2018年08月10日

高校の話~4 プロフェッショナルであること~



高校に入ってさいしょの担任は、国語のO先生でした。
第一印象は、漱石の<坊ちゃん>そのまま。
情熱に溢れ、やたら目力が強くてw
思えば当時のあの高校、ちょっと<坊ちゃん>の舞台のようだった。
いろいろ個性豊かな先生たちがいて。
そういえばいつも赤いジャージを着てる体育の先生や、見た感じタヌキっぽい校長先生もいたっけ。
でも、キャラ的にはそんな感じじゃなかった。みんなほんとにいい人たちでしたよ。

高校3年間で、いちばんお世話になった(というか迷惑をかけた)のはO先生だと思う。
O先生といえば、まず思い出すのは、1年のとき、私と先生のあいだを白ヤギさんの往復書簡のように行ったり来たりしていた国語のノート。
時々、ノートを提出しなくてはならなかったのね。
なんか色々こまかく書かなくてはならない決まりがあって、ちゃんと書けていない人は再提出になった。
でも、私はことごとく無視して、わが道を行っていた。
「これで充分分かるのだから、これ以上必要ない。むしろ時間とエネルギーのムダだ」くらいに思っていた。
で、当然、再提出に。
ところが私、頑なに「これで充分」と押し通し、何も直ってないそのままのノートをただ再提出したのだった。
で、またまた再提出だ。
それが5回くらい、行ったり来たりして、ついに先生の方が諦めて、それ以上言ってこなくなった。
…こんな生徒イヤだわー! O先生、ほんとにお気の毒だったw

私、そんなめんどくさい生徒だったのに、先生からは、いいことしかしてもらっていない。
なんか、教科書の単元がひとつ終わるごとに短い作文みたいのを書かされるのだけど、先生、それを同僚に見せていたみたいで。
国語と全く関係のないほかの先生たちから、「君の文章、読んだよ」とニコニコしながら言われた。

受験のときには小論文の個人指導をしてもらった。
私も後年、小論文の指導というのは何度もやることになったが、あれ、大変なのよね。
ひとりひとり、思考回路も違えば文体のクセも違う。
そこに寄り添っていかなくはならない。すごくエネルギーを使う。
小論文を受ける生徒なんて山ほどいただろうに、先生、全部ひとりひとり見ていたのだろうか。
公立高校でここまでしてもらっていいの?と、生徒ながらに驚きだった。

受験の直前には、電話してきて弱音を吐いた私に、すごく言葉を選びながら励ましをくれて。
私、おかげで気が楽になって、当日、落ち着いて取り組めた。

まるで進学する気のなかった私が、そもそも何で受験しようと思ったかっていうと…
国語に限らず、それまでほんと勉強していなかった。
反発してた授業もあったし、めんどくさいだけだったものも。
でも3年の秋くらいになって急に、あと半年くらいしかいられないんだな…と思ったら寂しくなって。
とくに望んだ方向へじゃないにしても、今までやってもらってきたことがいろいろ、身に浸みた。
なんか、そういう瞬間があった。

今まで色んな先生たちに、こんなにしてもらってきたことに、何のお返しができるだろう?
って考えたときに、自分にできることって、せいぜい大学に受かるくらいかなって。
まぁ、そんな理由で受験しようと思った人ってあまりいないとは思うわw

日々受けてきた授業を思い返すと、
それはこの国語の先生だけでなく、ここで出会った先生たちみんなに共通することなのだけど
浮かぶのは優しい雨のイメージだ。
日に日に土壌を潤すしずかな雨のように。
日々、倦まずたゆまず、たえまなく注ぎつづける感じ、
豊かに注がれて、地中深く浸みこんで、いつのまにか木々が緑濃く枝を広げてゆくように。
それはもう至れり尽くせりで、ただ座って聞いてるだけで、たいがいのことはだいたい身に着いてく感じ。…
それはもちろん知識だけではなく、教養や、パッションや、愛情や、気づかいや。
色んなものが渾然一体となって。…

いえね、分かっていますよ。
いまの教育の現場の流れが、上から一方的に教えるんじゃなく、インタラクティヴな動きを大切にしましょう、みたいになってるのは。
その一方、反動で(?)「寺子屋方式」を再評価する動きもあるし、個人的にはむしろそっちに一票なのですけど…それはさておき。
私に言わせれば、そんなのはみな方法論の問題で、しょせん副次的な要素にすぎない。
わが竜一の先生たちは、時代の流れに応じていくらでもやり方を変え、同じクオリティの授業を提供できるスキルを持っていたはず。
いま私が言ってるのは、そんなことじゃなく、心意気の問題なのです。
私があそこでほんとうに学んだのは、勉強じゃない。仕事への取り組み方なのです。

あそこの先生たちが、身をもって教えてくれたこと。
与えること。惜しみなく注ぎつづけること。
常に自分にできる最高の授業をしつづけること。
磨きつづけること、学びつづけること、省察しつづけること。
ああいう人たちの仕事の仕方、自分の仕事に対するしずかなプライドが、後年、講師をやるうえでの私の基準になっているのです。
竜一クオリティ。
私はあそこで学んだのです。
プロフェッショナルであるとはそういうことなんだって。

私、竜一高へは、卒業後もよく遊びに行っていました。
なかなか会えない先生もいたけど、O先生とはわりとお会いできていた。
でも、今回はほんとに久しぶり。
10年くらいかな、もっとかな。
それでも昨日も会ったみたいなテンションで、喜んで迎えてくださった。
私、なんというか「久しぶりに帰省した」みたいな気分になりました。

ちょうど季節は夏で、広~い田んぼの中をぬけてきて。
緑濃い里山のなかの学校で、さるすべりは鮮やかに咲いてるし。
広大な敷地内をぐるっと案内してくれて、戻ってきて、冷蔵庫をゴソゴソやってアイスキャンデーをくれたりして。
なんか私、完全に里帰りモードになっていましたw

色々忘れてたこともあったのだけど、先生のほうが全部覚えててくれてる。
色々こっぱずかしいことも全部、いいほうに取ってくれてるし。
ほんとに、つくづくと奇特な人だ。

思えば、私が教わった竜一高の先生たち、わりとみんなそういうところがあったかも。
なんというか、無条件に私を肯定してくれていた。
じっさいは、ダメなところは山ほどあるし、それは自分で分かっている。
というか、出会う人みんなにぜんぶ肯定されていたら、逆にダメだよね。
でもこうやって、かつて世界のどこかに自分のことを無条件で受け入れてくれた人たちがいるって、知っていることがどれだけ力になるか。
それがほんとに大きな財産だったなって思って、いまも感謝してるのです。

あの頃の校舎はもうないし、みんなあちこちへ散ってしまったけれど。
私の心の中の竜一高は、いまもそういう場所。
ひととき翼を休めて、パワーをもらえる港のような。






















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