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Posted by つくばちゃんねるブログ at

2009年11月11日

エニスの修道士(普及版)

愛蘭土物語 クレア篇1
エニスの修道士 The Abbey at Ennis
クレアの州都の物語(普及版)
2009 by 中島 迂生 Ussay Nakajima



 われを胸におきて 焼き印と刻め
 わが名 腕におきて とわに色褪せぬ しるしとなせ

 そは 愛は死のごとく強く
 とこしえの想ひは シェオルに同じ 

 愛は燃ゆる炎 大水も止めえず
 逆巻く流れも さらにとどめえず

 愛は時を越えて とわにさながらに
 闇にかがやける ヤハの炎


 これは、今から千年も、いやもっと昔、遠く遠く西の果てアイルランド、クレア州のエニスという町で起こった物語だ。
 それはこの国にキリスト教がもたらされてまだまもない頃のこと、アイルランドに今よりずっとたくさんの妖精たちが住んでいた頃のこと。・・・

 エニスの町を抜けて流れるファーガス川のほとりは美しいところだ。
 白い泡をいくすじも浮かべてすばやく、しずかに流れゆく、暗く澄んだファーガスの流れ。
 岸辺にはみどりの木々が茂り、川もてにそのこずえを映している。
 セージやヴァレリアンの花が群れ咲き、流れには青鷺やかわせみが魚をすなどる。
 かわうその親子も住んでいる。
 そしてもちろん、妖精たちも。・・・
 
 そのころ、この川のほとりに、石造りの小さな修道院が建っていた。
 ぐるりを木立にかこまれて、訪れる人もめったになく、ひっそりと外の世界から閉ざされて、ここで人々は暮らしていた。
 鐘楼の鐘の打ち鳴らすリズムに合わせてミサをあげ、学問に励み、写本をつくり、菜園を耕したりして、日々の仕事に精出していたのだ。

 あるときひとりの見習い修道僧があたらしく入ってきた。
 その名をアマナンといった。

 しかし、それはなんという若者だったことだろう。
 聖書に出てくるダビデは顔立ちが美しいことで有名だったが、そのダビデもこんなふうだっただろうか。
 その細おもては蝋のように白く 透き通るばかり、すっと通った鼻すじはギリシアの彫刻像のようで、紺碧の瞳と対照を成す唇は紅い林檎のよう、その巻き毛は暗いブロンドだった。
 その美しいことは修道士の衣に不釣合いなほどで、その姿を見ると、みなが驚いて振り返るのだった。

 年老いた修道院長ははじめから、いくぶん心配そうにこの若者を眺めた。そして、
「何がお前にこの道を選び取らせたのか。ほかの道に心残りはないのか。
 この道は、お前には荷が勝ちすぎるかもしれないが」
と尋ねた。

すると若者は答えた。
「私が生まれたときに、ジプシーの女が占って『この子は将来、女のために大きな災厄に遭うだろう』と予言しました。それで私の両親は私を修道院に入れたのです。
 私は主を愛し、心を尽くしてこの身を主のために捧げるつもりです。ほかの道に、心残りはありません」

 それを聞いて、修道院長はますます心配そうな顔になったが、口に出しては何も言わなかった。
「まずは様子を見てみよう。それが主のご意志なら、この若者をしかるべく守り導いてくださるだろう」と考えたのだ。

 修道院での生活が始まった。
 そこは、小さいながらも活気にみちたところだった。
 彼らは自分たちの必要をほとんどみな自分たちの手でまかなっていたので、ありとあらゆる仕事があった。
 菜園では野菜や香草が育てられていたし、粉を挽いてパンを焼いたり、服や履きものを繕ったり、それから建物の手入れや補修などの雑仕事もなされねばならなかった。

 この若者は、はじめはただその美しさのために目立ち、そのために不当な扱いを受けたり、いやみやあてこすりを言われたりすることも少なくなかった。
 しかし、彼は聞こえないふりをして、黙って辛抱した。

 彼は心のまっすぐな若者だった。
 その心はひじょうに誠実で、勤勉で、主の道に熱心だった。
 目上の者には礼を尽くし、自分のあとから入ってくる年若い者たちにはやさしく親切であった。
 そのため、時たつうちにやがて誰もが彼を心から受け入れ、その人柄のために彼を愛するようになった。
 その美しさのために陰口をきく者はいなくなった。

 ただひとつ、この若者はひどく繊細で、神経がこまやかだったので、夜寝つきが悪く、眠りもひじょうに浅いのだった。
 ただこの点だけが共同生活に差し障った。

 一日のお勤めを終え、床に入ったのちでも、気もちが高ぶっていたり、仲間たちのたてる物音が気になったりすると寝つかれなくなって、そうするとそっと寝床を抜け出しては、月の光の下で庭を歩きまわりながら、アヴェ・マリアや主の祈りを朗誦したり、賛美歌をうたったりするのがいつものことだった。

 ある晩、修道院長が窓を開けて首を突き出し、
「アマナンよ」と言った。「これではお前はすべての兄弟たちを起こしてしまう。賛美歌を歌いたいのなら、ここではなく、向こうの川の方へ行ってしなさい」

 そこで、それ以来、アマナンは修道院の庭ではなく、少し離れた川のほとりへ下ってゆき、そこで時を過ごすようになった。

 ある晩、いつものように川に沿って行きつ戻りつ巡りながら賛美歌を歌っていたときのこと、アマナンはふと、自分の声がかすかなこだまを伴うかのように二重になって聞こえてくるのに気がついた。
 そこで急に声を途切らしてみると、こだまの方もほんの少し遅れて途切れたが、そのひびきがやわらかくあとに残るのだった。

「天使が私といっしょに歌っていたのだ」とアマナンは考えた。「主は私の祈りを聞いて、私を力づけるためにご自分の天使を遣わしてくださったのだ」

 そののち、同じことがたびたびあったので、彼はたいへん不思議に思うようになった。
 こだまはどうも、いつも川の方から聞こえてくるようだったが、川岸には木立ややぶが生い茂っていて、こちら側から容易にそのおもてをのぞむことはできなかった。

 あるとき、彼は、自分の声にあわせて歌っているその声がかつてなく近くまでやってきているのを感じて、どうしても、その正体を確かめないではいられなくなった。
 そこで、調子を変えることなく歌いながらそっとやぶかげに近づいてゆき、それからふいにやぶをかきわけて川のおもてをのぞきこんだ。

 その途端、彼は驚きに打たれて立ちすくんだ。

 月光をあびてきらきらと銀色に光る川おもてに、彼が見たのはひとりの女の顔だった。
 湖のようにあおく澄んだふたつの瞳が大きく見開かれて、やはり驚きのあまり動けなくなって彼を見つめていた。
 そのおもては透きとほるように白く、その川藻の緑色の髪はゆたかに波打ってその体を覆い、彼女は岸辺の葦のあいだに、なかば水に浸かって腰かけていた。
 そして今にも水にとびこんで逃げ去りそうなそぶりを見せたが、どうしてか思い直してその場にとどまった。

「娘さん」と、驚きから立ち直ったアマナンが声をかけた。
「今はあなたのような若い娘さんが外に出ている時間ではない。それに、そんな濡れたところにいたら、風邪をひいて死んでしまう。」

 すると、若い女は黙っていたが、やがてしずかな、やさしい声で答えた。
「こんなに月の美しい晩ですもの、楽しみたいのはあなただけではありませんわ。
 それに、水には、慣れております」

 それはまさしく、アマナンが毎晩聞いていたあの声だった。
 それは若い水の精で、夜ごとアマナンが歌う調べがとても美しいので、意味も分からぬまま、毎晩聴いているうちにすっかり覚えてしまったのだった。
 水の精はその名をエルダといった。

「どうぞ、あなたのその歌を続けてください。それを聞くのが、私の喜びなのです」
と、彼女は頼んだ。

 アマナンには、この女が人間ではなく、別の種類の生きものであることが何となく分かったが、だからといって邪険にしてはいけないと思った。
 主のことばを望む者に、どうして拒んでよいことがあろうか?・・・ 

 そこで彼は賛美歌のつづきを歌った、すると女もいっしょに歌うのだった。
 ひと言もたがえることなく、すっかり覚えこんでいるのに、アマナンは心底驚いた。

 妖精は人間と違って一千年も生きる、けれども人間のように魂を持たないから、世界の終わりのときには、輝く泡のように散って消えてしまう。
 当時のアイルランドでは、そんなふうに信じられていた。

 彼ら妖精たちが主のみ前でどんな立場を得るかに関しては、必ずしも意見が一致しなかった。
 恩寵を受けることなどありえないという者もあれば、主を信ずる者には救いが与えられることもある、と考える者もいた。

 アマナン自身は、中央でなされているそういう難しい論議にはあまり通じていなかったけれども、彼女のようにやさしく、控えめな性質の生きものを、心のひろい主が拒まれるはずはないと思われた。
 しかし、そのためにはまず、彼女に主の道を教えなくてはいけない。

 そこで、彼は川のそばに腰をおろし、天地創造のことから始めて、アダムとイヴのことや、アブラハムのこと、処女マリアのことや主の生涯について、できるだけ分かりやすいことばで、水の精に話して聞かせた。
 水の精は黙って耳を傾けていた。

「明日の晩もここへいらっしゃいますか」
 アマナンが立ち上がったとき、水の精は尋ねた。
「明日の晩も来よう」とアマナンは言った。

 それからほぼ毎晩というもの、彼は川ほとりで待っている水の精を訪ねていっては、主の道についての色々な話をしてきかすようになった。
 それまでのように、いっしょに朗誦したり、歌ったりすることもあった。
 ひとつの朗誦が終わると、彼はその意味を説明した。

 何が話されても、水の精は熱心に、注意ぶかく聞いていた。
 しかし、少しもその意味を理解してはいなかった。

 あたらしくやってきた神さまや、それにまつわる色々な話は、彼女にはあまり関心がなかったし、それが自分にどう関係するのかも分からなかった。

 彼女は、ただアマナンの声の調子がとてもすばらしいので、その歌や、詞のことばを覚えたにすぎなかった。
 その話にしても、彼のように美しい若者が、自分に向かって何やらとてもいっしょうけんめいに話すので、こちらもついいっしょうけんめいになって聞いていたにすぎなかった。

 だが、アマナンの方は、昼間のいつものお勤めの上に、夜のあいだのこの別の仕事が重なってつづいたために、だんだんとその身をすり減らしていった。
 彼がとてもやつれて青い顔をしているので、仲間たちは心配して小声でささやき交わした。

「アマナンよ」と修道院長は彼に尋ねた。
 「夜は眠れないのか。何かお前の心をふさいでいる悩みがあるのか。さいきん、お前は川から戻ってくるのがずいぶん遅いようだが」

「いいえ。そのようなことはありません」と、アマナンは答えた。
 すると、修道院長は彼をじっと見て、
「気をつけなさい。あそこの川は見かけよりも深いのだ」と言った。

 さいしょ、彼がエルダのことをほかの誰にも話さなかったのは、彼女が魂をもたない水の精であることを知って、心ない者が彼女について、いわれのない非難をあびすのではないかと気づかってのことだった。
 しかし、日がたつにつれ、彼は自分がエルダのもとへ通う理由が、もはや主のための熱心さゆえだけではないことに気づいていた。

 炎が彼の心を焦がし苦しめた。
 彼ははじめ、そのことを自分自身に対して認めようとしなかった。
 しかし、打ち消そうとすればするほどに、その炎はいよいよ激しく燃え盛り、すべてを焼き尽くす地獄の火のように、彼の心を苦しめるのだった。

 ついに彼は自分に言った、
「私は自分を欺いている。『人の心は何物にもまさって不実であって、はなはだ悪い。誰がそれを知りえようか。』こうしたことが続いていってはいけない」

 そこで、ある晩、いつものようにエルダと語らったあと、アマナンは、
「私はもう、ここへは来ない」と言った。

「いったい、それはどうしてですか」とエルダが尋ねた。

「私は、お前を主のもとへ導くのにふさわしい器ではないからだ」と、アマナンは答えた。
「しかし、ご意志であれば、主はお前に救いを与えるために、誰か別の者をお遣わしになるだろう」

 それで水の精はたいへん悲しんだが、彼をひきとめようとはしなかった。

 それから彼は川へ行くことをやめた。
 しかし、その心の苦しみはいや増すばかりであった。

 あいかわらず夜は眠れないので、川へ行く代わりに礼拝堂に入って、夜通し一心に祈りつづけた。
 昼のあいだは以前にもまして、心をこめてミサや労働に携わった。
 それでもなお、エルダの面影を払いのけることはできなかった。
 彼は苦しみに疲れ、やせ衰えてゆくばかりだった。

「アマナンよ」と、修道院長は彼に言った。
「私にはどうしても、お前が何かの悩みを抱えているように見える。

 聞きなさい。
 主は、ご自分に仕える者たちが喜びのうちに仕えることを望んでおられ、けっして、苦しみながら仕えることをお望みにならない。

 それがお前の願いでないならば、僧衣を脱ぐがよい。
 お前の欲するものが、商いや、徒弟修業であるならば、都市へ行きなさい。
 お前の欲するものが、畑や、羊であるならば、野へ行きなさい。
 そして」

 彼はややためらってからつづけた、
「お前の心の中にだれか想う娘がいるのなら、彼女のもとへ行きなさい。

『もし己れを制することができないならば、結婚しなさい。
 燃える想いを持て余しているよりは、結婚する方がよい』
 と、聖パウロもおっしゃっているからだ」

 すると、アマナンは、長いこと黙っていてからこう言った。
「私の心からの願いは、今なお、ただ主のためにこの身を捧げることなのです。
 もしも私の心が罪を犯すことを望んでいたとしたら、私にとって、むしろその方が楽だったことでしょう。
 ところが、そうではないのです!・・・私が苦しんでいるのは、そのためなのです」

 そして、よろめくような足どりで、修道院長のもとから出ていった。
 修道院長は、たいへん心配そうな面持ちで、そのあとを見送った。

 はじめてエルダに出会ったのと同じ、月の明るい晩のことだった。・・・

 昼の間の照りつける日射しが夕方の涼しさにやわらげられ、ゆらゆらと立ちのぼる水蒸気となって、ふるえるような月の光だ・・・ 
 庭はむせかえるような花々の香りにみちて、ゆらめく水の底のような、この世ならぬありさまだ・・・
 そのあかるみがアマナンのまぶたを開かせ、それからもう眠れなくなった。
 夢かうつつかも分からないまま、彼は寝床を抜けてさまよいいで、川べりへ通ずる道を下っていった。

 そこに何を求めたわけでもなかった。
 あれからもう、ずいぶん長いときがたっていたのだ。
 彼はただ、もういちど月の光を浴びて銀色に輝く川のおもてを見たいと思っただけだった。

 けれども、しずかな川岸の同じやぶ陰に彼が見たものは・・・

 あのときと同じ、湖のようにあおく澄んだふたつの瞳、ゆたかなみどり色の髪の、うつくしい妖精エルダの姿だった。 

「エルダよ」と彼は言った。「お前のことを考えて、私は寝つかれなかったのだ」
「わたくしも同じです」とエルダは答えた。

 その夜の逢瀬がどのようなものであったか、今となっては誰も知るものはない。・・・

 しかし、次の朝、夜が明けてまもないころ、門の守衛は川の少し下流のところで、うつぶせに倒れているアマナンの死体を見つけた。

「瞑想にふけって、川ほとりを歩きまわっているうちに、あやまって足を滑らせて落ちなさったのです。
 あの方は、それがいつもの習慣でいらしたから」
と、守衛は言った。
 アマナンの仲間の修道士たちの誰もがそう思った。

 事の真相を感づいていたのは、ただ年老いた修道院長だけであった。
 だが、彼はあえて死者のためのミサを断ろうとはしなかった。

「足を滑らせはしたかもしれないが、あれはともかく、さいごまでとがめのない若者であったのだ」と彼は自分に言ったのだ。

 とむらいのミサのあと、アマナンの棺が運び出されて修道院の裏手に掘られたつつましい墓まで運ばれてゆくときのこと。
 彼らは葬列のいちばんうしろに、少し離れてひとりの見慣れない女がついてくるのに気がついた。

 彼女は白い長い衣で全身を頭からすっかり覆っていたが、まるで水から上がってきたばかりのように、その衣はぐっしょり濡れて女の体に貼りつき、その裾からぽたぽたと雫を滴らせていた。
 そして見るも痛々しいばかり悲しみに打ちひしがれ、肩をふるわせてむせび泣き、両の手で顔を覆ってあとからあとから涙を流しながら彼らのあとにつき従ってくるのだった。

「あの女はだれだろう」と、修道僧たちは問い交わした。
「たぶん、だれかアマナンの家の者だろう。
 あんなにひどく悲しんでいるところを見ると、実の女きょうだいかもしれない」

 老修道院長だけが、女の正体に、何とはなしに気づいていた。
 彼は鋭い目でじっと女を見つめたが、ついに何も言わなかった。
 女の悲しみようが、たいへんひどいのを見たからだった。

「いや、このうえさらにどんな重荷をも、私は彼女の上に加えるまい」と彼は考えた。「『神はすべての事柄、すべての隠された事柄をご存じであって、それがよいか悪いかを裁かれる。』
 まことの主が、ふさわしく判断なさるであろう。・・・ 」

 そのあと二度とふたたび、彼らはその女を見ることはなかった。・・・

            

 それから一千年ものときが、いや、もっと長いときがたった。
 老修道院長や、アマナンの仲間の修道士たちもみな去っていって、主の祝福のうちに安らかな眠りについた。
 川ほとりにたつ修道院や、石のケルト十字の並んだその中庭も、長いときのたつあいだにすっかり風化して、廃墟となった。

 エニスに人が増え、やがて州の都として栄えるにつれ、ファーガス川に住んでいた水の精たちのほとんどは、もっと奥まった、しずかな住みかを求めて去っていった。・・・

 けれども、なかにたったひとり、立ち去らぬ者があった。
 どんなに人が増え、馬車が行き交い、ごたごたとして住み心地が悪くなっても、彼女はそこにとどまった。
 忘れえぬ者の記憶が、彼女をこの場所に、永久に繋ぎとめていたからだ。・・・

 月の明るい晩、町ぜんたいがひっそりと寝しずまったあと、昔のように岸辺の葦のあいだに腰をおろして、彼女は今も歌を歌う。
 それはかつてアマナンが歌っていたのと同じ歌だった。・・・

 あいかわらず、歌の意味も、あたらしい神さまのことも、エルダにはちっとも分かってはいなかった。
 彼女はただ、思い出のひとがそれを愛していたからというだけの理由で、それを愛したのだ。

 ファーガス川には天使が住んでいる、と、いつしか人びとは言い習わすようになった。
 夜遅く、川のそばを通ると、えもいわれぬやさしいひびきで、古い賛美歌を歌う声が聞こえるのだ、と。・・・

 けれどもそれは、ほんとうは、天使ではない。
 それは、かつてただ一度限り愛した者の死を、一千年間も悲しみつづけている、ファーガス川の水の精の歌声なのだ。・・・

   

2008年11月20日

エニスの修道士

愛蘭土物語 クレア篇1
エニスの修道士  The Abbey at Ennis
クレアの州都の物語
2005  by 中島 迂生 Ussay Nakajima  劇団 バリリー座 初演作品

 初演作品は、アイルランド西部クレア州の州都エニスを舞台とした<エニスの修道士>。
 時代は千年前、この国にキリスト教が入ってまもないころの、若き修道士と水の精の悲恋の物語です。
 少し地味でストイックな作品かもしれません。
 でも、どうしてもこの作品を初演にもってくる必要があったのです。
 実質上、この町から私のアイルランドの旅は始まったからです。・・・



 われを汝の心におきて印のごとくし
 汝の腕におきて印(おしで)のごとくせよ
 其は愛は強くして死のごとく
 嫉妬は堅くして陰府(よみ)にひとし

                雅歌(*1)


 ダブリンへは、北ウェールズから舟で渡った。北の果て、ごつごつとした岩山ばかりの間にわずかに貼りつくようにしてひとかたまりの家並が見える、さびれた港町から、数時間ばかりの航程である。・・・ ウェールズより西になると雨が多い。ほとんど一年中、雲間の途切れることがない・・・ この日も朝からどんよりと灰色の曇り空が低く垂れこめ、海上に出るとほどなくこまかい雨粒がガラス窓を叩きはじめた。・・・ 陸影は雨に煙って、見るまにうすぼんやりと霞んでゆく、水平線もあいまいにかきくもり、同じ色あいに溶けあってしまう・・・

 おおげさなばかり騒々しい振動音をたてながら ゆっくりとアイルランド海を横切ってゆく汽船は、老いぼれたロバのような年代物だ・・・ときどきぼうっと汽笛をならす、くたびれた人間が溜め息をつくように。・・・

 ウェールズ側のさいごの島影がまだ消えぬうち、アイルランドの暗い、ほそながい姿がかなたの海上にあらわれる・・・ 此地から彼地まで、ほんのひと跨ぎなのだ・・・ 甲板に出てみると、さえぎるもののない場所ではようやく立っていられるばかりのすさまじい風である・・・雨まじりの烈風が顔に叩きつけ、そのうえ震えあがるように冷たい、風はほとんどいつも西から吹くから、この航路だと大概逆風になるのである。・・・私は防水外套のフードをまぶかに降ろし、舷側にとりついて雨風の間から目を凝らした。・・・

 同じ灰色の空と海のあいだにぼんやりと奇妙なうす黄色の光に包まれて、アイルランドは宙吊りになって虚空に浮かんでいるように見えた。・・・しだいに島影は大きくなり、細部までがはっきりと見えてくる、両側に長くのびた陸を見ながらなおも船はしばらくのあいだ航路をたどり、やがて灰色にすすけた暗い港へ入ってゆく、ダブリンへ。・・・

 ダブリンでいくつか用足しして、旅に必要なものをそろえてから、列車に乗りこむ、島の真ん中を横断して、西の果てクレア州の州都エニスまで、およそ百余マイルばかりの道程を。・・・

 町並が途切れると、両のガラス窓に見えるはただ一面のみどり色、・・・みどりの牧草地、みどりの木立、みどりの丘々がはてしもなく連なり、その合間をぬって石垣がのび、羊たちが草を食む。・・・人呼んでエメラルドの島、まことに然り、・・・おりからこまかい雨が降ったりやんだり、はっきりせぬままにうちつづき、やがて何もかもがぼんやりとけぶって、白いヴェエルに閉ざされてしまう、もはや遠景ものぞめない・・・

 ゆけどもゆけども変わらない景色なので、眺めながら気づかぬまま、ときどきうとうとと眠りにおちる、そしてまた目が覚めてみると、やっぱり変わらない牧草地と木立と丘々、それに石垣に羊たちである、どれほど眠っていたものか皆目見当もつかない・・・あるいはまた、列車の方がちっとも進まずに、ただ同じところをぐるぐる回っているのではないかというふうにも思われてくる。・・・座席の背もたれのかたい感触と、ごとごとという快いリズム、夢かうつつかのまどろみのなかに、ただそれだけが定かである・・・

 途中の停車場で、熱いコーヒーと小さい肉入りパイを買って指をあたためる・・・夏の盛りとはいっても、天気がこんなふうだと決して暑くはなく、むしろ肌寒いくらいだ。・・・停車時間がずいぶん長い・・・薄暗い構内に、行き交う人々のざわめきが波のように満ちたり引いたりして、だれひとりとして急がない。この国では時間はまっすぐ流れるのではなく、円を描いてぐるぐるまわる・・・ そのときからこのかた、そういう思いとともに私は生きるようになる。・・・

 州都エニスの鉄道駅は町の中心からだいぶん離れたところにあって、その周囲はぽっかりと開けていて何もない。ただ何もかもが石炭のすすで黒ずんでいるばかりで、ぜんたい、薄汚れて、さびれて、虚ろな印象だ。・・・降りる人も多くなく、列車が着いたといって大した騒ぎになるでもない、たいがいは用足しから戻った地元の百姓や農夫たちだ。麻の袋や木箱の荷物がいくつも運び出される。柳の籠に入れた鵞鳥を運んでゆく人もある。たいていの男はがっしりとした長靴をはき、たいていの女は頭をスカーフで包んでいる。・・・

 黒く湿った敷石の上には浅い水たまりが残っていたが、雨はいっとき降りやんでいた。せいの高い教会の鐘楼が曇り空にまっすぐ聳えて、がらんと広い、ほかに何もない空の中にただ一つ、町の方向を示す目印になっている。それを目指してゆけばよい。・・・

 町に入るとそれなりの人通りはあるが、たいがいすれ違うのは町を仕事場にするものばかり・・・新聞の呼び子たち、ホテルの使用人たち、公証人に煙突掃除。・・・これが市の立つ週末ともなると、クレア州のあちこちから人々がやってきて、さびしい町もいっときのにぎわいを見せる。晩には通りのあちこちの酒場で、この地方に伝わる音楽が奏される・・・フィドルや笛を用いて全員がひとつの節を演奏する、風変わりな音楽である。・・・

 町の中心を抜けて、町を抱くように湾曲して流れるファーガス川の流れにかかった橋をわたり、わたりきってすぐ右手のところに、私がしばらく滞在していた宿があった。・・・昔、町でいちばん格式の高い、ダンスホールつきのホテルだったという古い建物で、至るところに華やかなりし当時の面影が残っていた。敷地全体が川岸に沿ってあり、たてもの部分は直接川に面して、流れのすぐ上に窓が張り出し、それにつづく広い庭園部分は高い塀で川から隔てられていた。・・・

 この宿のありさまを思い起こすにつけ、いつでもまっさきに思い出されるのは、共同寝室の入口、襞つきのうつくしいブルーのカーテンのついた、大きな観音開きの木の扉。・・・横手にはひっそりと、カーテンと同じ青衣に身を包んだ聖母マリアのエナメル画のついた、小さい真鍮の壁かけ燭台。・・・

 この共同寝室こそはかつてのダンスホールであって、その調度の典雅なさまは今なお忘れがたい印象をもってよみがえるのである・・・ファーガス川のしずかな流れに向かって張り出した窓には、金色の房飾りのついた、淡いクリーム色の絹張りシェード。・・・この窓のそばにはソファが置かれ、たぶん、昔は踊り疲れた人びとがひと休みするためにここに腰をおろして、冷たいシェリーのグラスを傾けながらおしゃべりを交わしたことだろう。・・・

 裏庭に向かって、いくども雨にたたかれて白っぽく曇った窓ガラスには、伸びるがままにまかされたみどりの薔薇の茂みがいっぱいに生い茂って一面を覆い尽くし、まるで今にもガラスを突き破って建物のなかへ押し入ろうとするかの如き勢いである・・・そこには野生のままのうつくしさがあり、ウィリアム・モリスの手になるタペストリのように、いきいきとして有機的な装飾性があった。ゆえにまた、それはいばら姫の眠るおとぎの国のお城のようでもあった。

 じっさい、そんなふうに時のとまった感じが、この場所にはあった、移り過ぎる時の流れからとり残されて、ひとりしずかな淀みにたゆとうている趣きが。・・・藤色の絨毯はダンス靴のステップのためにすり減って色あせ、やわらかな色あいのアラベスクの壁紙は端の方からはがれかけている・・・当時のままに天井から吊り下がったシャンデリア、あちこち傾いたり欠けたりして、ろうそくの炎のかたちをした電球もいくつかとれてしまっている・・・その乳白色のガラスに金色のエナメルで描かれた繊細な草花模様・・・ああ・・・今でも目に浮かぶようだ・・・すべてが当時のまま、部屋じゅうに、床まで届く長いスカートをはいた婦人たちや、口ひげをたくわえ、金ボタンの軍服を着こんだ男たちの亡霊がひしめいていた・・・過ぎにし日々の幻に取り憑かれたようなそういう場所に、私はいつでも心打たれるのだった。・・・

 この館の主人は、自分の親父の代だか祖父の代だかにあった最後の舞踏会のもようを覚えているという男だったが、いつも奥に引っこんで暮らしていて、あまりその姿を見ることはなかった。ガス燈夫の家族もいっしょに、離れに住んでいて、こちらは見かけるたび、壁塗りやら水道管の修理やら、建物まわりのこまかな手入れにかかっていた。

 建物は広大であった、中庭をぐるりと囲んでいくえにも階を重ね、たくさんの部屋があって、うっかりすると迷子になりそうである。・・・敷石をしいた小さな中庭がそのままに残され、アーチ型にくり抜かれたファサードから乗合馬車や自動車が入ってきて、四百年前と変わらずにここで人を乗せたり降ろしたりするのだった。・・・

 白く塗られたギリシャ風の張り出し窓や、惜しげもなくぜいたくな樫材をつかい、つやつや光るまで磨きこんだ、階段の手すりや柱頭の凝った彫刻、果物や植物の葉のモチーフ・・・すべてがどっしりと重厚で、時の重みにいささかとも損なわれていない、それらの造られた時代に思いを馳せると、まるで当時の栄華がそのままにずっと続くことを信じて疑いもしなかったかの如く、少しかなしくなってくるほどである・・・

 歩くたびぎしぎしときしむ廊下を抜けてゆくと、ラウンジには一台のピアノが埃をかぶっている。ぽうんとひとつ弾(はじ)いてみると、音じたいは澄んでうち響くようないい音だのに、長いこと誰も手を触れていなかったためにおそろしく調子が外れていて、何を弾いてもまともな曲になりそうにない・・・それは私に、何かひどく悲しい、それとよく似たものを思い出させたのだが、それが何なのかは分からなかった。・・・

 ぶらぶらと、ファサードを抜けて、裏手の庭園へ出てみる・・・広々として、種々雑多に植えこまれた庭木が互いにからまりあって生い茂り、草はのびるがままに任されて、白や薄桃色の夏の花々がいっせいに花開きゆく、駒鳥や歌つぐみの天国である・・・プールまである、今は使われていなくて、みどり色の雨水が溜まるままになっている。・・・ここにも半ば打ち捨てられたような、人の手を逃れ出でた感じがあって、あはれの情を催させた。・・・ことにまだ人の起きやらぬ早朝などは、露にぬれたみどりの草々を踏みしだきながら、しばしば好んでこのなかを散策したものだ。・・・

 あるとき例によってぶらついていると、突然、妙に細長い、黒いびしょぬれの生きものがよたよたと走ってきて、私のすぐ目の前を横切っていった。すっかり慌てふためいて、我ながらどうしたものか決めかねているふうだった。・・・私は呆気にとられて見送った・・・それは若いかわうそであった。どこからかうっかり庭に迷いこんだものの、川とは高い塀で隔てられているので戻れなくなってしまったのだ。かわうそが陸を走るのを見たのは初めてだった。それはほんとうに川の生きものだった・・・やたら長すぎてくねくねした胴体をもてあまし、四つの足は短すぎるし、まるで不恰好で、何かやむをえない事情でウナギが走らされたとしたらこんなふうではないかと思われた。・・・

 心惹かれるディテエルに充ちた宿であったが、なかでもとりわけうつくしいのは川の眺めである・・・食堂や共同寝室の重厚な張り出し窓からおもてを望む、すると手をのばせば届くところに、白い泡をいくすじも浮かべてすばやく、しずかに流れゆく、暗く澄んだファーガスの流れを、その光のゆらめきを見ることになるだろう、窓枠が額となって川べりの情景を切り取り、そこに絵画的なおもむきを添えるだろう・・・対岸にはみどりの木々が生い茂り、そのすがたを川もてに映している・・・堂々たるイチイの大木が枝を張り広げ、垂れ下がったその枝先を流れに浸し、そのほの暗い影間にむらさき色の花房をつけたセージの茂みや、白とピンクのヴァレリアンの花も群れ咲いている・・・一羽の青鷺がいつもこのあたりにいて、用心深い足どりで獲物を探している・・・あるいは、川もてを金属的な青いろに光るものがさっと飛びかすめてゆく、翡翠(かわせみ)である・・・かくのごとく、この町なかだというのに驚くばかり、生命の息吹きにみちているのである。・・・

 朝食のあと、カップになみなみと注がれた熱いコーヒーか紅茶を手にして、すでに高く昇りはじめた日の光のさんさんと降りそそぐ、砂利をしいたテラスへぶらりと出てゆく、それはまた何物にも代えがたい、気ままな、解き放たれた喜びである・・・太陽にあたためられた、乾いた木のベンチに腰かけて、川の情景や、左手にかかった橋を行き交う人々などを眺めていると、一日いても飽きることがない。

 人々の行き交う橋は、劇場の舞台のようだ・・・そこでは、人生という名の続きものの劇が、途切れることなく果てしなく演じられる。乗合馬車がからからと音をたてて通り、町の人びと、子供たち・・・白いエプロンをつけた小間使いたちが、知った顔に足をとめて世間話を交わす・・・昼どき近くなると、セーラー服を着た少年たちの一団が騒がしく通ってゆく、にぎやかに喋くりながら、菓子パンをかじったり、追いかけっこしたり、欄干から棒きれを放り投げたりしながら通り過ぎる、この通りをもう少し行ったところにある寄宿学校の生徒たちである・・・

 なおもこの場所からの眺めを特異なものと、ほかの何物にもまさって忘れがたいものとしているのが何であるか、私はさいしょのうち気がつかなかった。それはいかにもひっそりと、慎ましく背景に溶けこんでいたので、さらに意識しなかったのだ。

 それは古い修道院の廃墟であった・・・石造りの堅牢な建物で、屋根はすでに落ち、優雅な曲線を描いてのびたゴシック様式の細長い窓を、風がどちらの側からも吹き抜ける、薄灰色の虚空のなかに数世紀このかたずっと立ちつくしてきたのだ・・・その上端を、流れゆく雲塊のすそにいくたびとなくこすられては少しずつ削り取られ、今ではすっかり磨滅して、半ば崩れかけたような風情、それは己れの生涯をしずかに思い至す老人のように、この世ならぬ穏やかさを湛えていた・・・

 いつごろ、誰によって建てられたものか、私はついに知ることがなかった。人に聞くか、町の図書館で調べるかすれば分かったのだろうが、あえて何も知らぬままに、うち眺めてはあれこれと想像する方を好んだのである。・・・その灰色の姿は流れゆく川ほとり、岸辺の木立ごしに憂いにみちて佇んで、眺め全体に何か独特の感じを添えていたのだった。・・・

 幾日かのあいだに私は市内をぶらつき、川に沿って少しばかり歩いてみた。ここら辺りには釣り人も多かった。通りすがりに言葉を交わして、どんな魚がよく釣れるという話を聞かせてもらったりもした。それから地図を手に入れて、これからの旅程をどんなふうに進めようかと、あれこれ計画を立てたりして過ごした。

 週末になると広場に立つ市を冷やかし半分に覗いてみたりもした。そこで取引される品物の大方は、手に入れたいと願うどころか、あべこべにこうしたものを背負いこまずにすんでいることを感謝したくなるような代物だ。陶製のつぼ、柳のかご、年代物のティーセット・・・敷物やら、壁掛けやら、色々の飾りものやら・・・旅の身にしてみれば、いづれも無用の長物、やっかいな重荷でしかありはしない・・・小さい林檎をひとつ、少年から買って、かじりながらぶらぶらと見て歩く・・・しゃがみこんだ老婆の、胡桃のようにしわの刻まれた顔、そのまわりで風になぶられる赤いスカーフのすそや、ほつれた灰色の髪の毛・・・羊の囲いの傍らで、男たちの間でまとめられる商談・・・よそゆきのリボンをつけた少女たち・・・そばかすだらけの、ぼろを着た子供たち、すごい叫び声をあげながら、人びとのあいだを縫って駆けてゆく・・・

 エニスの町並はセピア色の印象である。・・・くすんだ色調の、茶色や灰色や麦わら色の石造りの建物が淡々とつづく。・・・ハイ・ストリイトのごつごつとした石畳は、靴の底にはっきりとその感触を残すほどである・・・心惹かれる細い路地や、湿っぽい石壁にはさまれて、やっと人がひとり通れるほどの狭い横丁もある・・・ファサードをくぐり抜けると、壁にもたれて乞食が居眠りをしていたり、辻音楽師がフィドルやアコーディオンを奏でて日銭を稼いでいたりする・・・その響きが路頭の敷石にひびき、通りの雑踏とまじりあって、角を曲がったのちまでも追いかけてくる・・・

 なおもこの町を思い出すとき、私の思いはくり返し、よどみなくしずかに流れゆくかのリヴァー・ファーガスの流れへと立ち戻ってゆくのである・・・通りの喧騒を逃れいで、あるいは迷路のように入り組んだ路地を抜けて、ふっとその川おもてを目にするとき、心はその涼やかな川波に洗われてひとときの憩いを得るのだ・・・

 町のまん中を流れる川は町の魂である。そしてこの川にはまだ、妖精がいる。・・・私はさいしょに見たときからそう感じ、日を経るごとにその思いをますます強めるようになった。・・・町がすっかり寝静まった夜更けには岸の水草のあいだに腰かけて、ひとりしずかにその歌を歌うのだ・・・橋を渡るたび、欄干に身をもたせて眺めやるその川底には、みどりいろの藻草がゆらゆらと、澄んだ水の流れを通して日の光にゆらめいていて、それが私の目にはいつでも妖精の髪そのものと見えるのであった・・・じっさいそのようすは波打ったゆたかな髪によく似ていて、奇妙になまなましい印象を与えるのだ、じっと見ていると、その間から、水に歪んだ青白い顔がふいにあらわれて、一瞬こちらを振り返ったような幻覚に襲われたこともひとたびならず、幾日ものあいだその面影を心に抱いて歩きまわり、現実の町のようすは幻のように彼方にかすんで、辻馬車の御者に怒鳴りつけられてはっと我に返る、というような按配であった・・・

 この川にはまだ、妖精がいる。・・・川うそがおり翡翠がいるのだから、妖精がいたってちっともおかしくはない。・・・それにしても、町はずれとはいえ一州の都である。妖精にとってはずいぶんとせわしなかろう、決して住み心地がよいとは思えない・・・ それでもいまだに住みつづけているのには、彼女をこの場所に引きとどめる、何かとくべつの理由があるのにちがいない。・・・いったい、かつてこの川のほとりでどんな物語が起こったのだろう?・・・何が彼女を引きとどめているのだろう?・・・

 橋を渡りざま、石の手すりからのぞきこんでみどりの藻のゆらめきたゆたうさまを眺めるたび、私は考えて思いに耽った。・・・そこにはきっと、今は廃墟となっているあの修道院も登場するのにちがいない、恐らくは重要な役割を果たしたのだ・・・それゆえにこそ、それらは互いが互いのために生まれてきたようにかくの如き調和を見せながら、同時になにか切羽つまったようなただならぬ哀しみを湛えている、そしてそれがこの情景を見る者をしてその足をとめさせ、立ち去りがたい心持ちにさせるのだ・・・ 

 それは過ぎにし栄華の日のダンスホールよりもさらに古く、遡ること数百年、或いはさらに遠い昔の物語である・・・ それはかつてこの場所で起こった出来事なのだ・・・水の流れの透き通るほどに、川床の小石や水草やほかのさまざまなものどもの色かたちがいよいよはっきりと浮かびくるように、幾重にも積み重なった時代の層の、その底へ底へと往き進むにつれて、真実はかえってその力を増し、なおいっそうの色あざやかさをもって立ちあらわれるのである・・・

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 今からどれほど前のことだったろう、千年、いやもっと前、この国にキリスト教がもたらされてまだまもない頃のことだ・・・その頃エニスは小さな集落にすぎず、川ほとりに建てられたこの石造りの小さな修道院とても村はずれのほんとうに淋しい場所であった、ぐるりを木立に囲まれて、訪れる人もめったになく、ひっそりと外の世界から隠されて・・・ここで人々は鐘楼の鐘の打ち鳴らすリズムにしたがって日々の簡素な暮らしを営み、日にいくどかのお勤めの合間に学問に励み、写本をつくり、あるいは菜園を耕したりして、各々の仕事に精出していたのだ。

 この修道院にあるとき、一人の見習い修道僧があたらしく入ってきた。その名をアマナンといった。

 しかしまた、何という若者だったことだろう、曰く、「わが愛する者は白くかつ紅にして萬人の上に超ゆ ・・・そのすがたはレバノンのごとく そのさまは香柏のごとし」(*2)・・・若き日のダビデもかくの如くならん、その細おもては蝋のように青白く透き通るばかり、ギリシアの彫像のようにすっと通った鼻すじに紺碧の瞳、それと対照をなす、林檎のように紅い唇、暗いとび色の巻き毛・・・その容貌の美しいことは修道僧の衣に不釣合いなほどで、こんど入ったこの若者は何者だろうと、皆が揃って振り返るのであった。

 年老いた修道院長ははじめから、いくぶん心配そうにこの若者を眺めた。そして、
「何がお前にこの道を選び取らせたのか。ほかの道に心残りはないのか。この道は、お前には荷が勝ちすぎるかもしれないが」
と尋ねた。

 すると若者は答えた。
「私が生まれたときに、ジプシーの女が占って『この子は将来、女のために大きな災厄に遭うだろう』と予言しました。それで私の両親は私を修道院に入れたのです。私は主を愛し、心を尽くしてこの身を主のために捧げるつもりです。ほかの道に、心残りはありません」

 それを聞いて、修道院長はますます心配そうな顔になったが、口に出しては何も言わなかった。
「まずは様子を見てみよう。それが主のご意志なら、この若者をしかるべく守り導いてくださるだろう」と考えたのである。

 修道院での生活が始まった。そこは、小さいながらも活気にみちたところであった。彼らは自分たちの必要をほとんどみな自分たちの手でまかなっていたので、ありとあらゆる仕事があった。菜園では野菜や香草が育てられていたし、粉を挽いてパンを焼いたり、服や履きものを繕ったり、それから建物の手入れや補修などの雑仕事もなされねばならなかった。

 この若者は、はじめはただその美しさのために目立ち、そのために不当な扱いを受けたり、いやみやあてこすりを言われたりすることも少なくなかった。しかし、彼は聞こえないふりをして、黙って辛抱した。彼は心のまっすぐな若者であった。その心はひじょうに誠実で、勤勉で、主の道に熱心だった。目上の者には礼を尽くし、自分のあとから入ってくる年若い者たちにはやさしく親切であった。そのため、時たつうちにやがて誰もが彼を心から受け入れ、その人柄のために彼を愛するようになった。その美しさのために陰口をきく者はいなくなった。

 この若者にはただひとつ困った点があって、それと明らかなとおり、ひどく神経がこまやかなので、夜寝つきが悪く、眠りもひじょうに浅いのであった。ただこの点だけが共同生活に差し障った。一日のお勤めを終え、床に入ったのちでも、気もちが高ぶっていたり、仲間たちのたてる物音が気になったりすると寝つかれなくなって、そうするとそっと寝床を抜け出しては、月の光の下で庭を歩きまわりながら、アヴェ・マリアや主の祈りを朗誦したり、賛美歌をうたったりするのがいつものことであった。

 ある晩、修道院長が窓を開けて首を突き出し、
「アマナンよ」と言った。「これではお前はすべての兄弟たちを起こしてしまう。朗誦をしたいのなら、ここではなく、向こうの川の方へ行ってしなさい」

 そこで、それ以来、アマナンは修道院の庭ではなく、少し離れた川のほとりへ下ってゆき、そこで朗誦をするようになった。

 ある晩、いつものように川に沿って行きつ戻りつ巡りながら詩篇の文句をとなえていたときのこと、アマナンはふと、自分の声がかすかなこだまを伴うかのように二重になって聞こえてくるのに気がついた。そこで急に声を途切らしてみると、こだまの方もほんの少し遅れて途切れたが、そのひびきがやわらかくあとに残るのであった。

「天使が私といっしょに朗誦していたのだ」とアマナンは考えた。「主は私の祈りを聞いて、私を力づけるためにご自分の天使を遣わしてくださったのだ」

 そののち、同じことがたびたびあったので、彼はたいへん不思議に思うようになった。こだまはどうも、いつも川の方から聞こえてくるようであったが、川岸には木立ややぶが生い茂っていて、こちら側から容易にそのおもてをのぞむことはできなかった。

 あるとき、彼は、自分の声にあわせて歌っているその声がかつてなく近くまでやってきているのを感じて、その正体を確かめたい気もちに抗えなくなった。そこで、調子を変えることなく歌いながらそっとやぶかげに近づいてゆき、それからふいにやぶをかきわけて川のおもてをのぞきこんだ。その途端、彼は驚きに打たれて立ちすくんだ。

 月光をあびてきらきらと銀色に光る川おもてに、彼が見たのはひとりの女の顔であった。湖のようにあおく澄んだふたつの瞳が大きく見開かれて、やはり驚きのあまり動けなくなって彼を見つめていた。そのおもては透きとほるように白く、その川藻の緑色の髪はゆたかに波打ってその体を覆い、彼女は岸辺の葦のあいだに、なかば水に浸かって腰かけていた。そして今にも水にとびこんで逃げ去りそうなそぶりを見せたが、どうしてか思い直してその場にとどまった。

「娘さん」と、驚きから立ち直ったアマナンが声をかけた。「今はあなたのような若い娘さんが外に出ている時間ではない。それに、そんな濡れたところにいたら、風邪をひいて死んでしまう。」

 すると、若い女は黙っていたが、やがてしずかな、やさしい声で答えた。
「こんなに月の美しい晩ですもの、楽しみたいのはあなただけではありませんわ。それに、水には、慣れております」

 それはまさしく、アマナンが自分の声に和するのを聞いたこだまのひびきであった。それは若い水の精で、夜ごとアマナンが歌ったり朗誦したりする声を快く思い、くり返し聞いているうちにすっかり覚えてしまって、意味は全く分からぬままに、いっしょになって口ずさんでいたのである。水の精はその名をエルダといった。

「どうぞ、あなたのその歌を続けてください。それを聞くのが、私の喜びなのです」
と、彼女は頼んだ。

 アマナンは、この女が人間ではなく異界に属する者であることを何とはなしに感じ取ったが、だからといって邪険なふるまいをすべきではないと思った。主のことばを望む者に、どうして拒んでよいことがあろうか?・・・ そこで彼は詩篇の朗誦をつづけた、すると女もいっしょになって朗誦するのであった。ひと言もたがえることなく、すっかり覚えこんでいるのに、アマナンは心底驚いた。

 当時、魂をもたぬ妖精たちが主のみ前でどんな立場を得るかに関しては、必ずしも意見が一致しなかった。その恩寵の全く圏外にあると考える者もあれば、主を信ずる者には救いが与えられることもある、と考える者もいた。アマナン自身は、中央でなされているそういう難しい論議にはあまり通じていなかったけれども、彼女のようにやさしく、控えめな性質の生きものを、心のひろい主が拒まれるはずはないと思われた。しかし、そのためにはまず、彼女に主の道を教えなくてはいけない。

 そこで、彼は川のそばに腰をおろし、天地創造のことから始めて、アダムとイヴのことや、アブラハムのこと、処女マリアのことや主の生涯について、できるだけ分かりやすいことばで、水の精に話して聞かせた。水の精は黙って耳を傾けていた。

「明日の晩もここへいらっしゃいますか」
 アマナンが立ち上がったとき、水の精は尋ねた。
「明日の晩も来よう」とアマナンは言った。

 それからほぼ毎晩というもの、彼は川ほとりで待っている水の精を訪ねていっては、主の道についての色々な話をしてきかすようになった。それまでのように、いっしょに朗誦したり、歌ったりすることもあった。ひとつの朗誦が終わると、彼はその意味を説明した。

 何が話されても、水の精は熱心に、注意ぶかく聞いていた。しかし、少しもその意味を理解してはいなかった。あたらしくやってきた神さまや、それにまつわる色々な話は、彼女にはあまり関心がなかったし、それが自分にどう関係するのかも分からなかった。彼女は、ただアマナンの声の調子がとてもすばらしいので、その歌や、詞のことばを覚えたにすぎなかった。その話にしても、彼のように美しい若者が、自分に向かって何やらとてもいっしょうけんめいに話すので、こちらもついいっしょうけんめいになって聞いていたにすぎなかった。

 だが、アマナンの方は、昼間のいつものお勤めの上に、夜のあいだのこの別の仕事が重なってつづいたために、だんだんとその身をすり減らしていった。彼がとてもやつれて青い顔をしているので、仲間たちは心配して小声でささやき交わした。

「アマナンよ」と修道院長は彼に尋ねた。「夜は眠れないのか。何かお前の心をふさいでいる悩みがあるのか。さいきん、お前は川から戻ってくるのがずいぶん遅いようだが」

「いいえ。そのようなことはありません」と、アマナンは答えた。すると、修道院長は彼をじっと見て、
「気をつけなさい。あそこの川は見かけよりも深いのだ」と言った。

 さいしょ、彼がエルダのことをほかの誰にも話さなかったのは、彼女が魂をもたない水の精であることを知って、心ない者が彼女について、いわれのない非難をあびすのではないかと気づかってのことだった。しかし、日がたつにつれ、彼は自分がエルダのもとへ通う理由が、もはや主のための熱心さゆえだけではないことに気づいていた。

 炎が彼の心を焦がし苦しめた。彼ははじめ、そのことを自分自身に対して認めようとしなかった。しかし、拒もうとすればするほど、エルダに対する彼の思いはかえって燃え盛り、すべてを破壊して焼き尽くす陰府(よみ)の火のように、彼を内側から苦しめるのであった。ついに彼は自分に言った、
「私は自分を欺いている。『心は万物よりも偽るものにして甚だ悪し 誰かこれを知るをえんや。』(*3) こうしたことが続いていってはいけない」

 そこで、ある晩、いつものようにエルダと語らったあと、アマナンは、
「私はもう、ここへは来ない」と言った。

「いったい、それはどうしてですか」とエルダが尋ねた。

「私は、お前を主のもとへ導くのにふさわしい器ではないからだ」と、アマナンは答えた。「しかし、ご意志であれば、主はお前に救いを与えるために、誰か別の者をお遣わしになるだろう」

 それで水の精はたいへん悲しんだが、彼をひきとめようとはしなかった。

 それから彼は川へ行くことをやめた。しかし、その心の苦しみはいや増すばかりであった。あいかわらず夜は眠れないので、川へ行く代わりに礼拝堂に入って、夜通し一心に祈りつづけた。昼のあいだは以前にもまして、心をこめてミサや労働に携わった。それでもなお、エルダの面影を払いのけることはできなかった。彼は苦しみに疲れ、やせ衰えてゆくばかりであった。

「アマナンよ」と、修道院長は彼に言った。「私にはどうしても、お前が何かの悩みを抱えているように見える。聞きなさい。主は、ご自分に仕える者たちが喜びのうちに仕えることを望んでおられ、けっして、苦しみながら仕えることをお望みにならない。それがお前の願いでないならば、僧衣を脱ぐがよい。お前の欲するものが、商いや、徒弟修業であるならば、都市へ行きなさい。お前の欲するものが、畑や、羊であるならば、野へ行きなさい。そして」彼はややためらってからつづけた、「お前の心の中にだれか想う娘がいるのなら、彼女のもとへ行きなさい。『もし自ら制すること能はずは婚姻すべし、婚姻するは胸の燃ゆるよりも勝ればなり』(*4)と、聖パウロもおっしゃっているからだ」

 すると、アマナンは、長いこと黙っていてからこう言った。
「私の心からの願いは、今なお、ただ主のためにこの身を捧げることなのです。もしも私の心が罪を欲していたとしたら、私にとって、むしろその方が楽だったことでしょう。ところが、そうではないのです!・・・私が苦しんでいるのは、そのためなのです」
 そして、よろめくような足どりで、修道院長のもとから出ていった。修道院長は、たいへん心配そうな面持ちで、そのあとを見送った。

 彼がはじめてエルダに出会ったのと同じ、月の明るい晩のことであった。・・・昼の間の照りつける日射しが夕べの涼気に出会ってなだみ、ゆらゆらと立ちのぼる水蒸気となって、ふるえるような月の光である・・・ 庭はむせかえるような花々の香りにみちて、ゆらめく水の底のごとき、この世ならぬ幻境のあわいである・・・ そのあかるみが彼のまぶたに映じて開かせ、それからもう眠れなくなった。夢かうつつか定かならぬまま、アマナンは寝床を抜けてさまよいいで、川べりへ通ずる道を下っていった。・・・そこに何も予期したわけではなかった。さいごに水の精に会ってから、もうずいぶん長いときがたっていたのである・・・彼はただ、もういちど月の光をあびて銀色にかがやく川のおもてを見たいと思っただけだった。・・・

 川ほとりはひっそりと静まり返っていた。けれどもやぶをかきわけて そのおもてを覗きこんだとき、彼が見たものはあのときと同じ、湖のようにあおく澄んだふたつの瞳、ゆたかなみどり色の髪の妖精エルダの姿であった。

「エルダよ」と彼は言った。「お前のことを考えて、私は寝つかれなかったのだ」
「わたくしも同じです」とエルダは答えた。

 その夜の逢瀬がどのようなものであったか、今となっては誰も知るものはない。・・・しかし、次の朝、夜が明けてまもないころ、門の守衛は川の少し下流のところで、うつぶせに倒れているアマナンの死体を見つけた。

「瞑想にふけって、川ほとりを歩きまわっているうちに、あやまって足を滑らせて落ちなさったのです。あの方は、それがいつもの習慣でいらしたから」
と、守衛は言った。アマナンの仲間の修道士たちの誰もがそう思った。

 事の真相を感づいていたのは、ただ年老いた修道院長だけであった。だが、彼はあえて死者のためのミサを断ろうとはしなかった。
「足を滑らせはしたかもしれないが、あれはともかく、さいごまでとがめのない若者であったのだ」と彼は自分に言ったのである。

とむらいのミサのあと、アマナンの棺が運び出されて修道院の裏手に掘られたつつましい墓まで運ばれてゆくとき、彼らは葬列のいちばんうしろに、少し離れてひとりの見慣れない女がついてくるのに気がついた。彼女は白い長い衣で全身を頭からすっかり覆っていたが、まるで水から上がってきたばかりのように、その衣はぐっしょり濡れて女の体に貼りつき、その裾からぽたぽたと雫を滴らせていた。そして彼女は見るも痛々しいばかり悲しみに打ちひしがれ、肩をふるわせてむせび泣き、両の手で顔を覆ってあとからあとから涙を流しながら彼らのあとにつき従ってくるのであった。

「あの女はだれだろう」と、修道僧たちは問い交わした。
「たぶん、だれかアマナンの家の者だろう。あんなにひどく悲しんでいるところを見ると、実の女きょうだいかもしれない」

 老修道院長だけが、女の正体に、何とはなしに気づいていた。彼は鋭い目でじっと女を見つめたが、ついに何も言わなかった。女の悲しみようが、たいへんひどいのを見たからである。

「いや、このうえさらにどんな重荷をも、私は彼女の上に加えるまい」と彼は考えた。「『神はすべてのわざ ならびに一切の隠れたることを 善悪ともにさばき給ふなり。』(*5)まことの主が、ふさわしく事を裁かれるであろう」

 彼らがこの女の姿を見たのはこのとききりで、そのあと二度とふたたび見ることはなかった。

 それから幾世紀も、長いときがたった。賢明なる老修道院長や、アマナンの仲間の者たちもみな去っていって、主の祝福のうちに安らかな眠りについた。彼らはみな一緒に同じ場所に葬られ、時たつうちに、石の十字架に刻まれたその名も風化して、苔むして傾いたり倒れたりして、ついにはどれがだれのものだか分からなくなってしまった。修道院じたいも長いあいだに何度も代変わりしたり、宗旨替えしたり、打ち壊されたり立て直したりをくり返し、やがては完全な廃墟となって忘れ去られた。・・・

 エニスに人が増え、やがて州都として栄えるにつれ、ファーガス川に住んでいた水の精たちのほとんどは、もっと奥まった、しずかな住みかを求めて去っていった。けれども、なかにたったひとり、立ち去らぬ者があった。どんなに人が増え、馬車が行き交い、ごたごたとして住み心地が悪くなっても、彼女はそこにとどまった。忘れえぬ者の記憶が、彼女をこの場所に、永久に繋ぎとめていたからである。

 月の明るい晩、町ぜんたいがひっそりと寝しずまったあと、彼女は昔のように岸辺の葦のあいだに腰をおろして、いつかアマナンがうたっていたのと同じ歌をうたった。あいかわらず意味はぜんぜん分かってはいなかった。あたらしい神さまは、時たつうちにこの国ぜんたいに広まってゆき、今ではちっともあたらしくなくなって、どちらかというと古びてしまったが、それも彼女には関係がなかった。彼女はただ、思い出のひとがそれを愛していたからというだけの理由で、それを愛したのであった。

 ファーガス川には天使が住んでいる、といつしか人々は言い習わすようになった。夜遅く、川のそばを通ると、えもいわれぬやさしいひびきで、アヴェ・マリアや詩篇の文句をうたう声が聞こえるのだ、と。・・・

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 それから何日ものあいだ、私は古い修道院あとを歩きまわってはその石壁に手を添え、あれこれと思いに描いては遠く心馳せた、その場所が活気にみちて、僧衣をまとった若い修道僧たちが忙しく行き交ってはお勤めに精を出していたその時代のありさまに。・・・石壁の内にひびくしずかなざわめきやひそひそ声、革サンダルのひびき・・・思いに耽るうちに幻は実体をともなっていきいきとよみがえり、過去の人々の面影でその場所はみたされて、私はいくたびも、ミサをあげる院長の重々しい声を聞き、彼らの衣の裾に触れるばかりにしてすれ違うのであった・・・

 厳格でありながらも、人の心の微妙さを解する懐の広さをもった老修道院長のことを私は考えた、こい灰色の、もじゃもじゃと絡まりあった眉の下からその鷲のように鋭い眼光が、一瞬自分を突きぬけて通りすぎてゆくのを感じた、月の光のさしこむしずかな礼拝堂で、かのゲッセマネの夜もかくや、悩みに打ちひしがれて真剣に祈りつづける若きアマナンの、ひざまづいた後ろ姿を、まざまざと見た思いがした・・・ああ!・・・ほんとうに、どんなにか苦しんだことだろう!・・・

 私はまた、毎晩川ほとりへ向かうアマナンを、門のところで見送った守衛のことも考えた。修道士が小脇に祈祷集や教義問答を抱えてゆくのを見て、彼はおどろき、「・・・熱心なお方だ!」と独りごちたことだろう。毎晩、彼は門を出ていっては明け方近くに戻ってくるアマナンと挨拶を交わしたことだろう・・・ご熱心なのはけっこうですが、どうかお体を大事になすってくださいよ。・・・いや大丈夫だよ、ありがとう。・・・
 
 その朝、あかつきの空の白みそめるころ、彼は心配になり、落ち着かなくなってくる・・・どうしたのだろう、あの方は、こんなに遅くなったのははじめてのことだ・・・もうすぐ朝のお勤めの時間ではないか。何かあったのだろうか・・・彼はカンテラを下げて、まだ暗いなかを川まで下ってゆく、岸辺の木々の間を歩きまわり、大声でアマナンの名を呼ぶ・・・そしてついに柳の木の根元に何かぼんやりとした灰色のかたまりを見つける、アマナンの僧衣である・・・

 その体を起こして、手首の脈をさぐり、心臓に耳をあててみて、彼はいたわしげに首を振る・・・それから彼を抱えあげようとするが、たっぷりとひだをとった長い衣は水を含んで鉛のように重たく、とうていひとりでは手に余る・・・彼はやむなく修道院長を呼びにゆく・・・老修道院長は知らせを聞いてひどく悲しみはするが、どうしたわけか、さほど驚いたようすはない、それを見て、守衛は少し不思議に思う。・・・

 注目されてしかるべきことには、ここには一人の悪役も登場しない。だれもが善意と優しさにみちている。一人の人間が死に、あるいは一つの救いが失われたのかもしれない、誰が知ろう?・・・それでもなお、すべてが限りない善意と優しさにみちていることに、変わりはないのである。どこを見渡してもはげしい断絶、冷たい拒絶などはない。だれもあえて「私のうしろに下がれ、サタンよ!」などと言いはしない。・・・

 これが愛蘭土の優しさである・・・心やさしい誘惑者が曇りのない心で罪の果実を差し出すとき、彼らの心はそのひびきに応え、彼らはついに、自らその誘惑に屈するのである・・・いみじくもアダムとイヴがさいしょに誘惑に屈して楽園を追われたとき、茨と棘草に覆われた荒野の彼方へと足を踏み出しながら、思わず振り返ってケルビムの燃える剣ごしにかつての無垢の大地を眺めやった、その郷愁にみちたまなざしのなかに、この地上においてはじめて詩と呼ぶものが、芸術と呼ぶものが宿ったことを、あたかも彼らが、生まれながらにして直観的に知っているかのごとく。・・・

 この優しさのゆえに、在来の文化とはまったく相容れぬ、厳格にして容赦のない一神教がはじめてこの地にもたらされたとき、それはヨーロッパで唯一、<赤の殉教>なしに平和のうちに受け入れられたのだ・・・ その普通を超えた優しさのゆえに、彼らはかの嫉妬深い圧制者をもうやうやしく受け入れ(そう、彼らは自分たちがそれをほんとうに受け入れたと信じている)、また同時に、もとからこの地にあるあらゆるものたち、神々や妖精や精霊や幻獣たち、そうしたものたちがそれによって少しも妨げられることなく、ひきつづきその丘々や森や荒野を自由に飛びめぐるままにしておくことを許したのだった ・・・その類まれな優しさのゆえに、最後の審判のときに、頑 (がんろう)なる神がよし彼らを許さぬとしても、彼らの方は喜んで神を許すであろう。・・・

 とむらいの日の朝は、ちょうど今日のような、肌寒い、少し霧のかかった白い曇り空だったかもしれない・・・ひっそりと薄暗い礼拝堂に灯る蝋燭の火、かたく、黒く、冷たい棺が運び出され、だれも口をきかない、堂内に響くはただ、床の敷石の上をすれる修道士たちの革サンダルの音ばかり。・・・ 目にしむばかりのみどりの夏草を踏んで、葬列は沈黙のうちに進んでゆく、そのさいごに少し離れて、なかば霧にまぎれ、なかば幻のごとく、全身を白いヴェエルに包んだ女の姿を伴って。・・・

 私はまた、その女、かつてただ一度限り愛した者の死を、一千年間も悲しみつづけている水の精のことも考えた・・・魂をもたぬ妖精どもと、我々は言ふ、しかしなお、彼らが我々のそれとは別種の、我々の大方よりもはるかに高貴な魂をもっていないと、どうして言うことができようか、彼らはついに我々とは異なった人びと、我々よりもけだかい種族の人びとなのだ・・・

 かりに彼らほどに長い命をもっていたとして、我々のうちのどれほどの者が、去っていった者の記憶を、それほどの年月にわたって保ちえようか、それほどまでの孤独に耐えることができようか?・・・世の終わりかとばかり思われる悲しみも新しい愛によってかくも容易に運び去られてしまう砂塵の性(しょう)、とかく汚なく濁り、毒をためて淀みがちな我々の孤独とちがい、おそらく彼女のそれは水底に藻をゆらめかすファーガスの流れのように透明に澄みとほり、その悲しみは朝霧をすかして梢ごしにさしこむ日の光のように、日ごとに永遠に新しいのだ。・・・

 今日も川にかかった橋の上を、町の人びとが忙しく行き交う、石畳にひびく乗合馬車の蹄のひびき、鉄の車輪のきしむ音、御者の威勢のいい掛け声が・・・行商の魚売り、白いエプロンをかけた小間使いたち、騒々しくお喋りしながら渡ってゆく寄宿学校の生徒たち。・・・

 昼のあいだは息をひそめ、水草のあいだに身を隠して往来のごたごたをやりすごすのが、今も彼女の習いである・・・けれどもとっぷりと日も暮れて、しだい人通りも閑散となり・・・薄桃色の夕映えの残光が川のおもてに映ずるに至り、岸辺の葉かげにゆったりと身をもたせかけ、しらうおの手をその額に添へてようやくと息をつく、その髪をかきあげては川もてを眺めわたし、うち仰いではしずかに昼のほてりを癒すのだ。・・・

 やがて夜も更けて、酒場の音楽もやみ果てるころ、ひっそりとしずかな往来を抜けて川にさしかかると、どこからかかすかに、うっとりと人の心をとろかすように、甘くやさしい歌声をきくことがあるかもしれない・・・しかし、注意して耳を傾けてみると、そのひびきは、天使の声と聞きなすにはあまりに深く、悲しみにみちていることに気がつくだろう・・・

 欄干ごしにそっと覗きこむと、岸辺の古いイチイの梢もと、月の光をあびて歌うその姿を、背に流れ下るみどり藻の髪を、ぬれてかがやくその肩を、あるいは目にすることがあるかもしれない・・・しかし、決してその名を呼んではいけない、決してどんな小さな物音も、茂みの葉のすれあうかすかな音や、足もとでポキポキ折れる枝の音もたててはいけない・・・その姿をおどろかし、その後ろ姿がふり向いて、湖のようにあおく澄んだふたつの瞳であなたを見つめることがあってはいけない。・・・

 ただ彼女をそのしずかな悲しみのうちに、その歌とともに しか在(あ)らしめよ・・・つぐないもなく、許しもなく、ただその永遠のかなしみがその川もてにうかぶ水泡のごとく、さこそは遠い昔、あまりに強き想ひゆえ ついにその恋人を殺めとげた、ファーガス川の水の精の姿なのだ。・・・


*1 雅歌第8章6節。
*2 雅歌第5章10-15節。
*3 エレミヤ書第17章9節。
*4 コリント前書第7章9節。
*5 伝道之書第12章14節。