2010年09月06日

石垣の花嫁 脚本

石垣の花嫁 脚本             Sep. 2010

●キャスト
 森の神
 森の神の娘キーナ
 森の神の従僕
 キーナの付き添いのレア
 大地の母マグア
 石の神
 石の神の従者
 石の国の兵士(アンガス)
 森の国の民
 石の国の民 

************************************

 森の娘キーナ わがよろこび
 かがやくひとみに ばら色のほお
 
 鹿のごと駆ける みどりのくに
 ふるさとあとに発つ うるわしの花嫁

 la... lalala...

 なれにすべてささげ 心尽くす我を
 なれは憎み滅ぼす 深き水のなか

 わが悲しみの歌は とわに流れ
 去りゆきしその名を いまも呼びつづける

 la... lalala...

(音楽、ナレーション)
 アイルランドの石垣。・・・
 あふれるような緑のなかに、あるいは荒涼とした荒れ野のなかに、国じゅう至るところ、網の目のように巡らされた灰色の石垣の列、それはこの国の田園風景を特徴づけるもののひとつです。
 多くの場合、それらは羊を囲うため、牧草地を区切って築かれています。
 くずれかけた石垣には、しばしばブランブルという、とげのあるブラックベリーの茂みがからみついています。
 夏になると、それらはいたるところいっせいに、びっしりと花を咲かせます。
 淡いピンクがかったその白い花むらが、メドウを吹き渡る風にゆれるさま、それはほんとうに、夢のような美しさです。
 やがて花が散って秋の日が過ぎゆくほど、その青い実はだんだんにルビーのような赤色へ、そして葡萄酒のような深い、甘い黒色に熟してゆきます・・・
 アイルランドじゅう、どこまでも旅をつづけても、ゆけどもゆけども目にするのはその同じ風景です。いつしかそれはまるでくり返される呪文、あるいは、何かの歌のリフレインのようにも思えてきます。
 これは、そんなどこにでもある景色に秘められた、ドラマティックな起源の物語です。

 遠い昔、いにしえの神々の時代、アイルランドは石の神の治める西の石の国と、森の神の治める東の森の国とに二分されていました。
 そのころ、古くからいて、はるかに大きな力をもっていたのは石の神のほうでした。
 アイルランドのほとんど大部分を石の国が占めており、森の国はまだほんの小さな、新興勢力にすぎなかったのです。
 石の国はどこまでも岩ころばかりの荒野がうちつづく、見渡す限り一面灰色一色の世界でした。その都はいまのバレンとよばれる地方にあって、精緻で美しい、石造りの強固な都市でした。
 一方、森の国はあふれるばかり豊かなみどりのうるわしい国でした。力の強大さ、領土の広さでは、とても石の国にかないません。
 けれども森の神には、キーナという美しい一人娘があって、そしてその民のすべては彼を慕っていたので、彼らすべては楽しく、つつがなく暮らしていました。

(音楽、キーナ登場、ダンス。ダンスが終わるタイミングで、上手より父親の森の神、上機嫌で登場。
 キーナ、うれしそうに父親のもとへ駆け寄る。)
<キーナ> お父さま。
<森の神> 調子はどうだね、キーナ?
<キーナ> 生まれたばかりの太陽みたいにすてきな気分よ。
<森の神> いつも楽しそうだな。お前は私の太陽だよ、キーナ。
<キーナ> キーナは、いつまでもお父さまの太陽でいるわ。いつかお婿さんをもらってからも、ずっとね。
<森の神> おやおや、お婿さんには、まだちょっと早いんじゃないかい。
<キーナ> (からかうように)お父さまは、泣くでしょうね。
<森の神> まあ、そう言うな。

(従僕、登場。)
<従僕> ご主人さま。はばかりながら、石の神が、まみえにあがりたいとのことです。
<森の神> (ぎくりとして)あやつが参っているのか?
<従僕> はばかりながら、さようでございます。
<森の神> (独り言)何だ、突然?

(石の神、登場)
<森の神> これはこれは石の神どの、ようこそおいでくださいました。
      こんな遠いところまで、光栄に存じます。
<石の神> わが領土を視察にまわるついでに寄ったのだ。同じアイルランドに暮らすもの同士、たまには顔を合わせようと思ってな。そなたのほうは、なかなか訪ねて来てはくれないからな。
<森の神> なにぶん遠いので、失礼しております。
<石の神> 訪問の記念に、ちょっとした贈り物をしたい。気に入ってくれるといいが。

(石の神の従者、布をかけた贈り物を捧げ持って登場。台の上に置いて、布をとり、一礼して退場。緑と灰色の大理石のチェス盤、およびひと揃いの駒である。)

<森の神> ほう、これはみごとな工芸品だ。石のチェス盤とは珍しい。
<石の神> コネマラの大理石で彫ったものだ。我が国の精髄を極めた職人の手わざを、森の神に敬意を表して。
<森の神> お心遣い、感謝いたす。
<石の神> さあ、せっかくの機会だからひと試合打とうではないか。なかなかこんなことも、めったにあるまい。

(二人、チェス盤をはさんで向かい合って腰を下ろす。従僕が二人に杯を運んでくる。
 二人、チェスをさし、さいしょの試合は森の神が勝つ。)

<石の神> ハッハッハ、勝負あったな。そなた、なかなか強いの。これは面白い。では、次は何か賭けて打とうか。たとえばそれぞれ己れのもっているうちでもっとも価値あるものを、というのはどうかな。
<森の神> それは面白い。承知いたした。
<石の神> よし、それでは私は自分の支配下にあるこの広大な領土のすべてを賭けよう。
<森の神> それでは私も自分のもつ領土のすべてを賭けよう。
<石の神> (笑って)そなたのもつちっぽけな領土が何だというのか、そんなものは賭けるほどにも値しない。だがそなたの娘キーナは若く、美しい。私はそなたが彼女に、自分の王国全体よりも高い価値を見出していることを知っている。そなたの娘を賭けるがよい。
(森の神、不意を突かれてしばし固まる。追い詰められた表情で身じろぎ。でも今さらあとに引けなくなって)
<森の神> それでは私は自分の娘を賭けよう。

(二人、勝負に及ぶ。二人とも真剣である。だんだんに森の神の方が形勢が悪くなり、さいごの方ではひと指しごとに立ち上がって歩きまわる。)

<石の神> (しずかに)よし・・・詰みだ。 
(森の神、蒼ざめて言葉を失う)
<石の神> (しずかに、威厳をもって)いい勝負だった。それではお前の娘を渡しなさい。彼女は私のただひとりの妻となり、私は命の日の限り、心を尽くしてこれを大切にするだろう。
 私はこれから戻って、宴の準備をしよう。国を挙げて花嫁を迎えることになろう。婚礼は、一週間後だ。

(石の神、退場。森の神、立ち上がって見送ったあと、椅子に戻り、崩れるように倒れこむ。頭を抱える。
 キーナが入ってくる。肩を落としたようすで、立ち尽くしたまま父親を見つめる。長い沈黙。)
<森の神>(頭を抱えたまま)私は最低の男だ。・・・ああ、私は死んだ方がましだ。
<キーナ>(父親のもとに近づき、膝まづいて、両手をとる)
      お父さまのせいではありません。・・・勝負事とはそのようなもの。何が起こって誰が勝つことになるか、誰にも分かりません。お父さまは、ただ運が悪かっただけ。キーナは、大丈夫です。それが運命なら、受け入れるまでのこと。でも、キーナには思えるのです。この勝負は、まだ終わっていません。それが運命なら、またお会いできる日もあるでしょう。キーナの心はいつの日もお父さまとともにあります。だからお父さまも心を強く持って、キーナを信じていてください。 

(森の神、悲嘆に暮れたようすで退場。キーナ、鏡の前でヴェールとマントをつける。支度をととのえたあと、きっぱりとしたようすで鏡の中の自分を見つめ、独り言)
<キーナ> いえ! このままでは終わらない。決して! 終わるもんですか。
      必ずこの手で活路を切り拓いてみせる、お父さまの名誉と自分の誇りとを、誓ってこの手に取り戻して見せる!・・・

(一行、出発。花嫁姿のキーナ、お付きの者に付き添われて古代風な馬車に乗りこむ。引いてるのは馬でなくてもよい。なにか緑っぽい架空の生きものでも。)

       *

(石の国の荒野。舞台真ん中に馬車。ナレーション)
 旅の途上、一行が岩山の陰に張った宿営をたたみ、旅をつづけようと出発しかけたときのことでした。夜明け、岩々は青紫色に沈み、地平の果てはかすむような淡いすもも色です。

<お付きの者> 姫さま! そろそろ出発します。車にお乗りください。
<キーナ> ああ、都を出てもう何日になるかしら?
<お付きの者> そうですね、5日、いや、6日になりましょうか。
<キーナ> もう百日もこうして旅しているような気がするわ。
      全く、なんていう国なの、ここは。話には聞いていたけど、ほんとに草一本生えてない!・・・ ゆけどもゆけども見渡す限り、灰色一色の世界!・・・ こんなところじゃ、息もできない!・・・ 月に嫁入りした方がましだわ!・・・ ああ、ぞっとする!・・・ あ・・・あれは何?

(マグア、登場。杖をつき、腰をかがめて重々しい感じで)
<マグア> お前は森の神の娘キーナか。
<キーナ> 私はそうだ。
<マグア> 私は大地の母マグアである。聞きなさい。この国は今は石の神の支配下にあるが、遠からずお前たち森の民のものになる。時を待ちなさい。お前は石の神を打ち倒す者となるだろう。
<キーナ> 私が? 石の神を打ち倒す?
<マグア> そうだ。お前は女の身で、のちの世に残る英雄となるのだ。石の神の国は滅びるだろう。それはもう決まったことで、運命なのだ。だから何も不安に思うことはない。お前たちにとって、物事はさいごには必ずうまくいく。
 ・・・だが、急いではいけない。じっくりと計画を練り、辛抱強く待ちなさい。色々と辛いこと、耐えがたいこともあるだろう。自分の心をおもてに出してはいけない。ここぞというときまで、羊のようにおとなしく、従順でありなさい。そうすればきっとうまくいく。
<キーナ> (当惑しながらも、マグアの言葉を噛みしめたあと、少し間をおいて)分かりました。やってみます。
<マグア> 私はお前に贈り物をしよう。この樫の木の実、この中には森のすべての力が宿っている。この小さい鳥の卵、この中には空のすべての力が宿っている。この白い貝殻、この中には水の力のすべてが宿っている。大切に持っておきなさい。これらはいざというとき、大いに役に立つだろう。
<キーナ> ありがとう。大切に持っておきます。

(一行、馬車に乗りこんで出発。その姿を見送ったあと、マグア、ゆっくりと立ち去る。)

       *

(石の国の都。音楽。石の神、正装して一行を出迎える。キーナが降り立つと、丁重に膝まづき、手をとって口づける。)
<石の神> よくいらした、全アイルランドのなかでもっとも美しく、愛らしい花嫁、森の神の娘キーナよ。今日ここにそなたを迎えるのは至上の喜び。そなたは私のただひとりの妻となり、私は命の日の限り、心を尽くしてそなたを大切にしよう。
(婚礼の宴、音楽、ダンス。そのあと、全員退場)

(同じ日の晩。城の門の前で番にあたる兵士。キーナ、駆けてきて兵士の傍らを通り過ぎる。)
<兵士> どうされましたか、奥方?
(キーナ、兵士の方にちょっと目を向けるが、答えずに扉を押し開けようとする。扉は開かない。)
<キーナ> ・・・鍵がかかってる。・・・
<兵士> ええ、外はもう暗いし、この都は大きくて、危険です。ひとりで出歩かれてもしものことがあったら大変ですから。
<キーナ> 開けて! 息がつまりそうなの。ちょっと星を眺めたいだけよ。星空だけは、私のふるさとと同じだから。
<兵士> 星なら、お部屋の窓からでも眺められます。どうぞ、お部屋へお戻りください。
<キーナ> とにかく、開けて!
<兵士> それはできません。ご主人から厳重な命令を受けています。
<キーナ> 朝になったら、出してくれるの?
<兵士> (だまって首をふる)
<キーナ> ・・・一生この中で閉じこめられて暮らせっていうの?
<兵士> (肩をすくめ、手を広げる)
<キーナ> (Goddamnit!... 罵りの言葉を吐きかけるが、すんでのところで思いとどまって、身ぶりだけ)
<兵士> (なだめるように)・・・あなたは大切な方だからです。
<キーナ> (兵士の方を振り返って、恨みの表情をこめ、何も言わずに立ち去る)

       *

(数年後、同じ場所。番にあたる兵士。キーナ、淋しそうな、ふてくされたようすで座っている)

<兵士> キーナさま。淋しいお気もちは分かります。心細いお気もちも分かります。こちらの暮らしになじむのは大変なことでしょう。 
 でも、キーナさまがこの国へいらしてから、もう何年になるでしょう。そうやっていつまでも心を閉ざしていても、奥方にとって何もいいことはありません。奥方は若く、お美しい。しかも石の神の妃、全アイルランドでもっとも輝かしい地位にあるお方です。どうぞ、ご自分が手にされているものにもう少し目を向けて、人生を楽しむようにされては。
<キーナ> 人生ですって、楽しむですって。こんなふうに来る日もとじこめられて、自分の国から引き離されて、灰色一色の世界で、お日さまの光をあびることも許されず、おまけに夫はあんな醜いおいぼれで、それで人生を楽しむことができるなんて、あなた、ほんとに思ってるの?
<兵士> ・・・。
<キーナ> ここには人生なんてないわ、ここにあるのは人生じゃない、生きるっていうのはそんなものじゃない・・・ 生きるっていうのは、心の向くまま、みどりの森を鹿のように駆けまわること、冷たい水晶の泉で水浴びすること、木漏れ日のまだらになって降り注ぐ野原に寝転がってうたたねすること・・・ 鳥たち、動物たち、森のすべての生きものたち!・・・ 木の匂い、群れ咲く花々の色、梢のざわめき、そのすべてを体ぜんたいで感じること!・・・ ああ、あなたには想像もつかないでしょうね、まるで・・・ (心高ぶって泣きだす)
<兵士> (つぶやくように)あなたのお国は、ほんとにすばらしいところらしい。できることなら、いちど訪ねてみたいものだ。
<キーナ> できることなら、いちどお招きしたいものです。・・・

(石の神、登場。)
<石の神> キーナ。私の旅行用のマントを出してくれるよう、レアに言ってくれないか。
<キーナ> はい、ただいま。・・・わが主よ、お出かけですか。
<石の神> この国の神々の集まりがあって、出かけなければならぬ。すまないが何日か都を留守にする、よろしく頼む。(兵士に向かって)アンガス、妻に何事も起こらぬよう、くれぐれも気をつけてくれ。
<兵士> (最敬礼して)仰せのとおりに。
(レア、石の神にマントを着せかける。兵士、門を開け、石の神、出ていく。)
<一同> お気をつけて行ってらっしゃいませ。

(キーナ、いちど退場、ほどなく、マントを着て、もういちど登場。)
<兵士> キーナさま?・・・
<キーナ> ええ、私も出かけます。このマントを着るのは何年ぶりになるかしら、この国に嫁入りに来たとき以来ね。
<兵士> しかし、キーナさま・・・
<キーナ> アンガス、あなたは私によくしてくれました。だから私はあなたに、とても重要なことをお話ししましょう。よくお聞きなさい。あなたの仕える主人の栄光は尽きようとしています。この国は遠からず私たち森の民のものとなる定めにあるのです。いま、私の側について、私が逃げるのを助け、石の神を打ち倒すのに力を貸すなら、私の父はやがて全土にわたるその王国であなたにもっとも高い地位を与え、また私をも与えるでしょう。
<兵士> (ショックを受けてしばし言葉を失い、ついでキーナの両肩に手を置いて)奥方、お気は確かですか。そのようなことを、夢にもお考えになってはいけません。
<キーナ> いいえ、私は考えています。あなたもどうか、よくお考えなさい。私はこれを、自分の考えで言っているのではありません。この国へ向かう旅の途中で、私はこのことを大地の母マグアから告げられたのです。いま目に見えるものだけで判断してはなりません。この王国は、沈みゆく船のようなもの。まもなく、歴史は大きく変わります。それはもう決まったことです。運命なのです! 
<兵士> ・・・。
<キーナ> 私は知っていた、いつかはチャンスが訪れると。それで私はじっと黙って待ちつづけていたのです。私には分かります、今がそのときです! 私といっしょに、新しい船に乗りこみましょう。私の生まれ育った、私の国へおいでなさい。私のこの手をとって、生きるというのがどういうことか知りなさい!
(兵士、ゆっくりと膝を折れて床につき、キーナの手をとって、口づけする。2秒おいてキーナ、その手をつかみ、ぐいっと立たせて、力強い口調で)
<キーナ> さあ、一刻も早く発つのです!!
(音楽、扉が開けられ、二人は手に手をとって駆け出してゆく)

(ナレーション)キーナと若者が城を逃げ出して、森の国めざして急いでいると、戻ってきた石の神が気づいて、彼らふたりを追いかけてきました。
そのゆえに大地は揺れ、激動し、いくつもの山が割れて地中深く裂け目が走りました。

<兵士> (後ろを振り向いて)まずい、気づかれた!・・・ 追ってくるぞ!
<キーナ> 大丈夫よ、心配しないで。さあ、いよいよこれが役に立つ時が来たわ・・・ ご覧なさい!

(ナレーション)石の神が追いついてきたのを見ると、キーナは懐からしなびた木の実を取り出して投げつけました。
すると木の実は割れて、そこからありとあらゆる種類の草木が生じ、びっしりとからまりあった森となって石の神のゆく手を阻みました。
彼が手こずっているあいだにふたりは遠くへ逃げおおせました。

<兵士> (後ろを振り向いて)抜け出したようだ!・・・ また追いついてくる!
<キーナ> だいぶ手こずらせたわね。大丈夫よ、こちらにはまだ奥の手があるわ。見ておいでなさい!

(ナレーション)森を抜け出した石の神がふたたび追いついてくるのを見ると、キーナは懐から空色の小さい卵を取り出して投げつけました。
すると卵は割れて、そこからありとあらゆる種類の鳥の大群が現れ、その幾千という翼が激しい風あらしを巻きおこして、石の神のゆく手を阻みました。そのあいだにふたりはさらに遠くへ逃げおおせました。

<兵士> (後ろを振り向いて)だめだ!・・・持ち直した。やってくるぞ!・・・
<キーナ> しつこいおいぼれだわ。さいごの手段よ。身の程を知りなさい!

(ナレーション)石の神がみたび追いついてくるのを見ると、キーナは懐から白い、まるい貝殻を取り出して投げつけました。
すると貝殻は割れて、そこから大量の水が流れ出し、深く大きな湖となって石の神のゆく手を阻みました。
石の神は渡りきろうとしたが、湖はあまりに深く、激しくうずまく水の流れにのみこまれてどうすることもできなかったのです。

(さいごの瞬間、あふれ渦巻く大水の中から、石の神は必死に腕をのばし、岸の大岩にとりつこうとする。それを見てキーナ、その大岩のもとへ歩み寄る)

<キーナ> (兵士に)この岩を転がし落とすのを手伝ってください。
(兵士、おびえた表情をして、たじろぐ。それから意を決してそのもとへゆき、岩に手をかける)
<石の神> (必死の面持ちで)私はお前にどんな間違ったことをしたか。
<キーナ> (平然と)何も。
<石の神> では、お前はなぜ私を憎んで、殺そうとするのか。
<キーナ> お前は冷たく、年老いていて、醜い。
<石の神> 私が冷たく、年老いていて、醜いというので、お前は私を殺そうとするのか。
<キーナ> そうだ。
<石の神> このゆえに、私は滅びゆくであろう。けれどもお前を探し求める私の心が滅びることはない・・・ それは全土をゆきめぐり、この国が森の神のものとなってなお、すみずみにまでのびた石垣となって、とこしえに嘆きつづけるであろう。

(キーナ、傍らの兵士にうなづいて見せる。)
(ナレーション)こうして二人は、力をあわせてその大岩を、石の神もろともさかまく大水のなかへ転がし落としました。
(とどろく激しい水音と絶望の叫びが長く長く尾を引いて、こだましながら響きわたる・・・)

       *
 
(再びあかるく、おだやかな森の情景。木漏れ日がまだらになって降りそそぐなか、喜びの凱旋行列、森の民が寄り集って、歓呼の叫びをあげる、花輪を編んで二人にかける、誰も彼も花々や、みどりの枝で身を飾っている・・・ 花かんむりの下でキーナの頬は上気していきいきとかがやき、傍らの兵士はそのようすに感嘆して眺めやる、そして民のすべてもまた。・・・
 森の神は盛装して出迎える。キーナ、駆け寄って抱きつく。)

<キーナ> お父さま!!
<森の神> キーナ、最愛の娘よ。よく戻った。よくやった。・・・よくやった。
<キーナ> キーナは分かってたわ。分かってた・・・さいごには必ずこうなるって。さいごには必ずこっちが勝つって。
<森の神> キーナ。いとしい娘よ。(改めて娘の前に膝まづく)お前は私には全くもったいないくらい、賢くて、勇敢で、りっぱな女だ。どうかこの父親を許してくれるだろうか、私の犯した愚かなあやまちを、どうか悪く思わないでくれるだろうか。
<キーナ> (晴れやかに)大切なお父さま! 私の命はあなたのもの、私の命の日々もまたあなたのものです。どうしてあなたのことを悪く思ったりするでしょうか。(父親の手をとって立たせる)
<森の神> (一同のほうを向いて)さあ、歌だ、踊りだ! 祝いの宴だ!

(歓呼の叫び、音楽、ダンス。キーナ、さいしょにアンガスと踊り、次いで父親と踊る。一同、踊りながら退場、音楽や歓声、フェードアウト。)

(宴の席を抜け出してきた森の神とキーナ、連れだって歩いている。
 夏の日の夕暮れどき、うすずみの雲のながくたなびき、金色の西日の斜めにさしてうすもやにかすむ、夢のような情景。風にさざめく木立の陰をぬい、かなたを遠望するあの丘の上まで・・・ 王者の衣が長く裾をひいてさらさらとひだを立て、そのながい影が草の上に落ちる・・・)

<キーナ> ああ・・・帰ってきたわ。昔と何も変わっていない・・・
<森の神> 昔もよく、こうしていっしょに散歩したもんだな。きのうのことのようだ・・・
<キーナ> ええ、きのうのことのよう・・・でも、あれから百年たっているような気もするわ。
<森の神> 森は、変わらないよ。何百年たとうともね。
(キーナ、うなづく。二人、丘の上に立ち、はるかに広がる森を眺め渡す)
<キーナ> ああ、四方の果てまで広がるこの樹海! これが私の国、そよぐこずえ、かぐわしい香り、久しく望んでついに得た故郷の土!・・・ これが生きるということだわ!・・・

(はじめに森の神、ついでキーナも加わり、最終的にすべての森の生きものたちが加わって歌う)

 みどりの森の うつくしきかな
 その力もて その偉大なる力もて
 汝のおもて あめつちにみち
 そのとこしえに 栄えあらん

(音楽、ナレーション)
 そのほめうたが、ことほぎの歌が流れいづるにつれて、大地には精気あふれ、森は枝をのばし、葉を広げて、さらにさらに拡がりゆきて、ついには石の荒野をすっかり飲み尽くすに至るのでした。
 こうしてアイルランドぜんたいは、森の神の領土となりました。森の神は兵士アンガスにその王国の中でもっとも高い地位を与え、またその娘キーナとの結婚をも許しました。石の神とその王国は滅び、いまでは西アイルランドのほんの一部、バレンと呼ばれる荒野の片隅に、その面影をとどめるばかりです。

 それでもなお、去っていった石の神の悲しみの歌が消えることはありませんでした。それは全土をゆきめぐり、とこしえに嘆きつづける定めにありました。このゆえに、今なお、もっともみどりゆたかな土地にまでくまなくのびた石垣が、その悲しみの調べを奏でつづけているのです。
 アイルランドの全土を覆う石垣の網目、それは滅び去っていった石の神の、今もうごめく指先なのです。その牧歌的な風景が、どこかに不気味な暗さを感じさせるのはそのためなのです。
 夏の日の午後、青黒い雲むらが湧き上がってはざあっと打ちつける、はげしい雨風のまたたくまにゆきすぎて、ふたたび日の光にかがやきわたる野へ、出ていってご覧なさい・・・ 足の向くまま、四方に広がるメドウを見わたすとき、かなしくゆらめいてどこまでもつづくその石垣のえがくリズムにのせて、遠くかすかに、たえまなくひびくその調べを、ひとは今もその耳にはっきりと聴くでしょう・・・
 美しい娘キーナ、お前は私を裏切った・・・私の歌はとこしえに流れ・・・去っていったお前を求め・・・お前の名を呼びつづける・・・ 

 なれにすべてささげ 心尽くす我を
 なれは憎み滅ぼす 深き水のなか

 わが悲しみの歌は とわに流れ
 去りゆきしその名を いまも呼びつづける

 la... lalala...
  

Posted by 中島迂生 at 05:31Comments(0)脚本

2009年10月21日

エインガスの砦 脚本



エインガスの砦 脚本

 次に上演予定の<風神の砦>(左カテゴリ中に原文あり)を脚本化したもの。
 <風神>だと、耳で聞いたときに頭の中で漢字に変換されにくいと思うので、固有名詞の<エインガス>に変えました。

●音楽

 ・<モハーの崖> Cliffs of Moher ・・・ホイッスル+ギターorブズーキ
 ・エインガスのテーマ・・・アコ、アコ+コーラス

 (歌詞)
 そは 風の神エインガスの嘆きのごと
 たかくひくく とどろきわたる 波のまにまに

 今なお響けるは かの調べ
 とわに守り通すと誓いし愛に

 吹きわたる風のなか いまもひびく
 砕かれし契りを嘆く声

 われを赦せ 海の乙女
 わがもとへ還れ わたつみの乙女

 ・海の乙女ユーナのテーマ・・・ストリングス+マンドリン、Bメロはアコ
 ・大地の娘マノアのテーマ・・・フィドル+バウロン(でも何でも、原始的な感じの打楽器)
 ・BGM・・・ピアノ即興演奏を中心に 

●キャスト

 エインガス・・・男性、背が高く、体格のいい人。
 エントロポス・・・男性、恰幅がよく、できるだけ年とってる人。
 ユーナ・・・女性、色白で華奢系の人。
 マノア・・・女性、浅黒く、セクシーな人。
 女性たち・・・できれば7人くらい
 エインガスの館の給仕の者たち・・・男女どちらでも。

●背景

 (現在の)モハーの崖、アラン、イニシュモアのエインガスの砦を一望のもとに望む、鳥瞰図みたいな。北側から見たようす。晴れた日の。

 **********************

(エインガスのテーマ、全員で合唱。
 そのあと、BGM<モハーの崖>始まる)

 遠く遠く西の果てアイルランド、そのまた西のさい果てに、<モハーの崖>という有名な崖があります。
 200メートルにも及ぶまっすぐな絶壁が、ぎざぎざに入り組んで何マイルにもわたってつづいている、まさに絶景です。
 切りたった岩壁に砕け散って、永遠に寄せては返す波のひびき、かもめの鳴き交わす 細く甲高い声のひびき、想像を絶するような、荒涼とした風景です。

 そのはるか沖合いには、イニシュモア、イニシュマーン、イニシーア、通称アラン諸島とよばれる三つの島が浮かんでいます。
 いずれも本土のモハーの崖と同じ、切りたった崖にかこまれた 岩ばかりの荒れ果てたところです。
 吹きすさぶ風にさらされて高い木は一本も生えず、ひとたび海が荒れると何週間と知れず孤立しつづけます。

(この辺から、BGM、ピアノ即興演奏)

 それでも、はるか昔からここには人が暮らしてきました。
 ながい時をかけて少しずつ、石を積み上げては石垣を築いて、わずかな作物や家畜を育ててきました。
 今ではその石垣が網目模様のように、島ぜんたいを覆っています。

 それだけではありません。
 これらの島々には、いつとも分からぬ有史以前に築かれた、いくつものふしぎな遺跡があります。
 ひたすら石を積み上げてつくられた巨大な砦で、うたがいもなく、強大な国家の存在を物語るものです。

 なかでもとりわけ有名で、強い印象を与えるのは、イニシュモア、いちばん大きな島の崖ふちに、三重の塁壁にまもられて忽然とそびえる ドゥーン・エインガサ、エインガスの砦です。
 半円形をしているのですが、崖に面していきなりすっぱりと海へ切れ落ちているのです。
 まるで、もとは完全な円形をしていたのが、突然なにかの天変地異が起こってまっぷたつに裂け、もう半分を島ごと海に飲みこまれてしまったかのようです。
 いいえ、明らかにそのように見えます。

 実は、この地方には昔から、ひとつの伝説が伝わっています。
 ハイ=ブラジル、はるか昔に海の底へ沈んでしまった島、もしくはひとつづきの土地。
 それは人のあらゆる想像を超えて、かつて知られたすべてのものにまさってすばらしく、美しいものにみちていたという国なのです。
 いまもその姿を目にすることがある、と彼らは言います。
 いまも七年に一度、その陸影のまぼろしを、人は海のかなたに望むのだと。・・・

 これは、遠い遠い神代の昔、そのハイ=ブラジルがまだモハーの崖とつながっていた頃の話、そして、なぜその国が、海の底深く飲みこまれてしまったのかについての物語です。

(BGM、エインガスのテーマ)
  
 当時、この国を治めていたのは風の神エインガスでした。
 優れた文明の栄えた、ゆたかに潤った美しい国でした。
 その広大な領土のあちこちを、彼はただ心のおもむくまま、その青く透き通った衣のすそをはためかせて駆け巡っていたのです。

(上記とともに、エインガス、上手より登場、力強く、ステップを踏む感じで舞台を縦横に走り回る)

 ところで、彼の女好きなことは、知らぬ者がありませんでした。
 神々の乙女たちであろうが、精霊の女たちであろうが、はたまた人間の娘たちだろうと、手あたりしだい、女と見ると放っておきません。
 何しろ、信じがたいほど美しい顔だちをしていましたし、そのうえ心をとろかすような甘い言葉で囁きかけるので、女たちはだれもいやとは言えませんでした。

(上記とともに、女たち、下手より登場、舞台奥に二列、互い違いに位置してポーズをとる。そこへ、エインガスがステップを踏みながらひとりずつ絡んでゆく。端から順にではなく、ランダムな感じで)

 若い娘をもつ親たちはみな、エインガスを恐れました。
 彼がやってくると見ると娘たちを戸のうちに呼びいれ、しっかりと錠を差し、そして厳重に言い渡すのでした、あいつが通り過ぎるまで、一言も口をきいてはいけない、音を立ててもいけない、ただもうひっそりと、誰もいないようなふうをしておいで。・・・

(この辺から、BGM、ピアノ即興演奏。エインガス、走り回る)
 
 ある日のこと、彼は虫の居所が悪かったのか、その日のあいだずっと、ただもうむちゃくちゃに、海のおもてを駆けまわっていました。
 そのため海は大荒れに荒れて濁り、空には暗い雲がうずまいて、ごうごうと轟きました。
 そのとき、波が深く分かたれた拍子に、彼はひとりの美しい娘を垣間見てしまったのです。それは海の神エントロポスが海底深くに隠しておいた、ひとり娘ユーナの姿でした。

(BGM、ユーナのテーマ。ユーナ、下手より登場、ダンス。優雅で清楚な感じ。エインガス、上手手前で見ている。ユーナ、ダンス終わったらまた下手へ退場。)

 彼女の姿を目にしたとたん、エインガスはすべてを忘れてしまいました。
 彼は激しく恋い焦がれ、何とかその姿をもういちど見られないものかと、来る日も来る日も海の上を彷徨っては吹き散らしましたが、それは叶わなかったのです。

(エインガス、また舞台を縦横に走り回る。)

 そこで彼は浜辺へおりていって、海の神エントロポスに向かって大声で呼びかけました。

(エインガス、背景に向かって)エントロポス! エントロポス! 海の神よ!・・・(相当しつこく、何度も何度も)

(エントロポス、下手より、ようやく姿を現して)エインガスよ、何の用だ。
(エインガス)お前の娘ユーナを私に与えてほしい。
(エントロポス)お前が何者であるか、知らない者があろうか。私と私自身の言葉にかけて、私は自分の娘をお前のような浮気者に与えはしない。(退場)

 そこでエインガスは再び浜辺に立って、エントロポスがまた姿を現すまで大声で呼びつづけました。

(エントロポス、再び下手より現れて)エインガスよ、何の用だ。
(エインガス)お前の娘ユーナを私に与えてほしい。
(エントロポス)お前が何者であるか、知らない者があろうか。私と私自身の魂にかけて、私は彼女をお前のような恥知らずに与えはしない。(退場)

 こうしたことが七たびつづきました。
  ついにエントロポスは疲れてしまい、根負けすることになりました。

(エントロポス、また現れて、しばし沈黙ののち)・・・お前が天と地にかけて誓い、今後はほかの女を追いまわすことを一切やめて、生涯私の娘だけを愛すると約束するなら、私はユーナをお前に与えよう。しかし、少しでもあれに辛い目を見せるようなことがあったらすぐに、私はあれを手元に取り戻し、そして二度とお前に会わせることはしない。
(エインガス)それでよい。私は天と地にかけて誓い、今後はほかの女を追いまわすことを一切やめて、生涯お前の娘だけを愛すると約束しよう。

 こうして海の神エントロポスの娘ユーナはエインガスの妻となりました。

(BGM、ユーナのテーマ。もしくは、ピアノ? ユーナ、ベールを被って下手より登場。エインガス、その手を引いて上手へ。エントロポス、下手へ退場。)

 ユーナが、ふるさとの海をいつもそばに見ていたいと言ったので、エインガスは海を見下ろす高い丘の上に館を築き、塔をたて、三重の石壁でそのぐるりをめぐらして、彼女がその窓からいつでも海を眺められるようにしました。これが世に聞こえたドゥーン・エインガサ、エインガスの砦です。

(この辺で、できれば、石壁の一部のセットが上手にくるといい。で、窓がついていて、その向こうに背景の海が見える。
 その前には、できればどっしりとした石のテーブルと椅子二脚。エインガスとユーナが腰を下ろし、給仕の者たちがお茶を持ってきたりする。エインガス、あれこれと気をまわしてユーナを気づかうようす。館での新婚生活を表現)

 さて、しばらくはエインガスはユーナに夢中になって、大切にもてなし、心を尽くして彼女を愛しました。
 しかし、少しすると飽きがきて、また以前のように、心のままに領土のあちらこちらを駆けめぐるようになりました。するとまた、あまたの若い女たちが彼の目にとまりましたが、エントロポスとの約束を思い出して、強いて目をそらすようにつとめるのでした。

(女たち、再び下手より、舞台奥に登場、ポーズをとる。エインガス、また走り回る。このたびは女たちに絡まない。
 そのあいだ、放っておかれたユーナは窓からぼんやり外を見ている。その視界にエインガスが入らぬよう、上手方面を。エインガスが、ユーナの目の届かぬところを駆け巡っていることを表現。)

  けれども、とうとうある日、大地の娘マノアの姿を目にしたときのことです。

(BGM、マノアのテーマ。マノア、下手より登場、ダンス。官能的で熱情的。エインガス、上手手前で見ている。マノア、ダンスを終えるとポーズをとって)

(マノア)エインガス、お元気? なんだか鬱屈としてらっしゃるようよ。
 おいでなさい、わたしの肌は慕わしく、私の髪は芳しい。私とあなたは同じ魂、ともに今日この日の光溢れる輝きのために生まれてきた子供たちなのです。
(エインガス)お前の言うとおりだ。今日この日の輝きよりも願わしい何物があろう? 私はお前と今この瞬間を、生きる喜びをともに味わおう。

(エインガス、歩み寄り、マノアをうしろから抱きすくめる。BGM、ピアノ即興演奏へ)

 そのとき、海の神エントロポスの怒りが燃えました。
 大地は激動して張り裂けました。
 海の神の底知れぬ力が、娘ユーナをその館ごと、その手に奪い返そうとして地を揺るがしたのです。

 そのとき、エインガスの砦、彼がユーナのためにきづいたうるわしい塔と館とは、そのまん中のところでまっぷたつに裂け、とどろきとともに崩れおちて沈んでゆきました。大地からもぎ離され、さかまく水の中へのまれて消えました。
 こうして海の娘ユーナはそのふるさとへ、海の底深くへと帰っていったのです。

(マノアとエインガス、抱き合ったままぐらぐら揺れ始める。壁のセット、ぐらぐら揺れて倒れる。ユーナ、やはりぐらぐら揺れるさまを表現しながら、上手へ退場)

 そのとき、風の神エインガスの領土、ハイ=ブラジル、みどりゆたかな露くだるそのうまし国は、地うなりとともに、泡だちうずまく波の中にのまれて沈んでいったのでした。
 その地に住むすべての者たち、人も動物も精霊たちもみな もろともに。・・・

 このときぱっくりと生々しい傷口をあけた大地のへり、その部分が今日モハーの崖として知られているのです。
 また、このとき生じた恐るべき衝撃のために、砕かれた大地のかけらが三つの島となって残りました。
 それが今のアラン、・・・イニシーア、イニシュマーン、そしてイニシュモアです。

 我に返ったエインガスは、おのれの犯したあやまちが、取り返しのつかない事態を招いたのを見ました。
 たちまち はやてのごとく、彼は大地の上を渡ってゆき、崖のふちを蹴って海原の上へ飛び出しました。
 ついで三つの島を飛び石のように次々ととんで、ついにそのいちばん端のところへ至り、そこで変わり果てた砦の姿を、その空っぽの残骸を見たのです。

(エインガス、マノアを振りほどいて、いったん下手へ退場。マノア、振りほどかれた勢いで床に投げ出されるが、すぐに起き直ってやはり下手へ駆け去る。
 エインガス、下手より再登場、ナレーションにあわせてモハーの崖からアラン諸島へ、ぴょんぴょん飛んでいくさまを表現。上手に至り、呆然と立ち尽くす。)

 突然の大変動に、空はもうもうたる土けむりに暗くけぶって息もつけません。
 海は掻き立てられて不吉に濁り、おどろおどろしい色をして、すべては混沌と破壊と激怒のすさまじい様相です。

(エインガス、背景へ向かって絶叫)ユーナ! ユーナ!・・・おーい!・・・ユーナ! 戻って来い!・・・ エントロポス! エントロポス!・・・

 エインガスはそこに立って、大声で叫びました。
 悲しみのあまり胸も張り裂けんばかり、長い髪をかきむしって号泣し、そしてそれこそ声が涸れはてるまで、妻ユーナの名を呼びつづけましたが、こんどというこんどはむだでした。
 二度とふたたび海の中から答えが返ってくることはありませんでした・・・怒りに沈黙したまま、不吉に濁ったその海からは。
 遥か遠く、掻き曇った空と海のまざるところまで、その叫びがいくえにもこだまして響きわたりました・・・すべてを失って独りぼっちになったエインガスの、その絶望の叫びが。・・・ 

(エインガス、頭を垂れ、がっくりと膝をつく。再び、ゆっくりと頭を上げて彼方を見やる。それからゆっくりと立ち上がり、風にのって上手へ退場。
 BGM、<モハーの崖>ゆっくりと始まる。)

 これらすべては遥か昔の物語、エインガスもほかの者たちも、みなすでに神々の地へ去って久しく、この地を歩きまわってみても今はただ、虚ろな風の吠え叫ぶばかりです。 
  海と大地とはついに互いの心を知ることなく、そしてこれらの断崖はあのとき裂かれて分かたれたまま、今も海原に立ち尽くしているのです。

 ドゥーン・エインガサ、エインガスの砦、それもいま見るとおり、張り裂かれて本土から断たれたまま、アランのいちばん端、大海に面して三重の石塁にかこまれた、ただその半分だけが残っています。 
 それは海の神エントロポスの怒りの手を、からくも逃れたほうの半分なのです。・・・

  こうして無残にも引き裂かれた約束の遠い記憶を刻まれた、これら断崖の上を歩くとき、
 暗い海のとどろくなか、吠え叫ぶ風のまにまに、今も私たちはその悲しみの叫びをきくのです。
 ・・・我を許せ! 我を許せ! ・・・戻って来い! と。・・・

(エインガスのテーマ、全員で合唱)

  

Posted by 中島迂生 at 17:22Comments(0)脚本

2009年06月27日

<エニスの修道士> 都内公演版

 この前の記事に掲載の<つくば初演版>から少し変えたもの。
 夏の都内公演、これでやります。
 都内公演では子役が不参加のためその部分を削ったり言う役者を多少変えたりしました。
 屋内公演用のト書き部分、照明の指示も削りました。
 今後多少また変更になる可能性もあり。

 ******************************************************

<エニスの修道士> 脚本 都内公演版(昼間の野外公演)

*舞台の基調をなす色のイメージ
 青と緑と銀色。・・・夜の闇と川の青と、うっそうと茂った木立の緑と、月の銀色。
*質感のイメージ
 ゆらゆらゆれる光、詩的な色彩、透明感、かすかにキラキラする感じ。

*登場人物 
 アマナン (男性)
 修道院長 (男性)
 守衛 (男性)
 エルダ (女性)
 修道士仲間・水の精仲間 (できれば、男性4名+女性4名)
 
 +語り (地の文のナレーション)

*舞台の上手半分は水の精たちの世界を、下手半分は修道士たちの世界をあらわす。
 よって、水の精関係はつねに上手から登場・退場。
 修道院関係の登場人物はつねに下手から登場・退場。
 
                   *

(テーマ曲 “The Flame of Jah” 始まり、全員出てきて合唱)

♪われを胸におきて 焼き印と刻め
 わが名 腕におきて とわに色褪せぬ しるしとなせ

 そは 愛は死のごとく強く
 とこしえの想ひは シェオルに同じ 

 愛は燃ゆる炎 大水も止めえず
 逆巻く流れも さらにとどめえず
 愛は時を越えて とわにさながらに
 闇にかがやける ヤハの炎

(役者たち退場。しずかにBGM始まる。語り)
 これは、今から千年も、いえ もっと昔、遠く遠く西の果てアイルランド、クレア州のエニスという町で起こった物語です。それはこの国にキリスト教がもたらされてまだまもない頃のこと、アイルランドに今よりずっとたくさんの妖精たちが住んでいた頃のことでした。

 エニスの町を抜けて流れるファーガス川のほとりは、とても美しいところです。
 白い泡をいくすじも浮かべてすばやく、しずかに流れゆく、暗く澄んだファーガスの流れ。
 岸辺にはみどりの木々が茂り、川もてにそのこずえを映しています。
 セージやヴァレリアンの花が群れ咲き、流れには青鷺やかわせみが魚をとっています。
 かわうその親子も住んでいます。そしてもちろん、妖精たちも。
 
(ダンス曲 ”Innocence” 始まる。ほかの水の精たち、上手よりステップで登場。ダンス、5分くらい。
 終わったら、水の精全員、ステップで上手へ退場。)

(再びBGM始まる。守衛、下手へ登場。語り)  そのころ、この川のほとりに、石造りの小さな修道院が建っていました。
 ぐるりを木立にかこまれて、訪れる人もめったになく、ひっそりと外の世界から閉ざされて、ここで人々は暮らしていました。
 鐘楼の鐘の打ち鳴らすリズムに合わせてミサをあげ、学問に励み、写本をつくり、菜園を耕したりして、日々の仕事に精出していたのです。

 あるときひとりの見習い修道僧があたらしく入ってきました。その名をアマナンといいました。
(上記とともに、左手よりアマナン登場。語りにつれて、守衛、アマナンを案内してやるパントマイム。少しして仲間の修道士たち、左手前方より登場。)

(語り)  しかし、それはなんという若者だったことでしょう。
 聖書に出てくるダビデは顔立ちがとても美しいことで有名でしたが、そのダビデもこんなふうだったでしょうか。
 その細おもては蝋のように白く 透き通るばかり、すっと通った鼻すじはギリシアの彫刻像のようで、紺碧の瞳と対照を成す唇は紅い林檎のよう、その巻き毛は暗いブロンドでした。その美しいことは修道士の衣に不釣合いなほどで、その姿を見ると、みんなが驚いて振り返るのでした。

(BGMフェードアウト。修道士たち、驚き呆れてささやき交わす身ぶり)
 おい見ろよ、何だあいつは。
 あの顔で修道院に入ろうっていうのか。
 似合わないよ、あの格好。
 来る場所を間違えたんじゃないか。

(修道院長登場。)
(語り)  年老いた修道院長は、さいしょから、いくぶん心配そうにこの若者を眺めました。 その美しさはほとんど不吉なほどで、なにかよくないことが起こりそうな気がしたのです。
(修道院長、ゆっくりきて、アマナンと向き合って立つ。握手をし、アマナンをじっと見て)
 よく来た。・・・親愛なるアマナン、我々はここに新しい仲間を迎えることができてうれしい。この修道院がお前にとって恵みの家となり、お前が喜びのうちに主に仕えることができるように。・・・
 だが、私はひとつ尋ねたい。お前はどうしてこの道を選んだのか。ほかの道に心残りはないのか。この道は、お前のような若者にとってはなかなか大変かもしれないぞ。
(アマナン、緊張しながらも、信念をもっているようすできっぱりと)
 私が生まれたときに、ジプシーの女が占って、予言しました。「この子は将来、女のためにたいへんな災いに逢うだろう」と。それで私の両親は私を修道院に入れたのです。
 私は主を愛し、心をつくしてこの身を主のために捧げるつもりです。ほかの道に、心残りはありません。
(院長、心配そうに首を振り、アマナンの顔をじっと見る。アマナン、穏やかに、まっすぐ見返す。院長、近づいて、アマナンの背をあたたかくたたく。)
(院長、心中ぜりふ)  まずは様子を見てみよう。・・・それが主のご意志なら、この若者をしかるべく守り導いてくださるだろう。

(鐘が鳴って、ミサが始まる。院長、アルターの前へ。修道士たち、集まってきて院長に向かう位置に。
 叙唱、対話句。
 賛美歌、Psalm#1。院長、祈り)
 天にましますわれらの父よ。み名がたたえられますように。王国が来ますように。
 み旨が地に成りますように。
 日ごとのパンを与えたまえ。われらの罪を許したまえ。
 我らを誘惑より守り、悪より救いたまえ。アーメン。
(修道士たち全員)  アーメン。
(院長)  今日ここに、私たちは新しい仲間を迎えました。
 彼があなたの恩寵に守られ、信仰のうちに、揺るぎなく堅く立って歩んでゆけますように。アーメン。
(修道士たち全員)  アーメン。

(BGM始まる。修道士たち散ってゆく。院長退場。修道士たち、畑仕事。)
(語り)  こうしてアマナンはこの修道院の一員となりました。
 そこは小さいながらも活気に満ちたところでした。日々のお勤めのほか、畑で小麦や野菜を育てたり、粉を挽いてパンを焼いたり、服や履き物を繕ったり、道具や建物の手入れをしたり、ありとあらゆる仕事がありました。
 アマナンはさいしょのうち、とても場違いな感じでした。ただその美しさのために目立ち、そのために不当な扱いを受けたり、いやがらせをされたりすることも少なくありませんでした。 
(上記の語りとともに、修道士たち、パントマイム的に、アマナンへのいやがらせ。彼を取り囲み、手を広げ指をつきつけて非難する、後ろで陰口を交わす、ふざけたジェスチャーをしてみせる・・・でも彼が振り返るとさっと向き直って何もしていなかったようなふうをする。)

(語り)  けれども、アマナンは気がつかないふりをして、黙って我慢しました。
 彼は心のまっすぐな若者でした。何をされても根にもったりせず、いつでも誠実で、よく働きました。目上の者には心から礼を尽くしました。彼のあとにも年若い者たちが次々と入ってきましたが、その誰に対しても、やさしく親切でした。
 そのため、時たつうちに、やがて誰もが彼を心から受け入れ、その人柄を愛するようになりました。だれも陰口をきく者はいなくなりました。

(鐘が鳴り、院長と修道士たち、ミサの位置に。賛美歌、Psalm#23。
 歌い終わると、院長、修道士たち、アマナンを囲み、背中を組んだり肩をたたいたり親しげなようすで、下手へ退場。)

(語り)  ただひとつ、この若者はひどく繊細で、神経がこまやかだったので、夜寝つきが悪く、眠りもひじょうに浅いのでした。

(下手袖の共同寝室より、仲間の修道僧たちのいびき)
 ガーッ!・・・ ガーッ!・・・ ガーッ!・・・
(途中から、二重奏になる)
 ゴオーッ!・・・ ゴオーッ!・・・ グオオーッ!・・・
(アマナン、目が覚めてしまい、寝返りを打って)
 ウーン・・・ フーッ。
(ここまでは舞台の袖で、声だけで表現。そののちアマナン、下手より登場。修道院の中庭。夜、月の光。
 アマナン、はじめはぼんやりしたようすで歩き回っているが、やがて詩篇の文句を唱えだす・・・はじめはごく遠慮がちに、調子が乗ってくるにつれ、声を張り上げて朗々と。・・・)

 幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを・・・

(歌いだす)
♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを 

 そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを・・・

(修道院長登場。窓を開けて首を突き出すようすを表現)  アマナンよ。
(アマナン)  は、はい、院長さま。
(修道院長)  お前はなぜこんな時間にベッドに入っていないのか。
(アマナン)  申し訳ありません、院長さま。ふとしたはずみに目が覚めて、眠れなくなってしまったのです。もういちど寝つこうとしたのですが、うまくいかなくて、それで・・・
(修道院長)  よろしい、兄弟たちが休んでいるあいだまでも主をほめたたえようというのは、たいへんりっぱな心がけだ。だが、アマナンよ、夜には音は大きく響く。これではお前はすべての兄弟たちを起こしてしまう。賛美歌を歌いたいのなら、ここではなく、向こうの川の方へ行ってしなさい。
(アマナン)  はい、そのようにいたします。
(アマナン、下手へ。門を出がけに、守衛に)  やあ、ポロフ。こんばんは。
(守衛)  アマナンさま。こんな時間に、どちらへお出かけで。
(アマナン)  ああ・・・ちょっと川の方へ。少ししたら戻るよ。(下手へ退場)

(語り)  ところが、その頃、川ほとりでは。
(ダンス曲 ”Mischief anneal” のイントロにつれて、上手より妖精たち登場。ダンス、5~7分。曲が終わると、妖精たち、舞台下手を見やり、声をひそめて交わしつつ、大急ぎでてんでに散り去る。
 そののち、左手よりアマナン登場。何も知らないはずだが、それでもやはり、ほんの少し前に何かが中断された空気を感じ取ったかのようにまわりを見回し、落ちつかなげなようす。それでもやはり再び歌いだす、はじめは遠慮がちに、しだいに朗々と。)
(少しのち、上手より、エルダ、しずかに登場。岸辺のこずえの陰に身をひそめ、こっそりと聞き耳をたてはじめる)

♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを 

 そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを
 その こずえは 枯れることあらじ
 そのゆく 道なべて 平らかならん

(アマナン、フーッと息をついて)  よーし、気がすんだ・・・これで朝まで眠れるだろう・・・
(アマナン、去ってゆく。エルダ、立ち上がってだまって見送る。
 これ以降アマナンが川へ行き帰りするときはいつでも、守衛のところを通って簡単な挨拶を交わすことになる。片手を上げるていどの。)

(水の精仲間たち上手より登場、エルダを囲む。エルダ、仲間たちに向って)  とってもきれいな歌を聴いたの。
(水の精たち)  それは何かの夜のけもの? それともふくろうの声?
(エルダ)  いいえ、私たちと同じような姿をした生き物だった。岸辺を歩きまわって歌を歌っていた。
(水の精たち)  だれか他の妖精かしら。森の精や小鬼かしら。
(エルダ)  胸に十字の印のついた、長い灰色の衣を着ていたわ。
(水の精たち)  あら、それは人間だわ! あそこの川ほとりの修道院に住んでいる修道士たちのひとりよ。彼らはよくあそこで歌を歌っている。
 でも、わざわざ川までやってきて歌うなんてことがあるかしら。
(エルダ)  でも、そのひとは歌っていた。
(水の精たち)  それは変ね。
(エルダ?)  人間て、私たちと同じような生き物なの?
(水の精たち)  姿かたちはいくらか似ているわね。でも彼らは、私たち妖精よりもずっとか弱くてはかない生き物なのよ。今日いたかと思えば明日にはもういない、夏の花や緑の青草のように、移ろいやすく過ぎ去ってゆくもの。
(エルダ?)  私たちとは別の種族だってこと?
(水の精たち)  そうね。

(水の精たち上手へ退場。エルダ残る。BGM。語り)
 それ以来、夜、眠れないことがあるといつも、彼はここへやってきました。
寝床を抜け出しては 川ほとりへ下ってゆき、そこで岸に沿ってゆきつ戻りつしながら朗々と賛美歌を歌うのでした。
(上記の語りとともに、アマナン、守衛のところを通って左手より再び登場、ゆっくりと歩きまわりながら朗誦しているようすをサイレントで表現する。エルダ、岸辺の木立のかげで聞いている。)

♪ヤハぞわが羊飼い などかおそれん
   われをみどりの牧野に 伏させたもう
 主は わが魂に 命のいぶき与え・・・

(アマナン、エルダに背を向ける。エルダ、そっと伸びあがってアマナンの姿を見ようとする。アマナン、ふと気になって朗誦を中断し、そちらを振り返る。エルダ、さっと身を隠す。アマナン、歌を続ける。)

 ♪憩いのみぎわに いざないたもう

(語り)  そんなある晩のことです。
(アマナン、いつものように川ほとりを歩きまわりながら)

♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと

(物陰のエルダ、途中からいっしょになって口ずさみはじめる。) 

♪そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを  

(アマナン、朗誦しながら不思議そうに見まわす。)

♪そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを

(アマナン、ここで急に声を途切らす。エルダの声、あとにほんの少し残る。アマナン、しばし驚いて立ち尽くす。)

(アマナン、心中ぜりふ)  天使が私と一緒に朗誦していたのだ。主は私の祈りを聞いて、私を力づけるためにご自分の天使を遣わしてくださったのだ。(アマナン、客席に向かって膝まづき、手を組み合わせて頭を垂れて祈る。エルダ、不審そうにのびあがってそのようすを眺める。)

(語り)  そののちも、たびたびこんなことがありました。いったいどこから聞こえてくるのでしょう、この木立より、かの川辺より、かすかに響くやさしいこだま、ほんとうに天使が、この岸には住んでいるのでしょうか。
(上記の語りとともに、アマナン、岸辺を行きつ戻りつ、歌を歌うようす。エルダ、物陰よりそれに和している。アマナン、耳に手をあて、不思議そうにたびたび周りを見回す)

(語り)  そんなことがつづくうち、アマナンはもう、ふしぎで仕方ありません。どうしても、その正体を確かめないではいられなくなってきました。そこで、ある満月の夜のことです。(夜、青い光。銀色の大きな月のおもてを、ゆっくりと雲が流れて横切ってゆく。岸辺に立つアマナン。)

(アマナン)  ♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
(すぐエルダもともに)  ♪罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを

(アマナン、調子を変えることなく歌いながら耳に手をあて、声のする方へ、後ろ向きのまま近づいてゆき・・・)

♪そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを

(ここでふいにぱっと向き直って川おもてをのぞきこむ。アマナンと、つい警戒を解いていて隠れるのがまにあわなかったエルダ、はじめて互いを見る。互いに驚いて立ちすくむ)

(語り)  月の光あびてきらきらと 銀色にかがやく川おもて、アマナンがそこに見たものは、湖のようにあおく澄んだふたつの瞳、ゆたかに波打つ緑色の髪をもった、うつくしい妖精エルダの姿でした。

(エルダ、今にも水にとびこんで逃げ去りそうなそぶりを見せるが、思い直してその場にとどまる。驚きから立ち直ったアマナン)
 娘さん。今はあなたのような若い娘さんが外に出ている時間ではない。それに、そんな濡れたところにいたら、風邪をひいて死んでしまう。
(エルダ、少し間をおいて、しずかな、やさしい声で)
こんなに月の美しい晩ですもの、楽しみたいのはあなただけではありませんわ。それに、水には、慣れております。

(語り)  それはまさしく、アマナンが毎晩聞いていたあの声でした。妖精の娘エルダは、神様の教えのことは何も知りません。ただ、アマナンの歌う調べがとても美しいので、意味も分からぬまま、毎晩聴いているうちにすっかり覚えてしまったのでした。

(エルダ)  どうぞ、あなたのその歌を続けてください。それを聞くのが、私の喜びなのです。
(アマナン、ためらいつつも)  ・・・では・・・2番のさいしょから、いいですか。
(アマナンとエルダ、Psalm#1の2番歌う。)
(アマナン、驚いて)  よく覚えていますね。
(エルダ)  はい。毎晩聴いていたんです。あなたの声はとってもきれいだったから。
(アマナン、やや当惑して)  それはありがとう。・・・でも、この歌の意味が、あなたには分かりますか。
(エルダ)  いいえ。
(アマナン、少し考えて)  これは神様をたたえる歌です。キリスト教のとうとい神様のことを、あなたはきいたことがありますか。
(エルダ)  いいえ。
(アマナン)  私はそのとうとい神様に仕える人間です。
 私たちアイルランド人はこの方のことを長らく知らなかったが、主は恵みぶかくもこの国にも使徒を遣わして、私たちがその恵みにあずかれるようにしてくださった。
 世界じゅうのすべてのものは、この神さまがお造りになりました。この川の流れも、この岸辺の木立ちも、この夜空も、あの月の光も、あなたも、私も。
(エルダ)  私も、ですか?
(アマナン)  もちろんです。・・・(やや自信をなくし)ええ、たぶん。
(エルダ)  それはどんな方なのですか?
(アマナン、考えがいちどに頭にあふれて少し言葉に詰まり、やおら大きく息を吸って)
 それはそれはりっぱで、愛情深い方なのです。
(話が長くなりそうだと感じ、岸辺にゆっくり腰をおろしながら)
 神さまがさいしょにお造りになった人間は、アダムとイヴといいました。
 二人はエデンの園という美しいところで、何不自由なく幸福に暮らしていた・・・。
(このあと、セリフはサイレントとなり、アマナンが話するようすを続けつつ、音楽、そしてナレーションへ。・・・)

(語り)  妖精は人間と違って一千年も生きる、けれども人間のように魂を持たないから、世界の終わりのときには、輝く泡のように散って消えてしまう。当時のアイルランドでは、そんなふうに信じられていました。アマナンには、エルダが人間でなく、別の種族の生き物であることが何となく分かりましたが、だからといって邪険にしてはいけないと思いました。神様のことを知りたいというのに、どうして拒んでよいことがありましょう。そこで、できるだけ分かりやすい言葉で、キリスト教の神様について話して聞かせました。
(上記とともに、アマナン、エルダにあれこれと話してきかせるようすを表現。夜明け近くなり、立ち上がって)
(エルダ)  明日の晩もここへいらっしゃいますか。
(アマナン)  明日の晩も来よう。
(アマナン、守衛のところを通って下手へ去る)

(語り)  それからほぼ毎晩というもの、彼は川ほとりで待っている水の精を訪ねていっては、主の道についての色々な話をして聞かすようになりました。何とかしてこの乙女を、神様のみもとへ導こうといっしょうけんめいでした。ところがエルダの方は、その意味を少しも理解してはいなかったのです。
(上記とともに、アマナン、また左手より登場、教義問答や祈祷集を抱えている。エルダ、すでに川岸の茂みのところに来て待っている。エルダにあれこれと話し聞かせるようす。青ライトがゆっくりと白く変わってゆき、一番鶏が鳴く、アマナン下手へ去る。去りがけに、守衛)ご熱心なのはけっこうですが、どうかお体を大事になすってくださいよ。
(アマナン)  いや大丈夫だよ、ありがとう。
(守衛、その姿を見送り、独りごちる)  ・・・それにしても熱心なお方だ!

(水の精たち、上手より登場、エルダのまわりを囲み。)
(水の精たち)  エルダ、エルダ、あなたは恋をしているの? あなたは恋をしているの?
 あの人間の若者に? あの人間の若者に?
 気をつけなさい! 人間の男ほど、移ろいやすく不実な心をもったものはいない。
 あなたがあのひとを愛するなら、彼はいつか心変わりしてあなたを裏切るでしょう。
 それにあのひとは長く生きないのよ。
 そう、せいぜい百年、いや百年もいかないでしょう。
(エルダ、夢見るようにうっとりと)  あのひとはとってもきれいな声をしているの。あのひとは毎晩わたしにお話を聞かせてくれる。
(水の精たち)  あのひとはあなたにいったい何のお話を聞かせてくれるの?
(エルダ)  何だかよく分からないわ。なにか新しい神さまのお話よ。
(水の精たち)  それがあなたには面白いの?
(エルダ、あどけない、純真な調子で)  そう大して面白くないわ。どっちみち私には関係のないことですもの。でも、あのひとはとてもいっしょうけんめいに話してくれる。あのひとはとってもすばらしい調子で歌ったり話したりするの。
(水の精たち、呆れて腕を広げたり、肩をすくめたりして、上手へ去る。)

(下手よりアマナン、修道士たち登場。語り、BGM)
 しかし、アマナンの方は、昼間のいつものお勤めのうえにこのことが重なって続いたため、だんだん疲れがたまって、やつれてきました。
(上記の語りとともに、アマナン、畑仕事の途中で身をかがめ、額に手をやって、疲れきって調子の悪そうなようす。まわりで、修道士たち、アマナンを気遣って心配している。)
 元気ないね。
 具合悪そうだよ。
 疲れてるね。
 どうしたんだろう。
(修道士たち、農道具を肩に担ぎ、アマナンのほうを気にして振り返りながら退場)

(修道院長登場)
 アマナンよ。夜は眠れないのか。何かお前の心をふさいでいる悩みがあるのか。さいきん、お前は川から戻ってくるのがずいぶん遅いようだが。
(アマナン、下手で、正面を向いたまま)  いいえ。そのようなことはありません。
(修道院長、じっと正面を向いて)  気をつけなさい。あそこの川は見かけよりも深いのだ。

(アマナン、心中ぜりふ)  そう、私は彼女のことを、ほかの誰にも話さなかった。私は心配だったのだ・・・彼女が魂をもたない水の精であることを知って、心ない者が彼女について、いわれのない非難を浴びすのではないかと。
(語り)  それでもいつしか、彼には分かっていました。毎晩川ほとりに通うのは、もはや、主の道への熱心さのためばかりではありませんでした。
 炎が・・・彼の心を焦がし苦しめました。それは美しいエルダへの、燃えるような思いでした。
(BGM、テーマ曲。アマナン、深く思い悩んでいるようすで、頭を抱えうずくまる。)
(語り)  打ち消そうとすればするほどに、その炎はいよいよ激しく燃え盛り、すべてを焼き尽くす地獄の火のように、彼の心を苦しめるのでした。
(修道院長と修道士たち、集まってきて、ミサの場面。アマナンも立ち上がって参加。賛美歌Psalm#38。終わると、人々、アマナンを残して散ってゆく。)

(アマナン、その場に立ち尽くしている。心中ぜりふ)
 私は自分を欺いている。『人の心は何物にもまさって不実であって、はなはだ悪い。誰がそれを知りえようか。』こうしたことが続いていってはいけない。

(BGM。語り)  こうしてある晩、いつものように語りあってのちのこと。
(アマナン、しばしの間、いつものようにエルダに向かって語り聞かせているようすを表現。そののち立ち上がり、別れ際、心を奮い起こして)
 私はもう、ここへは来ない。
(間。エルダ、しばし呆然として、でもあまり声を荒らげず)  いったい、それはどうしてですか。
(間。アマナン)  私は、お前を主のもとへ導くのにふさわしい器ではないからだ。しかし、ご意志であれば、主はお前に救いを与えるために、誰か別の者をお遣わしになるだろう。
(二人、じっと見つめあう。間。アマナン、しずかに立ち去る。エルダ、アマナンが下手へ消えるまで見送る。そののち、顔を下にうつむけて、黙って立ち尽くす。)

(BGM。アマナン登場、客席に背を向け、膝をつき身をかがめて祈る。)
(語り)  そのときから、彼はもう、川ほとりへゆくことはありませんでした。常にもまして熱心にお勤めに励み、眠れぬ夜には礼拝堂で、夜通し一心に祈りつづけました。
 それでもエルダの面影を振り払うことはできませんでした。苦しみはいや増すばかり、心の戦いに疲れ果て、あわれにもやせ衰えてゆくばかりでした。

(上手、川岸に座るエルダを囲んで、水の精たち)
 今夜もまた待っているの、今夜もまた待っているの、あのひとはもうやって来ないのに?
 どうせ心変りしてしまったの、ご覧なさい、ほら言ったとおり
 人間の男ほど 移ろいやすく不実なものはない。
 待てど暮らせど 空しいばかり、あのひとのことはもうお忘れ!
(エルダ、とくに反論もせず、ぼんやりと悲しそうなようす。)

(下手にアマナン、修道院長、修道士たち。ミサ、祈り。修道院長)
天にましますわれらの父よ。み名がたたえられますように。王国が来ますように。
 み旨が地に成りますように。
 日ごとのパンを与えたまえ。われらの罪を許したまえ。
 我らを誘惑より守り、悪より救いたまえ。アーメン。
(修道士たち全員)  アーメン。
(修道院長)  苦しんでいる魂を支えてください。闇に惑っている魂があるならば、どうかあなたが導き強めてくださいますように。
(修道士たち全員)  アーメン。
(賛美歌Psalm#51。途中で、アマナン、立っていられなくなって崩おれ、膝まづいて祈る体勢に。終わると、少し遠巻きにアマナンを囲んで、修道士たち、独白的に)
 ああ、あいつはひどく苦しんでいた、あいつは!・・・日に日にやせ衰えて、見る影もなく 見ているこっちがつらいほどだった!
 ああ! 何をあんなに苦しんでいたのだろう!・・・
(修道士たち、気づかわしげに首を振り振り、退場。修道院長は残る)

(修道院長、正面を向いたまま)
 アマナンよ。私にはどうしても、お前が何かの悩みを抱えているように見える。聞きなさい。主は、ご自分に仕える者たちが喜びのうちに仕えることを望んでおられ、けっして、苦しみながら仕えることをお望みにならない。それがお前の願いでないならば、無理にこの修道院にとどまっている必要はない。お前の欲するものが、商いや、徒弟修業であるならば、都市へ行きなさい。お前の欲するものが、畑や、羊であるならば、野へ行きなさい。そして・・・(ややためらってから)・・・お前の心の中にだれか想う娘がいるのなら、彼女のもとへ行きなさい。聖パウロもおっしゃっている、『もし己れを制することができないならば、結婚しなさい。燃える想いを持て余しているよりは、結婚する方がよい』
(この言葉のあいだに、アマナン、ゆっくり顔を上げ、立ち上がって正面を向く。長いこと黙っていたのち)
 私の心からの願いは、今なお、ただ主のためにこの身を捧げることなのです。もしも私の心が罪を犯すことを望んでいたとしたら、私にとって、むしろその方が楽だったことでしょう。ところが、そうではないのです!・・・私が苦しんでいるのは、そのためなのです・・・
(アマナン、よろめくような足どりで左手へ退場。修道院長、ひどく気遣わしげにそのあとを見送る)
(ライト、いったん消える。静寂。・・・青い光、銀色の大きな月のおもてを、ゆっくりと雲が流れて横切ってゆく。)

(BGM。語り)  はじめてエルダに出会ったのと同じ、月の明るい晩のことでした。
 昼の間の照りつける日射しが夕方の涼しさにやわらげられ、ゆらゆらと立ちのぼる水蒸気となって、ふるえるような月の光です。 
 庭はむせかえるような花々の香りにみちて、ゆらめく水の底のような、この世ならぬありさまです。
 そのあかるみがアマナンのまぶたを開かせ、それからもう眠れなくなりました。
 夢かうつつかも分からないまま、彼は寝床を抜けてさまよいいで、川べりへ通ずる道を下ってゆきました。
(上記の語りとともに、左手からアマナン登場、夢を見ているようにおぼつかない足取りで、ゆっくりと上手へ向かう。BGM、いったんとまる)

(語り、少し間をおいて)  そこに何を求めたわけでもありません。あれからもう、ずいぶん長いときがたっていたのです。彼はただ、もういちど月の光を浴びて銀色に輝く川のおもてを見たいと思っただけでした。
 けれども、しずかな川岸の同じやぶ陰に彼が見たものは・・・
(アマナン、岸へやってきて、そこにエルダの姿を見出す。ふたり、はっと凍りついてしばらくの間驚き見つめあう。)
(語り)  あのときと同じ、湖のようにあおく澄んだふたつの瞳、ゆたかなみどり色の髪の、うつくしい妖精エルダの姿だったのです。
(アマナン・・・あまり感情的になりすぎぬように)
 エルダよ・・・(間)お前のことを考えて、私は寝つかれなかったのだ。
(間。エルダ)  わたくしも同じです。
(青いライト、ゆらゆらとゆがみ、ぐるぐる回り始める。テーマ曲”The Flame of Jah”。ふたり、しずかに互いに近づいて、腕を延べあう。
 エルダ、アマナンを川の方へいざない、アマナンの周りをゆっくりと回り始める、水の渦が渦巻くようすを表現して。アマナン、右腕を上げ、左手を喉元に。
 しばらくのち、アマナン、ばたりとその場に倒れる。エルダ、それを見てはじめて狼狽し、慌てたようす。アマナンの傍らに膝をつき、背中を叩いてみたり、揺すってみたり、おたおたと左右を見回してみたりする。さいごに絶望して天を仰ぐ。
 音楽が終わった後、少し後ろに引き下がって、頭を抱える。)

(下手端、守衛の詰め所。夜明け間近。守衛、落ち着かない様子で腕組みし、足踏みし、右手の川の方を見やって首を振る。心中ぜりふ)
 どうしたんだろう、あの方は、こんなに遅くなったのははじめてのことだ・・・もうすぐ朝のお勤めの時間ではないか。何かあったんだろうか・・・
(守衛、カンテラを取り上げて、明かりを入れる。いちど後ろ手へまわり、後方からうろうろ歩き回りながら登場・・・岸辺の木々の間から、カンテラの光がちらちら見え隠れするイメージ。)
(守衛、歩き回りながら)  アマナンさま! アマナンさま!
(エルダ、その声を聞いて、慌てて茂みの後ろに隠れる。でも気になって、折々そっと心配そうに顔を出す)
(守衛、だいぶ歩き回ってから、前方に妙なものを見つけ)  やっ、ありゃ何だ?
(近づいて、岸辺の柳の根元に倒れているアマナンだと分かり、駆け寄る。)
 アマナンさま! アマナンさま! いかがなさいましたか。大丈夫ですか? ・・・た、大変だ!・・・どうしよう?
(その体を起こして、手首の脈をさぐり、心臓に耳をあててみて、いたわしげに首を振る・・・それから彼を抱えあげようとするが、たっぷりとひだをとった長い衣は水を含んで鉛のように重たく、ひとりでは無理である。)
 うわっ、だめだ・・・とにかく院長さまに知らせなくては・・・
(守衛、修道院長を呼びにゆく。エルダ、そっと伸び上がって見送る。野外では、再び出てきて心配そうにアマナンのもとに屈みこんだりしてもよい。守衛、修道院長のもとへ。扉をどんどん叩く動作。)
 修道院長さま! 修道院長さま! 起きてください、大変です! アマナンさまが・・・
(ナイトキャップをかぶった修道院長、上方に登場。目をこすりながら)  どうしたかね。
(守衛、身振りも激しく)  アマナンさまが!・・・倒れてらっしゃるのです、川のほとりで・・・とにかくいらしてください!
(修道院長はしずかに聞き、それからふたりいっしょに降りてきて、川岸へ。ふたりがやってくる気配に、エルダ、再び茂みの後ろへ隠れる。
 院長、アマナンを見て十字を切る。守衛はその余裕もなく動転している。ふたり力を合わせて、アマナンを左手修道院まで運ぶ。エルダ、再び茂みの後ろから伸び上がって見送る。修道士たち、下手より、その周りに集まってきて、あるいは顔を見合わせて首を振り、あるいは両手で顔を覆い、あるいは腕を延べて天を仰いで驚き嘆き)
 何だ何だ。
 どうしたんだ。
 神さま! どうしてこんなことに。
(守衛、アマナンの前にかがみ、片手を広げてみんなに訴えるように)  瞑想にふけって、川ほとりを歩きまわっているうちに、あやまって足を滑らせて落ちなさったのです。あの方は、それがいつもの習慣でいらしたから。
(修道士たち、みんなうなづき交わす。頭を垂れる)
(院長、心中ぜりふ)
 そう、知っていた、私には分かっていた・・・それでも私は責めはしない、足を滑らせはしたかもしれないが、あれはともかく、さいごまでとがめのない若者であったのだ。
(修道士たちと院長、アマナンの死体を運んで下手へ退場。)

(上手、両手で顔を覆っているエルダ、そのまわりに水の精たち。あるいは手を延べ、腕を広げ、エルダの肩を抱いたりして、舞踊的な動きで)
 エルダ、エルダ、あのひとをどうしてしまったの?
 あなたは強く抱きしめすぎたの。
 あなたは知らなかったの、人間の男がどんなに弱い生きものか。
 でも、そう大したことではないわ。
 そうそう、大したことではない。
 地の人の子はいずれ死ぬさだめ。
 それとも、はかない命の前に心変りしてしまうもの。
 むしろよかったかもしれないわ、
 あのひとは幸せだった、
 あんなにもあなたに恋い焦がれて、
 あなたの腕のなかで、
(エルダ、がっくりと肩を落とし、ただ力なく首を振りつづけている。)

(上手ライト消える。再び、下手ライト。とむらいのミサ。修道院長、正面を向き、その前にアマナンの棺。修道士たちと守衛、それに対して客席に背を向けて参列。
 できたら、少しデコラティヴなアルター、両側に燭台。
 できたら、棺あたりを中心に、ステンドグラスを通して虹色に注ぐやわらかい光。)
(Requiem。修道院長、祈り)
 今日ここにひとりの若者、我らすべてに愛された
 心やさしく、誠実で、とがめのない者、
 心を尽くしてその身を主のために捧げ、主への愛のうちにその短い命を全うした、
 若き修道士アマナン、あなたに託します。みもとに受け取りたまえ。
 彼があなたのもとに安らぎを見出さんことを。アーメン。
(一同、頭をたれてアーメンを唱える。
 棺を担いだ一行、修道院の外を表す中央前方へ。それにつれて全体に白ライト。それからゆっくり下手へ向かうころから、上手より、白い長い衣で全身を頭からすっかり覆ったエルダ、現れ、両手で顔を覆ってむせび泣きながら、少し離れてついてくる。)

(修道士たち、気づいて振り返り)
 あの女はだれだろう。
 たぶん、だれかアマナンの家の者だろう。あんなにひどく悲しんでいるところを見ると、実の女きょうだいかもしれない。
(修道院長、振り返り、女の姿をみとめると、鋭くじっと見つめる。だが、ついに何も言わずに向き直り、歩みをつづける。)
(修道院長、心中ぜりふ)
 いや、このうえさらにどんな重荷をも、私は彼女の上に加えるまい。『神はすべての事柄、すべての隠された事柄をご存じであって、それがよいか悪いかを裁かれる。』まことの主が、ふさわしく判断なさるであろう。・・・
(葬列、ゆっくりと下手へ消える。)

(語り)  そのあと二度とふたたび、彼らはその女を見ることはありませんでした。

 それから一千年ものときが、いえ、もっと長いときがたちました。老修道院長や、アマナンの仲間の修道士たちもみな去っていって、主の祝福のうちに安らかな眠りにつきました。川ほとりにたつ修道院や、石のケルト十字の並んだその中庭も、長いときのたつあいだにすっかり風化して、廃墟となりました。
 エニスに人が増え、やがて州の都として栄えるにつれ、ファーガス川に住んでいた水の精たちのほとんどは、もっと奥まった、しずかな住みかを求めて去っていきました。
 けれども、なかにたったひとり、立ち去らぬ者がありました。どんなに人が増え、馬車が行き交い、ごたごたとして住み心地が悪くなっても、彼女はそこにとどまりました。忘れえぬ者の記憶が、彼女をこの場所に、永久に繋ぎとめていたからでした。

(上手、水の精たち、エルダの手をとり、泣きながら別れを惜しんでいる。)  どうしてもここを離れないというの、そんなにもあのひとのことを忘れられないの。
 かわいいエルダ、あまりにひどい、耐えられない、あなたをひとり置いてゆくなんて。
(エルダも泣いている)
(ダンス曲3曲目”Eternity”始まる。エルダ以外の水の精たち、踊り、そして上手へ退場)

(語り)  月の明るい晩、町ぜんたいがひっそりと寝しずまったあと、昔のように岸辺の葦のあいだに腰をおろして、彼女は今も歌を歌います。それはかつてアマナンが歌っていたのと同じ歌でした。

(エルダ、岸辺の草の間で、客席に背を向けて)
♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを 

 そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを
 その こずえは 枯れることあらじ
 そのゆく 道なべて 平らかならん

(語り、BGM?)  あいかわらず、歌の意味も、あたらしい神さまのことも、エルダにはちっとも分かってはいません。彼女はただ、思い出のひとがそれを愛していたからというだけの理由で、それを愛したのでした。
 ファーガス川には天使が住んでいる、と、いつしか人びとは言い習わすようになりました。夜遅く、川のそばを通ると、えもいわれぬやさしいひびきで、古い賛美歌を歌う声が聞こえるのだ、と。・・・
 けれどもそれは、ほんとうは、天使ではありません。それは、かつてただ一度限り愛した者の死を、一千年間も悲しみつづけている、ファーガス川の水の精の歌声なのです。

(テーマ曲 “The Flame of Jah” 始まり、全員出てきて合唱)

おわり

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劇中曲

 詞はすべて聖書より。偏詞・作曲 by 中島迂生

●The Flame of Jah (ヤハの炎) from Song of Solomon #8 主題曲

 われを胸におきて 焼き印と刻め
 わが名 腕におきて とわに色褪せぬ しるしとなせ

 そは 愛は死のごとく強く
 とこしえの想ひは シェオルに同じ

 愛は燃ゆる炎 大水も止めえず
 逆巻く流れも さらにとどめえず
 愛は時を越えて とわにさながらに
 闇にかがやける ヤハの炎

●Psalm#1

 幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを 

 そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを
 その こずえは 枯れることあらじ
 そのゆく 道なべて 平らかならん

 悪しきは 風吹く もみがらのごとし
 裁きにたえず 集いに交じらず
 主は知りたもう 正しきの道を
 おごれる者の 道みな ほろびん 

●Psalm#23

 ヤハぞわが羊飼い などかおそれん
   われをみどりの牧野に 伏させたもう
 主は わが魂に 命のいぶき与え
  憩いのみぎわに いざないたもう

 ヤハはそのみ名をもて われを導く
 死のかげの谷を歩むも 我おそれじ
 汝 われと共に いませばなり
   汝(な)が鞭 汝(な)が杖 わが慰め

 なんじ わが仇(あた)のまへ 宴設けリ
   こうべには油を 杯あふる
 わが世にあらん限り 恵み来たらん
     とこしえにヤハの 家に住まん

●Psalm#38

 ヤハ 怒りて 我を懲らすな 憤りもて正すな
 汝(な)が矢深く 我を貫き み手 わが上に重し
 なが怒りに わが肉痛み 罪ゆえ 骨 憂ふ
 わが咎は こうべ超えたり 耐えがたき重荷のごと

 わが愚かさ 傷を膿ませり ひねもす 嘆きて ありく
 燃ゆるごとき 熱に冒され 打ちひしがれて 叫ぶ
 わが願いは み前にあり わが嘆き あらわに
 胸つぶれ 光うせて 友べもなべて 我を去る

●Psalm#51

 主よ 憐みたまえ とがを ゆるしたまえよ
 わが不義より洗ひ 罪を浄めたまえ
 わが咎を 我は知る わが罪わが前にあり
 我は 罪 犯せり 正しきはわが主のみ

 視よ われ 罪に生まれ よこしまに宿されり
 なれ まことをのぞみ こころに智恵をしめす
 ヒソプもて我浄め 雪のごと 白くせよ
 われに よろこび聞かせ 砕かれし骨 癒せよ

●Requiem (レクイエム)

 罪に惑ひて 暗闇にあり
 何ゆえ生くると 知らずにありき
 主はあわれみ 送りたもう
 罪のあがない み子イエス

 我を愛したもう わが主キリスト
 苦しみ死にたもう 神の子羊
 されば この命 己れにあらず
 生くるも死ぬも み子のため

 主に身を捧げし とがめなきもの
 愛されしはらから 今ここに眠る
 わが主のごと よみがえり見ん
 みもとに託さん 受けたまえ
  

Posted by 中島迂生 at 01:18Comments(0)脚本