2014年01月29日

ホッツェンプロッツの星



           夢想集ムーア・イーフォック 8
           ホッツェンプロッツの星


 小さい頃、夢の中でホッツェンプッツと友だちになった。ホッツェンプロッツは、他のみんなと一緒にホッツェンプロッツの星に住んで、楽しくやっていた。 私はそこに招待されて行ったのだった。あんまり楽しかったので帰りたくなくなった。また平凡な生活に戻り、毎日学校へ行かなくてはならないのかと思うとどうしようもなく気が滅入った。
 帰りたくなくて、だだをこねて泣いていると、それを見たホッツェンプロッツは一枚のぼろ布をくれて、言った。ここへ来たくなったら、いつでもこの布を壁にあてるといい。この布を壁にあてると、その向こうにトンネルができて、そこを通ってくるとここへ来られるようになってるんだ。
 また、ここへ来られるんだ! 嬉しさに悲しみはふっとんで、私は何度もホッツェンプロッツにお礼を言った。
 それからというもの、私の生活には秘密の喜びができた。悲しいとき、退屈なとき、ぼろ布を壁にあてさえすれば、いつでもまたあの星へ戻ってゆかれる。
 そういう日々がしばらく続いて、それから私は目を覚まし、いつものように枕元に手をやってあのぼろ布を探した。ところがそれはなくなってしまっていた。それに気がついてはじめて、そうだ、今までのことはほんとじゃなかったんだと分かった。それが分かったとき、私はどうしようもない悲しみと喪失感に襲われてしまい、それから立ち直るのにしばらくかかった。

 おとなになって、恋人ができて、あるとき恋人とけんかして、三週間会わなかった。(「いますぐ出ていけ、二度とここへ来るな!」)
 こっちはこっちで忙しい、はずだった。けれどあるとき、夢の中で私はまた恋人といっしょにいた。何てことはないふつうの日で、いつもやっているようにいっしょに寝そべって足をからめながら、めいめい勝手に雑誌のページをめくっている、ただそれだけのことだった。なのに、目が覚めて傍らからそのぬくもりが消えているのに気づいたとき、深い悲しみと喪失感に襲われた。そしてそのとき、ずっと昔に見たホッツェンプロッツの星の夢を思い出した。
 けれど、今はもう違う。私は目を覚ましても、ホッツェンプロッツの星へ行く道を知っているのだ。私ははねおきて、電話台に走り寄り、受話器を取り上げてダイヤルを回す。

 (1999)






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