2019年01月13日

ショートフィルム制作メモ1




いちおうショートフィルム第一作。
アンドレ・ブルトンの小説<ナジャ>を題材としています。
ナジャは、作者のブルトンが1920年代のパリで出会ったミステリアスな女性。
彼の提唱するシュルレアリスム運動の発展にも大きな影響を与えました。

ショートフィルムは大学の授業の課題で、ひと晩でシナリオを考え、一日で撮り、一週間で編集したものです。
いろいろ問題はあるし、突っ込みどころもあるし、そう斬新というわけでもないと思うけど、
きりがないのでこの辺にして、とりあえず一度上げておく。

いろいろ学ぶところがあったので、メモも書いておきます。
とはいっても、基本的には作品だけ見ていただければ充分うれしいです。
ここから先はまぁ、けっこうこまかい話になるので…。

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ここでは、全体的なメモ、シナリオについて、撮影チームについてetc.


*全般的なメモ

二つの週末にわたる集中コース。必須授業なのでどこかで取らなくてはならないのです。
コース名から、カメラの使い方とかそういう内容かと思っていたら、
いきなり「チームを組んで、ひとり一本、短編フィルムを撮ってもらいます」「あなたはあさって日曜ね」って。
大学の機材を使うので、キャンパス内など近場で撮ること、一日で撮ることが条件。
えっ、そういうのだと思ってなかったー!! 
パニクっていると、(このフィルムに出てくれた)ジャンが、「5分の短いやつでいいんだよ」と。

おかげで少し気が楽になったけど… そうは言ってもねえ。
撮りたいシナリオはたくさんあったが、みな長編で、しかも、登場人物がふつうの人間でないのが多いw
ペガサスとか、人魚とか、妖精とか、グリフォンとか、死者の魂とか、19世紀の踊り子とか、古代の王女とか。。
これみんな、一日で構内で、ってちょっとムリよね。
どうしよう…

深呼吸して、つとめてシンプルに考えようとしてみた。
5分の短いやつ。…ひと組の人間の、出会いと別れ。よし、それでいこう。
シナリオ案はふたつ浮かんで、ひとつがオリジナル、もうひとつがこのブルトンの<ナジャ>の翻案。
けど、オリジナルはフランス語に訳してるひまがない…なら、<ナジャ>だ。

土曜はジャンのフィルムの撮影だった。
休憩のあいまに図書館にとびこんで、<ナジャ>の原書を探してきた。
帰ってからひと晩で構成を考え、原書から使うフレーズをピックアップして書き出し。
当日朝、メトロの中でデクパージュ(カット割?)のデッサンを大急ぎで描き上げ。
朝の10時半にチームへシナリオの説明を始め、まずナレーションの録音、その後機材を手に撮影へ。
いろいろ予期せぬトラブルを経て、夕方5時すぎに撮影終了。
翌週までに編集を仕上げて提出。

正直、パリ8大の構内なんて、ほんとはいちばん、映画に撮りたくないところ。
建物は歴史がないし、全然パリらしくないんだもの。
でも、その中では…まあまあの場所で撮れたかな。

いきなり言われて制限の中でひとつの作品をつくり上げる、これはこれでいい練習だった。
私、追い込まれるとこういうのが出てくるんだな、というのも発見だったし。
<ナジャ>を映像化しようなんて、大それたこと…。
前日まで、こんなの撮るとは夢にも思ってなかったもの。

日程的に、寝てるひまもなくてきつかったけど…
時間ないっていうのもひとつの可能性なのね。
時間ないと、迷ってるひまも立ち止まってるひまもないから。


*シナリオ構成

そういうわけで、今回のシナリオはブルトンの小説<ナジャ>より。
著者のアンドレ・ブルトンは30年代のシュルレアリスト。
さいしょに出会ったときから他人の気がしない、私にとっては分身のような作家のひとりです。

今回はひと言も自分では書いていなくて、すべて<ナジャ>からの引用です。
せっかくだから、逆に少しも変えないことにこだわった。
パズルのピースを組み変えるように、順序や文脈は再構成しているけれど、
<ナジャ>の精神性は忠実に守ったつもり。
こういう遊び方もあるのだわ。
渦中ではとにかく時間がなくて必死だったけれど、あとから見るとちょっと面白い。

「この限りある世界」と訳したのは、「有限なるもの」という意味の哲学用語。
「有限なるもののただ中に 星をひとつ打ち込む」…うーん、字幕としてはなじまないけれど
私、このフレーズが<ナジャ>の世界観を要約してる気がするのです。
わりと後ろのほうに出てくるのだけどね。

というか、突きつめて考えると、このフレーズ、なべてアートというもののあり方を要約してる気がする。
世にあるアートのひとつひとつは、それぞれが「有限なるもののただ中に」打ち込まれたひとつの星なのです。
だから夜空に星がかがやくように、この世は無数のアートによって照らされている。
「この世にアートというものが存在しなかったら、人類はとっくの昔に滅びているだろうね」
(ウィリアム・サロウヤン<パパ、ユーア・クレイジー>)


*撮影チームのメンバー

今回は私と、アンドレ役を演じてくれたジャンと、録音・撮影を担当してくれたユーリの3名。
ジャンは大したものだったわ。彼のフィルムが初日。
いきなり、明日ね、と言われてひと晩でちゃんとシナリオを書き上げてきて。
彼のは私のとは全然ちがっていて、社会風刺をからめてマンガを映画化したような作品。
ちゃんと笑えるオチがあって。
私は音響を担当。夜までかかって、疲れたけれど。

翌週には、クオリティの高い編集を仕上げてきた。
いろいろちゃんとしてる人なのだ。(フランス人には珍しく!)
朝はだれより早く来て、教室の前で待ってるし…
デモさわぎで、メトロ網が半分麻痺してる状態だったのに。
それに、自分の撮影以外でもいつもニコニコして率先して動くし、
人の作品のいいところを積極的にほめる。
ほんと、フランス人には珍しい。
彼は監督志望だ。きっと成功するにちがいないと思う。

ユーリは、別の授業で一緒だったので顔は知っていた。
彼はマルティニークの人。
しょっちゅう遅れてくるし、やたら声がでかくて大雑把な印象だったが、
組んでみると、機材の扱いをプロ並に心得てる感じで、とても心強かった。
私のほうがまずい扱い方をしても、怒らないで穏やかに諭してくれるし。
ミュージシャンでもあるので、レコーディングなどし慣れてるのだろうな。
私が取りたがったカットを、あれこれの技術を駆使して可能な限り実現してくれる感じ。
辛抱強くわがままを聞いてもらった。

彼自身は、自作のヒップホップのミュージックビデオみたいのを撮っていた。
曲じたいはレコーディングずみで、そっちにはそれなりの時間がかかっていたのだろうけど、
撮影じたいはあっというまに、午後いちくらいで終わってしまった。
あまり手伝えなくて申し訳なかった。

日本人の私がナジャを演じているのは変だと思うけれど、そこはまぁ、あまり突っ込まないでくださいね。
…チームに女性が私しかいなかったんだもの。
いや、ほんとはフランス人の女の子がひとりいて、その子に演じてもらえたらよかったのだけど、
撮影の日に「ちょっとデモ行ってくる」って行ってしまって、こっちに来なかったのです…。

それから、メモ3の方にまた書いてるけど、先生の助言がよかったな。
撮影は自由にさせてくれて、ちょっと見に来るていどだったけど、
編集の段階でいろいろ貴重な示唆をもらいました。

メモ2 につづきます。録音、撮影、音楽など






















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