2016年11月06日

トゥッサンは花盛り。


 

晩秋から冬にかけてのパリはだいたいいつもどんより、灰色の空。
それでもなぜか11月1日のトゥッサン(万聖節)周辺は例外的に、
わりといつも明るく穏やかな日差し、というイメージがある。

トゥッサンは日本でいうお彼岸的なものなので、この時期、墓地はもちろん、
花屋や公園やに溢れる、色とりどりの菊の花。
菊が死者の花っていうのは日本と同じなのね。
「いくらキレイだからってお友達にあげちゃだめですよ」と釘をさされた。
いやハイ、分かってます・・・。

モンパルナス墓地は近所だからそばを通ることも多い。
もうひとつ、パリで最大の共同墓地、多くの偉人の眠るペール・ラシェーズ。
こちらもトゥッサン周辺は大賑わいだったもよう。

ショパンもジム・モリスンもオスカー・ワイルドもここにいるけれど、
私がペール・ラシェーズと聞いて思うのは詩人のアルフレッド・ミュッセ。

愛する人よ、私が死んだら柳の木を植えてくれ・・・
で始まる美しい詩が有名で、彼の墓にはいまも柳が植えられているそうな。
しかも熱烈なファンが引っこ抜いて持っていってしまうので、何代目かだそう。

そんな話を読んだのははるか昔、高校生くらいのときで、いつかパリを訪ねることがあったら
ミュッセの柳を見に行きたいなと思っていた。

 

やっとはじめて訪れたのが2012年の夏。
ほかにも行きたかったところを色々まわって、ペール・ラシェーズに来たのは夕方だった。
・・・なんと、閉まっていた。。。
ぐるりを高い塀に囲まれて、がっちり門を閉ざされている。

墓地って、「閉まる」もんなのか?!・・・
そりゃ、6時を少し過ぎていたけれど、夏のことで明るさは昼間と変わらなかった。
・・・呆然として、仕方ないから、周りを少し歩き回って宿へ帰った。

それから、何だかすっかり信用できなくなって。
この分では「定休日」とか「臨時休業」とか、「墓堀人夫のストライキ」とかあるのでは、
行ってもまた閉まってるのでは・・・。
何しろそういうことが、この街では実に多いのだ。

そんなこんなで、パリに住んで3年目になりますが・・・
フランスを代表する偉人たちの眠る、あまりにも有名なペール・ラシェーズ、
いまだに一度も行ったことがありません。。。
ミュッセの柳はどうしているかしら。。

 




  

Posted by 中島迂生 at 06:29Comments(0)巴里日記2016-11月

2016年11月06日

絶対いつかは乗馬をやるぞっ!!の巻




いつか、ノルマンディーかブルターニュあたりの
しずかな海沿いの村に農家を一軒借りて、馬を一頭飼いたいなと思う。
シルエットの美しい、白い馬がいい。

週末にはパリの塵あくたを払い清めに出かけ、
朝とても早く、あるいは午後の斜めの日の差すのどかなひととき、
馬を引き出して、海岸線を走らせにいく。

波がしらを蹴散らして浜辺を駆け抜けるのもいいし、
かなたに海を眺めながら、丘の草道を辿るのもいい。
パリは仕事でたまに行くくらいにして、
こちらに拠点を移せたらもっといい。

小さい頃から馬がほしかった。
牧場なんかに行って、馬に乗る機会があれば必ず乗ったものだ。
馬と舟には、機会があれば必ず乗る。

大人になってから、イギリスの田舎など旅していると、わりと普通に
山道やアスファルトの道で乗馬しているのを見かけて、羨ましかった。
馬を飼いたいっていうのはそう突拍子もない夢ではないのかも、と
思い始めた。

馬の飼い方を、けっこう真剣に調べてみたことがある。
同じこと考えているのは決して自分だけじゃない、と知った。
多数派ではないかもしれないけど。しかもとくに女性が多いらしい。

思うほど、手に入れるのは不可能じゃないようだ。
けれど、飼うのはやっぱり大変みたい。
まめでもなく辛抱強くもない私は、飼うならたぶん、
馬丁さんをつけてもらえるといい。

 

パリで乗馬をやるなら、ヴァンセンヌの森。
そこにある乗馬センターへ行ってみたことがある。
とても人気で、登録するには何ヶ月も前から申し込まなくてはいけないらしい。
でも一回のみの単発コースもあって、それでもいいと思っていた。

さいしょは去年の5月。最寄の駅から歩いて30分ほど。
ところが持っていた地図が、ちょうどそのあたりで途切れている。
迷子になって3時間くらいうろうろの末、疲れ果ててついにギヴアップ。
そもそも辿り着けずに終わってしまった。 

 

トラウマを乗り越えて、もういちど。それが今年の5月。
こんどは徹底的に調べていって、問題なく辿り着いた。
ところが何と何と・・・まさかの受付閉まってる!!!
そりゃ、たしかに祝日だった。
でも、会社じゃないのだから・・・祝日こそみんな来るはずよね?!

窓口の前で呆然・・・。
神さま~、いくら何でもひどすぎやしませんか~。

窓口が閉まっているだけで、センター自体はやっていた。
大人用のフィールド、子供用のフィールド(おもにポニー)とあって、
メンバーの人たちがたくさん乗りに来ていた。
仕方ないからそのようすをしばらく眺め、ひと休みして帰ることに。

ちょうど私の前を、11才くらいの女の子が歩いていた。
きれいな金髪をなびかせて、細身の乗馬服に身を包み、
手慣れたようすで用具の入ったスーツケースを引いていく。
お父さんといっしょに駐車場へ向かうと、手慣れたようすでドア開けて、
颯爽と去っていった。・・・

・・・そうだよね、ここへ通うならやっぱり車よね。
駅から森の中を歩いて30分って、いくらなんでも遠すぎる。
っていうか、それより何より・・・

・・・強烈な嫉妬と羨望の念が。・・・
神さま~、どうしてこういう子ども時代を、私は持てなかったのですか。

二度までも裏切られたここのセンター、もう来ないかも。
だけど絶対いつか、絶対どこかで乗馬習うぞっ!!!
ぜったい今からでも手に入れてやる!!!・・・
と心に誓った遠い夏の日でありました。。







  

Posted by 中島迂生 at 22:42Comments(0)巴里日記2016-11月

2016年11月08日

コンサートホール サル・ガヴォー


 
  

先週、8区のサル・ガヴォーというところでのコンサートに
招待していただいて行ってきました。
サル・ガヴォーといえば、かつてフジコ・ヘミングさんもやったところ。
なかなかいいホールね、と書いてらしたので、一度来てみたかった。

ラウンド型の構造、壁面の凝った彫刻や、正面のパイプオルガンなどとても素敵。
階段などすべて赤絨毯が敷きつめられて、シャンデリアの電球は半分切れてるし、
そういうところも含めていかにもパリ。。
ただ、デコラティヴなオペラ座なんかと比べると天井画もないし、わりとシンプルめな印象。

 
 

驚いたのは、お手洗いが4階にあること。
よっぽど使われたくないのね・・・。
フランスの施設や店って、どうも、客にトイレ使わせないことに命かけてる節がある。
メトロ駅にもトイレないし。
だから出かけるのは日本よりハードル高い。
急にトイレ行きたくなった場合にどうするか、計画を立てていかなくてはいけない。

はじめてパリに来て、サンジェルマン・デ・プレの有名なカフェ<ドゥ・マゴ>に
入ったときのこと。
1930年代にシュレアリストたちのたまり場だったところで、
かつてアンドレ・ブルトンにどっぷりはまっていた私には外せなかった。

せっかくカフェに入ったから、トイレに行っておかないと。・・・
と、地下にあるトイレは何と有料で、お金を徴収する<トイレおばさん>が
でんと構えていらっしゃる。
さいしょ、全く気がつかずに横を通り過ぎたら、聞こえよがしに「えっへん!」と
咳払いされてしまった。

えーっ、メニューも何もかもこんなに高いのに、さらにお金とるの?
とびっくりした思い出がある。
さすが、息してるだけでお金のかかる街、パリ。

・・・って、トイレの話じゃなかった。
この日のコンサートは、加藤登紀子さん。
正直、私はほとんど知らないに等しい。
けれど、この日のサル・ガヴォー、まるでパリじゅうの日本人が
集まったのじゃないかしらというくらいの大盛況だった。

私の後ろで、少し年配の方が、「私たちの年代は加藤登紀子よね~」
と、感慨深く話されていた。
ピアノ+ヴァイオリン+パーカッションの3人だけの音楽隊。
音響もよく、30人分くらいの迫力があってすばらしかったな。。






  

Posted by 中島迂生 at 19:46Comments(0)巴里日記2016-11月