2009年11月08日

悪魔の庭仕事

愛蘭土物語(あいるらんどものがたり) クレア篇3
悪魔の庭仕事 Devil's Gardening
2009 by 中島迂生 Ussay Nakajima


 コロフィンから少し北へいくと、石の荒野、バレンが広がっている。
 その中心部は、月のように果てしなく岩ばかりで何も生えない。
 その荒れ果てたさまは、見ていると瞳が凍りついてくるほどだ。

 この地方に産する岩には、独特な形をしたものがある。
 溶けた蝋燭のようにぐにゃぐにゃと不定形な、何ともいえない、不気味な形だ。
 デコラティヴといえないこともなく、ときどき門柱や塀の飾りにされていたりする。
 
 よくよく見つめてみると、花びらか、ウサギの耳か、なにか有史以前の動物の形のようにも見えてくる。
 そこにはなにか、ちょっとぞっとするような歴史がありそうだ。

 太古の昔、天地創造のころの話だ。
 神さまが万物の大方のものをすでにお造りになって、ただ、まだ人間はお造りになっていなかったころのこと。

 天使たちが、神さまのお指図に従って、せっせと山や川や湖や、さまざまな草木や、美しい花々や、鳥や動物たちを造っていた。
 そこに、マドウォルという名の悪魔が通りがかって、嘲って言った。
「神さまは、こんなふうに生きものを造れるから、お偉いというわけか。
 俺なら、もっとすばらしいものを造れるぜ」

 その言葉が神さまのお怒りに触れ、マドウォルは天を追い出されて、地上に投げ落とされた。
 その場所が、いまのバレンだ。

「私と同じくらいすばらしいものを造ることができるというのか。
 では、そこで、無から造ってみなさい」
と、神さまはマドウォルにおっしゃった。

 さて、当時のバレンは、神さまがまだ何もお造りになっていなかった場所で、ただ果てしなく、ひびわれた地面が広がっているばかりだった。
 生きているものは何も住まず、草一本生えていなかった。

 マドウォルは、投げ落とされたときにお尻を打ってひどく痛めたので、しばらくぶつぶつ呻きながらへたばっていた。
 が、やがて起き上がって、世界創造に取りかかることにした。

 少し歩き回ってみると、くぼ地の浅い水たまりが見つかったので、その水で土をこね、草木や花や動物や、色んな生きものの形をつくっていった。
 それから、空にかかる虹を小脇に抱えて取ってきて、その色を、絵の具を塗るように、出来上がった形に塗りつけていった。
 さいごにいのちの息を吹きこんでやると、それらは生きて、動き始めた。・・・

 極彩色の、すばらしい作品が、次々に出来上がっていった。
 そこには、神さまのお造りになった世界にはないものがたくさんあった。
 花々は虹の七色で、一輪が人の頭ほども大きく、歌ったり喋ったりした。
 動物たちは、頭が二つあったり三つあったりするし、六本足だったり八本足だったりした。
 黄金のライオンや、ガラスの竜がいるかと思えば、馬たちは色とりどりのまだらや縞もようだった。

 土をこねる水が足りなくなると、マドウォルのつくった鳥たちや、ほかの空を飛ぶ生きものたちが海まで飛んでいって、水を運んできた。
 色を塗るのに虹が足りなくなると、マドウォルは水から雲をつくって空に浮かべ、やがて自分で虹をつくり出すことができるようになった。

 彼は自分のつくったものたちのために、住むところを整えていった。
 丘々や山々を盛り上げ、谷に水を引いて川や湖をこしらえ、そこに木々を生えさせて、奇妙で奇想天外ながらもそれなりに統一の取れた世界が出来上がっていった。
 神さまは天からそのようすを見ていて、彼がなかなかすばらしい仕事をしたのをご覧になった。

 日に日を継いで、彼は一心に働きつづけた。
 ある日、世界はとうとう、すっかり完成した。
 彼ははじめて息をついて、つくづくと眺め、自分の仕事に満足を覚えた。

 そこで彼は天を仰ぐと、命知らずにも、叫んだのだ。
「さあ、神さま、ご覧なされ。あなたの造ったものと、俺の造ったものと、どっちがすばらしいかね?」
 マドウォルのつくった生きものたちが、それに合わせて、いっせいに叫んだ。
「あなたの造ったものと、マドウォルの造ったものと、どっちがすばらしいかい?」

「さあ、宣戦布告だ!」と、マドウォルは叫んだ。
「奴らのところへ、殴りこみに行こうぜ!」

 彼は一陣の風あらしを起こすと、自らその鼻先にまたがった。
 彼の手下どもが、そのあとにつづいた。
 それはハロウィンの仮装行列のように、姿かたちもさまざまな奇妙なものたちの群れだった。
 こうして彼らは風あらしにのって舞い上がり、彼らがもはや出入りすることを許されない天の領域へ押し入ったのだ。

 と、そのときとつぜん、天からオレンジ色に燃える、激しい火と硫黄の雨が降り注いだ。
 彼らの出すぎた振る舞いに、神さまのみ怒りが燃えたのだ。

 マドウォルとその仲間たち、彼らは炎のなかで一瞬にして溶岩のようにどろどろに溶け、地に堕ちた。
 彼がバレン一帯につくりあげた世界の全体が、一瞬にして炎に溶け、あらゆる生きものは息絶えた。

 かくて、ふたたび、生きて動くものの何ひとついなくなったこの土地で、すべてがゆっくりと冷えていった。
 黒々と、静寂のなかで、折り重なってくずおれたまま、そのままの姿で、雨に打たれながらゆっくりと冷え固まっていった。
 そうしてついに、すべては石と化したのだ。・・・

 バレンに今も残る、独特なかたちをした岩々は、その時代の名残りだ。
 悪魔マドウォルの無謀で冒讀的な情熱が、冷え固まったものなのだ。
 ぞっとするような不気味さを感じるのは、それゆえなのだ。

 我々が今ここに見る世界は、かつてここにあった、すべてがそろったひとつの世界、その残骸の上に築かれた、二層めの世界なのだ。
 バレンの中心部が、今もなお、月のように果てしなく岩ばかりで何も生えないのは、そういうわけだ。
 そこはかつて悪魔がひとつの世界を築き上げた、呪われた土地なのだ。・・・















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Posted by 中島迂生 at 01:26│Comments(0)悪魔の庭仕事
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