ち直って、前よりすごい勢いでワーッと咲いてて。
予想外、何だこのたくましさは。
ぜんぜん終わってなんかいない。
被った打撃を不屈に乗り越えようとするかのように。

あの独特の、青みのあるピンク。
あのただ中に佇んでいると、なんだかものすごいパワーが伝わってくる。
ひ弱なようでいて、こんなに強い花だったんだわ。
自分も、こうでなくては。
何度もなぎ倒されてはまた立ち直って咲きかえり、11月の半ばくらいまでずいぶんと長く咲くのだった。
実はずいぶんとしぶとく、逞しいのだ。





ろうそくの乗ったお誕生日のケーキ。
憧れる前から諦めていた。
手が届かなさすぎて、憧れさえしなかった。。
あのろうそくの火をふっと吹き消すやつ、自分は一生やることはないのだと思ってた。

誕生日を祝ってもらうという習慣がなかった。
あのケーキのろうそくをふっと吹き消すのは、なんだか忘れたけど、例によって異教の悪霊払いのおまじないか何かに起源があって、だからキリスト教徒がやるべきではないのだと。
それから、たとえ一年に一日だけでも、神をさしおいて自分が注目を集めようとするのはクリスチャンとしてふさわしくないのだそうだ。
子供心にも、それを聞いたときにはほんとに、びっくりを通り越して、呆れ返ってしまった。
一年にたった一日すら、人間に自分の栄光を求めることを許さない神って。
全く。

クリスマスの話でも書いたけれど、子供時代からクリスマスと誕生日と、この二つを奪われるということ、それはほんとうに、取り返しのつかないことなのだ。
何を持っても埋め合わすことはできない。
誕生日以外の日に、どれだけ心のこもったプレゼントをもらっても代わりにはならない。
山ほどのプレゼントより何より、自分の誕生日を、「ほかの誰でもない自分の誕生日なのだ!」という実感をかみ締めながら、自分で、きちんと、正当に祝えるということ、それが何よりも大切なことなのだ。



子供時代にも、誕生日にときどき母親が、神の目を盗むようにこっそりと小さなプレゼントを贈ってくれることがあって、それらはいまも大切にとってある。
9歳の誕生日には、手作りの茶色いコーデュロイのお財布で、ビーズとスパンコールで私のイニシャルのAと、私の星座の天秤が刺繍されている。
10歳のときにはダークグリーンに水玉柄の小さな布袋と、その中に親指くらいの色鮮やかな水鳥の置物。
ほかのときにも私が集めていたガラスの動物園を構成するガラスの動物たちなど、こまごまとしたものをいろいろと贈ってくれたけれど、誕生日にもらったものはとりわけ、それをもらったのが誕生日だったという特別さも加わって忘れがたい。

おとなになってからは、鎖を断ち切っただけでしばらく満足していたけれど、それからも誕生日は毎年やってくる。
今はもう、ケーキにろうそく立ててもいいんだな、とふと思うと、やってみたくなった。
正直、ケーキそのものがそれほど好きなわけではなく、ただケーキに立てたろうそくをふっと吹き消す、というのをやってみたいだけ。
生クリームは苦手だし、よくケーキにのってる人工的な味のイチゴも苦手だし。
いろいろ考えて、自分仕様のバースデーケーキを編み出した。
どうせなら私のコスモスをモチーフに。
そして考えたのが、生クリームにブルーベリージャムをまぜるレシピ。
ジャムを多めにするとすばらしく綺麗なコスモス色になる。
ジャムの酸味のせいか、生クリームが苦手な私でも食べられて、甘すぎない。



コスモスケーキのつくり方
*台生地
*生クリーム
*ブルーベリージャム
*フルーツ缶 いろいろな種類の果物がさいころ型にカットされているもの
*ケーキ用ろうそく
1、台となる生地を用意する 自分でスポンジケーキ的なものを焼いてもいいのだけど、めんどうくさいから買ってきてもいい。
スポンジよりブリオッシュ生地がいちばん合う気がする
2、生クリームを泡立てる 泡だて器がない場合は、ここがいちばんたいへん。
音楽を聞くか、DVDでも見ながら気長にカチャカチャやるしかない。
3、泡だったら、ブルーベリージャムを加えてまぜる。
クリームとほぼ同量くらい? 濃いめのコスモス色になるように、けっこう多めに。
クリームには砂糖を入れない。ジャムの甘みで十分。少し酸味も加わってちょうどよい風味に。
4、台生地に横半分にナイフを入れる。
5、生地の下半分の断面にジャム入りクリームを塗る。
6、フルーツ缶を開ける。
汁気を切って、断面に塗ったクリームの上に乗せる。
7、その上にまたジャム入りクリームを塗り固めて、生地の上半分をかぶせる。
8、生地の全体をジャム入りクリームで覆う。
9、ラップかけて冷蔵庫で数時間なじませる。
10、取り出して根元にアルミ箔を巻いたケーキ用ろうそくを立てる。

ほんとは側面のところに本物のコスモスの花でも貼り付けるとさらに綺麗になると思うのだけど、子供のころのことがあって、なんかコスモスを自分で切るってできない。

誕生日になるとまわりの心優しい人たちが、メールを送ってくれたりご飯に誘ってくれたり、いろいろとお祝いしてくれてとてもうれしい。
でも、まさか私がこんな子供っぽいことをいまだにやりがたっているとは誰も考えず。
だからケーキは自分でつくることにしている。
毎年じゃないけど 暇があるときやどうしてもやりたくなったとき。
好きな音楽でもかけながら心しずかにろうそくに火を灯し、しばしその光を楽しんでからふっと吹き消す。
食べ切れない分はまわりの人たちにお裾分け。
そうやって自分の誕生日をきちんと、正当に祝うのだ。



ナルシストなので、いつでも、コスモスが咲くのは私の誕生日をお祝いしてくれるために咲くのだと思ってきた。

ナルシストなので、自分の姿を写真に残すことに執着してきた。

いつしかその二つが組み合わさって、コスモスと一緒に自分を撮りたい、とずっと思ってきた。
ミュシャの絵みたいに 花に囲まれてその花の精のような女がいて、
で、どちらかというと花じたいのほうがメインテーマであるような。

でもこれがなかなか難しくて、いつも中途半端にしか実現できずにきた。
人に撮ってもらうと、頼んだり日程を調整したりといったことのほか、なかなか微妙な角度だとかフレームワークだとか、こまかいところが伝わらなかったり。
それが自分のカメラでない場合だと、なんだかんだとごちゃごちゃ言ってなかなかデータを渡してもらえなかったり。
いろんな不都合があって懲りてきた。

毎年毎年、コスモスが咲き始めるたびに焦って、心苦しくて、あぁ今年もまた咲き始めてる、なのに私はまだこの子たちといっしょに自分で自分を撮るすべを得られないままにまたひとつ年をとってゆくのだわ、という思いを、毎年毎年、噛みしめて悔しい思いをしてきた。

あるとき、いい加減にしろふざけるな!って。
これはもう自分でやらなくてはって心を決めた。
今までほんとうにごめんね。誓ってぜんぶ取り戻してあげるからねって。

はじめは小さなデジカメでリモコンバンドなるものを締め、エアポンプ式のアナログなリモコンで撮り始めた。
それから、去年のはじめに一眼レフとリモコンシャッターを手に入れた。

自分でぜんぶやるのもほんとにたいへん。
撮影場所の候補を挙げ、下見してまわり、天気予報を睨みつつ撮影日を確保することから始めて、カメラの露出やボケぐあいといった色んな設定や、そのポイントの光の向きから、フレームワークから、近景と遠景の入り方、顔の角度や髪のかかり方にいたるまで、果てしなくいろんな要素が。

でも、この秋はおかげでけっこう満足のいく仕事ができた。
冒頭の一枚は会心の作。
この一枚を撮ることができたことで、これまでの失われたものを辿り直す長い旅のなかでひとつの里程標に到達したっていう手ごたえがあった。

今もなかなか、君たち今年も咲いてくれてありがとう、また会えてうれしいよって、ここの土手やあっちの岸辺に毎年コスモスを蒔いてくれてる市民団体の人たちありがとうございます、っていう心の余裕を持てないでいる。
そこに自分がいて、ちゃんと撮るための色んな手配や労力で精一杯で。

それでも、分かってきたのは。
奪われてきたものを自分なりに取り戻すには、心を決めて、手づから労するよりほかに方法はないんだってこと。
それ以外にはないのだ。



この秋に撮ったコスモスのアルバム。
https://picasaweb.google.com/107799758412385197472/2013_09_27#






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Posted by う at 22:45Comments(2)身辺雑記

2014年01月01日

happy new year 2014


やってみたいニューイヤーの迎え方
その1 セーヌの岸辺、ノートルダムの見えるあたりでシャンペンを抜いてカウントダウン
その2 タイムズ・スクエアでクラッカーを鳴らしてカウントダウン
その3 あゆの年越しライヴでペンライトを振ってカウントダウン

これ全部すごくやってみたかったのだが、今回ひとつ達成!
あいにくペンライトはなかったのだけれど・・・

今年はぜひともカウントダウンライヴ行くぞ! と思っていたのに、あれやこれやで結局チケットが取れず、凹んでいたここひと月。
自分のうかつさを責めたり、運の悪さを嘆いたり。
あれはほんとに凹む。

ライヴビューイングなるものをやるらしいと知ってはいたが、よく分かっていなかった。
Ustreamみたいなものかなと思っていた。
31日の夕方になって、さてちゃんと調べなきゃとネットで見たら・・・
なんと、家で見られるものではないんだ!
全国数十か所の映画館のスクリーンに、中継映像を流すんだって。
ガーン・・・そういうことだったの?!
じゃあ、結局見られないじゃん、あたし?
どう考えたってもう完売だよね?・・・あと4時間したら始まるし・・・

ショックに打ちのめされつつ、でも一応、映画館のリストに目を走らせる・・・
行けるとしたら、うーん、品川?
それでも最短2時間・・・。
まぁ、とりあえず紅白のあゆ見て、それから考えるか。

それから紅白の時間まで少し待って、一番手のあゆを見る。
"inspire"。
そして考えた。
カウントダウンライヴ開始まであと3時間。
さあ、どうする私?
はなから諦めて、紅白のつづき見て、近所の神社で打ち上げる花火を見て、そこそこいい感じではあるがのっけからそこはかとない敗北感の滲む新年を迎えるか?
それとも、少しでもチャンスの残っている限りはそこに賭けてみる??

そして私は賭けてみることにした。
品川の映画館に電話をかけて、問い合わせ。
もうネット予約はとっくに打ち切りで、現地に行って買うしかない。
このタイミングで同じ問い合わせが殺到していて、つながらないだろな、と思いこんでいたら、意外にも一回でつながった。
あ、これ人間? 音声案内じゃなくて??
と、一瞬びっくり。
あゆのライヴ、もう埋まってしまっていますよね?
・・・いえ、まだ半分くらいです。
耳を疑った。
例年だと、これから始まるまでに埋まってしまいそうですか?
と聞くと、
さあ、うちはライヴビューイング今回が初めてなので、何とも・・・ でも、あと数時間で全部埋まるってことはなさそうかと。
あ、ほんとに? じゃこれからすぐ出ます。ありがとう。

・・・聞いてみるものだわ。
しみじみと思いながらすぐ出て、夜道を飛ばし、電車にゆられ、2時間後に着く。
何の問題もなくチケット購入。
しかもどまんなかの贅沢な席。
開場までまだ1時間あったので、映画館の入っているホテルの周辺をぶらぶら散歩し、唯一開いていたマックで軽く食事して、ガラスの向こうを行き交う人々すべてに微笑みかけたい気分。

ライヴはほんとに素敵だった。
さいしょのうちはあゆの顔見てるだけで涙が出そうだったけど、そのうちテンションの高さに引き込まれてきて、さいごのほうのMCも面白くて。
個人的には、Because of you 聴けたのが・・・
何よりあゆと、あゆを愛するほかのたくさんの人たちとこの時間をいっしょに過ごせたのが、ほんと、最高。

ライヴのあと近くの席の人たちと横浜まで飲みに行って、朝まであゆを語る。
隣に座ってたK氏は今回の15周年ツアーを、何と4回見に行ったそう。
いろいろとコアな話を聴けて勉強になった。
あゆぱんのフィギュアまでもらってしまった。

都内も横浜も、朝までやってる店が思いのほか少なくて、静かというか閑散というか。
で、地元民御用達のイタ飯屋さんみたいなとこ。
オリーヴとアンチョビのピザ、キューバリブレ、おいしかったー

それから桜木町へ初日の出を見に。
展望台に登ってみたかったのだけど、すでに何百人も並んでいて無理そうなので諦めて、汽車道を海のほうへ。
だんだん明るくなってゆく海の色、空の色、淡い薔薇色に浮かびあがる港の灯り。
この時間、はじめて。来てよかった。。

なかなか日が出ないので飽きてきて、帰りかけるも気を取り直し・・・
歩道橋の上から、赤レンガ倉庫ごしの日の出。
さいしょのオレンジ色の輝きが現れ出た瞬間、やっぱり感動した。
毎日朝日が昇るのって、あらためて奇蹟なんだわ。
これからは時々日の出を眺めよう。

最高のニューイヤーだった。
今年はなんかいいことありそう♪
読んでくれたあなたにもいいことありますように。





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Posted by う at 22:36Comments(2)身辺雑記

2013年12月25日

喪失について 1


これまであれこれ片づけながら、いままで失ったものや手放してしまったものについて、否応なくいろいろと考えた。
そのうち、それはつまり、自分がどういうものに価値を置いているのかということなのだと気がついた。
自分が大切に思うからこそ、忘れられないからこそ、「失った」とか「手放した」とか思うのだと。

片づけに明け暮れるうち、気がつけばクリスマス。
せっかくだから、クリスマスへの自分の複雑な思いもこの機会に整理を。



クリスマスのことを考えると必ず思い出すのが子供のころに描いた2枚の絵だ。
1枚は、幼稚園のときに描いたもの。
真ん中に、四角いレンガの鉢に植わったクリスマストゥリー。
その上を、トナカイに引かせた橇に乗って飛ぶサンタ。
淡黄色に紫の文字で<メリークリスマス!!>
ふつうにボールペンで輪郭を描いて色鉛筆で塗ってある。

その頃は、よくそういうの描いてたな。
これも幼稚園のころだったけど、12月のカレンダーをつくって、その25日のところに色紙の窓を貼りつけ、窓を開けるとサンタが手を振ってる、みたいのをつくったこともあった。
ステレオタイプだろうが何だろうが、とにかく好きでたまらなかった。

もう1枚は小学校2年生くらいのときに描いたもの。
こちらは虹の七色のクレヨンで画用紙を塗ったうえに、さらに黒のクレヨンで全体を塗りつぶし、尖ったもので引っかいて描いた。
こうすると、黒地に七色のラインが浮かび出るのだ。
描かれているのは、やはり真ん中に、レンガの鉢のクリスマス・トゥリー。
まわりにとんがり帽をかぶり、オーバーオールを着た小人たちが、トゥリーに梯子をかけたりして忙しく飾りつけしている。

子供の頃、描いた絵はわりとすぐ捨てたり人にあげたりしてしまっていた。
けれどこの2枚は手元に残していた。
なぜかレコードプレイヤーの上で、ずっと埃をかぶっていた。

あるとき、小学校4年くらいのときかな、居間の家具を入れ替えるというのでそのレコードプレイヤーを含め、オーディオセット一式が別の部屋に移された。
それからしばらくして、あの2枚の絵がどこにも見当たらないことに気がついた。

「私の絵は?」と聞くと、
「知らないよ。自分がちゃんと管理しとかないのがいけないんでしょ」と言われた。

そのときのショックから立ち直るのにしばらく時間がかかった。
今でも思い出すと心痛む。
それまでも私は奪われていたのに、二度までも奪われた! という思い。
私の家ではクリスマスを祝うことを許されていなかった。

私の家は3代つづいたキリスト教の家系だ。
曽祖父はロシア正教徒だった。
おそらくロシアの血が入っていたのだろう。
「目が青かったのよ!」と、何度も聞かされた。

祖父母と母親はプロテスタント系だ。
なのにクリスマスを祝うことが許されなかった。
クリスマスはキリスト教にローマの異教が融合して生まれた背徳の祝祭で、もとは冬至に行われていた、ローマの太陽神崇拝が起源なのだそうだ。
とか何とか。

そんなわけで、私は学校のクリスマス会なんかにも参加できなくて、しかもそれを自分で言わないといけなかった。
もごもごと口ごもりながら、やっとの思いで「私、クリスマスは祝わないんです」と説明しても、そんな生徒に出くわしたことのない先生のほうは訳が分からない。
「大丈夫よ」とかいう先生もいて、いやアナタが判断できる問題じゃないのよ・・・
でもそんなこと言ったらさすがに失礼だし・・・
それにしても、「祝わない」って言いにくっ!! 「祝う」っていう日本語は、つくづく否定形で使うことを想定してない言葉なんだわ・・・

あとになって、ポール・オースターも子供時代に同じ経験をしたのを知った。
彼の場合はユダヤ人だったからだけど。
こんな経験をした人はたくさんいるにちがいない。

子供時代からクリスマスと誕生日と、この二つを奪われるということは、取り返しのつかないものだ。
どんなに惜しみなく愛を注がれ、それからクリスマスでも誕生日でもないほかの日にいくら心のこもったプレゼントをもらおうとも、決して埋め合わせのできるものではない。
ほかのどの日でもないその日にもらうことにこそ、意味があるのだから。
というか、ほしかったのはプレゼントでさえなかった。

何がほしかったのかっていうと、
クリスマスを祝えるということそのものがほしかった。
後ろ暗い心なしに、トゥリーの輝きを堂々と愛せるということがほしかった。
クリスマスのイデーそのものが。

クリスマスの時期に塹壕で戦っていた兵士たちや、アウシュヴィッツの捕虜たちでさえ、こうしたものまで奪われはしなかった。
クリスマスのイデーを心の中で愛することまで禁じられはしなかった。



私にとって、クリスマスは何よりもクリスマストゥリーだ。
トゥリーさえあればほかはいらないくらい。
トゥリーにこそクリスマスのイデーが凝縮されている。

見上げるように背の高いのもいいけど、どっちかっていうと1メートルとか50センチくらいの小ぶりのやつが好き。
綿の雪がちぎってところどころに乗せてあって、星の飾りや針金モールのトムテみたいなサンタが下がっていて、昔ながらのろうそくの炎の形をした、ピンクや青やオレンジのあたたかい色合いの電飾が、・・・ちかっ、・・・ちかっ、て光っているのがいい。

・・・って、なんでそこまで具体的なんだろう?
書きながら、ふと考えたら、思い出した・・・
そういうのがピアノの先生のうちにあって、自分ちにはなかったからだな。
外を歩いていて、人のうちの窓辺から、そういうのが・・・ちかっ、・・・ちかっ、てカーテン越しに見えるのもいい。

それよりもっと好きなのが、20センチくらいの高さのガラスのクリスマストゥリー。
カットグラスより種からつくる吹きガラスのがいい。
脆いけれど、ずっと有機的なラインをもっていて、ちょっとした具合で枝のひとつひとつが全部ちがう。
トゥリーそのものはもちろん緑。
で、ぜんぶの枝の先がくるんと跳ね上がって、そこに飾りを下げられるようになっていて、やっぱり吹きガラスでできた、ひとつひとつちがう色々な飾りを下げる。

そういうのを小さい頃お店で見て、世の中にこれほど綺麗なものがあるだろうかと思った。
そういえば、いちどそんなのを紙粘土でつくろうとしたのだっけ。
でも、形は似せても、質感がまるでちがった。
あの透明な輝きがないと意味がなかった。
ガラスでないと、意味がなかった。

おとなになってから、友だちと京都へ行ったとき、雑貨屋の片隅で偶然そんなのを見つけた。
その場で即買い。2000円くらい。
しかも夏だった。

それからしばらくの間、クリスマスの時期になると取り出して飾って、いつも2月くらいまで出していた。
てっぺんに赤い星がついているのだけど、何度目かの冬に水道の蛇口にぶつけてそこをちょっとだけ欠いてしまった。

ひとつひとつ、セットの小さな飾りを枝の先に下げていくのが好き。
リース、ミニトゥリー、雪だるまはとてもよくできていてお気に入り。
ろうそく、サンタ、クロス、ブーツ、キャンディーあたりまでまぁいい。
けれど、ベル、天使、星は不恰好でちょっと失敗作じゃないかな。
いくつかのフルーツに至っては・・・なんでここにブドウの房が?みたいな。

こだわりだすときりがない。
時にはセットのガラスの飾りのかわりにピアスとか指輪とかペンダントトップとか、いろいろ吊り下げて気分を変えてみた。
金銀の細いチェーンをまとわせてみるのも楽しいが、それには緑のじゃなく、クリアなトゥリーのほうがいいかも。
やっぱりガラスのトゥリーにはガラスの飾りがいちばん合うみたい。

そのうちめんどうになって必ずしも毎年出さなくなり、出さなくてももっているだけで満足だった。
今年久しぶりに出してきてまた飾ってみた。
うーん、前からうっすら思ってはいたけど、ガラスの赤い部分がちょっとオレンジっぽいのが気になる。
クリスマスの赤はほんとは真紅って感じの赤だといいのだけどな。
・・・こだわりだすときりがない。



普通の大きなトゥリーに飾るオーナメントを見て歩くのもいい。
シーズンになると大きなデパートなんかで実にバラエティー豊かな色んなオーナメントをおいている。

なかでもいちばん心惹かれるのは、星や雪の結晶のモチーフで、やはりガラスとかラインストーンとかのキラキラしたクリアな素材のものが好き。
こうしたモチーフなら吹きガラスじゃなくてカットガラスのほうが好きかも。
もともとが鋭角的なモチーフだし、それにぎざぎざした形をしているので、吹きガラスだと実に壊れやすいのだ。

まるい飾り玉で、上品なパステルカラーの地に金銀で細いアラベスクが入ったようなのもいい。
掠れたような金色のクラシックな天使たちもいい。
金銀に染められた松ぼっくりもいい。
柊の飾りなんかもいい。

あまりにいろいろ見て歩きすぎて目が肥えてしまい、さいきんは完璧に気に入ったといえるものになかなか出会わない。
というか、そろそろ見て歩くことに「気が済んで」しまったのかも。



電飾をつけるなら、昔ながらのあたたかい光のやつがいい。
あまりめまぐるしくパターンが変わるやつじゃなく、ゆっくりおだやかにチカチカするのがいい。
淡い金色一色のもいいけど、マルチカラーのもいい。

発光ダイオードは偉大な発見だと思うが、あのクールな輝きはむしろマリブのビーチバーなんかに似合いそうだ。
正直、クリスマスにはどうかと思う。
とくに青系のイルミネーションはいけない。
ただでさえ寒い季節なのに、見ているとよけい寒くなる。
いま、私の住んでいるつくばの駅の近くの遊歩道の街路樹が目の覚めるようなブルー一色に飾り立てられていて、見られたものじゃなく、目に入るとあわててそらしてしまう。

それから、あくまで一般論だけど、大きいと大きいほどどうもディテールが適当な感じが。
駅前の大きな<トゥリー>なんかだと、かんじんの木がなくて、ただ巨大な円錐形に枠組みをつくってイルミネーションを這わせ、飾り玉やリボンで隙間を埋め尽くしただけ、というのも。
まぁ綺麗だからいいか、と思う一方、・・・っていうかそもそもこれをトゥリーというのか? というかすかな疑問が。



ふつうにお店で手に入るトゥリーの本体はもちろん本物のトウヒではなくイミテーションだが、それはそれでいいと思う。
フェイクファーをそれはそれでいいと思うのと同じことだ。
それで本物の木が切られないですむのなら。

昔ランダル・スチュアートが、キリストの自己犠牲の、現代に残る数少ないアナロジーとしてクリスマストゥリーをあげていたのを読んで驚いた。
というか、そのことを、さいきん論文を読み直していて思い出した。

本物の木を使う場合に、ふつう切ってきて使うことは知っていたけど、信じられなかった。
だいたい木は、人間どもの犠牲となることにいつ同意したのだろう。

あ、そっか。それで私が子供の頃描いたトゥリーはいつも、レンガの鉢に植わっていたんだな。
切られてしまった木に飾りつけするなど、考えただけでぞっとするもの。
死に装束じゃあるまいし。

木は、人間たちよりよほど格の高い種族だ。
我々はもっと木から学び、木をふさわしく尊ぶことを学ぶべきだ。

クリスマストゥリーのあり方というのも、だから、木を切ってきて家の中に飾りつけるのではなく、できれば我々のほうが雪を踏み分けて森へ出ていって飾らせてもらうべきだと思う。
焚き火でも焚きながらね。
古代の太陽神崇拝もそんな感じだったのかもしれない。

古代の人々がトウヒやヤドリギを不滅の生命の象徴として崇めたのはまったく正しい。
木は我々よりよほど神に近い種族なのだ。



やれやれ、これでようやく、どこへ行っても逃げられないあの能天気なクリスマス・ソングから解放される。
あれは音の暴力だわ。
いいかげんにしてほしい。
といって、お正月の雅楽も苦手だけど・・・。

今年は横浜のクリスマスを味わえたのがよかったな。
3月から念願のスケートクラスに通い始めて、これまで都内だったのが、12月から横浜のリンクへ。
毎週土曜、朝5時半に起きてまだ暗いなかを飛ばして6時半の電車に飛び乗り、8時すぎに着いて、駅前のカフェで軽い朝食のあと、9時からのクラス。
だいたい昼過ぎまで滑って、そのあと桜木町へ散歩に出かける。
まず日本丸を眺め、それから気分次第でぶらぶらしながら赤レンガ倉庫のところまで歩く。

12月からこっちっていうのがよかった。
赤レンガ倉庫のところにクリスマスのイルミネーションとトゥリーと、ヒュッテというドイツ式の屋台が出ていて、プレッツェルやホットワインなんかを売っている。
夕暮れまで時間をつぶして、水上バスの切符を買い、虹色の孔雀みたいに綺麗な観覧車のネオンを眺めながら横浜駅まで帰ってくる。
夢のようなひととき。



いつかパリでクリスマスを過ごしてみたいな。
イルミネーションに輝くシャンゼリゼを歩きたい。

マディソン・スクエアのクリスマスも体験してみたい。
あ、でもこっちはニュー・イヤーのほうが有名かな。

クリスマスのイデーを求める旅路はまだまだ終わらない。

「喪失をのりこえるには、まずきちんと悲しまなければならない。
 そうしてはじめて乗り越えることができる」-ジュリア・キャメロン





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2013年12月21日

片づけについて 1-住みたい部屋を考える-


いつかはこういう日が来るだろうと、うすうす気づいてはいた。
劇団の活動に生活空間を乗っ取られてしまった。

今までに4作品、つくりあげてきて、それまでも寝室はほぼ物置き状態だったのが、大道具やら衣裳類やらでいよいよ身動きがとれなくなり、向こう側の棚の扉に到達することもできない状態に。

四六時中、道具類を見ているのも疲れてしまった。
いったん目につかないところにしまいこみたい。

ここらで何とかしないといかん。
そこで腰を上げたのが2012年の秋くらいからだった。

そのへんから前後して、堰を切ったように、それまで気になりつつも放置していた色んなものを片づけにかかった。

劇団活動にひと区切りつけて、新しい扉を開ける前に、今までの色んな活動をいろいろ片づけたい季節なのだと思う。
ここ1年半くらいの日記を読み返すと、大方は片づけのこととスケートのことで埋まっている。



まず、段プラでつくった大道具類は、たたんであっちの書棚とこっちの書棚の裏側に滑り込ませた。

劇団衣裳類は衣裳ケースにまとめてクロゼットの上段、<エニス>の7枚の背景幕をたたんでしまってあるとなりに。

たためない道具類その他をしまうために、5月の連休を使って、寝室の壁の二面にあらたに棚をつくりつけた。

それでやっと、床が見える状態に。



内装と家具について、など。

家具はわりと自分でつくるほう。
いまも小学生のときにつくった机、引っ越すときに廃材でつくったベッドなどを使っている。
ペンキ塗りもよくする。
考えてみると、ほぼすべての家具に自分の手をかけている。

片づけよう!ってなったときにも、ただ片づけるだけでなく、同時にしぜんといわば外枠の整備にかかる。
家具を処分したり、移動したり、ペンキを塗ったり、材木を買ってきてあたらしく棚をつくったり、窓まわりのデザインを考えたり。
だから時間がかかる。

3月、キャスター付きの引き出し棚をいくつか整理して、ひとつを苦労して解体し、処分。
思いのほか体力を要してきつかった。

4月、クロゼットの掃除と整理。
大道具類の材料の余った段プラ類などけっこうとってあったのだけど、このさいいったん処分。
ワードローブを整理して、劇団関係以外の衣類もだいぶ処分した。

5月、前述の、壁面二面に天井までの収納棚をつくりつけ。
ホームセンターで買った材木を運ぶのに軽トラを借りた。

基本、収納スペースは天井まできっちり使い切る。
空間をムダなく使うということにもなるし、それによって棚の上に埃がたまらない!という偉大な効用が。

6月、使い勝手の悪かった本棚を寝室から玄関に引っぱってきて、前面にスタンドミラーから外した鏡を蝶つがいで取り付け、シュークロゼットに。
鏡が重くて大変だったけど、今は大活躍でお気に入り。

7月、鏡つきの収納棚に白ペンキ+流し台の上に取りつける。
それまで流し台の上に鏡がなかった。

8月、ずっと気になってた大物をいくつか処分。
はじめてネットで粗大ゴミ収集を予約した。

9月、イス数脚、エレピ台その他に白ペンキ。

10月、ずっとどうしてもイヤだったアルミの鎧戸と、窓ガラスのチャコールグレイのアルミ部分に養生して白ペンキ。
窓は3か所。カーテンレールがキライなのでハテナ釘を打ってポールを取りつけ、木製の洗濯バサミに針金でフック部分を加えた手製のハサミフックで白い木綿地の布を吊ってカーテンに。

バランスを見ながらいろいろ試して時間かかった。
でも、おかげで今は目に入るたび穏やかな気持ちになれる窓。

そんなのでいちいち時間がかかる。エネルギーも要する。
まぁ仕方ないよね。



モノがだんだん片づいて 部屋本来の様相というか骨格というか
それが見えてくると
当初の不満があらためて目につくように

たとえば
・・・塩ビの壁紙はもうイヤだよ。
化粧合板の床板、イヤ。
アルミの窓枠、イヤ。

たしかに見せられたサンプルの中から自分で選んだ壁紙ではあるが
その中からしか選べないという時点で ほんとに選んだことにならない
貼ったすぐあとに「これ、剥がすにはどうやったらいいんですか?」と業者に聞いて
イヤな顔をされた

今となっては、重たい家具を置いたり、つくりつけのクロゼットや棚をつけてしまったりしたから、すぐにどうこうするのは難しい。

それでも、やっぱり。。。
塩ビの壁紙なんか貼られていたら、ほんとうの家とはいえない
よくみんな我慢してると思うよ

そういうところの感覚が鈍感になっているのはよくない 間違った鈍感さだと思う
ずっと住むなら、何とかしないと



いまの部屋の壁はコンクリ板らしい。
塩ビの壁紙より、剥き出しのコンクリートのほうがよっぽどいい。

コンクリの空間は、わりと昔から惹かれる。
90年代後半くらいにできたバーで、コンクリのままの壁で、照明は暗めのブルー、みたいのがよくあった。
そういうの好き。



AZUL by moussy の空間好き。
黒や暗色系の内装
音響がよくて、クラブっぽい音楽が大音量でかかっていて
すごくいい香りのミスト

包み込まれるような居心地のよさと
気分が高揚する感じ
いるだけで幸せ

モノクロの女の子の写真
すてきだなぁと思って眺めていると
別の店舗ではそのショートムービーが流れていて

あれ、つくる人になりたい
採用情報とか真剣にチェックしてしまった



映画を見ても、調度に目がいくように

<人生に乾杯>ってハンガリー映画。
老夫婦の暮らす部屋は、まだ賭けに出る前の、積み重なってきた過去
茶色やモスグリーンを基調として、年月を経て落ち着いた居心地よさ
昔の人の部屋って、けっこう濃い色の、しかも花柄の壁紙だったりする
あれをセットとしてあらたにつくったのならすごいな

<ハリーとトント>
頑固なおじいちゃんの部屋だが、白が基調の明るいモダンな感じ
持ち主の変化を怖れない、自由で若い精神をあらわしてる

SATC(映画版)のキャリーの部屋
壁をけっこう濃い水色に塗りなおすのだけど、ドアや窓枠なんかは白いままに残していて、ウェッジウッドの陶器みたいでいい感じ

さいきん、ペパーミントグリーンの壁に惹かれる
この色はかげんが難しい
濃すぎるとしつこくて見てられないし
薄すぎるとむしろ白より弱い
黄みの入り具合でもぜんぜん違う

<バグダッド・カフェ>で彼女が暮らす部屋の壁は、だいぶ前に塗ったのがいい感じに剥げたペパーミント・グリーンで、味があって魅力的
差し込む日のあかるみをより引き立てるような



これが家ってものだわ!
というイデーをはっきり得たのは、イギリス。

石もりっぱに有機物だわと思うようになった
石造りの古いとても素敵な建物をたくさん訪ねたり、泊まったりしてから



いまの部屋はシェルターだ
外の眺めが好きじゃないから
白いカーテンを通して光を入れるだけ
窓は開けない

でもほんとは窓を開けた外の世界といい関係でいるって大切
だから
次に住みたい部屋の条件は
窓を開けた外の眺めが気に入ること






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Posted by う at 22:48Comments(0)身辺雑記

2013年12月21日

片づけについて 2-ものの持ち方を考える-



「片づけコンサルタント」、近藤麻理恵(こんまり)さんの本。
片づけたいな!と思った頃に出会って、ここ1年半くらいずっと愛読してる。

巫女さんだった、というのが、すごい説得力のあるところ。
すごく若いけど信頼できる、と直感的に思える。
理屈や経験だけでなく、自分を越えた力を感じとって、そこからものを言う人。
モノの気持ち、家の気持ちを感じ取ることができる人なのだ。

いちばん大切なものは、目に見える現実や論理を超えたところにある。
いつだって直感的、本能的なところにある。
いわば原始的なアニミズム。
それを知ってる人。



こんまりさんの本より、個人的なメモ。
一字一句その通りではないけど、だいたいの感じ。

「片づけを始める前に、自分がどういう部屋に住みたいか、それはなぜかを徹底的に考える
 具体的にイメージする
 つまり、ゴールを設定する」

「使ってないモノは、持ち主のこと恨んだりしていない、ただ役に立ちたいと願っている
 役に立たないのであれば、外に出たいと願っている
 人だけじゃなくモノもエネルギー
 たとえ燃やされて原始のレベルにまで分解したとしても、役に立ちたいというエネルギーは残る
 放っただけのエネルギーが形を変えて戻ってくる
 もっと素敵なモノに生まれ変わって、あるいはご縁や情報というかたちで戻ってくる
 すべてはエネルギーの形で循環してる」

「いらないものを捨てるのではなく 残すものを選ぶ
 自分の持ち物の中から、お店で買うものを選ぶときのように」

「迷ったときは、モノ本来の役割を考える
 そうすると、驚くほどたくさんのモノがすでに役割を終えていることに気づく」

「判断を下すレッスンを繰り返すことで判断力が磨かれていく
 自分の好きなものがはっきり分かって
 自分を好きになる」

「要るか要らないかは自分の身体に聞いてみる
 収納は自分の家に聞いてみる」

「どうやって収納すべきかは部屋じたいが知っている
 おうちが喜ぶ収納になっているか」

「片づけ終えると、人生がドラマティックに変わっていく
 子供のころからの夢を思い出して起業しちゃいました とか
 独立したとか転職したとか仕事がうまくいくようになったとか
 なぜか3キロ痩せましたとか
 会いたかった人から連絡が来るようになりましたとか」

「片づけたところと同じようなところが反応する
 服を整理すると、ぜい肉がとれてすっきりする
 本や書類を処分すると、頭が軽くなる
 水まわりを片づけて化粧品類など減らすと肌がうるおう」

「ひとりの時間は 大切な人と過ごすために もっとすてきな自分になるためにある」

「疲れたときは片づけを休んで いま身のまわりにあるものに感謝する」



こんまりさんのブログより。

「かなりの割合で、成功してる人の家は片づいています
 そして彼らはたいてい、成功して広い家に住んでいるから片づいているのではなく、
 広い家に住む前からさっぱり片づいた家に住んでいるのです

 低所得層の居住区域ほど、外から見てもモノが多い印象で、ベランダにゴミ袋や壊れた椅子などが放置されていることが多かったような。。」

「手紙の役目、水まわりと心の潤い、部屋を背負っているということ。」

「受け取った瞬間が最高の状態」

「空気が変わる 部屋が軽くなる

 外に出すものと残すものの区別ができるようになる
 ふしぎとこれは外に出たがっている、というのが分かるようになる」

等々、等々。。



片づけって、哲学的
片づけについての本がいっぱい出てるのも分かる
モノを処分するにも、買ってきたりつくったりするのと同じくらいの手間がかかる。
時間もかかる。お金がかかりさえもする。
片づけのために生きてるの私?
これじゃいつまでたっても先へ進めない・・・



回転を速くしてゆくということ。
ただしまいこんでいるだけでは意味がない
でも 昔のこと忘れて、自分の出自や愛してきたものを忘れてしまうのが怖い

回転速い人たちって、あまり惹かれずにきた
ただ次から次へと回転しているだけで、核がなくて薄っぺらな印象で

回転速い人たちって、昔のことどうやって覚えているの?
そのつど新しいものを取り込むために、過去をぜんぶ忘れていくの?

手放してしまったけど今でも覚えているものはいくつもあるな

溜めこんで持っておくのは過去を見つめること。捨てるのは未来に目を向けること。
どっちも大事。

未来は可能性、でも不確実。
不確実なものを受け入れられるってことは、柔軟性であり、自分への自信ってこと。



好きな服はとことん着て擦り切れるし
着ない服は擦り切れないから いつまでもずっとそこにある という逆説



衣類の処分、とくに田舎暮らしで車ないとなかなかたいへん

リサイクルショップも一長一短
たまーにこないだの指輪みたいなこともあるけど

苦労して運んでいっても引き取ってくれなくて、また持って帰ってくるはめになるの、ほんとにイヤ。
引き取ってくれるときも、いちいち個人情報書かされるのがほんとにイヤ。

だから古布の日に出すと
雨に降られてしまったり それでまた罪悪感が



まだ使えるけど使わないもの、よそでも引き取ってくれないもの、
どうしようもなくボロボロになってしまったもの
きちんと感謝して送り出して すっきりして
でもやっぱりどこか心が痛む



旅行、好き。
すばらしい経験だけして、あとに何も残らないところがいい。
花とキャンドルも好き。
見飽きる前に、萎れたり溶けたりしてたちまちなくなってしまうところがいい。



モノに対して、間違った責任感をもっていたかも。
私のところへ来ちゃった以上は、って。

好きじゃなくても、使わなくても。
とっくに飽きてしまっていても。

女に飽きるように、手に入れたときは心からほんとに好きでも、自分でも気がつかぬうち飽きてしまっていて、罪悪感もあってそれを自分に対して認めたくなく、それで捨てはしないけど手にとるもない、ただ置いてある、みたいな

資源ムダにしちゃいけないし、とか
まだ使えるのだから使ってあげなきゃとか

ソリッドにそこにあるから 尊重しなきゃいけない気がして
軸をモノ自体に置いてしまっていた 自分自身にではなく



でもやっぱり、いちばん大切にすべきは自分の気もちだよね
流動的で、変わりやすいものだけど

自分自身と同じように、モノも、ほんとはソリッドではなく、常に流動的なもの。
自分が変わるにつれ、モノが自分に対してもつ意味も変わっていく。



いろんなことがあるな。
愛着なくなることもある。
必要ないのに、手放したとたん落ち着かないことも。
ぜひとも欲しいものが手に入らないことも。
かと思えば、それが誂えたようにすとんと自分のところに来ることも。



片づけが進むにつれ 部屋がすっきりと、居心地よくなって
部屋で過ごす時間が 穏やかで心楽しくなってきた

ただそこにあって埃をかぶっているだけのものがなくなって
すべてが必然性をもって役割をもっていきいきとそこにあるという感じ

身体的にも、体のなかのよけいな部分が削ぎ落とされた感じ
気もちよいすっきり感



掃除も苦にならなくなった

考えてみると掃除のめんどくささって
かなりの割合が掃除じたいじゃなく、そのためにモノを動かすめんどくささ

卓上や床によけいなモノがないと、動かす手間もないので
掃除がほんとにあっというまに終わる

苦じゃないのでまめに掃除するようになる
ますます居心地よくなる
といういいサイクルに



上着のポケットやバッグやバイクのバスケットによけいなものを入れなくなってから
動きが速くなったような
よけいな時間をとらずにさっと動けるようになった

買い物とか用事とかすませるのも速くなってきた
あまりいろいろ迷わなくなって、選ぶのが速くなった
見た瞬間に、買うか買わないかだいたい分かるように



自分がほんとに好きなものを大事にしていくこと。
それしかないであろう。






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Posted by う at 22:43Comments(0)身辺雑記

2013年12月21日

片づけについて 3-過去の書類を整理する-



混沌として、とてもvulnerable な。
自分の部屋にある諸々のモノについて、そういう感覚をもっていた。
でも、そこを突きつめると、

ほんとうに大切で、ぜったいに失いたくないのは、おおかた、自分の作品だけ。
それ以外はとくに。
作品というのは、まず文筆作品であり、それから絵などのアート作品と、劇団関連、少しは自分の書いた曲など。

それも、なぜ大切かというと、唯一性。
基本、それを持っているのが私しかいないから、まだ世に出ていない限り、ひとたび失われたら再現できないからだ。

それも、昔だったら「世に出る」とは例えばそれが本になって出版されるようなことを意味したが、ネットのおかげでとりあえず上げておきさえすればavailable になった。つまり、読む気のある人には読んでもらえることが可能になった。

ということはつまり、ネットに上げていないから気にかかっていただけで、ネット上にデータさえちゃんと保存されていれば、available でありさえすれば、モノじたいに執着している対象など、実はほとんどないことに気がついた。



書類について。

10月、書類の整理にとりかかった。
私の場合、書類とはおもに自分で書いたものだ。

とりあえず、引っ越したときから書棚に入りきれなくて段ボールに入れっぱなしだったもの。
全部出して、テーマ別に床に積みあげたら、9つの山になった。

・劇団関係
・セントパトリックス・フェス関係
・高校時代の教材関係、講師になってからの教材関係(おもに古典と英語)
・大学時代の講義メモ、キリスト教時代のノートや思索メモ、<創造的な不幸>のためのメモや資料類
・牛久沼環境保全活動関連
・アイルランド入管問題資料
・文筆作品のためのメモ、下書き、プリントアウトなど
・ファッション、アート関連の雑誌や切り抜き
・ふつうに日記

ほとんど床を占領されて、とりかかる前から疲れてしまった。
こんなにあるんだなー やれやれ。。



生きて、活動していくことで、どんどん色んな書類や作品がたまっていくのを一体どうしたらいいのだろう。
全部捨ててしまうのではやってきたことを無に帰すようだし、でもいちいち全部とっていると埋もれて息がつまりそう。
もう興味ないのは邪魔なだけだし、まだ執着があるものは、しかるべく評価されたり解決していないことが頭にくる。

書類がたまることのひとつの大きな原因は、アナログ時代にやたらコピーをいっぱいつくりすぎたことだ。
電子文書にしてネットに保存しない限り、脆弱性は変わらないのに。
でも、その頃は人に説明するのに、一式コピーして渡す、ということをしていたから。
原本のほかに、そのままコピー機にかけられる印刷用原本、メモなど書き込んだ自分用コピー、すぐ人に渡せる予備コピーなどつねにつくっていた。
それでどんどんかさが増えてた。

ひとつの活動にかかりきっているときって、関連するさまざまなことにしぜんとアンテナが向くし、放射的に広がっていくから、しぜんといろんな資料がいろいろ集まってくるし
フェスなんかに出展するとなると展示用にまたいろいろつくったり、飾り立てたりして、それでまたどんどんかさが増える
本質の核のところはそう大量にはないって、分かっているのに



小さいころの絵とか工作品とか、おおかたは惜しげもなく手放していた
飽きると執着がなくなって、すぐ人にあげたり捨ててしまったりしていた
文筆作品も、中学生くらいまでは、ひとたび清書しおえると、下書きはどんどん捨てていた。

おとなになってから、子供時代についてまとめようと試みたことがある。
あの膨大な落書きと書き散らしの山なしに、それを再現するのはちょっと無理があることに気づく



やたら何でもとっておくようになったのは、おとなになってから。
メモ、下書き、書き散らし、清書したのやタイプしてプリントアウトした書類。
それらはすべて、自分の精神のエクステンション。
とりあえずとっとかなきゃ、というのがあった。

ヴァルター・ベンヤミンのアウラ。
手書きの文字が印刷に変換される過程で失われるもののことを、彼はアウラと呼んだ。
等々。

アリス・ベイカーだったかな? 自宅が火事になって、自分の本の下書きメモや色んな資料が全部焼けてしまったと、ものすごくショックを受けた様子で語っていた。
その本はもう無事に世に出て、賞を取ったりしていたのに。
下書きや資料くらい別にいいじゃんと、当時の私には思われた・・・何をそんなにショック受けてるんだろう、この人は?
ひょっとして、私の感覚が間違っているのかな?
下書きやら資料やらって、そんなに大事なものかしら。

それから、しばらく法律事務所に勤めて、そこで手に入る限りの資料はすべて<書証>としてためこむ習慣が身にしみてしまった。
当時、私のまわりにはアウラ的な感性を大切にするアナログな人たちが多かった。



もう興味なくても、まだネットに上げてないものは、きちんとまとめて、体裁を整えてネットに上げよう。
まだ執着があって解決していないものは、これも今までのところをきちんとまとめて、整えてネットに上げよう。
ネットに公開することで自分の中での解決としよう。

手書きの文書でも、コピーは全部捨てていいよね。原本だけとっておけば。
それで原本をスキャンして電子文書にして、ネットに上げる。それでいいよね。

お世話になった色んな団体の活動案内資料とかパンフ類とか。
敬意と感謝の念は変わらないとしても、今の自分にとってあまり意味をもたなくなってしまっているものはもういいよね。
それは彼らの活動なのだから、彼ら自身が原本を管理していれば。

そして原本をミニマムにまとめたら、テーマ別に、年代順にファイリングして、いつでも取り出してパッと見られるように、きちんと棚に並べる。それでいいよね。

とにかく書類は、どこに何があるかひと目でパッと分かって見やすい、取り出しやすい、それが大事。
だから必ずファイルして、立てて、パラパラ見られる状態にまとめておくこと。



書類を整理するっていうことは、その問題をもういちど生き直すということだ
気持ち的にすごくめんどくさいし、けっこう疲れる

でも、そうしてはじめて全体が見えてくるし、本質がつかめて、必要な部分が見えてくる
ここは要るような気がしてたけど、よくよく考えたら別に必要ないなとか、そういうことが見えてくる
そうしてはじめてかさが減って、秩序だって、結果として、棚の限られたスペースにもすっきり収まるようになる

全部に目を通して、内容を確認し、年代順に並べ、重複するプリントアウトや、複数のバージョンがあるものは、最終版だけ残してあとを捨てる

行き詰って頭が疲れると、息抜きして映画を見たり、一日置いたりした
そうするとまた力が回復してきたり、整理の仕方が見えてきたりした



劇団資料も片づけて、色々見えてきた
さいしょの<エニス>では私、ほんとに色々試行錯誤してたな。
ほんとに色々、いろんな形式で何度も書いて、膨大な量の時間を費やした
でも3作目、4作目とつれて脚本はどんどん短く、コンパクトになって
分かってきたんだ 歌も踊りも入れて、全部含めて30分ってなると、
どうしたって脚本はミニマムになるしかないんだって

劇団ちらしのプリントアウトとか、訂正シール貼りとか
ほんとがんばったな私。夜中まで、あのクソのろいプリンタで
ほんとがんばったよ ほんとお疲れさま



予備校講師時代の教材やら資料やら、段ボール3箱分を整理して、いっぱい捨てた
もう使わない、戻るつもりもないものを取ってあったのは、過去の自分の仕事へのリスペクト。
でも、ほんとに好きなものだけ選んでいったら、ほとんど残らなかった。

使ってた教材じたいにとくに愛着はない・・・というか、ぜんぜん
ほんとに自分がつくったといえるものだけとっておけばいい

とくに愛着があるのは、高校時代の古典のノートと、講師になってから既存のテキストに飽き足りず、自分でつくった古典文法基礎のテキスト。
基礎でつまづいて3年まで来てしまった生徒から、「・・・そういうことだったのか!」って言われたときは嬉しかったっけ。

私、ほんとに古典文法が好きなんだな、と改めて気づく。
古典の内容そのものより、文法が好きなのだ。



あっちこっちにネコが跳ねてて
半ば無意識にいっぱい描いてた
ぜんぶ救うことはできないけど、何匹かでも救い出してやらなくては

ほんと私、こんなにたくさん、あらゆる種類のネコを描いていたんだな
あとはトカゲとか竜とか・・・
好きなものは変わらない



日記なんか読み返すとたしかに あんなこまごまとしたディテールは
文字にして残しておかないと到底覚えていないよ
なんかあたし いいことも悪いことも全部忘れたくない っていうのがあって

それとも忘れていいのかな
過去の記録というものは、口頭伝承のように、印象の強いものだけ淘汰されて残っていくのがいいのかな



17-18のときの、魂の暗黒時代の書き散らし。
いまだに目に触れると吐き気がする
こんなもの持っていたくない

けれど、ナチの時代の記録を残すように残してきた
二度と同じ過ちを繰り返さないために
殺人事件の証拠みたいに
痛ましい魂の拷問と虐殺を忘れないように

でも、集会のメモとかはもういいよね。
学生時代の数学のノートと同じで、ただ言われたことを書いたに過ぎず、ほんとに私が書いたとは言えないから

ほんとに、あんなことのために何て時間をムダにしてきたんだろう
自分に申し訳なくて仕方ない
人生に対する罪だ



キリスト教にしてもフェスにしてもそうだ
なんで私、吐き気がするまでとことんやるんだろう
そこまでイヤになる前にさっさとやめればよかったのに
こんどからはそうしよう

膨大な書類を整理しながら、自分のやってきた仕事量に気が遠くなった
ほんとよく耐えたね ほんとにお疲れさま よくがんばった



入管問題も いつまでも解決しないことに疲れ果て もう見たくなくてしまいこんでた
でもそれでは永久に片づかないままだ
どこかでずっと引きずることになる

それよりは少しは時間をとられ、改めて思い出させられて疲れても
いまここできちんとまとめて、片づけておきたい



やり終えた仕事を世に出すため、外枠を整えるのに、あと少しの時間とエネルギー。
長く、大変に感じられるのは、もう心はその仕事を終えてしまって、心がそこにないから。
手間ひまばかり取られて前に進めないように感じる。
それでも。



2ヶ月間で、9つの山のうち6つまで片づけて、そのうち3つをネットに上げた

創造的な不幸
http://ballylee.tsukuba.ch/e241301.html

牛久沼環境保全関連
http://ushikunuma.tsukuba.ch/

アイルランド入管問題
http://stptsfes.tsukuba.ch/e242456.html

いい感じに進んでるね
でもまだ道半ば
頑張れ、私。






当ページ上の広告はブログ運営サイドによるものであり、中島迂生とは関係ありません
  

Posted by う at 22:39Comments(0)身辺雑記

2013年01月16日

新ブログ・追記

 

雪の前の日、久しぶりにあったかい日だったので、もっかい撮りにいきました!

って、ほんっとにもう画像ファイルほぼいっぱいなんですよー
皆さん、どうぞ新しいブログも見てくださいね!

ところで、新しいブログ http://ussaynakajima.tumblr.com/ なんですが、ケータイで見ると画像がフルサイズで出てしまって実質見れない・・・という声があり。

http://www.tumblr.com/blog/ussaynakajima
こっちではどうでしょう?
ブロックされちゃう・・・という声もあるのですが。。。

困ったなー
tumblr まだマイノリティなんだろうか・・・

こっちの劇団ブログも、まだ手直しすべきところや、過去の舞台動画アップしなきゃいかんものがあり、これからもぼちぼち整えていきますのでヨロシク。
  

Posted by う at 23:46Comments(1)身辺雑記

2013年01月06日

喪失から救い出すⅦ&新しいブログを始めました

  

http://ussaynakajima.tumblr.com/

私の新しいブログです。
今後はおもに、こちらから私の情報を発信していくと思いますので、よろしく。

画像ファイルが、いっぱいになってしまいました。
数ヶ月前から、このままじゃいかん、いかんいかん、何とかしなきゃと思って新しいブログをどうするか色々考えてた。
考えすぎて時間がかかってしまいましたが、当面の結論はtumblr です。

    ***

このシリーズのさいごの課題は、吹きさらしの廃屋の窓辺で、斜めや横からの数ショット。
けれど、この休みはずっと寒波つづきでとても野外撮影っていう感じじゃなかったので、とりあえず屋内で、窓辺の自然光だけで撮る実験を重ねていた。
そしたら、さいしょは全然ダメだったのだけど、そのうちけっこう納得のいくショットが撮れてきて。
もとの撮影場所は、正直あまり感じのいい廃屋じゃなかったし、なんか・・・むしろこれでいいかって。

そんなわけで、とりあえずすべてのショットの<救出作業>、完了!
このシリーズ、終わりです。
我ながら、つくづく執念深いな、あたし。

去年の春の時点では、ほんとに、怒りと絶望しかなかった。
私はただ奪われただけで、この手に何一つ残らなくて。
考えると、その場に崩おれて拳で地面をガンガン叩きたくなるばかりだから、考えないようにしていた。

自分で撮るなんて、できないと思ってた。
でも、覚悟をきめて自力で立ち上がろうとすると、何とかなるもんだな。

欲しかったのは、どこでも自分の望む光と角度で、自分を撮る技術と方法論。
11月の末から今までで、その土台を築けた気がする。
いまは、翼を手に入れた。

「喪失をチャンスに変える・・・大切なのは、信じて行動すること」ジュリアン・キャメロン
  

Posted by う at 23:01Comments(0)身辺雑記

2012年12月26日

スナップ



受付のお姉さん。このテンションの高さいいです!



後ろのツリーに注目。お姉さんの飾りつけです。
  

Posted by う at 09:29Comments(0)身辺雑記

2012年12月19日

喪失から救い出すⅥ

 

消防車シーン、もういちど挑戦。
しつこくてすいません。
このシーンはものすごく思い入れがあって。
でもなかなか思うように再現できず。・・・


   

Posted by う at 20:26Comments(0)身辺雑記

2012年12月18日

喪失から救い出すⅤ

 

    

Posted by う at 22:10Comments(0)身辺雑記

2012年12月16日

喪失から救い出すⅣ

 

このショットはほんとはこの「喪失」シリーズとは関係ないのだけど、違和感なく似通ったイメージなので上げてみた。
・・・999ちっくな。

実はこういうの、けっこう昔からやってみたかった。
先週、急に、そういえばあそこに汽車あったじゃん! と思い出し。

 

この週末はもうちょっと撮ったので、少し整理してからまた上げます。
待っててね。
  

Posted by う at 23:42Comments(2)身辺雑記

2012年12月09日

喪失から救い出すⅢ

 

これを撮れたことで、私はもう、ほぼ満足だ。
前の記事の廃屋は湖畔にあったから、最悪ほとりをぐるっと回っていけばいつかは見つかるだろうと思ってた。
けれど、この場所はほんとに、記憶しか手がかりがなかったから。見つけたときはしんから嬉しかった。

   

近くにとってもアンドリュー・ワイエスな草むら。
ワイエス的なショットを撮りたくなった。
日が傾くと急に風が出て、急にすごく寒い。残照の、さいごの光で。

  
  

Posted by う at 22:59Comments(0)身辺雑記

2012年12月09日

喪失から救い出すⅡ

 

このフォトジェニックな廃屋は、湖畔にあったというのだけ覚えていた。
自分の心の望みへと辿る、巡礼の旅。

インスピレーションを与えたのは私といえ、ひとの構図を再現するのって難しい。
髪のちょっとしたかかり方、体の微妙なライン。絵を模写するような演習。
当然ながら、元の写真にいちばん近いショットが作品としていちばんいいわけではないし。

できっこないと諦めたらそこで終わり。
手足の代わりに三脚を、瞳の代わりに鏡を。何でも屋の究極、劇団以上だ。

   
  

Posted by う at 22:03Comments(2)身辺雑記