2012年08月30日

仏蘭西紀2012-9

5月にさいごに訪れたカーンを過ぎ、ノルマンディーの北端、シェルブールへ。
そんなカトリーヌ・ドヌーヴの大ファンというわけでもないのだけれど。



列車に揺られて3時間。
5月のときは緑のなかに菜の花畑の黄色がアクセントで目についたけど、8月のいまは、刈り入れの終わった茶色い麦畑に、ヘイロールがごろごろ転がってる。

    

シェルブールは少しうらぶれた感じの薄暗い港町。
旅したあいだ、この町でだけどんよりと曇って、雨も降った。雨傘ともの悲しい物語が、ほんとに似あう。

              

2日目は町の中をゆっくり歩き、波止場のいちばん先っぽまでずっと歩く。

         

 

鏡を突きつけられたような気がして足がとまった。
ジャン・フランソワ・ミレーがそのさいしょの妻ポーリーヌ・ヴィルジニー・オノを描いた絵だそう。
<晩鐘>のあのミレー。もともとノルマンディーの生まれで、ここシェルブールでポーリーヌと結婚したのだそうだ。彼女は3年後に結核で死んだ。
  

Posted by 中島迂生 at 23:34Comments(0)仏蘭西紀2012その2