2014年01月29日

救出作戦!

当日のある日見た夢。


        夢想集ムーア・イーフォック 4
             救出作戦!


 Aはまだ暗いうちに電話のベルでたたき起こされた。ねぼけまなこで受話器をひっつかみ、耳に押しあてると、指令本部からの電話だった。7時57分の環状線に乗って、反対方向から来るKと電車の中で落ち合うようにとの指令だ。反対方向から来るKと、どうやって電車の中で落ち合うのか見当がつかなかったが、考えても仕方ないので言われるとおりに乗りこむことにした。熱いお茶をすすり、薄明かりの中でセーターを頭からかぶって、駅まで自転車をすっとばしていく。
 動き出した列車の窓から見ていると、やがて向こうから別の列車がやって来た。そして、こっちの列車とすれ違うとき、窓の一つからKがさっと飛び出して、こっちの窓にひらりと飛び移り、乗り込んできた。
 KはAの向かいの席に腰を下ろすと、ネクタイの曲がりをちょっと直し、「さて、と」と言って書類かばんを取り出した。Kによると、どこそこの屋敷にもう一人のKという人物が捕われの身となっていて、Aの使命はこの人物を助け出してくることなのだった。Kは手帳のはしにこの屋敷の住所を書き記し、そこのページを破り取ってAに渡した。それから別の紙に、屋敷の見取り図を書きながら説明し始めた。
「東門の近くのこの辺に」
と言いながら、Kはシャープペンで紙面をこつこつたたいた。
「ハリエニシダの植え込みがあって、その根もとに、排水口の鉄製のふたが埋まっている。我々救出部隊はすでに、屋敷の塀の外側からこの排水口に通じるトンネルをこっそり切り掘って、入り口のところで待機している。だから君は、Kを探し出したら、このハリエニシダのところまで連れてきて、いっしょにトンネルをくぐり抜けてくるんだ」
 Aに手順を説明し終えると、Kはまた書類かばんを下げて、あたふたと電車の窓から飛び出していった。
 Aはそれからさらに電車を何本も乗り継いで、指示された場所へ赴いた。
 正面の門の扉は固く閉ざされていて、ベルをならしてもガンガンたたいても誰も出てきてくれない。仕方がないから梯子を持ち出して塀をのりこえ、広い果樹園を抜けて、台所の窓から屋敷に侵入した。ぴかぴかに磨きあげられたあめ色の木の食卓が並ぶ、だだっ広い食堂をつっきったが、そこにもだれもいなかった。扉を開けると、となりは赤いビロード張りの劇場になっていた。そこもがらんとして、だれもいなかった。
 廊下を出て、階段をぐるぐる上がったり下がったりして、また別の扉を開けると、そこはエメラルドグリーンの調度で統一された図書室だった。ここにはちらほら人がいて、立ち読みしたり、しずかに言葉を交わしたりしている。Aはちょっと迷ったが、本棚の後ろにKが閉じこめられているかもしれないと考えた。そこで、滑車つきの台をひっぱってきて、いちばん上の段から順々に本をひっぱり出しては、裏側の壁を調べはじめた。
 すると、人々も、これは危ないぞと感づいたらしく、やたらとAの周りにまとわりついてきて邪魔しだした。はっきりと攻撃的というのではないのだが、不気味な笑いを浮かべては、ただ気持ち悪くまとわりついてくるのだ。Aはとうとうそいつらを振りきって逃げ出した。ところが、その頃にはもう、屋敷じゅうに情報が伝わっていて、そこらじゅう、敵でいっぱいだった。どこへ行っても敵にぶつかる。きりがないのでピストルを持つことにして、まとわりついてくる奴を片っぱしから撃っていく。そして、屋敷じゅうをかけまわって、扉という扉を開けてまわったが、どこにもKはいなかった。
 さいごに追ってくる奴をふり向きざま撃ち殺し、中庭を抜けて、人が鈴なりになった非常階段を押し分けながら降りてゆくと、いちばん下の段のところにKがいた。腰を下ろし、五線譜と鉛筆を手にウォークマンを聞いていて、けんめいに音を聞き取ろうとしている。その姿を見て、Aは、Kが自分のギターの先生であることに気づく。Aが近づいてゆくと、Kはまるで後ろに目がついているみたいに、Aの方を見もしないで言う、
「ごめん、ちょっとまだ、完全にコピーし終わってないんだ」
 Aはあきれ返る。おいおい、こっちは命がけで戦っているというのに、曲なんかコピーしている場合かよ。
「だって、君、来週までに絶対コピーしておけって、言っただろ?」
と、Kは言う。
 ともかく、Kをひっぱって、ハリエニシダの植え込みのところまで息を切らして走り、それから排水口のふたを力まかせにひっぱり開けて、Kといっしょにもぐりこむ。暗いトンネルを、モグラみたいに這って進み、ようやく救出部隊の仲間たちが待っている向こう側へたどりつく。そこではじめて力が抜けた。Aはほっとして腕で顔を拭い、ほおに泥がついているのもかまわず、みんなと手を取り合って笑って、「作戦成功!」と宣言した。

 (1999)






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