2014年01月29日
卑弥呼
これも、当時のある日見た夢そのまま。
夢想集ムーア・イーフォック 5
卑弥呼
ろうそくの光で明るく照らし出された広い洞窟の中を、群衆が・・・押しつ押されつ、ざわめきながら流されてゆく・・・
そのいちばん外側のはじを、しかし誰にも劣らない心の高まりをもって運ばれてゆく私には、遠くかすかに、なおも冷たい鋭さをもって感ぜられた・・・彼の敵意が、群衆のどのあたりに紛れているともしれない彼の敵意が、はりつめた糸のように四方へ発せられるのが。
ざわめく群衆の中心にはあの人がいて、いつもながらまっすぐに顔を上げ、わずかに伏目がちにして、赤い額帯を締め、真っ黒な髪を流し、ひきずるほど長い白装束に身を包んでしずしずと進んでゆく。
私はいつもいつもあの人を見ていた、他には何も目に入らなかった。いつもいつもあの人を見ていた、ただし遠くから、なぜならあの人のまわりにはいつもいつも群衆がいて、押しの強くない私には、とても近づける状態ではなかったから。
そんな調子でずっときて、どれほどの歳月が流れただろう。どういう巡り合わせなのか、私にも分からない。ただ、あの人といっしょの舟に乗って行くことになったということの他には。
あの人と、私と、それから私の黄金丸と。
けれど、それだけではなかった、心の底では私だって、ひそかに予感していたし怖れてもいたのだ、彼もまたいっしょに行くということを。
しかしながら、どういうわけか、彼のまわりの空気は私たちのと変わらなかった。彼がおそろしい敵意を抱いているというのは、あれは私の勝手な思いこみだったのだろうか? 私には分からない、しかし、あれが思いこみにすぎないのならその方がいいに決まっている、そしてどうやら実際そうらしい・・・断言はできないけれど・・・
こうして舟は出発する・・・水晶の岸辺をはなれて、北の海へ・・・
夜あけ、あたりはまだ薄暗く人影もない。
ああ! どうしてよりによって彼が、私たちと同じ舟に乗る巡り合わせになったのだろう。彼はいつでも平然として、超然と振る舞い、影のように存在感すら感じさせない。彼はあの人に対しては常にうやうやしく接し、ふだんはめったに口をきくこともなく、そして私に対しても、ことさら敵意も軽蔑も示さない・・・一体これはどういうことなのか?
それからあの獣だ。全く、あいつはどうしてああも黄金丸に似ているのか? まるできょうだいだ、合わせ鏡だ、遠くから見たら見分けもつきやしない。一体どういうわけで、黄金丸のイメージを増幅し、ぼやけさせることで、黄金丸を貶め、そのアイデンティティーを打ち砕こうとするのか? しかも、悪気などみじんもないような顔をして!
なお悪いことには、あいつ、ほんとに悪気などみじんもないのだ。ほんとにそうなのだ。礼儀正しく、丁寧で、いつも愛想がよくて・・・しかも、黄金丸より美しい! 毛並みはいいし、ほんとにきれいだ、あの獣は。だれだって、好きにならずにはいられない・・・
あるとき、私はあいつと二人きりで話したことがある。自分の心がこわかった、黄金丸よりあいつの方がもっと好きになりそうで・・・
黄金丸は、以前とちっとも変わらない。あいつが現れて自分の影が薄れても、何の気負うところもなく、黄金丸以外の何物でもない。目に入らないと、時々忘れちまうんだ、黄金丸のことを。
それから、あの人だ・・・あの人のことが、私にはいちばん分からない。無数の崇拝者にとりまかれ、かしずかれていたあの人が、どうして私なんかといっしょにこの舟に乗り込んだのか?
あの人は袖を合わせて船首にたたずみ、彼方へとじっと目を注いでいる。そばにいても、めったに言葉を交わすこともないのは同じだけれど・・・それでもやはり、遠くから眺めているのと、そばにいるのとでは違うのだ。心の届く半径内にいるのだ、あの人が。そう。そばにいる、それでもなお、天の星のような孤高な輝きを持ち続けて。
私たちの舟・・・みんなが乗り込んだら身動きもとれないような小さな舟は、今日もそそりたつ氷塊のあいだをぬって進んでゆく・・・目につくものはと言えば氷塊と、鏡のように滑らかな、黒い水面と、うすずみ色に広がる空だけだ。こんな小さな舟、しかし、互いに遠く隔てられた五つの心を乗せて、舟は今日も漂いつづける・・・
(1996)
夢想集ムーア・イーフォック 5
卑弥呼
ろうそくの光で明るく照らし出された広い洞窟の中を、群衆が・・・押しつ押されつ、ざわめきながら流されてゆく・・・
そのいちばん外側のはじを、しかし誰にも劣らない心の高まりをもって運ばれてゆく私には、遠くかすかに、なおも冷たい鋭さをもって感ぜられた・・・彼の敵意が、群衆のどのあたりに紛れているともしれない彼の敵意が、はりつめた糸のように四方へ発せられるのが。
ざわめく群衆の中心にはあの人がいて、いつもながらまっすぐに顔を上げ、わずかに伏目がちにして、赤い額帯を締め、真っ黒な髪を流し、ひきずるほど長い白装束に身を包んでしずしずと進んでゆく。
私はいつもいつもあの人を見ていた、他には何も目に入らなかった。いつもいつもあの人を見ていた、ただし遠くから、なぜならあの人のまわりにはいつもいつも群衆がいて、押しの強くない私には、とても近づける状態ではなかったから。
そんな調子でずっときて、どれほどの歳月が流れただろう。どういう巡り合わせなのか、私にも分からない。ただ、あの人といっしょの舟に乗って行くことになったということの他には。
あの人と、私と、それから私の黄金丸と。
けれど、それだけではなかった、心の底では私だって、ひそかに予感していたし怖れてもいたのだ、彼もまたいっしょに行くということを。
しかしながら、どういうわけか、彼のまわりの空気は私たちのと変わらなかった。彼がおそろしい敵意を抱いているというのは、あれは私の勝手な思いこみだったのだろうか? 私には分からない、しかし、あれが思いこみにすぎないのならその方がいいに決まっている、そしてどうやら実際そうらしい・・・断言はできないけれど・・・
こうして舟は出発する・・・水晶の岸辺をはなれて、北の海へ・・・
夜あけ、あたりはまだ薄暗く人影もない。
ああ! どうしてよりによって彼が、私たちと同じ舟に乗る巡り合わせになったのだろう。彼はいつでも平然として、超然と振る舞い、影のように存在感すら感じさせない。彼はあの人に対しては常にうやうやしく接し、ふだんはめったに口をきくこともなく、そして私に対しても、ことさら敵意も軽蔑も示さない・・・一体これはどういうことなのか?
それからあの獣だ。全く、あいつはどうしてああも黄金丸に似ているのか? まるできょうだいだ、合わせ鏡だ、遠くから見たら見分けもつきやしない。一体どういうわけで、黄金丸のイメージを増幅し、ぼやけさせることで、黄金丸を貶め、そのアイデンティティーを打ち砕こうとするのか? しかも、悪気などみじんもないような顔をして!
なお悪いことには、あいつ、ほんとに悪気などみじんもないのだ。ほんとにそうなのだ。礼儀正しく、丁寧で、いつも愛想がよくて・・・しかも、黄金丸より美しい! 毛並みはいいし、ほんとにきれいだ、あの獣は。だれだって、好きにならずにはいられない・・・
あるとき、私はあいつと二人きりで話したことがある。自分の心がこわかった、黄金丸よりあいつの方がもっと好きになりそうで・・・
黄金丸は、以前とちっとも変わらない。あいつが現れて自分の影が薄れても、何の気負うところもなく、黄金丸以外の何物でもない。目に入らないと、時々忘れちまうんだ、黄金丸のことを。
それから、あの人だ・・・あの人のことが、私にはいちばん分からない。無数の崇拝者にとりまかれ、かしずかれていたあの人が、どうして私なんかといっしょにこの舟に乗り込んだのか?
あの人は袖を合わせて船首にたたずみ、彼方へとじっと目を注いでいる。そばにいても、めったに言葉を交わすこともないのは同じだけれど・・・それでもやはり、遠くから眺めているのと、そばにいるのとでは違うのだ。心の届く半径内にいるのだ、あの人が。そう。そばにいる、それでもなお、天の星のような孤高な輝きを持ち続けて。
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(1996)
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