2010年02月16日

移り気な巨人

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瑛瑠洲物語(うぇーるずものがたり) オグウェン篇4
移り気な巨人 The Tempersome Giant
2007 by 中島 迂生 Ussay Nakajima

移り気な巨人


1. 物語<移り気な巨人>
2. イドワル王子と<悪魔の台所>
3. アグリー・ハウス
4. ベセスダからバンゴールへ
5. ペナパスへ
6. ベイズゲラート

****************************************

1. 物語<移り気な巨人>

移り気な巨人

 秘密の湖。・・・
 街道からは見えないけれど、山々の向こう側には、いくつもひっそりと水を湛えた澄んだ湖がある。
 それらへは、細い未舗装の道を通ってしか行かれない、自分の足で登るしかない。
 スリン・イドワル、イドワル湖はそんな湖のひとつだ。・・・

 イドワル・コテッジのまわりときたら、四方の風が集って握手したような、奇蹟の立地だ。
 歩いて五分のうちに山があり湖があり木立があり、谷が開けていて、川が滝になって流れ出している、何でもある、完璧だ・・・

 オグウェン湖のうしろに横たわる山、アル・オウル・ウェンは、湖のほとりから見るとのっぺりとしてとりとめもないが、コテッジの背に盛り上がる斜面を登り、オグウェンより一段高い、イドワル湖のあたりから見ると、とても均整のとれた、トロヴァーンとよく似た姿をしているのが分かる。
 そして、ここから見てはじめて、物語の欠かすべからざる一要素となるのだ。・・・

 イドワル・コテッジの向かってすぐ左手、垂直に切り立った岩のあいだに、人がやっとひとり通れるくらいの狭い切り通しがある。
 夏にはヒースの紫で飾られる。
 さいしょにここをひと目見たとき、私はそこを必死で駆け抜けるひとりの若い女の幻とともに見た。
 彼女が駆け抜けた瞬間、私の前で、それは門が閉まるようにガチャリと閉まった。・・・

 しぜんにできたにしてはどうも出来すぎているような気がするのだが(再び、トロヴァーンのステアウェイと同じように!)
 その切り通しは、イドワル盆地へ登る唯一のルートだ。少なくとも、ふつうの身体能力をもった人間には。

 ここを抜けて、岩の登山道を川の流れに逆らって登ってゆくと、ほどなく目の前にしずかなイドワル湖が広がる。
 それほどきつい登りではない。
 湖を取り巻いて、イドワル・スラブや<悪魔の台所>のおどろおどろしい稜線が盛り上がっている。
 <悪魔の台所>など、ほんとうに怪物のはらわたでも調理していそうだ。

 このイドワル盆地には、ドラマティックな歴史があるらしい。
 手元のパンフレットによると、四億年ばかり前、二つの大陸が衝突したときに生まれたのがこの山々で、このあたりはその昔は海の底だったそうだ。
 その証拠に、いまもこの辺の岩々には波の模様がついているのだという。
 そのとき噴火して流れ出た溶岩の名残で、いまも山々はどす黒い、青黒い色をしている。
 日の光のもとでは、まだいい。
 ふっと日が陰ったとき、急に立ち現れる真っ黒な姿は、悪夢のようだ。・・・
 
移り気な巨人

         *             * 

 あるとき、父親が幼い娘の手をひいて、このあたりの山々のあいだをとぼとぼと彷徨っていた。
 彼らは道に迷ってしまったのだ。

 そこへ、巨人オウル・ウェンが出くわして、大声でどなりつけた。
「俺の土地でいったい何をしている。」

 すると、父親は震え上がって言った、
「申し訳ありません、私たちは道に迷ってしまったのです。あなたの土地に入りこむつもりはありませんでした。
 お詫びにこの子を差し上げますから、あなたの召使いにするなり、ご自由にしてください。
 ただ命ばかりはご容赦くださいますように」
 そこで父親は娘を残して去ってゆき、娘はオウル・ウェンの召使いとなった。

 さて、巨人オウル・ウェンの心はウェールズの空のように変わりやすく、いまくつろいで機嫌よくしているかと思えば、次の瞬間には理由もなく、急に怒り出すのだった。
 そんな主人に仕えるのは並大抵のことではなかった。
 娘はびくびくしながら暮らした。
 皿にはちりひとつなく、テーブルクロスにはしみひとつなく、家じゅうをいつもぴかぴかに磨き上げ、何の落ち度もないように気をつけて働きつづけた。
 それでも、いつ雷を落とされるか分からなかった。

 そんな日々が何年もつづいて、娘は疲れ果ててしまった。
 ある日、怒った主人が火かき棒を振り上げたのを見て、彼女は心底怖くなった。
「ここにとどまって殺されるより、逃げ出して野垂れ死にした方が、まだましだわ」
 そう考えて、勇気をふり絞って、とうとう主人の家を逃げ出した。

 ほどなく気がついた巨人が、彼女のあとを追いかけてきた。
 走って走って、とうとう追いつかれそうになり、巨人の指が娘をつかんで引き戻そうとしたそのとき、彼女はちょうどここ、イドワルの切り通しのところに至って、必死でそのあいだを走り抜けた。

 彼女は、命を救われた。
 娘を気の毒に思った切り通しの両の岩壁が、彼女が駆け抜けた瞬間にガチャン! 門のように音をたてて閉まったのだ。

 巨人はのばした指をそのあいだにはさまれて、天地が激動するほどの大声をあげた。
 そのとき、彼はあまりのショックに青黒く固まり、その場で巨大な岩山と変じてしまった。
 それがいまのアル・オウル・ウェンなのだ。・・・

 この切り通しを抜けて、イドワル湖のところまで登っていって振り返り、ゆきすぎる雲むらの下でアル・オウル・ウェンの巨大な姿が一瞬にして青黒く変容するのを見るたび、私はいまも、あの娘の物語を生き直しているような、あのドラマティックな瞬間を生き直しているような気がするのだ。・・・
 そして考える、彼女はそれから山々を越えて、無事に逃げのびただろうか?・・・


2. イドワル王子と<悪魔の台所>

移り気な巨人

 この土地は物語に満ちている。・・・
 かくまでドラマティックな土地であればふしぎもない。
 この土地は物語に満ちている。
 私のもとに<やってきた>ものであれ、はるか昔からこの土地に伝わっているものであれ。・・・

 イドワルには、私の知る限りもうひとつの物語がある。
 こちらは<やってきた>のではなくて、パンフレットに書いてあった。

 昔、イドワル王子とその従者たちが、この湖で死んだ。
 こんにち、ほとりに散らばっている大岩は彼らの墓標なのだという。

 イドワル王子とは何者か、彼は何ゆえ死んだのか?
 そこには何も書いていなかったので、あとで色々調べてみると、プリンス・イドワルの伝説はかなり有名なものらしいことが分かってきた。

 彼はグウィニドの王オウウェンの息子で、父親の死後、その遺言に従ってオグウェン湖のほとりに城を構えるネフィドのもとへ赴く。
 ところがネフィドは王子を憎んで、イドワル湖に溺れさせて殺してしまう。
 <悪魔の台所>の名は、彼が罪もなく生贄とされたことと関係があるようだ。
 "Today Devil's Kitchen got a feast."
 
 また、邪悪な王ネフィドの呪いゆえ、イドワル湖の上には決して鳥が飛ばない。
 たしかに、湖のまわりをかなりの時間かけて歩いたが、その限りでは、一羽の鳥も見かけなかった。

 この物語で、私の知る限りいちばん詳しいバージョンは、Louisa Bigg の Pansies and Asphodel という本のなかにある。
 初版は十九世紀、えらく古めかしい文体で、しかも韻文で書いてあるが、だいたいのところ、要するにかいつまんで言うと、ネフィドは自分の息子を怒らせた罪をイドワルになすりつけて殺したことになっている。
 その晩、災いが迫っているのに無理に陽気に振舞おうとして、ネフィドはハープ奏者を召す。
 だが、奏者は所望されるように楽しげに弾くことができず、人の心を掻き乱すような不吉なメロディを奏でる。
 そのくだりはなかなか迫力がある、旧約聖書的だ。・・・

 こんなふうに少し文献にあたってみると、自分がこの地に根づいた網の目のような壮大な神話体系の、ほんの端っこに触れているにすぎないことが分かる。
 考えると、眩暈がする。
 人生は短い。
 一生のうちに、あといくつの物語に出会えるだろう、あといくつの物語を生きられるだろう?・・・
 ところで、<移り気な巨人>の物語は、<マビノギオン>のどこかに見出せるだろうか?・・・

 ともかく、私のもとへやってきたその巨人の物語であれ、イドワル王子の物語であれ、そう、この場所はそんな物語に似つかわしい。
 邪悪な場所なのだ、そこに身を置くだけで、理由のない悪意を感じる。
 傷つけることや、追い詰められること、死を想起させる場所なのだ・・・
 たぶん、まわりを取り巻くこの山々のどす黒さのせいであろうが・・・

 私はこの場所を訪ねたとき、奇妙に目を引いた一組のカップルを思い出す。
 曇り空の、風の強い、寒い日だった。
 彼らは私が湖に着いたときからそこにいて、私が湖をひと回りして戻ってきたときにもまだそこにいた。
 男の方は手入れの行き届いたロマンスグレイに黒のコート、女の方はブロンドだった。
 ふたりはまんじりともせずに身を寄せあって、湖のおもてを見つめていた。

 どうにも場違いとしか言いようがなかった。
 見つめる先がコモ湖とかヴェニスの街並なら分かるが、これがイドワル湖に<悪魔の台所>ときては、ロマンティックどころではない。
 その後ろ姿が、これから心中でもしそうに思いつめている感じがして、気になった。
 切羽詰った不倫旅行の途上でもあったのだろうか?・・・
 そう、そこにもひとつ、現在進行形の物語があった。・・・

移り気な巨人


3. アグリー・ハウス

 この土地は物語であふれている。
 どこを切り取っても、物語の舞台背景のようなのだ。

 カペル・キュリグからベティソへ至るみどりゆたかな道すじには、街道に並行して細道のトラックがあって、そこをえんえん、アグリー・ハウス(醜い家)を過ぎてスワロー・フォール(つばめ滝)まで歩いたことがある。
 スワロー・ハウスはものすごくごつごつとした岩積みの家で、ここにも伝説がある。
 山賊の兄弟が力を合わせて、ひと晩で築き上げたのだという。
 というのは、昔、日の入りから日の出までのあいだに家を、壁と屋根と煙突のそろったきちんとした家を建てることができたら、それは正式にその人の持ち物となる、というきまりがあったのだそうだ。

「僕はその伝説を信じるね」
 私が訪ねたとき、そこの管理にあたっていたナショナル・トラストの職員はまじめな顔で言った。
「大の男が二人で力を合わせれば、これくらいの大きさの家ならひと晩でできると思うよ」
「アグリー・ハウスって変な名前だと思いませんか?」
ときいてみた。
「アグリーっていうのは、まあ・・・rough(粗い)ってことだよ」
という返事だった。


4. ベセスダからバンゴールへ

 ベセスダからくねくねと山道をのぼってバンゴールへ至る道すじがまたすばらしい。
 私が行ったとき、バスのルートは二つあったが、たしかトレガース経由ではない、遠回りしていく方のルートが素敵だ。
 このルートのバスのなかでは、ウェールズ語が聞ける。・・・

 このルートこそ、まさに生きた絵だ。・・・
 私はその絵を楽しむだけのために、このルートをバスでつづけて二往復したことがある。
 どっしりした石造りの村々があって、薔薇が咲いている、ヒースの群れ咲くなだらかな丘があり、森の中の教会があり、突如視界が開けて青い海が、パッチワークの向こうに広がり、振り返れば広大な茶色い山々が、雲をかぶって光のなかにゆらめきかすんで連なっている・・・
 北ウェールズ、ここには地上の美のすべてがある!・・・

 もちろん、・・・スラグの山は別だけれど。・・・
 私が見たことのあるのはベセスダのやつだけだが、できれば目に入れずにすませたい。
 スラグはスレートを精錬するときにできる廃棄部分だ。
 ほかにどうしようもないので、いつまでもその辺に積み上げておかれる。
 凄惨な、まっ黒いゴミの山。・・・


5. ペナパスへ  

移り気な巨人

 8月3日、木曜日。・・・
 今日は少し日記を書こう。
 きのうになって、今回はじめてペナパスへ行ってみた。ペナパスはスノウドンへの玄関口で、ホテルや駐車場やカフェがある。
 カペル・キュリグでバスをつかまえたときにはまた少しいやな思いをしたが、天気は素敵だった。
 というのは、どんより曇って、スランベリスの方からびゅうびゅう風が吹きつけて、とてもペナパスらしかった。
 ちょうど前来たときの十一月の感じだ。
 やっぱり北ウェールズは、こうでなくてはね。・・・

 あそこへ至る道すじは、ほんとに雄大だ。
 晩秋には、見上げた斜面が枯れたワラビでだーっと一面赤茶色になっていて、そこにぽつぽつ、ホーソンのねじくれた小さい木が斜めに枝をのばし、そろって赤い実をつけている。
 夏には、ワラビのカーペットは爽やかなみどり色で、ホーソンのこずえは少しモスグリーンがかったきみどり色だ。
 ワラビのみどりは、涼しげで、ほんとにいい色。・・・

 山の上の方はやっぱりヒースの花で紫に染まっている。
 子どものころ、溶岩のかけらをもらってもっていたことがあるのだけど、ちょうどそんな色なのだ。
 こちらの山も、溶岩だから。・・・もしかしたらヒースの赤紫は、溶岩の色が染み出しているもかもしれない。

 左手には広大な湖が広がっているし、その向こうには北欧のような針葉樹林が連なる。
 そのうしろにはまた山々が盛り上がって、書き割りのようにピクチャレスクだ。・・・

 ペナパスへ登っていく道はけっこうな山道で、しかもかなりのスピードでぶっ飛ばしていくのでスリリングだ。
 ここからは、コンウィ・ヴァリィに似た感じの、ブロッコリみたいな木立と、その向こうに光る湖の見えるすばらしい谷が見渡せて、その眺めがいちばん素敵。
 あとで地図で見たら、それがナント・グウィナントだった。

 この日はスノウドン、うっすら雲かかりながらも大体見えた。
 だが、個人的にはその左側の三つ峰の連なった山の方が形状的に美しいと思う。
 スランベリス方面には、変わらぬごつごつした山景色が望める。

 スノウドン・カフェに入ってコーヒーとフラップジャックを頼んだ。
 壁に昔のスノウドン近辺の白黒写真が飾ってある、居心地のよいカフェだ。
 コーヒーをすすりながら地図を眺めるうち、行きのバスで味わった不愉快な思いが、だいぶ慰められていった。・・・

 ガイドブックの、自分が行く予定の部分だけ切り取ってもってきていたのだが、たまたま一緒に載っていたベイズゲラートや、ブライナイについての記事を読んで、面白かった。
 ふと、さっき見たナント・グウィナントの向こうにベイズゲラートがあって、バスで行かれることに気がついた。
 明日あたり行ってみようか。
 グラスリン・カフェのアイスクリームが美味しいらしい。
 たぶん明日も寒くてアイス日和ではないだろうけれど、まあいい、あの谷を抜けるルートをバスに乗りたい。・・・

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6. ベイズゲラート

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 そんなわけで、けさ、朝のバスで出かけるつもりで早めに起きたら、なにか妙にしずかだ、しかも日が射している!・・・
 外へ出たら、半分ほど青空だった。嵐は終わったのだ・・・もっとしつこくつづくものと思っていた。
 たぶん私が<異界の丘>を夕べ書き終えたからではないかと思う。・・・

 出かけてみると、ハイカーも車もいっぱい繰り出している。
 カペル・キュリグに来てみると、木立が青い光に包まれている。
 アルフリストンのときと同じ青い光だ・・・
 空気がこんなふうにきりっと冷えて、澄んでいると、ものみなすべてが青い光を帯びて見える。・・・

 ナント・グウィナントをバスで通ってきた。
 湖は穏やかに空を映し、みどりはゆたかで、山が見えて唐松など生えていて、すべてが絵葉書のように美しい。
 ああ、もっと前に来てみるんだった。・・・
 と、さいしょは思ったものの、・・・正直、あまりに絵葉書的すぎて、だんだん退屈してきた。
 やはり私には、荒涼としたバングログ谷の方が似合いのようだ。・・・

移り気な巨人

 ベイズゲラートに着いた頃には、天気がよすぎて少し暑いくらいだった。
 山あいのほんの小さな村なのに、ちょっとした観光地だ。
 人がたくさん出ていて、川ではみんな水遊びしている。

 ベイズゲラートは<ジェラートの墓>を意味する。
 ジェラートは伝説的な犬の名前だ。
 その昔、忠実な犬のジェラートは、主人が留守のあいだ、主人の幼子を守るよう任された。
 そこへ狼がやってきて幼子を襲おうとし、ジェラートは死に物狂いで戦って狼を噛み殺す。
 ところが、帰ってきた主人は、血まみれになって自分を出迎えたジェラートを見て、彼が自分の子を襲ったと誤解し、その場で殺してしまう。
 あとになって間違いを悟った主人は悔いて、りっぱな墓を築き、ジェラートを手厚く葬った。
 それがこの村の名の由来だという。

 これも私のもとに<やってきた>物語ではなくて、もとから彼らのあいだで語り継がれている物語だ。
 ガイドブックにも、村の観光パンフレットにも載っている。
 でっちあげだという説もあるが、誰が知ろう?
 ともかく、この村の人気にこの物語がひと役買っているのはたしかなのだ。・・・

移り気な巨人

 村自体もほんとうに美しい。
 蜂蜜色のライムストーンの古い家並に、軒には色あざやかな花々の寄せ植え。
 村の真ん中には清流が流れ、バックにはヒースに染まった山並が連なる。・・・

 急に暑くなって、グラスリン・カフェのチョコレート・アイスクリーム日和だった。
 カフェを出て、歩いていたら、驚いた!
 急に私の名前で話しかけられたのだ。こんなところに、私を知っている人など、いるはずもないのに。
 ふり向いたら、マーティン君がにこにこして立っていた。
 こんなことってあるだろうか。しかもこんな山奥の村で?・・・

 マーティン君は、南部イングランドはポーツマスに住んでいる。
 はじめて会ったのは、アイルランドのドゥーリン、モハーの崖の下の村だ。
 自転車で旅行中だった。
 そこで知り合って、クリスマスカードを送りあうくらいの友だちだった。

 このときも、彼は自転車旅行中だった。
 ポーツマスを出て、一週間の予定でウェールズをまわっているという。
 ウェールズははじめてなのだ、と言った。
 
 我々のどちらも、相手の旅行の予定など知らなかった。
 ウェルシュ・シンクロニシティ。・・・
 物語のうえでも現実でも、いろいろとふしぎなことの起こる土地だ。・・・

移り気な巨人

 ベイズゲラートには、その後もういちど行った。
 この谷を発つ前のさいごの日だった。
 曇りの、穏やかな寒い日で、とてもいい日。
 こういうウェールズらしい日に、もういちどあの美しい村を歩きたいと思った。

 グラスリン・カフェでチキンローストを食べる。
 これでもか、というくらい徹底的に焼いてあるローストで、熱いジャケット・ポテトとフレッシュサラダのつけあわせ。
 味つけはなし。ナイフは切れない。
 それがこの国の流儀で、私は好きだ。
 腰を上げてロンドンへ戻るのに必要なエネルギーをもらった。・・・

 ウェールズ国旗は、上半分が白、下半分が緑の地に、赤い竜のデザインだ。
 ウェールズの伝説では、白い竜と赤い竜が血みどろの戦いをくり広げ、そしていつもさいごに勝つのは赤い竜のほうだ。
 白い竜はイングランド、赤い竜は我らが誇り高きウェールズを表している。

 いや、実はウェールズという名自体、ほんとうはウェールズ語ではない。
 それはその昔イングランド人によって呼ばれていた名で、異国の民とかよそ者たち、を意味する。
 本来のウェールズ語でウェールズはカムリュ、みたいに発音する。
 これは、祖国、仲間たち、という意味だそうだ。

 物語にみちた土地。・・・
 けれども、神話や伝説、物語、・・・それは単なる物語ではないのだ。
 グラスリン・カフェのチョコレートアイスにウェハースといっしょにささっていた小さなウェールズ国旗をいじくりながら、私はこの国の歴史に思いを馳せ、そのあと絵葉書の裏にそいつを貼りつけてポストに入れた。・・・

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