2018年08月10日

高校の話~6 二桁の引き算と、人の自由と。~



今回、お世話になった先生たちにお会いすることができて、とてもうれしかったし色々発見がありました。
いちばん大きな発見があったのは、前記事の数学のK先生ではないかな。
何しろ、ちゃんとお話ししたのって、ほぼはじめてでしたから。

(知ってはいたけど)ほんとに頭いい!!と感じたのは、たとえば
説明が的確なので、通常の自分の思考回路にはないようなことを言われても、すっと理解できたり。
逆にこちらから、10のうち3くらいまでしか言っていないのに、魔法のようにパーン!と通じる感覚があったり。
たとえば二桁の引き算の話をして、パッと分かってもらえた人って、はじめてかも。
逆に「ええっ?!」ってなりました。
だいたい、話してもポカーンとされますので。

そんなこともあって、あらためてこの二桁の引き算問題、自分なりに少し考えてみた。
それがちょっと面白かったので書き留めてみようと思います。
ここから先、高校の話はあまり関係なくなってきますけど…

   *   *   *

前記事で、私、二桁の引き算で人生挫折したって書きました。
一の位の引かれる数が、引く数より大きい場合なら分かるのです。
14-2 とかね、17-5 とか。
問題は、12-5 とかの場合。「十の位から借りてくる」っていうアレ。
あのやり方を教わったときに、私は子どもながらにショックを受けたのです。

何で「お金は借りちゃダメ」って教わってきたのに、数字はいいのだろう?
一の位のなかだけでどうにかできないのだったら、隣の位をあてにしたりするの、違くない?
収入以上の予算を組んで、国の補助金をあてにしてダムを建設する地方自治体みたいです。

何でそんな姑息なやり方をしてまで引きたいと思うのだろう?
そういうときはもう、引かないでそっとしておいたらいいのに。
そんなやり方を教えられて、私、なんか、むっとしました。
そんなのイヤだな、と思いました。
いわば私は「分からなくてつまづいた」のではなく、「同意できなくてつまづいた」のです。
根が深いです。
ピカソみたいです。(自分で言うな!)

けれど、残念ながら今のところ世の中全体のシステムがそうなっていますから、生きていくためには順応しないといけません。
ということで、以来人生のなかで、隣の位から借りてこざるを得ない状況はずっとつづいています。
しかしいまだに心から納得しているわけではないため、やっぱり時々まちがえます。
根本的な解決にはなっていません。

そこで今回、あらためて考えてみました。
この問題を、隣の位から借りてくることなしに何とか解決できないだろうか。
アホか、と思わずに、まあちょっとおつきあいください。
なかなか面白いところまでいくかもしれませんよ。

   *   *   *

幼き日の私が考えた、「引かずにそっとしておく」、これは実は究極の、いちばん難しい方法です。
人類にとっては。
そのレベルにまで到達する日は来るのか?ってレベルです。
「…しないでおく」ことの不可能さ。

エデンの園のリンゴを食べずにおく
パンドラの箱を開けずにおく
他の女に手を出さずにおく
核兵器の開発をしないでおく
クローン人間の研究をしないでおく

それができるようになったら、それ、もう人類じゃなくないですか?
これは哲学的な解決方法です。残念ながら、あまり現実的ではありません。

「しないでおく」ことがどれほど難しいか、もう少し見てみましょう。
読者の皆さんにだけ、こっそり告白しますが、実は私、アインシュタインが天才だったなんてみじんも思っておりません。
それどころか、天下の大バカ者ですわ。
そして、実はそう思ってるのって私だけじゃないと思うわ。

あとから謝っても遅いよ… って話です。
たとえば原爆の発明につながったとされるかの有名な公式、私、それを発見した人って、彼の前に少なくとも百人はいると思っている。
マヤ文明、アステカ文明… 今の文明では不可能な、すごい建造物を残している別の文明が、過去にいっぱいある。
発見していないわけがありません。

みんな、彼より賢かったから、先を見通して、プロメテウスの火をそっと踏み潰してきたのです。
そっと闇に葬ってきたのです。
アインシュタインは、それを見出した者のなかでいちばん愚かだった。
想像力の、絶望的な乏しさ。
だからただ見つけたことにうれしくなって、子供のように後先考えず、世に出してしまったのです。
ひとたびそれをやってしまったから、もう人類は後戻りできなくなった。
まぁ、彼だけを責められないけれどね。

思うに、二桁の引き算もそれと同じです。
引かずにそっとしておくことのどうしてもできない愚か者が、この先も地球上からいなくなることはないでしょう。
「とにかく私は引かないわ!」と孤高を貫くという手もありますが、それだと社会生活がなかなか難しくなります。
具体的には、たとえばお財布の中がお釣りの小銭でジャラジャラして、収拾がつかなくなります。
ですから、もう少し、ほかの方法を考えてみましょう。

   *   *   *

隣の位から借りてこないで解決する方法、二つ目は、たとえば
「引かれるほうの一の位が、引く数より大きくなるまでがんばる、努力する!」です。
これは理にかなった、プラクティカルな方法です。
ここまで持ってこれれば、お隣からの借金なしに堂々と引くことができます。

ただし、この方法だと、引かれるほうの数が具体的に何かっていうことに、けっこう左右されます。
これがリンゴの実とか、貝割れダイコンの話なら、毎日水をやって日に当てることで、引かれるほうの数を大きくすることは比較的容易でしょう。
ところがこれがピンポン玉のような無機物だと、いくらせっせと水をやったところで、数を増やすのはなかなか難しいです。

これがクマノミの雌となると、さらにやっかいです。
性別を自由に変えられる彼らの場合、引かれるほうの一の位が8だったのが、一瞬目を離したすきに3に減っている、なんてことが起こりえます。
でも現実問題、世の中にそういうことはけっこう多いのではないでしょうか。

クマノミの雌によく似ていてもっと身近なもの、それはずばり、お金です。
色んな条件によって、とかく左右されます。
ビジネスやギャンブルの才、税法の改正や景気変動や、株式市場の諸事情だとか。
そんなことで増えたり減ったり、どうも不安定な感じです。

   *   *   *

ということで、私、第三の道を考えました。
現状のままでどうしても押し通したい場合、自分ではなくいまいる枠組みのほうを変える、
システムを変える、いわば革命的な解決法です。
あるいは「ここではないどこか」を求めて、タヒチへ渡ったゴーギャンのようなやり方です。

ちょっとバカみたいな話をしましょう。
14個のリンゴと7個のリンゴを、それぞれ横一列に並べてみるとします。
そうすると明らかに14個のほうが列が長くて、多いことが分かるので、そこから7を引くことができると分かります。
これは私でも分かります。
ところがこれを十進法で書き表すから、見たところ一の位の数が、引かれるほうが引くほうより小さくなってしまって、ここで借りてくるこないの問題が生じてしまう。
つまりは表示方法、進法の問題です。
だったら十進法ではない、別の進法で書き表すことはできないでしょうか。
ひたすら横一列に並べたリンゴのような、借りる借りないの問題が生じない、なにか別の表示方法はないでしょうか。

世の中十進法だけじゃない、12進法や60進法など、いろいろあります。
探せばもっといろいろ、無限にあるはずです。
√687abcyの2乗分の3x進法とかねー、よく分かりませんけど。
根気よく探してみたら、14から7を引くにも隣の位から借りてこないですむ進法が、何かひとつくらいは見つかるのではないでしょうか。

ただし、これはホーキング博士の宇宙理論のように、いまのところはあくまで理論だけです。
じっさいは分かりません。
私の脳みそでは実証できませんので、だれか代わりに実証してくれないでしょうか。

でも、そういう概念を想像してみるだけで、なかなか考えの余地が広がるでしょう?
そういう存在を想像してみることができるってことは、あるいはこの世のどこかにほんとうに存在しているのかもしれませんよ?

   *   *   *

とはいっても、今後しばらくは、人類はあいかわらず、あの姑息なやり方で二桁の引き算を続けてゆくのでしょう。
ではこんなことを考えてみるのに何の意味があるかって?

現時点で一方的に与えられているただひとつの方法が、どうしてもイヤだったりする場合、
我々にはただ忍従する道しかないのか。

いや、少なくとも、立ちどまって考えてみることができます。
可能なやり方はほんとにそれだけなのか、あるいはほかにもあるのではないか、と考えてみる。
それも人間の持つ自由の重要な一要素です。
本気で考えてみることで、思わぬ道が開けたりするもの。
この問題では今のところムリでも、別の問題ではうまい解決策が見つかるかもしれません。

諦めて、流されてしまったらそこで終わり。
我慢と降伏は、まったく何も生み出しません。
考える力って、自分がより生きたいような人生を切り開いていくために使ってこそ。

二桁の引き算で、借りてくるのはどうしてもイヤだ、ってことを突き詰めて考えてみたら、こんなところに辿りつきました。
だから、時々、突き詰めて考えてみるって面白い。
己を省みるきっかけになるし、思わぬ発見があったりします。

実は私自身、相当外の力に流されてここまで来ています。
だから自戒のために書いているのです。
日常の厄介ごとに埋もれても、考えることを放棄しちゃダメ。
It's my life! なのです。人生の主導権を、手放しちゃいけないのです。


















  

Posted by 中島迂生 at 10:06Comments(0)高校の話

2018年08月10日

高校の話~5 Xの彼方へ~



引き続き、高校時代にお世話になった先生たちについて書いています。
この記事では、数学の先生の話をします。
英語の先生とかぶってしまうけど、K先生。

私、正直言って数学はほんとにできなかったし、大っ嫌いだったのです。
数学どころか、小学校に上がったばかりで二桁の引き算で挫折して以来、算数については人生諦めてきましたw
だから、そんな私が数学の先生の話をしようってこと自体、驚きです。
そこまでダメだった自分はさておき、ほんとにいい先生だったということですから。

2年間、数学を教わったその先生は、当時はけっこうな強面キャラで通していました。
鋭い眼光に、一部の隙もないスーツ姿。
黒板をバチバチ、棒で猛烈に叩きながら、嵐のような勢いで進んでく授業。
「分かったか?」「お前ら、生意気だからな」が口癖で。
ほかの授業ではだいたい寝ている野球部の面々も、この先生の授業では起きてる率が(比較的)高かったっていう。。

こんなふうに書くと、昔よくいた高圧的なタイプの、ダメな先生みたいですがw
決してそうじゃないのです。
じっさいはとてもチャーミングで、可愛らしい人でした。
いや、ほんとだってば。
だからそんなキャラなのに、あだ名は「○○りん」ですw
生徒たちのほうも、「あの人ああいうキャラでやってるから、俺たちも協力して、乗っかってやろうぜ」みたいなところがありました。

休み時間に職員室へ行くと、その先生が、カップアイスを食べていたことがありました。
夏の暑い日でした。
ふだんの強面な姿とのギャップが激しすぎて、思わず微笑みそうになったのを、
「いやいや、ここで笑ったらあの人のキャラがぶち壊しになる!」って思って、なんとか真面目な顔でスルーしましたw
今でも思い出すとちょっと微笑んでしまいます。
それまでも、それからも、職員室でアイスクリームを食べてる先生って、私、ほかに見たことがありません。

そして、実はめちゃめちゃ気を遣う人でした。
私自身、すごく気を遣われているのを、折に触れ感じていました。
代数のテストで18点を取っても全然怒られなくて、むしろ心配されましたもの。
「…何か悩みがあるのか?」ってw
あぁ、なんか申し訳ないな…と思いつつ、何も言えませんでしたけど。。

とってもセンスある人でした。
体育祭か何かのときに、先生のクラス、おそろいのTシャツをつくったのです。
いえ、私は先生のクラスじゃなかったのですけどね。
とっても印象的だったので覚えているのです。
明るい水色のTシャツで、白の背番号が入っていました。
背番号は、こういう場合、だいたい各自が好きな番号を入れるのです。
で、その先生もその水色のTシャツを着ていたのですが、背番号が、数字じゃなくて
cos60°1/2
って入ってて。
なんか、マルセル・デュシャンの作品を見たようにおおっ!ってなりましたw
そんな素敵な遊び心のある人でした。

数字の世界に、なにか独特な美のあり方を見出していたもよう。
なんか方程式の解を求める? 証明するだったかな?
数式をどんどん書き換えていくやつがありましたよね。
「展開する」だわ。そうだ! この意味でこのコトバ使うの数百年ぶりですw
で、自ら解いてみせて、「な、こうやってまとめると、美しいだろ?」というのです。
当時は、何がどう美しいのかさっぱり…いや、私の計り知れないそういう美しさがこの世のどこかに存在するのだろうなって、想像はつくのですが、やはりピンと来ないまま。
別の星の人にアンドロメダ星雲のどこかの星の絶景ポイントを案内されて「どうだ!」って言われたみたいな感じでした。

でも、ほんとにさいきん…
今行ってるフランスの大学の、分析の授業だったかな。
マリリン・モンローみたいな超絶美人の先生の授業で、「論文の要約ってこんなふうにやるのですよ」というのがあって。
「さすがに論文の要約の仕方くらい分かるわ」と思ってたのですが、その先生が自らまとめられたのを見たら、
「なるほどこれは美しい!! さすがプロ!!」ってなりました。
実にすっきりとして、ムダなく、シンプル。
なにか整った引き出しの中身のような美しさなのです。
機能美と様式美あわせもった…必要なものだけが整然と並び、アイテムのテイストも統一されて、みたいな。
いま思うに、あのときの先生が展開した数式の美しさというのもきっとこんな感じであったであろう、と。
いまだ私には、想像でしかとらえようのない世界ですけど。

そして、この先生というと必ず思い出すのが…

学校で文集をつくるのに、先生たちからの未来へ向けての一言メッセージみたいの、よくありますよね。
ふつう日本語でみんな書くわけです。
まぁ人によっては英語とか漢文っていうパターンもあったけど…
とにかく、「数直線」で書いてたの、この先生だけです。
ゼロから始まって、矢印の先がXで終わってる。こんなふうに。

0 → X

数直線ですから、じっさいは矢印がもっと長いのだけどね。
そのインパクトたるや、まわりのほかのメッセージが(どれも心のこもったものばかりだったのに)一気に吹っ飛んでしまったくらいです。
「数学って、詩なんだわ」って思ったことでした。

私、高校が大好きだったので、卒業後もよく遊びに行っていました。
でも、なぜかこの先生には一度も会えたことがありません。
そのうち他校へ転任されてしまいました。
そのまま、ただ時間だけが流れて。

今回、先生が勤務されているよその学校にコンタクトするの、相当度胸が要ったのですが、思いきってよかったです。
いまはとっても偉くなられていましたが、それ以外はあまり変わっていませんでした。
そして、想像以上に、ほんとに素敵な人でした。

え? でも2年間教わっていたんだよね?
いや、そうなのですけどね。
実は、在学中は、ほとんど話したことがなかったのです。
だって、ああいうキャラだったのですものw
だから、個人的に喋ったのってなんと、ほぼはじめてっていう。(何だそれw)

何となく知ってはいたけれど、今回お話ししてつくづく感じた、
頭のよさ、感性の鋭さ、気遣いのこまやかさ…
とっくに会いに行ってるんだったな、って思いました。
自分が色々な点でノロマな人間であることは知っていたつもりですが、いくら何でもノロマすぎる…
会いたい人にただ会いに行くのに、なに何十年もかかっているのでしょう。

でも、思うのです。
あの日の数直線、思い出すと、いまの私たちはまだ、Xの途上。
こんなに時間が流れても、生き始めた日に「私はこの人生でこのへんまで行きたい!」って思った目標の、まだ何分の1にも達していません。

まぁたしかに、私たちの世代は社会状況的にあまりに条件悪かったけれど。
時代の悪さを言い訳にはしない。
かっこわるくても、私は挑みつづけていきたいのです。
いつだって、心ひとつで、どこまでも行ける!って、信じて生きていきたいのです。
矢印の先の虚空を勇敢に見つめて。Xの彼方へ。…






















  

Posted by 中島迂生 at 09:47Comments(0)高校の話

2018年08月10日

高校の話~4 プロフェッショナルであること~



高校に入ってさいしょの担任は、国語のO先生でした。
第一印象は、漱石の<坊ちゃん>そのまま。
情熱に溢れ、やたら目力が強くてw
思えば当時のあの高校、ちょっと<坊ちゃん>の舞台のようだった。
いろいろ個性豊かな先生たちがいて。
そういえばいつも赤いジャージを着てる体育の先生や、見た感じタヌキっぽい校長先生もいたっけ。
でも、キャラ的にはそんな感じじゃなかった。みんなほんとにいい人たちでしたよ。

高校3年間で、いちばんお世話になった(というか迷惑をかけた)のはO先生だと思う。
O先生といえば、まず思い出すのは、1年のとき、私と先生のあいだを白ヤギさんの往復書簡のように行ったり来たりしていた国語のノート。
時々、ノートを提出しなくてはならなかったのね。
なんか色々こまかく書かなくてはならない決まりがあって、ちゃんと書けていない人は再提出になった。
でも、私はことごとく無視して、わが道を行っていた。
「これで充分分かるのだから、これ以上必要ない。むしろ時間とエネルギーのムダだ」くらいに思っていた。
で、当然、再提出に。
ところが私、頑なに「これで充分」と押し通し、何も直ってないそのままのノートをただ再提出したのだった。
で、またまた再提出だ。
それが5回くらい、行ったり来たりして、ついに先生の方が諦めて、それ以上言ってこなくなった。
…こんな生徒イヤだわー! O先生、ほんとにお気の毒だったw

私、そんなめんどくさい生徒だったのに、先生からは、いいことしかしてもらっていない。
なんか、教科書の単元がひとつ終わるごとに短い作文みたいのを書かされるのだけど、先生、それを同僚に見せていたみたいで。
国語と全く関係のないほかの先生たちから、「君の文章、読んだよ」とニコニコしながら言われた。

受験のときには小論文の個人指導をしてもらった。
私も後年、小論文の指導というのは何度もやることになったが、あれ、大変なのよね。
ひとりひとり、思考回路も違えば文体のクセも違う。
そこに寄り添っていかなくはならない。すごくエネルギーを使う。
小論文を受ける生徒なんて山ほどいただろうに、先生、全部ひとりひとり見ていたのだろうか。
公立高校でここまでしてもらっていいの?と、生徒ながらに驚きだった。

受験の直前には、電話してきて弱音を吐いた私に、すごく言葉を選びながら励ましをくれて。
私、おかげで気が楽になって、当日、落ち着いて取り組めた。

まるで進学する気のなかった私が、そもそも何で受験しようと思ったかっていうと…
国語に限らず、それまでほんと勉強していなかった。
反発してた授業もあったし、めんどくさいだけだったものも。
でも3年の秋くらいになって急に、あと半年くらいしかいられないんだな…と思ったら寂しくなって。
とくに望んだ方向へじゃないにしても、今までやってもらってきたことがいろいろ、身に浸みた。
なんか、そういう瞬間があった。

今まで色んな先生たちに、こんなにしてもらってきたことに、何のお返しができるだろう?
って考えたときに、自分にできることって、せいぜい大学に受かるくらいかなって。
まぁ、そんな理由で受験しようと思った人ってあまりいないとは思うわw

日々受けてきた授業を思い返すと、
それはこの国語の先生だけでなく、ここで出会った先生たちみんなに共通することなのだけど
浮かぶのは優しい雨のイメージだ。
日に日に土壌を潤すしずかな雨のように。
日々、倦まずたゆまず、たえまなく注ぎつづける感じ、
豊かに注がれて、地中深く浸みこんで、いつのまにか木々が緑濃く枝を広げてゆくように。
それはもう至れり尽くせりで、ただ座って聞いてるだけで、たいがいのことはだいたい身に着いてく感じ。…
それはもちろん知識だけではなく、教養や、パッションや、愛情や、気づかいや。
色んなものが渾然一体となって。…

いえね、分かっていますよ。
いまの教育の現場の流れが、上から一方的に教えるんじゃなく、インタラクティヴな動きを大切にしましょう、みたいになってるのは。
その一方、反動で(?)「寺子屋方式」を再評価する動きもあるし、個人的にはむしろそっちに一票なのですけど…それはさておき。
私に言わせれば、そんなのはみな方法論の問題で、しょせん副次的な要素にすぎない。
わが竜一の先生たちは、時代の流れに応じていくらでもやり方を変え、同じクオリティの授業を提供できるスキルを持っていたはず。
いま私が言ってるのは、そんなことじゃなく、心意気の問題なのです。
私があそこでほんとうに学んだのは、勉強じゃない。仕事への取り組み方なのです。

あそこの先生たちが、身をもって教えてくれたこと。
与えること。惜しみなく注ぎつづけること。
常に自分にできる最高の授業をしつづけること。
磨きつづけること、学びつづけること、省察しつづけること。
ああいう人たちの仕事の仕方、自分の仕事に対するしずかなプライドが、後年、講師をやるうえでの私の基準になっているのです。
竜一クオリティ。
私はあそこで学んだのです。
プロフェッショナルであるとはそういうことなんだって。

私、竜一高へは、卒業後もよく遊びに行っていました。
なかなか会えない先生もいたけど、O先生とはわりとお会いできていた。
でも、今回はほんとに久しぶり。
10年くらいかな、もっとかな。
それでも昨日も会ったみたいなテンションで、喜んで迎えてくださった。
私、なんというか「久しぶりに帰省した」みたいな気分になりました。

ちょうど季節は夏で、広~い田んぼの中をぬけてきて。
緑濃い里山のなかの学校で、さるすべりは鮮やかに咲いてるし。
広大な敷地内をぐるっと案内してくれて、戻ってきて、冷蔵庫をゴソゴソやってアイスキャンデーをくれたりして。
なんか私、完全に里帰りモードになっていましたw

色々忘れてたこともあったのだけど、先生のほうが全部覚えててくれてる。
色々こっぱずかしいことも全部、いいほうに取ってくれてるし。
ほんとに、つくづくと奇特な人だ。

思えば、私が教わった竜一高の先生たち、わりとみんなそういうところがあったかも。
なんというか、無条件に私を肯定してくれていた。
じっさいは、ダメなところは山ほどあるし、それは自分で分かっている。
というか、出会う人みんなにぜんぶ肯定されていたら、逆にダメだよね。
でもこうやって、かつて世界のどこかに自分のことを無条件で受け入れてくれた人たちがいるって、知っていることがどれだけ力になるか。
それがほんとに大きな財産だったなって思って、いまも感謝してるのです。

あの頃の校舎はもうないし、みんなあちこちへ散ってしまったけれど。
私の心の中の竜一高は、いまもそういう場所。
ひととき翼を休めて、パワーをもらえる港のような。





















  

Posted by 中島迂生 at 09:34Comments(0)高校の話