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2010年08月31日

中島迂生ライブラリー

 中島迂生のオリジナル文筆作品です。
 

  愛蘭土物語(あいるらんどものがたり)目次 (左手カテゴリバーからもご覧いただけます)

 プロロヲグ http://ballylee.tsukuba.ch/c5836.html

 クレア篇1 エニスの修道士・・・クレアの州都の物語(劇団初演作品)

       千年前のアイルランド、若く美しい修道士と水の精の悲恋。

       普及版+原文  http://ballylee.tsukuba.ch/c3529.html

 クレア篇2 湖底の都・・・コロフィンの物語

       いけにえとして湖の底深く沈められた、ひとつの都、ひとりの汚れない乙女。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c3531.html

 クレア篇3 悪魔の庭仕事・・・石のバレン荒野の物語

       天地創造の頃の話、ひとつの美しい世界をつくり上げようとした悪魔の孤独な戦い。
 
       普及版 http://ballylee.tsukuba.ch/c5318.html

 クレア篇4 石垣の花嫁・・・いにしえのアイルランドの物語(劇団次作予定作品)

       勇敢で誇り高い王女キーナの姿を通し、二つの王国の盛衰を描く。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c3532.html

 クレア篇5 風神の砦・・・モハーの崖とアラン諸島の物語(劇団第2作作品)

       アイルランドの有名な地形の由来を語る。ひとときの弱さゆえに引き裂かれた約束、引き裂かれた大地。

       普及版+原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c3533.html       

 クレア篇6 哀しみの大岩・・・プルナブローンの物語
    
       アイルランドでもっとも有名な巨石遺跡の由来を描く。人間界に嫁いだ妖精の王女の悲劇。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c3534.html

 クレア篇7 マクガハンの妻の物語・・・ミルトン・マルベイの物語

       貧しい夫婦と石垣の妖精をめぐるドラマ。アイルランドの有名な村を舞台に描く。

       普及版 http://ballylee.tsukuba.ch/c5319.html

 クレア篇8 白い貴婦人・・・スリーヴ・エルバの物語

       永遠の命を得たものの、愛する人に会うことを許されずに彷徨いつづける貴婦人の運命。

       普及版 http://ballylee.tsukuba.ch/c5320.html


 ゴロウェイ篇1 ゴロウェイの勇者・・・ゴロウェイ湾の物語

       英雄の戦いと死をテーマに、しずかな湾と地名の由来を語る。

       普及版 http://ballylee.tsukuba.ch/c5342.html

 ゴロウェイ篇2 スピダルの赤い花・・・コネマラの海辺の村の物語

              美しい名馬をめぐる愛憎と駆け引きを描く、中世ロマネスクの人間ドラマ。

       普及版 http://ballylee.tsukuba.ch/c5878.html

 ゴロウェイ篇3 魔法使いの娘・・・コネマラの荒野の物語

       滅びゆく種族のさいごの抵抗と破滅を描く哀歌。 

              原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5877.html

 ゴロウェイ篇4 コネマラの華冠・・・コネマラの荒野の物語

       荒野の岩々やヒースの花が今に伝える、いにしえの妖精たちの戦いを描く。 

              原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c7229.html

 ゴロウェイ篇5 コリブの水の記憶・・・ゴロウェイの湖の物語

       アイルランドの大きな湖を舞台に、繰り返される侵略と征服の歴史を描く。

              原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5889.html

 ゴロウェイ篇6 12人の巨人・・・トウェルヴ・ベンズの物語

       コネマラの風光明媚な山岳地方のいわれを描く。

              原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c7228.html

 ゴロウェイ篇7 白い雌牛の島・・・イニシュ・ボフィンの物語

       幸福の国ティルナノーグの秘められた逸話。うら若い妖精の乙女を襲った悲しい狂気の物語。

              原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5948.html

 ゴロウェイ篇8 狼の女王・・・フィークルの物語

       東クレアの地をながく治めていた狼の女王と、あたらしくやってきた羊飼いの頭ゴメルとのしずかな戦い。        
 
              原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c6507.html
 
 エピロヲグ~エニス再訪~
     http://ballylee.tsukuba.ch/c7227.html

 瑛瑠洲物語(うぇーるずものがたり)目次

 ロウウェン篇1 太陽と4人の娘  

       北ウェールズの美しい谷を舞台に描かれる神話時代の物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c6971.html

 ロウウェン篇2 タリヴァンの雲男

       ロウウェン谷のタリヴァン山を舞台に、素朴でユーモラスな物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c6972.html

 ロウウェン篇3 コンウィイの霧の娘  

       コンウィイ湾にすむ霧の精霊がドラム山の神に恋をする。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c6973.html

 ロウウェン篇4 幻の雄鹿  

       己れのヴィジョンを追ってどこまでも突き進んだ猟師の男の物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c6974.html

 ロウウェン篇5 安らえぬ魂   

       この土地に古くから伝えられ、今も生きつづける2つの物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c6977.html

 ロウウェン篇6 オズモンド姫の物語  

       太陽との結婚を拒んだために高い山上の塔に幽閉され、ウェールズの守りの神となった乙女の物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c6979.html 


 オグウェン篇1 魔の山

       北部ウェールズのスノウドンにほど近い、トロヴァーンという山の物語。古い魔法とキリスト教との軋轢。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5147.html

 オグウェン篇2 兄弟石   

       弟を殺して呪いを受け、千年のあいだ世界中をさまよったすえに故郷の谷に戻って死ぬことを許された男の物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5890.html

 オグウェン篇3 常若の水の調べ  

       不毛の谷をみどりゆたかな森に変えてみせようと挑んだ川の神の物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5891.html

 オグウェン篇4 移り気な巨人  

       雲の動きひとつで豹変する山々、狭い岩の切り通し。理由のない悪意に憑かれた伝説の土地の物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5892.html

 オグウェン篇5 虹の乙女 

       罪のない遊び心のままに人を次々と死へいざなう美しい乙女の物語。

       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5893.html

 オグウェン篇6 異界の丘

       古くからウェールズに伝わる、取り替え子(チェンジリング)と万聖節イヴ(ハロウィーン)にからんだ迷信をめぐる物語。  
 
       原文 http://ballylee.tsukuba.ch/c5148.html



中島迂生のその他の文筆作品

 サングラスをかけたライオン http://ballylee.tsukuba.ch/c6554.html

 ジャングルの中で、象といっしょに暮らしてる7才の少女の物語。14才のときの作品です。ポール・オースターの<幽霊たち>を読んで、あんなふうな斬新な作品を書いてみたいと思って構想しました。
 はたちくらいのときに少し推敲してすっきりさせました。

 じゅずかけばと http://ballylee.tsukuba.ch/c6555.html

 これも14のときの構想。前半3分の1ほどはほぼ当時の文章そのままです。
 ハドソンの The Green Mansion や Little Child Lost がとても好きでした。
 ああいう神秘的で異教的な雰囲気が色濃く出ていると思います。

 潮騒のスケルツォ http://ballylee.tsukuba.ch/c6965.html

 2003年くらいに構想の小品。7年後に時を得て書きあがりました。
 近い雰囲気といえばマルグリット・デュラスでしょうか。

 ほかにも少しずつアップしていく予定です。

          **************************

 中島迂生の文筆作品は多数ありますが、このウェブサイトの中心であり、目下完成させようといちばん努力しているのは上にご紹介する<愛蘭土物語(あいるらんどものがたり)>・<瑛瑠洲物語(うぇーるずものがたり)>シリーズです。

 中島迂生はもともと作家志望です。 
 子供の頃から作家になりたいと思いつづけてきて、今でもそう思っています。
 好きな作家は色々な国にいます。とくにイギリス。
 自分を育ててくれた文学を、生み出してきたそういう国々、イギリスやアイルランドやそのほかの土地に、いつかは行こうと思いつづけてきました。

 はじめてじっさいに行ったのは2004年の夏のこと。
 そこで何に出会ったかというと、なかなか言葉では説明しづらいのですが…

 とくにウェールズとアイルランド、ケルトの地とよばれる当地で、私はそれまで経験したことのないような、たいへん強烈で、圧倒的なインスピレーション(文学上の)を受けたのです。
 行く先々で大地の霊が私に語りかけてきて、5千年前、1万年前にその土地で起こった物語を告げてくれるかのようでした。
 まるで空にスクリーンが張られて、映画のダイジェスト版のように次から次へとだーっとやってくるかのような。…あまりに圧倒的なので、少しこわくなったくらいです。
 けれどもそのとき、・・・これがそれなのだ、いつか自分が書くように定められていたもの、そのために自分が生まれてきた使命なのだ、というはっきりとした感覚を得たのでした。

 そんなわけで、ここに綴っている物語はすべて、誰かから聞いたとか、どこかで読んだというものではないので、分類上はオリジナルということになります。
 けれども、それらをただのフィクション、おとぎ話と言い切ってしまうことには、私は抵抗があります。
 ここに書いたとおりのかたちではないにせよ、なにがしかそのような出来事がかつてかの地において起こったということは、私には疑いのないことのように思えます。

 こう書くとなにか、怪しげなスピリチュアルなんとかみたいですが。
 でも、ほんとのことなのです・・・こういうふうにしか、説明のしようがないのです。
 当地では別にフシギなことでもないらしいのです。アイルランドで、やはり「物語がやってくる」と言ってたひとに会ったことがあります。

 ともかく、それから日本へ戻って以来、かの地で得た物語群を、私は書きつづけています。
 アイルランド篇とウェールズ篇とあわせて30章ほどあって、ほぼ完成しつつあります。
 掲載する絵・写真もすべて私の手になるものです。

 かの地でこうして自分が得たものを、はやく世に出さなくては、人々のもとに届けなくては、という思いが強くあります。
 はやく書き上げて、人々のもとに届けたい。
 そのために、これらの作品を出版できるところを探しています。
 お読みになって、興味を持ってくださった方がいらしたら、ぜひご協力をお願いできればと思っています。 

  

2013年11月30日

<創造的な不幸>文献一覧

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

引用・参考文献一覧、出てきた順


   EN ATTENDANT GODOT by Samuel Beckett 1952.
   <ゴドーを待ちながら> ベケット著 安藤信也・高橋康也訳 白水社 1990.
   THE INVENTION OF SOLITUDE by Paul Auster 1982.
   <孤独の発明> ポール・オースター著 柴田元幸訳 新潮社 1991.  John Ronald Reuel Tolkien
   <指輪物語>全6巻 J.R.トールキン著 瀬田貞二・田中明子訳 評論社 1972.
   THE GHOSTS by Paul Auster/Sun&Moon Press,1986.
   <幽霊たち> ポール・オースター著 柴田元幸訳 新潮社 1989. 
   <舊新約聖書> 日本聖書協会 1997.
   GEORGE STEINER’S THE PORTAGE TO SAN CHRISTOBAL OF A.H.by Christopher Hampton/Faber and Faber/first performed at the Mermaid Theatre in London on 17 February 1982.
   MOBY DICK by Herman Melville 1851.
   <白鯨> ハーマン・メルヴィル著
   フランツ・カフカ作品全集の第5巻(邦訳では第2巻)マックス・ブロートによる初版あとがきの中の<ある犬の研究>解説の項。テルアビブ、1946.<決定版カフカ全集2 ある戦いの記録・シナの長城> フランツ・カフカ著 マックス・ブロート編 前田敬作訳 新潮社 1992.
   Emily Dickinson(1830-86)
   <エミリー・ディキンスン 不在の肖像> 新倉俊一著 大修館書店 1989.
   「もし」断片49.
   「これらの瞬間は・・・」P-512 1862項。
   Ralph Waldo Emerson(1803-82)
   <日記> エマソン、1866.
   <夜と霧> ヴィクトル・E・フランクル著 霜山徳爾訳 みすず書房 1961.
   AGAPE AND EROS PARTI・Ⅱ by Anders Nygren
   <アガペーとエロース> 全3巻 アンダース・ニーグレン 岸千年・大内弘助共訳 新教出版社 1953-1963.邦訳では第2巻を2部に分けている。
   VINE’S EXPOSITORY DICTIONARY OF OLD AND NEW TESTAMENT WORDS 1981.vol3.p21,pp21,22.
   EXHAUSTIVE CONCORDANCE OF THE BIBLE GREEK DICTIONARY by James Strong 1890.
   BRIGHTON ROCK by Graham Greene 1938.
   <ブライトン・ロック> グレアム・グリーン著 丸谷才一訳 早川書房 1979.
   THE SCARLET LETTER by Nathaniel Hawthorne 1850.
   <緋文字> ナサニエル・ホーソン著 鈴木重吉訳 新潮社 1957.
   William Barkley 未詳
   NOVA GRAMMATICA LATINA 新ラテン語文法 松平千秋・国原吉之介著 東洋出版 1992.
   THE ORTHODOXY by Gilbert Keith Chesterton 1908.
   <正統とは何か> G.K.チェスタトン著 安西徹雄訳 春秋社 1995.
   SILENT SPRING by Rachal Carson/Houghton Mifflin;Cambridge Mass.:Reverside Press,Boston,1962.
   <沈黙の春> レイチェル・カーソン著 青樹 一訳 新潮社 1987.
   WHEN THE WIND BLOWS by Raimond Briggs/Hamish Hamilton Ltd.G.B.1982.
   <風がふくとき> レイモンド・ブリッグス著 さくまゆみこ訳 あすなろ書房 1998.
   THE POWER AND THE GLORY by Graham Greene/William Heineman Ltd.Londdn.1940.
   <権力と栄光> グレアム・グリーン著 斎藤数衛訳 早川書店 1980.
   WALKING by Henry David Thoreau
   <ウォーキング> ヘンリー・デイヴィッド・ソロー著
   SYGDOMMEN TIL DODEN by Soren Kierkegaard 1849.
   <死に至る病> キルケゴール著 斉藤信治訳 岩波書店 1939.
   <使徒的人間-カール・バルト> 富岡幸一郎著 講談社 1999.
   <ドイツ教会闘争の展開> 雨宮栄一著 日本基督教団出版局 1980.
   SONG OF MYSELF by Walt Whitman
   POCKET BIBLE HANDBOOK An Abbreviated Bible Commentary by Henry H.Halley/初版 1924 第?版 1964.
   <聖書ハンドブック ハーレイ> 聖書図書刊行会 1953.

   HOPE AGAINST HOPE by Nadezhda Mandelstam/Atheneum Publishers N.Y.1970.
   <流刑の詩人・マンデリシュターム> ナジェージダ・マンデリシュターム著 木村浩・川崎隆司訳 新潮社 1980.
   MARDI by Herman Melville 1849.
   <マーディ> ハーマン・メルヴィル著
   REINE UND ANGEWANDTE SOZIOLOGIE,EINE FESTGABE FUR FERDINAND TONNIES ZU SEINEM ACHTZIGSTEN GEBURTSTAGE by Karl Lowith 1936 収録の ZUR PROBLEMATIK DER HUMANITAT IN DER PHILOSOPHIE NACH HEGEL
   <キルケゴールとニーチェ> カール・レーヴィット著 中川秀恭訳 未来社 1967 収録の<ヘーゲル以後の哲学に於ける人間性の問題>
   Aleksandr Isaevich Solzheniysyn
   <エピクテートスとモンテーニュとに関するパスカルとサシとの会話> パスカル著 前田陽一訳 創元社 1948.
   AMERICAN LITERATURE AND CHRISTIAN DOCTRINE by Randall Stewart/Louisiana State University 1958.
   <アメリカ文学とキリスト教> ランダル・スチュアート著 刈田元司訳 北星堂書店 1958.
   COLLECTED ESSAYS IN LITERARY CRITICISM by Sir Herbert Edward Read/Faber and Faber,London,1951.
   THE LIBERAL IMAGINATION:ESSAYS ON LITERATURE AND SOCIETY by Lionel Trilling/Harcourt Brace Jovanovich,1978.
   THE LETTERS OF HENRY JAMES ed.by Percy Lubbock/Scribner’s Sons,N.Y.,1920.
   Blaise Pascal(1623-62)
   <神の恩寵なき人間の惨めさ> パスカル著 前田陽一編
   <私のアメリカ論>第1部-第3部 留守晴夫著 <月曜評論>1996年1月5日/15日号・同3月25日号・同6月25日号掲載 月曜評論社
   Helmut Richard Niebuhr
   リチャード・ニーバーの同志社大における講演
   ホーソンの短編 未詳

   PARADISE LOST by Jhon Milton 1667
   <失楽園> ジョン・ミルトン著
   NEW AND SELECTED ESSAYS by Robert Penn Warren/Random House,N.Y.,1989.Hawthorne Revisited-Some Remarks on Hell-firedness の章。
   SELECTED ESSAYS by Robert Penn Warren/Random House,N.Y.1958.
   <現代アメリカ作家論> ロバート・ペン・ウォレン著 高橋正雄・武市楯夫訳 南雲堂 1966.
   <存在の耐えられない軽さ> ミラン・クンデラ著 千野栄一訳 集英社 1993.
   ウィリアム・フォークナーのノーベル文学賞受賞演説 ストックホルム,1950.ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン・ブック・レビュー誌(1951)掲載。フォークナー全集27 大橋健三郎・藤平育子・林文代・木島始訳 冨山房 1995.収録。
   THE END OF THE AFFAIR by Graham Greene 1951.
   <情事の終り> グレアム・グリーン著 永川玲二訳 早川書房 1979.<グレアム・グリーン全集12>
   AVETE PERSEVERATO CON ME NELLE MIE PROVE--Riflessioni su Giobbe-- by Carlo Maria Martini S.J.Archbishop of Milan/Centro Ambrosiano di Documentazione e Studi Religiosi,Milano,1990.
   <ヨブ記の黙想 試練と恵み> カルロ・マリア・マルティーニ著 今道瑤子訳 女子パウロ会 1991.
   LULU ON THE BRIDGE by Paul Auster
   <ルル・オン・ザ・ブリッジ> ポール・オースター著 畔柳和代訳 新潮社 1998.
   <ユダヤ戦記> ヨセフス著
   <初期の教会と世界> C.J.カドゥー著
   St.Augustine’s CITY OF GOD by J.W.C.Wand
   <J.W.C.ワンド編 アウグスティヌス 神の国> 出村彰訳 日本基督教団出版局 1968.
   DIPLOMACY by Henry Kissinger/Simon&Schuster,N.Y.1994.
   <外交> ヘンリー・キッシンジャー著 岡崎久彦監訳 日本経済新聞社 1996.
   THE WHITE JACKET by Herman Melville 1850.
   <ホワイト・ジャケット> ハーマン・メルヴィル著
   CITY OF GLASS by Paul Auster 1985
   <シティ・オヴ・グラス> ポール・オースター著 山本楡美子・郷原宏訳 角川書店 1989.
   PATRIOTIC GORE:STUDIES IN THE LITERATURE OF THE AMERICAN CIVIL WAR by Edmund Wilson/Andre Deutsch,London,1962.
   <愛国の血潮> エドマンド・ウィルソン著 中村紘一訳 研究社出版 1998.
   THE IDEA OF A CHRISTIAN SOCIETY by Thomas Stearns Eliot 1939
   <キリスト教社会の理念>(とその原注) T.S.エリオット著 中橋一夫訳 エリオット全集第5巻 訳者代表 深瀬基寛 中央公論社 1960.
   MARY CHESNUT’S CIVIL WAR by Mary Chesnut,ed.by C.Vann Woodword/Yale University Press,1981,p245.
   <メアリ・チェスナットの日記> 

   INTRUDER IN THE DUST by William Faulkner 1948.
   <墓場への闖入者> ウィリアム・フォークナー著 加島祥造訳 早川書房 1951.
   ABSALOM,ABSALOM! by William Faulkner 1936.
   <アブサロム、アブサロム!> ウィリアム・フォークナー著 高橋正雄訳 講談社 1998.
   THE LEGACY OF THE CIVIL WAR by Robert Penn Warren/Harvard University Press,Cambridge,Massachusetts,1983,c1961.
   <南北戦争の遺産> ロバート・ペン・ウォレン著 
   THE NECK OF THE GIRAFFE OR WHERE DARWIN WENT WRONG by Francis Hitching/Pan Books Ltd.1982.
   <キリンの首--ダーウィンはどこで間違ったか> フランシス・ヒッチング著 樋口広芳・渡辺政隆訳 平凡社 1983.
   <善悪の彼岸> フリードリヒ・ニーチェ
   PIERRE,OR,THE AMBIGUITIES by Herman Melville 1852.
   <ピエール> ハーマン・メルヴィル著 坂下昇訳 東京図書刊行会 1999.
   <悲劇の死> ジョージ・スタイナー著 喜志哲雄・蜂谷昭雄訳 筑摩書房 1995.
   <カラマーゾフの兄弟> ドストエフスキー著
   THE HIDDEN GOD:STUDIES IN HEMINGWAY,YEATS,FALKNER,ELIOT,AND WARREN by Cleanth Brooks/New Haven:Yale University Press,1963.
   A THING OF BEAUTY by Charles Kray
   カール・バルト<ローマ書>第5章「恩寵」
   FRYGT OG BOEVEN,DIALEKTISK AF JOHANNES DE SILENTIO by Soren Kierkegaard/デンマーク語全集第2版第3巻65-187ページ,A.B.ドラクマン校訂
   <キルケゴール著作集5 おそれとおののき・反復> 桝田啓三郎・前田敬作訳 白水社 1962.
   LE MYTHE DE SISYPHE by Albert Camus 1942.
   <シーシュポスの神話> アルベール・カミュ著 清水徹訳 新潮社 1969.
   L’ETRANGER by Albert Camus 1942.
   <異邦人> アルベール・カミュ著 窪田啓作訳 新潮社 1954.
   <ドストエフスキー全集10 悪霊 下・永遠の夫> 米川正夫訳 河出書房新社 1970.
   PORCELAIN GODS(楽曲) by Paul Weller/STANLEY ROAD 収録/Canion PCCY-00601 1995.
   ALL THE KING’S MEN by Robert Penn Warren/Harcourt Brace,N.Y.1946
   <すべて王の臣> ロバート・ペン・ウォレン著 鈴木重吉訳 白水社 1966.
   (但し、本文中の引用は、AMERICAN LITERATURE AND CHRISTIAN DOCTRINE by Randall Stewart 中の引用部分の刈田元司による邦訳による)
   IN THE COUNTRY OF LAST THINGS by Paul Auster/Viking Press,1987.
   <最後の物たちの国で> ポール・オースター著 柴田元幸訳 白水社 1994.
   WAITING FOR THE END-THE CRISIS IN AMERICAN CULTURE AND A PORTRAIT OF TWENTIETH CENTURY AMERICAN LITERATURE by Leslie A.Fiedler/Stein and Day,1964.
   <終わりを待ちながら> レスリー・A・フィードラー著 井上謙治・徳永暢三訳 新潮社 1972.
   <シェイクスピア名言集> 小田島雄志選・著 岩波書店 1985.
   THE WORLD IT GOES by Voltaire
   THE LETTERS OF HENRY JAMES ed.by Percy Lubbock/Scribner’s Sons,N.Y.1920.
   JOURNEY INTO RUSSIA by Laurens Van Der Post 1964.
   <ロシアへの旅> ロレンス・ヴァン・デル・ポスト著 佐藤佐智子訳 平凡社 1974.
   LA STRADA(映画作品) by Federico Fellini
   <道> フェデリコ・フェリーニ監督 ジュリエッタ・マシーナ/アンソニー・クイン/カルロ・ポンティ/ディノ・デ・ラウレンティス 1954.
   THE GRASS HARP by Truman Capote/Random House,N.Y.1951.
   <草の竪琴> トルーマン・カポーティ著 大沢薫訳 新潮社 1993.
   BREAKFAST AT TIFFANY’S by Truman Capote/Penguin Books,London,1961.Random House Inc.
   <ティファニーで朝食を> トルーマン・カポーティ著 龍口直太郎訳 新潮社 1968.
   BERAKFAST AT TIFFANY’S(映画作品) ブレイク・エドワーズ監督 オードリー・ヘップバーン/ジョージ・ペパード,1961
   A STUDY IN SCARLET by Sir Arthur Conan Doyle/Beeton’s Christmas Annual掲載,1887.
   <緋色の研究> コナン・ドイル著 延原謙訳 新潮社 1953.
   POLITICAL CORRECTNESS:FOR AND AGAINST by Marilyn Friedman and John Narveson/Lanham,Md.:Rowman&Littlefield,1995.
   THE FUNCTION OF CRITICISM,1923/TRADITION AND THE INDIVIDUAL TALENT,1919/RELIGION AND LITERATURE,1935 by Thomas Stearns Eliot
   <文学と文学批評> T.S.エリオット著 工藤好美訳 南雲堂 1960.<伝統と個人の才能><批評の機能><宗教と文学>収録
   「例えキリストが間違っているとしても・・・」 ドストエフスキー、プーシキン記念講演、1880
   THE LIBERAL IMAGINATION:ESSAYS ON LITERATURE AND SOCIETY by Lionel Trilling
   「ニーバーやシュトラウスなんかくそくらえ・・・」
   MELVILLE LOG vol2 by Jay Leida/Gordian Press,N.Y.,1969,p551
   COLLECTED ESSAYS IN LITERARY CRITICISM by Sir Herbert Edward Read/Faber and Faber,London,1951.
   <文学批評論> ハーバート・リード著 みすず書房 1985.
   THE CRITICAL RESPONSE TO NATHANIEL HAWTHORNE’S THE SCARLET LETTER edited by Gary Scharnhorst/Greenwood Press 中の Modern Criticism の章収録,THE MAGNA MATER ARCHETYPE IN THE SCARLET LETTER by Robert E.Todd/New England Quarterly,45(1972),421-429
   STUDIES IN CLASSIC AMERICAN LITERATURE by D.H.Lawrence/Viking,N.Y.1964.pp83-99
   OPYT ESCHATOLOGUICHESKOY METAPHIZIKI(Tvorchestovo i Objektivizacia) by Nikolai Aleksandrovich Berdyaev/Y.M.C.A.Press,Paris,1947 の R.M.Frenchの訳による英訳,THE BEGINNING AND THE END,ESSAYS ON ESCHATOLOGICAL METAPHISIC(Creation and Objectivisation) by Nicolas Berdyaev/New York and Evanston(Harper&Row)1957.
   <始原と終末-終末論的形而上学の試み> ニコライ・ベルジャーエフ著 峠尚武・的場哲朗訳 行路社 1985.
   DIE AUFZEICHNUNGEN DES MALTE LAURIDS BRIGGE by Rainer Maria Rilke/Frankfurt am Main Insel Verlag,1982,c1910.
   <マルテの手記> リルケ著 大山定一訳 新潮社 1953.
   <マリ・クレール>日本版 角川書店 1999年11月号
   <彫刻家の娘> トーベ・ヤンソン、冨原眞弓訳、講談社、1991
   <フランス田園小説集> ジョルジュ・サンド、篠田知和基訳、岩波、1988
   <ケルトの薄明> W. B. イェイツ、井村君江訳、ちくま文庫、1993                  
                                   
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2013年11月30日

創造的な不幸-25-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-25- 結び


 彼ら、キリスト教の色彩を色濃く落とす作品たちが、実際にキリスト教的であるかという点になると、いかに多くの仕方で道を踏み外してきたかを見るとき--単に書き手と読み手双方の時間と注意力をいたずらに浪費するという仕方のみならず、あるいは神とカエサルとの混同を基盤にものを語るという仕方で、あるいは書き手自身が神を信じられず、神でないものを神の位置に置くことによって神の唯一性やイモータリティーの概念を辱めるという仕方で、あるいは意識的また無意識的に反キリスト教的な価値を持ち込み、それを称賛さえし、あるいはキリスト教的な価値と反キリスト教的なそれとの区別を曖昧にするという仕方で--そういう有り様を見るとき、神を選び取れないでいた頃のAは、深い悲しみと絶望に襲われたものだった。
 一体どうして、かくも偉大な文学を、神は受け入れることができないのか? と言うのは、神を捨てたら捨てたで、文学はまた別の問題に苦しむことになるからだ--悪に対する無力さ。
 宗教は、少なくとも論理的には、この世界の悪や苦悩を克服することができる。だからこそそれは、それに身を捧げる者に清い良心を約束する。「視よ、今われは知る、前に汝らの中を歴巡りて御国を宣伝へし我が顔を、汝ら皆ふたたび見ざるべきを。この故に、われ今日汝らに証す、われは凡ての人の血につきていさぎよし」--Act20:25,26
 しかし、文学には、そんなふうに言うことができないのだ。だから、それに携わる者は、言い訳ができない。文学は、神を捨てるなりこの世の悪に直面し、例のチェスタトンの言葉が真実であるのを見い出す--
「当時の若者の例に洩れず、私もスインバーンの詩句を愛誦したものだった。スインバーンが信仰のもの憂さを突いた一句など、喜びに身をふるわせて口ずさんだものである。
 おお、色蒼ざめしガリラヤ人よ、汝はこの世を征服しつくした。
 汝の言葉に世界は今やことごとく灰色に閉ざされ果てたのだ。
けれども、この同じ詩人が・・・異教世界を描くのを読んでみると、私も妙なことに気がつかざるをえなかった。世界は、『ガリラヤ人』がこの世に言葉を宣べ伝える前から、さらにいっそう灰色だったという印象しか得られなかったからである」--<正統とは何か>
 そして文学は知るようになる、この世界を動かしている力が、ほとんど神と同じくらい残酷で、非合理で、情け容赦ないことを。
 ここにおいてAは再びオースターの絶望の場面に立ち戻り--「彼はこれ以上進めない」--そこから一歩も歩き出せないでいる自分を見い出す。

           *            *

 苦悩のうちにあって、Aは自分の子供時代をひどく羨んだものだった--創造による己れの世界を、確として持っていた子供時代を。その頃のAはミューズの恩寵を受けて自信に満ちていて、自分はずっとこんなふうに書いてゆけるのだと確信していた。
 しかし、同時にAは思い出す。その頃のAが持て余していた、世界に飛び出していきたい、世界を見たい、世界を知りたいというはち切れそうな衝動。当時のAの精神性そのものが、必然的に今のAの迷いと無力さに通じていたのだ。
 Aは自分の創造した世界が形而上学的な悲しみと苦悩に汚されることを拒絶してきた--ところが、その書き手自身が、それらに避けがたく染まってしまったのだ。今となってはどうしたものだろう--Aは自分の創造した世界から追い出されてしまったのだから。
 結局のところ、今までは神が形而上学的問題の一切を引き受けてくれたので、Aはそれらを自分の世界に持ち込まずにすんできたのだ。神の権威はAの世界を抑圧したが、一方でAの世界がかくあるために本質的な役割を果たしていた。それにまた、神の権威に脅かされてこそ、Aの世界はそれに負けじとしてますます力強くはばたいたのかもしれなかった。Aが神を捨てたとき、Aは敵を失ったのかもしれなかった。
 知識の苦い木の実をひとたび味わった者は、二度と後には引き返せない。今やこれが最大の問題となってくるのだ。すなわち、神を捨てたあと、文学は一体何を生み出したらいいのか--悪と苦悩に満ちたこの世界にあって?

 ベルジャエフは、人の創造性と神の目的との調和を、良心に一点の曇りもなく信じることのできた幸福な人だった。彼の信念によれば、人の創造性はこの世を罪に定め、よりよき世界の到来を求めている。それは神の聖霊と共働してこの世を終わらせ、神の国をもたらすのだ。それゆえに彼にとって、創造性は神の似姿の持つ最大の特長であり、従って全き善である。それはかたちを成してこの世に現れる過程で不幸にも歪められてしまうことが多いが、それにもかかわらず、その本質は神に属するのだ。それゆえに彼は確信に満ちて宣言することができた--「ギリシャ悲劇、レオナルド、レンブラント、ボッティチェルリの絵、ミケランジェロの彫刻、シェイクスピアの劇、ベートーヴェンの交響曲、トルストイの小説、プラトン、カント、ヘーゲルの哲学思想、パスカル、ドストエフスキー、ニーチェの創造の苦しみ、自由を求めて、また社会生活において真なるもの、正しいものを求めての探究--すべて神の国に入るものである」<始原と終末--終末論的形而上学の試み>
 ああ、そんなふうに思えたらどんなにいいだろう! しかし、我々の神はそんな寛大な神ではない。我々はカナンの偶像がどんなに美しかったかについて多くを知らないが、神はそれらについてこう命じているのだ--「必ずやそれを打ち倒し、その聖柱を打ち崩せ」--Ex23:24
 それゆえにまた必ずや、神はミューズ崇拝をも容赦すまい。

 正しいことと好きなこととが一致しないのを、一体我々はどうしたものだろう。
 神に対する問い--怒りとともに。
 一体どうして、このただ一つの生き方によってしか世界の救いに寄与しえないのか。どうして、一つの方法によってしかこの非情な世界に抗しえないのか。神の代わりに何か別のものを愛し、そのために生きるのではだめだというのは、一体なぜなのか。
 神を選び取れずにいた頃のAが、いちばん恐れていたのは、己れのインディサイスィヴゆえに結局なすべき務めを果たせずにしまうかもしれないということだった--つまり、さっさと決定を下して神に仕える人生を送っていれさえすれば救えたはずの魂が、みすみす失われてしまうかもしれないということだった。「人の子の臨在までにあなた方がイスラエルの諸都市をまわり尽くすことは決してないであろう」
 けれど、A自身がそんなふうにして救われたいとは、どうしても思えなかったのだ。自分のやりたいことを捨ててまで、救ってもらいたいとは思えなかった。「あなた方は断念せよ。私が神であることを知れ」Ps46:10
 いや、それでもAは断念したくなかった。

          *            *

 リルケの<マルテの手記>の最後の部分を読んでいたとき、Aは自分がかつて、なぜあれほどホリーの物語に惹きつけられたのかを理解する。Aがそこに、無意識的にそのアーキタイプを見いだしていたもの--それは放蕩息子の物語だったのだ。
 けれども、ホリーは神のもとへ帰らなかった。Aも帰らないだろう。

           *            *

 しばらくの間--かなり長いこと--Aは暗闇の中に横たわったまま、起き上がることができなかった。そうやって、ずいぶん多くの時間をむだにしてしまった。けれど、人間はいつまでも、無限に絶望していることはできない。人間の精神は、そんなふうにはできていない。多くの時間が過ぎ、それからようやく少しずつ明るくなってきて、やがて灰色の夜明けが訪れる。
 そしてある日、ついにそれが起こる--世界がかつてのように、まばゆい色彩を放って輝き始めるのだ。書かれるべきものは、それでも尚、たくさんあった。その日を境に、あらゆるものが再び、いっせいにAに向かって語り始める。
 あらゆるものがインスピレーションの源だった。Aは立ち上がって両腕を広げ、胸いっぱいに世界を呼吸する。すると、Aの胸に願いがわき上がる、その激しさにAを圧倒せんばかりになる--もう一度、ものを書き始めたいという願いが。Aはかつて自分が書いたものを手に取って読んでみる--例えば中学生のときに書いた小説などを--そして知る、今の自分がその頃の力量にも達していないのを。Aはまだ病み上がりで、筆を取ってみてもかつてのような感覚が戻ってこないのだ。けれど、それはいずれ戻ってくるだろう--ミューズが降りてくるときのあの感覚は。これからなすべき仕事について、もはやためらいはなかった。あの頃よりも技量は衰えたかもしれないが、Aには今や、あの頃の自分の<文学>に何が欠けていたかが分かるのだ。というのは、こうしてAはやっと知るようになったからだ--自分の出会ってきたもの書きたちが表現しようとしたことの、本当の意味。
 その依り処の定義もそっちのけにして、ともかくも道徳的努力の必要性を主張したフランクル。
 全く反対方向に向かう、二つの精神性の英雄的努力を同時に描いたホーソン。 相手が神だろうが自然だろうがこの世の諸悪だろうが、とにかく体ごとぶつかってゆく個人の尊厳を描くことが至上命題だったメルヴィル。
 「勇敢な者には決して何も起こらない」ことを可能にしようとして、あるいは半ば可能にしようとして奮闘したヘミングウェイ。
 人間の努力というものが最大の価値だと考えたウォレン。
 人間の勝利を信じたフォークナー。
「人間が不滅であるのは、人間には魂が、憐れみを感じ、犠牲的精神を発揮し、忍耐することのできる精神があるからなのです。詩人に、作家に課せられた義務は、こうしたものについて書くことなのです。人の心を高めることによって、人が耐えることの手伝いをすることが・・・」
 フォークナーは、神の見地からすれば正しくなかったかもしれない。しかし、いかに真実であったことか! というのは、彼らはもはや、神がヒキガエルと我々のどちらにより似ているかなんてことを問題にはしないからだ。彼らにとっては、神を捨てるも神に捨てられるも大して変わらなかった。神は失われてしまい、いまだ見つかっていない。
 けれども彼らは、そんなことで戦いをやめるわけにいかなかったのだ。人間は、この非情な世界にあっても努力し続けることは可能であり、またそうしなくてはならないこと--Aが彼らからまず学ぶべきは、このことだったのだ。

           *            *

「人間は誰でも、戦争や病院や牢獄のようなところですべてが揺り動かされる時期を経験するものだ。・・・生き延びたら、必ずもう一度仕事を再開しなければならない」--レオス・カラックス

 これから成し遂げたい仕事はどっさりある、Aはそのうちのどれだけを成し遂げることができるだろうか。
 好きなものと正しいものとが一致しないとき、それはもう、どうしようもないことなのだ。好きでもないのに、それが正しいからというので正しい方を選び取ったって、絶対に立ち往かない。それは言い訳せずに引き受けるべき宿命なのだ。我々は好きなものを取ったなら、それに伴うあらゆる不都合と困難とを黙って受け入れて、まっすぐに進んでゆかなければならない。
 それは神に是認されない、それは絶対的な正義と調和しない。けれどもそれを貫くこともまた一つの精神的努力であり、そして神を愛せない場合には、それは人が非情な世界に抗するただ一つの手段なのだ。

 そう、結局のところ、人は自分の好きなようにしか生きられない。そしてそのために、意味や救いや神の是認を失ったとしても、それが何だろう? なぜなら、Aは長い間自分を欺き続けてきたけれど、結局のところ、かつて一度も神を愛したことなんかなかったからだ。Aと同じように迷い苦しんだ末、最終的に神の側を選んだ仲間たちは言う--自分はやっぱり神を愛していたから、と。Aは神を愛していなかった。

 文学とは新しい世界の創造であるなら、Aにとって、反キリスト教的文学とはゾラ、ボードレール、ニーチェではなかった。それらは実に、クマのプーさん、指輪物語、ムーミン全集--あの愛すべき児童書たちだったのだ。
 後になってAはミルンが無神論者であることを知って、驚かなかった。<クマのプーさん>の世界に神はいない。子供心にも、それははっきりと感じ取れた。トールキンについては今さらである。
 特にムーミンは危険だった。その世界精神は、はっきりとキリスト教を無視しているからだ。ムーミン谷は、アガペーなしに立ち往く世界なのだ。そこに形而上学的問題や、道徳的葛藤があるとしても、それらはいつでも人間的努力によって戦われ、人間的解決がもたらされる。それは神の必要性を頑強に拒んでいる。
 ところがAは何にも増してそういう世界を--あの独特な<感じ>を愛してきた。それゆえ神の側を選んだとき、ムーミン全集は、Aがいちばん最初に、永久に放棄しなければならなかった犠牲の一つだったのだ。
 長いときを経て再びそれを手にしたとき、それはAに奇妙な感じを与えた--間に死をはさんで再び生を受けたような、不気味な違和感だった。けれどもひとたびページを開いてみると、Aは再びそれを読み返す必要のないことを知った。何度も何度も読み返したその文章は、Aの記憶の底に拭いがたく刻み込まれていて、本当は、一句たりとも忘れられてはいなかった。
 <彫刻家の娘>、あるいはポスト・ムーミンの短編群に見られる、彼女の若き日の、キリスト教をめぐる内的葛藤。
 自分はムーミンにおいて、人が子供から大人に成長する過程で切り捨ててきた<余剰>を描こうとした--という意味のことを、かつてヤンソンは語っている。それはAにとって、世界がキリスト教を受け入れてゆく過程で切り捨ててきたものをもまた象徴しているように思われた。抑圧され、迫害され、周辺に追いやられてきたものたち。あるいは秘かに存続することを許され、ときには真ん中にとどまることを許されさえしたものの、差し引かれた尊厳しか与えられてこなかったものたち。ノートルダムの屋根の上で物憂げに頬杖つく怪物たち。サグラダ・ファミリアの明らかな異教性。古代や中世の教会彫刻のグルゴイユや、何とも形容しがたい奇妙な生き物たち。アイルランドやウェールズの伝説、北欧のサーガ、ロシアの民話--神が自分自身以外には認めてこなかった、曖昧性、不可知性、訳の分からなさ、変幻自在、夢まぼろし、薄暗がりや暗黒を体現するものたち。
「ギリシャ人やローマ人は陽気な想像力を持っていた。彼らは木々や水や牧場を楽しい神々でいっぱいにした。そういった恵みの力を暗くしたのが中世である。カトリック教は信仰を根絶やしにすることはできなかったので、せいぜいそれらを醜悪にし、悪霊や獣にした。物質を表象するものに対する信仰から人々を遠ざけるためだった。」――ジョルジュ・サンド
「アイルランドの異教の神々が、崇拝も供え物も奪い取られて、一般の人々の想像の中でしだいに小さくなっていき、ついに妖精になってしまったとき・・・」――W. B. イェイツ

 日本で言えば、柳田邦男や宮澤賢治の世界--あと、明らかに能の世界。大理石の模様のように移り変わる空や、古代の森--人を脅かし、圧倒する存在としての自然。Aが本当に好きだったのは、断然、こういうものたちだった。
 そして、こういうものたちというのは、大人に対してよりも子供に対しての方がさらに巨大で、不気味な混沌と目もくらむように鮮やかな色彩に満ち、驚異と力に満ちている。というのは、子供たちは大人たちが知らないよりも、さらに一層知らないからだ。児童文学がしばしば異教の豊かさを持っているのは、そういう感情を表現しようとしているからなのだ。
 さらに積極的な要素--例えば、ただ現在だけに、激しく生きることの喜び。世界は美に囲まれている。誰にだって、時々はそういう観念が訪れる--美に対して目を開かれた、幸福な瞬間には。悪に脅かされたこの世界にあって、そういうものに対する鋭い感覚を失わずにいることもまた、精神的努力を要する一つの技術だった。そして、この種の感覚がすぐれて見い出されるのも、とりわけ児童文学の中においてであった。

           *            *

 文学は神と調和しない。創造性はベルジャエフが信じたように、聖霊と一体となってこの地に神の国をもたらすために働いたりしない。それはモータルなこの世界に属しているのだ。同時にそれは、それ自体の力によって世界を悪や苦しみから救うこともできない。
 そんなこと、分かっている。始めから分かっていた。けれど、もうそんなことで書くのをやめたりしない。なぜなら、ものを書くとは一つの生き方だからだ。すべてをかけて貫くべき、一つの生き方なのだ。
 というのは、Aは知るようになったからだ--重要なのは文学がそのために生きるだけの価値を持っているかどうかではなく、自分自身が、文学のために生きるだけの強さを持っているかどうかなのだということを。
 いろんなことがあった--幾つかの新しい概念との出会いがあり、幾つかの恋があり、幾つかの心惹かれる別の分野もあった。けれど、最後にはいつだって、理屈ではなくて愛が勝利する。それゆえ、Aはかつて愛したもののもとへと戻っていった。否、ものを書くという仕事はAにとって、愛する恋人のようなものですらなかった。それは懐かしの我が家だった。
 収容所から解放された人々が、それまでにどんな苦しみを忍び、何を経験し、どんなふうに変わってしまったとしても、どんな恒久的な障害を背負わされたとしても、ともかくも自分がもといた家をまず目指して、それ以外のところに帰ることなんか考えもしないように、それがどんなぼろ家であろうと、空襲で壁が崩れ落ちてしまっていようが、暴徒によって一切合財持ち去られてしまっていようが、家族が死んでしまっていようが、それでも尚、ともかく自分の家目指してまっすぐ帰ってゆくように、Aもまた一切のごたごたと瓦礫の山をのりこえ、過ぎ去った長い年月と、その間にあったあらゆる出来事を敢然と無視して、昔愛していた世界へ、一直線に戻っていった。
 もう一度、そこから始めるために。
「別れではなく もっと強くなって 君を愛しにいくよ」という歌にあるように。

           *            *

 Aが子供の頃、神の不可侵や献身という概念を踏み越えて、その向こう側からこっちを眺めることなど決してないだろうと思っていた。けれども同時に知っていた、いつの日か--考えるだけでも眩暈を覚えたが--いつの日か、この巨大な暗黒に、知性の剣をもって決闘を挑まねばならないことを。
 それは冒瀆的な夢想だった、けれどもそれはまた、必然の宿命だったのだ。そして今、ここに、Aはやっとそれを果たしたわけだった--多くの時間を費やし、そして、無傷ではすまされなかったが。
 フランクルの書物を読む者は、彼がしばしば幸福というものを二つの種類に分けていることに気づく。すなわち、享受的な幸福と、創造的な幸福とに。そして我々は経験に照らしてみて、たしかにそのように類別できることに思いあたるのである。そして恐らくは、後者の方がより力強く、持続性を持つものであることにも。
 Aは今、不幸もまた同じ二つの種類に分けられるのではないかと考えるのである。すなわち、フォークナーの作品に出てくる敗北主義者たちのように、あらゆる努力を放棄し、不幸の惨めさが自分を形作るままになっている受動的な不幸と、うちひしがれ、あるときはもはや立ち上がれないと感ずるまでに苦しんでも、それでも尚戦い続ける創造的な不幸とに。Aは自分の経験が後者のようであることを願った。それゆえ、Aはこの書物を書き上げることを願ったのである。
 いまこうして振り返ってみると、この書物を書くために読むべきだった本のうち、読んだ本より読まなかった本の方が、書くべきだったことのうち、書けた事柄よりも書けなかった事柄の方がはるかに多いことが分かる。けれどもどういうわけか、この事実はAに大きな慰めと安らぎを与えるのだ--丘の上に立って巨大な星空を眺めたときに、自分がいかにちっぽけな存在であるかをつくづくと感じるときのように。
 というのは、Aにとって、この書物においてやってきたようなことは「書く」ことではなかった。苦しんだり、考えたり、研究したり、結論を出したり、それを記録したりするのは「書く」ことではなかった。
 Aにとって「書く」とは常に、創造することであり、それ以外の何物でもなかったのだ。いつだって、創造すること以上の価値を、他のどんなことにも認めたことはなかった--ただ一つ、神に仕えることを除いては。

------------------------------   
中島 迂生 著
1999年 12月

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2013年11月30日

創造的な不幸-24-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-24- 沈みかけた船・エリオット論


 そしてまさにこれが、形而上学的問題を事とする「キリスト教文化圏の」文学に親しめば親しむほどに、Aがどうしても払拭できなかった違和感の由来なのだ。
 すなわち、おしなべて彼らの文章には、この世に腰を据えて勝負していこうという姿勢が明らかなのである。しかし、神の側に立ちながら尚この世に腰を据えて勝負するなんてことは、きわめて反キリスト教的な仮定--つまり、所詮終末なんてやって来はしないのだという仮定のもとにしかできはしないではないか。正統的な、つまり終末論的なキリスト教にあっては、文学をやることそのものが、内容どうこうではなく、文学それ自体がすでに罪なのである。なぜか? なぜなら、それは時間を取るからだ。
 キリスト教にあっては、黙示録の巨人が断言したように、「もはや時間はない!」のだ。時間は、つまり、この世が存続を許されている時間、あと幾人かでも救い出して神の側に導くことのできる時間は、常に尽きようとしているのである。キリスト教にあっては、この世は常に、今にも沈みかけている巨大な船の如くである。たとえそれが過去二千年間沈みかけ続けているとしても、それは今でもやはり沈みかけているのだ。
 そういうときになすべき人の務めとは、言うまでもなく、乗客全員のドアを片っ端からガンガン叩いてまわって事情を説明し、ともかくも救命ボートにひっぱりこんでやることである。悠長にカッサンドラの詩集を取り出して現代風にアレンジしてやろうなんて考えるのは、気違い沙汰だ。しかるに、「キリスト教文学」がやろうとしてきたのは、まさにそれである。
 そう、ともかく危機が迫っていて、たくさんの人々の命が危険に曝されているのだ。ここは文学によってキリスト教理念を敷衍しようと呑気に構えている場合ではない。それゆえ終末論は物書きに対しても、詩だの批評だのにかかずらっているより、さっさと出掛けていって神の王国を宣べ伝えるべきことを指し示す。従って、もし文学なるものの役割が一国の文化を支えることにあるとすれば、キリスト教徒にとってそんなものはほとんど存在意義を持たないことになる。なぜなら、真のキリスト教徒はただ神の意志がなされることにのみ心を傾けるのであって、いかなる国家の存亡にも、いかなる文化のあり方にも、いかなる文学的価値にもさしたる注意を払わないからだ。実にこの恐るべき無関心こそが、キリスト教徒たちが国家に対して何ら実質的な危害を加えなかったにもかかわらず、ローマが彼らを弾圧したもっともな理由であった。エレミヤの時代に、神が書記官バルクに忠告したように--
「視よ われ我建てしところの者を毀ち 我植えしところの者を抜かん 是この全地なり 汝己の為に大なる事を求むるか これを求むる勿れ 視よ われ災をすべての民に降さん 然ど汝の生命は我汝のゆかん諸の處にて汝の掠物(ぶんどりもの)とならしめん」--Je45:4,5

 そう、神は忠実な者に生命の救いを約束する。ただ生命の救いだけであって、我々がそれに劣らず(ひょっとしたら、それ以上に)重要なものと考えるかもしれないあらゆる文化や文学や芸術については、何の保証もなされていない。結局のところ我々すべては--キリスト教文化圏の人間であれ、非キリスト教文化圏の人間であれ--言わば文化的真空の中で神を求めなければならない。それは困難で、つらい生き方である。そもそも人間にそんなことができるのか? それでも尚、それが真実なのだ。
「汝ら 是はエホバの殿(みや=神殿)なり エホバの殿なり エホバの殿なりと云ふ偽りの言をたのむ勿れ」--Je7:4
 それは古代イスラエルの時代に真実であったと同じく、今日においても尚真実なのだ。それがパウロの言葉--「見ゆるものは暫時(しばらく)にして、見えぬものは永遠(とこしへ)に至るなり」の意味するところである。--1Co4:18

           *            *

 後期のエリオットには、この世に腰を据えて勝負していこうという姿勢が特に顕著である。それはもちろん、国教会的な<体制>についての彼の見方から来ているのだ。
 エリオットは偉大なもの書きである--Aは彼から大いに学んできたし、偉大すぎて学び取れなかったことはもっとたくさんある。Aが文学だと思っていたものが<日の下における新しいもの>を創り出す冒瀆的な企てであったのに対し、彼なんかのそれが神に対していたく従順であり、それゆえに建設的であるのに、Aは感銘を受けたものだ。それでも尚、彼のキリスト教が終末論の教義を欠いていたために、その論理は避けがたくいくつかの重大な問題を抱えているのである。

 例えば、<キリスト教社会の理念>。
 それは今読んでも十分価値のある優れた文章である--エリオットの存在によって、そして特にあの時代にエリオットが存在したことによって、イギリス文化は計り知れない恩恵を受けたと思う。そもそも、もう二十世紀も半ばにきていたというのに、国家はキリスト教の上に築かれねばならないという主張が本気でなされ、しかもその主張が意味をなし得たというのはイギリス文化の驚くべき事実である。
 しかしながら、ここで彼は少しく人間的な見方に傾いている。彼は終末を考えに含めない--それゆえ我々は、神の世ならぬこの世界がずっと続いていくことを前提に、何とか少しでも神に近づく努力を続けていくしかないのであり、いつまでたっても神が支配してくれないのであれば、結局は人間の支配とかかわらざるを得なくなるのだ。そして、彼の主張--国民の魂だとか品位だとか創造的活動力だとかを保つためにはキリスト教を選び取るしかない--は、一体キリスト教の方としてはそういうもののために選び取られることを許しているのかという問題を、ほとんど考えていない。しかし、神の第一の関心はすべての人間が一致して神を崇拝するということにあって、民族とか国家のアイデンティティーとかいう問題ではないではないか。
 そして、こうして正確に神の見地から論じていないということから来る、さらに具体的な問題点がある。それは他でもない、自分の国が戦争をする段になったとき人はどうすべきか、という問題である。
「戦争はいかなる場合にも間違っていると主張する人は、何らかの意味で社会に対する義務を放棄していると私は信じざるを得ない。そしてその社会がキリスト教社会である限りその義務は一段と重要だ。・・・社会責任の観念--自分の属する社会の罪に対して各個人が責任を持つという考えは、もっとしっかりと把握する必要のある考えだ。<平和>のときに社会の罪に対して私にも責任があるとするならば、戦争のときに共同の行動から身を引くことによってその責任を免れることがどうしてできるのか私には分からない。」
 ここで彼は主として自分がその理想として描写してきた<キリスト教社会>について語っているのだ。ところが、彼自ら認めるように、
「国家が非キリスト教的行動から暗々裡に非キリスト教的原則に基づく行動へと進み、ついで明白に非キリスト教的原則に基づく行動へと進んでいく傾向に対して我々は安全弁を持っていない。我々はキリスト教の純粋性を保つための安全弁を持っていないのだ」
 となれば、今戦争を始めようとしており、自分がそれに参加するか否かの決断を迫られている自分の国が、そのために戦う価値があるほどにキリスト教的であるかどうかを、一体誰が判断するのであろうか? あるいは彼は、ある社会の中で生活して、その恩恵を受けている以上、その正当性いかんに関わりなく共同の行動に参加する義務があると考えているのかもしれない。しかしそれでは、正当なるものを支持し、間違ったものを退けるという神に対する道徳的義務はどうなるのであろうか?
 これが、神とカエサルを混同することから生じてくるディレンマである。

 一方、終末論を奉じるキリスト教徒の場合はどうか。彼らもまた、戦争はいかなる場合にも間違っているとは主張しない。彼らは神による戦争--ハルマゲドン--を支持する。しかし人間による戦争は支持しない。つまり彼らは良心的兵役拒否の立場を取る。そうすることによって彼らはもちろん社会的責任を放棄しているのだ。彼らは神を受け入れるために自分の文化や伝統すら放棄したのだ、どうしてその社会的責任までを放棄しないことがあろう。しかし彼らはカエサルによって実現することの決してない神の正義を支持しており、そのためにどんな犠牲をもいとわない覚悟ができているのだから、道徳的責任を放棄していることにはならないわけだ。
 一体に、神の僕のこの世に対する態度というものはかくの如くである。常にそうだった--結局のところこの世はエデンの外において始まったのであり、そもそもの始まりからして神から疎外されているのだ。それで彼らはバビロンにとどまってその罪に対して責任を持つようにとは命ぜられず、却って、「彼女の罪に預かることを望まず、彼女と共に滅ぼされることを望まないなら、彼女から出よ」と命ぜられているのである。<キリスト教国家>において、事情は多少とも異なっただろうか? 彼らはエルサレムからも逃れよと命ぜられたのだ。
 そして、神の裁きが人間の起こす戦争よりも寛容であるとはとても言いがたい--それは「老人も、若者も、処女も、小さな子供も、女たちも」食らい尽くす容赦ない剣なのであり、「エホバに打ち殺される者はその日、地の一方の果てから他方の果てにまで及ぶ」のだ。--Ez9,Je25:33
 こうして明らかに神もまた、社会に対してその罪の責任を問うのである--カナンの日にそうであったように。

 さて、<キリスト教社会の理念>において素描されているようなキリスト教と社会との関係の特色は、言わばモンテーニュ的な中庸と寛容と生ぬるさである。感動的な率直さをもってキリスト教が前面に押し出されたかと思うと、それがいよいよ力を発揮すべきところでは奇妙にも骨抜きにされてしまっている。こういう特色は、彼の文学観にも共通しているのである。
 だが、先走りするのはやめて、その文学論を少し丁寧にたどってみよう。
 キリスト教文化圏の非キリスト教的世界に向かって書かれた彼の説得は、確かに感動的である。

 例えば彼の比較的短い文学論の一つ、<批評の機能>。
 ここで彼が問題としているのは、価値、基準、正義である--「人それぞれに明確な態度を取るべきこと、そしてときには実際に一つのものを捨てて他のものを取らねばならない場合のあること」についてである。
 ここで彼はミドゥルトン・マリーを引き合いに出す--「マリー氏が教えているのは、文学に対しても、またはその他のすべての事柄に対しても、少なくとも二つの態度があるが、我々はその両方を採るわけにはいかないということなのである」
 そしてこの二つの態度というのは、我々は我々の外部にある権威に従うべきか、それとも我々自身の心内の声に耳を傾けるべきかということである。前者はキリスト教の本質であり、後者は別名を汎神論ないしは内なる神の教説という。それはつまり、我々は我々とは別個の何者かに従うべきか、あるいは自分の好き勝手にして構わないかという問題なのである。
 エリオットはもちろん前者を採って、そして後者を痛烈に皮肉っている。我々自身は後者を採るのも自由であるし、そしてそれを貫くのは必ずしも容易ではないゆえに場合によってはりっぱなことであるとすら考えるかもしれない、ただ我々は、それでは神に受け入れられないということを知っておかなければならない。この点についての誤解から、内と外との悪しき混同が引き起こされてきたのである。
 これに関してはチェスタトンも全く同意見であって、クエーカー教徒やストア派を批判したくだりで彼はこう書いている。
「心を照らすどんな光を想像してみたところで、こういう連中の言う『内なる光』なるものほど悪しきものはありえない。どんな宗教が恐ろしいと言ったところで、内なる神の崇拝ほど恐ろしい宗教は他にない。いやしくも人間を知っているほどの人ならば、これがどれほど恐ろしいものなのかも知っているはずだ。・・・誰かが内なる神を崇拝するということは、結局のところその誰かが誰か自身を信ずるということに終わるのだ。そんなものを信ずるくらいなら、すべからく太陽でも月でも崇拝すべきである。・・・猫でもワニでも、自分の家の近所にいるならば、そいつをつかまえて崇拝するがよい。ただ内なる神だけはよしたほうがよい。キリスト教がこの世に現れた第一の目的は、まさしくこのことを強烈に主張することに他ならなかったのだ。人間は、単に内を省みるばかりでなく、外を仰ぎ見、・・・神の軍隊と神の隊長の姿を見つめなければならぬのだ。・・・人間は厳然として外の光に目覚めたのだ。その光は太陽のようにうるわしく、月のごとく明らかで、軍規を押し立てて疾走する軍団にもまして恐るべき光であったのだ」--<正統とは何か>

 そして、エリオットもまた(宗派は違うにせよ)同じくキリスト教徒だったのだから、彼の場合にも外の光、外部の権威とはキリスト教を意味したと考えてよいだろう。内なる神の信奉者たちを代弁して、彼はこんなふうに皮肉っている--
「もし何かが好きになったら、ただその事実だけで十分であり、・・・我々は好きになりたいと思っているものなら何でも好きになれるだけでなく、どういう勝手な理由で好きになっても構わないのである」
 しかし、エリオットに言わせればこういう見方はもちろん間違っているのであり、それゆえ彼ははっきりと宣言する、
「・・・問題は・・・どういう態度が我々にとって自然であるとか、または容易であるとかいうことではなくて、どちらが正しいかということである。どちらか一方の態度の方が他方よりも望ましいか、さもなければどうでもよいかのどちらかである。しかし、かような選択がどうでもよいなどと、どうして言えるであろうか」

 問題は、どちらが正しいかということである! 実に正論ではないか。
 正否と好き嫌いの相克は、普遍にして永遠の問題である。Aはのちのち、文学とは関係のない文脈においてもこのあたりのエリオットの言葉をたびたび思い出したものだ。A自身は最終的に、チェスタトンとエリオットを向こうに回して正しいものを捨て、好きなものを取ったが、そうすることが正しいなどと考えはしなかった。
 そう、正しいものと好きなものが一致すること--それはAもまた自身において試みて、ついに成し遂げられなかった難題である。<宗教と文学>という別の文章で、エリオットはさらにこの問題を取り上げている。
「文学評価のためには、我々は二つのこと、すなわち『我々は何を好むか』及び『我々は何を好むべきであるか』ということを、同時にはっきり知っておく必要がある。この両方を心得ているほど誠実な人はほとんどいない。第一の命題は我々が現に感じていることが何であるかを知ることである・・・。また第二の命題には、自分の及ばざるところを知るということも含まれている。なぜなら、我々はどうして好むべきなのかという理由を知っていなければ、何を好むべきかということが本当に分かるはずはないし、また好むべき理由を知るということは、同時に、我々が現在まだそれを好むようになっていない理由を知ることにもなるからである。・・・
「我々が現在何を好んでいるかということを知るのは、文章を読む者としての我々のつとめである。そして我々が何を好むべきであるかということを知るのは、文学の読者であると同時にキリスト教徒としての我々のつとめである。現に好んでいるものはすべて好むべきものと一致していると考えたりしないことが、誠意ある人間としての我々のつとめである。また、我々は好むべきものを実際今好んでいるなどと言わないようにすることが、誠意あるキリスト教徒としての我々のつとめである」
 そう、キリスト教の最大の掟からしてそもそも(あなたは神を愛さなければならない、隣人を愛さなければならない)第一に、正しいことと我々の好むこととが(つまり、「愛する」と「なければならない」とが)一致する必要性、我々が正しいことを好むようになるべきことを強調しているのだ。それゆえ、この精神はすべての分野に敷衍されてしかるべきなのである。

 しかしながら、こと文学に関して言えば、彼の意見は注意深く検討される必要がある。例えば、年代は前後するが<伝統と個人の才能>。ここにおいて、彼は注目すべき価値変換を試みている--
「我々はある詩人を称賛するにあたって、その作品のうちで、他の詩人に尤も似ていない面を強調しようとする傾向がある。詩人の作品におけるかような面あるいは部分に、個性的なもの、その詩人特有の本質があるように思い込むのである。・・・ところが、我々がかような偏見を持たずに詩人に近づきさえすれば、作品の最も優れた部分だけではなく、最も個性的な部分でさえも、往々にして彼の祖先たる過去の詩人たちがその不滅性を最も強く発揮している箇所に他ならないということが分かるであろう」
 次いで彼は、<伝統>という言葉によって自分の意味するところを説明する--
「それは相続することのできないものであり、もし欲しければ、非常な努力をして獲得しなければならないものである。それはまず第一に歴史的意識を必要とするが、かような意識は、二十五才をすぎてもなお詩人でありたいと思う者にはほとんど欠くべからざるものであると言えよう。そしてこの歴史的意識は、過去せるものとしての過去の認識ではなく、過去が現在に生きているという認識を含んでいる。そしてそれは、人が創作するとき、単に自分が骨の髄まで現代人であるというだけでなく、ホーマー以来のヨーロッパ文学全体、及びその中に含まれる彼自身の国の文学全体が同時的に存在し、同時的な秩序を形成しているということを感じさせずにはおかないものなのである。かかる歴史的意識は時間的なものに対する意識であるとともに、時間を越えたものに対する意識であり、また時間的なものと時間を越えたものとを同時にとらえる意識でもあって、それが作家を伝統的にするのである。そしてそれは同時に、作家をして彼が時間の中で占める位置と、彼自身の属している時代を極めて鋭く意識せしめるものなのである」
「・・・詩人は、ヨーロッパの精神及び彼自身の国の精神--それが自分一人の精神よりもはるかに重要なものであることを彼はいつか学ぶであろうが--は、常に変化する精神であり、そしてかかる変化はその途上において何ものをも遺棄しない発展であるということ--言い換えれば、シェイクスピアもホーマーも、旧石器時代最後の画家が岩の壁面に描いた絵画も、朽ち果てさせないような発展であるということも知っていなければならない」
「・・・シェイクスピアは、大抵の人が大英博物館全体から得ることのできるのよりも、さらに本質的な歴史の知識をプルタークから学び取った。・・・強調すべきは、詩人は過去に対する意識を育成ないしは獲得し、生涯を通じてこの意識をたえず発達させなければならないということである。
「そうすることによって、詩人はその瞬間におけるあるがままの自己を、たえず自分より価値のあるものに委ねていることになるのである。芸術家の進歩とはまさにたえざる自己犠牲、すなわち常に個性を滅却することを指すのである」

 たえざる自己犠牲と個性の滅却!
 ここにおいて我々は、なぜ彼が文学という手段によっても人は神に仕え得ると考えたかを知るのである。そして、もちろんこういう主張は、我々は我々の内なる神ではなくて外部にある権威に規範を求めるべきであるという先の主張に関連している。それから、<批評の機能>において彼はその考えを要約して繰り返すのだが--
「私は・・・文学すなわち世界文学、ヨーロッパ文学、一国の文学というものを、個々の作家の書いた作品の寄せ集めとしてではなく、言わば『有機的全体』として、つまり個々の文学作品ならびに個々の芸術家の作品がそれとの関係において、しかもそれとの関係においてのみ、各自の意義を有するような一つの体系として考えていた。従って、芸術家の外部に彼が忠実に奉仕すべきなにものかが存在するわけであり、それは芸術家が彼独自の地位を獲得し確保するために自らを従わせ犠牲に供すべき神聖な義務なのである」

 このあたりにきて、我々ははたと首を傾げ、この時点で彼が自分を本当にキリスト教的なもの書きと考えていたのかどうかを疑いはじめる。なぜなら、キリスト教徒がどうして「彼独自の地位を獲得し確保する」ことなんかを目的としてよいであろうか。それはキリスト教徒であることを踏み越えてしまった芸術家がすることではないのか。さらに--
「・・・たしかに芸術はそれ自身を越えた目的に奉仕するものであると言えるかもしれないが、芸術自体はそれらの目的を意識している必要はない。事実、芸術は、もろもろの価値理論によってその職務をどのように定義されるにしても、それを遂行するためには、かような目的に対して無関心である方がはるかによいのである」

 ここに至って我々の疑いは決定的となる。仮にも芸術家であってしかも同時にキリスト教徒でありたいと望むなら、もちろん彼は自分の目的を強烈に意識していなければならないはずである。神の側を選び取ったり、罪と戦ったりするには、神や罪をまず意識していなければならない。キリスト教に欠かすべからざるは意識である。このことを無視すると、芸術はそれ自身を超越した神に奉仕する代わりに、それ自身を超越した悪魔に奉仕することになりかねない。現にそういうことはたびたび起こってきたのではなかったか。
 どうもエリオットにはそういうところがある。<宗教と文学>においてもそうだが、彼は、必ずしも神の基準に従わない文学全般に対して、それ自体の存在意義というようなものを認めているのである。この寛容さが、エリオットが己れの教理体系の中に終末論を有していなかったことの必然的な結果であるわけだが--それにしても、それは「エホバと張り合う関係を一切認めない」と公言したエヒウの態度とは明らかに異なっているのである。
 もっとも、気持ちは分かるという気がする。文筆業をなりわいとしていて、しかもそれに誇りを持っている場合、文学それ自身の存在意義というようなものを信じないでは、とてもやってゆけたものではない。モンテーニュ的な中庸は、彼のアイデンティティーが立ち往くための必要悪だったのかもしれない。

           *            *

 そう、多くのキリスト教文化圏の文学が、キリスト教的であることを妨げている最大の問題とは、実にそれがキリスト教文化圏の中で生み出されてきたという事実そのものなのである。それは多くの場合、書き手のキリスト教についての意識がその属する文化の中で形成されてきたことを意味する。彼らのうちの実に多くは、世俗の抱く信仰をそのまま己れの信仰としてきた。例えば、シェイクスピアだってそうだった。
 彼の作品はエリザベス朝の時代精神を、キリスト教とヒューマニズムが混ざり合って併存していた当時の文化状況をよく反映している--というのはよく言われる話だ。それゆえそれは当たり前のようにキリスト教の世界観を前提としていると同時にまた、人間の偉大さを称賛してもいる。迷信やギリシャ哲学やローマ神話なんかもたっぷりと取り込まれている。どこからどこまでが何なのか、よく分からない。だとしたら、キリスト教徒たるもの、それが確かにいくぶんキリスト教的であるからというので、あるいは単に、ヨーロッパ文学が今までに成し遂げたうちで最も偉大な仕事の一つだからというので、無批判にそれを受け入れてしまっていいものだろうか? 「汝らわが条例を守るべし 汝の家畜をして異類と交らしむべからず 異類の種をまぜて汝の田野に播くべからず 麻と毛をまじへたる衣服を身につくべからず」--Le19:19
 いや、シェイクスピアくらいならまだよかったかもしれない。時代の神学をそのまま受け入れる精神は、十九世紀に至って世界が神を失ったとき、世界と一緒に信仰の暗礁に乗り上げてしまったのである。キルケゴールやチェスタトンが信仰を持ち続けることに成功し、少なくともその精神性においてはほぼ完璧にキリスト教的であることができたのは、彼らが、彼ら自身の信仰を確固として持っていたからであり、己れと世界とをはっきり区別すべきことを知っていたからである。そうすることを選ばないで、誠実にものを考え続けた人々は、結局のところ、十分にキリスト教的であり続けることができなかった。

 ドストエフスキー。「自分は十九世紀の子供である--疑惑と不信の時代の子供である。信仰への渇望が強ければ強いほど、その反対の証拠が見えてくる」
 そして苦悩の末、彼は「例えキリストが間違っているとしても自分はキリストを取る」と宣言するのだが--実際のところは、その言葉は彼のつもりに反して全く反キリスト教的なのである。
 昔、ドストエフスキーのような、形而上学的苦悩にどっぷりつかった世界をAは遠くから眺めていて、ああいうのこそが世に認められる文学というものなのだと、一応知ってはいた。そして、そういう世界にできるだけ近づかないように用心していた。けれどもあとになって、改めてAは思う--あれほど何の役にも立たない、何の意味もない代物もないものだと。彼らはただ無様に苦しみ続けるばかりで、どこへ向かっても進んでゆかれない。読者を神へ導くことによって神にとって有用な者となることもなければ、芸術そのものの力を神のくびきから解き放してやることもできない。それゆえ、我々がどう生きたらいいのかを示すこともない。そういう文学が評価されているのは確かである。
「第一級の知性の試金石とは、二つの対立する考えを心に宿しながら、しかも尚十分に精神が機能し得るか否かにある」
と、例えばライオネル・トリリングは<リベラル・イマジネーション>の中で書いている。
「文化の本来の有り様は闘争である。あるいは少なくとも論争である。ディアレクティックでなければ文化は何物でもない。そして、いかなる文化においても、ディアレクティックの多くの部分を自らの内部に取り込んでいるある種の芸術家が存在する。彼らの意義と力とは矛盾においてこそ存するのであり、そういう芸術家は自国の文化の本質そのものを内部に宿していると言えよう」
 彼はここで明らかに、そういう人々を、非難するのではなく讃えているのだ。自分の中で、二つの考えが対立し、相争うところのすべての作家たちを讃えている。ところで、そういう作家たちが<キリスト教的>であるなどということがありうるのか? キリスト教の本質とは、二つではなく、一つの考えだけを常に言いつづけることにあったのではないか?
 これだから、キリスト教作家が文化と関わり合いになるとろくなことはないのだ。
 たしかにドストエフスキーは矛盾の作家であった、浴室に女中を閉じ込めて強姦しておきながら、「もし真理を手にするに必要なだけの苦悶の定量を満たすために、子供たちが苦しまねばならないとしたら・・・」といった科白をイヴァン・カラマーゾフに吐かせることもできた。彼が実際に苦悩していたのも本当である。しかし、問題はそういうことではないのだ。そういう苦悩そのものに、どれだけの意味があるかということなのである。それは誰の役に立っているのか?

 そういう苦悩はホーソンもまた共有している。彼の作品には、この時代の知性が否応なしに背負い込まされたこういうある種のニヒリズムが、埋めようのない深い絶望が陰を落としている。
 彼は進歩の教説や科学万能主義に媚を売らなかった。彼は原罪を、人間のモータリティーを語るのをやめなかった。けれども彼の反キリスト教性は、もっと微妙な、それと判別しにくいかたちで現れている。彼の作品は、その絶望によって生じた虚を突くように、ヒューマニズムやロマンティシズムなどの反キリスト教的な価値がその中へひそかに持ち込まれるのを許しているのだ。というのは、どういうわけで彼は姦婦ヘスタをあれほどすばらしく魅力的に、英雄的なまでに力強く描くことができたのか。いやしくもキリスト教的であろうと努めるなら、書き手は恋の熱情の美しさを語っても、それが「間違った」種類の恋である場合、それを否定しなくてはならないのではないのか。
 多くの書き手はこの問題に直面する--例えばアンナ・カレーニナはヘスタほど立派な女ではなかったかもしれないが、その作品においてトルストイが直面したのも同じ問題だった。そして、そこではプロット的には罪人たちを裁いても、心情的には彼らの側に傾いて語られているので、それはキリスト教的な文学と反キリスト教的なそれとの危うい境界線に立つことになったのである。罪に対する同情と、神の掟へのひそかな疑念--文学に対してその独自の立場なんかを与えてやったがさいご、こうしたものが滑り込んでくるのを、誰もとどめることはできない。
 それはまた、多少事情は違うが、グリーンの<権力と栄光>に出てくる警部の人格者ぶりについても言えることである。
 同じ本の別の文脈で、ウィスキー・プリーストが過去を回想する場面がある。「司祭は、壁に頭をもたせかけて、半ば目を閉じた--彼は昔の聖週のことを思い出していた。そのとき、詰め物をした張り子のユダの人形が鐘楼にぶらさげられ、その人形がゆれてドアから外にはみ出すと、子供たちがブリキ罐やがらがらでやかましい音をたてた。教区の真面目な老人たちは、ときどき、そうしたことはやめたほうがいいと反対した。『わが主の裏切り者』とはいえ、そんな人形にして吊り下げるのは冒瀆だと、彼らは言った。だが、彼はそれには何も答えないで、その習慣を続けさせた--世界の裏切り者が笑い物にされるのはいいことだ、と彼には思えたからだ。それをやめさせたりすると、彼を、神と戦った人--望みのない戦いで崇高な犠牲者となったプロメテウスのごとき人--として理想化することはあまりにも容易だったからだ。」
 人はそれを聞いてびっくりするだろう--ユダがプロメテウスだって? ユダのこそこそした裏切りと、プロメテウスの雄々しい、悲劇的な力強さとに、一体どんな共通点があるというのか? それでも尚、共通点はあったのだ--なぜならば、彼らは共に、神に反逆する者だったのだから。
 ここに文学の問題の根本がある。我々は人がどんなふうに描写されているかということと、彼が実際にどんな人間であるかということを区別しなければならないのだ。
 <緋文字>のアンビギュイティー。この本については今までに膨大な量の注釈が書かれていて、ヘスタに関しても実に様々な立場から、いろんなことが言われている--彼女を悪魔呼ばわりしたD.H.ロレンスから、彼女にマグナ・マテルのアーキタイプを見い出したR.E.トッドまで。しかも、そのどれもがテクストの中に論拠を持っているのだ。想起せよ、ヘスタの精神性を描写するのに、書き手がいかに惜しみなく言葉を費やしたかを、にもかかわらず、結局のところ、ヘスタもディムズデールも架空の人物であり、ダビデやバテシバと違って実際にこの世に生きはしなかったことを。
 キリスト教の大きな特色の一つは、それが人に決断を迫ることである。人は神の前における自分の立場に関して、曖昧なところを残しておくことを許されない。彼は神を取るのか、それとも拒むのか、どちらかにしなくてはならない。問題は、書き手がそのどちらの立場を取って書いているのか、はっきりしない場合なのである。一体彼は、自分の本に出てくる登場人物についてどう思っているのか、彼らを断罪しているのか、それとも賛美しているのか? 書き手には自分の立場を表明する道徳的責任があるのではないか?
 <緋文字>を読みおえた者は、それによって己れの正邪についての感覚が揺らぎ、かき乱され、しかもそこへ何らの新しい秩序も与えられぬままに放っておかれているのを見い出す--精神衛生上、まこと望ましからぬ事態である。あの本が世に出たとき、華々しい賞賛とともに喧々囂々の非難が巻き起こったのはそういうわけなのだ。
 あるいはまた、苦悩の意味をめぐって。
「苦悩はホーソンにおいては中心的で、それは共鳴をおこす手段以上のものである。教育的、懲罰的、因果応報的、償い的である。
『たしかに』と<緋文字>の終わり近くに、ヘスタはアーサーに言う、
『たしかに、私たちは、この悲しみをもって、互いの罪を贖いました』と」
           --R.スチュアート<アメリカ文学とキリスト教>
 しかし、死すべき人間が互いの罪を贖うなんてことが大体可能なのか? アーサーの苦悩が意味を持つのは、それが最後の最後になって、彼に神の側を選ばせるからである。従って、ヘスタもまた痛ましく苦悩したが、神を選ばなかった彼女の苦悩には、何の報酬も、埋め合わせもない。神に仕えんと欲する者の苦悩は、神の目にそれなりの価値を持つ--「あなたへの犠牲は砕かれた霊なのです・・・」--しかし、苦悩はそれだけでは用をなさない。最終的に献身を果たさない限り、それだけでは献身と、それに則った人生との代用にはならないのだ。
 それでも尚、ホーソンはこうしたすべてのことを了解した上で書き続けたのだろう、という気がAにはする--それゆえに、彼の文章はあのような翳りを帯びたのであろうと。
 ハーバート・リードもまた、彼の非宗教性には気づいていた。<緋文字>論の最後のところで引用したリードの注解の続き、有限性と無限性とを表現するための、宗教の必要性について述べた次の部分で彼はこう続けている--「ホーソンは、当然のことながらこの種の支えを欠いていた。それゆえに彼は例の代用物で凌がざるを得なかったのだ。そしてそれは彼の読者のうちの実に多くの者に、その弱点をさらけ出す結果になったのだが--その代用物とは、シンボリズムである。」続けて彼は、<緋文字>をその最も顕著な例として挙げているのだ。
 Hawthorne, of course, lacked this support, and fell back on that substitute which has proved a weariness to so many of his readers--symbolism.

 あるいはメルヴィル。彼の場合、絶望はさらに大きかった。
 エルサレムへ旅行したとき、彼は聖地のあまりの荒廃ぶりに衝撃を受ける。彼の目にはその光景が、神を失ったヨーロッパ精神の痛々しい心象のように映るのだ。
「ニーバーやシュトラウスなんかくそくらえだ。彼らは我々から、人生の輝きを奪ったのだ。幻想を覚ましてやると言ったって、何がありがたいものか」
 Heartly wish Niebuhr and Straus to the dogs. They have robbed us of the bloom. If they have undecieved anyone---no thanks to him.

 そのよき友人であったホーソンは彼についてこう描写している--
「・・・どうして彼は・・・単調で陰鬱なこの砂漠を、性懲りもなく彷徨い続けるのだろう。私が彼を知ったとき以来、またそのずっと以前から、彼は彷徨い続けているのだ。彼は信仰を持つこともできず、不信仰に落ちつくこともできない。彼はまた、あまりにも正直で勇気がありすぎるので、どちらか一方に決めることもできないのだ」
 <モービー・ディック>は、ギリシャ悲劇そのものである。どうしてヨーロッパ文学というのは、神に対する信仰を失うとおしなべてギリシャ悲劇的になるのだろう。それはたぶん、もはや傍らに神がいなくて、それでも道徳的に生きようとする場合、取り得るのはそういう生き方しかないからだ。それは、一人でできるから。
 <モービー・ディック>は、はっきりと反キリスト教的である。

「メルヴィルは<モービー・ディック>を書き終えてのち、ホーソンにあてて、『私は罪深い本を(a wicked book)書き終わり、今は小羊のように汚れのない気持ちです』と書き送った。だが、もしもメルヴィルが自分の書いたものを正しいと感じていたなら、なぜ彼は<モービー・ディック>を『罪深い本』と呼んだのだろうか?
「あるいは罪深い主人公の本を書いたためかもしれない。確かに主人公はその罪深い行為のために罰せられる。だが、もし彼が英雄として、あるいは英雄みたいなものとして、同情的に、賛美するように描かれているとしたら? その場合は著者の目から見て『罪深い本』となるのだ。メルヴィルの場合は、『失楽園』のミルトンの場合を思い出させる。その詩のはじめの方ではセイタンが英雄的に見えるからである。事実、メルヴィルのエイハブの描写はしばしばミルトンのセイタンの描写をしのばせるようだ。両方とも堕ちたりといえども大天使のごとく、傷を負い、執念深く、復讐に一念を凝らした超英雄である。第二巻までの『失楽園』は罪深い本だと、ミルトンも考えたのではないだろうか? あの恐ろしい最初の幾つかの場面におけるセイタンの扱い方はあまりに同情的で、キリスト教的敬虔と厳密に一致しないのではないか? たぶんメルヴィルもエイハブの扱い方についてこういう気持ちを持ったであろう。」--<アメリカ文学とキリスト教>
 Melville said to Hawthorne, after the completion of "Moby Dick", "I have written a wicked book, and feel as spotless as the lamb. "If Melville felt justified in what he had written, why did he call "Moby Dick" "a wicked book"?
 Perhaps because he had written a book with a wicked protagonist. The protagonist, to be sure, is punished for his wickedness. Still, what if he is presented sympathetically, admiringly, as a hero, or something of a hero? Then perhaps the book becomes "a wicked book" in the eyes of its author. Melville's case recalls Milton's, in "Paradise Lost", where Satan appears in a heroic light in the early part of the poem. Melville's description of Ahab, in fact, often seems reminiscent of Milton's description of Satan. Both are superheroes, archangelic though fallen, battle-scarred, vindictive, bent on revenge. Might not Milton have thought that "Paradise Lost" through Book Two was a wicked book? Is not the treatment of Satan in those tremendous opening scenes too sympathetic to comport strictly with Christian piety? Possibly Melville felt this about his treatment of Ahab・・・
---R. Stewart, "American Literature And Christian Doctrine"

 そういうギリシャ的精神は、例えば<ピエール>なんかにも共通している。もっとも彼がキリスト教的なものに反逆することはない--彼が戦いを挑むのは、社会的な慣習、虚偽の上に築かれた平安に対してである。
 後にこれを映画化したレオス・カラックスは語っている--
「・・・彼はその重みを背負おうとするが、力がなくて小さいので失墜してしまう。しかし彼が悲劇の英雄になるのは、失墜しても運命を引き受けようとするからなのだ」
 こうしてここにおいても、最も重要な主題は神の栄光なんかではなく、迷い悩みながらも孤独に戦い続ける魂の戦いであり、個人の尊厳である。ヨーロッパ文学の歴史の本質的な部分を成してきたのは実にこのようなテーマなのだ。

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2013年11月30日

創造的な不幸-23-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-23- 文学の問題その2、文化・カエサル・ウェスタン・キャノン


 文化の問題。
 この国では大体において、文学とは超道徳的情緒である。罪もそこに美があれば許される。許されるどころか奨励されさえする。いや、そもそも罪という概念がないのだった。<雪国>の世界はあまりにも詩情に満ちているので、読み手はそれが姦淫の物語だということにもほとんど気がつかない。
 A自身の文学観も似たようなものだった。A自身は厄介な良心の問題を避けて通り、自分の作品の中で誰にも神の掟を踏み越えさせなかったし、誰のことをも傷つけなかった。けれどもAはそれが神に受け入れられないことを知っていた、なぜならその<文学>は本質的に、超道徳的な思想を持っていたからだ。
 罪なしに、文学は一体どうしてやってゆけよう? 恋の熱情は美しく、文学至上主義的であるがゆえに、また簡単に道徳の境界を踏み越える。一切が神の道徳律に支配された世界のどこに、詩情や幽玄や「もののあはれ」の宿る余地があろう? 他のすべてが完全にそろっていても、文学の欠落した世界に、そもそも生きる価値なんかあるのだろうか?

 けれども、こうして語りながらもAは、規準とそれをもってはかる対象との、二つの精神性の間の絶望的な隔たりのどうしようもなさを、身にしみて感ぜずにはいられない。
 とどのつまりは文化の問題なのではないかと、Aは思う。
 美とか芸術とか文学とかについての普遍的な定義があり得ないのは、それぞれの文化によってその意味するところが異なるからであり、逆に言うならばそれぞれの文化こそが、その文化圏における美とか芸術とか文学のあり方を決定するのだ。
 人間とそれ以外の被造物を峻別することなく、あらゆる<自然>をあるがままに受け入れ、正義だの道徳だの人生の意味だの、肩肘張ったことは考えず、柳田邦男が書いたように、「米がたくさん取れる」ことが生きがいとなってきたのがこの国の文化であれば、その文学においても正邪善悪が大して問題となるはずもない。
 そう、我々の文化は人と自然とを区別しない。人の本質--ネイチャーと自然界の自然--ネイチャーとの区別を理解するのにAがあれほど苦労しなければならなかったのは、そもそもA自身がそういう区別の存在しない文化の中に住んでいたからだったのだ。それゆえ紫の上は源氏が新しい女をつくるたびに、彼の道徳的責任を問う代わりにそれを雷とか洪水とか土砂崩れのような不可抗力として受けとめて耐え忍ばなければならなかった。源氏の側の意識も大して変わらなかっただろう。彼は、<夜と霧>の第七章で説かれているように、己れは「他のようにもでき得る」のではないか、などとついぞ考えたりしなかった。そして彼を取り巻く文化全体が彼の生き方を受け入れ、称賛さえしたのだ。紫の上の苦悩を通して、よるべなき人生の悲しみ、くらいのことは語られるかもしれない。しかし、それゆえに源氏は自分の中の罪と戦って、一人の女だけを愛さなければならない、なんてことは言い出さないのだ。
 そして、それが神の目に間違っているというなら、それはつまり、我々の文化全体は間違っているということだ。そしてAもまたそういう文化の中で育ってきたのだ。
 それゆえAにとって、宗教と文学とが対立する概念であったのもけだし当然だった。ヨーロッパの宗教と、アジアの文学観とがそもそも調和するはずがないのだ。二つの世界は互いを否定し合うので、決して混じり合ってはならなかった。それゆえその境界には壁が築かれたのだ。
 その壁が崩れ落ちたとき、Aの精神世界はついに一つに統合された。しかし、それゆえにどれだけの苦悩と混乱と激痛が引き起こされただろう。もちろんAは、自分の愛してきた世界を放棄して、神の側を選び取らなければならなかった。人は己れの全体を生ける犠牲として神に差し出さねばならず、そのあらゆる想念、内的世界の最後の片隅までも、神に明け渡さねばならないのだ。「そしてあなたの目が、あなたの右手があなたをつまずかせるなら・・・」
 R.スチュアートは詩篇の中に、ウォレンはヘミングウェイの主人公のギリシャ精神に、チェスタトンは十戒にすら詩情を見い出したかもしれない。しかし我々にとっては、詩情は常に、正義とか道徳とは無関係のところにしか見い出されようがない--とどのつまりは文化の問題なのだ。

*             

 引き続き、文化の問題--文化の本質と可触性をめぐって。        
 あれほどまでに確信に満ちて現代のイスラエルになりきり、その役を演じようとしてきたアメリカ。--しかし、一体何が彼らをそうさせたのか?
 そして我々は思い至る--その地理的環境。大陸のあの大平原は、何かを思い出させるのではないか--その広大さ、その単調さ、その苛酷さにおいて--古代イスラエルの旅した荒野を。
 想起せよ--<緋色の研究>の第二部冒頭において、暗示されているのはまさにそれである。それこそが、他のどこよりそのアメリカにおいて、今なお最もキリスト教が力を保っている理由の一つではないのか? --ゲニウス・ロキにおける精神の類似性。
 あるいはオースターの<ガラスの街>。古代イスラエルとアメリカのアナロジー。
 西へ向かう荒野の旅--西へ向かうピルグリム・ファーザーズ。
 カナンとの戦争、そして殺戮と征服--同じく、インディアンと呼ばれたネイティヴ・アメリカンとの。

 例えばフォークナーなんかを読んでいてAがつくづくと感じるのは、その小説世界における、人間と神との強い、直接的な結びつきである。彼の作品に出てくる南部人の暮らしはごく日常的なレベルでキリスト教と密着していて、それゆえに彼らが(ほとんど無意識的にであっても)神の名を口にするとき、それはちゃんと地に足をつけて物を言っている感じがする。彼らにとって、神とは南部の照りつける太陽だとか、乾いた広大な荒野と同じくらい身近な存在なのだ。それはまさに「彼らにいと近く、彼らの口の中、心の中に」息づいているのだった。
 そういう環境というのは、神に仕えるには、とてもふさわしいと言えるのではないだろうか? 「それというのも、肉と肉との触れ合いには、まわりくどくて複雑な礼儀正しい順序を無視し、それを飛び越えてじかにまっすぐ進んでゆくもので、愛しあう者ばかりか憎みあう者も、その触れ合いによって造られるので・・・」--<アブサロム、アブサロム!>
 結局のところ、我々を最も動かすのは抽象的な概念ではなく、直接目で見、手で触れることのできるものである--いわばその可触性とも言うべきものである。我々は愛という概念を、最初に神の啓示によってではなく、自分の周囲の人間たちから学ぶ。それゆえにヨハネも書いたのではなかったか--「自分が見ることのできる兄弟を愛さない者が、見たことのない神を愛することはできない」と。--1Joh4:20
 それゆえにまた、キリスト教の深く根づいた文化の中で育ってきた人間の方が、キリスト教を自然に受け入れやすいし、またより良く理解するに違いない。
 この点で、我々非キリスト教文化圏の人間は全く弱い立場にある。
 今日、この国の人間の大方は文化的なみなし児である。それはAが常々感じてきたことだ。昔、小説の舞台を東ドイツの山村に選んでしまったことから、その辺りの一般的な民家の造りだとかフォークロアを少しかじったことがあるのだが、そのときも今日に至るまで伝統が生きて根づいているのに新鮮な驚きを覚えたのだった。そして、振り返って新たな目で自分の周囲を見渡してみると、この国の物理的な部分が--都市の景観にしろ、建築様式にしろ--一体何を根拠にして築かれているのか、さっぱり分からないことに気づいた。それ以来、文化的無根拠さの感覚はAに取り憑いて離れなくなったのである。
 けれども、それまではただ気づかなかっただけで、実際はずっと前からそんなふうであったことに変わりはない。そうではないか、幼い頃から団地暮らしで、自分の国の伝統から切り断たれてしまった空間の中で育ってきて、かと言ってテ-ブルとかスリッパを作り出した国の精神性を受け継ぐこともなく。それは生活感情においても同じで、この国の人々は改まってものを考えるときですら神を視野に入れることはまずないし、毎日歯を磨くのと同じ感覚で神の名を口にすることは尚更ない。こんな環境の中で暮らしていて、一体自分には神との関係ゆえに苦しむ権利があるのだろうかとすら、Aは疑いたくなるのだった。
 神につながる物理的なイメージは、もちろんAも持っている。Aにとって神とはまず、暖房が効きすぎの上に人がいっぱいで息のつまりそうな日曜日の集会所であり、さっさとおもてに出て遊びたいのになかなか終わらない、来るべき王国についての講演である。しかし、そういう組織ないし共同体も、我々自身の文化と結びつかない限り結局のところ、植民地みたいに地に足のつかない、中途半端な代物であることに変わりはない。
 我々の宗教が、我々人の文化と結びついたものでありたいと願うのは当たり前のことではないのか? そもそも取ってつけたように外国の宗教をやろうとする方が間違っているのだと、言って片づけたい誘惑に駆られるのは自然なことではないのか?
 しかし尚、正義は普遍である。オースターがヨナ書について述べたように--「いやしくも正義というものがあるとするなら、それは万人のための正義でなくてはならない。誰一人除外されてはならない。さもなくば正義というものはあり得ない。それは避けられない結論である。」それゆえ、もしキリスト教の教えが本当に正しいのであれば、それはキリスト教文化圏の人間にとってだけでなく、非キリスト教文化圏の人間にとっても正しいはずではないか?
 それゆえに、問題となってくるのはこのことなのだ--それが正しいからというのでキリスト教を選び取ろうとする場合、我々はその教理と我々自身の文化との剥離を一体どうやって処理したものだろうか? そして、それはキリスト教を選び取ろうとするなべての異邦諸国民の、等しく直面する問題なのである--<接ぎ木されたオリ-ブの枝>たる我々の。
 もちろん、我々は自分の文化の方を諦めなければならない。必ずしもその全部を諦める必要はない。まずキリスト教の規準を持ってきてそれで自分の文化を注意深く推し量ってみて、その掟に触れない部分はそのまま維持し(これには日常的な生活習慣とか芸術的な感覚が含まれるかもしれない)、それに反する部分は切り捨てるだろう(これには宗教と、それにある種の哲学的な感情が含まれるかもしれない)。しかし、生活習慣から宗教的な意味合いを排除すること、あるいは芸術から哲学的な感情を分離することは容易ではないから、彼は常に苦境に立たされることになるだろう。そして、どっちみち他者の規準によって裁断された文化などというものは、総体としてはもはや文化とは言えないから、彼は自ら文化的なみなし児、引き裂かれた存在となることに甘んずるわけである。しかし彼はそれによって神の是認を得るであろう。アブラハムはまさにそのようにしたのだ。神の命に従ってウルの地を捨てたとき、彼は己れの文化をも捨てたのだ。それから彼は死ぬまで外人居留者としてカナンの地で天幕暮らしをした。彼は真の土台を持つ都市を待ち望んでいたからだ。パウロが彼を範として示したところの、初期キリスト教徒たちもやはり同じ道を選んだ。物理的には自分の国に留まったかもしれないが、彼らもやはり自分の文化を--その総体性を諦めるという意味で--捨てたのだ。
 そう、我々異邦人はなべて、神を受け入れるとき、自分の文化を神の規準で裁断しなければならなくなる。
 生け花はよろしいが、日の丸はよろしくない。
 ポンチョはよろしいが、ケツァルコアトルを崇拝してはいけない。
 仮面をかぶって踊るのは構わないが、死者の前に火を灯してはいけない。
 我々はなべて、個人としての己れを捨て去ると同時に己れの文化の総体性を諦めなければならないのだ。いや、そればかりでなく、キリスト教に属するある種の文化を受け入れることをも余儀なくされる。
 「律法はよき事柄の影」にすぎないとは言え、我々は神の特質やその物事の進め方を学ぶためにヘブライ語聖書を読むとき、同時にやはりイスラエルの文化についても学ばざるをえない。荒野の旅のくだりを読んでいるとAはきまってのどが渇いてくる--しかし、あの風土もまた文化である。荒野がひからびていたからこそ民は水を求めて神を呪ったのだ。しかし、その不従順から受けた罰については、豊葦原の瑞穂の国のキリスト教徒も学ばなければならない。彼らもまたアダムから罪を受け継いだ死すべき人間であり、彼らもまた神に対して不従順になり得るからだ。
 あるいは、祭司のエフォドだの、幕屋の覆い布の柄だの、何でこんな面倒な雑事につきあわなければならないかと思う、しかしそれもまた文化である。それにはキリストの贖いのひな型としての象徴的な意味があって、そうとなればキリストがそのために死んだあらゆる人間はそれに関心を持たねばならないのだ。
 それだけではない。我々は自分の言葉で考えているだけではどうも神の愛についてよく理解できなくて、やはりギリシャ語本文に立ち返らざるをえない。こうして毎日日本語でしゃべりながら自分の信仰についてはギリシャ語で考えるという不自然を余儀なくされる。

 言語をめぐる問題。
 例えば、Aの組織ではその出版物はすべて、はじめに英語で書かれて、それから何百カ国語かの他の言語に訳される段取りになっていた。真理というものが普遍的であるならば、もちろんこういうやり方でなくてはならない。「絶対的で不動なる真理が、どうして言語によって異なったりするだろう?」--<孤独の発明>
 しかしながら、真理の正確さと、国語の美しさと、この二つは決して立ち往かない。一方のためにつねにもう一方が犠牲になるのであって、宗教が国境を越えるたびに変質してゆかないためには、どうしても国語の美しさの方が折れることになる。
 それゆえ、組織の方針でできるだけ完全に字義訳されたその日本語は、はっきり言って死んだ日本語であった。そんなものを四六時中読まされることが精神にどういう破壊的な影響を及ぼすことか--Aはすっかりうんざりして、思ったのだ--普遍的正義のために我々は、我々自身の言語感覚までを犠牲にしなければならないのか? 神は我々に、そこまでを要求するのか? だとしたら、神が反逆者どもをバベルの塔から追い散らしたとき、人類は、エデンから追放されたときと勝るとも劣らない、また別の重荷を背負わされたことになると言えないだろうか?

 こうして文化的に引き裂かれた存在となることは耐えがたいことではないのか? それはあまりにも残酷な要求ではないのか?
 これが非キリスト教文化圏のキリスト教徒が直面する、文化の問題である。

           *            *

 ところで、それではキリスト教文化圏のキリスト教徒にとっては、文化の問題は全然問題にならないと、我々は考えていいのか? --否! キリスト教文化圏における文化の問題は、ひょっとすると非キリスト教文化圏におけるよりももっと始末に負えないくらいの大問題なのだ。というのも、そもそもキリスト教という概念と、文化という概念とは、決して相立ち往くものではないからだ。
 文化というものは、選ぶことができない。それはアプリオリに我々よりも前に存在していて、我々は否応なくその中に生を受け、そしてその影響のもとに形造られてゆく。メルヴィルが書いたように、「土地が人間を決定するのだ。」それゆえ、逆に言えば人は自分の生まれついた文化を受け入れるのに、ほとんど何の努力も要しない。ところがキリスト教の方はと言うと、それは間違いなく人に選択を強いるのであり、その高い道徳規準や犠牲の多い生き方のゆえにまた、それを受け入れるために人は日々努力しなくてはならない。それゆえ、それは本来ならば個人的に決定を下した個人によって奉じられるべきものであり、文化のような無意識的なものと混同されるべきではないのだ。
 極端な話、詐欺師や殺人犯や姦淫を行う者や反逆者や無神論者もキリスト教文化圏に属し得るし、現に属しているが、彼らが同時にキリスト教徒であるということはあり得ないわけだ。それゆえに、キリスト教文化圏にあってキリスト教徒であることもまた、非キリスト教文化圏にあってそうであることに、勝るとも劣らない挑戦なのである。
 例えば、教理の正当性をめぐる問題。
 世にいわゆるキリスト教文化というものが、正しくキリスト教的であるという保証はどこにもない。すでに見てきた通り、キリスト教が広まってゆく過程で様々な異教の教理や哲学と混ぜ合わされてきたのは周知の事実である。こうして不純なキリスト教を受け入れてきた人々は、要するに、普遍の真理のために自らの文化を断念することを望まなかったので、その代わりに真理の方を自らの文化になじむように加工する方を選んだのだ。そうすることによって、自らの文化ばかりか自らの精神にまで調和と一貫性が与えられるという点では申し分のない方法だったかもしれない。けれどもそれは、神の見地からすれば無意味であるばかりか、有害ですらあった。なぜなら、神にとってはもちろん、文化だの人間の精神の調和だのなんかよりも、神自身が正しく崇拝されることの方がよっぽど重要なのだから、そんな崇拝は受け入れられない--ゆえに、それは全然崇拝しないのと一緒である、せいぜい、崇拝者自身の良心をなだめるのに役立つくらいのものだ。ところが、そういうやり方を身近に見て、これがキリスト教というものなのだと思い込んでしまう周囲の人間の知性にとっては--そう、それは恐ろしく有害なのである。

 加えて言うなら、分裂という問題もある。文化とは本質的に多様性である。いちいち文化にへつらっていたら、キリスト教はそれこそ無限に分裂してしまうのであり、(我々が現に見ているように)「私はパウロに」、「私はアポロに」ということになるわけだ。そして、その相違が軋轢、憎悪、流血を引き起こす。
 中でも、文化の問題を論ずるにあたって最も重要なのは、カエサルとの結びつきという問題であろう。すでに見てきたように、イエスが「私の王国はこの世のものではない」と宣言したにもかかわらず、ローマがキリスト教を国教として以来、それは人々の観念の中で大いにこの世のものとなってきた。それゆえにそれは大問題なのだ。
 なぜなら、国家というものもまた(革命を起こそうという気にでもならない限り)基本的にアプリオリで、選択を許さないという点で文化に似ているからだ。それゆえ国家が「キリスト教化される」と、真面目なキリスト教徒ももちろん生み出される一方で、税金を払わされるのと同じ感覚で仕方なしに、あるいは深い考えなしにキリスト教徒となるキリスト教徒ももちろん生み出されるのである。そしてこうした人々が、キリスト教的観点から見た、一つの集合体としてのキリスト教の質を絶えず落としてゆくことになる。
 こういう試みはかつて十分になされたのではなかったか? すなわち、古代イスラエルにおいて。彼らは一つの国民として神に献身していたにもかかわらず、絶えず堕落し続けては神の叱責を受け、それにも耳を貸そうとしなかったのでついに神の是認を失った。こうして一つの国民が全体として神に受け入れられるということの不可能が立証されたがゆえに、神は新しい取り決めにおいて個人の決定というものが不可欠であることを強調したのではなかったか? しかるに、ヨーロッパの歴史は逆戻りして同じ過ちを繰り返したのである。

 "The Portage" のヒトラー。
 ・・・The Nazarene said his kingdom was not of this world. Honey lies. It was here on earth he founded his slave-church.

神とカエサルを結びつけた人々の責任。
 それは多分に政治的な利害ゆえでもあった。同時にまた(アウグスティヌスのように)全くの善意と神に対する熱心ゆえであったことも間違いない。しかし、結果として引き起こされた問題に、彼らは全く責任がないのだろうか?
 十字軍の暴虐行為を、彼らはどう言い訳するだろうか?
 あるいは教会制度の腐敗や宗教戦争で流された夥しい血を?
 いや、それだけではない--それがつまづきの石となってキリスト教に背を向けた人々に対しても、彼らは責任を負ってはいないのか?
 キリスト教が社会悪の数々に対する責任の一端を担っていると考えて原罪を否定し、自然主義を奉じるようになったルソーに向かって、彼らは何と言い訳するのか?
 そういうルソーに心酔し、悪の起源は社会的であり、外在的であって、それゆえに制度を変えれば人間はよくなると信じて革命を引き起こした人々に向かって、彼らは何と言うのか?
 あるいは既成の道徳観念を叩き壊してまわったバロウズやギンズバーグが、だってこの社会の腐敗と偽善のそもそものはじまりはキリスト教ではないかと言ったら、彼らは何と返答するのか?

           *            *

 例えばマリリン・フリードマンとジャン・ナーヴソンの共著<ポリティカル・コレクトネス>。この本でとりわけ興味深いのは、PCの攻撃の的となってきた西洋中心思想というものが、多くの点でいかにキリスト教のアナロジーとして見られるか、にもかかわらず、キリスト教そのものではないためにいかに窮地に陥っているか、という点である。
 例えばその中の、ウェスタン・キャノンをめぐる一節。
 ここではウェスタン・キャノン--伝統的西洋的規範--を奉じる保守派と、マルティカルチュラリズム--多文化主義--を提唱する左派もしくはラディカルとの、対立するそれぞれの言い分が提出されている。問題となっているのは、大学教育における文学の授業のカリキュラムをいかに組むべきか、というものである。保守側は、西洋の偉大な伝統を固守し、それをあらゆる文化や文学の尺度にすべきであると考え、一方の左派は、多様な文化のそれぞれの価値を認めるべきで、伝統的な西洋文化だけを特別扱いするのは間違っていると考える。ここで言う西洋的な伝統というのは、はっきりと定義できるものではないのだが、まあ大雑把に言ってソクラテス、ホーマー、英語、キリスト教、ミルトン、シェイクスピア、民主主義、白人男性至上主義、あたりを意味すると考えていいだろう。 まずはウェスタン・キャノン側の主張。
 ロジャー・キンボール--それは人類にとって普遍的な益がある、と彼は主張する。それはすべての人に訴えかける--性、人種、民族を越えて。
 ウェスタン・キャノンを批判したり無視したりすることは、我々の社会の基盤を脅かす。我々の政治制度の基本概念とは、論理性、個人の権利、公正な批評、性や人種や民族に関わりのない正義、などである--これらがわが自由民主国家を維持するのに不可欠な概念であり、ウェスタン・キャノンはこうした概念を推進するのだ。
 ウィリアム・ベネットの主張--西洋文明の偉大な所産は、多民族国家を一つに結び合わせる。
 ドナルド・ケイガン--西洋文明、そして西洋文化が我々の学問研究の中心に置かれないなら、自由民主主義社会は危機に瀕するであろう。
 アラン・ブルームは、この戦いはすでに敗北に終わったと考えている。<アメリカン・マインドの終焉>--「今日、高等教育は学生の魂を貧弱にするとともに、民主主義を損なっている」
 あらゆる相違を超越した、人類にとっての普遍的な益! 我々の社会全体にとっての福祉! その自信たっぷりな調子、自惚れを自惚れとも思わない滑稽な真摯さ--それはまさにキリスト教のドグマである。
「ペテロ口を開きて言ふ、『われ今まことに知る、神は偏ることをせず、何れの国の人にても神を敬ひて義をおこなふ者を容れ給ふことを』」--Act10:34,35
「願はくは汝わが命令にききしたがはんことを もし然らば汝の平安は河のごとく 汝の義はうみの波のごとく・・・」--Is48:18
 そして、保守派の文学者たちは、アメリカにおいてウェスタン・キャノンがこの役割を果たしてきたと信じているのだ。従って、彼らの反動的とも感じられる主張はつまるところ、高低の基準、よしあしの区別、中心と周辺との秩序が失われ、物事が無限に相対化されてしまうことへの危惧、一国の国民的精神性が痛ましくも分裂してしまうことへの警鐘、であると考えられる。しかしこの宗教はその権威として、人間の伝統しか持っていない。批判者はそこを突いてくるのだ。 マリリン・フリードマンの反論。
 ウェスタン・キャノンは普遍性を持っているって? それでは普遍性とは何か--我々の社会には、西洋式ではない教育を受けた人はたくさんいるし、全然教育を受けなかった人だってたくさんいる。普遍性を定義し、それを持っていることを証明するのは難しい。普遍性の証拠とは何か--西洋人自身がそう言っているということだけなのか? だとしたら、それは途方もない無知、傲慢もいいところだ。持っていると主張するだけでは、実際に持っていることにはならないのだ。
 それからフリードマンは自ら<普遍性>の試金石を示す。フリードマンによれば、普遍性の証拠とは「みんながそれと認めること」である。あらゆる立場からの声が聞かれなければならない。
 異文化間の比較検討をする前には、その判断基準が異文化同士の間で適切であることが明らかにされなければならない。しかし、そんな判断基準を見つけるのはまず無理であろう。我々の社会全体への福祉という主張にしたってそうだ。我々にとっての福祉とは何か--具体的にどんな福祉が最も望ましいと、誰に言えるのか。
 加えるに、ウェスタン・キャノンは大きな道徳的欠陥を抱えている。現代米国に生活するにあたって無視できない側面であるところの、あの複雑な多民族性にどう対処すべきかについて、ほとんど洞察を与えていない。また、フェミニズム、性、ジェンダーを含む、人間のアイデンティティーをめぐる問題に関しても、批判的省察を与えていない。
 こうした欠陥を埋め合わせるために、カリキュラムはぜひともマルティカルチュラリズムを取り入れるべきなのだ。
 これがフリードマンの言い分である。
 たしかにもっともな言い分だ。しかし、これがもし、キリスト教のアナロジーとしてのウェスタン・キャノンではなく、キリスト教そのものだったとしたら--そうしたら、こうした言い分はみんな論破できるのだ。というのは、もし神の権威で真実とか普遍性を語るのであれば誰にも反論できないからだ。
 傲慢だって? --語っているのは神なのだ、どうしてそんなことがありえよう。普遍性の証拠とは、みんながそれと認めることだって? とんでもない! 真実が真実であるために、どうしてみんなからそれと認められる必要があるのか。異文化間の判断基準は存在しない? --まさか! 神の原則は、いつだって判断基準として機能するではないか。我々にとってどんな福祉が最も望ましいのか--それも、決めるのは我々自身ではなくて、神である。人種や性の問題についての十分な省察を与えていないからといって、それが何だろう? 神は、いつだって正しいのだ。
 という具合に。有無を言わせず。
 しかし、普遍性をめぐるウェスタン・キャノン信奉者たちの主張はちょっと、興味深い。すなわち彼らはウェスタン・キャノンなるものを、重力とか引力のようなものとほとんど同じくらい普遍的なものと考えているのである。それはあらゆる人間の<本質>に関して確信に満ちた論議を展開したR.スチュアートの文章や、「普遍的な人間の問題を追求した」フォークナーを思い起こさせる。
 スチュアートはフォークナーの小説世界におけるキリスト教的象徴主義の効用の一つを次のように説明する。「(それによって)キリスト教的な意味は驚くべき偏在性(ubiquity)を持ち得るという考えが・・・伝えられる。・・・彼は・・・象徴的な作家である。ミシシッピー人はフォークナーが絶対的な意味で彼らのことを書いていると想像してはいけないし、ニュー・イングランド人や中西部人やカリフォルニア人も、彼は自分たちのことを書いているのではないなどと想像してはならない。・・・彼が書いているのは人間の条件についてである。彼が書いているのは原罪についてであり、これは--信ずるに足る十分な理由があるが--最も広い人間社会に広がっているのである。
「・・・彼がまっすぐその核心をのぞきこんだ事物が、ミシシッピー特有のものでないことは確かである。それは人類にのみ特有のものである。」
 それは中国人にも、フィジー人にも、イヌイットにもあてはまるのであり--とまでいかなかったのは、スチュアートの謙虚ゆえと考えてよいだろう。しかしこういう文学観が、西洋精神の普遍性についての考え方の基礎となってきたのはほぼ間違いあるまい。ところで彼らが(神の見地からして)許されるとしたら、それは彼らがキリスト教の原則を--神の権威を下敷きにして--語っているからなのである。キリスト教の理念の普遍性を主張することを傲慢であると考える必要はない。ところが、ウェスタン・キャノンが神の概念を抜きにして、ウェスタン・キャノンそれ自身の名において普遍性を主張し始めるとなると--これはもう、傲慢以外の何物でもなくなってしまうのだ。このあたりにも我々は、神とカエサルとの混同が引き起こしてきた問題を見ることができるのである。

           *            *

 カール・レーヴィットはニーチェを論じた際に、逆の観点からこの問題を取り上げている。すなわち、ニーチェの時代におけるニヒリズムがなぜまだ不完全なものでしかなかったかを説明して、彼は書くのである--(二重カッコ内はニーチェの引用)
「・・・人間は現在まだ中間状態にある。人間は根底においてもはや何ものも信じないが、それにもかかわらず一切のものをそのままにしておくのである。『今や一切のものは全く虚偽か、弱々しいか、常軌を逸している。』人はもはや義なる神によるキリスト教の救いを待ち望まないが、しかしやはり似たような意味で、社会的『正義』によって地上的解放を供しようと試みるのである。人はもはやキリスト教的彼岸を信じない。それにもかかわらず、世俗的終末論の形態において彼岸をしっかり持っている。人はキリスト教的自己否定を根底において拒否するが、自然的自己主張を肯定するのでもない。人はもはや『キリスト教的結婚』や『キリスト教的国家』を信じない。けれども、このことは出生や婚礼や死亡を見せかけのキリスト教的きよめで装うことを何人にも禁じはしない。
「この曖昧さの結果、今やすべてのものが信ずべき意味を持たないものとして現れ、また『無価値』になったということ、このことをニーチェは、実際には基準を与え得ないものとなってしまい、また世俗的になった我々の生に対して実際に行われた価値評価がそれに対して久しい以前から矛盾しているところのかの諸価値が、未だになお価値基準として通用していることの帰結であると解する。『私はあたりを見まわす。かつて真理と呼ばれたかのもの--キリスト教的真理、キリスト教的信仰、キリスト教的教会--について一語も残っていない。・・・すべての人はこのことを知っている。それにもかかわらず、一切が元のままに留まっている。普段は非常にとらわれない種類の人間であり、またどこまでも反キリスト教的行動の人であるわが政治家たちさえも、今日なお自らをキリスト教徒と呼び、聖餐に列することを考えれば、端正さと自己に対する尊敬との最後の感情はどこへいったのだろうか。誰を一体キリスト教は否認するのか。「この世」とは何を言うのか。人が兵士、裁判官、愛国者であること、自己を防衛すること、自分の利益を欲すること、自負していること、・・・各瞬間における一切の行動、あらゆる本能、実際に行われている一切の価値評価、これらのものは今日すべて反キリスト教的である。それにもかかわらず、現代人が自分を未だにキリスト教徒と呼んで恥じないとは、彼は何と言う虚偽の奇形児でなければならないことか。」

 そしてこれが、歴史的にキリスト教と文化や国家なるものが混ぜ合わされてきたことの避けがたい結果である。
 誰を一体キリスト教は否認するのか? 「この世」とは何を言うのか? ニーチェはもちろん、ヤコブが「自分を世から汚点のない状態に保つように」と命じた世について語っていたのだ。(Jas1:27)そしてヨハネが、「世も世にあるものも愛することがないように」と警告した世について。(1Joh2:15-19)
 この明確な区別、鋭い断絶がキリスト教の本質なのである。それゆえに世は裁かれねばならず、それゆえに終末が招来されねばならないのだ。

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2013年11月30日

創造的な不幸-22-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-22- 文学の問題、その1


 文学の問題。

 神々は、我々を人間とする為に何らかの欠点をお与えになる。
 ・・・You, gods, will give us
    Some faults to make us men.
            ---<アントニーとクレオパトラ>第五幕第一場

 Aはこの言葉が文学の問題の本質を突いているのを感じ取って、長らく忘れられなかった。
 我々はここでの神が小文字のgodsであって、大文字のGod ではないことに留意すべきである。God は--キリスト教の神は--我々を人間とするために欠点を与えたりしなかった。その神は我々を、はじめから完全なものとして創造したのであり、人間の方が自ら罪を犯して不完全なものとなったのだ。
 ところが人間のその不完全性が、文学に対して--あるいは芸術全般に対して--はかりしれない奥ゆきと広がりと深みとひだとを与えてきたこと、これは否定し得ない事実ではないのか? いや、順序から言えば、人間の不完全性こそがこの不完全なる世界における芸術を生み出してきたのだ。それでは、人間の罪と、それゆえに生じる一切の苦しみと理不尽--それは芸術のための必要悪なのか?

 ヴォルテールの"The World It Goes" 。
 これはヨナ書のパロディーである。
 流血の都市ニネベ。
 神は預言者ヨナに命じて「彼らの悪が私の前に達したことを」告げさせ、「あとわずか四十日でニネベは覆される」ことを布告させる。
 すると驚くべきことに、住民たちはこぞって悔い改め、その悪と暴虐の道から引き返して神に信仰を置くようになる。この知らせがニネベの王のもとに達すると、彼は自ら粗布を身にまとって灰の中に座り、悔い改めを布告する。
「まことの神が翻ってまさに悔やまれ、その燃える怒りから離れて、我々が滅びないようにしてくださることはないと、誰が知っていようか。」
 それで神は彼らがその悪から立ち返ったのを見て、彼らに加えると宣言したその災いを加えなかった。
 ヨナ書の大筋はざっとこの通りである。
 しかるに、ヴォルテールの短篇においてはニネベがペルセポリスに変わる。滅びの宣告を携えてゆくのは、ヨナではなくて一人の天使である。
 彼はペルセポリスを検証すべく、しばらくそこに滞在する。なるほどその都市は悪徳と不徳義に満ちている。ところがそこに住むうちに、天使はだんだんとその都市が好きになってくる。なるほど悪徳に満ちてはいるが、それに勝って人間的な魅力に富んだ都市でもあったのだ。
 そこで天使は一人の職人に命じてダイヤモンドと土塊とで彫像をつくらせ、それを神のもとに持ってゆく。
「神よ、これがすべてダイヤモンドでできてはいないという理由で、あなたはこの愛らしい彫像を壊しておしまいになりますか」
 それで神はペルセポリスを滅ぼさなかった。

 この二つの話において、決定的な違いは、滅びを宣告された人間の側の行動にある。すなわち、ニネベの人々は己れの悪を捨てたので、神もまた加えようとしていた災いを放棄した--この点において神の言葉は果たされなかったが、その目的は悪を断ち滅ぼすことにあり、それはすでに達せられていた、すなわち、邪悪であった人間がもはや邪悪でなくなっていたからだ。だから神の威信は少しも傷ついていないし、その義の規準も侵されていない。ところがペルセポリスの場合、人々は何らの変化も遂げないのであり、逆に神の方が天使に説得されて考えを変えるのだ。これは、ヒューマニズム--人間至上主義の威光の前に、神の権威ですら退けられることを意味する。
 十八世紀のオプティミズム、科学の発達、啓蒙思想。人間性への無邪気な信頼が、ヴォルテールとその時代の特色だった。
 人間は人間だけで善悪の規準を定めてやってゆける--それはまさに、エデンで蛇がエバをたぶらかした言葉ではなかったか。
 エデンからの追放、ないし脱出、それは人類の原風景である--禁断の木の実を手にしたとき、エバはエデンを捨て、神の権威を退けた。彼女は「神の如くなり、決して死することなし」という蛇の言葉を信じたのだ。近代のヒューマニストも基本的には同じことを繰り返したのであり、ただ彼らは、蛇と違って自らの主張を誠実に信じていたのだった。
 ヴォルテールの神は偶像を打ち壊さなかったが、1914年から始まる一連の出来事がそれを打ち壊した。人間は人間だけでけっこううまくやってゆけるのだ、そりゃあ神の目から見れば不完全で罪深いかもしれないが、それなりに、いやそれだからこそ、魅力的で愛すべき存在ではないか。--そういう幻想を、この現実が打ち壊したのだ。

 1914年8月4日、ヘンリー・ジェームズの書簡。
「我々が今、悪夢の中に生きているのではないように語ってもむだなことです。過去の恐るべき流血と恐怖の深淵に、文明社会はつき落とされてしまったのです。時に後退することはあっても、世界は次第によくなると信じてきた我々の年月は、すべてむだになってしまいました。けれどもこの欺瞞の年月の間に我々が目指し、意図してきたもののすべてを今ありのままに受けとめるというのは、あまりに悲劇的で、言うべき言葉も見つかりません。我々の過去の愚者の楽園の一切が、その正体を暴露されてしまったのです。そんなもののためにえいえいと努力してきたとは、我々は何と愚かだったのでしょうか。」

 打ち砕かれた人間至上主義の悲しみ。
 人間の罪は、文学にとってたしかに豊かな源泉となってきたかもしれない。けれど、<孤独の発明>以後、Aは思うようになった--文学が必要とする苦しみと理不尽の最大指数というものが仮にあるとして、この世界はそれをはるかに凌駕している。
 それゆえマヤコフスキーは自ら命を絶った。彼は二十年代ソ連における農村の惨状を目にして、自分が見たものを書き続けることにもはや耐えられなかったのだ。

「詩人マヤコフスキーは私が何とか理解しようとして果たさなかった詩人だが、偉大な才能の十字架と共に、憎しみ、怒り、暴力を背負い、自分と自分の民族の苦悩に意味を見いだすことに失敗した人間だった。・・・天才がいかに偉大であろうと、いつまでも無限に否定だけを糧にしては生き続けられない」              --ロレンス・ヴァン・デル・ポスト<ロシアへの旅>

 あるいはアドルノ--「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」
 Aは、神によって断罪された文学の死を悲しむ。Aはペルセポリスの像のために、丘の上で哀歌を唱えたいと思う。
 それでも尚、だれもそれを凌駕できない。なぜなら、相手は神だからだ。神を捨てること、拒否することはできる。しかし、凌駕することはできない。
 再びローマ書--「すべての人は罪を犯したので神の栄光に達しない」

           *            *

 文学と完全性について。

 将来地上に回復されることになっているパラダイス、完全なる人間の住む完全なる世界、そういう世界に文学の生まれる余地はあるか?
「神は光であり、神との結びつきにおいてはいかなる闇も存在し得ない」--そのような世界に、文学は存在し得るのか?
 Aはかつて自分の属していた会衆を思い出す--彼らのうちに、思想においても言動においても存在する、越えることを許されない明確な一線。悪を絶対に許容しない、道徳的な強靱さ。文学も芸術も「もののあはれ」も幽玄の興趣も、何ものもその倫理規準を超越することは許されない。エホバ--愛と義のアマルガム。
 彼らのうちに文学らしきものが存在するとしても、それはいつでも真理のプロパガンダ装置もしくはその探究の手段であり、決して文学そのもののための文学ではなかった。けれど、ああ--神の規準によって真ん中で分断された「もののあはれ」など、とても見られたものではない。
 そういう人々のうちにあって、文学はどうすればいいのか。ただ真理のプロパガンダに専念していればいいのか。中世の聖者伝、あるいは長らくロシアの文壇を毒してきた社会主義リアリズムのようになってしまっていいのか。それでは文学の死ではないのか。それとも、(カフカについて一注釈者が書いたように)文学とは真理の探究であるなら、真理が見い出された今、文学は死んでしまって構わないのか--真理がそれほど貴重なものであるなら。

           *            *

 一方、Aにとって文学の本質とは、他でもない、<神への反逆>だった--他に何があろう? それは神の創造したこの世界に対抗して、全く別の、新しい秩序を打ち立てる行為であり、神の定めた<世界の真実>に対する、最も深い意味での挑戦だったのである。Aの創り出した世界では、人は神に仕えることなしに幸福に生きることができ、社会は神の権威なしに立ちゆくのだった--すなわちそこにおいては蛇の嘘が真実となったのだ。それゆえAの<文学>は、例えば<権力と栄光>の背景となった六十年代のメキシコや、ソ連におけるような共産主義革命なんかよりも何倍も重い罪だった。なぜなら、革命は現実の世界に起こったのであり、現実の世界は常に神の定めた<世界の真実>に左右されているからだ--人々の間でキリスト教がどれほど衰退しようと関係ない、それはもっとアプリオリなものであって、あらゆる人間はついにそれから逃れられないのだ。げんに二十年代に始まるソ連の惨状は、神なしのユートピアの建設が不可能であったことを反駁の余地なく実証して、「此人彼人を治めてこれに害を蒙らしむることあり」という神の言葉の正しさを、逆説的に明らかにした。だからもしも、人がこの過程をつぶさに観察して、神の正しさについて確信を得、その結果神に仕える生き方を選ぶ決定を下したとすれば、それは神にとって喜ばしいことではないか?
 そしてそれは、革命がどれだけ大量の、罪のない血を流したとしても尚真実なのである。実際、神が現在に至るまで、エデンの外における人類の存続と、その道徳的混乱の存続とを許している理由はここにあるのではなかったか?
 それに対して、Aの<文学>は一滴の血も流さないので、一見すればそれは無害と思えるかもしれない。しかし、こういうことが起きたとしたらどうだろう? 仮にAの書いた小説が世に出たとする。そして、経験の少ない、若いキリスト教徒がそれを読み、それに影響されて神なしのユートピアの可能性についての幻想を抱くようになって、その結果神の道から迷い出るようなことになったとしたら? そして、終末のときにこの世と共に滅ぼされるようなことになったとしたら?
 そうしたら、神のもとから一つの魂が失われたことに対してAは間違いなく血の責任を負うのであり、「これら小さな者の一人をつまづかせるよりは、挽き臼を首にかけられて海に投げ込まれた方がましである」とのキリストの言葉を身に受けることになるのだ。
 こうして、間違った思想が間違った行動の萌芽として、行動そのものより罪深いとすれば、神の目には、スターリンよりもマルクスやロバート・オーウェンの方がなお罪深いと、我々は考えることができないだろうか?
 ナジェージダ・マンデリシュタームが、二十年代の文化人たちを批判した言葉を思い出されるだろうか。二十年代そのものは躍動に満ちたすばらしい時代だった、ただそのあとの路線を誤ったからすべてがおかしくなっていったのだという考えを、彼女は退けている--「彼らは、その後起こったことに対して責任を認めていないのである。しかし、果してそうだろうか? なにしろ、当時あった価値観を破壊して、新しい国だ、未曾有の実験だ、樹を伐れば木っ端は吹っ飛ぶといった、今もなくてはならない形式を発見したのは、他ならぬ二十年代の人々だったのである。すべての死刑は、目下我々は二度と暴圧のない社会を建設しているのだから、・・・どんな犠牲も許されるのだと、正当化されていたのである。・・・」

 ところで、ここで我々は「神に断罪される共産主義」という図式を転換して、「自分の認める以外のあらゆる文学形式を断罪する、キリスト教のアナロジーとしての共産主義」という図式によってもまた、この問題を考えることができる。共産主義思想がキリスト教から生まれたことを、"Portage" のヒトラーも指摘していなかっただろうか。ナジェージダ・マンデリシュタームもまた書いている--「信奉者たちがつつましくも科学と呼んでいたこの宗教が権威を授けた人間は、神様並みに高められる。この宗教は、自分の信仰の象徴と道徳とを作成した。・・・一九二〇年代には、少なからぬ人々が、キリスト教の勝利の歴史から類推して、新しい宗教の千年王国を予言した。さらに最も良心的な人々は、教会の犯した歴史的な罪業を列挙しながら、キリスト教の本質は宗教裁判によっても変わらなかったくらいだから、新しい宗教もそうだろうと類推をたくましくしたのである。・・・」
 そしてこの新しい宗教が、文学に対していかなる態度を取ったか--
「わが国では遠慮会釈なく経歴や死亡年月日が歪められている。オシップがヴォロネージでドイツ人に殺された、という噂を流したのは誰か? 収容所で大量に人が死にだしたのは四十年代初めからだ、といっているのは誰か? 現存の、また物故した詩人たちの詩集を立派な作品はみなわざと抜かして出版しているのは誰か? 命を落とした作家や詩人、今も生きている作家や詩人のもう出版されるばかりになっている原稿を、何年も編集局にしまいこんでいるのは誰か? そんな例はとても全部は数えきれない。さまざまな形の保管庫にしまいこまれたり、埋もれたりしているものはあまりにも多く、焼き捨てられたものはさらに多いのである」
「・・・この時代の注目すべき特質は、人を殺し自分も命を落としたこういう新しい人たちすべてが、自分だけにしか思考し判断する権利を認めていなかったということであった。・・・昼夜時を分かたず護衛つきで自分たちのところへひっぱってこられる人間が、自分に自由な詩を書く権利があることをいささかも疑っていないと知ったら、取調官の誰もが哄笑したことだろう。・・・ヤーゴダはオシップの詩がすっかり気に入って空で覚えていたほどで、・・・この詩をブハーリンに自ら読んで聞かせたのだが、自分に有利だと考えたなら彼は過去、現在、未来のすべての文学をためらうことなく抹殺したにちがいない。」
「スルコフはパステルナークの小説がどうして悪いのか私に説明してくれた。ドクトル・ジヴァゴにはわが国の現実を判断する権利がない、我々は彼にそういう権利を与えなかったのだから、というのである。」
「死に方を選びながらオシップは、わが国の指導者たちの・・・詩へのはかりしれぬ尊敬を引き合いに出して、私を慰めるのであった。『嘆くことはないじゃないか。詩が尊ばれているのは、わが国だけだよ。詩のために人殺しをやっているのはね。詩のために人がこんなに殺される国はどこにもないからね』と彼は言うのだった。」
「・・・家政婦は、自分たちはみな不法に流刑に処されているのだと主張していた。たとえば彼女だが、彼女は逮捕される頃にはもう自分の党の仕事から離れていたし、逮捕されたときは私人であった。
『彼らだってこのことは知っていましたよ!』
 と彼女は言うのだった。だが私には・・・どうも彼女の主張が分からなかった。粉砕された党の一員であったことを自ら認めるなら、なぜ彼女は自分が流刑に処せられていることに腹を立てるのだろう? わが国の基準からすればそれが当然なのである。そう私はその時考えていた。『わが国の基準』は・・・恐ろしくて残酷だが、それが現実であり、強大な権力は、たとえ今は活動していないにせよやはり動きだすおそれのある公然の敵たちを黙って見ているわけにはいかない。・・・
「ナールブト・・・の観点からすればオシップを流刑に処さないわけにはいかなかった。『国家は自衛しなければならないだろう? でなければどうなるか、考えてごらんよ』
 私は反駁しなかった。出版されたのでもなければ公衆の前で朗読されたのでもない詩は思想と同じである。思想ゆえに人を流刑にはできないと、言い争ったり説明したりする必要があっただろうか。」

 思想ゆえに人を流刑にはできないだって?・・・とんでもない! 思想こそは全く、そのために人を流刑にしたり殺したりする最大の根拠なのである。イエスも言ったのではなかったか--「心から出るものが人を汚す」と。
 あらゆる罪と反逆とは思想から始まる。最初の罪は一人の天使の心の中で始まったのだ。彼の「思想の自由」ゆえに。それがまた「女を見てこれに欲情を抱く者は・・・」ということの意味だし(ノアの日に、「まことの神の子ら」においてそれがいかに真実となったかを見よ)、それがまた「神を愛せ」という第一の掟の意味でもある。最大の掟がかくのごとく、法律をもって罰することのできない掟であったことには意味があるのだ。この掟は、心を、思想を支配する掟であったからだ。
 共産主義がキリスト教のアナロジーであるのなら、そのもっとも忌まわしい部分もまた、キリスト教にその原型を見い出すことができるのである。
 それゆえ、キリスト教は、あらゆる芸術がそこから生み出されるところの精神性のあり方そのものを規定するのであるから、芸術の立場からすれば、それは芸術に対する最大の冒涜である。他方、キリスト教の立場からすれば、芸術は、神に対する精神の全き服従という第一原理を無視しかねないのだから、芸術のそういう本質こそは神に対する最大の冒瀆である。
 スターリン主義と文学とのあの軋轢に満ちた関係から、我々はこの本質的真理を学ぶことができるのである。

 自らの芸術によって新しい世界を創造すること、自らの芸術を神と張り合う位置にまで高めること。
 芸術の持つこういう力を認識するとき、中世ヨーロッパにおいて役者や音楽家が賤民の部類に入れられていたのは何ら驚くべきことではない。そうすることによって教会は、芸術をくびきのもとに屈伏させ、芸術から自らを守る必要があったのだ。カミュによれば、十八世紀においてすらそうだった。

「俳優のこような習練をカトリック教会がどうして断罪しなかったはずがあろう。この芸術における魂の異端的増殖、感情の放蕩、ただ一つの運命しか生きぬことを拒み、あらゆる放埒に身を投じてゆく精神の破廉恥な意図を、教会は退けた。・・・それらは教会の教えるものすべての否定に他ならないからだ。永遠は演技ではない。永遠より芝居を好ほど無分別な精神は、自分の救いを失ってしまった。・・・俳優という実に卑しめられていた職業が、異様なまでの精神の葛藤を引き起こす所以はここにある。
「十八世紀の著名な悲劇女優アドリエンヌ・ルクーヴルールは、臨終の床で懺悔と聖体拝受を望んだが、その職業を否認することは拒んだ。それゆえに彼女は懺悔の恵みに浴することができなかった。まさしくこれは、自分の深い情熱を選び、神を敵とすること以外の何であろう。そして、臨終の苦しみにあったこの女性は、自分が芸術と呼んでいたものの否認を涙ながらに拒むことによって、かつて彼女が舞台で脚光を浴びていたころには絶対に達し得なかった偉大さに達したことを証明したのである。それは彼女が演じたうちでもっとも見事な役、しかももっとも困難な役であった。天と、それに比べればいかにもつまらないものに思える自己への忠実とのどちらを選ぶか、永遠より自己をよしとするか、それとも神の中に身を沈めるか、これは敢然として生きねばならぬ数世紀来の悲劇なのだ。
「当時の俳優たちは自分が破門されていることを知っていた。俳優という職業に入ることは地獄を選ぶことだったのだ。そして教会は彼らの中に最悪の敵を見ていた。文人たちの中には、『なんだと、モリエールに最後の救いを与えることを拒否したんだと!』といって憤慨する者も何人かあった。だがそうした教会の態度は正当だった・・・」<シーシュポスの神話>

           *            *

 当時小学生だったAは、これだけのことを言葉にして意識化するだけの知的な勇気も、冒瀆的な正直さも持ち合わせていなかった。しかしながら自分がしていることの意味をおぼろげながら認識していて、その認識がまた、Aを苦しめたのだった。なぜなら、当時のAはまだ、神を捨てていいとは思っていなかったからであり、神への崇拝をどんなに重荷と感じても、その必要性については何の疑問も抱いていなかったからだ。
 それでも尚、Aにとって<文学>は、重苦しい神の権威からの唯一のサンクチュアリであり、道徳的アムステルダムだったのだ。当時Aの属していた会衆では、あらゆる楽しみが断罪され、芸術的感性は絞殺されて死に絶えていた。集会に連れられてゆくとき、Aはいつでも戸口に傘を置くように自分の<文学>を置いて中に入り、帰るときにまた持ち帰ったものだ。そこは全く、十七世紀のボストンみたいなところだった。それにもちろん、神の命令は(愛せよ、従え、善良なれ)、Aがどこにいてもつきまとってきた。ペンを手にして紙に向かっているときだけ、Aは自由に息をすることができたのだ。この領域までも神の手に引き渡すなどということは、Aにとって、考えるだけでも耐えられなかった。自分の内的世界全体が根こそぎ奪い取られるようで、そんな想念が頭をかすめるたびに、Aはぞっとして身震いした。
 けれど、そんなふうにいつまでもどっちつかずの状態でいるわけにいかないことは、Aにもよく分かっていた。Aは知っていた--あまり考えたくはなかったが--将来のいつかに、どうしても避けられない、命がけの対決が控えていることを。

 Aはまさに最初から、引き裂かれた存在だったのだ。
 一方では、自分はもちろん神に仕える人生を歩むことになるだろうと思っていたし、もう一方では、もちろんそんなことにはならないだろうと思っていたのだから。

           *            *

 それから、<孤独の発明>との出会いがやってくる。
 ここにおいてAははじめて、伝統的ヨーロッパ的文学観に出会ったといっていいだろう--すなわち、文学とは形而上学的な問題に渡るものであり、また、渡るべきものであるということ。

 それより三年ほど前に(Aは十四かそこらだった)、Aは同じオースターの<幽霊たち>に出会っている。それも衝撃的な出会いだった--近代世界がカフカに出会ったときの衝撃。こんな小説が書かれ得るのか! と思ったものだ。その頃のオースターのキャッチフレーズは<エレガントな前衛>だった。
 恐らく<幽霊たち>を知らなかったら、<孤独の発明>との出会いもこれほど強烈ではなかっただろう。あの小説を書いた、彼ですら意味を求めていること--「彼もまた意味を渇望している」
 これまでの歴史の中で引き起こされてきた、世界中の苦しみ--これらすべてには一体何の意味があるのか、どこかに救いはないのかと、凄まじいばかりに問いかける彼の姿。「世界は残虐であるがゆえに。世界は人を絶望にしか導きえないゆえに。ひとかけらの救いもない絶望、どこにも出口のない絶望。何ものもこの牢獄のドアを開けることはできない。希望の消滅、それがこの牢獄の名だ。・・・彼はこれ以上先へ進めない」

 けれどもこれほどまでの世界の絶望は、ちょうど逆光になったものの影の濃さが背後の光の強烈さを際立たせるように、Aをして、劇的な仕方であるものの存在に対して目を開かせたのである--すなわち、神の希望に対して!
 生まれてはじめて、Aは自分が長年にわたって提供されてきたものの何たるかを理解した。すなわち神の教えとは、この世界の道徳的無秩序に対する答えであり、意味であり、救いであったのだ。

 その本を一気に読み通したときの感動を、Aは思い出す。
 それはダマスカスに向かうサウロの前に現れたまぶしい光さながらだった。その日を境に、Aは突如急転回して神の道を突っ走りはじめる。
 Aを根底から揺さぶったあの感動に、Aの激しい思い込みと、思い込んだら誰にも動かせない頑迷さと、命がけで突っ走る激烈さとが結びつけば、始末に負えないパリサイ人ができあがるのは火を見るより明らかだった。
 Aは思い出す--自分の目を開かせてくれた感謝と共に、ぜひとも彼に真理を伝えなければという使命感に駆られ、拙い英語で便箋十枚ばかりの手紙を書きつづってオースターに送ったこと。その手紙が住所不備で結局彼のもとに届かなかったことを、Aは全くもって感謝する次第である--誰に? 恐らくは、<現代の無>に。

 それからAが苦悩に押し潰されて身動きがとれなくなるまでに、長くはかからなかった。人に向けた鋭い裁きの刃を、Aは自分自身に対しても突きつけたからだ。
 とりわけAを苦しめたのは愛の問題だった。
「あなたは心をこめ魂をこめ、思いをこめ力をこめてあなたの神エホバを愛さねばならない--これが最大で、第一の掟です」
 Aは神を愛せなかった。

 苦悩が言葉を持つ前の、果てしない苦悩。
 苦悩が言葉を持って語りだしてからの、再び、果てしない苦悩。
 自らを説得しようとして自問自答を続けたために残された、膨大な量のメモ--あまりに教唆的で、あまりに容赦なく、読み返そうとしても目に触れただけで、当時の精神状態が思い起こされて息苦しくなり、吐き気がしてくる。

 神への愛について。
 フェデリコ・フェリーニの<道>。
 ジェルソミーヌと連れの男が、旅の途中でとある修道院に一夜の宿を借りる。そこの修道女の一人が、ジェルソミーヌに向かってこんなふうに語りかけるのだ。
「旅をされているのですね。私たちも、二年ごとに修道院を移り住んでいるのです」
「なぜ」
「長く暮らしていると、庭の草一本にでも愛情がわいて、その分だけ神様へのおつとめがおろそかになります」

 その反証。
 カポーティの<草の竪琴>。
 恋人と一緒に、線路の上に止めた車の中で列車がくるのを待っていたライリー。
 彼は言う--彼女のことを、ほんとに愛することができないんだ。そうすることが僕の願いなのに。
 すると聞き手の一人が答えるのだ--お前は反対の方向から始めようとしたのだよ、ライリー。どうして一人の娘を想うことができる? 今まで一枚の木の葉にでも心を寄せたことがあったかね? 一枚の木の葉、一握りの種、まずこういうものから始めるんだ。そして愛するとはどういうことなのかを、ほんの少しずつ学ぶのだ。

 神への愛について。
 苦悩の中のA。彼は一枚の木の葉を前に自問する--これと神と、己れはどちらをより愛しているか?
 そうやって一つずつ、すべてを切り捨ててゆくことが、神への愛を培う唯一の方法だと思っていた。こうして世界はどんどん色あせ、すさんでいった。
 しかし、キリスト自らそう問うたのではなかったか? 彼はペテロにそう問わなかっただろうか--しかも三度も。「あなたはこれらのすべてよりも私を愛していますか」と。

 そして、インディサイスィヴであることもまた罪なのだ。
「汝らいつまで二つのものの間にてまよふや エホバもし神ならば之に従へ されどバアルもし神ならば之に従へ」---1Ki18:21
 ずっと長い間、Aは恋人から結婚を迫られている男みたいに、ぐずぐずと決定を引きのばしてきたのだった。
 Aは神に献身しなければならないと分かっていながら、尚どうしても自分を捨てられずにいた、そしてそういう自分のふがいなさにすっかり嫌気がさしていた。Aにはいやというほど分かっていたのだ--エリオットが皮肉って言ったように、我々は決定を引きのばす強さだけでなく、決定を下すだけの強さをも持たなくてはならないことを。
 どれだけ長い間、Aは絶望的になりながらも、己れの心を神に屈伏させようとして必死に戦い続けたことだろう--Aは常に戦場だった。
 そしてその間にもどんどん時間は経ってゆき、女の方は待ちくたびれて年をとってゆく。これは神の忍耐が尽きて、終末が到来するのに相当する。
 どっちつかずの辛さというものは、Aの場合、精神的な、形而上学的なものでは全然なかったのだ。それはもっと身近で、それこそ肌で感ぜずにはいられないような種類のものだった。すなわちAのまわりには、小さい頃から神の言葉を教え込まれてきた従順な優等生たちがいっぱいいて、彼らが組織の規範に則って一つ一つ着実に段階を踏み、さいごに神への献身と全き自己放棄の象徴としての洗礼を受けてゆくのを、Aはずっと見てきたのだ。Aと大して年も変わらず、あるいは年下でさえあるのに、彼らが神の前に於ける立場の点でははるか先へ行ってしまっていて、一方己れは自らの不従順ゆえに一人取り残され、どうしようもない劣等感に苦しめられているのだった。
 そして、この国にあって、神についての概念が全然一般的でない中にあって、キリスト教徒であることの意味するところを彼らが十分には理解していないとしても、それは問題ではなかった。神にとって重要なのは、人が何を理解しているかということよりも、どんなふうに生きているかということなのだ。そして神のもとにとどまって学び続ける限り、人はまた必ずや理解をも得るのだった。
「お許しください、私はほんの少年にすぎません」
と言ったエレミヤに向かって、神は請け合わなかっただろうか--
「私があなたと共にいて、あなたを助ける」と。
 彼らはそこまで深い認識なしにバプテスマを受けるかもしれない、しかし彼らはその誓いに調和した生涯を送る。そのために自分で考えるということをついに知らぬまま終わったり、幾分パリサイ人化したりもするかもしれない。それでも尚、いちばん重要なのは、神に仕え続けることだった。

 あるいは伝道活動。
 訪問を受ける側にしてみれば、それはただ腹を立ててドアをバタンと閉めるか、またはご苦労さんといって雑誌を受け取るくらいのことにすぎなかった--ものの一分もかかりはしない。しかし、訪問する側はドアを叩くたびに、迫り来る終末からの救いと、神への献身に至る長い道のりの始まりとを提供してたのだ。自分がそれを選び取れないでいるAにとって、それは最高に不誠実な行為だった--己れに対しても神に対しても。
 それゆえAは苦しんだ。それでも尚Aは出掛けていった--行って王国を宣べ伝えよと、神が命じていたから。

           *            *

 カポーティの<ティファニーで朝食を>。
 ヒロインのホリー・ゴライトリーは、もとは貧しい孤児である。三十年代南部のひどい時期、盗みを働いて食いつなぎ、やがてとある農家に引き取られて養われることになる。そして、十四の年で、男やもめであったそこの主人と結婚する。みんなに大事にされて何不自由ない暮らしだったのに、彼女は田舎での平穏な暮らしに飽き足りず、やがて家を飛び出して都会へ行ってしまう。
 ホリーはチャンスをつかむ。O.J.バーマンなるマネージャーに見い出されて、映画女優となる訓練を受けるのだ。ところが、富と名声の可能性をあっさり捨てて、ある映画の大事なテストの前日、彼女はふらりとニューヨークへ飛んでいってしまう。
 そこから電話をかけて、彼女は言う、あたし今ニューヨークに来ているの。
 何だってニューヨークなんかに? バーマンは激昂してつっかかる。
 あたしニューヨークに行ったことがなかったから来てみたのよ。
 すぐ戻ってこい、このバカ者!
 いやよ。
 何だって? 一体何を考えているんだ?
 あたしあんな役やりたくないわ。
 じゃあ、一体何をやりたいんだね?
 それが分かったらいの一番にあんたに知らせるわ。
 こうしてニューヨークに住みついたホリーは、職にも就かず、飼い猫に名前もつけず、アパートの表札には<旅行中>と記して、男たちから貰うチップで気ままな独り暮らしを続けている。
 語り手の青年が彼女と出会ったのはこんなときだった。ときにホリーは十八才だ。
 あたし、もちろんお金もほしいし、有名にもなりたいのよ、と彼女は説明する。でもそのために自分自身でいることを犠牲にしたくないの、決してね。いつかあたしがあたし自身でいられるような安住の地が見つかったら、猫に名前をつけて、家具でも買うことにするわ。
 仮住まいのホリーのアパートには家具らしきものがなくて、スーツケースをひっくり返してテーブルにしている。
 ホリーはすらりとしてスタイルがよく、いつも地味だけども趣味のよい恰好をして(黒、ブルー、灰色)、そして「レモンか、朝食のシリアルのように」清潔である。ときどき「いやな赤」に悩まされ、タクシーに飛び乗って五番街のティファニーに駆けつけたりする。
 そう、彼女にあっては形而上学的苦悩も、ときどき心の片隅を曇らす「いやな赤」にすぎない。
 人は誰でも自分と正反対の人間に憧れるというのは本当ではないか? 
 こんな小粋で自由でよるべないホリーの生き方にこそ、Aは憧れてやまなかった。ひとときの心の慰めを求めて陽だまりに腰を下ろし、(映画の中でホリーがしたように)ギターを取って<ムーン・リヴァー>を歌っては、彼女の手にしているような自由--物理的、精神的、道徳的自由に、自分がいかに遠く隔たっているかを思うのだった。
 <ムーン・リヴァー>の歌詞は原著にはない--映画化されるにあたって新たに書き下ろされたものである。けれどもそのメロディーが、ホリーの生き方全体に流れている、そこはかとなくよるべない気分を何と的確に表していることか--

 Moon River, wider than a mile
 I'm crossin’ you in style someday ・・・

 <大きな河>というイメージは、ホリーの生まれ育った南部を想起させる。例えば、ミシシッピー。ホリーが五才くらいのときに、大河の土手をよちよち歩きながら対岸も見えないくらいの茶色いしずかな水の広がりを見渡して、いつの日かここを渡ってやろうと実際心に誓った、と考えてもいい。しかしそれはまた、成長してニューヨークに住む彼女の心象でもある。ムーン・リヴァーの向こう側は、ホリーの探し続けている安住の地を象徴する。けれども安住の地なんてものは、本当はどこにも存在しないのだ。それは美しい幻だった--渡ってみたところで茫漠とした大地と、また次のムーン・リヴァーが広がっているにすぎない。無数のムーン・リヴァーを渡ってゆくこと、それが人生というものなのかもしれないが--。

 Aが神のもとに縛られていたころは、こんな詩的なニヒリズムを持つことは許されなかった。神の要求する生活はあまりにも散文的だった。人生は確たる目的を持っていて、人は日々それを目指して努力し続けなければならなかった。
 しかし尚、絶対者によって定められた目的以上に、人生にとって必要な何物があろう? それゆえ、Aはとても長いこと、己れを神に振り向けさせようとして労苦した。

 神と文学との対立。
「我らはもろもろの論説を破り、神の示教に逆ひて建てたる凡ての櫓をこぼち、凡ての念(おもひ)を虜にしてキリストに服(したが)はしむ」---2Co9:4,5
  神への献身は、一切の事物を神に屈服せしめることを意味した--それは太古より今に至るまで、生み出されてきたすべての文学のうち、神の規準にかなわない一切の部分を否定することを意味した--例えば、<ムーン・リヴァー>の詩情ですら。
 そのことを考えるとAは眩暈を覚えた。
 それでも尚、神への愛ゆえにAはそれをしようとした。Aは自分が出会うすべての文学を、神の道徳規範をもって裁断した。Aはミューズを冒瀆した--かつて一身を捧げてきた偉大なミューズを。それはあまりにも酷たらしいことだった。アブラハムの手をとめる天使は現れなかった。Aは自ら切り刻んだ文学の血にまみれ、神に向かってうめいた--エホバよ、ここまでひどいことを、あなたは私に要求なさるのですか。
 それゆえにAは神を憎悪した。

 文学とは何か。神への愛とは。
 それが分からないで、尚存在し続けるのはほとんど不可能だった。
 もはや存在し得ないところで存在し続ける苦悩。

           *            *

 それからさらに長いときを経て、Aはグリーンとかチェスタトンとかエリオットに出会い、自分が今まで文学だと思っていたのとは全然違うような<文学>が、この世の中には存在することを知ることになる。
 それは驚異だった--彼らが、文学によっても神に栄光を帰することができると、半ば本気で信じていたらしいことは。
 彼らはヨーロッパ的文学観の最も伝統的な部分を受け継いでいた。その見方によれば、文学の本質的な存在意義とは、読者を宗教的道徳的に裨益すること--バニヤン流にもっとはっきり言えば、読者を神のもとに導くこと--だった。そして、こうした見方からすれば、文学は今なお二義的な位置に甘んずるのであり、それ自身によって立つ価値とか力とかを持つことはない。エリオットがしばしば文学それ自身の無意味さとか無根拠さについて語っているが、それは誠実な物言いであると思う。しかし、もっと後代に下るにつれて文学は饒舌になり、バニヤンの硬直から次第に自らを解き放ってゆく。想起せよ--彼らの詩や小説や戯曲、それらが神を、神へ到る困難な道のりを語りながら、いかに手の込んだプロットや小道具や情景描写を併せ持ち、力強さと文学的感受性と想像力とに溢れ、そして--対話に満ちているかを。
 そう、それらは神をたたえることによって死んでしまってはおらず、否、神をたたえることによって生き生きと生命にあふれていた。彼らの多くは道徳的問題をその作品の中心に据え、その批評の多くもまたしばしば道徳的視点からなされている--そしてまさにそのことが、人の精神を力強く鼓舞しているのだ。
 そしてまた、彼らの罪の扱い方についても。そう、最もキリスト教的な文学とは、姦淫や殺人について語らない文学ではない。想起せよ--聖書そのものが、どれだけ夥しい罪の記録に満ちているかを。しかし、そこには厳然たる道徳的視点があって、義なる者は祝福され、悪しき者は裁かれるのである。その視座、その力、その行動によって、夥しい罪の記録は聖なる書と呼ばれている。
 それゆえ、いやしくも神にとって有用な文学というものがあるとすれば、それは、こうでなくてはならなかった。

 こういった種類の文学に、自分はなぜもっと早く出会えなかったのだろうかと、Aはしばしば訝ったものだ。
 彼らは--つまり、Aの属していた組織の指導者たちは--羊たちが、世俗のキリスト教文学と言われる書物を手に取ることを喜ばなかった。どちらかと言うと、避けたがっているふうにさえ思われた。それはなぜだったんだろう? 聖書だけ読んでいたのでは理解できなかったであろう幾多の概念を、自分はそれによって理解し得たのに。ずっと長いこと、Aはそれらの概念を、まるで目隠しされ、手袋をはめた手で彫像を触るような仕方でしか理解できないできたのだ。そしてまた、彼らはみな、あれだけ誠実に神を求め、あれだけ突きつめてものを考え、あれだけ魂を傾けて書いたのに。
 教義上の意見の相違によって、良心が混乱させられるから?
 あるいは単に、神のためにのみ費やされるべき時間や注意力を、不当に奪われるから? それとも、いかに偉大な文学といえども、所詮は死すべき人間の手になる業であり、不謬じゃないから?

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2013年11月30日

創造的な不幸-21-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-21- R.P.ウォレン、ヘミングウェイ<武器よさらば>、オースター、ウェルティ


 ヨーロッパ文学の伝統の一つに、恋愛に宗教的な意味を求めるという考え方がある。それはある程度、雅歌の一節--「われを汝の心におきて印のごとくし なんぢの腕におきて印のごとくせよ 其は愛は強くして死のごとく 嫉妬は堅くして陰府にひとし その焔は火のほのほのごとし」--に論拠をおいていると、言えなくもない。しかし、この場合は神のもとにある秩序の一形態としての恋愛だからこそ不滅性と永続性を持ち得たのである。神が失われて恋愛だけが残っている場合、それはそれだけで宗教のアナロジー、あるいは代用宗教たり得るか?
 R.P.ウォレンのヘミングウェイ論は、この問題についての興味深い考察である。ここではまず<武器よさらば>を取り上げよう。
「<武器よさらば>は恋愛小説である。・・・恋人たちの姿が戦争の、崩れ落ちる世界の、ナーダ(虚無)の、火災に彩られた暗黒を背景にして浮かび上がる影を見るとき、さらに一層人の胸を打ち深い意味を表す。恋愛物語の背後に一つのストーリーがあるからだ。そのストーリーは、意味や必然性といったものを何一つ与えるとは思えない世の中に、意味と必然性を探究する精神である。この小説は、ある意味で宗教的な書物である。宗教的な解決を出してはいないとしても、宗教的な問題が決定的な要素であることに変わりはない。」
 この小説の冒頭は、将校たちと、従軍司祭と、主人公のフレデリックとが登場する会食の場面である。ここにおいて将校たちは世俗を、司祭は宗教を象徴している。前者がフレデリックを休暇に売春宿に誘うのに対して、後者は「寒い、カラッと晴れた、乾燥したいなか」へ誘うのだ。フレデリックははじめ、将校たちと行動を共にする。
「『夜になると、誰とも分からず、何もかまわず、また同じことを続けなければならない。これがすべてで、すべてで、あとは何もかまわない。・・・』
「フレデリックは小説の初めには、でたらめな、意味のない欲望の世界の中に、それがすべてで、すべてであることを心得ている、あるいはそう考えて生きている。しかしその裏側には、不満と嫌悪があるのだ。休暇から帰り、将校たちの会食の席に座って、彼はカラッと晴れた、寒い、乾燥したいなか--司祭の故郷へ行かなかったことをどんなに残念に思っているか、司祭に分からせようとする。司祭の故郷は別の生き方、別の世界観の意味を漠然と象徴的に表している。
「『彼(司祭)は私の知らないこと、聞いて覚えていながらいつも忘れてしまうようなことを、いつも知っているのだった。私はあとになって気がついたものの、その時はそんなことは一向分からなかった。』
「フレデリックがあとになって気づくことがこの小説の恋愛物語の背後にあるストーリーなのである。」
 そして、このことの意味が次第にはっきりしてゆく。
 第一部の終わり近く。彼と司祭との会話。
「『あなたはまるっきり、神様を愛してはいないんですか』と、彼はきいた。・・・
『神様を愛さなければなりませんね』
『大して愛しちゃいないんですよ』
『いや』と、彼は言った。『愛しているんですよ。夜、あなたがいろいろと話してくださること、あれは愛ではありません。ただ情熱とか情欲とかいうものです。愛しているときには、そのためにいろんなことをしたいと思うのです。自分の身を犠牲にしたいと思うのです。仕えたいと思うのです』
『ぼくは愛しちゃいないんですよ』
『愛するようになりますよ。なるに決まってます、そのときに、あなたは幸福になります』」
 このとき、フレデリックはすでにキャサリンと出会っている、しかし、
「その恋はまだ情欲の域を出ていないのだ。司祭の役割は、小説の次の段階、つまり恋の本質の発見、『そのためにいろんなことをしたいと思う』願いを暗示することである。そして彼は世俗の恋と神の愛との比較、フレデリックが意味と必然性を追求していることを表す比較を示唆することによって、この役割を果たしている。」
 そして、この恋の持つ意味はついに明らかにされる--第二部、中ほど、フレデリックとキャサリンとの会話。
「『何とかこっそり結婚できないものかな。そうしたら、僕の身に何か起こるとか、子供ができるとかしたときには』
『・・・私たち、内密にはもう結婚しているわ。ね、あなた、私に何かの宗教があれば、それが私にはいちばん大切なことなの。・・・あなたは私の宗教よ。私の持っているすべてなの』」
 それゆえ我々は、この恋が、単なる気まぐれな欲情として始まったにもかかわらず、次第に宗教的秩序としての愛に変質していったことを知る。それは奇妙な印象を与える--その二つの概念は互いにほとんど無関係と言っていいし、第一、順序が逆である。愛と欲情が調和し得るとしたら、まず愛が培われ、それに欲情が伴うべきなのだ。それゆえ、この小説における恋愛は、言わば正しくない土台の上に建てられた立派な建造物である。道徳的視点からなされるこの作品への非難には、根拠があるのだ。それは倒錯的である。それはもともと彼らが避けがたくそこへ行き着いてしまったのであって、はじめから目指していたわけではないからだ。
 我々は、ヘミングウェイなりウォレンなりがロスト・ジェネレーションの申し子であったことを忘れるべきではない。ウォレンはこの文章の前の方、スティヴンソンの一節を引用したあたりから、歴代の作家たちがこの世界の無秩序をどのようにみなし、描いてきたかを総括している。
「・・・この世界は、テニスンの<イン・メモリアム>の中で描かれて(そして否定されて)いる世界、・・・ハーディやハウスマンの描いた(そして否定していない)世界、ハーディがその詩<運命>の中で書いているように、もし何者かの力が働いているとすれば、それは盲目の神によって支配されているように思われる世界、・・・ゾラやドライサーやコンラッドやフォークナーの世界なのだ。これは、バートランド・ラッセルの言葉を借りれば、『神を離れて虚空を駆け廻る』世界なのだ。神に見棄てられた世界、自然そのままの世界なのである。文学者たちがどこからこの世界図を得たか、我々は知っている。彼らはそれを十九世紀の科学者から手に入れたのである。この世界はまたヘミングウェイの世界、何も中心を持たない世界である。」
 それはまた、試練のただなかにあるヨブの姿であり、アウグスティヌスの<刺繍を施した布の裏側>であり、パスカルの<神の沈黙>であり、リア王が彷徨う嵐の荒野であり、要するに、人類がエデンを追放されて以来経験してきた世界の姿であると、言うことができるだろう。ともかく重要なのは、ロスト・ジェネレーションを生み出したあの時代、神なり、神の秩序なりが鋭い衝撃とともに、かつてなかったような仕方で徹底的に失われてしまったと、彼らに感じられたことである。それゆえ今や、彼らは意味や秩序のために努力する代わりに、努力することで意味や秩序を造り上げようとするようになったのだ。
「人間を人間らしくするのは、規範の習得、いわば姿勢である。それは・・・混乱した生活に、少なくとも部分的には、意味を与えるものである。
「・・・掟や規範が重要なものである理由は、これがなければ何の意義、正当性も持たないと思われる人生に、意義を与えることができるからである。言い換えれば、超自然的な力による制裁のない世界、神に見棄てられた現代の世界では、掟を定めて守って行くことができない限り、理想的な意義を掴むことができないのだ。」
 そして、この線に沿って考えるならば、恋愛もまた一つの掟、規範であった。それは代用宗教を求める試みであり、混乱せる世界に秩序を回復しようという試みであったのだ。つまり、二人の人間が互いを愛し、互いに忠実である限り、そこには一つの秩序が生まれるのである--そしてそれが人生に意味を与えるのだ。罪人たちの秩序であることに代わりはない(「そして、自分を愛してくれる者を愛したからといって・・・」)、しかし、それもやはり一つの秩序であった。
「恋愛の儀式に目を開かされた者はナーダを意識する人々であるが、その儀式の信徒として彼らの払うべき努力はナーダの代わりに置く意味を発見することである。つまり、恋愛が人生に意味を与え得る限りにおいては、恋愛の関係に宗教的な意味を帯びさせようという試みがあるということだ。このような一般原則はヘミングウェイの作品で新しく扱われたものではない。これは十九世紀の文学のテーマの一つである--いや実際は、それ以上に長い歴史を持っている。」
 光るものすべてが金であるとは限らない。しかしそれは金でないものから金を造り上げようとする試みであり、それは要するに錬金術である。ウォレンにはどうもそういうところがある。彼の小説<すべて王の臣>の一節に、このことを非常にはっきりと述べた箇所がある--
「『・・・彼は小金とミラーという名前を相続したもんだから、何でもかでも手に入れることができると思ったんですね。・・・で、彼は相続できないさいごのものまで欲しがったんだ。それがなんだか分かりますか』彼はアダムの顔をじっと見た。
『何ですか?』とアダムはながい沈黙ののち尋ねた。
『善でさ。そうだ、平凡明白な善ですよ。全くそんなものは誰からも相続することなどできないものなのにね。自分で作らなきゃね。欲しければですよ。それも悪から作らなきゃならないんですよ。で、ドクター、なぜだかあんたに分かりますかね?』彼は・・・アダムの顔をじろりとのぞきこんだ。『悪からですよ』と彼は繰り返した。『で、そのわけが分かりますか? それ以外のものからは作れないからなんですよ』」

 しかしながら、<武器よさらば>論の後半に至って、真の宗教と代用宗教との違い、あるいは善そのものである善と、悪から作り出された善との相違は歴然としてくるのである。
「最後にキャサリンの死に遭って、フレデリックは、個人関係という限られた意味の中に普遍的な意味の代用物を見い出そうとする努力は必ず失敗する運命にあることを悟る。それは人間が、焚き火の中で燃えている丸太の上を右往左往する蟻の群れに等しい、そしてキャサリンが死の直前に言うように、死が『卑劣なやり方』である、世界のすべての出来事から無縁ではあり得ないからである」
 つまり、真の宗教でないものは、いかなアナロジーといえども、決定的な一つの点で異なっている--それは勝利しないのだ。真の宗教は勝利する--「死よ、お前の棘はどこにあるのか・・・」
「しかしそれはその努力の価値を否定すること、紀律、規範、厳しい忍耐、つまり、『勇敢な者には決して何も起こらない』ことを真実にする--あるいは半ば真実にする--ものの価値を否定することにはならない」と、彼は続ける。
「・・・決定的な知は、・・・個人が投げ出されて自分だけの紀律、自分だけの耐える能力と直面することである。・・・フレデリックが憲兵から脱走するとき氾濫するタリアメント河に飛び込むことは、儀式的な意味を持っている。この『洗礼』によってフレデリックは別の世界に生まれ変わる、彼はもはや社会の支えを持たず、・・・ただ一人だけの人間の世界に生まれ出るのである。」
 一人だけの戦い、これもまた、真の宗教の戦い方とは異なっている。パウロ--「私に力を与えてくださる方のおかげで、私は一切のことに対して強くされているのであり・・・」ところが孤独な魂は、自分一人で強くならなければならない。
「・・・そしてタリアメント河の氾濫する大水の中から、ヘミングウェイの主人公は人間としての経歴も義務も洗い流し、彼自身のドラマの、最後の姿を演ずる心構えをして、彼の最も純粋な形を取って出てくる、そして必然的な敗北から孤独な不屈の精神の教訓を学び取るのである」
 必然的な敗北、孤独な不屈の精神。それは代用宗教の信徒というよりもむしろ、ギリシャ悲劇の主人公の姿である。

           *            *

 キリスト教的主題の、ギリシャ悲劇的解決。
 このモチーフは、現代に至るまで脈々と受け継がれている。例えば、オースターの<ルル・オン・ザ・ブリッジ>。
 苦悩に陥ってからしばらくの間、Aはオースターに対する興味を失っていた。<幽霊たち>と、恐らくは<最後のものたちの国で>を除いては、その後のどの作品も<孤独の発明>に匹敵するとは思えなかったし、読んでも面白いと思えなかった。じきに読むこと自体をやめてしまった。あるときたまたま本屋の棚を眺めていて、彼の新しい小説が訳されたのを知り、手に取ってぱらぱらとページをめくってみると--目にとび込んできたのは、<父の死>だとか、<青色>だとか、彼の小説においては使い古されたように感じられるイメージだった--Aの心は痛みを覚えた。Aはその痛みを自分自身のものとして感じたのだ。形而上学的苦悩と、それ以後の生の質をめぐる、限りない哀惜と(凄絶で、筆舌に尽くしがたい思いをしたとしても、その間人は誠実に考えていたのだ。考えるのをやめてしまったとすれば、それは一種の死だった。そしてヘミングウェイに関して誰かが書いたように、「誰も死の瞬間を生き続けることはできない」ので--)痛み--戦争体験のあとの生のような。なぜなら、人はそのとき、極限状況にあって既に一度生の境を越えてしまったのであり、再び生活に戻ってゆくということは、己れが幽霊にでもなったような気味の悪い不自然さ、己れの頭ではどうしても理解できない、途方もない無理さの感覚をもたらすからだ。
 けれどもそれからまたしばらくして、<ルル・オン・ザ・ブリッジ>に出会ったAは、それがきわめて宗教的な作品に仕上がっているのにびっくりする。だとすれば、<孤独の発明>は彼の<荒地>であったのだ、とAは考えた。彼の歩みはエリオットのそれにも比せられるように思われた。
「エリオットの詩には宗教的信仰へ向かっての着実な前進が示されている。それは宗教の必要は認めるが、自然な素朴な信仰が、不可能ではないにしても極めて困難な、現代知識人のまがりくねった前進である。エリオットの詩はその正直な記録である。安易な肯定はない。その代わりに詩の与えているものは何かもっと価値のあるもの、すなわち現代知識人の複雑な意識の、劇的なまた象徴的な描写である」--<アメリカ文学とキリスト教>

 だとすれば、<ルル>は彼の何に当たるのだろうか--<四つの四重奏曲>といったところか。
 売れないサックス奏者のイジー。
 ある晩演奏していたニューヨークのクラブで彼は乱射事件に巻き込まれ、狂人の放った銃弾に当たって大怪我をする。奇跡的に命をとりとめたものの、意識を取り戻したイジーはひどく怒っていて、ドクター・フィッシャーとの話し合いに応じようとしない。彼女は心理療法士である。

「(ドクター・フィッシャー)あなたは怒っている。当然じゃないですか? 赤の他人に殺されかかったのですから--しかも理由もなく。私があなただったら、やはり怒ってます。
(イジー)あんた、まだわからんようだね。俺は撃たれたから怒ってるんじゃない。・・・いいかい、外の世界は狂ってるんだよ、レディ。気違いがうろつき、どいつのポケットにも銃が入ってて、・・・世の中そういうもんさってこと。」

 イジーが怒っているのは、生き延びはしたものの、撃たれた肺のせいで二度とサックスを吹けない体になってしまったこと、あるいは、自分がもうサックスを吹けないのに生き延びていることに対してである。

「(イジー)俺がやった、たった一つの美しいことは楽器を吹くことだった。それができないなら、死んだも同然さ。 ・・・肺は息だ。息は音楽。音楽は命。音楽がなければ死んだも同然だ。
(ドクター・フィッシャー)まるで、罰せられたと思っているような口ぶりですが。
(イジー)罰せられたのかもしれないよ。狂人が俺の体に銃弾を打ち込んで、ついに正義が行われたというわけだ。
(ドクター・フィッシャー)じゃあ、さっきの狂った世界の話はどうなるんですか? 起きたことを、でたらめな、偶発的なこととして受け入れるなら、ころっと意見を変えて、それは故意に行われたことでしたなんて言えないはずでしょう。どちらかのはずです。二つともは無理ですよ。
(イジー)じゃあ、矛盾したことを言いたくなったらどうするんだ? 誰が止めるんだ?」

 罪と罰をめぐるヨブ的問題。

「(ドクター・フィッシャー)いいわ。言いたければ言えば。あなたが罰を受けたのだとしましょう。実際、もう一歩進んで、あなたが罰せられるべきだったとしましょう。もしそうなら、・・・あなたを罰したのは誰ですか?
(イジー)・・・神だろ。神しかいないだろ。そんなふうに人に罰を与えられる奴が他にいるか?」

 <ルル>は多くの点で<武器よさらば>と共通する要素を持っている。死と隣り合わせに成立する恋愛、恋愛が宗教的な意味を持っていること(イジーとシリアの双方は互いを守るために体を張り、あるいは命を投げ出そうとする--「君のためなら死んでもいい気がする」)、互いへの愛のための戦いが(タリアメント河に飛び込むフレデリックと同じように)それぞれ一人でなされること(牢獄の壁を打ち破って脱出するイジー、追手をかわしきれずに川の中へ飛び込むシリア)。「死が卑劣なやり方である」点でも同じだ--イジーとシリアは双方とも、相手を死によって失う。
 しかし、それとはまた別に、シリアはイジーの夢であり分身でもあるので、イジーが彼女を救おうとする努力はまた、彼が自分自身を贖おうとする努力でもある。これは罪と贖いの物語なのだ。
「イジーはそれまで気高いとは言えない人生を送ってきた男だ。わがままで、短気で、誰も愛せない。・・・彼は撃たれて、最後の瞬間の混沌の中で、大きな、圧倒的な愛情を想像力によって現出させる。そうすることで自分を再創造し、向上させ、自分の中の最良のものを発見する。すなわち、大変大きな愛情だ。そのために命を捨ててもいいと思わせるほどの愛情だ」--オースター
 牢獄の中での尋問によって、彼は過去の自分が今までに犯してきた(身に覚えがないとは言わないが、大して気にもしてこなかった)あらゆる「罪」を容赦なく暴きたてられ、すっかり参ってしまう。(それはちょうど、シリアが演ずるルルの、悪の無自覚性に対応する--「ヴェーデルキントはルルのことを、・・・彼女の引き起こす悪は、偶然起きているだけだ、とも言っているわ--」)それでも彼は愛するシリアのために行動を起こすのだ。
「最後に死ぬとき、彼は最初とは違う人間になっている。なんとか自分を贖ったんだ。そうでなければ、最後にシリアが通りにいることをどうやって説明できるだろう?」--同
 そう、これは贖いの物語である。しかしその贖いは、自分自身の努力による贖いなのだ。それが、キリスト教的主題の、ギリシャ悲劇的解決たるゆえんである。この作品をウォレンが手にしたとしたら、さぞ興味を引かれたことだろう。

           *            *

 我々には、ウォレンがギリシャ悲劇的な、きわめてギリシャ悲劇的な文学者であったことが分かる。彼の独特で新鮮な考え方は、人間のあらゆる努力に宗教的な意味を見い出そうとした点にある。そして彼はいろんな作家のたくさんの作品を取り上げて、我々が何気なく読みとばしてしまいがちなそれぞれの場面や人物の設定、プロット、あるいは背景や小道具が、じつはどんなふうに(宗教的に)重要な意味を持ち得るかを、鮮やかな手さばきで読み解いてみせる。
 けれども、この点で彼はやはり間違っているのだ。彼の誤りが特に顕著なのは、ユードラ・ウェルティの<船着き場にて>論においてである。
 主人公の少女ジェニーは「誇りと伝統と歴史に満ちた家に閉じ込められており」、死と恐怖の家に閉じ込められている。「河は、ジェニーが切離されてしまっている世界の象徴である」。
「その出生も明らかでない、人間の手に負えない生き物であるフロイドは、・・・腰に大きな鯰をつけて踊っている河の神様である。彼はまた・・・蝶のいっぱい飛んでいる牧場を、赤い馬で乗り回している野原の神様でもある。そして彼は物にとらわれないし美しくもあり、したがってジェニーは彼に惹きつけられるのだ。なぜなら、『彼女は、彼が別の世界で一人で歓びの世界に生きていることを知っていた』からである。しかしジェニーはまた、彼があの醜い年取ったマッグともふざけていちゃついていることも見て取っている。神様とは面倒臭い差別などはしないものなのだ。
「洪水が船着き場にやってきたとき、(そして家の中をどろんこにして、きちんと整えられた生活をひっくり返してしまうわけだが)フロイドはジェニーをボートに乗せてある丘まで連れてゆき、(その丘が彼女の一族が埋められている墓地だということは相当意味深いことなのである)彼女に暴行し、彼女を野性の動物と魚(野原と河を意味する)とで養うのである。そして洪水が引くと、彼女を置いていってしまう。彼女はそれまでずっと彼に話しかけることができなかった。そして、『あなたと私とでずっと離れたところに行きたいの。小さな家が一つほしいの』と、やっとの思いで言ったときには、彼はそれが一言も聞こえなかったかのように焚き火を眺めていただけであった。しかし彼が去ってしまうと、ジェニーはもはやあの船着き場で暮らす気にはなれなくなってしまうのだ。ジェニーは彼を見つけ出さなければならない。
「こうして旅に出たジェニーは、暗い森の中、・・・男たちが木にナイフを投げたりしている、河辺で暮らす野育ちの人たちの宿営しているところへと辿り着くわけなのである。彼女はフロイドはいないかと尋ねたが、彼はそこにはいなかった。男たちは、岸に引き上げてある屋形船に彼女を押し込んで、みんなでこの女を犯してしまった。『粗野な笑いが彼女の叫びを覆った。そして、そのしわがれた笑い声も彼女の叫びもともに、ともすれば歓喜の叫びのように聞こえながら、暗い夜の流れの上を流れていった』
「すなわちジェニーはもう一つの世界に入っていき、暴力と汚濁とを見い出したのである。しかし・・・そこには単に恐怖があっただけではなく、彼女は行為によって一つの必要な役割を果たしているのである。・・・彼女は死の家から脱出した。だからこの場合には、何物かを失ったと同時に何物かを獲得しているのである。我々は話の最後のところで暗い屋形船を覗き込み、その見知らぬ少女が『ビリー・フロイドを待っているのだ』と教えられたときにそれを理解する老婆がいることを忘れるべきではない。老婆は『流れゆく河に向かってうなづき、焚き火の明かりは彼女の顔に追いすがり、その顔の威厳をはっきりと照らしだしていた』」

 ウェルティ論においてウォレンが価値を置いているのは、一つのはっきりした解決ではなく、むしろそこへ至ろうとする、不屈の、精神的な努力である。
「・・・すなわちこの対照は、人間の努力というものを持ち出してきているのだということがはっきりと分かるのである。そしてだからこそ、夢は世界のなかに持ち込まれなければならず、世界に屈服しなければならないし、無垢は経験に、愛は認識に、認識は事実に、個性は人の交わりへともたらされ、それに屈伏しなければならない。・・・努力というものは、一つの神秘である。なぜなら、人間が人間であることをはっきり示すのは、必然的に失敗するように運命づけられていながら、しかも・・・努力するということによってだからである」

 しかしながら、それは宗教的行為だったのか? フロイドはジェニーの体を征服すると同時に彼女の心をも征服する。しかし、ジェニーにはもう何の関心もないのが明らかで、二度と戻ってくるはずもないフロイドを待ち続けるほどに、無意味で愚かしい行為がまたとあろうか? こんなのに宗教的意味があるというなら、それは宗教に対する侮辱である。この線で行くと、あらゆる愚かな女は宗教的であり、神とはどこにでもいる女たらしのようなものだということになってしまう。それは神の意図とは全く逆のことではなかったか--「もろもろの君によりたのむことなく 人の子によりたのむなかれ かれらに助あることなし」--Ps146:3
 では、ジェニーはどうすべきだったのか。フロイドが彼女を死の家から救い出し、外の世界に対して目を開かせてやったことは事実である。こうしてフロイドは彼女に与えているのだ。けれども彼女は、そこにとどまっていてはならなかったのだ。そこを足掛かりにして、それとは別の、自分だけの生存意義を掴むこと、ひとりだちすること--それが彼女の責任だったはずである。

 ウォレンの独特で新鮮な考え方--けれどもキリスト教の光に照らしてみるなら、やはりそれは間違っているのだ。なぜならば、それは偶像を神の位置にまで高めるから。
 敗北が必然であるギリシャ的ヒロイズム、己れの努力と労苦とに何の見返りもないことを知っている苦い認識を、神への奉仕のアナロジーと見做すのは、冒瀆である。それは神もまた一つの夢にすぎないことを暗示するからだ。
 そして、そう言ってウォレンが大して反論するとは思えない。彼の時代に神は否応なく失われてしまったのであり、彼が好んで捨てたわけではないのだ。彼だって、できるものなら偶像を奉りたくなんかなかったのだ。それゆえ、彼は始めから神の存在を--認めないのではなく--諦めているのである。キリスト教的見地からすれば、それは全然悪気がないから、尚更始末が悪いのである。
 しかし、ニーチェが地上でマサカリを振るったくらいで死んでしまうとは、ヨーロッパ精神における神とは一体何だったのか? そう、神の王国の到来を待たずに自らそれを築き上げようとするあの伝統的な努力は、必然的に、この世における正義と道徳的秩序とを求め、その幻想が打ち崩されたとき、信仰はそれに耐えられなかった。アウグスティヌス的、あるいはトマス・アクィナス的世界観は、それが崩壊するときに、こんなにも大きな代償を要求したのだ。こうして神とカエサルとの、キリスト教と文化や国家や時代精神との混同は、結果としてキリスト教精神とギリシャ的精神との混同をもたらしたのである。
 しかしながら、事実はギリシャ的ニヒリズムはキリスト教的信仰の対極にある。キリスト教においては、人は無のためにではなく、確かな価値のために労苦し骨を折る。それゆえパウロが言ったように--「我が走るは目標なきが如きにあらず、我が拳闘するは空を撃つが如きにあらず」(1Co9:26)「今よりのち義のかんむりわが為に備はれり。かの日に至りて正しき審判者なる主、これを我に給はん」(2Ti4:8)
 そう、キリスト教を奉じるつもりなら、我々は神の命じるとおり、右にも左にも逸れてはいけないのだ。キリスト教に反抗することは間違っているが、キリスト教の考え方の枠組みを、神の規定する範囲を越えて勝手に敷衍してもならないのだ。それゆえ、我々はこの世において神の王国を築こうとしたり、恋愛や芸術やその他の何物をも、代用宗教にしてはならないのだ。キリスト教はあらゆるアナロジーを拒絶する。キリスト教の本質はその唯一性にある--我々はただ神だけを、その命ずる仕方において崇拝しなければならない。我々は実際のところ、注意深く異端を排していかなければならないのだ。「主の喜び給ふところの如何なるかを辨へ知れ」--Eph5:10
 ウォレンにおいてはただ人間が理想を持ち、人間らしく生きられるようにするためだけに偶像が必要となる。しかしキリスト教においては、人間の道徳的努力の偉大さは、神に仕えるというさらに偉大で唯一価値のある目的に付随する、副産物でしかない。
 神は失われた夢ではないのである。本当はその逆で、神を失った、あるいは神から失われた者たちだけが夢を見るのだ。

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2013年11月30日

創造的な不幸-20-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-20- 幸福・意味・適応異常・その他


 「その力なんぢにあり その心シオンの大路にある者はさいはひなり」--Ps84:5

 幸福の本質について。
 あらゆる幸福のうちで最も価値ある幸福とは、神の賜物としての幸福である。それは神に仕えること、そして自分は神にとって有用な者であるという自覚からくる内的な喜びなのだ。それゆえ幸福とは、状態ではなく特質であって、常に存在し、外的状況に左右されない。それはスピリチュアルな意味において、人を外的状況から守る砦である。
「たとひわれ死のかげの谷をあゆむとも禍害をおそれじ なんぢ我とともに在ませばなり」--Ps23:4
 それゆえ人は、アウシュヴィッツにおいてもなお幸福であることができるのだ。彼は自分が何のために苦しんでいるのか、自分がこの戦いにおいて道徳的勝利を収めることによって何が成し遂げられるかを知っているからだ。
「私は敢えて言うが、人生に意味があることを知っているなら、それに勝る助けはあり得ない。それによって、最悪の状態でもうまく乗り切ることができる」(V.フランクル)
 それでこのように言うことができる--幸福とは意味の確実性であると。

 それゆえにこの問題は現実味を帯びてくるのである--大方の人間が、自分は神にとって有用な者かどうかなどともはや考えなくなった今でも。永遠の命などいらないと言うのはたやすい。しかし意味などいらないと、我々は言い切れるだろうか?
「他の誰もと同じように、彼もまた意味を渇望している」--<孤独の発明>
 我々は一体なぜ、意味の不在というこのあまりにも辛い、我々の本質に反する状況に耐えなければならないのか?
 我々が意味の不在に耐えなければならないのは、我々が神の愛に耐えられないからである。神の愛に耐えるとはそれを受け入れることであり、それを受け入れるとはその要求に応えることである。その要求とは--そう、しつっこく繰り返してきたとおり、それは自己放棄である。ここでもかのイエスの言葉は真実となる--「誰でも自分の魂を救おうとする者は・・・」
 自己を放棄しない人間に、意味を手に入れることは許されず、これを放棄する者には、まさにそれが意味を賦与するところの生そのものを引き渡すことが要求される。しかも代価としてですらなくて(なぜならば意味というものはあまりにも高価なので、死すべき人間の生などをもって代価とすることはできないからだ)、ただ感謝の印としてである--憐れみ深くもそれを持つことを許し給うた神への感謝の印として。

 しかし感謝とは何であろうか? 神の前に己れを放棄し、献身した人間が、この上感謝するなどということが、一体可能なのだろうか? 彼はキルケゴールの言うように「絶対者に対して絶対的な立場に立つという逆説」に生きているので、言わば(相対的にではあるにしても)神と対等の立場にある。彼は神に対して、(罪ある人間として法的には負っているかもしれないが)道徳的にはもはや負債を負っていないのだ。そういう人間が、神に感謝するなどということが、一体あり得るのだろうか?

 他方、神を捨てた人間にとって、時折彼を襲う空虚な自由の感覚はほとんど幸福のようである。己れはもはや誰にも属していない、己れにはすべてのことが許されている--己れのまわりに空間が無限に広がってゆく感覚。
 その瞬間、強烈な感謝の念が胸にわき上がるのを彼は感じる--誰に対する?もちろん、神に対する、だ--かくまでの反逆と冒瀆と独立を許し、尚幾許かの生を彼に許し給うた神に対する。
 彼は世界の始まりに立ち戻り、自らアダムを生き直しているかのような感動を覚える。こうして彼は神に対して負債を負っているので、それゆえ彼は感謝するのだ。感謝とはそういうものではないだろうか?

 しかし、エデンの外でしばらく生活するうちに、彼は己れもまたアダムが受けたと同じ呪いのもとに捕らわれていることに、否応なく気づかされることになる。この世がいかにサタンの世であるにせよ、もともと造ったのが神であるのに変わりはないのだから、神の定めた普遍的真実からは誰も逃れられないのだ。それは砂漠の砂にうずもれた遺跡の底に残っている堅固な土台石のようなもので、尚もこの世界の枠組みを規定している。神を捨てて幸福に生きてゆくことができないということは、引力の法則と同じくらいに厳然たる事実で、あらゆる人間を束縛する。神は人間をそのように造ったからだ。
 彼をとりわけ不幸にするのは意味の不在である--「汝は面に汗して食物を食ひ終に土に帰らん ・・・汝は塵なれば塵に皈(かへ)るべきなり」--Ge3:19
 神を捨てたそのときから彼の人生は結局はただ生きるだけの人生となる。彼が己れは何かそのために生きるべきものを持っていると主張しても、それが絶対性や永続性を持つことはついにないのだ。
 それがキリスト教の最も偉大な点であり、同時に最も狡猾で残忍な点である。というのは、人がいざ神を捨てようとするとき、いちばん困難なのがこのことだからだ。ひとたび「意味」という概念を身に着けてしまった者は、再び意味なしに生きていくことを学びとるために、想像を絶するほどの痛みと苦悩と努力とを払わねばならないのだ。我々はこれまでに、意味をめぐる考察が章を経るごとにだんだん収斂されてゆくのを見てきた--まず、我々はとにかく生きてゆかなければならないこと(アヴァクーム--「墓までだよ、お前」)、そして、それも人生から答えを得るためではなくて、人生に対して答えを与えるために生きてゆかなければならないこと(フランクル--「哲学的に誇張して言えば、ここではコペルニクス的転回が問題なのだ・・・」)、そして、正しい答えの与え方とは結局ただ一つしかないこと(ウィスキー・プリースト--「聖徒となる--それしかないのだ」)というふうに。そう、なぜ我々にとってキリスト教が必要なのかというと、それは我々に意味を--しかも唯一絶対的な意味を与えるからなのだ。それを受け入れたとき、我々はものすごく強くなることができる。その一方で、それは意味なしには生きてゆけないほどに人を弱くしてしまう。<ポーテッジ>のヒトラーが批判したとおり、それは人を去勢し、骨抜きにしてしまうのだ。

 カミュは意味の不在を肯定し賛美しようとして<シーシュポスの神話>を書き、その終章でシーシュポスは幸福であると言い切った。
 <シーシュポス>を読んだ者なら誰でも、カミュが極めて優れた知性と強い精神力とを兼ね備えた人間であることを認めるであろう。実際、それは精緻でしかも勇敢な文章だ--彼が人生や死や<不条理>について書いていることはみな真実だと思う。それでも尚、その豊かな説得力と多くの例証をもってしても、最終的な結論として我々に、シーシュポスは幸福であると信じさせることはできない。そうではないか。シーシュポスが実際に幸福であるなどと、一体誰が本気で信じるだろうか? 彼にできるのはせいぜい、己れが幸福であると信じること、あるいは決意することでしかない。彼はそのために、幸福という概念そのものを神のくびきから解き放ち、自ら再定義しようと務めすらするであろう。それでも<神のかたちに>造られた己れ自身を神から解き放って、自ら再創造することはついにできない。
 こうして彼はテヘランにおける死のように、神の言葉が必ずや自分に追いつくことを知るのだ。

 実際Aは神を捨ててだいぶたったあとでも、どこへ行ってもしょっちゅうなにがしかの聖句を思い起こさせる状況に出くわした。まるで神が先回りして印をつけてまわっていたかのようだった。そこはなおも、神の創造した世界だった。結局のところ、神はヒキガエルのようなものではなかった。ドグマとしてのキリスト教の、最も狡猾な点はここにある。一度神を知ってしまった者は、それを捨てることはできても、信じないことはできない--知識を持っていなかった状態には戻れないのだ。なぜなら彼らは我々に教えるからだ--神が我々にかたどって造られたのではなく、我々の方が神にかたどって造られたのだと。
 かくして我々のもとには、ただ意味の不在と無だけが残る。そして、こんなふうに考えはじめる--神を捨てたのちは、どんなふうに生きても結局のところ大して変わらない(相変わらず神の視点からしか考えないのだ)。せいぜい漫然と生きるかひたむきに生きるか、世間で言う幸福を手に入れるか入れないか、成功するか落ちぶれるか--それくらいの違いがあるだけだ。
「わが僕らはくらへども汝らはうえ わが僕らはのめども汝らはかわき」Is65:13
 そう、我々はもはや天からのパンを持たず、我々の持っている幻想のパンは食らっても食らわなくても大して変わらない。なぜなら神の見地からして、我々はすでに死んでいるからだ。
 それゆえすべての知識や経験に関して言えば、それらは持っている方がいいかもしれないが、持っていなくても大して変わらない。それらは互いに否定し中傷しあい、そのうち新しい時代に流されてしまって、最終的に言うべきことは大して残らない。
 我々は無によっては生きてゆかれない、それでも尚、無によって生きてゆかなければならないのだ。それゆえ、(ここでもまた)人の勝利とは、無によって生きるということそのものではなく(なぜならそんなことは不可能なのだから)、無によって生きようとする意志である。
 それでAは、やはりムルソーを偉大だと思わなければならなくなる。彼は死に至るまで、生に対する執着を捨てようとして努力し続けたからだ--生の絶え間ない誘惑に抗い続けて。その矜持が彼を支えたのであり、その意味においては彼もまた道徳的行為者であり聖者だったのだ。
 というのは、誰だって無などを真に愛しはしないからだ。

           *            *

 「人間というものはただ一度の人生を送るもので、それ以前の幾つもの人生と比べることもできなければ、それ以後の人生を検証するわけにもいかないから、何を望んだらいいのか決して知り得ないのだ。人間というものはあらゆることをいきなり、しかも準備なしに生きるのである」--ミラン・クンデラ<存在の耐えられない軽さ>

 神への憎しみ。
 不可能なことのために青春を奪われたという。
 文学と神をめぐる葛藤、それから神の正しさを確信し、次いで献身しようとして己れと戦い、ついにそれを諦めるのに、Aは自分の青春時代の大部分を費やしたのだった。どうして憎まないでいられよう。
 そしてその戦いを終えたとき、力尽きたAの手には何も残らなかった--全く何も。それだけの時間と労力を費やして、Aは何一つ築くことができなかったのだ。Aはこれから、ただ生きるためだけに、全く反対の方向に向かって歩き出さなければならなかった。それは容易なことではない--同時代の人間たちがとっくに通りすぎたところから、Aはもう一度始めなければならなかった。
 その頃までに、彼らのうちの大部分はなにがしかのために努力し、それゆえになにがしかを築きつつあった。彼らはみんななにがしかを持っていた。けれども、あまりに長い間苦悩してきたために、苦悩はほとんどAが持っているもののすべてになっていた。だから、ひとたびその苦悩を取り捨ててしまうと、Aのもとには何も残らなかったのだ。Aは今や何も持っていなかった。
 それゆえ、それは戦争のようなものだった。血は一滴も流されなかったかもしれないが、精神は手ひどく侵略され、痛めつけられ、もはや立ち上がることもできないような状態にされてしまったのだ。
 自分がこれほどちっぽけでつまらない存在に思えたことはなかった。Aは自分以外のあらゆるものを羨み(それらはどれもAよりはちゃんとしていた)、あらゆるものに対して劣等感を抱いた。

 持っていないだけならまだよかった。それよりさらに悪いことがあった。
 もう一度始めようとするとき、Aがいちばん痛切に感じて悔しく思うのは、それでも激しい戦いの過程で自分がいかに力を消耗し、弱くなってしまったかということだった。キリスト教道徳が悪い方に働くと、それは人をひどく弱くし、歪めることになる。人はただ純粋に好きなことのために自分を費やすのをためらうようになり、無意味な会話を価値のないものと思うようになり、自己主張を欠き、謙虚になろうとするあまり卑屈になって、こうして結局他人に対してより多くを要求する結果になる。激しく戦いながら、それは実はとんでもなく深く根づいていたのだ。

 さらにまた別の問題もあった。
 あのどうにもしようのない適応異常。
 どこへ行っても勝手が違うのでやりにくかった。神の存在について、何を今さら議論することがあろう? 我々はわざわざそれを信じたりしない。明日も日が昇ることを、わざわざ信じたりしないのと同じことだ。信じようが信じまいがどうしたって日は昇るし、我々はそれをどうすることもできない。そんな単純なことが通らないのだから困ったものだ。みんなが神の存在を頭から否定しながら、それよりはるかに不確かな自分自身の存在を疑ってみたこともないらしいのは、Aにとってずいぶん異様だったし、滑稽に感じられた。
 そして、決まってAを当惑させ驚かせたのは、誰もが判で押したように相対性の世界に浸かりきっていることだった。まるで誰一人そこから自由になることができないみたいだった。絶対的な正義など存在しないと、人が言うのを聞くたびに、この人はどこでこれほどの自信を得たのだろうかと不思議に思うのだ。
 例えば、盗みや殺人が相変わらず罪であるのに、婚前交渉がもはや罪とは見なされないことの不思議さ。それは神の目から見て間違っているがゆえに避けなければならないこと、しかしこの世においては堕落が普通の状態であり、それゆえに我々は神の基準に従い通すために日々戦わなくてはならないこと--それらは重力の法則と同じような真理であって、いかんとも動かしがたいものだった。つまり、逆らったり、無視したりすることはできるが、過ぎ去ったものとしたり、存在しないことにしたりすることはできなかった。この世はそれを知らない--その、感覚の欠如。それがいつでもAを落ちつかなくさせ、うんざりさせた。この世のやり方に何の疑問も抱かず、平気で受け入れる人間たちの気が知れなかった。彼らはナチに洗脳された人間みたいに不可思議で、理解不能だった。
 Aは何も、悪を行いながらも己れは悪を行っているという道徳的認識を持ち得るのが人間の偉大さなのだとか、そんなことを言い出すつもりはない。そんな認識だけでは神の目に何の意味も成さないし、それだけの人間を生み出すためならグレアム・グリーンは最初から小説など書かない方がよかったのだ。ただ、罪の観念自体の不在という状況は、Aにとってはあまりにも不可解すぎて理解できなかった。セックスは長らく、死と同じくらいその向こう側が想像のつかないものだったのに、この世界ではあまりにもありふれていた。罪はもはや電流を通した鉄条網ではなく、それは繰り返し反復されるうちにその意味あいを失ってしまう。
 Aは後ろを振り返って、やっぱりちょっと後悔する--キリスト教徒たちの生き方がどんなことを意味していたかを、別の世界から眺めてはじめて知るような仕方で知ったときに。
 例えば彼らのうちの夫婦たち。彼らのうちの夫婦たちに、Aは羨望の念を覚えた。それも特に女の方に。男の方には多少憐憫の情を感じた。神の掟はいつだって、女に対してよりは男に対しての方が圧倒的に不公平だ。それは男たちにとって、その本質にあった生活ではなかった。彼らは多少、息苦しそうだった。どちらにしても彼らの生活は平安で、精神的にすごく安定していた。女の方は特にやり易かったに違いない。彼女たちに代わって神が男たちの心を縛ってくれるので、女たちは、彼らの行動を縛ることによって心を縛ろうとして、無駄な努力をする必要がないのだった。
 彼らのうちの死者たち。彼らのうちの死者たちに対しても、Aは羨望の念を覚えた。彼らの生は神に記憶されたからだ。彼らはなすべきことをすべて果たして死んでいった。
「われ善き戦闘をたたかひ、走るべき道程を果たし、信仰を守れり。今よりのち義のかんむりわが為に備はれり」--2Ti4:8
 彼らの死の、静謐な荘厳さ。彼らの死は神から与えられた休みだった。彼らはパラダイスでの復活を約束されて眠りに就いたのだ。
「兄弟よ、既に眠れる者のことに就きては、汝らの知らざるを好まず、希望なき他の人の如く嘆かざらん為なり。我らの信ずる如く、イエスもし死にて甦へり給ひしならば・・・」--1Th4:13,14
 それゆえ人々は死者たちのために少しの間立ち止まり、少しの間頭を垂れた。それからまた汚濁にまみれたこの世に戻ってゆき、信仰の戦いを続けるのだった。
 この世ではそうはいかない。ここでは愛は唯一性を持たず、永続もしない。生命は突然去ってゆき、二度と戻ってはこない。
 Semper--常にそして永遠に。その手厳しく重苦しい概念を恐れ憎みながら、それは避けがたくA自身の精神性にしみ込んでいた。

 ヨーロッパ精神の歴史は、キリスト教を捨てたのち、ニヒリズムに至る前に、ヒューマニズム信仰の一時期を持っている。それははじめは重苦しい神の権威への反発として出発したが(肉体の美しさを讃えるボッティチェルリ、教会の権威を拒絶するヴォルテール)、次第に変質し、しまいにはほとんど一種の疑似宗教となった。それはヨーロッパ精神にとって、キリスト教がいかに抜きがたく根づいていたかを端的に示しているのだ。そして現代に至り、そのもろさが露呈して初めて、ヨーロッパは本当に宗教というものを失ったのだった。
 キリスト教を捨てた個人もまた、同じような過程を辿るものではないかと、今Aには思えるのだ。Aにもまた人間信仰の一時期があった。それは始めは神への反逆の手段として始まったが、次第に変質し、やがては一種の代用宗教となってゆくのだ。例えば、ドストエフスキーの<永遠の夫>--
「私は結婚しなくちゃならんのですよ、アレクセイ・イヴァーノヴィッチ・・・私はどうあっても、結婚しなけりゃだめなんです。新しい信仰をつかまなけりゃ、立ち往かないんです」
 そしてAが本当に宗教というものを失うのは、偶像は所詮偶像でしかないこと、そして結局のところ偶像崇拝は立ち往かないことを思い知ってのちのことだった。

 ・・・ And how disappointed I was
     To turn out after all
     Just a porcelain god
           that shatters when it falls ・・・

                --Pawl Weller "Porcelain Gods"

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2013年11月30日

創造的な不幸-19-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

   -19- 正義、正当性について、結び


 神はなぜ悪の存在を許しているのか?
 再び、この世の道徳的無秩序の原因と発端。
 エバを誘惑する蛇---
「神真に汝等園の諸の樹の果は食ふべからずと言ひ給ひしや」
 神の主権の正当性をめぐる宇宙論争。
 蛇の挑戦を受けて立つ神。こうして始まった、苦難の人類史。
 そして、実験の結果---「此人彼人を治めてこれに害を蒙らしむることあり」---Ec8:9

 それゆえ、この世の道徳的無秩序は大した問題ではない。
 それはちゃんと説明がつくからだ。
 この世界は神から離反した、神の支配を拒絶した世界なのだ。
 それゆえ、この世の道徳的無秩序は大した問題ではない。
 問題は、神の沈黙である。
 なるほど神はキリストの購いを与え、秩序を回復する手だてを備えたかもしれない。だがどうして、この世において彼らを救うことができなかったのか。
「彼はこれ以上先へ進めない---子供たちは何の理由もなしに放っておかれ、苦しめられ、見捨てられてきた。全く何の理由もなしに」---<孤独の発明>
 いや、理由はあるのだ、少なくとも意味はある、それによって神の正義が---人間は人間自身の力によって秩序と幸福をもたらし得ないこと、それゆえに我々は身を屈めて神のもとへ立ち返らなければならないのだということが実証されてきたのだから。
 そして、イワン・カラマーゾフが次のように断言したとき---
「もし真理を手にするに必要なだけの苦悶の定量を満たすために、子供たちが苦しまねばならぬというなら、僕は前もってきっぱり断言しておく、いっさいの真理もそれだけの代償に値しないと」
 彼がこのように断言したとき、地上の苦しみが一側面として持つかくのごとき重要な意味については、恐らくあまり考えていなかったことだろう。それは彼が、純粋に人間的な見地から物事を見ていたためである。
 そして、それでも尚、神が子供たちの苦しみに心を痛めていないはずもない。「我これを命ぜず また斯ることを思はざりし」---Je7:32
「かれらの艱難のときはエホバもなやみ給ひて」---Is63:9
 そして、神によって一切の悪が地上から断ち滅ぼされたあかつきには、見捨てられ死んでいった子供たちはもう一度生きるチャンスを与えられ、パラダイスに復活させられるかもしれない。
 しかし仮にそうであったとして、復活してきた彼らが神の存在について知らされるとき---彼らが苦しんでいた間も神は存在していて、彼らの苦しみを知っていたということを知るとき、そして、それにもかかわらず彼らを救おうとしなかったことを知るとき---それでも彼らは神の正義を受け入れるだろうか、そして---もっと重要なこととして---神を愛するだろうか?

 そのために子供たちが苦しまねばならない真理---神の正しさ。
 もちろん神自身は、自分の正しさを確信するために子供たちの苦しみを必要とはしない---それを必要とするのは、我々自身である。
 それゆえ我々は自問する---我々はどちらを取るだろうか、神が正しくて、蛇が間違っていたことを我々が自分の目で見るために、子供たちが苦しむことだろうか、それとも正義の問題を棚上げにしてまでも彼らが救われることだろうか?
 そして我々は周囲を見渡して、知るのである---この世のこうして存続する限り、神は前者を取っていることを。
 もちろんこの点においても神は正しいのだ、なぜならば、正義の問題を棚上げにしたままで楽園が回復されたとしても、そこでまた誰かが論争を吹っかけるかもしれず、そうしたら実際のところ、また現在の苦しみと無秩序に逆戻りではないか。それゆえ、「千年は一日のよう」である神の視点から見た長い歴史の中での唯一の、特異なこの期間、歴史の礎を成すべき神の正義を立証する金字塔として、このたびの人類史に十分な時間を与えてやるのは、ふさわしいことなのである。
 しかし、こうして考えを進めてゆくうちに我々は気づく。我々はどちらを取るだろうか、とは言ってみたものの、我々は実際には、この問題についてどちらかを選ぶ機会を与えられてはいないのだ。我々は誰も、この世の終末がいつ来るかを知らない。
「その日その時を知る者なし、天の使たちも知らず、子も知らず、ただ父のみ知り給ふ」---Mt24:36
 神の正しさが確証されることを必要としているのが、神ではなくて我々自身であるにもかかわらず、どの時点でそれが十分に確証されたかを判断するのは、我々ではなくて神の方なのである。
 そしてまた我々は気づく。終末はまず第一に神の正義を地上に敷衍するために、そして付加的な目的として、相対的な権威同志による無意味な殺し合いを終わらせ、人間社会に秩序と幸福を回復するためにやって来る。しかし、それまでの間に神の正義は確証されないかというと、ぜんぜんそんなことはなくて、今の世に今現在続く苦しみと無秩序そのものが日々それを実際に、はっきりと、声高に証し続けているのである。
 それゆえ、終末が、救いがいつ来ようが、いつまで来なかろうが、神の正義は常に安泰である。すべてが神のもしくは暗黒の力の指一本にかかっている人類の危うさとは全く対照的に、それはいつでも安泰で、まったく動ずることがない。にもかかわらず、神がいつでも最優先するのは、人類の福祉ではなくて己れの正義の方なのである。

 このことに思い至るとき、我々はもうやりきれなくなってくる。そして、無意味なことは分かっていながら、こう問いかけたくなってくる---
 そんなに動かしがたい神の正義が、全被造物の前で立証されなければならないのは一体なぜなのか?
 それは正義が力を持つということであり、絶対的なものが普遍的なものとされることであるかもしれない。
 それゆえにサタンが反逆してこのかた、すべての人間の前には神の側を選ぶか否かという問いが突きつけられてきたかもしれない。
 それゆえに秩序は回復されねばならず、それゆえにいまある世に終わりがもたらされねばならないかもしれない。
 しかしそれはなぜなのか?
 だったらどうして神は人間に、自由意志なんかを与えたのか?
 神は人が愛ゆえに自ら神を選ぶことを望みたまうと人は言う、しかし、愛ゆえに自ら神を選び取らなかった者をば、結局神は滅ぼすのだ。
 それでは同じことではないか?
 正しいものは正しい、それでいいではないか。どうして万人がそれを認めなければならないのか。
 万人が認めなくたって、正しさが変わることはないのだからいいではないか。 それでは無意味な殺し合いが続くばかりだというのなら、何なら、神は始めから世界など創造しないで、独りで自分の正しさを納得しているだけでもよかったわけではないか。
 それゆえ神の沈黙は、一種の知性の試練なのである。
 この世の道徳的無秩序は、言わば試練のさなかにあるヨブである。その試練にはちゃんとした理由と目的があって、我々はそれを理解できる。ところが神の沈黙とは、言わば試練が終わったあとのヨブなのだ。試練が終わって尚、彼は試練を受けていたのである---説明の不在に耐えるという試練を。そして、この後の方の試練に理由があるかどうかを我々は知らないし、あったとしても、それを理解し納得できるかどうかは甚だ疑わしい。
 それゆえもう一度言おう、神の沈黙とは知性の試練なのである。
 我々は問われている、それでも我々は神を支持するか、神を愛するだろうか、我々自身の道徳感覚を犠牲にしてまでも?

 かくのごとく、神と人とは互いに問い合う関係にある。
 人が神に向かって問う---あなたは正しいか? 神は本当に正しいのか?
 すると神が問い返すのだ---あなたは私を正しいと認めるか? あなたはそれを受け入れるだろうか? と。

「神が我々を許し給わんことを」
「いや、そうではなく。我々が神を許さんことを」---”The Thing of Beauty”

            *            *

「斯ればこそ我言躁妄(みだり)なりけれ」---Job6:3
 そう、Aは知っている---この章全体を貫いているのは、不遜で、冒瀆的な調子である。それは、神にふさわしい者の語り方ではない。
 神にふさわしい者は、例えばこんな調子でものを語る---
「信仰とは、神の知ることを知り、神のもはや関与しないことに触れまいとする冒険である。・・・あらゆる人間の可能性を疑問化するところから出発するということ、人間自身のあらゆる可能性が尽き果てたあとで、神自身からのみ人間に与えられる可能性であるということ---このことがこの冒険を可能にする。信ずることは、停止すること、沈黙すること、・・・知らないこと、である」---カール・バルト、<ローマ書>

 この書全体がそもそも無理な企てであったのだ。神を捨てて尚、神について語り続けようとすること---それは無意味なばかりでなく、そもそも不可能な試みなのだ。
 Aはこの章を書き進めていて行き詰まったときに一冊のバルト論を読み、読み進むにつれてその感を強くした。そこに一貫して流れているのは、人間は人間的な思考や言語によって神を捕らえることはできないし、またそうしようとするのは間違っている、という考え方である。それはAが語ってきたのと基本的には同じことなのだが、古なじみの概念もさらに別の視点から、さらに鮮やかな光のもとに見せられると思わず身震いしてしまう。そして、自分がやっているのはまさにその間違ったことなのだという事実を突きつけられるのである。
 というのも、Aがこの書物を書き始めたのは最初から、神に栄光を帰すためなんかでは全然なかったのだ。それは始めは一種の自叙伝みたいな形を取って始められた。かくまで考え続けてきたこと、かくまで苦しみ続けてきたことは記録に残さないでは死ねない。この動機からしてすでに間違っている。けれどそれらを苦労して分類し、分析し、まとめあげてゆくうちに、さらにいろいろ欲が出てくる---より広く、より深く、より興味深い書物を書こうとする飽くなき欲求。このテーマに関してはもっと他に読むべきものがあるのではないか、この掘り下げ方ではまだ不十分ではないのか、この考え方をあのテーマに適用したら、もっと面白い洞察を得られるのではないか---。それは、一個の人間の生の苦しみとしては十分すぎるくらいだったが、一冊の書物としてはまだ足りなかったのだ。かくするうちに神に近づこうとするその動機は、始めのころのそれとはまるで似ても似つかぬものになってゆく。
 しかし考えてみれば、始めの頃だって本当に正しい動機で神に近づこうとしてなんかいなかった。その頃の動機とは要するに、正義に対する執着であったということができる。もし私が神に仕えることが正しいのであれば、神に仕えることの何たるかを私は理解しなくてはならない。しかし、それは本当に正しい動機ではなかったのだ。なぜなら神の正義とは、ある地点から先は人間の理解を越えてしまうものなのだから。
「全能者はわれら測りきはむることを得ず・・・彼はみづから心に有智(かしこし)とする者をかへりみ給はざるなり」---Job37:23,24
 そう、それはある地点から先、人間の理解を越えてしまう。
 正しい動機は、愛でなくてはならない。それが人間を神に結びつけるのだ。Aはかつて一度も神を愛したことがなかった。その意味では、Aはそもそもの始まりから堕落していたのだ。

 今でも神について考えながらより深くへと下ってゆくと、ある地点で狂気が自分のすぐそばにあるのを感じてぞっとすることがしょっちゅうある。
「曰く此(ここ)までは來るべし 此を越ゆるべからず 汝の高浪ここに止まるべしと」---Job38:11
 それゆえ、この書全体が始めから、不可能な企てであったのだ。
 その終わり方としては三つくらいのパターンが考えられるだろう。一つは、これ以上進んでいったら破滅するという一歩手前で足をとめ、未完成のまま放棄することである。もう一つは、それでも進んでいって破滅することである。三つめ---恐らくこれがもっとも健全なやり方---これらの恐ろしい可能性を横目で見やりつつ、自らはあえて人間的なものの見方のうちに留まって、こぢんまりとまとめあげてしまうことである。
 人間にはこれくらいのことしかできない---間違ったやり方で書くか、正しいやり方で書こうとして破滅するか---ただ唯一の例外として---愛によって献身できない限りは。

           *            *

 そう、これまで多岐にわたって取り上げてきた個々の事例はすべて小さなことにすぎない。
 問題の本質はここにある---我々は神の正義を受け入れるとき、それが普通に考えて理解できるから、あるいはどうやら我慢できそうだから受け入れるのではない。我々はそれを理解できないにもかかわらず、そして、時としてそれが耐えがたく感ぜられるにもかかわらず、受け入れなければならないのだ。正しいということは、我々がそれを正しいと納得するかどうかとは関係がないし、我々がそれによってしかるべき益を受けるかどうかとも関係がないのである。
 神の正義はそれにつき従う者たちを、すぐさま地上のなわめから解きはしない。彼らは同時代の不徳の民が被った災厄を一緒に被り、時によってはそれらを他の誰よりも先に、しかも最もひどい仕方で被ってきた。
 自分自身は全く信仰を抱いていたにもかかわらず、民の罪のために彼らと共に四十年間荒野を彷徨わなければならなかったエフネの子カレブ。それでも彼が神に対して苦々しい思いを持つことはなかった。ついに約束の地に入ったとき、彼は感謝に満ちた調子でこう述懐する---「視よ我は今日すでに八十五歳なるが 今日もなほモーセの我を遣はしたりし日のごとく健剛なり 我が今の力はかの時の力のごとくにして出入りし戦闘をなすに堪ふ」---Josh14:10,11
 こうして彼はヨシュアの祝福を得てヘブロンを取得するのである。
 あるいは、イスラエルの破滅を預言して長年にわたる迫害を耐え忍び続けたあげくに、自ら予言的な劇として、神の手によって妻を奪われたエゼキエル。
「人の子よ 我頓死をもて汝の目の喜ぶ者を取去らん 汝哀(なげ)かず泣かず涙を流すべからず」---Ez24:16
 それでも彼は神を呪わなかった。彼は激動の時代にあって、預言者として忠実に仕え続けた。
 そしてキリスト。「人の子の來れるも事(つか)へらるる爲にあらず、反つて事ふることをなし、又おほくの人の贖償(あがなひ)として己が生命を與へん爲なり」---Mt20:28
 彼はその任務を甘んじて受けた。あまりの苦しみゆえに、「わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給ひし」(Mt27:46)と叫ばずにはいられなかったとしても。
 この言葉をめぐっては様々な解釈があるが、一説によればこういうことだと言う---彼は自分が「とがあるものとともに數へられ」(Is53:12)ることは知っていたが、具体的にどういう罪状で処刑されることになるかまでは知らされていなかった。物事が進展してゆくにつれ、自分にとって最も耐えがたい状況になりつつあるのを、彼は知る---つまり彼は、最愛の父を「冒涜した者」として処刑されようとしていたのだ。こればかりはイエスも耐えられないと感じた。それゆえ、ゲッセマネで彼は祈る---「わが父よ、もし得べくば此の酒杯を我より過ぎ去らせ給へ」---Mt26:39
 それでも神は(使いの一人を送って彼を強めたものの)その祈りに応えようとはしなかった。「されどエホバはかれを砕くことをよろこびて之をなやまし給へり」(Is53:10)イエスの死に際してのあの言葉は、このことゆえの絶望の叫びだったのだ。
 この説は、Aには真と感じられる。
 神に対する献身とは、そういうことなのだ。
 神はいつでも絶対的に正しいが、その物事のやり方はその都度変わり得るし、それがどんなふうになされるかは、直前まで我々に知らされない。
 従って、その特色となっているのは確実性ではなく、不確実性である。迫害よりも死よりも耐えがたいのは、実にこの、神の不確実性なのだ。そして、献身とはこういう不確実性に身を委ねることである。その不可知性に---その暗黒に。
 こんなふうにつきつめて考えてみる前から、Aは本当は知っていたはずだった---献身という概念が与えた底知れない恐怖。
「要するにそれは予測不可能な支配である。・・・いつ空が落ちてくるかわからないというに等しい。確信できるものは何ひとつないのだ」---<孤独の発明>
 自分の所有権を引き渡すとは、つまりそういうことなのだ。
 これからはもう、万事何から何まで、自分の理解できないものに振り回され続けるのだという、想像を絶するような予測。
 もちろん、我々はある程度は知っている---多少とも、神への忠誠を貫く点で何らかの障害にぶつかり、それを乗り越えた経験のある人なら誰でも知っている---そのときに神から与えられた強さと心の平安を。それでも、いつヨブのように確信を失って、あのぞっとするような深淵に陥らないとも限らない。

            *            *

 1996年冬。
 それが正義であるということ---そして正義というものを我々がどれほど切実に必要とし、しかもそれがどれほど得がたいものであるかについての痛切な認識。
 にもかかわらず、それを受け入れることのどうしようもない困難さ。
 その二つにはさまれて、Aは身動きがとれなくなっていた。
 Aはどうしようもなくゆきづまっていた。

 その頃に記されたメモ。
We are all humans.('The Power and the Glory' )---人はみな不完全である。
 私の心は不完全である、私の愛は不完全である、私の義は不完全である、私の信仰、私の理解、私の認識は不完全である---しかし、だとしたら人はいかにして全き献身をすることができるのか?
 人は所詮不完全な献身しかできないのではないか?
 神に対して全き心を持つということは可能なのか?
 献身とはどういうことか。自分はもはや自分のものではない、とはどういうことか。
 人は誰一人自分のものではない---神の奴隷であるか、罪と死の奴隷であるか、そのいづれかである。
 自分を捨てたくない、とはもう思わない---自分というものは、自分だけのものにしておくほどの価値を持ってはいないということが分かったから。自分の欲するままに生きることは人間の価値を決しない。
 求められているのは完全であるということではなく、不完全ながらできうる限り、最善の努力を尽くして神に従い、神の意志をなす事である、ということが分かったけれど---そしてまた求められているのはフィリアではなくてアガペーであり、求められていること全てを好きになる必要はなく、ただ「そうするのが正しい」との認識をもってなすことである、ということが分かったけれど---
 問題はこれである、即ち、不完全な人間には常に神を捨てる可能性というものが存在する。私には己れの献身を生涯全うできるという確信はない。できうる限り最善の努力を尽くして神に従うのがいやになったとき、神を捨てたくなったとき、人はいったいどうしたらいいのだろう?
 己れの良心がそれを許すのであれば話は簡単だ、己れはしてはならないことをした、それで構わないと思えたら。人は神を捨て、神からも捨てられることになって一件落着だ。ところが良心がそれを許さなかったら---そう、「ある」と「あるべき」とのはざまにあって人は引き裂かれることになる。それがどれほど恐ろしいことかを私はよく知っている---従って私には、神よりも自分の心の不確かさと、良心の厳格さと、こっちの方が恐い。
 そして、「ある」と「あるべき」との間に引き裂かれるのは、洗礼を受けているか否かにかかわりがない。洗礼を受けた人間が神を捨てたなら、自らの誓約に反したがゆえに神は彼のことを許さないだろうが、逆に神を捨てる人間が洗礼を受けていなかったからとて、神が彼を許すということもないであろう。それでも神は彼をより少なく憎むであろう、彼は誓約をせず、従って己れの誓約を反古にするということもなかったのだから。それゆえ、洗礼を受けた人間の方が、心の引き裂かれ方は激しくなるだろう---私にはそれが恐い。
 だが、果たしてそうだろうか? 神はひょっとして、誓約をしない手ぬるさ、臆病さ、不誠実のほうをより憎むのではないだろうか?
 いづれにしても、生涯献身を全うする自信がないからといって、ただそれだけの理由で今献身しないことが許されるとは思わない。善悪に中立の立場はなく、人はいづれかの側に立場を定めなくてはならないからだ。
 T.S.エリオット---「何もしないよりは悪いことをした方がよい」
 例え生涯のいづれかの時点で神を捨てることになろうとも、私は今、献身しなければならないと思う。それでもやはり、私は献身すべきであると思っているにすぎず、献身したいと思っているわけではないのだ。人の心がいかに不実であるにせよ、献身するときくらい献身したいと思っていてしかるべきではないのか?
 イエスは「費用を計算せよ」と言った、しかし人は完全に費用を計算することなどできはしない。生きている限りずっと神に仕えてゆける、なんていう確信は持てない。不完全な人間には常に神を捨てる可能性が存在する。それゆえ私は知る、人の本質的な不幸の大部分は献身できないことにあるのを。
 私は今献身しなければならないと思う---いつかこの誓約を破ることになろうとも。なぜなら、神を捨てるまでの間だけでも神に仕えるならば、その間の生き方は意味のある生き方だったということにならないだろうか? 実際、迫害に遭って自らの誓いを放棄した人間はいくらでもいるのだ。そしてイエスは、途中でやめる者ではなく、「終わりまで耐え忍んだ者」が救われる者だと言ったのだから、誓いを放棄した人間が救われることはない。しかし、だからと言って、途中までではあっても誓いを守った生き方は、全くむだだったのだろうか?
 途中までであっても彼は意味のある生き方をしたのであり、それゆえ途中までであってもぜんぜん何もしないよりはましだったのではないか? 例えそれが独り善がりな、人間的な考え方であったとしても。」

            *            *

 神への献身を全うした人たち。
 彼らはなぜそれができたのか?
 それが正義と知っていたから。
 しかしそれだけではない。彼らは神を愛していたからだ。
 我々は正義という抽象概念でなく、人格者としての神を愛さなければならないのだ。我々は愛ゆえに献身しなければならない。
 しかし、献身だなんて途方もないことを要求する神を、我々は一体どうやって愛したらいいのか?

 Aは知っていた。けれど、知っていることをなかなか認めようとしなかった。 Aが神を捨てたのは、それからようやく一年後だった。

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2013年11月30日

創造的な不幸-18-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-18- 人種問題その他―神の沈黙


「神はただユダヤ人のみの神なるか、また異邦人の神ならずや、然り、また異邦人の神なり」---Rom3:29
 これが人種問題における、神の基本的なスタンスである。
「我汝と婦の間および汝の苗裔と婦の苗裔の間に怨恨を置かん 彼は汝の頭を砕き汝は彼の踵を砕かん」---Ge3:15
 この最初の予言における善と悪の戦い、善の勝利、及び人類の救いについての概念は、民族主義的な色合いをいささかも帯びてはいない。しかし、それを成し遂げるために特異な仕方で用いられたのがユダヤ人だったのである。
 アブラハムに対する神の約束---「天下の諸の宗族汝によりて祝福を獲ん」--- Ge12:3
 そして、ここでも先のPC的アナロジーは拒絶されなければならない。神がイスラエルを自分の名を負う民として「選んだ」ことに不公平はなかったのは、すでに見たとおりである。彼らは誉れと祝福を受けたかもしれないが、また同時にとてつもない責任と容赦ない処罰をも共に受けたのであり、最終的には見捨てられて辛酸を舐めたのである。
「主よ汝は斯おのれの民をみちびきて栄光の名をつくり給へり」---Is63:14
「イスラエルの家よ 我汝のために之をなすにあらず 汝らが・・・汚せしわが聖き名のためにすなり」---Ez36:22
 人間イスラエルの生死や福利は二の次だった。ここでもまた、神の栄光は唯一の価値となったのである。すべては神の定めた秩序のもとにあり、イスラエルはたまたまその上位に位置したにすぎない。
 神は彼らを周囲の諸国民から厳密に隔離した。
「彼らと何の契約をもなすべからず 彼らを憫れむべからず また彼らと婚姻をなすべからず 汝の女子を彼の男子に興ふべからず 彼の女子を汝の男子に娶るべからず 其は彼ら汝の男子を惑はして我を離れしめ 之をして他の神々に事へしむるありて・・・」---De7:2-4
「汝が上に纏ふ衣服の裾の四方に房をつくべし」---De22:12
 衣に房べりをつけるようにという規定もまた、その目的は異邦諸国民との分断にあった。他とは違うのだという意識を持ち、身を引き締めて神の義を守り続けるために。ここでも神が最重要視しているのは、その長い房べりが象徴する神自身の義であって、それを具現しているイスラエルではない。
 この時代の、イスラエル以外の諸国民に対する神の接し方は徹底していて、滅ぼすか、でなければ無関心に放っておかれた。しかしイスラエルの社会内に暮らす外国人に対しては(彼らは改宗者であったと思われる)非常に愛情深く、彼らの福利を図ることがイスラエルの当然の義務とされていた。---Ex22:21,23:9,Le19:33,34,De10:17-19,etc.

 長らくそういう時代が続いたのち、メシアの到来に及んで律法は廃止され、実質的に垣根が取り除かれることになる。しかし尚、恵みはしかるべき順序をもって注がれた。
「凡て善をおこなふ人には、ユダヤ人を始めギリシヤ人にも光栄と尊貴と平安とあらん。そは神には偏り視給ふこと無ければなり」---Rom3:10,11
 神がイエスを送ったのはまずユダヤ人に対してであった。
「我はイスラエルの家の失せたる羊のほかに遣されず」---Mt15:24
 彼らがメシアを退けてはじめて諸国民にも注意が向けられた。
「視よ、我ら轉じて異邦人に向はん」---Act13:44-49
 しかしその頃までにユダヤ人の排他的意識は強烈に根づいていて、この問題は後々まで繰り返しごたごたを引き起こし、そのたびに使徒たちは繰り返し戒めを与えなければならなかった。否、使徒たちでさえ圧力に屈した。---Ga2:11-14,3:8,3:28,Col3:10,11,etc.
 割礼問題をめぐっては会衆が分裂したり、良心的に律法を守り続けてきた人々が順応しきれずに非難の的になったりし、どっちが正しいのか確信をもてない人々は迷える羊のように彷徨っていた。
 こんなふうな急転換が引き起こした当惑と混乱と論争とを考えるとき、我々は疑問に思わずにはいられない---神には全然責任がなかったと、果して言えるのか?
 ナジェージダ・マンデリシュタームの追想録に登場する、自殺したタシケントの元秘密警察の娘のラリーサ。
「なにもかもこう突然に変えてはいけなかったのです」
 価値観の転倒は人間界にだけ属するものではなかったのか? 神の右手には平安が永久にあるのではなかったか?
 コルネリオのもとに遣わされたペテロ。
「なんぢらの知る如く、ユダヤ人たる者の外の國人と交りまた近づくことは、律法に適はぬ所なり、然れど神は、何人をも穢れたる者潔からぬ者と言ふまじきことを我に示したまへり」---Act10:28
 ここまで特別意識を養わせ、ここまで諸国民との亀裂を深めておきながら、急にこれからはもうみんな平等だなどと宣言していいのか?
 もちろん神は正しいのである。神は変わっていない。神の義の基準は変わっていない。古代イスラエルがはっきり区別されなければならなかったのは、周囲の邪悪ゆえであった。しかるにイエスの時代までにはユダヤ教の知識が浸透し、「異邦人は義を得たり、即ち信仰による義なり」(Rom9:30)と言われるまでになっていた。
 コルネリオ---「なんぢの祈りと施済とは、神の前に上りて記念とせらる」---Act10:4
 であれば、公正の神がどうしてそれを受け入れないわけがあろう?
 そして尚、諸国民に対しては、身の程をわきまえるべく、次のような言葉をもって釘を刺されている---「若しオリブの幾許かの枝きり落されて野のオリブなる汝、その中に接がれ、共にその樹の液汁ある根に與らば、かの枝に對ひて誇るな。・・・高ぶりたる思を持たず、反つて懼れよ。もし神、原樹の枝を惜み給はざりしならば、汝をも惜み給はじ」---Rom11:17-21
 ここでもまた、我々は例の分かりにくい二重性に遭遇する。人類は罪のもとにある点ですべからく平等だが、それでも尚、最初に恵みを受けるのはユダヤ人なのだ。
 そして、それが神の公正である。結論---「われ今まことに知る、神は偏ることをせず、何れの國の人にても神を敬ひて義をおこなふ者を容れ給ふことを」---Act10:34,35

 しかし尚、意識の問題は残るのではないか? 何なら被害妄想と呼んでもいい。
 かつて神の民だったユダヤ人と、かつて神から疎外されていた我々異邦諸国民双方のうちに今だ残留する、潜在的な意識の痛み。それは言ってみれば、幼い頃深く愛されながら後になって捨てられた者と、愛されていなかったのに拾われてからというもの急に溢れるような愛を注がれるようになって、このギャップは何なのか、かつてのあれほどの孤独と疎外感は一体何だったのかと、つらい自問を繰り返している者との痛みである。イエスが律法を除き去って尚、彼らがまるで蛇のすえと女のすえみたいに互いに憎み合ってきたのは恐らくそのためである。教理上の歴史的な誤解がどんなに根深かろうとも、それだけで説明のつくものではない。
 パウロがローマ書やガラテア書の中でこの問題をいかに詳細に論じ、キリストに導く養育係としての律法が、すなわち選ばれし民としてのユダヤ人の歴史が、人類全体の福祉のためにいかに必要だったかについて長々と説明しようとも、そして肉のユダヤ人の被ってきた恩恵を一通り挙げたあとで、「さらば誇るところ何處にあるか。既に除かれたり」(Rom3:27)と結論づけようとも---そして、

     白人男性⇔マイノリティー
          ∥
    古代イスラエル⇔異邦諸国民

 あるいは

      アメリカ⇔それ以外の世界
           ∥
     古代イスラエル⇔異邦諸国民

 というアナロジーを支持する神学的根拠がないのと同じように、例えば

     ホロコースト→イスラエル共和国の成立
           ∥
   バビロン流刑→エルサレムへの帰還と神殿の再建

 というアナロジーもまた成立しないこと---この両者の間には、神の意志の有無という決定的な相違が存在すること---なぜなら今日のユダヤ人はもはや「神の瞳」ではないのだから---ということを、我々がいくら頭では理解しているとしても。
 また、数世紀にわたるユダヤ人憎悪の歴史---トマス・アクィナスによる排斥、シェイクスピアのステレオタイプ、ゲットー---そしてアウシュヴィッツにおいてその頂点に達する歴史的憎悪が何ら神学的根拠を持たないこと、同じように、共和国成立後のユダヤ人の奢りとパレスチナ人に対する抑圧も、到底神に受け入れられるものではなく、むしろそれは久しく続いてきた人類史の一局面にすぎないこと---例えば、列強の抑圧の犠牲となってきたポーランドもまた、自分より弱いウクライナを抑圧してきた、というような---を、知識としては知っていたとしても。
 それでも尚、我々は思いに留めないでいられるだろうか、こうしたすべての嘆かわしい歴史の、そもそもの発端となった、最初の種を蒔いたのが他ならぬ神そのひとであったことを。
 律法問題が弟子たちの間でごたごたを引き起こしていたとき、パウロはきっぱりと宣言した---「この故に、もし食物わが兄弟を躓かせんには、兄弟を躓かせぬ爲に、我は何時までも肉を食はじ」---1Co8:13
 文脈から分かる通り、彼は神の規準にあっては間違っていないことでも、それを敢えて行なって弱い良心を持つ人々を躓かせるのは罪であると考えた。それでは、神自身もこの原則を守るべきではなかったのか---始めに肉による<選び>を行なったりして、我々の弱い良心を掻き乱したりしないべきではなかったのか。
 そしてこれもまた、神に服するために我々が捨て去らなければならない、冒冒瀆的な考えの一つである。

           *            *

 さて、ここで、これまで取り上げてきた問題の範疇から外れ、あるいはその範疇にありながら、どう料理したものか見当がつかなくて放っておいたさらに幾つかの記述、及び、どうもつっかかるのだが、そもそも何が問題なのか明らかでないような幾つかの記述を、ひとからげにまとめて並べてみることにしたい。
 その多くは、今日の我々の多くが共有する、個人の尊厳という概念あるいは妄想と関係がある。
 あるいは連帯責任という問題。
 あるいは「子は父の惡を負はず父は子の惡を負はざるなり」(Ez18:20)と「我を惡(にく)む者にむかひては父の罪を子にむくひて三四代におよぼし」(Ex20:5)との明らかな矛盾。(メルヴィルの<ピエール>の主題の一つはここにある。)   

 エジプトに下された十番目の災い---初子の死。
「汝等これによりてエホバがエジプト人とイスラエルの間に區別をなし給ふを知るべし」                       ---Ex11:7
 初子とは初めの子の意味であるから、そこには成長した者も幼い者も様々にいたはずである。分別のつかない子供を殺すことが、なぜ理性ある神からの災厄なのか?
 あるいは、エジプトを含めた異国の民の中にもイスラエルの神を選んだ者が大勢いて、彼らはイスラエルが出てゆく際に一緒についていった「入り混じった大群衆」を形成した---彼らの初子もまた殺されたのか?

 神の会衆に入れない者についての規定。
「私子はエホバの會にいるべからず 是は十代までもエホバの會にいるべからざるなり
 アンモン人およびモアブ人はエホバの會にいるべからず 彼らは十代までも何時までもエホバの會にいるべからざるなり ・・・
 汝エドム人を惡むべからず 是は汝の兄弟なればなり またエジプト人を惡むべからず 汝もこれが國に客たりしこと有ればなり 彼等の生みたる子等は三代におよばばエホバの會にいることを得べし」---De23:2-8
 彼らはなぜ、たまたま私生児、あるいはアンモンやモアブに生まれたというだけで会衆に入ることを許されなかったのか?

「アシドドには雑種の民すまん 我ペリシテ人が誇るところの者を絶つべし」---Zec9:6
 この句は別の訳では次のようになっている---
「庶出の子がまさにアシュドドに座するであろう」
 あるいはまた---
「その日エジプトは婦女のごとくならん 萬軍のエホバの動かし給ふ手のその上にうごくが故におそれおののくべし」---Is19:16
「汝の中にある民は婦人のごとし 汝の地の門はみな汝の敵の前に廣く開きてあり」                    ---Na3:13
 これらの言葉は、もちろんアシュドドやエジプトや「汝の中の民」に対する呪いの言葉として語られたのである。それは(イエスがフェニキア人の女に子供と小犬の例えを語ったときのように)単に彼らの、私生児や女性に対する差別意識を引き合いに出しただけであって、神自身がこうした差別意識を持っていたわけではない、と考えることもできる。しかし、それが正しくないものであるとしたら---正しくない感情を引き合いに出して誰かを呪うという行為自体、その共犯者となっていることを示すのではないのか?

 あるいは、アンモンやモアブ。そう、多くの民族は、その先祖の出自あるいは彼らが遙か昔になした所業ゆえに、神の前における処遇を半永久的に定められている。
 近親相姦による不義の子アンモンとモアブは神の前に永久に退けられ、ヤコブの祝福を受けられなかったエサウの子孫はまた神の祝福をも受けられず、ノアを辱めたカナンの子孫は絶滅を宣告される。---Ge19:30-38,Je48:1-49:6,Ge27,Je49:7-22,Ob1,Ge9:20-27,Ex23:23,etc.
 もっとも、一つの民族が改めて滅亡を宣告されるのは、その先祖ではなく、その民自身の現在の行状によることが多かった。つまり、彼らはその先祖の性向、特質をなんらかの仕方において受け継ぎ、その道を変えなかったことのために罪ありとされたのである。
 個人は、イスラエルの神を選んで恵みを得ることもできた。しかしそれは多くの場合、自分の民族の血、文化、プライド、あるいは民族そのものを捨てることを意味したのである。モアブ人ルツ、イスラエルに嫁いでメシアの家系に連なった女性---「汝の民はわが民 汝の神はわが神なり」---Ru1:16
 これは決して小さな問題はない。民族の血は一つの宿命である。しかも憎むことを許されない宿命である。それは抗いがたく、我々自身であるからだ。
「『・・・ところで、ぼくはもう一つだけ、君に聞きたいことがあるんだ。なんだって君は南部を憎んでいるんだい?』
 『ぼくは憎んでなんかいない』とクェンティンはあわててすぐさま、即座に言った。『憎んでなんかいるものか』と彼は言った。・・・決して! 決して! 憎んでなんかいない! 憎んでなんかいるものか!」---フォークナー、<アブサロム、アブサロム!>
 モアブ人の血、カナン人の血、イスラエルの血、アメリカ人の血、南部人の血、アジア人の血---それらは抗いがたく我々自身である。我々の罪の道、我々の利己的な生きかたを捨てるのはまだ容易である。我々の血、文化、プライドを捨ててまで、我々は神の絶対の正義に従うだろうか? 後の章ではこの問題が詳しく取り上げられることになるだろう。

 続き。
 「子等はその父の故によりて殺さるべからず」(De24:16)という規定を実行したアマジヤ。(2Cro25:1-4)
 その一方で、歴代の多くの王は戦争あるいはクーデターにおいて父と一緒に子を殺していること。                            この問題に関して、神は沈黙を守っている。

 サウルの罪のために処刑された、サウルの七人の息子たち。---2Sam21:1-9.
 それは神の指示によった。しかしダビデの友人の息子であったメピボセテを、ダビデは惜しんで死を免れさせている。それが神の指示によったという記述はない---それゆえメピボセテが死を免れたのは彼が神の前に義と見做されたためか、あるいは単にダビデの友人の息子であったためか、我々は知ることができない。

 ゲハジが犯した罪のために、その子孫までが呪われたこと。---2Ki5:27.
 あるいはヨアブ。---2Sam3:29.
 彼らの子孫は、たまたま彼らの子孫に生まれてきたというだけのために呪いを身に受けたのか? もっとも、実際に彼らの子孫が呪いを身に受けたという記録はない。

 しかし、実際に呪いが振りかかった例もある---ヨシュアの時代に滅ぼされて「凡そ起ちてこのエリコの邑(まち)を建つる者はエホバの前に詛はるべし 其石礎をすえなば長子を失ひその門を建てなば季子を失はん」と言われたエリコを、実際に長子と末の子を失って再建したヒエル。(1Ki16:34)
 その子供たちは、単に父親がエリコを再建したというだけのために神に撃たれたのか? 彼らには、個人の立場というものが認められなかったのか?

 エリヤと五十人の長。
 預言者エリヤに向かって五十人隊の隊長が不敬な物言いをしたため、エリヤが神の名によって災いを求めると、「火すなはち天より降りて彼とその五十人とを焼盡せり」---2Ki1.
 こういうことが二回あり、三度めに遣わされた五十人隊長がしかるべき敬意を示すと、ようやく処罰はとどめられる。しかし、一緒に焼き尽くされた五十人の兵士たちこそとんだとばっちりであると、我々は考えてはいけないのだろうか?

 ダビデの人口調査の罪のために神の遣いに撃たれて死んだ、エルサレムの七万人の住民。---2Sam24.
「我は惡しき事を爲したり 然れども是等の羊群は何を爲したるや」---彼らはなぜ死ななければならなかったのか?
 注---記述の始めの言葉は「エホバ複イスラエルにむかひて怒を發し」となっている。ということは、イスラエル全体が罪を負っていたのであり、ダビデの罪はそのきっかけに過ぎなかったのだと、考えられなくもない。

 イスラエルとの戦にあたり、契約の箱を奪い去ったフィリスティア人。ところが箱がフィリスティアの領地内を回されるに従って、神罰が下り、その地の住民が次々に死んでゆく。---1Sam5-6.
 彼らはどうして、自分たちの土地に箱が回ってきたというだけのために死ななければならなかったのか?

 サマリアの地に送り込まれたライオン。---2Ki17:24-41.
 この時代にイスラエルは自らの不忠実ゆえにアッシリアに敗れ、彼の地に流刑となるが、アッシリアの王は人のいなくなったサマリアに、異国の民を連れてきて代わりに住まわせる。すると、彼らがしかるべく神を崇拝しないというので、神は彼らのもとにライオンを送り込んで殺させるのである。
 移住者たちにとってはとんだ迷惑だったが、神の側からすれば、自分の神聖な名への侮辱に対する当然の報復処置であったということなのか。例え、当のイスラエルは流刑になってしまっていたとしても。

 神殿を建てることを計画しながら、戦人として血を流してきたというのでそれを許されなかったダビデ。---1Cro28:3.
 しかし、戦うことを命じてきたのは神ではなかったのか?

 罪を許された女。「なんぢの罪は赦されたり」---Lu7:36-50
 あるいは、ティルスとシドン。「禍害なる哉、コラジンよ、禍害なるかな、ベツサイダよ、汝らの中にて行ひたる能力ある業を、ツロとシドンにて行ひしならば、彼らは早く荒布をき、灰のなかに座して、悔改めしならん」---Lu10:13
 キリスト、人類のための贖い。しかし、キリスト以前に罪を犯し、許されなかった人々は、ただ彼らがたまたまキリスト以前に生きたというだけのために許されなかったのか? ティルスとシドンの人々が、もしイエスの時代に生きたならば、彼らは許しを得たのだろうか?

「『フェードル』のすさまじい迫力の背後には、ジャンセニスム風の残酷な推論があるように思われる。『フェードル』の事件はキリスト以前の時代に起こるのだ。この時代に地獄に堕ちたということは、キリスト以後の時代にそうなるよりもはるかに恐るべきことを意味していた。なぜなら、その時代の人間には罪の購いの可能性がなかったからだ。キリストの出現以前には、フェードルのような人間が地獄に堕ちることは、購いようがないという意味で特に恐ろしいことだったのである」---シュタイナー、<悲劇の死>

            *            *

 中心的な問題---人はその外的状況によって、つまりはたまたまある特定の集合体に属している、もしくは特定の状況下にあるというだけの理由で神の不興を被ることがあり得るのか? 契約の箱がフィリスティアの領土内をあちこちたらい回しされるたびにバタバタと人が死んでいったあの事件。あれでは、箱は人格神の臨在の象徴ではなくて理性を持たないハリケーンのようである。あるいは、預言者の一言で焼き尽くされたあの二つの五十連隊。彼らは単に悪しき隊長のもとに配属されていたというだけの理由で命を奪われたのか? だとしたら、我々の神は連帯責任を問う神なのか? それとも彼らは、彼ら自身も隊長の悪徳に染まっていたことを罪に問われたのか? だとしたら、それは彼らがもし、悪しき隊長のもとに配属されていなかったら避け得た事態だったのか。とすると、これは決定論の問題になってくる。彼らの精神性を考察することは、神はどういう考え方に則ってどういう裁き方をする神なのか、を考察することであり---同じ仕方によって我々自身も裁かれることになるのである。
 ここで我々は、先に長々と引用されたドライサーの<アメリカの悲劇>論を思い出すかもしれない。R.スチュアートが決定論を論じてこれを退けたことを。もとより、以前に考察されたことは適用されなくてはならない。
 人の属する家族や民族や国家や歴史や文化、それらは言ってみれば外的状況ではないか? 遺伝もそうだ、それが人においていかに内面化されていようと、自らの意志の「外にある」という意味でそれらは外的状況である。実際に、外的状況と人の精神性とが互いに複雑に絡み合っていて、明確に線引きすることが難しいとしても。
 人が特定の状況下に生まれてくるのは彼の責任ではない、それでも尚、自分が生まれてきた外的状況を口実に、道徳的責任を放棄することは許されないのである。あらゆる外的要因に拘束されて尚、人はあれやこれやの態度を取ることができるし、またそうしなくてはならないのだ。
 我々は、ただ自分の周りにアプリオリにあった強い力に影響され、洗脳され、形造られたにすぎないと感じるとしても、自分が何に形造られるかに関して責任を負わなければならない。物質主義、性道徳の不在、宗教的な視点を考えに入れない風潮、どれも我々を形造るものである。ゆえにそれは現代の我々が神に従おうとするときに直面する問題でもあるのだ。
 そして、古代のカナン人はただ周りのみんながしている通りに生活していただけなのに滅びを宣告されたのが納得できなかったかもしれない。けれども「みんながやっている」という理屈は口実にならなかったのだ。現代の我々にとってもそれは言い訳にはならない。どんな状況のもとに生まれてきたとしても、自らの意志をもって神の側を選び、選んだことをその生き方によって実証しなければ等しく罪に定められるというのが冷厳な事実なのである---「我と偕(とも)ならぬ者は我にそむき、我とともに集めぬ者は散すなり」---Mt12:30

 PCと決定論。
 PCはある意味で決定論的である---それはいわゆるマイノリティーに、ある種の被害妄想と(「私はかくまでに奪われてきた」)、それゆえの慢心(「私にはより多くを要求する権利がある」)とを許す。また一方で大いなる努力を(「それゆえ私は自分の権利を得べく戦わなければならない」)必然的に招来する。この点では決定論的ではない。それは実際、人間に対して絶対的な自由(歴史的、社会的、人種的、性的、etc)を前提として与えているのだ。
 しかし、見方によっては確かにキリスト教こそ最もPC的である。歴史的、社会的、人種的、性的、あらゆる点において人は抑圧され、罪の抗いがたい力にがんじがらめになっているかもしれない。しかし、「それにもかかわらず人は神を愛し得る」という命題---それはあらゆる外的影響の存在を否定する。いや、もっと正確に言えば、その存在を否定しはしないかもしれないが、その支配を拒絶するのである。
 人は神に向かって問い掛けるかもしれない---こんなひどい状況、こんな不公正な状況のもとであなたを愛せよと言うのか? すると神は答えるのである---これほどひどい状況、これほど不公正な状況のもとでも尚、あなたは私を愛する自由、絶対的な自由を持っている。あなたは私を愛するだろうか?

 しかしながら、これまでの論議において、我々はもちろん、一つのことを前提としていたのである---それはつまり、神の裁きの前に立つ個人は、自分のなすべき務めについての知識と理解を持つことができ、また持っている、という前提である。カナン人全般について言えば、これは疑いようのない事実であった。ラハブの言葉(「エホバこの地を汝らに賜へり 我らは甚く汝らを懼る 此の地の民盡く汝らの前に消亡せん 我この事を知る 其は汝らがエジプトより出来し時エホバ汝らの前にて紅海の水を乾し給ひし事および汝らがヨルダンの彼方にありしアモリ人の二箇の王シホンとオグになししこと即ちことごとく之を滅ぼしたりし事を我ら聞きたればなり」Josh2:9,10)、ギベオン人の言葉(9:24)および彼らの取った行動から、彼らは間違いなく知っていた、ということが分かる。チェスタトンも書いたように---「今日われわれはこのことを知っている。知らぬという言い訳は通用しない」
 しかしながら、神の裁きの前に立たされた時点でまだそのことを理解できなかった、幼い子供たちの場合はどうか。ここにおいて、問題はカラマーゾフ的な様相を呈してくるのである。
「彼はこれ以上先へ進めない。子供たちは大人の手によって、まったく何の理由もなしに苦しめられてきた。見捨てられ、空腹のまま放っておかれ、殺されてきた。まったく何の理由もなしに。彼は思う。これ以上先へ進むのは不可能だと。『ところがまた、例の子供というやつだ』とイヴァン・カラマーゾフは言う。『いったい我々は、子供をどう始末したらいいのだ?』と。そしてまた---『僕は許したいのだ、抱擁したいのだ。けっして人間がこれ以上苦しむことを欲しない。もし真理を手にするに必要なだけの苦悶の定量を満たすために、子供たちが苦しまねばならぬというなら、僕は前もってきっぱり断言しておく、いっさいの真理もそれだけの代償に値しないと』」---オースター、<孤独の発明>
 それゆえに、子供の問題はとりわけAを---Aの心を、とまでは言わずとも、Aの知性を苦しめるのである。
 すなわち、我々は記録によって知っている、カナン人の間に、彼らの神モレクへの生贄として幼い子供を捧げる風習があったことを。後にイスラエルがこの悪習を取り入れるようになったとき、神は彼らを非難して言った---「エホバいひ給ふユダの民は我前に悪を行へり・・・ベンヒンノムの谷に於てトペテの崇邱を築きてその子女を火に焚かんとせり 我これを命ぜずまた斯ることを思はざりし」Je7:31
 そしてそれは、神がイスラエルに、「汝らの義ゆえではなく彼らの邪悪ゆえに」と言い渡したその悪徳の一つでもあったのだ。(De9:4)
 ところが我々はまた知らされるのである、彼らがカナンを処刑する際に、彼らの子供たちをも共に処刑したことを。この事実は我々を痛ましい道徳的混乱に突き落とす---カナン人が自分たちの子供を殺すのが悪くて、イスラエルがその同じ子供たちを殺すのはいい、のはなぜか?
 もちろん我々は公平に考えなくてはならない---仮にイスラエルが子供たちの命を容赦し、彼らが自分たちの中で成長するのを許していたとしたら? そうしたらやがて大きくなって、彼らは知っただろう、自分たちが身近に接しているこの人々が、かつて自分たちの親兄弟を手にかけて殺したことを。その時彼らはどう感じるだろうか?
 しかしながらこういう考え方(「生かしておいてもどうせ幸福にはなれない」)は完全に有効ではない、なぜならそれは、拡大解釈すれば望まれない子供を中絶する口実としてだって適用されかねないからだ。そしてもし神が人間に対して中絶を禁ずるのなら、同じ規範を自らも守ってしかるべきである。
 それゆえ問題は残るのである---物心つかぬ子供たちにとっては、偶像のために殺されるのも、正義のために殺されるのもそう変わらなかったはずではないか? カナンの子供たちだけではない。モーセの命令で殺されたモアブの子供たち。(Num31)あるいはイスラエルがエジプトを去る際に十番目の災いとして殺された、エジプトの長子たちのうちにも幼い者はいたはずだ。彼らに選択の余地はなかったのか?
 しかしながら、我々はここで一つ銘記しておかなければならない。我々はここで「罪もない子供たち」という言い回しを使いたくなるかもしれないが、もちろん罪のない子供なんか一人もいないということだ。
 彼らもまた我々と同じ人間である。我々すべては生まれながらに罪を負っている。(ジョナサン・エドワーズの子供に対する態度を想起せよ。)それゆえ、この点において神に責任を問うたり、当然の権利として命を要求したりすることはできない。それはただ、公平さの問題である---大人たちには自らの責任において選択する機会が与えられたのに、これら幼くして処刑された者たちにはそれが与えられなかった、ことから起こってくる問題なのである。
 そして、聖書中の事例を数多く見てゆくうちに我々は知る、知識と理解力を持っていた者たちは彼ら自身の選択によって裁かれたが、それを持っていなかった者たちは彼らの親の選択によって裁かれたことを。そして我々は、誰が自らの選択によって裁かれ、誰がその親の選択によって裁かれたかを事細かに知ることを許されていないのであるから、伝道之書の末尾の言葉に信仰を置いて神の正義を支持することを求められているのである---「神を畏れその誡命を守れ 是は諸の人の本分たり 神は一切の行為ならびに一切の隠れたる事を善悪ともに審判給ふなり」Ec12:13,14
 そして、これもまた我々自身と深く関わってくる---我々はまた神が、父の罪に対して子が責めを負うことはないと律法に明示しながら(例えばEz18)、アダムの罪を子孫のすべてが受け継ぐことになるような構造に人間を造ったことに対しても、何ら冒瀆的な疑問を提起しない、ことを求められているのである。

 さて、これらの問題に関連して、さらにもう一つの重要な問題がある。すなわち、倫理的に問題があると思われる事例のうちのかなりにおいて、神はそれを良いとも悪いとも言わないで口を閉ざしているのである。例えば、ギベアでの性犯罪がきっかけとなって引き起こされた一連の事件だとか(Jud19-21)、ベテルに入る道を教えた人に関する一件だとか(Jud1:22-26)、ライオンに殺された預言者に関してだとか(1Ki13:1-32)。あるいは、イスラエルと近隣諸国の間に戦われた個々の戦争だとか。
 カナンの子供たちの件において我々は神の裁きによって道徳的混乱に突き落とされたが、ここにおいて我々は神が裁かないことによって同じ混乱に再び突き落とされるのである。聖書が霊感を受けた神の言葉であるなら、そしてそれが万事において自分の判断でなく神の正義に服することを命ずるのなら、そこに記された出来事の一つ一つについて我々は神がそれをどう考え、どう判断したのか知りたいと思うし、それを当然のこととして期待する。神が裁かないでは、我々はどう考えていいか分からない---ただ事実の記録だけがあって、その中で何が正しく、何が間違っていたかを知ることができないのだ。
「夙(はや)くより録されたる所は、みな我らの教訓のために録ししものにして、聖書の忍耐と慰安によりて希望を保たせんとてなり」---Rom15:4
 それでは、こうした事例は我々に何を教えているのか? 我々は謙虚に身を挺して神の沈黙を受け入れなくてはならない、という教訓をか?
「神が隠れていない宗教はまやかしである」---Cleanth Brooks, 'The Hidden God'
 しかし、神は隠れたままでいていいのか?
 今日神の前に生まれてくる我々すべては神に対してあれこれの態度を取る義務を負っている---神は我々に決定を迫る。それでは、神自身は気の進まない事例に関してはあれこれの態度を取らなくていいのか? 神はピラトを罪に定めたのではないか? 口を開くべきときに黙っているのも罪ではないのか? 神は一タラントをそのまま埋めておいた奴隷を退けたのではないのか? 行動すべきときに行動しないのは道徳的不能者ではないのか?

 神の沈黙---それはこの世界における現実の姿である。
 神はなぜ悪の存在を許しているのか---この世の道徳的無秩序の原因と発端。
 エバを誘惑する蛇。
「神真に汝ら園の諸の樹の実は食ふべからずと言給ひしや」Ge3:1
 そしてさらに---
「汝ら必ず死ぬる事あらじ 神汝らが之を食ふ日には汝らの目開け汝ら神の如くなりて善悪を知るに至るを知り給ふなり」3:4、5
 言い換えれば、蛇はこのように言ったのだ---
 あなた方はそれを食べないことによって神への隷属状態に甘んじているが、本当にそれでいいのか? それを禁じた神は正しいのか? 神はあなた方に道徳的命令を与え、行動の規準を定め、絶対の従順を要求する正当な権利を持っているのか? いや、そうではない---あなた方は自分で善悪を判断して立派にやってゆくことができるのだ。神からの自由と独立を得ればもっと幸福になれるのに、神はあなた方が幸福になることを望まないので、それをあなた方に知らせまいとしているのだ。
 ここにおいて、一つの宇宙的大論争が---神の正義、神のやり方の正しさをめぐる論争が引き起こされたのである。
 神はその挑戦を受けて立ち、答えを出すための時間を与える。人間があらゆる形態の自治を試し、それによって幸福になれるかどうかを知るために。
 それと同時に、神はすぐさま、エデンにおいて失われたもの、あるいはこれから失われるであろうすべてのものを回復する計画にとりかかる。
「我汝と婦の間および汝の苗裔(すえ)と婦の苗裔の間に怨恨を置かん 彼は汝の頭を砕き汝は彼の踵を砕かん」Ge3:15
 この謎めいた言葉によって、神は遙かな将来、サタンの体制を打ち砕くキリストとその王国の勝利を預言しているのである。
 それゆえ歴史の大まかな枠組みにおいて、神はその名にふさわしく完璧に道徳的義務を果たしていると言える---すなわち、この世においては人間に、神からの独立がどんな結果をもたらすかを彼らが自分の目で見るための時間を与え、もう十分だと判断した暁には、この世の終末と正しい秩序の回復とを。
 そして、実験の結果。
 ソクラテス---「人間は、政治的動物としては失敗作である」
 当然の帰結だった、神は人間をそのように造らなかったのだから。しかし世界の普遍的真実が、神の権威によらずに語られるというのは大切なことだった。神から疎外された人類史の六千年間が明らかにした事柄---結局のところ神が正しかったのだということ、そして人間は自分たちだけでうまくやってゆけはしないのだということ---を証明するために。
 そしてこれが、この世における道徳的無秩序の説明であり---一般に言われるところの<神の沈黙>の理由である。

 それゆえ、この世における神の沈黙は大した問題ではない。それはちゃんと説明がつくからだ。ここに、こと古代イスラエルとその周辺におけるそれが特別問題となる理由があるのだ。古代イスラエルは歴史上、地上で唯一神の主権を代表した国家であり、彼らの時代は例外的に、神の正義が人間の領域に介入した時代であったからだ。それゆえに我々は、記録されたあらゆる事例において神の正義がどのように作用したのか---あるいは、すべきだったのか---を当然知りたいと思うのである。

 さらに言えば、それはまた、死すべき人間が神を代表することから常に起こってくる組織の問題である、と言うこともできる。すなわち、死すべき人間はそもそもの定義からして神に達しえない存在であり、それゆえ彼らが神を代表しようとすると、常にいくらか間違ったふうにしか代表することができないのだ。それでも尚、人が一致して一つの神を崇拝しようとするとどうしても組織が必要になってくる。
 我々は既に、それが完全にはなされないとしても、完全性に達しようとする努力が人をどこまで高く飛翔せしめるかを、例えば<権力と栄光>の主人公の生き方の中に見ている。あるいは、決定論に関する章では、間違った代表の仕方が外部の人間にどんなふうに破壊的な影響を及ぼし得るかを。今一度考慮すべきは、人間に己れを代表することを許している神の側の責任という問題である。
 その組織は神を正しく代表していなかったのだと、人は言うかもしれない。だから悪いのは神ではない、あなたは考えを変えて神についてもう一度学び直さなくてはならないと。しかし、神は己れを正しく代表していない組織を野放しにしておいていいのだろうか? 人が神に対して誤解を抱き、それゆえ神を捨てる結果になるかもしれないというのに、それを是正する責任はないのか? あるいは、実際に神を捨ててしまったとしたら、神はその人に、あの組織は間違っていたからもう一度己れについて学び直せと、要求する権利があるのだろうか? その人がついに神を捨てるまでにはどれほど苦しんできたかを、神は本当に知っているのか? それは試みであったというのなら、そんなふうにして人を試みるなんて全くたちの悪い神だと、我々は考えてはいけないのか?
 このようにして神の沈黙は再び問題となってくるのである。

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2013年11月30日

創造的な不幸-17-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-17- 動物愛護、障害者、フェミニズム


「エホバ宣給はく わが思は汝らの思とことなり わが道は汝らのみちと異なれり 天の地よりたかきがごとく わが道は汝らの道よりも高く わが思は汝らの思よりもたかし」---Is55:8,9
 そう、神の考えは正しい。神は絶対者であるが故に、その考えはいつでも正しい。
 けれども我々死すべき人間はあまりにも愚かであるが故に、しばしばその正しさを理解できないのだ。

 遙かな時空の隔たりがもたらす、感覚の隔たり。
 神がシナイでモーセに律法を授けてから、もう、とてもとても長いこと経っているのだ。その間に地上ではめまぐるしく物事が移り変わり、今日我々が当たり前と見做し、わざわざ問うてもみないような物事に対する通常の感覚は、当時のそれとはまるで違ってしまった。それでも今なお聖書についての研究は続けられている。色んな視点からのアプローチ---心理的、歴史的、社会学的、構造的、文献学的、宗教的、性的、哲学的アプローチ。聖書のような古代文献を、現在の我々が編み出した理論体系に当てはめて云々するのは無理があると、我々は考えるであろうか? 例えば科学の概念も持っていなかった古代人に「科学的に正確な」記述を求めるのは酷である、我々はもっとその「精神的な」価値を評価しなければならないと、感ずるであろうか?
 R.スチュアートはそのように感じた一人であった。彼は理神論を論じた際、「理神論者」トマス・ジェファソンが、甥に宛てた手紙を引用している。
「理性をしっかりとその座に据え、その裁きの席にあらゆる事実、あらゆる意見を呼び集めなさい。神の存在をさえも大胆に疑いなさい。というのは、もし神があるなら、彼は目隠しされた恐怖が忠順を誓うよりも、理性が忠順を誓うのを是認されるに違いないからです。・・・ですから、タキトゥスやリヴィを読むように聖書を読みなさい。・・・聖書中の、自然の法則と矛盾する部分は念を入れて調べなければなりません。・・・例えばヨシュア記の中に太陽が数時間停止したとある。・・・地球のように自分の軸で回転する天体が停止して、急に静止しても動物や草木や建物を倒れさせることなく、またしばらくして回転を、しかもあらゆるものをまた倒れさせずに始めるなどとは、こんなことがいかに自然の法則と矛盾しているか・・・」
 そののち、彼はこのように注解している。
「時代の影響を大幅に斟酌しても(偉大な人物もその時代を超越することはできないのだろうか、また超越してはいけないのだろうか?)、象徴的真理を探すようにと教えられてきた現代の読者が失望を禁じえないのは、ジェファソンの文字にとらわれ過ぎる態度である。また彼が単なる史実性、単なる事実の『科学的』正確さのみにとらわれて、象徴的な意味に気づかず、精神的書物をまるで歴史の論文でもあるかのように読み、精神的価値は絶対に記述の史実性に左右されなければならないとしたり、宗教の『真理』と歴史の『真理』とは必然的に同一でなければならないとしたりする、つまり『神話』の真理に対する彼の無知にも失望しないではいられない。それは今日でも科学者や歴史家が時として犯す過ちである」
 しかしながら我々は当然のこととして、次のように反論することもできるのである。失礼ながら、時代を超越できないでいるのはあなたの方ではないのか。というのは、我々は聖書に専ら「精神的価値」だけを求めるべきであって、その他の例えば超自然的現象についての記述をば、これを象徴的意味に解さなければならない、というのはまさに「我々の時代の」考え方に他ならないではないか。それが神の言葉であるのなら、現代の我々(所詮は人間に過ぎない)の編み出したあらゆる理論体系による批判に耐えてこそ真に信仰の基盤たり得るのではないか。
 真実というものは、いついかなる時と場所に於いても真実のはずである。であれば、それが大昔の記述だからというので情状酌量すべきだという考え方は人間的である---神の言葉を情状酌量しようとは、我々は何者なのか?
 それゆえに、「精神的価値」のみに重きを置いたスチュアートよりも、太陽が一日静止する可能性をくそまじめに疑ったジェファソンの方がしかるべく神を敬っていると、我々は考えることもできるのである。
 それゆえ、この分野における最大の問題---即ち、創造と進化をめぐる問題---もまた、かつてAの中では大きな位置を占めていたのであった。フランシス・ヒッチングに読みふけり、生物学や化石の記録に熱中して取り組んだ日々。形而下のことを侮ってはならない。それは現実の力であり、進化論は実際に多くの人間を神から引き離したのだ。聖書の「精神的価値」重視の風潮も実は多くここに由来しているのである。
 けれども、しばらくするとこの問題がAの心を煩わすことはもはやなくなった。手が届く限りの資料を調べ尽くしてしまうと、これは要するに個人の判断の問題だという結論に、Aは立ち至った。証拠としては創造説の方がやや有利である---化石の層は創世記の記述のとおりに並んでいるし、<失われた鎖輪>はいまだ失われたまま、見つかっていない。けれども説明をつけようと思えば創造、進化のどちらに則しても説明をつけることができる。<失われた鎖輪>はこれから見つかるであろうという主張を反駁するのは不可能である。今日までと同じように明日も太陽は昇るであろうということを、証明するのが不可能であるのと同じように。パスカル---「奇蹟を合理的に否認することはできない」それは要するに、自分がどっちを信じたいかの問題なのだ。我々はどちらを信じるか選ぶ自由を与えられている。しかし、もし神の言葉を取るのであれば、我々はその言葉全体を、そっくり受け入れなくてはならない。気に入ったところだけを取ってあとは捨てるというわけにはいかない。人類は猿から進化したが、象徴的には神の手によって創造されたのだ、などと唱えることはできない。そんなふうに言う人間が、自分のことをキリスト教徒であると考えられるとしても、神はそのようには考えないであろう。
 そう、我々なべてはヨブと同じ知性の犠牲を求められている。問題となるのは、神が正しいかどうかではない。神は正しいのだ。たとえその言葉が、我々の感覚からしてとても正しいとは思えないとしても、それを語っているのが神であるという、まさにそのことによって、その言葉は正しいのである。
 それゆえ問題となるのは、我々がいかにそれをそっくり、完全に受け入れるかという点である。神の言葉がいかに我々の批判に耐え得るか、ではない。神の言葉がどうして我々の批判なんかに耐えなければならないのか? 問題となるのはそうではなくて、我々の方がいかに神の言葉に耐え得るか、我々の方がいかに批判的精神を放棄し得るか、なのである。

 同じ問題が、他の分野においても取り沙汰されてきた。
 例えば今日の我々は、動物愛護運動だとか、障害者の権利とか、フェミニズムとか、人種の平等だとか、個人の尊厳だとかいった概念に慣れ親しんでいる。そういう我々にとって、聖書を読みながら違和感を覚え、深刻な疑念をもって立ち止まらざるを得ない箇所は全く、きりがないくらい夥しくあるのだ。

            *            *

 過去の論議の蒸し返し---自然界に対する神の正義。
 造られしものは造り手の特質を反映する。では神の特質とは何か?
 造られしものは造り手の特質を反映する。愛らしい子兎を指して人は言うかもしれない---見よ、神は創造物に優しい感情を抱いておられると。
 そして、神は今だ人類を深く愛しており、この世の一見したところの無秩序は神の責任ではないのだ。
 例えば天災---それも神が引き起こしたのではない。
「シロアムの櫓たふれて、壓し殺されし十八人は、エルサレムに住める凡ての人に勝りて、罪の負債ある者なりしと思ふか。われ汝らに告ぐ、然らず」---Lu13:4,5
 それゆえ、竜巻で人が死ぬのはたまたまそこに人がいたからであり、そういう不運は、新秩序が到来するまでは仕方のないことなのだ。

 しかし、天災を引き起こしたのが神そのひとである場合、一見したところの道徳的無秩序は人のうちに深刻な疑念を引き起こす---それは神の正義についての疑念だ。神の正義が、秩序と無秩序との危うい境界線上に乗っかっているのを見ることの不安だ。
 例えばノアの大洪水。「斯地の表面にある萬有を人より家畜昆蟲天空の鳥にいたるまで盡く拭去り給へり 是等は地より拭去られたり 唯ノアおよび彼とともに方舟にありし者のみ存れり」---Ge7:23
 かくして人間界においては道徳的秩序がきちんと施行された。悪しき者たちは滅ぼされ、忠実なノアとその家族だけが生き残ったのだ。しかし自然界ではどうか?
「諸の潔き獣を牝牡七宛(づつ)汝の許に取り 潔からぬ獣を牝牡二 亦天空の鳥を雌雄七宛取りて種を全地の面に生きのこらしむべし」
 生き残るための選びは、全く恣意的だったのではないか? 方舟に乗せてもらえるかどうかは、全く偶然によったのではないか? ノアの時代にも愛らしい子兎はいて、水は彼をも滅ぼし去ったことだろう---ただ、たまたま乗せてもらえなかったというだけで。 ここに我々の確信は揺らぎはじめるのである---<リア王>における荒野の大嵐はこの世の道徳的無秩序なんかを表していないと、我々は本当に考えていいのだろうか?

 そして、PC的視点はかくもバカにされているからこそ、もっともバカバカしく思える分野にあえて首を突っ込み、そこから洞察を引き出すこともできるのである。
 例えば、動物愛護主義におけるPC。
「林のもろもろのけもの 山のうへの千々の牲畜はみなわが有なり」---Ps50:10
 神は創造主であるゆえに、すべての創造物に対して権利を持っている。しかし、自分の創造物だからといって、神が不公平な振る舞いをしていいものだろうか?
「天下をさばく者は公義を行ふ可きにあらずや」---Ge18:25
 ところで聖書中の、動物に関する記述に、我々は不公平を感じないだろうか? 蟻や鷲や岩だぬき、あるいはビヘモトやレビヤタンが神の智恵や力を反映するものとして描かれている一方で、こうも言われている、
「蛇よ、蝮の裔よ、なんぢら争(いか)でゲヘナの刑罰を避け得んや」---Mt23:33
「我また龍の口より、獸の口より、偽予言者の口より、蛙のごとき三つの穢れし霊の出づるを見たり」---Re16:13
「豹その斑駁(まだら)をかへうるか若これを爲しえば惡に慣れたる汝らも善をなし得べし」---Je13:23
 それは蛇や蛙に対する差別ではないのか、豹に対する侮辱ではないのか、政治的に正しくない発言ではないのか? 神は模範を示さなければならないのではないか?

 あるいは犠牲という概念。
 カナン人のバアル崇拝において、自分たちの子供を生贄として捧げるという習慣があった。時経つうちにイスラエルにカナンの影響が及ぶようになると、イスラエルのうちにもこの習慣を取り入れる者が出てくる。エレミヤ書において神はこれを指弾する、
「ユダの民は我前に惡を行へり・・・ベンヒンノムの谷に於てトペテのたかきところを築きてその子女(むすこむすめ)を火に焚かんとせり 我これを命ぜずまた斯ることを思はざりし」---Je7:30,31
 しかしながら、想起せよ、神がイスラエルに対し、自分の前に捧げることを命じてきた、膨大な数の牛や羊の焼燔の犠牲。もちろん我々は神がそれを命じた理由を知っている---それは贖罪のための捧げ物であり、繰り返し繰り返し捧げることによって常に彼らに彼ら自身の罪を思い起こさせ、従って、彼らが罪のもとに捕らわれていて、救いを必要としていることを認識させ、こうして、より大いなる、完全な犠牲---杭の上のキリスト---の雛型となったのである。(He10参照)
 しかし、我々は問うてはいけないのだろうか---なぜ、同じ生贄でも人間の子供を殺すのはいけなくて動物ならいいのか?

 ホロコーストという名称はナチの専売特許ではない。それは元来古代イスラエルの焼燔の捧げ物を意味し、現代に至ってナチがそれを引き継いだのである。この両者の間の特異なアナロジーと差異の双方に注目せよ---行為の本質における類似性(慰みやサディズムあるいは物質的必要ゆえというよりも、双方に共通するのは理念のための犠牲という概念である---贖罪、あるいは民族浄化と最終的解決)、にもかかわらず、動作主とその対象とがいかに転換されているかに。ここで我々はニーチェの書物の一節を思い出す。
「かつて人は人間を己れの神に捧げた。・・・次に、「自然」を己れの神に捧げた。・・・最後に、犠牲に捧げるべき何が残っていたか。人は・・・神そのものを犠牲として捧げ、・・・重圧を・・・運命を・・・無を拝祈しなければならなかったのではないか。無のために神を犠牲として捧げる---この逆説的な奥義が、今日ようやく台頭しはじめた世代のために保留しておかれたのである」---<善悪の彼岸>
 それゆえに我々は知る、ヒトラーがやろうとしたのはまさにそれであると。彼は昔ユダヤ人がやっていたのをそっくり真似して、ユダヤ人に象徴される<神>を、無のために捧げようとしたのである。
 それゆえに我々は知るのである、それは実は冒瀆的な相対化の試みであることを。なぜなら、二つの異なった行為を同じ一つの名称で呼ぶということは、その二つの行為が道徳的に等価であると宣言するのに、ほとんど等しいからだ。
 そしてこの種の思想もまた、我々が神の正義を支持してヒトラーを退けるために、放棄しなければならない誤りの一つである。

            *             *

 自分の軍司令官ヨアブがアブネルを殺したことを聞き、彼を呪うダビデ。
「我と我國はネルの子アブネルの血につきてエホバのまへに永く罪あることなし 其罪はヨアブの首(かうべ)と其父の全家に歸せよ ねがはくはヨアブの家には白濁を病むものか癩病人か杖に倚るものか劍に仆るるものか食物に乏しき者か絶ゆることあらざれと」---2Sam3:28,29

 ということは、我々は病気、貧困、身体障害を<神の呪い>と見做すべきなのか?
 聖書中には実際、個人の犯した罪に対する処罰として癩病が臨んだ例が幾つかある---アロンの妻ミリアム(Nu12)、ユダの王ウジヤ(2Cro26)、エリシャの従者ゲハジ(2Ki5)など。そして、祭司職の規定によれば、身体的障害を持つ者は祭司になることを許されなかった---Le21:17-21.
 こうした記述から、聖書は障害者に対して<差別>している、あるいは救いがたく時代遅れで話にならないという結論を引き出すのは容易である。しかし、本当にそうなのか?
「イエス途往くとき、生まれながらの盲人を見給へば、弟子たち問ひて言ふ『ラビ、この人の盲目にて生れしは、誰の罪によるぞ、己のか、親のか』イエス答へ給ふ『この人の罪にも親の罪にもあらず、ただ彼の上に神の業の顯れん爲なり』」Joh9:1-3
 そうしてイエスはこの人の目を癒すのである。
 実際彼は(誰に対してもそうであったが)身体的障害を持つ人々を癒す際にも、実に愛情深く、しかも相手の人格を尊重して接したので、彼らのうちの誰一人として見下されているとか恩を着せられているとか感じることはなかった。かかる態度は今日すべてのキリスト教徒が見倣うべきものである。そして、少なくともキリスト教徒の間では、今日巷を賑わしている面倒臭い論議---障害者は多くの点で無力だからというので卑屈になったり遠慮がちに生きていかなければならないという法はない、彼らの障害は彼らのせいではないのだから彼らには助けを受ける当然の権利があるし、健常者は哀れみや親切としてではなく当然の義務として彼らを助けなければならないだとか、いやそれは単なる甘えに過ぎない、障害者も自立すべく最大限の努力を払わなければならないだとか、障害者だって努力次第で何でもできるのだという主張だとか、それでは障害者という障害者はみんなこぞって人並み以上に努力しなければならないのか、それでは努力しても何もできない障害者や、そこまで努力してまで健常者と張り合う気になれない<落ちこぼれ>の障害者はどうしたらいいのかという反論だとか---とは無縁であってしかるべきなのである。我々は誰しも当然の義務として他人を助けなければならないし、一方では同じく当然の義務として自ら最大限の努力を払わねばならないからだ。

 しかしながら、我々はここでまた立ち止まらざるを得ない---「この人の罪にも親の罪にもあらず」と宣言したイエスが、別のときには(カペルナウムで全身が麻痺した人を癒したとき)、彼に向かって何と言ったか---「子よ、汝の罪ゆるされたり」---Mr2:5
 それでは、彼の身体的障害は、その罪に対する処罰だったのか?
 もちろんそうではない。ヨハネ書の方の件とこちらの件とでは、<罪>という語の用法がはっきりと異なる。ヨハネの方は特に神の処罰の対象となるような、特定の行為としての故意の罪に言及しているのに対し、こちらは全人類に共通の一般的状態としての罪---モータリティー、不完全性、悪に向かう傾向---としての罪について述べているのであって、両者の違いは前章で見た通りである。
 「モータルな」という形容詞は「死すべき」と訳されるが、この言葉が霊的、肉体的双方の意味で用いられることに我々は留意すべきである。
 今日我々はこの二つの領域を通常分けて考える---伝染を防ぐために癩病患者を隔離するのは仕方のないことで、今日でもやっていることだからというので我々のうちの誰も、律法の中に同じ隔離の規定があることで聖書を退けはしない---それどころか、人間的見地からすれば、紀元前千五百年の昔にかかる医療的に有用な規定が存在し得たのは驚くべきことだということになる。ところが同じ律法が障害者を祭司職から追放するや、カーストの賤民制なんかと同じ「差別」だという非難の声が巻き起こる。というのも、それが視力の悪い者はパイロットになれない、のと同じような問題でないことは明らかだからだ。それは単に職業や社会的地位の問題ではなく、もっとも本質的な、つまり崇拝に関わる問題なのである。単にうまく祭司の務めが果たせるかどうか(例えば、手がなかったら香を持つことはできないし、口でくわえたら鼻で息ができないし、かといって足で持つのもさすがに気が引けるだろう)というようなプラクティカルな次元の問題ではないのだ。その者には「身に疵ある」から聖所に近づいてはならず、そこを「汚し」てはならないのだ。彼は一崇拝者としては神に受け入れられる。「神の食物の至聖者も聖者も彼は食ふことを得」しかし、儀式上の扱いにおいて、彼の肉体的欠陥は霊的欠陥を象徴しているのである。
 ここに、聖書全体を貫く分かりにくい二重性の一つの現れがある。「罪」という言葉の持つ二重性---神は人の尊厳を重んじ、人は身を低くして神に対し、こうして立場の違いは愛と敬意によって曖昧にされるが、尚両者の間には明確な一線が引かれている。障害者と健常者との関係もある意味でそれに似ている。障害そのものが罪ではないが、それは普遍的なモータリティーの具象なのである。それゆえに障害者は祭司職に就くことを許されず、また実際、罪に対する罰としての呪いが人に臨むこともある。この二つの事柄の意味するところは同じではないが、それでも尚、同じ源から発しているのである。
 それゆえ、これは本質的には人類すべてが抱えている問題と変わらない。我々すべては何も悪いことをしたつもりがなくても、ただ存在しているだけで、生まれながらに罪を負っている。アプリオリに、神の目に汚れた存在なのだ。だから、この罪から救い出してくれようとする神の愛に応える気があるなら、この屈辱に耐えて尚神の前に頭を垂れ、しかもそれに従うのに自分が捕らわれているモータリティーそのものが最大の障害となるところの神の要求に従うべく、日々奮闘してゆかなければならない。
 他方、すべての障害を持つキリスト教徒は、祭司職の規定だとか、ヨアブへの呪いのくだりだとかを読むときに、それでもどうしても感じてしまうであろうかすかな痛みと屈辱感に耐えて、心の中で神を冒瀆しないように気を付け、同時にこうした記述が健常者のキリスト教徒に与えかねないサブリミナルな心理的影響に関しても神に疑念の目を向けない、ことを求められているのである。

            *            *

 キリスト教史は、人間が自分の思想を神の言葉に合わせようとしてきた歴史であるが、また神の言葉を自分の思想に合わせようとしてきた歴史でもある。ローマ国教化時代の異教との混合はその始まりに過ぎない。ビクトリア朝時代には、ピアノの足にズボンをはかせるのと同じ発想で、セックスを連想させるからというのでルツ記を子供に読ませることに反対した者もあったほどである。彼らは我々の時代のパリサイ人であった。
 今日のPCムーヴメントは、黙示録に「もし之に加ふる者あらば、神はこの書に記されたる苦難を彼に加へ給はん。若しこの預言の書の言を省く者あらば、神はこの書に記されたる生命の樹、また聖なる都よりより彼の受くる分を省き給はん」(22:18,19)と記されているのを敢然と無視して、平気で加えたり省いたりした<政治的に正しい聖書>なるものまでを生み出した。それによれば、ある箇所で神のことを「父」と呼んでいるのを、フェミニズム的観点からふさわしくないというので「父母」と置き換えているそうである。Aは思い出さずにはいられなかった、「イスラエルの家は主の道は正しからずといふ イスラエルの家よわが道正しからざるや その正しからざるは汝らの道にあらずや」---Ez18:29
 さて、我々がもし男女平等を正義と考えているのなら、我々はその正義の概念を捨てなければならない。聖書において女性ははっきりと下位に定められている。
「エホバ神言給ひけるは 人獨なるは善からず 我彼に適ふ助者を彼のために造らんと」---Ge2:18
「凡ての男の頭はキリストなり、女の頭は男なり、キリストの頭は神なり」---1Co11:3
 そして、万事がこの調子で展開してゆくので、フェミニストにとって聖書を<修正>するのは頭の痛くなるような一大事業であったことだろう。
 しかしこの言葉は実際何を意味したのか、神はどういう意図をもってこの規定を定めたのか。聖書が歴史的に、男性に対して、女性への抑圧と暴力の潜在的な口実を与えてきたのは事実である。それでは、女性は男性の不当な抑圧をも神の正義として受け入れなければならなかったのか?
 まず銘記すべきは、聖書の規定した社会のあり方と、現代の我々の社会のあり方とでは、その精神性の枠組みからして全く違う、という点である。現代社会のあり方を、しごく大雑把に、伝統的白人男性中心社会といわゆるマイノリティーとの対立として考えるなら、それは要するに対立関係であり、互いに張り合う関係である。それは理論的、倫理的な部分も含めて、力関係の問題である。彼らはそれぞれ己れの益を実現する力の大きさにおいて互いに張り合っている---それぞれ己れの信念を持っている。ということは、価値や正義が相対的で、いっぱいある、ということだ。(ただ、ここで括弧でくくらなければならないのはいわゆる伝統的価値観で、その信奉者たちは、アメリカという国の特異性を扱った部分で述べたとおり、自分たちの価値観の基盤は神の言葉であるゆえに絶対的な正義であると信じ、しかもたまたまそういう見方が歴史上勢力を得てきたから、ここで厄介な力と正義との混同が起こっているのであるが。)
 しかし神の権威のもとではそうではない---少なくとも、理論上は。人類全体が罪を負っており、神の栄光の前に、女性の尊厳ばかりでなく男性のそれも、異邦人の誇りばかりでなくユダヤ人のそれも共に貶められている。
「凡ての人、罪を犯したれば神の栄光を受くるに足らず」---Rom3:23
 R.チュアートの言葉を借りれば、これがキリスト教的平等というものである。
 そしてすべての人間にとって唯一の価値とは神への献身であり、神に栄光を帰することである。つまりすべての人間はそのために、己れの益をすべからく放棄することを求められているのである。この点においては全く平等だから、「ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自主もなく、男も女もなし、汝らは皆キリスト・イエスにありて一體なり」(Ga3:28)ということになる。ここが、

   現代の白人男性中心社会⇔マイノリティー
              ∥
       古代イスラエル⇔異邦諸国民

 というPC的アナロジーを打破すべき、最大のポイントである。
 しかしながら、そういう社会のもとでも一定の秩序があって、その中で女性の方が男性よりも下位に属しているわけなのだ。
 性交及び出産に関する律法の規定はこの辺の事情をよく象徴している。律法によれば性交を行なった男女は一定期間汚れた者とされたが、それは性交そのものが罪だからではなく、人類一般が共有するアダムの罪を、生まれてくる子供もまた引き継ぐのだということを思い起こさせるためのものである。そして同じ理由で出産後の女性も一定期間汚れた者とされたが(Le12)、その期間の長さが男の子の場合と女の子の場合とでは違っていて、女の子の場合は男の子の二倍の長さなのである。
 このように律法においては、平等と不平等が奇妙に混じり合っている。
 これから聖書中の、フェミニズムの問題に渉ると思われるような箇所の幾つかを見ていくことにしたいと思う。ただしこのことを心に留めておくべきである。事実を羅列し、注解し、解釈しようと努めることはできる。しかし、我々にできるのはそこまでである。理解することは、我々にはできない。

 幾つかの前提。
 まず、当然のこととして、男と女とはあまりにも異なった存在であること。体の造りから、ものの考え方、感じ方の傾向、適性、能力、個人差もある。だから男女の平等ということは、理論的、法的にはあり得ても、実質的にはあり得ない、ということ。
 時代的文化的背景。族長時代、及び古代イスラエル時代においては、神に仕えることの次に重要とされていたのは子孫を残すことだった。男も女もそう考えていたから、いきおい男女関係においてはそれが中心となった。一夫多妻制とか義兄弟結婚の取り決めはこの文脈において理解される必要がある。そしてもちろんこの時代にはキャリアウーマンなんかいなかったから、女性の経済的立場はすこぶる弱かった。女性にとっては一人でいるよりも夫のもとにいた方が断然有利だったのである。律法における一夫多妻及び離婚に関する規定はこの側面からも考慮されるべきである。
 注。もちろん、苟も神の言葉が人間の慣習ごときに左右されるべきものではない、ということ。それはいつだって普遍的な真実であってしかるべきなのだ---
「私はエホバであり、私は変わっていない」(Ma3:6)
「私エホバは第一なる者であり、最後の者たちに対しても同じ者である」(Is41:4)
 にもかかわらず、あの時代のかかる考え方を生み出したのはまさにその神の言葉であったということ---アブラハムに対する神の約束。それゆえ彼らにはメシアの先祖となれる可能性があり、それは最高の栄誉と考えられたのだ。それゆえ彼らは系図を保ち、子孫を残すことに執着した。
 メシアが到来し、肉のユダヤ人がユダヤ人でなくなり、血統や民族に変わって信仰や伝道による救いや終末の教えが強調されるようになると、男女関係はエデンでの最初の規定に戻る。同じ神のもとにありながら、全体的な価値観や細かな既定は時代によってずいぶん大幅に変わっているのである。
 最後に。下位であることは劣悪であることを意味しない、ということ。想起せよ、人間は天使よりも「少し低く」造られたにもかかわらず、忠誠を全うした人間がいる一方で、神を捨てた天使がいることを。
 それでも、意識の問題は残るのではないか? 性交後の一定期間を汚れた者であると規定する律法が(誰もそんなことを言っていないにもかかわらず)セックスは罪であるという潜在意識を培わせかねないのと同じように、例えば女児を出産した場合は男児の場合の二倍の期間汚れた者であるとする律法は、潜在的な女性蔑視の意識を培わせないだろうか? PC的視点からすれば、これは極めて重要な問題である。
 以上の点を踏まえつつ、ざっと見ていくことにしたい。

 エデンにおける神の規定。
「是故に人は其父母を離れて其妻に好合ひ二人一體となるべし」---Ge2:24
 これは神の定めた神の規定である。
 二人が罪を犯したのち、神が女に告げた言葉。
「汝は夫をしたひ彼は汝を治めん」---Ge3:19
 これは神の予言であって、命令ではない。つまり、神は「こうなるであろう」と言ったのであって、「こうしなさい」と言ったのではない。それゆえ、原罪以後の男女の不均衡な関係は、本来あるべき姿というよりも、彼らの引き継いだ不完全性の現れなのである。
 一夫多妻制を最初に取り入れたレメク。
「レメク二人の妻を娶れり 一人の名はアダと曰ひ一人の名はチラと曰へり」---Ge4:19
 神がこの行動をどう見做したかについての記述はない。

 アブラハムの妻サラと、ゲラルの王アビメレクとの一件。(Ge20)
 この時代にはまだ姦淫を禁ずる規定がなかったにもかかわらず、この記述は、神が姦淫を既に死に値する罪と見做していたことを示している。

 ヤコブの息子ユダとその家族をめぐる一件。(Ge38)
 この時代には義兄弟結婚の規定は明文化されておらず、それは単なる慣習に過ぎなかったが、ユダの二番目の息子がこれに従わなかったとき、神は彼を死に渡した。
 ユダの買春。このときのユダは独り身で、買春を禁ずる規定は確かにまだなかった。彼は女を買っておきながら嫁のタマルについてずいぶん勝手なことを言っているが、神が彼を処罰したという記述はない。

 律法時代。
 姦淫を犯した男女は、双方とも死罪であった。(Le20:10)
 淫行を犯した者たちは、結婚しなければならなかった。(Ex22:16,17,De22:28,29)
 強姦は死罪だった。(De22:25-27)

 神の取り決めとして男は頭の権を行使し、女はそれに従わなくてはならなかった。神-男-女の関係は、神-国家-キリスト教徒の関係に比することができる。それは神の取り決めであったがゆえに、男が神に従わない場合、女は男を踏み越えて神に従ってよかったし、またそうすべきだった。ナバルの妻アビガイルの例はこのことを示している。(1Sam25)

 女は男に「所有される者」と見做された。(De22:22)
「所有される」という表現は、今日の我々にはつっかかるかもしれない。しかし、少なくとも当時の女の側の意識としては、そのことで自分たちが貶められているとは思っていなかったようである。むしろ自分がそれに属する男を持っていることは一つのステイタスだった。戦禍を予言したイザヤの言葉にあるように--「その日七人のをんな一人の男にすがりていはん 我らおのれの糧をくらひ己の衣を着るべし ただ我らに汝の名をとなふることを許してわれらの恥をとりのぞけと」(4:1)

 男は複数の妻を娶ってもよく、そのため妻たちが不公平な扱いを受けないように保護する規定があった。(Ex21:10,De21:15)
 しかし、女が複数の夫を持ってもよいかどうかについての規定はない。

 男が自分の結婚相手を処女でなかったとして告発した場合の処置が定められているが、女が自分の結婚相手を童貞でなかったとして告発した場合の処置については言及がない。(De22:13-21)

 夫が妻の貞潔を疑った場合の処置が定められているが、妻が夫の貞潔を疑った場合の処置については言及がない。(Nu5:11-31)

 男は妻を離婚することができたが、女が夫を離婚することができたかどうかについての言及はない。(De24:1-4)

 障害者の問題において取り上げた、祭司職の規定の別の部分によれば、祭司は処女を娶るべきであり、遊女、やもめ、離婚された女、犯された女を娶ってはならなかった。(Le21:7,13-15)
 しかし、祭司自身については、妻と離婚したり死別したりしたら祭司職を剥奪されるという規定はない。

 この最後の規定について少し考えたい。
 遊女が汚れた者だというのは分かる。(そもそも、律法の規定によればイスラエルの社会に遊女は存在しないことになっていたが。)しかし、やもめ、離婚された女、犯された女もまた汚れた者とされたのである。彼女たちは明らかに、自分の意志でかかる立場に身を置いたのではない。神が「心をみる」(1Sam16:7)者であるのなら、それはなぜなのか。
 おそらく以前の論議は有効であろう。その経歴ないし事実そのものが当人の罪ではないが(強姦の被害者については、殺人の被害者と同じであるとの見方が示されている---De22:26)、それらは人間のモータリティーの具象なのである。それゆえに神はその者を汚れていると見做し、その見方は、彼女たちを祭司の妻になることを許さないという現実の作用をもたらした。
 しかし、事はそれだけに留まらなかった。祭司の妻になれないだけなら生死に関わらないが、女がどういう経歴を持っているかは時として実際に、生死を分かつ問題となったのだ。
 例えばイスラエルがミディアンに復讐したとき。彼らは民を皆殺しにし、ただ男と寝ることを知らない女の子だけを生かしておいた。(Nu31)
 かく命じたのは神から任命された指導者モーセであり、この処置に対して神は何の咎めも与えなかった。ということは、神はこの処置を是認したと、ほぼ考えてよいことになる。彼女たちは処女であるというだけの理由で、ミディアン全体が負った罪を免除されたのか? 処女でない者のうち、イスラエルに対する罪に直接関与していないのが明らかな者たち(例えば、男のうちの幼い者たち)は、ただ処女でないというだけの理由で罪に定められたのか?

 同じ処置はギベアの日、ヤベシュ・ギレアデのときにも繰り返された。
 ギベアの事件も最後までAの喉にひっかかっていた、訳の分からない事件である。(Jud19-21)
 時は士師記の時代、「其頃イスラエルに王なかりし時にあたりて」という断り書きをもってその記述は始まっている。
 エフライムに住む一人のレビ人が、不貞を働いた自分の妾を連れ戻しにベツレヘムまで出掛ける。記述を見る限り彼はこの女に対して憎しみとか悪意を抱いてはいないようである---「その夫彼をなだめて携れかへらんと・・・かれの後をしたひゆきければ」とある。妾の実家で盛大なもてなしを受けたのち、レビ人は彼女を連れて自分のうちに帰ろうとするが、日が暮れたのでベニヤミンの領地のギベアに一晩の宿を取ることにする。一行は街の広場にやって来るが、彼らを泊めようとする者は誰もいない。そこへ、エフライム人で一時的にギベアに住んでいる一人の老人がやって来て彼らを見つけ、自分のうちに泊まるようにと招く。実はそこはひどく頽廃した都市で、夜になると町の男たちが老人の家を取り囲み、レビ人を連れ出してこれを犯そうとする。すると老人は彼らを嗜め、レビ人の代わりに自分の処女の娘とレビ人の妾とを出すことを提案する。
 さて、聖書中におけるこの種の事件には前例があって、それは二人の天使が人の姿を取ってソドムに住むロトのもとを訪れたときのことである。このときも性的に倒錯した男たちがロトの家を取り囲んで客人を出すように要求する、するとロトは、その代わりに自分の二人の処女の娘を出すことを提案するのである。
 これらの記述は様々な問題を提起する---それが父親のすることか、あるいはギベアの件では、客の妾を出すというのも客に対してあまりにも失礼ではないのかという自然な感情的反発のほかに、彼らは何らかの理由で男を犯すより女を犯す方がまだましだと考えていたのか、しかしかかる提案は罪を犯させるよう唆す行為にはならなかったのかという道徳上の問題、そして最も重要な点として、神がこのことをどう見做したのかについての記述が一言もない、という問題がある。
 さて、ロトのときには天使が介入して事を正したが、ギベアに泊まったレビ人は天使ではなかったから、自分の妾を出して男たちに引き渡す。すると彼らは夜通しこれを犯して辱め、明け方になって送り返す。しかし彼女は老人の家の入り口のところまで来て倒れてしまう。やがてレビ人が起きてきて彼女を見つけ、「起きよ我ら出往かん」と声をかけるが、彼女は既に事切れている。
 さて、このレビ人の人格上の問題を云々する言葉も記述には一言もない。そこでまた我々は困惑させられることになる。いくら不貞を働いた妾とはいえ、自分の身代わりに集団レイプに曝しておいてぐうぐう寝ていられるとは一体どういう神経なのか? 倒れている彼女を見つけたときの第一声が「起きよ我ら出往かん」もないものである。
 しかしこの人にはともかく正義感だけはあったらしく、起こった出来事を全イスラエルに告発する。彼女の遺体を十二の部分に切り分けて、各部族に送りつけるのである。
 びっくりして義憤に駆られたイスラエルの諸部族は、一致団結して立ち上がり、ギベアの男たちを引き渡すべく、ベニヤミンに対して要求する。ベニヤミンがそれを拒んだため、ここに大規模な内戦が勃発する。はじめはベニヤミンの方が優勢で、諸部族を打ち倒していったが、彼らは嘆き悲しみながらも神の指示を仰ぎ、その指示に従ってついにベニヤミンを敗走させる。彼らは逃げのびた六百人の兵士を除くすべてのベニヤミン人を剣の刃で討ち、すべての都市に火を放ってこれを断ち滅ぼす。
 さて、イスラエルは自分たちのうちの誰も娘を妻としてベニヤミンに与えることをしないという誓いを立てていた。このままではベニヤミンは一つの部族として絶滅してしまう。彼らは再び神の前で泣き悲しむ。
 やがて彼らは自分たちが立てていたもう一つの誓いを思い出す---ベニヤミンと戦うために上ってこなかった者は必ず死に処せられるように。
 そこで調べてみると、ヤベシュ・ギレアデからは誰も来ていないことが判明する。そこで彼らは人をやってヤベシュ・ギレアデを討ち、男も女も皆殺しにして、ただ男と寝たことのない処女の娘だけを生かしておく。次いでベニヤミンの生存者たちに和睦を差し伸べ、これらの娘たちを妻として与える。しかし、娘たちの数が足りなかったので、イスラエルは相談した挙げ句、妻を得られなかったベニヤミン人に次のような指示を与える---シロでは年ごとにエホバの祭りがある。あなた方は待ち伏せして、祭りのときに踊る娘たちの中から無理にでもさらって妻とするように。彼らは言われたとおりにしてベニヤミンの地に戻り、都市を建て直してまたそこに住むようになる。
 その記述は再び、「當時はイスラエルに王なかりしかば各人その目に善と見ゆるところを爲せり」という、人を煙に巻くような言葉で終わっている。
 彼ら六百人の兵士が生き残り得たのは、単に足が速かったためか? ヤベシュ・ギレアデの処女たちは、ただその立場ゆえに別の運命をたどったのか? それらはすべて偶然のなせる業に過ぎないのか? あるいはシロでの祭りのときに踊っていて、さらわれていった娘たち。彼女たちの人権はどうなるのか? 大体、彼女たちだってイスラエル人だったわけではないか。こんなやり方をして、誓いを破らなかったことにできるのか? それとも、進んで妻に与えるのは破ったことになるが、さらわれてしまったものは仕方ないということなのか?
 こうした問いに対する答えは何もない。

 イエスの時代に至り、離婚や一夫多妻制は廃止されてエデンでの規定に戻り、その道徳水準はさらに高くなる。『開闢の初より「人を男と女とに造り給へり」「かかる故に人はその父母を離れて、二人のもの一體となるべし」さればはや二人にはあらず、一體なり。この故に神の合せ給ふものは、人これを離すべからず』・・・『おほよそ其の妻を出して他に娶る者は、その妻に對して姦淫を行ふなり。また妻もし其の夫を棄てて他に嫁がば、姦淫を行ふなり』---Mr10:6-12
 この頃までには、周知のとおりギリシャ・ローマの影響がユダヤ人の文化やものの考え方にも浸透し、他方律法は人間の伝統によって歪められていた。この時代の特色の一つは極端な男尊女卑だった。女は人間以下の奴隷と考えられ、女の証言は法的に無効とされていたくらいだった。それゆえイエスの復活の最初の証人として女の名が挙げられているのは、当時にしてみればキリスト教の特異な点の一つだったのである。また、大の男が通りで女と話したりするものではなかった。それゆえ、イエスが井戸のそばで女と、しかもサマリア人の女と話しているのを見て、弟子たちは奇妙な感じを覚えたのである。姦淫を犯すにしても、当時の一般的な考え方によれば男は自分の妻に対して姦淫を犯すのではなかった。密通相手の男に対して犯すものとされたのである。それゆえイエスが女を、「に對して姦淫を犯す」だけの価値のある存在として語ったとき、もうそれだけで、画期的な仕方で女を人間扱いしていたわけなのである。

 イエスの死後には、会衆内における女性のあり方についての指示が、使徒たちの手によって記されている。
「男の頭はキリストなり、女の頭は男なり、キリストの頭は神なり」--1Co11:3「妻たる者よ、主に服ふごとく己の夫に服へ。キリストは自ら體の救主にして教會の首なるごとく、夫は妻の首なればなり。教會のキリストに服ふごとく、妻も凡てのこと夫に服へ。夫たる者よ、キリストの教會を愛し、之がために己を捨て給ひしごとく、汝らも妻を愛せよ」---Eph5:22-25
「女は凡てのこと從順にして靜に道を學ぶべし。われ女の教ふることと男の上に權を執ることとを許さず、ただ靜にすべし。それアダムは前に造られ、エバは後に造られたり。アダムは惑わされず、女は惑わされて罪に陥りたるなり」---1Ti2:11-14

 この最後の言葉は分かりにくい。これが頭の権の取り決めを踏み越えることに関する、人類一般に対しての警告として書かれたのか、それとも女性全体が連帯責任としてエバの罪を負っているということを意味しているのか、明らかにされていない。この言葉が後者の意味に解され、女性は生まれながらに呪われた、悪をもたらす存在であるという考え方がダンテ以来のヨーロッパにおける一つの伝統となってきたのは周知のとおりである。
 理想論としては、双方に同じだけ果たすべき務めがあった---すなわち、女の方には服する責任が、男の方には愛する責任が。しかし、実際には男がしかるべき愛を示さない場合というのはいくらでもあったし、その場合にも女の方は男に服する責任を免れなかったから、無力だった。事が正されないまま苦しい状況が続くという場合も珍しくなかった---エリとその息子たちの不徳義を耐え忍んだ幼き日のサムエル、あるいはサウルに命をつけ狙われながらもこれを油注がれた者として敬ったダビデのように。彼らは、それが神の取り決めだったがゆえに神が介入するまで行動を起こさなかったのである。聖書中の事例にしても、それ以降の歴史にしてもそうだが、実際のところ、神の掟を実践すると、弱者が強者の虐げに甘んじて耐え続け、強者の方はそれにつけこんでますます弱者を苦しめる、という事態が往々にして発生する---この体制下に限ったことではあるが。そして、これこそが、キリスト教が受けてきた最大の批判の一つなのだ。
 それゆえ、神の掟を受け入れようとする者は、この種の批判をも甘んじて受ける覚悟をしなければならない。すなわち、神の取り決めゆえに苦しむと同時に、罪もないのに苦しんでいると言って第三者から非難される、その非難にも耐える覚悟がなければならないのだ。
 かくのごとくして、再び問題となってくるはあの分かりにくい二重性である---女はキリストにあって男と一つであり、罪との戦いにあって平等でありながら、なお男の下位に位置するのである。女はただ女であるということだけのために、下位であることに伴って発生し得るあらゆる不利益に耐えるだけの用意を持って臨まなければならないのだ。

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2013年11月30日

創造的な不幸-16-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-16- アメリカ、アブサロム、ポリティカル・コレクトネス


 神とカエサルの混同における最も顕著な実例の一つ。
 自ら世界の警察官を名乗り、世界に正義を敷衍せんとしばしば他国の政治問題に介入してきたアメリカ---それがまたしばしば余計な混乱を引き起こすだけの結果に終わってきたにも拘わらず、彼らが今なおあれほど自信に満ちているのはなぜか? それはとりもなおさず、彼らが現代のイスラエルを自負してきたからに他ならない。
「トルーマンにしてもケネディにしてもアメリカの大統領は就任演説において必ずアメリカが世界に負っている責任を語る。そして常に愛他主義的な発言を繰り返す。・・・後年そういう大統領の言明を大国の傲慢もしくはアメリカの支配欲の偽善的口実であるかのように見做すのが流行になった。そういう軽薄なシニシズムはアメリカの政治的信念の本質をよみ違えている。アメリカの政治的信念はナイーヴなものであり、そのナイーヴな信念からこそアメリカは偉大な企図の推進力を引き出すのだ。大半の国家は自国の安全を脅かす具体的かつ限定的な驚異に対抗するために武力を行使する。しかるに今世紀中第一次世界大戦から湾岸戦争に至るまで、アメリカは専ら集団的安全保障の管理として侵略や不正を否定する道徳的義務と自らが見做すものを果たすべく武力を行使してきたのである」---Henry Kissinger 'Diplomacy', 1994
 アメリカは神の国である---それはこの国の歴史の中心を貫いてきた強烈な信念だった。建国の端緒からしてそうだった。メイフラワー号に乗ったピルグリム・ファーザーズ。大陸は新天地と呼ばれ、ボストンは新しいエルサレムだった。
 ハーマン・メルヴィルはその若き日に 'The White Jacket' という作品の中で書いている---
「我らアメリカ人は、特異な、選ばれた民であり、現代のイスラエル人なのだ。・・・神の予め定められた運命により、人類は我らアメリカ人に、我らは自らの魂に大いに期待している。諸国民は遠からずして我らの後に従うであろう。我らは世界のパイオニアであり、未踏の荒野を進み、新世界に新たな行路を探るべく派遣された先遣隊である」
 メルヴィルを含め、多くのアメリカ人がどんなに本気でそれを信じてきたか、我々の感覚ではちょっと理解できないくらいである。しかし、それを理解しようと努めるときに、我々は例えばオースターの<ガラスの街>のような小説を、もはや荒唐無稽とは感じなくなるのである。
 そして、その信念は実際に政治を動かす力となった。ストウ夫人の<アンクル・トムの小屋>が奴隷制の悲惨を告発して南北戦争を引き起こす重大な要因となったことは有名だが、それについてエドマンド・ウィルソンは<愛国の血潮>の中でこう述べている。
「<アンクル・トムの小屋>を書くにあたってストウ夫人が考えたのは、真っ当なアメリカ人ならば誰しも、アメリカという史上先例のない共和国の本来の姿を保持しようと願って然るべきだという事であった。そして、奴隷制が存続する限り、北部は道徳的無関心と半ば故意の無知ゆえに非人間的な制度を奨励することになり、南部は奴隷制のもたらす贅沢と自堕落ゆえに本来の南部らしい性格を歪めることになり、いずれにせよ共和国の共通の理想を堕落させることになると、主張しようとしたのである。さらに彼女は、アメリカ連邦はキリスト教の加護のもとに建設されたと信じていたから、キリスト教の教義に暴力を加えるような制度は、断じてこれを容認し得なかったのである」
 つまり、わがアメリカに奴隷制のような悪が存続するのを許してはならない、なぜならばアメリカは神の国だから、という考え方が、戦争を引き起こす重大な要因となったのである。ここに我々は、アウグスティヌスの時代に始まる例の歴史的な誤りを見るのである。それは立派な信念ではあるかもしれないが、しかしながら間違った信念であった。それは終末と神の国の到来を待つのをやめて、人間の努力によってこれをつくり上げようとする誤りであり、神とカエサルを混同する誤りなのである。
 それは神の目から見て誤りであり、それどころか僣越の罪に問われて然るべきである---勝手に神の主権を代表しようとするのは、神が与えなかった権利を行使することであるから---という他にまた、実際問題として有害な作用を引き起こす。
 アメリカが、あるいは北部が神を代表していると思い込むようになると、自分の側は何でも正しくて相手の側は何でも間違っているという一種の政治主義に陥りがちである。そうなると、自分のやり方を是が非でも相手に押しつけなければ気が済まなくなってきて、盲目的な正義感はかくて必ずや流血の事態を引き起こすのである。
 血を流す行為そのものが間違っているのではない。神もまた血を流す。カナンに対するやり方を見てくると、世の不正を正すべく神が終末をもたらすとき、一体どれだけの血が流されることになるのか想像がつこうというものだ。「其日エホバの戮(ころ)し給ふ者は地の此極より地の彼の極に及ばん 彼らは哀しまれず集められず葬られずして地の面に糞土とならん」---Je25:33
 それゆえこの点における彼らの過ちとは、血を流すことそのものにではなく、むしろ神の権威に依らずに血を流すことにある。さらに言うなら、彼らのより深い過ちとは、そういうことを敢えてするほどの精神的盲目である。
 T.S.エリオットはかつて<キリスト教社会の理念>によせた覚書の中で、世のいわゆる革命家や改革家を批判して次のように述べている。
「・・・主としてこれらの人々は世の悪を自分の外部にあるものと考えています。この場合、悪は全く非個性的と考えられるので、機構を変革する以外に手はないということになります。あるいは悪が人間の中に具体化されるとしても、それはいつでも他人の中に具体化されるのです---階級とか民族とか政治家とか銀行家とか武器製造業者といった人々で、決して自分自身の中ではありません」
 彼らは相手の中におけると同じく己れの中にも必ずや存在するところの悪に対して盲目であり、それゆえに相手を正しく理解しようとする点において盲目なのである。
 しかしながら、実際には人間の本質が政治制度によって変わることはなく、国家がいかにキリスト教化されようと、それによってアダムの罪が清算されることはない。ゆえにホーソンは十七世紀ボストンを舞台にした<緋文字>の冒頭で先祖たちを批判して書いている---

 The founders of a new colony, whatever Utopia of human virtue and happiness they might originally project, have invariably recognized it among their earliest practical necessities to allot a portion of the virgin soil as a cemetery, and another portion as the site of a prison.

 事実は、北部人も南部人も共に等しく罪のもとに売られているのであって、それゆえに不完全であり、悪に向かう傾向を持っている。北部に奴隷制が存在しなかったとしても、それはたまたま歴史的に発達しなかったというだけのことで、そういうものが生まれる潜在的な可能性というものは、常にこれを南部と共有してきたのである。
 メルヴィルはやはり若書きの<マーディ>という作品の中で書いている---
「悪は鎮静されることはあり得ても、断じて根絶されることはあり得ない。なぜなら、悪とは宇宙の慢性病であって、一箇所で封じ込めてもまた他の箇所から吹出してくるからだ」
 それゆえ我々はもっと南部の現実を理解しなければならないと考えて(メルヴィルは北部人なのだ)、彼は登場人物の一人にこう言わせている。
「北部よ、非難を止めて、冷静に南部を判断せよ。一つの社会として南部人が責任を負うようになる以前から、奴隷制度は社会の只中に植え込まれていたのであり、そういうものは根が深い。
 ・・・遠くにいて非難の声を上げるのはたやすいことだ。肺臓がある限り誰だって批判者にはなれる。星の位置が悪い、ということくらい誰だって言えるし、盲人は太陽も盲目だと言うだろう。
 ・・・土地が人間を決定するのだ。人間は生まれる前に、ここに生まれたいとか、あそこに生まれたいとか、自ら決めることは許されていない。南部の人間はこういう制度と共に育ってきたのだ」
「土地が人間を決定する」、これは一つの巨大な真実である。ポリティカル・コレクトネスの教説が間違っているとすれば、我々は誰も歴史的真空の中に存在してはおらず、またそういうことは望み得ない。すべての人間は、その属する歴史的・地理的・文化的・生物学的、またその他の様々な条件によって決定されている。そして、時にはその宿命の力があまりにも圧倒的なので、弱小な人間にはとても太刀打ちできないように思われるのである。
 しかしながら、ここにもう一つの巨大な真実がある。すなわち、それにも拘わらず、我々は宿命の力が我々を決定するのを許してはならないのである。いかに決定的で、圧倒的であろうとも、悪は悪であって、我々はそれを識別できるのであり、それゆえに、それに対してあれかこれかの態度を取らなくてはならない。
「奴隷制度というもの自体は単に一人の人間がしようと思ってした行為ではなかった。それは自然に、歴史的に発達したものだった。しかしそれは一つの悪には違いなく、そしてそれが人間的に、人道的に幾度か緩和されてはきたものの、またそれが歴史的に必要なものだったとしても、それによって生ずる良心の呵責を静めることはできなかった。そして、南北戦争がその凶運を現し始めたのだ。その戦争は勇気と不屈の精神と力とをもって戦われはしたが、しかし良心は分裂していた」---Robert Penn Warren, 'Understanding Poetry'

 この一節はまた、メアリ・チェスナットの非常に訴える文章を思い出させる。彼女は南部人として、南部の複雑な事情をろくに知りもせず、やみくもに非難するばかりの北部を痛烈に批判する一方で、また自ら奴隷制の現実に苦悩し、現実を知る者として、ストウ夫人以上に激しくこれを指弾した。彼女の日記より、1861年11月27日。「向こうにはストウ夫人、グリーリー、ソロー、エマソン、サムナーがいて、いずれも清潔で明るく、よい香りの漂う快適なニュー・イングランド風の家に住み、書斎に籠もって、南部人への憤慢をぶちまけて心をすっきりさせる書物を執筆している。・・・彼らが何か自己否定の行為をするにしても、せいぜいそれは、南部へ行ってキリストの名のもとに南部人の喉を切り裂けと、ジョン・ブラウンに言葉で命じるくらいのことである。一方、私の母親や祖母や姑の生活はどうであろうか。彼女たちはほとんど北部の学校で教育を受け、北部の批判者たちと同じ書物、新聞、聖書を読み、正邪に関する同じ概念を持ち、教養が高く、優雅で、善良で、敬虔で、己れの理解したとおりに立派に義務を果たしている。しかも、彼女たちは黒人たちと同じ村に暮らしている。そして、憎悪を信条として説くこともなく、殺人や反逆を神聖な義務として教えることもなく、黒人の境遇を改善すべく様々な努力を重ねている。・・・手間のかかる子供と同じような黒人の群れがいつも周囲にいて、しかも彼らは、ストウ夫人の空想が描き出したのとはまるで違って、頑迷で、不愉快で、現実的で、未発達で、野蛮なアフリカ人なのだ。それゆえ彼女たちは奴隷制を、ストウ夫人が憎む以上に憎んでいる。私もこれを憎む。・・・我々は十九世紀の人間であり、奴隷制はむろん廃止されるべきだと思う。奴隷の所有者たちは、善良な人間である場合にはむしろ犠牲者なのだ」
 メアリ・チェスナットによれば、奴隷制における最もおぞましい害悪とはその道徳的頽廃であった---即ち、白人の主人が黒人奴隷の女に手をつけることが社会的に容認され、しかもその家族が全部一緒に暮らしていて、妻との子と奴隷に孕ませた子とが一緒に育っていくという現実の生む、道徳感覚の麻痺なのである。こういう現実についてストウは一言も述べていないと、彼女は指摘している。「それゆえ彼女たちは奴隷制を、ストウ夫人が憎む以上に憎んでいる。・・・奴隷制はむろん廃止されるべきだと思う」
 そのような見方は、心ある南部人の間ではむしろ一般的だった、と言っていい。
「・・・黒人は自由な国に住んでいる人間であり、それゆえ自由でなければならないという前提だ。我々が実際に(北部に対して)守ろうとしているのはそれなのだ。黒人を我々自身の手で解放する特権なのだ。それは他の誰にもできないから、我々がやらなければならないのだ」---ウィリアム・フォークナー、<墓場への闖入者>
 しかしながら、南部人自身の手によって奴隷制が廃止されることはついになく、結果から言えば戦争で北軍が勝利し、南軍が悲惨なまでに徹底的な敗北を喫するに及んでそれは初めて可能になった。
 ここでまた我々は心に留めておかなければならない。嘆かわしくもこの政治的事実は、神とカエサルとのあの伝統的な混同によって道徳的事実へとすり替えられてしまい、それはアメリカの精神全体に有害な影響を及ぼしたのである。
 たまたま道徳的により正しかったところの北部が勝ち、間違っていた南部が負けた、というのが事実だったのであるが、それは北部が正しかったから勝ち、南部が間違っていたから負けた、のとは違うのである。北部が勝ったのは別に神の加護があったからではなく、単に力において南部より強かったからにすぎない。北部は南部と違ってその「良心が分裂して」はいなかったから、それがより大きな力を発揮する精神的要素になった、ということはあるだろう。それにしても、基本的にこの世のカエサルの領域において、正邪と勝敗は無関係なのである。
 しかしながら、北部が勝ったということから、誤った印象---神が実際にアメリカの政治に関与していて、この度は北部を支持し、南部を断罪したのだという---は拭いがたいものとなったのである。
 フォークナーの作品の中にも、南部の敗北は神の意志だったのだという考え方は当然のものとして出てくる。<アブサロム、アブサロム!>では、それぞれ立場の違う三人の登場人物が次のように述べるのである---
「この人はそれを人に話してもらいたいからなんだ、と彼は思った。・・・なぜ神が我々をあの戦争で負けさせたかということを、いつかは知ってもらいたいからなんだ」
「『神様が私たち南部人に敗戦の苦しみをなめさせようとなさったのも、当然ではないでしょうか?』
 『その通りです』とクエンティンは言った」
「『だって神様は四年前にぼくたちを見放したので、ただぼくたちにそう告げる必要がないと思っただけですから』」

 R.P.ウォレンが<南北戦争の遺産>の中で書いていることであるが、北部の勝利は北部にとって'The Treasury of Virtue' であり、南部の敗北は南部にとって ' The Great Alibi' であった。というのは、それは北部に対して思い上がりと自己正当化と、己れの偽善に対する盲目を許すものとなった一方で、南部に対しては絶望への屈伏と自暴自棄と敗北主義との口実を与えたからである。
 しかしながら、神ならぬ人間の歴史はかくも混沌たるものである。逆の結果になっていたら事態は少しはましになっていたと、誰に言えよう。もし南部が勝ち、北部が負けていたとしたら? そうしたら、それは双方における道徳的混乱と(「神は奴隷制を認めているのか?」)、それゆえの神への懐疑と、信仰の喪失と、恐らくは奴隷制の存続をもたらしたかもしれない。あるいはそれ以前の問題として、一体流血の事態は回避し得たのか、それとも不可避だったのか。実際のところ、神の権威によらずに血を流すのは間違ったことであると、一つの国民を納得させるのは不可能だっただろうし、仮にそれが可能だったとして、果して自分が敢えてそんなことをする気になったかどうか、怪しいものである。というのは、奴隷制の悪と苦しみとを眼前に見ながら、それを放っておくだけの神経を誰が持ち合わせようか。あるいはまた、いくら神の目に間違っていようと、自ら信ずる正義のために、あるいは祖国への愛のために命を擲った兵士たちの精神性---そういう独り善がりな思い込みなしには恐らく存在し得なかった、幾多の偉大な魂と、その偉大な生涯の記録(北部と南部の双方における)を我々は否定し得るだろうか?
 次に引用するメルヴィルの幾つかの言葉は、戦後、北部が南部に対して取ったあまりにも手厳しい政策を批判するために書かれたものであるが、これらは彼が感情的な世論に流されることなく、いかに公平で冷静な見方を保ち得たかをよく示すものである。

「愛国心と狭量とが相共に往き、知的公正が政治的均一化と混同され、有用な真実が、党派主義的でないというので日の目を見ない、ということが起こっていい理由があるとは思えない。再建の仕事は---仮にも再建などということが実行可能であればの話だが---常識とキリスト教的な愛以上の何ものをも、ほとんど必要としない」
「南部が---我々の信ずるごとく、その動機からして哀れにも道を誤っていたとしても---そのためにみごとな個人的献身をもって戦った勇敢な人々の記憶を、恥として捨て去ってしまう気でいるとしたら、それは全く不名誉な話である。愛国心は卑しいものでも非人間的なものでもない。この夏ヴァージニアとジョージアの死者の墓に花を捧げる人々は、その死別と誇り高い愛情において、神の目に、優しい悲しみと愛情の同じ捧げ物をもって我が北部の共同墓地に赴く人々と同じほど聖なる存在なのである」
「いわゆる真実というもの---人間的な物の言い方をすればであるが---これを覆い隠したり、情状酌量しようとしたりすることがないようにしようではないか。実際のところ、友愛の精神にもとる告発---幾年も続いて、とうとう流血の惨事を引き起こした---それはお互いさまだったのだから」
「寛容と政策---キリスト教とマキャヴェリズム--それらは共に、敗者に対して厳しい処置を思い止まらせるものである」
「南部人の価値は戦争で実証された。我々は危険にも彼らと疎遠になることもできるが、そうでなければ彼らを我々の国にとって有用な者とすることもできるのである」
「想像の中で、かの先例のない立場に置かれた南部人のその立場に我々を置いてみよう。そのただ中に幾百万もの無知な解放奴隷を抱えた立場に。我々の中のある者は、彼らに選挙権を与えることをすら主張しているのである。博愛家たちが我が同胞たる黒人たちに対してそうであると同じく、我々もまた我が同胞たる白人たちに対してキリスト教徒らしくあろうではないか」

 もちろん、彼の考え方すべてが完全に正しいというわけではない。結局のところ、神を第一にしないような愛国心は神の目からすれば間違っているわけだし、誰がどのくらい神の目に聖なる存在であるなどと、どうして人間に断言できようか。彼もまた、いちばん最初の言葉が示すように、アメリカは神の国であるという信念を持ち続けた人であり、冷静な批判者であるよりも少し余計に一個のアメリカ人であった。そういうところにこそ我々は彼の人間的な優しさを見ることができるとしても。

 同じことはまたフォークナーにも言える。彼は南部に生を享けて、一生南部を離れることなく南部を描き続けた作家だった。南北戦争の記憶は彼の文学の原風景であり出発点であって、人間存在の根源的な問題を追求するに当たっての重要な媒介となった。そういう意味で彼はメルヴィルの精神的な後継者であると言える。
 例えば、<アブサロム、アブサロム!>。
 その題名のつけ方からして、我々はまたしてもここに、神とカエサルとの伝統的な混同を見るのである。それは実際に神の主権を代表していた古代イスラエルと、単に代表しているつもりになっているだけのアメリカとを、同じ平面上で考えていたことを示すものであるからだ。
 さて、その小説はどんなふうに<アブサロム、アブサロム!>なのか。ざっと目を通してみる限りでは、舞台が南北戦争時代の南部に移されているだけで、ダビデの息子アブサロムに関する、互いに直接関係のない二つの逸話をかなり忠実になぞっている、という印象である。(もっとも、多くの人はアブサロムのイメージをヘンリーに対してではなく、むしろボンの方に対して持つであろうが。) その一つは、アブサロムの妹タマルをその異母兄弟アムノンが犯したというのでアブサロムがアムノンを殺した件であり、もう一つは彼が父王に対して謀叛を起こし、結局破滅することになった件である。後の方をもう少し詳しく説明すると、アブサロムが言葉巧みに人民の多くを味方に着けたので、ダビデ勢は亡命する羽目になり、結局両者の間に戦争が起こるのである。ダビデはそのような仕打ちを受けたにも拘らず息子を愛していたので、彼を見つけたら決してこれに危害を加えることなく自分のもとに連れてくるようにと命ずるのだが、軍司令官ヨアブは王の命令を無視してこれを殺してしまう。その報を受けたダビデは嘆き悲しんで、涙を流して言うのである、「アブサロム、アブサロム、我が息子よ! 私が、この私がお前の代わりに死ねばよかったのに。アブサロム、我が子よ、我が子よ!」
 この二つの逸話は表面的には互いに関係がないのだが、実は深いところで共通の原因を持っており、それらは共に、ダビデの家に対する神の呪いによるのである。何ゆえの呪いかというと、例のバテ・シバとの姦淫と、ウリヤの殺害に関する一件なのである。ダビデが悔い改めたので神はその命を容赦するが、預言者ナタンを通して言い渡す---この罪のゆえに剣は定めのない時まで彼の家を離れないだろうと。それでこれらのごたごたは、その言葉の成就なのである。
 ゆえに、フォークナーが南部の物語にこういう題をつけたことから暗示されるのは、トマス・サトペンや彼をめぐる他の人々がみんなそれぞれに戦いながらも悲惨な運命をたどって破滅していったのは、個々人の罪による以上に、死すべき人間を凌駕する何か大きな宿命によるのではないか、ということなのである。
 しかし、それはある意味正しいのだ。何となれば我々すべてのうちに息づくアダムの罪は、神の呪いと言えるからである---「地はあなたのゆえに呪われた。」
 それは我々を、我々の意志に反して悪と破滅に向かわせる、巨大な暗黒の力である。
 それでも尚、我々はそれが己れを支配するのを許してはならない。ここにまたあの逆説がある---アダムの罪を受け継いで生まれたのは我々の責任ではないが、それにも拘らず我々は日々これと戦うことによって道徳的責任を果たさなければならず、言い換えれば己れに責任のない罪に対して責任を取らなければならないのである。
 それで、アムノンなりアブサロムなりが神から断罪されるとすれば、それは彼らがアプリオリに神の呪いという宿命のもとに生まれてきた事実そのもののゆえではなく、その宿命---それはアムノンにとっては苦しい恋であり、アブサロムにとっては自己崇拝と野心であったかもしれないが---に流されるままになり、これと戦おうとしなかった道徳的怠惰ゆえである。
 というのは、誰も宿命の力を実質的に凌駕することはできないからだ。我々にできるのは、戦い続けることだけである。そして、キリスト教的な見方においては、戦い続けることそのものが勝利と見做される---つまり、神はそう見做すのだ。それは、罪の奴隷となることを拒否して、神の奴隷たらんとする意志だからである。
 けれども、異教的(より厳密に言えば、ギリシャ的)な見方では、勝利とはただ実質的な勝利だけを意味するのであり、それゆえに、人は常に敗北するのである。
 そして、トマス・サトペンはどちらかと言えばギリシャ悲劇の主人公に似ている。彼は雄々しく戦いはするが、虚しく敗北するのであり、あとには永続性を持つ何ものも残らない。彼はそんなにもよく戦った---彼は奴隷たちに対しても、二人の妻に対しても、祖国に対しても忠実であった---のに、なぜそんな惨めな最後を遂げなければならなかったのか?
 なぜなら、彼は神の栄光を求めなかったからである。全くのところ、そうなのだ。彼が求めたのは専ら己れの栄光であった。そして、彼のたどった道はまた、同じ生き方をするすべての人間の道でもある。我々はこのことを思いに留めておかなければならない。
 けれども尚、フォークナーはホーソンではない。
 彼のノーベル賞受賞記念講演--「私は、人間は勝利すると信じます」
「もし人間に対する尊敬がフォークナーの作品の中心的主題であるとすれば、その主題を意味あるものにしているのは、フォークナーが人間を尊敬することの難しさを悟り、それを劇化している点にある。あらゆるものがそれを拒むのだ。野蛮やエゴイズムや、剥き出しの欲望や、愚鈍や傲慢や、時には美徳でさえもそうであり、また歴史や伝統の誤解や、我々の教育や、我々の歪んだ愛国心などが。しかしながら、それは偉大なドラマであり、いつも変わらぬ物語なのだ」---R.P.Warren, 'Understanding Poetry'
 それゆえその作品において彼が語りたかったのは、人間の悲惨と神の至高性ではない。そうではなくて、彼が言いたかったのは、それにも拘らず人間は偉大だということなのである。
「彼らは敗北に直面するとき、踏みしめる足、噛みしめる唇、平然と耐える精神が、これもまた勝利であることを悟る。彼らがついに敗北するとしても、その敗北には相手がない。自ら敗北を招く者さえある。確かに彼らは、現実に敗北する場合でも、生きるよすがとしての自己の理想像---形をなしているいないに拘らず、人間いかにあるべきかについての明確な意識を持ち続けている」
 これはウォレンがヘミングウェイの作品に出てくる主人公たちを描写している文章であって、本当はフォークナーとは関係がないのだが、この一節は彼のやや異教的、誇張すれば冒瀆的とすら言えかねないような人間観を、よく説明しているように思える。
 というのは、<アブサロム、アブサロム!>においてアブサロムとは、単にヘンリーのことだけを意味するのではないからだ。この書を読む者は、フォークナーがそこに登場するどの個人よりも、南部という土地そのものについて書かんと欲しているのを感ずるだろう。そして、アブサロムとは南部なのである。アメリカが神から支配権を与えられたダビデであり、南部は美しく力強いその息子、反逆して滅び去ったその息子なのである。ここに思い至るとき、我々はフォークナーがその題に込めた、より痛切な感情を知るのである。もとよりそういう考え方は間違っている。それでも尚、フォークナーにとってアブサロムとは南部なのである。愛された息子であり、彼の敗北と死に及んで「その日の救いはすべての民にとって嘆きのときとなった」のである。

           *            *

 Aが古代イスラエル史をめぐって底無しの泥沼に沈みかけていたころ(九十年代前半)、アメリカにおいて聞き慣れない名前の奇妙な社会運動が次第に勢力を増していた。
 ポリティカル・コレクトネス---政治的正当性。それは定義するのが非常に難しく、逆に言えば何とでも定義できそうな現象だった。それはあらゆるマイノリティーの尊厳を回復しようとする試みとも言えるし、レヴィ・ストロース流の構造主義をさらに発展させたものとも言えるし、あるいは辛辣な皮肉を込めて、弱いものいじめの構図が単にひっくり返っただけの代物と言うこともできる。
 それはアカデミズムの現場において長らく白眼視されてきたし、今尚正当に評価されているかどうかは疑問である。まあ、それが実際に生み出してきた結果(無意味な言葉狩り、能ある者が仕事に就けない不公正、あるいは尊大な精神)を考えればその冷淡さも理解できないではない。しかしながら、ここにはっきりと指摘しておくべき一つの構図がある。すなわち、それは西欧世界の中心を貫いて流れてきた、それゆえ誰もが支持しあるいは耐え忍ばざるを得なかった、一つの漠然とした有機体としての精神性、あるいは規範、あるいは世界観、そういったものに対する敢然たる反逆であった、ということである。しかも、そのあらゆる面に対する、あらゆる面からの攻撃であったのだ。それゆえポリティカル・コレクトネス(PC)は単に名前や用語や雇用条件だけでなく、本来はまさに価値観の転倒、考え方そのものの変換を要求していたのだった。
 PCをめぐるかんかんがくがくの論議は海を越えて、Aも何とはなしに耳にするようになった。Aの内側で問題となっていた事柄と、Aの外側で問題とされていた事柄とは、奇妙にもパラレルを描いているように思われた。というのは、ブラックやヒスパニックやインディアンと呼ばれていた人々が立ち上がって、自分たちが正当に扱われることを求めて叫び出した様はまるで、昔滅びに定められ、あるいは神の会衆に入ることを許されなかった、カナンやフィリスティアやモアブやアンモンの人々が現代に甦り、神の不公正を告発しているみたいに見えてきたのである。
 というのは、PCの攻撃の的になった西洋中心思想があれほど自信に満ち、ひとの迷惑などお構いなしに世界を蹂躪してきたのは、既に見た通り、己れは地上における神の代表者であるという自負あってこそだからである(もちろんこの他にも様々な要素---単なるエゴイズム、支配欲、野心、慣習、伝統---が複雑に絡み合ってきたのであり、ゆえにそれは漠然とした有機体でしかないのだが)。そう考えると、PCの提唱者たちの一見不合理な要求も全く理に適ったものに思えてくる---君らのことを、そんな長ったらしい、変な名前で呼ばなくちゃならないって? そんなの無意味じゃないか。すると彼らは答えるだろう---無意味なものか。こっちこそ、君らが何の疚しさもなく侮辱的な名前で呼ぶから、長いこと理由もなく傷ついてきたのだ。それくらいの不便は当然のことさ。あるいは---君らが可決させた変な法律のおかげで、会社は有能な人材を集められなくて困ってるんだ。おいおい、分かってるだろうな、黒人差別は過去の話だぜ。我々の先祖が君らの先祖に犯した百年前の罪を、何で我々が今君らに対して償わなきゃならないのだ? どちらも当事者じゃないだろうが。すると彼らは答えるだろう---君らだって、モアブとアンモンが一つの世代の間に犯した罪のために、彼らの子孫が神の会衆に入ることを永久に許さなかったじゃないか。何で彼らは、自分たちの先祖が千年前に犯した罪の責任を取らなくちゃならなかったのだ?
 そしてこうした問題は、アメリカが現代のイスラエルを自負する限り、永久にこの国につきまとうことになるだろう。

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2013年11月30日

創造的な不幸-15-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-15- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その3


 神の愛は、つねにその原則--principle --、基準--standard--、義--justice --と結びついている。これが神の愛の最大の特色である。
 神の愛は強制的ではない。人がそれに答え応じるかどうかは、各人がその責任において決めなければならない。しかし、それに応えようとする人間には、神は同じ質の愛を要求する。即ち、第一に神を愛し、そのゆえに神の義に固くつき従うことを。人がそれに失敗するとき(そしてまた人は、その不完全さゆえに必ず失敗するのであるが)神は彼を直ちに断罪したりはしない。何度でも助けを延べ、辛抱強く教え続ける。しかし人があくまでその歩みを改めず、神の愛に応えず、その義に従おうとしないとき、神はついにそれを許容することはない。神は必ずこれを滅びに至らしめる。義と結びついた神の愛とはそういうものである。神は情のゆえに義を曲げることはしない---言い換えれば、神にとっては他人の命よりも自分の義のほうが重要なのである。

 紀元前十六世紀、モーセによってエジプトから導き出され、シナイで神との律法契約に入るイスラエル。
「・・・然ば汝らもし善く我が言を聴きわが契約を守らば汝らは諸々の民に愈りてわが寳となるべし全地はわが所有なればなり 汝らは我に対して祭司の国となり聖き民となるべし 是等の言語を汝イスラエルの子孫に告ぐべし
 是においてモーセ來りて民の長老たちを呼びエホバの己に命じ給ひし言を盡くその前に陳べたれば民皆等しく應へて言ひけるはエホバの言給ひしところは皆われら之を爲すべしとモーセすなはち民の言をエホバに注ぐ」---Ex19:5-8
 こうして、スラエルは神に従うことを自ら選び取ったがゆえに、その選択に関して責任を持つようになる。もし心を込めて従うなら大きな祝福を受けること、しかしもし従わないならば呪いと災厄を受けることを、神は予めイスラエルにはっきりと告げる。(Le26:3-45)
 神は彼ら自身の徳のゆえにイスラエルを選んだのではない、という点をもはっきりと告げている。
「エホバの汝らを愛し汝らを選び給ひしは汝らが萬の民よりも數多かりしに因るにあらず汝らは萬の民の中にて最も小き者なればなり 但エホバ汝らを愛するに因りまた汝らの先祖等に誓ひし誓を保たんとするに因りてエホバ強き手をもて汝らを導きいだし汝らを其奴隷たりし家よりエジプトの王パロの手より贖ひいだし給へるなり」Deut7:7,8
「汝の神エホバ汝の前より彼らを逐ひはらひ給はん後に汝心に言ふなかれ云く我の義きがためにエホバ我をこの地に導きいりてこれを獲させ給へりと そはこの国々の民の惡しきがためにエホバ之を汝の前より逐ひはらひ給ふなり 汝の往きてその地を獲るは汝の義きによるにあらず又汝の心の直きによるに非ずこの国々の民惡しきが故に汝の神エホバこれを汝の前より逐ひはらひ給ふなりエホバの斯し給ふはまた汝の先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓ひたりし言を行はんとてなり」---Deut9:4,5
 そしてまさに最初からこの民の性向を、その末路がどうなるかを神は知っている。モーセの死が近づいたとき、神は彼に告げる。
「・・・此民は起ちあがりその往くところの他国の神々を慕ひて之と姦淫を行ひかつ我を棄てて我が彼らと結びし契約を破らん その日には我かれらにむかひて怒りを発し彼らを棄て吾面をかれらに隠すべければ彼らは呑みほろぼされ許多の災害と艱難かれらに臨まん ・・・我いまだわが誓ひし地に彼らを導きいらざるに彼らは早く已に思ひ量るところあり我これを知る」---Deut31:16-21

 さて、その後も神は彼らを導いて荒野を携え上り、命令と食糧と水と衣服とを備え、約束の地まで導く。しかしその間にイスラエルは神に対して何度となく罪を犯す---金の子牛崇拝(Ex32)、食糧をめぐる不平(Num11)、斥候の芳しくない報告によって露顕する信仰の欠如(Deut1)、コラ、ダタン、アビラムの煽動による反逆(Num16)、モアブの女たちとの淫行(Num25)等々であり、その度に相当数が神によって処刑されている。選民といえども神の義に逆らう者は容赦ないのである。
「神かれらを殺したまへる時かれら神をたづね懇ろに神をもとめたり 然はあれど彼らはただその口をもて神にへつらひ その舌をもて神にいつわりをいひたりしのみ そはかれらのこころは神にむかひて堅からず その契約をまもるに忠信ならざりき されど神はあはれみに充ちたまへばかれらの不義をゆるして亡ぼしたまはず屡そのみいかりを轉してことごとくはいきどおりをふりおこし給はざりき 又かれがただ肉にして過去ればふたたび帰りこぬ風なるをおもひいで給へり かれらは野にて神にそむき荒野にて神をうれへしめしこと幾次ぞや かれらかへすがへす神をこころみイスラエルの聖者をはづかしめたり」---Ps78:34-41
 いよいよ約束の地に入るに当たり、神はイスラエルに再度訓戒を与える---従順に対しては祝福を、不従順に対しては呪いと災厄を。
「我今日天と地を呼びて證となす 我は生命と死および祝福と呪詛を汝らの前に置けり 汝生命をえらぶべし然せば汝と汝の子孫生存ふることを得ん 即ち汝の神エホバを愛してその言を聴き且これに附従ふべし 斯する時は汝生命を得かつその日を永うすることを得 エホバが汝の先祖アブラハム、イサク、ヤコブに與へんと誓ひ給ひし地に住むことを得ん」---Deut30:19,20

 かくしてカナンの征服が始まる。彼ら自身よりも数が多くて強大な七つの国民を、イスラエルは絶滅に至らせなければならないのである(Deut7,20)。
 カナンが滅ぼされたのは無論、神から見たその悪のゆえである。しかし、神のために弁護しておくと、神の義から見たら一切の異教徒は等しく不義なる者であって、同じだけ滅びに値する、ということにはならない。他ならぬその時代から、他ならぬその国民が滅ぼされたのには、それなりの理由があったのだ。ソドムとゴモラの場合と同じく、その悪が並の悪でなく、桁外れな悪であったからだった。例えばこの七国民に対する以外の戦争においては規定が違っていて、その場合には和平の条件をも告げなければならないことになっていた。(Deut20:10-18)また、それより四百年前にアブラハムに約束の地を見せたとき、神は直ちにそれを彼に与えようとはしなかった。
「時にエホバ、アブラハムに言給ひけるは 爾確かに知るべし 爾の子孫他人の国に旅人となりて其人々に服事へん 彼ら四百年のあひだ之を悩まさん ・・・四代に及びて彼ら此に返りきたらん 其はアモリ人の惡未だみたざれば也と」Ge15:13-16
 つまり、四百年前もアモリ人はそこに住んでいて、そして異教徒であることにも変わりはなかったが、その悪はまだ、絶滅に値するほど甚だしくはなかったのである。しかし時が流れ、イスラエルが戻ってきたとき、彼らの悪はその極みに達していた。
 レビ記十八章と申命記十八章にはその悪が連綿と書き連ねられているが、それを大きく分けると性的非行と心霊術的慣行であって、あらゆる形の近親相姦、姦淫、同性愛、獣姦、人身御供、呪術、占術、魔術、死者との交感などが挙げられている。
「汝らはこの諸の事をもて身を汚すなかれ 我が汝らの前に逐ひはらふ国々の人はこの諸の事によりて汚れ その地もまた汚る 是をもて我その惡のために之を罰す その地も亦自らそこに住める民を吐きいだすなり」
 こうしてヨシュアの指揮のもと、カナンにおける大殺戮が断行されるのである。
 しかし、例外もあった。イスラエルの側に着いた、エリコの娼婦ラハブとその家族(Joh2,6)、及びギベオン人(Joh9,10)は死を免れている。ラハブの名誉のためにちょっと言っておくと、彼女はその信仰のゆえにメシアの家系に連なり(Math1:5)、ギリシャ語聖書においても模範とされている(Heb11:31)。この例が示しているのは、滅びに定められた国民に属してはいても、個々人はやはり「生命と死、祝福と呪詛」のいづれかを選ぶことができた、ということである。

 こうしてイスラエルはカナンの地に定住するようになるが、やがて彼らは(予告された通り)エホバを忘れ、カナンの神々に仕えるようになる---というのも、カナンの民は命令通り、完全に抹殺されたわけではなかったからだ。
「イスラエルの子孫エホバのまへに惡しきことを作してバアリムにつかへ かつてエジプトの地よりかれらを出し給ひしその先祖の神エホバを棄てて他の神すなはちその四周なる国民の神にしたがひ之に跪きてエホバの怒を惹き起せり 即ちかれらエホバをすててバアルとアシュトレテに事へたれば エホバはげしくイスラエルを怒り給ひ 掠むるものの手にわたして之を掠めしめ かつ四周なるもろもろの敵の手にこれを賈り給ひしかばかれらふたたびその敵の前に立つことを得ざりき ・・・エホバ士師を立て給ひたればかれらこれを掠むるものの手よりすくい出したり 然るにかれらその士師にもしたがはず反りて他の神を慕ひて之と淫をおこなひ之に跪き先祖がエホバの命令に従ひて歩みたるところの道を頓に離れ去りてその如くには行はざりき ・・・その士師の死にしのち またそむきて先祖よりも甚だしく邪曲を行ひ他の神にしたがひてこれに事へ之に跪きておのれの行為をやめずその頑固なる路を離れざりき」---Jud2:11-19
 イスラエルの歴史は大体、こんなことの繰り返しだった。

 やがてイスラエルは王を頂くようになって、その中には神を愛しその義につき従った者もいる。ダビデとソロモンがその代表格である。ダビデの時代に領土は飛躍的に拡大し、ソロモンの治世には壮麗な神殿が建てられる。イスラエルの黄金時代である。
「ユダとイスラエルの人は多くして濱の沙の多きがごとくなりしが飲食して楽しめり」---1Kin4:20
 レハベアムの時代に王国が二つに分裂してからは、アサやエホシャファト、ヒゼキヤ、ヨシヤなどの名前が挙げられる。彼らがエホバへの崇拝を推進した間は民も喜んでそれに従い、神は彼らを祝福し、イスラエルは繁栄する。しかし彼らがそれをしなくなると、民もあっさり忘れてしまい、不道徳と偶像崇拝に戻ってゆく。かくして苦境が訪れる。

 イザヤ、エレミヤ、エゼキエルといった預言者たちは、こうした状況にあって神の言葉を伝え民の罪をとがめ、神のもとへ帰ることを促し、でなければ破局が来るべきことを繰り返し警告した。
「ああ罪ををかせる国人 よこしまを負ふたみ 惡をなす者のすえ 壊りそこなふ種族 かれらはエホバをすて イスラエルの聖者をあなどり 之をうとみて退きたり ・・・
 我汝らが手をのぶるとき目をおおひ 汝らがおほくの祈祷をなすときも聞くことをせじ汝らの手には血みちたり 汝ら己をあらひ己をきよくし わが眼前よりその惡業をさり 惡をおこなふことを止め 善をおこなふことをならひ 公平をもとめ 虐げらるる者をたすけ 孤子に公平をおこなひ 寡婦の訴をあげつらへ・・・」---Is1
「汝ら遇ふことをうる間にエホバを尋ねよ 近くい給ふ間によびもとめよ 惡しきものはその途をすてよこしまなる人はその思念をすててエホバに反れ さらば憐憫をほどこし給はん 我等の神にかへれ豊かに赦をあたへ給はん」---Is55:6,7
「エホバかくいひ給ふ汝らの先祖は我に何の惡事ありしを見て我に遠かり 虚しき物にしたがひて虚しくなりしや」---Je2:5
「・・・背けるイスラエルよ帰れ われ怒りの面を汝らにむけじ われはあはれみある者なり 怒を限なく含みをることあらじとエホバいひ給ふ 汝ただ汝の罪を認せ そは汝の神エホバにそむき 經めぐりてすべての青木の下にて異邦人にゆき 汝らわが聲をきかざればなりとエホバいひ給ふ」                                  ---Je3:12,13
「何故にエルサレムにをる此民は恆にわれを離れて帰らざるや 彼らは詐偽をかたく執りて帰ることを否めり われ耳を側だてて聴くに彼らは善きことを云はず一人もその惡を悔いてわがせし事は何ぞやといふ者なし 彼らはみな戰場に馳入る馬のごとくにその途に帰るなり」---Je8:5,6
「エホバいひ給ふ是彼ら我その前に立てしところの律法をすて我聲をきかず之に従はざるによりてなり 彼らはその心の剛愎なるとその先祖たちがおのれに教えしバアルとに従へり この故に萬軍のエホバ、イスラエルの神かくいひ給ふ 視よわれ彼らすなはち斯民に茵陳を食はせ毒なる水を飲ませ 彼らもその先祖たちもしらざりし国人のうちに彼らを散し また彼らを滅盡すまで其後に剣をつかはさん」---Je9:13-16
「主エホバ言給ふ我は活く 我惡人の死ぬるを悦ばず 惡人のその途を離れて生くるを悦ぶなり 汝ら翻り翻りてその惡しき道を離れよ イスラエルの家よ汝ら何ぞ死ぬべけんや」---Ez33:11

 神は民を自分のもとに立ち返らそうと執拗に使いを送り続け、民は民で執拗に拒み続ける。そしてついに紀元前六百七年、エレミヤを通して予告された通り、バビロンの王ネブカドネザルはエルサレムに侵攻する。
「其先祖の神エホバその民とその住所とを恤れむが故に頻りにその使者を遣はして之を諭し給ひしに 彼ら神の使者たちを嘲り其御言葉を軽んじその預言者たちを罵りたれば エホバの怒その民にむかひて起り 遂に救ふべからざるに至れり「即ちエホバ、カルデア人の王を之に攻めきたらせ給ひければ 彼その聖所の室にて剣をもて少者を殺し童男をも童女をも老人をも白髪の者をも憐れまざりき 皆ひとしく彼の手に付し給へり 神の室の大小の器皿エホバの室の貨財 王とその牧伯たちの貨財など凡て之をバビロンに携へゆき 神の室を焚きエルサレムの石垣を崩し その中の宮殿を盡く火にて焚き その中の貴き器を盡くそこなへり また剣をのがれし者らはバビロンにとらわれゆきて彼處にて彼とその子らの臣僕となり ペルシャの国の興るまで斯てありき 是エレミヤの口によりて傳はりしエホバの言の應ぜんがためなり 斯この地遂にその安息を享けたり 即ち是はその荒れをる間安息して終に七十年満ちぬ」---2Cro36:15-21
 エルサレムの荒廃が七十年に及ぶこと、そしてその後にバビロンが滅亡し、流刑者たちが戻ってくることを、エレミヤは予め告げている(Je25:1-14,29:1-14)。イザヤはイスラエルの解放者としてキュロスの名を挙げ(当時彼はまだ生まれてもいなかった)、彼がどのようにしてバビロンを攻略するかまで詳述している(Is44:24-45:7)。かくして預言は成就する。
「ペルシャ王クロスの元年に當り エホバ曩にエレミヤの口によりて傳へ給ひしその聖言を成さんとてペルシャ王クロスの心を感動させ給ひければ 王すなはち宣命をつたへ詔書を出して 遍く国中に告示して云く ペルシャ王かく言ふ 天の神エホバ地上の諸国を我に賜へり その家をユダのエルサレムに建つるを我に命ず 凡そ汝らの中もしその民たる者あらばその神エホバの助を得て上りゆけ」    ---2Cro36:22,23
 そこでイスラエルの残りの者たちは、荒廃に帰したエホバの神殿を再建すべくエルサレムへ帰還する。ここにイスラエルの歴史は新たな局面を迎えるのである。

 帰還したイスラエルは、エズラやネヘミヤを中心として神殿の再建に取りかかる。反対者たちの迫害や、イスラエル自身の堕落や無関心にも拘らず、やがて再建は完了する。
 ヘブライ語聖書におけるイスラエルの歴史は、マラキをもって終わっている。ここでは、相も変わらず神殿での崇拝をなおざりにしていることや、不道徳や、隣人愛の欠如が糾弾されている。「汝ら其先祖たちの日よりこのかたわが律例をはなれてこれを守らざりき 我にかへれ われ亦汝らに帰らん 萬軍のエホバこれを言ふ」---3:7
 三章ではメシアの到来についての予告がなされ、そして最後はこういう言葉で結ばれている。「視よ エホバの大なる畏るべき日の来るまへにわれ預言者エリヤを汝らにつかはさん ・・・是は我が来りて詛をもて地を撃つことなからんためなり」
 ここからギリシャ語聖書の時代まで、およそ四世紀の空白がある。
 メディア-ペルシャの支配の下で、イスラエルは発展と人口増加の時期を迎える。しかし、その末期は太守の反乱が頻発した不穏な時代だった。このころ、ペルシャの国教であったゾロアスター教や、ギリシャ文化の影響が色濃く影を落としはじめる。
 紀元前四世紀、アレクサンドロスが中東を席捲し、イスラエルもその配下に入る。セプトゥアギンタ訳の仕事がなされるのはその死後、プトレマイオス二世の時代である。
 紀元前二世紀、アンティオコス四世の時代に、ユダヤ教に対する迫害が起こって神殿が汚される---祭壇の上でゼウスへの犠牲が捧げられるのである。マカベア家を中心としたイスラエルは立ち上がり、激戦の末エルサレムを取り返して、神殿を再びエホバに献納する。
 やがて様々な思想集団が出現することになる。ロ-マを支持したサドカイ派、ギリシャの影響に抵抗し、口頭伝承を重んじたパリサイ派、神秘主義のエッセネ派、ユダヤ独立を至上命題としたゲリラ集団的な熱心党。また、種々の偽典や外典が書かれたのもこのころである。
 紀元前一世紀、ギリシャに代わってローマが支配するころには、ヘレニズムの影響は已に抜きがたく根づいている。イエスが生まれたのはそういう時代だった。

 連綿たる預言者たちの系譜の締めくくりとしての、神の子としての、メシアとしてのイエスを認め、受け入れることは、イスラエルにとって重要なことだった。これが、神の民としてのイスラエルにとっての最後の機会となったからだ。
 イエスをメシアと認めるのに、当時でも根拠には事欠かなかった。その主なものは、ヘブライ語聖書中のメシアについてのたくさんの預言である。
 ダニエル9:25の年代計算によればメシアは西暦二十九年に出ることになっていたが、イエスがヨルダン川でバプテスマを受けたのはちょうどその年のことだった。一般大衆もその頃にメシアの出現を期待していたことがルカの記述に見える。(Lu3:15)
「まずエリヤが来なければならない」との言葉も果たされる---イエスによれば、それはバプテストのヨハネを指していたのである。(Mt17:10-13)他にもイエスが成就した預言として、ダビデの家系に生まれること(Ps133:11,Is9:7,11:1,10--Mt1)、ベツレヘムで生まれること(Mic5:2--Lu2:4-11,Joh7:42)、子ろばに乗ってエルサレムに入場すること(Zec9:9,Ps118:28--Mt21:1-9,Mr11:7-11)、銀三十枚で売られること(Zec11:12--Mt26:15,27:3-10,Mr14:10,11)、その衣のためにくじが引かれること(Ps22:18--Mt27:35,Joh19:23,24)、罪人たちとともに数えられること(Is53:12,Mt26:55,56,27:38,Lu22:37)等々がある。
 しかしながら、結果的にイスラエルはイエスを退けることになる。己れの偽善を暴露されて憤った宗教指導者たちが謀って民衆を煽動し、ローマの総督を動かしてイエスを処刑させるのである。こうした仕打ちのゆえに、一国民としてのイスラエルがついに神の前から退けられることを、イエスは予見する。「噫エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、遣されたる人々を石にて撃つ者よ、牝鶏の己が雛を翼のうちに集むるごとく、我なんぢの子どもを集めんとせしこと幾度ぞや。されど汝らは好まざりき。視よ、汝らの家は棄てられて汝らに遺らん」---Lu13:34,35,Mt23:38
「既に近づきたるとき、都を見やり、之がために泣きて言ひ給ふ、『ああ汝、なんぢも若しこの日の間に、平和にかかはる事を知りたらんには---されど今なんぢの目に隠れたり。日きたりて敵なんぢの周囲に塁をきづき、汝を取囲みて四方より攻め、汝とその内にある子らとを地に打倒し、一つの石をも石の上に遺さざるべし。なんぢ省顧の時を知らざりしに因る』」---Lu19:41-44
 かくて涙を流しながら、イエスは滅亡を予告する。ここに神の愛と義とがある。神はイスラエルを愛した、しかし彼らがその愛に背くとき、神が彼らを無限に許しつづけることはついにない。イエスは陰鬱な滅びを予告して言う、「汝らエルサレムが軍勢に囲まるるを見ば、其の亡近づけりと知れ。その時ユダヤに居る者どもは山に遁れよ、都の中にをる者どもは出よ、田舎にをる者どもは都に入るな、これ録されたる凡ての事の遂げらるべき刑罰の日なり。・・・地に大なる艱難ありて、御怒この民に臨み、彼らは剣の刃に斃れ、又は捕らはれて諸国に曳かれん。而してエルサレムは異邦人の時満つるまで、異邦人に蹂躪らるべし」--Lu21:20-24,Mt24:15-22,Mr13:14-20

 イエスの死後、西暦六十六年、熱心党を中心としてローマに対する叛乱が起こる。これに対してケスティウス・ガルス率いるローマ軍はユダヤとガリラヤに進軍し、やがてエルサレムを包囲する。包囲は五日間にわたり、エルサレムの陥落は必至と思われたが、その後の展開についてフラビウス・ヨセフスはこう記している。
「ケスティウスは、包囲された者たちの絶望感にも、民衆の気持ちにも気づかずに、突如兵を呼び戻し、反撃を受けたわけでもないのに望みを捨て、全く不可解なことに、都から撤退した」---ユダヤ戦記II,540,xix7
 イエスの言葉に心を留めていた者たちにとっては、ここに「山に逃げる」機会が開かれたわけである。キリスト教徒たちが実際にユダヤとエルサレムを出て山地の中立都市ペレアに移住したことをエウセビウスは伝えている。---教会史、III,v3
 しかし、大部分の市民にとってそれは大勝利以外の何物でもなかった。彼らは勝利のたやすさに驚いてもよかったはずだが、それを当然のこととして受けとめた。彼らが新たに獲得した自治にいかに酔い痴れたかを、発掘された記念硬貨は伝えている。しかし、平和は長くは続かなかった。
 西暦七十年、ティトゥス率いるローマ軍が勢力を増して引き返してきて、過ぎ越しの祭りに沸いていたエルサレムを再度攻囲する。ローマ軍は今度は容赦しなかった。五ヵ月にわたる包囲によって市内の食糧は底を突き、人肉嗜食も横行するほどの飢餓状態に陥る。ローマ軍との戦闘のみならず、ユダヤ人同士のファクト間の闘争も激化する。脱走を企てる者は処刑され、ティトゥスによる和平の申し出も頑に退けられる。
 かくしてローマ軍は城壁を打ち破り、エルサレムを陥落せしめる。神殿には火が放たれ、系図も失われる。ユダヤ人の死者は百十万人に上り、剣の刃を逃れた十万人も、あるいは餓死し、あるいは奴隷として遠方へ送られる。ここにおいてイエスの預言のみならず、遠い昔に神によって語られた呪いの言葉が尽く成就を見ることになる。(De28)ここに神の選ばれし民としてのイスラエルは終わりを迎えるのである。

 神が愛であって、愛が利他的であるのならば、人間の救いが第一でないのはなぜか? なぜ神は、己の義を曲げてまでも人間を救おうとしないのか? Aにはそれが、長い間理解できなかった。
 それはまさに正義のためなのである。「世界滅ぶとも正義行わるべし」なのだ。愛の神はまた義の神でもある。結局のところ、神の愛の最大の表明はまた、その義の最大の表明でもあった。アダムが罪を犯したとき、神がその義を曲げてこれをなかったことにしてしまっていたなら、何の面倒もなかったし、人類は引き続きエデンの園で平和に暮らしたかもしれない。けれども神の義はそれを許さなかった。「魂には魂を」という原則に従い、最愛の独り子を自ら贖いとして差し出すことにより、神は再び己れと和解する手だてを人類に与えたわけである。
 エホバはどこまで行っても愛と義のアマルガムだ。誰に対しても「そのままでよいから私のもとに来よ」と言いはしない。常に「あなたの道を改め、私の義を受け入れて私のもとに来よ」と言う。そして、彼のもとに来ることを選ばない者たちについては、これをそっとしておいてくれることもなくて、必ずや滅びが臨むことになる。「あくまでそれを拒むなら、あなた方は生き続けられない。」
 キリスト教の持つ独特の重苦しさはここにある。しかし、突きつめればこれこそ神の言うべきこと、そしてまさに神にのみ言えることなのだ。人間には解決のつけようがないあまたの社会問題を解決し得るのはこの種の正義である。愛であるところの神はまた、剣をも取る。すなわち、正義が力を取るのだ。

 例のカナンに関する記述。キリスト教徒になるということは、その記述を受け入れるということでもある。それがAにはどうしてもできなかった。彼らの道徳的頽廃をどんなに吹き込まれてもだめだった。これだけ多くを殺したというだけで。
 どうしてエホバが殺すのがよくて、ヒトラーが殺すのは悪いのか? 全く単純な理屈だった。エホバは神だが、ヒトラーは人の子でしかないからだ。全治の創造者たる神は絶対的な権威を持っている。つまり、自分で造ったものなのだからどうにでもする正当な権利がある。我々がそのやり方を正当であると認めるかどうかはまた別の問題である。しかし、ヒトラーにその権利はないのだ。ここがポイントである。どれだけ多くを、どれだけ野蛮なやり方で殺すかが問題なのではない---誰の権威で、誰の規準で殺すかが問題なのである。人間同士の殺し合いが不毛なのはつまり、彼らの権威が正義においても力においても相対的でしかないからだ。ジョージ・オーウェルが書いたごとく、彼らの正義が「牡蠣の好き嫌いと同じ種類の問題」であること、これが問題なのである。

           *           *

 剣、正義、国家、キリスト教をめぐって。                
 処刑される前夜、敵に討ちかかったペテロを諌めてイエスは言った。「なんぢの剣をもとに収めよ、すべて剣をとる者は剣にて滅ぶるなり」(Mt26:51,52)
 この言葉は「剣」に関して神の民が従うべき、新たな指針を示していた。なぜなら、その時に至るまで彼らは確かに「剣をとって」いたからである。イザヤの預言にはこうある---「斯てかれらはその剣をうちかへて鋤となし その鎗をうちかへて鎌となし 国は国にむかひて剣を上げず 戦闘のことを再びまなばざるべし」---Is2:4
 戦闘のことを「再び」学ばないということは、それまで学んでいた者がある時を境に学ばなくなるということであり、その「ある時」をしるしづけたのがキリストの死に他ならなった。その時に至るまでイスラエルは神の名をもって唱えられた国民であり、その国家は神の主権の地上における政治的表明であった。だから異邦人が彼らの神を崇拝したいと思ったときには、わざわざエルサレムまでやって来て祈らならければならなかった。(1Ki8:41-43)そして、国家が国家である限り、国民は剣を取ることを免れない。実際、彼らはそれを神から命ぜられもした。ところが、キリストの死を境に神の民は国家を持たなくなるのである。マタイ21章にはいわゆる葡萄園の例えがある。家あるじが葡萄園を設け、それを耕作人たちに貸し出して自分は外国へ出掛ける。やがて収穫の時が来て、彼はその実りを得るために自分の奴隷を遣わす。ところが耕作人たちは彼らを捕らえて打ち叩き、殺してしまう。もっと大勢が遣わされるが、彼らもまた同じ目に遭う。最後にあるじの息子が遣わされるが、彼までも殺されてしまう。家あるじは神、耕作人はイスラエル、奴隷は預言者たち、そしてあるじの息子はイエスである。「この故に汝らに告ぐ、汝らは神の国をとられ、其の実を結ぶ国人は、之を與へらるべし」--Mt21:33-46
 キリストの死を境に、国民としての生来のイスラエルに代わってクリスチャン会衆が新たに神の恩寵を得るようになる。そしてこの会衆は、政治的な意味における一つの国民からではなく、キリストの教えを受け入れた個人から、つまり生来のイスラエルと異邦人との双方から成っていた。(Rom9:23-33,11:1-12,15:7-12)彼らはもはや地上に国家を持たず、彼らの「市民権は天に」ある。(Ph3:20)神への崇拝が地上のある場所に限定されることはもはやない。イエスはスカルの泉のそばでサマリア人の女に話してこう言った。「をんなよ、我が言ふことを信ぜよ、此の山にもエルサレムにもあらで、汝ら父を崇拝するとききたるなり。・・・真の礼拝者の、霊と真をもって父を拝する時きたらん、今すでに来れり。父はかくのごとく拝する者を求めたまふ」---Joh4:21-24 そうして、もはや国家を持たないからこそ剣を取らないことも可能になったのである。
 しかしながら、国家を持たないと言っても結局のところ、人はいずれかの国家の中で生きていかなくてはならない。であれば、キリスト教徒は国家に対していかなる態度を取るべきか。一言で言えば、「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」ということになる。しかしこれは具体的に言ってどういうことを意味したか。彼らの主はこの問題に関していかなる態度を取ったか。

 宣教を始める前、イエスは荒野で悪魔の誘惑を受けた。「悪魔またイエスを携へのぼりて、瞬間に天下のもろもろの国を示して言ふ、『この凡ての権威と国々の栄華とを汝に與へん。我これを委ねられたれば、我が欲する者に與ふるなり。この故にもし我が前に拝せば、ことごとく汝の有となるべし』イエス答へて言ひ給ふ『「主なる汝の神を拝し、ただ之にのみ事ふるべし」と録されたり』」---Lu4:5-8
 イエスは「悪魔と契約を結」ぼうとしなかった。つまり、政治に関わろうとしなかった。それがイエスの一貫した態度であった。しかるに、当時ローマの支配下にあったイスラエルにとっては、国家の独立こそ悲願であり至上命題だった。もちろんそれは単なるナショナリズムだけでなく、神を代表する国家としてかくありたいという宗教的な動機から発してもいただろう。あるいはその二つは彼らにとってほとんど同じものだったかもしれない。それゆえ、メシアとはすなわち国家回復のための革命的指導者であると、彼らは当然のことのように考えた。「人々その爲し給ひし徴を見ていふ『実にこれは世に来るべき預言者なり』イエス彼らが来りて己をとらへ、王となさんとするを知り、復ひとりにて山に遁れたまふ」---Joh6:14,15
 これが、彼らの多くがイエスにつまづいた原因の一つだった。イエスはイスラエルをローマの圧政から救うために革命を起こしたりしなかった。彼はその父から与えられた任務に専念した。「我は之がために生れ、之がために世に来れり、即ち真理につきて證せん爲なり」(Joh18:37)と彼はピラトに言う。宣教の業こそ彼の使命だった。そしてその主題となったもの、それこそ聖書全体の主題でもある「神の王国」だった。「時は満てり、神の国は近づけり、汝ら悔改めて福音を信ぜよ」(Mr1:14)という言葉をもって彼はその宣教を開始し、死に際してはこう言うのである---「わが国はこの世のものならず、若し我が国この世のものならば、我が僕ら我をユダヤ人に付さじと戦ひしならん。然れど我が国は此の世よりのものならず」---Joh18:36,37

 「この世のものならぬ」神の国とは何か。それは「人の心の中に」存在し得る一つの状態であるという考え方もある。その論拠は例えば「視よ、神の国は汝らの中に在るなり」というイエスの言葉にある。しかし、この時彼はパリサイ人に向かって話していたのであり、反対者たちの心の中に神の国が存在すると考えるのはいかにも理不尽である。
 神の国とは文字通りの政府なのである。それは人間でなく神に由来するという意味で「この世のものではない」。それはまた「天の王国」とも呼ばれているから天に所在し、キリストとその追随者たちがその王として神から任命されることになっている。(Lu1:30-33,22:28,29,2Ti2:12)そして、それはやがてはこの地上をも支配する。イエスがかく祈るようにと教えたように--「御国の来らんことを。御意の天のごとく地にも行はれんことを」(Mt6:10)その支配が地上に及ぶとき、人間の政府は平和裡に己が支配をこれに明け渡すのであろうか? そうではない。ダニエルはこう書いている--「この王等の日に天の神一つの国を建て給はん 是は何時までも滅ぶること無からん 此国は他の国に帰せず却ってこの諸の国を打破りてこれを滅せん 是は立ちて永遠にいたらん」(Da2:44)
 そしてこの事は理に適っている。絶対的な正義というものがイエスの説教の中に観念論として存在しても、実際にこの世の不正義がいつまでたっても正されないのであれば、所詮それは虚しいからである。いつまでたっても勝たない正義など、正義と呼べはしない。そして、カナンやイスラエルの不正義を、あるいはモアブやアンモンや、エドムやティルスやバビロンの不正義を許さなかったのであれば、どうして全世界の不正義をも正さないということがあろうか。
 イエスが宣べ伝えたのはこういう王国であった。そして弟子たちにも、この王国を宣べ伝えるようにと教えた。この王国を宣べ伝えるようにと教えたのであって、自分でこの世を終わらせて「神の国」を打ち立てるようにと教えたのではない。神の王国を代表してこの世の不正義を武力で正す権限は、地上のいかなる人間にも与えられていない。後世の人間は、このことを理解していなかったので不正な血を夥しく流す結果になったのである。それらの人々にはこの言葉が当てはまるであろう--「われ彼らが神のために熱心なることを證す、されど其の熱心は知識によらざるなり。それは神の義を知らず、己の義を立てんとして、神の義に服はざればなり」---Rom10:2,3
 神に対する熱心に正確な知識が伴うこと、己の義ではなく神の義に服することは重要であった。そのために例え周囲から腰抜けと見なされようとも、である。それゆえ、神とカエサルに関する神の義とは何か、またイエスの弟子たちはこの問題についてどのような見方をしたか、引き続き聖書から考察しなくてはならない。

「我の世のものならぬ如く、彼らも世のものならず」--Joh17:16
 彼らが「世のものではない」とはどういう意味か。
 その一つは、世の政治に関わらないということである。イエスの場合と同じく、政治に関して彼らが唯一支持するのは「この世のものならぬ」来たるべき神の王国であり、ゆえに地上の他のいかなる政治機構をも、これに代わるものとして支持してはならなかった。少なくとも、キリストの説いたキリスト教にあってはそうだった。では、具体的に彼らはどのように政治に関わらなかったのか、「カエサルのもの」、「神のもの」とはそれぞれ何か、また各々のものを各々に返すとはどういうことを意味していたのか。
「神のもの」について、パウロは次のように書いている。「われら生くるも主のために生き、死ぬるも主のために死ぬ。然れば生くるも死ぬるも我らは主の有なり」(Rom14:8)キリスト教徒とは神に献身した人間であり、従ってその命はもはや己れのものではなく「神のもの」である。だから「剣をとり、剣によって滅ぶ」ことによってカエサルにそれを与えてはならなかった。彼らが剣を取ってはならぬ理由はここにある。それは彼らが絶対的平和主義者もしくは生命至上主義者だからではないのだ。というのは、彼らは、彼らもまた、人の命よりも神の正義の方が、究極的には重要だと考えるからだ。それゆえ、もしも彼らが剣を取って戦場で死ぬなら、それは神に捧げられたものを不正に奪ってカエサルに引き渡すことになるが、もしもそれを拒んで迫害され、殺されるなら、それは「主のための死」であり、かくして彼らは「神のものを神に返した」ことになるのである。それが彼らの生き方だった。「少なくとも、マルクス・アウレリウスの治世(AD161-180)までは、洗礼を受けてクリスチャンとなった後に兵士となる者は一人もいなかった」--C.J.カドゥ-「初期の教会と世界」
 また、悪魔の誘惑に対してイエスが言ったように--「『主なる汝の神を拝し、ただ之にのみ事ふべし』と録されたり」(Lu4:8)崇拝は間違いなく「神のもの」であった。そして、神がもはやこの地上に国家を持たないのであれば、いかなる形態の国家崇拝もキリスト教徒にとって許されるものではなかった。ローマ時代には皇帝像の前に一つまみの香を焚くことを拒んで多くのキリスト教徒が処刑されたものである--というのは、この些細な行為が事実上、儀式としての皇帝崇拝に他ならなかったからだ。
 そして、「神のもの」たる崇拝においてイエスの次の命令は大きな部分を占めていた。「されば汝ら往きて、もろもろの国人を弟子となし、父と子と聖霊との名によりてバプテスマを施し、わが汝らに命ぜし凡ての事を守るべきを教へよ」--Mt28:19,20即ち宣教奉仕である。イエスの場合がそうであったように、宣教の業によって神に仕えることこそキリスト教徒の生き方の中心たらなければならなかった。ゆえにサンヘドリンが使徒たちに、イエスについて宣べ伝えるのをやめるようにと命じた時、彼らは答えて言った、「人に従はんよりは神に従ふべきなり」(Act5:29)

 然り、彼らは常に「人より神に」従わなければならなかった。神の法は至上の法だからである。そして彼らが人の法に従うのは、それが神の法の定めた領域を侵さない限りにおいてのみであった。それでは、彼らは「カエサルのもの」としては何を返したのか?
 この件りの主旨は税を払うべきか否かという質問に答えることにあったので、「カエサルのもの」がまず税を意味することは明らかである。しかし、それだけではない。ローマ13章にはこの点が詳細に論じられている。まず、「凡ての人、上にある権威にしたがふべし」、すなわち、自分の属する国家ないし政府に服するようにと命じられている。「そは神によらぬ権威なく、あらゆる権威 (the power-that-be) は神によりて立てらる」からである。なるほど悪魔は「凡ての権威と国々の栄華と」は「我これを委ねられたり」と豪語し、イエスはそれを否定しなかった。アダム以来このかた、「此人彼人を治めてこれに害を蒙らしむることあり」という状況は変わらなかったかもしれない。それでもやはり、何の秩序もなしに万人が万人に対して闘争しているよりは、不完全でも何らかの秩序があった方がよいのであり、それゆえに今ある秩序は神によってその存在を許されている。そういう意味であらゆる国家もしくは政府は「神の定」なのである。それで、キリスト教徒たる者この「神の定」に敬意を表し、決してこれを攪乱したり革命を企てたりするべきではない。箴言はこう忠告している---「わが子よエホバと王とを畏れよ 叛逆者に交ること勿れ 斯るものらの災禍は速かにおこる この両者の滅亡はたれか知りえんや」(Pro24:21-22)

 ローマ13章の続きの部分では、権威に服すべき他の幾つかの理由が挙げられている。即ち、それに逆らうならば身に裁きを招くこと、しかし服するならば誉れを得ること、また、人は誰でもそれから恩恵を受けているということ(例えば治安や秩序や幾多の公共事業)、及び良心のためである。そして7節でこう結ばれている、「汝らその負債をおのおのに償へ、貢を受くべき者に貢ををさめ、税を受くべき者に税ををさめ、畏るべき者をおそれ、尊ぶべき者をたふとべ」彼らは国家に対して税と貢を納め、畏れと誉れとをこれに帰すべきであった。一言で言えば、よき市民であるべきだったのである。この指針はギリシャ語聖書中に繰り返し示されて、テトスへの手紙の中でもパウロは「汝かれらに司と権威ある者とに服し、かつ従ひ、凡ての善き業をおこなふ備をなし、人を謗らず、争はず、寛容にし、常に柔和を凡ての人に顕すべきことを思ひ出させよ」(3:1、2)と書いているし、ペテロもまた「なんぢら主のために凡て人の立てたる制度に服へ」(1Pe2:13)と書き送った。「上にある権威」への服従に関して、人徳のいかんは問題にならなかった。ペテロが「王に服へ」と書いたのはカエサル・ネロについてだったのである。
 それでもやはり、神の法は至上の法であった。何物もこれを侵すことは許されなかった。ゆえに彼らはカエサルを敬いその権威に服しても、これを崇拝することばかりは肯ぜなかったのである。こうして彼らは「神のもの」と「カエサルのもの」との間に明確な一線を引き、かつ注意深く両者の均衡を保った。そのような態度はローマ人とユダヤ人との双方の誤解と偏見に遭い、実際のところ彼らは「社会の縁で生活する」(A.アマン)ことを余儀なくされた。しかしながら、古代世界にキリスト教が着実に浸透してゆくにつれ、キリスト教にもまたその哲学や物の見方が着実に浸透してゆき、やがてキリスト教は教理においても国家との関係においても世俗化の道をたどることになるのである。

 キリスト教史の始めの四百年間は、その後の方向性を決定づける点で極めて重要な時期となった。西暦二世紀、ローマの異教やギリシャ哲学に染まった人々が大挙してキリスト教に入ったが、そのとき彼らは自らを培ってきたそれらの考えを捨てる代わりに、何とかしてキリスト教と融合させようとした。結果として、本来キリスト教のものでない様々な概念や習慣がキリスト教に持ち込まれ、やがて定着する事になった。その中には三位一体、霊魂不滅、あるいは聖職者の独身制などがある。

 聖書にも、初期の教会教父の著作にも、三位一体という概念はない。全能の神はただ一人であり(「イスラエルよ聴け我らの神エホバは唯一のエホバなり」De6:4,Mr12:29),神の子であるイエスは神とは別個の人格で、神よりも下位の存在である(「父は我よりも大なり」Joh14:28,「キリストの頭は神なり」1Co11:3)。聖霊は人格ではなくて、神の力もしくはエネルギーである。聖霊に相当する語はヘブライ語でルーアハ、ギリシャ語でプネウマであり、共に「息、風、霊」といった意味を持っていて、以下の事例におけるように、神によって送り出されて神の意志をなし、あるいは人がそれによって満たされて神の意志をなすべく鼓舞されたりする(Ps104:30,Mt3:16,Joh20:22,Act7:55,56)。
 三位一体の教理はニケア、コンタンティノープル両会議を経て、尚しばらくもめた末に何世紀かしてやっと定式化された。こうして非聖書的な教理が強引に打ち立てられたのは大方政治的な動機によったが、実際のところ、三つ組みの神という概念はギリシャ・ローマのみならず、世界のあらゆる宗教の中に見い出すことができる。その源泉を辿って行き着くのは、異教のバビロンやアッシリアである。

 霊魂不滅という概念も聖書にはない。人間の存在を肉体と霊魂に二分して考えるということがそもそもなくて、人間は全体で一個の魂とされている(「エホバ神土の塵を以て人を造り生気(いのちのいき)を其鼻に嘘入れ給へり 人即ち生霊(いけるもの)となりぬ」Ge2:7)。だから人間である魂は死ぬし、死ぬと、生まれる前と同じ無意識無存在の状態に戻る(「汝は塵なれば塵に皈(かへ)るべきなり」Ge3:19,「罪を犯せる霊魂(たましひ)は死ぬべし」Ez18:4,「生者はその死なんことを知る 然ど死ねる者は何事をも知らずまた応報をうくることも重ねてあらず・・・」Ec9:5)。聖書の中でシェオルまたハデスと呼ばれているのはこの状態である。「それ罪の拂ふ價は死」(Rom6:23)であって、ゆえに地獄の責め苦なるものも存在しない。黙示録に出てくる火は永劫の責め苦ではなく、それ自身が説明しているように永劫の滅亡の象徴であって(「此の火の池は第二の死なり」Re20:14)、聖書で言うゲヘナがこれにあたる。ゲヘナとは「ヒンノムの谷」の意味であり、もとはエルサレム郊外のごみ焼却場を指したが、転じて徹底的な荒廃、希望のない永遠の死の象徴となった。許されない罪を犯した人間がそこへ行くことになっている(Mt25:41,46参照)。一方、同じ死でもシェオルやハデスには希望があって、それは不滅の魂として生き続けることではなく(何しろもう死んでいるのだから)、将来における復活(ギリシャ語、アナスタシス)である。この概念はヘブライ語聖書中に見られ(「願はくば汝われを陰府(原語、シェオル)にかくし 汝の震怒の息むまで我を掩ひ我がために期を定め而して我を念ひ給へ 人もし死なばまた生きんや ・・・汝我を呼び給はん而して我こたへん」(Job14:13,14)、ギリシャ語聖書にも引き継がれている(「をはりの日、復活のときに甦へるべきを知る」(Joh11:24),わが父の御意は、すべて子を見て信ずる者の永遠の命を得る是なり。われ終の日にこれを甦へらすべし」Joh6:40)。明らかに復活と霊魂不滅は相容れない。地獄の火も霊魂不滅も共に非キリスト教的教理である。

 あるいは、僧職者の独身制。「それ監督は責むべき所なく、一人の妻の夫なるべし」--1Ti3:2.もっともこれは、妻は一人でなくてはならないということであって、結婚が必要条件であるわけではない。結婚と独身に関する指針は例えばコリント第一の6章に縷々述べられている。要約すればこういうことである--結婚も独身も共に神の賜物であって、よきものである。但し、結婚には往々にして、神に仕える上で障害となる面倒なごたごたが伴うから、心してかかるようにと。だから結婚そのものは罪ではなく、むしろそれを禁ずることの方が罪として糾弾されている。「されど御霊あきらかに、或人の後の日に及びて、惑す霊と悪鬼の教へとに心を寄せて、信仰より離れんことを言ひ給ふ。・・・彼らは良心を焼金にて烙かれ、婚姻するを禁じ、食を断つことを命ず」1Ti4:1-3

 この他様々な点でキリスト教は変質していったが、とりわけ重要なのは、前述のとおり国家との関係で、「神のもの」と「カエサルのもの」との境界が次第に不明瞭になっていったという点である。コンスタンティヌスによってキリスト教が国教化されるや、キリスト教は公に社会へ迎えられ、然るべき誉れを得るようになり、教会は公的機関として政治機構の中に組み込まれるようになった。それから暫くしてアウグスティヌスが出るのだが、彼がこの問題に関して「神の国」の中で示している考察は興味深い。この書物では、神の国と地上の国という二元論のもとで広範囲に渡る論議が展開されている。しかしながら、その両者の実体についての説明は多分に曖昧かつ多義的である。大雑把に言って神の国とは聖と善と恩寵の具象であり、地上においては巡礼に過ぎないが、とりあえずは教会がそれを代表する。地上の国については、ローマ共和国を含む諸国家がこれを代表する。しかし教会も不完全なる人間の集まりである以上全き善ではあり得ないし、世界に平和と秩序をもたらしたローマ帝国が全き悪であるはずももちろんない。結局のところ、両者は観念上の存在である、要約すればそういうことになる。こと最後の点に関しては、ただ観念の世界だけが真実であるとするプラトン主義の影響を、アウグスティヌスも多大に受けていた、ということになっている。ここに、神の国とはやがて来たるべき、神による現実の政府であるとの認識は奇妙にも欠落している。彼が抽象概念としての神の国と、現存する組織としての教会とをどこまで同一視していたかは明らかでない。しかし、もしもその神の国なるものが所詮観念上の存在に過ぎないのであれば、現実問題としてそれは力を持たないゆえに大した役には立たないわけである。そうであれば、そんなものをいつまでも待っていても仕方ない。それよりも今既に機能している教会、これが神の国というものに近いらしいではないか。それではこれこそがこの世において力を持つに如くはない、さらばこの世はよりよい世界となるであろう。こういう結論になるのは避けられない。政治思想はまさにそのような流れに向かった。
 アウグスティヌスも時代の子、パックス・ロマーナに生きた生粋のローマ人だった。彼は神を愛すると同時にローマを愛して、神のものとカエサルのものをあまり手厳しく区別しなかった。「善良な人はその王国を拡大しようと絶えず望むことができるか。・・・事実としては、戦いを交え、他の国民を征服することによって国を拡張することは、邪悪な者にとっては楽しみであり、善良な者にとっては必然であるように思われる。しかし、悪をなす者が正しい者を征服するようなことがあってはならないので、その意味では、善良な者が支配権を持つときに喜びを表現するのは全く不都合というわけではない。」(ibid.IV.15)それで必然の結果として、剣を取ることを非とするわけにもいかなくなった。「・・・賢人は正義の戦いにしか参加しないと言われる。しかし、もし彼が人間であることを忘れないのであれば、例え正義の戦いといえども戦いに加わらなければならないことを、一層悲しむであろう。」(ibid.XIX.7)剰え彼は人間の支配者がこの世において神の正義を実現する可能性を信じたのである。「真の神が礼拝され、真の祭儀と善き道徳とを持って神に奉仕がなされる場合には、全世界の統治が善人の手中に長く留まることには益がある。」(ibid.IV.3)「真に敬虔な者が国家の支配者となるならそれほど幸いなことはない。」(ibid.V.19)かかる論議に反対する理由は何一つなさそうに思えた、ただイエスの、「我の世のものならぬ如く、彼らも世のものならず」という言葉を除いては。そしてその掟はいとも簡単に無視された。神の教えによって世界を変革できる可能性が現にあるというのに、どうしてそれをやってはいけないのか。
 時代が時代だった、誰もがその幻想を信じた。キリスト教はますます勢力を拡げ、中世に至っては遂に文字通りこの世を支配するに至る。教会は教区を組織し、民衆を教化し、政治に宗教的権威を与えた。こうしてキリスト教は国家と結びつき、国家が国家である以上剣を取ることを免れないから、それは世に知られるところの血なまぐさい歴史に身を汚す結果になった。十字軍や異端審問の略奪、拷問、大量虐殺も、すべては宗教が世俗の権威と結びついたことから生み出されたのである。イスラエルも同じことをやったではないかと、人は問うであろうか? 彼らは神から権威を与えられていた、しかしこれらの者たちは与えられていない。それゆえに、これもまた正義の問題なのである。'The Nazarene said his kingdom was not of this world. Honeyed lies. It was here on earth he founded his slave-church.' しかし、イエスはそれを命じはしなかった。ここに、篤信のアウグスティヌスが自らそれと気づかずに犯した過ちがある。彼が思い描いたのはこんなのではなかっただろう、そしてそれは彼だけの責任ではなかったかもしれない。しかし、「世のものならぬ」筈のキリスト教が世を支配していいのだろうか。キリストが「この世の君」と呼んだのは悪魔のことではなかったのか。(Joh14:30)いかによき意図をもってしようと、神の義を踏み越えた企ては遅かれ早かれ必ず破綻する。神を頂点として厳格に組織された中世社会体制が結局は破綻したのも必然の事であった。この世において神の正義を実現しようといくら頑張っても、無理なものは土台無理なのである。

 それでは一体、神の国はいかにして支配を始めることになっていたのか?
 我々は黙示録の記録にその大まかな素描を見ることができる。それは終末と共に到来する。まもなくハルマゲドンの戦いにおいて地上のあらゆる悪と共にこの世の体制全体は一掃され(Re16:16)、神の正義が敷衍される(Re21:3,4)。人類のうち神に従う者たちは新秩序に生き残り、かつて忠実に仕えた者たちは神の記憶によって復活させられ、ここにおいてキリストの贖いの価値が適用され、ついに彼らは完全性と永遠の命とを享受する。ごく大雑把に言ってこれが聖書の描く神の王国のあり方であり、かつまた世界の将来像である。言ってみればそれは神による世界の変革であり、人の務めはそれを辛抱強く待ち続け、それについて宣べ伝えることにある。ゆえに人はもはや自分でこの世を正そうとして己の非力に絶望したり、血を流したりする必要はない。

 それでも尚、神の国を待たずに自分で正義を実現しようとした人々に、我々は同情を禁じ得ないのではないか? 何しろ、イエスが神の王国を説いてから二千年経った現在なお、それはこの地上を支配していないのだから。二千年も忍耐して待ち続けるのは容易なことではない。' ・・・let the kingdom of justice come here and now, next Monday morning.' ゆえにまた、我々は忍耐をも試されているのである。我々は問われている---我々は今なお続く流血と災禍のゆえに神を呪わないだろうか、そしてまた、今の命において手にし得る全ての快楽や栄誉を捨ててまでも、来たるべき神の王国の方を取るだろうか、と。「天国は畑に隠れたる宝のごとし。人見出さば、之を隠しおきて、喜びゆき、有てる物をことごとく売りて其の畑を買ふなり。また天国は良き真珠を求むる商人のごとし。値たかき真珠一つを見出さば、往きて有てる物をことごとく売りて、之を買ふなり」---Mt13:44-46

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2013年11月30日

創造的な不幸-14-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-14- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その2、<サン・クリストバルへの輸送>


 洗礼を受けるつもりで改めて真剣に聖書を研究し始めた十七のころ、読み進めば読み進むほどにAはどうしようもなく気が滅入るのを感じ、どうしても理解できず、納得できなくて苦しんだ。それはAが最初でも最後でもなかっただろう。およそ誠実に読んでみる気になったことのある人間なら、誰しもが感じたはずである。
 すなわち、イスラエルがカナンを---いや、カナンだけではない、その近隣諸国をも---征服するくだりでの、あの流血に次ぐ流血、あの記述を我々はどう考えたらいいものだろうか? しかもそのすべてが神の命令によって遂行されているのだ。
「以前に書かれた事柄は皆私たちの教えのために書かれた」Rom15:4
 とすれば、これらの記述もまた我々になにがしかを教えているはずである---すなわち神の特質について、なにがしかを。
 それゆえAは自問する---自分がもし古代イスラエルの戦士だったら、正義のために、ためらわずにカナン人を殺せただろうか? 剣の柄まで血糊に染まっても、ちゃんとそれを持って、しっかり立っていられただろうか? そしてもちろん、それだけの覚悟がなければ今日、真のクリスチャンとして生きることはできないのだ。我々の戦いはもはや「血肉に対するものではない」にしても、我々は今日なお戦わなくてはならないからだ---「主にあって、またその力の強大さによって強くなっていきなさい。悪魔の策略にしっかりと立ち向かえるように、完全にそろった、神からの武具を身に着けなさい。私たちの格闘は、血肉に対するものではなく、もろもろの政府と権威、またこの闇の世の支配者たちと、天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです」Eph6:10-12
 そしてそういう覚悟はAが、会衆の外では、人を殺すことはいかなる場合でも間違っていると教えられてきたことによって、培うのを一層難しくされていたのである。
 あるいはまた、その記録は神の正義の厳格さについても教えていた。今はもう剣を取ることを求められていないとしても、その記述を、自分が献身しようとしている神のかつての所業として受け入れることは、すなわちそれを、その大虐殺を肯定することである。Aが己れを差し出そうとしていた神は、こんなふうに、従わない者を何のためらいもなく殺す神なのである。本当にそれでいいのか? と心のうちでささやく声を、Aが聞いたとしても不思議ではなかった。
 そして、これらの記録からAが何かを思い出したとしても、それもAが最初でも最後でもないだろう。あの大虐殺、あの民族浄化---それはナチの残忍極まるやり方と、きわめてよく似ていはしまいか?
 しかし、Aの知る限り、この考えをはっきりと口に出し、一つの作品に仕立てあげたのは、ジョージ・シュタイナーが最初である。それゆえこの問題にさんざん苦しんだ末に彼の“The Portage To San Cristobal Of A.H."に出会ったとき、Aがいたく感動したのももっともなことだった。
 この小説の舞台は南米のジャングルである。死んだはずのヒトラーが実はまだ生きていて、この辺りに身を潜めている、との知らせを受けたユダヤ人探検隊の一行が捜索に入り、ついに彼を捕まえる。それからヘリコプターが用意されているサン・クリストバルまで彼を連れていく段取りになるのだが、苛酷な条件のもとで(道なき道、スコール、沼、熱病、食糧不足)、ユダヤ人たちは次第に参ってくる。ただ一人かくしゃくとしているのはヒトラーばかりである---彼は九十才になっている。
 こうした状況を見て若いアムゼルは怒りを募らせる---どうしてさっさと殺してしまわないのか? 彼は年長のギデオンに訴える---

 I want vengeance, just the same as you.

 するとギデオンは答える---

 Vengeance? There can be no vengeance. ・・・You think the dead will sit up just because we've got Hitler? They don't. You can dip him in boiling oil six million times. What's that going to mean to a man who's seen his six-year-old daughter so terrified she dirtied herself before they killed her? You think that can be made good?

 そしてまもなくギデオンは息を引き取るのである。
 ついに彼らはサン・クリストバルにたどり着くのを待たず、彼らだけで裁判を開いてヒトラーを裁くことになる。(ただ、ここでAはびっくりし、首を傾げざるを得なかった---人間なんかがヒトラーを裁いてどうするのだろう?)
 ところが、裁判の席で発言を許されたとたんに、それまでほとんど喋らなかったヒトラーが突如とうとうと長演説を始め、それを聞きおわったユダヤ人たちは一言も反論できなくなってしまうのである。彼の演説を抜粋して引用しよう---

 First point.
 ・・・
 You must understand that I did not invent. Adolf Hitler dreamed up the master race. He conceived of enslaving inferior peoples. Lies. Lies. It was in the dosshouse I first understood. It was in. God help me. And the lice. Large as a thumb nail. 1910, 1911? What's it matter? It was there I first understood your secret power. Your teaching. A chosen people. Chosen by God for His own.・・・

 それから、彼は当時の仲間だった一人のユダヤ人が彼に聖書を読んで聞かせ、自分はそこに書かれている選民なのだと、落ちぶれてもなお選ばれし民の一員なのだと自慢したいきさつを語るのである。

 It was Grill who showed me the words. The chosen people. God's own and elect among the welter of nations. My promise was only a thousand years. Grill said, to eternity, lo, it is written here.・・・ He read from the book. Your book. Of which every letter is sacred and every mite of every letter. That's so isn't it? Read till light out, and after, sing-song through his nose, because he knew it by heart, from his school days. 'They utterly destroyed all that was in the city.” In Samaria. Because the Samaritans read a different scripture. Because they had built a sanctuary of their own. Of terebinth. Six cubits to the left. They made it seven or five or God knows. Put to the sword. The first time. Every man, woman, child, she-ox, dog. No. No dogs. They are of the unclean things that hop or crawl on the earth, like the Philistine, the unclean of Moab, the lepers of Sidon. To slaughter a city because of an idea, because of a vexation over words. That was a high invention, a device to alter the human soul. Your invention. One Israel, one Volk, one leader. Moses, Joshua, the anointed king who has slain his thousands, no his ten-thousands, and dances now before the ark. It was in Compiegne, wasn't it? They say I danced. Only a small dance.
 ・・・
 From you. Everything. To set a race apart. To keep it from defilement. To hold before it a Promised land. To scour that land of its inhabitants or place them in servitude. Your beliefs. Your arrogance.・・・Do you remember? The pillar of fire. That shall lead you to Canaan. And woe unto the Amorites, the Jebusites, the Kenites, the half-men outside God's pact.・・・ They whispered to me that he too. The name. My racism was a parody of yours, a hungry imitation. What is a thousand-year Reich compared to the eternity of Zion? Perhaps I was the false Messiah sent before. Judge me and you must judge yourselves.・・・

 Point two. There had to be a solution, a final solution. For what is the Jew if he not a long cancer of unrest? I beg your attention, I demand it. Was there ever a crueler invention, a contrivance more calculated to harrow human existence, than that of an omnipotent, all-seeing, yet invisible, impalpable, inconceivable God? ・・・ The Jew emptied the world by setting his God apart, immeasurably apart from man's senses. No image. No imagining even. A blank emptier than the desert. Yet with a terrible nearness. Spying on our every misdeed, searching out the heart of our heart for motive. A God of vengeance unto the thirtieth generation(these are the Jew's words, not mine). ・・・His God is purer than any other. And because we are His creatures, we must be better than ourselves, love our neighbour, be continent, give of what we have to the beggar. We must obey every jot of the law. We must bottle up our rages and desires, chastise the flesh and walk bent in the rain. You call a tyrant, an enslaver. What tyranny and what enslavement have been more oppressive than the sick fantasies of the Jew? You are not Godkillers, but Godmakers. And that is infinitely worse. The Jew invented conscience.

 But that was the only first piece of blackmail. There were worse to come. The white-faced Nazarene. Gentlemen, I find it difficult to contain myself.・・・ What did that epileptic rabbi ask of man? That he renounce the world, that he leave his father and mother behind, that he offer the other cheek, that he render good for evil, that he love neighbour as himself, no, better, for self-love is an evil. Oh, grand castration! Note the cunning of it. Demand of human beings more than they can give, and you will make of them cripples, hypocrites, mendicants for salvation. ・・・ What could be crueler than the Jew's addiction to the ideal?

 Sacrifice yourself for the good of your fellow man. Relinquish your possessions so that there may be equality for all. ・・・So that justice may be achieved on earth. So that history be fulfilled and society purged of all imperfection. Recognize the sermon, gentlemen? The litany of hatred? Rabbi Marx on the day of atonement. Was there ever a greater promise? 'Classless society, to each according to his needs, brotherhood for all mankind, the earth made a garden again, a rational Eden. 'In the name of which tyranny, torture, war, extermination were a necessity, an historical necessity! It's no accident Marx and his minions were Jews - Trotsky, Rosa Luxemburg, Kamenev, the whole murderous pack. Look at them: prophets, martyrs, word-spinners, smashers of images, drunk with the terror of the absolute. It was only a step, gentlemen, a small inevitable step from Sinai to Nazareth, from Nazareth to the covenant of Marxism.・・・
 ・・・Men had grown sick of it, sick to death. When I turned on the Jew, no one came to his rescue. No one. France, England, Russia, even Jew-ridden America did nothing. they were glad the exterminator had come. They didn't say so openly, I grant you that. But secretly they rejoiced. We had to find, to burn out the virus of utopia before the whole of western civilization sickened. To return to man as he is. Selfish, greedy, short-sighted, but marvelously housed in his own stench.・・・We shall vomit you so we may live and have peace. A final solution. How could there be any other?

 Third point. You have exaggerated. Grossly. Hysterically. You've made me out some mad devil, the quintessence of evil, hell embodied. When in truth I was only a man of my time.

 Average, if you will. Had I been the singular demon of your fantasies, how could millions of ordinary men and women have found in me the mirror, the plain mirror of their appetites? It was, I will allow, an ugly time. But I did not create its ugliness, and I was not the worst. Far from it. How many wretched little men of the forests did your Belgian friends murder outright or leave to starvation and syphilis when they raped the Congo? Some twenty million. That picnic was under way when I was new born. What were Rotterdam or Coventry compared to Dresden and Hiroshima? ・・・Who was it that broke the Reich? To whom did you hand over millions, tens of millions of men and women from Prague to the Baltic? ・・・I was a small man compared to him. Yes, Stalin slaughtered thirty million. He perfected genocide when I was still a nameless scribbler in Munich.・・・ Stalin's torturers worked for the pleasure of the thing. To make men befoul themselves and obtain confessions which were obscene jokes. ・・・He found us amateurish, corrupt with mercy. Our camps covered absurd acres; he strung wire and death pits round a continent. Who survived among those who had fought with him, brought him to power, executed his will? Not one. He smashed their bones to the last splinter.・・・Small game, gentlemen, hardly worthy of your skills. In a world that tortures prisoners and pours napalm on naked villagers. That continues to do these things quite without my help.

 (Fourth point.) ・・・That strange book, 'Der Judenstaat'. I read it carefully. A clever book, I agree. Shaping Zionism in the image of the new German nation. But did Herzl create Israel? Or did I? Examine the question fairly. Would Palestine have become Israel, would the Jews have come to that barren patch in the Levant, would the United States and the Soviet Union, Stalin's Soviet Union have given you recognition and guaranteed tour survival, had it not been for the Holocaust? It was the Holocaust that gave you the courage of injustice, that made you drive the Arab out of his home, out of his field, because he was lice-eaten and without resource, because he was in your divinely ordered way. That made you endure knowing that those whom you had driven out were rotting in refugee camps, not ten miles away, buried alive in despair and lunatic dreams of vengeance. Perhaps I am the Messiah, the true Messiah, the new Sabbatai, whose infamous deeds were allows by God in order to bring his people home. 'The Holocaust was the necessary mystery before Israel could come into its strength. 'It wasn't I said that, but your own visionaries, your unravellers of God's meaning on a Friday night in Jerusalem. Should you not honour me? Who have made you into men of war, who have made of the long, vacuous daydream of Zion a reality? Should you not be a comfort to my old age?

 So, gentlemen of the tribunal:

 I took my doctrines from you.

 I fought the blackmail of the ideal with which you have hounded mankind.

My crimes were matched and surpassed by those of others.

 The Reich begat Israel.

 These are my last words.

 ここに至ってユダヤ人たちは完全な沈黙に陥ってしまう。
 しかし、Aにしてみれば沈黙するどころではなかった。ヒトラーがここまでずばりと言ってくれたおかげで今までAを捕らえていたうっとおしいもやもやが一気に吹っ飛ばされ、かつてなく視界がはっきりし、論点を明確に見ることができるようになったのだ。
 再びオースター---
「・・・いやしくも正義というものがあるとするなら、それは万人のための正義でなくてはならない。誰一人排除されてはならない。さもなくば正義というものはありえない」
 正義の問題! そう、それはまさしく正義の問題だったのだ。
 人はそれぞれ己が祖国の正義を信じて戦場へ赴くかもしれない---しかし、この者にはこの者の正義があり、かの者にはかの者の正義がある、そんな相対的な正義では仕方がない。不毛なる死体の山が累々と築かれてゆくばかりで、さっぱりらちがあかない。
 ハムレットは正義のために剣を取ったかもしれない。だが同じことならヒトラーだって、その気になれば言えるのだ。
 しかるべく正義が敷衍されるには、それが絶対的な正義でなくてはならない。そして、ここが神とヒトラーとの相違点である。万物の創造者たる神には、当然剣を取って、己が正義を敷衍する権限がある。しかし、一介の創造物にすぎないヒトラーに何の権限があろう?
 そしてそれがまた、カナンにおけるイスラエルの殺戮と、ナチのホロコーストとの違いなのだ。正義の質の違い---絶対的な正義と相対的な正義との違い、これである。ヒトラーもまた己が正義を信じていたかもしれない、しかしそれは所詮相対的な正義でしかなかった。
 そしてこれがまた、ジョージ・オーウェルが考えた謎---平時に人を殺せば殺人で、戦時に人を殺せば英雄的行為となるのはなぜか?---に対する答えである。それは要するに基準の問題である---状況に左右されない基準さえあれば、不合理は何もなくなるのだ。
 そしてこれがつまり、この戯曲におけるヒトラーの自己弁護の第一の論理に対する反証である。
 もちろんこの考えを、ヒトラーは認めないであろう、なぜなら彼は、神をイスラエルの考え出した空想にすぎないと決めつけて要領よく相対化しているのだから。
 彼の思い込みというのは、他の多くの人の思い込みでもあるが、古代イスラエルの歴史に対する誤った印象から---すなわち、イスラエルは自分たちの神の権威を振りかざして異邦諸国民を踏みつけにしてきた、という印象から発生しているのである。ところが事実は逆で、実際には、神の権威を振りかざしてきたのは神そのひとであり、踏みつけにされてきたのはむしろ、その名を背負い込んだイスラエルの方なのである。

 ・・・I beg your attention, gentlemen, I demand it. Was there ever a crueler invention, a contrivance more calculated to harrow human existence, than that of an omnipotent, all-seeing, yet invisible, inconceivable God? ・・・A blank emptier than the desert. Yet with a terrible nearness. Spying on our every misdeed, searching out the heart of our heart for motive. ・・・

 ここにAはかつての自分の苦しみがなまなましく描写されているのを見い出した感動と安らぎに、涙を流さんばかりだった。
 その記録において、すべてを支配しているのは絶対者たる神の視点である---それは神の完全な正義と対照的に、それに達し得ない不完全な人間の無様な姿をこれでもかとばかり、執拗に赤裸々に描き出している。イスラエルであれ異邦人であれ、あくまで神への従順を拒む者に対し、神は最終的に手を下す。そしてここにおいても累々と、死体の山が築かれてゆく---ただし、ここでは、絶対的な正義に逆らった人間の死体の山が。
 そしてこれが、ヒトラーの自己弁護の第二の論理に対する反証である。すなわち、ヒトラーがそれに対して戦ったところの'the blackmail of the ideal'はイスラエルの考案ではなく、むしろイスラエルは、その最初の被害者であり、しかも最も哀れな被害者なのだ。
 しかし我々はまた、ここで百八十度視点を変えて、'the blackmail of the ideal'そのもののためにも弁護しなくてはならない。というのは、Aはそのために第二章の全体を費やしたようなものではなかったか? すなわち、ユダヤ教とその後身のキリスト教とにおける理想の概念は、人間のうちに厳然として存在する悪に対する一つの回答であり、対処策であり、態度表明なのである。

 And that is infinitely worse. The Jew invented conscience.

 よろしい、しかし彼は、良心を持たない人間がどんな野獣に堕し得るかを、本当に知っていたのか?
 あるいは、チェスタトンも書いたように---
「・・・当時の若者の例に洩れず、私もスイバーンの詩句を愛誦したものだった。スインバーンが信仰のもの倦さを突いた一句など、喜びに身をふるわせて口ずさんだものである。
  おお、色蒼ざめしガリラヤ人よ、汝はこの世を征服しつくした。
  汝の言葉に世界は今やことごとく灰色に閉ざされ果てたのだ。
けれども、この同じ詩人が(たとえば『アタランタ』などで)、異教世界を描くのを読んでみると、私も妙なことに気がつかざるをえなかった。世界は、『ガリラヤ人』がこの世に言葉を宣べ伝える前から、さらにいっそう灰色だったという印象しか得られなかったからである。『世界は今やことごとく灰色に灰色に閉ざされ果てた』のであれば、それ以前はそれよりももっと灰色だったなどということはありうべからざることのはずだが、しかしスインバーンの説明ではそうだったとしか思えない」

 さて、この戯曲におけるヒトラーの自己弁護の第三と第四の論理に対しては我々は反論しないし、その必要も感じない。なぜなら第一に、それは全く真実だからであり、第二にその真実が神の名を汚すことはない、というのは現代のイスラエルはもはや神を代表してはいないからである。なぜそう言えるのか、ここに神とカエサルと剣をめぐる、ややこしい問題がある。
 以下はAが最初にこの戯曲に出会ったとき、感動のあまりというのもあったが、それに加えて反論と弁明のために書いた古代イスラエル史及びキリスト教史である。' But the facts must speak for themselves.' そしてその特に後半において、問題の部分が扱われることになろう。

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2013年11月30日

創造的な不幸-13-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-13- 正義、正当性、道徳的無秩序について、その1


 義人の苦しみ。
 神はなぜ苦しみを許し給うか?
 罪なき者が苦しむのは、義人がその報いを受けないのはなぜか?
「エホバよ、いつまで私は助けを叫び求めなければならないのですか。そしてあなたは聞いてくださらないのですか。いつまで私は暴虐からの救助を呼び求め、そしてあなたは救ってくださらないのですか。有害な事柄を私に見させ、あなたが難儀をただ見ておられるのはどうしてですか。またなぜ奪い取ることや暴虐が私の前にあり、なぜ言い争いが起こり、なぜ抗争が続いているのですか」---Hab1:2,3

 ヨブの記録はこういうこの世の道徳的無秩序をもっとも劇的に体現しているということになっている。
 しかし、そこまでしか考えないとしたら、我々はこの記録の本質を見落としているのだ。それはこの世の道徳的無秩序を体現するばかりでなく、もっと重要なこととして、その存在理由を説明しているのである。
 かつてアウグスティヌスはこの問題について語り、我々の目にするこの世界は、言わば美しい刺繍を施した布の裏側のようなものである、と表現した。我々の目には混乱していて何の秩序もないように映るが、その表側というのが確かに存在するのであり、そちらの側から見ればこれらの混乱の一つ一つも意味を持っていて、最終的には万事ちゃんと説明がつくようになっているのだと。そして、ヨブの記録はまさにその表側の世界を、色鮮やかに描き出しているのである。  
 ヨブ記の主題---義人の苦しみ。
 神から離反したこの世界にあって、義人の苦しみは何をなし遂げるか。

「ヨブという名の人がいた。とがめなく、廉直で、神を恐れ、悪から離れていた・・・」
 ヨブの義のゆえに神は彼を祝福し、富ませ、多くの子供を授ける。
 あるとき天で神と天使たちとの会合があって、サタンもそこへやって来る。
 そこで神はサタンに言う、あなたは私の僕ヨブに心をとめたか。彼のような義人は地上に一人もいない。するとサタンは反論する、ヨブがあなたに仕えるのは、あなたが彼を祝福したからではないか。逆にその祝福を全て取り去ったとしたら、果して彼はあなたを呪わないだろうか? あるいは、自分の命までも危うくなったとしたら?
 サタンの挑戦は、道徳的存在としての人間の能力についての挑戦である。報いなしに仕えること、受けずして与えること、全てを奪われながら尚愛しつづけることは人間に可能なのか?
 神はその挑戦を受けて立ち、サタンがヨブを試すことを許す。するとサタンは出掛けていって、ヨブの持つ夥しい家畜を奪い、子供たちの全てを奪い、あらゆるものを奪った挙げ句に、ヨブの全身を悪性の腫れ物で撃ってひどく苦しめる。
 ヨブは上着を引き裂き、髪を刈り、地に伏して言う---
「神が与え、神が取り去られたのだ。神の名が引き続きたたえられるように」
 ここに至るまで彼は罪を犯さず、神を呪うこともしない。
 やがて三人の慰め手がやって来てかれを慰めようとするが、サタンの挑戦について何も知らない彼らは、罪なき者が苦しみにあっているその状況を、どう考えていいのか分からない---義人はよきを見、悪人が苦しみにあうのではなかったのか?
 それゆえ彼らは、ヨブが秘かに何らかの罪を犯したがゆえにその報いを受けているのに違いないという推論に至る。
「どうか思い起こしてもらいたい、だれか罪がないのに滅び失せた者がいるか」4:7
「もしもあなたが廉直ならば、今頃は神はあなたのために目を覚まし・・・」8:6
 こうして彼らはいわれのない罪でヨブを責め、ただでさえ苦しんでいるヨブを一層落ち込ませる。それに対してヨブは激しく反論し、自分の身の潔白を主張して、結局最後まで忠誠を貫き通す---
「私の唇は不義を語らず、私のこの舌は欺瞞を並べない!
 私は息絶えるまで、自分の忠誠を自分から奪い去らない!
 自分の正当さを私は堅く捕らえた。私はこれを手放さない。
 私の心は私のどの日のことでも自分を嘲弄しはしない。」27:5、6

 人が義をなすのは、それに見合うだけの報い--compensation--があるからだ、というのがサタンの主張ではなかったか? 己れの持つものすべてを失い、己れの命までも危険に晒されたなら、人は必ずやその義を捨て、神を呪うであろうと。
 いやそうではないのだという、明白な証拠をヨブはサタンと神との前に提出したのだ。彼は、弱小な人間でも神への愛を全うし得るのだということを、身を以て証明した。報いのためではなく無償の行為として神に仕え得るということ、死に面してまでも忠誠を貫き得るということ、道徳的に自由な行為者として神を選んだのだということを。そして、死すべき人間にすぎないヨブを信頼した---そうだ、信頼したのだ---神は正しかったのだということを証明したのだ。これは確かに、義人がそのために苦しむに値する目的ではないか?
 そして、<夜と霧>とヨブ記との類似点---<夜と霧>が<現代のヨブ記>と呼ばれる由縁---が、まさにここにある。

 我々は問われている---コペルニクス的転回。
 苦しみの極限にあって、人は言うかもしれない、私はもはや人生から何物も望まない、と。ところが人生の方は、まだ彼から何物かを望んでいるのだ。<夜と霧>において<人生>という漠然とした言葉で呼ばれていたものは、ヨブ記においてはより具体的な<神>に置き換わる。
「全能者が何者だというので、我々はこれに仕えなければならないのか。我々が彼と接したところで、我々にとってどのように益となるのか」---Job21:15
 と、人は問うかもしれない。しかし神の方でもまた問うているのだ---人は神を、己れがすべてをかけて愛し、仕えるに値すると見做すだろうか、人は神を益するだろうかと。まさに箴言にあるように---「我が子よ、賢くあって私の心を喜ばせよ」
 ヨブもまた、事の説明としかるべき裁きとを空しく神に求めつづけたあと、イゼベルの前から逃げ去ったエリヤのように、「もう十分です! エホバよ、私の魂を取り去って下さい」(1Ki19:4)と叫びたい気持ちに駆られたかもしれない。しかし、神の方はまだ十分ではなかった。力尽きて灰の中にうずくまったヨブは、孤独と絶望の底にあって、自分の存在などもう誰に対しても何の意味も持たないのだ、と感じたかもしれない。ところが実際には、神とサタンと天の全軍勢とがこの宇宙的大論争をめぐって彼の一挙一動を見守っていたのだ。それゆえに、彼は自ら問う存在であると同時に、また問われる存在でもあったのである。彼は自分の行動によって、その答えを提出しなければならなかった。
 そう、ヨブも不完全な人間だった。忠誠を全うするにはしたが、慰め手たちの中傷から己れを守るため、それは己れ自身の義に対する執着に凝り固まってしまい、完全に神への愛ゆえにするという点では失敗したと言っていい。それゆえこの点でヨブはエリフに叱責される---「あなたは言った、『私の義は神のそれに勝っている』と」35:2
 それでも(ウィスキー・プリーストのように)彼の意志は完全だった。それゆえ神は彼を義と見做したのである。それは危なっかしい、傾いた勝利ではあったが、ゆるがぬ意志の勝利だった。

 しかしながら、ここにまた一つ別の問題がある。
 それは正義の問題である---義人が苦しむことを許した神は本当に正しかったのか?ヨブに対する神の扱いは本当に適切だったのか?
 何の予告もなしに、栄光の頂点からいきなり苦しみのどん底に突き落とされた彼の戸惑いと衝撃は痛々しいばかりである。一体どういうわけでこれほどの苦しみにあっているのか、何とかして説明を得ようとして神に向かう彼の態度はあやふやに二転三転する---彼は自分の生まれた日を呪い、死を願い求める。そして、自分は理由もなく神から敵対されていると思いこむ(そして、そのことで誰が彼を非難できよう)。
「全能者の矢が私とともにあり、その毒液を私は飲んでいる」6:4
 それから彼は諦めと絶望に屈する。次の一連の言葉は非常に意味深いものである。

「見よ、神は奪い去られる。誰が神に抵抗できよう。
 誰が神に向かって、『あなたは何をしているのか』と言えよう。
 神がその怒りを元に戻らせることはない。・・・
 ましてや、私が神に答えるのならなおのこと!
 私は神に対して言葉を選ぼう。
 この方に私は答えないであろう。例え、私が本当に正しいとしても。
 私の訴訟の相手方に私は恵みを請うであろう。
 もし私が呼んだなら、神は私に答えてくださるであろうか。
 私は神が私の声に耳を傾けてくださるとは信じない。
 この方は嵐をもって私を裁き、理由もなく、確かに私の傷を増やされる。
 もし力の点で誰かが強いのなら、見よ、神がおられる。
 もし、公正の点で誰かが強いのなら、ああ、私が呼び出されたらよいのだが。
 たとえ私が正しいとしても、私の口が私を邪悪な者とし、
 たとえ私がとがめがないとしても、神は私を曲がった者と宣せられるであろう。
 たとえ私がとがめがないとしても、私は自分の魂を知らないであろう。
 私は自分の命を拒むであろう。
 一つのことがある。だからまさしく私は言う、
 『とがめのない者も、邪悪な者も、神は終わらせる』と」9:12-22

 ここで彼の提起している問題に注目せよ---それは力と正義をめぐる問題である。力が正義なのか、それとも正義というものはそれとは別に存在するのか、あるいはそれは単なる言葉の上での問題にすぎないのか。
 彼はまた、神の公正と正義の感覚に訴えようと試みたりもする。

「私は神に申し上げよう、
 私を邪悪な者としないでください。
 私と争っておられるのはどういう訳なのかを教えてください。
 不当なことをなさるのは、あなたにとって善いことでしょうか。
 ご自分の手の懸命な働きの産物を退け、邪悪な者たちの助言を実際に照らすのは。
 あなたは肉の目を持っておられるのですか。
 あるいは、死すべき人間が見るように、あなたも見られるのですか。
 それであなたは私のとがを見つけようとし、私の罪を尋ね求めておられるのですか」10:2-6
 それでも神が答えないので、彼の感情は次第にエスカレートし(この辺りから彼は道を逸れて罪に近づいてゆく)、己れの正しさを弁じたてて、それに対する神の沈黙を非難しさえする。

「たとえ、神が私を打ち殺すとも、私は待ち望まないだろうか。
 ただし、私は自分の道のために神の面前で論じたい。
 どうか、見てもらいたい。私は正当な訴えを述べた。
 私は、自分が正しいことをよく知っている。
 私と争う者は一体誰だろう。
 今、黙っていなければならないのなら、私は息絶えてしまうだろう!
 どんな点で私にはとがや罪があるのでしょうか。
 私の反抗と罪とを私に知らせてください。
 なぜあなたはみ顔を隠し、私をあなたの敵とみなされるのですか。」13:15-24
 それから再び、彼は絶望に打ちのめされる---
「見よ、私が『暴虐だ!』と叫び続けても、答えを得ず、
 私は助けを叫び求めるが、公正はない。
 その怒りも私に向かって燃え、
 神は私をご自分の敵対者とみなしておられる」19:7,11

 それからまた、神の前に出てゆかんと欲する---
「ああ、私が神を見いだせるところを本当に知っていたらよいのだが。
 その定まった場所にまで行くものを。
 私は神の前に正当な訴えを述べ、私の口を反論で満たすであろう。
 私は神が私に答えられる言葉を知り、神が私に何と言われるかを考慮しよう。
 神はその夥しい力をもって私と争われるだろうか。
 そうではない! 確かに神は、私に留意されるだろう。
 そこでは、廉直な者が確かに神とともに事を正す。
 ・・・
 神の歩みを私の足は捕らえた。その道を私は守って、逸脱しない。
 その唇のおきてから私は離れない。
 私は私のために規定されるものよりも、み口の言われたことを蓄えた」23:3-12
 最後に彼は自分の正しさを宣言し(27:5、6)、長々と自己弁護を述べたてて締めくくる。
 そこで若者エリフが口を開く。彼は、ヨブとその慰め手たちの双方がそれぞれ自分の義ばかりを主張するのに怒りを覚え、最も重要であるはずの神の義を徹底的に弁護して彼らを叱責する。特に注目せよ---彼がいかに強い言葉で年長のヨブを非難したかを。
「見よ、このことであなたは正しくなかったと、私はあなたに答える。
 神は死すべき人間よりも偉大だからである。
 どうして、神に向かってあなたは争ったのか。
 あなたのすべての言葉に神が答えてくださらないからといって。」33:12、13
「それゆえ、心ある人々よ、私に聞け。
 まことの神が邪悪なことを行なったり、
 全能者が不正を行なったりすることなど、けっしてない!」34:10
「これはあなたが公正とみなしていることなのか。
 あなたはかつて言った、『私の義は神のそれに勝っている』と。
 たとえあなたが実際に正しくても、神に何を与えられよう。
 あるいは、神はあなたの手から何を受けられようか。
 ・・・
 訴えは神の前にあるので、あなたはひたすら神を待つべきである。
 ・・・
 それでヨブは、ただいたずらにその口を大きく開き、
 知識もなく、単なる言葉を増やす」35:2-16
「だれが神に対してその道の責任を問うたか。
 だれが、『あなたは不義を行なった』と言ったか。
 神の働きをあがめるべきことを思い出せ。それについて人々はほめ歌った」
                           36:23、24
「全能者については、私たちはこれを見いださなかった。
 神は力において高められている。
 そして、公正と義の豊かさとを軽視なさることはない。
 それゆえ、人々は神を恐れるように。
 神は、自分自身の心に賢い者をだれも気に留められない」37:23、24

 それからようやく、神が語りはじめる、
「そこでエホバは風あらしの中からヨブに答えて言われた・・・」
 しかし、神のその返答は全く奇妙と言わざるを得ない。
 神は正義についてはほとんど何一つ語らない。その代わりに自分の創造物を一つ一つ取り上げてそれらについて語り、自分が力と知恵と知識と年月においてヨブよりもはるかに勝っていて遠く及ばないことを、これでもかとばかり思い知らせるのである。
「計り事を暗くしているのはだれか。
 知識がないのに言葉によって。
 どうか、強健な人のように、腰に帯を締めるように。
 私はあなたに尋ねてみたい。あなたは私に知らせよ。
 私が地の基を置いたとき、あなたはどこにいたのか。
 私に告げよ。もしあなたが確かに悟りを知っているのなら。
 誰がその度量衡を定めたのか。もしあなたが知っているのなら。
 あるいは、だれがその測り綱をその上に張り伸ばしたのか。
 その受け台は何の中に埋められたのか。
 あるいは、だれがその隅石を据えたのか」38:2-6

「とがめだてする者が全能者と争おうとするのか。
 神を戒める者がこれに答えよ。
 ・・・
 実際、あなたは私の公正を無効にしようとするのか。
 あなたは自分が正しい者とされるために、私を邪悪な者とするつもりか」
                             40:2,8
 しかし、力と知恵と知識と年月とは---即ち正義か?
 ヨブは納得がいかなかったかもしれない。しかし神の圧倒的な力を前に、彼はもう何も言うことができなかった。
「ご覧ください、私は取るに足りない者となりました。
 あなたに何と返答いたしましょう。私の手を私は口に当てました。」40:4「それゆえに、私は撤回し、塵と灰の中でまさしく悔い改めます」42:6

 そしてその記録は次のように締めくくられる---
「それから、エホバは、ヨブがその友のために祈ったとき、彼の捕らわれた状態を元に戻し、エホバはさらに、すべてヨブのものであったものを、二倍にして与え始められた。そして、彼のすべての兄弟たち、すべての姉妹たち、以前彼を知っていたすべての者たちが彼のもとにやって来て、その家で彼と共にパンを食べ、彼に同情し、エホバが彼に臨むままにされたすべての災いのことで彼を慰めはじめた。それから彼らは各々、金子一枚を、各々金の輪一つを彼に贈った。
「エホバは後に、ヨブの終わりをその始めよりも祝福されたので、彼は羊一万四千頭、らくだ四千頭、牛一千対、雌ろば一千頭を持つことになった。彼はまた、息子七人と娘三人を持つことになった。そして彼はその第一の娘の名をエミマ、第二の名をケツィア、第三の名をケレン・ハプクと呼ぶようになった。そして、全土にヨブの娘たちほどきれいな女は見つからなかった。その父は彼女たちにも、その兄弟たちの間で相続物を与えた。
「こうしてヨブはこの後、百四十年生き長らえて、その子とその孫を見た---四代であった。そして、やがてヨブは年老い、よわいに満ち足りて死んだ」42:10-17

            *             *

 結果としてヨブはしかるべき報いを受けたと、言えば言えるかもしれない。
 しかし我々は問わざるを得ない、神は本当に正しかったのか?
 神はなぜサタンの挑戦についてヨブに説明しなかったのか。
 それが苦難の終わるまでのことだったなら話は分かる、説明の欠落もまた一つの試練だったと考えることができよう。
「ヨブ記は、自分が何者かを知らないという事実、自分が正しいか否かを知らないということを受け入れない危険、自分をはっきりと定義づけなければ気が済まない危険、自分を根本から知らなければ気が済まない危険を教えている」---カルロ・マリア・マルティーニ<ヨブ記についての注解>
 自分が何者なのか分からない苦しみ。
 あるいはポール・オースターの<ルル・オン・ザ・ブリッジ>のように---「私はよい人間か悪い人間か?」

 しかし、その長きにわたる試練の後でさえ、神はヨブに、それが臨んだ理由を説明しなかった。神は、自分の苦しみのすべては神からもたらされているというヨブの誤解を解かなかった。
 神はただ、その力をふりかざしてヨブをとがめ、へりくだらせて、力こそすなわち正義であると、ヨブが誤解して卑屈になってしまう危険を顧みなかった。それはなぜか? それは正しかったのか? それはルール違反ではないのか? 神は人に、きちんと説明する責任があったのではないのか?
 しかしながら、正しいとは一体何か? 何が正しいのかは誰が規定するのか? 正しさの規準が絶対的・普遍的であるためには、それを定める者は全能者でなくてはならない。「・・・だがつきつめて考えるなら、これこそ律法学者たちが説くべき教えなのだ。いやしくも正義というものがあるとするなら、それは万人のための正義でなくてはならない。誰一人排除されてはならない。さもなくば正義というものはありえない。これは避けられない結論である」---オースター<孤独の発明>
 そして、定める者が神であるとすれば、神は本当に正しいのかという問いは、実際には意味を成さないことになる---つまりそれは、同義反復であるからだ。
 正義が正義たることの根拠は、神が神たることにあって、神のほうが力において凌駕することにはない---少なくとも、神が力において絶対的であるところになくてはならない。しかし、---そうではないのか?

 ドストエフスキー---「例えキリストがまちがっているとしても、私はキリストを取る」
 何と失礼な輩だろう。キリストがまちがっているかもしれないなどと考えながらキリストを取るような人間を、キリストは到底是認しまい。我々がキリストを取るときは常に、キリストが正しいから取るのである。
「全能者が不正を行なうことなどけっしてない」
 しかし、---そうではないのか?
 神の正しさをあれだけ徹底的に証したエリフはまた、神がまちがっている可能性を示唆して人を不安にさせる。
「たとえあなたが実際に正しくても、神に何を与えられよう。
 あるいは、神はあなたの手から何を受けられようか」
 ここで仮定されているのは、死すべき人間の側の、神を凌駕する正義と、(それにもかかわらず脱却できない)無力である。
 それは我々の正邪の感覚に反するかもしれない。しかし、つきつめて考えるなら、これもまた避けられない結論である。我々は神に対して口を開こうにも、何も言うことができない---我々は実に、あらゆるものを神に負っているのだから。

 従って、こういうことになる。問題は神が本当に正しいかどうかということではなく(神は正しいに決まっているのだ)、我々は神の正義を受け入れるか、ということである。納得するかどうかではない---納得できないにもかかわらず受け入れるかどうか、ということなのだ。
 ヨブの記録は、我々が神に対して取るべき態度についてなにがしかを教えている、と言うことができるかもしれない。
 ヨブはサタンの挑戦について何も知らなかった。
 ゆえに我々もまた、すべてを説明されれば十分納得のいく事実の、ほんの一部しか、あるいは表面しか知らないのかもしれないのだ。いや、表面というよりも裏面といったほうがいいかもしれない---刺繍の施されたタペストリの裏側。
 それゆえ、人には十分理解できなくとも神はやはり正しいのだ、逆に言えば、神の正しさは人には決して十分理解できない、ということを教えているのかもしれない。
 そして、十分に理解できなくても服さなければならないことを、神はそういう謙虚を人に求めるのだということを。
 忠誠を全うしてなお、「撤回し、塵と灰の中でまさしく悔い改め」なければならなかった可哀相なヨブ。ここには神の圧倒的な力を前に、微塵の尊厳も持ち合わせないあわれなmortal beingの姿がある。たとえ家畜や子孫を二倍にして返されたとしても、己が正義と尊厳を持つことを許されないとしたら、一体何の得るところがあろうか? 彼の姿を目にして我々はなお、神は正しかったと言い切れるだろうか?

 A God of contracts and pretty bargains, of indentures and bribes. 'And the Lord gave Job twice as much as he had before.'・・・Gentlemen, do you grasp the sliminess of it, the moral trickery? Why didn't Job spit at that cattle-dealer of a God? --- "The Portage"

 ゆえに、ここでもまた、我々は再び問われているのだ。
 我々は神の正義を是認するだろうか?
 我々は神を義と宣するだろうか?

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2013年11月30日

創造的な不幸-12-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-12- 愛について、結び


 それゆえAは知る、彼の神への愛について。
 彼の、神に対する態度はまるでダビデのそれのようである。
 詩篇にあふれる神への思い。
 ダビデがいかに神を愛し、信頼していたかは驚くばかりだ--彼は父親によりかかって歩く子供のようにその肘にしがみつき、その顔を見上げ、自分自身をすっかり預けきっている--
「エホバ、わが牧者、何をか怖れん」

 彼もまた罪を犯した--例えばバテシバとの一件。
 一国の王がたかだか一人の女を、しかも異邦人の夫を持つ女を召し上げたくらいのことで、どうしてそこまで糾弾されなくてはならなかったのか。どうしてそこまでして灰の中で悔い改めて許しを乞い、尚かつあとあとまで禍いにつきまとわれ、さらにはそのことが聖書に記されたので、後の世のあらゆる人間に対して己れの恥を曝す羽目にならなくてはいけなかったのか。一国の王にとって、それは耐えられない屈辱ではなかったのか。
 彼はそうは考えなかった。彼は己れの罪を認め(「エホバよ、私はあなたに対して罪を犯しました」)、神の前にへりくだった。
 そう、司祭も同じ態度をとった。彼は自分が淫行を犯しても、神が淫行を禁ずるのは間違っているとか、それは現実に則していないなどとはついぞ考えなかった。
「・・・彼女にとって、それはほんのちょっとした出来事、健康な肉体では完全に治ってしまう引っかき傷にすぎなかった。彼女は、司祭の女であったことが自慢でさえあった。彼の方だけが、まるで世界中の人がみんな死んでしまったかのように、傷を背負って歩いていたのだ」

「あなた方の神が完全であるように、あなた方も完全な者でなければならない・・・」
 --そう、不完全な人間が完全な者であるとはそういうことだ。意志の完全さ、理性の完全さ。重要なのは罪を犯すかどうかではなく(あらゆる人間は罪を犯すのだから)、罪に対してどういう見方を取るかである。己れの心が己れをして罪を犯せしめることがあったとしても、意志は断じてこれを肯んぜない。意志は常に神を見つめて揺るがない。

 それゆえAは知る、人が神を愛するとはどういうことか、邪悪でありながらしかも聖なる者であるとはどういうことか、不完全でありながら完全であるとはどういうことか。
 神の是認はどれだけ完全にその基準にしたがっているかということよりも(それは不完全な人間にとっては、そもそもの定義からして不可能なのであるから)、従おうとしてどれだけ奮闘するかによる--それは意志の問題なのだった。

 それゆえAは知る、罪について、それがあまたの行為に表れるとしても、本質的にはそれは個々の行為ではなく、あらゆる人間に共有される内的特質あるいは傾向であることを---「すべての人間は罪を犯した」 そして、尚許されない罪とは、それと戦わないこと、諦めてしまうことであることを。
 天路歴程のエピグラフ---「人の心のはかるところ其幼少時よりして惡しかれば」(Ge8:21)
 内面に深く根づいた罪---人間の本質(ネイチャー)。
 それゆえに人は自然(ネイチャー)のままに生きてはならないのだ。それゆえに人はこれを否定しこれと戦い、これに打ち勝たんとしてたえず励んでゆかなければならない。
 それゆえAは知る、道徳について、それは不可能なことを成し遂げようとして努力し続けることであると---己れを捨てよとか、汝の敵を愛せとか。そして、不完全ではあっても人は決断を下すことができ、また下さなければならないことを---すなわち、神の前における自分の立場、神の愛に答え応ずるか否か、神の側を取るか否を。
 罪を、---怒り、憎しみ、嫉妬、貪欲、傲慢、支配欲、あるいは利己心---こうしたものを免れている人間はいない。しかし、こうしたものに全く支配され、己れは全く手出しできずにいる、そうであってはならないのだ。あるいは困難な外的状況にあって、自分であれやこれやの形を取ることができずに、水のように常に器によってその形を規定され---彼は自分で己れの性向を抑制することができないので、普段は法や恐れや約束事によって縛られているとしても、ひとたびそこから解き放たれるやあらゆる悪に対して彼を引き止めるものは何もない、そんなふうであってはならないのだ。己れの内なる悪と戦って、よし勝利を得ずとも、戦い続けることは可能なのであり、不完全な人間の勝利とは要するにそういうことなのだ。
 それゆえ、そこにはいかなる決定論---遺伝子決定論であれ、環境決定論であれ---も入る余地はない。堕落して尚、人間は意志能力を持ち合わせており、どんな宿命のもとにあっても己れの生き方に関して責任を負わなければならないのだ。
 だから例えば、同性愛に走る人間はもともと同性愛的遺伝子を持って生まれてきたのだから仕方がないのだという考え方は、神には受け入れられないわけだ。しかし、人は自分の力では善を成し得ないというアウグスティヌス的な人間観は、それを受け入れてしまう恐れがある。運命論の弱点はここにある---それは、人に努力しなくてもいい口実を与えかねないのだ。

 それゆえまたAは知る、自然ということについて。
 ルソーは理想としての「自然」を語ったが、彼自身、そんなものは現実には存在し得ないことをよく知っていた--「かつて存在したことがなく、今も存在せず、これからもずっと存在することのない自然」。
 しかし問題は、理想としての「自然」なるものが有用な観念論としてすら存在し得るのかどうかということである。人間の状態を「ある」と「あるべき」とに分けるとき、「自然」はそもそもの定義からして「ある」の方に属し、他方理想というものは「あるべき」の方に属する。そうしてみると、理想としての「自然」というのは言語矛盾ではないのか?
 ルソーは人間の本質についてどう考えたのだろう--曰く、人間は白紙の状態で生まれてくると。しかし、彼らがそこへ生まれてくるところの社会はなぜ、かくも不平等で抑圧的で、諸悪に満ちているのか。その社会は天から降ってきたものではなく、白紙の状態で生まれてきたはずの同じ人間たちが集まって形成しているのである。それでは、もともとあったのではないとすると、それらはどこからやってくるのか。人はやはり白紙の状態で生まれてくるのではなく、悪しき本質--ネイチャー--をもって生まれてくるのではないのか。そしてそれが、理想化されていない人間の「自然の」状態--ネイチャー--なのではないか。
 それゆえに、人は白紙の状態で生まれてくるという考えよりも、「見よ我は咎と共に産みの苦しみをもて生み出され我が母は罪のうちに我を宿せり」(Ps51:5)というダビデの言葉の方が、子供は無垢であるという考えよりも「人の心のはかるところ其幼少時よりして悪し」(Ge8:21)という神の言葉の方がより真実に適っているのである。人は社会制度に組み込まれたからといって悪人になるわけではなく、逆に社会から隔絶されれば善人になるわけでもない。堕落以来あらゆる人間は生来的に悪に向かう傾向にあり、それがキリスト教で言うところの罪の教理である。あらゆる人間は生来的に、奇形なる社会の青写真を、言わばDNAの内に持っているのだ。あらゆる社会が結局のところ、ニムロデの社会と大して変わらない理由はここにある。

 そしてまたAは知る、愛とは天然資源(ナチュラル・リソース)ではなく、生まれながらにアダムの罪を受け継いだ我々は、日々努力してこれを培ってゆかなければならないのであり、日々愛するために闘わなければならないのだということを。いみじくもナジェージダ・マンデリシュタームが善について書いたように---「善とは単に生得の性質ではなく、育て上げなければならないものである」
 それゆえまたAは知る、人間の本質(ネイチャー)と自然界の自然(ネイチャー)とを、我々は決して混同してはならないことを。この二つを同じ次元で考えてはならないのだ。あらゆる誤解はここに始まるのである。これらは互いに全く異質な概念であり、ゆえにはっきりと区別されなければならないのだ。
 人は自由意志を与えられたがゆえに罪を犯し得た。しかし、草木や動物は自由意志を持たず、それゆえに罪を犯すこともなかった。彼らは完全なのだ。彼らは禁断の木の実を食べなかった。彼らは神の呪いを受けなかった。彼らは神がそれを造り上げたとき、「善(よし)」と宣言した栄えある被造物なのであり、ゆえに彼らは、あるがままにあるのが正しいのだ。
 <存在の耐えられない軽さ>の中ではその相違が次のように描写されている---「犬は楽園から追い出されなかった。カレーニンは身体と心という二元性について何も知らず、汚れとは何かを知らない・・・犬への愛は何も要求しない」
 トマーシュがどうしても浮気をやめられなかったのは、テレザへの悪意ゆえではない。彼はテレザのことをとても愛していて、それゆえひどく苦しんだ。トマーシュが浮気をやめられなかったのは、彼にとってそれが自然だったからだ。けれども、自然であるということは口実にはならないのだ。なぜなら、そのことでテレザが苦しむのには少しも変わりがないのだから。
 それゆえまたAは知る---性道徳こそは反自然主義の最たるものであることを。性欲はそれ自体、満たされようとするアプリオリな方向性を持っている---すなわち自然である。けれども、それを野放しにしておいてはならないのだ。
 その存在自体が罪ではない。それもまた神の創造物である。雅歌の中で、性愛の激しい衝動がいかにストレートに(そして肯定的に)表現されているかを見よ。
「ねがはしきは彼その口の接吻をもて我に口つけせんことなり 汝の愛は酒よりもまさりぬ・・・
「夜われ床にありて我心の愛する者をたづねしが尋ねたれども得ず 我おもへらく今おきて邑をまはりありき わが心の愛するものをちまたあるいは大路にてたづねんと ・・・ 間もなくわが心の愛する者に遇ひたれば之をひきとめて放さず 遂にわが母の家にともなひゆき 我を産みし者の室にいりぬ」---1:1,3:1-4
 しかしそこには尚、正式な結婚というしかるべき枠がはめられていて、そこを踏み越えるとき、それは罪となるのだ。
「汝おのれの水溜より水を飲み おのれの泉より流るる水を飲め 汝の流をほかに溢れしめ 汝の河の水をちまたに流れしむべけんや ・・・ 汝の泉に福祉(さいはひ)を受けしめ 汝の少き時の妻を楽しめ 彼は愛(うつく)しき雌鹿のごとく 美(うるは)しき鹿のごとし その乳房をもて常にたれりとし その愛をもて常によろこべ 我子よいかなればあそびめをたのしみ 淫婦の胸を懐くや」---Pro5:15-20
 それゆえ、罪とは掟を踏み越えた性欲と戦わないこと、別の女を欲しまいとして努力しないことである。

           *            *

 それからAはまた、終末の意味についてもはっきり理解するようになった。
 終末は何のためにもたらされるのか? それは地上の悪を終わらせ、神の正義を敷衍する為に来るのである。あらゆる社会悪は、最終的には神の介入によってしか解決できない。 けれども神を知る者は、神の支配を待ち焦がれながら、同時にそれを受け入れることの難しさをも知っている者である。神の苛烈な清さ、手厳しさをよく知っているAは、どんなに社会が堕落しようとも、安直に神の支配の方が望ましいなどとは口が裂けても言えなかったのだ。その一方で尚、数々の社会悪に日々心を痛めてもいたのだが。
 Aにとって社会悪の最たるものとはもちろん自然破壊であった、なぜならそれはそもそも人の生きてゆく基盤そのものを打ち壊す行為だったからだ。そしてAの生み出す作品はそれゆえ、自己表現だの世界の再創造だのの他にまた、(フォークナーの南部のように)失われてゆく美しい自然の姿を記録し封じ込めるという役割をも負わされていた。それはしかし、その姿を描写しようと努力すればするほどに、本物にはとても及びもつかない絶望をも伴っていたのである。
 そして尚Aは知っていた、自分の生み出した作品は終末の際に失われるが(そうではないか---神に忠実であったバルクでさえ、イスラエルの滅びの際に得たのは自分の魂だけだったのだ、況んや不忠実な者をや---Je45:4,5)、その中で自分が描写している美しい自然は残り、しかもさらに美しく繁茂してゆくことを。
 というのは、この問題について考えれば考えるほどAにははっきり分かってきたからだ---それは制度や法律をどうこうすればいい問題ではなくて、人間の心の問題であることが。
 つまりそういう問題は多くの場合、故意の無知だとか、怠慢とか、臆病とか、貪欲とか、自分の生活様式を変えることを拒む、頑迷な個人主義だとか、利己主義だとか、物質主義だとかに由来しているのである。それは社会の問題だが、同時に一人一人にその罪に対する責任があって、要するにエリオットの言う社会責任なのである。
 だからこれを解決するには世界中の人間全部がその罪を認めて悔い改めるしかないわけだが、そんなことができないのは誰だって分かる。だからこのまま地球がだめになってしまう前に神が介入するのは良きことなのだ。Aは終末論の正当性をそんなふうに理解したのである。

 終末論は恐れによって人を縛るので好ましくないという論議に対する反駁、及び、終末と、第一に来るのが神の愛また神への愛であり、「完全な愛は恐れを外に追いやる」という事実との調和。

 人はなぜ終末を恐れるのか?
 終末を恐れるのは神に仕えない人間か、もしくは仕えていても神を愛していない人間である。終末を恐れるのは、己れの抹消されることを恐れるからだ。己れの抹消されることがどうしてそれほど恐ろしいのかというと、彼は己れの命を至上の価値と思っているからだ。ゆえにそれは一種の自己愛である。しかし命とは至上の価値か?
 言うまでもなく、ただ生きて在るということそのものはさほどりっぱなことではなく、生きて何を成し遂げるかということの方がもっと重要である。そしてこの問題を神の視点から見るならば、ウィスキー・プリーストが考えたように「聖徒になる---それしかない」わけだ。それゆえ至上の価値とは神への献身であって、神に仕えない限り、人間の命そのものには結局のところ、そう大した価値はないのだ。
 Aがトールキンの<指輪物語>を読んだのは遙か昔のことだが、その中に今だ忘れられない一節がある。
 魔法使いのガンダルフがゴクリというどうしようもない奴の命を容赦してやったことを聞いて、主人公のフロドは嘆く。
「何ですって! あんな奴、死んだってよかったのに!」
 するとガンダルフが答えるのだ---
「今生きている奴の大部分は死んだっていい奴じゃ」
 従って、実際には何も恐れる必要などないのだ。
 神がもたらす終末によって価値あるものは何一つ失われることなく、むしろ無価値なものが除かれることによって至上の価値が敷衍されることになる。神の視点からすればそういうことだ。
 しかしながら、神に仕えない人間は当然のこととして、神の視点から物事を見ることができないので---もしくは欲しないので---神に仕えないわけだ。そして神に仕えないことにする場合、事は不利になる---彼はいまある命がすべてであることに同意して神に仕えないわけだが、そうした人間にとって、自分の命より他に、本当に大事なものなどあるのだろうか? エホバの日が来たとき、「私にとってはこれが大事なので、そのために私の命が取られてもちっとも構わない」と言えるものを、果して持ち合わせているだろうか?
 これは苦しい立場である。力において神に劣るということはさほど憂えるべきことではない、憂えるべきはむしろこちらの方だ。自らの滅びという凄まじい「外的状況」にあって、彼はいかにして「人間の尊厳」を守り抜くのか? 神からの自由だとか、己れへの忠実だとか、あるいは文学とか芸術とか快楽主義だとかを、どこまで矜持と成し得るだろうか?

 他方、神に仕える人間にとっては、終末論は恐れによって人を縛るという批判は意味を成さないのだ。神への献身とはまず、完全なる自己放棄だからである。そもそもの始めから、彼らは己れの所有権を放棄して神に捧げている。己れが抹消されることを恐れるほどの臆病な人間に、そんなことができはしない。
 それゆえ終末が近いということは彼らをして矜持せしめても、決して崇拝の動機となってはならないのだ。なぜなら終末が来て自分が死ぬことに対する恐怖はまさにフォークナーが憂えたところの"physical fear" に他ならないからだ。それは核戦争に対する恐怖と変わらない。終末は地上から悪を一掃して神の正義を行き渡らせるための手段であり、人を恐れのうちに神のくびきに縛りつけるための鎖ではないのだ。
 そしてこの正義のために彼らは日夜労しているのであり、彼らの最大の関心はいかに徹底的に神に仕えるかということにあって、彼らにとって、己れの命の存続などはもはや大した意味を持たないのだ。というのは、彼らの命が消えても、彼らの求める価値はずっと存続するのであり、それゆえに、彼らはそのために生きることによってばかりか、そのために死ぬことによってもその価値のために何がしかを成すことができるからだ。パウロのように---
「この務めを全うできさえすれば、私は自分の命を少しも惜しいとは思わない」「我々は生きるにしても主のために生き、死ぬにしても主のために死ぬのであり・・・」
 かくして神への「完全な愛は恐れを外へ追いやる」のである。
 そして、「私にとってはこれが大事だから、そのために命が取られてもちっとも構わない」と言えるものを持っている、これら勇気ある人々には永遠の命が与えられることになる。これが「己れの魂を守ろうとする者はそれを失い、失う者はそれを見いだす」という逆説の意味するところである。

           *            *

 再び従順について。
 我に従え。我に従え。生き続けるために、我に従え。
 しかし尚、彼らにとって、生き続けることが一番大切だったのか。
 従順という代価は、命のためにはあまりにも高価すぎはしないか。
 預言者たちや、イエスとその弟子たち、彼らはたかだか永遠の命くらいのためにあれほど大変な生き方をしたのか。迫害に遭いながら、死に至るまで信仰を貫くよりも、将来の見込みをさっさと放棄して楽な道を選んだ方がよっぽど容易ではなかったのか。従順の報いがただそれだけのものであるなら、そんな強さが生まれるだろうか。
 彼らが求めていたもの---そしてこれが聖書の真の主題---それは、神に栄光が帰されることだった。ヨブに倣って苦しみを忍び、神の主権の正当性を立証すること、かくして神の名が神聖なものとされること、これこそが一番重要なのだ。彼らは神から与えられることではなく、神に与えることを求めるのである。従順という代価を払うに値するのは、実にこのようなことなのだ。彼らは己れの従順によってそれを成し遂げるからだ。
 そう、なぜ神が、死に至るまで信仰を貫いた者たちの命を、その場で救ってやらなかったのか。
 彼らにとっても神にとっても、命が一番大切ではなかったのだ。
「わが神、わが神、なんぞ我を見捨て給ひし」と、杭の上でイエスが叫んだとき、神はこれを救わなかった。しかし、それに先立って、イエスは自分が死ななければならないことを知っていたにもかかわらず、弟子たちにこう言ったのである---
「なんぢら世にありては患難あり、されど雄々しかれ。我すでに世に勝てり」
                        ---Joh16:33
 そして彼らは命よりも大切な価値を守り通したので、それは彼らにとって勝利だったのだ。それゆえにまた、神が彼らを忘れることもない---
「エホバの聖徒の死はそのみまへにて貴し」---Ps116:15

 彼らにとって、問題は実にはっきりしていた。神と己れとを隔てる、絶対に埋めることのできない距離、それでも尚、何とかして神に達しようとする努力。それが全てだった。 いかに神にとって有用な者となるか、いかに神から見て義にかなった者となるか、いかに絶対的に献身するか。それが人間を測る唯一の基準であって、他にはかつてなかったし、今でもないし、これからも永久にあり得ないのだ。

           *            *

 1996年夏。Aが代々木公園の生い茂る木々の間を歩いていて、湧きあがる幸福感とともに得た啓示。
 レバノンの杉はあなたを讃えます---その瞬間、木を造ったのは神であるということを、Aははじめて理解した。
 Aは、「われなんぢの法をいつくしむこといかばかりぞや われ終日(ひねもす)これを深くおもふ」(Ps119:97)なんてわけには、とてもいかなかったのだ。一日のうち一時間でもそれを「深くおもふ」のはしんどいことなのに、一日中なんかやっていたら窒息死してしまう。

 神の義。すべてがつながった。キリスト教独特の、あの肩の凝る息苦しさ。
 自然界と調和しない、人間の本質と相容れない、それだったのだ。
 人間がいちばん必要としているもの、いちばん大切なもの、この世でただ一つ変わらないもの、にもかかわらず、決して達し得ないもの。

 この「神との距離」の正体。この異質さ。
 罪とは、それだったのだ。

 今や一つにつながった。根源的なものを中心としてつながった一つの世界。
 夜明けの翼を取って最果ての海に住もうとも---
 美しい詩である、しかし見方によっては果てしもなく絶望的な束縛状態である。
 Aはこの描写を、あらゆる文学の姿として理解してきた。しかし実際には、それはあらゆる人間の姿である。
 けれどもついに神の前から逃れられないという事実はもはやAを絶望させはしない---A自身の中に、この命題に深く呼応する魂が宿っているからだ。
 そして、これが神は「神の像の如くに」人を造ったということの意味である。
 それゆえ、自然界に人間界のアナロジーを見ようとするのは、厳密には間違っているということになる。
 <緋文字>において整然とした町と対比される混沌の森は、ホーソンの作品において道徳的過ちのメタファーとして繰り返し持ち出される(ここでヘスタはディムズデールを誘惑し、ここで魔王の会合が開かれ、ここで人々は悪魔の印を身に受ける)。あるいは<リア王>において、荒野の大嵐は(王が王としての尊厳を奪われた)道徳的無秩序を暗示する。
 しかし実際には、無秩序というものは人間界にしか存在しないのだ。自然界は、一見どれほど無秩序に見えようとも、常に光合成や食物連鎖や引力の法則といった秩序のもとに動いている。それゆえそれは神の正義を遂行し得るし(「みよエホバの暴風あり 怒とつむじ風いでて惡人の首をうたん」Je23:19)、その力や知恵の顕現たりうる(「もろもろの天は神のえいくわうをあらはし 穹蒼はその手のわざをしめす」Ps19:1)
 自然と人間、道徳についての理解を得て確信するようになったこと。

 神の掟に従うのは正しい。
 神の道に従うべく、日々努力してゆく生き方は正しい。

 この正しさの実感。
 神に仕える生き方を選び取るには、まずそれが必要だった。

           *            *

 Aがウィスキー・プリーストから学んだもう一つの大きな点は、神の奴隷となるためには逆説的に独立した主体でなくてはならないということである。人間の道徳的自由ないし自由意志という問題は神にとって極めて大きな意味を持つし、サタンが引き起こした論争の主眼点もそこにあったのだ。
 愛と服従とは、命令であるが強制ではない。我々はこの区別をはっきりすべきである。人は神の愛にどう答えるかを決定する自由を持っている。愛さない自由があってはじめて愛は価値を持つし、服さない自由があってはじめて服従は意味を成す。
 神を捨てる自由という概念には存在意義があるのだ。グレアム・グリーンの"The End Of The Affair" のヒロインが考えたように---
「私には神への誓いを破る自由がある」
 そして、それによって愛や服従は自発的意志の表現となるのだ。そしてそのためには、愛したり愛さなかったりすることを表現する、何か具体的な手段が必要である。神はそれを掟という形で与えた。それゆえ神はエデンに善悪の知識の木を置いた。
 汝食うべからずというその掟によってはじめて、人は道徳的行為者たることを許されたのである。それがなかったなら、彼らは何不自由なく暮らして、しかし本質的には動物やロボットと変わらなかったことだろう。これによってはじめて人は、その掟を守ることによって愛と服従の自発的意志を、守らないことによって罪と反逆の自発的意志を表現することができた。それゆえ掟というものの本質は、チェスタトンが表現したよりも実はもっと積極的である。それによって人は、自ら神を選び取ることが可能になるのだ。
 エデンにおいて神を愛することは容易であり、ほとんど問題にもならないくらいだった。しかしヨブのように何の説明も受けず、全く突然にすべてのものを奪い取られ、生きているのもただ苦痛でしかないとき(Job3)、それでも神を愛し続けるには、ほとんど神の如き強靱な精神力が必要であった。しかし尚、意志による愛という点において、エデンで禁断の木の実を食べないことと、アウシュヴィッツにおいて内的自由を守り抜くことには質的に共通するものがある。

「神に対する人間の義務は、完全な絶対的な自己献身である。しかし、神に対する人間のアガペーについて語ることは、人間が神に対して独立の立場を持っていることを示唆するかもしれないし、神だけが本質上愛なのであるから、神に対する人間の自己献身は応答にすぎない、という本質的真理を、曖昧にするかもしれないのである」---ニーグレン<アガペーとエロース>
 しかし、それは本当に「本質的真理」なのだろうか?

 篤信の人アブラハム。その老齢になって神は彼に独り子イサクを授ける。しかも、「あなたの胤」と呼ばれる者はこのイサクを通してであろうと言われていたのだ。---He11:18
 ところが、イサクが成長してから神はアブラハムに命ずる、
「あなたの愛する子イサクをつれてモリヤの地に旅をし、そこで彼を私への生贄として捧げよ」
 それで彼は息子をつれてモリヤへ旅をし、息子の手足を縛って祭壇の上に寝かせる。そして短刀を取ってまさにこれを殺めんとするとき、天使が現れて彼の手をとどめる。
 神の言葉---「あなたが自分の独り子をすら私に与えることを差し控えなかったので、あなたが神を畏れる者であることをよく知った」---Ge22

 アブラハム、神の友。
 それは一種擬似的に、神と対等な立場にあるということを示している。
 そういう関係はあらゆる人間に対して差し伸べられているし、また求められてもいるのだ。あるいはキルケゴールの言葉を借りれば、「絶対者に対して絶対的な立場に立つ」という逆説。
 微小で弱小でしかも不完全な人間が、いかにして神と同等の立場に立つことができるのか?
 愛の問題、そして自由意志の問題はここにおいて再び大きな役割を演ずるのだ。
 神はいかにして人間の愛を測るのか?
 愛の大きさは数学的に言うならば、例えばy/xというふうに表すことができる。xとは人が持っている愛の全体、愛する能力の総体である。それは人が持っているもののすべてであり、やもめの持てる二つの硬貨である。それに対してyとはその中から実際に示される愛の量であって、それは人の愛する意志の度合いを示すものである。それは人が持っているうちのどれだけを与えるかという割合であり、再びやもめの持てる二つの硬貨である。イエスが「彼女は他の全ての者たちより多く入れた」と言った理由はここにある。彼女においてxとyは等価であったのだ。
 それゆえ重要なのはxもしくはyの絶対量ではなくて、xに対してyの占める大きさである。すべてのキリスト教徒に対して、神はxとyが等価であることを求める。神は愛する意志の絶対性を求めるのだ。ちょうどアブラハムにとってイサクがxであり、しかも同時にyであったのと同じように。当然神自身において---「愛」の具現者たる神において、xとyは等価である。この大いなるアブラハムにおいてみ子はxであり、しかも同時にyであったからだ。となれば例えば神が100愛するのに対して人は1しか愛することができないとしても、100/100と1/1は理論的には対等ではないか?
 このゆえに人は神の友たりうるのである。

 しかし、それでも尚、この対等性は擬似的でしかない。人がいかに絶対的に愛したとしても、己れ自身は所詮相対的な存在でしかないからだ。
 神にとってxとyとは常に等価なので、実際にはその区別が存在せず、従って100/100は常にまた、同時に100でもある。100に対して1/1はどうがんばっても対抗できない。それゆえ人は常に神に対して愛の負債を負っており、それを支払いおえることはないのだ。再びパウロ---「私はギリシャ人にもバルバロイにも、賢い者にも愚かな者にも負い目のある者」(Rom1:14)「私が福音を宣べ伝えているとしても、それが私の誇るべき理由ではないのです。私にはその必要が課せられているからです」(1Co9:16)
 我々は神に百デナリを与えることができるかもしれない、しかし尚、一万タラントの借りが残っているのだ。
 債務の例えはここにおいて、再び重要な問題となってくる。人は絶対的に愛さなければならないが、尚、相対的な立場に甘んじなければならないのだ。我々は神と対等な者と見なされるとき、常にそう見なされる光栄に預かるのであって、それを当然の権利として要求することはできないのだ。

           *            *

「汝らは之がために召されたり、キリストも汝らの爲に苦難をうけ、汝らを其の足跡にしたがはしめんとて模範を遺し給へるなり」--1Pe2:21
 そりゃあ彼は完璧に道を全うしただろう、彼は完全だったのだから。
 しかし我々は不完全なのだ、不完全なものが完全なものにどうして達せられよう。
 そもそも完全なものを規範として不完全なものの前に置くこと自体、そこからして間違っているのではないか?
 とは、彼らは考えなかったのだ。彼らは全くキリストに従って言った--「わが意(こころ)のままにとにはあらず、御意(みこころ)のままに」--Mt26:39

 それゆえ、逆説的に言って、ベンジャミン・フランクリン式の契約神学の神よりも、人間との取引に一切応じないジョナサン・エドワーズの恣意の神の方が、人間の尊厳を尊重していると考えることができるのだ。もちろん人それぞれの神がいるわけではなく、人それぞれに神のさまざまな特質のある面を他の面より強調するので、多様な考え方が生まれるわけだが、事実はやはり、エドワーズの方に近い。
 神は時によっては人間の取引に応じることもある--特に、相手の人間が忠実で従順である場合は。アブラハムがソドムに関して訴え出た願いとか、あるいはパンの燃料をめぐってエゼキエルが申し立てた苦情なんかがその例と言えよう。しかしはるかに多くの場合、神はただ自分の気の済むようにやり、人の言うことなんかに耳を傾けはしない。彼はバテシバとの子の命を救ってほしいというダビデの祈りを聞いてやらなかったし、パウロの肉体の刺を取り除いてもやらなかった。
 そういう勝手なやり方は、人間の側により多くを要求する。すなわち、より多くの忍耐と謙遜を伴う精神性の精錬と、不公平な扱いを黙って忍ぶ人格の成熟とを。
 そして、より多くを要求するということは、とりもなおさずより多くの要求に答えることの出来る人間の能力というものを前提としているのであり、彼が道徳的努力というものを成すことができ、決定論の単なる操り人形ではないことを認めているのである。
 そういう意味で、より高次の次元において、神は人間の尊厳というものを認めているのであり、また、ただそういうやり方でのみ、それを認めているのである。
 
 神を愛するために求められる、こうしたすべての途方もない犠牲について考えるとき---それゆえに我々は問われている、こんなにも不均衡な神との関係を、我々はあえて受け入れるだろうか、と。

           *            *

 そう、Aはかつてなかったほど神に近づいていたし、仲間の崇拝者たちにも近づいていた。けれども、Aと仲間たちとを隔てる一本の線はなおも存在し続けていた。それは彼らが不親切だったからではなく、Aが相変わらず洗礼を受けなかったからだ。Aは今だに献身という概念を乗り越えられずにいたのだ。おかげで彼らは秩序を守るため、いろんなことでAを別枠扱いしなければならなかった。
 劣等感は次第にAを押し潰していった。Aは何とかしなければならなかった。Aはもうこれ以上、決断を引き延ばすわけにはいかなかったのだ。そこでAは決意する。もう一度、正面きって、献身という概念と向き合うことにする。もう一度、あともう一度だけ、最後の努力として。

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2013年11月30日

創造的な不幸-11-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-11- グレアム・グリーン<権力と栄光>


 グレアム・グリーンの<権力と栄光>。("The Power And The Glory" )
 これは小説で、舞台は共産主義革命のメキシコ、主な登場人物はカトリックの司祭と警部の二人である。革命の哲学--宗教は人民の阿片であり、教会は搾取者である--によって教会は片っ端から破壊され、僧職者は一人残らず国外追放か銃殺刑になっている。当局の手を逃れた最後の司祭が主人公で、それを死に物狂いで追うのがもう一人の主人公の警部だ。二人のどちらにも名前は与えられていない。それは作者が登場人物の人格や個性やキャラクターよりも小説のテーマそのものの方により重きを置いた結果であり、テーマの普遍性のアピールであると取ることができる。もっとも司祭のほうにはあだ名があって、それは彼が司祭のくせに無類の酒好きでしょっちゅう酔っぱらっているので、ウィスキー・プリーストというのである。この司祭崩れが執拗な追跡を受けて国中を逃げ回り、ついに捕らえられて死刑に処される、というのが物語の中心的なプロットだ。

 まず目につくにはその奇妙な人物設定である。司祭の方は前述のとおり、決して徳の誉れ高きとは言えない--酒に目がないばかりか、酔った勢いでネイティヴの女の一人と寝て子供まで作っている。そしてむしろあっさり諦めた方が楽ではないかと思えるくらい、大変な苦労をして逃げ回るのだが、それが何のためなのか--より多く神に仕えるためなのか、あるいは単に処刑を恐れてのことなのか、本人にもどうもよく分からないらしいのである。ここまでは、まあまあ一つのステレオタイプにはまっていると言える--この時代、南米の教会が堕落したり人々を抑圧したり搾取したりしてきたのは事実なのだし、グリーンだって事実を曲げようとしているわけではない。ところが、奇妙なのはその先で、この人物の持つ精神性の、分かりにくい二重性である。彼はその行動が堕落しても、精神までは堕落していないのだ。つまり彼は自分が神の目から見ていかに堕落しているかを骨身にしみて知っていて、それゆえ神に受け入れてもらおうなんて全然思っていない。それでも尚、彼は神を愛していたのである! 最も心を打つのはその点なのだ。堕落して尚、彼は愛情と義務感ゆえに聖職者としての自分の勤めに忠実であり、そもそも堕落した人間が神を代表していいものかという問いに常に悩まされつつも、可能な限り神にとって有用な者でありたいと望んだ。そして逃げ回る先々で、彼を敬う者に対しても、罵倒する者に対しても、裏切る者に対してすら、あらゆる人間に対して愛情と義務感のないまぜになった感情を抱いて、ミサを挙げ、説教し、彼らを鼓舞するような言葉を探し求め、また彼らのために祈ったのである。
 物語の始めの方、コラールという印象的な少女との会話の中で、彼の信念の固さを示す一節が出てくる--
「彼女は言った。『もちろん、あなたにはできるんじゃないかと--放棄することが』
『何のことかな』
『あなたの信仰を公に放棄すること』と、彼女はヨーロッパ史の言葉を使って説明した。 彼は言った。『それはできない。どんなことがあっても。わしは司祭なんだ。わしにはおよびもつかないことだ』
 子供は熱心に聞いていた。彼女は言った。『母斑(バースマーク)みたいなものね』」
 これと同じほどAにとって感動的だったのは、彼が自分の信仰について思いめぐらす場面だ。
「昔、子供たちを教えていた頃、ときどき、彼は黒い菱形の目をしたインディアンの子供から質問された。
『神様ってどんなひと?』すると、彼はいつでも父親か母親に関連させて素直に答えるか、それとも、もっと野心的に、兄弟姉妹を含め、広大であってしかも個人的な感情の中で結合しているあらゆる愛情や関係を説明しようと試みた・・・だが、彼自身の信仰の中心には、常に彼を納得させるような神秘が居すわっていた--我々は神の姿に似せて造られたということが。」
 それから彼は自分の故郷の墓地を思い浮かべる--十字架や天使像が打ち壊され、全く荒廃してしまった墓地を。
「墓地を囲む塀は崩れ落ちていたし、十字架は一つ、また一つと狂信者たちによって打ち壊され、石造りの天使の像は片方の翼をもぎ取られ・・・一つの聖母像は両耳と両腕を失い・・・異教のヴィーナスのように立っていた。こうした物を破壊する怒りというものは--そう、これは奇妙なものだ。なぜなら、言うまでもなく充分に破壊できるものではないからだ。もし神がヒキガエルのようなものだったら、この地上からヒキガエルを追い払うことはできただろうが、神が我々自身に似ているとすれば、石像の破壊で満足したって何の役にも立つまい。我々は墓の間で自らを殺さなければならなくなるからだ」
 こういう絶対的な信仰には、全く、疑念の一かけらも入り込む余地はない。彼にとっては神だけが唯一確かな現実であり、人間はそのぼんやりした影にすぎないのだ。そしてそれほど強固な信仰を抱いていればこそ、平気で「もし神がヒキガエルのようなものであったら」なんて仮定をやってのけられたのである。これが信仰というものなのだ。

 別の一節を引こう。彼が一晩を監獄の雑居房で過ごしたときの会話である。
「声は軽蔑をこめて言った。『あんたたち信者というのは、みんな同じだよ。キリスト教ってのがあんたたちを臆病にするだけさ』
『うん、たぶんあんたの言う通りだろうな。このわしは不良坊主だし、悪い人間だ。大罪を犯したままの状態で死ぬとなると』--彼は不安そうにくすくす笑った--『誰でも考え込むよ』
『そうだ。俺の言った通りだ。神を信ずると臆病者になるのさ』その声は、何かを証明したかのように、勝ち誇った。
『それから先は?』と、司祭は言った。
『信じない方がいいってこと--そうすりゃ、勇敢になるってものよ』
『分かった--そうだな。それで、もちろん、わしたちが知事なんか、それに署長さえも存在しないと信じたり、この監獄が監獄なんかじゃなくて花園だと思いこんだりできれば、そのときには、わしたちはどんなに勇敢になれるか分からんね』
『そんなこと、全くばかばかしい話さ』
『だがね、監獄はやっぱり監獄だったとか、知事があの上の広場にちゃんと存在してるんだってことに気がついたとき、わしたちが一時間か二時間くらい、勇敢に振る舞ったところで、そんなこと大したことじゃなかろうが』」

 娘への愛情。最後に帰郷したとき、彼の娘は七つで、荒んだ環境の中で可愛げのかけらもない、ひねくれた子に育ってしまっている。その村を立ち去るとき、ごみ捨て場のそばで彼は娘に出会い、そしてこれが、彼が娘を見た最後になる。
「彼は、彼女が彼を信じていない動物であるかのように、おそろしく警戒しながら近づいていった。彼は、彼女に対する強い愛情のために弱気になっていた。・・・彼女の心の中にはもう世間というものが住みついていた。彼女は全く無防備だった--彼女には、自分を弁護する愛嬌も魅力もなかった。彼の心は敗北を自覚して揺れた。・・・彼は、琥珀の中の蠅のように、彼女が自らの人生の中にはめ込まれているのを見た--娘をぶとうと振り上げられたマリアの手、早熟にも暗がりの中でささやく少年ペドロ、森を荒らして獲物を追う警察--至るところに暴力だ。彼は声に出さないで祈った。『ああ神よ、この私にいかなる種類の死でも与えてください・・・ただ、この子を救ってください』
「彼は人の魂を救うことになっている人物だった。・・・昔は実に簡単なことに思われた・・・だが、今ではそれは奇跡だった。彼は自分の絶望的な無力を意識した。
「彼は跪いて、彼女を引き寄せた。彼女はくつくつ笑い、離れようともがいた。『わしはお前を愛している。わしはお前の父親だから、お前を愛している。そのことを分かってもらいたい。・・・わしは命を捨ててもいい、なんの値打ちもない命だが。この魂だってかまわない・・・ね、お前、理解するように努めてくれ、お前は--とても大切な子だということを』そのことが、彼の信仰と彼ら政治指導者たちとの相違だということを、彼はずっと前から知っていた。彼らは、ただ国家とか共和国のようなものにだけ関心があった。この子は一つの大陸全体より大切だった。『お前は自分を大切にしなくちゃいけない。お前は非常に--必要なんだから。首都にいる大統領は、いつでも銃を持った人たちによって護衛されている--だが、わしの子よ、お前には天の全ての天使がついている--』彼女は、暗い、自覚のない目で彼を見返した。彼は、自分がここに来るのが遅すぎたのだと分かった」
 それから彼は娘のためにミサを挙げてやろうとして、命の危険を冒してぶどう酒を手に入れに行くのだった。

 あるいはあらゆる人々への愛情。
 一人のパリサイ人が、彼のことをこんなふうに決めつけたとき--
「『あんたなんか一刻も早く死んだ方がましよ』
 暗闇の中で彼女の顔は見えなかったが、その声にぴったりするような多くの顔を、彼は過去の中から思い出すことができた。男でも女でも、注意深く心の中でその形を思い浮かべてみると、いつでも憐れみを感じ始めることができた--それは、神に似せて造られた者がいつでも身に着けている特長なのだ。目尻のしわ、口の形、髪の生え方などを見ると、憎むことはできなくなってしまう。憎しみというものは、想像力を欠くところから起こるにすぎない。彼は、この信心深い女に、抵抗できないほどの責任を感じはじめた」
 そして彼は、何とかして彼女を益してやろうとして、適当な言葉を懸命に探し求めるのである。
 罪を犯してからというもの、彼は人々に対して「異常なほどの愛情」を抱くようになった。彼は昔の自分を思い出して、考える、
「あの頃、俺はきっと鼻持ちのならない奴に違いなかった--だが、あの頃はまだ、俺は比較的罪のない方だった。そのことはもう一つの謎だった。ときには、赦されてもいいような軽い罪--短気、ちょっとした嘘、思い上がり、好機を無視すること--の方が、すべての罪のうちで、最も重い罪よりもはるかに神の恩寵から人々を隔ててしまうように彼には思われた。あの頃は、確かに罪は犯していなかったが、誰に対しても愛情を覚えたことなどなかった。ところが堕落した今となって、彼ははじめて・・・」
 それゆえに我々は知るのである、これは愛についての物語であり、また同時にフェリクス・クルパについての物語であることを。そして彼はまた、己れの罪の実を愛することによってはじめてまた、神を愛するとはどういうことかを学んだのだった。
 別の場面で、また別のパリサイ人に向かって彼は言う、
『神を愛するのと、人間--または子供--を愛するのとは何の違いもない。それは、神とともにいること、神の近くにいることを願うことなんだよ』彼は両手で絶望的なジェスチャーをした。『それは、お前自身から神を守りたいと願うことなんだよ』
 神を愛するとは、神を己れから守りたいと願うことである! こんな言葉は、ただそれだけのために一冊の本が書かれるに値する。しかり、神を愛するとは、自分の心の中に抱いている神のイメージに、自分の考えや感情、自分の思い込みや誤解や利己心や、殊に善意とか熱心ゆえの偏向がまざりこむのを拒絶することであり--まさに神を他者として、ありのままに受け入れることに他ならないからだ。しかしこの小説をずっと読んできた者は、彼が娘に対して抱いた感情を思い出す--
「彼は、自分が死んで、彼女が生き続けてゆくことを考えた。彼女が、次第に堕落してゆく長い年月の間に、再び彼と結びつき、肺病のように彼の弱さを共有するのは、彼にとって地獄なのかもしれなかった・・・」
 そして我々は知る、彼が娘を愛するがゆえに、娘を彼自身から守りたいと欲したことを。

 グリーンはプロローグにおいて自らこの小説の主題を示し、それは憐れみから生ずる堕落であると述べている。著者自身による見解を支持しないのは著者に対して失礼かもしれないが、この小説がAの目を開かせたのは、もっと単純な点においてである。つまりAはこの主人公の生き方を通してはじめて愛とは、つまり不完全な人間が神を愛するとはどういうことかを学んだのだ。そしてAはまた、罪とは、つまり人間を神から隔てる罪とはどういうものであるか、また意味というものについて、つまり、人生の意味はなぜ唯一絶対のものでなくてはならないのか、ということについても学んだ。
 しかし、Aはここで一言断っておかなくてはならない--Aは決して、この主人公の人格全体を受け入れる気も、カトリックの教義全部を受け入れる気もないのだ。フェリクス・クルパの教説がある程度まで真実だとしても、人は神を愛し神に仕えるのに、そこまで堕落する必要はない。神はエデンで善悪の知識の実を禁じたとき、人がそれを食することを望まなかったから禁じたのであって、ということは神もまた、堕落の必要性ということは特に考えていなかったのである。
 この主人公の、行動と精神との矛盾には首をかしげざるを得ない。彼の厳しい自己分析はほとんどブレイナードを思い出させるほどであるが、ブレイナードよりもはるかに重い罪を犯した彼が神経症にもメランコリーにも陥らずにいられたというのはどういうことなのだろうか? あるいは彼が心の中で人々に対して抱く愛情と、実際の行動との矛盾はどうであろうか。自分の娘をそれほど愛しているのなら、彼はそれが荒んだ生活環境のかたちづくるままになるのを放っておいてよかったのか? 彼は自ら娘のそばにいて、彼女を愛し、守り、教えてやるべきだったのではないか? また彼は、彼の身代わりに人々が捕らえられ、銃殺されるのを許してよかったのか? 彼はもうそんなことが起こらないように自首すべきではなかったのか?
 これらの問いは我々を教義の問題に導いてゆく。
 僧職者の独身制については、「結婚を禁じる者たち」をパウロがどんなふうに糾弾したかを思い起こすだけで十分である。それは明らかに間違った教義なのだ。だから政府に強制されなくても彼は当然娘の母親であるマリアと結婚すべきであったし、テモテ第一3:2-5の訓戒にしたがってまず自分の家の者たちを救おうと努めるべきであった。
 しかし、もう一つの教義--事効論--ははるかに込み入った問題だ。神を代表する人間はどこまで義に適っていることを要求されるのか、あるいは、ある人間が神を代表する者として神に是認されているかどうかを、我々はどのようにして知ることができるのか? これはA自身もしばしば考えざるをえなかった問題である。我々はダビデがサウルを殺す機会を得たとき--そのときのサウルは既に神に背き、ダビデを亡き者にしようという明らかに間違った動機を抱いていたにもかかわらず--「エホバの油注がれた者に手出しするなど私には考えられない」と言ってそれを拒んだことを、それでもその後になって神が確かにサウルをその位から退けたことを知っている。(1Sam26)また、イザヤ、エレミヤ、エゼキエルの時代の祭司たちがどんなふうに堕落していて、何度も繰り返し神からの警告を受けたか、しかし実際に裁きが下されるまでは神の代表者は地上の他のどこにもいなかったことを、我々は知っている。あるいはペテロが捕らえられて相手方の間違いを公然と非難したとき、「お前は大祭司に向かってそんな口の聞き方をするのか」と言われて、「兄弟たち、私は彼が大祭司だとは知らなかった」と弁解し、神の代表者を敬うことを命じた律法の一つを引いて自分の言を引っ込めたことを(Act23)、にもかかわらず、七十年のローマ侵攻に至って神が今やエルサレムもその神殿も共に見捨てたことが明らかになったということを。それゆえにこれは一筋繩ではいかない問題である--実際この世においては本当のところを知ることが許されていないようにも思われる。

 グリーンの小説を読み進めるうちに我々は、この主人公がキリストの面影を背負わされていることに気づく。背景をなす小道具もすっかり整っている---ユダがおりバラバがおり、最終的に刑を宣告する警部はピラトの役を演じていると言えなくもないし、あるいは主人公が死して後、彼があちこちで蒔いてきた信仰の種が思いがけずも力強く芽を出しはじめる様子は、使徒たちの活動にも比せられるのである。
 そしてこれが、この小説の出版当時非難を巻き起こした所以でもあった--こんな堕落坊主にキリストの像を仮託するのはキリストに対する冒涜ではないのか?
 しかしこういう非難に対しては、前もって予防線が張られているのだ。それは、ある母親が子供たちに読んで聞かせる聖人物語という形で最初に出てくる--この家族のもとに、主人公はかつて一夜の宿を得ているのだ。そして、親子の間でその聖人物語に出てくる聖人と主人公との相違が問題にされるのである。あとで母親は夫に訴える、
『私、坊やにはほとほと困りましたわ』
『娘たちの方にはどうして困らないのかね? どこにだって心配事ってのはあるよ』
『女の子の方は二人とも、今のままでかわいい聖徒ですわ。でも、あの坊やときたら--あの子ったらこんなことを聞くんですもの--あのウィスキー・プリーストのことを。私、あの人にはうちに来てほしくなかったわ』
『うちへ来なかったら、もう捕まっていただろうな。そうなっていたら、あの人も、お前の言う殉教者の一人になっていただろうよ。そして、彼について本が書かれ、お前がその本を子供たちに読んで聞かせていただろうな』
『あの人が--いいえ、決して』
『だが、いづれにしろ』と、夫は言った。『あの人はがんばりぬくよ。私は、そうした本に書いてあることを全部信用はしていない。私たちはみんな人間なんだよ』

 これは重要な言葉であり、考え抜かれた伏線である。私たちはみんな人間なんだよ。("We are all humans.")神と人間との、完全と不完全との相違。
 それから全編にわたって、主人公自身が自分といわゆる聖徒たちとの距離を痛切に意識する場面がいくども出てくる。それゆえ主人公とキリストとをダブらせることによって明らかになるのは、不完全な人間でもいかにキリストの如くに仕え得るかという積極的な面と共に、不完全な人間がいかにキリストに達し得ないかという、鋭い、絶望的な認識なのである。そして、その積極的な面においてすら、両者ははっきりと異なっている。不完全な人間の愛は常に、罪ある己れとの絶えざる苦闘を伴うからだ。

 しかしながら、いわゆる聖徒とそれ以外の人間とをこうも容赦なく区別する傾向に、我々は注意深くなくてはならない。それはカトリックの慣行の一つであるが、神は教会に、地上の罪はともかく、人の永遠の将来までを裁く権利を与えたのか? それは僣越な行為ではないのか?
 それからまた別の問題もある。初めの場面で出てくる少年は、母親の読んで聞かせる物語にすっかりうんざりしている。次に彼が出てくる場面では、彼ははっきり言ってのける、
『ぼくは、そんなことは全然信じないよ』と、少年はむっつりと怒ったように言った。『一言だって』
『まあ、お前、なんてことを!』
『誰だって、それほどばかであるはずはないよ』
 ところが、巻末近く、司祭が処刑されたあとになって、彼は聖徒であったのだと母親から吹き込まれた少年は、今までの態度を一変して急に宗教的になるのである。
 その描かれ方はあまりにも不自然であるという他に、ある冒涜的な考えを暗示している。つまりそれは、宗教的畏敬という感情は一般的に虚偽の上に成り立つものである、という考えなのだ。そしてそれはまた、あらゆる「聖徒」は実際にはこの主人公と似たりよったりだったのだ、要するに「聖徒」というのは実際の人間ではなく、宗教的努力の指標としての概念にすぎないのだ、という暗示をも伝えているのである。
 ところで我々は知っているのではないだろうか、ステファノが実際にあのように生きて、死んでいったことを、そして彼が寓話の登場人物ではなくて本物の人間だったことを。そしてステファノの精神的後継者たちは実際にたくさんいるのであり、彼らは実際に、不完全な人間ではありながらもウィスキー・プリーストよりもはるかにりっぱな神のしもべたちだったのだ。

           *            *

 もう一人の主人公である警部。彼は道徳者であり、信念の人である。正義のためにはいくらでも血を流す覚悟ができている。実際に、彼は司祭を捕まえて銃殺するのが正義だと信じているので、実力行使に出る。知事の許可を得てすべての村から人質を取り、司祭がそこに来たのに報告しなかったことが分かるとそれを処刑するのである。
「それだと、もちろん大勢の者が死ぬことになるぞ」
と、署長が意見を述べると、彼は激しく言い返す--
「やる値打ちのあることじゃないですか?・・・そういう連中を永久に一掃してしまうなんて」
 宗教的なものに対する激しい憎しみ--それは私心のない高潔な信念と、人々への愛情から発しているのだ。それゆえ彼は(逆説的に)非常に宗教的である。
「・・・彼の思いつめたような、油断のない歩き方には、どことなく司祭のようなところがあった--過去の誤りを振り返って、再びそれを論破しようとしている神学者のようなところが。」
 それから、彼の極端なまでに禁欲的な、「監獄か独房のような」部屋の描写。
「・・・この国に、愛と慈悲を垂れ給う神の存在を信ずる者がいると思うと、彼はすごく腹が立った。・・・冷却し死滅してゆく世界の存在と、何の目的もなく動物から進化してきた人間の存在を、彼は完全に確信していた。彼は悟っていた。・・・彼は、この土地が悲惨だった子供の目にかつてどんなふうに映ったかを思い出させるすべてのものを、この土地から根こそぎなくしてしまうまでは、できれば鋼鉄の壁で回りを囲ってしまいたかった。彼は一切のものを破壊し、一切の記憶を絶って、一人でいたいと思った。人生は五年前に始まったのだ」
 彼はベッドの上で、赤シャツ隊が処刑した一人の男を思い出す。
「その男は高い地位にある僧侶だったので、そのことで助かると思っていた。彼は、下級の神父にある種の軽蔑の念を抱き、最後の最後まで自分の高い階級を説明し続けた。もうこれまでというときになって、彼は自分の祈りのことを思い出した。彼はひざまずいた。赤シャツ隊は彼に痛悔の短い祈りをする時間を許した。警部はずっと見ていた。彼には直接関係がなかったからだ」
 ステファノが石打ちにされる間、黙って眺めていた青年サウロ。Act7:58--「そして彼らは自分の外衣をサウロという若者の足元に置いた」
 しかしサウロは(そして警部も)ピラトのような無道徳者ではなかった。「熱心さについては会衆を迫害するほどであり、律法による義についてはとがめのない者」--Ph3:6
 しかし、警部と彼の追う司祭とには一つの共通点がある。それは愛情なのだ。次の、子供たちが遊んでいる広場を彼が通りかかる場面は、この小説の中でAが最も好きな部分の一つである。
「炭酸水(ガセオーサ)の空き瓶が空中を飛んで、警部の足元にぶつかって割れた。彼は、ホルスターに手を掛けて、振り返った。彼は少年の仰天した驚愕の目を見た。
『お前がその瓶を投げたのか?』
 きつい褐色の目がすねたように警部を見返した。(この少年は、前の場面で母親に聖人物語を読み聞かされていたあの少年である--引用者注。)
『お前は何をしてたんだ?』
『それは爆弾だったんだよ』
『お前は、それを俺めがけて投げつけたのか?』
『違う』
『じゃ、何をめがけて?』
『グリンゴー(白人の俗称)だよ』
 警部はにっこりした--不器用な唇の動きだった。『そりゃいい。だが、もっとうまくねらわなきゃいかんな』彼は、壊れた瓶を足で蹴飛ばして道へ転がし、子供たちが自分と味方同士だということを教える言葉を考え出そうとした。『多分、そのグリンゴーの奴は、あの金持ちのヤンキーどもの一人で・・・』と、言いかけて、少年の顔に現れた献身の表情に驚いた。それは、何かお返しを必要とした。警部は心の中で、悲しい、満たされない愛情を覚えた。彼は言った。『こっちに来い』子供は近づいてきた。遊び仲間たちは、こわごわ半円をつくって立ち、安全な距離から見つめていた。『名前は?』
『ルイス』
『そうか』と、警部は、うまく言葉が出てこないので、そう言った。『ちゃんとねらえるようにしなくちゃいかんね』
 少年は熱をこめて言った。『そうなりたいよ』彼は警部のピストルのホルスターに目を走らせた。
『ピストルが見たいか?』と、警部は聞いた。彼はどっしりしたオートマチックをホルスターから引き抜いた。子供たちは用心深く近づいた。彼は言った。『これが安全装置だ。そこをあげてみな。そうだ。さあ、これで撃てるぞ』
『弾丸(たま)入っているの?』と、ルイスは聞いた。
『いつでも、入れてあるさ』
 少年の舌の先っぽが現れた。彼はそれを飲み込んだ。食べ物の匂いを嗅いだみたいに、つばが腺から出てきたのだ。このときには既に子供たちはそばまで近づいて、立っていた。一人の大胆な子供が手を伸ばして、ピストルのホルスターに触った。彼らは警部をぐるりと囲んでいた。警部は、ピストルを腰の後ろにちゃんと戻しながら、落ちつかない幸せに囲まれていた。
『何というピストル?』と、ルイスは聞いた。
『コルト三八』
『弾丸は何発?』
『六発』
『それで誰か殺した?』
『まだ』と、警部は言った。
 子供たちは興味のあまり息を殺していた。彼は、自分のホルスターに片手を添えて立ち、褐色の、力のこもった、がまん強い目を見守った。こうした子供たちのために彼は戦っていたのだ。彼は、自分を悲惨にしたすべてのもの、貧しく、迷信的で、堕落したすべてのものを、こうした子供たちの少年時代から一掃しようとしていたのだ。子供たちはまさに真実そのもの--空虚な宇宙、冷却してゆく地球、なにびとも自分の選ぶ道で幸せになる権利を与えられるにふさわしかった。彼はこの子供たちのためなら大虐殺をいとわぬ覚悟ができていた--まず教会を、次に外国人を、それから政治家を--彼のチーフだって、いつかは死ななければならない。彼は、子供たちと一緒に、もう一度砂漠の中で世界を始めたいと思った。
『ああ』と、ルイスは言った。『ぼくはやりたい・・・ぼくは・・・』まるで野心が大きすぎてはっきりと言い表せないみたいだった。警部は愛情のこもったジェスチャーで手をさしのべ--軽く触れた。彼はその手をどう扱っていいか分からなかった。彼は少年の耳をつねり、彼が痛がってしり込みするのを見た。子供たちは小鳥のように彼から散っていった。警部は一人で広場を横切って署へ向かった。それは、秘密めいた愛情を抱いた、小柄で、きびきびした憎悪の姿だった」

 そのあとの場面で、彼は司祭を追跡して入った村で、村人たちが口を割らないのに腹を立ててこう怒鳴る、
『お前らは、どうして俺を信じないんだ? 俺は、お前らの誰をも死なせたくないんだぞ。俺から見れば--分からんのかなあ?--お前らは、あの坊主よりはるかに値打ちのある人間なんだ。俺はお前らにくれてやるぞ』--彼は両手でジェスチャーをしたが、誰も見ていなかったから、なんにもならなかった--『何でも』」
 その少し前にはこんな場面もある--
「女の子が彼の長靴に手を掛けていた。彼は、わけのわからない愛情を覚えて彼女を見下ろした。彼は自信を持って言った。『この子の方が、ローマの法王よりずっと価値がある』」
 ここで我々は、司祭もまた同じふうな考え方をしたことを思い出す--「この子は一つの大陸全体よりも大切だった。」警部の愛情もまた、単なる政治をはるかに超越していた。しかし彼の誤りは、それを政治的な手段で実現しようとした点にある。終章で見ず知らずの二人が顔を合わせるとき、司祭はそのことに気づき、それを彼に理解させようとするのである。

 この小説における警部の存在は、幾つかの問題を提起している。
 まず、正義の問題--正義とは何か、正義を実現するためには血を流してもかまわないのかという問題がある。
 次いで道徳の問題--神によらない道徳はどこまで人をりっぱにできるか? あるいは、人が道徳的に善き人間であるために、神は必要なのか必要でないのか?
 さらに、文学の問題。グリーンはカトリック作家である。とすると、彼の究極の目的は神の栄光を讃え、人を神のもとへ導くことにあると、普通には考えられるわけだ。それでは、この非常に魅力的な無神論者--道徳的に完璧で、しかも愛情に満ちた--の存在を、我々は一体どう考えたらいいのか? それはまるで神無き道徳の可能性の暗示、いやそれどころかそのプロパガンダとすら考えられないだろうか? もとより、グリーンはそんな人間が現実には決して存在し得ないことを承知の上で書いているのだ。
 彼はそのプロローグでこの小説を書くきっかけとなった旅について語り、ラス・カサスで革命がどんなふうに堕落したかを目の当たりにした様子を描いている--
「・・・この町には肩で風を切って歩くピストル所持の悪漢どもがうようよしていたからだ・・・夕方に広場で座っていたりすれば、必ずひどい言葉を吐きかけられたし、酒場で一杯やることもできなかった。・・・この小説に登場する警部の抱いていたあの理想主義について言えば、そんなものは、こうしたさもしい革命主義者どもには悲しいほど欠如していたのだ。
 ・・・私は挫折した司祭に対立する存在としてああした警部を創作しなければならなかった。つまり、およそ考えられ得る最上の動機から人生を抑制した理想主義的警部と、人生をいたずらに引き延ばし続けた酔っぱらいの司祭とを。」
 こうした点で、グリーンに責任はないのか? 神はそういう責任を物書きに対して問わないと、我々は考えるべきだろうか?
 こうしたいくつかの問題については、これより後の部分で詳しく取り上げられるだろう。
 Aは正直なところ、司祭と警部とでは断然警部の方が好きだ。しかしこの小説において最もAの心を打つのは、先に挙げた司祭の様々な問題点と、小説自体の様々な問題点にもかかわらず--彼の、神に対する愛情なのである。それはAがはじめて理解した感情だったからだ。

           *            *

 それが最も際立ったかたちで表現されているのが、クライマックスで二人が顔を合わせる場面である。
 司祭の首にかけられた賞金をめあてに、前々から彼を執念深くつけまわしていた男がいるのだが、最終的にその男がユダの役を演じることになる--指名手配中のアメリカ人強盗がどこそこで今死にかかっていて、あんたに告白したがってるんだ、と彼は言う。彼はアメリカ人の書いた紙切れを見せる、"For Christ's sake, father ・・・"
 これが罠であることが、司祭にはよく分かっている。しかし男は食い下がる、それはあんたの務めではないか?
「・・・彼が、今、必要とされていることに疑問の余地はなかった。こんな問題のすべてを魂に背負いこんでしまった人間・・・すべての中で最も奇妙なことは、今、彼がすっかり楽しい気分になったことだった。彼は、実際に、こんな平和があるのだなどと信じたことは一度もなかった。彼は、向こう側にいるときに、あまりにもしばしばそれを夢に見たことがあったので、今ではそれは、彼にとって、全くの夢にすぎなかった。彼は口笛を吹きはじめた--昔、どこかで聞いた調べだった。“わたしは見つけた、野中のばらを。”彼が目覚めるときが来た。ラス・カサスへ行って、懺悔するとき、彼は、死にかかっている男の懺悔を聞いてやらなかったことを、他のすべてのことと一緒に認めなければならなくなるだろうが--それは、本当に楽しい夢とはならないだろう」
 それゆえ彼は出掛けてゆく。熱帯林の山道を、騾馬に乗って五時間。
 国境近くの掘っ立て小屋にアメリカ人は横たわっていて、今にも死にそうだ、しかし彼もまた、自分が司祭を罠に陥れるために利用されたことを知っていて、何とか彼を助けようとする。実際彼はそのことしか考えていない--彼は考える、早くしないと奴らがやって来る。その前に何とか司祭を逃がさなくては--彼は自分の魂の救いに全く興味を示さない。ところが司祭の方は逆で、危険を冒してやってきた以上、彼の魂を救うことができなければ全く意味がないと思っている。
「このような男に何一つしてやれない--という、自分の役立たずさが、身の危険を伴ってまたぶり返してくるとは、あまりにも不公平ではないかと彼は思った。」
 司祭は彼が全然告白する気がないのに腹を立て、何とかして彼の心を変えようとする。しかし、彼の方は頑なに告白を拒み、彼らの気持ちは互いにすれ違ったまま、遂に彼は息を引き取る。
 打ち捨てられたあばら屋、泥まみれの死体、悪臭、荒廃、絶望--
「彼は、自分では送ることのできない生活のことを--平和、栄光、そして愛というような言葉を漠然と思い、悲しみと憧れを感じた。
「・・・彼は祈った。『おお、慈悲深い神よ、つまるところ、この男は私のことを考えていたのです。私のためにこの男は・・・』だが、彼は何の確信もなく祈ったのだ。せいぜい、一人の犯罪者が他の犯罪者を助けようとしただけのことだった--どちらを見ても、この二人に大した功徳はなかったのだ。」

「声が言った。『さて、もう終わったかね?』」
 司祭は振り返って、そこに警部の姿を認める。彼らは実は、互いに何度かそれと知らずに顔を合わせている--一度はミサのためのぶどう酒を手に入れようとして、禁酒法で捕まった司祭に、金がないというので警部が代わりに罰金を払ってやったりもしているのだ。
『俺に会おうとは思いもしなかったろう』と、彼は言った。
『いや、思っていたよ』と、司祭は言った。『あんたにお礼を言わなければならない』
『お礼? 何の?』
『この男と二人だけにしておいてくれたから』
『俺は野蛮人じゃない』と、警部は言った。・・・
『お前が戻ってくるとは信じなかったよ』
『ああ、だが、警部さん、あんたにはそのわけが分かるはずだ。臆病者にだって、義務感ってものがあるんだよ』
 それから司祭は、裁判にかけられ、処刑されるためにわざわざ来た道を戻ることになる。しかし、そのとき急に熱帯地方特有の激しい大雨が降ってきて、彼らはやむなく掘っ立て小屋のなかに避難する。そして、雨が止むのを待ってぽつぽつと会話を始めるのである。
「・・・彼は、軽蔑をこめて言った。『では、お前には子供がいるのか?』
『いるよ』と、司祭は言った。
『お前に--坊主のくせに?』
『司祭というものが、みんなわしのようだなどと考えちゃいけないね・・・司祭には善良なのもいるし、不良な奴もいる。わしは不良司祭だというだけのことだね』
『じゃ、俺たちはひょっとしてお前たちの教会に奉仕しているようなものだな』
『そうだね』
 警部はからかわれたと思っているかのように、鋭く見上げた。・・・」

 しばらくして、司祭は退屈しのぎに一組のトランプを取り出して手品をやって見せる。「警部は言った。『お前は、こんなものを神の奇跡だなどと、インディアンに言うんだろう』
『とんでもない』と、司祭はくすくす笑った。『わしはこいつをあるインディアンから教わったんだよ。・・・わしは、教区でのどんな催物の余興にも、この手品をいつも見せたんだよ--ほら、信心会の人たちにね』
 肉体的な嫌悪感が警部の顔をよぎった。彼は言った。
『そうした信心会のことは覚えている』
『少年のころのことだね?』
『分かるくらいの分別はあった・・・』
『そうかね?』
『ぺてんだ』と、彼は片手をピストルにかけ、憤慨して怒鳴った。『あんなことは何もかもひどい言い抜けだ。まったくひどい詐欺だった。すべてを売って、貧しい者に与えよ--それが教訓だった、違うか? 薬局のセニョーラの何々夫人が、あの家族は本当は慈悲のお金を受ける資格はないと言ったり、こちらやあちらのセニョールが、あいつなら餓死するのが当然だ、なぜならあいつらは社会主義者だからさ、などと口々に言い散らす。そして坊主--お前らは、まずイースターのお勤めをちゃんと果たし、その上、献金をしたのは誰と誰かということにだけ気を配っていたんだ。・・・教会は貧乏、坊主は貧乏、だから、誰も彼も持ち物全部を売っ払って、教会に寄付しなきゃいかんというわけさ』
 司祭は言った、『あんたの言うとおりだ』それから、彼は急いで付け加えた。『むろん、間違ってもいる』
『どういう意味だ?・・・言うとおりだって? お前は言い訳さえしないのか・・・』
『監獄であんたからお金をもらったときに、あんたって、いい人なんだなって、すぐ感じたね』
 彼は知っている、警部が教会を憎むのも、彼のために人質を殺したのも、すべては正義を求める清い心と民衆に対する愛情からなされたことを。
「・・・警部は言った。『お前は危険な男だ。それが、お前を殺す理由だ。いいか、俺はお前を、一個の人間としては少しも敵だとは思っていない』
『もちろん、そうだろう。あんたが敵とするのは神なんだから・・・』
『ちがうな、俺は作り事なんか相手にして戦わんよ』
『だが、わしなんか、戦う相手としては役不足もいいとこじゃないかね?・・・その人こそ、わしなんかより弾丸を受ける価値がある』
『それはお前の考えだ。・・・お前はすごくずるい、お前ら坊主はな。だが、これだけは答えてくれ--お前らは、このメキシコで、俺たちのためにいったい何をしてくれたか?ということだ。お前らは--ああ、そうとも、あの告解室とやらで--地主どもに向かって、小作人を殴っちゃいかんと言ったことがあるか? たとえ言ったにしても、それをすぐ忘れてしまうのが、お前らの義務じゃなかったのか? 告解室から出てくると、お前らは、地主と食事を囲み、地主が百姓を殺したことなんか知らんふりするのが、お前らの義務なんだ。それで、すべておしまいってわけさ。・・・』
『そうなんだ、俺たちにだって考えはある。・・・祈りをあげたって、もう金は出さん。祈りをあげる場所を建てると言ったって、もう金は出さん。その代わり、俺たちは、人々に食べ物を与え、読むことを教え、本を与える。人々が悩まないように気をつける』
『だが、みんなが悩みたいと思ったら・・・』
『誰かが、女を犯したいと思ったとしてみろ。俺たちは、そいつがそうしたいと思ったからといって、それを許していいか? 悩むなんてことは間違っているんだ。・・・ああ、俺たちはな、悪い奴らをふんじばるんだ』
『で、そのあとはどうなるのかね? つまり、みんながたっぷり食べ物をもらって、ちゃんとした本--あんたらが読ませようとする本--を読めるようになった、そのあとは、一体どうなるかということだが?』
『どうもならん。死は事実だ、俺たちは事実を変えようとはしない』
 ・・・
「司祭は言った。『そこが、またあんたとわしの違いだ。仮にあんたが善人でないとしたら、あんたが自分の目的のために働いたって、何にもならない。それに、あんたの仲間は必ずしも善人ばかりとは限らない。とすれば、あんたたちは、今までどおり、飢えたり、鞭打ったり、何とかして金持ちになろうとするに決まっている。だが、それは、わしが臆病者だとか--その他もろもろのものであることとは大して関係がない。それでもやはり、わしは、人々に神のことを唱えさせ--その人たちに神の許しを与えることができる。教会のすべての司祭がわしのような者であっても、そのことには何の変わりもないんだ』」 
制度を変えようとすることの虚しさ、あらゆる革命思想への批判。それと同時に、ここで彼は自分自身を、制度のもたらす害悪の一つと意識しているのである。

 嵐が去って、一行が出発しようというとき、例のユダが最後にもう一度だけ姿を現す。こいつは司祭を裏切って当局の手に渡しておきながら、彼の祝福を得ようとするのである。
『それが何の役に立つ? お前は祝福を売るわけにはいかんのだ』と、司祭は言った。『お前は、わしの祝福は神の目の上にかぶせた目隠しのようなものだと思うんだな』
 しかし、彼の厚かましさとふてぶてしさにいい加減うんざりしてとうとう司祭が「お前のために祈ってやろう」と言うと、彼は満足げに答える--「それじゃ、俺もあんたのために祈ってやるよ」
「司祭は手を振った。彼は、人間的なものにそれ以外の何物をも期待しなかったので、何の恨みも抱かなかった」

 その晩、旅路の仮の宿で、寝つかれない二人は会話の続きを始める。
『・・・あんたみたいな人に会うと、いつでも途方にくれることが一つある。(と、司祭は言う、)あんたは、金持ちを憎み、貧乏人を愛する。それは正しいことなのかね?』
『正しい』
 ・・・
『・・・わしたちは、貧しい者どもは祝福され、金持ちは天国へ行くのが難しいと知るはずだ、といつも言ってきた。なぜわしたちは、貧しいものどもにも、また、それが難しいことだと言ってやれないんだろう? ああ、わしたちは、貧乏人には施し、彼らが飢えないようにしてやれと命じられている、わしはそのことは心得ている・・・それにしても、なぜわしたちは、貧しい者に権力を与えなければならないのか? 貧乏人は、埃の中で死なせ、天国で目を覚まさせてやるほうがましだ--貧乏人の頭を埃の中にねじ込むようなことをしない限りは』
『俺は、お前の理屈が大嫌いだ』と、警部は言った。『俺には理屈はいらん。誰かが苦しんでいるのにぶつかると、お前のような連中は理屈に次ぐ理屈だ。お前らはこう言う--苦しみはいいものだ、苦しむ者はいつかいい目を見るだろう、と。俺は、俺の心に喋らせたいんだ』
『銃の筒先でね』
『そうとも、銃の筒先で』
『だがね、あんたがわしの年齢になれば、心なんてものは全く信用のおけないけだものだってことが分かってくるよ。頭だってそうだが、頭ってやつは愛のことは喋らない。愛のことをだよ。それで、女の子が頭を水の中に沈めるか、子供が首を絞められるかすると、心はしょっちゅう愛、愛と言い続けるんだ』
 ・・・
『神は愛だということ--それは完全に別の問題だよ。わしは、心が神の愛の味を感じないとは言わないが、それにしても、それは何という味だろう。まあ、一パイントのどぶ水で割った、ほんとにちょっぴりの愛ってとこかな。わしたちはそんな愛は認めない。それは、憎しみのようにさえ見えるかもしれない。わしたちを脅かすには十分かもしれない--神の愛ってやつは。そいつは、砂漠のやぶに火を放ったじゃないか。そして、墓を壊して暴き、死者を暗闇の中で歩かせる。ああ、わしのような人間は、そんな愛を周囲に感じたら、それから逃げ出すために一マイルは走るだろう』
 彼の誠実な物言いは実に訴えるではないか。彼は、自分が神の愛を理解できるなどとは、神の愛がそれほど甘ったるいものだなどとは考えなかった。彼は、モータリティーがイモータリティーに出会ったときの恐怖を率直に語っているのだ。
 シナイで神に出会ったイスラエル。
「この声を聞きし者は此の上に言の加へられざらんことを願へり。これ『獣すら山に触れなば、石にて撃るべし』と命ぜられしを、彼らは忍ぶこと能はざりし故なり。その現れしところ極めて怖しかりしかば、モーセは『われ甚く怖れおののけり』と云へり」--He12:19-21

 臆病で、飲んだくれで、だらしのない司祭と、人格的、道徳的に完璧な警部。しかし、警部の信念が、地上における当座の力と、人間の哲学にしかその依り処を持たないのに対し、司祭の信仰の後ろ楯には、絶対的な権威と究極的な力とが控えているのだ。それゆえ、司祭は警部の人間的な価値をすぐに認める、けれども同時に、人間の罪と無力とを(自分という媒体を通して)知り抜いているので、警部がそれに対して盲目であるところのもの--人間の力で地上に善を実現しようとすることの不可能--をも鋭く意識する。あるいは、貧困そのものは権力の根拠とはならないことを。警部は、自分が完璧なものだから、宗教の暴虐と抑圧ばかりが目に入って、人間それ自身の持つ弱さや限界が目に入らないのだ。彼の描いている理想は、冷徹で、現実的で、ばら色の夢想とは程遠いが、そういう理想でさえ人間にはとても手が届かない。

 旅も終わりに近づいて、「警部はしぶしぶ言った。『お前は悪い奴じゃない。俺に何かしてやれことがあったら・・・』
『告解することを許してもらえれば・・・』」
 しかし、司祭はいない。ただ一人、みんなの笑い物になっているホセ神父--法律にしたがって結婚し、今はもう宗教的なお勤めもしないで天体観測に唯一の楽しみを見いだしている老人--暴露された宗教的偽善の、生きた標本--を除いては。
「わしにはあの人で間に合う」と司祭は言う、それで警部は彼のもとに、自ら出向いてゆくのである。

 ホセ神父のうちの中庭には、意地の悪い子供たちがひそんで、神父が現れたらはやしたててやろうと待ち構えている。
「警部はあの司祭に約束なんかしなければよかったと思ったが、それでもなお、彼はその約束を果たそうとしていた--なぜなら、そうすることが何らかの点で--例えば、勇気、真実、正義・・・などの点で--優れていることが分かれば、神に支配された、腐敗した古い世界に対して勝利を収めることになるだろうと思われたからだ。」
 彼は道徳者だった。神によらない道徳。
「誰も彼のノックに答えなかった。彼は請願者のように中庭に黒々と立っていた。それから、もう一度ノックした。すると声がした。『ちょっと待って、ちょっと』」
 扉の前に立つ警部の姿は、奇妙にも黙示録におけるキリストのようである。
「視よ、われ戸の外に立ちて叩く、人もし我が声を聞きて戸を開かば、我その内に入りて彼とともに食し、彼もまた我とともに食せん」---Re3:22
 そして実際、彼はホセに対してキリストの役を演ずる--これは、ホセが神にとって有用な者となる最後の機会なのだ。
 しかし、結果的には臆病と周囲の圧力への屈伏に、誠実な使命感と人間的な思いやりの最後の輝きは押しつぶされる。警部は署に戻ると、独房の司祭のところに行って、手短に告げる。ホセは来ない、処刑は明日。
「警部は言った。『こんな夜に一人でいるのはよくない。雑居房がよければ、そちらへ移し・・・』
『いや、いや、わしは一人でいたい。することがいっぱいあるから・・・』
『俺はな、お前に何かしてやりたいんだ』と、警部は言った。『少しブランデーを持ってきてやったが』
『法に背いて?』
『そうだ』
『あんたは、ほんとにいい人だ』彼は小さなフラスコを受け取った。『こいつは、あんたには用なしだね、多分。だが、わしはいつも苦痛というものが怖かったものだから』
『俺たちは、いつかは死ななきゃならん』と、警部は言った。『いつ死んでも、大した違いはなさそうだ』
『あんたは、いい人だ。あんたには怖いものは何もないんだ』
『お前には、そうした奇妙な考えがあるんだな』と、警部はぼやいた。・・・『ときどき、俺はお前の口車に乗せられそうな気分になるんだ』
 ・・・
『お前にしてやれることはもうないかな?』
『いや、ない』」
 警部はドアを開け、奇妙な憂鬱と虚脱感を覚える。「彼は、追跡にかけた幾週間を、永久に終わってしまった幸せな時間のように振り返った。彼は目的がなくなってしまったように感じた。・・・彼は苦い優しさを覚えて言った。『眠るようにしろよ』」

 一人になった司祭は、ブランデーを片手に一人だけで告解しようと試みる--しかし、さっぱり精神を集中することができない。
「彼は、自分の娘が、ぎらぎらする陽の光の中から小屋の中へ入ってくるところを思い出した。ぶすっとした、知ったかぶりの、不幸せそうな顔だった。彼は言った。『ああ神よ、あの娘を助けてください。この私を地獄に落としてください・・・』それこそ、彼が世の中の全ての人に感ずべき愛だったのだ。あらゆる恐れと、救いたいという願いが、不当にもたった一人の子供に集中してしまった。彼は泣きはじめた。彼は、泳ぎ方を忘れてしまったために、その娘がゆっくりと溺れてゆくのを海岸から見守っていなければならないようだった。彼は考えた。これこそ、わしがすべての人に絶えず感ずべきことなのだ、と。そこで彼は、次から次へと浮かんでくる人々の顔を思い浮かべ、自分の頭を、混血児(ユダ)や、警部や、・・・バナナ園の少女(コラール)にまで向けて、押してもびくともしない重い扉に対するように注意力を集中しようとした。なぜなら、そうした人々もまた、危険な状態にあったからだ。彼は祈った。『神よ、その人々も救ってください』だが、祈ったその瞬間に、もう彼はそれらの人々を、ごみ捨て場の傍らの自分の娘にすり替えていた。・・・彼はまた失敗を重ねてしまった。・・・
「・・・このわしがこれほど役立たず、全くの役立たずでなかったら・・・この辛かった絶望的な八年間は、彼には、ただ神への奉仕の戯画にすぎないように思われた。ただ数度の聖体拝領と、数度の告解と、それから終わりのない悪い手本だけだった。彼は考えた。この私の捧げられる唯一の魂があって、それだけで、見てください、私のしてきたことを、ということができたら・・・ 人々は彼のために死んだ。その人たちこそ聖徒にふさわしかった。・・・彼は、自分を退ける聖徒たちの冷たい顔を思った。・・・
「彼が目を覚ましたのは夜明けだった。彼は、大きな希望を抱いて目を覚ました。だが、その希望は監獄の中庭を一目見た瞬間、たちまち完全に消え去ってしまった。それは、彼の死の朝だった。彼は、片手に空のブランデーの瓶を持ち、床にうずくまって、痛悔の祈りを思い出そうとした。・・・彼は混乱し、彼の頭は別のことを考えていた。それは、人が日々の祈りの中で求めるような立派な死ではなかった。彼は監獄の壁に映る自分の影を見た。そこには、びっくりしたような、そしてグロテスクなほどしょぼくれた姿が映っていた。他の司祭たちが逃亡したのに、自分だけが踏みとどまれるほど強いと考えるなんて、わしは何という馬鹿だったんだろう。何という鼻持ちならない奴だったんだろう。ああ、わしは何というぐずだったんだろう、と彼は考えた。わしは誰にも何もしてやらなかった。わしなんか生まれてこない方がよかった。・・・多分結局、彼は地獄へ落ちる価値もないのだろう。涙が頬を伝わった。彼は、その瞬間には地獄へ落ちることも怖くなかった--苦痛に対する恐怖すらどこかに遠のいてしまっていた。彼はただ、何一つしないで、手ぶらで神のもとへ行かねばならなかったので、どうにもならないほどがっかりしただけだった。この瞬間、聖徒であることは全く易しいことだったろう、と彼には思われた。そうなるには、ほんの少しの自制とわずかな勇気さえあればよかったのだから。彼は、約束の場所に数秒遅れたために幸福を取り逃がした人のような感じがした。彼はこの期に及んで、ただ一つ大切なこと--聖徒になる--それしかないということを悟ったのだ。」

           *            *

 ここまでを一気に読みあげた夜のことをAは思い出す。
 頬を流れ落ちる涙が枕を濡らした夜。
 それはまるでパスカルの、「孤独の空をよぎって燃える啓示の瞬間」そのものだった。
 人生の意味とは何かを、Aはこのときはじめて理解したのだった。
 神を愛するとはどういうことかを、Aははじめて理解した。不完全でありながら神に仕えるとはどういうことかを。
 涙の流れるままに、Aは目を閉じて神に語りかけた--神よ、心から感謝します。私の祈りに答えて、理解を与えてくださったことを。
 Aははじめて神の愛を感じた--それはまるで、神がAに愛の何たるかを理解させるためにグリーンを用いてこの本を書かせ、天使の翼に乗せてAのもとに送り届けたが如くだった--Aは自分が神の愛に包まれているのを感じた。
 これで私もあなたを愛することができそうな気がします--どうぞご意志ならばそうなりますように。

           *            *

 <覚え書>1654年11月23日。


                 火

       「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」、
           哲学者や識者の神ならず。
         確信。確信。情感。悦び。安らぎ。

              人の魂の偉大さ。

           悦び、悦び、悦び、悦びの涙。

       ワレ汝ノ御言葉ヲ忘ルルコトナカラン。アーメン。

           *            *

 その頃が恐らく、Aの生涯の中でAがいちばん神に近づいた時期だっただろう。その頃までにAは引っ越して、別の会衆に交わるようになっていた。すごくいいところだった。友達もいっぱいできた。伝道はほとんど喜びになった。愛、喜び、平和といった言葉は、ここでは単なる言葉ではなくて、実際に人の形をとってその辺を歩き回っていた。細かいところでは問題も色々あったのだろうが、前のところと比べたら、同じ神のもとでこうも違ってくるかというくらい、天国みたいなところだった。みんなはAがもうすぐ、そう、すぐにでも洗礼を受けるに違いないと信じていた。そして今度こそ、立派なキリスト教徒として独り立ちできるだろうと。実際、A自身そう思っていた。Aは自分に関して、すごく楽観的になっていた。何より文学によって神への愛について理解できたことに、ひどく感動を覚えていたからだ。

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2013年11月30日

創造的な不幸-10-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
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-10- <アメリカ文学とキリスト教>、その4、R.P.ウォレンのフォークナー評


 <アメリカ文学とキリスト教>第六章、もうほとんど最後である。ここでスチュアートは、結論としてキリスト教的解決を持ち出している。まず語られるのは、十九世紀自由主義の悲惨な崩壊についてだ。

「実験準備は簡単至極で、失敗のはずはないと信じられた。これに、人間は生まれつき善で、悪は名称だけだという信念を加えると、自由主義的環境のほぼ完璧な絵ができあがる。この環境が十九世紀もそれ以来も一般的かつ支配的であったために、一九一四年八月から始まる一連の世界的事件が、鋭い苦痛を多く生み出したのは当然である。というのは、幻滅の自由主義者の抱いた幻滅ほど苦痛に満ちたものはないからである。一九二〇年代の『失われた世代』(ロスト・ジェネレーション)は、彼らの面前で進行していった進歩主義を受け継いだ、予告なしの不用意な相続人であった。
「・・・我々がここで考えているのは、もちろん、あらゆる問題の中でもっとも根本的な人間の本質とは何か? ということである。・・・我々は何を期待する権利があるか? ということである。人間の本質的善性を主張して、原罪を否定し、受難の十字架を人間的地平線から抹殺する見解は、いかなる時代に『人生』を送るにしても不適当な心構えとされるであろう。・・・世界は不完全で、今後も長く不完全な状態を続ける模様だということを発見するような『自由主義者』の精神状態は羨むべきものではない。これに反して、カルヴィン主義者は少し厳しいかもしれないが、じっと耐えることができる。『自然な』人間の行動に驚いて我を失うようなことはないのである」

 次いで、エリオットを始めとする保守派への言及---
「彼らはキリスト教の根本教義・・・が現在まず第一に必要であると感じたのである。・・・彼らはたぶん、カトリックにせよ、プロテスタントにせよ、キリスト教の信仰のうちに教育されたであろうが、ほとんど必然的にいろいろな不可知論や不信仰に陥った。そしてまるで遠い国の放蕩息子のように精神的飢餓になやんだのち、最後に立ち上がって、彼らの父のもとに戻ってきたのだ。彼らの戻る場所は必ずしももといた場所と同じとは限らないが、彼らはキリスト教の根本教義に復帰したのである」

 エリオットの歩んだ道のり、宗教的信仰への「困難で」、「まがりくねった」道のりが描写される。
 <荒地>--「絶望はさらに大きくなり、それにしたがって宗教的意味も一層強調される。あたかも詩人が、宗教的信仰への意識的努力の存在し得る前に人は徹底した絶望に陥らねばならないということを、また神からの機会が人間破滅の淵に待っていなければならないということを暗示しようと願ったかのようである」
 <灰の水曜日>--「それが描写しているのは、絶望から希望への、不信から信仰への魂の前進である」
 <四つの四重奏曲>--「永遠が現世と触れ、また交差するとき」、人は主に出会い、火によって「浄化される」。

 宗教的儀式のメタファーという連想から、次にくるのはヘミングウェイである。例えば、<清潔な明るい場所>。
「この短編において、彼ら(バーテン)はまるで儀式をつかさどる司祭である。カフェもシンボルとなっている。それは暗闇に取り囲まれた明るい場所である。明るい領域はそれを包む暗闇と比べると哀れなほど小さいようだ。もしも暗闇が悪の世界の無秩序と混沌を表し、光の場所が・・・小さな秩序と規律と文明を表すとするならば、・・・小さな明るい領域は事をなすに十分である、あるいはとにかく、事をなす場所にしなければならない」

 ヘミングウェイの宗教性については、ロバート・ペン・ウォレンも論じている。それはもっと後の方で取り上げられることになるだろう。
 ただ、ここで次に論じられているのはフォークナーなのだが、ウォレンもまたフォークナー論を書いていて、合わせて読むと興味深いと思われるので、ちょっと脱線してウォレンの文章を持ってくることにする。それはまずフォークナーの自然観から始まっている。

           *            *

 "Understanding Poetry"の中でロバート・ペン・ウォレンは、フォークナーの自然観について、愛情に満ちた、適切な注解を書いている。
 彼はフォークナーの哲学的見解にちょっと触れたあと、その例証としてこの話題に入ってゆくのだが、作品における背景としての自然の描写のすばらしさをたたえた一節のあとにこう続くのだ---
「しかしながら、自然は背景以上のものなのだ。人間と自然との間には一つの相互関係が、ワーズワース流の自然との交感とさして違わないものがあるのだ。・・・どう破壊しようもない美が、そこに、人間のもろさの向こうにあるのである。『神が人間を造り給うた』とアイク・マッキャスリンは『デルタの秋』の中で言っている。『そして神は人間の住むべき世界を造り給うたのであり、もし神が人間であったなら、神ご自身が住みたいと思うような世界を造り給うたのだと私は思う』
「もしも人間が神に似ていれば、アイク・マッキャスリンが言うように、自然に対する人間の態度は純粋な静観的態度で、自然の形状と外観を純粋に楽しむ態度で、純粋な自然との交感であることが、理想であろう。この交感を持つための適当な態度は愛である」
 そして、再びマッキャスリンの言葉の引用---
『(神は)人間と人間が追いかけて殺すであろう鳥獣を、そうなることをあらかじめ知りながら、この地上に共に置き給うたのだ。神は「それでよろしい」と言われたに違いないと思う。・・・神は「人間に機会を与えてやろう。追跡の欲望と殺戮の能力と一緒に、警告と先見とを与えてやろう。人間が荒らす森や野原や、人間が殺す鳥獣が、人間の罪悪の結果となるだろうし、人間の罰の証拠となるであろう」と言われたのだ』
「ところで、人間であることのうちに一つの汚れが---言わば一種の原罪が---利用と略奪と違反の罪が、暗に含まれているのである。・・・しかし、愛によってある程度の罪の贖いを達成することは可能であり---もし人間が人間らしくありたいと思うなら、そうする必要があるのだ」
 それからウォレンは、フォークナーの批判する近代主義者たちの、自然を略奪し所有しようとする企ての愚かしさについて説明したあと、次のように続ける。
「・・・実体は買うことができないのである。それは愛によって持つことができるだけなのだ。
 自然と人間に対する正しい態度は愛である。そして愛は、それらを支配しようという権力欲とは正反対のものなのだ。・・・大地を呪い、破滅をもたらすのは、この憐れみの不足なのである。なぜなら、自然に対する略奪と人間に対する強奪は必ず復讐されるのであるから。・・・罪を犯す態度がいづれは必ず自らを罰することになり、従って人間もついには自身を罰することになるので、必ず復讐されるのだ」
 そして、「デルタの秋」の最後のページ---
『・・・わしがよく知っていたあの森が、復讐を叫ばないのも不思議ではない! と彼は思った。それを破壊した連中自身が、その復讐を成し遂げることになるであろう』
 この批評が書かれたのは一九四〇年代であり、フォークナーの作品自体はもちろんそれよりさらに古い。これらがこの二十世紀末における自然破壊の末路をこんなふうに的確に予言していたことに、我々は驚くだろうか? しかし、実際には驚くに当たらないのかもしれない。フォークナーにおける、ポパイやスノープス一族の描かれ方を見よ---彼らの精神性を見るとき、彼らのような人間たちが動かすようになった世界がどのように破滅してゆくか、それは火を見るより明らかだったのではないか?
 それからウォレンはさらに続け、フォークナーの人間観に関わる重要な一節に入ってゆく。
「自然に対する正しい関係と自然との交感を強調しているにもかかわらず、フォークナーの作品に見られる自然に対する態度には、自然の中に溶け込むことは含まれていない。フォークナーの神話学にあっては、人間は『大地を支配する宗主権』を持っており、人間は大地に属するのではなく、大事なのは人間的美徳---即ち、『憐れみと謙遜と忍耐』なのである」
 この意見は、先に挙げたアイク・マッキャスリンのそれよりもさらにふさわしい。というのは、神は我々が、(サディズムや貪欲ゆえではなく)生きてゆくために限って森や野原を荒らし、鳥獣を殺すことを罪とは見なさないからだ。我々はノアが方舟を出た日に聞いた神の言葉を思い出す必要がある---
「凡そ生ける動物は汝等の食となるべし あをもののごとく我之を皆汝等に与ふ」---Ge9:3
 あるいはエデンにおいて---
「海の魚と天空の鳥と地に動くところの諸の生物を治めよ」---Ge1:28
 自然を破壊するのでもなく、神として崇めるのでもなく、あるいは自然と同化するのでもなく、神からその管理を委ねられた資産としてふさわしく管理すること---鍵となるのは、この考えである。人間は自然とは違う存在だから、自然のままであってはならないのだ。というのは、人間は努力しなければ美徳を培うことができないからだ。そういうわけで、ウォレンは続けて書いている---
「・・・なぜなら、詩にくるまる必要があるのは、ただ人間的欲望だけなのだから。ジョージ・マリオン・オドネルがフォークナーの作品の中に、ヒューマニズムと自然主義との対立を指摘したのは正しいと思う。そして我々は、ある短編とか長編とかの主題が、単なる『自然の』段階における機械的な経験の繰り返しから脱しようとする人間的努力を---『野性の棕櫚』の中でシャーロット・リッテンマイヤーが言っているように、『再び暖かい眠りを取るために起きて、食事をし、排泄できるように、ただ単に食事をしたり排泄したり暖かく眠ったりするだけではないようになりたい』という、あるいは他の場所で書かれているように、ただ単に、さらに綿を栽培してさらに黒ん坊を買うために、綿を栽培したり黒ん坊を買ったりするだけではないようになりたいという人間的努力を、扱っていることに、何度となく気づくのである」
 人間的努力、人間的美徳---フォークナー文学の中心は、これである。
 ここで我々は注意しておかなければならない。キリスト教的見地からしてフォークナーが一個のキリスト教徒だったかどうかはともかくとして、フォークナーの文学そのものは厳密に言って、キリスト教的とは言いがたいのである。一九五〇年のノーベル賞記念講演の一節---
「私は人間の終わりを認めることを拒否します。・・・私は、人間は単に生き永らえるのではなく、勝利すると信じます。人間が不滅なのは、・・・人間には魂が、憐れみを感じ、犠牲的精神を発揮し、忍耐することのできる精神があるからなのです。詩人に、作家に課せられた義務は、こうしたことについて書くことなのです。人の心を高めることによって、人間の過去の栄光であった勇気と名誉と希望と誇りと思いやりと憐れみと犠牲的精神を人に思い出させることによって、人が耐えることの手伝いをすることが、作家に与えられた特権なのです」

I decline to accept the end of man. ・・・I believe that man will not merely endure; he will prevail. He is immortal, ・・・because he has a soul, a spirit capable of compassion and sacrifice and endurance. The poet's, the writer's, duty is to write about these things. It is his privilege to help man endure by lifting his heart, by reminding him of the courage and honor and hope and pride and compassion and pity and sacrifice which have been the glory of his past.

しかり、フォークナーの究極の目的は人間の偉大さを賛美することにあり、神を賛美することにはない。ウォレンは適切にもそれをこんなふうに表現する---
「フォークナーの作品の不動の倫理的中心は、いかなる一時代にも限られるものではない人間の努力と人間の忍耐に対する賛美の中に見いだされるべきである。フォークナーの世界には『善良な』人々がいっぱいいる・・・『どこにでも、いついかなるときにも、善良な人々はいるものだ』とアイク・マッキャスリンは『デルタの秋』で言っている」
 そしてこれが、オドネルがフォークナーの作品中に、キリスト教と自然主義ではなく、ヒューマニズムと自然主義との対立を指摘した所以である。
 フォークナーが、「あなたはキリスト教をどういうものと考えるか」という質問に対して答えた興味深い言葉がある。
「それは一つの行動規範であり、それに従うことによって我々は、自然の欲求のみに従った場合になりたいと思うような人間よりも、よりよき人間になることができるのです」

 "a code of behavior by means of which man makes himself a better human being than his nature wants to be if he follows his nature only"

要するに彼は、それが人をしてよりよい人間たらしむるからという視点でのみ、キリスト教に意義を認めているのだ。
 これは真のヒューマニストの言葉である。言い換えれば彼は、人を立派にするには何もキリスト教が唯一絶対の有効手段ではないと考えているわけなのだ。それはもちろん間違っていない。フォークナーの作品に出てくる善良な人々のうち多くは非キリスト教徒だし、あるいは<緋文字>のヘスタ、<権力と栄光>の警部、またV.フランクルでさえそうである。
 しかし、キリスト教的視点が最重要視するのは、そういう問題ではないのだ。究極の目的とは、神にしかるべく栄光が帰されることであり、それが聖書全体の主題なのである。それゆえ彼らがよりよい人間となるよう努力しなければならないのは、神に仕えるにふさわしい者となるためであって、よりよい人間となることそのものが目的ではないのだ。
 チェスタトンも書いたように---「宗教を守ることで道徳が得られたのである。人々はわざわざ勇気を培ったのではない。彼らは神殿のために戦い、気がついてみると勇気を持っていたまでである。彼らは清潔を培いはしなかった。ただ祭壇の前に立つために身を清め、気がついてみると清潔になっていたのだ」---<正統とは何か>
 そしてこれが、T.S.エリオットをして「キリスト教が真だからではなく、道徳の基礎を与えてくれるからというので採用する」人々を厳しい言葉で指弾せしめた理由でもある。
 フォークナーのキリスト教観は従って、ときに登場人物の「人間的努力」が神の掟を踏み越えることを許している。例えば<響きと怒り>におけるクェンティンであるが、ウォレンは書いている---
「・・・クェンティンが、ジェファスンの町の青年の一人にはらませられた妹のキャディに、自分と近親相姦を犯したと白状させようとする企ての中にも、我々は・・・罪の『恐怖』と地獄の『清潔な焔』のほうが『騒々しい世界』の無意味さよりも一層好ましいかもしれないという観念を見いだすのである。自分の妹が生まれの卑しい町の青年の一人と関係したという考えよりも、むしろ近親相姦のほうを選ぼうとするこのクェンティンの態度には、ジェイスンの俗物根性よりも一層多くのものが賭けられているのだ」
 淫行よりも近親相姦のほうがましである、と言っているのではない。それはむしろ、エリオットが逆説的に語ったように「何もしないよりは悪いことをした方がよい」ということなのであり、何らの道徳的意識もない、動物とさして変わらない状態で罪を犯すよりは、罪を犯しながらもそれに対する罪の感覚を持ち合わせているほうがまだましである、という意味なのだ。しかしながら、もしもフォークナーがキリスト教を至上命題と考えていたならば、わざわざこんな紛らわしい例えを持ってこなくてもよさそうなものである。律法において婚前交渉は死罪とはならなかったが、近親相姦は間違いなく死罪になったのだから。
 だが、こういう少数の例外を除いては、フォークナーの崇高な人間讃歌の多くはキリスト教的であり、またキリスト教のアナロジーとして見ることができる---ヒューマニズムはキリスト教から生まれてきたのだ。それはAに、自然主義的な人間観が間違っていることを納得させるのに十分である。
 ウォレンは続けて、フォークナーのさらに幾つかの作品を取り上げる。
 例えば、<死の床にありて>。
「・・・バンドレン家の人々は少なくとも英雄的努力をすることができるのだ。そしてこの結論の示すものは、アンス・バンドレンのような人間でさえ、一つの観念を把握していることによって、一般的水準以上に上ることができるということである」
 あるいは、<アブサロム、アブサロム!>。
「また我々は、ウォッシュ・ジョーンズのサトペンに対する愛着が示すように、彼でもある種の漠然とした夢を持つことができたということを、そして最後にサトペンを殺害することによって、威厳と人格を獲得していることを、思い出すことができるのである」
 それから彼は<響きと怒り>の倫理的中心であるディルシーについて語り、<紅葉>において誇りに満ちて敗北する黒人について語り、「苦しみを通して謙遜を学び、苦しみに打ち勝った忍耐を通して誇りを学んだ」サム・ファーザーズ老人について語り<八月の光>のジョー・クリスマスですら、なぜ彼が英雄的であったと言えるのかを説明する。それからまた、彼は<熊>からこの力強い一節を引用する---「なぜなら、彼らは耐え忍ぶだろうから。彼らは我々よりも立派な人間なのだ。我々よりもより強い人間なのだ。」
 さいごに彼は<墓場への闖入者>について語り、南部に生きる白人としてのフォークナーの黒人観と、彼の苦悩に満ちた人間賛歌とを見事に言い表したギャビン弁護士の言葉を引く---
「・・・黒人は自由な国に住んでいる人間であり、それゆえ自由でなければならないという前提だ。我々が実際に(北部に対して)護ろうとしているのはそれなのだ。黒人を我々自身の手で解放する特権なのだ。それは他の誰にもできないから、我々がやらなければならないのだ。なぜなら北部人は今から百年前もそれをやろうとし、自分たちの失敗と認めてからももう七十五年も経っている始末なのだから。それだから、それは我々南部人がやらなければならないのだ。もうじきこの種のこと(リンチ)は起こる心配さえなくなるだろう。・・・一昨日の土曜日にそれは起きたし、おそらくまた起きるだろう。おそらくはもう一度、おそらくはもう二度。だがそれからはもう起こらず、おしまいになるだろう。恥辱はもちろんなおも後に残るであろうが、やがて人間不滅の全記録は人間の耐え忍んできた苦しみのうちに、贖罪の踏み石を上って星に達しようという苦闘のうちに、書き記されることになる」
 そして、結論---
「もし人間に対する尊敬がフォークナーの作品の中心的主題であるとすれば、その主題を意味あるものとしているのは、フォークナーが人間を尊敬することの難しさを悟り、それを劇化している点にある。あらゆるものがそれを拒むのだ。野蛮やエゴイズムや、剥き出しの欲望や、愚鈍や傲慢や、時には美徳でさえもそうであり、また歴史や伝統の誤解や、我々の教育や、我々の歪んだ愛国心などが。しかしながら、それは偉大な劇であり、いつも変わらぬ物語なのだ」

           *            *

 結論としては、スチュアートもほぼ同意見である。
「フォークナーは、メルヴィルやシェイクスピアと同じく、根源的な作家である。・・・深淵に関心を持っている。剥き出しにされた人間の魂に関心を持っているのだ」
「フォークナーはストックホルム演説で『私は人間は勝利する(prevail )であろうと信じます』と語った。ある雑誌の一寄稿家は、プリヴェイルという語に戸惑いを感じたと言い、これは曖昧な、意味のない言葉であると断定した。しかし私は、クルーデンの聖書の『コンコーダンス』でその語を引き、それからその語の使われている文章(六十五ある)を読んだら助けになるであろうと示唆したい。大体において、プリヴェイルは神の助けによって勝利を得る場合に用いられている。・・・それは聖書の言葉で、したがって宗教的な意味を含んでいるのである。「フォークナーにあっても勝つことは決して容易ではない。・・・フォークナーの主人公たちはほとんど常に悩みの中に耳まで浸かっており、ほとんど常に地獄と洪水に取り囲まれている。・・・しかし彼らは常に聳えている。彼らは常に人間の潜在力に対する我々の観念を高めてくれるのである」
「フォークナーはキリスト教の根本的概念を極めて効果的に具体化し劇化しているので、彼は現代における最も深いキリスト教的作家の一人であると見なすのが正当であろう。彼の作品の至るところに基本的な原罪の命題があり、至るところに肉と霊との葛藤がある。また規律の必要、苦悩のかまどの火による試練の必要、犠牲や犠牲的死、犠牲を通して罪の贖いをすることの必要がある。フォークナーの人間は英雄的、悲劇的な人物である。・・・そしてその偉大性を測定するのは、彼の達する高さと、彼の陥る深さ・・・との間の距離である」

 こうして、心を打つ文章ではあるが、ここでもまた、人間的努力とキリスト教という二つの微妙に異なる価値が、微妙に混同されている。
 この章の最後はウォレンの<竜の兄弟>を引用して結ばれる--

 共犯を認めることは無実の始まり、
 必然性を認めることは自由の始まり、
 充足の方向を認めることは自己の死、
 そして自己の死は自己の存在の始まり。
 The recognition of complicity is the beginning of innocence,
 The recognition of necessity is the beginning of freedom,
 The recognition of the direction of fulfillment is the death of
  the self,
 And the death of the self is the beginning of selfhood.

           *            *

 そして終章、スチュアートはそれまでに取り上げた、彼が正しくないと考える幾つかの人間観と、正しいと考えるそれとを要約したのち、次のように結ぶのである--

「人間は道徳的行為者であり、悲劇的人物である。・・・
「というのは、人間は不完全な、完全になり得ない存在だからである。・・・しかし彼の状態は、・・・神の恵みの届かないところにあるとは言えない。これが人間の状態の本質であり、キリスト教の希望なのである。そしてこれこそ偉大なアメリカの作家たちが人間経験を戯曲化して描いた意味なのである」
 Man is a moral agent, and a tragic figure. ・・・
 For man is an imperfect, nonperfectible being. ・・・But his state,・・・is not beyond the reach of God's redeeming grace. This is the essence of the human condition, and the Christian hope. And this is the meaning of the dramatization of human experience by the greatest American writers.
もう一度繰り返そう--「そしてこれこそが、偉大なアメリカの作家たちが人間経験を戯曲化して書いた意味なのである」

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2013年11月30日

創造的な不幸-9-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-9- <アメリカ文学とキリスト教>、その3、ドライサー<アメリカの悲劇>その他


 <アメリカ文学とキリスト教>第五章で取り上げられるのは、外的環境と決定論の問題である。決定論的人間観のもたらす有害な結果が的確に説明されている。そして、なぜ人間はありのままであってはならないのかについても。

 "Naturalism" in the modern novel is based upon "scientific determinism."Man, according to this view, is a product of forces over which he has no control. The forces may be biological or social; they may belong to one's heredity or one's environment. In any case, they reduce man to the status of a puppet. If man is a puppet, he is clearly not a moral agent, he is relieved of moral responsibility, he deserves neither blame nor praise, he is always doing the best---or the worst---he can. Amoralism is an inevitable corollary of naturalism.
 ・・・
 Modern scientific determinism becomes more insidious all the while. Poverty breeds crime, say some. But how many of us have sprung from "poor but honest parents"? ・・・A glandular determinism is popular with many."If the thyroid doesn't get you, "they say," then the pituitary must. "The psychiatric patient feels that his emotional disturbance has got him licked, and it becomes the job of the psychiatrist to convince him that it hasn't. This is, or has been in time past, the office of religion. St. Paul said, "I can do all things through Christ, "which is a little different from our modern naturalistic version," I can do only those things which my psychological profile shows that I have an aptitude for, and I should be silly to try anything else."

 それから彼は「自然主義作家」とされるゾラ、クレイン、ノリスを取り上げる。

 Naturalism in literature began with the powerful novels of Emile Zola. Consider "Germinal", for example. Here we the story of the coal miners in northern France.・・・The author piles up such a tremendous mass of facts(or "documentation"),that the reader becomes thoroughly acquainted with the subject, and feels as if he had actually shared the life described. There is, one is almost constrained to feel after having read "Germinal", a connection between poverty and crime.
 ・・・Given certain people, living under certain conditions, how will they act? Zola thought of the craft of the novel as a controlled experiment, and of people as elements in a chemical reaction.

 There is, then, a naturalistic theme in Crane. Man is overwhelmed, or in danger of being overwhelmed, by the forces: the mass movements of war, the immoral life of the slums, the elemental forces of the universe itself. Frank Noris also gave a large emphasis to the importance of external forces in determining man's life on this planet.・・・

 それから彼はここで多くのページを割いてセオドア・ライサーの「アメリカの悲劇」を取り上げている。

 ・・・because I think "An American Tragedy" is an impressive book, and・・・it is probably the most completely naturalistic of all American novels. ・・・

 This is the story of Clyde Griffith. It begins when he is twelve, and ends ten years later, when Clyde, at the age of twenty-two, is sent to the electric chair for the murder of Roberta Alden. It is told in three parts.
 The story begins with a Salvation Army meeting conducted by Clyde's parents on a street corner in Kansas City. Clyde views the proceedings with distaste. His father is the weak, ineffectual sort; his mother, though resolute, has a mediocre mind. The older daughter, who plays the organ, later runs away with an actor, and still later, returns pregnant and unmarried. Clyde, when he is seventeen, gets a job in a big downtown hotel, where he is initiated into the life of the bellhop world. The bellhops have money to spend・・・Clyde goes with the others on a drinking party, and afterwards to a whore house.・・・The bellhops take their girl friends out into the country one afternoon in a borrowed car. On the way back, the car strikes a child, and the panicky driver speeds the car into the suburbs, and wrecks it in an open field. At the end of Part 1 Clyde is crawling on all fours across a snow-covered field in the semidarkness.

 それからここで著者はクライドとその立場をざっと総括する。

 He was underprivileged. He had almost no schooling, though he was bright enough. He adopted the mores of his set, the bellhop set. He was very adaptable, quick to learn; he quickly took on the coloration of the group in which he found himself. He was in no way to blame for the accident, and he did not run away from the scene of the accident---the driver did that. But he run away from the crack-up in the field, and was never seen again in those parts. He was weak. His early religious training is not supposed to have been of any particular use to him. "Successful" people look down on street preachers. Clyde wanted to be a "success" like the rich people he saw at the big hotel. He was ambitious; he wanted to rise in the scale. He aspired to the "higher things" of his materialistic environment: money, cloths, good times, sexual excitement. Is a young man very much to blame, Dreiser asks in effect, for embracing the "ideals" of his surroundings, the "ideals" which on all sides stare him brazenly in the face?

 第二部はライカーガスの社交界の描写から始まる。クライドの叔父はここで「成功」した人物として登場する。                     
 ・・・What a rich luxurious picture, what an impressive picture, the author paints of life on fashionable Wykeagy Avenue! ・・・the parties, the gaiety, the snobbery---how different all this from Clyde's world!

 クライドは叔父のつてでこの地に仕事を得る。そこで彼は田舎娘のロバータ・オルデンに興味を持つようになる。

・・・After he had become involved with Roberta, he was taken up by the Wykeagy set, and found that he could not resist the attractions of high society. And so, Clyde faced a great problem. Roberta was with child, but Clyde aspired to Sondra, the rich society belle. Roberta would not release him, and Clyde was unwilling to give up Sondra. What a quandary for a young man to find himself in, who is, so far as the reader can discover, utterly without character!
 Dreiser's portrait is sympathetically drawn, nevertheless, and reader is perforce sympathetically disposed, too, so compelling, are the forces, and so ill-prepared is Clyde to cope with them. Dreiser's depiction of Clyde's quandary is surely a masterpiece of American realism: the talk with the druggist, the visit to the country doctor,・・・Roberta's ignorance of sex, Clyde's ignorance too, the whole social attitude toward the unmarried mother, Clyde's shallow infatuation with a girl of much less real worth than Roberta---all this adds up to what is perhaps the most convincing "slice of life" to be found anywhere in the American novel.

 それで結局クライドがどうしたかと言うと、彼はロバータの殺害を企てるのである。彼はロバータと二人でボート遊びに出掛け、取り乱しながらも事を成し遂げる。彼はボートを転覆させ、泳げないロバータを見殺しにして一人岸へ泳ぎ帰るのである。

 At the end of Part 2 we see Clyde hurrying away from the lake through the darkening forest in the direction of the Finchley's summer lodge. We remember that at end of Part 1 the young man was running away, or crawling away, in the semidarkness. At that time, he was not to blame for what had happened, and the reader suspects that the author would like to imply that Clyde is again an unfortunate victim of circumstances.

 最後の第三部は裁判の模様である。情状酌量の余地はほとんどなさそうだ。

 Toward the end of the trial, Clyde's mother comes to the prison to pray with Clyde. After the verdict of guilty in the first degree, she writes pieces for the paper and gives public lectures on Clyde's history, to get money to pay for a new trial---which is never granted. A young minister, the Reverend Mr. McMillan, takes a great interest in Clyde. He writes a statement, and persuades him to sign it, in which Clyde warns young men against sinful ways, and professes to have found the peace of God. Part 3 ends with Clyde's death in the electric chair. In an epilogue, the book ends as it began: Clyde's parents, older and feebler, are conducting a Salvation Army meeting on a street corner in San Francisco.
 Malcom Cowley has made the observation that the American naturalists believed that "Christianity was a shame." The statement seems to fit Dreiser pretty well.
 I imagine Dreiser thought he was giving Christianity a thorough and fair trial in "An American Tragedy", that he was weighing it in the balance and finding it wanting. However underprivileged Clyde may have been, he at least had a Christian upbringing. This, however, did not save him from crime. Nor did Christianity bring him comfort in his last days. He had not found peace, as his ghostwriter said he had. He ended wretchedly. McMillan himself, moreover, was a phony. He knew that the statement was untrue. He wanted to use Clyde to advance his own professional interests, he wanted to be known as a great soul-saver.
 That leaves Clyde's mother to be accounted for. Dreiser could hardly denigrate her Christian character. He may not have known it, but she was a saint, and the Christian reader knows she was a saint. The Christian reader knows also that her great strength and endurance came from her religious faith. Well, even if Dreiser will allow this, his attitude toward her is still one, not of admiration, but pity; and pity not so much because of the unhappiness inflicted upon her by a wayward son, as because of her failure to follow a more "profitable" course in life. She as not brilliant, to be sure, but she had a certain practical talent. Her lecturing and work for the newspaper showed she could make money---she made over a thousand dollars, in a fairly short time. Why did she keep on with her street preaching and mission work? What did she get out of it? The author seems to ask, incredulous, bewildered. She was---Dreiser believes, and would have us believe---a poor, misguided creature.
Our author is, I fear, spiritually benighted. He is addicted to the same materialism of which poor Clyde is the bounden slave. One has only to compare Dreiser's treatment of Clyde's mother with Faulkner's treatment of Dilsey・・・to see the difference---and it is an abysmal one---between the naturalistic and the religious attitude.
 "An American Tragedy" illustrates perfectly the complete amoralism of the naturalistic philosophy. Clyde Griffiths was not responsible, he was not to blame. Before you judge Clyde, Dreiser says in effect, don't forget the child's uneasiness at those sidewalk meetings; the accident on the way back from the bellhop party; the shabby treatment he received the Lycuergus Griffiths; his excitable sexual nature; his dreams of wealth and position; his innate weakness. One of Clyde's lawyers, in a speech before the court, called his client "a mental and moral coward," and added, "You didn't make yourself, did you, Clyde?" Clyde is not responsible, in the last analysis, because he didn't make himself. And this, I fear, is the gospel according to Theodore Dreiser.
 ・・・Dreiser, when confronted by human troubles, is overwhelmed by pity and perplexity. He doesn't know what to do with life. The tears run down his cheeks, and he folds and refolds his pocket handkerchief, and shakes his head.
 Compassion is a great virtue, but it is not necessary to surrender individual responsibility is order to be compassionate. There is such a thing as Christian forgiveness and Christian pity. Jesus was compassionate toward the thief on the cross, and the woman taken in adultery."The Scarlet letter" is compassionate, without surrendering the responsible individual."There but for the grace of God go I" is a better basis for compassion than the general denial of responsibility.

 それゆえ彼は主張するのである--人間は責任を負っていると、いかに生まれや環境などの外的状況に形造られまた翻弄されようと、人間は自分の行動に関して責任を負っているのだと。

           *            *

 追補。
 "Portage" におけるヒトラーの自己弁護の、第四ポイントのテーマ---苦しめられた者に苦しめる権利はあるか。
 あるいは外的状況と精神の自由をめぐる更なる考察。

 ・・・Examine the question fairly. Would Palestine have become Israel, would the Jews have come to that barren patch in the Levant, would the United States and the Soviet Union, Stalin's Soviet Union have given you recognition and guaranteed your survival, had it not been for the Holocaust? It was the Holocaust that gave you the courage of injustice, that made you drive the Arab out of his home, out of his friend, because he was lice-eaten and without resource, because he was in your divinely ordered way. That made you endure knowing that those whom you had driven out were rotting in refugee camps, not ten miles away, buried alive in despair and lunatic dreams of vengeance. Perhaps I am the Messiah, the true Messiah, the new Sabbatai, ・・・

 ユダヤ人はナチの迫害を耐え忍ぶことによって、その後自分たちの国家を回復するために、自ら他者を踏みつけにする権利を得た。ナチは彼らに、そのための口実を与えたのだ。そうした見方は正しいのか? そうした見方が正しいとすれば、彼らは自分たちが被った悪を、何がしかの補償が可能であるもの、何かしらによって埋め合わせのつくものであると見做していた、ということになるのか? 実際にはどうだったのか?

 Amsel: I want vengeance, just the same as you.
 Gideon: Vengeance? There can be no vengeance. Why should history apologize to the Jews? Don't stare at me, Amsel, as if you knew what I was trying to say. You don't. You think the dead will sit up just because we've got Hitler? They won't. You can dip him in boiling oil six million times. What's that going to mean to a man who's seen his six-years-old daughter so terrified she dirtied herself before they killed her? You think that can be made good?
 ・・・
 (continuing Gideon) That's why I don't want any of us to touch him. If we hang him, we'll be pretending what he did can be made good. History will draw a line and forget even faster. That's exactly what they want. They want us to do the job for them. Let the Jews hang him. We nailed up Christ, now they want us to finish Hitler.・・・

 実際には、復讐なんてことはできはしない。そんなことは不可能なのだ。それゆえ彼は復讐しようとしなかったのである。
 それでは、もしそれが本当に可能だとしたら---実際に復讐することができたとしたら---彼らにその権利はあったのか?
 ここで我々が思い出すのは、<夜と霧>終章における、収容所からの解放のすぐあとでの心を打つ一挿話である。

「特にいくらか原始的な性質の人間においてはこの解放後の時期に、彼等が依然としてその倫理的態度において権力と暴力とのカテゴリーに固執しているのが認められることがあった。そして彼等は解放された者として、今度は自分がその力と自由を恣意的に抑制なく利用できる人間だと思いこむことがあった。彼等は権力や暴力、恣意、不正の客体からその主体になったのである。さらに彼等はまた彼等が経験したことになお固執しているのである。このことはしばしばとるにたらない些細なことの中に現れるのであった。たとえば、一人の仲間と私とは、われわれが少し前に解放された収容所に向って、野原を横切って行った。すると突然われわれの前に麦の芽の出たばかりの畑があった。無意識的に私はそれを避けた。しかし彼は私の腕を捉え、自分と一緒にその真中を突切った。私は口ごもりながら若い芽を踏みにじるべきではないと彼に言った。すると彼は気を悪くした。彼の眼からは怒りのまなざしが燃え上った。そして私にどなりつけた。『何を言うのだ! われわれの奪われたものは僅かなものだったのか? 他人はともかく・・・俺の妻も子供もガスで殺されたのだ! それなのにお前は俺がほんの少し麦藁を踏みつけるのを禁ずるのか!・・・』何人も不正をする権利はないということ、たとえ不正に苦しんだ者でも不正をする権利はないということ、かかる平凡な真理をこういう人間に再発見させるには長い時間がかかったのである。そしてまたわれわれはこの人間をこの真理へ立ち帰らせるよう努めねばならないのである。なぜならばこの真理の取り違えは、ある未知の百姓が幾粒かの穀物を失うのよりは遙かに悪い結果になりかねないからである。なぜならば私はシャツの袖をまくり上げ、私の鼻先にむきだしの右手をつき出して『もし俺が家に帰ったその日に、この手が血で染まらないならば俺の手を切り落としてもいいぞ。』と叫んだ収容所の一人の囚人を思い出すのである。そして私はこう言った男は元来少しも悪い男ではなくて、収容所でもその後においても常に最もよい仲間であったことを強調したいと思う。」

 そう、我々は彼の危惧がまさに現実になったのを、ヒトラ-の論説の中に見たのではないだろうか?
 しかし、フランクルの信念によれば、誰にも悪に悪を返す権利はないのである。その代わりに我々は、我々に対してなされた悪を試練として受けとめ、これを人間の尊厳を表明する機会と見做し、それによって一層成長してゆかなければならない。彼はこれをもまた内的自由の一要素として考えたことであろう。悪に対して悪を返すのは容易なことであり、最も自然な道である。しかし、その最も自然な道に従うとき、人は悪という外的状況の奴隷であり、それに対して何の力も持たない操り人形、非人格的なチェスの駒の一つに過ぎないのである。人が意志能力を持った主体として現れることができるのは、ただ悪の循環をどこかで断ち切ろうとする人間的な努力によってのみである。
 そしてまた、さらに我々は、悪に悪を返すことが間違っているだけでなく、無駄であることをも知るのである。というのは、どんなにそうしても地上から悪を一掃することはできず、却ってますますひどくそれをはびこらせることになるばかりだからだ。"Portage" のヒトラーが指摘するとおり---

 ・・・In a world that tortures prisoners and pours napalm on naked villagers. That continues to do these things quite without my help.

 しかしながら、実際にはこれが精神衛生上の大問題であることは言うまでもない。我々はだれしも身に覚えがあるに違いない。
 上司からいわれのない非難を受けたとき、我々は罪もない机を蹴っとばしてせいせいしたりするし、いやなことがあったときには海に向かって怒鳴ってすっきりしたりする。かくして代償がなされるのである。
 悪の力に対して内的自由を保つのは難しい。それは何らの代償行為をも伴わずに悪を耐え忍ぶということであり、実質的に、押しつけられたストレスを捌け口なしにため込むことを意味するからである。それが人の精神を歪めないですむものだろうか? そして、結局のところそれは我々の、正義の感覚と公正を求める本能---<神の像>を構成する要素の一つ---に反するのではないか? ノアの日に神は宣言しなかっただろうか、「凡そ人の血を流す者は人其血を流さん其は神の像のごとくに人を造り給ひたればなり」(Ge9:6)それゆえ、悪に対して悪が返されることは、道徳的要請なのではないか?

            *             *

 ホーソンの<緋文字>。
 若く美しい娘と結婚した年配の医師チリングワース。
 そのいきさつを振り返って彼は語る---

“It was my folly! I have said it. But, up to that epoch of my life, I have lived in vain. The world had been so cheerless! My heart was a habitation large enough for many guests, but lonely and chill, and without a household fire. I longed to kindle one! It seemed not so wild a dream,---old as I was, and sombre as I was, and misshapen as I was,---that the simple bliss, which is scattered far and wide, for all mankind to gather up, might yet be mine. And so, Hester, I drew thee into my heart, into its innermost chamber, and sought to warm thee by the warmth which thy presence made there!"

 ところが、妻に遅れること二年、大陸からマサチューセッツのボストンへやってきた彼の目に最初に映ったのは、処刑台の上の彼女、胸に燃えるAの文字をつけ、公衆の前にさらしものになっている他ならぬ彼女の姿だった。姦婦---adulteress ---のA。
 その日の後刻、極度のストレスと緊張のあまり神経発作を起こしたヘスタのために、彼は薬を調合して与える。

“・・・Drink it! It may be less soothing than a sinless conscience. That I cannot give thee. But it will calm the swell and heaving of thy passion, like oil thrown on the waves of a tempestuous sea."

 その口調から分かるように、この時点で彼はまだ、人間的な優しさと良心とを失っていない。

"Therefore, as a man who has not thought and philosophized in vain, I seek no vengeance, plot no evil against thee. Between thee and me, the scale hangs fairly balanced. But, Hester, the man lives who has wronged us both! Who is he?"

 彼はさんざん問い詰めるが、ヘスタはとうとう最後まで口を割らない。
 彼は名を変えて素性を隠し、この罪深い女との関係も伏せてその町に身を落ちつける。そうしてついに秘密を嗅ぎつけ、妻の姦淫の相手である若き牧師アーサー・ディムズデールに近づいて、彼と居を共にするようになるのである。ディムズデールは良心の呵責のために青白くやせ衰え、かといって罪を告白する勇気も持てぬまま、苦しみつづけて幽霊みたいになっている。そういう彼をチリングワースは親切を装って診察し、何とか命を支えてやろうとするのである。

 ・・・So Roger Chillingworth---the man of skill, the kind and friendly physician---strove to go deep into his patient's bosom, delving among his principles, prying into his recollections, and probing everything with a cautious touch, like a treasure-seeker in a dark cavern. Few secrets can escape an investigator, who has opportunity and license to undertake such a quest, and skill to follow it up.

 しかし実際には、彼はその医学的哲学的知識を総動員してディムズデールの心の奥底までを掘り下げ、相手が最も触れられたくない部分をわざと突いてはサディスティックな喜びを味わうためだけに、彼を生かし続けていたのである。
 しだいに悪の力に屈してゆくにつれ、それは彼の外見にはっきりと現れるようになる。
 ・・・At first, his expression had been calm, meditative, scholar-like. Now, there was something ugly evil in his face, which they had not previously noticed, and which grew still the more obvious to sight, the oftener they looked upon him.
 ・・・
 Old Roger Chillingworth, throughout life, had been calm in temperament, kindly, though not of warm affections, but ever, and in all his relations with the world, a pure and upright man. He had begun an investigation, as he imagined, with the severe and equal integrity of a judge, desirous only of truth, even as if the question involved no more than the air-drawn lines and figures of a geometrical problem, instead of human passions, and wrongs inflicted on himself. But, as he proceeded, a terrible fascination, a kind of fierce, though still calm, necessity seized the old man within its gripe, and never set him free again, until he had done all its bidding. He now dug into the poor clergyman's heart, like a miner searching for gold; or, rather, like a sexton delving into a grave, possibly in quest of a jewel that had been buried on the dead man's bosom, but likely to find nothing save mortality and corruption. Alas for his own soul, if these were what he sought!

 事件から七年の歳月がながれ、あるとき偶然ディムズデールの姿を目にしたヘスタは、彼のあまりのやつれようにショックを受ける。ヘスタはもちろんチリングワースの正体を知っていた、しかしディムズデールの方は自分が起居を共にしている相手が誰だか知らなかったのだ。それでヘスタは何とか彼を救おうと、折りをとらえてチリングワースに近づく。

 ・・・Hester had been looking steadily at the old man, and was shocked, as well as wonder-smitten, to discern what a change had been wrought upon him within the past seven years. ・・・the former aspect of an intellectual and studious man, calm and quiet, which was what she best remembered in him, had altogether vanished, and been succeeded by an eager, searching, almost fierce, yet carefully guarded look. ・・・
 In a word, old Roger Chillingworth was a striking evidence of man's faculty of transforming himself into a devil, if he will・・・Undertake a devil's office. This unhappy person had effected such a transformation by devoting himself, for seven years, to the constant analysis of a heart full of torture, and deriving his enjoyment thence, and adding fuel to those fiery tortures which he analyzed and gloated over.

 ヘスタは、彼がディムズデールに対してしてきた酷い仕打ちを責める。

 "Better he had died at once!" said Tester Prynne.
 "Yea, woman, thou sayest truly!・・・Better had he died at once! Never did mortal suffer what this man has suffered. And all, all, in the sight of his worst enemy! He has been conscious of me. He has felt an influence dwelling always upon him like a curse. He knew ・・・that no friendly hand was pulling at his heart-strings, and that an eye was looking curiously into him, which sought only evil, and found it.・・・"

 ヘスタは彼の自己認識に気づくと、彼にディムズデールのことを許すよう懇願する。しかし老人はそれを拒むのである。

 "And I(pity)thee," answered Hester Prynne, "for the hatred that has transformed a wise and just man to a fiend! Wilt thou yet purge it out of thee, and be once more human? ・・・Forgive, and leave his further retribution to the Power that claims it! I said,・・・that there could be no good event for him, or thee, or me, who are here wandering together in this gloomy maze of evil, and stumbling, at every step, over the guilt wherewith we have strewn our path. It is not so! There might be good for thee, and thee alone, since thou hast been deeply wronged, and hast it at thy will to pardon. Wilt thou give up that only privilege? Wilt thou reject that priceless benefit?"
 "Peace, Hester, peace!" replied the old man, with gloomy sternness."It is not granted me to pardon. I have no such power as thou tellest me of. ・・・By thy first step awry, thou didst plant the germ of evil; but, since that moment, it has all been a dark necessity. Yet that have wronged me are not sinful,・・・neither am I friend-like, who have snatched a friend's office from his hands. It is our fate. Let the black flower blossom as it may! ・・・"

            *            *

 今までの我々の考察からすれば、もちろんチリングワースの道徳的敗北は、彼自身の責任である、ということになろう。---宿命に屈し、己れが憎しみの形づくるままになることを許した弱さ。人間には、安易な運命論に逃げ込むことなく、己れの被った害や投げ込まれた逆境ゆえに己れの人格が醜く歪んでしまうことのないように戦う責任がある。
 しかしその責任を放棄するのはいかに容易なことだっただろう。彼は始めから悪魔だったわけではない---憎しみが彼を悪魔にしたのだ。そしてそれは全く自然なことで、たやすく理解できることである---自分の妻を寝取った男を、誰が憎まないだろうか、ことにその妻が、老いの身にとってかけがえのない慰めだったときには?

 この気の毒なチリングワースの例が示しているのは、これまたのっぴきならない大問題である。それは、悪に対して悪を返すのを諦めることが人を歪めるということが実際にあり得るとしても、それ以上に、悪に対して悪を返すこともまた人を歪めるのだという事実なのである。
 それでは一体、我々はどうしたらいいのか?
 今、問題となってくるのは実にこの点なのである。
 それは結局、次の問題に帰着するのではないだろうか、すなわち、そもそも悪というものはなぜ存在するようになったのか、いつかあらゆる悪が正しく裁かれるということは一体あり得るのか、という問いである。
 ここで我々は<アンナ・カレーニナ>のエピグラフを---「復讐するは我にあり」---思い出すのである。パウロは書いている、「惡をもて惡に報いず、凡ての人のまへに善からんことを圖り、汝らの爲し得るかぎり力めて凡ての人と相和らげ。愛する者よ、自ら復讐すな、ただ神の怒りに任せまつれ。録して『主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これを報いん』とあり。『もし汝の仇飢えなば之に食はせ、渇かば之に飲ませよ、なんぢ斯するは熱き火を彼の頭に積むなり』惡に勝たるることなく、善をもて惡に勝て」---Rom12:17-21
 それゆえ我々は知るのである、確かに、悪に対して悪が返されることは道徳的要請である、しかし、それを我々が返してはいけないのだ。
 だが、それはなぜか? どうして我々でなくて、神でなくてはならないのか? それは正義の問題である。さらに後の部分で、この問題が再び取り上げられることになるだろう。

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2013年11月30日

創造的な不幸-8-

創造的な不幸-愛・罪・自然、および芸術・宗教・政治についての極論的エッセイ―(1999)
この作品について   目次

-8- <アメリカ文学とキリスト教>、その2、ホーソン<緋文字>                              


 引き続き、<アメリカ文学とキリスト教>第四章。
 ここで取り上げられるのは罪の問題である。論じられるのは主にホーソンとメルヴィルだが、ここでは彼のホーソン論に光をあてることにしよう。

 ホイットマンのホーソン評---「彼には私のどうしてもなじめない病的なところがある」" There is a morbid streak in him to which I can never accommodate myself."
「別の文章で・・・彼はホーソンを再び『病的』と呼んだ。ホイットマンの『病的』という語の使い方は、まことに興味深い。それは『楽天的な』アメリカ人がよく用いる形容詞であり、実際、それは文学の中で語られてきた多くの真実に対する『楽天的な』反動を示しているのである。」
 メルヴィルのホーソン評---ホーソンの中の「暗黒」。
「彼のうちにひそむこの大いなる暗黒の力は、・・・かのカルヴィン的な生まれながらの堕落と原罪の意識にその源を発している。というのも、ある種の気分のときには、誰も世界の重さを秤にかけつつ、何か原罪のようなものを投げ込まないではその不釣り合いな収支を差し引きすることができないからだ」
" ・・・This great power of blackness in him derives its force from its appeal to that Calvinistic sense of Innate Depravity and Original Sin ・・・For, in certain moods, no man can weigh this world without throwing in something, somehow like Original Sin, to strike the uneven balance."

 それからスチュアートは、メルヴィルとホーソンとの親密な、実り多い交友関係について語り、次いでホーソンの幾つかの作品を取り上げて、その中で罪という概念がどのように現れているかを説明する。
 例えば、彼は最初に<あざ>という短編を取り上げる、
「原罪の概念がホーソンのすべてに流れている。・・・
 他には非の打ちどころのないジョージアナの美しさの疵となっているのは、彼女の頬にある(人間の手の形をした)小さい汚点である。『科学者』である夫のエイルマーはこの汚点のために次第に落ち着かなくなってくる。彼は完全主義者であり、空論家だからである」
 それで彼は、この唯一の不完全さを取り除こうと試みる。
「妻はその計画を承諾する。彼はこの問題のために彼の実験的才能すべてを結集する。そして、実験に取りかかるが、失敗する。というのは、手の形が微かになり、ついに完全に消滅した瞬間、ジョージアナの息も絶えてしまうからである。エイルマーの悲しみは複雑である。半ばは妻を失った悲しみであるが、また同時に(この方が強いのかもしれないが)実験の失敗に帰した悲しみでもあるからである」
 そして、作者の注解---
「『エイルマーがもっと深い知恵に達していたら』と彼は言う、『同じ現し身のこの世の命を織りなさんばかりの幸福を、彼はこのように投げ捨てる必要もなかったであろう』と。
 この『もっと深い知恵』とは何か? 一つには、それは人間の不完全を受け入れ、それを慈しむことでさえある。ジョージアナのあざは人間の不完全の象徴である。彼女の人間性のしるしであり、彼女が人間であることを示している。神学的な言葉で言えば、それは原罪のシンボルである。ジョージアナが歴然たる罪の行為を犯したというのではない。彼女は善と献身の魂そのものである。原罪という言葉は、普通に解されているように、歴然たる罪の行為を指しているのではない。それは、根源的な人間の本質、誤りに陥りがちな、不完全な人間の性質を意味している。人間である状態の意味であり、我々が不完全な、非理想的な世界に住んでいるという意味である」
“'Had Aylmer reached a profounder wisdom, 'he says, 'he need not thus have flung away the happiness which would have woven his mortal life of the selfsame texture with the celestial.'
 What is this 'profounder wisdom'? Well, for one thing, the acceptance, even the cherishing, of human imperfection. Georgiana's birthmark is a symbol of human imperfection, it is the mark of her humanity, it shows her to be human. It is a symbol, in theological language, of Original Sin. Not that Georgiana is guilty of any overt sinful acts; she is the soul of goodness and devotion. The term Original Sin doesn't refer primarily to overt sinful acts, as such acts are ordinarily understood. It means basic human nature, fallible, imperfect human nature; it means the state of being human; it means that we live in an imperfect, non-ideal world."

「原罪という言葉は、・・・歴然たる罪の行為を指しているのではない。それは、根源的な人間の本質、誤りに陥りがちな、不完全な人間の性質を意味している」---実に分かりやすい説明ではないか?
「悪の原理の積極的な力が、ホーソンの小説では常に活動している。蛇(悪魔を象徴している)は彼の中心的シンボルの一つである。・・・悪魔を、この世を動かしている力として強調することは、キリスト教教義の必然的なポイントであると思う。ホーソンは、悪魔に憑かれるという新約聖書的な概念を継承していて、彼の登場人物たちの多くは『悪魔に憑かれ』ているのである」
"The positive force of the evil principle is always at work in Hawthorne's fictions. The snake or serpent (symbolizing the Devil) is one of his central symbols. ・・・Emphasis upon the Devil as an active agent in the world is, I think, a necessary point of Christian doctrine. Hawthorne takes over the New Testament concept of diabolical possession; many of his characters are 'possessed of the Devil.'"

 従って、問題となってくるのは、罪という語の持つ、分かりにくい二重性である。
 罪とは神の掟に背く行為である。たしかにそうだ。しかし、そのつもりでなくても、我々は生まれながらに罪を負っているのだ。なぜなら、我々にはいつでも神の掟に背く可能性があるから。そして、我々にとって、いつでも神の掟に完璧に従うのは不可能だから、でもある。例えば、ジョージアナの「罪」とは何か? スチュアートは答える---「彼女の『失敗』はおそらく、信頼に値しない男に彼女の信頼を置いたこと、あるいは神にのみ帰すべき信頼を現し身の人間に置いたということであろう。」それゆえ、彼女は罪を犯すつもりなど全然なかったにもかかわらず、意志に反して神への完璧な従順というあるべき道から足を踏み外していたのである。実際、罪という概念を現すヘブライ語の原語には「的を外す」という意味がある。罪とは神の完全な規準という「的を外す」こと、それに達し得ないことである。
 従って、罪というこの一つの言葉は、我々が生得的に持っている可謬性、誤りに陥りがちな性向という無意識的な状態と、故意の、実際の行為としての過ちという、二つの意味を持っているのである。この二つの意味が同じ一つの言葉で表されているのはなぜか?
 一つには、源が同じだから、ということがある。実際の行為を生み出す悪意、反抗、憎しみは意識的、積極的な要素であるが、不完全性や道徳的弱さという無意識的、消極的な要素から生まれるのだ。罪のどこまでが無意識的で、どこからが意識的かなんて、はっきり線引きできるものではない。神の目から見たら、等しく汚れているのだ。それゆえ、意識という視座から見た二つの意味は、実際には二つの区分ではなくて、一方の端が一つの色で、もう一方の端が別の色になった、二つの色のグラデーションとして眺められるべきかもしれないのである。また、結果が同じだから、ということもある。我々は、誤って人を殺してしまうことがあるかもしれないし、あるいは悪意を抱いて人を殺すことがあるかもしれない。どちらの場合にも我々は取り返しのつかないことをしてしまうのであり、イエスのように人をよみがえらせる力は、我々にはないのだ。あるいは、もっと極端な例を挙げよう。核ミサイルの発射と原発事故は、動機の意識的無意識的という点ではっきり異なる。しかし、同じ破壊的な影響を及ぼすには変わらない。前者における罪とは明確な殺意であり、後者におけるそれとは、そんなことを起こすつもりは毛頭なかったのに起こしてしまった過失である。それでも、後者の場合にも貪欲とか怠慢など、ほとんど意識的な要素が引き金となっている場合が多々あるのではないか? こうして「罪」という語の持つ、二つの意味の境界は曖昧になってゆく。ホーソンが徹底的に見つめ抜いたのは、こうした人間の弱さ、罪深さである。

 例えば、<ファンシーズ・ショウ・ボックス>。("Fancy's Show Box")
 ここに描かれているのは、有徳の紳士の、実際の行動としては現れなかった心の中の悪行である。
 内にも外にも徳の鑑で通る老紳士ミスター・スミスは、あるとき自宅の安楽椅子でうたた寝していて、その間に記憶の彼方からよみがえったいくつかの幻影の訪問を受ける。その指し示すところによれば、彼はかつて初恋の少女を犯していた。彼女が別の男に嫁ぐと知り、嫉妬に駆られたからだ。親友を殴り殺していた。酒の席で口論になって、ついかっとなったはずみだった。飢えかけた三人の孤児から服をはぎ取っていた。彼らが彼の個人的な利益を脅かしそうになっていたからだ。当惑し、身震いし、腹を立てて彼は抗議する、自分は決してそんなことをしなかったと。そう、彼は決してそんなことをしなかった。幻影が暴くのは、彼の生涯の中で決して実行はされなかったが、心の中では確かに犯された悪行の数々なのである。語り手は結論として次のように締めくくる、
「このささやかな作品には、悲しく恐ろしい真理が盛り込まれている。人間は、例えその手が綺麗であっても、心は去来する悪の幻想に確実に汚染されている。それゆえ最も罪深い者に対してすら、己れは同類でないなどと断定してはならない。
 ・・・天国の扉をたたくとき、誰もが天国に入る資格があるほどの無垢な生涯を送りはしなかったと痛感するに違いない。懺悔の心をもって跪かねばならないし、神の玉座の脚台から恩寵がもたらされねばならない。さもなくば天国の黄金の扉は決して開かれないであろう」
 Yet, with the slight fancy-work which we have framed, some sad and awful truths are interwoven. Man must not disclaim his brotherhood, even with the guiltiest, since, though his hand be clean, his heart has surely been polluted by the flitting phantoms of iniquity. He must feel, that, when he shall knock at the gate of Heaven, no semblance of an unspotted life can entitle him to entrance there. Penitence must kneel, and Mercy come from the footstool of the throne, or that golden gate will never open!

 あるいは、<アース・ホロコースト>。("Earth's Holocaust")
 この短いファンタジーがロシア革命の<実験>の失敗をどんなに的確に予言していたかは、驚くばかりである。
 時代設定は「過去あるいは未来」。悪に疲弊した世界は西部の大平原に巨大なかがり火を燃やし、無価値なものすべてを焼き尽くすことにする。

Once upon a time--but whether in time past or time to come, is a matter of little or no moment--this wide world had become so overburthened with an accumulation of worn-out trumpery, that the inhabitants determined to rid themselves of it by a general bonfire.

あらゆるものが投げ込まれてゆく--古い時代の遺物、文明の奢りが生み出した膨大な量の文書、王の尊厳や戦争の栄光にまつわるすべてのもの、あらゆる種類の武器などが。
 けれども、それを見ていた一人の老軍司令官が冷やかに意見する--
 「そんな馬鹿なことしたって、武器製造業者に新しい仕事をやるだけの話じゃないか」
 すると、もう一人の男が答える、
「武器なんか必要なものか。カインがアベルを殺したとき、武器なんか持っていたか?」
 "Aye, aye!" grumbled he."Let them proclaim what they please; but, in the end, we shall find that all this foolery has only made more work for the armorers and cannon-foundries."
 "There will be no need・・・When Cain wished to slay his brother, he was at no loss for a weapon."

 次いで、赤い目をした陰気な男が(これはホーソンお得意のモチーフで、悪魔のメタファー、否、悪魔そのひとである)浄められた世界に出てきて言う、
「知ったかぶりの連中が、焼き尽くすのを忘れたものがある。人の心だ。他の何が焼き滅ぼされてもそれが残っている限り、昔からの悪と悲惨がまた生まれるだろう」
 "Poh, poh, my good fellows!" said a dark-complexioned personage, who now joined the group--his complexion was indeed fearfully dark, and his eyes glowed with a redder light than that of the bonfire--"Be not so cast down, my dear friends; you shall see good days yet. There is one thing that these wiseacres have forgotten to throw into the fire, and without which all the rest of the conflagration is just nothing at all--yes・・・
 "What, but the human heart itself! ・・・ and, unless they hit upon some method of purifying that foul cavern, forth from it will re-issue all the shapes of wrong and misery--the same old shapes, or worse ones--which they have taken such a vast deal of trouble to consume to ashes. ・・・Oh, take my word for it, it will be the old world yet!"

 いみじくも<緋文字>の冒頭にあるように---「あらゆる人間の心の底には墓と地下牢とがあって、何ものかをそこに埋葬したり幽閉したりしている」

           *            *

 ホーソンの<緋文字>。("The Scarlet Letter")

 時は十七世紀、厳格な清教徒主義が支配するボストン。
 ここに姦淫の罪を犯した一組の男女がいる。男はその有能と篤信とによって教区民の尊敬を集める若き牧師ディムズデール、女は夫に先立ってヨーロッパから移住してきた美しいヘスタ・プリンである。ヘスタの罪は妊娠によって発覚する。彼女は情状酌量されて死刑は免れるが、公衆の面前、町の中央の絞首台の上に三時間己が身を曝し、更に残りの一生を、姦婦--Adulteress --を意味する緋色のAの文字を胸に着けて送るようにとの命令を受ける。
 物語はそんなふうにして始まる---そして、それから七年間にわたる、二人の内面の軌跡をたどってゆく。それはピューリタニズムとロマンティシズムの対立、宗教的あるいは社会的な道徳と個人の神聖との衝突、意志と感情の葛藤の物語である。
 ヘスタは強い女、実に見事な女だ。「ロマンティシズムのスポークスマン」とスチュアートは注解している。もっとも、始めのうちは徹底したロマンティストとはとても言い難い---それでも強い、見事な女であることに変わりはない。姦通の相手の名を明かすように圧力を受けても口を割らず、毅然として屈辱に耐え、やがて拘禁を解かれて日の下へ出てゆく。もうどこへ行くも自由、ヨーロッパへ逃げて新たな人生を始めるも自由である。ところが彼女は恥辱のうちにこの町に留まることを選ぶ。なぜか---その真の理由を、彼女は決して自分自身に対して認めようとしない。ヘスタもまた時代の刻印を心深く押され、社会を縛っているピューリタン的良心からなかなか自由になることができないのだ。それで、これは罪を贖うための苦行である、日夜恥辱と苦痛とを身に受けることによって魂の清浄を取り戻すのだと、そんなふうに考えて自らを欺く。彼女がこの町に留まった真の理由---それが意識のおもてにちらっとでも浮かぶとヘスタは顔色を変え、急いでそれをまた地下牢の闇へ葬るのだが---それは他でもない、かつて愛した男が---否、実際には今なお激しく愛している男が---同じこの土を踏んで歩いているという、その事実であった。
 しかし目下のところ、このことは彼女の胸中深くにしまいこまれている。ヘスタは幼い娘とともに、町外れの小さなあばら屋に落ち着き、そこでひっそりと暮らしはじめる。彼女は類まれな刺繍の才を持っていて、それで生計を立ててゆく。豊かな想像力をもって色鮮やかに布を彩る喜びは、彼女の情熱に捌け口を与え、それゆえにそれを宥める手段ともなった。しかしその喜びを、彼女は罪として退ける。この、不健全なまでに鋭敏な良心の干渉は、何かが根本的に間違っていることを暗示した---彼女の改悛は真の改悛ではなかった。心の底では、あの情熱が罪であったとは、どうしても思えないのだった。けれども彼女はまだ、そういう己れを肯うことができない。
 屈辱に耐え孤独を忍ぶうち、彼女はやがて人間の本質に関して新たな、透徹した視点を持つようになる。敬虔な聖職者のうちに、正義の鑑たる政治家のうちに、誉れ高き婦人のうちに、あるいは汚れなき処女のうちに---ヘスタは己が胸に緋色の刻印を押したと同じ罪の印を見るのである。罪は外的な行動に表れて初めて罪とされるのではなく、なべての人間の心に、生まれながらにして既に内在しているのだということを---そしてそれがつまり原罪ということの意味なのであるが---知るのである。この認識は彼女にとって恐ろしく、ひどく不快で、衝撃的である。そしてまたこのことが、外的行動の潔白ばかりを強調する(それゆえに幾分非キリスト教的でもある)ピューリタニズムへの、彼女の信仰を次第に失わせることにもなったのである。
 七年の歳月が経ち、彼女と社会との関係は少しづつだが確実に変わってゆく。ヘスタは清廉潔白な生活を送り、貧しき者に与え、病める者を助け、己れを疎外する社会に献身的に仕えて何の見返りも求めない。そうして雫が巌を穿つように次第次第に頑迷固陋な社会の心を和らげ、ついにその尊敬を勝ち得るに至る。人々は彼女の胸を飾るAの文字を元来の意味に取ることを拒み、それは「力ある」--Able--のAなのだと言い習わすまでになる。
 ヘスタはついに真の改悛を得、神の許しと恩寵とを得たのだろうか? そうではなかった! 彼女の内面においてはその反対の方向に、さらに劇的な変化が起こっていたのである。彼女は砕かれた鎖のかけらを取り捨てた。世界の掟はもはや彼女の心を縛ることはできない。時代は人間の知性を、以前のどの世紀にも増して解放しつつあった。遠く海を隔てたヨーロッパでは行き渡りつつあった思想の自由を、彼女もまた享受したのである。ここに彼女のロマンティシズムの真骨頂がある。ボストンのピューリタン社会は、この自由の方を、かつて彼女が犯した罪にも増して激しく非難したことだろう。姦淫よりも思想の自由の方がなお罪深いのだ。姦淫を犯したとしても、それを罪と認める限りにおいて人はそれを罪と定めた道徳的権威に対してしかるべき敬意を払っている。ところが思想の自由となると姦淫をすら是としかねないので、それは道徳体系そのものを退けるのである。それゆえここにおいてヘスタは神の目に一層許され得べからざる存在となり---見方を変えれば、ようやく認識が行動に追いついたのであった。
 かかる思想の自由を享受しながら、何ゆえ彼女はかくまで自己犠牲的な生涯を送り得たのか。道徳的権威を退けながら、これほどまでに高い道徳基準を保ち得たのはなぜか。なぜなら、彼女は神の定めた道徳は退けても、道徳という概念は退けなかったばかりか、かえってそれを真剣に守り通そうとしたからである。彼女は神に依らない、己れ自身にのみ依って立つ神聖と高貴とを得ようとした。それはルネサンスに生まれ、ヴォルテールに引き継がれるヒューマニズムの思想である。ホーソンは人間的可能性に対しても盲目ではなかった。実際それも、人格陶冶の手段としてはある程度まで---実を言えば相当程度まで有効なのである。
 ここに彼女の情熱は、それにふさわしい思考体系を得て落ち着いたかに見える。けれども尚、人の内面のあり方は、状況すら整えば人を駆り立てずにはおかない。久しく秘めておかれた彼女のロマンティシズムは、最後にもう一度だけ、激しい炎となって燃え上がるのである。

 一方ディムズデールの方はと言えば、彼は己れの罪を告白することができずに苦しみながら、厚顔にも聖職者としての勤めを続けている。かつて罪を分かち合った女が社会から罰せられ排斥され、それでも雄々しく孤独に生き抜いてゆくのを傍目に見ながら。
 罪を隠す男のイメージの原型として、思い出されるのはダビデである。羊飼いの少年であった時分に神に選ばれ、大変な辛酸を舐めた末に王位に就いて、民の心を神に導いた篤信の王。それがあるとき、どうしたはずみでかウリヤの妻バテシバと通じ、彼女が身籠もると隠蔽の為ウリヤを戦いの前線に送って死なせてしまう。姦淫も殺人も律法にあっては死罪であり、王と雖も例外ではない。それゆえ神はダビデの罪を指弾させるべく、予言者ナタンを彼のもとに遣わす。ナタンの前に彼はへりくだって己れの非を認める、「我エホバに罪を犯したり」
 ホーソンがこのくだりを念頭に置いていたことに疑問の余地はない。若き牧師の書斎の壁にはゴブラン織りのタペストリが掛けられ、そこには「ダビデとバテシバと預言者ナタンの聖書物語が織り出され、いまだ色あせず、美女バテシバは罪を非難する預言者に劣らず気味悪いほどまざまざと描かれていた。」
 このときのダビデの祈りは詩篇に記されている。曰く、

「ああ神よ 願はくば汝の慈しみによりて我を憐れみ
 汝の憐れみの多きによりて我が諸々の咎を消したまへ
 我が不義を尽く洗ひ去り 我を我が罪より浄めたまへ
 我は我が咎を知る 我が罪は常に我が前にあり」---Ps51:1-3

 この神に対するひたむきな嘆願の調子はそのまま、ディムズデールのそれでもあり得たことだろう。彼は卑劣な男であったが、また同時に高潔な人物でもあって、ゆえに己れの卑劣を何より激しく憎んだからである。しかし、ダビデが苦もなく得てディムズデールがついに得られなかった、決定的な要素がある。それはヘスタもまた得ようとして虚しく努力したところの、真の改悛であった。ヘスタがピューリタニズムを長いこと捨てきれなかったように、ディムズデールもまたある種のロマンティシズムを自らのうちに引きずっていた。美しく燃えた情熱の一瞬を、彼はどうしても否定することができなかったのだ。否定できないものを悔い改めることはできない。けれども神は、そして彼の厳しいピューリタン的良心もまた、どうしてもそれを必要とする。神の許しは犯された罪の重さよりもむしろ、犯した人間の改悛の深さにあるからだ。さればこそダビデも許された。「『我エホバに罪を犯したり』ナタン、ダビデにいひけるは『エホバまた汝の罪を除き給へり 汝死なざるべし』」---2Sa12:13
 それゆえ次の箴言は彼にふさわしく当てはまる、「その罪を隱すものは榮ゆることなし 然ど認(いひあらは)して之を離るる者は憐憫をうけん」---Pro28:13
 ディムズデールもどんなに「いひあらはして之を離れ」たかったことだろう。しかし真の改悛なしに告白したところで、それが神の前にどんな意味を持つか。それゆえ彼は苦しんだ。彼の良心は彼を容赦せず、彼を四六時中責め苛んだ。彼はヘスタではなかった---真の改悛を、そして神の是認を得ようとする努力のもとに運命づけられた人であった。彼は日夜苦行を積んだ---断食し、寝ずの行をし、厳しい自己内省を続けた、あたかもそうするとによって己れの魂を浄めることができるかのように。改悛の発露としての苦行はあり得ても、苦行によって改悛を生み出すことなど不可能であるのに。「ねがはくは我をして心ひとつに聖名をおそれしめたまへ」(Ps86:11)と、彼もまたどんなに熱烈に祈ったことだろう。偉大なる苦悩---すさまじい自己分裂。「もしも英雄的行為がそのなされた戦いの激しさと大きさとによって測られるのであれば」とR.スチュアートは注解している、「(ヘスタと比べて)ディムズデールの方がもっと英雄的であった」
 彼の激しい苦悩はその肉体を蝕み、彼は哀れなほど青白くやせ衰える。しかしまた一方で、まさにその苦悩が彼の知性と道徳的感覚とを異常なまでに研ぎ澄まし、彼は以前にも増して絶大な支持と名声とを得るのである。同じほど優秀であったはずの聖職者仲間より彼を抜きん出さしめたのは、ペンテコステの際に与えられた火のような(Act2:1-)その言語能力であった。文字通り異言を話す能力ではなくて、人に対して心そのものの言葉(Heart's native language)でもって語りかける力である。というのは、彼は今や罪を知り、耐え難い荷を負ったので、罪深い人間たちに、潔白の壇上からではなく、心のすぐ近くに立って語りかけることができたのである。その近しさが人の心を動かすことは恐ろしいほどであった---人々は彼の説教が、どうしてかくまでに自分たちを動かすのか分からなかった。人々は彼を天からの贈り物、聖なる奇蹟と看做した。だが実際には、この奇蹟をもたらしたのは隠された罪だったのである。
 それゆえ我々はここに、罪の効用ということを考えないわけにいかない。G.グリーンの<権力と栄光>におけるウィスキー・プリーストも、己れが罪を犯して初めて人々に対して真の愛と同情を抱くようになる。彼は人の弱さを知り、理解し、許すことを知るのである。彼が神と人とに対して抱く愛情は胸を打つ。「あの頃は確かに罪は犯していなかったが、誰に対しても愛情を覚えたことなどなかった。ところが、堕落した今となって、彼は初めて---」
 それでは最初の罪の効用とは何か。先人もこの問題を考え、フェリクス・クルパ 'Felix Culpa’---幸福なる堕落、という考え方を編み出した。それがなければ知ることがなかったであろう贖いの恩恵を知り得たがゆえに、人類の堕落は幸福であったとする考え方である。しかり、我々は最初の罪によって、人類に対する神の愛の深さを知った。知識が幸福を増し加えると仮定するならばであるが。そしてまた我々は人類の堕落がもたらした苦痛と悲惨とを知り、それゆえに与えられながら失ってしまった完全性のすばらしさを知った。その一方で、不完全性ゆえに人間存在の神秘は深みを増し、不完全性ゆえに文学なるものが生まれたりもした。また我々は、人は堕落してなおこれほどまでに愛し得るのだということを知った---アダムとエバはエデンですべてに満ち足りながら神のことを全然愛さなかったが、ローマの迫害下やナチの収容所で、人がいかに神を愛したかを見よ。
 <失楽園>の最終巻における、ミルトンのアダム。

   今や私の犯し私の起こした
 罪を悔いるべきか、あるいはさらに多くの
 善が---神にはなお多くの栄光、
 人には神よりのなお多くの恵みが---
 それより出て、み怒りの飢えに慈悲の
 あふれるのをよろこぶべきか、私は大いに迷う。

       Full of doubt I stand
 Whether I should repent me now of sin
 By me done and occasioned, or rejoice
 Much more that much more good there of shall spring
 To God more glory, more good-will to men
 From God--and over wrath grace shall abound.

 しかし、それでもやはり、こういう考え方は人間的であって、キリスト教徒にはふさわしくないのだろうと、Aには思われる。アダムが罪を犯したとき、神は彼のことを呪ったのであって、祝福したのではなかった。我々はこの事実を心に留めるべきである。起こってしまったことだからせめていい方に解釈しようとする態度は、真実を曇らせてしまう可能性がある。神は初めから、そんなことを計画してはいなかったのだ。
 キリスト教徒たらんとする者は誰でも、物事をすべからく神の視点から見るように努めなくてはならない。そのように努めるとき、彼は知る---例えば<緋文字>のような作品がどれほど偉大であろうとも、それがある側面からすれば幾分冒瀆的であるという事実を消し去りはしないことを。

 <緋文字>、続き。
 七年の歳月を経て、かつての恋人たちは森で出会う。ディムズデールが苦悩のためにやつれ果てているのを見て、ヘスタは心を打たれる。彼女のロマンティシズムが燃え上がるのはこのときである。私たちはもう十二分に罪の償いをした、と彼女は言う。もうこれ以上苦しむ必要はない、と彼女はディムズデールを説得しようとする。一緒に逃げよう、過去を振り捨てて、新しい人生を始めようと。そうして彼らは近日中、ボストン港より英国ブリストルへ向けて出帆する段取りを整える。
 ところが、新しい人生はついに始まることはない---一度ディムズデールの心の中に起こった革命は、それよりもさらに激しい反動を、彼が今までなし得なかったことをなさしむるほどの反動を引き起こす。ヨーロッパへ向けて発つはずだったその日、彼は七年前ヘスタが立った同じ絞首台の上に立ち、呆然と息を呑む群衆の前でついに己れの罪を告白する。そしてそのために己れの全精力をすっかり使い果たしてその場にくずおれ、息絶えるのである。いまわの際にヘスタは尋ねる---私たちはもう一度会えるのでしょうか? お黙りなさいヘスタ、と彼は応ずる。我々は罪を犯したのだ、どうしてそんなことが期待できようか。神のみぞ知る---そして神は恵み深い! かくまでの苦しみを、かくまでの恥辱の死を与えることによって私に恵みを示されたのだ。それがなかったならば、私の魂は永久に失われていたことだろう!
 神のみを見つめた男の言葉は、幾分自分勝手に聞こえる。徹底的に苦悩することを放棄しなかった己れを誇っているようだし、そうすることによって己れは救われたと考えているらしいが、ヘスタの救いのことはほとんど頭にないようである。以上の点からすると、とロバート・ペン・ウォレンは注解している---ディムズデールこそは究極のエゴイストだったのではあるまいか?
 しかし本当にそうだろうか。ヘスタが彼の魂の本質を決して理解し得なかったように、彼もまたヘスタのことを決して十分には理解しえなかったのではないか? 己れの罪を悔いて神の前に頭を垂れる必要を認めない女、神の許しと救いとを求めない女なのだ、彼女は。そういう女に対して、“doomed to penitence"(ウォレン)たるディムズデールが何かしてやろうとしたところで、一体何ができたであろうか。彼はついにサタンを足の下に砕いたのだと、R.スチュアートは注解する。(Rom16:20参照)神の視点はこちらの方により近いであろう。己れが己れに対して勝利したのだ、神に向かう意志がロマンティシズムを退けたのだ。彼は救われた---火によるかのような救いではあったが、と、再びスチュアートは注解している。(1Co3:15参照)或いはそれは自己欺瞞であったかもしれない。しかしかくほど真摯なる自己欺瞞を、神は憐れみたまわないだろうか? 罪のうちに宿された人間が神に近づこうとするとき、ある種の自己欺瞞はどうしても免れないのである。
 ディムズデールの苦悩に満ちた生涯が示した一つの教訓について、ホーソンは自ら終章で説明している。それは、神の視点からすれば我々は皆等しく罪人であるということ(in the view of Infinite Purity, we are sinners all alike---Rom3:23参照)、人間それ自身の正さなどというものがいかに無価値であるか(how utterly nugatory in the choicest of man's own righteousness )ということである。言い換えれば、人の罪というものがいかに抜き難いかということだ。
 一方ヘスタの方はずっと長く生き、ヨーロッパへ渡ったりもするが、結局ニューイングランドに戻ってきて、死ぬまでそこに留まった。胸の緋文字はもはや罪の印ではなかった。悲しみはすでに皮袋を満たし、それは畏敬と崇敬の念をもって見られるのであった。悩める者は来て、助言と慰めとを求めた。彼女は己れの信念を語った---いつの日かより輝ける時代が到来し、新しい真実が顕されるであろう、そしてそのあかつきには、男と女の関係は、互いの幸福のより確実な土台の上に築かれるであろうと。初めのうち、彼女は自分が女預言者たるべく運命づけられているのではないかと考えたりもする、けれども罪と恥辱と悲しみとを背負った女が神の啓示を担うなどということはついに不可能なのであった。
 こうしてみると、ホーソン自身はどちらの生き方をも完全に是としてはいないことが分かる。結局のところ完全に正しいのは神だけなのだ。それではあまりにも虚しいではないか、二人ともあれほど自らをすり減らして精一杯生きたのに、それではあまりに絶望的ではないかと、人は問うだろうか。しかり、人間存在がいかに虚しくて絶望的なものであるかを仮借なく直視するところにホーソン文学の本質がある。そして、まさにその厳しさこそがヘスタやディムズデールのような英雄を生み出したのだ。

 ホーソンはあるとき、ゴシック大聖堂を見たときの感想を次のように記している--
「私はその高き霊性の次元まで昇ってゆくことができなかった。・・・私は昇ってゆこうと努めながらなおも落ち続け、ある種の絶望のうちに横たわっていた--溢れ出る、理解され得ぬ美が、自分の上に注ぎ出されているのを感じながら。・・・私はなおも下界から、恐るべき距離を隔てて見つめていた、内奥の神秘から引き離され、締め出されながら見つめていた。ただ、自分の限界についての痛切な自覚と、そういう限界を超えて飛翔したいという半ば抑制された願望を持ったことは、私にとって極めて価値あることだった。それは私がいかに地上的な存在でしかないかを示し、不滅なるものについて囁いてくれた」
 Not that I felt, or was worthy to feel, an unmingled enjoyment in gazing at this wonder. I could not elevate myself to its spiritual height・・・I continually fell back lay in the kind of despair, conscious that a flood of uncomprehended beauty was pouring down upon me,・・・I should still be a gazer from below and at an awful distance, as yet remotely excluded from the interior mystery. But it was something gained, even to have that painful sense of my own limitations, and that half-smothered yearning to soar beyond them.

 それは<緋文字>の底流を流れている感情を、実によく表しているのではないか? ハーバート・リードは次のように注解している--
「人間の有限と絶対者の無限との間に存在する目の眩むような深淵を感じ取るこのような感覚こそが、芸術においても宗教においてもすぐれて北方的もしくはゴシック的感受性というべきものである。ホーソンはこうした感覚を極めて純粋に表している。のみならず、彼はまたゴシック聖堂を目にして、自分の限界についての痛切な自覚をも感じている、なぜなら、有限と無限とのこうした感覚、そして有限の中の無限についての感覚、こうしたものは、組織された普遍性の宗教から発するような、感情の力に触れることを通してしか表現され得ないものだからである」
 This sense of an almost giddy vertiginous gulf between human finiteness and the infinity of the Absolute, whether in art or in religion, is the peculiar Northern or Gothic sensibility; and Hawthorne is a very pure representative of it. Nevertheless, he might well feel the painful sense of his own limitations at the sight of a Gothic cathedral, because this sense of the finite and the infinite, and of the infinite in the finite, can only be expressed through the access of an emotional force such as comes from an organized and universal religion.

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