2018年04月23日

インテリアは、断然白!


 

このブログ読んでくださってる方は、私がつくばでもパリでも、
部屋中の家具を白で揃えてるの、何度か書いてるからご存じかも。
「揃える」っていっても、物理的にペンキで塗ってるものが多いのですが。

こちらの部屋に暮らして、白の効用で特に感じるのは

・部屋が広く感じられる
・明るく感じられる
・ものの存在感が消える
・一方で、質感やディテールなどは際立つ

などなど。
とにかく狭い部屋でねえ、息が詰まるように感じられたのが、
せっせと白に塗り替えることで、ほんとに居心地よくなりました。
せっせとモノを捨てたこともありますがね。

そして、パリはほんとに、1年の半分が冬! 毎日グレイの曇り空、
しかも私が住んでいる部屋は北向きです。
昼間でもどんよりと暗い。
白い部屋が少しでも明るさを演出してくれます。

さらに、白はモノの存在感を消してくれます。
白に塗ると、それまであった重量感がなぜかふっと消える。これぞ白の魔法!
今回おもに書こうと思うのはこの点です。
こちらの部屋で、とくに大量の白ペンキの缶と、多くの時間とエネルギーを費やしたもの・・・



それは、ものすごい圧迫感があったメザニンベッド。
はじめてこの部屋に入った瞬間、これは白に塗る!って決めた。
こんな茶色くでっかい物体が常にどーんと頭上にあるなんて、ないわ・・・。
いやいやとても、こんな状態で生きていけない。
何をおいてもまず白に塗らなくては。

どうしても絶対に塗るつもりだったので、事前に大家さんにあえて言わなかった。
許可を求めて、許されなかったら困る。
怒られようが、違約金を請求されようが、そのときはそのときだ。

けど、塗ってしまったあと、大家さんがはじめてうちに来たときは、ものすごくびくびくしていた。
「どうかベッドの色が変わってることに気づきませんように!」と心のうちで虚しく願いながら
(いやどう考えたって無理でしょ!w)
自分でも気づいていないふりをしつつ、少しでも視線をそらすよう、終始ベッドに背を向けて応対。
(ムダな努力・・・)

結果、帰り際に一言、「ベッド、塗ったのね?」とにこにこしながら言われた。
「あなたがやったの?」「はい」
それで終わりだった。
やや拍子抜けしつつも、ほーっ!!!
理解のある大家さんにこれほど感謝したことはない・・・。

私のところに限らず、こちらでは全般に、日本より寛容らしい。
賃貸のアパルトマンでも、壁の塗り替えくらいは許されるところが多いみたい。
壁をぶち抜くとかはさすがにだめでしょうけど。

 

以前にぱらぱらと読んだインテリアの本で印象的な一節があって、
それによると、「白は質感がすべて」なんだそうです。
うん、分かるなー
甘いディテールのレースや、デコラティヴなシャンデリアも、白なら優雅さとすっきり感が両立。
というか、色のバイアスがない分、かえってディテールが際立つ気がします。

いちばん身近な「環境」だから、インテリアには納得いくまで手をかけたい。
だんぜん気分がいいし、視覚的に落ち着く。
目に入るたび、しずかな満足感が。気持ちを底上げしてくれる感じ。

でも、ほんとはきっとそれだけじゃない・・・
うすうす自分でも気づいてはいたのですが
本質を突き詰めると、たぶん・・・

インテリアに主張されたり、気を遣ったりしたくない。
ただただ、私がくつろげる、よき背景であってほしい。・・・

そういうこと。
主役は私なのだから、ごちゃごちゃうるさくするな!
白い紙と同じ、そこに暮らしを描いていく、真っ白な背景であってほしい。
専制君主なのだ。
絶対王政であります。民主主義じゃない。

だから私に住まわれたがさいご、なんでもかんでも問答無用で白ペンキを塗られてしまう。
つくばの家でも、ありとあらゆる家具が白塗りされ・・・
もと紺だった冷蔵庫や洗濯機までも、嘘を塗り重ねるように白に。
塗られるほうにとっては災難かも・・・
赤の女王に怒られて、せっせと白バラを赤ペンキで塗る気の毒な家来たちみたい。
でもまぁ、仕方ないよね。
人が住むための家であって、その逆じゃない。



こちらの部屋で、ひとつだけ、どうしても不満な点が。
ずーっと3年くらい考えてるのだけど・・・
キッチンのタイルが青と白の市松模様なのです。
それ自体がとくにいやなわけではないのだけど。
でも、問答無用でアプリオリにこの柄って、なくない?

白ベースでもたまには差し色でピンクを使いたいなとか、赤いものを置きたいなとか
思うこともあるわけです。
けど、この青が強いから置けない・・・コントラストが強すぎて置く気になれない。
白の中に少しだけあるピンクと、青もあるなかでそこに加わるピンクとでは根本的に違う。
その青を、私が選んで置いたのならともかく、そうじゃないのだから。
私がピンクを置きたいときには、青は引っ込んでてほしいわけです。
でも、それができない。
器や置物と同じに、出し入れできたらいいのだけど・・・

面積的にはわずかなこの青い部分のために、部屋全体の色調が制約を受けるのだ。
しかも四六時中つねに・・・そんなのもう、暴力だわ。
否応なくタイルが青いなんて、許せない。
なんとか、現状復帰できるかたちでこの青い部分をカバーできないかってずっと考えてる。
タイルだからさすがにここは白ペンキってわけにいかない。

白いラグマットを敷いてしまうのがいちばん早いと思うのだけど、
埃がたまるのがイヤでねー
掃除機もないもので。窓からバタバタするのもイヤだし。

あとは、寸法はかって、巻けるタイプのフローリングカーペットみたいの探してきて敷く。
私としては、こんなふうにタイルなんか張らずに板張りのままのほうがよほどよかったの。
でも、水場だから板張りが傷んでたのかもね。
張るなら全部白のタイルにしてほしかったな。そしたら完璧だったのに・・・

とか・・・
諦めずに探求し続けるつもりです。




  

Posted by 中島迂生 at 07:53Comments(0)巴里日記2018-4月

2018年04月23日

食器は白でまとめたい




キッチンに常駐の、ふだん使いの器たち。
マグカップは丸みを帯びた優しげなフォルムがお気に入り。



棚のいちばん下の段が食器スペース。

服のことなんかを書いたので、ついでに食器のことなど、こちらに住んでからのもようを。
春になって、少し気分を変えようと、食器棚の上を少し配置換えしてみた。
ちょっと飽きてきた色物を、目立たぬよう重ねたりしただけだけど・・・
・・・プププッ! これ、食器棚っていうのか?

実は、ふだん使いの皿はキッチン台の壁に立てかけたりしていて、ここに戻るまもない。
ふだん使ってるのは、お皿2枚、マグカップとワイングラスくらい。
こちらでもつくばでも、食器はあまり数使わない。
持ってるの自体少ない。
わざわざ食器棚なんていらないくらい。

何でしょうね・・・ 母親が焼き物好きで、昔から食器棚いっぱい。
土っぽいやつ、笠間焼きとか益子焼とか。
陶芸教室に通って、自分で作ったりもしてたっけ。
風合いに味があって、魅力的なのは分かる。
けど、私自身はとくに興味もなく・・・ひとりで暮らしたら、こんなたくさんはいらないだろうな、とは感じていた。

かといってこだわりがないわけじゃない。
自分ではそんな厳しい条件だとは思ってないのだけど・・・
とりあえず白で、無地なこと。
それだけ。
あとは、青の草花模様とか多少入ってもまあいい。

なぜ白かって?
それは色物や柄物だと、のせる料理を選ぶから!
それに尽きます。お皿と料理の色調が合ってないといらいらするんですもの。

けど、こちらで暮らし始めたら、これがなかなか見つからない。
そのへんのスーパーでも食器などいくらでも売ってるのだけど、
ことごとくよけいな柄入りで、白無地のないこと。

さいしょの1年くらいは、持っていったコッヘルでお茶飲んでいましたよ。
間に合わせの、好きでもないカップなんて買いたくないもん。
ただの白いお皿を手に入れるまでも数ヶ月はかかった。
なんでこんなキャンプ生活みたいな・・・って思いながら。

なかでも、白のマグカップは、いまのものに出会うまで紆余曲折・・・
白でも、青白いのじゃなくて、できればあたたかい白がよい。
あんまり直線的なフォルムじゃなく、できれば卵のように少し丸みを帯びたのがよい。
そんなうるさいほうじゃない、そんな過大な要求じゃないよねと思ってたけど、これがなかなかないんだわ。
私、けっこうこだわりが大きいのかしら、もしや。

やっとめぐり合ったと思ったら、買うときは分からなかった微妙なひびが入ってて、
紅茶を入れると茶渋がそこだけ残り、洗っても取れない・・・しかもけっこう目立つところ。
フランスでモノを買うあるあるなのだ。同じ棚に並んでいても、クオリティは千差万別。(店員もしかり)
で、次のときはものすごくマニアックなまでに吟味して選ぶことに。
結局、いまのマグカップに出会うまで3年近くかかってる?

今のアパルトマンに越してきたとき、この棚の一番下の段に食器が置かれていたので、
ひきつづき食器置き場に使ってる。
というか、ほかに置けるようなとこもないし。
好みでない、柄や色の入ったものは即外へ出し、白ベースのものだけ残した。

その頃になると自分でもってきた食器も多少あって、あわさると、
最初の頃は、一人暮らしなのにけっこう多いなっていう印象。
グラスなんか8脚くらいあったかしら。
それから3年ばかり暮らすうち、お皿が3枚くらい割れ、グラスも3脚くらい割れ、今に至る。
ちょうどいい量になったかな。いや、それでも多いかな・・・
もとがけっこう多かったのでね。

割れたときは、うわ、やっちゃったー!と思うし、破片が冷蔵庫の下やあちこちに飛び散って、後始末もたいへん。
にもかかわらず、どうも、心のどこかでなにかスカッとしてるふしがある。
なんだろう・・・
やっぱり潜在意識で、「これはちょっと多いよね!」と思ってるのかも。

多すぎる服を端から着倒しながら、「よし、順調に減ってる!」みたいな。
「ちゃんと使って、全うしたよ!」みたいな。
あ、それより、冷蔵庫の食材を、無事に最後まで使い切った感じ?

ミニマリストじゃないので、もとからあったやつでもとくに嫌いじゃないものは、そのまま残しています。
たまにはお客さんだって来るし。
でも、とくに嫌いじゃないだけで、そう好きでもないのかもね。
いまあるうちの半分くらいは、結局いままで一回も使ってないし。

たとえば、5脚組のワイングラス。
多いけど、透明だし、そんなに存在を主張しないので残している。
ただ、構造的に底部分に指が届かず、スポンジを使わないと洗えない。
あと、ボディ部分に白で何かのあんまり美しくないロゴマークが入ってて、目に入ると微妙にいらっとする。
そうすると、くるっと回してロゴが側面にくるようにします。そしたら見えないので。
しまいには、自分でくるっと回ってくれないかなぁ、とか思い始めるw(いや、それはなかなか厳しいでしょー)

いまではそのうち2脚割れて、3脚になりました。
グラス割るときって、私の場合、洗ってるときに蛇口にぶつけるパターンがほとんど。
でも、ワイングラスは、それしかないのでね。
さいごまで使おうか、それとも手放して別のを迎えようか、今もモヤモヤ・・・
そういうのが、微妙で難しいやつ。



電気湯沸しやスポンジも、食器関係に含めましょう。
湯沸しは、さいきん白のに買い換えました。
さいしょ買いに行ったとき、白がほしかったけど黒と赤しかなかったの。
それで仕方なく黒を買って、3年半使いました。
毎日使ってたら少し水が洩れるようになってしまって。

それでも使えないことはなかったのだけど、
まぁここまで使ったのだしいいよね、と思って、古いほうは寄付した。
前期の怒涛の試験期間を乗り越えたお祝いw
やっぱりもともとほしかった色だと気分いいです。

食器用スポンジって、どうしてああも主張の激しい黄色と深緑なんでしょうか。
なんか工事現場のようにうるさい色だわ。
あれは、日本もフランスも変わりません。
世界中の洗い場にケンカ売ってるのだろうか。

いつも行ってるカルフールというスーパーでこの白いスポンジを見つけて以来、愛用中。
おかげでシンクが見た感じたいへん平和になりまして、ありがたい限り。
かくて物語はつづきます。。

次記事では、以前も何度か少し触れましたが、この部屋のインテリアについて。







  

Posted by 中島迂生 at 07:45Comments(0)巴里日記2018-4月

2018年04月23日

片づけ番組フリーク




この素敵な寝室の画像は、Elle Decor のこちらの記事から。
http://www.elle.co.jp/decor/pick/inter-apartment-decorating17_1011/3

私がよく、片づけや断捨離みたいな記事を書くので、
こちらの学業でも<家庭の整理術>みたいなことを専攻してるんじゃないかと思われているかも。
しかし、じっさいはまるっきり別の分野でしてw
学業があまりにしんどいので、片づけはいまの私にとって、<束の間の安らぎ>です。

レポートに追われているときなんかも、疲れるとつい、ヤフーのトップに上がってくる片づけ記事なんかを見てしまう。
片づけや、インテリア、住まいに関する記事など。
部屋の写真とか見るのが好きなんですよね。クロゼットの服や靴の画像も好き。
必ずしも自分の好みではなくても、住む人や使う人の気心が伝わってくるようなのが好き。
こうした記事のおかげで、ずいぶん色んなことも学びました。

ただ、正直言ってさいきんは似たような調子の、似たような記事も多い印象です。
片づけブームも長いですから、もう新しい要素などそうないし。
どこかでそろそろ卒業したほうがいいな、と思いつつも見てしまう。
ある意味、スナック菓子をダラダラ食べ続けるのと同じだな、と感じつつも・・・。

日本のテレビ番組も片づけ特集みたいのよく見ます。
断捨離スペシャルなんかは面白い。
ただ家の中のビフォアアフターだけでなく、住む人の歴史や物語を丁寧に追ってるのがいいですね。
清掃代行や不用品引取サービスの会社などにも、すごい歴史や譲れない心意気があったり。

<月曜から夜ふかし>の桐谷さんも面白い。
モノを捨てられない人で、家じゅうがカオスみたいでものすごい状態なんですけど、
ときには番組スタッフ総出で、ときにはプロや業者さんもよんでみんなで片づけて、というのを何度もやってる。
ビフォアのカオスぶりと、アフターのスッキリきれいさが驚異的な対照ぶりで、見るたびにスカッ!!とします。

片づけ番組の何が受けてるかって、このスカッ!! というカタルシス感ではないかと思います。
映画でヒーローが悪者をやっつけてスカッとするのや、
スポーツ番組でひいきのチームが勝ってスカッとするのと同じことだと思うの。
それで、よし、明日も仕事頑張ろう!みたいな。

そうした番組はどれも面白いし、興味深いのですけど、それを見てる自分に対してさいきんモヤモヤ。
いいかげん、自分の戦いを戦ったらどう? っていうね。
こういうのをのんびりと、気がねなく見られるのは、自分のとこがすでに片づいているから。
つまりは高みの見物で、楽なところに安住してるのだ。

でも、片づけがアナタの人生の目的ではないよね?
なら、こんなところでダラダラしてないで、さっさと自分の目的に向かって行けば?
山のような課題にめげず、試験勉強のしんどさにもめげず、やたら時間とエネルギーを食われるフランスの社会制度にもめげず・・・
少しずつでも時間をとって、本業に力を注いでいかないと。・・・

ただ、片づけや住まい、インテリア関係はたぶんこれからも好きだし、記事も見るし、番組も見るし、
書きたいことがある限りは気が済むまで書くと思う。
というわけで次からもまた少し、暮らしやインテリア的記事、つづきます。・・・









  

Posted by 中島迂生 at 07:29Comments(0)巴里日記2018-4月