2012年02月20日

プロモーションについて考える

さいきん入ってくれた団員さんのひとりとプロモーションについて語る。
年明けさいしょのミーティングのときだから、もう1か月以上前のこと。

「・・・・してみるとか」
「それもやってたんですけどね」
「あとは・・・・とか」
「あ、それもやってたんですけど」

そんな会話のあとで、彼女いわく。
いまやっているプロモーションをリストアップしておくといいですよ。
いままでやってきたものも。
うまくいった、うまくいかなかったとか含め、
ぜんぶ可視化しておく。

自分が仕事してた時は、プロモーションを考えて、やってみて、結果を検証して、数値化して分析して、うまくいったいかなかった、うまくいったものは続ける、いかなかったのは捨てる、その繰り返しだった。

んー。なるほどね。
よし! じゃあ、ちょっくらリストつくってみるか。
そう思っていろいろリストアップし始めたのだけど・・・

いやぁ・・・ 思えばずいぶんとあれこれいろんなことやってきたもんだ
プロモーションの歴史はバリリーの歴史。
そのほとんどは当時ミクシーに書いてたけど・・・
なんかいまさら読み返そうとか、考えるだけで正直疲れちゃう
それをまたエクセル的なリストにするとなると・・・

団員募集と公演案内に分けて考える必要があるし、同じ方法でもやった年とやらなかった年があるし、それで結果が違ってくるのは当たり前だから単純に比較できない
で、やらなかったっていうのはがんばっても結果が出なかったからやらなくなったわけで

あとは・・・その年の劇団のあり方がどうだったかっていうのも関係してくるし
自分のあり方がどうだったっていうのも当然

まわりの人たちのあり方も
立ち上げた当初は物珍しさや話題性もあってみんな興味もってくれた
じっさいに参加してくれたり、見にきてくれたりもした
でも、そのあとも私ががんばってるのは同じなのにまわりの熱はだんだん冷めてきて
あんまり反応がないと私のほうもだんだん・・・「ふんっ」ってなってきて

具体的な数字が大切らしいのだけど
思い出せば思い出すほど、やっぱり単純な数字ではないなーと・・・。
質。
やっぱりこれに尽きる

だって、いままでうちの劇団に出入りした人たちで、
私自身の経験値を上げるという点では貴重だったかもしれないけど、
劇団員としてはむしろいないほうがよかったくらい始末の悪い人たちって、
いくらでもいたもん
それって、たとえば数字としては1でも気持ち的にはマイナス10くらい
逆に、ほんとにありがたいよくできた人たちっていうのは1人でも私にとっては100人分くらいの価値があるし

思い出すほどに、リストアップはできるけど
数字として処理するのが難しくなる

あと、公演のほうではまた難しい
というのは、いままでのお客さんが何を見て知って来てくれたのか、あまり分かってない場合も多いから

よく公演のアンケートで「何を見て本公演を知りましたか」っていうのがあるけど、私は自分の公演のアンケートにそういう項目をつくったことがない
というのは、自分自身、そういうこと聞かれるのが好きでなくて、「そんなの、何を見てきたって勝手だろっ」って思ってきたから。
でもあれって、劇団が次なるプロモーションの仕方を探るための方法論のひとつだったんだね。
今になって分かったけど。

そんなわけで、正確なリストとなるとちょっと難航中・・・
(つづく)

  

Posted by 中島迂生 at 16:55Comments(0)バックステージ

2009年09月30日

場を得るということ


 ピアニストのフジコ・ヘミングさんが好きだ。
 あんな素敵な人生、ほかにちょっと思いつかない。
 絶望を乗り越えて生きてくことの、見本みたいな人生がここにある。
 かっこいい。
 ドラマティック。

 でも、変なファンなんだ。
 コンサートは一度も行ったことない。
 音源も数えるほど、しかも借りてダビングしたやつしか持ってない。
 いま誰と共演してどんな曲やってるのか知らない。
 ただ、本やエッセイが出ると必ず買っちゃう。
 だから、いまパリのどこに住んでるか、何時に起きて何を食べて、どんな絵を描いて、家には猫が何匹いるのか、そんなことばかり知ってる。

 人となりは見た目に表れるものだと思う。
 あの人の外観がとても好き。
 その表情や、横顔や、佇まい、独特な服のセンスとかも。

 こんどメジャーを飛び出して、自分のレーベルを作ったそうだ。
 7月くらいのアエラの記事で読んで、そのうち書きたいと思ってたんですけどね。
 契約したレーベルのなかでやっている限り、どうしても決まった時間と予算のなかでつくらざるを得ず、必ずしも自分自身の納得のいくかたちでアルバム作りを進めていくのは難しいようだ。
 だけど、すごいな、あの年で。ほんとにパワフル。ほんと、すごいわ。

 いつまでも好きで興味を失わずにいられるのは、ちょっと目を離すといつもなんか新しいことを始めていて、新しい展開があって、物語が現在進行形でずーっと続いているから。
 自分の本領を発揮できなかった数十年間のリベンジが、よっぽど積み重なっているんだろうなーと思う。
 それが、けっこう大きいんじゃないかな。ものを生み出しつづけること、言いたいことが尽きないってことは。
 ネガティヴな深みが深いほど、反動で空の上まで駆け上がれるんじゃないかと思う。
 表現しつづけるって、大変だもの、じっさい。
 ためこんできた負の力が、そのエネルギーになるんだろうな。

 それと同時に、・・・フジコさんでさえ自分の今のあり方に満足できてなかったのかって。
 メジャーで売れればいいってもんじゃないんだな。
 「いいってもん」っていうか、自分の表現したいことを、したい方法でちゃんとできてるとは限らないんだ。
 とすると、どこのスポンサーもつかず、大して誰にも知られずに孤軍奮闘しながらも、とりあえず自分の気力と体力のつづく限りは好きなようにできる今のうちの劇団のあり方って、実はけっこう貴重なのかもしれない。

 友人に、お琴の先生やってた人がいて。お琴でもかなり、前衛的な方らしいのだけど。
 すっごい美人で、性格もほんとにいい人で。
 安定したライヴ活動をつづけ、お琴の先生としても、NHKの資格とか持ってて、お師匠さんについて海外公演とか行っちゃったり、システマティックに確立されたなかで着実にやってると、私の目には見えてた。

 ずっとアウトローの一匹狼できた私は、ちょっと複雑だった。
 やっぱり羨ましいと思うし、コンプレックスは感じてきた。あ、分野はちょっと違うけど。
 もの書いてても、自分には、身分を外からきちっと証してくれるものが何もなかったから。
 でも、ほんとのほんとは、別段そういうものを、自分は望んでいないのかもしれない。
 人に知ってもらいたいのも、できればそれで生活していきたいのも、もちろんだけど。
 でも、自分のつくりたいものを、自分の納得いく仕方でつくっていくことが、自分にとっては第一に重要なのかもしれない。

 その人は私のこと、折に触れてスゴイスゴイって褒めてくれてました。
 その人自身の方が、よっぽどスゴイのに。
 はじめは、ただいい人だから、褒めて励ましてくれてるのかなと思ってた。
 それがそのうち、確立されたシステムの中でやってるとどーしても自分の思うようにいかなくてストレスが多い、なんて話をポツポツしだして。
 そのうちほんとに自分でインディーズバンド始めちゃった。
 旦那と、もうひとりと組んでですね。
 でも、それをやるとなると知名度の低さはまたイチから。
 それでもあえてやろうっていうのだから、自由ってものの価値は相当貴重らしい。
 それを見ててはじめて、あ、この人、本気で褒めてくれてたんだ、って思いました。

 それがね、またドラマティックなのです。
 急にメールが来て、実はこんどの木曜にニューヨークに引っ越します、って。
 ずっと前から、自分たちの可能性をアメリカで試したい、と思ってたんですって。
 で、思ってるだけじゃ始まらないから、お金も、コネもないけど、とにかく行ってみよう、ということで、前から準備してたという。
 言ってしまって実現しないとかっこ悪いから、誰にも言わずにこっそり準備してたんだって。
 めでたく、当地での仕事も決まったとのこと。
 すごい、感動した。
 自分も早くアイルランドで興行できるようにがんばろ、と本気で思いました。

 人がいちばんその人らしく輝くには、そのための場が必要だ。
 その場をどうやって得るかということだけど、いくつかパターンがあるような気がする。
 私も無名時代が長いですから 笑)こういう問題については、けっこう考えてきた。

1.今自分のいるところに、自分で一から場をつくる。

 とりあえず、いま私がやろうとしてること。それをどこまで広げていけるかは、自分次第。
 ただ、自分が究極的にいたいのは、ここじゃないんだけどね。
 たまたまいまいるだけで、つくばはそんなに必然性があるわけじゃない。
 東京よりはよっぽど好きだし、こじんまりしてる分なにかと動きやすいのは確かだけど。

 ほかにこういう感じでやってる人はいっぱいいると思うけど、いまとりあえず思いつくのは、バージン・アトランティックの社長。
 もともと、テムズ河に浮かべた屋形船みたいなとこで暮らしてた、ヒッピーみたいな若者だったらしい。
 それが、レコード会社からはじめてあっちこっちにどんどん手を広げ、航空会社まで立ち上げて、こんどは社会貢献だとかいって色々がんばってるらしい。
 色々やりすぎだという声もあるけど、私はなんか、分かる気がする。
 やりたいことって、ひとつじゃない。ひとつに絞る必要もあるまい。
 根っこの信念のところさえきちっと不変でありさえすれば、あとはどんだけとっ散らかっていってもいいと思うのね。

2.ほかから与えられた場を、自分にとってやりやすいように、がんばってつくり変えていく。

 自分のなりわいとしての仕事のなかで夢や信念を求めようとしてる人たちって、わりとこのパターンなんじゃないだろうか。
 浜崎あゆみとか、マドンナとかも、自分の置かれた場のなかで、どんどん殻をうち破っていった人たちだと思う。
 枠や制限があるからこそ生まれる工夫だとか独創性、とかいうものもあるだろうな。
 ただ・・・私自身は、何かをやろうっていうとまず枠をぶっ壊すところから始めないとだめみたいなので、そういうのはちょっと苦手そうだ。

3.よい場を求めて、自分が移動する。
 
 <月と6ペンス>のストリクランド。
 ゴーギャンがモデルで、己れのビジョンを求めて流れ流れてタヒチにたどり着いた英国人の絵描き。
 大人になってからつくづくと読み返して、自分のわがままさを考えると、自分も究極的にはこれしかないだろうなと思った。・・・実は今でも思ってる。

 くだんの私の友人も、今やこっちに入っちゃいましたね。
 すごいわ! 行動力に敬服。ぜひぜひ、メジャーデビューを飾ってほしい。

 あと、よき場を得るのに、もうひとつの要素はやっぱり、よき出会い、だろうな。
 しっくりくる土地に出会っても、色んなめんどくさい手続きとかはやっぱり人間が相手だからな・・・。

 ・・・等々、わりと前から考えてるのです。
 ご自分で表現活動されてるような方なら、たぶんこんなようなことを考えたことがあるんじゃないかと思う。
 自分も含めて、みんなが、自分がいちばん本領を発揮できるような場を見出せたらいいな、とほんとに思います。
 その、見つけ方を模索しているところ。

  

Posted by 中島迂生 at 22:03Comments(0)バックステージ

2009年07月14日

11thJuly09 練習風景

7月25日夏公演at水元公園野外ステージ!! (ご案内は<トップ>のページをご覧ください!!)
に向けて、お稽古に熱が入ります。
左より、主人公アマナンと修道院長、修道士仲間、ヒロインの水の精エルダ、水の精仲間たち、兼雑用係の座長。

  

Posted by 中島迂生 at 16:59Comments(0)バックステージ