2010年06月17日

じゅずかけばと

じゅずかけばと
 ウィリアム・ヘンリ・ハドソンに捧ぐ    2001 by中島 迂生  


 もうずっと昔から、あのはとのことは知っていた。その瞳に奇妙な光を宿したはと、半ば幻と思われるほど軽やかな、影のような翼を持ったはと・・・それは確かに普通のはとではなかった。姿は見せないけれども、ボルビーゲルが生まれたそのときから、ひょっとするとそれよりも前から、それは彼の生活をひそやかに見守り続けてきたのだった。
 ボルビーゲルの家族は、北緯28度のあたりに茫漠と広がる、深い森の中に住んでいた。背の高いドイツトウヒがどこまでも枝を広げ、そのこずえをはりめぐらす、昼なお暗い森の中、そこには彼らの他にも、無数の生きものが住み暮らしていた。
 森は尽きることのない様々な秘密を取り出しては、ボルビーゲルに広げて見せた。窓の上で枝々がざわめくとき、それは一つの言葉だった。赤い尾羽を持った美しい鳥が幹のあいだをかすめるとき、それもまた言葉だった。あるかなしかの風にゆれる草、水を吸っておばけのように膨れ上がった緑色のこけ、すべてには隠された、特別な意味があった。
 彼が生まれる少し前に、彼の父親はこの森を切り開いて家を建てた。小さいけれども気持ちのいい家で、心持ち横に長く、屋根は茶色、壁は水色に塗られていた。その隣には家畜小屋があって、八頭の灰色ロングイヤー・ゴート種のやぎが飼われていた。
 彼の父親はたいへん背の高い人だった。あんまりのっぽだから、帽子なんかかぶったら戸口につかえてしまう、と言って妻は笑ったものだ。その人はまた開拓者に似つかわしくなく、大変な読書家だった。家のいちばん西側にある書斎には手造りの本棚がいくつもあって、町へ行く用事がある度に少しずつ買い集めてきた本がぎっしり詰まっていた。特にどの分野に興味があるというわけでもないらしく、言ってみれば雑多な寄せ集めだったが、どうやら読むこと自体を楽しんでいたようだ。
 ボルビーゲルが幼かった頃、彼はよく、一日の仕事を終えると書斎から長椅子を外へ運び出して、愛用のパイプで煙草をふかしながら読書にふけった。思えばそれは彼にとって、最も幸福なひとときであったに違いない。そのほっとしたようす、楽しげな気分はボルビーゲルにも伝わってきて、自分まで何だかうきうきしてしまったものだ。父親が長椅子を運び出すと、ボルビーゲルは決まって仔犬のように飛んできて、そのとなりに腰掛ける。そして、足をぶらぶらさせながら得意気に彼の顔を見上げるのだ。すると、父親もパイプを口から離して笑い返し、「やあ、いたずら坊主」と言って彼のくしゃくしゃ頭を軽くこづく。それがまたうれしくて、いたずら坊主は白い歯を見せてにこっと笑うのだった。
 父親はいつも、活字が見えないほど暗くなるまで本を放さなかった。それからようやく読みかけのページに指をはさむと、息子の肩に腕をまわして家に入った。たいていその頃には窓に灯りもともり、まだ若かった母親は食卓をととのえてエプロンを外しているのだった。母親はその頃からあまり陽気な方ではなかったが、機嫌がいいときにはときどき歌をうたった。その声はどちらかというと低い方で、いぶし銀のような独特な響きを持っていた。
 少し大きくなると、八頭のやぎの世話をするのがボルビーゲルの仕事になった。その前からやぎは彼の遊び相手だったから、やぎのことなら何でもよく知っていた。けれども彼は、どのやぎに対しても心から親しみを覚えたことがなかった。
 やぎは孤独な動物で、独立主義だった。じっと立っておとなしく乳をしぼらせるし、命令に従うことはいちおう従うのだが、決して盲目的にそうしているのではなかった。自分たちの方で冷静な判断をもって、そうすると決めたからそうしているのだった。彼らがほんとうは何を考えているのか、誰も知らなかった。その黄色く澄んだ目には何の表情もなく、ただ憑かれたように何かを求めて、ボルビーゲルの知らないどこか遠いところを見つめていた。
 やぎは森の精のような灰色の毛皮で覆われていた。雨の日にはうすもやに溶けこみ、周りの景色と全く見わけがつかなくなってしまう。だからボルビーゲルは彼らを呼び集めるのに森じゅうを駆けまわらなくてはならなかった。ところが晴れた日になると、その毛並みはくもの巣のような、白に近い銀色に見えるのだった。
 やぎは長く垂れた耳と、軽やかなひずめとを持っていた。彼らはドイツトウヒの間を、ぬれた草の上を、首をおとして彷徨うように歩いた。ボルビーゲルはその群れの真ん中にいても、知らぬまにどれかの姿が消えたりはすまいかといつでも不安になるのだが、彼らは自分たちの行くべき道をよく知っていた。彼らは意地悪なわけではなかった、けれども彼らとボルビーゲルとの間には、いつも一定の距離があった。やぎたちは彼を受け入れようとしなかったし、彼が彼らを理解しようとしても拒まれるのだった。彼はそんなやぎたちに対して、一時期言いようのない苛だちを感じたこともあった。しかし時たつうちにだんだんと、諦めとともに知ったのだ、自分たちがただ、家畜とその主人という以上の関係にはなれないことを。
 ボルビーゲルが七つのとき、父親が死んだ。その年の夏、彼ははじめてあのはとを見た。
 父親が死んでから、彼は淋しくなるとそっと書斎に忍びこんで、その蔵書に読みふけることを覚えた。まだ字もきちんと習っていなかったから、はじめのうちは何もかも難解なばかりでさっぱり分からなかった、けれどもじきに、その茶色く変色した書物のコレクションは、すっかり彼をとりこにしてしまった。
 父の書斎はがらんとして、もう掃除されることもなく、どこにもかしこにも埃がつもっていた。そこは異質な空間だった。本棚と本のほかにあるものと言えば、例の手造りの長椅子だけ。そして床には、たしかインド製といっていた、果物や動物のふしぎな絵柄が織りこまれた麻の敷物。このほか、余計なものは一切なかった。その部屋を満たしている空気は、かつてそのあるじだった人の面影を今だとどめていた。
 朝に夕に、ボルビーゲルは、母親の目を盗んではここへやって来た。そして、目につく本を片っぱしからひっぱり出しては床に寝そべって、外の世界を忘れて読みふけるのだった。実に様々な本があった・・・パリ街景に見るフランス史。相対性理論。ゲーテ詩集。紫色のオウムと元陸軍少佐に関する一哲学的洞察。知らない言葉はかまわずにすっ飛ばし、ひたすら先へ先へ読み進んだ。
 中でも最も気に入っていたのは、緑色の表紙の世界文学全集だった。これは比較的平易な言葉づかいで書かれていたので、小さなボルビーゲルでも何とか話についていくことができた。危険に満ちた勇壮な冒険物語はいつでも彼の心をゆさぶり、激しい憧れをかきたてた。空想はふくらみ、彼は物語の世界にどっぷりと浸って、ほんとうに主人公となって色んなできごとを体験するのだった。
 彼はそれらの本を、屋根裏の自分のベッドの中にも持ちこんだ。しばしば読みながらいつのまにか眠りこんでしまい、はっと気がつくと蝋燭は机の上で、もうほとんど燃え尽きているのだった。片道半時間ほどの小さな学校へ通うようになると、そこへも持っていった。実際、学校に上がる頃には、ほとんどどんな言葉でも知っていた。特に好きな本は、ページがすり切れるほど何度も読み返した。その一冊一冊に、彼は今まで知らなかった父を発見した。かつて父の読んだ本を今自分が読んでいる、と考えると誇らしかった。本は、古い紙と、なつかしい煙草のやにのにおいがした。
 そんな日々を送るうち、ボルビーゲルの心のうちに、いつからか一つの願いが宿るようになった。途方もなく現実離れした、ばかばかしい願いだったかもしれない。だからこそ、彼はそれを注意深く秘め、心の奥深くそっとしまっておいた。その願いとは・・・英雄になること。英雄とは、偉大な冒険をやってのけた人のことだ。物語の中の英雄は、知恵と勇気と強い意志とを持ち合わせ、危険な旅に出、竜と戦い、捕らわれびとを救い出し、人々から感嘆のまなざしを受けた。そのような人は彼にとって、あらゆる人間の中で最も遠い存在に思えた。あらゆる人間の中で最も遠い存在に、いったいどうやって近づくことができよう?
 全くの夢物語だった、手の届かない星だった。けれども彼はそれを忘れなかった。ずっとずっと長い間。
 そんなひそやかな願いでさえ、あのはとは知っていたに違いない。いったい、ボルビーゲルの傍らに、いつも影のようにつきまとっていたあのふしぎな視線を、どのように説明したらいいのだろう? たしかにその視線は、やぎを連れているときも、食卓についているときも、本を読んでいるときも、常に彼の上に注がれていた。
 あのはとなのだ・・・
 激しい風のふく夜などは、見られているという感じがことさら強まり、森のざわめきに心を乱されて、幼い頃はよく泣いた。けれども家族は彼の不安を理解できず、ただ肩をちょっとたたいて慰めてくれるだけだった・・・ほら、もう泣くのをおやめ。何も怖いことなんかありはしないよ。彼らには分からなかったのだ、彼がただ怖くて泣いていたのではないということが。それは何かしらもっと深遠な感情だった、何かしら己れを越えたもの、聖なるものに対する思いだったのだ。
 けれどもそれは、いつでも必ずしも彼を怯えさせたわけではない。時にそれは好奇心を抱かせたし、ほんとうに淋しいときには、一種の親しみすら覚えさせた。
 それが身をひそめているのは、からみあったやぶだとか、暗いトウヒのこずえとか、いずれにせよボルビーゲルの家から遠くないところだった。たまにもっと森の奥深くに姿を消すこともあるが、それはしばらくの間、その視線が薄れることで分かるのだった。森でやぎに草を食ませているとき、陽光のこぼれる木々の間でじっと動かずにいると、確かにそれがすぐ近くにいるのを感じることができた。じっとしていて、それからふいにぱっと後ろを振り向くと、かすかな羽音をたてて慌てたように飛び去る影を見たように思ったこともある。けれどもそれはいつも影だけで、こずえに落ちる光と影のまだら模様にまぎれ、ほんとうなのか幻なのか分からなかった。
 その姿をはじめてきちんと見たのが、忘れもせぬあの暑い夏の日だった。やぎたちはあまりの暑さに草を口にする元気もなく、あちこちの木陰で膝を折ってまどろんでいた。ボルビーゲルは落ちつかない気持ちで、むち代わりの枝をふりまわしながら、草の上をはだしでぶらぶら歩きまわっていた。
 強烈な日射しだった。辺りには何の物音もない。黒いドイツトウヒのこずえはあまりきらきら光っているし、空はトルコ桔梗のようにまっ青だった。どうやら普通でないことが起こりそうな気配だった。
 ふいに遠くで口笛が鳴ったのだ。人間の唇から出た音とは思えなかった。少しして、もう一度聞こえた。
 来い。口笛ははっきりとそう告げていた。
 ためらわなかったわけではない。けれども、抵抗できる相手ではなかった。森の向こうで呼んでいるのは、もう一人の自分だった。ボルビーゲルは一心に耳をすまし、ついで夢遊病者のように、ふらふらと音の聞こえた方へ歩み出した。
 暗い木々の間を長いことさまよい、気がつくと知らない場所に来ていた。まわりに生えたドイツトウヒの背の高さときたら、家の近くで見るよりも三倍も高かった。おまけに大枝が垂れ下がって、地面につくほど濃く生い茂っていた。
 空が一瞬、さあっと暗くなった。雲が太陽を隠すと、そのすそはかすかな青とオレンジに染まった。幾すじかの光のすじが、そのすきまからまっすぐに差しこんだ。
 今目を上げれば、それを見ることができる。ボルビーゲルはそう思った。
 それから彼は目を上げた。
 それは、彼のすぐ前のこずえにとまっていた。見たところは普通のはとと変わらなかった。軽く焼いたマフィンのようなうす茶色をして、肩には素朴な黒い紋章をつけている。教会の鐘楼や、広場の水飲み場などでよく会うことのできる、心優しいじゅずかけばと。けれども、それは確かに普通のはとではなかった、その目には、燃える紅玉の炎が宿っていた。それははとの魂そのものだった。
 はとはボルビーゲルを見つめた。その光は彼の体を突きぬけて、心の奥底にまで達した。これが遠い昔から、いつの日も自分の近くにあったものの正体なのだと、そのときボルビーゲルは知ったのだ。
 はとと少年とは、長い間身動きもせずにじっと互いを見つめつづけた。しだいに時間が薄れていった。しだいに境界がくずれ、熱い流れの中に溶けて消え去った。
「お前の目は海の色だ」
と、はとは言った。言葉ではなかった、それは彼自身の内側から、そのもっとも深いところから響いてきた。
「お前はいつか、見知らぬ土地を旅するだろう。長い旅だ・・・それからお前は英雄になる」
 その響きはボルビーゲルの胸に、幾重にもこだました。
 あっと思ったとき、はとはもう飛び去っていた。入れ替わるように、真夏の太陽が再び姿を現した。その光で森を満たした。はとのとまっていたトウヒの枝が、まだかすかに揺れていた。
 はじめてボルビーゲルの心に恐ろしさが押し寄せた。彼は、何ごとか囁きかけてくる木々の間を走りに走った。しまいには泣きながら走りつづけた。
 結局、その日の夜遅く、ボルビーゲルは家から遠く離れてとある木の根元に眠りこんでいたところを、カンテラを下げて探しにきたおじに発見された。このおじは、甥っ子がいなくなったと聞いて、わざわざ町からやって来たのだった。ボルビーゲルはやぎを放ったらかしにしたことでひどく叱られた。しかし、母親の叱り口がどことなくぎこちないのを彼は感じた。彼はすぐベッドに押しこまれたが、下では母親とおじが長いこと声をひそめて話しあっていた。はっきりとは分からないが、おじらしい声がこんなふうに言うのが聞こえてきた・・・あの子の目はどうにも奇妙だったよ。何か、とてつもなく異様な体験をした人の目のようだった。
 このことの後、ボルビーゲルははとの言った言葉の意味をしばしば考えた。けれども答えは見つからなかった。未来は今だ霧の彼方にあった。
 彼はますます読書にのめりこんだ。そして没頭すればするほどに、現実の生活が億劫になった。そして億劫になればなるほど、またそれを疎かにするようになった。ひょっとしたら物語の世界の方がほんとうで、自分のまわりのつまらないごたごたなど、束の間の夢にすぎないのかもしれなかった。少年の日々はボルビーゲルの外側を、霧が流れるように流れていった。ふしぎな視線は相変わらず消えなかった。けれども今や彼はその正体を知っているのだ。時にはその姿をちらっと目にすることもあった。もう何かを言うことはなかったが、それにも次第に驚かなくなっていた。
 そしてとうとう、すべての始まりとなった、あの忘れられない日が来たのだ。
 ボルビーゲルは十三になっていた。その朝、森には雨がとめどなく降りしきり、早春のしんしんとした寒さが何もかもを包んでいた。
 屋根裏のベッドのふくらみが、ごそごそっと動いた。しばらくして、またごそごそ。ためらうようにちょっと静かになってから、やおらくしゃくしゃ頭がおもてへ突き出した。
「ぶるぶるっ! ・・・何て寒いんだ」
 ボルビーゲルはがたがた震えながらベッドから這い出し、大急ぎで服を着こんだ。そして、窓を開けると窓枠に足をかけて屋根の上に出た。
 まだ薄暗かった。と言っても、こんな天気では昼になってもそう明るくはなるまい。上を見上げると冷たい雫が次から次へと顔に落ちてきた。屋根はぬれて滑りやすくなっていた。ボルビーゲルはそろそろと斜面を降り、縁までくると隣の家畜小屋の屋根に飛び下りた。わざわざ家の中を通っていくより、この方がよっぽど早い。それから彼は小屋の中に入り、やぎの乳を一頭ずつしぼって、その壺を入り口近くに並べた。これらで母親はチーズやバターを作り、ボルビーゲルが学校に行ったあと、毎日手押し車にのせて市場へ売りにいく。父親が亡くなって以来、それがこの家の唯一の収入源だった。
 ボルビーゲルは自分もカップに一杯ミルクを飲むと、やぎたちを外へ連れ出した。彼らはその毛皮のおかげで、彼ほど寒くはないらしい。
 いつもの小径を、追い立ててゆく。やぎの首につけた鈴がカランコロンと音をたてる。休みない雨音が森を満たし、もやのせいで遠くにある木々の輪郭がぼやけて見える。ときたま小鳥が枝をかすめて、細い声で仲間を呼んでいる。
 少し開けたいつもの草地に着くと、やぎたちはてんでに散って朝の食事を始める。ボルビーゲルは立ちどまったまま、少しの間そのようすを目で追った。
 昔から世話してきたやぎたち。もしもこのやぎたちを見るのが、今日でさいごだとしたらどうだろう。ふとそんな考えが浮かんだ。明日のこの時間には、どこか遠い、全然知らない場所にいるとしたら?
 けれども、すぐにそんな空想を打ち払い、彼は来た道を引き返した。今日は学校でラテン語の授業があるのだ。ラテン語は苦手だったが、今回は特別力を入れて宿題をやったのだった。
 家に入ると、食料棚からパンを一つ取ってまず頬張った。それからチーズの塊を取り出し、ナイフを探してきて一切れ切り取った。ドアが開いて、壺を手にした母親が忙しそうに入ってきた。彼の姿を見るなり、
「何なの、その泥だらけの足は! 入る前にちゃんと拭いて、床を汚さないようにしてよ!」
と、小言を言った。ボルビーゲルはチーズに集中したまま、
「うん」
と生返事をし、別の一切れを切り取って母親に差し出した。
「要りませんよ、私は今忙しいんだから。自分のことだけすればいいの。早くしないとまた学校に遅れるわよ」
「またって、いつ遅れたっていうのさ?」
「シュペルグ先生が言ってらしたじゃないの。口答えはいいからさっさと支度なさい」
 ボルビーゲルはふくれっ面でカーキ色の学校の上着を着こんだ。それから靴をはき、通学用のかばんを持って家を出た。
「傘!」
 後ろから母親の声が追っかけてくる。
「いらない、大丈夫!」
と叫び返し、かばんを頭にのせて走り出した。ほんとうに、急がないと遅刻しそうだった。実はこの三日間というもの、つづけざまに遅れていたのだ。おまけに担任のシュペルグ先生からは、「今度遅れたら教室に入れないぞ!」という言葉までもらっていた。どういうわけで時間どおりに入れないのか、彼は自分でも分からなかった・・・ 家が遠いからというばかりではないのだ、ちゃんと時計を見て、間にあうように支度しているつもりなのだ、が、どうしたわけか、何がそんなに手間取ったのか、家を出るころにはもう、いつだって全速力で駆けつけないと間にあわない時間になっているのだった。
 ボルビーゲルはいつもの道を、はあはあ息をはずませて走った。うっすら霧がかった森の、濃厚なにおい・・・トウヒの葉、しだ、コケ、木の皮や、ぬれたキノコ、色んなものの入りまじったにおいだ。
 ボルビーゲルの通っている学校は、彼の家から、さらに北へ少し行ったところにあった。やはり森の中にぽっつりと建った、こけら板葺きの小さい粗末な建物だ。というのも、こんな土地では子供の数は多くないし、それに親たちの方だって、教育のために余分な投資ができるほど、豊かではなかったからだ。それでも屋根の上にはちゃんと鐘がついていたし、それも昔ながらの、ひもをひっぱってならすやつで、いつだってきちんと時間どおりにならされた、たとえその音を聞くのが、子供たちのほか、栗鼠やきつつきくらいなものだったとしても。
 そのまわりは少し開けて、ちょっとした運動場になっており、子供らはここでボール遊びをしたり、色んな体操をしたりすることができた。また、この近くをふつう<大きな川>と呼ばれる、幅広くて流れの穏やかな川が通っていて、それは遠く丘陵地方からはるばる旅をしてここまでやって来たのが、そのあたりで大きく迂回して、再び森の奥深くへと消えているのだった。
 この学校で教えている、たった一人の先生がシュペルグ氏だ。彼は一人で全部の教科を教えていた。痩せて背が高く、どんなときでもきちんとカラーをつけ、カフスまではめている。このへんで普段からそんな格好をしているのは、この先生くらいなものだった。人柄もその通り、まじめで職務に忠実なあまり、しばしばおそろしく杓子定規で融通のきかないところがある。だが教育にかける熱意は本物だった、ラテン語では<アエネイス>をやっていた。彼は自分の教えている鼻たれ小僧どもがヴェルギリウスを理解できるとはあまり信じていないように見えたが、だからといって手を抜いたりしなかった。こと人の道に関しては独自の固い信念を持っていて、それに外れるような振る舞いに及ぶ者があれば、忽ち血相を変えていきり立ち、誰彼かまわずどなり散らし、その剣幕の激しさでもって相手をねじふせてしまう。だから子供たちからは恐れられていた。けれどもボルビーゲルは、心の底では先生のそういうところを軽蔑していた。生徒ってものは、脅せばいいってもんじゃないんだ・・・と思っていた。相手の方でも彼のことをよくは思っていなかった。彼は理解しがたい生徒だったのだ。何をきいてもろくに答えないし、勉強は書き取り以外からきしだめ。内気で、ひまさえあれば本に顔をくっつけている。
 彼は級友たちからものけ者にされていた。彼らにとって、ボルビーゲルはやりにくい相手だった。ぼーっとして、何を考えているのか分からないし、だいいち、こっちのペースについてこない。だったら何を、お情けをかけてやる必要があろう。彼の方でも、それで別にかまわないと思っていた。のけ者にされて、もちろんうれしいわけがない。けれど、それを遺憾に思ったりする前に、まずこちらからお近づきになりたいと思うような連中ではなかったのだ・・・ 取り巻きを従えたガキ大将のパウルに、ちびのリヒャルト、計算ができるのを鼻にかけているルートヴィヒに、いつも袖口の汚れたシャツを着たアンドレ。女の子たちだって似たりよったりだ、ばかみたいにくすくす笑ってばかりいるエラ、むっつり口をへの字に曲げたテレーズ、おそろしく耳ざとくて、うわさのまき散らし屋のアンナ・・・ あんな連中とつきあって何が楽しいものか、こっちの方がごめんこうむる。けれど、ともかくも、あんな奴らの前でシュペルグにつまみ出されて、笑い物になってはたまらなかった。今日こそは、何としても時間どおりに着かなくては・・・ ボルビーゲルはかばんをかたかたいわせ、ますます急いで、必死になって走った。
 と、そのときだった、突然、彼は自分がまたあの視線にとらえられているのを感じたのだ。彼はびくっとして足をとめた。あの視線、まちがいなかった。しかも、びっくりするほど近くだった。
 彼の心を、強いおののきがとらえた。おののきと、そして、ふいに思いがけない幸福感とが。なぜなら、そのときはじめて、彼は確かに知ったからだ、その心奥深く、彼自身も気づかぬままに、実はもうずっとずっと長いこと、今このときを待ちつづけてきたのだということを。そして、今が、今こそが、待ち望んできたそのときに他ならないのだということを。・・・彼はうっとりと目を閉じた、快い陶酔感に身を委ねた・・・
 心のどこかで、理性の声がささやいた、今はそんなこと、していていい場合じゃない! 早く行かないと学校に遅れるぞ!
 と、低く、かすかに、でもはっきりと、口笛が彼を呼んだ。それは甘くささやきかける蜜のような言葉だった、と同時に、有無を言わさぬ命令だったのだ。彼はもう、何も考えられなくなった。その声の命ずるまま、道をそれて森へ這いこみ、さらに奥へ奥へと進んでいった・・・
 はとは先に立って彼を導いていた。姿は見えないが気配で分かった。時折羽音がきこえ、時折つばさの影がこずえの間からちらりと見えた。森はどんどん暗くまた深くなり、敵意を抱いてボルビーゲルの行く手を阻むようであった。ひょっとしていつかのように、見知らぬ場所にまた一人置き去りにされ、寒さとひもじさを抱えてさまようことになるのではあるまいか・・・けれども彼は、そんなことを気にかけはしなかった、はとの姿を思いに描き、ただひたすらに進んでいった。
 そうやって、どれくらい歩いただろう、ふいに森が途切れて、ぱっと目の前が開けたのだ。しかもそれは彼の知っている場所だった。彼の行く手には学校が見えていた。ただしそれは、今までそんなふうにして眺めたことのない側からであった。彼は大まわりをして、いつも来るのとは反対の方向からそこへやって来ていたのだ。
 しかし彼ははじめ、そのことには気づかなかった。というのは今眼前に見るものに、すっかり心奪われていたからだ。
 それは川だった。<大きな川>が彼の前を、激しい水音をたてて流れていた。彼が出たのはちょうど、それが大きく湾曲してこちらへ近づく辺りだったのだ。しかも何と速い流れだ、折しも雪どけの水がどっと大量に流れ下り、茶色くさかまくにごり水となって、ごうごうと吠えたけりながら、危険なほど川幅いっぱいに広がって流れている・・・ ふだんなら、こんなことは決してなかった、<大きな川>が溢れるなんて、誰もきいたためしがなかったのだ。けれども今、げんにもう少しで水は岸辺の土手をのりこえそうだ、そして学校の建っているささやかな草地は、それよりさらに数段低いのだ。溢れ出したがさいご、ひとたまりもなくやられてしまう、またたくまに、飢えたおおかみのような濁流に飲みこまれてしまう・・・。
 ボルビーゲルは岸辺に立って、息を飲んだ。先生は、学校のみんなは気づいていないのだろうか? もっと高いところへ避難しないと危ない、それも今すぐに! 彼はまたもや遅刻したこともすっかり忘れ、土手の斜面を転がるように駆け下って、鉄砲玉のような勢いで教室にとびこんだ。
 みんなはとっくに席に着いて、ラテン語の授業が始まっていた。シュペルグ先生は眼鏡を鼻の上までずりあげ、片方の手に教科書を、もう片方を後ろにまわし、教壇の前をゆっくり行ったり来たりしながら、指名した生徒が本を読み上げるのを聞いている。まるでこの世に川と名のつくものなど、かつて一度も存在したことがないかのように落ちつき払って。
 ぬれねずみでぜいぜい息を切らして、いきなりとびこんできたボルビーゲルの姿を見て、教室の後ろの方からくすくす笑いが漏れた。それももっともなことだった、何しろ深い森を抜けてきたために、手足はまっくろ、靴は泥だらけ、頬には枝のすり傷をつけ、服や髪には葉っぱやくもの巣、というありさまだったからだ。だが、先生の方はというと、これはもう笑うどころの騒ぎではなかった。彼の姿を認めるなり、唖然としてあやうく教科書を取り落としそうになり、ついで怒りのあまり、ぶるぶると肩を震わせだした。・・・来るぞ! と子供たちが身構えて首をすくめたとたん、割れ鐘のような第一声がとんだ、
「一体何を考えとるんだ、えっ、君は! ・・・何というざまだ、何たる恥さらしだ!・・・」
 つかつかと歩み寄ってくるシュペルグ先生の恐ろしさに思わず後ずさりしながら、ボルビーゲルは必死に抗弁した、
「先生、どうか聞いて下さい・・・」
 しかし、先生の方ではもはやなんにも聞くつもりなどなかった、
「覚えているね、この次遅刻したらどうなると言ったか!」
と言いながら、ボルビーゲルのえり首をつかんでぐいぐい引き立てていき、それから彼を、もとの冷たい雨の中へ放り出したのだ。
 彼はそれでも諦めなかった。自分のことなんかどうでもよかった、ただこの危険を、恐るべき危機を、何とかして知らせなければと焦っていたのだ。そこですぐさま窓の方へまわると、ガラス越しにもう一度、
「先生!」
と叫んだ。二、三人がこちらをふり向いた。するとシュペルグ先生が手を差し上げて、彼らの好奇心を制するのが見えた。
 分かっちゃいないんだ、ことの重大性が・・・ボルビーゲルは死に物狂いになった。ありったけの勇気を奮い起こすと、入り口のドアから三たび頭をつっこんだ。こうしてなおものこのこやって来られるのを見て、先生はついに我慢の限界に達したようだった。だしぬけに、校舎のガラスがびりびり震え上がったほどの勢いでわめきだし、ののしり、どなり散らし、あげくにボルビーゲルの鼻先で、ぴしゃんとドアを閉めてしまったのだ。そのあと、中からがちゃりと錠を下ろすのが聞こえた。
 彼は呆然としてドアを見つめた、ぬれそぼって、恐ろしさにがくがくとうちふるえながら・・・
 と、そのとき、かすかな口笛を聞いたのだ。彼は顔をほころばせてふり返った。はとは地面に降りたって、素知らぬふうで何かついばんでいた。
 あなたはあなたの義務を果たしたんですよ。
 あとは何が起ころうと、あなたの責任ではないのです。
 だからもう、あんな愚かな連中のことは放っておきなさい!
 そう言っているようだった。やがてはとは、その軽やかな翼をさっと広げて飛び立った。ボルビーゲルも、思わずそのあとを追って駆け出していた。はとのあとに従って、どんどんどこまでも駆けた。風を切って駆けゆくうち、まるでかかとにはとと同じ翼が生えいでたかのようだった、駆けていること自体が喜びとなり、肺にはかぐわしい森の香気が、足にはあたらしい力がみなぎってきて、もうそのうちに、恥ずかしかったことやみじめだったことも忘れてしまった。
 いつしか雨はあがり、ボルビーゲルの着物も乾いてきて、ようやくはとが地上に舞い降りて翼を休めたので、走るのをやめてふと気がつくと、彼は大きな大きな丘の中腹の斜面にいるのだった。あたり一面みどりの草が広がっており、ついさっきまで降っていた雨の雫がきらきらと光って、はるかはるか下のかなた、広大な森のほんの少し開けているところに、彼のちっちゃな学校が豆つぶのように見えていた。まるでつまらない、どうでもいいものみたいだった。
 ボルビーゲルは声を上げて笑いだした。今朝がた感じたあの幸福感が、再びその胸をいっぱいにして戻ってきたのだ。
 それから彼は、畏敬と感嘆の念をこめて、じっとはとに目を注いだ。
 こんなに近くで、しかもこんなにはっきりと見るのははじめてだった。
 美しいはとだった・・・とてもおぼろな、くすんだ色あいをしているのに、並はずれて高貴で、神秘的なようすをして・・・彼は思わず手をのばして、はとに触れようとした、するとはとはわずかに身をかわし、ふわりと飛びたった、メレンゲでできた天使のように、そしてちょうど、あたたかい日の光がまぶしく輝いて、見上げたボルビーゲルの目にまともに入り、思わずぎゅっと瞼を閉じたその一瞬の隙に、はとの姿はお日様の光に溶け入るように消えてしまった・・・
 ボルビーゲルは少しの間悲しみに沈んだが、そう長いことではなかった。それより彼は、あのはとが消え去ったあたり、彼を手招きするかのようにうっすらと青味を帯びた、大きな丘のすその向こう側へ、熱心な目を向けはじめた。あっちの方にはいったい、何があるんだろう・・・?
 それから彼はゆっくりと立ち上がり、もう学校のことも、うちのことも、小屋の中で彼の帰りを待っているやぎたちのことも忘れてしまって、ただ一心に丘を登りはじめた。遠くを見つめる目、その目にはもう、憑かれたような、夢見るような、そう、ちょうどあのはとと同じ色の光を宿しながら。

 あの年の大洪水を、森の住人たちは決して忘れることがないだろう。かつて誰にも、どんな害も及ぼしたことのなかった、あのおだやかなおとなしい川が、あの日、どんな猛々しさをもって、志篤いりっぱな先生と、三十五人の善良な子供たちとを呑み尽くしたかを。小さな校舎はあとかたもなくすっかり押し流されてしまい、水がひいたあとも、人々は、石の土台だけが辛うじて流れずに残っていたので、それがもと建っていた場所を知ったほどであった。

 さて一方のボルビーゲルは、そんなことはちっとも知らず、見えない糸にたぐられるようにどんどん先へ先へと進んでゆき、ついに一つの地方を別の地方から隔てていた、あの目も眩むような険しい丘陵地帯をこえた。
 そこはボルビーゲルの生まれ育った、どこまでも続く深い森とはまるでちがった。そこはのどかな、美しい田園地方だった・・・小麦、大麦、豆の畑に、さまざまな野菜の畑。畑はどれも少しずつ色あいがちがい、大地全体はよく耕されて豊かにうるおい、ゆるやかな起伏を描いてどこまでも広がっている。煉瓦造りや石造りの家々のまわりには生け垣が、小径では、やぶや茂みに小鳥が鳴き交わし、しずかな池のおもてには睡蓮にボート、陽気な小川の流れには水車が回っている。ボルビーゲルは生まれてはじめて見る景色に我を忘れ、驚きと喜びでいっぱいになった。見るもの聞くもの、すべてがあたらしかった。彼は踊るような足取りで、口笛を吹きながら進んでいった。実際には、体はもうくたくたに疲れていたし、お腹もすいてひもじかったのだ。おまけにポケットには一銭も入っていなかった。けれどもこのたのしい気持ちを曇らせたくなくて、大した心配もせず、足の向くままにただてくてくと歩きつづけた。
 やがてとっぷり日も暮れる頃、彼は街道筋の一軒の旅籠屋にさしかかった。半開きになった扉からは、ぱちぱちと勢いよく燃える火、そのそばで寝そべっている犬、酒をくみかわし、いい気分で声高くしゃべり、下手くそな歌をがなっている男たちの姿が見え、杯どうしがぶつかる音、食器のかちゃかちゃいう音、それにシチューやソーセージや、こんがり焼いたベーコンのにおいが通りにまでただよい出し、まるでさあどうぞ、お入りなさい! と言わんばかりだ。ボルビーゲルは思わず空っぽの胃をおさえながら、それからそっと中庭にまわってみた。馬やろばがつながれて、こちらも黙々と飼い葉桶から食べている。納屋には干し草があふれるほどに積み上げられ、壁ぎわにはフォークやくまでがきちんと一列に並べて立てかけてあった。
 彼は少しためらったのち、ふっかりした干し草の山の中にもぐりこんで、犬のように体を丸めた。首すじがちくちくして妙な感じだった。が、何しろずっと歩きどおしで疲れきっていたので、目をつむるかつむらないかのうちに、すぐさまぐっすりと眠りこんでしまった。
 翌朝早く、彼はぶっといがらがら声にどやしつけられて目を覚ました。酒樽のようにでっぷり太った、年取った男が、彼の耳もとで、ひどく腹を立ててどなっていた。
「出ていけ!」
と、男は言った、
「とっとと出ていけ、このごろつきめ! ここは宿なしのたまり場でも、家出坊主のための慈善施設でもねえんだぞ! 分かってんのか、てめえみてえのに居座られたら、まともな客が寄りつかなくなる、冗談じゃねえ」
 男はだんごっ鼻にめくれあがった唇をして、醜い上に怒っているので全く恐ろしい形相だった。けれども全くふしぎなことに、ボルビーゲルは、その顔を一目見たとたん、自分がしばらくはこの家にとどまらなくてはならないことを悟ったのだ。
「どうか、ここに置いてください」
と、彼は一生けんめいに頼みこんだ、
「ぼく、働きますから・・・何でもします、使い走りでも、家畜の世話でも、水汲みでも」
「何だと、養う口なら間にあってらあ! これでもまだ足りねえっていうのかよ、めっそうもねえこの大ばかやろう」
 相手は相当頭に来たらしく、ありったけの言葉を並べてぽんぽん毒づいた。
 そこへ、一人の若い娘がやって来て、言った、
「置いておやりになったらいかがですの、旦那さま。これであの子の代わりになりますわ」
 それが、この店に奉公に来ていた、主人の親戚の娘のマルガレーテだった。
「なに、こいつがレオンハルトの代わりになるものか。何の役にも立たんガキだ、ほくちのほの字も知っちゃいねえ」
「わたくしが教えますわ」
 こうしてその日から、彼はマルガレーテに色々教えてもらいながら、この店で身を粉にして働く身となった。店の名は赤ライオン亭といって、近所の農夫たちや、街道筋を行く御者や商人たちがそのおもなお客だった。あとから知ったことだが、彼がやって来る少し前まで、ここで使い走りをしていた少年が、父親の後を継ぐというのでちょうどくにへ帰ってしまったところだったのだ。だからどのみち、たしかに人手を必要としていたわけだった。
 彼はあらゆるはした仕事を言いつけられた。腰かけの上に立って何時間もぶっ通しで皿を洗い、馬に飼い葉を与え、それから近所のお得意さんのところへ、昼食とビールを届けに行く。どっしりとしたせともののジョッキは重たくて、こぼさないように運ぶのは大変な難儀だった。
 主人のクラウスからは毎日どなられた。何かというと「出ていけ!」とどなるのが口ぐせだった。
 陽気で騒がしいお客たちはボルビーゲルをからかい、卑猥な文句を浴びせ、しょっちゅうふざけてそのくしゃくしゃ頭をこづきまわした。連中のつもりでは冗談半分なのだが、何しろ腕っぷしの強い大人たちのことだ、やられるこっちの身にはずいぶんとこたえた。
 ただ一人、マルガレーテだけはいつも親切だった。彼女はとび色の髪に大きな灰色の瞳をした、心優しい少女だった。年の頃は十六くらい、幼くして弟を一人亡くしたこともあり、ボルビーゲルのことをたいへんかわいがってくれた。彼が夜遅くまで働いていたり、主人にひどく殴られたりしたようなときには、しばしば何かおいしいものを一切れ、こっそりと差し入れてくれるのだった。
 そのうちにやがて、馬車を駆って主人の代わりに市場へ食料を仕入れに行くのも彼の仕事になった。そこで彼ははじめて町を見た。たくさんの建物が立ち並んでいるようすや、にぎやかな表通り、辻音楽師や大道芸人たち。彼にはすべてがもの珍しかった。手綱をひいては、そこらのものにいちいち眺め入ってしまい、そうすると、戻るのが遅いといってはまたどなられた。
 最初の一年は早く過ぎた。仕事には終わりがなく、来る日も来る日も、時計の上で踊る人形のように、ひたすらせっせと働きつづけた。全く息つくひまもなかった。最初の一年は、食わせてもらえるだけで満足するように言われ、食べ物と寝る場所の他には何ももらえなかった。それからようやく、雀の涙ほどの小銭を渡してよこすようになった。彼はそれをできるだけ使わずに取っておくようにしたが、町で芸人や物乞いなどを見かけると、ついやってしまうのだった。そんなわけで、いつも手もとにはほとんど残らなかった。
 それでも、たっぷりのジャガイモとベーコンと、途方もない重労働のおかげで、いつしかずいぶん肉もつき、背ものびた。そしてもっといいことには、いつしか肝っ玉の方も太くなって、ちょっとやそっとのことではへこたれないボルビーゲルになっていた。
 幾度めかの春が来た。その頃までにマルガレーテはお嫁に行ってしまい、残っているのは彼と主人の二人だけだった。そして、今や仕事の大部分は彼に任されるようになっていた。けれども、少し考える余裕ができるとすぐ、彼はつらつらと考えはじめた・・・それはもっともな問いかけだった・・・一体自分はどういうわけで、ここでこんなことをやっているのだろう?
 それからまた、いつか日の光にふっとかき消えていなくなってしまった、あのはとのことを考えるようになった。晩にはよく夢を見た。といってもそれは、明け方のまどろみの中で見る、かすかなイメージの断片にすぎなかった・・・さしこむ薄明かり、おぼろな影、その低いつぶやき、やわらかな羽毛にくちばしをうずめ、ふっくらとして優しいすがた、まるで光そのものでできているかのように、たえず色あいを変えるそのつばさ・・・覚めても、消えゆかんとする夢のきれはしを取り戻そうとして、ぼんやりと物思いにふけることが多くなった。そして、つまらないへまばかりやらかしては、またまた主人にどなられた。
 ある晩、彼はクラウスが大切にしていた白い磁器の大皿を、うっかり落として割ってしまった。それは繊細な唐草もようを浮き出した、とても高価な品ものだった。
「この大ぼけ! くそ坊主!」
と、クラウスはどなった。
「今度こそ出ていけ! 貴様のつらなんざ、こんりんざい見たくもねえ!」
 そして、彼のことをあざができるほど殴りつけた。
 ボルビーゲルは、だまってかけらを拾い集めた。今出てゆかれたら、困るのは主人の方であることを、彼はよく知っていた。
 その晩、彼はかつてなくくっきりと、驚くばかりあざやかな夢を見た。
 朝露にぬれる若いプラムのような、みずみずしい青色のつばさ、
 やぶの中でもどかしげに羽ばたき、うちふるえ、それから突然、ぱっと羽音をたてて飛び立った・・・
 その瞬間、ボルビーゲルは驚いて目を覚ました。
 夢の中で、あの口笛を聞いたのだ。たしかにそうだった。うたがいようもなかった。
 彼はしばらくの間大きく目を見開いて、そのままじっと動かずにいた。それからゆっくりと、寝台から身を起こし、外のようすを伺った。
 夜明けだった。往来はひっそりと静まり返っていた。
 彼は向き直ると、煉瓦を一つ取って、壁の中にしまってあったかくしを取り出した。そして、それをいくつかの身のまわりの品といっしょに小さく包みこみ、そっと厨房を抜けて、外へ出た。彼の手によって毎日ぴかぴかになるまで磨きたてられ、なめらかな銅色を呈した鍋釜の類が、ずらりと壁に並んでその姿を見送った。すりへった暖炉のそばから老犬が立ち上がって、悲しげにくんくん鼻をならしながら戸口のところまでついてきた。
 門を出て少し行ったところで、得意先の旦那の一人が、らばに荷を引かせてやって来るのに出会くわした。
「よう、早えな、坊主。お遣いか?」
「ええ」
と、彼は答えた。そして、足早に歩き出した。
 ふり返りもせずにどんどん歩いて、赤ライオン亭が見えなくなる頃にはもう、彼の目にはあの憑かれたような、奇妙な光が戻っていた。
 彼はどこまでも行き進んだ。村また村をすぎ、町また町をこえていった。多くの場合は通りすがりの民家に一晩の宿を乞うた・・・その頃、田舎の方ではまだ、見知らぬ人を客としてもてなす習慣が残っていたのだ。それができないときには、手持ちのわずかな金をくずして旅籠屋に泊まった。
 しかし、尚も進みゆくうち、しだいによくうるおった田園は姿を消し、その代わりに淋しい荒野や生い茂ったやぶが多く目につきはじめた。人の住まない地方にさしかかったのだった。
 彼はさらに幾日も旅をつづけた。食料のたずさえが尽きると、歩きながら野性の大麦の穂をちぎって噛みくだし、一つかみの木の実と野いちごで飢えをしのいだ。夜になると近くの茂みの中に身をうずくめて眠った。日の出とともに起き出してはまた歩きつづけた。
 ある日、彼は吹きつける風の中に、ほのかな潮の香をかいだ。今までかいだことのない匂いだった。やがてその耳に、ざっざーっという耳慣れない響きが届くようになった。いつか遠い昔、夢の中で、これと同じ音をきいたことがあったのを、彼はぼんやりと思い出した。
 そしてついに彼はその目に見た、海べりの地に出たのだった。
 空は冷たく白く世界を覆い、その下に空と同じ無色の海が、その境も定かならず茫々として広がっていた。眼下には背の低いマーゼルの群生する低木地が、見渡す限りずっと海岸線までつづいている。それらはどれも、内陸の方を向いて斜めに生えていた。たえず吹きつける風にさらされては、そろって従順に、吹かれた方向に向かって身をのばしていた。
 ・・・あの向こうに、親しい者がいる。ボルビーゲルははっきりとそう感じた。そして、もしかしたらそれは・・・。彼は崖を下ってゆき、密に茂った低木林の中へ分け入った。もしかしたら・・・。彼は期待に胸を高鳴らせ、いよいよ足を速めた。茂みの間につけられた、とぎれとぎれの細道をたどってゆくと、やがて両のやぶかげがとだえて海岸に出た。
 彼がそこに見い出したものは、しかし予想とは全く違った。それは人間の姿だった。彼と同じくらいの年格好の二人の子供で、一人は女の子、もう一人は男の子だ。彼らは岸辺にしゃがみこんで何かやっていたところが、ボルビーゲルの気配に気づいてこちらをふり返った。
 二人はまるで兄弟のようによく似ていた。女の子の方はやわらかい亜麻色の髪に、ガラス玉のようにあかるく澄んだ空色の瞳。男の子の方は、髪の色はもう少し暗い、栗毛がかった金色だったが、眼は女の子と同じようにあかるかった。彼の知らない者たちではあった、だがそれにしても、ここ数日の間ではじめて目にした、あたたかい血の通う者たちには違いなかった。
 見知らぬ者同士は互いにしばらく見つめあった。
 ついに、女の子の方が口を開いて言った、
「わたしたち、あなたのことを待っていたのよ」
「そう、ずっとね」
と、男の子。
 それを聞いて、ボルビーゲルは少なからず驚き、またうろたえた。
「ぼくのことを待っていたって! どうしてそんなことがあるんだい? 君たちはぼくを知らないし、ぼくも君たちを知らないのに」
 すると、女の子はまじめな顔で言った。
「知らないの、古い歌にあるのを?

 満月の夜に 三人の汚れなき子供たちが
 木靴の舟にのって船出する
 二人の男の子に 一人の女の子
 幾日幾晩 波をさまよい
 神秘の岸辺に たどりつくまで」

 彼女はかわいらしい声で、節をつけて歌った。そうしてさらに言った、
「アルベルトとあたしが、このなかの二人なの。そしてあなたが、残りの一人なの。これでようやく、歌にあるとおり三人の子供たちがそろったのよ。今こそ、やっと船出の用意ができるんだわ」
 そう言われたとたんに、遠い遠い昔のかすかな記憶が、ボルビーゲルの頭によみがえってきた。そうだ、彼もこの歌を知っていた、どこかでたしかに聞いたことがあった。風のように細い声で歌う女の声、いや、女とも鳥ともつかぬ、あのふしぎな調べは・・・あれは誰だったのだろう、どこで聞いたのだった?・・・
 思い出すことは、ついにできなかった。けれども彼はただ知っていた、そして知っているということは、それだけでもう十分なのだった。
 突然、この二人の子供たちに対しても、ずっと昔から知っていたような、ふしぎに懐かしい気持ちがこみあげてきた。彼は女の子のやわらかな髪に、男の子のあかるい目に親しみを覚えた。彼は彼らにほほえみかけた。彼らこそ、自分でもそれと気づかぬまま、今までずっと探しつづけていた、彼のほんとうの仲間だった。
「ぼく、ボルビーゲル」
と言って、彼は手を差し出した。
「ヨハンナよ」
「アルベルトだ」
 三つの小さな手が重なった。この瞬間、彼らを隔てていた壁が、すっと水のように溶け去った。彼らの心は一つだった。
 彼らはマーゼルの茂みに隠された、小さな洞穴を彼に見せた。
 入口には毛布が吊ってあり、外から見えないようになっている。中に入ると、こぎれいにしつらえた棚には、小麦粉の袋、砂糖の袋、バターや干しタマネギなどの食料品が、ひっくり返した木箱の上には、どこから調達してきたのか、錨やコンパスや晴雨計など、航海に必要と思われる様々な品が並べてあった。石を積み上げて造ったかまどのそばには、きちんと巻いたロープの束が置かれていた。
「これだけ揃えるのにずいぶんかかったけど、まだ二、三足りないものがあるんだ」
 アルベルトが慎重なようすで言った。
「長い旅になるからね。ちゃんと用意しておかないと・・・」
 彼らはまた、岩陰のひみつの船着場に連れていって、木靴の舟を彼に見せた。姿かたちはふつうの木靴と寸分違わなかったが、ただ大きさはその百倍もあって、中は子供三人がらくに乗りこめるほどの広さだった。ボルビーゲルはふと、自分がおとぎ話に出てくる親指小僧になったような気がした。それはすばらしい安定性をもち、どっしりと頼もしく水の上に浮かんでいた。
 ボルビーゲルは、これらすべてのものがどうやって用意されたか聞かなかった。それらはただそこにあった、それだけで十分すばらしくて、何も尋ねる必要などなかったのだ。
 日が落ちると、彼らは岩の間で火をたいてスープをつくり、肉をあぶった。そのあと、真っ赤な燠のかたまりをつつきながら、未来の色々な予定や計画を話し合った。
 ヨハンナは、薄桃色のばら模様をふちどった、厚手のシーツを取り出して見せた。織目のしっかりした、とても頑丈な生地だ。それは家にあった中でいちばん上等なシーツで、来客用に取っておかれたものだった。彼女はそれを帆布用に持ってきたのだ。
「ママに気づかれないように、引き出しからこっそり持ち出すの、大変だったわ」
と、彼女は言った。
「でも、帆布はほんとに丈夫でないといけないものね。嵐がやって来ても平気なように」
 アルベルトは、パパの万能ナイフを出して見せた。
「ナイフはどうしたって必要だろう? 枝を切り払ったり、ロープを断ち切ったり、野性のけものと戦ったりするのにさ」
「野性のけものですって?」
 ヨハンナは、恐ろしげに首をすくめた。
「怖いわ」
「大丈夫さ。どんな恐ろしいけものがやって来たって、きっとぼくがやっつけてやる」
 アルベルトはきっぱりと言い、ヨハンナはそれを聞いてすっかり安心したようだった。
 ボルビーゲルだけは何も持っていなかった。そこで彼は言った。
「ぼくには誰にも負けない心がある。ぼくらが道に迷ったとき、ぼくはきっと、みんなを照らすともしびとなろう」
 その翌日から、彼ら三人は船出に先立って、さいごの準備のために忙しく働いた。満月の晩まで、あと一週間しかなかった。
 ヨハンナは石のかまどで、蜂蜜入りの甘いケーキをいくつも焼いた。果物の砂糖漬けもたくさん作った。それらはみな、長いこと取っておくことができた。
 アルベルトは遠くの町まで、必要な釘やひも、それにビスケット、乾肉、塩づけのクルミなどを買いに行った。
 ボルビーゲルは航海に備えて、舟の手入れや舵の取り方などを習った。
 それから二人の少年は協力して森へ行き、まっすぐな木を切り出してきて、それで丈夫なマストをこしらえた。かわるがわるナイフを使って木の皮を削り、釘で打ちつけ、ヨハンナのシーツを張って、いろいろ工夫してみたあげく、ロープ一本で楽に上げ下げできるようにした。
 かくて興奮にうずまいた一週間はすぎてゆき、ついに満月の夜がやって来た。
 夜中だった。空はさえざえと晴れわたった。むらさき色の荘厳な丸天井に、大きなソヴリン金貨のような月が君臨し、あたりをすっかり、昼間のように明るく照らし出していた。
 今こそ出発のときだった。子供らは木靴の舟を、しずかな海へと引き出した。そしてその姿が波間にうかび、潮風がその帆をいっぱいに膨らませるようすを、息をつめて見守った。自分たちを待つ任務の重大さを心にめぐらすと、緊張のあまり身ぶるいするばかりだった。彼らは厳粛な沈黙のうちに、互いにほとんど一言も口をきかなかった。
 今こそ出発のときだった。彼らは岸辺に別れを告げた。足もとに砕け散る波がしら、たわむれるは月のかけら、こうして彼らは船出したのだ、いずくとも知れぬ地の果て、まだ見ぬ神秘の岸辺めざして。
 ああ、それからあとのことは全く夢のようだ! ・・・何という危険、何という冒険に向かって彼らは乗り出していったのだろう、果てない海原、刻一刻と変わりゆくそのすがた、さかまく大波、ゆれる船尾に帆布をまきあげ、交代で必死に乗り切った大嵐・・・ あるいはまた、四方のかなたまで広げられたうす緑色のコーデュロイ、ものうげに歌いながらゆったりとうねるその波のおもて・・・
 満天の星月夜、夜明けの海のうす青やみも見たし、紅と金に染まる夕映えも見た。陸に上がれば、小さな焚き火、ときによってはゆらめく蝋燭の光を囲み、質素な食事をとりながら次の日の旅程をたて、また自分たちを導きゆく運命の、偉大な驚くべき力について語りあう。こうして彼らは日に日にますます親交を深め、結束を固め、ついには岩根のように揺るぎない、不屈の友情を築き上げるに至ったのだ・・・
 かくて多くの土地を彼らは旅していった。みどりの牧草地がどこまでも広がる気持ちいい土地を過ぎた。しずかな村々も通り抜けた。名高い町のかずかずをこの目に見た。どこへ行っても、彼らは自分たちのことを告げて言った、私たちはかの古い歌に歌われている、満月の夜に木靴の舟で海へ漕ぎ出した、三人の汚れなき子供です、と。そしてこのように尋ねるのだった、ここは何という土地ですか、私たちがたどり着くよう定められている神秘の岸辺なのでしょうか。どなたか教えて下さい、私たちはどこへ行くべきか、何をなすべきか、ご存じの方はいらっしゃいませんか・・・
 彼らの対応ぶりの、また何とさまざまだったことだろう。ある場所では国を挙げて迎えられた、別の場所では石を投げつけられた。そのうちに彼らはもう、どんな扱いを受けても驚かなくなった、すべてをそのままに受け入れるようになった・・・
 そしてまた何と多くの、何とさまざまな土地を、彼らは訪れたことだろう。思い返せばそれらの一つ一つが、今もあざやかによみがえる気がする。・・・
 大きな都、てらてらと光るうわぐすりをかけた、赤いかわら屋根の家々が日の光に照り輝き、丘の中腹には王様の宮殿があって、白い石造りの優雅な尖塔がそびえ立つ・・・ そこでは忘れ得ぬ凱旋行列、通りには人々がつめかけ、窓という窓から身を乗り出して、ロバの背に乗ってしずしずと進みゆく三人の若き探究者たちに向かって花咲く枝が振られ、歓声とともに花びらの雨が降り注ぎ、彼らの訪問は俄かに華やかな祭礼へと変じゆくのであった・・・
 船がまた淋しい地方に入り、幾日も人の住まぬ荒野を岸づたいに行ったある日のこと、夜になって、いつものように、どこか適当な上陸地を見つけて船をつなぎ、火を炊いて憩うていたときのことだった、突然背後の森からガサガサッ! と音がして、ちょうどその前に座っていたヨハンナに、あとの二人が「危ない!」と同時に叫び、彼女が退いたそのとき、姿を現したのは、見るもおぞましい怪物であった。二本足で歩く、巨大な猿のような醜い顔をしたやつで、体はわにのうろこで覆われ、前足には鋭い鉤爪を持っていた、そしてそいつを振り上げて、すごい唸り声を発しながら襲ってきたのだ。アルベルトは少しもためらわず、すぐさま腰に下げていたナイフを手に向かっていって、その勇気を証しだてた。武器を持っていなかったボルビーゲルは、熱い燃えさしをつかんでやたらに投げつけた。そのかいあってまもなく怪物は退散したが、またいつ戻ってくるかと思うとおちおち眠られもせず、ただ火を守りながら、その夜はふだんよりいっそううち固まってまんじりともせずに明かしたので、夜明けまでがとてつもなく長く感じられたことであった。
 このことがあってから、ボルビーゲルも武器の必要を認め、枝を削って弓矢をつくり、常にこれをたずさえるようになった。のちにはそれを狩猟に用いて、大いにその腕を上げた。行く先々で、彼は一行に、力を与える肉の食事をもたらした。その獲物は、野うさぎやりすの類、野性のうずら、しぎや雁など、場所によってさまざまだった。時によってはもっと大型の動物、例えば鹿などを仕留めることもあった。
 こうして彼らは旅をつづけた。何から何まで、ただ自分たちでやってゆくことを覚えた。一つところにとどまることなく、やがてそれにも慣れてしまった。
 彼らは常に行動を共にした、決して互いに離れることなく、文字通り一つの魂であった。彼らは肩を並べて歩き、どこへ行っても三つの影法師が、同じ間隔で通りに影を落とすのだった・・・ポンペイ、マドリッド、カスティーリャの王国、パピルスのそよぐナイルの岸、西インド諸島の島々、運河を行く船の旗ざおにひるがえる洗濯物、宝石の飾りをつけた象たち、見たこともない、変わった果物や野菜であふれ返った朝の市場。
 彼らはまた見た、香料やぶどう酒を積んでゆくたくさんの商船や、重々しい装備の軍艦、嘆きの歌をのせてかなたへ去ってゆく奴隷船を。彼らはまたかずかずの危険に遭った、難船、食糧の欠乏、海賊の恐怖・・・。ヨハンナのばら模様のシーツは、何度めかの嵐ではやくもちぎり飛ばされてしまった。ゆるやかな川を漕ぎ下る途中、急に激流に飲みこまれ、舟ごとひっくり返されたこともある。あやうく水底に引きずりこまれそうになりながら、めいめいが必死に岩にとりついて、おのが身ばかり、辛くも救い出したのだ。霧深い海で、いきなり現れた巨大な汽船に、もう少しでぶつけられそうになったこともある。アルベルトのみごとな舵さばきで、間一髪でかわせなかったら、今ごろ舟はみじんに砕け、彼らの冒険物語もまた終わりを告げていたことだろう・・・ それでも彼らは屈しなかった。決して恐れず、諦めることもしなかった。なぜなら彼らは知っていたからだ、彼らはただ、どうしてもたどり着かなくてはならないのであり、それゆえに、間違いなくそこへ行き着くまでは、どうあっても途中で倒れたり、力尽きたりするわけにはいかないのだと。
 それゆえに彼らは進みつづけた・・・
 岩ばかりの荒涼とした土地の、高い高い山の頂きに築かれた都市では、堅固な城壁がぐるりを囲んでそびえ立ち、あたかも鷲の巣のごとく、昂然として外部の者を寄せつけなかった。大変な苦労をしてやっとのことで登りついてみると、門衛は彼らのやって来た目的を厳しく問い質すのであった。その後、しばらく門の内に黙ってひっこみ、彼らを外に待たせていたが、やがて突如、何の説明もなく、剣と盾を手にした屈強な兵士たちが、まるで地の表に降って湧いたかのように打ちかかってきたのである。・・・ 彼らは不意をうたれ、慌てふためいて逃げ出した。ところが道はあまりにも険しかった。どうやら敵の追撃はかわせたものの、途中、わずかなでっぱりを手がかりに岩山を下ろうとして、ヨハンナを庇ったアルベルトが足をくじき、動けなくなってしまったのだ。ボルビーゲルは彼を背負って降りつづけようとした。だが、背負うことはできても、背負ったまま降りるというのはとても無理な話だった。やむなく彼をそこへ残してゆくほかなかった。アルベルトは狭い岩棚の上に横になり、じっと息をひそめた。岩棚の上には一枚岩の壁面が大きくせり出して、ちょうどぐあいよく彼の姿を隠していた。遠くで重い靴音や、金具のすれあう音が聞こえ、兵士たちが引き揚げてゆくのが分かった。
 それから毎日、あとの二人は危険を冒してアルベルトのもとに食糧を届けつづけた。実を言うと、はじめはヨハンナの身を案じたボルビーゲルが、自分一人で行こうとしたのだ。けれども彼女は、置いてゆかれるくらいなら死んだほうがましだと、きっぱり言いきったのだった。彼女はパンと肉を入れた籠を持ち、ボルビーゲルのあとから登ってきたが、突然「いや! いや!」と叫んで、二倍も早く登りはじめた。というのは、アルベルトが身を隠している岩棚のへりに、肩をそびやかしてとまっている、いやな顔つきをした数羽のはげわしを見たからで、行き着くと、彼女は手にした籠を放り出し、上着を脱いで激しく打ち振って、彼らに喰ってかかった。
「あいつら!」
 激しい憎しみをこめて、彼女はつぶやいた。
 すると彼らはゆっくりと余裕を見せて翼を広げ、いったんはその場所を離れるが、しばらくするとまた何食わぬ顔でそこへ戻ってくるのだった。
 彼らは毎日、届けつづけた。アルベルトが回復して、自力で山を下れるようになるまで、一週間とちょうど四日であった。
 こうして再び、彼らは舟を進めた。やがて岸には少しずつ草木が生えいで、しばらくは、ガゼルのはねる大平原が続いた。その後、しだいに地形は変化を見せはじめ、からみあった密林が広がり、目もあやな極楽鳥のこずえをかすめて飛びすさう常夏の地へと差しかかった。うたがいもなく、かの暗黒大陸に入ったのだった。
 かの地の風物の奇怪なことは、音に聞こえし以上であった。そこで彼らは、にじ色のうろこをひるがえした巨大な海竜と戦い、遠くヨーロッパでは空想の産物とされている、人の顔をした大蛇や、一メートルばかりもある顔に、いきなり足が一本だけ生えた人間たちが暮らしている土地も見た。
 かの地をあとにしてからはまた、南太平洋に連綿と連なる、大小さまざまの島も訪れた。この地の住民はおおむね気持ちのよい人々であった。しかし中にはおそろしく敵愾心に満ちた連中もいて、ここでも彼らは苦労することになった。
 ある島に上陸しようとしたときのこと、舟をもやって船べりから一歩足を踏み出したとたんに、青銅の肌を持ち、きらきら光る槍をかまえた男たちが物陰から飛び出して、いっせいに襲いかかってきたことがある。少年たちは何とか逃げきったが、ひとり遅れをとったヨハンナが捕らわれの身となってしまった。彼らは彼女を後ろ手に縛り上げて自分たちの集落まで引き立ててゆき、広場の一隅にある狭い囲いの中に閉じこめた。
 彼らはけものの歯の首飾りをかけ、色あざやかな顔彩をほどこした、見るも恐ろしげな者たちであった。日がとっぷり暮れると、広場の真ん中には大きなかがり火がたかれ、どろどろと腹の底にひびく大太鼓がうち叩かれて、バナナの葉でふいた小屋の向こう、荒々しく足を踏みならし、踊り狂うその姿が、囲いのわずかなすきまからも認められた・・・。
 けれども彼女は、わざわざそんなものを見はしなかった。彼女の目は空に、数えきれぬほどたくさんの星が輝いている大空に向けられていたのだ。囲いは竹の枝を編んで組まれたたいへん背の高いもので、天井はなく、ラッパ形に少し反ったそのてっぺんのところから、ぽっかりとあいた大きな空を眺めることができた。ヨハンナは地面の上に仰向けになって、両腕を組んで頭をのせ、このすばらしい眺めにながめ入った。その目にはまた、風にそよぐヤシのこずえが見えていたし、耳をすませばそのやさしい葉ずれの音までが聞こえるようであった。ああ、自分は今夜にも殺されてしまうかもしれない、と、彼女は思った。けれど、この星の輝きはどうだろう。この眺めを一度も目にすることなく、つづいてゆく命に何の価値があるだろうか?
 しかしながら、岸に残された少年たちはむろんのこと、星空にながめ入って時間をむだにするようなことはしなかった。彼らはひそかに男たちのあとをつけてゆき、彼らがヨハンナをどこに隠したか確かめておいて、暗くなってから、闇にまぎれて彼女をその手に奪い返したのである。
 こうして彼らは再び旅をつづけた、風のまにまに船を進め、陸と海とを行きめぐった。季節は変わりつつあった。たくさんの渡り鳥が、群れをなして渡ってゆくのに行きあった。人魚たちが歌う歌声をきいた。真珠と海草とで飾りつけられた、月あかりの踊り場も見た。
 かなたの地にはさらに多くの、珍しい変わった国々があった。炎の国、エメラルドの国、月びとの国も行き過ぎた。
 炎の国は、国全体が炎に包まれているかのごとく、目にするもののすべてがあかく猛々しく、人々が持つものもまた炉で鍛えられた鉄の心であった。往来を行くうち、あまりの激しさ強烈さに、三人はしだい苦しく感ずるようになった。けれども尚も行くうちに、ついに彼らは悟ったのだ、この国を歩く唯一の方法とは、炎を避けることではなく、彼ら自ら炎となることだと。そこで彼らは互いに手を取って輪をつくり、その心にとなえて言った、己れは一つの炎、あかあかと燃える炎なのだと。するといつしか体に力がみなぎり、呼吸はふっと楽になってゆくのだった。そのすべを得てからはもう苦しくなくなった。のみならず、再び船上に戻ったとき、自分たちの体がほんとうに船を焼き尽くすのではないかと、しんから恐れたほどであった。
 エメラルドの国ではどこにいても、半透明にかがやく緑色の屋根を通して日の光が降り注いだ。それは湖の底に築かれた都市であった。かの地の人々は温和だった。使命を帯びた若者たちを気持ちよく迎え、またやさしく励まして送り出した。
 月びとの国に暮らすのは、昔、月からやってきた人々の子孫であった。彼らは知恵の深く、聡明な民だった。この国の建造物はみな、彼らがやって来るときに持ってきた月の石で造られていた。みがき方によってさまざまな表情を見せるうす青い色の石で、その美しいことは比類がなかった。色あいによっては、オーケストラのように荘重でもあり、重なりあった雲海のように軽やかでもあり、また泣き叫ぶようでもあれば、しずかにささやくようでもあった。彼らはそのようすにあまりに心打たれたので、この地を去って以来、目にするものすべてにいっそう深く心を注ぎ、出会うものすべてを慈しむようになった。ただ不注意に見過ごしていたばかりに気づかずに通りすぎてしまった、どんな美しいものがこれまでにあったかしれなかった。それを思うと実に心痛いほどだった。げに世界は巨大な万華鏡のごとくであった・・・どれほど辛く、困難なことがあってもなお。
 それゆえに、彼らは尚も行き進んだ。鏡の国、水晶の国、黄金の国も訪れた。
 あらゆるものが鏡でできたその国では、町の景観もそれにふさわしく、凝ったデザイン、きらびやかな装飾の建築が多かった。とんがり屋根にいくつもの尖塔、玉飾りのつぶをずらりと吊り下げた破風や、ベランダにバルコン、いろいろな模様のモザイク、鏡の小片だけを連ねてえがかれた、大小さまざまの壁画。町じゅう、あらゆる角度に光が反射するので、目がくらみそうにまぶしかった。
 水晶を彫ってつくられた国は、大規模な地底都市であった。都市全体は、通りに埋めこまれた灯りによって下から照らされていた。その灯りというのは実は一種の昆虫で、そこにはおびただしい数の発光虫が、群れをなして棲んでいたのだ。彼らはその食用とするある種の岩石や鉱物を求めて、たえず移動しながら光を発していた。それで、道路に敷きつめられた、なめらかに磨かれた水晶板を通して虫たちが光を発すると、水晶造りの町並は、ぼんやりと幻想的に照らし出されるのであった。
 黄金の国は、ミダス王が遠征してきて以来、あらゆるものが金に変えられてしまった都市だった。けれども、悲惨な思いをして苦い教訓を学ばされた王とちがって、ここの住民は、ただ黄金だけでりっぱにやってゆくすべを見い出した。それゆえ、この地では今でも黄金の木に黄金のりんごがなり、黄金のブタはほふられて黄金の皿に盛られた。そして、人々は日々祝宴を催しては、黄金の杯から飲むのだった。
 花咲くスペインの都も見た。かの地にあっては闘牛が、人々の情熱であった。ぴかぴかに磨いたボタン、白い手袋、帽子には羽飾りをつけた闘牛士が、競技場のまん中に立って真っ赤な布をひらめかす・・・猛り狂った暴れ牛が、土埃たてて突進する。黒光りするそのからだ、陽光に剣がきらめき、舞う・・・群衆はどよめいて、喝采を送る。
 ここではどちらかが力尽きて倒れるまで競技がつづけられた、人々を酔わせるものはその血であった。名誉の大きさは打ち倒した牛の数によって決まり、もっとも熱狂的な拍手が送られるのは、牛に突き殺されて死んだ者たちに対してであった。
 水上の都、火山の国も行き過ぎた。
 壁面や柱に彫刻を施された典雅な屋敷が立ち並び、町じゅう至るところ縦横に運河が走り、家々ははしけで結ばれて行き来する・・・
 あるいは火を吹く山、大地が唸り、ぐらぐらと揺れ動き、大音響と共に噴き上がる炎の柱、真っ赤な溶岩の流れ下る、恐るべき光景・・・
 はたまためくるめく色彩の乱舞、曲がりくねってうねりながら広がりゆくあやしい調べ、アラブの国で一人のロバ飼いに道を尋ねれば、彼は少年をやって自分の主人に知らせ、主人は奴隷をやって領主に伝え、領主は伝令をやって王に告げさせた。こうして彼らは思いがけなく、王に謁見することになる・・・信じがたく広大な白亜の中庭、厳かな儀式、きらびやかな衣をまとうて立ち並ぶ、何百人もの廷臣たち。そこで王は言うのであった、人はみな、すべからく己れの神秘の岸辺を求めるのだと。そして彼らを祝福し、彼らの代表としてアルベルトに授けた、束にダイヤモンドのはめこまれた、一振りの鋭い小刀を。
 彼らは尚も行き進んだ。何の目的もなく、ただより大きな塔を築くというだけのために、多くの命が費やされている国があった。ひねもすリュートをつまびいて人々の歌っている、こころよい調べに満ちた国もあった。
 昔、神々が住んでいたという国があった。家並の真っ白な壁は光に映え、乾いた丘の斜面にはオリーブが茂り、丘の上には神殿の廃墟が今なおそびえて、はるかな町をのぞんでいる。
「神々はなぜ行ってしまったのですか」
と彼らが尋ねると、人々は悲しげに答えた・・・
「人間たちがあまりにも悪くなってしまったからです。彼らはあまりにも弱く、弱々しくなり、貧弱で、つまらないものになり下がってしまいました・・・」
 彼らの船は行き進んだ。波のまにまに、七つの海を超えていった。
 渡り鳥が戻ってきて、もといた南の地をめざしてゆくのとすれちがった。
 ある日流れ着いた緑豊かな岸辺、谷の間ののどかな家々、淡い紅のばらが咲きこぼれる小道、きらめく陽光、ささやき流れゆく澄んだ小川・・・これらの光景はヨハンナの心に、ふと遠い日の記憶をよびさました。ああ、私が生まれたのはこんな家の一つだった。そこではいつも窓辺に花が咲き、テーブルには真っ白な布が掛けられて、パパとママと小さな妹たちと、幸せに暮らしていたのだ・・・ 心にはりつめた糸がふつりと切れた。その目に、やにわに涙が溢れ出した。それは頬を伝い、とめどもなくしたたり落ちて、やがて彼女はうずくまり、身も世もなく泣きじゃくった。
 アルベルトは何も言わず、その肩をしっかりと抱きしめた。今までずっと我慢して耐えつづけ、無理をして抑えていたその気持ちが、突如堰を切ってあふれたのだ。彼にはその気持ちが分かった。というのも彼自身、浮草のように漂い暮らし、明日はいずことも知れぬ身、飢え渇き、寒さに震え、まことに己れはこの世でもっとも惨めな者と感じて、人知れず涙をこぼす夕べも一度ならずあったからで、それでも尚も進みつづけたのは、運命の導くまま己れを投げ出し、その命ずるところに従ってどこまでも行こうとする、強靱な意志のなせるわざに他ならなかったのだ・・・。愛する人々とのおだやな暮らし、安定した幸福、それらすべてを君は捨ててきたのではないか、それらすべてよりも己れをよぶ声のほうを選び取って来たのではないか、はじめから分かっていたはずではないか?・・・彼は、そう言いはしなかった。そんなことは彼女自身、誰よりもよく分かっていたのだから。
 かくてヨハンナとアルベルトとはなおも一つの魂であった。ところがどうしたわけか、ボルビーゲルばかりは少しちがった。彼はもう、あとに残してきたもののことはすっかり忘れてしまったようだった。思い出して悲しむことも、懐かしむこともなかった。その瞳は決して振り返ることなく、ただ進みゆくべき行く手だけを見つめていた。彼自身はもう忘れてしまっているのかもしれなかったが、昔、彼が飼っていた八頭のやぎによく似ていた。その瞳は異様な輝きを宿し、その輝きのゆえにまた、どんな苦しみも彼には影響を及ぼさないかに思われた。まるですべての労苦を免れているかのよう、ガラスを一枚へだてて世界を見ているかのようであった。
 彼はいかなるときも、いちばん面倒な仕事を進んで引き受けた・・・そして、まるで何でもないふうをして片っぱしからそれらを片づけてゆくのだが、そのようすはまるで、何か魔法の力を授けられているかのごとくであった。それが魔法であるとすれば、それはたぶん、あのはとのかけた魔法だった。はとはあれから一度も彼の前に姿を見せたことはなかった。彼の方でもまた、その存在をほとんど忘れてしまっていた。けれども、彼らがどこへ行っても、あのはとはきっとボルビーゲルのことをどこからかひそかに見守りつづけていて、そのことは彼も、心のもっとも奥深いころでは知りまた感じてもいたのだ。
 しかしながら、そんな彼の瞳を見ているうち、アルベルトはしだいしだい、ひそかにこんな疑念をかきたてられるようになった・・・そこにはすでに、もしやあの神秘の岸辺の姿が映っているのではあるまいか? だからあのような力を得ているのではないか? 彼はただ一人、実はとうの昔にそこへ行き着いているのではないか、その場所を知っているのではないか?
 そんな思いが高じてくると、彼は時としてボルビーゲルの肩をつかんで激しくゆさぶり、「・・・それはどこなのだ? どうか教えてくれ、ぼくたちに隠さないでくれ!」と言って詰め寄りたい衝動に駆られるのであった。しかし、そこでボルビーゲルのいかにも罪のない、無邪気に澄んだ瞳に出会うと、次の瞬間にはもう後悔し、そんな思いは失せてしまい、彼は目を伏せて己れの心を恥じるのだった。
 こうして、少しずつ、ほんの少しずつ、彼らの間には亀裂が、目に見えぬほどの亀裂が生じていった。
 航海は尚もつづいた。何千羽ものしぎが羽を休め、太古の生き物のようなふしぎな姿をした野雁が互いに鳴き交わす、夕暮れの大湿地帯も見た。
 群生する葦の間で怪獣ビヘモトが泥の中に身を沈め、レビヤタンがその恐ろしい口をぱっくり開けている、大きな大きな川も見た。
 幾千の島を連ねたフィヨルドの湾、毛皮を着こみ、橇を走らせるラップ人の姿も見た。
 ただ白い大陸がどこまでもつづく、死んだように静まり返った土地があった。凍てつく海にいくつもの氷塊が浮かび、来る日も来る日も、目にするものといえばわずかな海鳥とあざらしばかり、けれども色もかたちも千変万化する、幻のようなオーロラが、彼らの心を慰めるのであった。
 すっかり氷に閉ざされた、石ころだらけの誰もいない浜辺に、大昔のゾウのようなバクのような、頭の三つある巨大なけものが、ひとりぼっちでうろうろして吠えたけっている姿も見た。
 こうして彼らは行き過ぎた、数知れぬ町々、多くの人々のあいだ、名もなき岬、淋しい入り江、荒れ果てた湾を。
 こうして彼らは行き過ぎた、数知れぬ港、大きな船や小さな船の出入りする停泊地を、岩かげに抱かれたささやかな漁村から、夜にはかがやく灯りが波のおもてに照り映える、にぎやかな港町まで。
 たくさんの国があった、さまざまなできごとがあった。どれほどの年月が流れただろう、いつしかボルビーゲルは、もはやかつてのような、やせっぽっちの少年ではなく、しなやかで強靱な肉体をもった美しい若者となっていた。アルベルトも今やりっぱなますらおだった。小さな少女だったヨハンナは、花も恥じらう清らかな乙女に成長していた。
 それまでに、舟も何度か変わった。もはや子供用にしつらえた、木靴の舟ではなく、今や彼らを運ぶのは、白鳥のように首をもたげた美しい流線形の、堅固な樫材の帆船であった。
 こうしてある日、ついに彼らは西の果ての島へ行き着いた。ヒースの間からごつごつした岩面ののぞく、荒漠とした丘がつづき、ふきすさぶ風、けわしい崖、羊の群れ、低く垂れこめたうす青色の雲、風化してくずれかけた古城や立石群。
 舟をかたどった古代の人々の石墓は、どれもみな西を向いていた。
「なぜ、どの墓もみな西を向いているのですか」
と尋ねると、その国の人々はこう答えた、
「彼らは信じていたのです・・・西の果て入り日のかなたに、苦しみのない国、幸せな人々の住む黄金の国があると。あなた方の探しておられる神秘の岸辺も、あるいはそこに見いだせるかもしれません・・・ どうぞ行ってみて下さい。あなた方に幸あらんことを。」
 そこで彼らは再び出発した。
 もうだいぶ世界の果て近くまで来ていることを彼らは知っていた・・・というのは、いつの頃からか空はこの世ならぬ黄色い光を帯び、少しずつ、海が傾きはじめていたからだ。地のおもてを覆っている水がその果てからあふれ出して、かの名高い滝となって宇宙の底へ流れ落ちるというその場所まで、あとどれだけあるか知れなかった。
「私たち、滝と一緒に、地球のはしから転げ落ちてしまったらどうしましょう!」
と言って、ヨハンナは嘆いた。
「大丈夫さ、神秘の岸辺を見つけるまでは、ぼくらは決して死なないことになっているんだ」
 アルベルトが慰めた。
「それ、たしかね?」
「そうとも」・・・
 こうして航海はつづき、幾日めかのおわりに、彼らはやっとまた、かなたに陸地の影をみとめた。
「あれが神秘の岸辺かしら?」
とヨハンナは言った。おそらく何百回、何千回と繰り返したことばだった。
 近づいてみると、それは深い森に覆われた土地で、午後の陽の金色の光を受けて、淡いむらさき色にかすんで見えた。岸辺全体はしんと静まり返り、生き物の気配も全くなかった。なぜだか近づいたときから、ボルビーゲルは胸さわぎがして、背中が逆毛立つようにぞくぞくするのを感じた。
 彼らは上陸し、アルベルトは舟を引き上げ、ボルビーゲルは弓矢をたずさえて狩りに出かけた。
 彼は、えものを求めて森の奥深くまで分け入っていった。けれどもこの日に限って、行けども行けども鳥影一つ、野うさぎ一匹見つけることができなかった。
 森はまるで死んだように静かだった。彼はなおも歩を進め、ついにはあまり深くまでやって来たので、もと来た道をすっかり見失ってしまった。
 あてもなくさまよううち、やがてぞっとするような深い谷間の入口にさしかかった。この下に降りてゆけば、何か見つかるかもしれない・・・彼はけわしい崖に沿って、そろそろと少しずつ下りはじめた。大変な下りだった。手がかりとてほとんどなく、岩肌は苔むしてつるつると滑った。まるで永久に下までたどりつけないのではないかと思われた。けれどもその断固たる意志と、驚くべき粘り強さとをもって、彼はひたすらに下りつづけた。やがてだんだんに谷底へ近づいてきた。もう少しだった。ところがあとほんの数十フィートばかりというところになって、彼はふいに足場を失い、まっさかさまに転げ落ちてしまったのだ。あっと思ったときにはもう、その体は固い岩盤に打ちつけられていた。鋭い岩の刃がナイフのように皮膚を切り裂いた。
 激しい衝撃に半ば気を失いかけ、彼はそこに横たわったまま身動きもできなかった。もものつけ根からあふれ出た血が岩肌にどす黒く滲んでゆくのを、なすすべもなく、ぼんやりと見つめた。近くに流れはあるだろうか、ともかくもシャツを裂いて・・・そんな考えがちらりとかすめたが、それっきりだった、とてもそんな力はなかった。
 こんな険しい谷を下ろうと企てたのが、そもそも無謀だったのだ。彼にはよく分かっていた。けれども彼は、ただどうしてもえものを手に入れたかった。自分の腕にかけたつまらぬ誇りなどのためではなく、ただ彼の仲間、ふしぎな力によって引き寄せられ、奇蹟のようにめぐりあった仲間たち、長く辛い旅を共にしてきた、彼自身の魂のような仲間たちのために。
 あの二人と別れてから、もうずいぶん長い時間がたっていた。今頃、ひどく心配しているに違いない。彼は知っていた、彼らもただ彼の無事な姿を目にできさえすれば、粗末な食事などまるで意に介さないことを。けれども、ああ! 戻るにしたって、もう一度この崖を登りきるなんてとても無理だ、よし登れたとて、彼らのところまではまた何時間もかかってしまう。それにまた、例え彼らの方が探しに来てくれたとしても、こんなところにいたのではとても見つからないだろう。・・・
 そう思ったとき、彼は急に深い疲れを感じた。疲れと、そして、激しい渇きのような孤独とを。
 長い航海ではじめてのことだった。彼は最初の日に、彼ら三人のともしびとなることを誓った。そしてその約束を、今日に至るまで、あたう限り忠実に守ってきた。いつの日にも彼らを守りまた支え、決してその足手まといとなるようなことはなかったのだ。けれども今、彼は己れの力が枯れてしまったように感じた。彼の心はそのことに深い悲しみを覚えた。
 と、そのとき・・・彼はたしかに聞いたのだ、いつか一度だけ夜明けの夢に現れたきり、もうずっと姿を見せることもなく、彼を呼ぶこともなかったあのはとのよび声を。
 彼は顔を上げ、耳をすませた。うずくように懐かしく、慕わしく、喜ばしい気持ちがこみあげてきて、彼は思わず微笑んだ。それはじわりと広がって豊かに彼を包みこみ、彼は目を閉じて、深い深い吐息をついた・・・ああ、もう何年ぶりになるだろう・・・急にその体に、命の息が吹きこまれたかのようであった・・・。
 ところが、そのとき彼は、自分のうちにもう一つの思いが、もう一つ別のいとわしい思いがかすかにうごめくのを感じて、はっとして目を見開いた。
 それは、激しい苛立ちと・・・怒りだった! なぜなら彼は、今この瞬間に、自分が生まれてこの方、いや生まれるよりももっと前から、その生涯を彩ってきたすべてのできごと、喜びと悲しみ、苦悩と情熱、経めぐってきた土地や、なしとげてきた事柄、出会った人々、すべてがこの小さな存在によってあらかじめ定められ、運命づけられていたことを、かつてなくはっきりと、色あざやかに理解したからであり、それゆえにすべてがその支配に、その恐るべき専制支配のもとに否応なく服従せられていることを、絶望的なまでにまざまざと思い知ったからであった。
 荒れ狂う嵐はたちまちにして、つい今しがたの安らかな思いを跡形もなく流し去ってしまい、気づけば彼はその痛みも忘れて立ち上がり、はとの声を一心に追って駆け出していた。今や燃える怒りを胸に、すっかり別人のようになって。
 はとは昔のように、甘く軽やかに、幻のように誘った。こまかく編まれたレース模様の梢の間から時折かすかな影を見せ、ボルビーゲルの行く手を導きながら。彼ははとの姿を追って、どこまでもどこまでも走りつづけた・・・。
 突然視界が開けて、目の前に広がっていたのは、鏡のようにかぎりなくなめらかな、深いすみれ色の湖であった。ところどころ、藺草と低灌木の群れ生えた湿原の向こう、まるで見渡す限りに、ほとんど対岸の線も見えぬほど雄大な姿を見せている。
 しずかだった。波一つなかった。鳥たちの鳴き交わす声は森の中に忘れ去られてしまい、空はきれめなく天を覆う陶磁器のように憂いを帯びて、陽の光が地上に降りつもる音もなかった。
 岸辺に枝を広げた美しいヤナギの木の一つに舞い降りて、はとは今こそはっきりと、その全身を現した。そしてあのいにしえから変わらぬ、底知れぬ光を宿した紅玉の瞳をまっすぐに向けて、彼の目をじっと見つめた。
 そしてそのとき、何を彼に告げようとしたのか? 今となっては、もう永久に分からない・・・
 怒りに我を忘れたボルビーゲルは、弓の背をむんずとつかみ、一歩、はとの方へ踏み出した。どうするつもりだったのかは自分でも分からない。はとはなおも彼を見つめた。・・・さあ来なさい、わたしはここにいる、まるでそう言っているかのようであった。さあ来なさい、何をぐずぐずしている? お前はわたしを射落としたいのだろう、それがお前の望みなのだろう? わたしにはよく分かっている。早く望みを遂げなさい、そうしたらお前は自由になれるだろう。
 何をしているか分からないまま、彼は手にした弓に矢をつがえ、はとに向けて力いっぱい、ぎりぎりと引き絞った。はとは少しもたじろがず、しずかな目を彼に注いだ。はとがそのとき逃げてくれればいいと、驚いて飛び去ってくれればいいと、彼自身、どんなに願ったかしれなかった・・・そんな相手ではないことくらい、よく分かっていたはずなのに。彼とはととは永遠とも思えるほど長いあいだ、たがいにじっと見つめあった。実際、たしかにそれは一つの永遠だった。
 そのとき、矢は彼の手から放たれてまっすぐに飛んでゆき、正しくはとの心臓を貫いていた。はとは白い花束のように、打ち殺された殉教者のように、追放された天使のように落ちていった。うめきもせず、声もたてず、全く何の未練もなく、さっと翼をひるがえしてその身を投げ出した。そしてそのとき、あの謎のような微笑をちらと浮かべたのを見たように思ったのは、彼の気のせいだったかもしれない。
 その体が地面を打つ、軽いぱさりという音を聞いて、ボルビーゲルはようやく我に返った。そして自分が恐ろしい、取り返しのつかないことをしてしまったのを見た。彼は弾かれたように走り出し、水を割ってヤナギの木の根元へ駆け寄った。
 はとは完全にこと切れていた。ボルビーゲルほどの弓の名手はどこにもいなかったのだ。胸の真ん中を射抜かれてぐにゃりと首を垂れ、ひとすじの血を流して横たわっているその骸を、彼はそっと両てのひらで持ち上げた。それはただ一羽のはとにすぎなかった。全く、それ以上の何物でもなかった。軽く焼いたマフィンのようにきれいな羽色をし、肩には黒い紋章をつけた、どこにでもいるはと、運悪く射手の放った矢にあたって、そのはかない命を散らしてしまった、ごくふつうのじゅずかけばとであった。
 彼は一瞬ぶるっと身ぶるいして、己れの目が信じられずに立ち尽くした。それから愕然として、がっくりと膝をついた。
 魔法は消えたのだ。神秘は暴かれてしまった。まばゆい光も色褪せた。
 こんなに簡単に・・・こんなに簡単に! 地上のものではないはずだった、人の手などにかかるわけがないと思っていた、彼より強いと信じていた、結局ははとの方が勝つのだと知っていたはずだった!・・・
 そのとき、ボルビーゲルの目から光が消えた。彼は今自分の体から、魂の力がみるみる流れ出てゆくのを感じた。なぜなら彼は知ったからだ・・・まことに彼はみずからの手で、己れ自身を殺してしまったのだということを。
 彼がいつまでたっても戻ってこないのを心配したヨハンナとアルベルトが、手に手を取ってからまりあった暗い森を抜け、彼の名を呼びながら長いことさまよい歩いて、ようやくのことで湖岸のヤナギの下にその姿を見い出したのはこのときであった。
「ボルビーゲル!」
 二人は同時に叫んで、駆け出した。アルベルトの方が早かった。
 ヨハンナは途中で足をとられて転び、水のおもてに手をついた。泥水が顔に跳ねかかり、着物のすそと両腕がひじのところまで真っ黒になってしまった。が、すぐまた起き上がって走り出した。
 するとボルビーゲルはふり向いた。けれどもそのあまりの生気のなさに、二人はぞっとして思わず立ちどまった。その瞳はされこうべのそれのようにぽっかりと暗く虚ろで、その目は全く何も映してはいなかった。まるで心ここにあらず、二人の顔さえ分からないかのようであった。
 何が彼をこんなふうにしてしまったのか、彼らには全く見当もつかなかった、けれどもともかくももとの岸辺まで連れ帰ろうと、その両肩をそれぞれ一方ずつ支え、次第に迫る夕闇の中、舟をつないだその場所めざして歩き出した。
 よろめく足取りで森の中を行きながら、彼の意識は朦朧として、感覚もなく、時間も距離も分からなくなった。その心には過去と現在とが交錯し、いつしか彼は、ずっと昔、幼い頃遊んでいた森の中を通って家に帰るところなのだと思った。父親の本がほこりをかぶって山と積まれた、暗い、しめっぽい屋根裏部屋の情景が浮かんできた。そこで読んださまざまな本の、さまざまな場面の一つ一つが色あざやかに甦ってきた。そして、あの頃激しく憧れていたもの、心ひそかな望みをもまた、急にはっきりと思い出した。
 英雄になること! ・・・そう、それだった、彼が夢見てやまなかったのは。まさしくそれだった、はとが彼に約束したこと。信じがたいほど遠い日のできごとだった、果たされぬ約束だった。そして今、夢は夜明けの愛のようにはかなくも消え・・・いや、それはほんとうに消え去ってしまったのか? あるいは彼自身それと気づかぬまま、すでに実現していたのではなかったか?・・・ 苦しい船旅、たくさんの危険、日々のパンにも事欠き、粗布をまとうてさまよい、明日の身の上も知れぬ生活、そんな生活を強いられた幾歳月・・・ 英雄であるとはこういうことだったのか? これが英雄になるということだったのか?
 しだいに彼の体は燃える燠のように熱くなり、支えている二人は自分たちまでめらめらと燃えだすのではないかと思われた。汗が滝のように流れ落ち、そのくせ歯をガチガチならしながら、どうしようもなく震えているのだった。
「ひどい熱だ・・・」
 アルベルトが彼の額に手をあてがってみて言った、
「一刻も早く戻らなくちゃ・・・火のそばに寝かせて、あっためてやるんだ」
 二人はできる限り急ごうとしたが、彼の体の重みはずしりとその肩にかかり、進めば進むほどいっそう重荷に感じられるのであった。そのうちにとっぷりと日も暮れてしまい、枝々には蛇のように垂れ下がった蔓に大きな純白の花々が、魔性のごとき緑色の燐光を発して目を惑わし、彼方ではこの世ならぬ歌声の鳥たちが互いによび交わし、しじゅう、姿を見せずにまわりを走りまわる異形のものたちの気配や、足音、低い口笛、葉ずれの音が、示し合わせたかのようにそろって彼らを脅かし、まるで生きた心地もないほどだった。
 それでもとうとうたどりついた、やっとの思いで彼らは岸辺にたどりつき、すぐに勢いよく火をたいて、乾いた地面の上にボルビーゲルを横たえた。そしてその唇に水を注ぎ、厚い毛布で全身をすっぽりとくるんでやった。
 一晩中、ボルビーゲルは苦しそうにあえぎ、譫言を言い、がたがた震えつづけた。汗でびっしょり濡れたくしゃくしゃの髪を、ヨハンナは自分のハンカチで拭いてやった。二人は夜通し、交代で彼の看護にあたった。けれども心の底では、彼らはもう、知っていたのかもしれなかった。あのときふり向いたボルビーゲルの顔をみとめた瞬間に、すでに分かっていたのかもしれなかった。魂の死の訪れを受けた者は、もはやどんなにしても、生きつづけるすべを持ちえはしないということを。
 明け方、溶かした黄金のようなあけぼのの光が貝紫の雲間にさしそめる頃、勇者ボルビーゲルはしずかに息を引き取った。
 ヨハンナとアルベルトは彼をその岸辺に葬った。幅広い布にすっかり覆われた彼のなきがらを、舟の上からしずかな波の間におろし、それがゆっくりとみどり色の水の深みへ沈んでゆくのを言葉もなく見守った。
「・・・ここが神秘の岸辺だったのね」
と、ヨハンナがそっとささやいた。
 彼らははっきりと感じていた、こうして今、生と死と、あらゆる苦しみや疑いを越えたところで、三つの魂が再び一つに、しっかりと結び合わされたことを。
 それから二人は、悲しみにうちひしがれて沈黙に陥り、もはや鳥の声一つ、葉ずれの音一つ聞こえなくなってしまったかの岸辺を離れ、帆を上げて、桃色の朝雲のいっぱいに広がった銀色の海へと再びこぎ出していった。
 そしていつか・・・ずっとずっとのち、長い長い時を経て、その顔には深くしわが刻まれ、その髪は雪のように白くなって、凍えるような真冬の晩に、ぱちぱちと燃える炉端に腰を下ろし、自分の孫や、ひ孫たちに囲まれながら、炉ばなしに、昔語りに、彼らのうちどちらかでも思い起こすだろうか、若き日の情熱、運命の声の告げるまま、遠き地の果てから果てへとさまよい、自分らの探す、彼ら自身もあずかり知らぬ何ものかを求めて諸国の辻々を行き巡った、あの驚くべき、まるで信じられぬ、夢のような日々のことを? それでもなお、それらの日々はまごうかたなく、厳然としてここにあって、ゆきすぎしものども、今日あるくさぐさ、来たるべき人々なべてのはるかかなた、燦然として、永久に光を放ち、輝きつづけるのである。
































Posted by 中島迂生 at 02:15│Comments(0)じゅずかけばと
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