2009年06月27日

<エニスの修道士> 都内公演版

 この前の記事に掲載の<つくば初演版>から少し変えたもの。
 夏の都内公演、これでやります。
 都内公演では子役が不参加のためその部分を削ったり言う役者を多少変えたりしました。
 屋内公演用のト書き部分、照明の指示も削りました。
 今後多少また変更になる可能性もあり。

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<エニスの修道士> 脚本 都内公演版(昼間の野外公演)

*舞台の基調をなす色のイメージ
 青と緑と銀色。・・・夜の闇と川の青と、うっそうと茂った木立の緑と、月の銀色。
*質感のイメージ
 ゆらゆらゆれる光、詩的な色彩、透明感、かすかにキラキラする感じ。

*登場人物 
 アマナン (男性)
 修道院長 (男性)
 守衛 (男性)
 エルダ (女性)
 修道士仲間・水の精仲間 (できれば、男性4名+女性4名)
 
 +語り (地の文のナレーション)

*舞台の上手半分は水の精たちの世界を、下手半分は修道士たちの世界をあらわす。
 よって、水の精関係はつねに上手から登場・退場。
 修道院関係の登場人物はつねに下手から登場・退場。
 
                   *

(テーマ曲 “The Flame of Jah” 始まり、全員出てきて合唱)

♪われを胸におきて 焼き印と刻め
 わが名 腕におきて とわに色褪せぬ しるしとなせ

 そは 愛は死のごとく強く
 とこしえの想ひは シェオルに同じ 

 愛は燃ゆる炎 大水も止めえず
 逆巻く流れも さらにとどめえず
 愛は時を越えて とわにさながらに
 闇にかがやける ヤハの炎

(役者たち退場。しずかにBGM始まる。語り)
 これは、今から千年も、いえ もっと昔、遠く遠く西の果てアイルランド、クレア州のエニスという町で起こった物語です。それはこの国にキリスト教がもたらされてまだまもない頃のこと、アイルランドに今よりずっとたくさんの妖精たちが住んでいた頃のことでした。

 エニスの町を抜けて流れるファーガス川のほとりは、とても美しいところです。
 白い泡をいくすじも浮かべてすばやく、しずかに流れゆく、暗く澄んだファーガスの流れ。
 岸辺にはみどりの木々が茂り、川もてにそのこずえを映しています。
 セージやヴァレリアンの花が群れ咲き、流れには青鷺やかわせみが魚をとっています。
 かわうその親子も住んでいます。そしてもちろん、妖精たちも。
 
(ダンス曲 ”Innocence” 始まる。ほかの水の精たち、上手よりステップで登場。ダンス、5分くらい。
 終わったら、水の精全員、ステップで上手へ退場。)

(再びBGM始まる。守衛、下手へ登場。語り)  そのころ、この川のほとりに、石造りの小さな修道院が建っていました。
 ぐるりを木立にかこまれて、訪れる人もめったになく、ひっそりと外の世界から閉ざされて、ここで人々は暮らしていました。
 鐘楼の鐘の打ち鳴らすリズムに合わせてミサをあげ、学問に励み、写本をつくり、菜園を耕したりして、日々の仕事に精出していたのです。

 あるときひとりの見習い修道僧があたらしく入ってきました。その名をアマナンといいました。
(上記とともに、左手よりアマナン登場。語りにつれて、守衛、アマナンを案内してやるパントマイム。少しして仲間の修道士たち、左手前方より登場。)

(語り)  しかし、それはなんという若者だったことでしょう。
 聖書に出てくるダビデは顔立ちがとても美しいことで有名でしたが、そのダビデもこんなふうだったでしょうか。
 その細おもては蝋のように白く 透き通るばかり、すっと通った鼻すじはギリシアの彫刻像のようで、紺碧の瞳と対照を成す唇は紅い林檎のよう、その巻き毛は暗いブロンドでした。その美しいことは修道士の衣に不釣合いなほどで、その姿を見ると、みんなが驚いて振り返るのでした。

(BGMフェードアウト。修道士たち、驚き呆れてささやき交わす身ぶり)
 おい見ろよ、何だあいつは。
 あの顔で修道院に入ろうっていうのか。
 似合わないよ、あの格好。
 来る場所を間違えたんじゃないか。

(修道院長登場。)
(語り)  年老いた修道院長は、さいしょから、いくぶん心配そうにこの若者を眺めました。 その美しさはほとんど不吉なほどで、なにかよくないことが起こりそうな気がしたのです。
(修道院長、ゆっくりきて、アマナンと向き合って立つ。握手をし、アマナンをじっと見て)
 よく来た。・・・親愛なるアマナン、我々はここに新しい仲間を迎えることができてうれしい。この修道院がお前にとって恵みの家となり、お前が喜びのうちに主に仕えることができるように。・・・
 だが、私はひとつ尋ねたい。お前はどうしてこの道を選んだのか。ほかの道に心残りはないのか。この道は、お前のような若者にとってはなかなか大変かもしれないぞ。
(アマナン、緊張しながらも、信念をもっているようすできっぱりと)
 私が生まれたときに、ジプシーの女が占って、予言しました。「この子は将来、女のためにたいへんな災いに逢うだろう」と。それで私の両親は私を修道院に入れたのです。
 私は主を愛し、心をつくしてこの身を主のために捧げるつもりです。ほかの道に、心残りはありません。
(院長、心配そうに首を振り、アマナンの顔をじっと見る。アマナン、穏やかに、まっすぐ見返す。院長、近づいて、アマナンの背をあたたかくたたく。)
(院長、心中ぜりふ)  まずは様子を見てみよう。・・・それが主のご意志なら、この若者をしかるべく守り導いてくださるだろう。

(鐘が鳴って、ミサが始まる。院長、アルターの前へ。修道士たち、集まってきて院長に向かう位置に。
 叙唱、対話句。
 賛美歌、Psalm#1。院長、祈り)
 天にましますわれらの父よ。み名がたたえられますように。王国が来ますように。
 み旨が地に成りますように。
 日ごとのパンを与えたまえ。われらの罪を許したまえ。
 我らを誘惑より守り、悪より救いたまえ。アーメン。
(修道士たち全員)  アーメン。
(院長)  今日ここに、私たちは新しい仲間を迎えました。
 彼があなたの恩寵に守られ、信仰のうちに、揺るぎなく堅く立って歩んでゆけますように。アーメン。
(修道士たち全員)  アーメン。

(BGM始まる。修道士たち散ってゆく。院長退場。修道士たち、畑仕事。)
(語り)  こうしてアマナンはこの修道院の一員となりました。
 そこは小さいながらも活気に満ちたところでした。日々のお勤めのほか、畑で小麦や野菜を育てたり、粉を挽いてパンを焼いたり、服や履き物を繕ったり、道具や建物の手入れをしたり、ありとあらゆる仕事がありました。
 アマナンはさいしょのうち、とても場違いな感じでした。ただその美しさのために目立ち、そのために不当な扱いを受けたり、いやがらせをされたりすることも少なくありませんでした。 
(上記の語りとともに、修道士たち、パントマイム的に、アマナンへのいやがらせ。彼を取り囲み、手を広げ指をつきつけて非難する、後ろで陰口を交わす、ふざけたジェスチャーをしてみせる・・・でも彼が振り返るとさっと向き直って何もしていなかったようなふうをする。)

(語り)  けれども、アマナンは気がつかないふりをして、黙って我慢しました。
 彼は心のまっすぐな若者でした。何をされても根にもったりせず、いつでも誠実で、よく働きました。目上の者には心から礼を尽くしました。彼のあとにも年若い者たちが次々と入ってきましたが、その誰に対しても、やさしく親切でした。
 そのため、時たつうちに、やがて誰もが彼を心から受け入れ、その人柄を愛するようになりました。だれも陰口をきく者はいなくなりました。

(鐘が鳴り、院長と修道士たち、ミサの位置に。賛美歌、Psalm#23。
 歌い終わると、院長、修道士たち、アマナンを囲み、背中を組んだり肩をたたいたり親しげなようすで、下手へ退場。)

(語り)  ただひとつ、この若者はひどく繊細で、神経がこまやかだったので、夜寝つきが悪く、眠りもひじょうに浅いのでした。

(下手袖の共同寝室より、仲間の修道僧たちのいびき)
 ガーッ!・・・ ガーッ!・・・ ガーッ!・・・
(途中から、二重奏になる)
 ゴオーッ!・・・ ゴオーッ!・・・ グオオーッ!・・・
(アマナン、目が覚めてしまい、寝返りを打って)
 ウーン・・・ フーッ。
(ここまでは舞台の袖で、声だけで表現。そののちアマナン、下手より登場。修道院の中庭。夜、月の光。
 アマナン、はじめはぼんやりしたようすで歩き回っているが、やがて詩篇の文句を唱えだす・・・はじめはごく遠慮がちに、調子が乗ってくるにつれ、声を張り上げて朗々と。・・・)

 幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを・・・

(歌いだす)
♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを 

 そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを・・・

(修道院長登場。窓を開けて首を突き出すようすを表現)  アマナンよ。
(アマナン)  は、はい、院長さま。
(修道院長)  お前はなぜこんな時間にベッドに入っていないのか。
(アマナン)  申し訳ありません、院長さま。ふとしたはずみに目が覚めて、眠れなくなってしまったのです。もういちど寝つこうとしたのですが、うまくいかなくて、それで・・・
(修道院長)  よろしい、兄弟たちが休んでいるあいだまでも主をほめたたえようというのは、たいへんりっぱな心がけだ。だが、アマナンよ、夜には音は大きく響く。これではお前はすべての兄弟たちを起こしてしまう。賛美歌を歌いたいのなら、ここではなく、向こうの川の方へ行ってしなさい。
(アマナン)  はい、そのようにいたします。
(アマナン、下手へ。門を出がけに、守衛に)  やあ、ポロフ。こんばんは。
(守衛)  アマナンさま。こんな時間に、どちらへお出かけで。
(アマナン)  ああ・・・ちょっと川の方へ。少ししたら戻るよ。(下手へ退場)

(語り)  ところが、その頃、川ほとりでは。
(ダンス曲 ”Mischief anneal” のイントロにつれて、上手より妖精たち登場。ダンス、5~7分。曲が終わると、妖精たち、舞台下手を見やり、声をひそめて交わしつつ、大急ぎでてんでに散り去る。
 そののち、左手よりアマナン登場。何も知らないはずだが、それでもやはり、ほんの少し前に何かが中断された空気を感じ取ったかのようにまわりを見回し、落ちつかなげなようす。それでもやはり再び歌いだす、はじめは遠慮がちに、しだいに朗々と。)
(少しのち、上手より、エルダ、しずかに登場。岸辺のこずえの陰に身をひそめ、こっそりと聞き耳をたてはじめる)

♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを 

 そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを
 その こずえは 枯れることあらじ
 そのゆく 道なべて 平らかならん

(アマナン、フーッと息をついて)  よーし、気がすんだ・・・これで朝まで眠れるだろう・・・
(アマナン、去ってゆく。エルダ、立ち上がってだまって見送る。
 これ以降アマナンが川へ行き帰りするときはいつでも、守衛のところを通って簡単な挨拶を交わすことになる。片手を上げるていどの。)

(水の精仲間たち上手より登場、エルダを囲む。エルダ、仲間たちに向って)  とってもきれいな歌を聴いたの。
(水の精たち)  それは何かの夜のけもの? それともふくろうの声?
(エルダ)  いいえ、私たちと同じような姿をした生き物だった。岸辺を歩きまわって歌を歌っていた。
(水の精たち)  だれか他の妖精かしら。森の精や小鬼かしら。
(エルダ)  胸に十字の印のついた、長い灰色の衣を着ていたわ。
(水の精たち)  あら、それは人間だわ! あそこの川ほとりの修道院に住んでいる修道士たちのひとりよ。彼らはよくあそこで歌を歌っている。
 でも、わざわざ川までやってきて歌うなんてことがあるかしら。
(エルダ)  でも、そのひとは歌っていた。
(水の精たち)  それは変ね。
(エルダ?)  人間て、私たちと同じような生き物なの?
(水の精たち)  姿かたちはいくらか似ているわね。でも彼らは、私たち妖精よりもずっとか弱くてはかない生き物なのよ。今日いたかと思えば明日にはもういない、夏の花や緑の青草のように、移ろいやすく過ぎ去ってゆくもの。
(エルダ?)  私たちとは別の種族だってこと?
(水の精たち)  そうね。

(水の精たち上手へ退場。エルダ残る。BGM。語り)
 それ以来、夜、眠れないことがあるといつも、彼はここへやってきました。
寝床を抜け出しては 川ほとりへ下ってゆき、そこで岸に沿ってゆきつ戻りつしながら朗々と賛美歌を歌うのでした。
(上記の語りとともに、アマナン、守衛のところを通って左手より再び登場、ゆっくりと歩きまわりながら朗誦しているようすをサイレントで表現する。エルダ、岸辺の木立のかげで聞いている。)

♪ヤハぞわが羊飼い などかおそれん
   われをみどりの牧野に 伏させたもう
 主は わが魂に 命のいぶき与え・・・

(アマナン、エルダに背を向ける。エルダ、そっと伸びあがってアマナンの姿を見ようとする。アマナン、ふと気になって朗誦を中断し、そちらを振り返る。エルダ、さっと身を隠す。アマナン、歌を続ける。)

 ♪憩いのみぎわに いざないたもう

(語り)  そんなある晩のことです。
(アマナン、いつものように川ほとりを歩きまわりながら)

♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと

(物陰のエルダ、途中からいっしょになって口ずさみはじめる。) 

♪そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを  

(アマナン、朗誦しながら不思議そうに見まわす。)

♪そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを

(アマナン、ここで急に声を途切らす。エルダの声、あとにほんの少し残る。アマナン、しばし驚いて立ち尽くす。)

(アマナン、心中ぜりふ)  天使が私と一緒に朗誦していたのだ。主は私の祈りを聞いて、私を力づけるためにご自分の天使を遣わしてくださったのだ。(アマナン、客席に向かって膝まづき、手を組み合わせて頭を垂れて祈る。エルダ、不審そうにのびあがってそのようすを眺める。)

(語り)  そののちも、たびたびこんなことがありました。いったいどこから聞こえてくるのでしょう、この木立より、かの川辺より、かすかに響くやさしいこだま、ほんとうに天使が、この岸には住んでいるのでしょうか。
(上記の語りとともに、アマナン、岸辺を行きつ戻りつ、歌を歌うようす。エルダ、物陰よりそれに和している。アマナン、耳に手をあて、不思議そうにたびたび周りを見回す)

(語り)  そんなことがつづくうち、アマナンはもう、ふしぎで仕方ありません。どうしても、その正体を確かめないではいられなくなってきました。そこで、ある満月の夜のことです。(夜、青い光。銀色の大きな月のおもてを、ゆっくりと雲が流れて横切ってゆく。岸辺に立つアマナン。)

(アマナン)  ♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
(すぐエルダもともに)  ♪罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを

(アマナン、調子を変えることなく歌いながら耳に手をあて、声のする方へ、後ろ向きのまま近づいてゆき・・・)

♪そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを

(ここでふいにぱっと向き直って川おもてをのぞきこむ。アマナンと、つい警戒を解いていて隠れるのがまにあわなかったエルダ、はじめて互いを見る。互いに驚いて立ちすくむ)

(語り)  月の光あびてきらきらと 銀色にかがやく川おもて、アマナンがそこに見たものは、湖のようにあおく澄んだふたつの瞳、ゆたかに波打つ緑色の髪をもった、うつくしい妖精エルダの姿でした。

(エルダ、今にも水にとびこんで逃げ去りそうなそぶりを見せるが、思い直してその場にとどまる。驚きから立ち直ったアマナン)
 娘さん。今はあなたのような若い娘さんが外に出ている時間ではない。それに、そんな濡れたところにいたら、風邪をひいて死んでしまう。
(エルダ、少し間をおいて、しずかな、やさしい声で)
こんなに月の美しい晩ですもの、楽しみたいのはあなただけではありませんわ。それに、水には、慣れております。

(語り)  それはまさしく、アマナンが毎晩聞いていたあの声でした。妖精の娘エルダは、神様の教えのことは何も知りません。ただ、アマナンの歌う調べがとても美しいので、意味も分からぬまま、毎晩聴いているうちにすっかり覚えてしまったのでした。

(エルダ)  どうぞ、あなたのその歌を続けてください。それを聞くのが、私の喜びなのです。
(アマナン、ためらいつつも)  ・・・では・・・2番のさいしょから、いいですか。
(アマナンとエルダ、Psalm#1の2番歌う。)
(アマナン、驚いて)  よく覚えていますね。
(エルダ)  はい。毎晩聴いていたんです。あなたの声はとってもきれいだったから。
(アマナン、やや当惑して)  それはありがとう。・・・でも、この歌の意味が、あなたには分かりますか。
(エルダ)  いいえ。
(アマナン、少し考えて)  これは神様をたたえる歌です。キリスト教のとうとい神様のことを、あなたはきいたことがありますか。
(エルダ)  いいえ。
(アマナン)  私はそのとうとい神様に仕える人間です。
 私たちアイルランド人はこの方のことを長らく知らなかったが、主は恵みぶかくもこの国にも使徒を遣わして、私たちがその恵みにあずかれるようにしてくださった。
 世界じゅうのすべてのものは、この神さまがお造りになりました。この川の流れも、この岸辺の木立ちも、この夜空も、あの月の光も、あなたも、私も。
(エルダ)  私も、ですか?
(アマナン)  もちろんです。・・・(やや自信をなくし)ええ、たぶん。
(エルダ)  それはどんな方なのですか?
(アマナン、考えがいちどに頭にあふれて少し言葉に詰まり、やおら大きく息を吸って)
 それはそれはりっぱで、愛情深い方なのです。
(話が長くなりそうだと感じ、岸辺にゆっくり腰をおろしながら)
 神さまがさいしょにお造りになった人間は、アダムとイヴといいました。
 二人はエデンの園という美しいところで、何不自由なく幸福に暮らしていた・・・。
(このあと、セリフはサイレントとなり、アマナンが話するようすを続けつつ、音楽、そしてナレーションへ。・・・)

(語り)  妖精は人間と違って一千年も生きる、けれども人間のように魂を持たないから、世界の終わりのときには、輝く泡のように散って消えてしまう。当時のアイルランドでは、そんなふうに信じられていました。アマナンには、エルダが人間でなく、別の種族の生き物であることが何となく分かりましたが、だからといって邪険にしてはいけないと思いました。神様のことを知りたいというのに、どうして拒んでよいことがありましょう。そこで、できるだけ分かりやすい言葉で、キリスト教の神様について話して聞かせました。
(上記とともに、アマナン、エルダにあれこれと話してきかせるようすを表現。夜明け近くなり、立ち上がって)
(エルダ)  明日の晩もここへいらっしゃいますか。
(アマナン)  明日の晩も来よう。
(アマナン、守衛のところを通って下手へ去る)

(語り)  それからほぼ毎晩というもの、彼は川ほとりで待っている水の精を訪ねていっては、主の道についての色々な話をして聞かすようになりました。何とかしてこの乙女を、神様のみもとへ導こうといっしょうけんめいでした。ところがエルダの方は、その意味を少しも理解してはいなかったのです。
(上記とともに、アマナン、また左手より登場、教義問答や祈祷集を抱えている。エルダ、すでに川岸の茂みのところに来て待っている。エルダにあれこれと話し聞かせるようす。青ライトがゆっくりと白く変わってゆき、一番鶏が鳴く、アマナン下手へ去る。去りがけに、守衛)ご熱心なのはけっこうですが、どうかお体を大事になすってくださいよ。
(アマナン)  いや大丈夫だよ、ありがとう。
(守衛、その姿を見送り、独りごちる)  ・・・それにしても熱心なお方だ!

(水の精たち、上手より登場、エルダのまわりを囲み。)
(水の精たち)  エルダ、エルダ、あなたは恋をしているの? あなたは恋をしているの?
 あの人間の若者に? あの人間の若者に?
 気をつけなさい! 人間の男ほど、移ろいやすく不実な心をもったものはいない。
 あなたがあのひとを愛するなら、彼はいつか心変わりしてあなたを裏切るでしょう。
 それにあのひとは長く生きないのよ。
 そう、せいぜい百年、いや百年もいかないでしょう。
(エルダ、夢見るようにうっとりと)  あのひとはとってもきれいな声をしているの。あのひとは毎晩わたしにお話を聞かせてくれる。
(水の精たち)  あのひとはあなたにいったい何のお話を聞かせてくれるの?
(エルダ)  何だかよく分からないわ。なにか新しい神さまのお話よ。
(水の精たち)  それがあなたには面白いの?
(エルダ、あどけない、純真な調子で)  そう大して面白くないわ。どっちみち私には関係のないことですもの。でも、あのひとはとてもいっしょうけんめいに話してくれる。あのひとはとってもすばらしい調子で歌ったり話したりするの。
(水の精たち、呆れて腕を広げたり、肩をすくめたりして、上手へ去る。)

(下手よりアマナン、修道士たち登場。語り、BGM)
 しかし、アマナンの方は、昼間のいつものお勤めのうえにこのことが重なって続いたため、だんだん疲れがたまって、やつれてきました。
(上記の語りとともに、アマナン、畑仕事の途中で身をかがめ、額に手をやって、疲れきって調子の悪そうなようす。まわりで、修道士たち、アマナンを気遣って心配している。)
 元気ないね。
 具合悪そうだよ。
 疲れてるね。
 どうしたんだろう。
(修道士たち、農道具を肩に担ぎ、アマナンのほうを気にして振り返りながら退場)

(修道院長登場)
 アマナンよ。夜は眠れないのか。何かお前の心をふさいでいる悩みがあるのか。さいきん、お前は川から戻ってくるのがずいぶん遅いようだが。
(アマナン、下手で、正面を向いたまま)  いいえ。そのようなことはありません。
(修道院長、じっと正面を向いて)  気をつけなさい。あそこの川は見かけよりも深いのだ。

(アマナン、心中ぜりふ)  そう、私は彼女のことを、ほかの誰にも話さなかった。私は心配だったのだ・・・彼女が魂をもたない水の精であることを知って、心ない者が彼女について、いわれのない非難を浴びすのではないかと。
(語り)  それでもいつしか、彼には分かっていました。毎晩川ほとりに通うのは、もはや、主の道への熱心さのためばかりではありませんでした。
 炎が・・・彼の心を焦がし苦しめました。それは美しいエルダへの、燃えるような思いでした。
(BGM、テーマ曲。アマナン、深く思い悩んでいるようすで、頭を抱えうずくまる。)
(語り)  打ち消そうとすればするほどに、その炎はいよいよ激しく燃え盛り、すべてを焼き尽くす地獄の火のように、彼の心を苦しめるのでした。
(修道院長と修道士たち、集まってきて、ミサの場面。アマナンも立ち上がって参加。賛美歌Psalm#38。終わると、人々、アマナンを残して散ってゆく。)

(アマナン、その場に立ち尽くしている。心中ぜりふ)
 私は自分を欺いている。『人の心は何物にもまさって不実であって、はなはだ悪い。誰がそれを知りえようか。』こうしたことが続いていってはいけない。

(BGM。語り)  こうしてある晩、いつものように語りあってのちのこと。
(アマナン、しばしの間、いつものようにエルダに向かって語り聞かせているようすを表現。そののち立ち上がり、別れ際、心を奮い起こして)
 私はもう、ここへは来ない。
(間。エルダ、しばし呆然として、でもあまり声を荒らげず)  いったい、それはどうしてですか。
(間。アマナン)  私は、お前を主のもとへ導くのにふさわしい器ではないからだ。しかし、ご意志であれば、主はお前に救いを与えるために、誰か別の者をお遣わしになるだろう。
(二人、じっと見つめあう。間。アマナン、しずかに立ち去る。エルダ、アマナンが下手へ消えるまで見送る。そののち、顔を下にうつむけて、黙って立ち尽くす。)

(BGM。アマナン登場、客席に背を向け、膝をつき身をかがめて祈る。)
(語り)  そのときから、彼はもう、川ほとりへゆくことはありませんでした。常にもまして熱心にお勤めに励み、眠れぬ夜には礼拝堂で、夜通し一心に祈りつづけました。
 それでもエルダの面影を振り払うことはできませんでした。苦しみはいや増すばかり、心の戦いに疲れ果て、あわれにもやせ衰えてゆくばかりでした。

(上手、川岸に座るエルダを囲んで、水の精たち)
 今夜もまた待っているの、今夜もまた待っているの、あのひとはもうやって来ないのに?
 どうせ心変りしてしまったの、ご覧なさい、ほら言ったとおり
 人間の男ほど 移ろいやすく不実なものはない。
 待てど暮らせど 空しいばかり、あのひとのことはもうお忘れ!
(エルダ、とくに反論もせず、ぼんやりと悲しそうなようす。)

(下手にアマナン、修道院長、修道士たち。ミサ、祈り。修道院長)
天にましますわれらの父よ。み名がたたえられますように。王国が来ますように。
 み旨が地に成りますように。
 日ごとのパンを与えたまえ。われらの罪を許したまえ。
 我らを誘惑より守り、悪より救いたまえ。アーメン。
(修道士たち全員)  アーメン。
(修道院長)  苦しんでいる魂を支えてください。闇に惑っている魂があるならば、どうかあなたが導き強めてくださいますように。
(修道士たち全員)  アーメン。
(賛美歌Psalm#51。途中で、アマナン、立っていられなくなって崩おれ、膝まづいて祈る体勢に。終わると、少し遠巻きにアマナンを囲んで、修道士たち、独白的に)
 ああ、あいつはひどく苦しんでいた、あいつは!・・・日に日にやせ衰えて、見る影もなく 見ているこっちがつらいほどだった!
 ああ! 何をあんなに苦しんでいたのだろう!・・・
(修道士たち、気づかわしげに首を振り振り、退場。修道院長は残る)

(修道院長、正面を向いたまま)
 アマナンよ。私にはどうしても、お前が何かの悩みを抱えているように見える。聞きなさい。主は、ご自分に仕える者たちが喜びのうちに仕えることを望んでおられ、けっして、苦しみながら仕えることをお望みにならない。それがお前の願いでないならば、無理にこの修道院にとどまっている必要はない。お前の欲するものが、商いや、徒弟修業であるならば、都市へ行きなさい。お前の欲するものが、畑や、羊であるならば、野へ行きなさい。そして・・・(ややためらってから)・・・お前の心の中にだれか想う娘がいるのなら、彼女のもとへ行きなさい。聖パウロもおっしゃっている、『もし己れを制することができないならば、結婚しなさい。燃える想いを持て余しているよりは、結婚する方がよい』
(この言葉のあいだに、アマナン、ゆっくり顔を上げ、立ち上がって正面を向く。長いこと黙っていたのち)
 私の心からの願いは、今なお、ただ主のためにこの身を捧げることなのです。もしも私の心が罪を犯すことを望んでいたとしたら、私にとって、むしろその方が楽だったことでしょう。ところが、そうではないのです!・・・私が苦しんでいるのは、そのためなのです・・・
(アマナン、よろめくような足どりで左手へ退場。修道院長、ひどく気遣わしげにそのあとを見送る)
(ライト、いったん消える。静寂。・・・青い光、銀色の大きな月のおもてを、ゆっくりと雲が流れて横切ってゆく。)

(BGM。語り)  はじめてエルダに出会ったのと同じ、月の明るい晩のことでした。
 昼の間の照りつける日射しが夕方の涼しさにやわらげられ、ゆらゆらと立ちのぼる水蒸気となって、ふるえるような月の光です。 
 庭はむせかえるような花々の香りにみちて、ゆらめく水の底のような、この世ならぬありさまです。
 そのあかるみがアマナンのまぶたを開かせ、それからもう眠れなくなりました。
 夢かうつつかも分からないまま、彼は寝床を抜けてさまよいいで、川べりへ通ずる道を下ってゆきました。
(上記の語りとともに、左手からアマナン登場、夢を見ているようにおぼつかない足取りで、ゆっくりと上手へ向かう。BGM、いったんとまる)

(語り、少し間をおいて)  そこに何を求めたわけでもありません。あれからもう、ずいぶん長いときがたっていたのです。彼はただ、もういちど月の光を浴びて銀色に輝く川のおもてを見たいと思っただけでした。
 けれども、しずかな川岸の同じやぶ陰に彼が見たものは・・・
(アマナン、岸へやってきて、そこにエルダの姿を見出す。ふたり、はっと凍りついてしばらくの間驚き見つめあう。)
(語り)  あのときと同じ、湖のようにあおく澄んだふたつの瞳、ゆたかなみどり色の髪の、うつくしい妖精エルダの姿だったのです。
(アマナン・・・あまり感情的になりすぎぬように)
 エルダよ・・・(間)お前のことを考えて、私は寝つかれなかったのだ。
(間。エルダ)  わたくしも同じです。
(青いライト、ゆらゆらとゆがみ、ぐるぐる回り始める。テーマ曲”The Flame of Jah”。ふたり、しずかに互いに近づいて、腕を延べあう。
 エルダ、アマナンを川の方へいざない、アマナンの周りをゆっくりと回り始める、水の渦が渦巻くようすを表現して。アマナン、右腕を上げ、左手を喉元に。
 しばらくのち、アマナン、ばたりとその場に倒れる。エルダ、それを見てはじめて狼狽し、慌てたようす。アマナンの傍らに膝をつき、背中を叩いてみたり、揺すってみたり、おたおたと左右を見回してみたりする。さいごに絶望して天を仰ぐ。
 音楽が終わった後、少し後ろに引き下がって、頭を抱える。)

(下手端、守衛の詰め所。夜明け間近。守衛、落ち着かない様子で腕組みし、足踏みし、右手の川の方を見やって首を振る。心中ぜりふ)
 どうしたんだろう、あの方は、こんなに遅くなったのははじめてのことだ・・・もうすぐ朝のお勤めの時間ではないか。何かあったんだろうか・・・
(守衛、カンテラを取り上げて、明かりを入れる。いちど後ろ手へまわり、後方からうろうろ歩き回りながら登場・・・岸辺の木々の間から、カンテラの光がちらちら見え隠れするイメージ。)
(守衛、歩き回りながら)  アマナンさま! アマナンさま!
(エルダ、その声を聞いて、慌てて茂みの後ろに隠れる。でも気になって、折々そっと心配そうに顔を出す)
(守衛、だいぶ歩き回ってから、前方に妙なものを見つけ)  やっ、ありゃ何だ?
(近づいて、岸辺の柳の根元に倒れているアマナンだと分かり、駆け寄る。)
 アマナンさま! アマナンさま! いかがなさいましたか。大丈夫ですか? ・・・た、大変だ!・・・どうしよう?
(その体を起こして、手首の脈をさぐり、心臓に耳をあててみて、いたわしげに首を振る・・・それから彼を抱えあげようとするが、たっぷりとひだをとった長い衣は水を含んで鉛のように重たく、ひとりでは無理である。)
 うわっ、だめだ・・・とにかく院長さまに知らせなくては・・・
(守衛、修道院長を呼びにゆく。エルダ、そっと伸び上がって見送る。野外では、再び出てきて心配そうにアマナンのもとに屈みこんだりしてもよい。守衛、修道院長のもとへ。扉をどんどん叩く動作。)
 修道院長さま! 修道院長さま! 起きてください、大変です! アマナンさまが・・・
(ナイトキャップをかぶった修道院長、上方に登場。目をこすりながら)  どうしたかね。
(守衛、身振りも激しく)  アマナンさまが!・・・倒れてらっしゃるのです、川のほとりで・・・とにかくいらしてください!
(修道院長はしずかに聞き、それからふたりいっしょに降りてきて、川岸へ。ふたりがやってくる気配に、エルダ、再び茂みの後ろへ隠れる。
 院長、アマナンを見て十字を切る。守衛はその余裕もなく動転している。ふたり力を合わせて、アマナンを左手修道院まで運ぶ。エルダ、再び茂みの後ろから伸び上がって見送る。修道士たち、下手より、その周りに集まってきて、あるいは顔を見合わせて首を振り、あるいは両手で顔を覆い、あるいは腕を延べて天を仰いで驚き嘆き)
 何だ何だ。
 どうしたんだ。
 神さま! どうしてこんなことに。
(守衛、アマナンの前にかがみ、片手を広げてみんなに訴えるように)  瞑想にふけって、川ほとりを歩きまわっているうちに、あやまって足を滑らせて落ちなさったのです。あの方は、それがいつもの習慣でいらしたから。
(修道士たち、みんなうなづき交わす。頭を垂れる)
(院長、心中ぜりふ)
 そう、知っていた、私には分かっていた・・・それでも私は責めはしない、足を滑らせはしたかもしれないが、あれはともかく、さいごまでとがめのない若者であったのだ。
(修道士たちと院長、アマナンの死体を運んで下手へ退場。)

(上手、両手で顔を覆っているエルダ、そのまわりに水の精たち。あるいは手を延べ、腕を広げ、エルダの肩を抱いたりして、舞踊的な動きで)
 エルダ、エルダ、あのひとをどうしてしまったの?
 あなたは強く抱きしめすぎたの。
 あなたは知らなかったの、人間の男がどんなに弱い生きものか。
 でも、そう大したことではないわ。
 そうそう、大したことではない。
 地の人の子はいずれ死ぬさだめ。
 それとも、はかない命の前に心変りしてしまうもの。
 むしろよかったかもしれないわ、
 あのひとは幸せだった、
 あんなにもあなたに恋い焦がれて、
 あなたの腕のなかで、
(エルダ、がっくりと肩を落とし、ただ力なく首を振りつづけている。)

(上手ライト消える。再び、下手ライト。とむらいのミサ。修道院長、正面を向き、その前にアマナンの棺。修道士たちと守衛、それに対して客席に背を向けて参列。
 できたら、少しデコラティヴなアルター、両側に燭台。
 できたら、棺あたりを中心に、ステンドグラスを通して虹色に注ぐやわらかい光。)
(Requiem。修道院長、祈り)
 今日ここにひとりの若者、我らすべてに愛された
 心やさしく、誠実で、とがめのない者、
 心を尽くしてその身を主のために捧げ、主への愛のうちにその短い命を全うした、
 若き修道士アマナン、あなたに託します。みもとに受け取りたまえ。
 彼があなたのもとに安らぎを見出さんことを。アーメン。
(一同、頭をたれてアーメンを唱える。
 棺を担いだ一行、修道院の外を表す中央前方へ。それにつれて全体に白ライト。それからゆっくり下手へ向かうころから、上手より、白い長い衣で全身を頭からすっかり覆ったエルダ、現れ、両手で顔を覆ってむせび泣きながら、少し離れてついてくる。)

(修道士たち、気づいて振り返り)
 あの女はだれだろう。
 たぶん、だれかアマナンの家の者だろう。あんなにひどく悲しんでいるところを見ると、実の女きょうだいかもしれない。
(修道院長、振り返り、女の姿をみとめると、鋭くじっと見つめる。だが、ついに何も言わずに向き直り、歩みをつづける。)
(修道院長、心中ぜりふ)
 いや、このうえさらにどんな重荷をも、私は彼女の上に加えるまい。『神はすべての事柄、すべての隠された事柄をご存じであって、それがよいか悪いかを裁かれる。』まことの主が、ふさわしく判断なさるであろう。・・・
(葬列、ゆっくりと下手へ消える。)

(語り)  そのあと二度とふたたび、彼らはその女を見ることはありませんでした。

 それから一千年ものときが、いえ、もっと長いときがたちました。老修道院長や、アマナンの仲間の修道士たちもみな去っていって、主の祝福のうちに安らかな眠りにつきました。川ほとりにたつ修道院や、石のケルト十字の並んだその中庭も、長いときのたつあいだにすっかり風化して、廃墟となりました。
 エニスに人が増え、やがて州の都として栄えるにつれ、ファーガス川に住んでいた水の精たちのほとんどは、もっと奥まった、しずかな住みかを求めて去っていきました。
 けれども、なかにたったひとり、立ち去らぬ者がありました。どんなに人が増え、馬車が行き交い、ごたごたとして住み心地が悪くなっても、彼女はそこにとどまりました。忘れえぬ者の記憶が、彼女をこの場所に、永久に繋ぎとめていたからでした。

(上手、水の精たち、エルダの手をとり、泣きながら別れを惜しんでいる。)  どうしてもここを離れないというの、そんなにもあのひとのことを忘れられないの。
 かわいいエルダ、あまりにひどい、耐えられない、あなたをひとり置いてゆくなんて。
(エルダも泣いている)
(ダンス曲3曲目”Eternity”始まる。エルダ以外の水の精たち、踊り、そして上手へ退場)

(語り)  月の明るい晩、町ぜんたいがひっそりと寝しずまったあと、昔のように岸辺の葦のあいだに腰をおろして、彼女は今も歌を歌います。それはかつてアマナンが歌っていたのと同じ歌でした。

(エルダ、岸辺の草の間で、客席に背を向けて)
♪幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを 

 そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを
 その こずえは 枯れることあらじ
 そのゆく 道なべて 平らかならん

(語り、BGM?)  あいかわらず、歌の意味も、あたらしい神さまのことも、エルダにはちっとも分かってはいません。彼女はただ、思い出のひとがそれを愛していたからというだけの理由で、それを愛したのでした。
 ファーガス川には天使が住んでいる、と、いつしか人びとは言い習わすようになりました。夜遅く、川のそばを通ると、えもいわれぬやさしいひびきで、古い賛美歌を歌う声が聞こえるのだ、と。・・・
 けれどもそれは、ほんとうは、天使ではありません。それは、かつてただ一度限り愛した者の死を、一千年間も悲しみつづけている、ファーガス川の水の精の歌声なのです。

(テーマ曲 “The Flame of Jah” 始まり、全員出てきて合唱)

おわり

 *******************************************************

劇中曲

 詞はすべて聖書より。偏詞・作曲 by 中島迂生

●The Flame of Jah (ヤハの炎) from Song of Solomon #8 主題曲

 われを胸におきて 焼き印と刻め
 わが名 腕におきて とわに色褪せぬ しるしとなせ

 そは 愛は死のごとく強く
 とこしえの想ひは シェオルに同じ

 愛は燃ゆる炎 大水も止めえず
 逆巻く流れも さらにとどめえず
 愛は時を越えて とわにさながらに
 闇にかがやける ヤハの炎

●Psalm#1

 幸いなるかな 悪しきに歩まず
 罪に染まらず おごらざりしひと
 そのよろこび 神の道にあり
 夜昼 唱えん その教えを 

 そは 岸辺に茂れる 木のごと
 日ごとに 結ばん ゆたかな 実りを
 その こずえは 枯れることあらじ
 そのゆく 道なべて 平らかならん

 悪しきは 風吹く もみがらのごとし
 裁きにたえず 集いに交じらず
 主は知りたもう 正しきの道を
 おごれる者の 道みな ほろびん 

●Psalm#23

 ヤハぞわが羊飼い などかおそれん
   われをみどりの牧野に 伏させたもう
 主は わが魂に 命のいぶき与え
  憩いのみぎわに いざないたもう

 ヤハはそのみ名をもて われを導く
 死のかげの谷を歩むも 我おそれじ
 汝 われと共に いませばなり
   汝(な)が鞭 汝(な)が杖 わが慰め

 なんじ わが仇(あた)のまへ 宴設けリ
   こうべには油を 杯あふる
 わが世にあらん限り 恵み来たらん
     とこしえにヤハの 家に住まん

●Psalm#38

 ヤハ 怒りて 我を懲らすな 憤りもて正すな
 汝(な)が矢深く 我を貫き み手 わが上に重し
 なが怒りに わが肉痛み 罪ゆえ 骨 憂ふ
 わが咎は こうべ超えたり 耐えがたき重荷のごと

 わが愚かさ 傷を膿ませり ひねもす 嘆きて ありく
 燃ゆるごとき 熱に冒され 打ちひしがれて 叫ぶ
 わが願いは み前にあり わが嘆き あらわに
 胸つぶれ 光うせて 友べもなべて 我を去る

●Psalm#51

 主よ 憐みたまえ とがを ゆるしたまえよ
 わが不義より洗ひ 罪を浄めたまえ
 わが咎を 我は知る わが罪わが前にあり
 我は 罪 犯せり 正しきはわが主のみ

 視よ われ 罪に生まれ よこしまに宿されり
 なれ まことをのぞみ こころに智恵をしめす
 ヒソプもて我浄め 雪のごと 白くせよ
 われに よろこび聞かせ 砕かれし骨 癒せよ

●Requiem (レクイエム)

 罪に惑ひて 暗闇にあり
 何ゆえ生くると 知らずにありき
 主はあわれみ 送りたもう
 罪のあがない み子イエス

 我を愛したもう わが主キリスト
 苦しみ死にたもう 神の子羊
 されば この命 己れにあらず
 生くるも死ぬも み子のため

 主に身を捧げし とがめなきもの
 愛されしはらから 今ここに眠る
 わが主のごと よみがえり見ん
 みもとに託さん 受けたまえ

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Posted by 中島迂生 at 01:18│Comments(0)脚本
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