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Posted by つくばちゃんねるブログ at

2013年11月30日

<創造的な不幸>前書き

創造的な不幸―愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)

目次へ
 
前書き

本書は1999年12月に早稲田大学第一文学部文学科英文学専修の学部卒業論文として提出されたものである。
ずっとネットに載せていなくて気にかかっていたが、今回部屋の整理をしたのを機にやっと果たせた。

テオドール・W・アドルノが彼のキルケゴール論を発表したのは23才のときだったそうだが、私のこの著作も同じくらいの価値があると思っている。もっとも、読んで面白いかはまた別の話だけど。
卒論担当として私が指名したのは当時の松原正教授。ちょうどこの年で退官だったので、私が彼の卒論担当となったさいごの学生だったと思う。

彼は論壇では極右に属し、「戦争は無くならない」という本を出したり、自衛隊に乗りこんでいって「お前たちは人殺し集団なのだから、その自覚を持たなくちゃいかん!」と演説をぶったりしていた。
あるとき、教室に入ってくるなり教壇の椅子に座りこんで頭を抱え、「愛が分からん。それから、罪が分からん。漱石さんじゃないが、神経衰弱になりそうだ」と言った。
そこで私は、自分と同じことに苦しむ魂がそこにあることを知ったのだった。

それから私たちは時どきお茶したり、食事したりしながら、あれこれの問題について語り合うようになった。
(というか、大方は彼がひとりで喋っていた。)
「不思議だなぁ。何で俺が六十過ぎて悩んでいる同じ問題で、ハタチそこそこの君が悩んでいるんだ?」と彼は言ったものだ。

彼の講義は、こんなにまともな話は聞いたことがないと思えるくらい、極論で、しかも正論だった。
けれども、とくに古代イスラエル史に関していくつか不正確な発言が気になった。彼の講義を聞いているほかの学生たちに対して、私は責任を感じた。

そこであるとき私は彼の認識を少し修正する目的で古代イスラエル史を手短にまとめ(それが本書の第15章の前半を成している)、その原稿を手渡した。
ところが彼は、それを読んで自分の見方を改めようとする代わりに、私の表現や文体を修正してかかろうとするのだった。
私が抵抗すると、「いやならもう見てやらんぞ!」と怒った。

十九の夏、旅行先でガラスのネクタイピンをお土産に買ってきた。
彼はときどきそれを着けて講義にやってきた。
いちばん前の席から、私はそれを苛々と眺めた。陽気なマルチカラーのガラスのピンに、タイはいつもほうじ茶のような渋色。全然合わないどころか、むしろ互いのよさを掻き消しあっているようだった。
あの頃、私たちがいくらか共犯者めいた気分を分かち合っていたとしても、結局はそんなものだった。

私が本書を仕上げたとき、学部生の卒論としてかなり型破りであることは分かっていた。一般的なスタイルからはかけ離れていたし、ふつうは一人の作家について、原稿用紙せいぜい百枚くらいでまとめるところを、私のは取り上げた作家が百人くらいいて、ぜんぶで千枚近くにわたっていたからだ。
こんなもの認められんと言われても仕方なかったが、そうしたら卒業は諦めて退学しようと思っていた。

提出し終え、ほっとして就活やら車の免許をとったりバタバタしていたところへ電話がかかってきて、彼はややむっつりとした声でこう言った。
「君の卒論を読んだよ。たいへん感心した。さいごまで読むの大変だったけどな」
それから、<早稲田英文学>という雑誌に君の論文を載せたいという話があるから、註(引用文献の)をつけて体裁を整えろということだった。

うわぁ面倒くさいことになったと思った。卒論提出の規定を注意深く読んで、註が必須でないことは確認済みだった。
膨大な引用をしているので、ちゃんと註をつくろうと思ったらたいへんなことになる。
・・・それでもやはり、引用しているからには註をつけるのが物書きの倫理であろうな。今回載るにせよ載らないにせよ。

そこで私はその後数ヶ月をかけて、大学の図書館にせっせと通ってできる限りの註をつくりあげた。その頃にはもう就職していたから、週末に通ったのだ。
もう心がそこにないのに、さいごのひと手間、これがものすごいストレスだ。
さいきん、ウィトゲンシュタインが私と全く同じ問題で大学側とゴタゴタしたのを知って、大いに同情を覚えた。
私はもう興味がないのだ! と言って、<論考>の理解者や崇拝者たちから逃げ回っていたという話にも。

私の論文を学内誌に載せたがっていたのは、村田薫という別の教授だった。
この人が松原教授に話を持ちかけたそうなので、そのとき厳密にどういう表現で言ったのか私は知らない。

しかし、それを私に伝えた松原教授の口ぶりは、どうも何か勘違いしているようだった。
のっけから、「あの雑誌は教授だってせいぜい十枚しか載せてもらえないんだ。それを学部の学生が百枚だなんて、破格だぞ!」と恩を着せてきたうえ、「じゃぁな、全体を百枚に要約して、一人称に統一して、ここの口癖は直して・・・」と、勝手にどんどん話を進めていった。
そこで私がやっと口をはさんで、「先生、一人称には直しません。口癖も、私の文章ですから、変えませんよ」と言うと、
「そうか、じゃ先方にそう言ってやる。それで通るか分からんけどな。それでダメだったら、諦めろ」と言って、ガチャンと電話を切ってしまった。

呆気にとられて、・・・諦めろって! ・・・諦めろも何も、こっちから頼んだ話じゃない、と思ったけれど、ばかばかしくなってそのままにした。
これが、彼と話を交わしたさいごだった。

今や<早稲田英文学>の手も、ほかの何ものの手も借りずに本書を(註もつけて)ここに公開できるのは幸いである。
  
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Posted by う at 21:59Comments(2)創造的な不幸

2013年11月30日

<創造的な不幸>目次

創造的な不幸―愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)

目次


前書き この作品について

-1- 愛について、その1

-2- 愛について、その2

-3- 罪・自然

-4- カナン人について

-5- ナジェージダ・マンデリシュターム<追想>

-6- V.フランクル<夜と霧>その他

-7- <アメリカ文学とキリスト教>、その1

-8- <アメリカ文学とキリスト教>、その2、ホーソン<緋文字>

-9- <アメリカ文学とキリスト教>、その3、ドライサー<アメリカの悲劇>その他

-10- <アメリカ文学とキリスト教>、その4、R.P.ウォレンのフォークナー評

-11- グレアム・グリーン<権力と栄光>

-12- 愛について、結び

-13- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その1

-14- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その2、<サン・クリストバルへの輸送>

-15- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その3

-16- アメリカ、アブサロム、ポリティカル・コレクトネス

-17- 動物愛護、障害者、フェミニズム

-18- 人種問題その他―神の沈黙

-19- 正義、正当性について、結び

-20- 幸福・意味・適応異常・その他

-21- R.P.ウォレン、ヘミングウェイ<武器よさらば>、オースター、ウェルティ

-22- 文学の問題その1

-23- 文学の問題その2、文化・カエサル・ウェスタン・キャノン

-24- 沈みかけた船・エリオット論

-25- 結び

文献一覧 


第1章へ






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Posted by う at 21:53Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-1-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-1- 愛について、その1                       


ヴラジミール 何を言ってるのかな、あの声たちは?
エストラゴン 自分の一生を話している。
ヴラジミール 生きたというだけじゃ満足できない。
エストラゴン 生きたってことを喋らなければ。
ヴラジミール 死んだだけじゃ足りない。
エストラゴン ああ足りない。
---サミュエル・ベケット<ゴドーを待ちながら>


この書物をどういうふうに語り出したものか、語り手はさんざん思い悩んだ末、結局ポール・オースターの<孤独の発明>の語り手に倣って自分のことをAと呼ぶことに決める。

* *

神との出会い。
物心つくかつかないころ---耳の底でベース音みたいに絶えまなく響いていた神の声。
愛、従順、自己犠牲。
人でいっぱいの、暖房が効きすぎて息のつまりそうな集会所。
迫害を耐え忍ぶ婦人たち。
約束の地への旅。石ころだらけの荒野。どんより雲に覆われた空。
一切を支配する神の重圧。
汝・・・すべからず。汝・・・すべからず。
家系図。
アブラハム。
贖い。
真珠やトパーズや、さまざまな宝石で光り輝く黄金のエルサレム。

* *

ものを書きはじめたいきさつ。
それはもうほとんど覚えていない。
読むことを始めたのとほとんど同時に、自分でも書くことを始めていた気がする。それはAにとって空気のように自然なことだった。最初に物語らしきものを書いたのは、六才かそこらだっただろう。それから長らく、ものを書くことはAにとって、生きることとほぼ同義だった。

* *

    献辞。

ケネス・グレアム、A.A.ミルン、メアリー・ノートン、アンリ・ボスコ、アルフォンス・ドーデ、トーベ・ヤンソン、フィリパ・ピアス、アルフ・プリョイセン、オトフリート・プロイスラー、エーリヒ・ケストナー、マデレイン・レングル、イレーナ・ユルギェレビチ、トールモー・ハウゲン、ペイトン、トールキン、トラヴァース、リンドグレーン、A.アトリー、クリアリー、E.L.カニグズバーグ、ルーシー・ボストン、ラーゲルレーヴ、アーサー・ランサム、他にも、たくさん、たくさん、今となってはもう名前も思い出せない、数知れぬたくさんの、すばらしい作家たちに。
彼らからAは学び、インスピレーションを得てきたのだ。
Aは彼らの作品を繰り返し読み、観察し、分解し、研究し、模倣し、消費してきた。Aは彼らに心からの感謝を捧げたいと思う。

* *

十二になる頃には、それは一つの体系といってもいいくらいのものになっていた。
Aはかつて自分の創りだした世界を思い出す。
Aは自分の書く物語のために、舞台そのものから創造した。
それは一つの広大な大陸で、山が連なり川が流れ、田園地帯が広がるなかに町が散在して、みんなそれぞれの地名を持っていた。大勢の登場人物はどれも長い系図を持っていて、それは一寸トールキンの<指輪物語>に似ていた。それはまた皮肉なことに、ヘブライ語聖書の世界にもいくらか似ていた。個人的な感情はどうあれ、影響というのは受けてしまうものなのだ。
長い長いその物語を書くことは、世界でいちばん重要なことだった。明日世界が終わろうが(そしてAは実際そのように脅されてきたのだが)、これを書きながらだったら死ぬのも本望と思ってAは毎日書きつづけた。Aが書くということは、それだけで絶対の価値を持っていた。---何と幸福な自己完結。実際、Aは自分の仕事にあまりにも没頭しすぎて、現実の世界にはほとんど存在していなかった。

その頃でもやはりたくさんの問題があったことを、Aは覚えていたい。神話の霧に包み込んでしまいたいとは思わない。
その頃でも問題はあった---永久に縮まらない、シニフィアンとシニフィエとの距離や、自分の仕事がこの世にあって絶対的な意味においてどんな存在価値を持つのかという問いや、結局は虚空に向かって書かざるを得ないのだという辛い認識など。

* *

Aの文学観。ものを生み出すとはどういうことか。
あるいはミケランジェロの彫刻論。
<孤独の発明>の中でオースターが書いているように---
「姿はすでに素材のなかにある。芸術家はただ、真のかたちが現れるまで余分な物質をそぎ落とすだけだ」
そう、自分で作り出すのではない。
最もすぐれたものは、つねに「やってくる」のである。
自らをミューズの媒介、ミューズの巫女とすること。

それゆえ人は自ら己れを無とし、透明とする。
そこに愛したり苦悩したりする個の存在はない。
あるいはオースターの<幽霊たち>の中でブラックが述べるように---
「書くというのは孤独な作業だ。それは生活を覆い尽くしてしまう。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ」

もの書きは人生の傍観者である。
彼は生きるべき自分の人生を持たない。
それゆえに、それは神への冒瀆であった。
続きは分載。

* *

従順について。
「是すなはち汝らの神エホバが汝らに教へよと命じ給ふところの誡命と法度と律法とにして汝らがその濟りゆきて獲るところの地にて行ふべき者なり 是は汝と汝の子および汝の孫をしてその生命ながらふる日の間つねに汝の神エホバを畏れしめて我が汝らに命ずるその諸の法度と誡命とを守らしめんため又汝の日を永からしめんための者なり 然ばイスラエルよ聴きて謹んでこれを行へ然せば汝は福祉を獲汝の先祖の神エホバの汝に言給ひしごとく乳と蜜の流るゝ國にて汝の數おほいに増さん
「イスラエルよ今汝の神エホバの汝に要め給ふ事は何ぞや惟是のみ即ち汝がその神エホバを畏れその一切の道に歩み之を愛し心を盡し精神を盡して汝の神エホバに事へ 又我が今日汝らに命ずるエホバの誡命と法度とを守りて身に福祉を得るの事のみ」---De6:1-3,10:12,13

我に従え。我に従え。生き続けるために、我に従え。
それは人に対する神の要求の基調を成していた---あまり何度も繰り返されるために、それが聖書全体の主題のように思えてくるほど、それは繰り返される教えだった。
我に従え。そうすれば汝は命と祝福とを得るであろう。
そう、たしかに生きるためには、永遠の命を得るためには、神に服従しなければならない。従順は命の絶対条件だった。いつの時代でもそうだった。
それは一見、生命至上主義のように見えた。
神に従った人間は命を得、そうでない者は滅ぼされる。

あの重苦しさ。神の重圧。
一切は神の絶対的な道徳律のもとにあって、人はおしなべて神を愛し畏れ敬い、その威光の前に頭を垂れ、つねにわが身を制し、罪と戦い、命の日の限り絶対の服従と全き専心をもって歩まねばならなかった。
預言者たちの生き方をAは憎み、かつまた哀れに思った。
可哀相な人たち。屈辱と迫害のもとで身をかがめて生き、ひたすら神に仕え、神の器として預言し続け、たえず縛られ、たえず正され、自分の意志なんかこれっぽっちも持たずに死んでいった人たち。
特に最後の点だ。彼らは己れというものをこれっぽっちも持たなかった。彼らは己れを捨て、神の前に己れを捧げ尽くした。全く、人間の尊厳もへったくれもなかった。
あんなのは願い下げだ、あんなふうにはなりたくない。
ナポレオン---「私は百日羊でいるよりも、一日狼である方を選ぶ」
考えてもみよ、いくら地上の楽園で永遠に生きられるとて、あんな神が一緒ではどうして楽しめよう。想起せよ---アダムとエバでさえ、例の木の実に関する試みを受けたことを。神への従順という枷からは、誰一人逃れられないのだ---そう、命の日の限りずっと。

Aが育ってきた環境でもそれは変わらなかった。
神に服せよ、そうすれば汝は来るべきハルマゲドンの際に救出され、楽園で永遠に生き続けるであろう。
それで彼らは聖書を勤勉に研究して古代の模範に学び、従順なる羊たらんとして日々努力を重ねていた。こうして幼き日のAにとって、聖書は机上の哲学論議ではなく、周囲の人間たちを実際に動かしていた現実の力だった。Aの周りには、哀れなヨブやダビデやエレミヤが一杯いた。Aは彼らを軽蔑した---Aの見るところ、彼らが従順という代価を差し出して命を得んと欲しているさまは、金を払ってパンを買おうとしているのと何の変わりもなかったから。
そしてそれを、実際に口に出して言ったのがサタンではなかったか。
彼は神に挑んで言ったのだ、「皮をもて皮に換ふるなれば人はその一切の所有物をもて己の生命に換ふるべし」
要するに彼は言ったのだ、人が神に仕えるのは自分の命のためにすぎず、それが危ういとなったらきっと神を捨てるだろうと。
要するに彼は言ったのだ、人は無償で神を愛し得ないと。
神はこの挑戦を受けて立つ、「エホバ、サタンに言給ひけるは彼を汝の手に任す只かれの生命を害ふ勿れと」
結果としてヨブは苦しみの極限にあって「われ堅くわが正義を持ちて之を棄てじ」と宣言し、かくしてサタンの偽りと中傷とに対して身の証を立てる。それで神はヨブを祝福し、更なる富と栄光と命とを与えるのだ。
「視よ、我らは忍ぶ者を幸福なりと思ふ。なんぢらヨブの忍耐を聞けり、主の彼に成し給ひし果を見たり、則ち主は慈悲ふかく、かつ憐憫あるものなり」
しかしながらどうだろう、死に至るまで貫く神への忠誠と従順のその目的が、ただ将来の復活と永遠の命だけだったとしたら?
そうしたらその従順に、大した意味はないのではないか?
いやそれどころか、やはりサタンは正しかったのだということにならないだろうか?
 シュタイナーの"The Portage To San Cristobal Of A.H." に出てくるヒトラーは、もっと遠慮なく言い放つ。

 ・・・A God of contracts and petty bargains, of indentures and bribes. 'And the Lord gave Job twice as much as he had before.' A thousand she-asses where the crazed, boiled old man had only five hundred to start with. Gentleman, do you grasp the sliminess of it, the moral trickery? Why didn't Job spit at that cattle-dealer of a God? ・・・

他方、神に反逆する人間にとって、命は至上の価値ではない。
ここで想定するのは、意識的な反逆者である。エバのように欺かれて反逆する者もあるし、臆病ゆえに世の流れに迎合し、結果的に反逆者となる者もある---あるいはそれが大部分かもしれない。しかし、ここで想定するのは、木から切り断たれたぶどうの若枝のように、人は神から離反しては生き続けられないことを知りながら、あえてする反逆者である。
彼らは考えるのだ、従順という代価は、命のためにはあまりにも高価すぎると。神からの独立は彼らにとって命よりも価値があるのだ---卑屈にも神の前に膝を折ってまで生き続けたくない。まさに---我に自由を与えよ、しからずんば死を。
それゆえエイハブは冒瀆的に叫ぶ、Who's over me?

Aはそこまではっきりと口に出しては言わなかったかもしれない。
しかし、心情的にはまさにその通りだった。
それでも尚、壇上から繰り返し読み聞かされる神の言葉に、Aは真実の響きを感じないではいられなかった。Aは知っていた---いつかはあのひとに、あのひとの教えに、正面から向き合わねばならない日が来るだろうと。

結局Aを神のもとへひきよせることになったきっかけは、ものを書くことゆえのあまりの孤独だっただろう。Aの存在は、あまりにも無に近く、透明になり過ぎていた。Aにとって、神との和解は人との和解のための正当な手順であると感じられたのだ。その頃、Aはちょうど小学校を卒業したくらいだった。

それから神の言葉に親しむにつれてAはしだいに毒気を抜かれていき、しまいには、もはや神にたてつこうという気にはならなくなった。それはAが、自分を飼い馴らすことに半ば成功したのではないかという錯覚を得た奇妙な一時期だった。それでもキリスト教を自分の生き方とするには至らなかった。なぜなら、Aはその頃でもキリスト教と自分との間に、つまりキリスト教と自分の文学との間に存在する、ある本質的な隔たりを、漠然と感じることができたからだ。そしてあとになって、もちろんAはその問題を、真剣に考えざるをえなくなる。
ここで我々は文学という言葉を定義するつもりはないし、もとよりそんなことは不可能である。Aは自分のやっていることを文学だと思ったことなど一度もない。しかし、いやしくも何かについて云々する以上はどうしても、それを名前で呼ぶ必要が出てくる---それを愛や正義や道徳など、他のあらゆる概念と区別するために---いや、何なら洗濯籠やオイルサーディンと区別するために、と考えてもいい。それで、ここでは便宜上、人がものを書くことに携わる行為全般を広義における文学ということにしておきたいと思う。
この時点でAにとって、文学と宗教とは、互いに何らの関わりも持たない、二つの完結した世界である。本質的な部分でAはキリスト教を嫌ってきたので、それが自分の文学の領域に入り込むことを許さなかった。それで、両者の出会うその境界には、相互不可侵のベルリンの壁がそそりたっている。

ところが、十七の冬になる頃には、Aは神への献身の象徴として洗礼を受けるための準備をしていたのである。
そういうことになったのにはそれなりの経緯があった。
高校生になって、Aは自分の認識に決定的な影響を及ぼす本に出会う。P.オースターの<孤独の発明>だ。それまでにAは同じ著者の<幽霊たち>を読んでいる---エレガントな前衛、アメリカのカフカ、現代におけるゴドー。それを読んで「すごい」とうなりつつ、しかしその無機質さのために、この人の内面が一体どうなっているのか、Aには見当もつかなかった。
ところが<孤独の発明>に至って、オースターは一転して(本当はこっちの方が先に書かれているのだが)己れの痛々しい内面を全面的に吐露している。それはAにとって衝撃的である。己れの存在に意味を見いだし得ず、アウシュヴィッツの苦しみに答えを得られずにいる魂の絶望的な叫びが、Aの底に反響してAをぐらぐらと揺さぶる。
この種の問いは、切実に答えを必要とする。そして真にそれを与えることができるのは、いかなる人間でもなくただ全能の神だけである。ここにおいてAは、自分がそれまで片手間に学んできた事柄の何たるかをはじめて理解したのだった。
やがてAは神の僕として生きるべく決心する。それは生易しいことではない---神に対する献身を全うする道である。「人もし我に従ひ來らんと思はば、己をすて、日々おのが十字架を負ひて我に従へ」---Lu9:23
 そう、中途半端な従い方は許されない。従い方の基準を決めるのは我々でなく神である。
 ここにおいて最大の難関は文学の放棄である。確かに神は「汝書くなかれ」とは命じなかった。しかしAには、自分において文学と宗教とが相立ちゆくことは不可能であることが分かっていた。いみじくもエヒウがエホナダブに言ったように---「ぜひ我と共に行きて我がエホバと張り合う関係を一切認めざるを見よ」
 文学はまさにそれだった、それらは互いに対立するものであって、まさに「二人の主人」だった。どちらを愛するかということになれば、Aは圧倒的に文学の方を愛した。しかし同時に文学は世界を救えないこと、そしてこの世でただ一つ真実なもの、あらゆる根源的な問いに答えを与え得るもの、そのために献身してしかるべきもの、それは神しかいないことを知っていた。それゆえAは文学を捨てた。「もし汝の手なんぢをつまづかせば、これを切り去れ、不具にて生命に入るは、兩手ありてゲヘナの消えぬ火に往くよりも勝るなり」Mr9:43
 しかし、それは、切り捨ててはならない肢体だった。それはA自身だったからだ。それがキリスト教と立ち往かないということは、Aそのものがキリスト教と立ち往かないということだった。

 けれど、このときのAはまだそれに気づいていない、あるいは気づいていることを認めない。Aはこれからの自分の生き方を見定めるべく、改めて聖書を徹底的に研究する。そして、すればするほど、まるで一部のすきもなく、完全に包囲されているような気持ちになってくる。要求されているのは献身である。そして、Aの全存在のいかなる部分もこの要求から除外されてはいない。Aは窒息しそうになって喘ぐ。

 後年、Aはジョゼフ・シュタイナーの‘The Portage To San Cristobal Of A.H.’に出会い、そこにこのときの自分の感情がそっくり表現されているのを見てひどく心を打たれた。すなわち、彼は登場人物の一人( 人知れず生き延びていた九十才のヒトラー) に、ユダヤ人の神を痛烈に批判させるのである。ここではハンプトンの戯曲版で引用しよう。

・・・Was there ever a crueler invention, a contrivance more calculated to harrow human existence, than that of an omnipotent, all‐seeing, yet invisible, impalpable, inconceivable God?
 ・・・A blank emptier than the desert. Yet with a terrible nearness. Spying on our every misdeed, searching out the heart of our heart for motive.
 ・・・You call me a tyrant, an enslaver. What tyranny and what enslavement have been more oppressive than the sick fantasies of the Jew?

 What tyranny and what enslavement have been more oppressive?
 この耐えがたさ。
 Aは偉大なる神の愛について思う。その愛でさえ、この耐えがたさからAを救い出してはくれない。この耐えがたさからAを救い出す唯一のもの、それは神に対するAの愛である。実際、これこそが求められているものの中で最大の掟なのだ---「『すべての誡命のうち、何か第一なる』イエス答へたまふ『第一は是なり「イスラエルよ聽け、主なる我らの神は唯一の主なり。なんぢ心を盡し、精神を盡し、思を盡し、力を盡して、主なる汝の神を愛すべし」』」---Mr12:28,29
 ここに至ってAは、自分のうちにまさにその神への愛が決定的に欠落していることを発見する---それでAは洗礼を受けるのをやめる。
 それからAは再び聖書の研究に打ち込み、「神への愛」を培うべく奮闘する。神よどうかあなたへの愛というものを理解させてください、と一心に祈りつつ。
 自発的献身とは何であろうか?
 Aはそれまでどんなに苦しんでもわからなかった。愛のために己れを捨てるなんてことが、一体どうやってできるのだろうか?
 私の心が、心からあなたに献身したいと望むことを、私は心から望んでいるのです、とAは何度も神に言った。それはあなたのご意志でもあるはずではありませんか。
 自分の心を思いどおりにできないというのは、絶望的な現実だった。
Aはいくたび涙ながらに神に訴えたことだろう---どうか私が本当にあなたを愛することができるようにして下さい、と。
 けれど、どんなに祈っても、どんなに聖書の研究に打ち込んでも、どんなに伝道に精を出しても、献身したいという願いをAが己れのものとすることはついになかった。それはぺナンスによってペニタンスを得られないディムズデールの苦しみだった。

 自己否定とは何か? それは自分の感じ方や考え方や生き方を否定することではないのか---神が命ずる通りに感じたり考えたり生きたりすることではないのか? しかし一体、人間にそんなことが可能なのか?
 Aはあえてそれをしようとした---自分をねじまげてしかるべき型にはめこもうとした。それが正しいことだと知っていたからだ。
 ずっと好き勝手に生きてきたのに、急にそんなことを始めたものだから、すっかり参って、神経がぼろぼろになってしまった。
 しかも尚、すべての動機は神への愛でなければならないのだった。
 一体どうしてこの上、神を愛さなければならないのか?
 それはあまりにも苛酷すぎる要求ではないのか?

 そう、問題はいつでもそれだった。
 神の愛は、常に己れを変革することを意味した---己れと戦い、己れを否定し、己れを捨て去ること、全き従順と献身を。
 そして---この最後の点がいちばん重要なのだが---これらすべてを神への愛ゆえにしなければならないということ。

 そう。神は人に対して、その全存在と全生涯とをかけて愛することを要求する。何という暴力だろう、ヒトラーでさえ、そこまでは要求しなかった---ヒトラーでさえ、ただ服従を要求したにすぎない。所詮彼も人の子だった、同じ人の子に対して、どんなわずかな余白も残さず、魂のいちばん奥底までも束縛しようなどとは考えなかった。

 愛とはいったい何なのだろうか?
 愛の定義ならコリント第一の十三章にあるが、それはこの場合、何の役にも立ちそうになかった。神は愛だというのに、その神を愛せなくてこんなに苦しんでいる、この逆説は一体何なのか?

 かくして神を愛そうと努力すればするほどに、Aはどうしようもなく神を嫌悪するようになる。それでもAは神を捨てることを考えない。神を捨てて、人間製のどんな宗教や哲学に帰依したとしても、所詮それは自己欺瞞にすぎないことを感じているからだ。
 それでAはひたすら愚直に苦しみ続ける。これ以上神経が持たないというまでに、自分の苦悩がもはや自分の存在の存続を許さなくなるまでに。
 それからAはついに神を捨てようかと、もう一度文学に生きようかと考えはじめる。ところがそこでAは今だかつてぶつかったことのない問い、すなわち、文学とは一体何なのかという問いにぶつかって立ち往生するのである。
 なぜなら、Aがそのために存在してきた<文学>は、Aの苦悩に際して何らの救いも与えてくれなかった。かくほど脆弱なることを露呈したAの<文学>とは何だったのか?
 それからAは夜も昼もこの問題について考え続け、あらゆる本を片っ端から読みまくる。そうしてだんだんに理解したのである---世の中には、Aがそれまで考えても見なかったような種類の文学観や、そういう文学観を生み出す精神性が存在することを。
 そして、Aはこの時点での自分なりの結論を、カフカ全集の解説の一節に見いだした。すなわち---「文学とは真理の探究である」
 この結論に、Aは打ちのめされてしまった。文学の問題とは、究極的には宗教の問題だったのだ。このとき、Aのうちで十八年間というもの難攻不落を誇っていたベルリンの壁は崩壊する。

 その頃、Aの唯一の慰めとなっていたエミリー・ディッキンソンの研究書。あるいは彼女の抱えていた実存的不安と、それをあえて文字にした勇気。
「さまざまな事柄から意味が消えて、人生がまっすぐに几帳面に立っているのに、内容が何も訪れないような危険な瞬間がだれにでもあるものです。このような瞬間は、もし私たちが生き抜けば私たちの存在を拡大してくれるが、もしそうでなければ死です。そしてこの<もし>は永久にそのままです」
「だが、これらの瞬間はだれも語らない」P-512
 あるいはウィリアム・ジェイムズ。「すべての洞察力のある魂には二つの圧倒的な事実がある。つまり私自身と深淵だ」

 Aは、自分には神に祈る資格がない、と感じたことはないが、神には自分が祈る価値がない、と感じたことはある。
 Aがあれほど苦しんでいたのに、祈っても祈っても何の助けも与えてくれなかったからだ。それも、Aは自分の為に何かを求めていたのではなく、どうか心から神を愛せるように、自分の心を変えてくれるようにと祈っていたのだ。
 Aはそれでもやっぱり祈りつづけた。他にどうしようもないではないか?
 捨てられても捨てられても祈りつづけるしかない人間の弱小さを見せつけられて、Aは神に腹を立てていた。神に侮辱された気がして、すっかりうんざりしていた。苦悩の底にあって、Aは絶望的にもがきつづけていた。
 あとになってAは思う---あれを地獄と呼ぶのではないか?
 人間があれほどまでに無によって生きているのを見たのははじめてだった。

 例えばフロイト用語のウンハイムリヒ--unheimlich--自分の家を遠く離れてさまよっている状態。
 その頃のAはどこにいても何をしていても、一瞬も心の安まるときがなかった。
 不安、恐怖、存在の不可能性。四六時中、つかまるものも何もなくて、深い闇の中をただ果てしなく落ちつづけているような感覚。
 その頃にはもう、聖書が目に触れただけで吐き気を催した。
 発狂の恐怖---手のつけられないすさまじさ。

 後年になってAは、V.フランクルの<夜と霧>の中に自分とよく似た経験を見いだして大きな慰めを得た。この書がすさまじい外的状況を扱っているのに対し、Aが取り組んでいたのはすさまじい内的状況だという違いはあったが、共通する点も確かにあったのだ。
 例えば収容所生活の大きな特色の一つであった未来の絶対的な消失の感覚を、Aもまた味わったのである。
「・・・収容所において最も重苦しいことは囚人がいつまで自分が収容所にいなければならないか全く知らないという事実であった。彼は釈放期限などというものを全く知らないのである。釈放期限は---もしそれが問題になるとしたら(たとえばわれわれの収容所では一度だってこんなことは論じられたことはなかった)---全く不明で、収容期限は限りなく長いものになるのであった。ある著名な心理学者が、収容所における存在様式は「仮りの存在」と名づけられ得るということを指摘したが、われわれはこの特徴の指摘を次のように言って補いたいと思う。すなわち強制収容所における囚人の存在は「期限なき仮りの状態」と定義されるのである。
「ラテン語のfinis という言葉は周知のごとく二つの意味をもっている。すなわち終りということと目的ということである。ところで彼の(仮の)存在形式の終りを見究めることのできない人間は、また目的に向かって生きることもできないのである。彼は普通の人間がするように将来に向かって存在するということはもはやできないのである」
 それゆえAにとってもまた、苦悩のただ中にあって一秒ごとに取り組まねばならない課題と言えば、まず「鉄条網に向かって走らない」ことであった。
 収容所生活から解放された後に彼らが取り組まねばならなかった問題についても、Aはいたく共感を覚えるのである。すなわち、すさまじい苦しみから解放されたあとの自由に、人はなかなか適応することができないのだ。
 「あらゆるものは非現実的であり、不確実であり、単なる夢のように思われるのである。まだ人はそれを信じることができないのである。全く余りにも屡々ここ数年の間、夢は人を欺いたのである」
 そして、語らざるを得ないという衝動---
「今や彼は何時間も語り始めるのであった。かくして彼の上に積み重ねられてきた年来の圧迫が融けてくるのであり、そうなると彼の語り方たるや恰も一種の心理的強迫であるかのような印象を与えるのであった。すなわちそれほど彼等の話は、語らざるを得ないといったとどめることのできない衝動であったのである」
 結局のところこの書全体は、この種の衝動ゆえに書かれたのである。この書の大方の部分はそれこそAの語りたいという欲求を満たす以外の何も成し遂げていないが、それでもAはすっかり語らないではいられなかったのだ。語り尽くしてはじめて安んじて忘れ去り、また新しく生き始めることができると感じているのである。
「・・・そして一歩一歩とこの新しい生活へ足をふみ出して行く。再び人間になってゆくのである」
 
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2013年11月30日

創造的な不幸-2-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-2- 愛について、その2


 愛について、語源的アプローチ。
 愛について語られるとき、しばしば持ち出されるのはアガペーとエロースとの対比であり、エロースが誘因をもつ愛であるのに対し、アガペーは誘因をもたない、無償の愛である、という説明である。たとえばニーグレンの<アガペーとエロース>---
「アガペーは主権をもち、対象から独立していて、『悪しき者にも善き者にも』注がれる。従ってそれは自発的で、『誘因のないもの』で、受けるに価しない人々に自らを贈与するのである。アガペーは惜しみなく与え消費する。なぜならそれは神ご自身の豊かさと充足に基づいているからである」
 これは分かりやすい図式である。しかしながらやや正確さに欠ける。誘因を持つ愛がおしなべてエロースなのではないし、アガペーが誘因を持つということが絶対にないわけでもないのだ。
 ギリシャ語で愛を表す言葉はこの二つだけではなくて、もっとたくさんある---ストルゲー、フィラデルフィア、フィリアストロゲス。しかしこの場合を考えるのにいちばんふさわしいのはフィリアという語によって表される概念である。
 フィリアは、相手のよき内面的特質によって、自然と己れの中に育まれるところの愛である。ヴァインの新旧約聖書用語解説辞典の定義---tender affection.
 あるいはジェイムズ・ストロングの注解---personal attachment, as a matter of feeling or sentiment.
 要するにそれは誘因を持つ愛である。しかし、それはソクラテスがエロースを定義したように自分に欠けているものを求めるわけでは必ずしもないし、またエロースが主に知的あるいは肉体的な側面に重きを置くのに対し、フィリアはむしろ特質とか感情と結びついている。
 それに対し、アガペーと結びついているのは原則とか正義という概念である。アガペーはもともとはキリスト教の神の愛を説明するためにできた言葉ではない。しかしそれがキリスト教用語として転用される場合、それは神の義と密接な関わりを持っているのだ。
 というのは、神が人に愛することを命ずる場合、愛とは何を意味するのか、我々はいかにして愛すべきなのかをも規定する必要があるからだ。愛とは常に他者にとっての最善の益を求めることなのか? だとしたら、最善の益とは一体どういう基準で決まるのか? もし、複数の他者の益が相矛盾するとしたら?
 その基準を与えるのが神の義なのである。それゆえここにおいて、愛の問題とはまた正義の問題なのだ。
 アガペーについてのヴァインの注解。
 ・・・It was not drawn out by any excellency in its objects.Rom5:8. It was an exercise of the Divine Will in deliberate choice, made without assignable cause ・・・cp.Deut.7:7,8.
 同じく、ストロングの注解。
 (It) is wider, embracing espec, the judgement and the deliberate assent of the will as a matter of principle, duty, and propriety ・・・
 それゆえアガペーは原則に、principle に導かれ規定される愛である。あくまで神の義の原則に従い、感情に支配されることはないが、しかし没感情的な特質ではなくて、フィリア的要素も包含し得る。
 たとえばJoh3:35に、キリストに対する神の愛について述べられているが、(「父は御子を愛し、萬物をその手に委ね給へり」)ここでの「愛」はアガペーである。しかるに5:30において同じ内容が繰り返されるが、こちらではフィリアになっている。神がキリストに対してtender affectionを抱いていると考えるのは妥当なことである。さらにMr12:31では「おのれの如く汝の隣を愛すべし」と命じられていて、ここでの「愛」はアガペーだが、隣人にも色々ある。よき隣人に対してはフィリア的アガペーを抱き得るだろうし、そうでもない隣人に対してはフィリア的要素のより少ないアガペーになるだろう。そしてそれは同情とか誠実な関心といった形を取り得るだろう。
 では「汝の敵を愛せ」はどうか? アガペーは義の原則を絶対に侵さないのだから相手の行う悪を容認するということではないし、相手に対してtender affectionを持つということでもない。( ゆえに例えばグレアム・グリーンの< ブライトン・ロック> の中でローズがピンキーに対して抱く愛情は、厳密には神の命ずる種類のアガペーではない。ローズにしてみれば愛するピンキーに自分が殺されてもかまわないのかもしれないが、神にとってはかまわないことではないのだ。そして、ローズがだんだんに、自分が足を踏み入れてしまった悪を認識し、やがてはっきりと共犯者の立場を取るのを見よ---彼女はむしろ「緋文字」のヘスタに似ている。彼女は自分の愛ゆえに神の愛を退けたのだ。)そうではなく、それは義の原則の許容範囲内において相手に親切に振る舞うということである。律法には「汝もし汝の敵の牛あるいは驢馬の迷ひ去るに遭はばかならずこれを牽きてその人に歸すべし 汝もし汝を惡む者の驢馬のその負の下に仆れ臥すを見ば慎みてこれを遺てさるべからず必ずこれを助けてその負を釋くべし」(Ex23:4,5)とあるし、箴言には「汝の仇もし飢えなば之に糧をくらはせ もし渇かば之に水を飲ませよ 汝斯するは火をこれが首に積むなり エホバ汝に報ひ給ふべし」とある。かくして人は「惡に勝たるることなく、善をもて惡に勝」ってゆくのである。(Rom12:21)因みに「なんぢの仇を憎むべし」は実際には律法の言葉ではなく、後世のユダヤ人がつけ加えたものだという。
 ウィリアム・バークレーは注解している。
「アガペーは知性と関係している。それは(フィリアの場合とは異なり)おのずと自分の心の中に生ずる単なる感情ではない。それは一つの規範であって、我々はその規範に従って慎重に生活する。アガペーは意志と非常に深い関係にある。それは一つの征服であり、勝利であり、達成である。自然に自分の敵を愛せる人はいない。自分の敵を愛することは、我々の自然の傾向と感情全体に対する征服である。実際このアガペー・・・は愛せない人を愛し、好きではない人を愛する力である」---<新約聖書の用語>
 そして、この強い意志の力の出自となっているもの、それこそが神とキリストの愛なのである。「主は我らの為に生命を捨てたまへり、之によりて愛ということを知りたり」(1Joh3:16)
 それでは、神に対する人間の愛とはいかなるものか? Mr12:29,30には「主なる汝の神を愛すべし(アガペー)」とあって、これが最大で第一のおきてである。具体的には、「神の誡命を守るは即ち神を愛するなり」(1Joh5:3)というわけだ。この愛とはいかなる愛か?
「神に対する人間の義務は、完全な絶対的な自己献身である。しかし、神に対する人間のアガペーについて語ることは、人間が神に関して独立の立場を持っていることを示唆するかもしれないし、神だけが本質上愛なのであるから、神に対する人間の自己献身は応答にすぎない、という本質的真理を、曖昧にするかもしれないのである。・・・
「人間は神を愛すべきである。それは彼が他のいかなる欲求の対象よりも神に欲求の一層充分な完全な満足を見いだすからではなく、神の『誘因のない』愛が彼を圧倒し、強制して、そのため神を愛するほか何もできないからである」---<アガペーとエロース>
 しかし、神の前に人間はそんなにひ弱な存在でなくてはならないのか?
 神とキリストがまず人間を愛したのだから、この愛はフィリア的要素を、つまり誘因を持つ。しかも人間の抱くであろう愛それ自体よりもはるかに強い誘因である。この時点において人は容易にtender affectionを抱き得るであろう。しかるにパウロがRom7.に書いている通り、罪人たる人間の自然の傾向が神のおきてと対立するとき、周囲の世が何らの道徳基準も持たないとき、あるいは信仰のゆえにすべてを失って艱苦の極みにあるとき(たとえばヨブ、あるいはアウシュヴィッツ)、そういうときに貫くことのできる愛は、もはや受動的被誘発的な愛ではあり得ない。それは意志の愛、規範の愛である。アガペーとはそういうものではなかったか?
 しかし結局のところ、それだけでは完全ではない。
 パウロは書いている---「われ確く信ず、死も生命も、御使も、権威ある者も、今ある者も後あらん者も、力ある者も、高きも深きも、此の他の造られたるものも、我らの主キリスト・イエスにある神の愛より、我らを離れしむるを得ざることを」(Rom8:38,39)
 ここで問題とされているのは神に対する人の愛ではなく、人に対する神の愛である。そう、神からの愛に支えられて人は神への愛を貫くのだ。そしてAは、まさにこの種の愛が、自分のうちに決定的に欠落していることを知ったのだった。

           *             *

 Aはかつてディムズデールだった---それゆえ<緋文字>はAにとって意味を持つ。神への献身を果たせない苦悩。
 機械的な服従だけならまだいい。ところが神を愛すべしとは!
 全き従順と献身、そんなとてつもないことを要求する神を、一体どうやって愛したらいいのだろう?
 神を愛するとは一体どういうことなのか?
 神の、人に対する愛---アガペー---は、ゼロに対する百の愛だということになっている。人類は自ら堕落したのであって、神が独り子イエスを贖いとして与える義務は全然なかった。ところが彼は人類への愛ゆえにそれを与え、誰でもそれに信仰を働かせる者に永遠の命を約束する(Joh3:16)---そこまではまあ分かる。
 ところが神は己れの愛に応ずる者に何を求めたか?
 献身を---しかも愛の動機による献身をだ!
「人もし我に從ひ來らんと思はば、己をすて、日々おのが十字架を負ひて我に從へ」
 これはまた、恐るべき思想的自由の剥奪、身体的自由の束縛ではないか。
 自由にものを考えたり、好き勝手に生きたりできないのなら、永遠の命なんか貰ったところで一体何になるだろう?
 或いは、己れを捨てて神に仕えることで神に何らかの利益を与えることができるのならまだいい。他者を益しているという自覚によって、我々は自尊心を持つことができるからだ。ところが神は、我々を必要としているわけでもない---「神汝の手より何をか受け給はん」(Job35:7)---ただ、己れの愛に対する感謝の表明としてのみそれを求めているにすぎない。
 これでは百対ゼロどころか、その反対にゼロ対百と言った方がいいくらい、不均衡な関係ではないか。我々はただ神への感謝を表明する為だけに、我々の全生涯を費やさなければならないのだ。なんということだろう。

 神殿建設のために夥しい宝物を捧げるダビデ。
「萬の物は汝より出づ我らは只汝の手より受けて汝に獻げたるなり」(Cro29:14)
 すべてのものは神から出ている---我々は与えるべき何ものも持たず、もともと神のものであったものを、神に返すにすぎないのだ。
 しかし、それでは与えられた意味がないのではないか? 一方的に与えておいて、後から返されることを期待するとは、神とは何者なのか?

 神は常に人に対して、その生涯の中で神への奉仕が第一となることを求めてきた。片手間であってはならなくて、いつでもそれが第一であり、中心でなくてはならなかった。
 イスラエルに於いては例の七面倒な律法に則って、しじゅう牛や羊を捧げたり、聖会に集まったり、敵と戦ったり、水を浴びたりしなくてはならなかった。最良の物は常に神に捧げられなければならなかった---穀物の初物とか、動物の脂肪とか。
 彼らのすべてが、生きるために神に仕えるのではなく、神に仕えるために生きなければならなかった。

 アブラハムもそうだった、ヨブもそうだった。
 絶対者に対して絶対的な立場に立つということ、まさにそれが、神への愛における逆説なのだ。
 神は何の見返りも求めずに人を愛するというのは真実か?
 否、神の愛は人に対し、人の立場にありながら神の如く、神を愛することを要求する。何の見返りも求めずに神を愛することを要求するのだ。神の前に己れの持つ最善のもの、己れの持つすべてのものを差し出すことを要求するのだ。

「キリストの愛われらに迫れり。我ら思ふに、一人すべての人に代りて死にたれば、凡ての人すでに死にたるなり。その凡ての人に代はりて死に給ひしは、生ける人の最早おのれの為に生きず、己に代り死にて甦へり給ひし者のために、生きん為なり」(2Co5:14,15)
 そう、キリストの愛は圧倒的である。それは決断を強要する。即ち、その愛に応じて己れを捨てることによって、道徳的に正しい人間であることを示すか、あるいは、その愛に応えないことによって、道徳的にどうしようもないろくでなしであることを示すかの決断を。
 我々は、この圧倒的な愛を前にして尚踏みとどまり、私はお前に贖いとして死んでくれと頼んだ覚えはない、お前が勝手に死んだのではないか、勝手に死んでおいて、後から同じだけの愛と献身を要求するとは一体どういう愛なのかと、口に出して言うだけの神経を持ち合わせているだろうか?

           *             *

 mortality がimmortality に出会ったときの恐怖。
 シナイで神に出会ったイスラエル。
「汝らの近づきたるは、火の燃ゆる觸り得べき山・黒雲・黒闇・嵐、ラッパの音、言の聲にあらず、この聲を聞きし者は此の上に言の加へられざらんことを願へり。これ『獣すら山に觸れなば、石にて撃るべし』と命ぜられしを、彼らは忍ぶこと能はざりし故なり。その現れしところ極めて怖しかりしかば、モーセは『われ甚く怖れ戰けり』と云へり」(He12:18-20)

 恒久性の概念。
 常にそして永久に。
 ラテン語のsemperには「常に」と「永久に」と言う二つの意味がある。この二つの概念は同じではない。同じでない二つの概念が一つの言葉で表されているのはなぜか?
 この言葉を考え出した精神性のうちには、「これまでずっとそうであったことは、これからもずっとそうである、あるいはあるべきである」という信念が働いていたのだ。
 この考え方でいくと、現在という一点に何ら特別な意味はなく、それは無限から無限へ流れる時間の流れの中の一点にすぎない。
 そしてもちろんそういう精神性は神に由来するのだ。
 私はアルファでありオメガであり---
 神に仕えつづけること。今日も、明日も、ずっと、常に、永遠に。
 その考えはAを怖れさせた。
 永続性という牢獄の中で、Aは自分がほとんど死にそうに、窒息しそうになっているのを見いだす。

 Aの祈り。
 どうぞ飛び立つ勇気を与えて下さい、そして一生飛び続ける強さを---
 いや、そうではなく。
 もっともっと高く、飛んでゆきたいという願いを。

 神に仕えることができないのなら、一切の事柄は無駄であった。
 本当に、心から、献身すら果たせれば他には何もいらないと思っていた。
 実際その頃は、神の僕の名に恥じない生活を送っていた。自転車を一時間こいで高校から帰ってくると、疲れた足をひきずって集会へ、あるいは伝道へ出掛ける---日々聖書を研究し、その規範に従って生活して---実存主義者やニヒリストと付き合ったりすることもなく。
 それでもやはり、献身とは、最終的には内面の問題だった。
 外面の行動によって内面を変えることはできないのだった。
 Aは最終的に、己れを捨てて神にすべてを差し出したいと、本当に、心の底から思うことができなかった。そう思うことができなかったので、どれほどAは苦しんだだろう。
 Penance, that's enough! Penitence, none!
 真摯なる自己欺瞞を、ついにAは貫けなかった。

             *             *

 この章を結ぶにあたって、ずっと後年になってからAが出会い、神への愛の告白として最も感動的なものの一つであると感じた書物について、少し語ろう。
 G.K.チェスタトンの<正統とは何か>。
 著者はカトリックで、この書物は要するに護教論なのだが、それがちっとも人をうんざりさせないのは、その文章の調子に、彼が自分のことを抑圧したりあるいは棚に上げたりしているところが全くないからである。むしろ不自然に思えるくらい、全くない。その反対に、この不信心な世にあって無視されたりひどく誤解されたりしている、愛する神と教会を弁護するために、彼は自分の持つ豊かなウィットと才能を縦横無尽に駆使している、そしてそうすることを、心から楽しんでいるのである。
 もちろん我々は、教理面における彼の言い分をすべて受け入れるわけにはいかない。チェスタトンほどの優れた知性が、三位一体や永劫の地獄などの存在を平気で信じていられるというのには、全く首を傾げざるを得ない。それは全く、知性の従順が誤用された結果であるとしか、考えようがない。
 それでも尚、それは非常に感動的な書物なのである。
 特に感動的なのは、<おとぎの国の倫理学>という題の付された第四章で、ここで彼はおとぎ話の論理に則って愛や感謝や道徳の問題を解きあかしてみせる。というのは、おとぎ話こそは彼の「最初にして最後の哲学、一点の曇りもなく信じて疑わぬ哲学」だからである。
「私が経験したもっとも強大な感情は何かと言えば、人生は驚異であると同時に貴重だという感情だったのだ。それは一つの恍惚であった。なぜならそれは冒険だったからである。そしてそれが冒険であったのは、それが一つの偶然であったからだった。おとぎ話には、お姫様より怪獣ののほうがたくさん出てくるからといって、それでおとぎ話の楽しさが少しでも少なくなることはまるでなかった。とにかくおとぎの国にいることが楽しかったのである。あらゆる幸福の源は感謝である。・・・サンタクロースが靴下に玩具やお菓子の贈り物を入れてくれると、子供たちはただすなおに感謝する。それならサンタクロースが、私の靴下にこの二本の奇跡的な脚という贈り物を入れてくれた時、私はどうしてすなおに感謝していけない理由があったろう。誕生日のプレゼントに葉巻やスリッパを貰ったら、我々は贈ってくれた人に感謝する。それなら誕生日のプレゼントに誕生そのものを貰った時、誰にも感謝してはいけない理由がどこにあろうか」
 それから彼は「もし」という言葉の効用について語る。
「あらゆる美徳はこの『もし』の中にある。・・・妖精はいつもこういう言いかたをする---『もし《牛》という言葉さえ言わなければ、あなたは金とサファイアの宮殿にお住みになれます。』あるいは、『もし王女様にタマネギさえ見せなければ、いつまでも王女様と一緒に幸せな暮らしができるのです。』魔法の力はいつでもたった一つ、してはならない条件にかかっている。たった一つの小さなことだけが禁じられていて、その条件さえ破らなければ、目も眩むような壮大なことがみな与えられるのだ。・・・
「この国の本当の住人たちは、自分にはぜんぜん理解できないものにいとも従順に従うのである。おとぎの国では、不可解な幸福が不可解な条件に支配されている。箱を開けるとあらゆる災厄が一度に飛び出す。たった一つの言葉を忘れたばっかりに、数々の都市が姿を消す。ランプに火をつけると、恋が飛んで逃げて行く。花を摘んだとたん、何人もの人の命が失われてしまう。リンゴを食べると、神の希望が消え失せる。
「おとぎ話はいつもこんな調子である。・・・
「シンデレラは、降って湧いたように馬車と馭者とを貰ったが、しかし同じようにどこからともなく命令も受けたのである---十二時までにはかならず帰って来るように。それに彼女にはガラスの靴もあった。そして実際、このガラスという物質が、おとぎ話であれほどたびたび出てくるということは、どう考えても単なる偶然とは思えない。ガラスのお城に住む王女様もあれば、ガラスの山に住んでいる王女様もある。・・・このガラスのか細い輝きは、実は、幸福がいかにもキラキラしてしかし同時にいかに壊れやすいものか、その事実を表しているからにほかならない。たしかに幸福はガラスに似ている。・・・そしておとぎ話のこの感覚もまた私の心の奥底に深くしみこんで、世界全体にたいする私の感受性を決めてしまったのである。人生はダイアモンドのように輝くが、同時に窓ガラスのように壊れやすい---私はそう感じ、そして今もそう感じている」
「だが、誤解しないでいただきたい。壊れやすいということは、壊滅しやすいというのと同じではないのだ。ガラスを打てば、ひとたまりもなく壊れてしまう。だから要するに打たなければよろしい。そうすればガラスは何千年も元のままである。人間の喜びとは、まさにこれだと私には思えたのだ。妖精の国であろうと地上であろうと変わりはない。幸福は、われわれが何かをしないことにかかっている。ところがそれは、われわれがいつ何時でもやりかねないことであって、しかも、なぜそれをしてはならぬのか、その理由はよくわからないことが多いのだ。ところで、私がここで特に強調しておきたいのは、少なくとも私には、これがぜんぜん不当だとは思えなかったという点である。たとえば、粉屋の三番目の息子が妖精に向かってこう聞くとする---『何だって妖精の宮殿で逆立ちしてはいけないのですか。その理由を説明して下さい。』すると妖精はこの要請に答えて、まこと正当にこう言うだろう。『ふむ。そんなことを言うんなら、そもそもなぜ妖精の宮殿がここにあるのか、その理由をまず説明して貰おう。』あるいはシンデレラが聞いたとする---『どうして私は舞踏会を十二時に出なければならないのですか。』魔法使いは答えるはずだ---『どうしてお前は十二時までそこにいるんだい。』もしかりに私が遺言をして、物を言う象を十匹と、天馬を百頭、ある男に残してやるとする。遺言の条件が、この贈り物と同様、少々奇妙であったとしても、その男は文句を言えた義理ではあるまい。天馬がいくらで売れるだろうなどと、下らぬ穿鑿なんかしないのが礼儀というものだ。そして私にとっては、現に生きているということ、現に世界がそこにあるということ自体が、実に途方もなく奇妙な遺産に思われて、だから、たとえ私には何から何までわからぬことだらけだとしても、その理由がわからぬと言って文句をつけるなどということは思いもよらなかったのだ。・・・『してはならない』ことは『してもよろしい』ことと同様に異様であった。太陽と同じく驚くべきことであり、水と同じくとらえがたく、そびえたつ大樹と同じく幻想的で恐るべきものだったのである」
 そしてこれが、神の要求に対する彼の態度であった。それはいかにAのそれと違っていたことか!
 神のすべての要求は彼にとって「たった一つの小さなこと」であったのだ。
 それはたまたま彼の属していた組織がAのそれよりも人に対して少なく要求したということによるものではない。例えば性と結婚に関する神の要求について彼は書いている、「一人の女を守るということは、一人の女に本当に出会うという大事に比べては、まことに小さな代償というべきだ。一度しか結婚できぬと不平を言うのは、一度しか生まれられぬと不平を言うのと同じことだった」
 こんなふうに言ってのける人間が世の中に存在するなんて、Aにはほとんど信じられなかった。Aにとって、一人の女に生涯忠実であるなんてことは、とても相手にできないくらい法外な要求と思われたのだ。
 しかし、それ以上に我慢できなかったのは、例によって、神への愛ゆえにそうしなければならないという事実だった。
 そしてまさにこれが、チェスタトンにとって神のすべての要求が「小さなこと」でしかなかった理由である。
 彼の驚くべき従順と畏敬とを生み出しているもの、それは実に、愛である。彼の文章には、神に対する愛が、いとしい恋人に対するような心からの愛情がにじみ出ている。
 そして、彼はもともとこうなるべき人だったのだ。彼はAと違って、神の会衆の中に生まれ落ちはしなかった。けれども彼は、神に出会うずっと前から神を探し求め、まだ見ぬ神を愛していたのだ。だからついに神に出会ったとき、そのあらゆる要求をことごとく受け入れ、己れをすっかり明け渡すのは、彼にとって容易なことだった。それから彼は、事実上生涯を神のために捧げた---すなわち彼の場合は、文筆活動によって神を宣伝するというかたちを取ったわけだ。
 神と人との関係は、男と女の関係によく似ている。女にとって、愛する男に自分の体を明け渡すと共に、生涯をその男のために生きるのは至福の喜びである。彼女はすでにその男に心を明け渡しているからだ。ところが彼女がその相手を愛していない場合、それは悪夢以外の何ものでもない。神を愛する者と愛さない者との相違もかくのごとくである。

「幸福は、われわれが何かをしないことにかかっている。ところがそれは、われわれがいつ何時でもやりかねないことであって、しかも、なぜそれをしてはならぬのか、その理由はよくわからないことが多いのだ」
 エデンにおけるアダムとエバについての、実に適格な描写ではないか。
 Aが子供の頃、人々がしばしばアダムとエバを非難するのを聞いたものだが、彼らがどうしてそんなふうに非難するのか、Aにはさっぱり理解できなかった。 彼らは禁断の木の実を食べた---当然のことではないか。
 Aがエバだったとしても、やっぱり食べたことだろう。食べないなんてことは、考えられもしなかった。そのために人類全体に対して死の宣告が下されようと、それが何だというのか?
 それゆえ、Aは自分がエバでなかったことを、たまたまエバに生まれたばっかりに、自分の不従順のせいで人類全体が責任を取らされるようなはめにならないですんだことを、全くもって感謝したのである。そしてこんなふうな感謝の仕方をするということ自体、実にあってしかるべき感謝の欠如を示しているのに他ならなかった。

「あらゆる幸福の源は感謝である」! けだしこれは名言である。
 しかし、感謝とは一つの才能ではあるまいか? これほど素直に、これほど自分自身との何の葛藤もなしに感謝できる人をAは知らない。この章の末尾のところで彼はまた書いている---「われわれは、何がわれわれを創ったにしても、その創り主にたいして従順であらねばならぬ。それは創られたものの当然の義務というものだ」
 Aには、ごく自然にこんなふうに考えるなんて、とてもではないができなかった。
 その反対に、Aはごく自然にこんなふうに考えた---せっかく命をもらったからには、それを好きなように使えるのでなければ意味がないではないか? そうでなければ感謝することもできないではないか---それを命じられた通りに使わなければならないとしたら。
 そういうわけで、Aは今だ、十二時までに帰らなくてはならないのなら舞踏会なんかに連れていってもらわなくていいと、駄々をこねるシンデレラだった。

           *             *

 しかし、どうやっても叩きつぶすことのできないAの不従順は、しだいにAの立場をのっぴきならぬものにしていった。
 Aは伝道なんか好きではなかった---伝道なんかに一生を捧げたくなかった。しかし、だとしたら一体どういう生きかたをしたらいいのか?
 神の側をとらないということはつまり神に敵する側をとるということだが(「我と偕ならぬ者は我にそむき、我とともに集めぬ者は散すなり」)、これまでずっとAのことを忍んでくれた神とその全会衆とを敵にまわしてまでする価値のある、どんな仕事がこの世の中に存在するというのか?
 もう一度ものを書くのか---形而上学的な問題にわたらない限り無意味だと、分かってしまった文学をやるのか? 子供の頃思い描いたように山の中の一軒家にこもって、来る日も来る日もひたすら何の役にも立たない小説を書いて、そして静かに死んでゆくのか?
 そんな強さが今のAにあるのか---ミューズへの信仰は失われてしまったというのに?

           *             *

 神に従え。神に従え。
 しかし、我々はなぜ神に従わなければならないのか?
 チェスタトンにとって、それは全く明白なことだった。「それは創られた者の当然の義務である」と彼は言う。
 こういう感謝の念が、Aには欠けていた。Aの心は「信仰の種子がまかれるべき土壌」なんかではなかった。

 最終的にこの問題に関してAの目を開かせたのは、パスカルが書いたような、人間性についての真実、あるいは罪という概念の理解だったであろう。
 人間は道徳的に生きるために、何ものかに従わなくてはならないということ。「もし罪なしと言はば、是みづから欺けるにて真理われらのうちになし」--1Joh1:8

 罪、あるいは不完全性という概念を、Aは長いこと理解できなかった。他の人間は不完全かもしれないが、自分は完全だと思っていたのだから。

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2013年11月30日

創造的な不幸-3-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-3- 罪・自然                             


 1986年、チェルノブイリ。
 世界はもはや、かつての世界ではない---Aに対してこの事件が意味したのは、ヨーロッパに対して1914年が意味した如くであった。
 それは秩序の崩壊であり、幻想の倒壊だったのである。
 世界はもはや安全な場所ではなくなった---我々は今や、暗黒の混沌と狂気の力に剥き出しの状態で曝されるようになったのである。
 もっとも、実際のところ世界は常にそんなふうだったのであり、ただAがそれまで気づかなかっただけのことにすぎない。
 Aは確かに気づき、また知るようになった。自分がその中で育ち、それゆえに無邪気に信頼してきた文明が、どんな牙を隠し持っていたかを。
 Aにおいて、最初の衝撃は放射能ノイローゼというかたちで現れ(目に見えない危険に対する病的な恐怖---例えば、雨にぬれることや、髪を梳くことを恐がる)、後には、もっと厄介な、抜きがたい悪影響が残って、後々まで尾をひいた。
 というのは、問題は放射能汚染だけにとどまらなかったからだ。この二十世紀における自然破壊の末路を見るうちに(沈黙の春、風が吹くとき、オゾン、アマゾンの森林伐採)、Aは次第に極端な自然主義者になってゆき、しまいには、あらゆる自然は無条件に善であり、あらゆる不自然は絶対的に悪であると考えるようになった。それゆえ人間は決して自然の力を無視したり、これに逆らったりしてはならず、却って徹底的にこれに服従し、自らを適応させていかなくてはならない。それゆえより重要なのは、人類の存続よりも地球の存続の方である。
 けれども、現実の世界がそういう哲学からいかにかけ離れたところで廻っているかを見るにつけ、Aはただ己れの非力に絶望するしかなかった。
 Aはあらゆる不自然なものをいとい憎んだ---車、テレビ、現代建築。雑草を抜くこと、プラスチック製品、食品添加物、ヴェルサイユの中庭。果てはヨーロッパの長い歴史が生み出した現代文明そのものを。
 このあたりから、自分の思想が神の目から見て危険な領域にさしかかったのを感じて、Aはそこで考えるのをやめる。少なくとも、意識の上では。
 何といってもその頃Aはまだ子供だったのだし、その頃はまだ神を恐れていたのだ。だから、己れの心に神の教えに対する疑いが芽生えるのを許さなかった。
 しかし、いったん動き始めた考えというものは、例え考えるのをやめても意識下では否応なく進んでいくものなのだ。Aが己れの考えと認めなかった、そこから先のAの考えを言葉にするとこういうふうになる---そのヨーロッパの長い歴史の、精神的な支柱となってきたものは何か---それは他ならぬキリスト教ではないか。考えてもみよ、ヨーロッパ人が原始の森と戦い、これを打ち倒し、征服していったイメージ、それはキリスト教徒が己れの罪と戦い、これを打ち倒し、征服していったイメージと重なりはしないか。
 当然の成り行きだった、彼らにとって、自然性---ナチュラリティーは悪であり、罪であったのだから。キリスト教国から最初に森が消え、こうして彼らが環境問題に悩まされるようになったのは偶然ではない。
 自然に反することは、いつでも必ず問題を引き起こした。
 それでAは、キリスト教の教えが果して絶対的な意味で正しいのか---つまり、光合成が正しいとか、水の循環は正しいとかいうのと同じ意味において正しいのかという問題に、密かに悩まされ続けたのである。

           *             *

 神は本当に正しいか。
 それはまさにサタンがエデンにおいて提起した問題であり、ヨブが苦悩のうちに発しないではいられなかった疑問である。これに対して然りと答えるために、世界中のキリスト教徒は日夜戦ってきたのである。
 それでもAは考えないわけにいかなかった---すなわち、水の循環はそのままにあるのが正しいのであって、これに反したり、これを束縛したりするのは正しくなかった。川底をコンクリートで固めたり、ダムやら人造湖やらを造ってせき止めたりするのは正しくなかった。必ずやどこかにひずみが生じ、何かが損害を受け、どこかが耐えきれなくなって溢れだした。それで、神の掟によって人間を縛るのが、これと同じ結果になりはしないかと恐れたのだ。
 自然界は、ありのままにあるのが正しい。
 人間もそうではないのか?
 ホイットマンの言い分(「私はあるがままにある。それで十分だ」--I exist as I am. That is enough)は正しいのではないか?
 一体どうして掟や道徳というものが必要なのか?

           *             *

 神についての知識はそこらじゅうに溢れていた。Aは聖書を読み、自然界を眺め、周りの人間たちを観察した。けれども、そうして得た知識はどうも相矛盾するように思われた。あの千変万化する、生き生きとした、汲めども尽きせぬ深みと広がりを持った、すばらしい自然界を創り出したのと、あの人を抑圧する重苦しい道徳律を考案したのが同じ神だとは、(少なくとも感覚的には)とても思えなかったのだ。
 Aはいつでも、自然界の示す豊かな表情に心打たれたものだ。
 Aはしばしば雑草の群れを観察してスケッチしたり、雲の重なり具合を長いことじっと見つめたりして、考えた。万華鏡のように移ろいゆくこの二度とはない瞬間の、一つ一つが厳密な意味において神の創造と呼べるのだろうか? それともかくの如く世界を設計し、各々の機能を配置して、最初の一押しをしてやったのが神であるというだけで、あとはただ偶然の所産にすぎないのか?
 その頃Aのいた会衆---それはずいぶん昔のことなのに、今だ思い出すだに喉を締めつけられるような息苦しさと嫌悪感がよみがえる。
 それはまさに十七世紀のボストンそのものだった。
 がちがちの道徳律と、偽善と、お仕着せの愛。
 愛せよ、従え、べきである。
 キリストは勝手に死んだのではなかったか?
 我々は別に、頼みもしなかったのではないか?
 勝手に死んでおいて愛と献身を要求するなんて、いったいどういう愛なのだろうか?

 グリーンの<権力と栄光>の中に出てくる警部が、教会に対して抱いている生理的な嫌悪感が、Aにはよく理解できた。

「警部のはらわたには、犬と犬との間に生じるような生理的な憎悪の念が騒ぎだした。
『こいつらときたら、みんな同じように見えるんだから』
と、警部は言った。その白いモスリンのドレスを見たとき、恐怖と言えるようなものが彼を襲った。彼は少年時代の、教会の香のかおり、蝋燭、レース編み、うぬぼれ、犠牲の意味なんか分かりもしない連中が祭壇の上から突きつける、法外な要求などを思い出した。」
 ・・・A natural hatred as between dog and dog stirred in the lieutenant's bowels. ・・・
"They all look alike to me," the liutenant said. Something you could almost have called horror moved him when he looked at the white muslin dresses---he remembered the smell of incense in the churches of his boyhood, the candles and the laciness and the self-esteem, the immense demands made from the alter steps by men who didn't know the meaning of sacrifice.

 あの、敬虔で純粋で重苦しい雰囲気。
 Aは見てきたのだ---彼らがイエスのように、たえず己れの欲するところではなく神の命ずるところに従って生き、自分の理性や感情ではなく、神の言葉によって自分を律してゆく、そういう姿を。それはまっすぐな幾何学模様に刈り込まれた樹木のように、不自然な姿に思えた。Aは訝った---あれで彼らの人間存在全体としての収支は釣り合うのだろうか?
 彼らはまるでヴェルサイユの中庭のようだった、そしてヴェルサイユの中庭こそは、Aがこの世で最も嫌ったものの一つだったのだ。

 そして、自然主義者にとって特に耐えがたいのは、かの最大にして第一の掟であった---なんぢ心を盡し、精神を盡し、思いを盡し、力を盡して、主なる汝の神を愛すべし。自然主義者は自然であることを神聖であることの不可欠な条件として考える、だから彼らは、愛が命令され得るなんていう考えに耐えられないのだ。
 自然主義者は、愛は天然資源---ナチュラル・リソースだと思っている。(「よいものはみんな、野性的で、自由だ」--All good things are wild and free --ヘンリー・デイヴィッド・ソロ-<ウォーキング>)
 それゆえ、それを人工的に培おうとするのは自然---ネイチャーに対する冒瀆だった。
 造花や模造真珠と同じように。

 それゆえ、Aは否が応でも耳を傾けざるを得ない、心の底で密やかに、けれどしつっこく繰り返されるその囁きに。
 要するに、キリスト教とエコロジー的発想とは両立しないのではないか? そして、エコロジー的発想が早急に敷衍される必要が誰の目にも明らかなこの二十世紀末に、エコロジー的発想と両立しないということは、つまりこの二十世紀末にあってキリスト教は立ち往かない、ということではないか?
 この種の危惧は、キリスト教の存続をまじめに考えるすべての聖職者の間にもあってしかるべきなのだ。
 Aはあるとき、キリスト教をエコロジーと結びつけようとする一人の牧師の努力について、新聞で読んだことがある。彼はキリスト教が反自然主義的でないことを証明しようとして、「キリストの」言葉を引き合いに出していた---「木の中にも石の中にも私はいる。」
 Aが知る限り、キリストはこんな、八百万の神々みたいなことを言いはしなかった。よくよく見ると、それは外典からの引用だったのだ。
 Aはむしろ失望した、と言っていい---キリスト教とエコロジーとを調和させるには、こんなこじつけに訴えるしかないのか?
 こういう問題について、一体神はどう考えているのか?

 神と人との無限の隔たりが生み出す異質さの感覚。
 Aは見てきた---始終「べきである、べきである」と言われて、思いきりくつろぐことを決して許されない彼らの生き方。彼らが、人の救いに心を砕くあまり胃潰瘍になったり、己れの非力に絶望して鬱病になったり、己れの罪に思い悩んで神経症になったり、日曜日に寝坊する権利を放棄したり、神に捧げるべき時間が奪われるというので、それ自体は無害な楽しみや、場合によっては好きな仕事をすら断念したりするのを見てきて、Aは正直なところ、腹を立てた。
 こんなのは不健全ではないか? 神は何だってわざわざ、身体と精神を痛めつけるような生き方を要求するのか? それは人間の本質と相入れないのではないか?

 あるいは、完全な神を不完全な人間が代表することの不可能さ。
「さらば汝らの天の父の全きが如く、汝らも全かれ」(Mt5:48)
 それは要するにプロパガンダである---人はそれを敏感に感じ取る。彼らがそれを完全に伝えようとして肩肘を張り、どんな偏りもないように注意するあまり臆病になり、あらゆる異議や疑念に対してただちに神を弁護できるように身構えているのを。
 人はそんなものに心を動かされはしない。それでも尚、それは正しいやり方なのである。というのは、受け入れやすいように神の言葉を糖衣にくるんだり水増ししたりし、あるいはあまりに人間的なレベルに引き下げて語るのは、神に対する侮辱だからだ。
 あまりに抽象的な論議は人を動かさず、自分の経験から直接生まれた実感の方が人を動かす。しかし、自分の経験しなかったことについても語らなければならないとしたら?
 A自身も常々感じたのではなかったか---自分でも理解できないことを人に言っている無責任さ、信仰もないのに業だけが先走っている奇妙さを。というのは、誰がキリストを与え給うた神の愛なんかを「実感」できるだろうか?

 Aは思い出す---演壇から講演したあと、自分の言葉に自分の行動が追いついていないのを感じて良心に苦しめられ、気分が悪くなって帰ってしまった講演者のことを。
 Aは別に彼のことを哀れんだり批判したりする気はない---Aの組織にだってパリサイ人はいくらでもいたから、彼がそこまで発達した良心を持ち合わせていたことにAは感動したものだ。しかも彼自身は非の打ち所もなく善良な僕だったのだから。彼はまさに「わが體を打ちたたきて之を服従せしめ」たのだ。「恐らくは他人に宣傳へて自ら棄てらるる事あらん」。
 そう、己れの中の悪を自覚しているというのは大切なことだ。そうでなければ己れの悪と戦うべきことを、ほんとうに他人に教えることはできない。
 しかしその一方で、罪の自覚に圧倒されてしまってもならないのだ。我々は他人を教えなくてはならないし、それには己れの人格に関してある程度の自尊心を持つ必要があるからだ。絶望に屈してしまうことは許されない---キルケゴールによれば、まさにそれが最大の堕落なのだ。
 人間が神を代表しようとする限り、常にこの種のディレンマがついてまわる---両極端の間で危うい均衡を保ち続ける努力が求められるのだ。人は鋭敏な良心を保って己れの中の悪を見つめながら、尚かつ他人を教えなければならない。
 不完全な人間に対して、神は何という困難なことを求めるのか?
 想起せよ---アウグスティヌスやルターやカルヴィンや、ジョナサン・エドワーズやデイヴィッド・ブレイナードや、神に仕えた他の幾多の偉大な人々が、同じ問題でどれほど苦しんだかを。

 あるいは、この堕落した世にあって、とんでもなく高い道徳基準。
 Aは知っている、世界がどんなに堕落しようと、苟も神の基準がそれに迎合するわけにいかないことを。
 しかし、我々はどう考えたものだろうか、この世の堕落から抜け出せないながら、尚神の世界の清浄さに憧れる者たちのことを。
 もちろんそういう者たちを、神は親切に助けようとするだろう、己れに仕えるにふさわしい者とするために。
 しかし、そのままでは、そんな生き方を是認しはしない。彼らは自分の生活から、神の目に悪とみなされる習慣をきっぱりと断ち切るか、あるいは神の要求に応えんとする道徳的努力の方をきっぱりと断ち切るか、いづれにせよどちらかを選ばなければならない。
 実際、決断は必要である---全く分断された二つの行動の基準の間を振り子運動し続けるだけでは、どこへ向かっても進んでゆかれない。そして、そのうちに良心がだんだんに鈍らされないとすれば、やめることのできない悪習に対して良心がこれを糾弾し続けるとすれば---そのうち精神分裂症になってしまうのがおちだろう。幸いにしてその良心が鈍感である場合でも、彼は自分の生き方に対して、決して誇りも自尊心も持つことがないだろう。あるいは、よしきっぱりと神を捨てることができたとしても、神の要求に応えきれなかった彼は、この世のあまりの堕落ぶりに対してもまた不慣れで、免疫を持っていないので、またしても適応異常に苦しめられることになるだろう。
 いったい神は、これほど弱小な人間に対して、こんなに苛烈な決断を迫っていいものだろうか? 神の威光は、その達しがたい高さは、ここまで人間をおとしめ、弱くさせ、その力を奪っていいものだろうか?
 そして、これこそがニーチェをしてキリスト教を痛烈に弾劾せしめたゆえんではなかったか? あるいはシュタイナー---「最悪の神をお前たちは造り出した。それはお前たちに良心を持つことを教えた。」

 "The Portage To San Cristobal Of A.H." の中で登場人物のヒトラーは、なぜ「最終的解決」が必要であったかについて、劇的な説明をやってのける。それはキリスト教における罪あるいは良心についてのドグマが、この世界にいかなる精神的害悪をもたらしてきたかに関する、極めて的確な、おそろしいほどに真実な言説である。

 ・・・There must be a solution, a final solution. For what is the Jew if he is not a long cancer of unrest? I beg your attention, gentleman, I demand it. Was there ever a crueler invention, a contrivance more calculated to harrow human existence, than that of an omnipotent, all-seeing, yet invisible, impalpable, inconceivable God? ・・・ The Jew emptied the world by setting his God apart, immeasurably apart from man's senses. No images. No imagining even. A blank emptier than desert. Yet with a terrible nearness. Spying on our every misdeed, searching out the heart of our heart for motive. ・・・

 我々は思い出すのではないだろうか、ニーチェのシニシズムを。小さな女の子が尋ねる、「神様は、いつでもどこでも私たちのことを見てらっしゃるってほんと?」母親が答える、「そうよ」すると女の子は言う、「まあ、何て失礼なんでしょう!」

 ・・・His God is purer than any other. And because we are his creatures, we must be better than ourselves, love our neighbour, be continent, give of what we have to the beggar. We must obey every jot of the law. We must bottle up our rages and desires, chastise the flesh and walk bent in the rain. You call me a tyrant, an enslaver. What tyranny and what enslavement have been more oppressive than the sick fantasies of the Jew? You are not Godkillers, but Godmakers. And that is infinitely worse. The Jew invented conscience.

But that was only the first piece of the blackmail. There was worse to come. The white-faced Nazarene. Gentlemen, I find it difficult to contain myself. ・・・ What did that epileptic rabbi ask of man? That he renounce the world, that he leave father and mother behind, that he offer the other cheek, that he render good for evil, that he love his neighbour as himself, no, better, for self-love is an evil. Oh, grand castration! Note the cunning of it. Demand of human beings more than they can give, and you will make them cripples, hypocrites, mendicants for salvation. ・・・ What could be than the Jew's addiction to the ideal?

 読者は神への愛をめぐるくだりでもこの部分の一節が引用されたことを思い出されるだろう。そう、愛の問題と罪の問題とはつながっている。愛の問題は、いかにして己れの心を規範に服従させるかという問題であったが、罪の問題とは、そもそも己れの心を規範に服従させることが正しいのかどうかという問題だからである。
 そして、どちらの問題が先に来るかは、それらを問題とする個人の、キリスト教的な概念との関係いかんによって決まるのである。
 すなわち、キリスト教的な概念が彼にとって非常に身近で、それがほとんど〈前提〉とも言えるような個人にとっては、「汝愛すべし」という掟がまず最初にあるので、それゆえ愛の問題の方が先に来る。しかるに、それが彼にとって見慣れない、異質なものであるような個人にとっては、「愛すべし」という命令の正当性をまず納得しないことには愛することの困難に悩みようがないのであるから、当然罪の問題の方が先に来るわけだ。
 そしてそれを敷衍して考えるならば、前者がキリスト教文化圏の精神性のあり方であり、後者が非キリスト教文化圏のそれである、と言う事ができる。そしてまたそれが、ヒトラーの論説においてその論法を、各々の論点の配列のされ方を決定している要素でもあるのだ。なぜなら、彼の論法の独特で劇的な点は、きわめてキリスト教的な問題を、全くの異教徒の立場から分析し考察している点にあるからである。実際、自分の目的を遂行するために教会と手を結んだという歴史的事実とは裏腹に、ヒトラーは正真正銘の異教徒だった。彼は側近にこう語っていたという。
「ローマ・カトリックであろうが福音主義教会であろうが、どれもみな同じである。そこには未来はない。ファシズムは神の名にかけて教会と和を結ぶことがあるかもしれない。私もそうするだろう。何故それでいけないのか。そうしたからといってドイツのキリスト教を徹底的に根絶する妨げにはならない。・・・もし私が欲するなら、二、三年のうちに教会を抹殺することもできるのだ」
 それゆえ戯曲中のヒトラーがキリスト教についてこんなふうに語るのは歴史的事実にも適っているのである。

 ・・・To slaughter a city because of an idea, because of a vexation over words. That was a high invention, a device to alter the human soul. Your invention. One Israel, one Volk, one leader. ・・・

 彼は神を知らない全異邦人を代表して、神の存在が空気と同じほど自明でない、すべての人間の視点から語っているのである。
 こうしてこの戯曲において、シュタイナーは、キリスト教的な世界観と非キリスト教的なそれとの間の決して埋められない深い断絶を、その鋭い亀裂を、忘れられない仕方で鮮やかに描き出しているのである。

           *             *

 あるいは彼らが後生大事に守る、肩が凝りそうに厳格な性道徳。
「凡ての人、婚姻のことを貴べ、また寝床を汚すな。神は淫行のもの、姦淫の者を審き給ふべければなり」(He13:4)
 神の規準に適った唯一のセックスとは、ただ結婚関係内のセックスのみであった。それ以外はすべからく排斥の対象となった。
 まちがったセックスをしないだけでは十分でなかった。それを心の中で欲することもまた罪だった。それは人を、まちがいなく行動へ駆り立てるからだ。
「すべて色情を懐きて女を見るものは、既に心のうち姦淫したるなり」(Mt5:28) しかし、それでもまだ十分ではなかった。
 欲したり考えたりしないためには欲したり考えたりしないような精神性を培う必要があって、そのためには何で自分を養うかということに十分注意しなければならなかった。それゆえ、不道徳を容認あるいは称揚するようなあらゆるメディアはことごとく避けられた---小説、雑誌、映画、テレビ、果ては街頭のポスターや電車の吊り革広告に至るまで。彼らはダビデに倣って祈ったのだ---「わが眼をほかにむけて虚しきことを見ざらしめ 我をなんぢの途にて活かし給へ」(Ps119:37)
 さらに彼らは、同じ規準を持たない一般の人々の、悪意のない会話やジョークによっても堕落させられることがないよう、極端につきあいを制限していた。彼らが古代ローマにおける原始キリスト教のように、孤立した共同体を形成せざるを得なかったのも無理はない。時代はもはやヴィクトリア朝ではなく、罪は洪水のように、そこらじゅうに溢れていたからだ。
 彼らが結婚を考えて誰かとつき会おうという時には、まちがいがないように細心の注意が払われた---礼儀に適った振る舞い、付き添いつきのデート。部屋や車の中で二人きりになる状況は避けられなくてはならなかった。
 これらすべてのことに加えて尚必要とされることがあった---
「エホバを愛しむものよ惡をにくめ」(Ps97:10)
 人は悪を避けるだけでなく、悪を憎まなければならなかったのだ。言うまでもなく、そうしなければ本当に悪を避けることはできないからだ。人は、その生き方だけでなく、心そのものが神と調和していなければならなかった。
 こういう徳高い人々を見ていてAは、こういう人たちを見てフロイトは抑圧理論を思いついたのだろうなと思ったものだ。
 性欲はそれ自体、満たされようとするアプリオリな方向性を持っているのではないか? それを外的要素によって制約しようとする方がまちがっているのではないか? それは反自然的ではないのか?
 互いを永続的に縛りつける結婚関係! 考えただけで、息がつまって死にそうだった。Aが子供のときから既に恋愛にも結婚にも興味をなくしてしまったのは、要するにそういう束縛を嫌ったからだった。
 Aは一つの規準しか知らなかったし、それによれば、結婚はほとんど神への献身のアナロジーだった。
 神から逃れることはできない。しかし、ありがたいことに結婚から逃げ出すことはできたのだ。

           *             *

 行って動物たちと共に住むことができたら。
 彼らはあんなにも落ち着き払って、満たされている。
 私は立って彼らを眺める、長い長い間。
 彼らは自分の境遇にやきもきしたり、泣き言を言ったりしない。
 彼らは暗闇の中に目を覚ましたまま横たわって、
             自分の罪を嘆いたりしない。
 彼らは神への義務だとか言い出して、人をうんざりさせたりしない。
        --ウォルト・ホイットマン<ソング・オヴ・マイセルフ>

 I think I could turn and live with animals, they're so placid and
     self-contained,
  I stand and look at them long and long.
  They do not sweat and whine about their condition,
  They do not lie awake in the dark and weep for their sin,
  They do not make me sick discussing their duty to God.
                   ---W. Whitman, "Song of Myself"

 人が自然界と同じように振る舞うのを妨げているもの、そしてAがキリスト教を自分の生き方とするつもりならばまず理解しなければならない、にも拘らず理解できずにいるもの---それは要するに、罪という概念であるように思われた。それゆえ人は現在に留まってはならず、尚一層神の規準にかなう者となるべくたえず努力していかなければならない。
「わが體を打ちたたきて之を服従せしむ。恐らくは他人に宣傳へて自ら棄てらるる事あらん」(1Co9:27)
 それはこのような厳しい自己鍛練を必要とする。
 戦われ、乗り越えられるべきものは、まず意識されなければならない。ところがAはどうしても神の前に己れの罪を意識することができなかったし、また意識することを欲しなかったのだ。
 アダムから受け継いだ罪という概念---それは要するに、一つのイデオロギーなのではないか? しかも何というイデーだろう、ただ存在しているだけで罪を負っているだなんて。人間の尊厳に対する、何という侮辱だろう。どうしてそんなふうに、神の前に人をおとしめようとするのか? なぜそれほど卑屈な人生観を、自虐的な人間観を持たなければならないのか? すべての人は罪を犯しただって? 私がどんな悪いことをしたというのか?

 債務の例え。キリスト教における罪という概念について、Aにつくづく考えさせた話の一つ。
「この故に、天國はその家來どもと計算をなさんとする王のごとし。計算を始めしとき、一萬タラントの負債ある家來つれ來られしが、償ひ方なかりしかば、其の主人、この者とその妻子と凡ての所有とを賣りて償ふことを命じたるに、その家來ひれ伏し拝して言ふ 『寛くし給へ、さらば悉く償はん』その家來の主人あはれみて之を解き、その負債を免したり。然るに其の家來いでて、己より百デナリを負ひたる一人の同僚にあひ、之をとらへ、喉を締めて言ふ『負債を償へ』その同僚ひれ伏し、願ひて『寛くし給へ、さらば償はん』と言へど、肯はずして往き、その負債を償ふまで之を獄に入れたり。同僚ども有りし事を見て甚く悲しみ、往きて有りし凡ての事をその主人に告ぐ。ここに主人かれを呼び出して言ふ『惡しき家來よ、なんぢ願ひしによりて、かの負債をことごとく免せり。わが汝を憫みしごとく、汝もまた同僚を憫むべきにあらずや』斯くその主人、怒りて、負債をことごとく償ふまで彼を獄卒に付せり。もし汝等おのおの心より兄弟を赦さずば、我が天の父も亦なんぢらに斯くのごとく爲し給ふべし」
 一万タラントは60,000,000デナリである。つまりこの差異は、我々が神に対して負っている罪の大きさと、我々の仲間の人間が我々に対して負っている罪の大きさとの、桁違いな差異を表しているのである。
 Aが教えられてきたところによれば、この寓話は神の愛の偉大さを実によく表しているということになっているのだが、Aにはどうもそうではなくて、神に対して人間が余儀なくされている、ひどく不公平で弱い立場を、実によく表しているように思えた。なるほど我々は神に対して一万タラントを負っているかもしれない。しかしそれは我々自身が使い込んだ一万タラントではないのだ。アダムが罪を犯して以来、我々は自らの意志に関係なく、否応なしに罪を負って生まれてくるのであり、言わば我々はみんな、一万タラントの負債と共に生まれてくるのだ。それに対して我々は責任を負っていない。だのにどうして我々はそのためにひれ伏して懇願したり、そのことを許されたりしなくてはならないのか?

 あるいは、一タラント与えられてそのまま返した僕。
「また或人とほく旅立せんとして、其の僕どもを呼び、之に己が所有を預くるが如し。各人の能力に應じて、或者には五タラント、或者には二タラント、或者には一タラントを興へ置きて旅立せり。五タラントを受けし者は、直ちに往き、之をはたらかせて他に五タラントを儲け、二タラントを受けし者も同じく他に二タラントを儲く。然るに一タラントを受けし者は、往きて地を堀り、その主人の銀をかくし置けり。久しうして後この僕どもの主人きたりて彼らと計算したるに、五タラントを受けし者は他に五タラントを持ちきたりて言ふ『主よ、なんぢ我に五タラントを預けたりしが、視よ、他に五タラントを儲けたり』主人言ふ『宜いかな、善かつ忠なる僕、なんぢは僅かなる物に忠なりき。我なんぢに多くの物を掌どらせん、汝の主人の歓喜に入れ』二タラントを受けし者も來たりて言ふ『主よ、なんぢ我に二タラントを預けたりしが、視よ、他に二タラントを儲けたり』主人言ふ『宜いかな、善かつ忠なる僕、なんぢは僅かなる物に忠なりき。我なんぢに多くの物を掌どらせん、汝の主人の歓喜に入れ』また一タラントを受けし者もきたりて言ふ『主よ、我はなんぢの嚴しき人にして、播かぬ處より刈り、散さぬ處より斂むることを知るゆえに、懼れてゆき、汝のタラントを地に藏しおけり。視よ、汝はなんぢの物を得たり』主人こたへて言ふ『惡しくかつ惰れる僕、わが播かぬ處より刈り、散さぬ處より斂むることを知るか。さらば我が銀を銀行にあづけ置くべかりしなり、我きたりて利子とともに我が物をうけ取りしものを。されば彼のタラントを取りて十タラントを有てる人に興へよ。すべて有てる人は、興へられて愈々豊ならん。されど有たぬ者は、その有てる物をも取らるべし。而して此の無益なる僕を外の暗黒に逐ひいだせ、其處にて哀哭・切歯することあらん』」---(Mt25:14-30)
 彼は託されたものを失ったわけでもないし、主人に仕えるのをやめてしまったわけでもない。それでも叱責され、退けられたのである。
 神の前に、生まれてくるすべての人間はこれらの僕のようである---すべての人間は是認を得るために積極的に善をなさねばならず、何もしないことは悪なのである。
 あるいは---
「汝等のうち誰か或は耕し、或は牧する僕を有たんに、その僕畑より歸りきたる時、これに對ひて『直ちに來り食に就け』と言ふ者あらんや。反つて『わが夕餐の備をなし、わが飲食するあひだ、帯して給仕せよ、然る後に、なんぢ飲食すべし』と言ふにあらずや。僕、命ぜられし事を為したればとて、主人これに謝すべきか。かくのごとく汝らも命ぜられし事をことごとく為したる時『われらは無益なる僕なり、為すべき事を為したるのみ』と言へ」---(Lu17:7-10)
 神の前に、すべての人間はかくのごとく身を持さなければならないのである。 己れを捨て、献身の歩みを全うして尚、我々はこのように言い切れるだろうか?

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Posted by う at 21:36Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-4-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-4- カナン人について


 ついに約束の地に入るイスラエル。

「汝の神エホバ汝が往きて獲べきところの地に汝を導きいり多くの國々の民ヘテ人ギルガシ人アモリ人カナン人ペリジ人ヒビ人エブス人など汝よりも數多くして力ある七つの民を汝の前より逐ひはらひ給はん時 すなはち汝の神エホバかれらを汝に付して汝にこれを撃たせ給はん時は汝かれらをことごとく滅ぼすべし彼らと何の契約をもなすべからず彼らを憫れむべからず」
「汝心に言ふなかれ云く我の義きがためにエホバ我をこの地に導きいりてこれを獲させ給へりと そはこの國々の民の惡しきがためにエホバ之を汝の前より逐ひはらひ給ふなり 汝の往きてその地を獲るは汝の義しきによるにあらず又汝の心の直きによるに非ず この國々の民の惡しきが故にエホバ之を汝の前より逐ひはらひ給ふなり」---De7:1,2,9:4

 かくして大殺戮が始まり、血が流され、火が放たれ、死体の山はうずたかく積み上げられるのである。
「邑にある者は男女少きもの老いたるものの區別なく盡くこれを刃にかけて滅ぼし且牛羊驢馬にまで及ぼせり」
「ヨシュアかの日マッケダを取り刃をもて之とその王とを撃ち之とその中なる一切の人をことごとく滅ぼして一人をも遺さず」
「かれとその民とを撃ちころして終に一人をも遺さざりき」
「刃をもてその中なる一切の人を撃ちてことごとく之を滅ぼし氣息する者は一人だに遺さざりき」・・・             ---Jos6-11

 こうした記述を前に、人は嫌悪の念をもって立ちどまらずにはいられない。彼らはなぜこれほどまでに殺されなければならなかったのか。彼らが生き延びる手だては本当になかったのか?
 これが単なる人間による虐殺だったら、そのために我々はわざわざ立ちどまったりしない。結局のところ我々の歴史はその種のおぞましい記録で満ちているからだ。
 カナンの虐殺が特別に問題となるのは、それが全能の神の命令によって遂行されたという事実、まさにその事実によるのである。
 そしてこの疑問から、いまや永久に失われてしまった彼らの生活、彼らの文化、彼らの精神性を知ろうとする、切実な探究が始まるのである。

          *             *

 考古学的考察。
「カナン人は自分たちの神々の前で宗教儀式としての不道徳な行為にふけることにより、またその後、自分たちの長子をそれら同じ神々への犠牲として殺害することにより礼拝を行った。カナンの地は大方、国家的規模でソドムやゴモラのようになっていたようである。・・・そのような忌まわしい汚れや残虐行為を事とする文明に、それ以上存続する権利があったであろうか。・・・カナン人の諸都市の遺跡を発掘する考古学者は、神がなぜもっと早く彼らを滅ぼさなかったのだろうかと不思議に思うほどである」---「ハーレイの聖書ハンドブック」1964

 しかし、レヴィ・ストロース以後の我々は、あらゆる文化をその文化自身の視点から眺めることを学んだのではなかったか?
 例えば、石の祭壇の上で生贄の心臓をえぐりだし、まだぴくぴく動いているそれを太陽に捧げる古代アステカ人。我々はそれを見て考えるかもしれない、彼らは理性のない、残虐で野蛮な民であった、と。しかし、彼らの哲学からすれば、自分たちが偉大な自然のサイクルの中で生き、そこからすべてを与えられて生活している以上、自分たちの方でも何らかの犠牲を払うのは当然のことであり、それどころか、それはサイクルが円滑に回ってゆくために必要不可欠な要素だったのである。したがって問題となってくるのは文化の違いであり、視点の違いである。

 彼らの精神性のあり方をたどるのは容易なことではない。大体文書としての記録が残っていないからだ。それは鉄のカーテンの向こう側の全体像をつかむのと同じくらい困難である---そして、それは実際には不可能だろう。我々にできるのはただ、探究し、類推し、想像することのみである。
 イスラエルがカナンに入ってきたときの彼らのようすは、イスラエル側の記録によって次のように描写されている。
「ヨルダンの彼方に居るアモリびとの諸の王および海邊に居るカナン人の諸の王はエホバ、ヨルダンの水をイスラエルの人々の前に乾し涸らして我らを濟ひしと聞きイスラエルの人々の事によりて神魂消え心も心ならざりき」Jos5:1
 征服が大方完了した時点での結論としては次のように記されている。
「そもそも彼らが心を剛愎にしてイスラエルに攻めよせしはエホバの然らしめ給ひし者なり 彼らは詛はれし者となり憐憫を乞うことをせず滅ぼされんがためなりき 是全くエホバのモーセに命じ給ひしが如し」---Jos11:20
 しかしこの二つの言葉は、遺憾ながら矛盾すると言わなくてはならない。もしも本当に失意のどん底にあったのなら、そもそも強情を張る気力もなかったはずだし、もしも彼らが強情だったなら、そこには彼らの強情さを支える何らかの矜持が存在したはずだからでる。
 彼らのうち、イスラエルの斥候をかくまって命の保証をとりつけたエリコのラハブと、イスラエルに取り入って契約を結んだギベオンのヒビ人以外は、誰もイスラエルと和を結ぼうとしなかった。彼らは一致団結してイスラエルを迎え撃ちに出た。
「ここにヨルダンの彼方において山地平地レバノンの對へる大海の浜辺に居る諸の王すなはちヘテ人アモリ人カナン人ペリジ人ヒビ人エブス人たる者どもこれを聞きて 心を同じうし相集まりてヨシュアおよびイスラエルと戦わんとす」---Jos9:1
 なんと愚かだったのだろうか彼らは、相手には何せ神の後ろ楯があるのだからどうあがいたって勝てるはずがないではないか、なぜ彼らは降伏して生き延びようとしなかったのかと、我々は考えるだろうか?

 実際のところ、彼らには彼らの生活があり、文化があり、歴史的必然性があったはずだ。今の今まで人生はかくのごとく続いてきたのだし、これからだってかくのごとく続いていくはずだった。それが突然、お前たちの土地は四百年前に神がアブラハムに与えると約束したものだから明け渡さなければならないと告げられて、いったい誰がおとなしく引き下がるだろうか。
 彼らの大部分が最後の最後まで現実を見ようとせず、無駄な抵抗を続けたのは全く当然のことと言わなければならない。彼らにしてみれば、イスラエルの理屈のほうが明らかに間違っていたのだ。そして彼らには、自分たちの慣れ親しんだ思想や生きかたを捨てる気は全然なかった。ラハブやギベオン人は希有な例外であった。あれだけの謙遜さを示すのはそうそう容易なことではない。大方のカナン人の目には、彼らはむしろ卑屈と映ったことであろう。彼らは全く国賊であると考えられたに違いない。実際、エルサレムの王はギベオンの裏切りを知ると他の四つの都市と連合してこれに対して陣営を敷く。そして、結局は助太刀に来たイスラエルに敗れ、屈辱的な仕方で処刑されるのである。

 ここで考えなくてはならないのは、全く当然のことながら、彼らがかくの如き歴史的、文化的、民族的背景のもとに生まれ落ちたのは彼ら自身の責任ではない、という点である。それは彼らにとって、アプリオリに存在した外的状況であった。それでも尚、この外的状況は、彼らが神から裁かれるにあたって、その裁きを左右したほどの、極めて大きな要素となったのである。
 このことから次の問題が生じてくるのである。すなわち---個人は外的状況によってどの程度決定されるのか? そしてそれはまた、言い換えればこういうことである---個人は自分の思想・人格・生き方に関してどの程度責任を負うのか?

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2013年11月30日

創造的な不幸-5-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-5- ナジェージダ・マンデリシュターム<追想>


ナジェージダ・マンデリシュタームの<追想>。
 そこに描かれているのは一つの凄まじい外的状況である。
 彼女は克明に記録する---スターリン政権下で、夫で詩人であったオシップと自分、また友人たち、知り合いたち、大勢の人々が、どんなふうに精神状態を狂わされ、情け容赦なく追い詰められていったかを。この時代において地獄とは収容所、流刑、強制労働、銃殺だけではなかったのである。ロシア全体が、実に精神全体が地獄だったのである。
 しかしそういう状態もまた、ある日突然に立ち現れたわけではない。これもまた一つの歴史的必然であった。
「・・・今でも、今日を一九二〇年代に直結させ、当時つくり出されていた自発的団結を、再びよみがえらせたいと願う人が数多い。二〇年代から今日まで生き永らえた人々が、今、若い人々の間を歩き回って、当時は科学も、文学も、演劇もすべてが百花繚乱と、空前の隆盛を誇っていた、もしもすべてが、当時目指した針路をたどってさえいたら、我々の生活は、今ごろはすでに繁栄の絶頂に達していたはずだと躍起になって吹き込んでいる。芸術左翼戦線の生き残り。タイーロフや、メイエルホリドや、ヴァフタンゴフに協力した人々。哲学=文学研究所やズボフ研究所の教師や学生。『赤色教授』研究所を卒業した教授たち。マルクス主義者たち。四方八方から攻撃を浴びたフォルマリストたち。・・・彼らは、その後起こったことに対して責任を認めていないのである。しかし、果してそうだろうか? なにしろ、当時まであった価値観を破壊して、新しい国だ、未曾有の実験だ、樹を伐れば木っ端は吹っ飛ぶといった、今もなくてはならない形式を発見したのは、他ならぬ二〇年代の人々だったのである。すべての死刑は、目下我々は二度と暴圧のない社会を建設しているのだから、このように前代未聞の『新しいもの』のためには、どんな犠牲も許されるのだと、正当化されていたのである。いつの間にか目的が手段を正当化しはじめ、このような場合に当然のことながら、目的は、しだいに影を潜めていくことに気づく人は誰もいなかった。・・・」
「私たちはかつて混乱に仰天し、突然みな一斉に、強大な権力を、あらゆる混濁した人の流れを水路にせき込むような強力な人物を求めはじめた。・・・
「歴史の流れを滑らかにし、意外性のおこらぬよう、すべてが計画どおり円滑に流れるよう、途上のくぼみをなくすこと、これこそ私たちの願っていたことであった。そしてこういう念願こそ、私たちのいく道をきめる賢者たちの出現を心理的に準備したのであった。そういう賢者たちがいったん出現すると、私たちはもう彼らの指導がなくては行動できなくなり、直接の指示と正確な指針を彼らに期待した。・・・私たちは盲目だったので単一の思想のために自ら戦ってきた。・・・私たち自ら沈黙し、唯々諾々として、強大な権力が力を蓄え、誹謗者たちから自分を守るのに、手を貸してきたのであった。
「・・・とにかく肌身に感じて悟るほか手がないのである。他人の経験を私たちは信じないのだから。私たちは実際不完全な人間となってしまい、責任を負うこともできないでいる。・・・」

「現実生活は図式で示されたとおりには進まなかったが、・・・予定と実際とは比較することを禁じられていたのである。・・・
「時代の原則は、現実に目をつぶるということであった。・・・未来の煉瓦からは現在の家は建たないことを知っていた人は、避けることのできない結果にあらかじめ甘んじ、銃殺を覚悟していた。いったい他にどんなことがやれたというのだろう? 私たちみなそういう結果を覚悟していた。・・・」

「・・・私が一緒に暮らしている人たちはこういうことまでやる人たちなのか! 私はこういうところまできてしまったのか。驚愕は私たちをすっかり麻痺させ、うめく力さえも失ってしまう。人々が投獄されて、自分たちがどういう所にどういう人たちと暮らしているのか、現代の素顔とは何かを知る時襲われるのは、この驚愕ではなかっただろうか、それから完全な麻痺と、あらゆる尺度と規準や、あらゆる価値観の喪失がやってくる。あそこで人々に起こったこと---彼らが何に署名し、何をやり、何を自供し、だれを自分もろとも破滅に陥れたかということは、肉体的苦しみと恐怖だけでは説明がつかない。こういうことすべては、『境界をこえた所で』のみ、時間はとまり、世界は終わり、あらゆるものが崩壊して二度と戻らないように思える狂気の中でのみ起こり得たのである。あらゆる観念の崩壊---これもまた世の終わりなのである」
「非合理な力、非合理な必然性、非合理な恐怖との衝突は、私たちの精神状態をすっかり変えてしまった。・・・もうもとに戻ることはあり得ないという意識がすべての人をとらえた。・・・私たちは新しい時代に入ったのだ、だから私たちは歴史的必然性に従うほかに仕方がない、これは人類の幸福のために戦った立派な人たちの夢と合致するものだ、というふうに私たちは実際吹き込まれたのである。こういう歴史的決定論の宣伝は私たちから意志と自由な判断力とを奪ってしまった。私たちは、まだ疑っている人たちを面前で笑い、自ら新聞のお先棒をかついで、『消極的反抗はこんな結果に終わるのだ!』とばかり制裁の噂話や、神聖な公式やらを繰り返し、現状を正当化する根拠をさがし求めてきた。その主な論拠となったのは、時間的空間的な歴史全体の正体暴露であった。つまり、どこでも似たり寄ったりだ、いつでもそういう具合だったのだ、人類は暴圧と専制しか知らなかったし、また知らないという論拠である。
『どこでも銃殺は行われていますよ』と若い物理学者のLが私に言った。
『わが国では多すぎる、ですって? いいじゃありませんか、これは進歩なんですから』」
「私たちはみな適当に妥協し、殺されるのは自分でなく隣の人だろうと考えて黙っていた。私たちの間の誰が人を殺し、誰が沈黙のおかげで助かったかということさえ私たちは知らないのである。・・・」

 以上の抜粋から、我々はスターリン統治下における精神性の特殊さと、それが形成されるに至ったいきさつについて少しは知ることができただろうか?
 それは今日一つのおぞましい伝説となっている。いったいどれほどの人間が殺されたのか、数字を云々するのも無意味に思えるほどである。
 "Portage" のヒトラーは言う、

" ・・・I was a small man compared to him. Yes, Stalin slaughtered thirty million.・・・He found us amateurish, corrupt with mercy. Our camps covered absurd acres; he strung wire and death pits round a continent(これがいかに真実であったことか!). Who survived among those who had fought with him, brought him to power, executed his will? Not one. He smashed their bones to the last splinter. ・・・"

 そう、彼は独裁者だった。けれど、もちろん彼一人の力であの大虐殺をやってのけたのではない。あの時代の空気全体に、サディスティックな狂気が満ちていたのだ。
 それでは、あの狂気はどこからやって来たのだろう? 天から降ってきた?--そうではない! あの狂気こそは、人間の性善説に対する最も強力な反証の一つなのだ。彼女は書いている--

「昔は善人が多かった。そればかりか、悪人までが善人を装っていた。人はそうでなくてはならないと考えられていたからだった。そこから十九世紀末の批判的リアリズム文学によって暴露された、過去の大悪である偽善と虚偽が生まれてきたわけである。しかしこうした暴露の結果は人の予想だにしないものであった。善人が絶えてしまったのである。善良さというのは単に生得の性質ではなく、育て上げなければならないものである。・・・我々の世代にとって善良さとは、古臭い、消え去った過去の性質であり、善人とは死滅してしまったマンモスのごときものであった」

「一番殺人者に変わりやすいのが若い人たちなのはなぜだろう? なぜ若い人々は人間の生命に対してあれほどまでに無分別な態度が取れるのだろう? このことは、血が流され、殺人が日常茶飯事となるような大変な時代に特に目につく。私たちは犬のように人々にけしかけられたし、犬たちは意味もなく吠え立てながら猟師の手をなめた。食人的精神状態は伝染病のように広がっていった」

           *            *

 ここで我々はもう一つ考えなくてはならない。人間の本質をめぐる問題として前述の問題とも関係してくるのだが、それは個人の責任の問題、あるいは環境決定論の問題である。

「私たちは実際不完全な人間となってしまい、責任を負うこともできないでいる」---しかし我々は、不完全だからといって責任を免れていいものだろうか? 彼女は、国家的規模の洗脳が引き起こした一つの自殺について書いている。

「知識人がこの病気にたやすく屈していったのは革命後の諸条件だけが原因であろうか? 最初の病原菌は、革命前の混乱、あがき、偽の予言といったものの中に潜んでいたのではなかろうか? 昏睡状態、心理的疫病、夢うつつといった症状を伴うこの病気は、『新しい時代』のために恐ろしい行為をおこなった人たちの場合、特殊な形態をとった。あらゆる種類の殺人者、挑発者、スパイたちはある共通した特徴を持っていた。・・・私たちはこう説き聞かされてきたのだ---わが国ではもうけっして何一つ変わることがないだろう、あとは、世界の残りの部分がわが国の状態に追いつくことだけだ、つまり彼らもやはり新しい時代に入るだけで、その時こそあらゆる変化は永久に止まるだろう、と。そしてこの教義を受け入れた人たちは、結局は極端な歴史的決定論から出ている新しい道徳のために正直に働いたのだった。彼らは、自分たちの手であの世や収容所へ送った者たちはみな永久にこの世から抹殺されたものと考えていた。これらの亡霊たちが息をふきかえし、墓堀り人たちの責任を問うなど、彼らには思いもよらないことだった。だからこそ名誉回復の時期に彼らは全くの恐慌状態におちいったのである。・・・」
「タシケントでは秘密警察の大立者の一人が自殺した。その男はスターリン批判後に年金生活者となったが、その後、奇跡的に生きのびて収容所から戻ってきたかつての被告たちとの対審にときたま呼び出されているうち、試練に堪えきれなくなって首吊り自殺をしたのだった。私は中央委員会にあてた彼の遺書の下書きを読む機会を得た。彼の言い分は別に七面倒くさいものではない。ソヴィエト権力に一身を捧げる気持ちの彼は、共産青年同盟員の頃秘密警察入りし、ずっと昇進と報賞の道を歩んできた。その間中彼は自分の同僚と被告以外の人間には会ったことがなく、昼も夜も休みなしに働き、退職してはじめてこれまでおこったことを考える暇を持ったが、その時初めて、自分はもしかすると人民にではなく『何かナポレオン主義のようなもの』に奉仕してきたのではないかという疑念が湧いたのであった。この自殺者は自分の罪を他人に転嫁しようとしている。まず第一に取り調べの際あらゆるでたらめを認めて署名し、そうすることによって取調官や検事らを窮地におとしいれた人々に、さらには『尋問の簡易化』を説明して計画の遂行を要求していた中央からの指導者たちに、最後に進んで当局に情報をもちこんで、大勢の人々に対し取り調べを開くことを余儀なくさせた通報者たちに罪を転嫁しようとしている。秘密警察の勤務員たちは階級意識のためにこういう情報を素通りすることができなかった。この男の自殺の直接の動機となったのは、彼が読みおえたばかりの『死刑囚最後の日』という本であった。
「自殺者は埋葬され、事件はもみ消されてしまった。そうすることがぜひ必要だったのは、彼が中央からの指導者や通報者たちの名前をあげていたためである。自殺者の娘は憤懣やる方なく、父を死に追いやった者たちに仕返ししてやろうと考えていた。彼女の怒りはこうした恐ろしい大混乱を生じさせた者たちに向けられていた。
『あの頃活動していた人々のことを考えてやらなくてはいけなかったのです! 彼らは自分から思いついてやったのではなく、ただ命令を遂行していただけなのですから』
 とラリーサというその娘は言うのだった。・・・ラリーサは、
『これはこのままにはしておけませんわ』
 とくりかえし、彼女の父がどんな扱いを受けたか知ってもらうために一切の事情を外国へ知らせようとしていた。私はどんなことを訴えるつもりなのかたずねてみた。ラリーサにはそれは全く分かりきったことであった。こうも突然に何もかも変えてはいけないのだ。そんなことをすれば人々に大きなショックを与えることになる。人々にそのようなショックを与えてはいけないのだ、パパにもその同僚のだれにも。
『どんな人があなたの考えに共鳴してくれるでしょうね?』
 と私はたずねてみたが、彼女には私の意図が分からなかった。もうこれから何一つ変わることはないといったん人に約束したからには、どんな変化も許してならないのだ。・・・
「わたしとラリーサは分かり合うことができなかったが、彼女を眺めながら私は、どうしてわが国ではすべての道が破滅に通じているのかいつも考えたものである」

 つまり、ここで彼女は人間の道徳的責任を主張しているわけなのである。この自殺者が今までいかに誠実な気持ちでやってきたとしても、あるいは実際長年にわたって欺かれてきたとしても、誠実さは彼がやってきたことの口実とはならず、彼は知的洞察力を働かせてその欺きを見破り、それを拒絶すべきであった、彼にはその責任があった、というわけなのである。
 しかしながら、その少しあとで、彼女は別の人物に関してこれとは違った見方を取っている。自分たちを当局に密告したのではないかと考えられる一人物について、彼女はこう書いているのである---

「・・・が、結局のところドリガチもどうだったか分からない。彼も恐ろしい時代にめぐり合わせた哀れな虫に過ぎない。人間は本当に自分の行動に対し責任を負うものだろうか? 人間の行為もその性格も、すべて時代に縛られている。時代は二本の指で人間を締めつけ、自分に必要な善あるいは悪の一滴をその人間から搾り取るのである」

 ここでは彼はその責任を問われてはおらず、時代の恐ろしさという口実のもとにそれから免除されている。

 時代の恐ろしさ。
「私たちはあまりにも遠慮なく話す人達を、『おやめなさい。何だってそんな。そんな話し方をしていると、どんな人間と取られるか分かりませんよ』と言ってやめさせたことも二度や三度ではなかった。一方私たちも誰にも会わないように人から言われていた。・・・彼は今までずっと知っている人間しか家に入れないようにと私に言ったが、私は彼に、そういう知人たちも以前とはまるで違った人間になっているかもしれないと答えた。
「こういう生活は何らかの痕跡をとどめずにはおかない。私たちはみな精神状態が多少おかしくなり、病人とは言えないが完全に正常とも言えない人間になった。・・・」
「万人に逆らい時流に逆らって我が道を行くことは、それほど生易しいものではない。我々は誰しも、岐路に立ったとき、みんなのあとを追いかけたい、行方を知っている群衆に加わりたい、という誘惑をある程度は感じるものである。しかも、時代の『全般的な意見』なるものの権力は絶大で、これに逆らうのは思いも寄らぬほど困難であり、時代は、一人一人の上にその刻印を残すのである」

 では、実際のところはどうなのか? 人間は自分の行動に関して責任を負うべきなのか、負わなくていいのか?
 この問題に関しては、おそらくこのように言うことができるであろう。すなわち、外的状況が実際にどれほど個人を左右するものか、あるいは個人が己れのあり方に関して実際にどれほど責任を持っているのかということに関して厳たる真実は存在せず、(あるいは我々はそれを知ることを許されておらず、)ただ判断のみが存在するのである。そして、この点について言えば、間違いなく神は人に対してその責任を問うのであり、つまり、彼は人間が責任を持っていると判断するのであり、我々が、全能者また創造主としての神の権威を認める限りにおいて、それは真実なのである。

           *            *

 ところで、タシケントの自殺者をめぐる挿話はまた別の問題を提起しているのである。「・・・こうも突然に何もかも変えてはいけないのだ。そんなことをすれば人々に大きなショックを与えることになる。人々にそのようなショックを与えてはいけないのだ、パパにもその同僚の誰にも。」
そう、このモータルな世界においては、世界とそれを動かしている力とは何の予告もなしに、突然入れ替わり得る。これは何もスターリン批判後のソ連に限ったことではなく、現代の我々すべてが生きてゆく中で容易に起こり得る事態である。ひとたび相対性の力に献身してしまった人間は、事態が一変したときに持ちこたえられないのだ。
 それゆえ我々は知る、何に献身するかは重要な問題であることを---すなわち、我々はただ献身するだけでなく、正しいものに献身しなければならないことを。
 我々はまた知る、正しいものは不変でなくてはならないことを。
 それゆえここにおいて我々は、キリスト教の正当性と必要性についての理解を得るのである。すなわち、我々は時代の流れまた多数の意見という「外的状況」に対して人を守る、不変にして絶対的な規範を必要としている。それは神によって啓示されており、ゆえに人はそれに従う責任を負っている、というわけなのである。
 しかし、この不完全な人間の集合体から成る不完全な世界にあって、人はいかにしてそれを正しく認識できるのか?
 実際、Aは昔から思ってきた---終末の際に神が人を裁くとき、最大の焦点となるのは実にこの問題だろうと。
 人の生い立ち、生まれ育ってきた環境、曝されてきた影響力、取り巻かれてきた文化、遺伝的諸要素、周囲の人々、歴史的な流れ、こういうものがすべて相まって、キリスト教を受け入れるのを困難にさせる、といった状況が実際に存在するのである。人はキリスト教と不幸な出会い方をするかもしれない。それについての歪んだ観念が行き渡り、それを代表すると称する人間たちの腐敗や横暴がはびこり、世の中全体がそれを敵視し軽視しあるいは無視するとき、それでもなお、神は人に対して、キリスト教を選び取らなかった責任を問う権利があるのか?
 それゆえにまた、それは神の正当性をめぐる問題でもあるのだ。これについては、後に続く章でも扱われることになろう。
 ただ、ここで考えておきたいのは、彼ら、責任を果たさなかった者たちが、おしなべてこういう状況にあった、ということなのである。なべて彼らは、規範に従うにはあまりにも困難な状況にあった。カナンの民にとって、神の言葉は自分たちの命を地の表から拭い去ろうとする脅威として現れたのだし、(後に取り上げられるセオドア・ドライサーの<アメリカの悲劇>の主人公)クライドにとってキリスト教は、そこから逃げ出すべき貧困と惨めさの象徴だった。三十年代のソ連にあっては、それはブルジョアの幻想、過去に属する愚かな過ちであり、そんなものを規範とするなんて、全く話にならない状況だったのである(「キリスト教的な道徳は、いとも気軽にブルジョア的な道徳と同一視され、『汝殺すなかれ』という昔からの戒律さえも、ブルジョア的とされてしまっていた」)。
 それでもなお、彼らには責任があったのか?

           *            *

 最後に、生命の意味をめぐって。

「この最後の手段のことを考えるといつも私の心は慰められ、安心させられるのだった。とても生きるに耐えられないと思った時期に何度か一緒に自殺しようとオシップに言ったものである。だが私の言葉はいつもオシップからの激しい抵抗を呼び起こした。・・・
『そのあとどうなるかどうしてお前に分かるね? 生命は天から与えられたものだから、どんな人間もこれを放棄してはならないのだ』
 というのがその根拠であった。そして、
『どうしてお前は自分が幸せでなくてはならないなんて思い込んでしまったのだ?』
 という言葉が私にはいちばん説得力のある最後の根拠であった。・・・
「・・・この運命の敷居をまたぐことが人々にとってどんなに難しいかに私はいつも驚かされる。キリスト教では自殺を禁じているが、そこには何か深く人間の本性に合致するものがあるのだ。私たちの時代は生きることの方が死ぬことよりはるかに恐ろしいことを見せつけたが、人間はこの死への一歩は踏み出さないものなのである。私が一人きりになったとき、いつも私を支えてくれたのは、『どうしてお前は自分が幸せでなくてはならないと考えるのか』というオシップの言葉と、それから司祭長アヴァクームの言葉であった。『私たちはあとどれだけこうして歩いていかねばならないのですか?』と、疲れ果てた妻が彼に尋ねた。『墓までだよ、お前』と夫が答えると、妻は立ち上がってまた歩きだしたという。」

 あの時代にスターリン批判の詩を書いたオシップとその妻は、--当然と言えばあまりにも当然な話--次第に追い詰められてゆく。

「死に方を選びながらオシップは、わが国の指導者たちの著しい特質である、迷信的とも言えるほどの、詩への計り知れぬ尊敬を引き合いに出して、私を慰めるのであった。
『嘆くことはないじゃないか。詩が尊ばれているのは、わが国だけだよ。詩のために人殺しをやっているのはね。詩のために人がこんなに殺される国はどこにもないからね』
 と彼は言うのだった。」

 それから、オシップがスターリン賛歌の詩を書くようにという圧力についに屈するまでの経過が痛々しく語られる。

「舌を持っていた人々は、最も忌まわしい拷問を受けてきた。舌をちぎられ、その舌の根で元首を讃えるよう命じられたのである。生の本能には勝てない。それは、物理的存在を長らえようとするかぎり、人々をこの種の自己破滅に追いやった。生き長らえた者も、滅びた者と同様、屍となった。・・・
「『賛歌』はやはり書かれた。しかし、その使命を果たさず、オシップを救えなかった。最後の瞬間に、オシップはやはり要求されたことをした。すなわち賛歌を書いたのだ。たぶん私が滅ぼされなかったのはそのためだろう。とはいえ、激しく迫害されたが。夫が注文を果たした場合、その注文が受け入れられなくても、その未亡人に対しては手心が加えられるのが普通だった。オシップもそのことを知っていた」

 ソクラテス--「難しいのは死を免れることではない、下劣を免れることである」
 オシップ・マンデリシュタームは、最後の最後になって下劣を免れることに失敗したのか? 見方によってはそうである。見方によってはそうではない。
 結局のところ、彼はミューズへの忠誠を捨ててまでも妻の命を守ろうとしたのだ。それは芸術的な降伏であったかもしれない。しかしそれは道徳的な勝利であったのだと、考えることができないだろうか?

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2013年11月30日

創造的な不幸-6-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
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-6- V.フランクル<夜と霧>その他


 その頃、ナジェージダ・マンデリシュタームの回想録と並んで(あるいは、それ以上に)Aの中に大きな位置を占めていたのは、ヴィクトール・フランクルの<夜と霧>だった。この書の中で、Aは最初に「我々は問われている」という想念に出会ったのである。原題は"Ein Psycholog erlebt das K.2"--強制収容所における一心理学者の体験。
 フランクルは第二次大戦中、ユダヤ人であったために収容所へ送られ、アウシュヴィッツやダッハウを点々としたあげく、終戦とともに奇跡的に生還する。そして一心理学者として主に学術的な視点から、自らの収容所体験を手記にまとめているのである。
 この書と、この書の日本語訳の巻頭に収められた、ラッセル卿による収容所の全貌についての解説とが、まずAに強烈な印象を与えるのは、悪というものがいかに普遍的で、容易に広がり得るものであるかということである。メルヴィルが書いたように、「悪とは宇宙の慢性病」なのだ。
 そしてこれは、単に虐げる者と虐げられる者という図式だけで表せるものではない。我々は知る、最も残忍に虐げた者のうちのかなりの者が、はじめは自らも虐げられる側だったことを。悪はただ存在するばかりではなく、極めて強い伝染力を持っているのである。
 収容所をとりしきっていた連中が、いかに普通の、正常な感覚を持った人間であったかに関する長々とした説明を読むのは、それ以上に恐ろしいことかもしれない。収容所の外では当たり前の礼儀や同情心を持ち合わせていて、実際にそれを示しもするし、戦後裁判にかけられると、顔色を変えることも、精神に異常をきたすこともなく、ぬけぬけと自己弁護をしたりする。それゆえAは知る、悪とは少数の特殊な狂人に属するのではなく、我々すべてに属するのだということを。我々一人一人が自分の中に、再びアウシュヴィッツを生み出せるだけの悪を持っているのだ。
 自分もまた、彼らと同じ人間なのだ--ある特殊な状況下においては、自分もまたあんなふうになり得るのだ--そう思うとき、Aはぞっとして身震いする、己れの中のアウシュヴィッツ的要素とでも言うべきものが、底深くで蛇のように、かすかに蠢くのを感じて。

 己れの中の悪--それは極めてホーソン的な主題である。しかし、この書がそれ以上にAに対して感銘を与えたのは、その反対の点においてであった。それは善の可能性という点においてであり、人間がいかに悪に抗し得るかという点においてだったのだ。
 マンデリシュタームの回想録もまた、非常な力強さに満ちた、価値ある書物である。それでも尚、その大方のところは暴露と告発と、何が起こったかを残らず書き残そうという決意とだけに終始してしまっていて、やや消極的な印象を与える。
 彼女にとって、「どうしてお前は自分が幸せでなければならないなんて思い込んでしまったんだ?」というオシップの言葉は最後の根拠を与えるものであった。それでもやはり、自分がどうして不幸に耐えなければならないのかということについて、彼女は十分に確信を持つことができなかったのだ。
 <夜と霧>が更に力ある書物であるというのは、この点においてである。そこでは己れを凌駕する悪の力ゆえにただ苦しむだけの無力な犠牲者となるのではなく、戦うこと、意志の自由と行動の自由とを持ち合わせた能動的な個人として振る舞うことの重要性が説かれているからだ。そしてこの書はAに、悪というものが存在することだけではなく、我々がそれに対してどうこういう態度を取らなくてはならないこと、また、それがどんなふうに可能なのかということを示したのである。
 この問題に焦点が定められているのは第七章においてである。

「強制収容所にずっと長く留ることが人間に与える典型的な性格特徴を、心理的に描写し、精神病理学的に説明しようとするこの試みは、人間の心が結局環境によって規定されるという印象を与えざるを得ないかもしれない。たとえば強制収容所では、そこでの生活が、独自な社会環境として、人間の行為を強制的に形づくるのではないだろうか。しかし人は当然のことながら異論をたてることができるのである。そして一体それではどこに人間の自由があるのかと問うであろう。一体与えられた環境条件に対する態度の精神的自由、行動の精神的自由は存しないのであろうか? 自然主義的な世界観や人生観が、人間は生物学的であれ、心理学的であれ、社会学的であれ、多様な規定性や条件の産物に他ならないとわれわれに信じさせようとすることは真実なのであろうか? 人間は従ってその身体的特質、その性格学的素質及びその社会的状況の偶然な結果に他ならないのだろうか。もっと具体的に言うならば、収容所生活という特殊な社会的条件の環境に対する人間の心理的反応において、人間は彼が強制的に入れられたこの存在形式の影響から全く抜き出ることができないといえるであろうか? すなわち彼は収容所を支配していた『諸々の事情の強制の下に他のようにはできなかった』であろうか?
 さてこの問題に我々は経験的にも理論的にも答えることができる。経験的には収容所生活は我々に、人間は極めてよく『他のようにもでき得る』ということを示した。人間が感情の鈍麻を克服し刺激性を抑圧し得ること、また精神的自由、すなわち環境への自我の自由な態度は、この一見絶対的な強制状態の下においても、外的にも内的にも存し続けたということを示す英雄的な実例は少なくないのである。強制収容所を経験した人は誰でも、バラックの中をこちらでは優しい言葉、あちらでは最後のパンの一片を与えて通って行く人間の姿を知っているのである。そしてたとえそれが少数の人数であったにせよ---彼等は、人が強制収容所の人間から一切をとり得るかも知れないが、しかしたった一つのもの、すなわち与えられた事態にある態度をとる人間の最後の自由、をとることはできないということの証明力を持っているのである。『あれこれの態度をとることができる』ということは存するのであり、収容所内の毎日毎時がこの内的な決断を行う幾千の機会を与えたのであった。その内的決断とは、人間からその最も固有なもの---内的自由---を奪い、自由と尊厳を放棄させて外的条件の単なる玩弄物とし、『典型的な』、収容所囚人に鋳直そうとする環境の力に陥るか陥らないか、という決断なのである。
 ・・・
「ドストエフスキーはかつて『私は私の苦悩にふさわしくなくなるということだけを恐れた』と言った。もし人が、その収容所内での行動やその苦悩や死が今問題になっている究極のかつ失われ難い人間の内的自由を証明してくれるようなあの殉教的な人間を知ったならば、このドストエフスキーの言葉がしばしば頭に浮かんでくるに違いない。彼等はまさに『その苦悩にふさわしく』あったということが言えるのであろう。彼等は義しき苦悩の中には一つの業績、内的な業績が存するということの証を立てたのである。人が彼から最後の息を引き取るまで奪うことのできなかった人間の精神の自由は、また彼が最後の息を引き取るまで彼の生活を有意義に形成する機会を彼に見出さしめたのである。なぜならば創造的に価値を実現化することができる活動的生活や、また美の体験や芸術や自然の体験の中に充足される享受する生活が意味を持つばかりでなく、さらにまた創造的な価値や体験的な価値を実現化する機会がほとんどないような生活---たとえば収容所におけるがごとき---でも意味を持っているのである。すなわちなお倫理的に高い行為の最後の可能性を許していたのである。それはつまり人間が全く外部から強制された存在のこの制限に対して、いかなる態度をとるかという点において現れてくるのである。創造的及び享受的生活は囚人にはとっくに閉ざされている。しかし創造的及び享受的生活が意味を持っているばかりでなく、生命そのものが一つの意味を持っているのなら、苦悩もまた一つの意味を持っているに違いない。苦悩が生命に何らかの形で属しているならば、また運命も死もそうである。苦難と死は人間の実存を始めて一つの全体にするのである!
 一人の人間がどんなに彼の避けられ得ない運命とそれが彼に課する苦悩とを自らに引き受けるかというやり方の中に、すなわち人間が彼の苦悩を彼の十字架としていかに引き受けるかというやり方の中に、たとえどんな困難の状況にあってもなお、生命の最後の一分まで、生命を有意義に形作る豊かな可能性が開かれているのである---ある人間が勇気と誇りと他人への愛を持ち続けていたか、それとも極端に尖先鋭化した自己保持のための闘いにおいて彼の人間性を忘れ、・・・羊群中の一匹に完全になってしまったか---その苦悩に満ちた状態と困難な運命とが彼に示した倫理的価値可能性を人間が実現したかあるいは失ったか---そして彼が『苦悩にふさわしく』あったかそうでなかったか---」

 まず最初に銘記しておくべきは、著者が厳密な意味でのキリスト教徒ではなかったという点である。この偉大な書全体を貫いているのはキリスト教的というよりもむしろ、ヒューマニスティックで啓蒙主義的な態度である。あるとき、飢えと寒さでひどい状況にあった仲間たちを精神的に支えるためになされた彼の即興の講演は、このことをよく示している。

「それから私は終わりになお、生命を意味で満たす多様な可能性について語った。私は私の仲間たちに・・・人間の生命は常に如何なる事情のもとでも意味を持つこと、そしてこの存在の無限の意味はまた苦悩と死をも含むものであることについて語った。そして私は・・・我々の事態の重大さを理解し、かつそれにも拘わらず諦めないことを望み、我々の戦いの見込みのないことは戦いの意味や尊厳を少しも傷つけるものでないことを意識するように懇願した。私は彼等に云った。この困難な時と、また近づきつつある最後の時に我々各自を誰かが求めるまなざしで見下ろしているのだ・・・一人の友、一人の妻、一人の生者、一人の死者・・・そして一つの神が。そしてその者は我々が彼を失望せしめないことを期待し、また我々が哀れに苦しまないで誇らしげに苦しみ死ぬことを知っているのを期待しているのだ。
 そして最後に私は我々の犠牲について語った、すなわちそれがどちらにせよ意味を持っていることを語った。この世では一見何の成果も得られないかのように見えることは・・・犠牲の本質に属していることであるが、しかし犠牲は意味を持つものだと語った。そして宗教的な意味で信仰を持っている人はそのことをよく知っていると語った。そしてその収容所に入れられた最初に、いわば天と一つの契約を結んだある仲間の話をした。すなわち彼は天に、彼の苦悩と死が、その代わりに彼の愛する人間から苦悩に満ちた死を取り去ってくれるようにと願ったのである。この人間にとって苦悩と死は無意味なのではなくて・・・犠牲として・・・最も強い意味に満ちていたのである。意味なくしては彼は苦しもうとは欲しなかった。同様に意味なくして我々は苦しもうと欲しないのである」

 この感動的な話から受ける印象は、ここにおいて、逆境に際しての道徳的努力の必要性が心に迫る説得力をもって説かれているのに対し、その根拠また依り処の定義については奇妙にも曖昧なまま残されている、というものである。事実彼は書いている---

「・・・収容所の囚人についての心理学的考察は、まず最初に精神的人間的に崩壊していった人間のみが、収容所の世界の影響に陥ってしまうということを示している。またもはや内面的な拠り所を持たなくなった人間のみが崩壊せしめられたということを明らかにしている。ではこの内的な拠り所とはどこに存すべきであり、どこに存し得るのであろうか? これが今や我々の最大の問題なのである」

 つまり、彼の精神性においては、まず規範があってそのために道徳的努力をするのではなく、まず最初に道徳的努力が必要であったので、そのために規範が必要となってくるのである。そして例えその規範が容易には見出されないとしても、そのことが道徳的努力を放棄することの口実となることはなく、却ってそのために一層努力したのである。
 それゆえ人間には絶対的な規範--神の掟---は必要ない、ということにはならない。道徳基準が相対的なものであることの大きな問題点の一つは、それが際限なく低下し得るということである。相対的であるということは、すなわち高いとか低いとかいう基準が存在しないということだからだ。もちろんここで私は「し得る」と言っているのであって、必ずそうなると言っているわけではない。例えばフランクルの場合に、それがどちらかと言えば相対的なものであったにも拘わらず天高く飛翔したことを、我々は知っているのである。
 ここで重要な点は、例え厳密な意味において正しい認識を持ってはいないとしても、我々には常に責任が課せられている、という点なのである。彼は厳密に言って正しい認識を持ってはいなかったかもしれない。しかし彼はその責任を果たしたのだ。彼がかくまで立派に身を処し得たのは、彼がもともとそういう性質の人間だったということにもよるだろうし、彼がそれまでに身に着けてきた教養や、打ち込んできた学問も大いにその助けとなったに違いない。この上に尚、他の要素があるだろうか?

 ここが道徳の問題において常に焦点となる、最大のポイントである。つまりそれは、道徳という概念は人間に生得的な特質であるかどうか、という論題なのである。
「だがそれにも拘わらず」と、カール・レーヴィットはニーチェを論じて言っている、「人道は人がそれをかなぐり捨てることができるような『先入見』ではなく、もともと歴史的人間の本性に属しているのである」
 パウロもまたこの問題を取り上げて書いている、「律法を有たぬ異邦人、もし本性のまま律法に載せたる所をおこなふ時は、律法を有たずともおのづから己が律法たるなり。即ち律法の命ずる所のその心に録されたるを顕し、おのが良心もこれが證をなして、その念、たがひに或は訴へ或は辯明す」---Ro2:14,15
 なぜか。それは人が良心というものを持っているからだ。
 それでは良心の定義とは何か。ここが微妙な点であるが---それはかつてはっきり教えられたことがないとしても、我々がその像に造られた神の特質のおぼろげな残像を、我々の誰もが自分自身のうちに宿している、ということなのである。
 我々はかつて、ナチの戦犯を「人道に対する罪」で告発したニュルンベルク裁判を思い出すかもしれない。「人道に対する罪」という表現は、人道というものが単なる言葉だけの化け物ではなくて現実に存在し、我々は我々を形づくろうとするあらゆる外的状況に対抗してそれに従う義務がある、ということを示しているのである。
 我々すべては例えはっきり知っていなくとも、あるいはいかに間違った教えを吹き込まれようとも、あらゆる状況において常に責任を負っている。それゆえこの見方に従えば、いやしくも人間でありたいと望む限り、我々は決定論的な見解をとるわけにはいかないのである。

             *              *

 内的自由についての考察を、フランクルはさらに一歩押し進めている。
 彼は、苦悩を耐え抜く際における、一つの未来、一つの目的、一つの依り処という概念の重要性について語ったあと、もはやそれを持てなくなった人間の姿を描写する--
「・・・一つの未来を、彼自身の未来を信ずることのできなかった人間は収容所で滅亡していった。未来を失うと同時に彼はそのよりどころを失い、内的に崩壊し身体的にも心理的にも転落したのであった。
「・・・それは通常次のような形で始まった。その当の囚人はある日バラックに寝たままで横たわり、衣類を着替えたり手洗いに行ったり点呼場に行ったりするために動こうとはしなくなるのである。何をしても彼には役立たない。何ものも彼を脅かすことはできない--懇願しても威嚇しても殴打しても--すべては無駄である。・・・彼は自己を放棄したのである! 彼自身の糞尿にまみれて彼はそこに横たわり、もはや何ものも彼を煩わすことはないのである。
「・・・何の生活目標をももはや眼前に見ず、何の生活内容も持たず、その生活において何の目的も認めない人は哀れである。彼の存在の意味は彼から消えてしまうのである。そして同時に頑張り通す何らの意義もなくなってしまうのである。このようにして全くよりどころを失った人々はやがて倒れてゆくのである。あらゆる励ましの言葉に反対し、あらゆる慰めを拒絶する彼らの典型的な口の聞き方は、通常次のようであった。『私はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないのだ。』これに対して人はいかに答えるべきであろうか。」
 そしてこのあとに、この書全体の中でも最も重要な、最もユニークな一節が続くのだ。
「ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち、我々が人生からまだ何を期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生の方が我々から何を期待しているかが問題なのである。・・・哲学的に誇張して言えば、ここではコペルニクス的転回が問題なのだと言えよう。すなわち我々が人生の意味を問うのではなくて、我々自身が問われた者として体験されるのである。人生は我々に毎日毎時問いを提出し、我々はその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行うことに対する責任を担うことに他ならないのである」
 我々は問われている! これがそのすべての理由だったのである。
 これが、我々が日々己れと戦い、神の正しさを立証すべく努力し続けなければならない理由だったのである。そのことを、Aはこの書物によって始めて理解したのだった。
 この想念は、これより少しあとでヨブ記について考察される際に再び持ち出されることになるだろう。この想念はまた、さらにあとで神の正義あるいはカラマーゾフ的問題についての考察がなされる際にも重要な役割を果たすのである。

           *            *

 引き続き内的自由について。

「・・・人間が感情の鈍麻を克服し刺激性を抑圧し得ること、また精神的自由、すなわち環境への自我の自由な態度は、この一見絶対的な強制状態の下においても、外的にも内的にも存し続けたということを示す英雄的な実例は少なくないのである。・・・彼等は、人が強制収容所の人間から一切をとり得るかも知れないが、しかしたった一つのもの、すなわち与えられた事態にある態度をとる人間の最後の自由、をとることはできないということの証明力を持っているのである。『あれこれの態度をとることができる』ということは存するのであり、収容所内の毎日毎時がこの内的な決断を行う幾千の機会を与えたのであった。その内的決断とは、人間からその最も固有なもの---内的自由---を奪い、自由と尊厳を放棄させて外的条件の単なる玩弄物とし、『典型的な』、収容所囚人に鋳直そうとする環境の力に陥るか陥らないか、という決断なのである。
「・・・ 一人の人間がどんなに彼の避けられ得ない運命とそれが彼に課する苦悩とを自らに引き受けるかというやり方の中に、すなわち人間が彼の苦悩を彼の十字架としていかに引き受けるかというやり方の中に、たとえどんな困難の状況にあってもなお、生命の最後の一分まで、生命を有意義に形作る豊かな可能性が開かれているのである---ある人間が勇気と誇りと他人への愛を持ち続けていたか、それとも極端に尖先鋭化した自己保持のための闘いにおいて彼の人間性を忘れ、・・・羊群中の一匹に完全になってしまったか---その苦悩に満ちた状態と困難な運命とが彼に示した倫理的価値可能性を人間が実現したかあるいは失ったか---そして彼が『苦悩にふさわしく』あったかそうでなかったか---」

 それゆえ我々は知る---それは精神性に対する攻撃であったことを。肉体に対する、ではなく。
 凄惨な外的状況の中でいかに人間の尊厳を保ち、環境に左右されない<内的自由>を保持するか、それがこの戦いの眼目であったことを、我々は知るのである。
 それはまた我々に、自由についてのソルジェニーツィンの言葉を思い起こさせる---「真に自由を理解している者とは、自己の法律上の諸権利を欲深く、急いで利用する者ではなく、法的権利があっても己れを制する良心を持っている者である」

 内的自由---ところで我々はこの言葉を、どこかで見かけた覚えがあるのではないか? 然り、それはパスカルがサシとの対話の中で<悪魔的尊大>と呼んだところの、エピクテトスの内的自由---精神と意志の自由---と極めてよく似た概念である。フランクルの態度が、キリスト教的視点からすれば厳密に言ってキリスト教的とは言い難いことと考え合わせれば、この辺で我々は疑ってみる必要があるのではないか---それは神への冒瀆ではないのか、と。
 しかし、ここで我々は再び思い出すのである---ヨブの場合にこの内的自由が、悪魔的尊大が、いかに絶対的に必要とされたかを。
 それは試みであったので、ヨブは神の助けを全然なしに、自分一人の力だけでその戦いに立ち向かわなければならなかった。最後まで自分の正しさを主張することをやめなかったヨブの強情が、これに勝利を収めるのにどんなに決定的な役割を果たしたか。そしてそのために彼は神から厳しくとがめられたが、それでもやはり、それが決定的な役割を果たしたことに変わりはなかったのだ。
 それゆえエピクテトスに対するパスカルの批判が必ずしも当を得たものではなかったことを、我々は知るのである。それと同時にまた、ペラギウスに対するアウグスティヌスの痛烈な攻撃が、必ずしも正当なものではなかったことをも。
 キリスト教における、神の絶対的な力と個人の内的自由とは、一つのパラドックスを形成する。それはR.スチュアートが適切にも述べたように、“If it is true that the harder he works, the more difficult acquiescence may be when the outcome is at variance with his aims(as it is likely to be more often than not),..." というような状況なのである。" ...Why then, this is one of the tests a Christian must learn to meet. A Christian must be able to say 'The judgements of the Lord are true and righteous altogether,' and keep on trying."
 それから後の章で、彼はエリオットの" Teach us to care and not to care..."という詩句を引き合いに出してこう説明している。

    Teach us to care and not to care
    Teach us to sit still
    Even among these rocks,
    Our peace in His will....

 "Teach us to care and not to care" well expresses the central Christian paradox, the apparent contradiction between individual responsibility and divine sovereignty. The Christian faith posits the active, responsible, even militant individual, the individual who has put on the whole armor of God, ready to do battle against principalities and powers and the rules of darkness. This is an individual who 'cares' intensely. Over against this is set reliance upon, and submission to, an overruling Providence. The two concepts operate on entirely different 'levels.' One concept counsels vigilance, effort; the other, faith, submission."

 この逆説もまた、常に人間を悩ませてきたものである。この問題に関してカルヴィン式の予定説は認められない、なぜならそれは、科学的決定論と非常によく似た有害な結果を引き起こしかねないからだ。決定論についてのスチュアートの説明をもう一度引こう。

 ...They reduce man to the status of a puppet. If man is a puppet, he is clearly not a moral agent, he is relieved of moral responsibility, he deserves neither blame nor praise, he is always doing the best---or the worst---he can."

 救われる者と救われない者とが予め定められているとすれば、それはこれとよく似た態度を招来しはしないだろうか、即ち---もし私が救われるべく定められているとしたら、私は何も努力する必要がない、なぜなら私の救いはもう確定しているのだから。或いは、もし私が救われないと定まっているのなら、これ以上努力しても意味がない、なぜならどっちみち私は救われないだろうから。
 カルヴィニストがどう反論するとしても、聖書そのものがこの類推を支持しているのである。聖書は予定説を支持しない、そうでなければ我々は、「もしこれら選ばれたものの一人をつまづかせる者がいるなら」という語句を、一体どう考えたものであろうか? あるいは、黙示録における「最後の試み」は一体何のためになされるのか?
 決定的なのはエゼキエル18:21-24における神の宣言で、これは逆転の起こる可能性をはっきりと示しているのだ。
「然ど惡人もしその凡て行ひしところの惡を離れわが諸の法度を守り律法と公義を行ひなばかならず生きん死なざるべし その爲せしところの咎は皆記念られざるべしその爲せし義き事のために彼は生くべし 主エホバ言給ふ我爭で惡人の死を好まんや寧彼がその道を離れて生きんことを好まざらんや 若義人その義をはなれて惡を行ひ惡人の爲せる諸の憎むべき事をなさば生くべきや其なせし義き事は皆記念られざるべし彼はその爲せる咎とその犯せる罪とのために死ぬべし」
 しかしながら、これらのすべてを考えに入れても、ある種の逆説が残るのは明らかなのだ。即ち、救われるために人はまず、神への献身をはっきりと選び取ってから生き始めなければならないが、神の方では、彼を救うか否かの選択を最後まで引き延ばすのである。それゆえ人は最後まで、神の前における自分の立場については確証を与えられぬまま、宙ぶらりんな状態で生きていかなくてはならない。それゆえにまた我々は問われているのである、かくまで不均衡な関係を、我々は受け入れるだろうか、と。

            *             *

 ヘブライズムとヘレニズム---あるいは、キリスト教的なものとギリシャ的なもの。この辺でその各々と、両者の違いについて少し語っておくのは有益なことであろう。
 ユダヤ教、あるいはその後身のキリスト教が世界に対して提示した概念---絶対ということ。絶対的なるもの、完全なるもの、無限なるもの、不滅にして永遠なるもの。
 それは人間が日々達しようとして努力しなければならず、しかも絶対に達することのできない理想であった。達し得ないものに達しようとする真剣な努力は、一方では人間の本質についての冷徹かつ痛切な認識を生む。それは、人間というものがいかに相対的で不完全で限界に縛られ、脆くてmortalな---可死的な存在でしかないか、という認識である。それは古代のイスラエルが、完全なる律法に照らして己れの不完全を知ったが如くであった。

 ゴシック大聖堂の前に佇むホーソン。
「私は高き霊性の次元まで登ってゆくことができなかった、ただ己れの限界についての痛切な自覚と、そういう限界を越えて飛翔したいという半ば抑制された願望と---」
 ライオネル・トリリングはこうしたホーソンの精神性を形容して、「昨日の精神」(the spirit of yesterday )と呼んだ。--<リベラル・イマジネーション>

 そう、それは忘れ去られた、過去の精神であり、中世の精神だった。
 中世までの人間はそのことをよく知っていて、決して神と張り合おうとしなかった。その諦念のゆえに社会は改良されず、街路も真っ暗なままだったかもしれないが、ともかく謙虚という美徳は保たれてきたのだ。
 様子が変わったのはルネサンス以降である。個という概念が発見され、芸術が花開き、科学が進歩し、人は神の前に垂れていた頭を少し持ち上げて、自分たちは今まで己れを過小評価してきたのではないかと考えた。そして、神の力を借りずとも、自分たちだけで理性と教養によって黄金郷を築けるのではないかという幻想を抱いたのである。ヒューマニズム全盛の時代---ヴォルテールの無邪気な人間信仰。マキャヴェリが描いてみせたように、邪悪にも残酷にも堕し得る人間性の現実を、彼等は無視しようとしたのだった。そうした幻想は近代に至り、第一次・第二次世界大戦の野蛮な流血行為を見せつけられるに及んで決定的に打ち砕かれることになる。どんなに文明が進歩しようと結局のところ人類は、アベル殺し以来道徳的に何一つ進歩していないことが歴然と判明したのだった。

 ヘンリー・ジェイムズの書簡、1914年8月4日。
「・・・時に後退することはあっても世界は次第によくなると、信じてきた我々の長い年月はすべて水泡に帰してしまいました。けれどもこの欺瞞の年月のあいだに我々が目指し、意図してきたものの全てを今ありのままに受け止めるというのは、余りにも悲劇的で、言うべき言葉も見つかりません・・・我々は何と愚かだったのでしょう」

 他方、ギリシャ精神とは、己れを凌駕する力と雄々しく戦って滅びる精神である。例えば、神と戦うヘラクレス。
 人間は既存のさまざまな外的状況によって規定されている---社会的、歴史的、宗教的、地理的、家庭的、生物学的状況。あるいは遺伝もそうだ、これも人の意志の外にあるという意味で外的状況である。そしてそれらはしばしば個人を凌駕する。
 <フェードル>の主題は、パスカルの言葉を借りれば「神の恩寵なき人間の悲惨」であった。フェードルが不義の恋に身を焦がしたのも、オイディプスが父を殺し母と寝たのも、運命だとか神々の呪いだとかによったのであり、決して己れの意志によらなかった。己れの責任ではなかったにもかかわらず、彼らは全責任を一手に引き受けて苦しまねばならず、己れの道徳的な立場を自ら裁かねばならなかった。かくしてフェードルは毒を仰ぎオイディプスは自らの目を突く。彼らは運命の犠牲者であった、しかし同時に、道徳的には強者であった。彼らは科学的決定論を口実にするようなことはなかった。

 キリスト教的なものとギリシャ的なものとの、類似と相違。
 キリスト教を激しく憎んで、ギリシャ悲劇の主人公になろうとしたニーチェ。 キリスト教的なもの---神の意志に従い神の基準に達しようとして奮闘する生き方。達し得ないものに達しようとして、どうせ不可能なことのために身を打ち込み心を砕くことに一体何の意味があるのか? その不可能さを思い知って絶望するだけではないのか? 神の要求の高さは、その絶望的な隔たりは、人間の尊厳や自尊心をすっかり奪い去ってしまう。神の前に頭を垂れ、己れの意志のかけらも持たぬ惨めな羊として永遠の命を受けるよりは、神に反逆して誇り高く滅び去る方を、断然彼は選んだのである。
 しかしながら、不可能なことを成し遂げようとする点ではキリスト教もギリシャ精神も変わらない。どちらも人間を捕らえる様々な形の外的状況に対して断固として戦うという点では同じである。ただ、何のために何に対して戦うか、あるいは何をもって勝利と見なすかが異なるのだ。
 キリスト教においては人はもちろん神とその王国のために、そして周囲からの圧迫、迫害、困難といったもの、あるいは自分の中の罪とか悪とかいう「外的状況」と戦うのである。そして、キリスト教においてはそういった外的状況を実質的に凌駕することではなく、それに対して戦い続けることそのものが即ち勝利なのだ。この世に神の王国をもたらすのは彼らの仕事ではないし(これについては後の章で詳しく取り上げられよう)、あるいはアダムの子孫として生まれてきたのは彼らの責任ではなく、その責任を担うことを彼らは要求されていない。フェードルの世界と違ってそこには神の恩寵があるからだ。ダビデにしろパウロにしろ、およそイエス以外のすべての神の僕たちは、神の前にあってどうしようもなく不完全な罪人にすぎなかった。(「私は実に惨めな人間です」---Rom7:24)それでも彼らは勝者だった。彼らは神の奴隷たらんと決意して努力し続けたという点において勝利したのである。
 これに対し、ギリシャ精神は多くの場合、個人の尊厳だとか誇りとか人への愛のために、つまりは多分にモータルなもののために、運命だとか神だとかと、つまり多くは絶対的でイモータルなものと戦うのである。それゆえ必然的に彼らは常に敗北する。それは神によらずに何らかの価値を実現しようとする試みであるという意味で一種のヒューマニズムと考えられなくもないが、しかしそれは生ぬるいヒューマニズムではなくて、激烈で、戦闘的なヒューマニズムである。そして、キリスト教が専ら神に対して服従を貫くのに対して、ギリシャ精神は時として神のことを全然視野に入れず、あるいは時として神に反逆しさえする---例えば「モービーディック」のエイハブ。そして、彼らにとっては勝利とは常に実質的な勝利を意味するのであり、しかも己れを凌駕するものと戦っている以上、それは永遠に不可能なのであるから、それゆえに彼らは常に敗北するのである。

 Melville said to Hawthorne, after the completion of "Moby Dick", "I have written a wicked book, and feel as spotless as the lamb." If Melville felt justified in what he had written, why did he call "Moby Dick" "a wicked book"?
 Perhaps because he had written a book with a wicked protagonist. The protagonist, to be sure, is punished for his wickedness. Still, what if he is presented sympathetically, admiringly, as a hero, or something of a hero? Then perhaps the book becomes "a wicked book" in the eyes of its author. Melville's case recalls Milton's, in "Paradise Lost", where Satan appears in a heroic light in the early part of the poem. Melville's description of Ahab, in fact, often seems reminiscent of Milton's description of Satan. Both are superheroes, archangelic though fallen, battle-scarred, vindictive, bent on revenge. Might not Milton have thought that "Paradise Lost" through Book Two was a wicked book? Is not the treatment of Satan in those tremendous opening scenes too sympathetic to comport strictly with Christian piety? Possibly Melville felt this about his treatment of Ahab, the great difference being that while Milton does get around, in due course, to debasing Satan, Ahab, though defeated and destroyed at last, is never debased: his statue is of heroic proportions to the end.

 From the moral standpoint, he is not an example but a warning. He illustrates both man's powers, and their misuse. He is romantic individualism carried to the last degree. He is the selfish monopolist, the dictator with a genius for controlling people, an anti-social monster. F. O. Matthiessen saw in him, interestingly enough, an anticipation of that undesirable product of nineteenth-century individualism in America, the tycoon. Ahab is without laughter, and sick with the sickness of monomania. He is hopelessly, tragically self-involved.
  ---R. Stewart, "American Literature and Christian Doctrine"

           *             *

 さて、外的状況と人間の意志能力についての今までの考察、及びギリシャ精神についてのかかる考察は我々をして、例のいちばん最初の問題を、全く新しい光のもとに見直すことを可能にするのである。
 すなわち、大方のカナン人はイスラエルの剣に倒れたかもしれない。
 しかし、今までの考察からすれば、原罪によって人間はその意志能力までも堕落させられたというアウグスティヌス的な人間観が間違っているとすれば、堕落して尚人間は意志能力を持ち合わせており、それゆえに責任を負っているというのが真実だとすれば---重要なのは、最終的に彼らは自ら選んだ、ということなのである。
 彼らは知識を得ており、それゆえに自分の振る舞いの意味するところを承知していた。それゆえ彼らは、自分ではどうにもならない力の哀れな犠牲者ではなかったのである。彼らは能動的な個人であり、ギリシャ悲劇のそれのごとき英雄であった。彼らは異国の神の権威なんかを認めなかった。彼らは、彼らもまた「従順と命、あるいは反逆と死」をその前に置かれ、前者を捨てて後者を取ったのである。それが彼らの生き方だったのだ。
 それゆえに、<異邦人>のムルソーが、人々が彼を哀れむことを許さなかったと同じように、我々もまた彼らを、遅きに失するまで神の力を認識することのできなかった、愚かで可哀想な人々と、考えることを許されないかもしれないのである。
 もちろん本当のところは誰にも分からない---あるいは神のみぞ知る。しかし反決定論的な思想は、一つの可能性としてこんなふうに考えてみることを可能にする。
 そして我々はこんなふうに考えるとき、それが非常にギリシャ的なものの考え方で、それゆえに神の正義の絶対性を侵す、極めて冒涜的な考え方であることを知るのである。ギリシャ精神がキリスト教道徳にとって危険である理由がここにある。ギリシャ精神とは、神無くして人がいかに人間的努力をなし得るか、いかに誇り高く立派に身を処し得るかという試みだからである。
 それゆえ我々は"Portage" におけるヒトラーをさえ、ギリシャ的な意味での英雄と考えることができるかもしれないのである。一介の人の子が神の権威にかみついて、いったいどういう気なんだろう? けれども彼はあえてかみついた、彼は神の正義の絶対性を認めなかった。彼は無意味にも、愚かにも、勇敢にも一人身を起こして、神の誤りを---理念によって人を裁き、良心によって人の心を縛った神の誤りを---正そうとして、戦いを挑んだのである。

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Posted by う at 21:29Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-7-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-7- <アメリカ文学とキリスト教>、その1


 Aはこれからしばらく、ランダル・スチュアートの<アメリカ文学とキリスト教>Randall Stewart, "American Literature and Christian Doctrine" という本について語りたいと思う。Aはこの本から、自然や罪や神と人間との関係という問題について非常に多くを学び、感動をもって理解したのである。それと同時にAを感動させたのは、その言葉づかいの的確さ、表現の豊かさ、構成の美しさであり、また著者の理解にあふれた、広やかなあたたかい態度である。
もちろんこの本にも欠点はある---主たる欠点の一つは、それがキリスト教的視点から語られながら、民主主義を絶対視しすぎていることである。キリスト教は民主主義と必ずしも調和しない---そして調和しないときには、民主主義のほうが譲歩しなければならないはずである。キリスト教の提唱するのは神権政治--theocracy --であって、民主政治ではないのだ。
しかし、これに類した二、三の欠点を除けば、大体、非の打ち所がないと言っていい。 この本において、自然という概念への言及が最初に出てくるのは第一章で、ここで著者はジョナサン・エドワーズが用いた際の自然という語の用法を説明しているのである。

 「エドワーズにあっては『自然の』は霊的に更生しないの意味で(Joh3:3-5参照、引用者注)、人間は生まれつき堕落しているのである。十九世紀のロマン主義者はこの点についてカルヴィン主義者と争うであろう」
“Natural" in Edwards means unregenerate; man is depraved by nature. The romantics of the nineteenth century will have a quarrel with the Calvinists on this score.

 これは全く真のキリスト教徒の見解であると言える。信仰復興運動の父、アメリカ最大のカルヴィニストにふさわしい言葉である。著者はエドワーズを称讃して、書いている。

「エドワーズには厳粛さ、きびしさ、仮借のなさがある。また美を愛する心、例証の素朴さ、情の深さ、宗教体験の中の感情(エドワーズはこれを「情愛」と呼ぶことを好んだ)の重要性を認める気持ちがある。・・・文学でも哲学でも稀な美徳とする、頭と心の均衡がある」
 There is severity, strictness, inexorableness, in Edwards. There are also a love of beauty, a homeliness of illustration, a tenderness, a recognition of the feelings (which Edwards liked to call the "affections") in the religious experience. There is that rare literary and philosophical (as well as personal) virtue---a balance of head and heart.

 であるから、彼は決してがちがちの頭だけのピューリタンではなく、人間的な魅力やあたたかさも持ち合わせていたのである。それにしても、彼の「自然の」人に対する態度は手厳しい。
「・・・正統的カルヴィニストとして唯一絶對の神に對する揺るがぬ信仰を持ち、絶對者の前では全ての人間が忌はしい罪人でしかないと信じたエドワーズの場合、惡に對しては毫末の仮借もなかった。例へば、牧師だったエドワーズは己れの教區内に住む四歳の幼兒の宗教的囘心體驗を克明に記録しているが、それを讀むと、一人前の大人の信仰をつづる葛藤の記録ででもあるかのような異樣な印象を受けるのである。それは恐らく、エドワーズが大人の邪惡な性質は子供にも染み込んでいると信じ、四歳の幼兒をも一人前の罪人として扱った結果であろうとある學者は書いている。實際、エドワーズは子供を『蝮の輩』と罵倒したことさえあったのであり、子供を美化して無垢なる存在と考えるジャン・ジャック・ルソー以來の近代ロマン主義は、エドワーズの人間觀とは全く無縁であった」---留守晴夫「私のアメリカ論」

 彼の人生観。十九才のときの日記より。
「自分はキリスト教徒としての競走に一層精勵して、今より遙によい人間になって此の世を去らなければならない」
 同じく、十九才のときに記した七十箇条の「決意」より。
「生きてある限り、全力で生きるべし」---第六条
「死する時まで、己れの身體は己れの所有物にあらずして、何處までも神の所有物であるという覺悟で行動すべし」---第四十三条

「エドワーズの日記や覺書には、嚴しい理想を語るエドワーズだけではなく、理想に從う事の困難に直面して、激しく懊惱するエドワーズがいる。囘心體驗を綴った一種の自叙傳たる『信仰告白録』においてもそうである。そこでエドワーズはどうしても完璧な『神の道具』たり得ぬ己れを、『自我の死滅』という眞の謙遜の境地に到り得ぬ罪深い己れを斷罪し、自分は『全人類のなかで最惡の存在』であり、『地獄の最も深い深淵』に堕ちる事こそが相應しく、『無限の上に無限を積み重ねる』とでも云わなければ、己れの罪深さを十分に表現出來ない、とまで書いている。
「そう云う徹底した自己斷罪の態度ゆえに、エドワーズは遂には、『己が胸中に湧き上がる喜びの感情の事を思っただけで、もしくは、性格の優しさとか仕事ぶりの立派さとか、詰りは己れの心情や生活に於ける好ましい側面について僅かでも考えただけで、胃がむかつき、強い吐き気を催す』ようになる。しかも、そうして自己を何處まで弾劾しても、エドワーズは結局『高慢で独善的な精神』が心中に蠢くのを感知し、『自分の周圍の到る處で、何時でも何處でも、蛇の奴めが背中を伸して鎌首を擡げている』と慨歎せざるを得ない」                                   ---同上

 これが激しい理想主義のもたらす精神衛生上の問題というものである。
 彼を称讃したスチュアートもまたキリスト教の生み出し得る頑迷と抑圧に対して盲目ではない。彼は適切にも注解している---

「清教徒主義のこの特殊な面が国民の精神衛生に悪影響を及ぼしたと考える者もある。そういうことも確かにあっただろう。聞くところによると、多くの精神病患者の真の問題は、彼らが、気質的にも慣習的にも自分の性格に合わない不道徳な行為--中に姦通や公金流用も含まれるであろうが--をなす過ちを犯したために、のっぴきならない良心の葛藤を抱え込むことにあるのだという。ウォルト・ホイットマンははっきりと、もし我々が罪の意識を追い払うことができれば人生はもっとよくなる、と感じ取った」
Some have supposed that this particular aspect of Puritanism has had a bad effect on the mental health of the nation. It may be so. One hears that the real trouble with many psychiatric patients is that, afflicted with an active conscience, they have made the mistake of undertaking an immoral course---involving, perhaps, adultery, or embezzlement---for which they are unsuited by temperament and training. Walt Whitman definitely felt that we should be better off if we could rid ourselves of our guilt sense.

それから、先に引用した"Song of Myself"の詩句が続くのである。

   行って動物たちと一緒に暮らすことができたら。
     彼らはそれほど落ちつき払って、満たされている。
   ・・・
   彼らは暗闇の中に目を覚ましたまま横たわって、
自分の罪を嘆いたりしない、
   彼らは神に対する義務だとか言い出して人をうんざりさせたりしない。

I think I could turn and live with animals, they're so placid and
self-contained,
・・・
They do not lie awake in the dark and weep for their sins,
They do not make me sick discussing their duty to God.・・・

「良心的であるということは、突きつめると病的というところまでいくのはもちろんである。『健全なる精神を、健全なる肉体に』を忘れてはならない。これはキリスト教的であると同時に異教的でもあって、パウロも『健全なる心』の重要性について何か言っている。しかし、ホイットマンが動物に戻ることを勧めるのは、我々は動物ではないのであるから、人間の不幸に対する解答とはならない。我々は何を持つべきか? 小心を大胆と取引すべきであろうか? 上品な物腰を不作法と取り替えるべきであろうか? こういういろいろな問題は、我々が人間であるために支払うべき代価の一部である。」
Conscientiousness, of course, can be refined to the point of morbidity. "Mens sana in corpore sano" ought not to be lost sight of; it is a Christian as well as a pagan concept; St. Paul, for example, has something to say about the importance of a "sound mind". But(と、著者はここで釘を刺し、簡単明瞭な論理をもってホイットマン的自然観をあっさりと切り捨てている) Whitman's recommendation of reversion to the animals is not the answer to human unhappiness, because we are not animals. What will we have? Shall we trade scrupulousness for unscrupulousness? Shall we exchange decent behavior for wantonness? Problems of this sort are part of the price we pay for being human.

次いで彼は人間観をめぐるアメリカ社会の宗教的多様性に触れ、最大の問題の一つを次のようにまとめている。

「最大の関心事とは、人間の本質である。人間は生まれつき善であるか悪であるかという問題である。人間は堕落はしても神の子なのか、それとも機械的な力によって作られた魂のない存在なのか。教育を通じて無限に完成され得るのか、あるいは根本的に不完全で、したがって必然的にいつまでも人間的であるのか。自分自身の理性を通じて自己を救い得るのか、あるいはその理性は有効であり必要であるにしても、自己の十分にして最高の必要なためには不十分なのか。これらがいわゆる人間の条件というものに関する問題で、この論文の目的の一つは、これらの問題を主要なアメリカの作家の幾人かに関連させながら検討することである」
The crucial question concerns the nature of man. A good deal depends on whether man is regarded as good or bad by nature; a child of God though fallen, or the soulless product of mechanical forces; infinitely perfectible through education, or radically imperfect and therefore inescapably human; a rational being capable of saving himself through his own unaided reason, or a being whose reason, though useful and necessary, is insufficient in itself to his full and highest needs. These are questions which concern what is sometimes called the human condition, and it is one of the purposes of this discussion to explore these questions in relation to some of the chief American authors.

「最大の関心事とは、人間の本質である」
"The crucial question concerns the nature of man."
 そう、それはこの書においても最大の問題の一つとなるであろう。

           *             *

第二章に入り、ここで彼は十八世紀合理主義について考察している。

The eighteenth-century rationalists sometimes went under the name of deists.・・・The movement (it was a kind of philosophical movement) reached its apogee in the last quarter of the eighteenth century.
それから彼はジョゼフ・アディソンの「理神論的な響きを持った」賛美歌を引用している。それは被造物のすばらしさによって神の力を讃えるものである。

Th'unwearied Sun from day to day
Does his Creator's power display・・・

そして話題はさらに「理性の時代」を記したトム・ペインに移る。

Nearly a hundred years later Tom Paine was to write in his "The Age of Reason" (1795) a prose version of the same argument. Yet Addison, who was a good Anglican, would not have agreed with Paine's disavowal of the Christian scriptures. Although both pointed to the Nineteenth Psalm("The heavens declare the glory of God, and the firmament sheweth His handiwork")as sufficient authority for their respective compositions, the difference( it is an important one)between Addison and Paine is that whereas Paine found in the "heavens" the entire basis of his deistic religion, Addison would see there only a corroboration of a more primary source, namely, the Christian revelation. And so it is misleading(and historically and biographically inaccurate)to call Addison's hymn "deistic," though to a modern reader it sounds that way.・・・
The key word of the eighteenth century both in England and America, the word most frequently used in the writings of that era, is "reason". "In Reason's ear," said Addison, capitalizing "Reason", and the eighteenth century quite appropriately came to be called by Paine's title, "The Age of Reason". The French revolutionists attempted(unsuccessfully)to set up in Notre Dame, instead of the old Catholic worship, the worship of the Goddess of Reason.
・・・
Paine proposed to substitute the "Creation" for the Christian Bible: "Some perhaps will say---Are we to have no word of God---no revelation? I answer Yes; there is a word of God; there is a revelation. The word of God is the creation we behold. And it is in this word, which no human invention can counterfeit or alter, that God speaketh universally to man."
 Paine's Bible, then, is the "creation". This creation is a machine(a most ingenious machine), and the Creator is a "great mechanic". His theology is the study of "the structure and machinery of the universe", "the geometry of the universe", and his church is "a school of science". One can't help feeling that Paine's God, the great mechanic (whose existence is established as a necessary inference from the existence of the machine), is not very immediately or passionately interested in his creation. He has presumably gone off about other business, for the machine is perfect, or nearly so, and requires little, if any, tinkering.
 The whole philosophy is cold and impersonal, it seems to me. The trouble with Paine's system is that even though man may live in a mechanical world (which appears doubtful), man himself is not a machine, and he cannot worship a God who is nothing more than a mechanic. Mechanical marvels are all very well, but they cannot satisfy man's inner needs. Man's need transcend the mechanical, they go beyond the power of a mechanic to satisfy. His deepest needs are, in fact, spiritual.
 The following lines of the 116th Psalm present a very different, and a more satisfying, view of the nature of God and of man's relation to Him:

  I love the Lord because he hath heard my voice
  and my supplications. Because he hath inclined his
  ear unto me, therefore will I call upon him as
  long as I live. ・・・

 The inappropriateness of addressing such words to Paine's "great mechanic" is obvious enough. Melville once remarked to Hawthorne that the reason why, in his opinion, so many man distrust, and at bottom, "hate God", is that they fancy him "all brain, like a watch". It was obviously a deistic God like Paine's whom Melville was describing.

 従って、ここではペイン的な精巧な機械である被造物=自然と、あたたかい感情を持つ神とが対比されているのである。
 それは、Aの頭の中の図式とは---表情豊かな深みと広がりを持った自然と、ガチガチの道徳者たる神---すっかり正反対である。それゆえAは知る、人の抱く印象というのは一様ではないことを。それはAにとって新鮮な感覚である。
 さて、スチュアートは次いで同じく理神論的な見方を取っていたジェファソンやフランクリンの宗教観を語ったあと、ユニテリアンの創始者であったウィリアム・エラリー・チャニングに触れる。彼について語られた一節のなかに、Aは罪という概念の非常に分かりやすい説明を見いだしている。

 It may not be correct to charge Channing himself with complacency or pride, but he may well have been the cause of it in others."We think it ungrateful to disparage the powers which our Creator has given us," he begins. "Men may trust their faculties too little as well as too much," he goes on, and then declares that "the ultimate reliance of a human being is and must be on his own mind." Well, a number of eminent Christian writers---Milton, Bunyan, and Hawthorne among them---would demur. One would suppose that the ultimate reliance of a human being is and must be on God---as when Luther said, "God help me, I can do no other." There can be little doubt that Channing gave aid and comfort to a kind of social-intellectual complacency.
 An interesting example of this complacency came under my observation not long ago when an estimable lady of mature years, whom one might with some justice call intellectual and Unitarian, declared to me privately and emphatically, after a religious meeting during which the speaker had ventured to say a good word for Original Sin, that she did not feel that she was sinful at all. She meant that she was not aware of having committed sinful acts, that her life was morally upright, that she was the chaste wife of one husband, that she was a lady and not a sinful woman. Such a view, of course, misses the point in the doctrine of Original Sin, which refers not so much to overt acts as to the whole nature of man, his limitations, his fallibility, his self-involvement, the "wrongness" of his attitudes, the absence of contrition and humility, the presence of pride. In Christian doctrine, indeed, pride is the greatest sin, and the lady in the question, far from being sinless, was unwittingly guilty of the greatest sin of all.

 ・・・the doctrine of Original Sin, which refers not so much to overt acts as to the whole nature of man, his limitations, his fallibility, his self-involvement, ・・・

 この一節を、そのままこの章の結論としてもいいくらいである。それはキリスト教解説書から抜き出してきたみたいに、優れた、説得力のある説明となっている。けれども「理性の時代」以降ますます、こういう正統的な教理は無視されるようになっていく。

            *            *

 第三章において取り上げられているのはロマン主義なるものである。これもまた十八世紀には大きな力を持った---実際、この時代の精神における「主流」といってよかった。
 スチュアートはまずその定義を試みることから始める。これは重要なことだ---と言うのも、我々が今日考えるような自然の概念はそのほとんどがロマン主義に由来すると言っていいからだ。

 One of the chief characteristics of nineteenth-century romanticism was the "return to nature". And the kind of nature which interested most romantics was not the geometric Newtonian universe(which appealed so much to eighteenth-century deists like Paine)but the nature which could be apprehended immediately by the five senses. The ocean and the mountains came in for an unprecedented appreciation; and so did the little, humble things---Burns' field mouse, for example, or Emerson's rhodora. Following Wordsworth (the chief influence in this return to nature), Emerson, in the "American Scholar", expressed delight in the fact that "the near, the low, the common" were being "explored and poetized." It is significant in this connection that Whitman took "leaves of grass"---the common people of the vegetable world---as the symbol of his poetry.
 There were wonderfully fresh new notes in the romantic nature poetry. One was the note of particularity, close observation, original comparison. (Consider as an example Emily Dickinson's description of a snake as "a whiplash/Unbraiding in the sun.") Another note was a rich sensuousness. (Keats and Whitman contain the best examples of this.) And third was a religious, or quasi-religious, sentiment. To most romantic poets, nature is beneficent, peaceful, happy. Nature comforts, restores, fortifies the troubled spirits of men. (Lanier's "Marshes of Glynn" is a good example of this office of nature.)
 At this point in the discussion, one begins to capitalize Nature, for Nature becomes an emanation of God. In romantic poets like Wordsworth, Emerson, Whitman, God is identified with Nature, and Nature is part and parcel of God. One worships Nature, or God-in-Nature, one is not quite sure which, for in much romantic nature poetry, Nature-worship and God-worship seem a bit confused, one with the other. The basic theological error here is the confusion of the Creator with the Thing Created.(創造者と被造物との混同---これは重要なポイントである。この一文を特に心に留められたい。)The romantic poet is forever running the risk of mistaking God for a tree.
 The Christian God is transcendent, and at the same time, paradoxically, immediately present and available. He is, without being identical with nature, "closer than breathing, nearer than hands and feet," as Tennyson so happily put it. ("Portage"のヒトラーもまたこの「近さ」に言及し、それを「恐るべき」「残酷な」と形容した。)
 Trees, individually and collectively, are interesting symbols. The forest, to the early New England Puritans, was a symbol of evil. It was a place of darkness and danger. Witch-meetings were held there (see Hawthorne's "Young Goodman Brown").Indians, who were pagans and instruments of the evil, lurked behind trees. Hawthorne's lovers in "The Scarlet Letter", Arthur and Hester, mentally re-enacted in the forest their sin (its first, physical commitment probably took place there, too), and the author says quite explicitly that the forest symbolizes "moral error", a going astray, a getting lost. (This is directly reminiscent of Edmund Spenser's "error's wood" in "The Faerie Queene".) ・・・
 To the romantics, the tree was divine, or possessed attributes of divinity, and the forest was the best place for worship. The aisles in a forest were cathedral-like. "The woods were God's first temples," said William Cullen Bryant in "A Forest Hymn", and this cathedral not made with hands was a better place for worship than any church or meeting house.
 It is only a step from the goodness and wonder of Nature to the goodness and wonder of Man (one could reason in either direction, and in a romantic context one feels disposed to capitalize Man, also). An important aspect of romanticism is the belief that man is innately good and infinitely perfectible.
 ・・・
 T. E. Hulme in his "Speculations" defined "romantics" as all those who reject the doctrine of Original Sin, and this is perhaps of all the definitions the most useful and the best. For the romantics saw Man as a sinless being surrounded by a sinless Nature. The Fall of Man, they thought, had been greatly exaggerated. In fact, there had been no Fall at all.

 それゆえに我々は知るのである---ヴォルテール式の性善説においてはまさにこの、自然という概念の肯定と過大評価が非常に重要な役割を果たしていることを。
 彼は次いでエマソン論に移るのだが、それを読むにつけAは、「アメリカ文学最大の異端者」だったエマソンの思想が、心情的にいかに自分自身のそれと似通っていたかに驚くのである。
 エマソンもまた、人を貶める罪という概念を不健全と考えて嫌がったことに疑問の余地はない。それゆえ彼はそんな概念を持ちこまないですむよう、人間の善性を信じ、悪は幻想にすぎないと考えた。

 Good is positive. Evil is merely privative, not absolute: it is like cold, which is the privation of heat. All evil is so much death or nonentity.

 この考え方がどんな結論を導くかというと---人間の神性である! というのは、ただ罪という概念だけが人を神から隔てていたのであり(「全ての人は罪を犯したので神の栄光に達しない」)、罪が実際には存在しないのであれば、今や人は神と全く調和し得るということになるからなのだ。

 ・・・One recalls ・・・the fine monument of William Ellery Channing, located in Boston, at the corner of Arlington and Boylston streets, on which is inscribed the ringing pronouncement: "He breathed into theology a humane spirit, and proclaimed anew the divinity of man."
 The divinity of man! Channing and Emerson elevated man to a dizzy eminence, and the historians generally have applauded the elevation. ・・・

 それゆえエマソンは、人が神の前に頭を垂れる姿を嫌った。"Self-Reliance" の中で彼は祈りを意思の病気であると定義し(prayers are a disease of the will),こう宣言した、

 ・・・As soon as a man is at one with God, he will not beg ・・・

 祈りに関する彼のこういう考え方に対し、スチュアートは以下のように注解する。

 The view of prayer here is far removed from the Christian view. The word "soliloquy" gives the whole thing away. Prayer, to Emerson, is not man talking to God; it is man talking to himself; it is, as he says, a "soliloquy". And man is not only talking to himself, he is congratulating himself upon himself, and upon the general state of affairs. While admiration and praise are a legitimate and important part of a Christian's prayer, the admiration and praise are not properly directed to the one praying, but to God and His works. The Christian prayer recognizes the great gap which separates man from God; it is in fact based upon the very dualism which Emerson denies, The Christian prayer does often "beg"; it is a petition; "beseech" is one of the most frequently recurring words in all prayers of the Christian Church. ・・・Most important of all, Christian prayer has as its very basis and starting point contrition for sin, the classic instance being that of the publican, who smote his breast, and cried "God be merciful to me a sinner", and went down to his house justified.

 それゆえエマソンのこういう哲学を、スチュアートは正統的キリスト教の立場から極めて適切に批判している。
「人間の神性」については、ヴァン・ワイク・ブルックスの賛辞(by raising the general estimate of human nature, which the old religion had despised, the new view gave a prodigious impulse to the creative life) を取り上げて次のように注解している。
 One must demur with Brooks on at least two counts.
 First, the old religion had "despised"(or taken a depreciatory view of)the natural man, but had exalted regenerate human nature. It had not despised human nature when once it is transformed, illumined, by the divine and supernatural light. From the Christian standpoint, the distinction between natural and regenerate, unredeemed and redeemed, is decidedly worth insisting upon.
 Second, it may be very well be that the revised estimate of human nature stimulated the creative life, but the stimulation was not entirely in the direction, or of the kind, which Brooks' statement might be supposed to imply. For, as we shall see in the next chapter, the important works of the literary imagination---the fictions of Hawthorne and Melville, for example---were written not so much in agreement as dissent; they offered not so much an endorsement as a "criticism" of the revised view. Hawthorne showed in "Ethan Brand", Melville showed in "Moby Dick", that it may be a dangerous and terrible thing for man to usurp the role of God, to arrogate to himself "divinity". The crux of the matter is that Channing and Emerson denied the Fall of Man, and the new view had a certain efficacy of its own, its most important result in literature was to stimulate a reaction in the opposite direction. The most important literature of the period must be regarded as a counter movement to the romanticism of Channing and Emerson.

* *

罪ということ。

 十八世紀の人間信仰と進歩への期待の大きなうねりの中で、「最後の中世人」「時代錯誤の権化」だったジョナサン・エドワーズは、二つの世界大戦を経て、急に注目を集めるようになる。
 1958年、エドワーズの没後二百年記念の講演の席上で語るH・リチャード・ニーバー。
「我々はこれまでの考え方を変え、エドワーズが語った多くの事柄が真実であったと思うようになりました。否むしろ、現代史上に起こった出来事によって、我々は考え方を変えさせられてしまった、と言うべきでしょう。我々はエドワーズの悪に対する見方と同じような見方をするようになりました。我々の方で悪を知りたいと望んだわけではありません。悪の方でむりやり自らを押しつけてきたのです」

 思えばAの考え方も、まさに同じ道程をたどってきたと言うことができる。幾多の歴史的事実に触れるうち(七三一部隊の生体実験、アウシュヴィッツ、スターリンの恐怖政治)、Aは認めざるを得なくなった---悪というものが存在すること、つまり悪とは幻想ではなく現実であることを。
 あるいは、極限状況にあって何らの倫理規範も持たない人間が、どこまで獣性に堕し得るかということ。それを罪と呼ぼうが、弱さと呼ぼうが、あるいは不完全さと呼ぼうが、その決定的な倫理的脆弱さというものが、厳然として存在すること。
 そして、それが要するに、神の掟に背いて以来、人間が不完全になったということの意味なのだと。
「われはわが咎をしる わが罪はつねにわが前にあり・・・視よわれ邪曲のなかにうまれ罪にありてわが母われをはらみたりき」---Ps51:5
 しかし尚、それがすべてではなかった。
 アレン・テートのエマソンとその時代に関する注解。

 "Emerson discredited more than any other man", Allen Tate said in "Reactionary Essays"(1936), "the puritan drama of the soul." And Tate went on to say:

 ・・・"After Emerson had done his work," says Mr. Robert Penn Warren, "any tragic possibilities in the New England culture were dissipated." Hawthorne alone in his time kept pure, in the primitive terms, the primitive vision; he brings the puritan tragedy to its climax. Man, measured by a great idea outside himself, is found wanting. But for Emerson man ・・・being himself the Over-Soul, is innately perfect: there is no struggle ・・・because there is no possibility of error. There is no drama in human character, because there is no tragic fault. It is not surprising, then, that after Emerson, New England literature tastes like a drink of cambric tea. It’s very center of vision has disappeared.

 悲劇的可能性。自然主義的人間観が人間から何を奪うか--それは実に、この可能性であった。罪と共に生み出されたがゆえに、人は罪に打ち負かされまいとして戦うのであり、人の魂の偉大さとは要するにそういうことなのだ。

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Posted by う at 21:26Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-8-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-8- <アメリカ文学とキリスト教>、その2、ホーソン<緋文字>                              


 引き続き、<アメリカ文学とキリスト教>第四章。
 ここで取り上げられるのは罪の問題である。論じられるのは主にホーソンとメルヴィルだが、ここでは彼のホーソン論に光をあてることにしよう。

 ホイットマンのホーソン評---「彼には私のどうしてもなじめない病的なところがある」" There is a morbid streak in him to which I can never accommodate myself."
「別の文章で・・・彼はホーソンを再び『病的』と呼んだ。ホイットマンの『病的』という語の使い方は、まことに興味深い。それは『楽天的な』アメリカ人がよく用いる形容詞であり、実際、それは文学の中で語られてきた多くの真実に対する『楽天的な』反動を示しているのである。」
 メルヴィルのホーソン評---ホーソンの中の「暗黒」。
「彼のうちにひそむこの大いなる暗黒の力は、・・・かのカルヴィン的な生まれながらの堕落と原罪の意識にその源を発している。というのも、ある種の気分のときには、誰も世界の重さを秤にかけつつ、何か原罪のようなものを投げ込まないではその不釣り合いな収支を差し引きすることができないからだ」
" ・・・This great power of blackness in him derives its force from its appeal to that Calvinistic sense of Innate Depravity and Original Sin ・・・For, in certain moods, no man can weigh this world without throwing in something, somehow like Original Sin, to strike the uneven balance."

 それからスチュアートは、メルヴィルとホーソンとの親密な、実り多い交友関係について語り、次いでホーソンの幾つかの作品を取り上げて、その中で罪という概念がどのように現れているかを説明する。
 例えば、彼は最初に<あざ>という短編を取り上げる、
「原罪の概念がホーソンのすべてに流れている。・・・
 他には非の打ちどころのないジョージアナの美しさの疵となっているのは、彼女の頬にある(人間の手の形をした)小さい汚点である。『科学者』である夫のエイルマーはこの汚点のために次第に落ち着かなくなってくる。彼は完全主義者であり、空論家だからである」
 それで彼は、この唯一の不完全さを取り除こうと試みる。
「妻はその計画を承諾する。彼はこの問題のために彼の実験的才能すべてを結集する。そして、実験に取りかかるが、失敗する。というのは、手の形が微かになり、ついに完全に消滅した瞬間、ジョージアナの息も絶えてしまうからである。エイルマーの悲しみは複雑である。半ばは妻を失った悲しみであるが、また同時に(この方が強いのかもしれないが)実験の失敗に帰した悲しみでもあるからである」
 そして、作者の注解---
「『エイルマーがもっと深い知恵に達していたら』と彼は言う、『同じ現し身のこの世の命を織りなさんばかりの幸福を、彼はこのように投げ捨てる必要もなかったであろう』と。
 この『もっと深い知恵』とは何か? 一つには、それは人間の不完全を受け入れ、それを慈しむことでさえある。ジョージアナのあざは人間の不完全の象徴である。彼女の人間性のしるしであり、彼女が人間であることを示している。神学的な言葉で言えば、それは原罪のシンボルである。ジョージアナが歴然たる罪の行為を犯したというのではない。彼女は善と献身の魂そのものである。原罪という言葉は、普通に解されているように、歴然たる罪の行為を指しているのではない。それは、根源的な人間の本質、誤りに陥りがちな、不完全な人間の性質を意味している。人間である状態の意味であり、我々が不完全な、非理想的な世界に住んでいるという意味である」
“'Had Aylmer reached a profounder wisdom, 'he says, 'he need not thus have flung away the happiness which would have woven his mortal life of the selfsame texture with the celestial.'
 What is this 'profounder wisdom'? Well, for one thing, the acceptance, even the cherishing, of human imperfection. Georgiana's birthmark is a symbol of human imperfection, it is the mark of her humanity, it shows her to be human. It is a symbol, in theological language, of Original Sin. Not that Georgiana is guilty of any overt sinful acts; she is the soul of goodness and devotion. The term Original Sin doesn't refer primarily to overt sinful acts, as such acts are ordinarily understood. It means basic human nature, fallible, imperfect human nature; it means the state of being human; it means that we live in an imperfect, non-ideal world."

「原罪という言葉は、・・・歴然たる罪の行為を指しているのではない。それは、根源的な人間の本質、誤りに陥りがちな、不完全な人間の性質を意味している」---実に分かりやすい説明ではないか?
「悪の原理の積極的な力が、ホーソンの小説では常に活動している。蛇(悪魔を象徴している)は彼の中心的シンボルの一つである。・・・悪魔を、この世を動かしている力として強調することは、キリスト教教義の必然的なポイントであると思う。ホーソンは、悪魔に憑かれるという新約聖書的な概念を継承していて、彼の登場人物たちの多くは『悪魔に憑かれ』ているのである」
"The positive force of the evil principle is always at work in Hawthorne's fictions. The snake or serpent (symbolizing the Devil) is one of his central symbols. ・・・Emphasis upon the Devil as an active agent in the world is, I think, a necessary point of Christian doctrine. Hawthorne takes over the New Testament concept of diabolical possession; many of his characters are 'possessed of the Devil.'"

 従って、問題となってくるのは、罪という語の持つ、分かりにくい二重性である。
 罪とは神の掟に背く行為である。たしかにそうだ。しかし、そのつもりでなくても、我々は生まれながらに罪を負っているのだ。なぜなら、我々にはいつでも神の掟に背く可能性があるから。そして、我々にとって、いつでも神の掟に完璧に従うのは不可能だから、でもある。例えば、ジョージアナの「罪」とは何か? スチュアートは答える---「彼女の『失敗』はおそらく、信頼に値しない男に彼女の信頼を置いたこと、あるいは神にのみ帰すべき信頼を現し身の人間に置いたということであろう。」それゆえ、彼女は罪を犯すつもりなど全然なかったにもかかわらず、意志に反して神への完璧な従順というあるべき道から足を踏み外していたのである。実際、罪という概念を現すヘブライ語の原語には「的を外す」という意味がある。罪とは神の完全な規準という「的を外す」こと、それに達し得ないことである。
 従って、罪というこの一つの言葉は、我々が生得的に持っている可謬性、誤りに陥りがちな性向という無意識的な状態と、故意の、実際の行為としての過ちという、二つの意味を持っているのである。この二つの意味が同じ一つの言葉で表されているのはなぜか?
 一つには、源が同じだから、ということがある。実際の行為を生み出す悪意、反抗、憎しみは意識的、積極的な要素であるが、不完全性や道徳的弱さという無意識的、消極的な要素から生まれるのだ。罪のどこまでが無意識的で、どこからが意識的かなんて、はっきり線引きできるものではない。神の目から見たら、等しく汚れているのだ。それゆえ、意識という視座から見た二つの意味は、実際には二つの区分ではなくて、一方の端が一つの色で、もう一方の端が別の色になった、二つの色のグラデーションとして眺められるべきかもしれないのである。また、結果が同じだから、ということもある。我々は、誤って人を殺してしまうことがあるかもしれないし、あるいは悪意を抱いて人を殺すことがあるかもしれない。どちらの場合にも我々は取り返しのつかないことをしてしまうのであり、イエスのように人をよみがえらせる力は、我々にはないのだ。あるいは、もっと極端な例を挙げよう。核ミサイルの発射と原発事故は、動機の意識的無意識的という点ではっきり異なる。しかし、同じ破壊的な影響を及ぼすには変わらない。前者における罪とは明確な殺意であり、後者におけるそれとは、そんなことを起こすつもりは毛頭なかったのに起こしてしまった過失である。それでも、後者の場合にも貪欲とか怠慢など、ほとんど意識的な要素が引き金となっている場合が多々あるのではないか? こうして「罪」という語の持つ、二つの意味の境界は曖昧になってゆく。ホーソンが徹底的に見つめ抜いたのは、こうした人間の弱さ、罪深さである。

 例えば、<ファンシーズ・ショウ・ボックス>。("Fancy's Show Box")
 ここに描かれているのは、有徳の紳士の、実際の行動としては現れなかった心の中の悪行である。
 内にも外にも徳の鑑で通る老紳士ミスター・スミスは、あるとき自宅の安楽椅子でうたた寝していて、その間に記憶の彼方からよみがえったいくつかの幻影の訪問を受ける。その指し示すところによれば、彼はかつて初恋の少女を犯していた。彼女が別の男に嫁ぐと知り、嫉妬に駆られたからだ。親友を殴り殺していた。酒の席で口論になって、ついかっとなったはずみだった。飢えかけた三人の孤児から服をはぎ取っていた。彼らが彼の個人的な利益を脅かしそうになっていたからだ。当惑し、身震いし、腹を立てて彼は抗議する、自分は決してそんなことをしなかったと。そう、彼は決してそんなことをしなかった。幻影が暴くのは、彼の生涯の中で決して実行はされなかったが、心の中では確かに犯された悪行の数々なのである。語り手は結論として次のように締めくくる、
「このささやかな作品には、悲しく恐ろしい真理が盛り込まれている。人間は、例えその手が綺麗であっても、心は去来する悪の幻想に確実に汚染されている。それゆえ最も罪深い者に対してすら、己れは同類でないなどと断定してはならない。
 ・・・天国の扉をたたくとき、誰もが天国に入る資格があるほどの無垢な生涯を送りはしなかったと痛感するに違いない。懺悔の心をもって跪かねばならないし、神の玉座の脚台から恩寵がもたらされねばならない。さもなくば天国の黄金の扉は決して開かれないであろう」
 Yet, with the slight fancy-work which we have framed, some sad and awful truths are interwoven. Man must not disclaim his brotherhood, even with the guiltiest, since, though his hand be clean, his heart has surely been polluted by the flitting phantoms of iniquity. He must feel, that, when he shall knock at the gate of Heaven, no semblance of an unspotted life can entitle him to entrance there. Penitence must kneel, and Mercy come from the footstool of the throne, or that golden gate will never open!

 あるいは、<アース・ホロコースト>。("Earth's Holocaust")
 この短いファンタジーがロシア革命の<実験>の失敗をどんなに的確に予言していたかは、驚くばかりである。
 時代設定は「過去あるいは未来」。悪に疲弊した世界は西部の大平原に巨大なかがり火を燃やし、無価値なものすべてを焼き尽くすことにする。

Once upon a time--but whether in time past or time to come, is a matter of little or no moment--this wide world had become so overburthened with an accumulation of worn-out trumpery, that the inhabitants determined to rid themselves of it by a general bonfire.

あらゆるものが投げ込まれてゆく--古い時代の遺物、文明の奢りが生み出した膨大な量の文書、王の尊厳や戦争の栄光にまつわるすべてのもの、あらゆる種類の武器などが。
 けれども、それを見ていた一人の老軍司令官が冷やかに意見する--
 「そんな馬鹿なことしたって、武器製造業者に新しい仕事をやるだけの話じゃないか」
 すると、もう一人の男が答える、
「武器なんか必要なものか。カインがアベルを殺したとき、武器なんか持っていたか?」
 "Aye, aye!" grumbled he."Let them proclaim what they please; but, in the end, we shall find that all this foolery has only made more work for the armorers and cannon-foundries."
 "There will be no need・・・When Cain wished to slay his brother, he was at no loss for a weapon."

 次いで、赤い目をした陰気な男が(これはホーソンお得意のモチーフで、悪魔のメタファー、否、悪魔そのひとである)浄められた世界に出てきて言う、
「知ったかぶりの連中が、焼き尽くすのを忘れたものがある。人の心だ。他の何が焼き滅ぼされてもそれが残っている限り、昔からの悪と悲惨がまた生まれるだろう」
 "Poh, poh, my good fellows!" said a dark-complexioned personage, who now joined the group--his complexion was indeed fearfully dark, and his eyes glowed with a redder light than that of the bonfire--"Be not so cast down, my dear friends; you shall see good days yet. There is one thing that these wiseacres have forgotten to throw into the fire, and without which all the rest of the conflagration is just nothing at all--yes・・・
 "What, but the human heart itself! ・・・ and, unless they hit upon some method of purifying that foul cavern, forth from it will re-issue all the shapes of wrong and misery--the same old shapes, or worse ones--which they have taken such a vast deal of trouble to consume to ashes. ・・・Oh, take my word for it, it will be the old world yet!"

 いみじくも<緋文字>の冒頭にあるように---「あらゆる人間の心の底には墓と地下牢とがあって、何ものかをそこに埋葬したり幽閉したりしている」

           *            *

 ホーソンの<緋文字>。("The Scarlet Letter")

 時は十七世紀、厳格な清教徒主義が支配するボストン。
 ここに姦淫の罪を犯した一組の男女がいる。男はその有能と篤信とによって教区民の尊敬を集める若き牧師ディムズデール、女は夫に先立ってヨーロッパから移住してきた美しいヘスタ・プリンである。ヘスタの罪は妊娠によって発覚する。彼女は情状酌量されて死刑は免れるが、公衆の面前、町の中央の絞首台の上に三時間己が身を曝し、更に残りの一生を、姦婦--Adulteress --を意味する緋色のAの文字を胸に着けて送るようにとの命令を受ける。
 物語はそんなふうにして始まる---そして、それから七年間にわたる、二人の内面の軌跡をたどってゆく。それはピューリタニズムとロマンティシズムの対立、宗教的あるいは社会的な道徳と個人の神聖との衝突、意志と感情の葛藤の物語である。
 ヘスタは強い女、実に見事な女だ。「ロマンティシズムのスポークスマン」とスチュアートは注解している。もっとも、始めのうちは徹底したロマンティストとはとても言い難い---それでも強い、見事な女であることに変わりはない。姦通の相手の名を明かすように圧力を受けても口を割らず、毅然として屈辱に耐え、やがて拘禁を解かれて日の下へ出てゆく。もうどこへ行くも自由、ヨーロッパへ逃げて新たな人生を始めるも自由である。ところが彼女は恥辱のうちにこの町に留まることを選ぶ。なぜか---その真の理由を、彼女は決して自分自身に対して認めようとしない。ヘスタもまた時代の刻印を心深く押され、社会を縛っているピューリタン的良心からなかなか自由になることができないのだ。それで、これは罪を贖うための苦行である、日夜恥辱と苦痛とを身に受けることによって魂の清浄を取り戻すのだと、そんなふうに考えて自らを欺く。彼女がこの町に留まった真の理由---それが意識のおもてにちらっとでも浮かぶとヘスタは顔色を変え、急いでそれをまた地下牢の闇へ葬るのだが---それは他でもない、かつて愛した男が---否、実際には今なお激しく愛している男が---同じこの土を踏んで歩いているという、その事実であった。
 しかし目下のところ、このことは彼女の胸中深くにしまいこまれている。ヘスタは幼い娘とともに、町外れの小さなあばら屋に落ち着き、そこでひっそりと暮らしはじめる。彼女は類まれな刺繍の才を持っていて、それで生計を立ててゆく。豊かな想像力をもって色鮮やかに布を彩る喜びは、彼女の情熱に捌け口を与え、それゆえにそれを宥める手段ともなった。しかしその喜びを、彼女は罪として退ける。この、不健全なまでに鋭敏な良心の干渉は、何かが根本的に間違っていることを暗示した---彼女の改悛は真の改悛ではなかった。心の底では、あの情熱が罪であったとは、どうしても思えないのだった。けれども彼女はまだ、そういう己れを肯うことができない。
 屈辱に耐え孤独を忍ぶうち、彼女はやがて人間の本質に関して新たな、透徹した視点を持つようになる。敬虔な聖職者のうちに、正義の鑑たる政治家のうちに、誉れ高き婦人のうちに、あるいは汚れなき処女のうちに---ヘスタは己が胸に緋色の刻印を押したと同じ罪の印を見るのである。罪は外的な行動に表れて初めて罪とされるのではなく、なべての人間の心に、生まれながらにして既に内在しているのだということを---そしてそれがつまり原罪ということの意味なのであるが---知るのである。この認識は彼女にとって恐ろしく、ひどく不快で、衝撃的である。そしてまたこのことが、外的行動の潔白ばかりを強調する(それゆえに幾分非キリスト教的でもある)ピューリタニズムへの、彼女の信仰を次第に失わせることにもなったのである。
 七年の歳月が経ち、彼女と社会との関係は少しづつだが確実に変わってゆく。ヘスタは清廉潔白な生活を送り、貧しき者に与え、病める者を助け、己れを疎外する社会に献身的に仕えて何の見返りも求めない。そうして雫が巌を穿つように次第次第に頑迷固陋な社会の心を和らげ、ついにその尊敬を勝ち得るに至る。人々は彼女の胸を飾るAの文字を元来の意味に取ることを拒み、それは「力ある」--Able--のAなのだと言い習わすまでになる。
 ヘスタはついに真の改悛を得、神の許しと恩寵とを得たのだろうか? そうではなかった! 彼女の内面においてはその反対の方向に、さらに劇的な変化が起こっていたのである。彼女は砕かれた鎖のかけらを取り捨てた。世界の掟はもはや彼女の心を縛ることはできない。時代は人間の知性を、以前のどの世紀にも増して解放しつつあった。遠く海を隔てたヨーロッパでは行き渡りつつあった思想の自由を、彼女もまた享受したのである。ここに彼女のロマンティシズムの真骨頂がある。ボストンのピューリタン社会は、この自由の方を、かつて彼女が犯した罪にも増して激しく非難したことだろう。姦淫よりも思想の自由の方がなお罪深いのだ。姦淫を犯したとしても、それを罪と認める限りにおいて人はそれを罪と定めた道徳的権威に対してしかるべき敬意を払っている。ところが思想の自由となると姦淫をすら是としかねないので、それは道徳体系そのものを退けるのである。それゆえここにおいてヘスタは神の目に一層許され得べからざる存在となり---見方を変えれば、ようやく認識が行動に追いついたのであった。
 かかる思想の自由を享受しながら、何ゆえ彼女はかくまで自己犠牲的な生涯を送り得たのか。道徳的権威を退けながら、これほどまでに高い道徳基準を保ち得たのはなぜか。なぜなら、彼女は神の定めた道徳は退けても、道徳という概念は退けなかったばかりか、かえってそれを真剣に守り通そうとしたからである。彼女は神に依らない、己れ自身にのみ依って立つ神聖と高貴とを得ようとした。それはルネサンスに生まれ、ヴォルテールに引き継がれるヒューマニズムの思想である。ホーソンは人間的可能性に対しても盲目ではなかった。実際それも、人格陶冶の手段としてはある程度まで---実を言えば相当程度まで有効なのである。
 ここに彼女の情熱は、それにふさわしい思考体系を得て落ち着いたかに見える。けれども尚、人の内面のあり方は、状況すら整えば人を駆り立てずにはおかない。久しく秘めておかれた彼女のロマンティシズムは、最後にもう一度だけ、激しい炎となって燃え上がるのである。

 一方ディムズデールの方はと言えば、彼は己れの罪を告白することができずに苦しみながら、厚顔にも聖職者としての勤めを続けている。かつて罪を分かち合った女が社会から罰せられ排斥され、それでも雄々しく孤独に生き抜いてゆくのを傍目に見ながら。
 罪を隠す男のイメージの原型として、思い出されるのはダビデである。羊飼いの少年であった時分に神に選ばれ、大変な辛酸を舐めた末に王位に就いて、民の心を神に導いた篤信の王。それがあるとき、どうしたはずみでかウリヤの妻バテシバと通じ、彼女が身籠もると隠蔽の為ウリヤを戦いの前線に送って死なせてしまう。姦淫も殺人も律法にあっては死罪であり、王と雖も例外ではない。それゆえ神はダビデの罪を指弾させるべく、予言者ナタンを彼のもとに遣わす。ナタンの前に彼はへりくだって己れの非を認める、「我エホバに罪を犯したり」
 ホーソンがこのくだりを念頭に置いていたことに疑問の余地はない。若き牧師の書斎の壁にはゴブラン織りのタペストリが掛けられ、そこには「ダビデとバテシバと預言者ナタンの聖書物語が織り出され、いまだ色あせず、美女バテシバは罪を非難する預言者に劣らず気味悪いほどまざまざと描かれていた。」
 このときのダビデの祈りは詩篇に記されている。曰く、

「ああ神よ 願はくば汝の慈しみによりて我を憐れみ
 汝の憐れみの多きによりて我が諸々の咎を消したまへ
 我が不義を尽く洗ひ去り 我を我が罪より浄めたまへ
 我は我が咎を知る 我が罪は常に我が前にあり」---Ps51:1-3

 この神に対するひたむきな嘆願の調子はそのまま、ディムズデールのそれでもあり得たことだろう。彼は卑劣な男であったが、また同時に高潔な人物でもあって、ゆえに己れの卑劣を何より激しく憎んだからである。しかし、ダビデが苦もなく得てディムズデールがついに得られなかった、決定的な要素がある。それはヘスタもまた得ようとして虚しく努力したところの、真の改悛であった。ヘスタがピューリタニズムを長いこと捨てきれなかったように、ディムズデールもまたある種のロマンティシズムを自らのうちに引きずっていた。美しく燃えた情熱の一瞬を、彼はどうしても否定することができなかったのだ。否定できないものを悔い改めることはできない。けれども神は、そして彼の厳しいピューリタン的良心もまた、どうしてもそれを必要とする。神の許しは犯された罪の重さよりもむしろ、犯した人間の改悛の深さにあるからだ。さればこそダビデも許された。「『我エホバに罪を犯したり』ナタン、ダビデにいひけるは『エホバまた汝の罪を除き給へり 汝死なざるべし』」---2Sa12:13
 それゆえ次の箴言は彼にふさわしく当てはまる、「その罪を隱すものは榮ゆることなし 然ど認(いひあらは)して之を離るる者は憐憫をうけん」---Pro28:13
 ディムズデールもどんなに「いひあらはして之を離れ」たかったことだろう。しかし真の改悛なしに告白したところで、それが神の前にどんな意味を持つか。それゆえ彼は苦しんだ。彼の良心は彼を容赦せず、彼を四六時中責め苛んだ。彼はヘスタではなかった---真の改悛を、そして神の是認を得ようとする努力のもとに運命づけられた人であった。彼は日夜苦行を積んだ---断食し、寝ずの行をし、厳しい自己内省を続けた、あたかもそうするとによって己れの魂を浄めることができるかのように。改悛の発露としての苦行はあり得ても、苦行によって改悛を生み出すことなど不可能であるのに。「ねがはくは我をして心ひとつに聖名をおそれしめたまへ」(Ps86:11)と、彼もまたどんなに熱烈に祈ったことだろう。偉大なる苦悩---すさまじい自己分裂。「もしも英雄的行為がそのなされた戦いの激しさと大きさとによって測られるのであれば」とR.スチュアートは注解している、「(ヘスタと比べて)ディムズデールの方がもっと英雄的であった」
 彼の激しい苦悩はその肉体を蝕み、彼は哀れなほど青白くやせ衰える。しかしまた一方で、まさにその苦悩が彼の知性と道徳的感覚とを異常なまでに研ぎ澄まし、彼は以前にも増して絶大な支持と名声とを得るのである。同じほど優秀であったはずの聖職者仲間より彼を抜きん出さしめたのは、ペンテコステの際に与えられた火のような(Act2:1-)その言語能力であった。文字通り異言を話す能力ではなくて、人に対して心そのものの言葉(Heart's native language)でもって語りかける力である。というのは、彼は今や罪を知り、耐え難い荷を負ったので、罪深い人間たちに、潔白の壇上からではなく、心のすぐ近くに立って語りかけることができたのである。その近しさが人の心を動かすことは恐ろしいほどであった---人々は彼の説教が、どうしてかくまでに自分たちを動かすのか分からなかった。人々は彼を天からの贈り物、聖なる奇蹟と看做した。だが実際には、この奇蹟をもたらしたのは隠された罪だったのである。
 それゆえ我々はここに、罪の効用ということを考えないわけにいかない。G.グリーンの<権力と栄光>におけるウィスキー・プリーストも、己れが罪を犯して初めて人々に対して真の愛と同情を抱くようになる。彼は人の弱さを知り、理解し、許すことを知るのである。彼が神と人とに対して抱く愛情は胸を打つ。「あの頃は確かに罪は犯していなかったが、誰に対しても愛情を覚えたことなどなかった。ところが、堕落した今となって、彼は初めて---」
 それでは最初の罪の効用とは何か。先人もこの問題を考え、フェリクス・クルパ 'Felix Culpa’---幸福なる堕落、という考え方を編み出した。それがなければ知ることがなかったであろう贖いの恩恵を知り得たがゆえに、人類の堕落は幸福であったとする考え方である。しかり、我々は最初の罪によって、人類に対する神の愛の深さを知った。知識が幸福を増し加えると仮定するならばであるが。そしてまた我々は人類の堕落がもたらした苦痛と悲惨とを知り、それゆえに与えられながら失ってしまった完全性のすばらしさを知った。その一方で、不完全性ゆえに人間存在の神秘は深みを増し、不完全性ゆえに文学なるものが生まれたりもした。また我々は、人は堕落してなおこれほどまでに愛し得るのだということを知った---アダムとエバはエデンですべてに満ち足りながら神のことを全然愛さなかったが、ローマの迫害下やナチの収容所で、人がいかに神を愛したかを見よ。
 <失楽園>の最終巻における、ミルトンのアダム。

   今や私の犯し私の起こした
 罪を悔いるべきか、あるいはさらに多くの
 善が---神にはなお多くの栄光、
 人には神よりのなお多くの恵みが---
 それより出て、み怒りの飢えに慈悲の
 あふれるのをよろこぶべきか、私は大いに迷う。

       Full of doubt I stand
 Whether I should repent me now of sin
 By me done and occasioned, or rejoice
 Much more that much more good there of shall spring
 To God more glory, more good-will to men
 From God--and over wrath grace shall abound.

 しかし、それでもやはり、こういう考え方は人間的であって、キリスト教徒にはふさわしくないのだろうと、Aには思われる。アダムが罪を犯したとき、神は彼のことを呪ったのであって、祝福したのではなかった。我々はこの事実を心に留めるべきである。起こってしまったことだからせめていい方に解釈しようとする態度は、真実を曇らせてしまう可能性がある。神は初めから、そんなことを計画してはいなかったのだ。
 キリスト教徒たらんとする者は誰でも、物事をすべからく神の視点から見るように努めなくてはならない。そのように努めるとき、彼は知る---例えば<緋文字>のような作品がどれほど偉大であろうとも、それがある側面からすれば幾分冒瀆的であるという事実を消し去りはしないことを。

 <緋文字>、続き。
 七年の歳月を経て、かつての恋人たちは森で出会う。ディムズデールが苦悩のためにやつれ果てているのを見て、ヘスタは心を打たれる。彼女のロマンティシズムが燃え上がるのはこのときである。私たちはもう十二分に罪の償いをした、と彼女は言う。もうこれ以上苦しむ必要はない、と彼女はディムズデールを説得しようとする。一緒に逃げよう、過去を振り捨てて、新しい人生を始めようと。そうして彼らは近日中、ボストン港より英国ブリストルへ向けて出帆する段取りを整える。
 ところが、新しい人生はついに始まることはない---一度ディムズデールの心の中に起こった革命は、それよりもさらに激しい反動を、彼が今までなし得なかったことをなさしむるほどの反動を引き起こす。ヨーロッパへ向けて発つはずだったその日、彼は七年前ヘスタが立った同じ絞首台の上に立ち、呆然と息を呑む群衆の前でついに己れの罪を告白する。そしてそのために己れの全精力をすっかり使い果たしてその場にくずおれ、息絶えるのである。いまわの際にヘスタは尋ねる---私たちはもう一度会えるのでしょうか? お黙りなさいヘスタ、と彼は応ずる。我々は罪を犯したのだ、どうしてそんなことが期待できようか。神のみぞ知る---そして神は恵み深い! かくまでの苦しみを、かくまでの恥辱の死を与えることによって私に恵みを示されたのだ。それがなかったならば、私の魂は永久に失われていたことだろう!
 神のみを見つめた男の言葉は、幾分自分勝手に聞こえる。徹底的に苦悩することを放棄しなかった己れを誇っているようだし、そうすることによって己れは救われたと考えているらしいが、ヘスタの救いのことはほとんど頭にないようである。以上の点からすると、とロバート・ペン・ウォレンは注解している---ディムズデールこそは究極のエゴイストだったのではあるまいか?
 しかし本当にそうだろうか。ヘスタが彼の魂の本質を決して理解し得なかったように、彼もまたヘスタのことを決して十分には理解しえなかったのではないか? 己れの罪を悔いて神の前に頭を垂れる必要を認めない女、神の許しと救いとを求めない女なのだ、彼女は。そういう女に対して、“doomed to penitence"(ウォレン)たるディムズデールが何かしてやろうとしたところで、一体何ができたであろうか。彼はついにサタンを足の下に砕いたのだと、R.スチュアートは注解する。(Rom16:20参照)神の視点はこちらの方により近いであろう。己れが己れに対して勝利したのだ、神に向かう意志がロマンティシズムを退けたのだ。彼は救われた---火によるかのような救いではあったが、と、再びスチュアートは注解している。(1Co3:15参照)或いはそれは自己欺瞞であったかもしれない。しかしかくほど真摯なる自己欺瞞を、神は憐れみたまわないだろうか? 罪のうちに宿された人間が神に近づこうとするとき、ある種の自己欺瞞はどうしても免れないのである。
 ディムズデールの苦悩に満ちた生涯が示した一つの教訓について、ホーソンは自ら終章で説明している。それは、神の視点からすれば我々は皆等しく罪人であるということ(in the view of Infinite Purity, we are sinners all alike---Rom3:23参照)、人間それ自身の正さなどというものがいかに無価値であるか(how utterly nugatory in the choicest of man's own righteousness )ということである。言い換えれば、人の罪というものがいかに抜き難いかということだ。
 一方ヘスタの方はずっと長く生き、ヨーロッパへ渡ったりもするが、結局ニューイングランドに戻ってきて、死ぬまでそこに留まった。胸の緋文字はもはや罪の印ではなかった。悲しみはすでに皮袋を満たし、それは畏敬と崇敬の念をもって見られるのであった。悩める者は来て、助言と慰めとを求めた。彼女は己れの信念を語った---いつの日かより輝ける時代が到来し、新しい真実が顕されるであろう、そしてそのあかつきには、男と女の関係は、互いの幸福のより確実な土台の上に築かれるであろうと。初めのうち、彼女は自分が女預言者たるべく運命づけられているのではないかと考えたりもする、けれども罪と恥辱と悲しみとを背負った女が神の啓示を担うなどということはついに不可能なのであった。
 こうしてみると、ホーソン自身はどちらの生き方をも完全に是としてはいないことが分かる。結局のところ完全に正しいのは神だけなのだ。それではあまりにも虚しいではないか、二人ともあれほど自らをすり減らして精一杯生きたのに、それではあまりに絶望的ではないかと、人は問うだろうか。しかり、人間存在がいかに虚しくて絶望的なものであるかを仮借なく直視するところにホーソン文学の本質がある。そして、まさにその厳しさこそがヘスタやディムズデールのような英雄を生み出したのだ。

 ホーソンはあるとき、ゴシック大聖堂を見たときの感想を次のように記している--
「私はその高き霊性の次元まで昇ってゆくことができなかった。・・・私は昇ってゆこうと努めながらなおも落ち続け、ある種の絶望のうちに横たわっていた--溢れ出る、理解され得ぬ美が、自分の上に注ぎ出されているのを感じながら。・・・私はなおも下界から、恐るべき距離を隔てて見つめていた、内奥の神秘から引き離され、締め出されながら見つめていた。ただ、自分の限界についての痛切な自覚と、そういう限界を超えて飛翔したいという半ば抑制された願望を持ったことは、私にとって極めて価値あることだった。それは私がいかに地上的な存在でしかないかを示し、不滅なるものについて囁いてくれた」
 Not that I felt, or was worthy to feel, an unmingled enjoyment in gazing at this wonder. I could not elevate myself to its spiritual height・・・I continually fell back lay in the kind of despair, conscious that a flood of uncomprehended beauty was pouring down upon me,・・・I should still be a gazer from below and at an awful distance, as yet remotely excluded from the interior mystery. But it was something gained, even to have that painful sense of my own limitations, and that half-smothered yearning to soar beyond them.

 それは<緋文字>の底流を流れている感情を、実によく表しているのではないか? ハーバート・リードは次のように注解している--
「人間の有限と絶対者の無限との間に存在する目の眩むような深淵を感じ取るこのような感覚こそが、芸術においても宗教においてもすぐれて北方的もしくはゴシック的感受性というべきものである。ホーソンはこうした感覚を極めて純粋に表している。のみならず、彼はまたゴシック聖堂を目にして、自分の限界についての痛切な自覚をも感じている、なぜなら、有限と無限とのこうした感覚、そして有限の中の無限についての感覚、こうしたものは、組織された普遍性の宗教から発するような、感情の力に触れることを通してしか表現され得ないものだからである」
 This sense of an almost giddy vertiginous gulf between human finiteness and the infinity of the Absolute, whether in art or in religion, is the peculiar Northern or Gothic sensibility; and Hawthorne is a very pure representative of it. Nevertheless, he might well feel the painful sense of his own limitations at the sight of a Gothic cathedral, because this sense of the finite and the infinite, and of the infinite in the finite, can only be expressed through the access of an emotional force such as comes from an organized and universal religion.

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Posted by う at 21:22Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-9-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-9- <アメリカ文学とキリスト教>、その3、ドライサー<アメリカの悲劇>その他


 <アメリカ文学とキリスト教>第五章で取り上げられるのは、外的環境と決定論の問題である。決定論的人間観のもたらす有害な結果が的確に説明されている。そして、なぜ人間はありのままであってはならないのかについても。

 "Naturalism" in the modern novel is based upon "scientific determinism."Man, according to this view, is a product of forces over which he has no control. The forces may be biological or social; they may belong to one's heredity or one's environment. In any case, they reduce man to the status of a puppet. If man is a puppet, he is clearly not a moral agent, he is relieved of moral responsibility, he deserves neither blame nor praise, he is always doing the best---or the worst---he can. Amoralism is an inevitable corollary of naturalism.
 ・・・
 Modern scientific determinism becomes more insidious all the while. Poverty breeds crime, say some. But how many of us have sprung from "poor but honest parents"? ・・・A glandular determinism is popular with many."If the thyroid doesn't get you, "they say," then the pituitary must. "The psychiatric patient feels that his emotional disturbance has got him licked, and it becomes the job of the psychiatrist to convince him that it hasn't. This is, or has been in time past, the office of religion. St. Paul said, "I can do all things through Christ, "which is a little different from our modern naturalistic version," I can do only those things which my psychological profile shows that I have an aptitude for, and I should be silly to try anything else."

 それから彼は「自然主義作家」とされるゾラ、クレイン、ノリスを取り上げる。

 Naturalism in literature began with the powerful novels of Emile Zola. Consider "Germinal", for example. Here we the story of the coal miners in northern France.・・・The author piles up such a tremendous mass of facts(or "documentation"),that the reader becomes thoroughly acquainted with the subject, and feels as if he had actually shared the life described. There is, one is almost constrained to feel after having read "Germinal", a connection between poverty and crime.
 ・・・Given certain people, living under certain conditions, how will they act? Zola thought of the craft of the novel as a controlled experiment, and of people as elements in a chemical reaction.

 There is, then, a naturalistic theme in Crane. Man is overwhelmed, or in danger of being overwhelmed, by the forces: the mass movements of war, the immoral life of the slums, the elemental forces of the universe itself. Frank Noris also gave a large emphasis to the importance of external forces in determining man's life on this planet.・・・

 それから彼はここで多くのページを割いてセオドア・ライサーの「アメリカの悲劇」を取り上げている。

 ・・・because I think "An American Tragedy" is an impressive book, and・・・it is probably the most completely naturalistic of all American novels. ・・・

 This is the story of Clyde Griffith. It begins when he is twelve, and ends ten years later, when Clyde, at the age of twenty-two, is sent to the electric chair for the murder of Roberta Alden. It is told in three parts.
 The story begins with a Salvation Army meeting conducted by Clyde's parents on a street corner in Kansas City. Clyde views the proceedings with distaste. His father is the weak, ineffectual sort; his mother, though resolute, has a mediocre mind. The older daughter, who plays the organ, later runs away with an actor, and still later, returns pregnant and unmarried. Clyde, when he is seventeen, gets a job in a big downtown hotel, where he is initiated into the life of the bellhop world. The bellhops have money to spend・・・Clyde goes with the others on a drinking party, and afterwards to a whore house.・・・The bellhops take their girl friends out into the country one afternoon in a borrowed car. On the way back, the car strikes a child, and the panicky driver speeds the car into the suburbs, and wrecks it in an open field. At the end of Part 1 Clyde is crawling on all fours across a snow-covered field in the semidarkness.

 それからここで著者はクライドとその立場をざっと総括する。

 He was underprivileged. He had almost no schooling, though he was bright enough. He adopted the mores of his set, the bellhop set. He was very adaptable, quick to learn; he quickly took on the coloration of the group in which he found himself. He was in no way to blame for the accident, and he did not run away from the scene of the accident---the driver did that. But he run away from the crack-up in the field, and was never seen again in those parts. He was weak. His early religious training is not supposed to have been of any particular use to him. "Successful" people look down on street preachers. Clyde wanted to be a "success" like the rich people he saw at the big hotel. He was ambitious; he wanted to rise in the scale. He aspired to the "higher things" of his materialistic environment: money, cloths, good times, sexual excitement. Is a young man very much to blame, Dreiser asks in effect, for embracing the "ideals" of his surroundings, the "ideals" which on all sides stare him brazenly in the face?

 第二部はライカーガスの社交界の描写から始まる。クライドの叔父はここで「成功」した人物として登場する。                     
 ・・・What a rich luxurious picture, what an impressive picture, the author paints of life on fashionable Wykeagy Avenue! ・・・the parties, the gaiety, the snobbery---how different all this from Clyde's world!

 クライドは叔父のつてでこの地に仕事を得る。そこで彼は田舎娘のロバータ・オルデンに興味を持つようになる。

・・・After he had become involved with Roberta, he was taken up by the Wykeagy set, and found that he could not resist the attractions of high society. And so, Clyde faced a great problem. Roberta was with child, but Clyde aspired to Sondra, the rich society belle. Roberta would not release him, and Clyde was unwilling to give up Sondra. What a quandary for a young man to find himself in, who is, so far as the reader can discover, utterly without character!
 Dreiser's portrait is sympathetically drawn, nevertheless, and reader is perforce sympathetically disposed, too, so compelling, are the forces, and so ill-prepared is Clyde to cope with them. Dreiser's depiction of Clyde's quandary is surely a masterpiece of American realism: the talk with the druggist, the visit to the country doctor,・・・Roberta's ignorance of sex, Clyde's ignorance too, the whole social attitude toward the unmarried mother, Clyde's shallow infatuation with a girl of much less real worth than Roberta---all this adds up to what is perhaps the most convincing "slice of life" to be found anywhere in the American novel.

 それで結局クライドがどうしたかと言うと、彼はロバータの殺害を企てるのである。彼はロバータと二人でボート遊びに出掛け、取り乱しながらも事を成し遂げる。彼はボートを転覆させ、泳げないロバータを見殺しにして一人岸へ泳ぎ帰るのである。

 At the end of Part 2 we see Clyde hurrying away from the lake through the darkening forest in the direction of the Finchley's summer lodge. We remember that at end of Part 1 the young man was running away, or crawling away, in the semidarkness. At that time, he was not to blame for what had happened, and the reader suspects that the author would like to imply that Clyde is again an unfortunate victim of circumstances.

 最後の第三部は裁判の模様である。情状酌量の余地はほとんどなさそうだ。

 Toward the end of the trial, Clyde's mother comes to the prison to pray with Clyde. After the verdict of guilty in the first degree, she writes pieces for the paper and gives public lectures on Clyde's history, to get money to pay for a new trial---which is never granted. A young minister, the Reverend Mr. McMillan, takes a great interest in Clyde. He writes a statement, and persuades him to sign it, in which Clyde warns young men against sinful ways, and professes to have found the peace of God. Part 3 ends with Clyde's death in the electric chair. In an epilogue, the book ends as it began: Clyde's parents, older and feebler, are conducting a Salvation Army meeting on a street corner in San Francisco.
 Malcom Cowley has made the observation that the American naturalists believed that "Christianity was a shame." The statement seems to fit Dreiser pretty well.
 I imagine Dreiser thought he was giving Christianity a thorough and fair trial in "An American Tragedy", that he was weighing it in the balance and finding it wanting. However underprivileged Clyde may have been, he at least had a Christian upbringing. This, however, did not save him from crime. Nor did Christianity bring him comfort in his last days. He had not found peace, as his ghostwriter said he had. He ended wretchedly. McMillan himself, moreover, was a phony. He knew that the statement was untrue. He wanted to use Clyde to advance his own professional interests, he wanted to be known as a great soul-saver.
 That leaves Clyde's mother to be accounted for. Dreiser could hardly denigrate her Christian character. He may not have known it, but she was a saint, and the Christian reader knows she was a saint. The Christian reader knows also that her great strength and endurance came from her religious faith. Well, even if Dreiser will allow this, his attitude toward her is still one, not of admiration, but pity; and pity not so much because of the unhappiness inflicted upon her by a wayward son, as because of her failure to follow a more "profitable" course in life. She as not brilliant, to be sure, but she had a certain practical talent. Her lecturing and work for the newspaper showed she could make money---she made over a thousand dollars, in a fairly short time. Why did she keep on with her street preaching and mission work? What did she get out of it? The author seems to ask, incredulous, bewildered. She was---Dreiser believes, and would have us believe---a poor, misguided creature.
Our author is, I fear, spiritually benighted. He is addicted to the same materialism of which poor Clyde is the bounden slave. One has only to compare Dreiser's treatment of Clyde's mother with Faulkner's treatment of Dilsey・・・to see the difference---and it is an abysmal one---between the naturalistic and the religious attitude.
 "An American Tragedy" illustrates perfectly the complete amoralism of the naturalistic philosophy. Clyde Griffiths was not responsible, he was not to blame. Before you judge Clyde, Dreiser says in effect, don't forget the child's uneasiness at those sidewalk meetings; the accident on the way back from the bellhop party; the shabby treatment he received the Lycuergus Griffiths; his excitable sexual nature; his dreams of wealth and position; his innate weakness. One of Clyde's lawyers, in a speech before the court, called his client "a mental and moral coward," and added, "You didn't make yourself, did you, Clyde?" Clyde is not responsible, in the last analysis, because he didn't make himself. And this, I fear, is the gospel according to Theodore Dreiser.
 ・・・Dreiser, when confronted by human troubles, is overwhelmed by pity and perplexity. He doesn't know what to do with life. The tears run down his cheeks, and he folds and refolds his pocket handkerchief, and shakes his head.
 Compassion is a great virtue, but it is not necessary to surrender individual responsibility is order to be compassionate. There is such a thing as Christian forgiveness and Christian pity. Jesus was compassionate toward the thief on the cross, and the woman taken in adultery."The Scarlet letter" is compassionate, without surrendering the responsible individual."There but for the grace of God go I" is a better basis for compassion than the general denial of responsibility.

 それゆえ彼は主張するのである--人間は責任を負っていると、いかに生まれや環境などの外的状況に形造られまた翻弄されようと、人間は自分の行動に関して責任を負っているのだと。

           *            *

 追補。
 "Portage" におけるヒトラーの自己弁護の、第四ポイントのテーマ---苦しめられた者に苦しめる権利はあるか。
 あるいは外的状況と精神の自由をめぐる更なる考察。

 ・・・Examine the question fairly. Would Palestine have become Israel, would the Jews have come to that barren patch in the Levant, would the United States and the Soviet Union, Stalin's Soviet Union have given you recognition and guaranteed your survival, had it not been for the Holocaust? It was the Holocaust that gave you the courage of injustice, that made you drive the Arab out of his home, out of his friend, because he was lice-eaten and without resource, because he was in your divinely ordered way. That made you endure knowing that those whom you had driven out were rotting in refugee camps, not ten miles away, buried alive in despair and lunatic dreams of vengeance. Perhaps I am the Messiah, the true Messiah, the new Sabbatai, ・・・

 ユダヤ人はナチの迫害を耐え忍ぶことによって、その後自分たちの国家を回復するために、自ら他者を踏みつけにする権利を得た。ナチは彼らに、そのための口実を与えたのだ。そうした見方は正しいのか? そうした見方が正しいとすれば、彼らは自分たちが被った悪を、何がしかの補償が可能であるもの、何かしらによって埋め合わせのつくものであると見做していた、ということになるのか? 実際にはどうだったのか?

 Amsel: I want vengeance, just the same as you.
 Gideon: Vengeance? There can be no vengeance. Why should history apologize to the Jews? Don't stare at me, Amsel, as if you knew what I was trying to say. You don't. You think the dead will sit up just because we've got Hitler? They won't. You can dip him in boiling oil six million times. What's that going to mean to a man who's seen his six-years-old daughter so terrified she dirtied herself before they killed her? You think that can be made good?
 ・・・
 (continuing Gideon) That's why I don't want any of us to touch him. If we hang him, we'll be pretending what he did can be made good. History will draw a line and forget even faster. That's exactly what they want. They want us to do the job for them. Let the Jews hang him. We nailed up Christ, now they want us to finish Hitler.・・・

 実際には、復讐なんてことはできはしない。そんなことは不可能なのだ。それゆえ彼は復讐しようとしなかったのである。
 それでは、もしそれが本当に可能だとしたら---実際に復讐することができたとしたら---彼らにその権利はあったのか?
 ここで我々が思い出すのは、<夜と霧>終章における、収容所からの解放のすぐあとでの心を打つ一挿話である。

「特にいくらか原始的な性質の人間においてはこの解放後の時期に、彼等が依然としてその倫理的態度において権力と暴力とのカテゴリーに固執しているのが認められることがあった。そして彼等は解放された者として、今度は自分がその力と自由を恣意的に抑制なく利用できる人間だと思いこむことがあった。彼等は権力や暴力、恣意、不正の客体からその主体になったのである。さらに彼等はまた彼等が経験したことになお固執しているのである。このことはしばしばとるにたらない些細なことの中に現れるのであった。たとえば、一人の仲間と私とは、われわれが少し前に解放された収容所に向って、野原を横切って行った。すると突然われわれの前に麦の芽の出たばかりの畑があった。無意識的に私はそれを避けた。しかし彼は私の腕を捉え、自分と一緒にその真中を突切った。私は口ごもりながら若い芽を踏みにじるべきではないと彼に言った。すると彼は気を悪くした。彼の眼からは怒りのまなざしが燃え上った。そして私にどなりつけた。『何を言うのだ! われわれの奪われたものは僅かなものだったのか? 他人はともかく・・・俺の妻も子供もガスで殺されたのだ! それなのにお前は俺がほんの少し麦藁を踏みつけるのを禁ずるのか!・・・』何人も不正をする権利はないということ、たとえ不正に苦しんだ者でも不正をする権利はないということ、かかる平凡な真理をこういう人間に再発見させるには長い時間がかかったのである。そしてまたわれわれはこの人間をこの真理へ立ち帰らせるよう努めねばならないのである。なぜならばこの真理の取り違えは、ある未知の百姓が幾粒かの穀物を失うのよりは遙かに悪い結果になりかねないからである。なぜならば私はシャツの袖をまくり上げ、私の鼻先にむきだしの右手をつき出して『もし俺が家に帰ったその日に、この手が血で染まらないならば俺の手を切り落としてもいいぞ。』と叫んだ収容所の一人の囚人を思い出すのである。そして私はこう言った男は元来少しも悪い男ではなくて、収容所でもその後においても常に最もよい仲間であったことを強調したいと思う。」

 そう、我々は彼の危惧がまさに現実になったのを、ヒトラ-の論説の中に見たのではないだろうか?
 しかし、フランクルの信念によれば、誰にも悪に悪を返す権利はないのである。その代わりに我々は、我々に対してなされた悪を試練として受けとめ、これを人間の尊厳を表明する機会と見做し、それによって一層成長してゆかなければならない。彼はこれをもまた内的自由の一要素として考えたことであろう。悪に対して悪を返すのは容易なことであり、最も自然な道である。しかし、その最も自然な道に従うとき、人は悪という外的状況の奴隷であり、それに対して何の力も持たない操り人形、非人格的なチェスの駒の一つに過ぎないのである。人が意志能力を持った主体として現れることができるのは、ただ悪の循環をどこかで断ち切ろうとする人間的な努力によってのみである。
 そしてまた、さらに我々は、悪に悪を返すことが間違っているだけでなく、無駄であることをも知るのである。というのは、どんなにそうしても地上から悪を一掃することはできず、却ってますますひどくそれをはびこらせることになるばかりだからだ。"Portage" のヒトラーが指摘するとおり---

 ・・・In a world that tortures prisoners and pours napalm on naked villagers. That continues to do these things quite without my help.

 しかしながら、実際にはこれが精神衛生上の大問題であることは言うまでもない。我々はだれしも身に覚えがあるに違いない。
 上司からいわれのない非難を受けたとき、我々は罪もない机を蹴っとばしてせいせいしたりするし、いやなことがあったときには海に向かって怒鳴ってすっきりしたりする。かくして代償がなされるのである。
 悪の力に対して内的自由を保つのは難しい。それは何らの代償行為をも伴わずに悪を耐え忍ぶということであり、実質的に、押しつけられたストレスを捌け口なしにため込むことを意味するからである。それが人の精神を歪めないですむものだろうか? そして、結局のところそれは我々の、正義の感覚と公正を求める本能---<神の像>を構成する要素の一つ---に反するのではないか? ノアの日に神は宣言しなかっただろうか、「凡そ人の血を流す者は人其血を流さん其は神の像のごとくに人を造り給ひたればなり」(Ge9:6)それゆえ、悪に対して悪が返されることは、道徳的要請なのではないか?

            *             *

 ホーソンの<緋文字>。
 若く美しい娘と結婚した年配の医師チリングワース。
 そのいきさつを振り返って彼は語る---

“It was my folly! I have said it. But, up to that epoch of my life, I have lived in vain. The world had been so cheerless! My heart was a habitation large enough for many guests, but lonely and chill, and without a household fire. I longed to kindle one! It seemed not so wild a dream,---old as I was, and sombre as I was, and misshapen as I was,---that the simple bliss, which is scattered far and wide, for all mankind to gather up, might yet be mine. And so, Hester, I drew thee into my heart, into its innermost chamber, and sought to warm thee by the warmth which thy presence made there!"

 ところが、妻に遅れること二年、大陸からマサチューセッツのボストンへやってきた彼の目に最初に映ったのは、処刑台の上の彼女、胸に燃えるAの文字をつけ、公衆の前にさらしものになっている他ならぬ彼女の姿だった。姦婦---adulteress ---のA。
 その日の後刻、極度のストレスと緊張のあまり神経発作を起こしたヘスタのために、彼は薬を調合して与える。

“・・・Drink it! It may be less soothing than a sinless conscience. That I cannot give thee. But it will calm the swell and heaving of thy passion, like oil thrown on the waves of a tempestuous sea."

 その口調から分かるように、この時点で彼はまだ、人間的な優しさと良心とを失っていない。

"Therefore, as a man who has not thought and philosophized in vain, I seek no vengeance, plot no evil against thee. Between thee and me, the scale hangs fairly balanced. But, Hester, the man lives who has wronged us both! Who is he?"

 彼はさんざん問い詰めるが、ヘスタはとうとう最後まで口を割らない。
 彼は名を変えて素性を隠し、この罪深い女との関係も伏せてその町に身を落ちつける。そうしてついに秘密を嗅ぎつけ、妻の姦淫の相手である若き牧師アーサー・ディムズデールに近づいて、彼と居を共にするようになるのである。ディムズデールは良心の呵責のために青白くやせ衰え、かといって罪を告白する勇気も持てぬまま、苦しみつづけて幽霊みたいになっている。そういう彼をチリングワースは親切を装って診察し、何とか命を支えてやろうとするのである。

 ・・・So Roger Chillingworth---the man of skill, the kind and friendly physician---strove to go deep into his patient's bosom, delving among his principles, prying into his recollections, and probing everything with a cautious touch, like a treasure-seeker in a dark cavern. Few secrets can escape an investigator, who has opportunity and license to undertake such a quest, and skill to follow it up.

 しかし実際には、彼はその医学的哲学的知識を総動員してディムズデールの心の奥底までを掘り下げ、相手が最も触れられたくない部分をわざと突いてはサディスティックな喜びを味わうためだけに、彼を生かし続けていたのである。
 しだいに悪の力に屈してゆくにつれ、それは彼の外見にはっきりと現れるようになる。
 ・・・At first, his expression had been calm, meditative, scholar-like. Now, there was something ugly evil in his face, which they had not previously noticed, and which grew still the more obvious to sight, the oftener they looked upon him.
 ・・・
 Old Roger Chillingworth, throughout life, had been calm in temperament, kindly, though not of warm affections, but ever, and in all his relations with the world, a pure and upright man. He had begun an investigation, as he imagined, with the severe and equal integrity of a judge, desirous only of truth, even as if the question involved no more than the air-drawn lines and figures of a geometrical problem, instead of human passions, and wrongs inflicted on himself. But, as he proceeded, a terrible fascination, a kind of fierce, though still calm, necessity seized the old man within its gripe, and never set him free again, until he had done all its bidding. He now dug into the poor clergyman's heart, like a miner searching for gold; or, rather, like a sexton delving into a grave, possibly in quest of a jewel that had been buried on the dead man's bosom, but likely to find nothing save mortality and corruption. Alas for his own soul, if these were what he sought!

 事件から七年の歳月がながれ、あるとき偶然ディムズデールの姿を目にしたヘスタは、彼のあまりのやつれようにショックを受ける。ヘスタはもちろんチリングワースの正体を知っていた、しかしディムズデールの方は自分が起居を共にしている相手が誰だか知らなかったのだ。それでヘスタは何とか彼を救おうと、折りをとらえてチリングワースに近づく。

 ・・・Hester had been looking steadily at the old man, and was shocked, as well as wonder-smitten, to discern what a change had been wrought upon him within the past seven years. ・・・the former aspect of an intellectual and studious man, calm and quiet, which was what she best remembered in him, had altogether vanished, and been succeeded by an eager, searching, almost fierce, yet carefully guarded look. ・・・
 In a word, old Roger Chillingworth was a striking evidence of man's faculty of transforming himself into a devil, if he will・・・Undertake a devil's office. This unhappy person had effected such a transformation by devoting himself, for seven years, to the constant analysis of a heart full of torture, and deriving his enjoyment thence, and adding fuel to those fiery tortures which he analyzed and gloated over.

 ヘスタは、彼がディムズデールに対してしてきた酷い仕打ちを責める。

 "Better he had died at once!" said Tester Prynne.
 "Yea, woman, thou sayest truly!・・・Better had he died at once! Never did mortal suffer what this man has suffered. And all, all, in the sight of his worst enemy! He has been conscious of me. He has felt an influence dwelling always upon him like a curse. He knew ・・・that no friendly hand was pulling at his heart-strings, and that an eye was looking curiously into him, which sought only evil, and found it.・・・"

 ヘスタは彼の自己認識に気づくと、彼にディムズデールのことを許すよう懇願する。しかし老人はそれを拒むのである。

 "And I(pity)thee," answered Hester Prynne, "for the hatred that has transformed a wise and just man to a fiend! Wilt thou yet purge it out of thee, and be once more human? ・・・Forgive, and leave his further retribution to the Power that claims it! I said,・・・that there could be no good event for him, or thee, or me, who are here wandering together in this gloomy maze of evil, and stumbling, at every step, over the guilt wherewith we have strewn our path. It is not so! There might be good for thee, and thee alone, since thou hast been deeply wronged, and hast it at thy will to pardon. Wilt thou give up that only privilege? Wilt thou reject that priceless benefit?"
 "Peace, Hester, peace!" replied the old man, with gloomy sternness."It is not granted me to pardon. I have no such power as thou tellest me of. ・・・By thy first step awry, thou didst plant the germ of evil; but, since that moment, it has all been a dark necessity. Yet that have wronged me are not sinful,・・・neither am I friend-like, who have snatched a friend's office from his hands. It is our fate. Let the black flower blossom as it may! ・・・"

            *            *

 今までの我々の考察からすれば、もちろんチリングワースの道徳的敗北は、彼自身の責任である、ということになろう。---宿命に屈し、己れが憎しみの形づくるままになることを許した弱さ。人間には、安易な運命論に逃げ込むことなく、己れの被った害や投げ込まれた逆境ゆえに己れの人格が醜く歪んでしまうことのないように戦う責任がある。
 しかしその責任を放棄するのはいかに容易なことだっただろう。彼は始めから悪魔だったわけではない---憎しみが彼を悪魔にしたのだ。そしてそれは全く自然なことで、たやすく理解できることである---自分の妻を寝取った男を、誰が憎まないだろうか、ことにその妻が、老いの身にとってかけがえのない慰めだったときには?

 この気の毒なチリングワースの例が示しているのは、これまたのっぴきならない大問題である。それは、悪に対して悪を返すのを諦めることが人を歪めるということが実際にあり得るとしても、それ以上に、悪に対して悪を返すこともまた人を歪めるのだという事実なのである。
 それでは一体、我々はどうしたらいいのか?
 今、問題となってくるのは実にこの点なのである。
 それは結局、次の問題に帰着するのではないだろうか、すなわち、そもそも悪というものはなぜ存在するようになったのか、いつかあらゆる悪が正しく裁かれるということは一体あり得るのか、という問いである。
 ここで我々は<アンナ・カレーニナ>のエピグラフを---「復讐するは我にあり」---思い出すのである。パウロは書いている、「惡をもて惡に報いず、凡ての人のまへに善からんことを圖り、汝らの爲し得るかぎり力めて凡ての人と相和らげ。愛する者よ、自ら復讐すな、ただ神の怒りに任せまつれ。録して『主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これを報いん』とあり。『もし汝の仇飢えなば之に食はせ、渇かば之に飲ませよ、なんぢ斯するは熱き火を彼の頭に積むなり』惡に勝たるることなく、善をもて惡に勝て」---Rom12:17-21
 それゆえ我々は知るのである、確かに、悪に対して悪が返されることは道徳的要請である、しかし、それを我々が返してはいけないのだ。
 だが、それはなぜか? どうして我々でなくて、神でなくてはならないのか? それは正義の問題である。さらに後の部分で、この問題が再び取り上げられることになるだろう。

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Posted by う at 21:19Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-10-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-10- <アメリカ文学とキリスト教>、その4、R.P.ウォレンのフォークナー評


 <アメリカ文学とキリスト教>第六章、もうほとんど最後である。ここでスチュアートは、結論としてキリスト教的解決を持ち出している。まず語られるのは、十九世紀自由主義の悲惨な崩壊についてだ。

「実験準備は簡単至極で、失敗のはずはないと信じられた。これに、人間は生まれつき善で、悪は名称だけだという信念を加えると、自由主義的環境のほぼ完璧な絵ができあがる。この環境が十九世紀もそれ以来も一般的かつ支配的であったために、一九一四年八月から始まる一連の世界的事件が、鋭い苦痛を多く生み出したのは当然である。というのは、幻滅の自由主義者の抱いた幻滅ほど苦痛に満ちたものはないからである。一九二〇年代の『失われた世代』(ロスト・ジェネレーション)は、彼らの面前で進行していった進歩主義を受け継いだ、予告なしの不用意な相続人であった。
「・・・我々がここで考えているのは、もちろん、あらゆる問題の中でもっとも根本的な人間の本質とは何か? ということである。・・・我々は何を期待する権利があるか? ということである。人間の本質的善性を主張して、原罪を否定し、受難の十字架を人間的地平線から抹殺する見解は、いかなる時代に『人生』を送るにしても不適当な心構えとされるであろう。・・・世界は不完全で、今後も長く不完全な状態を続ける模様だということを発見するような『自由主義者』の精神状態は羨むべきものではない。これに反して、カルヴィン主義者は少し厳しいかもしれないが、じっと耐えることができる。『自然な』人間の行動に驚いて我を失うようなことはないのである」

 次いで、エリオットを始めとする保守派への言及---
「彼らはキリスト教の根本教義・・・が現在まず第一に必要であると感じたのである。・・・彼らはたぶん、カトリックにせよ、プロテスタントにせよ、キリスト教の信仰のうちに教育されたであろうが、ほとんど必然的にいろいろな不可知論や不信仰に陥った。そしてまるで遠い国の放蕩息子のように精神的飢餓になやんだのち、最後に立ち上がって、彼らの父のもとに戻ってきたのだ。彼らの戻る場所は必ずしももといた場所と同じとは限らないが、彼らはキリスト教の根本教義に復帰したのである」

 エリオットの歩んだ道のり、宗教的信仰への「困難で」、「まがりくねった」道のりが描写される。
 <荒地>--「絶望はさらに大きくなり、それにしたがって宗教的意味も一層強調される。あたかも詩人が、宗教的信仰への意識的努力の存在し得る前に人は徹底した絶望に陥らねばならないということを、また神からの機会が人間破滅の淵に待っていなければならないということを暗示しようと願ったかのようである」
 <灰の水曜日>--「それが描写しているのは、絶望から希望への、不信から信仰への魂の前進である」
 <四つの四重奏曲>--「永遠が現世と触れ、また交差するとき」、人は主に出会い、火によって「浄化される」。

 宗教的儀式のメタファーという連想から、次にくるのはヘミングウェイである。例えば、<清潔な明るい場所>。
「この短編において、彼ら(バーテン)はまるで儀式をつかさどる司祭である。カフェもシンボルとなっている。それは暗闇に取り囲まれた明るい場所である。明るい領域はそれを包む暗闇と比べると哀れなほど小さいようだ。もしも暗闇が悪の世界の無秩序と混沌を表し、光の場所が・・・小さな秩序と規律と文明を表すとするならば、・・・小さな明るい領域は事をなすに十分である、あるいはとにかく、事をなす場所にしなければならない」

 ヘミングウェイの宗教性については、ロバート・ペン・ウォレンも論じている。それはもっと後の方で取り上げられることになるだろう。
 ただ、ここで次に論じられているのはフォークナーなのだが、ウォレンもまたフォークナー論を書いていて、合わせて読むと興味深いと思われるので、ちょっと脱線してウォレンの文章を持ってくることにする。それはまずフォークナーの自然観から始まっている。

           *            *

 "Understanding Poetry"の中でロバート・ペン・ウォレンは、フォークナーの自然観について、愛情に満ちた、適切な注解を書いている。
 彼はフォークナーの哲学的見解にちょっと触れたあと、その例証としてこの話題に入ってゆくのだが、作品における背景としての自然の描写のすばらしさをたたえた一節のあとにこう続くのだ---
「しかしながら、自然は背景以上のものなのだ。人間と自然との間には一つの相互関係が、ワーズワース流の自然との交感とさして違わないものがあるのだ。・・・どう破壊しようもない美が、そこに、人間のもろさの向こうにあるのである。『神が人間を造り給うた』とアイク・マッキャスリンは『デルタの秋』の中で言っている。『そして神は人間の住むべき世界を造り給うたのであり、もし神が人間であったなら、神ご自身が住みたいと思うような世界を造り給うたのだと私は思う』
「もしも人間が神に似ていれば、アイク・マッキャスリンが言うように、自然に対する人間の態度は純粋な静観的態度で、自然の形状と外観を純粋に楽しむ態度で、純粋な自然との交感であることが、理想であろう。この交感を持つための適当な態度は愛である」
 そして、再びマッキャスリンの言葉の引用---
『(神は)人間と人間が追いかけて殺すであろう鳥獣を、そうなることをあらかじめ知りながら、この地上に共に置き給うたのだ。神は「それでよろしい」と言われたに違いないと思う。・・・神は「人間に機会を与えてやろう。追跡の欲望と殺戮の能力と一緒に、警告と先見とを与えてやろう。人間が荒らす森や野原や、人間が殺す鳥獣が、人間の罪悪の結果となるだろうし、人間の罰の証拠となるであろう」と言われたのだ』
「ところで、人間であることのうちに一つの汚れが---言わば一種の原罪が---利用と略奪と違反の罪が、暗に含まれているのである。・・・しかし、愛によってある程度の罪の贖いを達成することは可能であり---もし人間が人間らしくありたいと思うなら、そうする必要があるのだ」
 それからウォレンは、フォークナーの批判する近代主義者たちの、自然を略奪し所有しようとする企ての愚かしさについて説明したあと、次のように続ける。
「・・・実体は買うことができないのである。それは愛によって持つことができるだけなのだ。
 自然と人間に対する正しい態度は愛である。そして愛は、それらを支配しようという権力欲とは正反対のものなのだ。・・・大地を呪い、破滅をもたらすのは、この憐れみの不足なのである。なぜなら、自然に対する略奪と人間に対する強奪は必ず復讐されるのであるから。・・・罪を犯す態度がいづれは必ず自らを罰することになり、従って人間もついには自身を罰することになるので、必ず復讐されるのだ」
 そして、「デルタの秋」の最後のページ---
『・・・わしがよく知っていたあの森が、復讐を叫ばないのも不思議ではない! と彼は思った。それを破壊した連中自身が、その復讐を成し遂げることになるであろう』
 この批評が書かれたのは一九四〇年代であり、フォークナーの作品自体はもちろんそれよりさらに古い。これらがこの二十世紀末における自然破壊の末路をこんなふうに的確に予言していたことに、我々は驚くだろうか? しかし、実際には驚くに当たらないのかもしれない。フォークナーにおける、ポパイやスノープス一族の描かれ方を見よ---彼らの精神性を見るとき、彼らのような人間たちが動かすようになった世界がどのように破滅してゆくか、それは火を見るより明らかだったのではないか?
 それからウォレンはさらに続け、フォークナーの人間観に関わる重要な一節に入ってゆく。
「自然に対する正しい関係と自然との交感を強調しているにもかかわらず、フォークナーの作品に見られる自然に対する態度には、自然の中に溶け込むことは含まれていない。フォークナーの神話学にあっては、人間は『大地を支配する宗主権』を持っており、人間は大地に属するのではなく、大事なのは人間的美徳---即ち、『憐れみと謙遜と忍耐』なのである」
 この意見は、先に挙げたアイク・マッキャスリンのそれよりもさらにふさわしい。というのは、神は我々が、(サディズムや貪欲ゆえではなく)生きてゆくために限って森や野原を荒らし、鳥獣を殺すことを罪とは見なさないからだ。我々はノアが方舟を出た日に聞いた神の言葉を思い出す必要がある---
「凡そ生ける動物は汝等の食となるべし あをもののごとく我之を皆汝等に与ふ」---Ge9:3
 あるいはエデンにおいて---
「海の魚と天空の鳥と地に動くところの諸の生物を治めよ」---Ge1:28
 自然を破壊するのでもなく、神として崇めるのでもなく、あるいは自然と同化するのでもなく、神からその管理を委ねられた資産としてふさわしく管理すること---鍵となるのは、この考えである。人間は自然とは違う存在だから、自然のままであってはならないのだ。というのは、人間は努力しなければ美徳を培うことができないからだ。そういうわけで、ウォレンは続けて書いている---
「・・・なぜなら、詩にくるまる必要があるのは、ただ人間的欲望だけなのだから。ジョージ・マリオン・オドネルがフォークナーの作品の中に、ヒューマニズムと自然主義との対立を指摘したのは正しいと思う。そして我々は、ある短編とか長編とかの主題が、単なる『自然の』段階における機械的な経験の繰り返しから脱しようとする人間的努力を---『野性の棕櫚』の中でシャーロット・リッテンマイヤーが言っているように、『再び暖かい眠りを取るために起きて、食事をし、排泄できるように、ただ単に食事をしたり排泄したり暖かく眠ったりするだけではないようになりたい』という、あるいは他の場所で書かれているように、ただ単に、さらに綿を栽培してさらに黒ん坊を買うために、綿を栽培したり黒ん坊を買ったりするだけではないようになりたいという人間的努力を、扱っていることに、何度となく気づくのである」
 人間的努力、人間的美徳---フォークナー文学の中心は、これである。
 ここで我々は注意しておかなければならない。キリスト教的見地からしてフォークナーが一個のキリスト教徒だったかどうかはともかくとして、フォークナーの文学そのものは厳密に言って、キリスト教的とは言いがたいのである。一九五〇年のノーベル賞記念講演の一節---
「私は人間の終わりを認めることを拒否します。・・・私は、人間は単に生き永らえるのではなく、勝利すると信じます。人間が不滅なのは、・・・人間には魂が、憐れみを感じ、犠牲的精神を発揮し、忍耐することのできる精神があるからなのです。詩人に、作家に課せられた義務は、こうしたことについて書くことなのです。人の心を高めることによって、人間の過去の栄光であった勇気と名誉と希望と誇りと思いやりと憐れみと犠牲的精神を人に思い出させることによって、人が耐えることの手伝いをすることが、作家に与えられた特権なのです」

I decline to accept the end of man. ・・・I believe that man will not merely endure; he will prevail. He is immortal, ・・・because he has a soul, a spirit capable of compassion and sacrifice and endurance. The poet's, the writer's, duty is to write about these things. It is his privilege to help man endure by lifting his heart, by reminding him of the courage and honor and hope and pride and compassion and pity and sacrifice which have been the glory of his past.

しかり、フォークナーの究極の目的は人間の偉大さを賛美することにあり、神を賛美することにはない。ウォレンは適切にもそれをこんなふうに表現する---
「フォークナーの作品の不動の倫理的中心は、いかなる一時代にも限られるものではない人間の努力と人間の忍耐に対する賛美の中に見いだされるべきである。フォークナーの世界には『善良な』人々がいっぱいいる・・・『どこにでも、いついかなるときにも、善良な人々はいるものだ』とアイク・マッキャスリンは『デルタの秋』で言っている」
 そしてこれが、オドネルがフォークナーの作品中に、キリスト教と自然主義ではなく、ヒューマニズムと自然主義との対立を指摘した所以である。
 フォークナーが、「あなたはキリスト教をどういうものと考えるか」という質問に対して答えた興味深い言葉がある。
「それは一つの行動規範であり、それに従うことによって我々は、自然の欲求のみに従った場合になりたいと思うような人間よりも、よりよき人間になることができるのです」

 "a code of behavior by means of which man makes himself a better human being than his nature wants to be if he follows his nature only"

要するに彼は、それが人をしてよりよい人間たらしむるからという視点でのみ、キリスト教に意義を認めているのだ。
 これは真のヒューマニストの言葉である。言い換えれば彼は、人を立派にするには何もキリスト教が唯一絶対の有効手段ではないと考えているわけなのだ。それはもちろん間違っていない。フォークナーの作品に出てくる善良な人々のうち多くは非キリスト教徒だし、あるいは<緋文字>のヘスタ、<権力と栄光>の警部、またV.フランクルでさえそうである。
 しかし、キリスト教的視点が最重要視するのは、そういう問題ではないのだ。究極の目的とは、神にしかるべく栄光が帰されることであり、それが聖書全体の主題なのである。それゆえ彼らがよりよい人間となるよう努力しなければならないのは、神に仕えるにふさわしい者となるためであって、よりよい人間となることそのものが目的ではないのだ。
 チェスタトンも書いたように---「宗教を守ることで道徳が得られたのである。人々はわざわざ勇気を培ったのではない。彼らは神殿のために戦い、気がついてみると勇気を持っていたまでである。彼らは清潔を培いはしなかった。ただ祭壇の前に立つために身を清め、気がついてみると清潔になっていたのだ」---<正統とは何か>
 そしてこれが、T.S.エリオットをして「キリスト教が真だからではなく、道徳の基礎を与えてくれるからというので採用する」人々を厳しい言葉で指弾せしめた理由でもある。
 フォークナーのキリスト教観は従って、ときに登場人物の「人間的努力」が神の掟を踏み越えることを許している。例えば<響きと怒り>におけるクェンティンであるが、ウォレンは書いている---
「・・・クェンティンが、ジェファスンの町の青年の一人にはらませられた妹のキャディに、自分と近親相姦を犯したと白状させようとする企ての中にも、我々は・・・罪の『恐怖』と地獄の『清潔な焔』のほうが『騒々しい世界』の無意味さよりも一層好ましいかもしれないという観念を見いだすのである。自分の妹が生まれの卑しい町の青年の一人と関係したという考えよりも、むしろ近親相姦のほうを選ぼうとするこのクェンティンの態度には、ジェイスンの俗物根性よりも一層多くのものが賭けられているのだ」
 淫行よりも近親相姦のほうがましである、と言っているのではない。それはむしろ、エリオットが逆説的に語ったように「何もしないよりは悪いことをした方がよい」ということなのであり、何らの道徳的意識もない、動物とさして変わらない状態で罪を犯すよりは、罪を犯しながらもそれに対する罪の感覚を持ち合わせているほうがまだましである、という意味なのだ。しかしながら、もしもフォークナーがキリスト教を至上命題と考えていたならば、わざわざこんな紛らわしい例えを持ってこなくてもよさそうなものである。律法において婚前交渉は死罪とはならなかったが、近親相姦は間違いなく死罪になったのだから。
 だが、こういう少数の例外を除いては、フォークナーの崇高な人間讃歌の多くはキリスト教的であり、またキリスト教のアナロジーとして見ることができる---ヒューマニズムはキリスト教から生まれてきたのだ。それはAに、自然主義的な人間観が間違っていることを納得させるのに十分である。
 ウォレンは続けて、フォークナーのさらに幾つかの作品を取り上げる。
 例えば、<死の床にありて>。
「・・・バンドレン家の人々は少なくとも英雄的努力をすることができるのだ。そしてこの結論の示すものは、アンス・バンドレンのような人間でさえ、一つの観念を把握していることによって、一般的水準以上に上ることができるということである」
 あるいは、<アブサロム、アブサロム!>。
「また我々は、ウォッシュ・ジョーンズのサトペンに対する愛着が示すように、彼でもある種の漠然とした夢を持つことができたということを、そして最後にサトペンを殺害することによって、威厳と人格を獲得していることを、思い出すことができるのである」
 それから彼は<響きと怒り>の倫理的中心であるディルシーについて語り、<紅葉>において誇りに満ちて敗北する黒人について語り、「苦しみを通して謙遜を学び、苦しみに打ち勝った忍耐を通して誇りを学んだ」サム・ファーザーズ老人について語り<八月の光>のジョー・クリスマスですら、なぜ彼が英雄的であったと言えるのかを説明する。それからまた、彼は<熊>からこの力強い一節を引用する---「なぜなら、彼らは耐え忍ぶだろうから。彼らは我々よりも立派な人間なのだ。我々よりもより強い人間なのだ。」
 さいごに彼は<墓場への闖入者>について語り、南部に生きる白人としてのフォークナーの黒人観と、彼の苦悩に満ちた人間賛歌とを見事に言い表したギャビン弁護士の言葉を引く---
「・・・黒人は自由な国に住んでいる人間であり、それゆえ自由でなければならないという前提だ。我々が実際に(北部に対して)護ろうとしているのはそれなのだ。黒人を我々自身の手で解放する特権なのだ。それは他の誰にもできないから、我々がやらなければならないのだ。なぜなら北部人は今から百年前もそれをやろうとし、自分たちの失敗と認めてからももう七十五年も経っている始末なのだから。それだから、それは我々南部人がやらなければならないのだ。もうじきこの種のこと(リンチ)は起こる心配さえなくなるだろう。・・・一昨日の土曜日にそれは起きたし、おそらくまた起きるだろう。おそらくはもう一度、おそらくはもう二度。だがそれからはもう起こらず、おしまいになるだろう。恥辱はもちろんなおも後に残るであろうが、やがて人間不滅の全記録は人間の耐え忍んできた苦しみのうちに、贖罪の踏み石を上って星に達しようという苦闘のうちに、書き記されることになる」
 そして、結論---
「もし人間に対する尊敬がフォークナーの作品の中心的主題であるとすれば、その主題を意味あるものとしているのは、フォークナーが人間を尊敬することの難しさを悟り、それを劇化している点にある。あらゆるものがそれを拒むのだ。野蛮やエゴイズムや、剥き出しの欲望や、愚鈍や傲慢や、時には美徳でさえもそうであり、また歴史や伝統の誤解や、我々の教育や、我々の歪んだ愛国心などが。しかしながら、それは偉大な劇であり、いつも変わらぬ物語なのだ」

           *            *

 結論としては、スチュアートもほぼ同意見である。
「フォークナーは、メルヴィルやシェイクスピアと同じく、根源的な作家である。・・・深淵に関心を持っている。剥き出しにされた人間の魂に関心を持っているのだ」
「フォークナーはストックホルム演説で『私は人間は勝利する(prevail )であろうと信じます』と語った。ある雑誌の一寄稿家は、プリヴェイルという語に戸惑いを感じたと言い、これは曖昧な、意味のない言葉であると断定した。しかし私は、クルーデンの聖書の『コンコーダンス』でその語を引き、それからその語の使われている文章(六十五ある)を読んだら助けになるであろうと示唆したい。大体において、プリヴェイルは神の助けによって勝利を得る場合に用いられている。・・・それは聖書の言葉で、したがって宗教的な意味を含んでいるのである。「フォークナーにあっても勝つことは決して容易ではない。・・・フォークナーの主人公たちはほとんど常に悩みの中に耳まで浸かっており、ほとんど常に地獄と洪水に取り囲まれている。・・・しかし彼らは常に聳えている。彼らは常に人間の潜在力に対する我々の観念を高めてくれるのである」
「フォークナーはキリスト教の根本的概念を極めて効果的に具体化し劇化しているので、彼は現代における最も深いキリスト教的作家の一人であると見なすのが正当であろう。彼の作品の至るところに基本的な原罪の命題があり、至るところに肉と霊との葛藤がある。また規律の必要、苦悩のかまどの火による試練の必要、犠牲や犠牲的死、犠牲を通して罪の贖いをすることの必要がある。フォークナーの人間は英雄的、悲劇的な人物である。・・・そしてその偉大性を測定するのは、彼の達する高さと、彼の陥る深さ・・・との間の距離である」

 こうして、心を打つ文章ではあるが、ここでもまた、人間的努力とキリスト教という二つの微妙に異なる価値が、微妙に混同されている。
 この章の最後はウォレンの<竜の兄弟>を引用して結ばれる--

 共犯を認めることは無実の始まり、
 必然性を認めることは自由の始まり、
 充足の方向を認めることは自己の死、
 そして自己の死は自己の存在の始まり。
 The recognition of complicity is the beginning of innocence,
 The recognition of necessity is the beginning of freedom,
 The recognition of the direction of fulfillment is the death of
  the self,
 And the death of the self is the beginning of selfhood.

           *            *

 そして終章、スチュアートはそれまでに取り上げた、彼が正しくないと考える幾つかの人間観と、正しいと考えるそれとを要約したのち、次のように結ぶのである--

「人間は道徳的行為者であり、悲劇的人物である。・・・
「というのは、人間は不完全な、完全になり得ない存在だからである。・・・しかし彼の状態は、・・・神の恵みの届かないところにあるとは言えない。これが人間の状態の本質であり、キリスト教の希望なのである。そしてこれこそ偉大なアメリカの作家たちが人間経験を戯曲化して描いた意味なのである」
 Man is a moral agent, and a tragic figure. ・・・
 For man is an imperfect, nonperfectible being. ・・・But his state,・・・is not beyond the reach of God's redeeming grace. This is the essence of the human condition, and the Christian hope. And this is the meaning of the dramatization of human experience by the greatest American writers.
もう一度繰り返そう--「そしてこれこそが、偉大なアメリカの作家たちが人間経験を戯曲化して書いた意味なのである」

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Posted by う at 21:17Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-11-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-11- グレアム・グリーン<権力と栄光>


 グレアム・グリーンの<権力と栄光>。("The Power And The Glory" )
 これは小説で、舞台は共産主義革命のメキシコ、主な登場人物はカトリックの司祭と警部の二人である。革命の哲学--宗教は人民の阿片であり、教会は搾取者である--によって教会は片っ端から破壊され、僧職者は一人残らず国外追放か銃殺刑になっている。当局の手を逃れた最後の司祭が主人公で、それを死に物狂いで追うのがもう一人の主人公の警部だ。二人のどちらにも名前は与えられていない。それは作者が登場人物の人格や個性やキャラクターよりも小説のテーマそのものの方により重きを置いた結果であり、テーマの普遍性のアピールであると取ることができる。もっとも司祭のほうにはあだ名があって、それは彼が司祭のくせに無類の酒好きでしょっちゅう酔っぱらっているので、ウィスキー・プリーストというのである。この司祭崩れが執拗な追跡を受けて国中を逃げ回り、ついに捕らえられて死刑に処される、というのが物語の中心的なプロットだ。

 まず目につくにはその奇妙な人物設定である。司祭の方は前述のとおり、決して徳の誉れ高きとは言えない--酒に目がないばかりか、酔った勢いでネイティヴの女の一人と寝て子供まで作っている。そしてむしろあっさり諦めた方が楽ではないかと思えるくらい、大変な苦労をして逃げ回るのだが、それが何のためなのか--より多く神に仕えるためなのか、あるいは単に処刑を恐れてのことなのか、本人にもどうもよく分からないらしいのである。ここまでは、まあまあ一つのステレオタイプにはまっていると言える--この時代、南米の教会が堕落したり人々を抑圧したり搾取したりしてきたのは事実なのだし、グリーンだって事実を曲げようとしているわけではない。ところが、奇妙なのはその先で、この人物の持つ精神性の、分かりにくい二重性である。彼はその行動が堕落しても、精神までは堕落していないのだ。つまり彼は自分が神の目から見ていかに堕落しているかを骨身にしみて知っていて、それゆえ神に受け入れてもらおうなんて全然思っていない。それでも尚、彼は神を愛していたのである! 最も心を打つのはその点なのだ。堕落して尚、彼は愛情と義務感ゆえに聖職者としての自分の勤めに忠実であり、そもそも堕落した人間が神を代表していいものかという問いに常に悩まされつつも、可能な限り神にとって有用な者でありたいと望んだ。そして逃げ回る先々で、彼を敬う者に対しても、罵倒する者に対しても、裏切る者に対してすら、あらゆる人間に対して愛情と義務感のないまぜになった感情を抱いて、ミサを挙げ、説教し、彼らを鼓舞するような言葉を探し求め、また彼らのために祈ったのである。
 物語の始めの方、コラールという印象的な少女との会話の中で、彼の信念の固さを示す一節が出てくる--
「彼女は言った。『もちろん、あなたにはできるんじゃないかと--放棄することが』
『何のことかな』
『あなたの信仰を公に放棄すること』と、彼女はヨーロッパ史の言葉を使って説明した。 彼は言った。『それはできない。どんなことがあっても。わしは司祭なんだ。わしにはおよびもつかないことだ』
 子供は熱心に聞いていた。彼女は言った。『母斑(バースマーク)みたいなものね』」
 これと同じほどAにとって感動的だったのは、彼が自分の信仰について思いめぐらす場面だ。
「昔、子供たちを教えていた頃、ときどき、彼は黒い菱形の目をしたインディアンの子供から質問された。
『神様ってどんなひと?』すると、彼はいつでも父親か母親に関連させて素直に答えるか、それとも、もっと野心的に、兄弟姉妹を含め、広大であってしかも個人的な感情の中で結合しているあらゆる愛情や関係を説明しようと試みた・・・だが、彼自身の信仰の中心には、常に彼を納得させるような神秘が居すわっていた--我々は神の姿に似せて造られたということが。」
 それから彼は自分の故郷の墓地を思い浮かべる--十字架や天使像が打ち壊され、全く荒廃してしまった墓地を。
「墓地を囲む塀は崩れ落ちていたし、十字架は一つ、また一つと狂信者たちによって打ち壊され、石造りの天使の像は片方の翼をもぎ取られ・・・一つの聖母像は両耳と両腕を失い・・・異教のヴィーナスのように立っていた。こうした物を破壊する怒りというものは--そう、これは奇妙なものだ。なぜなら、言うまでもなく充分に破壊できるものではないからだ。もし神がヒキガエルのようなものだったら、この地上からヒキガエルを追い払うことはできただろうが、神が我々自身に似ているとすれば、石像の破壊で満足したって何の役にも立つまい。我々は墓の間で自らを殺さなければならなくなるからだ」
 こういう絶対的な信仰には、全く、疑念の一かけらも入り込む余地はない。彼にとっては神だけが唯一確かな現実であり、人間はそのぼんやりした影にすぎないのだ。そしてそれほど強固な信仰を抱いていればこそ、平気で「もし神がヒキガエルのようなものであったら」なんて仮定をやってのけられたのである。これが信仰というものなのだ。

 別の一節を引こう。彼が一晩を監獄の雑居房で過ごしたときの会話である。
「声は軽蔑をこめて言った。『あんたたち信者というのは、みんな同じだよ。キリスト教ってのがあんたたちを臆病にするだけさ』
『うん、たぶんあんたの言う通りだろうな。このわしは不良坊主だし、悪い人間だ。大罪を犯したままの状態で死ぬとなると』--彼は不安そうにくすくす笑った--『誰でも考え込むよ』
『そうだ。俺の言った通りだ。神を信ずると臆病者になるのさ』その声は、何かを証明したかのように、勝ち誇った。
『それから先は?』と、司祭は言った。
『信じない方がいいってこと--そうすりゃ、勇敢になるってものよ』
『分かった--そうだな。それで、もちろん、わしたちが知事なんか、それに署長さえも存在しないと信じたり、この監獄が監獄なんかじゃなくて花園だと思いこんだりできれば、そのときには、わしたちはどんなに勇敢になれるか分からんね』
『そんなこと、全くばかばかしい話さ』
『だがね、監獄はやっぱり監獄だったとか、知事があの上の広場にちゃんと存在してるんだってことに気がついたとき、わしたちが一時間か二時間くらい、勇敢に振る舞ったところで、そんなこと大したことじゃなかろうが』」

 娘への愛情。最後に帰郷したとき、彼の娘は七つで、荒んだ環境の中で可愛げのかけらもない、ひねくれた子に育ってしまっている。その村を立ち去るとき、ごみ捨て場のそばで彼は娘に出会い、そしてこれが、彼が娘を見た最後になる。
「彼は、彼女が彼を信じていない動物であるかのように、おそろしく警戒しながら近づいていった。彼は、彼女に対する強い愛情のために弱気になっていた。・・・彼女の心の中にはもう世間というものが住みついていた。彼女は全く無防備だった--彼女には、自分を弁護する愛嬌も魅力もなかった。彼の心は敗北を自覚して揺れた。・・・彼は、琥珀の中の蠅のように、彼女が自らの人生の中にはめ込まれているのを見た--娘をぶとうと振り上げられたマリアの手、早熟にも暗がりの中でささやく少年ペドロ、森を荒らして獲物を追う警察--至るところに暴力だ。彼は声に出さないで祈った。『ああ神よ、この私にいかなる種類の死でも与えてください・・・ただ、この子を救ってください』
「彼は人の魂を救うことになっている人物だった。・・・昔は実に簡単なことに思われた・・・だが、今ではそれは奇跡だった。彼は自分の絶望的な無力を意識した。
「彼は跪いて、彼女を引き寄せた。彼女はくつくつ笑い、離れようともがいた。『わしはお前を愛している。わしはお前の父親だから、お前を愛している。そのことを分かってもらいたい。・・・わしは命を捨ててもいい、なんの値打ちもない命だが。この魂だってかまわない・・・ね、お前、理解するように努めてくれ、お前は--とても大切な子だということを』そのことが、彼の信仰と彼ら政治指導者たちとの相違だということを、彼はずっと前から知っていた。彼らは、ただ国家とか共和国のようなものにだけ関心があった。この子は一つの大陸全体より大切だった。『お前は自分を大切にしなくちゃいけない。お前は非常に--必要なんだから。首都にいる大統領は、いつでも銃を持った人たちによって護衛されている--だが、わしの子よ、お前には天の全ての天使がついている--』彼女は、暗い、自覚のない目で彼を見返した。彼は、自分がここに来るのが遅すぎたのだと分かった」
 それから彼は娘のためにミサを挙げてやろうとして、命の危険を冒してぶどう酒を手に入れに行くのだった。

 あるいはあらゆる人々への愛情。
 一人のパリサイ人が、彼のことをこんなふうに決めつけたとき--
「『あんたなんか一刻も早く死んだ方がましよ』
 暗闇の中で彼女の顔は見えなかったが、その声にぴったりするような多くの顔を、彼は過去の中から思い出すことができた。男でも女でも、注意深く心の中でその形を思い浮かべてみると、いつでも憐れみを感じ始めることができた--それは、神に似せて造られた者がいつでも身に着けている特長なのだ。目尻のしわ、口の形、髪の生え方などを見ると、憎むことはできなくなってしまう。憎しみというものは、想像力を欠くところから起こるにすぎない。彼は、この信心深い女に、抵抗できないほどの責任を感じはじめた」
 そして彼は、何とかして彼女を益してやろうとして、適当な言葉を懸命に探し求めるのである。
 罪を犯してからというもの、彼は人々に対して「異常なほどの愛情」を抱くようになった。彼は昔の自分を思い出して、考える、
「あの頃、俺はきっと鼻持ちのならない奴に違いなかった--だが、あの頃はまだ、俺は比較的罪のない方だった。そのことはもう一つの謎だった。ときには、赦されてもいいような軽い罪--短気、ちょっとした嘘、思い上がり、好機を無視すること--の方が、すべての罪のうちで、最も重い罪よりもはるかに神の恩寵から人々を隔ててしまうように彼には思われた。あの頃は、確かに罪は犯していなかったが、誰に対しても愛情を覚えたことなどなかった。ところが堕落した今となって、彼ははじめて・・・」
 それゆえに我々は知るのである、これは愛についての物語であり、また同時にフェリクス・クルパについての物語であることを。そして彼はまた、己れの罪の実を愛することによってはじめてまた、神を愛するとはどういうことかを学んだのだった。
 別の場面で、また別のパリサイ人に向かって彼は言う、
『神を愛するのと、人間--または子供--を愛するのとは何の違いもない。それは、神とともにいること、神の近くにいることを願うことなんだよ』彼は両手で絶望的なジェスチャーをした。『それは、お前自身から神を守りたいと願うことなんだよ』
 神を愛するとは、神を己れから守りたいと願うことである! こんな言葉は、ただそれだけのために一冊の本が書かれるに値する。しかり、神を愛するとは、自分の心の中に抱いている神のイメージに、自分の考えや感情、自分の思い込みや誤解や利己心や、殊に善意とか熱心ゆえの偏向がまざりこむのを拒絶することであり--まさに神を他者として、ありのままに受け入れることに他ならないからだ。しかしこの小説をずっと読んできた者は、彼が娘に対して抱いた感情を思い出す--
「彼は、自分が死んで、彼女が生き続けてゆくことを考えた。彼女が、次第に堕落してゆく長い年月の間に、再び彼と結びつき、肺病のように彼の弱さを共有するのは、彼にとって地獄なのかもしれなかった・・・」
 そして我々は知る、彼が娘を愛するがゆえに、娘を彼自身から守りたいと欲したことを。

 グリーンはプロローグにおいて自らこの小説の主題を示し、それは憐れみから生ずる堕落であると述べている。著者自身による見解を支持しないのは著者に対して失礼かもしれないが、この小説がAの目を開かせたのは、もっと単純な点においてである。つまりAはこの主人公の生き方を通してはじめて愛とは、つまり不完全な人間が神を愛するとはどういうことかを学んだのだ。そしてAはまた、罪とは、つまり人間を神から隔てる罪とはどういうものであるか、また意味というものについて、つまり、人生の意味はなぜ唯一絶対のものでなくてはならないのか、ということについても学んだ。
 しかし、Aはここで一言断っておかなくてはならない--Aは決して、この主人公の人格全体を受け入れる気も、カトリックの教義全部を受け入れる気もないのだ。フェリクス・クルパの教説がある程度まで真実だとしても、人は神を愛し神に仕えるのに、そこまで堕落する必要はない。神はエデンで善悪の知識の実を禁じたとき、人がそれを食することを望まなかったから禁じたのであって、ということは神もまた、堕落の必要性ということは特に考えていなかったのである。
 この主人公の、行動と精神との矛盾には首をかしげざるを得ない。彼の厳しい自己分析はほとんどブレイナードを思い出させるほどであるが、ブレイナードよりもはるかに重い罪を犯した彼が神経症にもメランコリーにも陥らずにいられたというのはどういうことなのだろうか? あるいは彼が心の中で人々に対して抱く愛情と、実際の行動との矛盾はどうであろうか。自分の娘をそれほど愛しているのなら、彼はそれが荒んだ生活環境のかたちづくるままになるのを放っておいてよかったのか? 彼は自ら娘のそばにいて、彼女を愛し、守り、教えてやるべきだったのではないか? また彼は、彼の身代わりに人々が捕らえられ、銃殺されるのを許してよかったのか? 彼はもうそんなことが起こらないように自首すべきではなかったのか?
 これらの問いは我々を教義の問題に導いてゆく。
 僧職者の独身制については、「結婚を禁じる者たち」をパウロがどんなふうに糾弾したかを思い起こすだけで十分である。それは明らかに間違った教義なのだ。だから政府に強制されなくても彼は当然娘の母親であるマリアと結婚すべきであったし、テモテ第一3:2-5の訓戒にしたがってまず自分の家の者たちを救おうと努めるべきであった。
 しかし、もう一つの教義--事効論--ははるかに込み入った問題だ。神を代表する人間はどこまで義に適っていることを要求されるのか、あるいは、ある人間が神を代表する者として神に是認されているかどうかを、我々はどのようにして知ることができるのか? これはA自身もしばしば考えざるをえなかった問題である。我々はダビデがサウルを殺す機会を得たとき--そのときのサウルは既に神に背き、ダビデを亡き者にしようという明らかに間違った動機を抱いていたにもかかわらず--「エホバの油注がれた者に手出しするなど私には考えられない」と言ってそれを拒んだことを、それでもその後になって神が確かにサウルをその位から退けたことを知っている。(1Sam26)また、イザヤ、エレミヤ、エゼキエルの時代の祭司たちがどんなふうに堕落していて、何度も繰り返し神からの警告を受けたか、しかし実際に裁きが下されるまでは神の代表者は地上の他のどこにもいなかったことを、我々は知っている。あるいはペテロが捕らえられて相手方の間違いを公然と非難したとき、「お前は大祭司に向かってそんな口の聞き方をするのか」と言われて、「兄弟たち、私は彼が大祭司だとは知らなかった」と弁解し、神の代表者を敬うことを命じた律法の一つを引いて自分の言を引っ込めたことを(Act23)、にもかかわらず、七十年のローマ侵攻に至って神が今やエルサレムもその神殿も共に見捨てたことが明らかになったということを。それゆえにこれは一筋繩ではいかない問題である--実際この世においては本当のところを知ることが許されていないようにも思われる。

 グリーンの小説を読み進めるうちに我々は、この主人公がキリストの面影を背負わされていることに気づく。背景をなす小道具もすっかり整っている---ユダがおりバラバがおり、最終的に刑を宣告する警部はピラトの役を演じていると言えなくもないし、あるいは主人公が死して後、彼があちこちで蒔いてきた信仰の種が思いがけずも力強く芽を出しはじめる様子は、使徒たちの活動にも比せられるのである。
 そしてこれが、この小説の出版当時非難を巻き起こした所以でもあった--こんな堕落坊主にキリストの像を仮託するのはキリストに対する冒涜ではないのか?
 しかしこういう非難に対しては、前もって予防線が張られているのだ。それは、ある母親が子供たちに読んで聞かせる聖人物語という形で最初に出てくる--この家族のもとに、主人公はかつて一夜の宿を得ているのだ。そして、親子の間でその聖人物語に出てくる聖人と主人公との相違が問題にされるのである。あとで母親は夫に訴える、
『私、坊やにはほとほと困りましたわ』
『娘たちの方にはどうして困らないのかね? どこにだって心配事ってのはあるよ』
『女の子の方は二人とも、今のままでかわいい聖徒ですわ。でも、あの坊やときたら--あの子ったらこんなことを聞くんですもの--あのウィスキー・プリーストのことを。私、あの人にはうちに来てほしくなかったわ』
『うちへ来なかったら、もう捕まっていただろうな。そうなっていたら、あの人も、お前の言う殉教者の一人になっていただろうよ。そして、彼について本が書かれ、お前がその本を子供たちに読んで聞かせていただろうな』
『あの人が--いいえ、決して』
『だが、いづれにしろ』と、夫は言った。『あの人はがんばりぬくよ。私は、そうした本に書いてあることを全部信用はしていない。私たちはみんな人間なんだよ』

 これは重要な言葉であり、考え抜かれた伏線である。私たちはみんな人間なんだよ。("We are all humans.")神と人間との、完全と不完全との相違。
 それから全編にわたって、主人公自身が自分といわゆる聖徒たちとの距離を痛切に意識する場面がいくども出てくる。それゆえ主人公とキリストとをダブらせることによって明らかになるのは、不完全な人間でもいかにキリストの如くに仕え得るかという積極的な面と共に、不完全な人間がいかにキリストに達し得ないかという、鋭い、絶望的な認識なのである。そして、その積極的な面においてすら、両者ははっきりと異なっている。不完全な人間の愛は常に、罪ある己れとの絶えざる苦闘を伴うからだ。

 しかしながら、いわゆる聖徒とそれ以外の人間とをこうも容赦なく区別する傾向に、我々は注意深くなくてはならない。それはカトリックの慣行の一つであるが、神は教会に、地上の罪はともかく、人の永遠の将来までを裁く権利を与えたのか? それは僣越な行為ではないのか?
 それからまた別の問題もある。初めの場面で出てくる少年は、母親の読んで聞かせる物語にすっかりうんざりしている。次に彼が出てくる場面では、彼ははっきり言ってのける、
『ぼくは、そんなことは全然信じないよ』と、少年はむっつりと怒ったように言った。『一言だって』
『まあ、お前、なんてことを!』
『誰だって、それほどばかであるはずはないよ』
 ところが、巻末近く、司祭が処刑されたあとになって、彼は聖徒であったのだと母親から吹き込まれた少年は、今までの態度を一変して急に宗教的になるのである。
 その描かれ方はあまりにも不自然であるという他に、ある冒涜的な考えを暗示している。つまりそれは、宗教的畏敬という感情は一般的に虚偽の上に成り立つものである、という考えなのだ。そしてそれはまた、あらゆる「聖徒」は実際にはこの主人公と似たりよったりだったのだ、要するに「聖徒」というのは実際の人間ではなく、宗教的努力の指標としての概念にすぎないのだ、という暗示をも伝えているのである。
 ところで我々は知っているのではないだろうか、ステファノが実際にあのように生きて、死んでいったことを、そして彼が寓話の登場人物ではなくて本物の人間だったことを。そしてステファノの精神的後継者たちは実際にたくさんいるのであり、彼らは実際に、不完全な人間ではありながらもウィスキー・プリーストよりもはるかにりっぱな神のしもべたちだったのだ。

           *            *

 もう一人の主人公である警部。彼は道徳者であり、信念の人である。正義のためにはいくらでも血を流す覚悟ができている。実際に、彼は司祭を捕まえて銃殺するのが正義だと信じているので、実力行使に出る。知事の許可を得てすべての村から人質を取り、司祭がそこに来たのに報告しなかったことが分かるとそれを処刑するのである。
「それだと、もちろん大勢の者が死ぬことになるぞ」
と、署長が意見を述べると、彼は激しく言い返す--
「やる値打ちのあることじゃないですか?・・・そういう連中を永久に一掃してしまうなんて」
 宗教的なものに対する激しい憎しみ--それは私心のない高潔な信念と、人々への愛情から発しているのだ。それゆえ彼は(逆説的に)非常に宗教的である。
「・・・彼の思いつめたような、油断のない歩き方には、どことなく司祭のようなところがあった--過去の誤りを振り返って、再びそれを論破しようとしている神学者のようなところが。」
 それから、彼の極端なまでに禁欲的な、「監獄か独房のような」部屋の描写。
「・・・この国に、愛と慈悲を垂れ給う神の存在を信ずる者がいると思うと、彼はすごく腹が立った。・・・冷却し死滅してゆく世界の存在と、何の目的もなく動物から進化してきた人間の存在を、彼は完全に確信していた。彼は悟っていた。・・・彼は、この土地が悲惨だった子供の目にかつてどんなふうに映ったかを思い出させるすべてのものを、この土地から根こそぎなくしてしまうまでは、できれば鋼鉄の壁で回りを囲ってしまいたかった。彼は一切のものを破壊し、一切の記憶を絶って、一人でいたいと思った。人生は五年前に始まったのだ」
 彼はベッドの上で、赤シャツ隊が処刑した一人の男を思い出す。
「その男は高い地位にある僧侶だったので、そのことで助かると思っていた。彼は、下級の神父にある種の軽蔑の念を抱き、最後の最後まで自分の高い階級を説明し続けた。もうこれまでというときになって、彼は自分の祈りのことを思い出した。彼はひざまずいた。赤シャツ隊は彼に痛悔の短い祈りをする時間を許した。警部はずっと見ていた。彼には直接関係がなかったからだ」
 ステファノが石打ちにされる間、黙って眺めていた青年サウロ。Act7:58--「そして彼らは自分の外衣をサウロという若者の足元に置いた」
 しかしサウロは(そして警部も)ピラトのような無道徳者ではなかった。「熱心さについては会衆を迫害するほどであり、律法による義についてはとがめのない者」--Ph3:6
 しかし、警部と彼の追う司祭とには一つの共通点がある。それは愛情なのだ。次の、子供たちが遊んでいる広場を彼が通りかかる場面は、この小説の中でAが最も好きな部分の一つである。
「炭酸水(ガセオーサ)の空き瓶が空中を飛んで、警部の足元にぶつかって割れた。彼は、ホルスターに手を掛けて、振り返った。彼は少年の仰天した驚愕の目を見た。
『お前がその瓶を投げたのか?』
 きつい褐色の目がすねたように警部を見返した。(この少年は、前の場面で母親に聖人物語を読み聞かされていたあの少年である--引用者注。)
『お前は何をしてたんだ?』
『それは爆弾だったんだよ』
『お前は、それを俺めがけて投げつけたのか?』
『違う』
『じゃ、何をめがけて?』
『グリンゴー(白人の俗称)だよ』
 警部はにっこりした--不器用な唇の動きだった。『そりゃいい。だが、もっとうまくねらわなきゃいかんな』彼は、壊れた瓶を足で蹴飛ばして道へ転がし、子供たちが自分と味方同士だということを教える言葉を考え出そうとした。『多分、そのグリンゴーの奴は、あの金持ちのヤンキーどもの一人で・・・』と、言いかけて、少年の顔に現れた献身の表情に驚いた。それは、何かお返しを必要とした。警部は心の中で、悲しい、満たされない愛情を覚えた。彼は言った。『こっちに来い』子供は近づいてきた。遊び仲間たちは、こわごわ半円をつくって立ち、安全な距離から見つめていた。『名前は?』
『ルイス』
『そうか』と、警部は、うまく言葉が出てこないので、そう言った。『ちゃんとねらえるようにしなくちゃいかんね』
 少年は熱をこめて言った。『そうなりたいよ』彼は警部のピストルのホルスターに目を走らせた。
『ピストルが見たいか?』と、警部は聞いた。彼はどっしりしたオートマチックをホルスターから引き抜いた。子供たちは用心深く近づいた。彼は言った。『これが安全装置だ。そこをあげてみな。そうだ。さあ、これで撃てるぞ』
『弾丸(たま)入っているの?』と、ルイスは聞いた。
『いつでも、入れてあるさ』
 少年の舌の先っぽが現れた。彼はそれを飲み込んだ。食べ物の匂いを嗅いだみたいに、つばが腺から出てきたのだ。このときには既に子供たちはそばまで近づいて、立っていた。一人の大胆な子供が手を伸ばして、ピストルのホルスターに触った。彼らは警部をぐるりと囲んでいた。警部は、ピストルを腰の後ろにちゃんと戻しながら、落ちつかない幸せに囲まれていた。
『何というピストル?』と、ルイスは聞いた。
『コルト三八』
『弾丸は何発?』
『六発』
『それで誰か殺した?』
『まだ』と、警部は言った。
 子供たちは興味のあまり息を殺していた。彼は、自分のホルスターに片手を添えて立ち、褐色の、力のこもった、がまん強い目を見守った。こうした子供たちのために彼は戦っていたのだ。彼は、自分を悲惨にしたすべてのもの、貧しく、迷信的で、堕落したすべてのものを、こうした子供たちの少年時代から一掃しようとしていたのだ。子供たちはまさに真実そのもの--空虚な宇宙、冷却してゆく地球、なにびとも自分の選ぶ道で幸せになる権利を与えられるにふさわしかった。彼はこの子供たちのためなら大虐殺をいとわぬ覚悟ができていた--まず教会を、次に外国人を、それから政治家を--彼のチーフだって、いつかは死ななければならない。彼は、子供たちと一緒に、もう一度砂漠の中で世界を始めたいと思った。
『ああ』と、ルイスは言った。『ぼくはやりたい・・・ぼくは・・・』まるで野心が大きすぎてはっきりと言い表せないみたいだった。警部は愛情のこもったジェスチャーで手をさしのべ--軽く触れた。彼はその手をどう扱っていいか分からなかった。彼は少年の耳をつねり、彼が痛がってしり込みするのを見た。子供たちは小鳥のように彼から散っていった。警部は一人で広場を横切って署へ向かった。それは、秘密めいた愛情を抱いた、小柄で、きびきびした憎悪の姿だった」

 そのあとの場面で、彼は司祭を追跡して入った村で、村人たちが口を割らないのに腹を立ててこう怒鳴る、
『お前らは、どうして俺を信じないんだ? 俺は、お前らの誰をも死なせたくないんだぞ。俺から見れば--分からんのかなあ?--お前らは、あの坊主よりはるかに値打ちのある人間なんだ。俺はお前らにくれてやるぞ』--彼は両手でジェスチャーをしたが、誰も見ていなかったから、なんにもならなかった--『何でも』」
 その少し前にはこんな場面もある--
「女の子が彼の長靴に手を掛けていた。彼は、わけのわからない愛情を覚えて彼女を見下ろした。彼は自信を持って言った。『この子の方が、ローマの法王よりずっと価値がある』」
 ここで我々は、司祭もまた同じふうな考え方をしたことを思い出す--「この子は一つの大陸全体よりも大切だった。」警部の愛情もまた、単なる政治をはるかに超越していた。しかし彼の誤りは、それを政治的な手段で実現しようとした点にある。終章で見ず知らずの二人が顔を合わせるとき、司祭はそのことに気づき、それを彼に理解させようとするのである。

 この小説における警部の存在は、幾つかの問題を提起している。
 まず、正義の問題--正義とは何か、正義を実現するためには血を流してもかまわないのかという問題がある。
 次いで道徳の問題--神によらない道徳はどこまで人をりっぱにできるか? あるいは、人が道徳的に善き人間であるために、神は必要なのか必要でないのか?
 さらに、文学の問題。グリーンはカトリック作家である。とすると、彼の究極の目的は神の栄光を讃え、人を神のもとへ導くことにあると、普通には考えられるわけだ。それでは、この非常に魅力的な無神論者--道徳的に完璧で、しかも愛情に満ちた--の存在を、我々は一体どう考えたらいいのか? それはまるで神無き道徳の可能性の暗示、いやそれどころかそのプロパガンダとすら考えられないだろうか? もとより、グリーンはそんな人間が現実には決して存在し得ないことを承知の上で書いているのだ。
 彼はそのプロローグでこの小説を書くきっかけとなった旅について語り、ラス・カサスで革命がどんなふうに堕落したかを目の当たりにした様子を描いている--
「・・・この町には肩で風を切って歩くピストル所持の悪漢どもがうようよしていたからだ・・・夕方に広場で座っていたりすれば、必ずひどい言葉を吐きかけられたし、酒場で一杯やることもできなかった。・・・この小説に登場する警部の抱いていたあの理想主義について言えば、そんなものは、こうしたさもしい革命主義者どもには悲しいほど欠如していたのだ。
 ・・・私は挫折した司祭に対立する存在としてああした警部を創作しなければならなかった。つまり、およそ考えられ得る最上の動機から人生を抑制した理想主義的警部と、人生をいたずらに引き延ばし続けた酔っぱらいの司祭とを。」
 こうした点で、グリーンに責任はないのか? 神はそういう責任を物書きに対して問わないと、我々は考えるべきだろうか?
 こうしたいくつかの問題については、これより後の部分で詳しく取り上げられるだろう。
 Aは正直なところ、司祭と警部とでは断然警部の方が好きだ。しかしこの小説において最もAの心を打つのは、先に挙げた司祭の様々な問題点と、小説自体の様々な問題点にもかかわらず--彼の、神に対する愛情なのである。それはAがはじめて理解した感情だったからだ。

           *            *

 それが最も際立ったかたちで表現されているのが、クライマックスで二人が顔を合わせる場面である。
 司祭の首にかけられた賞金をめあてに、前々から彼を執念深くつけまわしていた男がいるのだが、最終的にその男がユダの役を演じることになる--指名手配中のアメリカ人強盗がどこそこで今死にかかっていて、あんたに告白したがってるんだ、と彼は言う。彼はアメリカ人の書いた紙切れを見せる、"For Christ's sake, father ・・・"
 これが罠であることが、司祭にはよく分かっている。しかし男は食い下がる、それはあんたの務めではないか?
「・・・彼が、今、必要とされていることに疑問の余地はなかった。こんな問題のすべてを魂に背負いこんでしまった人間・・・すべての中で最も奇妙なことは、今、彼がすっかり楽しい気分になったことだった。彼は、実際に、こんな平和があるのだなどと信じたことは一度もなかった。彼は、向こう側にいるときに、あまりにもしばしばそれを夢に見たことがあったので、今ではそれは、彼にとって、全くの夢にすぎなかった。彼は口笛を吹きはじめた--昔、どこかで聞いた調べだった。“わたしは見つけた、野中のばらを。”彼が目覚めるときが来た。ラス・カサスへ行って、懺悔するとき、彼は、死にかかっている男の懺悔を聞いてやらなかったことを、他のすべてのことと一緒に認めなければならなくなるだろうが--それは、本当に楽しい夢とはならないだろう」
 それゆえ彼は出掛けてゆく。熱帯林の山道を、騾馬に乗って五時間。
 国境近くの掘っ立て小屋にアメリカ人は横たわっていて、今にも死にそうだ、しかし彼もまた、自分が司祭を罠に陥れるために利用されたことを知っていて、何とか彼を助けようとする。実際彼はそのことしか考えていない--彼は考える、早くしないと奴らがやって来る。その前に何とか司祭を逃がさなくては--彼は自分の魂の救いに全く興味を示さない。ところが司祭の方は逆で、危険を冒してやってきた以上、彼の魂を救うことができなければ全く意味がないと思っている。
「このような男に何一つしてやれない--という、自分の役立たずさが、身の危険を伴ってまたぶり返してくるとは、あまりにも不公平ではないかと彼は思った。」
 司祭は彼が全然告白する気がないのに腹を立て、何とかして彼の心を変えようとする。しかし、彼の方は頑なに告白を拒み、彼らの気持ちは互いにすれ違ったまま、遂に彼は息を引き取る。
 打ち捨てられたあばら屋、泥まみれの死体、悪臭、荒廃、絶望--
「彼は、自分では送ることのできない生活のことを--平和、栄光、そして愛というような言葉を漠然と思い、悲しみと憧れを感じた。
「・・・彼は祈った。『おお、慈悲深い神よ、つまるところ、この男は私のことを考えていたのです。私のためにこの男は・・・』だが、彼は何の確信もなく祈ったのだ。せいぜい、一人の犯罪者が他の犯罪者を助けようとしただけのことだった--どちらを見ても、この二人に大した功徳はなかったのだ。」

「声が言った。『さて、もう終わったかね?』」
 司祭は振り返って、そこに警部の姿を認める。彼らは実は、互いに何度かそれと知らずに顔を合わせている--一度はミサのためのぶどう酒を手に入れようとして、禁酒法で捕まった司祭に、金がないというので警部が代わりに罰金を払ってやったりもしているのだ。
『俺に会おうとは思いもしなかったろう』と、彼は言った。
『いや、思っていたよ』と、司祭は言った。『あんたにお礼を言わなければならない』
『お礼? 何の?』
『この男と二人だけにしておいてくれたから』
『俺は野蛮人じゃない』と、警部は言った。・・・
『お前が戻ってくるとは信じなかったよ』
『ああ、だが、警部さん、あんたにはそのわけが分かるはずだ。臆病者にだって、義務感ってものがあるんだよ』
 それから司祭は、裁判にかけられ、処刑されるためにわざわざ来た道を戻ることになる。しかし、そのとき急に熱帯地方特有の激しい大雨が降ってきて、彼らはやむなく掘っ立て小屋のなかに避難する。そして、雨が止むのを待ってぽつぽつと会話を始めるのである。
「・・・彼は、軽蔑をこめて言った。『では、お前には子供がいるのか?』
『いるよ』と、司祭は言った。
『お前に--坊主のくせに?』
『司祭というものが、みんなわしのようだなどと考えちゃいけないね・・・司祭には善良なのもいるし、不良な奴もいる。わしは不良司祭だというだけのことだね』
『じゃ、俺たちはひょっとしてお前たちの教会に奉仕しているようなものだな』
『そうだね』
 警部はからかわれたと思っているかのように、鋭く見上げた。・・・」

 しばらくして、司祭は退屈しのぎに一組のトランプを取り出して手品をやって見せる。「警部は言った。『お前は、こんなものを神の奇跡だなどと、インディアンに言うんだろう』
『とんでもない』と、司祭はくすくす笑った。『わしはこいつをあるインディアンから教わったんだよ。・・・わしは、教区でのどんな催物の余興にも、この手品をいつも見せたんだよ--ほら、信心会の人たちにね』
 肉体的な嫌悪感が警部の顔をよぎった。彼は言った。
『そうした信心会のことは覚えている』
『少年のころのことだね?』
『分かるくらいの分別はあった・・・』
『そうかね?』
『ぺてんだ』と、彼は片手をピストルにかけ、憤慨して怒鳴った。『あんなことは何もかもひどい言い抜けだ。まったくひどい詐欺だった。すべてを売って、貧しい者に与えよ--それが教訓だった、違うか? 薬局のセニョーラの何々夫人が、あの家族は本当は慈悲のお金を受ける資格はないと言ったり、こちらやあちらのセニョールが、あいつなら餓死するのが当然だ、なぜならあいつらは社会主義者だからさ、などと口々に言い散らす。そして坊主--お前らは、まずイースターのお勤めをちゃんと果たし、その上、献金をしたのは誰と誰かということにだけ気を配っていたんだ。・・・教会は貧乏、坊主は貧乏、だから、誰も彼も持ち物全部を売っ払って、教会に寄付しなきゃいかんというわけさ』
 司祭は言った、『あんたの言うとおりだ』それから、彼は急いで付け加えた。『むろん、間違ってもいる』
『どういう意味だ?・・・言うとおりだって? お前は言い訳さえしないのか・・・』
『監獄であんたからお金をもらったときに、あんたって、いい人なんだなって、すぐ感じたね』
 彼は知っている、警部が教会を憎むのも、彼のために人質を殺したのも、すべては正義を求める清い心と民衆に対する愛情からなされたことを。
「・・・警部は言った。『お前は危険な男だ。それが、お前を殺す理由だ。いいか、俺はお前を、一個の人間としては少しも敵だとは思っていない』
『もちろん、そうだろう。あんたが敵とするのは神なんだから・・・』
『ちがうな、俺は作り事なんか相手にして戦わんよ』
『だが、わしなんか、戦う相手としては役不足もいいとこじゃないかね?・・・その人こそ、わしなんかより弾丸を受ける価値がある』
『それはお前の考えだ。・・・お前はすごくずるい、お前ら坊主はな。だが、これだけは答えてくれ--お前らは、このメキシコで、俺たちのためにいったい何をしてくれたか?ということだ。お前らは--ああ、そうとも、あの告解室とやらで--地主どもに向かって、小作人を殴っちゃいかんと言ったことがあるか? たとえ言ったにしても、それをすぐ忘れてしまうのが、お前らの義務じゃなかったのか? 告解室から出てくると、お前らは、地主と食事を囲み、地主が百姓を殺したことなんか知らんふりするのが、お前らの義務なんだ。それで、すべておしまいってわけさ。・・・』
『そうなんだ、俺たちにだって考えはある。・・・祈りをあげたって、もう金は出さん。祈りをあげる場所を建てると言ったって、もう金は出さん。その代わり、俺たちは、人々に食べ物を与え、読むことを教え、本を与える。人々が悩まないように気をつける』
『だが、みんなが悩みたいと思ったら・・・』
『誰かが、女を犯したいと思ったとしてみろ。俺たちは、そいつがそうしたいと思ったからといって、それを許していいか? 悩むなんてことは間違っているんだ。・・・ああ、俺たちはな、悪い奴らをふんじばるんだ』
『で、そのあとはどうなるのかね? つまり、みんながたっぷり食べ物をもらって、ちゃんとした本--あんたらが読ませようとする本--を読めるようになった、そのあとは、一体どうなるかということだが?』
『どうもならん。死は事実だ、俺たちは事実を変えようとはしない』
 ・・・
「司祭は言った。『そこが、またあんたとわしの違いだ。仮にあんたが善人でないとしたら、あんたが自分の目的のために働いたって、何にもならない。それに、あんたの仲間は必ずしも善人ばかりとは限らない。とすれば、あんたたちは、今までどおり、飢えたり、鞭打ったり、何とかして金持ちになろうとするに決まっている。だが、それは、わしが臆病者だとか--その他もろもろのものであることとは大して関係がない。それでもやはり、わしは、人々に神のことを唱えさせ--その人たちに神の許しを与えることができる。教会のすべての司祭がわしのような者であっても、そのことには何の変わりもないんだ』」 
制度を変えようとすることの虚しさ、あらゆる革命思想への批判。それと同時に、ここで彼は自分自身を、制度のもたらす害悪の一つと意識しているのである。

 嵐が去って、一行が出発しようというとき、例のユダが最後にもう一度だけ姿を現す。こいつは司祭を裏切って当局の手に渡しておきながら、彼の祝福を得ようとするのである。
『それが何の役に立つ? お前は祝福を売るわけにはいかんのだ』と、司祭は言った。『お前は、わしの祝福は神の目の上にかぶせた目隠しのようなものだと思うんだな』
 しかし、彼の厚かましさとふてぶてしさにいい加減うんざりしてとうとう司祭が「お前のために祈ってやろう」と言うと、彼は満足げに答える--「それじゃ、俺もあんたのために祈ってやるよ」
「司祭は手を振った。彼は、人間的なものにそれ以外の何物をも期待しなかったので、何の恨みも抱かなかった」

 その晩、旅路の仮の宿で、寝つかれない二人は会話の続きを始める。
『・・・あんたみたいな人に会うと、いつでも途方にくれることが一つある。(と、司祭は言う、)あんたは、金持ちを憎み、貧乏人を愛する。それは正しいことなのかね?』
『正しい』
 ・・・
『・・・わしたちは、貧しい者どもは祝福され、金持ちは天国へ行くのが難しいと知るはずだ、といつも言ってきた。なぜわしたちは、貧しいものどもにも、また、それが難しいことだと言ってやれないんだろう? ああ、わしたちは、貧乏人には施し、彼らが飢えないようにしてやれと命じられている、わしはそのことは心得ている・・・それにしても、なぜわしたちは、貧しい者に権力を与えなければならないのか? 貧乏人は、埃の中で死なせ、天国で目を覚まさせてやるほうがましだ--貧乏人の頭を埃の中にねじ込むようなことをしない限りは』
『俺は、お前の理屈が大嫌いだ』と、警部は言った。『俺には理屈はいらん。誰かが苦しんでいるのにぶつかると、お前のような連中は理屈に次ぐ理屈だ。お前らはこう言う--苦しみはいいものだ、苦しむ者はいつかいい目を見るだろう、と。俺は、俺の心に喋らせたいんだ』
『銃の筒先でね』
『そうとも、銃の筒先で』
『だがね、あんたがわしの年齢になれば、心なんてものは全く信用のおけないけだものだってことが分かってくるよ。頭だってそうだが、頭ってやつは愛のことは喋らない。愛のことをだよ。それで、女の子が頭を水の中に沈めるか、子供が首を絞められるかすると、心はしょっちゅう愛、愛と言い続けるんだ』
 ・・・
『神は愛だということ--それは完全に別の問題だよ。わしは、心が神の愛の味を感じないとは言わないが、それにしても、それは何という味だろう。まあ、一パイントのどぶ水で割った、ほんとにちょっぴりの愛ってとこかな。わしたちはそんな愛は認めない。それは、憎しみのようにさえ見えるかもしれない。わしたちを脅かすには十分かもしれない--神の愛ってやつは。そいつは、砂漠のやぶに火を放ったじゃないか。そして、墓を壊して暴き、死者を暗闇の中で歩かせる。ああ、わしのような人間は、そんな愛を周囲に感じたら、それから逃げ出すために一マイルは走るだろう』
 彼の誠実な物言いは実に訴えるではないか。彼は、自分が神の愛を理解できるなどとは、神の愛がそれほど甘ったるいものだなどとは考えなかった。彼は、モータリティーがイモータリティーに出会ったときの恐怖を率直に語っているのだ。
 シナイで神に出会ったイスラエル。
「この声を聞きし者は此の上に言の加へられざらんことを願へり。これ『獣すら山に触れなば、石にて撃るべし』と命ぜられしを、彼らは忍ぶこと能はざりし故なり。その現れしところ極めて怖しかりしかば、モーセは『われ甚く怖れおののけり』と云へり」--He12:19-21

 臆病で、飲んだくれで、だらしのない司祭と、人格的、道徳的に完璧な警部。しかし、警部の信念が、地上における当座の力と、人間の哲学にしかその依り処を持たないのに対し、司祭の信仰の後ろ楯には、絶対的な権威と究極的な力とが控えているのだ。それゆえ、司祭は警部の人間的な価値をすぐに認める、けれども同時に、人間の罪と無力とを(自分という媒体を通して)知り抜いているので、警部がそれに対して盲目であるところのもの--人間の力で地上に善を実現しようとすることの不可能--をも鋭く意識する。あるいは、貧困そのものは権力の根拠とはならないことを。警部は、自分が完璧なものだから、宗教の暴虐と抑圧ばかりが目に入って、人間それ自身の持つ弱さや限界が目に入らないのだ。彼の描いている理想は、冷徹で、現実的で、ばら色の夢想とは程遠いが、そういう理想でさえ人間にはとても手が届かない。

 旅も終わりに近づいて、「警部はしぶしぶ言った。『お前は悪い奴じゃない。俺に何かしてやれことがあったら・・・』
『告解することを許してもらえれば・・・』」
 しかし、司祭はいない。ただ一人、みんなの笑い物になっているホセ神父--法律にしたがって結婚し、今はもう宗教的なお勤めもしないで天体観測に唯一の楽しみを見いだしている老人--暴露された宗教的偽善の、生きた標本--を除いては。
「わしにはあの人で間に合う」と司祭は言う、それで警部は彼のもとに、自ら出向いてゆくのである。

 ホセ神父のうちの中庭には、意地の悪い子供たちがひそんで、神父が現れたらはやしたててやろうと待ち構えている。
「警部はあの司祭に約束なんかしなければよかったと思ったが、それでもなお、彼はその約束を果たそうとしていた--なぜなら、そうすることが何らかの点で--例えば、勇気、真実、正義・・・などの点で--優れていることが分かれば、神に支配された、腐敗した古い世界に対して勝利を収めることになるだろうと思われたからだ。」
 彼は道徳者だった。神によらない道徳。
「誰も彼のノックに答えなかった。彼は請願者のように中庭に黒々と立っていた。それから、もう一度ノックした。すると声がした。『ちょっと待って、ちょっと』」
 扉の前に立つ警部の姿は、奇妙にも黙示録におけるキリストのようである。
「視よ、われ戸の外に立ちて叩く、人もし我が声を聞きて戸を開かば、我その内に入りて彼とともに食し、彼もまた我とともに食せん」---Re3:22
 そして実際、彼はホセに対してキリストの役を演ずる--これは、ホセが神にとって有用な者となる最後の機会なのだ。
 しかし、結果的には臆病と周囲の圧力への屈伏に、誠実な使命感と人間的な思いやりの最後の輝きは押しつぶされる。警部は署に戻ると、独房の司祭のところに行って、手短に告げる。ホセは来ない、処刑は明日。
「警部は言った。『こんな夜に一人でいるのはよくない。雑居房がよければ、そちらへ移し・・・』
『いや、いや、わしは一人でいたい。することがいっぱいあるから・・・』
『俺はな、お前に何かしてやりたいんだ』と、警部は言った。『少しブランデーを持ってきてやったが』
『法に背いて?』
『そうだ』
『あんたは、ほんとにいい人だ』彼は小さなフラスコを受け取った。『こいつは、あんたには用なしだね、多分。だが、わしはいつも苦痛というものが怖かったものだから』
『俺たちは、いつかは死ななきゃならん』と、警部は言った。『いつ死んでも、大した違いはなさそうだ』
『あんたは、いい人だ。あんたには怖いものは何もないんだ』
『お前には、そうした奇妙な考えがあるんだな』と、警部はぼやいた。・・・『ときどき、俺はお前の口車に乗せられそうな気分になるんだ』
 ・・・
『お前にしてやれることはもうないかな?』
『いや、ない』」
 警部はドアを開け、奇妙な憂鬱と虚脱感を覚える。「彼は、追跡にかけた幾週間を、永久に終わってしまった幸せな時間のように振り返った。彼は目的がなくなってしまったように感じた。・・・彼は苦い優しさを覚えて言った。『眠るようにしろよ』」

 一人になった司祭は、ブランデーを片手に一人だけで告解しようと試みる--しかし、さっぱり精神を集中することができない。
「彼は、自分の娘が、ぎらぎらする陽の光の中から小屋の中へ入ってくるところを思い出した。ぶすっとした、知ったかぶりの、不幸せそうな顔だった。彼は言った。『ああ神よ、あの娘を助けてください。この私を地獄に落としてください・・・』それこそ、彼が世の中の全ての人に感ずべき愛だったのだ。あらゆる恐れと、救いたいという願いが、不当にもたった一人の子供に集中してしまった。彼は泣きはじめた。彼は、泳ぎ方を忘れてしまったために、その娘がゆっくりと溺れてゆくのを海岸から見守っていなければならないようだった。彼は考えた。これこそ、わしがすべての人に絶えず感ずべきことなのだ、と。そこで彼は、次から次へと浮かんでくる人々の顔を思い浮かべ、自分の頭を、混血児(ユダ)や、警部や、・・・バナナ園の少女(コラール)にまで向けて、押してもびくともしない重い扉に対するように注意力を集中しようとした。なぜなら、そうした人々もまた、危険な状態にあったからだ。彼は祈った。『神よ、その人々も救ってください』だが、祈ったその瞬間に、もう彼はそれらの人々を、ごみ捨て場の傍らの自分の娘にすり替えていた。・・・彼はまた失敗を重ねてしまった。・・・
「・・・このわしがこれほど役立たず、全くの役立たずでなかったら・・・この辛かった絶望的な八年間は、彼には、ただ神への奉仕の戯画にすぎないように思われた。ただ数度の聖体拝領と、数度の告解と、それから終わりのない悪い手本だけだった。彼は考えた。この私の捧げられる唯一の魂があって、それだけで、見てください、私のしてきたことを、ということができたら・・・ 人々は彼のために死んだ。その人たちこそ聖徒にふさわしかった。・・・彼は、自分を退ける聖徒たちの冷たい顔を思った。・・・
「彼が目を覚ましたのは夜明けだった。彼は、大きな希望を抱いて目を覚ました。だが、その希望は監獄の中庭を一目見た瞬間、たちまち完全に消え去ってしまった。それは、彼の死の朝だった。彼は、片手に空のブランデーの瓶を持ち、床にうずくまって、痛悔の祈りを思い出そうとした。・・・彼は混乱し、彼の頭は別のことを考えていた。それは、人が日々の祈りの中で求めるような立派な死ではなかった。彼は監獄の壁に映る自分の影を見た。そこには、びっくりしたような、そしてグロテスクなほどしょぼくれた姿が映っていた。他の司祭たちが逃亡したのに、自分だけが踏みとどまれるほど強いと考えるなんて、わしは何という馬鹿だったんだろう。何という鼻持ちならない奴だったんだろう。ああ、わしは何というぐずだったんだろう、と彼は考えた。わしは誰にも何もしてやらなかった。わしなんか生まれてこない方がよかった。・・・多分結局、彼は地獄へ落ちる価値もないのだろう。涙が頬を伝わった。彼は、その瞬間には地獄へ落ちることも怖くなかった--苦痛に対する恐怖すらどこかに遠のいてしまっていた。彼はただ、何一つしないで、手ぶらで神のもとへ行かねばならなかったので、どうにもならないほどがっかりしただけだった。この瞬間、聖徒であることは全く易しいことだったろう、と彼には思われた。そうなるには、ほんの少しの自制とわずかな勇気さえあればよかったのだから。彼は、約束の場所に数秒遅れたために幸福を取り逃がした人のような感じがした。彼はこの期に及んで、ただ一つ大切なこと--聖徒になる--それしかないということを悟ったのだ。」

           *            *

 ここまでを一気に読みあげた夜のことをAは思い出す。
 頬を流れ落ちる涙が枕を濡らした夜。
 それはまるでパスカルの、「孤独の空をよぎって燃える啓示の瞬間」そのものだった。
 人生の意味とは何かを、Aはこのときはじめて理解したのだった。
 神を愛するとはどういうことかを、Aははじめて理解した。不完全でありながら神に仕えるとはどういうことかを。
 涙の流れるままに、Aは目を閉じて神に語りかけた--神よ、心から感謝します。私の祈りに答えて、理解を与えてくださったことを。
 Aははじめて神の愛を感じた--それはまるで、神がAに愛の何たるかを理解させるためにグリーンを用いてこの本を書かせ、天使の翼に乗せてAのもとに送り届けたが如くだった--Aは自分が神の愛に包まれているのを感じた。
 これで私もあなたを愛することができそうな気がします--どうぞご意志ならばそうなりますように。

           *            *

 <覚え書>1654年11月23日。


                 火

       「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」、
           哲学者や識者の神ならず。
         確信。確信。情感。悦び。安らぎ。

              人の魂の偉大さ。

           悦び、悦び、悦び、悦びの涙。

       ワレ汝ノ御言葉ヲ忘ルルコトナカラン。アーメン。

           *            *

 その頃が恐らく、Aの生涯の中でAがいちばん神に近づいた時期だっただろう。その頃までにAは引っ越して、別の会衆に交わるようになっていた。すごくいいところだった。友達もいっぱいできた。伝道はほとんど喜びになった。愛、喜び、平和といった言葉は、ここでは単なる言葉ではなくて、実際に人の形をとってその辺を歩き回っていた。細かいところでは問題も色々あったのだろうが、前のところと比べたら、同じ神のもとでこうも違ってくるかというくらい、天国みたいなところだった。みんなはAがもうすぐ、そう、すぐにでも洗礼を受けるに違いないと信じていた。そして今度こそ、立派なキリスト教徒として独り立ちできるだろうと。実際、A自身そう思っていた。Aは自分に関して、すごく楽観的になっていた。何より文学によって神への愛について理解できたことに、ひどく感動を覚えていたからだ。

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Posted by う at 21:14Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-12-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-12- 愛について、結び


 それゆえAは知る、彼の神への愛について。
 彼の、神に対する態度はまるでダビデのそれのようである。
 詩篇にあふれる神への思い。
 ダビデがいかに神を愛し、信頼していたかは驚くばかりだ--彼は父親によりかかって歩く子供のようにその肘にしがみつき、その顔を見上げ、自分自身をすっかり預けきっている--
「エホバ、わが牧者、何をか怖れん」

 彼もまた罪を犯した--例えばバテシバとの一件。
 一国の王がたかだか一人の女を、しかも異邦人の夫を持つ女を召し上げたくらいのことで、どうしてそこまで糾弾されなくてはならなかったのか。どうしてそこまでして灰の中で悔い改めて許しを乞い、尚かつあとあとまで禍いにつきまとわれ、さらにはそのことが聖書に記されたので、後の世のあらゆる人間に対して己れの恥を曝す羽目にならなくてはいけなかったのか。一国の王にとって、それは耐えられない屈辱ではなかったのか。
 彼はそうは考えなかった。彼は己れの罪を認め(「エホバよ、私はあなたに対して罪を犯しました」)、神の前にへりくだった。
 そう、司祭も同じ態度をとった。彼は自分が淫行を犯しても、神が淫行を禁ずるのは間違っているとか、それは現実に則していないなどとはついぞ考えなかった。
「・・・彼女にとって、それはほんのちょっとした出来事、健康な肉体では完全に治ってしまう引っかき傷にすぎなかった。彼女は、司祭の女であったことが自慢でさえあった。彼の方だけが、まるで世界中の人がみんな死んでしまったかのように、傷を背負って歩いていたのだ」

「あなた方の神が完全であるように、あなた方も完全な者でなければならない・・・」
 --そう、不完全な人間が完全な者であるとはそういうことだ。意志の完全さ、理性の完全さ。重要なのは罪を犯すかどうかではなく(あらゆる人間は罪を犯すのだから)、罪に対してどういう見方を取るかである。己れの心が己れをして罪を犯せしめることがあったとしても、意志は断じてこれを肯んぜない。意志は常に神を見つめて揺るがない。

 それゆえAは知る、人が神を愛するとはどういうことか、邪悪でありながらしかも聖なる者であるとはどういうことか、不完全でありながら完全であるとはどういうことか。
 神の是認はどれだけ完全にその基準にしたがっているかということよりも(それは不完全な人間にとっては、そもそもの定義からして不可能なのであるから)、従おうとしてどれだけ奮闘するかによる--それは意志の問題なのだった。

 それゆえAは知る、罪について、それがあまたの行為に表れるとしても、本質的にはそれは個々の行為ではなく、あらゆる人間に共有される内的特質あるいは傾向であることを---「すべての人間は罪を犯した」 そして、尚許されない罪とは、それと戦わないこと、諦めてしまうことであることを。
 天路歴程のエピグラフ---「人の心のはかるところ其幼少時よりして惡しかれば」(Ge8:21)
 内面に深く根づいた罪---人間の本質(ネイチャー)。
 それゆえに人は自然(ネイチャー)のままに生きてはならないのだ。それゆえに人はこれを否定しこれと戦い、これに打ち勝たんとしてたえず励んでゆかなければならない。
 それゆえAは知る、道徳について、それは不可能なことを成し遂げようとして努力し続けることであると---己れを捨てよとか、汝の敵を愛せとか。そして、不完全ではあっても人は決断を下すことができ、また下さなければならないことを---すなわち、神の前における自分の立場、神の愛に答え応ずるか否か、神の側を取るか否を。
 罪を、---怒り、憎しみ、嫉妬、貪欲、傲慢、支配欲、あるいは利己心---こうしたものを免れている人間はいない。しかし、こうしたものに全く支配され、己れは全く手出しできずにいる、そうであってはならないのだ。あるいは困難な外的状況にあって、自分であれやこれやの形を取ることができずに、水のように常に器によってその形を規定され---彼は自分で己れの性向を抑制することができないので、普段は法や恐れや約束事によって縛られているとしても、ひとたびそこから解き放たれるやあらゆる悪に対して彼を引き止めるものは何もない、そんなふうであってはならないのだ。己れの内なる悪と戦って、よし勝利を得ずとも、戦い続けることは可能なのであり、不完全な人間の勝利とは要するにそういうことなのだ。
 それゆえ、そこにはいかなる決定論---遺伝子決定論であれ、環境決定論であれ---も入る余地はない。堕落して尚、人間は意志能力を持ち合わせており、どんな宿命のもとにあっても己れの生き方に関して責任を負わなければならないのだ。
 だから例えば、同性愛に走る人間はもともと同性愛的遺伝子を持って生まれてきたのだから仕方がないのだという考え方は、神には受け入れられないわけだ。しかし、人は自分の力では善を成し得ないというアウグスティヌス的な人間観は、それを受け入れてしまう恐れがある。運命論の弱点はここにある---それは、人に努力しなくてもいい口実を与えかねないのだ。

 それゆえまたAは知る、自然ということについて。
 ルソーは理想としての「自然」を語ったが、彼自身、そんなものは現実には存在し得ないことをよく知っていた--「かつて存在したことがなく、今も存在せず、これからもずっと存在することのない自然」。
 しかし問題は、理想としての「自然」なるものが有用な観念論としてすら存在し得るのかどうかということである。人間の状態を「ある」と「あるべき」とに分けるとき、「自然」はそもそもの定義からして「ある」の方に属し、他方理想というものは「あるべき」の方に属する。そうしてみると、理想としての「自然」というのは言語矛盾ではないのか?
 ルソーは人間の本質についてどう考えたのだろう--曰く、人間は白紙の状態で生まれてくると。しかし、彼らがそこへ生まれてくるところの社会はなぜ、かくも不平等で抑圧的で、諸悪に満ちているのか。その社会は天から降ってきたものではなく、白紙の状態で生まれてきたはずの同じ人間たちが集まって形成しているのである。それでは、もともとあったのではないとすると、それらはどこからやってくるのか。人はやはり白紙の状態で生まれてくるのではなく、悪しき本質--ネイチャー--をもって生まれてくるのではないのか。そしてそれが、理想化されていない人間の「自然の」状態--ネイチャー--なのではないか。
 それゆえに、人は白紙の状態で生まれてくるという考えよりも、「見よ我は咎と共に産みの苦しみをもて生み出され我が母は罪のうちに我を宿せり」(Ps51:5)というダビデの言葉の方が、子供は無垢であるという考えよりも「人の心のはかるところ其幼少時よりして悪し」(Ge8:21)という神の言葉の方がより真実に適っているのである。人は社会制度に組み込まれたからといって悪人になるわけではなく、逆に社会から隔絶されれば善人になるわけでもない。堕落以来あらゆる人間は生来的に悪に向かう傾向にあり、それがキリスト教で言うところの罪の教理である。あらゆる人間は生来的に、奇形なる社会の青写真を、言わばDNAの内に持っているのだ。あらゆる社会が結局のところ、ニムロデの社会と大して変わらない理由はここにある。

 そしてまたAは知る、愛とは天然資源(ナチュラル・リソース)ではなく、生まれながらにアダムの罪を受け継いだ我々は、日々努力してこれを培ってゆかなければならないのであり、日々愛するために闘わなければならないのだということを。いみじくもナジェージダ・マンデリシュタームが善について書いたように---「善とは単に生得の性質ではなく、育て上げなければならないものである」
 それゆえまたAは知る、人間の本質(ネイチャー)と自然界の自然(ネイチャー)とを、我々は決して混同してはならないことを。この二つを同じ次元で考えてはならないのだ。あらゆる誤解はここに始まるのである。これらは互いに全く異質な概念であり、ゆえにはっきりと区別されなければならないのだ。
 人は自由意志を与えられたがゆえに罪を犯し得た。しかし、草木や動物は自由意志を持たず、それゆえに罪を犯すこともなかった。彼らは完全なのだ。彼らは禁断の木の実を食べなかった。彼らは神の呪いを受けなかった。彼らは神がそれを造り上げたとき、「善(よし)」と宣言した栄えある被造物なのであり、ゆえに彼らは、あるがままにあるのが正しいのだ。
 <存在の耐えられない軽さ>の中ではその相違が次のように描写されている---「犬は楽園から追い出されなかった。カレーニンは身体と心という二元性について何も知らず、汚れとは何かを知らない・・・犬への愛は何も要求しない」
 トマーシュがどうしても浮気をやめられなかったのは、テレザへの悪意ゆえではない。彼はテレザのことをとても愛していて、それゆえひどく苦しんだ。トマーシュが浮気をやめられなかったのは、彼にとってそれが自然だったからだ。けれども、自然であるということは口実にはならないのだ。なぜなら、そのことでテレザが苦しむのには少しも変わりがないのだから。
 それゆえまたAは知る---性道徳こそは反自然主義の最たるものであることを。性欲はそれ自体、満たされようとするアプリオリな方向性を持っている---すなわち自然である。けれども、それを野放しにしておいてはならないのだ。
 その存在自体が罪ではない。それもまた神の創造物である。雅歌の中で、性愛の激しい衝動がいかにストレートに(そして肯定的に)表現されているかを見よ。
「ねがはしきは彼その口の接吻をもて我に口つけせんことなり 汝の愛は酒よりもまさりぬ・・・
「夜われ床にありて我心の愛する者をたづねしが尋ねたれども得ず 我おもへらく今おきて邑をまはりありき わが心の愛するものをちまたあるいは大路にてたづねんと ・・・ 間もなくわが心の愛する者に遇ひたれば之をひきとめて放さず 遂にわが母の家にともなひゆき 我を産みし者の室にいりぬ」---1:1,3:1-4
 しかしそこには尚、正式な結婚というしかるべき枠がはめられていて、そこを踏み越えるとき、それは罪となるのだ。
「汝おのれの水溜より水を飲み おのれの泉より流るる水を飲め 汝の流をほかに溢れしめ 汝の河の水をちまたに流れしむべけんや ・・・ 汝の泉に福祉(さいはひ)を受けしめ 汝の少き時の妻を楽しめ 彼は愛(うつく)しき雌鹿のごとく 美(うるは)しき鹿のごとし その乳房をもて常にたれりとし その愛をもて常によろこべ 我子よいかなればあそびめをたのしみ 淫婦の胸を懐くや」---Pro5:15-20
 それゆえ、罪とは掟を踏み越えた性欲と戦わないこと、別の女を欲しまいとして努力しないことである。

           *            *

 それからAはまた、終末の意味についてもはっきり理解するようになった。
 終末は何のためにもたらされるのか? それは地上の悪を終わらせ、神の正義を敷衍する為に来るのである。あらゆる社会悪は、最終的には神の介入によってしか解決できない。 けれども神を知る者は、神の支配を待ち焦がれながら、同時にそれを受け入れることの難しさをも知っている者である。神の苛烈な清さ、手厳しさをよく知っているAは、どんなに社会が堕落しようとも、安直に神の支配の方が望ましいなどとは口が裂けても言えなかったのだ。その一方で尚、数々の社会悪に日々心を痛めてもいたのだが。
 Aにとって社会悪の最たるものとはもちろん自然破壊であった、なぜならそれはそもそも人の生きてゆく基盤そのものを打ち壊す行為だったからだ。そしてAの生み出す作品はそれゆえ、自己表現だの世界の再創造だのの他にまた、(フォークナーの南部のように)失われてゆく美しい自然の姿を記録し封じ込めるという役割をも負わされていた。それはしかし、その姿を描写しようと努力すればするほどに、本物にはとても及びもつかない絶望をも伴っていたのである。
 そして尚Aは知っていた、自分の生み出した作品は終末の際に失われるが(そうではないか---神に忠実であったバルクでさえ、イスラエルの滅びの際に得たのは自分の魂だけだったのだ、況んや不忠実な者をや---Je45:4,5)、その中で自分が描写している美しい自然は残り、しかもさらに美しく繁茂してゆくことを。
 というのは、この問題について考えれば考えるほどAにははっきり分かってきたからだ---それは制度や法律をどうこうすればいい問題ではなくて、人間の心の問題であることが。
 つまりそういう問題は多くの場合、故意の無知だとか、怠慢とか、臆病とか、貪欲とか、自分の生活様式を変えることを拒む、頑迷な個人主義だとか、利己主義だとか、物質主義だとかに由来しているのである。それは社会の問題だが、同時に一人一人にその罪に対する責任があって、要するにエリオットの言う社会責任なのである。
 だからこれを解決するには世界中の人間全部がその罪を認めて悔い改めるしかないわけだが、そんなことができないのは誰だって分かる。だからこのまま地球がだめになってしまう前に神が介入するのは良きことなのだ。Aは終末論の正当性をそんなふうに理解したのである。

 終末論は恐れによって人を縛るので好ましくないという論議に対する反駁、及び、終末と、第一に来るのが神の愛また神への愛であり、「完全な愛は恐れを外に追いやる」という事実との調和。

 人はなぜ終末を恐れるのか?
 終末を恐れるのは神に仕えない人間か、もしくは仕えていても神を愛していない人間である。終末を恐れるのは、己れの抹消されることを恐れるからだ。己れの抹消されることがどうしてそれほど恐ろしいのかというと、彼は己れの命を至上の価値と思っているからだ。ゆえにそれは一種の自己愛である。しかし命とは至上の価値か?
 言うまでもなく、ただ生きて在るということそのものはさほどりっぱなことではなく、生きて何を成し遂げるかということの方がもっと重要である。そしてこの問題を神の視点から見るならば、ウィスキー・プリーストが考えたように「聖徒になる---それしかない」わけだ。それゆえ至上の価値とは神への献身であって、神に仕えない限り、人間の命そのものには結局のところ、そう大した価値はないのだ。
 Aがトールキンの<指輪物語>を読んだのは遙か昔のことだが、その中に今だ忘れられない一節がある。
 魔法使いのガンダルフがゴクリというどうしようもない奴の命を容赦してやったことを聞いて、主人公のフロドは嘆く。
「何ですって! あんな奴、死んだってよかったのに!」
 するとガンダルフが答えるのだ---
「今生きている奴の大部分は死んだっていい奴じゃ」
 従って、実際には何も恐れる必要などないのだ。
 神がもたらす終末によって価値あるものは何一つ失われることなく、むしろ無価値なものが除かれることによって至上の価値が敷衍されることになる。神の視点からすればそういうことだ。
 しかしながら、神に仕えない人間は当然のこととして、神の視点から物事を見ることができないので---もしくは欲しないので---神に仕えないわけだ。そして神に仕えないことにする場合、事は不利になる---彼はいまある命がすべてであることに同意して神に仕えないわけだが、そうした人間にとって、自分の命より他に、本当に大事なものなどあるのだろうか? エホバの日が来たとき、「私にとってはこれが大事なので、そのために私の命が取られてもちっとも構わない」と言えるものを、果して持ち合わせているだろうか?
 これは苦しい立場である。力において神に劣るということはさほど憂えるべきことではない、憂えるべきはむしろこちらの方だ。自らの滅びという凄まじい「外的状況」にあって、彼はいかにして「人間の尊厳」を守り抜くのか? 神からの自由だとか、己れへの忠実だとか、あるいは文学とか芸術とか快楽主義だとかを、どこまで矜持と成し得るだろうか?

 他方、神に仕える人間にとっては、終末論は恐れによって人を縛るという批判は意味を成さないのだ。神への献身とはまず、完全なる自己放棄だからである。そもそもの始めから、彼らは己れの所有権を放棄して神に捧げている。己れが抹消されることを恐れるほどの臆病な人間に、そんなことができはしない。
 それゆえ終末が近いということは彼らをして矜持せしめても、決して崇拝の動機となってはならないのだ。なぜなら終末が来て自分が死ぬことに対する恐怖はまさにフォークナーが憂えたところの"physical fear" に他ならないからだ。それは核戦争に対する恐怖と変わらない。終末は地上から悪を一掃して神の正義を行き渡らせるための手段であり、人を恐れのうちに神のくびきに縛りつけるための鎖ではないのだ。
 そしてこの正義のために彼らは日夜労しているのであり、彼らの最大の関心はいかに徹底的に神に仕えるかということにあって、彼らにとって、己れの命の存続などはもはや大した意味を持たないのだ。というのは、彼らの命が消えても、彼らの求める価値はずっと存続するのであり、それゆえに、彼らはそのために生きることによってばかりか、そのために死ぬことによってもその価値のために何がしかを成すことができるからだ。パウロのように---
「この務めを全うできさえすれば、私は自分の命を少しも惜しいとは思わない」「我々は生きるにしても主のために生き、死ぬにしても主のために死ぬのであり・・・」
 かくして神への「完全な愛は恐れを外へ追いやる」のである。
 そして、「私にとってはこれが大事だから、そのために命が取られてもちっとも構わない」と言えるものを持っている、これら勇気ある人々には永遠の命が与えられることになる。これが「己れの魂を守ろうとする者はそれを失い、失う者はそれを見いだす」という逆説の意味するところである。

           *            *

 再び従順について。
 我に従え。我に従え。生き続けるために、我に従え。
 しかし尚、彼らにとって、生き続けることが一番大切だったのか。
 従順という代価は、命のためにはあまりにも高価すぎはしないか。
 預言者たちや、イエスとその弟子たち、彼らはたかだか永遠の命くらいのためにあれほど大変な生き方をしたのか。迫害に遭いながら、死に至るまで信仰を貫くよりも、将来の見込みをさっさと放棄して楽な道を選んだ方がよっぽど容易ではなかったのか。従順の報いがただそれだけのものであるなら、そんな強さが生まれるだろうか。
 彼らが求めていたもの---そしてこれが聖書の真の主題---それは、神に栄光が帰されることだった。ヨブに倣って苦しみを忍び、神の主権の正当性を立証すること、かくして神の名が神聖なものとされること、これこそが一番重要なのだ。彼らは神から与えられることではなく、神に与えることを求めるのである。従順という代価を払うに値するのは、実にこのようなことなのだ。彼らは己れの従順によってそれを成し遂げるからだ。
 そう、なぜ神が、死に至るまで信仰を貫いた者たちの命を、その場で救ってやらなかったのか。
 彼らにとっても神にとっても、命が一番大切ではなかったのだ。
「わが神、わが神、なんぞ我を見捨て給ひし」と、杭の上でイエスが叫んだとき、神はこれを救わなかった。しかし、それに先立って、イエスは自分が死ななければならないことを知っていたにもかかわらず、弟子たちにこう言ったのである---
「なんぢら世にありては患難あり、されど雄々しかれ。我すでに世に勝てり」
                        ---Joh16:33
 そして彼らは命よりも大切な価値を守り通したので、それは彼らにとって勝利だったのだ。それゆえにまた、神が彼らを忘れることもない---
「エホバの聖徒の死はそのみまへにて貴し」---Ps116:15

 彼らにとって、問題は実にはっきりしていた。神と己れとを隔てる、絶対に埋めることのできない距離、それでも尚、何とかして神に達しようとする努力。それが全てだった。 いかに神にとって有用な者となるか、いかに神から見て義にかなった者となるか、いかに絶対的に献身するか。それが人間を測る唯一の基準であって、他にはかつてなかったし、今でもないし、これからも永久にあり得ないのだ。

           *            *

 1996年夏。Aが代々木公園の生い茂る木々の間を歩いていて、湧きあがる幸福感とともに得た啓示。
 レバノンの杉はあなたを讃えます---その瞬間、木を造ったのは神であるということを、Aははじめて理解した。
 Aは、「われなんぢの法をいつくしむこといかばかりぞや われ終日(ひねもす)これを深くおもふ」(Ps119:97)なんてわけには、とてもいかなかったのだ。一日のうち一時間でもそれを「深くおもふ」のはしんどいことなのに、一日中なんかやっていたら窒息死してしまう。

 神の義。すべてがつながった。キリスト教独特の、あの肩の凝る息苦しさ。
 自然界と調和しない、人間の本質と相容れない、それだったのだ。
 人間がいちばん必要としているもの、いちばん大切なもの、この世でただ一つ変わらないもの、にもかかわらず、決して達し得ないもの。

 この「神との距離」の正体。この異質さ。
 罪とは、それだったのだ。

 今や一つにつながった。根源的なものを中心としてつながった一つの世界。
 夜明けの翼を取って最果ての海に住もうとも---
 美しい詩である、しかし見方によっては果てしもなく絶望的な束縛状態である。
 Aはこの描写を、あらゆる文学の姿として理解してきた。しかし実際には、それはあらゆる人間の姿である。
 けれどもついに神の前から逃れられないという事実はもはやAを絶望させはしない---A自身の中に、この命題に深く呼応する魂が宿っているからだ。
 そして、これが神は「神の像の如くに」人を造ったということの意味である。
 それゆえ、自然界に人間界のアナロジーを見ようとするのは、厳密には間違っているということになる。
 <緋文字>において整然とした町と対比される混沌の森は、ホーソンの作品において道徳的過ちのメタファーとして繰り返し持ち出される(ここでヘスタはディムズデールを誘惑し、ここで魔王の会合が開かれ、ここで人々は悪魔の印を身に受ける)。あるいは<リア王>において、荒野の大嵐は(王が王としての尊厳を奪われた)道徳的無秩序を暗示する。
 しかし実際には、無秩序というものは人間界にしか存在しないのだ。自然界は、一見どれほど無秩序に見えようとも、常に光合成や食物連鎖や引力の法則といった秩序のもとに動いている。それゆえそれは神の正義を遂行し得るし(「みよエホバの暴風あり 怒とつむじ風いでて惡人の首をうたん」Je23:19)、その力や知恵の顕現たりうる(「もろもろの天は神のえいくわうをあらはし 穹蒼はその手のわざをしめす」Ps19:1)
 自然と人間、道徳についての理解を得て確信するようになったこと。

 神の掟に従うのは正しい。
 神の道に従うべく、日々努力してゆく生き方は正しい。

 この正しさの実感。
 神に仕える生き方を選び取るには、まずそれが必要だった。

           *            *

 Aがウィスキー・プリーストから学んだもう一つの大きな点は、神の奴隷となるためには逆説的に独立した主体でなくてはならないということである。人間の道徳的自由ないし自由意志という問題は神にとって極めて大きな意味を持つし、サタンが引き起こした論争の主眼点もそこにあったのだ。
 愛と服従とは、命令であるが強制ではない。我々はこの区別をはっきりすべきである。人は神の愛にどう答えるかを決定する自由を持っている。愛さない自由があってはじめて愛は価値を持つし、服さない自由があってはじめて服従は意味を成す。
 神を捨てる自由という概念には存在意義があるのだ。グレアム・グリーンの"The End Of The Affair" のヒロインが考えたように---
「私には神への誓いを破る自由がある」
 そして、それによって愛や服従は自発的意志の表現となるのだ。そしてそのためには、愛したり愛さなかったりすることを表現する、何か具体的な手段が必要である。神はそれを掟という形で与えた。それゆえ神はエデンに善悪の知識の木を置いた。
 汝食うべからずというその掟によってはじめて、人は道徳的行為者たることを許されたのである。それがなかったなら、彼らは何不自由なく暮らして、しかし本質的には動物やロボットと変わらなかったことだろう。これによってはじめて人は、その掟を守ることによって愛と服従の自発的意志を、守らないことによって罪と反逆の自発的意志を表現することができた。それゆえ掟というものの本質は、チェスタトンが表現したよりも実はもっと積極的である。それによって人は、自ら神を選び取ることが可能になるのだ。
 エデンにおいて神を愛することは容易であり、ほとんど問題にもならないくらいだった。しかしヨブのように何の説明も受けず、全く突然にすべてのものを奪い取られ、生きているのもただ苦痛でしかないとき(Job3)、それでも神を愛し続けるには、ほとんど神の如き強靱な精神力が必要であった。しかし尚、意志による愛という点において、エデンで禁断の木の実を食べないことと、アウシュヴィッツにおいて内的自由を守り抜くことには質的に共通するものがある。

「神に対する人間の義務は、完全な絶対的な自己献身である。しかし、神に対する人間のアガペーについて語ることは、人間が神に対して独立の立場を持っていることを示唆するかもしれないし、神だけが本質上愛なのであるから、神に対する人間の自己献身は応答にすぎない、という本質的真理を、曖昧にするかもしれないのである」---ニーグレン<アガペーとエロース>
 しかし、それは本当に「本質的真理」なのだろうか?

 篤信の人アブラハム。その老齢になって神は彼に独り子イサクを授ける。しかも、「あなたの胤」と呼ばれる者はこのイサクを通してであろうと言われていたのだ。---He11:18
 ところが、イサクが成長してから神はアブラハムに命ずる、
「あなたの愛する子イサクをつれてモリヤの地に旅をし、そこで彼を私への生贄として捧げよ」
 それで彼は息子をつれてモリヤへ旅をし、息子の手足を縛って祭壇の上に寝かせる。そして短刀を取ってまさにこれを殺めんとするとき、天使が現れて彼の手をとどめる。
 神の言葉---「あなたが自分の独り子をすら私に与えることを差し控えなかったので、あなたが神を畏れる者であることをよく知った」---Ge22

 アブラハム、神の友。
 それは一種擬似的に、神と対等な立場にあるということを示している。
 そういう関係はあらゆる人間に対して差し伸べられているし、また求められてもいるのだ。あるいはキルケゴールの言葉を借りれば、「絶対者に対して絶対的な立場に立つ」という逆説。
 微小で弱小でしかも不完全な人間が、いかにして神と同等の立場に立つことができるのか?
 愛の問題、そして自由意志の問題はここにおいて再び大きな役割を演ずるのだ。
 神はいかにして人間の愛を測るのか?
 愛の大きさは数学的に言うならば、例えばy/xというふうに表すことができる。xとは人が持っている愛の全体、愛する能力の総体である。それは人が持っているもののすべてであり、やもめの持てる二つの硬貨である。それに対してyとはその中から実際に示される愛の量であって、それは人の愛する意志の度合いを示すものである。それは人が持っているうちのどれだけを与えるかという割合であり、再びやもめの持てる二つの硬貨である。イエスが「彼女は他の全ての者たちより多く入れた」と言った理由はここにある。彼女においてxとyは等価であったのだ。
 それゆえ重要なのはxもしくはyの絶対量ではなくて、xに対してyの占める大きさである。すべてのキリスト教徒に対して、神はxとyが等価であることを求める。神は愛する意志の絶対性を求めるのだ。ちょうどアブラハムにとってイサクがxであり、しかも同時にyであったのと同じように。当然神自身において---「愛」の具現者たる神において、xとyは等価である。この大いなるアブラハムにおいてみ子はxであり、しかも同時にyであったからだ。となれば例えば神が100愛するのに対して人は1しか愛することができないとしても、100/100と1/1は理論的には対等ではないか?
 このゆえに人は神の友たりうるのである。

 しかし、それでも尚、この対等性は擬似的でしかない。人がいかに絶対的に愛したとしても、己れ自身は所詮相対的な存在でしかないからだ。
 神にとってxとyとは常に等価なので、実際にはその区別が存在せず、従って100/100は常にまた、同時に100でもある。100に対して1/1はどうがんばっても対抗できない。それゆえ人は常に神に対して愛の負債を負っており、それを支払いおえることはないのだ。再びパウロ---「私はギリシャ人にもバルバロイにも、賢い者にも愚かな者にも負い目のある者」(Rom1:14)「私が福音を宣べ伝えているとしても、それが私の誇るべき理由ではないのです。私にはその必要が課せられているからです」(1Co9:16)
 我々は神に百デナリを与えることができるかもしれない、しかし尚、一万タラントの借りが残っているのだ。
 債務の例えはここにおいて、再び重要な問題となってくる。人は絶対的に愛さなければならないが、尚、相対的な立場に甘んじなければならないのだ。我々は神と対等な者と見なされるとき、常にそう見なされる光栄に預かるのであって、それを当然の権利として要求することはできないのだ。

           *            *

「汝らは之がために召されたり、キリストも汝らの爲に苦難をうけ、汝らを其の足跡にしたがはしめんとて模範を遺し給へるなり」--1Pe2:21
 そりゃあ彼は完璧に道を全うしただろう、彼は完全だったのだから。
 しかし我々は不完全なのだ、不完全なものが完全なものにどうして達せられよう。
 そもそも完全なものを規範として不完全なものの前に置くこと自体、そこからして間違っているのではないか?
 とは、彼らは考えなかったのだ。彼らは全くキリストに従って言った--「わが意(こころ)のままにとにはあらず、御意(みこころ)のままに」--Mt26:39

 それゆえ、逆説的に言って、ベンジャミン・フランクリン式の契約神学の神よりも、人間との取引に一切応じないジョナサン・エドワーズの恣意の神の方が、人間の尊厳を尊重していると考えることができるのだ。もちろん人それぞれの神がいるわけではなく、人それぞれに神のさまざまな特質のある面を他の面より強調するので、多様な考え方が生まれるわけだが、事実はやはり、エドワーズの方に近い。
 神は時によっては人間の取引に応じることもある--特に、相手の人間が忠実で従順である場合は。アブラハムがソドムに関して訴え出た願いとか、あるいはパンの燃料をめぐってエゼキエルが申し立てた苦情なんかがその例と言えよう。しかしはるかに多くの場合、神はただ自分の気の済むようにやり、人の言うことなんかに耳を傾けはしない。彼はバテシバとの子の命を救ってほしいというダビデの祈りを聞いてやらなかったし、パウロの肉体の刺を取り除いてもやらなかった。
 そういう勝手なやり方は、人間の側により多くを要求する。すなわち、より多くの忍耐と謙遜を伴う精神性の精錬と、不公平な扱いを黙って忍ぶ人格の成熟とを。
 そして、より多くを要求するということは、とりもなおさずより多くの要求に答えることの出来る人間の能力というものを前提としているのであり、彼が道徳的努力というものを成すことができ、決定論の単なる操り人形ではないことを認めているのである。
 そういう意味で、より高次の次元において、神は人間の尊厳というものを認めているのであり、また、ただそういうやり方でのみ、それを認めているのである。
 
 神を愛するために求められる、こうしたすべての途方もない犠牲について考えるとき---それゆえに我々は問われている、こんなにも不均衡な神との関係を、我々はあえて受け入れるだろうか、と。

           *            *

 そう、Aはかつてなかったほど神に近づいていたし、仲間の崇拝者たちにも近づいていた。けれども、Aと仲間たちとを隔てる一本の線はなおも存在し続けていた。それは彼らが不親切だったからではなく、Aが相変わらず洗礼を受けなかったからだ。Aは今だに献身という概念を乗り越えられずにいたのだ。おかげで彼らは秩序を守るため、いろんなことでAを別枠扱いしなければならなかった。
 劣等感は次第にAを押し潰していった。Aは何とかしなければならなかった。Aはもうこれ以上、決断を引き延ばすわけにはいかなかったのだ。そこでAは決意する。もう一度、正面きって、献身という概念と向き合うことにする。もう一度、あともう一度だけ、最後の努力として。

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Posted by う at 21:12Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-13-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-13- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その1


 義人の苦しみ。
 神はなぜ苦しみを許し給うか?
 罪なき者が苦しむのは、義人がその報いを受けないのはなぜか?
「エホバよ、いつまで私は助けを叫び求めなければならないのですか。そしてあなたは聞いてくださらないのですか。いつまで私は暴虐からの救助を呼び求め、そしてあなたは救ってくださらないのですか。有害な事柄を私に見させ、あなたが難儀をただ見ておられるのはどうしてですか。またなぜ奪い取ることや暴虐が私の前にあり、なぜ言い争いが起こり、なぜ抗争が続いているのですか」---Hab1:2,3

 ヨブの記録はこういうこの世の道徳的無秩序をもっとも劇的に体現しているということになっている。
 しかし、そこまでしか考えないとしたら、我々はこの記録の本質を見落としているのだ。それはこの世の道徳的無秩序を体現するばかりでなく、もっと重要なこととして、その存在理由を説明しているのである。
 かつてアウグスティヌスはこの問題について語り、我々の目にするこの世界は、言わば美しい刺繍を施した布の裏側のようなものである、と表現した。我々の目には混乱していて何の秩序もないように映るが、その表側というのが確かに存在するのであり、そちらの側から見ればこれらの混乱の一つ一つも意味を持っていて、最終的には万事ちゃんと説明がつくようになっているのだと。そして、ヨブの記録はまさにその表側の世界を、色鮮やかに描き出しているのである。  
 ヨブ記の主題---義人の苦しみ。
 神から離反したこの世界にあって、義人の苦しみは何をなし遂げるか。

「ヨブという名の人がいた。とがめなく、廉直で、神を恐れ、悪から離れていた・・・」
 ヨブの義のゆえに神は彼を祝福し、富ませ、多くの子供を授ける。
 あるとき天で神と天使たちとの会合があって、サタンもそこへやって来る。
 そこで神はサタンに言う、あなたは私の僕ヨブに心をとめたか。彼のような義人は地上に一人もいない。するとサタンは反論する、ヨブがあなたに仕えるのは、あなたが彼を祝福したからではないか。逆にその祝福を全て取り去ったとしたら、果して彼はあなたを呪わないだろうか? あるいは、自分の命までも危うくなったとしたら?
 サタンの挑戦は、道徳的存在としての人間の能力についての挑戦である。報いなしに仕えること、受けずして与えること、全てを奪われながら尚愛しつづけることは人間に可能なのか?
 神はその挑戦を受けて立ち、サタンがヨブを試すことを許す。するとサタンは出掛けていって、ヨブの持つ夥しい家畜を奪い、子供たちの全てを奪い、あらゆるものを奪った挙げ句に、ヨブの全身を悪性の腫れ物で撃ってひどく苦しめる。
 ヨブは上着を引き裂き、髪を刈り、地に伏して言う---
「神が与え、神が取り去られたのだ。神の名が引き続きたたえられるように」
 ここに至るまで彼は罪を犯さず、神を呪うこともしない。
 やがて三人の慰め手がやって来てかれを慰めようとするが、サタンの挑戦について何も知らない彼らは、罪なき者が苦しみにあっているその状況を、どう考えていいのか分からない---義人はよきを見、悪人が苦しみにあうのではなかったのか?
 それゆえ彼らは、ヨブが秘かに何らかの罪を犯したがゆえにその報いを受けているのに違いないという推論に至る。
「どうか思い起こしてもらいたい、だれか罪がないのに滅び失せた者がいるか」4:7
「もしもあなたが廉直ならば、今頃は神はあなたのために目を覚まし・・・」8:6
 こうして彼らはいわれのない罪でヨブを責め、ただでさえ苦しんでいるヨブを一層落ち込ませる。それに対してヨブは激しく反論し、自分の身の潔白を主張して、結局最後まで忠誠を貫き通す---
「私の唇は不義を語らず、私のこの舌は欺瞞を並べない!
 私は息絶えるまで、自分の忠誠を自分から奪い去らない!
 自分の正当さを私は堅く捕らえた。私はこれを手放さない。
 私の心は私のどの日のことでも自分を嘲弄しはしない。」27:5、6

 人が義をなすのは、それに見合うだけの報い--compensation--があるからだ、というのがサタンの主張ではなかったか? 己れの持つものすべてを失い、己れの命までも危険に晒されたなら、人は必ずやその義を捨て、神を呪うであろうと。
 いやそうではないのだという、明白な証拠をヨブはサタンと神との前に提出したのだ。彼は、弱小な人間でも神への愛を全うし得るのだということを、身を以て証明した。報いのためではなく無償の行為として神に仕え得るということ、死に面してまでも忠誠を貫き得るということ、道徳的に自由な行為者として神を選んだのだということを。そして、死すべき人間にすぎないヨブを信頼した---そうだ、信頼したのだ---神は正しかったのだということを証明したのだ。これは確かに、義人がそのために苦しむに値する目的ではないか?
 そして、<夜と霧>とヨブ記との類似点---<夜と霧>が<現代のヨブ記>と呼ばれる由縁---が、まさにここにある。

 我々は問われている---コペルニクス的転回。
 苦しみの極限にあって、人は言うかもしれない、私はもはや人生から何物も望まない、と。ところが人生の方は、まだ彼から何物かを望んでいるのだ。<夜と霧>において<人生>という漠然とした言葉で呼ばれていたものは、ヨブ記においてはより具体的な<神>に置き換わる。
「全能者が何者だというので、我々はこれに仕えなければならないのか。我々が彼と接したところで、我々にとってどのように益となるのか」---Job21:15
 と、人は問うかもしれない。しかし神の方でもまた問うているのだ---人は神を、己れがすべてをかけて愛し、仕えるに値すると見做すだろうか、人は神を益するだろうかと。まさに箴言にあるように---「我が子よ、賢くあって私の心を喜ばせよ」
 ヨブもまた、事の説明としかるべき裁きとを空しく神に求めつづけたあと、イゼベルの前から逃げ去ったエリヤのように、「もう十分です! エホバよ、私の魂を取り去って下さい」(1Ki19:4)と叫びたい気持ちに駆られたかもしれない。しかし、神の方はまだ十分ではなかった。力尽きて灰の中にうずくまったヨブは、孤独と絶望の底にあって、自分の存在などもう誰に対しても何の意味も持たないのだ、と感じたかもしれない。ところが実際には、神とサタンと天の全軍勢とがこの宇宙的大論争をめぐって彼の一挙一動を見守っていたのだ。それゆえに、彼は自ら問う存在であると同時に、また問われる存在でもあったのである。彼は自分の行動によって、その答えを提出しなければならなかった。
 そう、ヨブも不完全な人間だった。忠誠を全うするにはしたが、慰め手たちの中傷から己れを守るため、それは己れ自身の義に対する執着に凝り固まってしまい、完全に神への愛ゆえにするという点では失敗したと言っていい。それゆえこの点でヨブはエリフに叱責される---「あなたは言った、『私の義は神のそれに勝っている』と」35:2
 それでも(ウィスキー・プリーストのように)彼の意志は完全だった。それゆえ神は彼を義と見做したのである。それは危なっかしい、傾いた勝利ではあったが、ゆるがぬ意志の勝利だった。

 しかしながら、ここにまた一つ別の問題がある。
 それは正義の問題である---義人が苦しむことを許した神は本当に正しかったのか?ヨブに対する神の扱いは本当に適切だったのか?
 何の予告もなしに、栄光の頂点からいきなり苦しみのどん底に突き落とされた彼の戸惑いと衝撃は痛々しいばかりである。一体どういうわけでこれほどの苦しみにあっているのか、何とかして説明を得ようとして神に向かう彼の態度はあやふやに二転三転する---彼は自分の生まれた日を呪い、死を願い求める。そして、自分は理由もなく神から敵対されていると思いこむ(そして、そのことで誰が彼を非難できよう)。
「全能者の矢が私とともにあり、その毒液を私は飲んでいる」6:4
 それから彼は諦めと絶望に屈する。次の一連の言葉は非常に意味深いものである。

「見よ、神は奪い去られる。誰が神に抵抗できよう。
 誰が神に向かって、『あなたは何をしているのか』と言えよう。
 神がその怒りを元に戻らせることはない。・・・
 ましてや、私が神に答えるのならなおのこと!
 私は神に対して言葉を選ぼう。
 この方に私は答えないであろう。例え、私が本当に正しいとしても。
 私の訴訟の相手方に私は恵みを請うであろう。
 もし私が呼んだなら、神は私に答えてくださるであろうか。
 私は神が私の声に耳を傾けてくださるとは信じない。
 この方は嵐をもって私を裁き、理由もなく、確かに私の傷を増やされる。
 もし力の点で誰かが強いのなら、見よ、神がおられる。
 もし、公正の点で誰かが強いのなら、ああ、私が呼び出されたらよいのだが。
 たとえ私が正しいとしても、私の口が私を邪悪な者とし、
 たとえ私がとがめがないとしても、神は私を曲がった者と宣せられるであろう。
 たとえ私がとがめがないとしても、私は自分の魂を知らないであろう。
 私は自分の命を拒むであろう。
 一つのことがある。だからまさしく私は言う、
 『とがめのない者も、邪悪な者も、神は終わらせる』と」9:12-22

 ここで彼の提起している問題に注目せよ---それは力と正義をめぐる問題である。力が正義なのか、それとも正義というものはそれとは別に存在するのか、あるいはそれは単なる言葉の上での問題にすぎないのか。
 彼はまた、神の公正と正義の感覚に訴えようと試みたりもする。

「私は神に申し上げよう、
 私を邪悪な者としないでください。
 私と争っておられるのはどういう訳なのかを教えてください。
 不当なことをなさるのは、あなたにとって善いことでしょうか。
 ご自分の手の懸命な働きの産物を退け、邪悪な者たちの助言を実際に照らすのは。
 あなたは肉の目を持っておられるのですか。
 あるいは、死すべき人間が見るように、あなたも見られるのですか。
 それであなたは私のとがを見つけようとし、私の罪を尋ね求めておられるのですか」10:2-6
 それでも神が答えないので、彼の感情は次第にエスカレートし(この辺りから彼は道を逸れて罪に近づいてゆく)、己れの正しさを弁じたてて、それに対する神の沈黙を非難しさえする。

「たとえ、神が私を打ち殺すとも、私は待ち望まないだろうか。
 ただし、私は自分の道のために神の面前で論じたい。
 どうか、見てもらいたい。私は正当な訴えを述べた。
 私は、自分が正しいことをよく知っている。
 私と争う者は一体誰だろう。
 今、黙っていなければならないのなら、私は息絶えてしまうだろう!
 どんな点で私にはとがや罪があるのでしょうか。
 私の反抗と罪とを私に知らせてください。
 なぜあなたはみ顔を隠し、私をあなたの敵とみなされるのですか。」13:15-24
 それから再び、彼は絶望に打ちのめされる---
「見よ、私が『暴虐だ!』と叫び続けても、答えを得ず、
 私は助けを叫び求めるが、公正はない。
 その怒りも私に向かって燃え、
 神は私をご自分の敵対者とみなしておられる」19:7,11

 それからまた、神の前に出てゆかんと欲する---
「ああ、私が神を見いだせるところを本当に知っていたらよいのだが。
 その定まった場所にまで行くものを。
 私は神の前に正当な訴えを述べ、私の口を反論で満たすであろう。
 私は神が私に答えられる言葉を知り、神が私に何と言われるかを考慮しよう。
 神はその夥しい力をもって私と争われるだろうか。
 そうではない! 確かに神は、私に留意されるだろう。
 そこでは、廉直な者が確かに神とともに事を正す。
 ・・・
 神の歩みを私の足は捕らえた。その道を私は守って、逸脱しない。
 その唇のおきてから私は離れない。
 私は私のために規定されるものよりも、み口の言われたことを蓄えた」23:3-12
 最後に彼は自分の正しさを宣言し(27:5、6)、長々と自己弁護を述べたてて締めくくる。
 そこで若者エリフが口を開く。彼は、ヨブとその慰め手たちの双方がそれぞれ自分の義ばかりを主張するのに怒りを覚え、最も重要であるはずの神の義を徹底的に弁護して彼らを叱責する。特に注目せよ---彼がいかに強い言葉で年長のヨブを非難したかを。
「見よ、このことであなたは正しくなかったと、私はあなたに答える。
 神は死すべき人間よりも偉大だからである。
 どうして、神に向かってあなたは争ったのか。
 あなたのすべての言葉に神が答えてくださらないからといって。」33:12、13
「それゆえ、心ある人々よ、私に聞け。
 まことの神が邪悪なことを行なったり、
 全能者が不正を行なったりすることなど、けっしてない!」34:10
「これはあなたが公正とみなしていることなのか。
 あなたはかつて言った、『私の義は神のそれに勝っている』と。
 たとえあなたが実際に正しくても、神に何を与えられよう。
 あるいは、神はあなたの手から何を受けられようか。
 ・・・
 訴えは神の前にあるので、あなたはひたすら神を待つべきである。
 ・・・
 それでヨブは、ただいたずらにその口を大きく開き、
 知識もなく、単なる言葉を増やす」35:2-16
「だれが神に対してその道の責任を問うたか。
 だれが、『あなたは不義を行なった』と言ったか。
 神の働きをあがめるべきことを思い出せ。それについて人々はほめ歌った」
                           36:23、24
「全能者については、私たちはこれを見いださなかった。
 神は力において高められている。
 そして、公正と義の豊かさとを軽視なさることはない。
 それゆえ、人々は神を恐れるように。
 神は、自分自身の心に賢い者をだれも気に留められない」37:23、24

 それからようやく、神が語りはじめる、
「そこでエホバは風あらしの中からヨブに答えて言われた・・・」
 しかし、神のその返答は全く奇妙と言わざるを得ない。
 神は正義についてはほとんど何一つ語らない。その代わりに自分の創造物を一つ一つ取り上げてそれらについて語り、自分が力と知恵と知識と年月においてヨブよりもはるかに勝っていて遠く及ばないことを、これでもかとばかり思い知らせるのである。
「計り事を暗くしているのはだれか。
 知識がないのに言葉によって。
 どうか、強健な人のように、腰に帯を締めるように。
 私はあなたに尋ねてみたい。あなたは私に知らせよ。
 私が地の基を置いたとき、あなたはどこにいたのか。
 私に告げよ。もしあなたが確かに悟りを知っているのなら。
 誰がその度量衡を定めたのか。もしあなたが知っているのなら。
 あるいは、だれがその測り綱をその上に張り伸ばしたのか。
 その受け台は何の中に埋められたのか。
 あるいは、だれがその隅石を据えたのか」38:2-6

「とがめだてする者が全能者と争おうとするのか。
 神を戒める者がこれに答えよ。
 ・・・
 実際、あなたは私の公正を無効にしようとするのか。
 あなたは自分が正しい者とされるために、私を邪悪な者とするつもりか」
                             40:2,8
 しかし、力と知恵と知識と年月とは---即ち正義か?
 ヨブは納得がいかなかったかもしれない。しかし神の圧倒的な力を前に、彼はもう何も言うことができなかった。
「ご覧ください、私は取るに足りない者となりました。
 あなたに何と返答いたしましょう。私の手を私は口に当てました。」40:4「それゆえに、私は撤回し、塵と灰の中でまさしく悔い改めます」42:6

 そしてその記録は次のように締めくくられる---
「それから、エホバは、ヨブがその友のために祈ったとき、彼の捕らわれた状態を元に戻し、エホバはさらに、すべてヨブのものであったものを、二倍にして与え始められた。そして、彼のすべての兄弟たち、すべての姉妹たち、以前彼を知っていたすべての者たちが彼のもとにやって来て、その家で彼と共にパンを食べ、彼に同情し、エホバが彼に臨むままにされたすべての災いのことで彼を慰めはじめた。それから彼らは各々、金子一枚を、各々金の輪一つを彼に贈った。
「エホバは後に、ヨブの終わりをその始めよりも祝福されたので、彼は羊一万四千頭、らくだ四千頭、牛一千対、雌ろば一千頭を持つことになった。彼はまた、息子七人と娘三人を持つことになった。そして彼はその第一の娘の名をエミマ、第二の名をケツィア、第三の名をケレン・ハプクと呼ぶようになった。そして、全土にヨブの娘たちほどきれいな女は見つからなかった。その父は彼女たちにも、その兄弟たちの間で相続物を与えた。
「こうしてヨブはこの後、百四十年生き長らえて、その子とその孫を見た---四代であった。そして、やがてヨブは年老い、よわいに満ち足りて死んだ」42:10-17

            *             *

 結果としてヨブはしかるべき報いを受けたと、言えば言えるかもしれない。
 しかし我々は問わざるを得ない、神は本当に正しかったのか?
 神はなぜサタンの挑戦についてヨブに説明しなかったのか。
 それが苦難の終わるまでのことだったなら話は分かる、説明の欠落もまた一つの試練だったと考えることができよう。
「ヨブ記は、自分が何者かを知らないという事実、自分が正しいか否かを知らないということを受け入れない危険、自分をはっきりと定義づけなければ気が済まない危険、自分を根本から知らなければ気が済まない危険を教えている」---カルロ・マリア・マルティーニ<ヨブ記についての注解>
 自分が何者なのか分からない苦しみ。
 あるいはポール・オースターの<ルル・オン・ザ・ブリッジ>のように---「私はよい人間か悪い人間か?」

 しかし、その長きにわたる試練の後でさえ、神はヨブに、それが臨んだ理由を説明しなかった。神は、自分の苦しみのすべては神からもたらされているというヨブの誤解を解かなかった。
 神はただ、その力をふりかざしてヨブをとがめ、へりくだらせて、力こそすなわち正義であると、ヨブが誤解して卑屈になってしまう危険を顧みなかった。それはなぜか? それは正しかったのか? それはルール違反ではないのか? 神は人に、きちんと説明する責任があったのではないのか?
 しかしながら、正しいとは一体何か? 何が正しいのかは誰が規定するのか? 正しさの規準が絶対的・普遍的であるためには、それを定める者は全能者でなくてはならない。「・・・だがつきつめて考えるなら、これこそ律法学者たちが説くべき教えなのだ。いやしくも正義というものがあるとするなら、それは万人のための正義でなくてはならない。誰一人排除されてはならない。さもなくば正義というものはありえない。これは避けられない結論である」---オースター<孤独の発明>
 そして、定める者が神であるとすれば、神は本当に正しいのかという問いは、実際には意味を成さないことになる---つまりそれは、同義反復であるからだ。
 正義が正義たることの根拠は、神が神たることにあって、神のほうが力において凌駕することにはない---少なくとも、神が力において絶対的であるところになくてはならない。しかし、---そうではないのか?

 ドストエフスキー---「例えキリストがまちがっているとしても、私はキリストを取る」
 何と失礼な輩だろう。キリストがまちがっているかもしれないなどと考えながらキリストを取るような人間を、キリストは到底是認しまい。我々がキリストを取るときは常に、キリストが正しいから取るのである。
「全能者が不正を行なうことなどけっしてない」
 しかし、---そうではないのか?
 神の正しさをあれだけ徹底的に証したエリフはまた、神がまちがっている可能性を示唆して人を不安にさせる。
「たとえあなたが実際に正しくても、神に何を与えられよう。
 あるいは、神はあなたの手から何を受けられようか」
 ここで仮定されているのは、死すべき人間の側の、神を凌駕する正義と、(それにもかかわらず脱却できない)無力である。
 それは我々の正邪の感覚に反するかもしれない。しかし、つきつめて考えるなら、これもまた避けられない結論である。我々は神に対して口を開こうにも、何も言うことができない---我々は実に、あらゆるものを神に負っているのだから。

 従って、こういうことになる。問題は神が本当に正しいかどうかということではなく(神は正しいに決まっているのだ)、我々は神の正義を受け入れるか、ということである。納得するかどうかではない---納得できないにもかかわらず受け入れるかどうか、ということなのだ。
 ヨブの記録は、我々が神に対して取るべき態度についてなにがしかを教えている、と言うことができるかもしれない。
 ヨブはサタンの挑戦について何も知らなかった。
 ゆえに我々もまた、すべてを説明されれば十分納得のいく事実の、ほんの一部しか、あるいは表面しか知らないのかもしれないのだ。いや、表面というよりも裏面といったほうがいいかもしれない---刺繍の施されたタペストリの裏側。
 それゆえ、人には十分理解できなくとも神はやはり正しいのだ、逆に言えば、神の正しさは人には決して十分理解できない、ということを教えているのかもしれない。
 そして、十分に理解できなくても服さなければならないことを、神はそういう謙虚を人に求めるのだということを。
 忠誠を全うしてなお、「撤回し、塵と灰の中でまさしく悔い改め」なければならなかった可哀相なヨブ。ここには神の圧倒的な力を前に、微塵の尊厳も持ち合わせないあわれなmortal beingの姿がある。たとえ家畜や子孫を二倍にして返されたとしても、己が正義と尊厳を持つことを許されないとしたら、一体何の得るところがあろうか? 彼の姿を目にして我々はなお、神は正しかったと言い切れるだろうか?

 A God of contracts and pretty bargains, of indentures and bribes. 'And the Lord gave Job twice as much as he had before.'・・・Gentlemen, do you grasp the sliminess of it, the moral trickery? Why didn't Job spit at that cattle-dealer of a God? --- "The Portage"

 ゆえに、ここでもまた、我々は再び問われているのだ。
 我々は神の正義を是認するだろうか?
 我々は神を義と宣するだろうか?

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2013年11月30日

創造的な不幸-14-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-14- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その2、<サン・クリストバルへの輸送>


 洗礼を受けるつもりで改めて真剣に聖書を研究し始めた十七のころ、読み進めば読み進むほどにAはどうしようもなく気が滅入るのを感じ、どうしても理解できず、納得できなくて苦しんだ。それはAが最初でも最後でもなかっただろう。およそ誠実に読んでみる気になったことのある人間なら、誰しもが感じたはずである。
 すなわち、イスラエルがカナンを---いや、カナンだけではない、その近隣諸国をも---征服するくだりでの、あの流血に次ぐ流血、あの記述を我々はどう考えたらいいものだろうか? しかもそのすべてが神の命令によって遂行されているのだ。
「以前に書かれた事柄は皆私たちの教えのために書かれた」Rom15:4
 とすれば、これらの記述もまた我々になにがしかを教えているはずである---すなわち神の特質について、なにがしかを。
 それゆえAは自問する---自分がもし古代イスラエルの戦士だったら、正義のために、ためらわずにカナン人を殺せただろうか? 剣の柄まで血糊に染まっても、ちゃんとそれを持って、しっかり立っていられただろうか? そしてもちろん、それだけの覚悟がなければ今日、真のクリスチャンとして生きることはできないのだ。我々の戦いはもはや「血肉に対するものではない」にしても、我々は今日なお戦わなくてはならないからだ---「主にあって、またその力の強大さによって強くなっていきなさい。悪魔の策略にしっかりと立ち向かえるように、完全にそろった、神からの武具を身に着けなさい。私たちの格闘は、血肉に対するものではなく、もろもろの政府と権威、またこの闇の世の支配者たちと、天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです」Eph6:10-12
 そしてそういう覚悟はAが、会衆の外では、人を殺すことはいかなる場合でも間違っていると教えられてきたことによって、培うのを一層難しくされていたのである。
 あるいはまた、その記録は神の正義の厳格さについても教えていた。今はもう剣を取ることを求められていないとしても、その記述を、自分が献身しようとしている神のかつての所業として受け入れることは、すなわちそれを、その大虐殺を肯定することである。Aが己れを差し出そうとしていた神は、こんなふうに、従わない者を何のためらいもなく殺す神なのである。本当にそれでいいのか? と心のうちでささやく声を、Aが聞いたとしても不思議ではなかった。
 そして、これらの記録からAが何かを思い出したとしても、それもAが最初でも最後でもないだろう。あの大虐殺、あの民族浄化---それはナチの残忍極まるやり方と、きわめてよく似ていはしまいか?
 しかし、Aの知る限り、この考えをはっきりと口に出し、一つの作品に仕立てあげたのは、ジョージ・シュタイナーが最初である。それゆえこの問題にさんざん苦しんだ末に彼の“The Portage To San Cristobal Of A.H."に出会ったとき、Aがいたく感動したのももっともなことだった。
 この小説の舞台は南米のジャングルである。死んだはずのヒトラーが実はまだ生きていて、この辺りに身を潜めている、との知らせを受けたユダヤ人探検隊の一行が捜索に入り、ついに彼を捕まえる。それからヘリコプターが用意されているサン・クリストバルまで彼を連れていく段取りになるのだが、苛酷な条件のもとで(道なき道、スコール、沼、熱病、食糧不足)、ユダヤ人たちは次第に参ってくる。ただ一人かくしゃくとしているのはヒトラーばかりである---彼は九十才になっている。
 こうした状況を見て若いアムゼルは怒りを募らせる---どうしてさっさと殺してしまわないのか? 彼は年長のギデオンに訴える---

 I want vengeance, just the same as you.

 するとギデオンは答える---

 Vengeance? There can be no vengeance. ・・・You think the dead will sit up just because we've got Hitler? They don't. You can dip him in boiling oil six million times. What's that going to mean to a man who's seen his six-year-old daughter so terrified she dirtied herself before they killed her? You think that can be made good?

 そしてまもなくギデオンは息を引き取るのである。
 ついに彼らはサン・クリストバルにたどり着くのを待たず、彼らだけで裁判を開いてヒトラーを裁くことになる。(ただ、ここでAはびっくりし、首を傾げざるを得なかった---人間なんかがヒトラーを裁いてどうするのだろう?)
 ところが、裁判の席で発言を許されたとたんに、それまでほとんど喋らなかったヒトラーが突如とうとうと長演説を始め、それを聞きおわったユダヤ人たちは一言も反論できなくなってしまうのである。彼の演説を抜粋して引用しよう---

 First point.
 ・・・
 You must understand that I did not invent. Adolf Hitler dreamed up the master race. He conceived of enslaving inferior peoples. Lies. Lies. It was in the dosshouse I first understood. It was in. God help me. And the lice. Large as a thumb nail. 1910, 1911? What's it matter? It was there I first understood your secret power. Your teaching. A chosen people. Chosen by God for His own.・・・

 それから、彼は当時の仲間だった一人のユダヤ人が彼に聖書を読んで聞かせ、自分はそこに書かれている選民なのだと、落ちぶれてもなお選ばれし民の一員なのだと自慢したいきさつを語るのである。

 It was Grill who showed me the words. The chosen people. God's own and elect among the welter of nations. My promise was only a thousand years. Grill said, to eternity, lo, it is written here.・・・ He read from the book. Your book. Of which every letter is sacred and every mite of every letter. That's so isn't it? Read till light out, and after, sing-song through his nose, because he knew it by heart, from his school days. 'They utterly destroyed all that was in the city.” In Samaria. Because the Samaritans read a different scripture. Because they had built a sanctuary of their own. Of terebinth. Six cubits to the left. They made it seven or five or God knows. Put to the sword. The first time. Every man, woman, child, she-ox, dog. No. No dogs. They are of the unclean things that hop or crawl on the earth, like the Philistine, the unclean of Moab, the lepers of Sidon. To slaughter a city because of an idea, because of a vexation over words. That was a high invention, a device to alter the human soul. Your invention. One Israel, one Volk, one leader. Moses, Joshua, the anointed king who has slain his thousands, no his ten-thousands, and dances now before the ark. It was in Compiegne, wasn't it? They say I danced. Only a small dance.
 ・・・
 From you. Everything. To set a race apart. To keep it from defilement. To hold before it a Promised land. To scour that land of its inhabitants or place them in servitude. Your beliefs. Your arrogance.・・・Do you remember? The pillar of fire. That shall lead you to Canaan. And woe unto the Amorites, the Jebusites, the Kenites, the half-men outside God's pact.・・・ They whispered to me that he too. The name. My racism was a parody of yours, a hungry imitation. What is a thousand-year Reich compared to the eternity of Zion? Perhaps I was the false Messiah sent before. Judge me and you must judge yourselves.・・・

 Point two. There had to be a solution, a final solution. For what is the Jew if he not a long cancer of unrest? I beg your attention, I demand it. Was there ever a crueler invention, a contrivance more calculated to harrow human existence, than that of an omnipotent, all-seeing, yet invisible, impalpable, inconceivable God? ・・・ The Jew emptied the world by setting his God apart, immeasurably apart from man's senses. No image. No imagining even. A blank emptier than the desert. Yet with a terrible nearness. Spying on our every misdeed, searching out the heart of our heart for motive. A God of vengeance unto the thirtieth generation(these are the Jew's words, not mine). ・・・His God is purer than any other. And because we are His creatures, we must be better than ourselves, love our neighbour, be continent, give of what we have to the beggar. We must obey every jot of the law. We must bottle up our rages and desires, chastise the flesh and walk bent in the rain. You call a tyrant, an enslaver. What tyranny and what enslavement have been more oppressive than the sick fantasies of the Jew? You are not Godkillers, but Godmakers. And that is infinitely worse. The Jew invented conscience.

 But that was the only first piece of blackmail. There were worse to come. The white-faced Nazarene. Gentlemen, I find it difficult to contain myself.・・・ What did that epileptic rabbi ask of man? That he renounce the world, that he leave his father and mother behind, that he offer the other cheek, that he render good for evil, that he love neighbour as himself, no, better, for self-love is an evil. Oh, grand castration! Note the cunning of it. Demand of human beings more than they can give, and you will make of them cripples, hypocrites, mendicants for salvation. ・・・ What could be crueler than the Jew's addiction to the ideal?

 Sacrifice yourself for the good of your fellow man. Relinquish your possessions so that there may be equality for all. ・・・So that justice may be achieved on earth. So that history be fulfilled and society purged of all imperfection. Recognize the sermon, gentlemen? The litany of hatred? Rabbi Marx on the day of atonement. Was there ever a greater promise? 'Classless society, to each according to his needs, brotherhood for all mankind, the earth made a garden again, a rational Eden. 'In the name of which tyranny, torture, war, extermination were a necessity, an historical necessity! It's no accident Marx and his minions were Jews - Trotsky, Rosa Luxemburg, Kamenev, the whole murderous pack. Look at them: prophets, martyrs, word-spinners, smashers of images, drunk with the terror of the absolute. It was only a step, gentlemen, a small inevitable step from Sinai to Nazareth, from Nazareth to the covenant of Marxism.・・・
 ・・・Men had grown sick of it, sick to death. When I turned on the Jew, no one came to his rescue. No one. France, England, Russia, even Jew-ridden America did nothing. they were glad the exterminator had come. They didn't say so openly, I grant you that. But secretly they rejoiced. We had to find, to burn out the virus of utopia before the whole of western civilization sickened. To return to man as he is. Selfish, greedy, short-sighted, but marvelously housed in his own stench.・・・We shall vomit you so we may live and have peace. A final solution. How could there be any other?

 Third point. You have exaggerated. Grossly. Hysterically. You've made me out some mad devil, the quintessence of evil, hell embodied. When in truth I was only a man of my time.

 Average, if you will. Had I been the singular demon of your fantasies, how could millions of ordinary men and women have found in me the mirror, the plain mirror of their appetites? It was, I will allow, an ugly time. But I did not create its ugliness, and I was not the worst. Far from it. How many wretched little men of the forests did your Belgian friends murder outright or leave to starvation and syphilis when they raped the Congo? Some twenty million. That picnic was under way when I was new born. What were Rotterdam or Coventry compared to Dresden and Hiroshima? ・・・Who was it that broke the Reich? To whom did you hand over millions, tens of millions of men and women from Prague to the Baltic? ・・・I was a small man compared to him. Yes, Stalin slaughtered thirty million. He perfected genocide when I was still a nameless scribbler in Munich.・・・ Stalin's torturers worked for the pleasure of the thing. To make men befoul themselves and obtain confessions which were obscene jokes. ・・・He found us amateurish, corrupt with mercy. Our camps covered absurd acres; he strung wire and death pits round a continent. Who survived among those who had fought with him, brought him to power, executed his will? Not one. He smashed their bones to the last splinter.・・・Small game, gentlemen, hardly worthy of your skills. In a world that tortures prisoners and pours napalm on naked villagers. That continues to do these things quite without my help.

 (Fourth point.) ・・・That strange book, 'Der Judenstaat'. I read it carefully. A clever book, I agree. Shaping Zionism in the image of the new German nation. But did Herzl create Israel? Or did I? Examine the question fairly. Would Palestine have become Israel, would the Jews have come to that barren patch in the Levant, would the United States and the Soviet Union, Stalin's Soviet Union have given you recognition and guaranteed tour survival, had it not been for the Holocaust? It was the Holocaust that gave you the courage of injustice, that made you drive the Arab out of his home, out of his field, because he was lice-eaten and without resource, because he was in your divinely ordered way. That made you endure knowing that those whom you had driven out were rotting in refugee camps, not ten miles away, buried alive in despair and lunatic dreams of vengeance. Perhaps I am the Messiah, the true Messiah, the new Sabbatai, whose infamous deeds were allows by God in order to bring his people home. 'The Holocaust was the necessary mystery before Israel could come into its strength. 'It wasn't I said that, but your own visionaries, your unravellers of God's meaning on a Friday night in Jerusalem. Should you not honour me? Who have made you into men of war, who have made of the long, vacuous daydream of Zion a reality? Should you not be a comfort to my old age?

 So, gentlemen of the tribunal:

 I took my doctrines from you.

 I fought the blackmail of the ideal with which you have hounded mankind.

My crimes were matched and surpassed by those of others.

 The Reich begat Israel.

 These are my last words.

 ここに至ってユダヤ人たちは完全な沈黙に陥ってしまう。
 しかし、Aにしてみれば沈黙するどころではなかった。ヒトラーがここまでずばりと言ってくれたおかげで今までAを捕らえていたうっとおしいもやもやが一気に吹っ飛ばされ、かつてなく視界がはっきりし、論点を明確に見ることができるようになったのだ。
 再びオースター---
「・・・いやしくも正義というものがあるとするなら、それは万人のための正義でなくてはならない。誰一人排除されてはならない。さもなくば正義というものはありえない」
 正義の問題! そう、それはまさしく正義の問題だったのだ。
 人はそれぞれ己が祖国の正義を信じて戦場へ赴くかもしれない---しかし、この者にはこの者の正義があり、かの者にはかの者の正義がある、そんな相対的な正義では仕方がない。不毛なる死体の山が累々と築かれてゆくばかりで、さっぱりらちがあかない。
 ハムレットは正義のために剣を取ったかもしれない。だが同じことならヒトラーだって、その気になれば言えるのだ。
 しかるべく正義が敷衍されるには、それが絶対的な正義でなくてはならない。そして、ここが神とヒトラーとの相違点である。万物の創造者たる神には、当然剣を取って、己が正義を敷衍する権限がある。しかし、一介の創造物にすぎないヒトラーに何の権限があろう?
 そしてそれがまた、カナンにおけるイスラエルの殺戮と、ナチのホロコーストとの違いなのだ。正義の質の違い---絶対的な正義と相対的な正義との違い、これである。ヒトラーもまた己が正義を信じていたかもしれない、しかしそれは所詮相対的な正義でしかなかった。
 そしてこれがまた、ジョージ・オーウェルが考えた謎---平時に人を殺せば殺人で、戦時に人を殺せば英雄的行為となるのはなぜか?---に対する答えである。それは要するに基準の問題である---状況に左右されない基準さえあれば、不合理は何もなくなるのだ。
 そしてこれがつまり、この戯曲におけるヒトラーの自己弁護の第一の論理に対する反証である。
 もちろんこの考えを、ヒトラーは認めないであろう、なぜなら彼は、神をイスラエルの考え出した空想にすぎないと決めつけて要領よく相対化しているのだから。
 彼の思い込みというのは、他の多くの人の思い込みでもあるが、古代イスラエルの歴史に対する誤った印象から---すなわち、イスラエルは自分たちの神の権威を振りかざして異邦諸国民を踏みつけにしてきた、という印象から発生しているのである。ところが事実は逆で、実際には、神の権威を振りかざしてきたのは神そのひとであり、踏みつけにされてきたのはむしろ、その名を背負い込んだイスラエルの方なのである。

 ・・・I beg your attention, gentlemen, I demand it. Was there ever a crueler invention, a contrivance more calculated to harrow human existence, than that of an omnipotent, all-seeing, yet invisible, inconceivable God? ・・・A blank emptier than the desert. Yet with a terrible nearness. Spying on our every misdeed, searching out the heart of our heart for motive. ・・・

 ここにAはかつての自分の苦しみがなまなましく描写されているのを見い出した感動と安らぎに、涙を流さんばかりだった。
 その記録において、すべてを支配しているのは絶対者たる神の視点である---それは神の完全な正義と対照的に、それに達し得ない不完全な人間の無様な姿をこれでもかとばかり、執拗に赤裸々に描き出している。イスラエルであれ異邦人であれ、あくまで神への従順を拒む者に対し、神は最終的に手を下す。そしてここにおいても累々と、死体の山が築かれてゆく---ただし、ここでは、絶対的な正義に逆らった人間の死体の山が。
 そしてこれが、ヒトラーの自己弁護の第二の論理に対する反証である。すなわち、ヒトラーがそれに対して戦ったところの'the blackmail of the ideal'はイスラエルの考案ではなく、むしろイスラエルは、その最初の被害者であり、しかも最も哀れな被害者なのだ。
 しかし我々はまた、ここで百八十度視点を変えて、'the blackmail of the ideal'そのもののためにも弁護しなくてはならない。というのは、Aはそのために第二章の全体を費やしたようなものではなかったか? すなわち、ユダヤ教とその後身のキリスト教とにおける理想の概念は、人間のうちに厳然として存在する悪に対する一つの回答であり、対処策であり、態度表明なのである。

 And that is infinitely worse. The Jew invented conscience.

 よろしい、しかし彼は、良心を持たない人間がどんな野獣に堕し得るかを、本当に知っていたのか?
 あるいは、チェスタトンも書いたように---
「・・・当時の若者の例に洩れず、私もスイバーンの詩句を愛誦したものだった。スインバーンが信仰のもの倦さを突いた一句など、喜びに身をふるわせて口ずさんだものである。
  おお、色蒼ざめしガリラヤ人よ、汝はこの世を征服しつくした。
  汝の言葉に世界は今やことごとく灰色に閉ざされ果てたのだ。
けれども、この同じ詩人が(たとえば『アタランタ』などで)、異教世界を描くのを読んでみると、私も妙なことに気がつかざるをえなかった。世界は、『ガリラヤ人』がこの世に言葉を宣べ伝える前から、さらにいっそう灰色だったという印象しか得られなかったからである。『世界は今やことごとく灰色に灰色に閉ざされ果てた』のであれば、それ以前はそれよりももっと灰色だったなどということはありうべからざることのはずだが、しかしスインバーンの説明ではそうだったとしか思えない」

 さて、この戯曲におけるヒトラーの自己弁護の第三と第四の論理に対しては我々は反論しないし、その必要も感じない。なぜなら第一に、それは全く真実だからであり、第二にその真実が神の名を汚すことはない、というのは現代のイスラエルはもはや神を代表してはいないからである。なぜそう言えるのか、ここに神とカエサルと剣をめぐる、ややこしい問題がある。
 以下はAが最初にこの戯曲に出会ったとき、感動のあまりというのもあったが、それに加えて反論と弁明のために書いた古代イスラエル史及びキリスト教史である。' But the facts must speak for themselves.' そしてその特に後半において、問題の部分が扱われることになろう。

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Posted by う at 21:06Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-15-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-15- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その3


 神の愛は、つねにその原則--principle --、基準--standard--、義--justice --と結びついている。これが神の愛の最大の特色である。
 神の愛は強制的ではない。人がそれに答え応じるかどうかは、各人がその責任において決めなければならない。しかし、それに応えようとする人間には、神は同じ質の愛を要求する。即ち、第一に神を愛し、そのゆえに神の義に固くつき従うことを。人がそれに失敗するとき(そしてまた人は、その不完全さゆえに必ず失敗するのであるが)神は彼を直ちに断罪したりはしない。何度でも助けを延べ、辛抱強く教え続ける。しかし人があくまでその歩みを改めず、神の愛に応えず、その義に従おうとしないとき、神はついにそれを許容することはない。神は必ずこれを滅びに至らしめる。義と結びついた神の愛とはそういうものである。神は情のゆえに義を曲げることはしない---言い換えれば、神にとっては他人の命よりも自分の義のほうが重要なのである。

 紀元前十六世紀、モーセによってエジプトから導き出され、シナイで神との律法契約に入るイスラエル。
「・・・然ば汝らもし善く我が言を聴きわが契約を守らば汝らは諸々の民に愈りてわが寳となるべし全地はわが所有なればなり 汝らは我に対して祭司の国となり聖き民となるべし 是等の言語を汝イスラエルの子孫に告ぐべし
 是においてモーセ來りて民の長老たちを呼びエホバの己に命じ給ひし言を盡くその前に陳べたれば民皆等しく應へて言ひけるはエホバの言給ひしところは皆われら之を爲すべしとモーセすなはち民の言をエホバに注ぐ」---Ex19:5-8
 こうして、スラエルは神に従うことを自ら選び取ったがゆえに、その選択に関して責任を持つようになる。もし心を込めて従うなら大きな祝福を受けること、しかしもし従わないならば呪いと災厄を受けることを、神は予めイスラエルにはっきりと告げる。(Le26:3-45)
 神は彼ら自身の徳のゆえにイスラエルを選んだのではない、という点をもはっきりと告げている。
「エホバの汝らを愛し汝らを選び給ひしは汝らが萬の民よりも數多かりしに因るにあらず汝らは萬の民の中にて最も小き者なればなり 但エホバ汝らを愛するに因りまた汝らの先祖等に誓ひし誓を保たんとするに因りてエホバ強き手をもて汝らを導きいだし汝らを其奴隷たりし家よりエジプトの王パロの手より贖ひいだし給へるなり」Deut7:7,8
「汝の神エホバ汝の前より彼らを逐ひはらひ給はん後に汝心に言ふなかれ云く我の義きがためにエホバ我をこの地に導きいりてこれを獲させ給へりと そはこの国々の民の惡しきがためにエホバ之を汝の前より逐ひはらひ給ふなり 汝の往きてその地を獲るは汝の義きによるにあらず又汝の心の直きによるに非ずこの国々の民惡しきが故に汝の神エホバこれを汝の前より逐ひはらひ給ふなりエホバの斯し給ふはまた汝の先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓ひたりし言を行はんとてなり」---Deut9:4,5
 そしてまさに最初からこの民の性向を、その末路がどうなるかを神は知っている。モーセの死が近づいたとき、神は彼に告げる。
「・・・此民は起ちあがりその往くところの他国の神々を慕ひて之と姦淫を行ひかつ我を棄てて我が彼らと結びし契約を破らん その日には我かれらにむかひて怒りを発し彼らを棄て吾面をかれらに隠すべければ彼らは呑みほろぼされ許多の災害と艱難かれらに臨まん ・・・我いまだわが誓ひし地に彼らを導きいらざるに彼らは早く已に思ひ量るところあり我これを知る」---Deut31:16-21

 さて、その後も神は彼らを導いて荒野を携え上り、命令と食糧と水と衣服とを備え、約束の地まで導く。しかしその間にイスラエルは神に対して何度となく罪を犯す---金の子牛崇拝(Ex32)、食糧をめぐる不平(Num11)、斥候の芳しくない報告によって露顕する信仰の欠如(Deut1)、コラ、ダタン、アビラムの煽動による反逆(Num16)、モアブの女たちとの淫行(Num25)等々であり、その度に相当数が神によって処刑されている。選民といえども神の義に逆らう者は容赦ないのである。
「神かれらを殺したまへる時かれら神をたづね懇ろに神をもとめたり 然はあれど彼らはただその口をもて神にへつらひ その舌をもて神にいつわりをいひたりしのみ そはかれらのこころは神にむかひて堅からず その契約をまもるに忠信ならざりき されど神はあはれみに充ちたまへばかれらの不義をゆるして亡ぼしたまはず屡そのみいかりを轉してことごとくはいきどおりをふりおこし給はざりき 又かれがただ肉にして過去ればふたたび帰りこぬ風なるをおもひいで給へり かれらは野にて神にそむき荒野にて神をうれへしめしこと幾次ぞや かれらかへすがへす神をこころみイスラエルの聖者をはづかしめたり」---Ps78:34-41
 いよいよ約束の地に入るに当たり、神はイスラエルに再度訓戒を与える---従順に対しては祝福を、不従順に対しては呪いと災厄を。
「我今日天と地を呼びて證となす 我は生命と死および祝福と呪詛を汝らの前に置けり 汝生命をえらぶべし然せば汝と汝の子孫生存ふることを得ん 即ち汝の神エホバを愛してその言を聴き且これに附従ふべし 斯する時は汝生命を得かつその日を永うすることを得 エホバが汝の先祖アブラハム、イサク、ヤコブに與へんと誓ひ給ひし地に住むことを得ん」---Deut30:19,20

 かくしてカナンの征服が始まる。彼ら自身よりも数が多くて強大な七つの国民を、イスラエルは絶滅に至らせなければならないのである(Deut7,20)。
 カナンが滅ぼされたのは無論、神から見たその悪のゆえである。しかし、神のために弁護しておくと、神の義から見たら一切の異教徒は等しく不義なる者であって、同じだけ滅びに値する、ということにはならない。他ならぬその時代から、他ならぬその国民が滅ぼされたのには、それなりの理由があったのだ。ソドムとゴモラの場合と同じく、その悪が並の悪でなく、桁外れな悪であったからだった。例えばこの七国民に対する以外の戦争においては規定が違っていて、その場合には和平の条件をも告げなければならないことになっていた。(Deut20:10-18)また、それより四百年前にアブラハムに約束の地を見せたとき、神は直ちにそれを彼に与えようとはしなかった。
「時にエホバ、アブラハムに言給ひけるは 爾確かに知るべし 爾の子孫他人の国に旅人となりて其人々に服事へん 彼ら四百年のあひだ之を悩まさん ・・・四代に及びて彼ら此に返りきたらん 其はアモリ人の惡未だみたざれば也と」Ge15:13-16
 つまり、四百年前もアモリ人はそこに住んでいて、そして異教徒であることにも変わりはなかったが、その悪はまだ、絶滅に値するほど甚だしくはなかったのである。しかし時が流れ、イスラエルが戻ってきたとき、彼らの悪はその極みに達していた。
 レビ記十八章と申命記十八章にはその悪が連綿と書き連ねられているが、それを大きく分けると性的非行と心霊術的慣行であって、あらゆる形の近親相姦、姦淫、同性愛、獣姦、人身御供、呪術、占術、魔術、死者との交感などが挙げられている。
「汝らはこの諸の事をもて身を汚すなかれ 我が汝らの前に逐ひはらふ国々の人はこの諸の事によりて汚れ その地もまた汚る 是をもて我その惡のために之を罰す その地も亦自らそこに住める民を吐きいだすなり」
 こうしてヨシュアの指揮のもと、カナンにおける大殺戮が断行されるのである。
 しかし、例外もあった。イスラエルの側に着いた、エリコの娼婦ラハブとその家族(Joh2,6)、及びギベオン人(Joh9,10)は死を免れている。ラハブの名誉のためにちょっと言っておくと、彼女はその信仰のゆえにメシアの家系に連なり(Math1:5)、ギリシャ語聖書においても模範とされている(Heb11:31)。この例が示しているのは、滅びに定められた国民に属してはいても、個々人はやはり「生命と死、祝福と呪詛」のいづれかを選ぶことができた、ということである。

 こうしてイスラエルはカナンの地に定住するようになるが、やがて彼らは(予告された通り)エホバを忘れ、カナンの神々に仕えるようになる---というのも、カナンの民は命令通り、完全に抹殺されたわけではなかったからだ。
「イスラエルの子孫エホバのまへに惡しきことを作してバアリムにつかへ かつてエジプトの地よりかれらを出し給ひしその先祖の神エホバを棄てて他の神すなはちその四周なる国民の神にしたがひ之に跪きてエホバの怒を惹き起せり 即ちかれらエホバをすててバアルとアシュトレテに事へたれば エホバはげしくイスラエルを怒り給ひ 掠むるものの手にわたして之を掠めしめ かつ四周なるもろもろの敵の手にこれを賈り給ひしかばかれらふたたびその敵の前に立つことを得ざりき ・・・エホバ士師を立て給ひたればかれらこれを掠むるものの手よりすくい出したり 然るにかれらその士師にもしたがはず反りて他の神を慕ひて之と淫をおこなひ之に跪き先祖がエホバの命令に従ひて歩みたるところの道を頓に離れ去りてその如くには行はざりき ・・・その士師の死にしのち またそむきて先祖よりも甚だしく邪曲を行ひ他の神にしたがひてこれに事へ之に跪きておのれの行為をやめずその頑固なる路を離れざりき」---Jud2:11-19
 イスラエルの歴史は大体、こんなことの繰り返しだった。

 やがてイスラエルは王を頂くようになって、その中には神を愛しその義につき従った者もいる。ダビデとソロモンがその代表格である。ダビデの時代に領土は飛躍的に拡大し、ソロモンの治世には壮麗な神殿が建てられる。イスラエルの黄金時代である。
「ユダとイスラエルの人は多くして濱の沙の多きがごとくなりしが飲食して楽しめり」---1Kin4:20
 レハベアムの時代に王国が二つに分裂してからは、アサやエホシャファト、ヒゼキヤ、ヨシヤなどの名前が挙げられる。彼らがエホバへの崇拝を推進した間は民も喜んでそれに従い、神は彼らを祝福し、イスラエルは繁栄する。しかし彼らがそれをしなくなると、民もあっさり忘れてしまい、不道徳と偶像崇拝に戻ってゆく。かくして苦境が訪れる。

 イザヤ、エレミヤ、エゼキエルといった預言者たちは、こうした状況にあって神の言葉を伝え民の罪をとがめ、神のもとへ帰ることを促し、でなければ破局が来るべきことを繰り返し警告した。
「ああ罪ををかせる国人 よこしまを負ふたみ 惡をなす者のすえ 壊りそこなふ種族 かれらはエホバをすて イスラエルの聖者をあなどり 之をうとみて退きたり ・・・
 我汝らが手をのぶるとき目をおおひ 汝らがおほくの祈祷をなすときも聞くことをせじ汝らの手には血みちたり 汝ら己をあらひ己をきよくし わが眼前よりその惡業をさり 惡をおこなふことを止め 善をおこなふことをならひ 公平をもとめ 虐げらるる者をたすけ 孤子に公平をおこなひ 寡婦の訴をあげつらへ・・・」---Is1
「汝ら遇ふことをうる間にエホバを尋ねよ 近くい給ふ間によびもとめよ 惡しきものはその途をすてよこしまなる人はその思念をすててエホバに反れ さらば憐憫をほどこし給はん 我等の神にかへれ豊かに赦をあたへ給はん」---Is55:6,7
「エホバかくいひ給ふ汝らの先祖は我に何の惡事ありしを見て我に遠かり 虚しき物にしたがひて虚しくなりしや」---Je2:5
「・・・背けるイスラエルよ帰れ われ怒りの面を汝らにむけじ われはあはれみある者なり 怒を限なく含みをることあらじとエホバいひ給ふ 汝ただ汝の罪を認せ そは汝の神エホバにそむき 經めぐりてすべての青木の下にて異邦人にゆき 汝らわが聲をきかざればなりとエホバいひ給ふ」                                  ---Je3:12,13
「何故にエルサレムにをる此民は恆にわれを離れて帰らざるや 彼らは詐偽をかたく執りて帰ることを否めり われ耳を側だてて聴くに彼らは善きことを云はず一人もその惡を悔いてわがせし事は何ぞやといふ者なし 彼らはみな戰場に馳入る馬のごとくにその途に帰るなり」---Je8:5,6
「エホバいひ給ふ是彼ら我その前に立てしところの律法をすて我聲をきかず之に従はざるによりてなり 彼らはその心の剛愎なるとその先祖たちがおのれに教えしバアルとに従へり この故に萬軍のエホバ、イスラエルの神かくいひ給ふ 視よわれ彼らすなはち斯民に茵陳を食はせ毒なる水を飲ませ 彼らもその先祖たちもしらざりし国人のうちに彼らを散し また彼らを滅盡すまで其後に剣をつかはさん」---Je9:13-16
「主エホバ言給ふ我は活く 我惡人の死ぬるを悦ばず 惡人のその途を離れて生くるを悦ぶなり 汝ら翻り翻りてその惡しき道を離れよ イスラエルの家よ汝ら何ぞ死ぬべけんや」---Ez33:11

 神は民を自分のもとに立ち返らそうと執拗に使いを送り続け、民は民で執拗に拒み続ける。そしてついに紀元前六百七年、エレミヤを通して予告された通り、バビロンの王ネブカドネザルはエルサレムに侵攻する。
「其先祖の神エホバその民とその住所とを恤れむが故に頻りにその使者を遣はして之を諭し給ひしに 彼ら神の使者たちを嘲り其御言葉を軽んじその預言者たちを罵りたれば エホバの怒その民にむかひて起り 遂に救ふべからざるに至れり「即ちエホバ、カルデア人の王を之に攻めきたらせ給ひければ 彼その聖所の室にて剣をもて少者を殺し童男をも童女をも老人をも白髪の者をも憐れまざりき 皆ひとしく彼の手に付し給へり 神の室の大小の器皿エホバの室の貨財 王とその牧伯たちの貨財など凡て之をバビロンに携へゆき 神の室を焚きエルサレムの石垣を崩し その中の宮殿を盡く火にて焚き その中の貴き器を盡くそこなへり また剣をのがれし者らはバビロンにとらわれゆきて彼處にて彼とその子らの臣僕となり ペルシャの国の興るまで斯てありき 是エレミヤの口によりて傳はりしエホバの言の應ぜんがためなり 斯この地遂にその安息を享けたり 即ち是はその荒れをる間安息して終に七十年満ちぬ」---2Cro36:15-21
 エルサレムの荒廃が七十年に及ぶこと、そしてその後にバビロンが滅亡し、流刑者たちが戻ってくることを、エレミヤは予め告げている(Je25:1-14,29:1-14)。イザヤはイスラエルの解放者としてキュロスの名を挙げ(当時彼はまだ生まれてもいなかった)、彼がどのようにしてバビロンを攻略するかまで詳述している(Is44:24-45:7)。かくして預言は成就する。
「ペルシャ王クロスの元年に當り エホバ曩にエレミヤの口によりて傳へ給ひしその聖言を成さんとてペルシャ王クロスの心を感動させ給ひければ 王すなはち宣命をつたへ詔書を出して 遍く国中に告示して云く ペルシャ王かく言ふ 天の神エホバ地上の諸国を我に賜へり その家をユダのエルサレムに建つるを我に命ず 凡そ汝らの中もしその民たる者あらばその神エホバの助を得て上りゆけ」    ---2Cro36:22,23
 そこでイスラエルの残りの者たちは、荒廃に帰したエホバの神殿を再建すべくエルサレムへ帰還する。ここにイスラエルの歴史は新たな局面を迎えるのである。

 帰還したイスラエルは、エズラやネヘミヤを中心として神殿の再建に取りかかる。反対者たちの迫害や、イスラエル自身の堕落や無関心にも拘らず、やがて再建は完了する。
 ヘブライ語聖書におけるイスラエルの歴史は、マラキをもって終わっている。ここでは、相も変わらず神殿での崇拝をなおざりにしていることや、不道徳や、隣人愛の欠如が糾弾されている。「汝ら其先祖たちの日よりこのかたわが律例をはなれてこれを守らざりき 我にかへれ われ亦汝らに帰らん 萬軍のエホバこれを言ふ」---3:7
 三章ではメシアの到来についての予告がなされ、そして最後はこういう言葉で結ばれている。「視よ エホバの大なる畏るべき日の来るまへにわれ預言者エリヤを汝らにつかはさん ・・・是は我が来りて詛をもて地を撃つことなからんためなり」
 ここからギリシャ語聖書の時代まで、およそ四世紀の空白がある。
 メディア-ペルシャの支配の下で、イスラエルは発展と人口増加の時期を迎える。しかし、その末期は太守の反乱が頻発した不穏な時代だった。このころ、ペルシャの国教であったゾロアスター教や、ギリシャ文化の影響が色濃く影を落としはじめる。
 紀元前四世紀、アレクサンドロスが中東を席捲し、イスラエルもその配下に入る。セプトゥアギンタ訳の仕事がなされるのはその死後、プトレマイオス二世の時代である。
 紀元前二世紀、アンティオコス四世の時代に、ユダヤ教に対する迫害が起こって神殿が汚される---祭壇の上でゼウスへの犠牲が捧げられるのである。マカベア家を中心としたイスラエルは立ち上がり、激戦の末エルサレムを取り返して、神殿を再びエホバに献納する。
 やがて様々な思想集団が出現することになる。ロ-マを支持したサドカイ派、ギリシャの影響に抵抗し、口頭伝承を重んじたパリサイ派、神秘主義のエッセネ派、ユダヤ独立を至上命題としたゲリラ集団的な熱心党。また、種々の偽典や外典が書かれたのもこのころである。
 紀元前一世紀、ギリシャに代わってローマが支配するころには、ヘレニズムの影響は已に抜きがたく根づいている。イエスが生まれたのはそういう時代だった。

 連綿たる預言者たちの系譜の締めくくりとしての、神の子としての、メシアとしてのイエスを認め、受け入れることは、イスラエルにとって重要なことだった。これが、神の民としてのイスラエルにとっての最後の機会となったからだ。
 イエスをメシアと認めるのに、当時でも根拠には事欠かなかった。その主なものは、ヘブライ語聖書中のメシアについてのたくさんの預言である。
 ダニエル9:25の年代計算によればメシアは西暦二十九年に出ることになっていたが、イエスがヨルダン川でバプテスマを受けたのはちょうどその年のことだった。一般大衆もその頃にメシアの出現を期待していたことがルカの記述に見える。(Lu3:15)
「まずエリヤが来なければならない」との言葉も果たされる---イエスによれば、それはバプテストのヨハネを指していたのである。(Mt17:10-13)他にもイエスが成就した預言として、ダビデの家系に生まれること(Ps133:11,Is9:7,11:1,10--Mt1)、ベツレヘムで生まれること(Mic5:2--Lu2:4-11,Joh7:42)、子ろばに乗ってエルサレムに入場すること(Zec9:9,Ps118:28--Mt21:1-9,Mr11:7-11)、銀三十枚で売られること(Zec11:12--Mt26:15,27:3-10,Mr14:10,11)、その衣のためにくじが引かれること(Ps22:18--Mt27:35,Joh19:23,24)、罪人たちとともに数えられること(Is53:12,Mt26:55,56,27:38,Lu22:37)等々がある。
 しかしながら、結果的にイスラエルはイエスを退けることになる。己れの偽善を暴露されて憤った宗教指導者たちが謀って民衆を煽動し、ローマの総督を動かしてイエスを処刑させるのである。こうした仕打ちのゆえに、一国民としてのイスラエルがついに神の前から退けられることを、イエスは予見する。「噫エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、遣されたる人々を石にて撃つ者よ、牝鶏の己が雛を翼のうちに集むるごとく、我なんぢの子どもを集めんとせしこと幾度ぞや。されど汝らは好まざりき。視よ、汝らの家は棄てられて汝らに遺らん」---Lu13:34,35,Mt23:38
「既に近づきたるとき、都を見やり、之がために泣きて言ひ給ふ、『ああ汝、なんぢも若しこの日の間に、平和にかかはる事を知りたらんには---されど今なんぢの目に隠れたり。日きたりて敵なんぢの周囲に塁をきづき、汝を取囲みて四方より攻め、汝とその内にある子らとを地に打倒し、一つの石をも石の上に遺さざるべし。なんぢ省顧の時を知らざりしに因る』」---Lu19:41-44
 かくて涙を流しながら、イエスは滅亡を予告する。ここに神の愛と義とがある。神はイスラエルを愛した、しかし彼らがその愛に背くとき、神が彼らを無限に許しつづけることはついにない。イエスは陰鬱な滅びを予告して言う、「汝らエルサレムが軍勢に囲まるるを見ば、其の亡近づけりと知れ。その時ユダヤに居る者どもは山に遁れよ、都の中にをる者どもは出よ、田舎にをる者どもは都に入るな、これ録されたる凡ての事の遂げらるべき刑罰の日なり。・・・地に大なる艱難ありて、御怒この民に臨み、彼らは剣の刃に斃れ、又は捕らはれて諸国に曳かれん。而してエルサレムは異邦人の時満つるまで、異邦人に蹂躪らるべし」--Lu21:20-24,Mt24:15-22,Mr13:14-20

 イエスの死後、西暦六十六年、熱心党を中心としてローマに対する叛乱が起こる。これに対してケスティウス・ガルス率いるローマ軍はユダヤとガリラヤに進軍し、やがてエルサレムを包囲する。包囲は五日間にわたり、エルサレムの陥落は必至と思われたが、その後の展開についてフラビウス・ヨセフスはこう記している。
「ケスティウスは、包囲された者たちの絶望感にも、民衆の気持ちにも気づかずに、突如兵を呼び戻し、反撃を受けたわけでもないのに望みを捨て、全く不可解なことに、都から撤退した」---ユダヤ戦記II,540,xix7
 イエスの言葉に心を留めていた者たちにとっては、ここに「山に逃げる」機会が開かれたわけである。キリスト教徒たちが実際にユダヤとエルサレムを出て山地の中立都市ペレアに移住したことをエウセビウスは伝えている。---教会史、III,v3
 しかし、大部分の市民にとってそれは大勝利以外の何物でもなかった。彼らは勝利のたやすさに驚いてもよかったはずだが、それを当然のこととして受けとめた。彼らが新たに獲得した自治にいかに酔い痴れたかを、発掘された記念硬貨は伝えている。しかし、平和は長くは続かなかった。
 西暦七十年、ティトゥス率いるローマ軍が勢力を増して引き返してきて、過ぎ越しの祭りに沸いていたエルサレムを再度攻囲する。ローマ軍は今度は容赦しなかった。五ヵ月にわたる包囲によって市内の食糧は底を突き、人肉嗜食も横行するほどの飢餓状態に陥る。ローマ軍との戦闘のみならず、ユダヤ人同士のファクト間の闘争も激化する。脱走を企てる者は処刑され、ティトゥスによる和平の申し出も頑に退けられる。
 かくしてローマ軍は城壁を打ち破り、エルサレムを陥落せしめる。神殿には火が放たれ、系図も失われる。ユダヤ人の死者は百十万人に上り、剣の刃を逃れた十万人も、あるいは餓死し、あるいは奴隷として遠方へ送られる。ここにおいてイエスの預言のみならず、遠い昔に神によって語られた呪いの言葉が尽く成就を見ることになる。(De28)ここに神の選ばれし民としてのイスラエルは終わりを迎えるのである。

 神が愛であって、愛が利他的であるのならば、人間の救いが第一でないのはなぜか? なぜ神は、己の義を曲げてまでも人間を救おうとしないのか? Aにはそれが、長い間理解できなかった。
 それはまさに正義のためなのである。「世界滅ぶとも正義行わるべし」なのだ。愛の神はまた義の神でもある。結局のところ、神の愛の最大の表明はまた、その義の最大の表明でもあった。アダムが罪を犯したとき、神がその義を曲げてこれをなかったことにしてしまっていたなら、何の面倒もなかったし、人類は引き続きエデンの園で平和に暮らしたかもしれない。けれども神の義はそれを許さなかった。「魂には魂を」という原則に従い、最愛の独り子を自ら贖いとして差し出すことにより、神は再び己れと和解する手だてを人類に与えたわけである。
 エホバはどこまで行っても愛と義のアマルガムだ。誰に対しても「そのままでよいから私のもとに来よ」と言いはしない。常に「あなたの道を改め、私の義を受け入れて私のもとに来よ」と言う。そして、彼のもとに来ることを選ばない者たちについては、これをそっとしておいてくれることもなくて、必ずや滅びが臨むことになる。「あくまでそれを拒むなら、あなた方は生き続けられない。」
 キリスト教の持つ独特の重苦しさはここにある。しかし、突きつめればこれこそ神の言うべきこと、そしてまさに神にのみ言えることなのだ。人間には解決のつけようがないあまたの社会問題を解決し得るのはこの種の正義である。愛であるところの神はまた、剣をも取る。すなわち、正義が力を取るのだ。

 例のカナンに関する記述。キリスト教徒になるということは、その記述を受け入れるということでもある。それがAにはどうしてもできなかった。彼らの道徳的頽廃をどんなに吹き込まれてもだめだった。これだけ多くを殺したというだけで。
 どうしてエホバが殺すのがよくて、ヒトラーが殺すのは悪いのか? 全く単純な理屈だった。エホバは神だが、ヒトラーは人の子でしかないからだ。全治の創造者たる神は絶対的な権威を持っている。つまり、自分で造ったものなのだからどうにでもする正当な権利がある。我々がそのやり方を正当であると認めるかどうかはまた別の問題である。しかし、ヒトラーにその権利はないのだ。ここがポイントである。どれだけ多くを、どれだけ野蛮なやり方で殺すかが問題なのではない---誰の権威で、誰の規準で殺すかが問題なのである。人間同士の殺し合いが不毛なのはつまり、彼らの権威が正義においても力においても相対的でしかないからだ。ジョージ・オーウェルが書いたごとく、彼らの正義が「牡蠣の好き嫌いと同じ種類の問題」であること、これが問題なのである。

           *           *

 剣、正義、国家、キリスト教をめぐって。                
 処刑される前夜、敵に討ちかかったペテロを諌めてイエスは言った。「なんぢの剣をもとに収めよ、すべて剣をとる者は剣にて滅ぶるなり」(Mt26:51,52)
 この言葉は「剣」に関して神の民が従うべき、新たな指針を示していた。なぜなら、その時に至るまで彼らは確かに「剣をとって」いたからである。イザヤの預言にはこうある---「斯てかれらはその剣をうちかへて鋤となし その鎗をうちかへて鎌となし 国は国にむかひて剣を上げず 戦闘のことを再びまなばざるべし」---Is2:4
 戦闘のことを「再び」学ばないということは、それまで学んでいた者がある時を境に学ばなくなるということであり、その「ある時」をしるしづけたのがキリストの死に他ならなった。その時に至るまでイスラエルは神の名をもって唱えられた国民であり、その国家は神の主権の地上における政治的表明であった。だから異邦人が彼らの神を崇拝したいと思ったときには、わざわざエルサレムまでやって来て祈らならければならなかった。(1Ki8:41-43)そして、国家が国家である限り、国民は剣を取ることを免れない。実際、彼らはそれを神から命ぜられもした。ところが、キリストの死を境に神の民は国家を持たなくなるのである。マタイ21章にはいわゆる葡萄園の例えがある。家あるじが葡萄園を設け、それを耕作人たちに貸し出して自分は外国へ出掛ける。やがて収穫の時が来て、彼はその実りを得るために自分の奴隷を遣わす。ところが耕作人たちは彼らを捕らえて打ち叩き、殺してしまう。もっと大勢が遣わされるが、彼らもまた同じ目に遭う。最後にあるじの息子が遣わされるが、彼までも殺されてしまう。家あるじは神、耕作人はイスラエル、奴隷は預言者たち、そしてあるじの息子はイエスである。「この故に汝らに告ぐ、汝らは神の国をとられ、其の実を結ぶ国人は、之を與へらるべし」--Mt21:33-46
 キリストの死を境に、国民としての生来のイスラエルに代わってクリスチャン会衆が新たに神の恩寵を得るようになる。そしてこの会衆は、政治的な意味における一つの国民からではなく、キリストの教えを受け入れた個人から、つまり生来のイスラエルと異邦人との双方から成っていた。(Rom9:23-33,11:1-12,15:7-12)彼らはもはや地上に国家を持たず、彼らの「市民権は天に」ある。(Ph3:20)神への崇拝が地上のある場所に限定されることはもはやない。イエスはスカルの泉のそばでサマリア人の女に話してこう言った。「をんなよ、我が言ふことを信ぜよ、此の山にもエルサレムにもあらで、汝ら父を崇拝するとききたるなり。・・・真の礼拝者の、霊と真をもって父を拝する時きたらん、今すでに来れり。父はかくのごとく拝する者を求めたまふ」---Joh4:21-24 そうして、もはや国家を持たないからこそ剣を取らないことも可能になったのである。
 しかしながら、国家を持たないと言っても結局のところ、人はいずれかの国家の中で生きていかなくてはならない。であれば、キリスト教徒は国家に対していかなる態度を取るべきか。一言で言えば、「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」ということになる。しかしこれは具体的に言ってどういうことを意味したか。彼らの主はこの問題に関していかなる態度を取ったか。

 宣教を始める前、イエスは荒野で悪魔の誘惑を受けた。「悪魔またイエスを携へのぼりて、瞬間に天下のもろもろの国を示して言ふ、『この凡ての権威と国々の栄華とを汝に與へん。我これを委ねられたれば、我が欲する者に與ふるなり。この故にもし我が前に拝せば、ことごとく汝の有となるべし』イエス答へて言ひ給ふ『「主なる汝の神を拝し、ただ之にのみ事ふるべし」と録されたり』」---Lu4:5-8
 イエスは「悪魔と契約を結」ぼうとしなかった。つまり、政治に関わろうとしなかった。それがイエスの一貫した態度であった。しかるに、当時ローマの支配下にあったイスラエルにとっては、国家の独立こそ悲願であり至上命題だった。もちろんそれは単なるナショナリズムだけでなく、神を代表する国家としてかくありたいという宗教的な動機から発してもいただろう。あるいはその二つは彼らにとってほとんど同じものだったかもしれない。それゆえ、メシアとはすなわち国家回復のための革命的指導者であると、彼らは当然のことのように考えた。「人々その爲し給ひし徴を見ていふ『実にこれは世に来るべき預言者なり』イエス彼らが来りて己をとらへ、王となさんとするを知り、復ひとりにて山に遁れたまふ」---Joh6:14,15
 これが、彼らの多くがイエスにつまづいた原因の一つだった。イエスはイスラエルをローマの圧政から救うために革命を起こしたりしなかった。彼はその父から与えられた任務に専念した。「我は之がために生れ、之がために世に来れり、即ち真理につきて證せん爲なり」(Joh18:37)と彼はピラトに言う。宣教の業こそ彼の使命だった。そしてその主題となったもの、それこそ聖書全体の主題でもある「神の王国」だった。「時は満てり、神の国は近づけり、汝ら悔改めて福音を信ぜよ」(Mr1:14)という言葉をもって彼はその宣教を開始し、死に際してはこう言うのである---「わが国はこの世のものならず、若し我が国この世のものならば、我が僕ら我をユダヤ人に付さじと戦ひしならん。然れど我が国は此の世よりのものならず」---Joh18:36,37

 「この世のものならぬ」神の国とは何か。それは「人の心の中に」存在し得る一つの状態であるという考え方もある。その論拠は例えば「視よ、神の国は汝らの中に在るなり」というイエスの言葉にある。しかし、この時彼はパリサイ人に向かって話していたのであり、反対者たちの心の中に神の国が存在すると考えるのはいかにも理不尽である。
 神の国とは文字通りの政府なのである。それは人間でなく神に由来するという意味で「この世のものではない」。それはまた「天の王国」とも呼ばれているから天に所在し、キリストとその追随者たちがその王として神から任命されることになっている。(Lu1:30-33,22:28,29,2Ti2:12)そして、それはやがてはこの地上をも支配する。イエスがかく祈るようにと教えたように--「御国の来らんことを。御意の天のごとく地にも行はれんことを」(Mt6:10)その支配が地上に及ぶとき、人間の政府は平和裡に己が支配をこれに明け渡すのであろうか? そうではない。ダニエルはこう書いている--「この王等の日に天の神一つの国を建て給はん 是は何時までも滅ぶること無からん 此国は他の国に帰せず却ってこの諸の国を打破りてこれを滅せん 是は立ちて永遠にいたらん」(Da2:44)
 そしてこの事は理に適っている。絶対的な正義というものがイエスの説教の中に観念論として存在しても、実際にこの世の不正義がいつまでたっても正されないのであれば、所詮それは虚しいからである。いつまでたっても勝たない正義など、正義と呼べはしない。そして、カナンやイスラエルの不正義を、あるいはモアブやアンモンや、エドムやティルスやバビロンの不正義を許さなかったのであれば、どうして全世界の不正義をも正さないということがあろうか。
 イエスが宣べ伝えたのはこういう王国であった。そして弟子たちにも、この王国を宣べ伝えるようにと教えた。この王国を宣べ伝えるようにと教えたのであって、自分でこの世を終わらせて「神の国」を打ち立てるようにと教えたのではない。神の王国を代表してこの世の不正義を武力で正す権限は、地上のいかなる人間にも与えられていない。後世の人間は、このことを理解していなかったので不正な血を夥しく流す結果になったのである。それらの人々にはこの言葉が当てはまるであろう--「われ彼らが神のために熱心なることを證す、されど其の熱心は知識によらざるなり。それは神の義を知らず、己の義を立てんとして、神の義に服はざればなり」---Rom10:2,3
 神に対する熱心に正確な知識が伴うこと、己の義ではなく神の義に服することは重要であった。そのために例え周囲から腰抜けと見なされようとも、である。それゆえ、神とカエサルに関する神の義とは何か、またイエスの弟子たちはこの問題についてどのような見方をしたか、引き続き聖書から考察しなくてはならない。

「我の世のものならぬ如く、彼らも世のものならず」--Joh17:16
 彼らが「世のものではない」とはどういう意味か。
 その一つは、世の政治に関わらないということである。イエスの場合と同じく、政治に関して彼らが唯一支持するのは「この世のものならぬ」来たるべき神の王国であり、ゆえに地上の他のいかなる政治機構をも、これに代わるものとして支持してはならなかった。少なくとも、キリストの説いたキリスト教にあってはそうだった。では、具体的に彼らはどのように政治に関わらなかったのか、「カエサルのもの」、「神のもの」とはそれぞれ何か、また各々のものを各々に返すとはどういうことを意味していたのか。
「神のもの」について、パウロは次のように書いている。「われら生くるも主のために生き、死ぬるも主のために死ぬ。然れば生くるも死ぬるも我らは主の有なり」(Rom14:8)キリスト教徒とは神に献身した人間であり、従ってその命はもはや己れのものではなく「神のもの」である。だから「剣をとり、剣によって滅ぶ」ことによってカエサルにそれを与えてはならなかった。彼らが剣を取ってはならぬ理由はここにある。それは彼らが絶対的平和主義者もしくは生命至上主義者だからではないのだ。というのは、彼らは、彼らもまた、人の命よりも神の正義の方が、究極的には重要だと考えるからだ。それゆえ、もしも彼らが剣を取って戦場で死ぬなら、それは神に捧げられたものを不正に奪ってカエサルに引き渡すことになるが、もしもそれを拒んで迫害され、殺されるなら、それは「主のための死」であり、かくして彼らは「神のものを神に返した」ことになるのである。それが彼らの生き方だった。「少なくとも、マルクス・アウレリウスの治世(AD161-180)までは、洗礼を受けてクリスチャンとなった後に兵士となる者は一人もいなかった」--C.J.カドゥ-「初期の教会と世界」
 また、悪魔の誘惑に対してイエスが言ったように--「『主なる汝の神を拝し、ただ之にのみ事ふべし』と録されたり」(Lu4:8)崇拝は間違いなく「神のもの」であった。そして、神がもはやこの地上に国家を持たないのであれば、いかなる形態の国家崇拝もキリスト教徒にとって許されるものではなかった。ローマ時代には皇帝像の前に一つまみの香を焚くことを拒んで多くのキリスト教徒が処刑されたものである--というのは、この些細な行為が事実上、儀式としての皇帝崇拝に他ならなかったからだ。
 そして、「神のもの」たる崇拝においてイエスの次の命令は大きな部分を占めていた。「されば汝ら往きて、もろもろの国人を弟子となし、父と子と聖霊との名によりてバプテスマを施し、わが汝らに命ぜし凡ての事を守るべきを教へよ」--Mt28:19,20即ち宣教奉仕である。イエスの場合がそうであったように、宣教の業によって神に仕えることこそキリスト教徒の生き方の中心たらなければならなかった。ゆえにサンヘドリンが使徒たちに、イエスについて宣べ伝えるのをやめるようにと命じた時、彼らは答えて言った、「人に従はんよりは神に従ふべきなり」(Act5:29)

 然り、彼らは常に「人より神に」従わなければならなかった。神の法は至上の法だからである。そして彼らが人の法に従うのは、それが神の法の定めた領域を侵さない限りにおいてのみであった。それでは、彼らは「カエサルのもの」としては何を返したのか?
 この件りの主旨は税を払うべきか否かという質問に答えることにあったので、「カエサルのもの」がまず税を意味することは明らかである。しかし、それだけではない。ローマ13章にはこの点が詳細に論じられている。まず、「凡ての人、上にある権威にしたがふべし」、すなわち、自分の属する国家ないし政府に服するようにと命じられている。「そは神によらぬ権威なく、あらゆる権威 (the power-that-be) は神によりて立てらる」からである。なるほど悪魔は「凡ての権威と国々の栄華と」は「我これを委ねられたり」と豪語し、イエスはそれを否定しなかった。アダム以来このかた、「此人彼人を治めてこれに害を蒙らしむることあり」という状況は変わらなかったかもしれない。それでもやはり、何の秩序もなしに万人が万人に対して闘争しているよりは、不完全でも何らかの秩序があった方がよいのであり、それゆえに今ある秩序は神によってその存在を許されている。そういう意味であらゆる国家もしくは政府は「神の定」なのである。それで、キリスト教徒たる者この「神の定」に敬意を表し、決してこれを攪乱したり革命を企てたりするべきではない。箴言はこう忠告している---「わが子よエホバと王とを畏れよ 叛逆者に交ること勿れ 斯るものらの災禍は速かにおこる この両者の滅亡はたれか知りえんや」(Pro24:21-22)

 ローマ13章の続きの部分では、権威に服すべき他の幾つかの理由が挙げられている。即ち、それに逆らうならば身に裁きを招くこと、しかし服するならば誉れを得ること、また、人は誰でもそれから恩恵を受けているということ(例えば治安や秩序や幾多の公共事業)、及び良心のためである。そして7節でこう結ばれている、「汝らその負債をおのおのに償へ、貢を受くべき者に貢ををさめ、税を受くべき者に税ををさめ、畏るべき者をおそれ、尊ぶべき者をたふとべ」彼らは国家に対して税と貢を納め、畏れと誉れとをこれに帰すべきであった。一言で言えば、よき市民であるべきだったのである。この指針はギリシャ語聖書中に繰り返し示されて、テトスへの手紙の中でもパウロは「汝かれらに司と権威ある者とに服し、かつ従ひ、凡ての善き業をおこなふ備をなし、人を謗らず、争はず、寛容にし、常に柔和を凡ての人に顕すべきことを思ひ出させよ」(3:1、2)と書いているし、ペテロもまた「なんぢら主のために凡て人の立てたる制度に服へ」(1Pe2:13)と書き送った。「上にある権威」への服従に関して、人徳のいかんは問題にならなかった。ペテロが「王に服へ」と書いたのはカエサル・ネロについてだったのである。
 それでもやはり、神の法は至上の法であった。何物もこれを侵すことは許されなかった。ゆえに彼らはカエサルを敬いその権威に服しても、これを崇拝することばかりは肯ぜなかったのである。こうして彼らは「神のもの」と「カエサルのもの」との間に明確な一線を引き、かつ注意深く両者の均衡を保った。そのような態度はローマ人とユダヤ人との双方の誤解と偏見に遭い、実際のところ彼らは「社会の縁で生活する」(A.アマン)ことを余儀なくされた。しかしながら、古代世界にキリスト教が着実に浸透してゆくにつれ、キリスト教にもまたその哲学や物の見方が着実に浸透してゆき、やがてキリスト教は教理においても国家との関係においても世俗化の道をたどることになるのである。

 キリスト教史の始めの四百年間は、その後の方向性を決定づける点で極めて重要な時期となった。西暦二世紀、ローマの異教やギリシャ哲学に染まった人々が大挙してキリスト教に入ったが、そのとき彼らは自らを培ってきたそれらの考えを捨てる代わりに、何とかしてキリスト教と融合させようとした。結果として、本来キリスト教のものでない様々な概念や習慣がキリスト教に持ち込まれ、やがて定着する事になった。その中には三位一体、霊魂不滅、あるいは聖職者の独身制などがある。

 聖書にも、初期の教会教父の著作にも、三位一体という概念はない。全能の神はただ一人であり(「イスラエルよ聴け我らの神エホバは唯一のエホバなり」De6:4,Mr12:29),神の子であるイエスは神とは別個の人格で、神よりも下位の存在である(「父は我よりも大なり」Joh14:28,「キリストの頭は神なり」1Co11:3)。聖霊は人格ではなくて、神の力もしくはエネルギーである。聖霊に相当する語はヘブライ語でルーアハ、ギリシャ語でプネウマであり、共に「息、風、霊」といった意味を持っていて、以下の事例におけるように、神によって送り出されて神の意志をなし、あるいは人がそれによって満たされて神の意志をなすべく鼓舞されたりする(Ps104:30,Mt3:16,Joh20:22,Act7:55,56)。
 三位一体の教理はニケア、コンタンティノープル両会議を経て、尚しばらくもめた末に何世紀かしてやっと定式化された。こうして非聖書的な教理が強引に打ち立てられたのは大方政治的な動機によったが、実際のところ、三つ組みの神という概念はギリシャ・ローマのみならず、世界のあらゆる宗教の中に見い出すことができる。その源泉を辿って行き着くのは、異教のバビロンやアッシリアである。

 霊魂不滅という概念も聖書にはない。人間の存在を肉体と霊魂に二分して考えるということがそもそもなくて、人間は全体で一個の魂とされている(「エホバ神土の塵を以て人を造り生気(いのちのいき)を其鼻に嘘入れ給へり 人即ち生霊(いけるもの)となりぬ」Ge2:7)。だから人間である魂は死ぬし、死ぬと、生まれる前と同じ無意識無存在の状態に戻る(「汝は塵なれば塵に皈(かへ)るべきなり」Ge3:19,「罪を犯せる霊魂(たましひ)は死ぬべし」Ez18:4,「生者はその死なんことを知る 然ど死ねる者は何事をも知らずまた応報をうくることも重ねてあらず・・・」Ec9:5)。聖書の中でシェオルまたハデスと呼ばれているのはこの状態である。「それ罪の拂ふ價は死」(Rom6:23)であって、ゆえに地獄の責め苦なるものも存在しない。黙示録に出てくる火は永劫の責め苦ではなく、それ自身が説明しているように永劫の滅亡の象徴であって(「此の火の池は第二の死なり」Re20:14)、聖書で言うゲヘナがこれにあたる。ゲヘナとは「ヒンノムの谷」の意味であり、もとはエルサレム郊外のごみ焼却場を指したが、転じて徹底的な荒廃、希望のない永遠の死の象徴となった。許されない罪を犯した人間がそこへ行くことになっている(Mt25:41,46参照)。一方、同じ死でもシェオルやハデスには希望があって、それは不滅の魂として生き続けることではなく(何しろもう死んでいるのだから)、将来における復活(ギリシャ語、アナスタシス)である。この概念はヘブライ語聖書中に見られ(「願はくば汝われを陰府(原語、シェオル)にかくし 汝の震怒の息むまで我を掩ひ我がために期を定め而して我を念ひ給へ 人もし死なばまた生きんや ・・・汝我を呼び給はん而して我こたへん」(Job14:13,14)、ギリシャ語聖書にも引き継がれている(「をはりの日、復活のときに甦へるべきを知る」(Joh11:24),わが父の御意は、すべて子を見て信ずる者の永遠の命を得る是なり。われ終の日にこれを甦へらすべし」Joh6:40)。明らかに復活と霊魂不滅は相容れない。地獄の火も霊魂不滅も共に非キリスト教的教理である。

 あるいは、僧職者の独身制。「それ監督は責むべき所なく、一人の妻の夫なるべし」--1Ti3:2.もっともこれは、妻は一人でなくてはならないということであって、結婚が必要条件であるわけではない。結婚と独身に関する指針は例えばコリント第一の6章に縷々述べられている。要約すればこういうことである--結婚も独身も共に神の賜物であって、よきものである。但し、結婚には往々にして、神に仕える上で障害となる面倒なごたごたが伴うから、心してかかるようにと。だから結婚そのものは罪ではなく、むしろそれを禁ずることの方が罪として糾弾されている。「されど御霊あきらかに、或人の後の日に及びて、惑す霊と悪鬼の教へとに心を寄せて、信仰より離れんことを言ひ給ふ。・・・彼らは良心を焼金にて烙かれ、婚姻するを禁じ、食を断つことを命ず」1Ti4:1-3

 この他様々な点でキリスト教は変質していったが、とりわけ重要なのは、前述のとおり国家との関係で、「神のもの」と「カエサルのもの」との境界が次第に不明瞭になっていったという点である。コンスタンティヌスによってキリスト教が国教化されるや、キリスト教は公に社会へ迎えられ、然るべき誉れを得るようになり、教会は公的機関として政治機構の中に組み込まれるようになった。それから暫くしてアウグスティヌスが出るのだが、彼がこの問題に関して「神の国」の中で示している考察は興味深い。この書物では、神の国と地上の国という二元論のもとで広範囲に渡る論議が展開されている。しかしながら、その両者の実体についての説明は多分に曖昧かつ多義的である。大雑把に言って神の国とは聖と善と恩寵の具象であり、地上においては巡礼に過ぎないが、とりあえずは教会がそれを代表する。地上の国については、ローマ共和国を含む諸国家がこれを代表する。しかし教会も不完全なる人間の集まりである以上全き善ではあり得ないし、世界に平和と秩序をもたらしたローマ帝国が全き悪であるはずももちろんない。結局のところ、両者は観念上の存在である、要約すればそういうことになる。こと最後の点に関しては、ただ観念の世界だけが真実であるとするプラトン主義の影響を、アウグスティヌスも多大に受けていた、ということになっている。ここに、神の国とはやがて来たるべき、神による現実の政府であるとの認識は奇妙にも欠落している。彼が抽象概念としての神の国と、現存する組織としての教会とをどこまで同一視していたかは明らかでない。しかし、もしもその神の国なるものが所詮観念上の存在に過ぎないのであれば、現実問題としてそれは力を持たないゆえに大した役には立たないわけである。そうであれば、そんなものをいつまでも待っていても仕方ない。それよりも今既に機能している教会、これが神の国というものに近いらしいではないか。それではこれこそがこの世において力を持つに如くはない、さらばこの世はよりよい世界となるであろう。こういう結論になるのは避けられない。政治思想はまさにそのような流れに向かった。
 アウグスティヌスも時代の子、パックス・ロマーナに生きた生粋のローマ人だった。彼は神を愛すると同時にローマを愛して、神のものとカエサルのものをあまり手厳しく区別しなかった。「善良な人はその王国を拡大しようと絶えず望むことができるか。・・・事実としては、戦いを交え、他の国民を征服することによって国を拡張することは、邪悪な者にとっては楽しみであり、善良な者にとっては必然であるように思われる。しかし、悪をなす者が正しい者を征服するようなことがあってはならないので、その意味では、善良な者が支配権を持つときに喜びを表現するのは全く不都合というわけではない。」(ibid.IV.15)それで必然の結果として、剣を取ることを非とするわけにもいかなくなった。「・・・賢人は正義の戦いにしか参加しないと言われる。しかし、もし彼が人間であることを忘れないのであれば、例え正義の戦いといえども戦いに加わらなければならないことを、一層悲しむであろう。」(ibid.XIX.7)剰え彼は人間の支配者がこの世において神の正義を実現する可能性を信じたのである。「真の神が礼拝され、真の祭儀と善き道徳とを持って神に奉仕がなされる場合には、全世界の統治が善人の手中に長く留まることには益がある。」(ibid.IV.3)「真に敬虔な者が国家の支配者となるならそれほど幸いなことはない。」(ibid.V.19)かかる論議に反対する理由は何一つなさそうに思えた、ただイエスの、「我の世のものならぬ如く、彼らも世のものならず」という言葉を除いては。そしてその掟はいとも簡単に無視された。神の教えによって世界を変革できる可能性が現にあるというのに、どうしてそれをやってはいけないのか。
 時代が時代だった、誰もがその幻想を信じた。キリスト教はますます勢力を拡げ、中世に至っては遂に文字通りこの世を支配するに至る。教会は教区を組織し、民衆を教化し、政治に宗教的権威を与えた。こうしてキリスト教は国家と結びつき、国家が国家である以上剣を取ることを免れないから、それは世に知られるところの血なまぐさい歴史に身を汚す結果になった。十字軍や異端審問の略奪、拷問、大量虐殺も、すべては宗教が世俗の権威と結びついたことから生み出されたのである。イスラエルも同じことをやったではないかと、人は問うであろうか? 彼らは神から権威を与えられていた、しかしこれらの者たちは与えられていない。それゆえに、これもまた正義の問題なのである。'The Nazarene said his kingdom was not of this world. Honeyed lies. It was here on earth he founded his slave-church.' しかし、イエスはそれを命じはしなかった。ここに、篤信のアウグスティヌスが自らそれと気づかずに犯した過ちがある。彼が思い描いたのはこんなのではなかっただろう、そしてそれは彼だけの責任ではなかったかもしれない。しかし、「世のものならぬ」筈のキリスト教が世を支配していいのだろうか。キリストが「この世の君」と呼んだのは悪魔のことではなかったのか。(Joh14:30)いかによき意図をもってしようと、神の義を踏み越えた企ては遅かれ早かれ必ず破綻する。神を頂点として厳格に組織された中世社会体制が結局は破綻したのも必然の事であった。この世において神の正義を実現しようといくら頑張っても、無理なものは土台無理なのである。

 それでは一体、神の国はいかにして支配を始めることになっていたのか?
 我々は黙示録の記録にその大まかな素描を見ることができる。それは終末と共に到来する。まもなくハルマゲドンの戦いにおいて地上のあらゆる悪と共にこの世の体制全体は一掃され(Re16:16)、神の正義が敷衍される(Re21:3,4)。人類のうち神に従う者たちは新秩序に生き残り、かつて忠実に仕えた者たちは神の記憶によって復活させられ、ここにおいてキリストの贖いの価値が適用され、ついに彼らは完全性と永遠の命とを享受する。ごく大雑把に言ってこれが聖書の描く神の王国のあり方であり、かつまた世界の将来像である。言ってみればそれは神による世界の変革であり、人の務めはそれを辛抱強く待ち続け、それについて宣べ伝えることにある。ゆえに人はもはや自分でこの世を正そうとして己の非力に絶望したり、血を流したりする必要はない。

 それでも尚、神の国を待たずに自分で正義を実現しようとした人々に、我々は同情を禁じ得ないのではないか? 何しろ、イエスが神の王国を説いてから二千年経った現在なお、それはこの地上を支配していないのだから。二千年も忍耐して待ち続けるのは容易なことではない。' ・・・let the kingdom of justice come here and now, next Monday morning.' ゆえにまた、我々は忍耐をも試されているのである。我々は問われている---我々は今なお続く流血と災禍のゆえに神を呪わないだろうか、そしてまた、今の命において手にし得る全ての快楽や栄誉を捨ててまでも、来たるべき神の王国の方を取るだろうか、と。「天国は畑に隠れたる宝のごとし。人見出さば、之を隠しおきて、喜びゆき、有てる物をことごとく売りて其の畑を買ふなり。また天国は良き真珠を求むる商人のごとし。値たかき真珠一つを見出さば、往きて有てる物をことごとく売りて、之を買ふなり」---Mt13:44-46

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Posted by う at 21:03Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-16-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-16- アメリカ、アブサロム、ポリティカル・コレクトネス


 神とカエサルの混同における最も顕著な実例の一つ。
 自ら世界の警察官を名乗り、世界に正義を敷衍せんとしばしば他国の政治問題に介入してきたアメリカ---それがまたしばしば余計な混乱を引き起こすだけの結果に終わってきたにも拘わらず、彼らが今なおあれほど自信に満ちているのはなぜか? それはとりもなおさず、彼らが現代のイスラエルを自負してきたからに他ならない。
「トルーマンにしてもケネディにしてもアメリカの大統領は就任演説において必ずアメリカが世界に負っている責任を語る。そして常に愛他主義的な発言を繰り返す。・・・後年そういう大統領の言明を大国の傲慢もしくはアメリカの支配欲の偽善的口実であるかのように見做すのが流行になった。そういう軽薄なシニシズムはアメリカの政治的信念の本質をよみ違えている。アメリカの政治的信念はナイーヴなものであり、そのナイーヴな信念からこそアメリカは偉大な企図の推進力を引き出すのだ。大半の国家は自国の安全を脅かす具体的かつ限定的な驚異に対抗するために武力を行使する。しかるに今世紀中第一次世界大戦から湾岸戦争に至るまで、アメリカは専ら集団的安全保障の管理として侵略や不正を否定する道徳的義務と自らが見做すものを果たすべく武力を行使してきたのである」---Henry Kissinger 'Diplomacy', 1994
 アメリカは神の国である---それはこの国の歴史の中心を貫いてきた強烈な信念だった。建国の端緒からしてそうだった。メイフラワー号に乗ったピルグリム・ファーザーズ。大陸は新天地と呼ばれ、ボストンは新しいエルサレムだった。
 ハーマン・メルヴィルはその若き日に 'The White Jacket' という作品の中で書いている---
「我らアメリカ人は、特異な、選ばれた民であり、現代のイスラエル人なのだ。・・・神の予め定められた運命により、人類は我らアメリカ人に、我らは自らの魂に大いに期待している。諸国民は遠からずして我らの後に従うであろう。我らは世界のパイオニアであり、未踏の荒野を進み、新世界に新たな行路を探るべく派遣された先遣隊である」
 メルヴィルを含め、多くのアメリカ人がどんなに本気でそれを信じてきたか、我々の感覚ではちょっと理解できないくらいである。しかし、それを理解しようと努めるときに、我々は例えばオースターの<ガラスの街>のような小説を、もはや荒唐無稽とは感じなくなるのである。
 そして、その信念は実際に政治を動かす力となった。ストウ夫人の<アンクル・トムの小屋>が奴隷制の悲惨を告発して南北戦争を引き起こす重大な要因となったことは有名だが、それについてエドマンド・ウィルソンは<愛国の血潮>の中でこう述べている。
「<アンクル・トムの小屋>を書くにあたってストウ夫人が考えたのは、真っ当なアメリカ人ならば誰しも、アメリカという史上先例のない共和国の本来の姿を保持しようと願って然るべきだという事であった。そして、奴隷制が存続する限り、北部は道徳的無関心と半ば故意の無知ゆえに非人間的な制度を奨励することになり、南部は奴隷制のもたらす贅沢と自堕落ゆえに本来の南部らしい性格を歪めることになり、いずれにせよ共和国の共通の理想を堕落させることになると、主張しようとしたのである。さらに彼女は、アメリカ連邦はキリスト教の加護のもとに建設されたと信じていたから、キリスト教の教義に暴力を加えるような制度は、断じてこれを容認し得なかったのである」
 つまり、わがアメリカに奴隷制のような悪が存続するのを許してはならない、なぜならばアメリカは神の国だから、という考え方が、戦争を引き起こす重大な要因となったのである。ここに我々は、アウグスティヌスの時代に始まる例の歴史的な誤りを見るのである。それは立派な信念ではあるかもしれないが、しかしながら間違った信念であった。それは終末と神の国の到来を待つのをやめて、人間の努力によってこれをつくり上げようとする誤りであり、神とカエサルを混同する誤りなのである。
 それは神の目から見て誤りであり、それどころか僣越の罪に問われて然るべきである---勝手に神の主権を代表しようとするのは、神が与えなかった権利を行使することであるから---という他にまた、実際問題として有害な作用を引き起こす。
 アメリカが、あるいは北部が神を代表していると思い込むようになると、自分の側は何でも正しくて相手の側は何でも間違っているという一種の政治主義に陥りがちである。そうなると、自分のやり方を是が非でも相手に押しつけなければ気が済まなくなってきて、盲目的な正義感はかくて必ずや流血の事態を引き起こすのである。
 血を流す行為そのものが間違っているのではない。神もまた血を流す。カナンに対するやり方を見てくると、世の不正を正すべく神が終末をもたらすとき、一体どれだけの血が流されることになるのか想像がつこうというものだ。「其日エホバの戮(ころ)し給ふ者は地の此極より地の彼の極に及ばん 彼らは哀しまれず集められず葬られずして地の面に糞土とならん」---Je25:33
 それゆえこの点における彼らの過ちとは、血を流すことそのものにではなく、むしろ神の権威に依らずに血を流すことにある。さらに言うなら、彼らのより深い過ちとは、そういうことを敢えてするほどの精神的盲目である。
 T.S.エリオットはかつて<キリスト教社会の理念>によせた覚書の中で、世のいわゆる革命家や改革家を批判して次のように述べている。
「・・・主としてこれらの人々は世の悪を自分の外部にあるものと考えています。この場合、悪は全く非個性的と考えられるので、機構を変革する以外に手はないということになります。あるいは悪が人間の中に具体化されるとしても、それはいつでも他人の中に具体化されるのです---階級とか民族とか政治家とか銀行家とか武器製造業者といった人々で、決して自分自身の中ではありません」
 彼らは相手の中におけると同じく己れの中にも必ずや存在するところの悪に対して盲目であり、それゆえに相手を正しく理解しようとする点において盲目なのである。
 しかしながら、実際には人間の本質が政治制度によって変わることはなく、国家がいかにキリスト教化されようと、それによってアダムの罪が清算されることはない。ゆえにホーソンは十七世紀ボストンを舞台にした<緋文字>の冒頭で先祖たちを批判して書いている---

 The founders of a new colony, whatever Utopia of human virtue and happiness they might originally project, have invariably recognized it among their earliest practical necessities to allot a portion of the virgin soil as a cemetery, and another portion as the site of a prison.

 事実は、北部人も南部人も共に等しく罪のもとに売られているのであって、それゆえに不完全であり、悪に向かう傾向を持っている。北部に奴隷制が存在しなかったとしても、それはたまたま歴史的に発達しなかったというだけのことで、そういうものが生まれる潜在的な可能性というものは、常にこれを南部と共有してきたのである。
 メルヴィルはやはり若書きの<マーディ>という作品の中で書いている---
「悪は鎮静されることはあり得ても、断じて根絶されることはあり得ない。なぜなら、悪とは宇宙の慢性病であって、一箇所で封じ込めてもまた他の箇所から吹出してくるからだ」
 それゆえ我々はもっと南部の現実を理解しなければならないと考えて(メルヴィルは北部人なのだ)、彼は登場人物の一人にこう言わせている。
「北部よ、非難を止めて、冷静に南部を判断せよ。一つの社会として南部人が責任を負うようになる以前から、奴隷制度は社会の只中に植え込まれていたのであり、そういうものは根が深い。
 ・・・遠くにいて非難の声を上げるのはたやすいことだ。肺臓がある限り誰だって批判者にはなれる。星の位置が悪い、ということくらい誰だって言えるし、盲人は太陽も盲目だと言うだろう。
 ・・・土地が人間を決定するのだ。人間は生まれる前に、ここに生まれたいとか、あそこに生まれたいとか、自ら決めることは許されていない。南部の人間はこういう制度と共に育ってきたのだ」
「土地が人間を決定する」、これは一つの巨大な真実である。ポリティカル・コレクトネスの教説が間違っているとすれば、我々は誰も歴史的真空の中に存在してはおらず、またそういうことは望み得ない。すべての人間は、その属する歴史的・地理的・文化的・生物学的、またその他の様々な条件によって決定されている。そして、時にはその宿命の力があまりにも圧倒的なので、弱小な人間にはとても太刀打ちできないように思われるのである。
 しかしながら、ここにもう一つの巨大な真実がある。すなわち、それにも拘わらず、我々は宿命の力が我々を決定するのを許してはならないのである。いかに決定的で、圧倒的であろうとも、悪は悪であって、我々はそれを識別できるのであり、それゆえに、それに対してあれかこれかの態度を取らなくてはならない。
「奴隷制度というもの自体は単に一人の人間がしようと思ってした行為ではなかった。それは自然に、歴史的に発達したものだった。しかしそれは一つの悪には違いなく、そしてそれが人間的に、人道的に幾度か緩和されてはきたものの、またそれが歴史的に必要なものだったとしても、それによって生ずる良心の呵責を静めることはできなかった。そして、南北戦争がその凶運を現し始めたのだ。その戦争は勇気と不屈の精神と力とをもって戦われはしたが、しかし良心は分裂していた」---Robert Penn Warren, 'Understanding Poetry'

 この一節はまた、メアリ・チェスナットの非常に訴える文章を思い出させる。彼女は南部人として、南部の複雑な事情をろくに知りもせず、やみくもに非難するばかりの北部を痛烈に批判する一方で、また自ら奴隷制の現実に苦悩し、現実を知る者として、ストウ夫人以上に激しくこれを指弾した。彼女の日記より、1861年11月27日。「向こうにはストウ夫人、グリーリー、ソロー、エマソン、サムナーがいて、いずれも清潔で明るく、よい香りの漂う快適なニュー・イングランド風の家に住み、書斎に籠もって、南部人への憤慢をぶちまけて心をすっきりさせる書物を執筆している。・・・彼らが何か自己否定の行為をするにしても、せいぜいそれは、南部へ行ってキリストの名のもとに南部人の喉を切り裂けと、ジョン・ブラウンに言葉で命じるくらいのことである。一方、私の母親や祖母や姑の生活はどうであろうか。彼女たちはほとんど北部の学校で教育を受け、北部の批判者たちと同じ書物、新聞、聖書を読み、正邪に関する同じ概念を持ち、教養が高く、優雅で、善良で、敬虔で、己れの理解したとおりに立派に義務を果たしている。しかも、彼女たちは黒人たちと同じ村に暮らしている。そして、憎悪を信条として説くこともなく、殺人や反逆を神聖な義務として教えることもなく、黒人の境遇を改善すべく様々な努力を重ねている。・・・手間のかかる子供と同じような黒人の群れがいつも周囲にいて、しかも彼らは、ストウ夫人の空想が描き出したのとはまるで違って、頑迷で、不愉快で、現実的で、未発達で、野蛮なアフリカ人なのだ。それゆえ彼女たちは奴隷制を、ストウ夫人が憎む以上に憎んでいる。私もこれを憎む。・・・我々は十九世紀の人間であり、奴隷制はむろん廃止されるべきだと思う。奴隷の所有者たちは、善良な人間である場合にはむしろ犠牲者なのだ」
 メアリ・チェスナットによれば、奴隷制における最もおぞましい害悪とはその道徳的頽廃であった---即ち、白人の主人が黒人奴隷の女に手をつけることが社会的に容認され、しかもその家族が全部一緒に暮らしていて、妻との子と奴隷に孕ませた子とが一緒に育っていくという現実の生む、道徳感覚の麻痺なのである。こういう現実についてストウは一言も述べていないと、彼女は指摘している。「それゆえ彼女たちは奴隷制を、ストウ夫人が憎む以上に憎んでいる。・・・奴隷制はむろん廃止されるべきだと思う」
 そのような見方は、心ある南部人の間ではむしろ一般的だった、と言っていい。
「・・・黒人は自由な国に住んでいる人間であり、それゆえ自由でなければならないという前提だ。我々が実際に(北部に対して)守ろうとしているのはそれなのだ。黒人を我々自身の手で解放する特権なのだ。それは他の誰にもできないから、我々がやらなければならないのだ」---ウィリアム・フォークナー、<墓場への闖入者>
 しかしながら、南部人自身の手によって奴隷制が廃止されることはついになく、結果から言えば戦争で北軍が勝利し、南軍が悲惨なまでに徹底的な敗北を喫するに及んでそれは初めて可能になった。
 ここでまた我々は心に留めておかなければならない。嘆かわしくもこの政治的事実は、神とカエサルとのあの伝統的な混同によって道徳的事実へとすり替えられてしまい、それはアメリカの精神全体に有害な影響を及ぼしたのである。
 たまたま道徳的により正しかったところの北部が勝ち、間違っていた南部が負けた、というのが事実だったのであるが、それは北部が正しかったから勝ち、南部が間違っていたから負けた、のとは違うのである。北部が勝ったのは別に神の加護があったからではなく、単に力において南部より強かったからにすぎない。北部は南部と違ってその「良心が分裂して」はいなかったから、それがより大きな力を発揮する精神的要素になった、ということはあるだろう。それにしても、基本的にこの世のカエサルの領域において、正邪と勝敗は無関係なのである。
 しかしながら、北部が勝ったということから、誤った印象---神が実際にアメリカの政治に関与していて、この度は北部を支持し、南部を断罪したのだという---は拭いがたいものとなったのである。
 フォークナーの作品の中にも、南部の敗北は神の意志だったのだという考え方は当然のものとして出てくる。<アブサロム、アブサロム!>では、それぞれ立場の違う三人の登場人物が次のように述べるのである---
「この人はそれを人に話してもらいたいからなんだ、と彼は思った。・・・なぜ神が我々をあの戦争で負けさせたかということを、いつかは知ってもらいたいからなんだ」
「『神様が私たち南部人に敗戦の苦しみをなめさせようとなさったのも、当然ではないでしょうか?』
 『その通りです』とクエンティンは言った」
「『だって神様は四年前にぼくたちを見放したので、ただぼくたちにそう告げる必要がないと思っただけですから』」

 R.P.ウォレンが<南北戦争の遺産>の中で書いていることであるが、北部の勝利は北部にとって'The Treasury of Virtue' であり、南部の敗北は南部にとって ' The Great Alibi' であった。というのは、それは北部に対して思い上がりと自己正当化と、己れの偽善に対する盲目を許すものとなった一方で、南部に対しては絶望への屈伏と自暴自棄と敗北主義との口実を与えたからである。
 しかしながら、神ならぬ人間の歴史はかくも混沌たるものである。逆の結果になっていたら事態は少しはましになっていたと、誰に言えよう。もし南部が勝ち、北部が負けていたとしたら? そうしたら、それは双方における道徳的混乱と(「神は奴隷制を認めているのか?」)、それゆえの神への懐疑と、信仰の喪失と、恐らくは奴隷制の存続をもたらしたかもしれない。あるいはそれ以前の問題として、一体流血の事態は回避し得たのか、それとも不可避だったのか。実際のところ、神の権威によらずに血を流すのは間違ったことであると、一つの国民を納得させるのは不可能だっただろうし、仮にそれが可能だったとして、果して自分が敢えてそんなことをする気になったかどうか、怪しいものである。というのは、奴隷制の悪と苦しみとを眼前に見ながら、それを放っておくだけの神経を誰が持ち合わせようか。あるいはまた、いくら神の目に間違っていようと、自ら信ずる正義のために、あるいは祖国への愛のために命を擲った兵士たちの精神性---そういう独り善がりな思い込みなしには恐らく存在し得なかった、幾多の偉大な魂と、その偉大な生涯の記録(北部と南部の双方における)を我々は否定し得るだろうか?
 次に引用するメルヴィルの幾つかの言葉は、戦後、北部が南部に対して取ったあまりにも手厳しい政策を批判するために書かれたものであるが、これらは彼が感情的な世論に流されることなく、いかに公平で冷静な見方を保ち得たかをよく示すものである。

「愛国心と狭量とが相共に往き、知的公正が政治的均一化と混同され、有用な真実が、党派主義的でないというので日の目を見ない、ということが起こっていい理由があるとは思えない。再建の仕事は---仮にも再建などということが実行可能であればの話だが---常識とキリスト教的な愛以上の何ものをも、ほとんど必要としない」
「南部が---我々の信ずるごとく、その動機からして哀れにも道を誤っていたとしても---そのためにみごとな個人的献身をもって戦った勇敢な人々の記憶を、恥として捨て去ってしまう気でいるとしたら、それは全く不名誉な話である。愛国心は卑しいものでも非人間的なものでもない。この夏ヴァージニアとジョージアの死者の墓に花を捧げる人々は、その死別と誇り高い愛情において、神の目に、優しい悲しみと愛情の同じ捧げ物をもって我が北部の共同墓地に赴く人々と同じほど聖なる存在なのである」
「いわゆる真実というもの---人間的な物の言い方をすればであるが---これを覆い隠したり、情状酌量しようとしたりすることがないようにしようではないか。実際のところ、友愛の精神にもとる告発---幾年も続いて、とうとう流血の惨事を引き起こした---それはお互いさまだったのだから」
「寛容と政策---キリスト教とマキャヴェリズム--それらは共に、敗者に対して厳しい処置を思い止まらせるものである」
「南部人の価値は戦争で実証された。我々は危険にも彼らと疎遠になることもできるが、そうでなければ彼らを我々の国にとって有用な者とすることもできるのである」
「想像の中で、かの先例のない立場に置かれた南部人のその立場に我々を置いてみよう。そのただ中に幾百万もの無知な解放奴隷を抱えた立場に。我々の中のある者は、彼らに選挙権を与えることをすら主張しているのである。博愛家たちが我が同胞たる黒人たちに対してそうであると同じく、我々もまた我が同胞たる白人たちに対してキリスト教徒らしくあろうではないか」

 もちろん、彼の考え方すべてが完全に正しいというわけではない。結局のところ、神を第一にしないような愛国心は神の目からすれば間違っているわけだし、誰がどのくらい神の目に聖なる存在であるなどと、どうして人間に断言できようか。彼もまた、いちばん最初の言葉が示すように、アメリカは神の国であるという信念を持ち続けた人であり、冷静な批判者であるよりも少し余計に一個のアメリカ人であった。そういうところにこそ我々は彼の人間的な優しさを見ることができるとしても。

 同じことはまたフォークナーにも言える。彼は南部に生を享けて、一生南部を離れることなく南部を描き続けた作家だった。南北戦争の記憶は彼の文学の原風景であり出発点であって、人間存在の根源的な問題を追求するに当たっての重要な媒介となった。そういう意味で彼はメルヴィルの精神的な後継者であると言える。
 例えば、<アブサロム、アブサロム!>。
 その題名のつけ方からして、我々はまたしてもここに、神とカエサルとの伝統的な混同を見るのである。それは実際に神の主権を代表していた古代イスラエルと、単に代表しているつもりになっているだけのアメリカとを、同じ平面上で考えていたことを示すものであるからだ。
 さて、その小説はどんなふうに<アブサロム、アブサロム!>なのか。ざっと目を通してみる限りでは、舞台が南北戦争時代の南部に移されているだけで、ダビデの息子アブサロムに関する、互いに直接関係のない二つの逸話をかなり忠実になぞっている、という印象である。(もっとも、多くの人はアブサロムのイメージをヘンリーに対してではなく、むしろボンの方に対して持つであろうが。) その一つは、アブサロムの妹タマルをその異母兄弟アムノンが犯したというのでアブサロムがアムノンを殺した件であり、もう一つは彼が父王に対して謀叛を起こし、結局破滅することになった件である。後の方をもう少し詳しく説明すると、アブサロムが言葉巧みに人民の多くを味方に着けたので、ダビデ勢は亡命する羽目になり、結局両者の間に戦争が起こるのである。ダビデはそのような仕打ちを受けたにも拘らず息子を愛していたので、彼を見つけたら決してこれに危害を加えることなく自分のもとに連れてくるようにと命ずるのだが、軍司令官ヨアブは王の命令を無視してこれを殺してしまう。その報を受けたダビデは嘆き悲しんで、涙を流して言うのである、「アブサロム、アブサロム、我が息子よ! 私が、この私がお前の代わりに死ねばよかったのに。アブサロム、我が子よ、我が子よ!」
 この二つの逸話は表面的には互いに関係がないのだが、実は深いところで共通の原因を持っており、それらは共に、ダビデの家に対する神の呪いによるのである。何ゆえの呪いかというと、例のバテ・シバとの姦淫と、ウリヤの殺害に関する一件なのである。ダビデが悔い改めたので神はその命を容赦するが、預言者ナタンを通して言い渡す---この罪のゆえに剣は定めのない時まで彼の家を離れないだろうと。それでこれらのごたごたは、その言葉の成就なのである。
 ゆえに、フォークナーが南部の物語にこういう題をつけたことから暗示されるのは、トマス・サトペンや彼をめぐる他の人々がみんなそれぞれに戦いながらも悲惨な運命をたどって破滅していったのは、個々人の罪による以上に、死すべき人間を凌駕する何か大きな宿命によるのではないか、ということなのである。
 しかし、それはある意味正しいのだ。何となれば我々すべてのうちに息づくアダムの罪は、神の呪いと言えるからである---「地はあなたのゆえに呪われた。」
 それは我々を、我々の意志に反して悪と破滅に向かわせる、巨大な暗黒の力である。
 それでも尚、我々はそれが己れを支配するのを許してはならない。ここにまたあの逆説がある---アダムの罪を受け継いで生まれたのは我々の責任ではないが、それにも拘らず我々は日々これと戦うことによって道徳的責任を果たさなければならず、言い換えれば己れに責任のない罪に対して責任を取らなければならないのである。
 それで、アムノンなりアブサロムなりが神から断罪されるとすれば、それは彼らがアプリオリに神の呪いという宿命のもとに生まれてきた事実そのもののゆえではなく、その宿命---それはアムノンにとっては苦しい恋であり、アブサロムにとっては自己崇拝と野心であったかもしれないが---に流されるままになり、これと戦おうとしなかった道徳的怠惰ゆえである。
 というのは、誰も宿命の力を実質的に凌駕することはできないからだ。我々にできるのは、戦い続けることだけである。そして、キリスト教的な見方においては、戦い続けることそのものが勝利と見做される---つまり、神はそう見做すのだ。それは、罪の奴隷となることを拒否して、神の奴隷たらんとする意志だからである。
 けれども、異教的(より厳密に言えば、ギリシャ的)な見方では、勝利とはただ実質的な勝利だけを意味するのであり、それゆえに、人は常に敗北するのである。
 そして、トマス・サトペンはどちらかと言えばギリシャ悲劇の主人公に似ている。彼は雄々しく戦いはするが、虚しく敗北するのであり、あとには永続性を持つ何ものも残らない。彼はそんなにもよく戦った---彼は奴隷たちに対しても、二人の妻に対しても、祖国に対しても忠実であった---のに、なぜそんな惨めな最後を遂げなければならなかったのか?
 なぜなら、彼は神の栄光を求めなかったからである。全くのところ、そうなのだ。彼が求めたのは専ら己れの栄光であった。そして、彼のたどった道はまた、同じ生き方をするすべての人間の道でもある。我々はこのことを思いに留めておかなければならない。
 けれども尚、フォークナーはホーソンではない。
 彼のノーベル賞受賞記念講演--「私は、人間は勝利すると信じます」
「もし人間に対する尊敬がフォークナーの作品の中心的主題であるとすれば、その主題を意味あるものにしているのは、フォークナーが人間を尊敬することの難しさを悟り、それを劇化している点にある。あらゆるものがそれを拒むのだ。野蛮やエゴイズムや、剥き出しの欲望や、愚鈍や傲慢や、時には美徳でさえもそうであり、また歴史や伝統の誤解や、我々の教育や、我々の歪んだ愛国心などが。しかしながら、それは偉大なドラマであり、いつも変わらぬ物語なのだ」---R.P.Warren, 'Understanding Poetry'
 それゆえその作品において彼が語りたかったのは、人間の悲惨と神の至高性ではない。そうではなくて、彼が言いたかったのは、それにも拘らず人間は偉大だということなのである。
「彼らは敗北に直面するとき、踏みしめる足、噛みしめる唇、平然と耐える精神が、これもまた勝利であることを悟る。彼らがついに敗北するとしても、その敗北には相手がない。自ら敗北を招く者さえある。確かに彼らは、現実に敗北する場合でも、生きるよすがとしての自己の理想像---形をなしているいないに拘らず、人間いかにあるべきかについての明確な意識を持ち続けている」
 これはウォレンがヘミングウェイの作品に出てくる主人公たちを描写している文章であって、本当はフォークナーとは関係がないのだが、この一節は彼のやや異教的、誇張すれば冒瀆的とすら言えかねないような人間観を、よく説明しているように思える。
 というのは、<アブサロム、アブサロム!>においてアブサロムとは、単にヘンリーのことだけを意味するのではないからだ。この書を読む者は、フォークナーがそこに登場するどの個人よりも、南部という土地そのものについて書かんと欲しているのを感ずるだろう。そして、アブサロムとは南部なのである。アメリカが神から支配権を与えられたダビデであり、南部は美しく力強いその息子、反逆して滅び去ったその息子なのである。ここに思い至るとき、我々はフォークナーがその題に込めた、より痛切な感情を知るのである。もとよりそういう考え方は間違っている。それでも尚、フォークナーにとってアブサロムとは南部なのである。愛された息子であり、彼の敗北と死に及んで「その日の救いはすべての民にとって嘆きのときとなった」のである。

           *            *

 Aが古代イスラエル史をめぐって底無しの泥沼に沈みかけていたころ(九十年代前半)、アメリカにおいて聞き慣れない名前の奇妙な社会運動が次第に勢力を増していた。
 ポリティカル・コレクトネス---政治的正当性。それは定義するのが非常に難しく、逆に言えば何とでも定義できそうな現象だった。それはあらゆるマイノリティーの尊厳を回復しようとする試みとも言えるし、レヴィ・ストロース流の構造主義をさらに発展させたものとも言えるし、あるいは辛辣な皮肉を込めて、弱いものいじめの構図が単にひっくり返っただけの代物と言うこともできる。
 それはアカデミズムの現場において長らく白眼視されてきたし、今尚正当に評価されているかどうかは疑問である。まあ、それが実際に生み出してきた結果(無意味な言葉狩り、能ある者が仕事に就けない不公正、あるいは尊大な精神)を考えればその冷淡さも理解できないではない。しかしながら、ここにはっきりと指摘しておくべき一つの構図がある。すなわち、それは西欧世界の中心を貫いて流れてきた、それゆえ誰もが支持しあるいは耐え忍ばざるを得なかった、一つの漠然とした有機体としての精神性、あるいは規範、あるいは世界観、そういったものに対する敢然たる反逆であった、ということである。しかも、そのあらゆる面に対する、あらゆる面からの攻撃であったのだ。それゆえポリティカル・コレクトネス(PC)は単に名前や用語や雇用条件だけでなく、本来はまさに価値観の転倒、考え方そのものの変換を要求していたのだった。
 PCをめぐるかんかんがくがくの論議は海を越えて、Aも何とはなしに耳にするようになった。Aの内側で問題となっていた事柄と、Aの外側で問題とされていた事柄とは、奇妙にもパラレルを描いているように思われた。というのは、ブラックやヒスパニックやインディアンと呼ばれていた人々が立ち上がって、自分たちが正当に扱われることを求めて叫び出した様はまるで、昔滅びに定められ、あるいは神の会衆に入ることを許されなかった、カナンやフィリスティアやモアブやアンモンの人々が現代に甦り、神の不公正を告発しているみたいに見えてきたのである。
 というのは、PCの攻撃の的になった西洋中心思想があれほど自信に満ち、ひとの迷惑などお構いなしに世界を蹂躪してきたのは、既に見た通り、己れは地上における神の代表者であるという自負あってこそだからである(もちろんこの他にも様々な要素---単なるエゴイズム、支配欲、野心、慣習、伝統---が複雑に絡み合ってきたのであり、ゆえにそれは漠然とした有機体でしかないのだが)。そう考えると、PCの提唱者たちの一見不合理な要求も全く理に適ったものに思えてくる---君らのことを、そんな長ったらしい、変な名前で呼ばなくちゃならないって? そんなの無意味じゃないか。すると彼らは答えるだろう---無意味なものか。こっちこそ、君らが何の疚しさもなく侮辱的な名前で呼ぶから、長いこと理由もなく傷ついてきたのだ。それくらいの不便は当然のことさ。あるいは---君らが可決させた変な法律のおかげで、会社は有能な人材を集められなくて困ってるんだ。おいおい、分かってるだろうな、黒人差別は過去の話だぜ。我々の先祖が君らの先祖に犯した百年前の罪を、何で我々が今君らに対して償わなきゃならないのだ? どちらも当事者じゃないだろうが。すると彼らは答えるだろう---君らだって、モアブとアンモンが一つの世代の間に犯した罪のために、彼らの子孫が神の会衆に入ることを永久に許さなかったじゃないか。何で彼らは、自分たちの先祖が千年前に犯した罪の責任を取らなくちゃならなかったのだ?
 そしてこうした問題は、アメリカが現代のイスラエルを自負する限り、永久にこの国につきまとうことになるだろう。

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Posted by う at 20:59Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-17-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-17- 動物愛護、障害者、フェミニズム


「エホバ宣給はく わが思は汝らの思とことなり わが道は汝らのみちと異なれり 天の地よりたかきがごとく わが道は汝らの道よりも高く わが思は汝らの思よりもたかし」---Is55:8,9
 そう、神の考えは正しい。神は絶対者であるが故に、その考えはいつでも正しい。
 けれども我々死すべき人間はあまりにも愚かであるが故に、しばしばその正しさを理解できないのだ。

 遙かな時空の隔たりがもたらす、感覚の隔たり。
 神がシナイでモーセに律法を授けてから、もう、とてもとても長いこと経っているのだ。その間に地上ではめまぐるしく物事が移り変わり、今日我々が当たり前と見做し、わざわざ問うてもみないような物事に対する通常の感覚は、当時のそれとはまるで違ってしまった。それでも今なお聖書についての研究は続けられている。色んな視点からのアプローチ---心理的、歴史的、社会学的、構造的、文献学的、宗教的、性的、哲学的アプローチ。聖書のような古代文献を、現在の我々が編み出した理論体系に当てはめて云々するのは無理があると、我々は考えるであろうか? 例えば科学の概念も持っていなかった古代人に「科学的に正確な」記述を求めるのは酷である、我々はもっとその「精神的な」価値を評価しなければならないと、感ずるであろうか?
 R.スチュアートはそのように感じた一人であった。彼は理神論を論じた際、「理神論者」トマス・ジェファソンが、甥に宛てた手紙を引用している。
「理性をしっかりとその座に据え、その裁きの席にあらゆる事実、あらゆる意見を呼び集めなさい。神の存在をさえも大胆に疑いなさい。というのは、もし神があるなら、彼は目隠しされた恐怖が忠順を誓うよりも、理性が忠順を誓うのを是認されるに違いないからです。・・・ですから、タキトゥスやリヴィを読むように聖書を読みなさい。・・・聖書中の、自然の法則と矛盾する部分は念を入れて調べなければなりません。・・・例えばヨシュア記の中に太陽が数時間停止したとある。・・・地球のように自分の軸で回転する天体が停止して、急に静止しても動物や草木や建物を倒れさせることなく、またしばらくして回転を、しかもあらゆるものをまた倒れさせずに始めるなどとは、こんなことがいかに自然の法則と矛盾しているか・・・」
 そののち、彼はこのように注解している。
「時代の影響を大幅に斟酌しても(偉大な人物もその時代を超越することはできないのだろうか、また超越してはいけないのだろうか?)、象徴的真理を探すようにと教えられてきた現代の読者が失望を禁じえないのは、ジェファソンの文字にとらわれ過ぎる態度である。また彼が単なる史実性、単なる事実の『科学的』正確さのみにとらわれて、象徴的な意味に気づかず、精神的書物をまるで歴史の論文でもあるかのように読み、精神的価値は絶対に記述の史実性に左右されなければならないとしたり、宗教の『真理』と歴史の『真理』とは必然的に同一でなければならないとしたりする、つまり『神話』の真理に対する彼の無知にも失望しないではいられない。それは今日でも科学者や歴史家が時として犯す過ちである」
 しかしながら我々は当然のこととして、次のように反論することもできるのである。失礼ながら、時代を超越できないでいるのはあなたの方ではないのか。というのは、我々は聖書に専ら「精神的価値」だけを求めるべきであって、その他の例えば超自然的現象についての記述をば、これを象徴的意味に解さなければならない、というのはまさに「我々の時代の」考え方に他ならないではないか。それが神の言葉であるのなら、現代の我々(所詮は人間に過ぎない)の編み出したあらゆる理論体系による批判に耐えてこそ真に信仰の基盤たり得るのではないか。
 真実というものは、いついかなる時と場所に於いても真実のはずである。であれば、それが大昔の記述だからというので情状酌量すべきだという考え方は人間的である---神の言葉を情状酌量しようとは、我々は何者なのか?
 それゆえに、「精神的価値」のみに重きを置いたスチュアートよりも、太陽が一日静止する可能性をくそまじめに疑ったジェファソンの方がしかるべく神を敬っていると、我々は考えることもできるのである。
 それゆえ、この分野における最大の問題---即ち、創造と進化をめぐる問題---もまた、かつてAの中では大きな位置を占めていたのであった。フランシス・ヒッチングに読みふけり、生物学や化石の記録に熱中して取り組んだ日々。形而下のことを侮ってはならない。それは現実の力であり、進化論は実際に多くの人間を神から引き離したのだ。聖書の「精神的価値」重視の風潮も実は多くここに由来しているのである。
 けれども、しばらくするとこの問題がAの心を煩わすことはもはやなくなった。手が届く限りの資料を調べ尽くしてしまうと、これは要するに個人の判断の問題だという結論に、Aは立ち至った。証拠としては創造説の方がやや有利である---化石の層は創世記の記述のとおりに並んでいるし、<失われた鎖輪>はいまだ失われたまま、見つかっていない。けれども説明をつけようと思えば創造、進化のどちらに則しても説明をつけることができる。<失われた鎖輪>はこれから見つかるであろうという主張を反駁するのは不可能である。今日までと同じように明日も太陽は昇るであろうということを、証明するのが不可能であるのと同じように。パスカル---「奇蹟を合理的に否認することはできない」それは要するに、自分がどっちを信じたいかの問題なのだ。我々はどちらを信じるか選ぶ自由を与えられている。しかし、もし神の言葉を取るのであれば、我々はその言葉全体を、そっくり受け入れなくてはならない。気に入ったところだけを取ってあとは捨てるというわけにはいかない。人類は猿から進化したが、象徴的には神の手によって創造されたのだ、などと唱えることはできない。そんなふうに言う人間が、自分のことをキリスト教徒であると考えられるとしても、神はそのようには考えないであろう。
 そう、我々なべてはヨブと同じ知性の犠牲を求められている。問題となるのは、神が正しいかどうかではない。神は正しいのだ。たとえその言葉が、我々の感覚からしてとても正しいとは思えないとしても、それを語っているのが神であるという、まさにそのことによって、その言葉は正しいのである。
 それゆえ問題となるのは、我々がいかにそれをそっくり、完全に受け入れるかという点である。神の言葉がいかに我々の批判に耐え得るか、ではない。神の言葉がどうして我々の批判なんかに耐えなければならないのか? 問題となるのはそうではなくて、我々の方がいかに神の言葉に耐え得るか、我々の方がいかに批判的精神を放棄し得るか、なのである。

 同じ問題が、他の分野においても取り沙汰されてきた。
 例えば今日の我々は、動物愛護運動だとか、障害者の権利とか、フェミニズムとか、人種の平等だとか、個人の尊厳だとかいった概念に慣れ親しんでいる。そういう我々にとって、聖書を読みながら違和感を覚え、深刻な疑念をもって立ち止まらざるを得ない箇所は全く、きりがないくらい夥しくあるのだ。

            *            *

 過去の論議の蒸し返し---自然界に対する神の正義。
 造られしものは造り手の特質を反映する。では神の特質とは何か?
 造られしものは造り手の特質を反映する。愛らしい子兎を指して人は言うかもしれない---見よ、神は創造物に優しい感情を抱いておられると。
 そして、神は今だ人類を深く愛しており、この世の一見したところの無秩序は神の責任ではないのだ。
 例えば天災---それも神が引き起こしたのではない。
「シロアムの櫓たふれて、壓し殺されし十八人は、エルサレムに住める凡ての人に勝りて、罪の負債ある者なりしと思ふか。われ汝らに告ぐ、然らず」---Lu13:4,5
 それゆえ、竜巻で人が死ぬのはたまたまそこに人がいたからであり、そういう不運は、新秩序が到来するまでは仕方のないことなのだ。

 しかし、天災を引き起こしたのが神そのひとである場合、一見したところの道徳的無秩序は人のうちに深刻な疑念を引き起こす---それは神の正義についての疑念だ。神の正義が、秩序と無秩序との危うい境界線上に乗っかっているのを見ることの不安だ。
 例えばノアの大洪水。「斯地の表面にある萬有を人より家畜昆蟲天空の鳥にいたるまで盡く拭去り給へり 是等は地より拭去られたり 唯ノアおよび彼とともに方舟にありし者のみ存れり」---Ge7:23
 かくして人間界においては道徳的秩序がきちんと施行された。悪しき者たちは滅ぼされ、忠実なノアとその家族だけが生き残ったのだ。しかし自然界ではどうか?
「諸の潔き獣を牝牡七宛(づつ)汝の許に取り 潔からぬ獣を牝牡二 亦天空の鳥を雌雄七宛取りて種を全地の面に生きのこらしむべし」
 生き残るための選びは、全く恣意的だったのではないか? 方舟に乗せてもらえるかどうかは、全く偶然によったのではないか? ノアの時代にも愛らしい子兎はいて、水は彼をも滅ぼし去ったことだろう---ただ、たまたま乗せてもらえなかったというだけで。 ここに我々の確信は揺らぎはじめるのである---<リア王>における荒野の大嵐はこの世の道徳的無秩序なんかを表していないと、我々は本当に考えていいのだろうか?

 そして、PC的視点はかくもバカにされているからこそ、もっともバカバカしく思える分野にあえて首を突っ込み、そこから洞察を引き出すこともできるのである。
 例えば、動物愛護主義におけるPC。
「林のもろもろのけもの 山のうへの千々の牲畜はみなわが有なり」---Ps50:10
 神は創造主であるゆえに、すべての創造物に対して権利を持っている。しかし、自分の創造物だからといって、神が不公平な振る舞いをしていいものだろうか?
「天下をさばく者は公義を行ふ可きにあらずや」---Ge18:25
 ところで聖書中の、動物に関する記述に、我々は不公平を感じないだろうか? 蟻や鷲や岩だぬき、あるいはビヘモトやレビヤタンが神の智恵や力を反映するものとして描かれている一方で、こうも言われている、
「蛇よ、蝮の裔よ、なんぢら争(いか)でゲヘナの刑罰を避け得んや」---Mt23:33
「我また龍の口より、獸の口より、偽予言者の口より、蛙のごとき三つの穢れし霊の出づるを見たり」---Re16:13
「豹その斑駁(まだら)をかへうるか若これを爲しえば惡に慣れたる汝らも善をなし得べし」---Je13:23
 それは蛇や蛙に対する差別ではないのか、豹に対する侮辱ではないのか、政治的に正しくない発言ではないのか? 神は模範を示さなければならないのではないか?

 あるいは犠牲という概念。
 カナン人のバアル崇拝において、自分たちの子供を生贄として捧げるという習慣があった。時経つうちにイスラエルにカナンの影響が及ぶようになると、イスラエルのうちにもこの習慣を取り入れる者が出てくる。エレミヤ書において神はこれを指弾する、
「ユダの民は我前に惡を行へり・・・ベンヒンノムの谷に於てトペテのたかきところを築きてその子女(むすこむすめ)を火に焚かんとせり 我これを命ぜずまた斯ることを思はざりし」---Je7:30,31
 しかしながら、想起せよ、神がイスラエルに対し、自分の前に捧げることを命じてきた、膨大な数の牛や羊の焼燔の犠牲。もちろん我々は神がそれを命じた理由を知っている---それは贖罪のための捧げ物であり、繰り返し繰り返し捧げることによって常に彼らに彼ら自身の罪を思い起こさせ、従って、彼らが罪のもとに捕らわれていて、救いを必要としていることを認識させ、こうして、より大いなる、完全な犠牲---杭の上のキリスト---の雛型となったのである。(He10参照)
 しかし、我々は問うてはいけないのだろうか---なぜ、同じ生贄でも人間の子供を殺すのはいけなくて動物ならいいのか?

 ホロコーストという名称はナチの専売特許ではない。それは元来古代イスラエルの焼燔の捧げ物を意味し、現代に至ってナチがそれを引き継いだのである。この両者の間の特異なアナロジーと差異の双方に注目せよ---行為の本質における類似性(慰みやサディズムあるいは物質的必要ゆえというよりも、双方に共通するのは理念のための犠牲という概念である---贖罪、あるいは民族浄化と最終的解決)、にもかかわらず、動作主とその対象とがいかに転換されているかに。ここで我々はニーチェの書物の一節を思い出す。
「かつて人は人間を己れの神に捧げた。・・・次に、「自然」を己れの神に捧げた。・・・最後に、犠牲に捧げるべき何が残っていたか。人は・・・神そのものを犠牲として捧げ、・・・重圧を・・・運命を・・・無を拝祈しなければならなかったのではないか。無のために神を犠牲として捧げる---この逆説的な奥義が、今日ようやく台頭しはじめた世代のために保留しておかれたのである」---<善悪の彼岸>
 それゆえに我々は知る、ヒトラーがやろうとしたのはまさにそれであると。彼は昔ユダヤ人がやっていたのをそっくり真似して、ユダヤ人に象徴される<神>を、無のために捧げようとしたのである。
 それゆえに我々は知るのである、それは実は冒瀆的な相対化の試みであることを。なぜなら、二つの異なった行為を同じ一つの名称で呼ぶということは、その二つの行為が道徳的に等価であると宣言するのに、ほとんど等しいからだ。
 そしてこの種の思想もまた、我々が神の正義を支持してヒトラーを退けるために、放棄しなければならない誤りの一つである。

            *             *

 自分の軍司令官ヨアブがアブネルを殺したことを聞き、彼を呪うダビデ。
「我と我國はネルの子アブネルの血につきてエホバのまへに永く罪あることなし 其罪はヨアブの首(かうべ)と其父の全家に歸せよ ねがはくはヨアブの家には白濁を病むものか癩病人か杖に倚るものか劍に仆るるものか食物に乏しき者か絶ゆることあらざれと」---2Sam3:28,29

 ということは、我々は病気、貧困、身体障害を<神の呪い>と見做すべきなのか?
 聖書中には実際、個人の犯した罪に対する処罰として癩病が臨んだ例が幾つかある---アロンの妻ミリアム(Nu12)、ユダの王ウジヤ(2Cro26)、エリシャの従者ゲハジ(2Ki5)など。そして、祭司職の規定によれば、身体的障害を持つ者は祭司になることを許されなかった---Le21:17-21.
 こうした記述から、聖書は障害者に対して<差別>している、あるいは救いがたく時代遅れで話にならないという結論を引き出すのは容易である。しかし、本当にそうなのか?
「イエス途往くとき、生まれながらの盲人を見給へば、弟子たち問ひて言ふ『ラビ、この人の盲目にて生れしは、誰の罪によるぞ、己のか、親のか』イエス答へ給ふ『この人の罪にも親の罪にもあらず、ただ彼の上に神の業の顯れん爲なり』」Joh9:1-3
 そうしてイエスはこの人の目を癒すのである。
 実際彼は(誰に対してもそうであったが)身体的障害を持つ人々を癒す際にも、実に愛情深く、しかも相手の人格を尊重して接したので、彼らのうちの誰一人として見下されているとか恩を着せられているとか感じることはなかった。かかる態度は今日すべてのキリスト教徒が見倣うべきものである。そして、少なくともキリスト教徒の間では、今日巷を賑わしている面倒臭い論議---障害者は多くの点で無力だからというので卑屈になったり遠慮がちに生きていかなければならないという法はない、彼らの障害は彼らのせいではないのだから彼らには助けを受ける当然の権利があるし、健常者は哀れみや親切としてではなく当然の義務として彼らを助けなければならないだとか、いやそれは単なる甘えに過ぎない、障害者も自立すべく最大限の努力を払わなければならないだとか、障害者だって努力次第で何でもできるのだという主張だとか、それでは障害者という障害者はみんなこぞって人並み以上に努力しなければならないのか、それでは努力しても何もできない障害者や、そこまで努力してまで健常者と張り合う気になれない<落ちこぼれ>の障害者はどうしたらいいのかという反論だとか---とは無縁であってしかるべきなのである。我々は誰しも当然の義務として他人を助けなければならないし、一方では同じく当然の義務として自ら最大限の努力を払わねばならないからだ。

 しかしながら、我々はここでまた立ち止まらざるを得ない---「この人の罪にも親の罪にもあらず」と宣言したイエスが、別のときには(カペルナウムで全身が麻痺した人を癒したとき)、彼に向かって何と言ったか---「子よ、汝の罪ゆるされたり」---Mr2:5
 それでは、彼の身体的障害は、その罪に対する処罰だったのか?
 もちろんそうではない。ヨハネ書の方の件とこちらの件とでは、<罪>という語の用法がはっきりと異なる。ヨハネの方は特に神の処罰の対象となるような、特定の行為としての故意の罪に言及しているのに対し、こちらは全人類に共通の一般的状態としての罪---モータリティー、不完全性、悪に向かう傾向---としての罪について述べているのであって、両者の違いは前章で見た通りである。
 「モータルな」という形容詞は「死すべき」と訳されるが、この言葉が霊的、肉体的双方の意味で用いられることに我々は留意すべきである。
 今日我々はこの二つの領域を通常分けて考える---伝染を防ぐために癩病患者を隔離するのは仕方のないことで、今日でもやっていることだからというので我々のうちの誰も、律法の中に同じ隔離の規定があることで聖書を退けはしない---それどころか、人間的見地からすれば、紀元前千五百年の昔にかかる医療的に有用な規定が存在し得たのは驚くべきことだということになる。ところが同じ律法が障害者を祭司職から追放するや、カーストの賤民制なんかと同じ「差別」だという非難の声が巻き起こる。というのも、それが視力の悪い者はパイロットになれない、のと同じような問題でないことは明らかだからだ。それは単に職業や社会的地位の問題ではなく、もっとも本質的な、つまり崇拝に関わる問題なのである。単にうまく祭司の務めが果たせるかどうか(例えば、手がなかったら香を持つことはできないし、口でくわえたら鼻で息ができないし、かといって足で持つのもさすがに気が引けるだろう)というようなプラクティカルな次元の問題ではないのだ。その者には「身に疵ある」から聖所に近づいてはならず、そこを「汚し」てはならないのだ。彼は一崇拝者としては神に受け入れられる。「神の食物の至聖者も聖者も彼は食ふことを得」しかし、儀式上の扱いにおいて、彼の肉体的欠陥は霊的欠陥を象徴しているのである。
 ここに、聖書全体を貫く分かりにくい二重性の一つの現れがある。「罪」という言葉の持つ二重性---神は人の尊厳を重んじ、人は身を低くして神に対し、こうして立場の違いは愛と敬意によって曖昧にされるが、尚両者の間には明確な一線が引かれている。障害者と健常者との関係もある意味でそれに似ている。障害そのものが罪ではないが、それは普遍的なモータリティーの具象なのである。それゆえに障害者は祭司職に就くことを許されず、また実際、罪に対する罰としての呪いが人に臨むこともある。この二つの事柄の意味するところは同じではないが、それでも尚、同じ源から発しているのである。
 それゆえ、これは本質的には人類すべてが抱えている問題と変わらない。我々すべては何も悪いことをしたつもりがなくても、ただ存在しているだけで、生まれながらに罪を負っている。アプリオリに、神の目に汚れた存在なのだ。だから、この罪から救い出してくれようとする神の愛に応える気があるなら、この屈辱に耐えて尚神の前に頭を垂れ、しかもそれに従うのに自分が捕らわれているモータリティーそのものが最大の障害となるところの神の要求に従うべく、日々奮闘してゆかなければならない。
 他方、すべての障害を持つキリスト教徒は、祭司職の規定だとか、ヨアブへの呪いのくだりだとかを読むときに、それでもどうしても感じてしまうであろうかすかな痛みと屈辱感に耐えて、心の中で神を冒瀆しないように気を付け、同時にこうした記述が健常者のキリスト教徒に与えかねないサブリミナルな心理的影響に関しても神に疑念の目を向けない、ことを求められているのである。

            *            *

 キリスト教史は、人間が自分の思想を神の言葉に合わせようとしてきた歴史であるが、また神の言葉を自分の思想に合わせようとしてきた歴史でもある。ローマ国教化時代の異教との混合はその始まりに過ぎない。ビクトリア朝時代には、ピアノの足にズボンをはかせるのと同じ発想で、セックスを連想させるからというのでルツ記を子供に読ませることに反対した者もあったほどである。彼らは我々の時代のパリサイ人であった。
 今日のPCムーヴメントは、黙示録に「もし之に加ふる者あらば、神はこの書に記されたる苦難を彼に加へ給はん。若しこの預言の書の言を省く者あらば、神はこの書に記されたる生命の樹、また聖なる都よりより彼の受くる分を省き給はん」(22:18,19)と記されているのを敢然と無視して、平気で加えたり省いたりした<政治的に正しい聖書>なるものまでを生み出した。それによれば、ある箇所で神のことを「父」と呼んでいるのを、フェミニズム的観点からふさわしくないというので「父母」と置き換えているそうである。Aは思い出さずにはいられなかった、「イスラエルの家は主の道は正しからずといふ イスラエルの家よわが道正しからざるや その正しからざるは汝らの道にあらずや」---Ez18:29
 さて、我々がもし男女平等を正義と考えているのなら、我々はその正義の概念を捨てなければならない。聖書において女性ははっきりと下位に定められている。
「エホバ神言給ひけるは 人獨なるは善からず 我彼に適ふ助者を彼のために造らんと」---Ge2:18
「凡ての男の頭はキリストなり、女の頭は男なり、キリストの頭は神なり」---1Co11:3
 そして、万事がこの調子で展開してゆくので、フェミニストにとって聖書を<修正>するのは頭の痛くなるような一大事業であったことだろう。
 しかしこの言葉は実際何を意味したのか、神はどういう意図をもってこの規定を定めたのか。聖書が歴史的に、男性に対して、女性への抑圧と暴力の潜在的な口実を与えてきたのは事実である。それでは、女性は男性の不当な抑圧をも神の正義として受け入れなければならなかったのか?
 まず銘記すべきは、聖書の規定した社会のあり方と、現代の我々の社会のあり方とでは、その精神性の枠組みからして全く違う、という点である。現代社会のあり方を、しごく大雑把に、伝統的白人男性中心社会といわゆるマイノリティーとの対立として考えるなら、それは要するに対立関係であり、互いに張り合う関係である。それは理論的、倫理的な部分も含めて、力関係の問題である。彼らはそれぞれ己れの益を実現する力の大きさにおいて互いに張り合っている---それぞれ己れの信念を持っている。ということは、価値や正義が相対的で、いっぱいある、ということだ。(ただ、ここで括弧でくくらなければならないのはいわゆる伝統的価値観で、その信奉者たちは、アメリカという国の特異性を扱った部分で述べたとおり、自分たちの価値観の基盤は神の言葉であるゆえに絶対的な正義であると信じ、しかもたまたまそういう見方が歴史上勢力を得てきたから、ここで厄介な力と正義との混同が起こっているのであるが。)
 しかし神の権威のもとではそうではない---少なくとも、理論上は。人類全体が罪を負っており、神の栄光の前に、女性の尊厳ばかりでなく男性のそれも、異邦人の誇りばかりでなくユダヤ人のそれも共に貶められている。
「凡ての人、罪を犯したれば神の栄光を受くるに足らず」---Rom3:23
 R.チュアートの言葉を借りれば、これがキリスト教的平等というものである。
 そしてすべての人間にとって唯一の価値とは神への献身であり、神に栄光を帰することである。つまりすべての人間はそのために、己れの益をすべからく放棄することを求められているのである。この点においては全く平等だから、「ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自主もなく、男も女もなし、汝らは皆キリスト・イエスにありて一體なり」(Ga3:28)ということになる。ここが、

   現代の白人男性中心社会⇔マイノリティー
              ∥
       古代イスラエル⇔異邦諸国民

 というPC的アナロジーを打破すべき、最大のポイントである。
 しかしながら、そういう社会のもとでも一定の秩序があって、その中で女性の方が男性よりも下位に属しているわけなのだ。
 性交及び出産に関する律法の規定はこの辺の事情をよく象徴している。律法によれば性交を行なった男女は一定期間汚れた者とされたが、それは性交そのものが罪だからではなく、人類一般が共有するアダムの罪を、生まれてくる子供もまた引き継ぐのだということを思い起こさせるためのものである。そして同じ理由で出産後の女性も一定期間汚れた者とされたが(Le12)、その期間の長さが男の子の場合と女の子の場合とでは違っていて、女の子の場合は男の子の二倍の長さなのである。
 このように律法においては、平等と不平等が奇妙に混じり合っている。
 これから聖書中の、フェミニズムの問題に渉ると思われるような箇所の幾つかを見ていくことにしたいと思う。ただしこのことを心に留めておくべきである。事実を羅列し、注解し、解釈しようと努めることはできる。しかし、我々にできるのはそこまでである。理解することは、我々にはできない。

 幾つかの前提。
 まず、当然のこととして、男と女とはあまりにも異なった存在であること。体の造りから、ものの考え方、感じ方の傾向、適性、能力、個人差もある。だから男女の平等ということは、理論的、法的にはあり得ても、実質的にはあり得ない、ということ。
 時代的文化的背景。族長時代、及び古代イスラエル時代においては、神に仕えることの次に重要とされていたのは子孫を残すことだった。男も女もそう考えていたから、いきおい男女関係においてはそれが中心となった。一夫多妻制とか義兄弟結婚の取り決めはこの文脈において理解される必要がある。そしてもちろんこの時代にはキャリアウーマンなんかいなかったから、女性の経済的立場はすこぶる弱かった。女性にとっては一人でいるよりも夫のもとにいた方が断然有利だったのである。律法における一夫多妻及び離婚に関する規定はこの側面からも考慮されるべきである。
 注。もちろん、苟も神の言葉が人間の慣習ごときに左右されるべきものではない、ということ。それはいつだって普遍的な真実であってしかるべきなのだ---
「私はエホバであり、私は変わっていない」(Ma3:6)
「私エホバは第一なる者であり、最後の者たちに対しても同じ者である」(Is41:4)
 にもかかわらず、あの時代のかかる考え方を生み出したのはまさにその神の言葉であったということ---アブラハムに対する神の約束。それゆえ彼らにはメシアの先祖となれる可能性があり、それは最高の栄誉と考えられたのだ。それゆえ彼らは系図を保ち、子孫を残すことに執着した。
 メシアが到来し、肉のユダヤ人がユダヤ人でなくなり、血統や民族に変わって信仰や伝道による救いや終末の教えが強調されるようになると、男女関係はエデンでの最初の規定に戻る。同じ神のもとにありながら、全体的な価値観や細かな既定は時代によってずいぶん大幅に変わっているのである。
 最後に。下位であることは劣悪であることを意味しない、ということ。想起せよ、人間は天使よりも「少し低く」造られたにもかかわらず、忠誠を全うした人間がいる一方で、神を捨てた天使がいることを。
 それでも、意識の問題は残るのではないか? 性交後の一定期間を汚れた者であると規定する律法が(誰もそんなことを言っていないにもかかわらず)セックスは罪であるという潜在意識を培わせかねないのと同じように、例えば女児を出産した場合は男児の場合の二倍の期間汚れた者であるとする律法は、潜在的な女性蔑視の意識を培わせないだろうか? PC的視点からすれば、これは極めて重要な問題である。
 以上の点を踏まえつつ、ざっと見ていくことにしたい。

 エデンにおける神の規定。
「是故に人は其父母を離れて其妻に好合ひ二人一體となるべし」---Ge2:24
 これは神の定めた神の規定である。
 二人が罪を犯したのち、神が女に告げた言葉。
「汝は夫をしたひ彼は汝を治めん」---Ge3:19
 これは神の予言であって、命令ではない。つまり、神は「こうなるであろう」と言ったのであって、「こうしなさい」と言ったのではない。それゆえ、原罪以後の男女の不均衡な関係は、本来あるべき姿というよりも、彼らの引き継いだ不完全性の現れなのである。
 一夫多妻制を最初に取り入れたレメク。
「レメク二人の妻を娶れり 一人の名はアダと曰ひ一人の名はチラと曰へり」---Ge4:19
 神がこの行動をどう見做したかについての記述はない。

 アブラハムの妻サラと、ゲラルの王アビメレクとの一件。(Ge20)
 この時代にはまだ姦淫を禁ずる規定がなかったにもかかわらず、この記述は、神が姦淫を既に死に値する罪と見做していたことを示している。

 ヤコブの息子ユダとその家族をめぐる一件。(Ge38)
 この時代には義兄弟結婚の規定は明文化されておらず、それは単なる慣習に過ぎなかったが、ユダの二番目の息子がこれに従わなかったとき、神は彼を死に渡した。
 ユダの買春。このときのユダは独り身で、買春を禁ずる規定は確かにまだなかった。彼は女を買っておきながら嫁のタマルについてずいぶん勝手なことを言っているが、神が彼を処罰したという記述はない。

 律法時代。
 姦淫を犯した男女は、双方とも死罪であった。(Le20:10)
 淫行を犯した者たちは、結婚しなければならなかった。(Ex22:16,17,De22:28,29)
 強姦は死罪だった。(De22:25-27)

 神の取り決めとして男は頭の権を行使し、女はそれに従わなくてはならなかった。神-男-女の関係は、神-国家-キリスト教徒の関係に比することができる。それは神の取り決めであったがゆえに、男が神に従わない場合、女は男を踏み越えて神に従ってよかったし、またそうすべきだった。ナバルの妻アビガイルの例はこのことを示している。(1Sam25)

 女は男に「所有される者」と見做された。(De22:22)
「所有される」という表現は、今日の我々にはつっかかるかもしれない。しかし、少なくとも当時の女の側の意識としては、そのことで自分たちが貶められているとは思っていなかったようである。むしろ自分がそれに属する男を持っていることは一つのステイタスだった。戦禍を予言したイザヤの言葉にあるように--「その日七人のをんな一人の男にすがりていはん 我らおのれの糧をくらひ己の衣を着るべし ただ我らに汝の名をとなふることを許してわれらの恥をとりのぞけと」(4:1)

 男は複数の妻を娶ってもよく、そのため妻たちが不公平な扱いを受けないように保護する規定があった。(Ex21:10,De21:15)
 しかし、女が複数の夫を持ってもよいかどうかについての規定はない。

 男が自分の結婚相手を処女でなかったとして告発した場合の処置が定められているが、女が自分の結婚相手を童貞でなかったとして告発した場合の処置については言及がない。(De22:13-21)

 夫が妻の貞潔を疑った場合の処置が定められているが、妻が夫の貞潔を疑った場合の処置については言及がない。(Nu5:11-31)

 男は妻を離婚することができたが、女が夫を離婚することができたかどうかについての言及はない。(De24:1-4)

 障害者の問題において取り上げた、祭司職の規定の別の部分によれば、祭司は処女を娶るべきであり、遊女、やもめ、離婚された女、犯された女を娶ってはならなかった。(Le21:7,13-15)
 しかし、祭司自身については、妻と離婚したり死別したりしたら祭司職を剥奪されるという規定はない。

 この最後の規定について少し考えたい。
 遊女が汚れた者だというのは分かる。(そもそも、律法の規定によればイスラエルの社会に遊女は存在しないことになっていたが。)しかし、やもめ、離婚された女、犯された女もまた汚れた者とされたのである。彼女たちは明らかに、自分の意志でかかる立場に身を置いたのではない。神が「心をみる」(1Sam16:7)者であるのなら、それはなぜなのか。
 おそらく以前の論議は有効であろう。その経歴ないし事実そのものが当人の罪ではないが(強姦の被害者については、殺人の被害者と同じであるとの見方が示されている---De22:26)、それらは人間のモータリティーの具象なのである。それゆえに神はその者を汚れていると見做し、その見方は、彼女たちを祭司の妻になることを許さないという現実の作用をもたらした。
 しかし、事はそれだけに留まらなかった。祭司の妻になれないだけなら生死に関わらないが、女がどういう経歴を持っているかは時として実際に、生死を分かつ問題となったのだ。
 例えばイスラエルがミディアンに復讐したとき。彼らは民を皆殺しにし、ただ男と寝ることを知らない女の子だけを生かしておいた。(Nu31)
 かく命じたのは神から任命された指導者モーセであり、この処置に対して神は何の咎めも与えなかった。ということは、神はこの処置を是認したと、ほぼ考えてよいことになる。彼女たちは処女であるというだけの理由で、ミディアン全体が負った罪を免除されたのか? 処女でない者のうち、イスラエルに対する罪に直接関与していないのが明らかな者たち(例えば、男のうちの幼い者たち)は、ただ処女でないというだけの理由で罪に定められたのか?

 同じ処置はギベアの日、ヤベシュ・ギレアデのときにも繰り返された。
 ギベアの事件も最後までAの喉にひっかかっていた、訳の分からない事件である。(Jud19-21)
 時は士師記の時代、「其頃イスラエルに王なかりし時にあたりて」という断り書きをもってその記述は始まっている。
 エフライムに住む一人のレビ人が、不貞を働いた自分の妾を連れ戻しにベツレヘムまで出掛ける。記述を見る限り彼はこの女に対して憎しみとか悪意を抱いてはいないようである---「その夫彼をなだめて携れかへらんと・・・かれの後をしたひゆきければ」とある。妾の実家で盛大なもてなしを受けたのち、レビ人は彼女を連れて自分のうちに帰ろうとするが、日が暮れたのでベニヤミンの領地のギベアに一晩の宿を取ることにする。一行は街の広場にやって来るが、彼らを泊めようとする者は誰もいない。そこへ、エフライム人で一時的にギベアに住んでいる一人の老人がやって来て彼らを見つけ、自分のうちに泊まるようにと招く。実はそこはひどく頽廃した都市で、夜になると町の男たちが老人の家を取り囲み、レビ人を連れ出してこれを犯そうとする。すると老人は彼らを嗜め、レビ人の代わりに自分の処女の娘とレビ人の妾とを出すことを提案する。
 さて、聖書中におけるこの種の事件には前例があって、それは二人の天使が人の姿を取ってソドムに住むロトのもとを訪れたときのことである。このときも性的に倒錯した男たちがロトの家を取り囲んで客人を出すように要求する、するとロトは、その代わりに自分の二人の処女の娘を出すことを提案するのである。
 これらの記述は様々な問題を提起する---それが父親のすることか、あるいはギベアの件では、客の妾を出すというのも客に対してあまりにも失礼ではないのかという自然な感情的反発のほかに、彼らは何らかの理由で男を犯すより女を犯す方がまだましだと考えていたのか、しかしかかる提案は罪を犯させるよう唆す行為にはならなかったのかという道徳上の問題、そして最も重要な点として、神がこのことをどう見做したのかについての記述が一言もない、という問題がある。
 さて、ロトのときには天使が介入して事を正したが、ギベアに泊まったレビ人は天使ではなかったから、自分の妾を出して男たちに引き渡す。すると彼らは夜通しこれを犯して辱め、明け方になって送り返す。しかし彼女は老人の家の入り口のところまで来て倒れてしまう。やがてレビ人が起きてきて彼女を見つけ、「起きよ我ら出往かん」と声をかけるが、彼女は既に事切れている。
 さて、このレビ人の人格上の問題を云々する言葉も記述には一言もない。そこでまた我々は困惑させられることになる。いくら不貞を働いた妾とはいえ、自分の身代わりに集団レイプに曝しておいてぐうぐう寝ていられるとは一体どういう神経なのか? 倒れている彼女を見つけたときの第一声が「起きよ我ら出往かん」もないものである。
 しかしこの人にはともかく正義感だけはあったらしく、起こった出来事を全イスラエルに告発する。彼女の遺体を十二の部分に切り分けて、各部族に送りつけるのである。
 びっくりして義憤に駆られたイスラエルの諸部族は、一致団結して立ち上がり、ギベアの男たちを引き渡すべく、ベニヤミンに対して要求する。ベニヤミンがそれを拒んだため、ここに大規模な内戦が勃発する。はじめはベニヤミンの方が優勢で、諸部族を打ち倒していったが、彼らは嘆き悲しみながらも神の指示を仰ぎ、その指示に従ってついにベニヤミンを敗走させる。彼らは逃げのびた六百人の兵士を除くすべてのベニヤミン人を剣の刃で討ち、すべての都市に火を放ってこれを断ち滅ぼす。
 さて、イスラエルは自分たちのうちの誰も娘を妻としてベニヤミンに与えることをしないという誓いを立てていた。このままではベニヤミンは一つの部族として絶滅してしまう。彼らは再び神の前で泣き悲しむ。
 やがて彼らは自分たちが立てていたもう一つの誓いを思い出す---ベニヤミンと戦うために上ってこなかった者は必ず死に処せられるように。
 そこで調べてみると、ヤベシュ・ギレアデからは誰も来ていないことが判明する。そこで彼らは人をやってヤベシュ・ギレアデを討ち、男も女も皆殺しにして、ただ男と寝たことのない処女の娘だけを生かしておく。次いでベニヤミンの生存者たちに和睦を差し伸べ、これらの娘たちを妻として与える。しかし、娘たちの数が足りなかったので、イスラエルは相談した挙げ句、妻を得られなかったベニヤミン人に次のような指示を与える---シロでは年ごとにエホバの祭りがある。あなた方は待ち伏せして、祭りのときに踊る娘たちの中から無理にでもさらって妻とするように。彼らは言われたとおりにしてベニヤミンの地に戻り、都市を建て直してまたそこに住むようになる。
 その記述は再び、「當時はイスラエルに王なかりしかば各人その目に善と見ゆるところを爲せり」という、人を煙に巻くような言葉で終わっている。
 彼ら六百人の兵士が生き残り得たのは、単に足が速かったためか? ヤベシュ・ギレアデの処女たちは、ただその立場ゆえに別の運命をたどったのか? それらはすべて偶然のなせる業に過ぎないのか? あるいはシロでの祭りのときに踊っていて、さらわれていった娘たち。彼女たちの人権はどうなるのか? 大体、彼女たちだってイスラエル人だったわけではないか。こんなやり方をして、誓いを破らなかったことにできるのか? それとも、進んで妻に与えるのは破ったことになるが、さらわれてしまったものは仕方ないということなのか?
 こうした問いに対する答えは何もない。

 イエスの時代に至り、離婚や一夫多妻制は廃止されてエデンでの規定に戻り、その道徳水準はさらに高くなる。『開闢の初より「人を男と女とに造り給へり」「かかる故に人はその父母を離れて、二人のもの一體となるべし」さればはや二人にはあらず、一體なり。この故に神の合せ給ふものは、人これを離すべからず』・・・『おほよそ其の妻を出して他に娶る者は、その妻に對して姦淫を行ふなり。また妻もし其の夫を棄てて他に嫁がば、姦淫を行ふなり』---Mr10:6-12
 この頃までには、周知のとおりギリシャ・ローマの影響がユダヤ人の文化やものの考え方にも浸透し、他方律法は人間の伝統によって歪められていた。この時代の特色の一つは極端な男尊女卑だった。女は人間以下の奴隷と考えられ、女の証言は法的に無効とされていたくらいだった。それゆえイエスの復活の最初の証人として女の名が挙げられているのは、当時にしてみればキリスト教の特異な点の一つだったのである。また、大の男が通りで女と話したりするものではなかった。それゆえ、イエスが井戸のそばで女と、しかもサマリア人の女と話しているのを見て、弟子たちは奇妙な感じを覚えたのである。姦淫を犯すにしても、当時の一般的な考え方によれば男は自分の妻に対して姦淫を犯すのではなかった。密通相手の男に対して犯すものとされたのである。それゆえイエスが女を、「に對して姦淫を犯す」だけの価値のある存在として語ったとき、もうそれだけで、画期的な仕方で女を人間扱いしていたわけなのである。

 イエスの死後には、会衆内における女性のあり方についての指示が、使徒たちの手によって記されている。
「男の頭はキリストなり、女の頭は男なり、キリストの頭は神なり」--1Co11:3「妻たる者よ、主に服ふごとく己の夫に服へ。キリストは自ら體の救主にして教會の首なるごとく、夫は妻の首なればなり。教會のキリストに服ふごとく、妻も凡てのこと夫に服へ。夫たる者よ、キリストの教會を愛し、之がために己を捨て給ひしごとく、汝らも妻を愛せよ」---Eph5:22-25
「女は凡てのこと從順にして靜に道を學ぶべし。われ女の教ふることと男の上に權を執ることとを許さず、ただ靜にすべし。それアダムは前に造られ、エバは後に造られたり。アダムは惑わされず、女は惑わされて罪に陥りたるなり」---1Ti2:11-14

 この最後の言葉は分かりにくい。これが頭の権の取り決めを踏み越えることに関する、人類一般に対しての警告として書かれたのか、それとも女性全体が連帯責任としてエバの罪を負っているということを意味しているのか、明らかにされていない。この言葉が後者の意味に解され、女性は生まれながらに呪われた、悪をもたらす存在であるという考え方がダンテ以来のヨーロッパにおける一つの伝統となってきたのは周知のとおりである。
 理想論としては、双方に同じだけ果たすべき務めがあった---すなわち、女の方には服する責任が、男の方には愛する責任が。しかし、実際には男がしかるべき愛を示さない場合というのはいくらでもあったし、その場合にも女の方は男に服する責任を免れなかったから、無力だった。事が正されないまま苦しい状況が続くという場合も珍しくなかった---エリとその息子たちの不徳義を耐え忍んだ幼き日のサムエル、あるいはサウルに命をつけ狙われながらもこれを油注がれた者として敬ったダビデのように。彼らは、それが神の取り決めだったがゆえに神が介入するまで行動を起こさなかったのである。聖書中の事例にしても、それ以降の歴史にしてもそうだが、実際のところ、神の掟を実践すると、弱者が強者の虐げに甘んじて耐え続け、強者の方はそれにつけこんでますます弱者を苦しめる、という事態が往々にして発生する---この体制下に限ったことではあるが。そして、これこそが、キリスト教が受けてきた最大の批判の一つなのだ。
 それゆえ、神の掟を受け入れようとする者は、この種の批判をも甘んじて受ける覚悟をしなければならない。すなわち、神の取り決めゆえに苦しむと同時に、罪もないのに苦しんでいると言って第三者から非難される、その非難にも耐える覚悟がなければならないのだ。
 かくのごとくして、再び問題となってくるはあの分かりにくい二重性である---女はキリストにあって男と一つであり、罪との戦いにあって平等でありながら、なお男の下位に位置するのである。女はただ女であるということだけのために、下位であることに伴って発生し得るあらゆる不利益に耐えるだけの用意を持って臨まなければならないのだ。

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Posted by う at 20:53Comments(0)創造的な不幸

2013年11月30日

創造的な不幸-18-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-18- 人種問題その他―神の沈黙


「神はただユダヤ人のみの神なるか、また異邦人の神ならずや、然り、また異邦人の神なり」---Rom3:29
 これが人種問題における、神の基本的なスタンスである。
「我汝と婦の間および汝の苗裔と婦の苗裔の間に怨恨を置かん 彼は汝の頭を砕き汝は彼の踵を砕かん」---Ge3:15
 この最初の予言における善と悪の戦い、善の勝利、及び人類の救いについての概念は、民族主義的な色合いをいささかも帯びてはいない。しかし、それを成し遂げるために特異な仕方で用いられたのがユダヤ人だったのである。
 アブラハムに対する神の約束---「天下の諸の宗族汝によりて祝福を獲ん」--- Ge12:3
 そして、ここでも先のPC的アナロジーは拒絶されなければならない。神がイスラエルを自分の名を負う民として「選んだ」ことに不公平はなかったのは、すでに見たとおりである。彼らは誉れと祝福を受けたかもしれないが、また同時にとてつもない責任と容赦ない処罰をも共に受けたのであり、最終的には見捨てられて辛酸を舐めたのである。
「主よ汝は斯おのれの民をみちびきて栄光の名をつくり給へり」---Is63:14
「イスラエルの家よ 我汝のために之をなすにあらず 汝らが・・・汚せしわが聖き名のためにすなり」---Ez36:22
 人間イスラエルの生死や福利は二の次だった。ここでもまた、神の栄光は唯一の価値となったのである。すべては神の定めた秩序のもとにあり、イスラエルはたまたまその上位に位置したにすぎない。
 神は彼らを周囲の諸国民から厳密に隔離した。
「彼らと何の契約をもなすべからず 彼らを憫れむべからず また彼らと婚姻をなすべからず 汝の女子を彼の男子に興ふべからず 彼の女子を汝の男子に娶るべからず 其は彼ら汝の男子を惑はして我を離れしめ 之をして他の神々に事へしむるありて・・・」---De7:2-4
「汝が上に纏ふ衣服の裾の四方に房をつくべし」---De22:12
 衣に房べりをつけるようにという規定もまた、その目的は異邦諸国民との分断にあった。他とは違うのだという意識を持ち、身を引き締めて神の義を守り続けるために。ここでも神が最重要視しているのは、その長い房べりが象徴する神自身の義であって、それを具現しているイスラエルではない。
 この時代の、イスラエル以外の諸国民に対する神の接し方は徹底していて、滅ぼすか、でなければ無関心に放っておかれた。しかしイスラエルの社会内に暮らす外国人に対しては(彼らは改宗者であったと思われる)非常に愛情深く、彼らの福利を図ることがイスラエルの当然の義務とされていた。---Ex22:21,23:9,Le19:33,34,De10:17-19,etc.

 長らくそういう時代が続いたのち、メシアの到来に及んで律法は廃止され、実質的に垣根が取り除かれることになる。しかし尚、恵みはしかるべき順序をもって注がれた。
「凡て善をおこなふ人には、ユダヤ人を始めギリシヤ人にも光栄と尊貴と平安とあらん。そは神には偏り視給ふこと無ければなり」---Rom3:10,11
 神がイエスを送ったのはまずユダヤ人に対してであった。
「我はイスラエルの家の失せたる羊のほかに遣されず」---Mt15:24
 彼らがメシアを退けてはじめて諸国民にも注意が向けられた。
「視よ、我ら轉じて異邦人に向はん」---Act13:44-49
 しかしその頃までにユダヤ人の排他的意識は強烈に根づいていて、この問題は後々まで繰り返しごたごたを引き起こし、そのたびに使徒たちは繰り返し戒めを与えなければならなかった。否、使徒たちでさえ圧力に屈した。---Ga2:11-14,3:8,3:28,Col3:10,11,etc.
 割礼問題をめぐっては会衆が分裂したり、良心的に律法を守り続けてきた人々が順応しきれずに非難の的になったりし、どっちが正しいのか確信をもてない人々は迷える羊のように彷徨っていた。
 こんなふうな急転換が引き起こした当惑と混乱と論争とを考えるとき、我々は疑問に思わずにはいられない---神には全然責任がなかったと、果して言えるのか?
 ナジェージダ・マンデリシュタームの追想録に登場する、自殺したタシケントの元秘密警察の娘のラリーサ。
「なにもかもこう突然に変えてはいけなかったのです」
 価値観の転倒は人間界にだけ属するものではなかったのか? 神の右手には平安が永久にあるのではなかったか?
 コルネリオのもとに遣わされたペテロ。
「なんぢらの知る如く、ユダヤ人たる者の外の國人と交りまた近づくことは、律法に適はぬ所なり、然れど神は、何人をも穢れたる者潔からぬ者と言ふまじきことを我に示したまへり」---Act10:28
 ここまで特別意識を養わせ、ここまで諸国民との亀裂を深めておきながら、急にこれからはもうみんな平等だなどと宣言していいのか?
 もちろん神は正しいのである。神は変わっていない。神の義の基準は変わっていない。古代イスラエルがはっきり区別されなければならなかったのは、周囲の邪悪ゆえであった。しかるにイエスの時代までにはユダヤ教の知識が浸透し、「異邦人は義を得たり、即ち信仰による義なり」(Rom9:30)と言われるまでになっていた。
 コルネリオ---「なんぢの祈りと施済とは、神の前に上りて記念とせらる」---Act10:4
 であれば、公正の神がどうしてそれを受け入れないわけがあろう?
 そして尚、諸国民に対しては、身の程をわきまえるべく、次のような言葉をもって釘を刺されている---「若しオリブの幾許かの枝きり落されて野のオリブなる汝、その中に接がれ、共にその樹の液汁ある根に與らば、かの枝に對ひて誇るな。・・・高ぶりたる思を持たず、反つて懼れよ。もし神、原樹の枝を惜み給はざりしならば、汝をも惜み給はじ」---Rom11:17-21
 ここでもまた、我々は例の分かりにくい二重性に遭遇する。人類は罪のもとにある点ですべからく平等だが、それでも尚、最初に恵みを受けるのはユダヤ人なのだ。
 そして、それが神の公正である。結論---「われ今まことに知る、神は偏ることをせず、何れの國の人にても神を敬ひて義をおこなふ者を容れ給ふことを」---Act10:34,35

 しかし尚、意識の問題は残るのではないか? 何なら被害妄想と呼んでもいい。
 かつて神の民だったユダヤ人と、かつて神から疎外されていた我々異邦諸国民双方のうちに今だ残留する、潜在的な意識の痛み。それは言ってみれば、幼い頃深く愛されながら後になって捨てられた者と、愛されていなかったのに拾われてからというもの急に溢れるような愛を注がれるようになって、このギャップは何なのか、かつてのあれほどの孤独と疎外感は一体何だったのかと、つらい自問を繰り返している者との痛みである。イエスが律法を除き去って尚、彼らがまるで蛇のすえと女のすえみたいに互いに憎み合ってきたのは恐らくそのためである。教理上の歴史的な誤解がどんなに根深かろうとも、それだけで説明のつくものではない。
 パウロがローマ書やガラテア書の中でこの問題をいかに詳細に論じ、キリストに導く養育係としての律法が、すなわち選ばれし民としてのユダヤ人の歴史が、人類全体の福祉のためにいかに必要だったかについて長々と説明しようとも、そして肉のユダヤ人の被ってきた恩恵を一通り挙げたあとで、「さらば誇るところ何處にあるか。既に除かれたり」(Rom3:27)と結論づけようとも---そして、

     白人男性⇔マイノリティー
          ∥
    古代イスラエル⇔異邦諸国民

 あるいは

      アメリカ⇔それ以外の世界
           ∥
     古代イスラエル⇔異邦諸国民

 というアナロジーを支持する神学的根拠がないのと同じように、例えば

     ホロコースト→イスラエル共和国の成立
           ∥
   バビロン流刑→エルサレムへの帰還と神殿の再建

 というアナロジーもまた成立しないこと---この両者の間には、神の意志の有無という決定的な相違が存在すること---なぜなら今日のユダヤ人はもはや「神の瞳」ではないのだから---ということを、我々がいくら頭では理解しているとしても。
 また、数世紀にわたるユダヤ人憎悪の歴史---トマス・アクィナスによる排斥、シェイクスピアのステレオタイプ、ゲットー---そしてアウシュヴィッツにおいてその頂点に達する歴史的憎悪が何ら神学的根拠を持たないこと、同じように、共和国成立後のユダヤ人の奢りとパレスチナ人に対する抑圧も、到底神に受け入れられるものではなく、むしろそれは久しく続いてきた人類史の一局面にすぎないこと---例えば、列強の抑圧の犠牲となってきたポーランドもまた、自分より弱いウクライナを抑圧してきた、というような---を、知識としては知っていたとしても。
 それでも尚、我々は思いに留めないでいられるだろうか、こうしたすべての嘆かわしい歴史の、そもそもの発端となった、最初の種を蒔いたのが他ならぬ神そのひとであったことを。
 律法問題が弟子たちの間でごたごたを引き起こしていたとき、パウロはきっぱりと宣言した---「この故に、もし食物わが兄弟を躓かせんには、兄弟を躓かせぬ爲に、我は何時までも肉を食はじ」---1Co8:13
 文脈から分かる通り、彼は神の規準にあっては間違っていないことでも、それを敢えて行なって弱い良心を持つ人々を躓かせるのは罪であると考えた。それでは、神自身もこの原則を守るべきではなかったのか---始めに肉による<選び>を行なったりして、我々の弱い良心を掻き乱したりしないべきではなかったのか。
 そしてこれもまた、神に服するために我々が捨て去らなければならない、冒冒瀆的な考えの一つである。

           *            *

 さて、ここで、これまで取り上げてきた問題の範疇から外れ、あるいはその範疇にありながら、どう料理したものか見当がつかなくて放っておいたさらに幾つかの記述、及び、どうもつっかかるのだが、そもそも何が問題なのか明らかでないような幾つかの記述を、ひとからげにまとめて並べてみることにしたい。
 その多くは、今日の我々の多くが共有する、個人の尊厳という概念あるいは妄想と関係がある。
 あるいは連帯責任という問題。
 あるいは「子は父の惡を負はず父は子の惡を負はざるなり」(Ez18:20)と「我を惡(にく)む者にむかひては父の罪を子にむくひて三四代におよぼし」(Ex20:5)との明らかな矛盾。(メルヴィルの<ピエール>の主題の一つはここにある。)   

 エジプトに下された十番目の災い---初子の死。
「汝等これによりてエホバがエジプト人とイスラエルの間に區別をなし給ふを知るべし」                       ---Ex11:7
 初子とは初めの子の意味であるから、そこには成長した者も幼い者も様々にいたはずである。分別のつかない子供を殺すことが、なぜ理性ある神からの災厄なのか?
 あるいは、エジプトを含めた異国の民の中にもイスラエルの神を選んだ者が大勢いて、彼らはイスラエルが出てゆく際に一緒についていった「入り混じった大群衆」を形成した---彼らの初子もまた殺されたのか?

 神の会衆に入れない者についての規定。
「私子はエホバの會にいるべからず 是は十代までもエホバの會にいるべからざるなり
 アンモン人およびモアブ人はエホバの會にいるべからず 彼らは十代までも何時までもエホバの會にいるべからざるなり ・・・
 汝エドム人を惡むべからず 是は汝の兄弟なればなり またエジプト人を惡むべからず 汝もこれが國に客たりしこと有ればなり 彼等の生みたる子等は三代におよばばエホバの會にいることを得べし」---De23:2-8
 彼らはなぜ、たまたま私生児、あるいはアンモンやモアブに生まれたというだけで会衆に入ることを許されなかったのか?

「アシドドには雑種の民すまん 我ペリシテ人が誇るところの者を絶つべし」---Zec9:6
 この句は別の訳では次のようになっている---
「庶出の子がまさにアシュドドに座するであろう」
 あるいはまた---
「その日エジプトは婦女のごとくならん 萬軍のエホバの動かし給ふ手のその上にうごくが故におそれおののくべし」---Is19:16
「汝の中にある民は婦人のごとし 汝の地の門はみな汝の敵の前に廣く開きてあり」                    ---Na3:13
 これらの言葉は、もちろんアシュドドやエジプトや「汝の中の民」に対する呪いの言葉として語られたのである。それは(イエスがフェニキア人の女に子供と小犬の例えを語ったときのように)単に彼らの、私生児や女性に対する差別意識を引き合いに出しただけであって、神自身がこうした差別意識を持っていたわけではない、と考えることもできる。しかし、それが正しくないものであるとしたら---正しくない感情を引き合いに出して誰かを呪うという行為自体、その共犯者となっていることを示すのではないのか?

 あるいは、アンモンやモアブ。そう、多くの民族は、その先祖の出自あるいは彼らが遙か昔になした所業ゆえに、神の前における処遇を半永久的に定められている。
 近親相姦による不義の子アンモンとモアブは神の前に永久に退けられ、ヤコブの祝福を受けられなかったエサウの子孫はまた神の祝福をも受けられず、ノアを辱めたカナンの子孫は絶滅を宣告される。---Ge19:30-38,Je48:1-49:6,Ge27,Je49:7-22,Ob1,Ge9:20-27,Ex23:23,etc.
 もっとも、一つの民族が改めて滅亡を宣告されるのは、その先祖ではなく、その民自身の現在の行状によることが多かった。つまり、彼らはその先祖の性向、特質をなんらかの仕方において受け継ぎ、その道を変えなかったことのために罪ありとされたのである。
 個人は、イスラエルの神を選んで恵みを得ることもできた。しかしそれは多くの場合、自分の民族の血、文化、プライド、あるいは民族そのものを捨てることを意味したのである。モアブ人ルツ、イスラエルに嫁いでメシアの家系に連なった女性---「汝の民はわが民 汝の神はわが神なり」---Ru1:16
 これは決して小さな問題はない。民族の血は一つの宿命である。しかも憎むことを許されない宿命である。それは抗いがたく、我々自身であるからだ。
「『・・・ところで、ぼくはもう一つだけ、君に聞きたいことがあるんだ。なんだって君は南部を憎んでいるんだい?』
 『ぼくは憎んでなんかいない』とクェンティンはあわててすぐさま、即座に言った。『憎んでなんかいるものか』と彼は言った。・・・決して! 決して! 憎んでなんかいない! 憎んでなんかいるものか!」---フォークナー、<アブサロム、アブサロム!>
 モアブ人の血、カナン人の血、イスラエルの血、アメリカ人の血、南部人の血、アジア人の血---それらは抗いがたく我々自身である。我々の罪の道、我々の利己的な生きかたを捨てるのはまだ容易である。我々の血、文化、プライドを捨ててまで、我々は神の絶対の正義に従うだろうか? 後の章ではこの問題が詳しく取り上げられることになるだろう。

 続き。
 「子等はその父の故によりて殺さるべからず」(De24:16)という規定を実行したアマジヤ。(2Cro25:1-4)
 その一方で、歴代の多くの王は戦争あるいはクーデターにおいて父と一緒に子を殺していること。                            この問題に関して、神は沈黙を守っている。

 サウルの罪のために処刑された、サウルの七人の息子たち。---2Sam21:1-9.
 それは神の指示によった。しかしダビデの友人の息子であったメピボセテを、ダビデは惜しんで死を免れさせている。それが神の指示によったという記述はない---それゆえメピボセテが死を免れたのは彼が神の前に義と見做されたためか、あるいは単にダビデの友人の息子であったためか、我々は知ることができない。

 ゲハジが犯した罪のために、その子孫までが呪われたこと。---2Ki5:27.
 あるいはヨアブ。---2Sam3:29.
 彼らの子孫は、たまたま彼らの子孫に生まれてきたというだけのために呪いを身に受けたのか? もっとも、実際に彼らの子孫が呪いを身に受けたという記録はない。

 しかし、実際に呪いが振りかかった例もある---ヨシュアの時代に滅ぼされて「凡そ起ちてこのエリコの邑(まち)を建つる者はエホバの前に詛はるべし 其石礎をすえなば長子を失ひその門を建てなば季子を失はん」と言われたエリコを、実際に長子と末の子を失って再建したヒエル。(1Ki16:34)
 その子供たちは、単に父親がエリコを再建したというだけのために神に撃たれたのか? 彼らには、個人の立場というものが認められなかったのか?

 エリヤと五十人の長。
 預言者エリヤに向かって五十人隊の隊長が不敬な物言いをしたため、エリヤが神の名によって災いを求めると、「火すなはち天より降りて彼とその五十人とを焼盡せり」---2Ki1.
 こういうことが二回あり、三度めに遣わされた五十人隊長がしかるべき敬意を示すと、ようやく処罰はとどめられる。しかし、一緒に焼き尽くされた五十人の兵士たちこそとんだとばっちりであると、我々は考えてはいけないのだろうか?

 ダビデの人口調査の罪のために神の遣いに撃たれて死んだ、エルサレムの七万人の住民。---2Sam24.
「我は惡しき事を爲したり 然れども是等の羊群は何を爲したるや」---彼らはなぜ死ななければならなかったのか?
 注---記述の始めの言葉は「エホバ複イスラエルにむかひて怒を發し」となっている。ということは、イスラエル全体が罪を負っていたのであり、ダビデの罪はそのきっかけに過ぎなかったのだと、考えられなくもない。

 イスラエルとの戦にあたり、契約の箱を奪い去ったフィリスティア人。ところが箱がフィリスティアの領地内を回されるに従って、神罰が下り、その地の住民が次々に死んでゆく。---1Sam5-6.
 彼らはどうして、自分たちの土地に箱が回ってきたというだけのために死ななければならなかったのか?

 サマリアの地に送り込まれたライオン。---2Ki17:24-41.
 この時代にイスラエルは自らの不忠実ゆえにアッシリアに敗れ、彼の地に流刑となるが、アッシリアの王は人のいなくなったサマリアに、異国の民を連れてきて代わりに住まわせる。すると、彼らがしかるべく神を崇拝しないというので、神は彼らのもとにライオンを送り込んで殺させるのである。
 移住者たちにとってはとんだ迷惑だったが、神の側からすれば、自分の神聖な名への侮辱に対する当然の報復処置であったということなのか。例え、当のイスラエルは流刑になってしまっていたとしても。

 神殿を建てることを計画しながら、戦人として血を流してきたというのでそれを許されなかったダビデ。---1Cro28:3.
 しかし、戦うことを命じてきたのは神ではなかったのか?

 罪を許された女。「なんぢの罪は赦されたり」---Lu7:36-50
 あるいは、ティルスとシドン。「禍害なる哉、コラジンよ、禍害なるかな、ベツサイダよ、汝らの中にて行ひたる能力ある業を、ツロとシドンにて行ひしならば、彼らは早く荒布をき、灰のなかに座して、悔改めしならん」---Lu10:13
 キリスト、人類のための贖い。しかし、キリスト以前に罪を犯し、許されなかった人々は、ただ彼らがたまたまキリスト以前に生きたというだけのために許されなかったのか? ティルスとシドンの人々が、もしイエスの時代に生きたならば、彼らは許しを得たのだろうか?

「『フェードル』のすさまじい迫力の背後には、ジャンセニスム風の残酷な推論があるように思われる。『フェードル』の事件はキリスト以前の時代に起こるのだ。この時代に地獄に堕ちたということは、キリスト以後の時代にそうなるよりもはるかに恐るべきことを意味していた。なぜなら、その時代の人間には罪の購いの可能性がなかったからだ。キリストの出現以前には、フェードルのような人間が地獄に堕ちることは、購いようがないという意味で特に恐ろしいことだったのである」---シュタイナー、<悲劇の死>

            *            *

 中心的な問題---人はその外的状況によって、つまりはたまたまある特定の集合体に属している、もしくは特定の状況下にあるというだけの理由で神の不興を被ることがあり得るのか? 契約の箱がフィリスティアの領土内をあちこちたらい回しされるたびにバタバタと人が死んでいったあの事件。あれでは、箱は人格神の臨在の象徴ではなくて理性を持たないハリケーンのようである。あるいは、預言者の一言で焼き尽くされたあの二つの五十連隊。彼らは単に悪しき隊長のもとに配属されていたというだけの理由で命を奪われたのか? だとしたら、我々の神は連帯責任を問う神なのか? それとも彼らは、彼ら自身も隊長の悪徳に染まっていたことを罪に問われたのか? だとしたら、それは彼らがもし、悪しき隊長のもとに配属されていなかったら避け得た事態だったのか。とすると、これは決定論の問題になってくる。彼らの精神性を考察することは、神はどういう考え方に則ってどういう裁き方をする神なのか、を考察することであり---同じ仕方によって我々自身も裁かれることになるのである。
 ここで我々は、先に長々と引用されたドライサーの<アメリカの悲劇>論を思い出すかもしれない。R.スチュアートが決定論を論じてこれを退けたことを。もとより、以前に考察されたことは適用されなくてはならない。
 人の属する家族や民族や国家や歴史や文化、それらは言ってみれば外的状況ではないか? 遺伝もそうだ、それが人においていかに内面化されていようと、自らの意志の「外にある」という意味でそれらは外的状況である。実際に、外的状況と人の精神性とが互いに複雑に絡み合っていて、明確に線引きすることが難しいとしても。
 人が特定の状況下に生まれてくるのは彼の責任ではない、それでも尚、自分が生まれてきた外的状況を口実に、道徳的責任を放棄することは許されないのである。あらゆる外的要因に拘束されて尚、人はあれやこれやの態度を取ることができるし、またそうしなくてはならないのだ。
 我々は、ただ自分の周りにアプリオリにあった強い力に影響され、洗脳され、形造られたにすぎないと感じるとしても、自分が何に形造られるかに関して責任を負わなければならない。物質主義、性道徳の不在、宗教的な視点を考えに入れない風潮、どれも我々を形造るものである。ゆえにそれは現代の我々が神に従おうとするときに直面する問題でもあるのだ。
 そして、古代のカナン人はただ周りのみんながしている通りに生活していただけなのに滅びを宣告されたのが納得できなかったかもしれない。けれども「みんながやっている」という理屈は口実にならなかったのだ。現代の我々にとってもそれは言い訳にはならない。どんな状況のもとに生まれてきたとしても、自らの意志をもって神の側を選び、選んだことをその生き方によって実証しなければ等しく罪に定められるというのが冷厳な事実なのである---「我と偕(とも)ならぬ者は我にそむき、我とともに集めぬ者は散すなり」---Mt12:30

 PCと決定論。
 PCはある意味で決定論的である---それはいわゆるマイノリティーに、ある種の被害妄想と(「私はかくまでに奪われてきた」)、それゆえの慢心(「私にはより多くを要求する権利がある」)とを許す。また一方で大いなる努力を(「それゆえ私は自分の権利を得べく戦わなければならない」)必然的に招来する。この点では決定論的ではない。それは実際、人間に対して絶対的な自由(歴史的、社会的、人種的、性的、etc)を前提として与えているのだ。
 しかし、見方によっては確かにキリスト教こそ最もPC的である。歴史的、社会的、人種的、性的、あらゆる点において人は抑圧され、罪の抗いがたい力にがんじがらめになっているかもしれない。しかし、「それにもかかわらず人は神を愛し得る」という命題---それはあらゆる外的影響の存在を否定する。いや、もっと正確に言えば、その存在を否定しはしないかもしれないが、その支配を拒絶するのである。
 人は神に向かって問い掛けるかもしれない---こんなひどい状況、こんな不公正な状況のもとであなたを愛せよと言うのか? すると神は答えるのである---これほどひどい状況、これほど不公正な状況のもとでも尚、あなたは私を愛する自由、絶対的な自由を持っている。あなたは私を愛するだろうか?

 しかしながら、これまでの論議において、我々はもちろん、一つのことを前提としていたのである---それはつまり、神の裁きの前に立つ個人は、自分のなすべき務めについての知識と理解を持つことができ、また持っている、という前提である。カナン人全般について言えば、これは疑いようのない事実であった。ラハブの言葉(「エホバこの地を汝らに賜へり 我らは甚く汝らを懼る 此の地の民盡く汝らの前に消亡せん 我この事を知る 其は汝らがエジプトより出来し時エホバ汝らの前にて紅海の水を乾し給ひし事および汝らがヨルダンの彼方にありしアモリ人の二箇の王シホンとオグになししこと即ちことごとく之を滅ぼしたりし事を我ら聞きたればなり」Josh2:9,10)、ギベオン人の言葉(9:24)および彼らの取った行動から、彼らは間違いなく知っていた、ということが分かる。チェスタトンも書いたように---「今日われわれはこのことを知っている。知らぬという言い訳は通用しない」
 しかしながら、神の裁きの前に立たされた時点でまだそのことを理解できなかった、幼い子供たちの場合はどうか。ここにおいて、問題はカラマーゾフ的な様相を呈してくるのである。
「彼はこれ以上先へ進めない。子供たちは大人の手によって、まったく何の理由もなしに苦しめられてきた。見捨てられ、空腹のまま放っておかれ、殺されてきた。まったく何の理由もなしに。彼は思う。これ以上先へ進むのは不可能だと。『ところがまた、例の子供というやつだ』とイヴァン・カラマーゾフは言う。『いったい我々は、子供をどう始末したらいいのだ?』と。そしてまた---『僕は許したいのだ、抱擁したいのだ。けっして人間がこれ以上苦しむことを欲しない。もし真理を手にするに必要なだけの苦悶の定量を満たすために、子供たちが苦しまねばならぬというなら、僕は前もってきっぱり断言しておく、いっさいの真理もそれだけの代償に値しないと』」---オースター、<孤独の発明>
 それゆえに、子供の問題はとりわけAを---Aの心を、とまでは言わずとも、Aの知性を苦しめるのである。
 すなわち、我々は記録によって知っている、カナン人の間に、彼らの神モレクへの生贄として幼い子供を捧げる風習があったことを。後にイスラエルがこの悪習を取り入れるようになったとき、神は彼らを非難して言った---「エホバいひ給ふユダの民は我前に悪を行へり・・・ベンヒンノムの谷に於てトペテの崇邱を築きてその子女を火に焚かんとせり 我これを命ぜずまた斯ることを思はざりし」Je7:31
 そしてそれは、神がイスラエルに、「汝らの義ゆえではなく彼らの邪悪ゆえに」と言い渡したその悪徳の一つでもあったのだ。(De9:4)
 ところが我々はまた知らされるのである、彼らがカナンを処刑する際に、彼らの子供たちをも共に処刑したことを。この事実は我々を痛ましい道徳的混乱に突き落とす---カナン人が自分たちの子供を殺すのが悪くて、イスラエルがその同じ子供たちを殺すのはいい、のはなぜか?
 もちろん我々は公平に考えなくてはならない---仮にイスラエルが子供たちの命を容赦し、彼らが自分たちの中で成長するのを許していたとしたら? そうしたらやがて大きくなって、彼らは知っただろう、自分たちが身近に接しているこの人々が、かつて自分たちの親兄弟を手にかけて殺したことを。その時彼らはどう感じるだろうか?
 しかしながらこういう考え方(「生かしておいてもどうせ幸福にはなれない」)は完全に有効ではない、なぜならそれは、拡大解釈すれば望まれない子供を中絶する口実としてだって適用されかねないからだ。そしてもし神が人間に対して中絶を禁ずるのなら、同じ規範を自らも守ってしかるべきである。
 それゆえ問題は残るのである---物心つかぬ子供たちにとっては、偶像のために殺されるのも、正義のために殺されるのもそう変わらなかったはずではないか? カナンの子供たちだけではない。モーセの命令で殺されたモアブの子供たち。(Num31)あるいはイスラエルがエジプトを去る際に十番目の災いとして殺された、エジプトの長子たちのうちにも幼い者はいたはずだ。彼らに選択の余地はなかったのか?
 しかしながら、我々はここで一つ銘記しておかなければならない。我々はここで「罪もない子供たち」という言い回しを使いたくなるかもしれないが、もちろん罪のない子供なんか一人もいないということだ。
 彼らもまた我々と同じ人間である。我々すべては生まれながらに罪を負っている。(ジョナサン・エドワーズの子供に対する態度を想起せよ。)それゆえ、この点において神に責任を問うたり、当然の権利として命を要求したりすることはできない。それはただ、公平さの問題である---大人たちには自らの責任において選択する機会が与えられたのに、これら幼くして処刑された者たちにはそれが与えられなかった、ことから起こってくる問題なのである。
 そして、聖書中の事例を数多く見てゆくうちに我々は知る、知識と理解力を持っていた者たちは彼ら自身の選択によって裁かれたが、それを持っていなかった者たちは彼らの親の選択によって裁かれたことを。そして我々は、誰が自らの選択によって裁かれ、誰がその親の選択によって裁かれたかを事細かに知ることを許されていないのであるから、伝道之書の末尾の言葉に信仰を置いて神の正義を支持することを求められているのである---「神を畏れその誡命を守れ 是は諸の人の本分たり 神は一切の行為ならびに一切の隠れたる事を善悪ともに審判給ふなり」Ec12:13,14
 そして、これもまた我々自身と深く関わってくる---我々はまた神が、父の罪に対して子が責めを負うことはないと律法に明示しながら(例えばEz18)、アダムの罪を子孫のすべてが受け継ぐことになるような構造に人間を造ったことに対しても、何ら冒瀆的な疑問を提起しない、ことを求められているのである。

 さて、これらの問題に関連して、さらにもう一つの重要な問題がある。すなわち、倫理的に問題があると思われる事例のうちのかなりにおいて、神はそれを良いとも悪いとも言わないで口を閉ざしているのである。例えば、ギベアでの性犯罪がきっかけとなって引き起こされた一連の事件だとか(Jud19-21)、ベテルに入る道を教えた人に関する一件だとか(Jud1:22-26)、ライオンに殺された預言者に関してだとか(1Ki13:1-32)。あるいは、イスラエルと近隣諸国の間に戦われた個々の戦争だとか。
 カナンの子供たちの件において我々は神の裁きによって道徳的混乱に突き落とされたが、ここにおいて我々は神が裁かないことによって同じ混乱に再び突き落とされるのである。聖書が霊感を受けた神の言葉であるなら、そしてそれが万事において自分の判断でなく神の正義に服することを命ずるのなら、そこに記された出来事の一つ一つについて我々は神がそれをどう考え、どう判断したのか知りたいと思うし、それを当然のこととして期待する。神が裁かないでは、我々はどう考えていいか分からない---ただ事実の記録だけがあって、その中で何が正しく、何が間違っていたかを知ることができないのだ。
「夙(はや)くより録されたる所は、みな我らの教訓のために録ししものにして、聖書の忍耐と慰安によりて希望を保たせんとてなり」---Rom15:4
 それでは、こうした事例は我々に何を教えているのか? 我々は謙虚に身を挺して神の沈黙を受け入れなくてはならない、という教訓をか?
「神が隠れていない宗教はまやかしである」---Cleanth Brooks, 'The Hidden God'
 しかし、神は隠れたままでいていいのか?
 今日神の前に生まれてくる我々すべては神に対してあれこれの態度を取る義務を負っている---神は我々に決定を迫る。それでは、神自身は気の進まない事例に関してはあれこれの態度を取らなくていいのか? 神はピラトを罪に定めたのではないか? 口を開くべきときに黙っているのも罪ではないのか? 神は一タラントをそのまま埋めておいた奴隷を退けたのではないのか? 行動すべきときに行動しないのは道徳的不能者ではないのか?

 神の沈黙---それはこの世界における現実の姿である。
 神はなぜ悪の存在を許しているのか---この世の道徳的無秩序の原因と発端。
 エバを誘惑する蛇。
「神真に汝ら園の諸の樹の実は食ふべからずと言給ひしや」Ge3:1
 そしてさらに---
「汝ら必ず死ぬる事あらじ 神汝らが之を食ふ日には汝らの目開け汝ら神の如くなりて善悪を知るに至るを知り給ふなり」3:4、5
 言い換えれば、蛇はこのように言ったのだ---
 あなた方はそれを食べないことによって神への隷属状態に甘んじているが、本当にそれでいいのか? それを禁じた神は正しいのか? 神はあなた方に道徳的命令を与え、行動の規準を定め、絶対の従順を要求する正当な権利を持っているのか? いや、そうではない---あなた方は自分で善悪を判断して立派にやってゆくことができるのだ。神からの自由と独立を得ればもっと幸福になれるのに、神はあなた方が幸福になることを望まないので、それをあなた方に知らせまいとしているのだ。
 ここにおいて、一つの宇宙的大論争が---神の正義、神のやり方の正しさをめぐる論争が引き起こされたのである。
 神はその挑戦を受けて立ち、答えを出すための時間を与える。人間があらゆる形態の自治を試し、それによって幸福になれるかどうかを知るために。
 それと同時に、神はすぐさま、エデンにおいて失われたもの、あるいはこれから失われるであろうすべてのものを回復する計画にとりかかる。
「我汝と婦の間および汝の苗裔(すえ)と婦の苗裔の間に怨恨を置かん 彼は汝の頭を砕き汝は彼の踵を砕かん」Ge3:15
 この謎めいた言葉によって、神は遙かな将来、サタンの体制を打ち砕くキリストとその王国の勝利を預言しているのである。
 それゆえ歴史の大まかな枠組みにおいて、神はその名にふさわしく完璧に道徳的義務を果たしていると言える---すなわち、この世においては人間に、神からの独立がどんな結果をもたらすかを彼らが自分の目で見るための時間を与え、もう十分だと判断した暁には、この世の終末と正しい秩序の回復とを。
 そして、実験の結果。
 ソクラテス---「人間は、政治的動物としては失敗作である」
 当然の帰結だった、神は人間をそのように造らなかったのだから。しかし世界の普遍的真実が、神の権威によらずに語られるというのは大切なことだった。神から疎外された人類史の六千年間が明らかにした事柄---結局のところ神が正しかったのだということ、そして人間は自分たちだけでうまくやってゆけはしないのだということ---を証明するために。
 そしてこれが、この世における道徳的無秩序の説明であり---一般に言われるところの<神の沈黙>の理由である。

 それゆえ、この世における神の沈黙は大した問題ではない。それはちゃんと説明がつくからだ。ここに、こと古代イスラエルとその周辺におけるそれが特別問題となる理由があるのだ。古代イスラエルは歴史上、地上で唯一神の主権を代表した国家であり、彼らの時代は例外的に、神の正義が人間の領域に介入した時代であったからだ。それゆえに我々は、記録されたあらゆる事例において神の正義がどのように作用したのか---あるいは、すべきだったのか---を当然知りたいと思うのである。

 さらに言えば、それはまた、死すべき人間が神を代表することから常に起こってくる組織の問題である、と言うこともできる。すなわち、死すべき人間はそもそもの定義からして神に達しえない存在であり、それゆえ彼らが神を代表しようとすると、常にいくらか間違ったふうにしか代表することができないのだ。それでも尚、人が一致して一つの神を崇拝しようとするとどうしても組織が必要になってくる。
 我々は既に、それが完全にはなされないとしても、完全性に達しようとする努力が人をどこまで高く飛翔せしめるかを、例えば<権力と栄光>の主人公の生き方の中に見ている。あるいは、決定論に関する章では、間違った代表の仕方が外部の人間にどんなふうに破壊的な影響を及ぼし得るかを。今一度考慮すべきは、人間に己れを代表することを許している神の側の責任という問題である。
 その組織は神を正しく代表していなかったのだと、人は言うかもしれない。だから悪いのは神ではない、あなたは考えを変えて神についてもう一度学び直さなくてはならないと。しかし、神は己れを正しく代表していない組織を野放しにしておいていいのだろうか? 人が神に対して誤解を抱き、それゆえ神を捨てる結果になるかもしれないというのに、それを是正する責任はないのか? あるいは、実際に神を捨ててしまったとしたら、神はその人に、あの組織は間違っていたからもう一度己れについて学び直せと、要求する権利があるのだろうか? その人がついに神を捨てるまでにはどれほど苦しんできたかを、神は本当に知っているのか? それは試みであったというのなら、そんなふうにして人を試みるなんて全くたちの悪い神だと、我々は考えてはいけないのか?
 このようにして神の沈黙は再び問題となってくるのである。

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Posted by う at 20:50Comments(0)創造的な不幸